今日も先日ブックオフで購入したばかりの光文社古典新訳文庫からの1冊をご紹介します。

変身/掟の前で 他2篇
著:F.カフカ 訳:丘沢静也  光文社古典新訳文庫

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家族の物語を虫の視点で描いた「変身」。  もっともカフカ的な「掟の前で」。  カフカがひと晩で書きあげ、カフカがカフカになった「判決」。  そしてサルが「アカデミーで報告する」。  カフカの傑作4編を、もっとも新しい<史的批判版>にもとづいた翻訳で贈る。  (文庫本裏表紙より転載)

カフカの作品をまともに読んだ(ちゃんと一字一句を追いかけ、最後まで読み切った)のは今回が初めて・・・・・と言っても過言ではありません。  もちろんもっと若かりし頃に何回かチャレンジしたことはあるんですよ。  特に大学時代には「文学部の大学生たるもの、カフカぐらいは・・・・」と考え、数回チャレンジしたことがありました。  でもねぇ、「実存主義」だか「不条理」だか何だか知らないけれど、正直なところ生理的に受け付けがたい作家という印象があまりにも強くて、何度も読みかけては放棄してきた前科があります。  だって、ある朝起きたら虫になっているな~んて言われてもねぇ・・・・・・ ^^;  しかもその虫っていうのが蝶々ならいざ知らず、動き回ると粘液が後に残るタイプの虫なんて、お世辞にも「好き」とか「可愛い」とは思えない・・・・・・。

随分後になって、NHK(BSだったように思う)で「名作平積み大作戦」という番組をやっていて、KiKi は毎週楽しみに見ていたんだけど、その中で「カフカの変身」が扱われたことがあって、プレゼンターの熱弁ぶりにちょっとほだされ、久方ぶりに読んでみてもいいかなぁ・・・・・と思ったりもしたんだけど、それでも「生理的に受け付けなかった」というトラウマには勝てず、今日まできてしまいました(笑)  

  

KiKi が中学 & 高校生の頃、東京に出てくる時には必ず立ち寄った町がありました。  音大の先生のレッスンを受けていた頃は月に最低1度は東京に出てきていたのですが、必ず立ち寄った場所は「銀座の山野楽器の楽譜売場」と「神田の古本屋街」でした。  当時の沼津市(KiKi の実家から一番近い都会; 沼津へ出かけることを「マチへ行く」と言っていた 笑)にも楽器屋さんや本屋さんはなかったわけじゃないんだけど、音大受験生の必需品(?)だった「ヘンレ版の楽譜」はなかなか入手できなかったし、田舎の本屋さんの扱っている本の冊数・種類は哀しくなるほど乏しいものでした。

大学進学と同時に上京した KiKi はその後約25年間はそれらの「品薄感」とはまったく無縁の生活を送るようになりました。  そうこうしているうちに、ネットショップがどんどん充実してきて、今となっては都会と田舎の「その類の環境格差」はずいぶんなくなったと思うんだけど、それでも今でも大きな差があると感じているものに「ブックオフの品揃え格差」が挙げられると思います。  池袋あたりには中型 & 大型のブックオフが複数あって、時間調整のために利用しては何かを衝動買いする・・・・というスタイルで生活してきた KiKi はLothlórien_山小舎をメインの生活の場とするようになった今も、渋川やら群馬原町あたりの中古本屋さんにはよく立ち寄るんだけど、そこで売られている本には大きな偏りが感じられます。

ま、てなわけで、今上京すると必ず立ち寄る場所に「ブックオフをはじめとする古本屋さん」が挙げられる KiKi。  昨日もハローワーク通いの帰りに2軒のブックオフに立ち寄りました。  そして目を皿のようにして探すのが「岩波少年文庫」、「光文社古典新訳文庫」、「ちくま文庫」、「ちくま学芸文庫」、「講談社学術文庫」の棚です。  で、昨日も戦利品(?)として「光文社古典新訳文庫」から12冊、「ちくま文庫」から2冊、「岩波少年文庫」から1冊をゲットしました。  その中の1冊が本日の読了本です。

ちいさな王子
著:S.テグジュペリ 訳:野崎歓  光文社古典新訳文庫

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砂漠に不時着した飛行士の「ぼく」。  その前に突然現れた不思議な少年。  ヒツジの絵を描いてとせがまれたぼくは、ちいさな星からやってきた王子と友人になる。  王子の言葉は、ずっと忘れていた、たくさんのことを思い出させてくれた。  「目ではなにも見えないんだ。  心でさがさなくちゃ」。  (文庫本裏表紙より転載)

つい先日、岩波少年文庫で「星の王子さま」を読了したばかり・・・・・。  そういう意味ではなぜこのタイミングでこの本をいかにブックオフ価格とは言え購入してまで読んでみたいと思ったのか、我ながらちょっと不思議(苦笑)。  まあ、半分はこのブログで今年は「岩波少年文庫」と並んで「光文社古典新訳文庫」もとりあげようと年頭に決心したからっていうのもあったのかもしれません。  でもそれより何より、何年か前に「星の王子さま新訳ラッシュ現象」が発生し、都内の大きな本屋さんでは「星の王子さまコーナー」ができちゃったりして、それに触発でもされちゃったのか KiKi がよく利用する関越自動車道の寄居PAは「星の王子さまPA」に変わっちゃったりもして、日本人の得意な「一過性ブーム」が過ぎ去ったこのあたりで内藤濯氏以外の翻訳を1冊ぐらいは読んでおくのもいいかも・・・・・と思ったということがありました。

ま、それだけじゃなくて、パラパラと立ち読みしてみたら、文庫本にも関わらずこの本、挿絵がほぼ全部カラーじゃないですか!!  KiKi の手持ちの「星の王子さま」はモノクロ(要するに古い!)だったので、カラー図版の本を手元に置いておきたかったというしょ~もない理由もあったりします(笑)   

   

今回の群馬⇔東京移動時の読み物として昨年末に購入した電子書籍にダウンロードしてあった小説を読了しました。  昨年3月のあの大震災の記憶がまだまだ生々しいこの時期にこの物語を読むのは正直なところ恐かったりもしたんだけど、同時に「今ならばあの物語を荒唐無稽の絵空事」としてではなく読むことができるのではないか? な~んていうことも感じていました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

日本沈没(上)(下)
著:小松左京 小学館eBooks

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51C+-EJB6AL._SX230_.jpg (Amazon) (Sony ReaderStore)

伊豆諸島・鳥島の東北東で一夜にして小島が海中に没した。  現場調査に急行した深海潜水艇の操艇者・小野寺俊夫は、地球物理学の権威・田所博士とともに日本海溝の底で起きている深刻な異変に気づく。  折から日本各地で大地震や火山の噴火が続発。  日本列島に驚くべき事態が起こりつつあるという田所博士の警告を受け、政府も極秘プロジェクトをスタートさせ、日本人を全員海外へ移住させるべく、極秘裏に世界各国との交渉に入った。  小野寺も姿を隠して、計画に参加するが、関東地方を未曾有の大地震が襲い、東京は壊滅状態となってしまう。  そして日本沈没の日は予想外に早くやってきた。  日本人は生き残れるのか。  全国民必読。  (Amazon より転載)

子供時代に父親の本棚から失敬して一度は読んだことのある作品だったはずなんだけど、正直なところどんな物語だったのか全くと言っていいほど記憶に残っていなかったこの作品。  元々女の子受けするような作品じゃないし、「地球物理学」な~んていう訳のわかんない話がポンポン出てくるし、世界情勢はおろか当時のクラス・メイトの中にも確実に存在していたはずのパワー・バランスにも無頓着だった KiKi が理解できていたはずもないわけで・・・・・ ^^;  ただ単に「活字に飢えていた」というそれだけで読み切るだけは読み切った(というよりは活字だけは追って終わってしまった)物語だったんだろうと思います。

大体において当時の KiKi は親の懐でヌクヌクと毎日を過ごし、贅沢こそはさせてもらえなかったけれど衣食住に事欠くことだけはなく、ついでに「大地は揺るぎないものである」というある種の無条件の信頼を持っていたお子ちゃまだっただけに、このお話はどこかのちょっとぶっ飛んだおっさんの妄想だらけのお話だと思っていたようなところがあります。  一応静岡県という地震のメッカで育った KiKi だけど、それでもこの物語で描かれているような大震災も津波も現実味はなかったし、まして日本列島が沈没するな~んていうことは「ありえないお話」だと勝手に思っていたんですよね~。  「ありえないお話」であればこそ、ひとたび大震災に見舞われたらそれまでの自分の生活が一変するな~んていうことは想像もできなかったし、百歩譲って「何か」が起こったとしても両親がしっかりと自分を守ってくれるとお気楽に考えていたあの時代。  今にして思うと幸せな時代だったよなぁ・・・・・。


本日も「のだめ(漫画)」からの1曲を聴いてみたいと思います。   のだめちゃん初リサイタル @ ブノワさんち の第3曲目、若かりし頃のイケイケブイブイb-hato4-b.gif 生活から足を洗ったリストが作曲した宗教色バリバリの作品でございます。

リスト 2つの伝説(S.175)より「水の上を歩くパオラの聖フランチェスコ」
NAXOS 8.553594 J.ヤンドゥー(pf)

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リストのこの作品は「2つの伝説」というタイトルが示す通り、2曲で構成されています。  その1曲目が「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」、そして2曲目が本日の「水の上を歩くパオラの聖フランチェスコ」です。  「小鳥~」の方はこんな(↓)有名な絵画をご覧になったことのある方もいらっしゃるのではないかしら?

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小鳥にまで説教しちゃうわけだからどんな素晴らしいお方か?と言えば笑っちゃうことに、実はこの方、若かりし頃には小鳥はおろか人様に説教できるようなお方ではなかったらしい・・・・ ^^;  どちらかと言うと親が金持ちなのをいいことに遊び呆けていたドラ息子タイプ。  ところがある時神様のお告げを聞いた気になって(ひょっとしたら二日酔いによる幻聴だったかもしれないけど 苦笑)、そうしたらいきなり信仰に目覚めちゃって、ついには小鳥にまで説教するようになった聖人のお1人です。  KiKi は初めてこの話を聞いたとき、「なるほど~、リストは彼にあやかりたかったのね・・・・」と思ったものでした。  

で、実は2曲目の方の聖フランチェスコさんは名前は同じフランチェスコさんでもこの方とは全く別の方で、彼から遅れること約200年。  南イタリアにお生まれになった別の聖人で、こちらにも絵画があるらしいんだけど、残念なことに KiKi は見たことがありません。  こちらのフランチェスコさんはいくつも奇跡を行われた方らしいんだけど、その絵が扱っている題材(伝説)はざっと以下のようなストーリーになっています。

メッシーナ海峡を前に聖フランチェスコの一行は一隻の船を見つけ、その船頭に彼らを対岸の島まで乗せていってくれるように頼んだが、一行の身なりのあまりの貧相さに船頭はそれを断った。  一行の中の1人が「我ら一行の中には聖人が1人いるのだから・・・・・」と言ったが、それを聞いた船頭はせせら笑いながら「もしも聖人がいるなら、波の上を歩いていけるだろう。」と言った。  彼らを浜に置き去りにして船は出帆してしまったが、その時、聖フランチェスコはこの苦境からの救いを神に祈った。  すると神が彼らに恩寵を与え、彼らのマントを船に変え、又一行の1人が持つ杖を櫂に変え、彼らは無事に海を渡ることができた。

今日はようやく2日間降り続いた雪も止み、朝からドスン! バタン! とそこかしこから融けはじめた雪が落ちる音が鳴り響いています。  そんな中、「のだめカンタービレ(漫画)に出てくる曲を聴いてみる企画」の次の曲を聴いてみたいと思います。  ま、てなわけで本日の KiKi の1曲はこちらです。

ドビュッシー 12の練習曲第7曲「半音階のための」
DECCA ASIN: B002CNV3AE 内田光子(pf)

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世界に誇る日本人(?)ピアニスト、内田光子さんのドビュッシーです。  もっとも内田さんっていうのはお顔立ちといい、お名前といい、どこからどう見ても「日本人」ではあるのですけど、お育ちになった環境を考えると「日本人ピアニスト」とお呼びしていいものやら・・・・・・ ^^;  と言うのも、彼女の音楽教育(のみならずすべての教育)は決して日本で育まれたものではないわけですからねぇ。  それでもやはり彼女が「現代のモーツァルト弾きの1人」として脚光を浴び始めたばかりの頃、KiKi は何だかとっても嬉しかったんですよね~。  ジェフリー・テイトとの「モーツァルトピアノ協奏曲全集」を出し始めたばかりの頃はモーツァルトのピアノ協奏曲全曲は彼女で揃えようかと本気で考えていたぐらいなんですよね~。  

結局は彼女では揃えず「ヘブラー」で揃えることになったのは、すべて「お値段のせい」でした。  CDよりも自分のためのグランド・ピアノとか防音室にお金をかけなくちゃいけなかった当時の KiKi はとてもじゃないけれど、内田さんのモーツァルトには手が出せませんでした。  でも彼女のCDは同じ日本人として何枚かは持ちたいなぁと常々考えていて、そんな中の1枚がこのドビュッシーでした。

      

KiKi が現在持ち歩いている iPod に収録されている音楽はそのほとんどが「全集物」です。  要するに「○○交響曲全集」とか「○○ピアノソナタ全集」とか、そういうヤツ。  ま、CDを購入するに当たっては全集物の方が安上がりだったということもあるし、単発ものだと曲が偏るということもあったし、iPod に転送するに当たってはプレイリストを作るのが楽だったといういきさつなんかもあったりして、こうなっているわけですが、「全集物」のメリットの中で最たるもの(だと KiKi が考えていること)は、演奏会で取り上げられる機会が少なく、CD化される本数も少ない音楽が網羅できるということがあげられます。  その代表選手の1つがこの曲じゃないかしら???  ま、てなわけで本日の KiKi の1曲はこちらです。

チャイコフスキー 交響曲第2番 Op.17 「小ロシア」
DG 471 701-2 演奏:カラヤン指揮 & ベルリンフィル

CD23_2.jpgのサムネール画像  (Amazon; 現在販売されている同録音のものと思われます)

「小ロシア」とは今でいう「ウクライナ」のこと。  ウクライナ民謡には詳しくない KiKi ですが、この曲には「ウクライナ民謡素材」が数多く使われているのでこの名が冠されたと何かで読んだことがあります。  まあ、そのせいもあるのか、纏まりがあるようでないような、ゴタマゼの楽しい音楽がヒョイヒョイと目の前を通り過ぎていくような、そんな不思議な音楽だと思います。

今日、この曲を聴いてみようと思ったのは外の雪景色に触発されて、何となく「ロシアっぽい」ものを聴いてみたくなって、そうしたら単純にチャイコフスキーの音楽にしたくなって、交響曲の第1番「冬の日の幻想」(ホントはこっちを考えていたんだけど ^^;)と第6番「悲愴」はこのブログでは既にご紹介済みだったのでこの曲になっちゃった・・・・・・という極めて消極的な選択でした。

もっとも、この交響曲は KiKi 自身もさほど何度も聴きこんだことのある音楽じゃなかったので、結構楽しむことができたのは嬉しかったb-hato4-b.gif



今日は大寒。  寒さが最も厳しくなる頃とされています。  それを証拠に(?)、昨夜は一度降りやんだかに見えた雪がまた降り始め、今もシンシンと降り積もっています。  例の Podcast では

冷ゆることの 至りて甚だしき ときなれば也  (暦便覧)

と紹介されています。  小寒の間、「雉の鳴き声が聞こえるようになるかなぁ」と期待していたのですが、とても残念なことにLothlórien_山小舎付近に生息する雉さんたちはまだまだ「鳴き時」とは思っていらっしゃらなかったようです。  さて、ここから始まる七十二候では

款冬華(ふきのはな さく) : 蕗の薹(ふきのとう)が蕾を出す
水沢腹堅(さわみず こおりつめる) : 沢に氷が厚く張りつめる
鶏始乳(にわとり はじめて とやにつく) : 鶏が卵を産み始める

となっています。  フキノトウは確かに寒さには強いし、このあたりでも3月頃にはよく見かけるけれど、さすがにこんなん(↓)じゃあ、蕾を出すどころではなさそうです(苦笑)

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因みに例のこの本では

昔は麦に追肥をし、麦踏みを行う時期でした。  一年の中でもっとも暇な時期、道具などをしっかり手入れしましょう。

とのこと。  まあ、農具の整備であればできなくはなさそうだけど、KiKi の農具はすべて「物置き」 & 「納屋」にあってそこまでの道が雪にふさがれているこの状況ではなかなかそんな気分にはなれそうにありません ^^;  何せ、朝起きて、薪ストーブの火を起し、今日一日分の薪を薪小屋から家の中まで運ぶだけでも重労働でたまったものではなかったのですから!!


こんなに重々しく、できれば直視したくない「人間の性」みたいなものを敢えて丸裸にしちゃうような物語なのに、スイスイ読めちゃうのはやっぱり「新訳ゆえ・・・・」なんでしょうか??  それとも、ここLothlórien_山小舎で寒さに震えている時間が長くて手持無沙汰だから???(苦笑)  ま、いずれにしろ「罪と罰」の第2巻を読了しました。

罪と罰(2)
著:ドストエフスキー 訳:亀山郁夫  光文社古典新訳文庫

41qaEz3dvSL._SX230_.jpg (Amazon)

目の前にとつぜん現れた愛する母と妹。  ラスコーリニコフは再会の喜びを味わう余裕もなく、奈落の底に突きおとされる。  おりしも、敏腕の予審判事ポルフィーリーのもとに出向くことになったラスコーリニコフは、そこで背筋の凍るような恐怖を味わわされる。  すでに戦いは始まっていた。  (文庫本裏表紙より転載)

いやはや、物凄いモンをアッケラカンと読んじゃっているような、何とも奇妙な感覚にとらわれちゃいました ^^;  主人公であるラスコーリニコフも一種病的だけど、彼をとりまくすべての人たちがどこか普通じゃない感じ・・・・・(笑)。  この切迫感 & それによって生み出されたよくわからない高揚感 と言うかマグマが燻っているような感じ、これこそがあの時代のロシアにうごめいていた未だ形ははっきりしていないある種の「雰囲気、ムーブメント」だったんでしょうね。

まだ残り1巻を残しているのであまり多くは語りたくないんだけど、この巻でとにかく印象に残ったのは、ラスコーリニコフがある意味で1人勝手に自分を追い詰めていく狂気にも似た自虐性と辛うじて彼を正気の瞬間に留めようとするエゴ丸出しの自意識・・・・とでも呼ぶべきものでしょうか。  

    

大雪!

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昨日から天気予報で知らされていたこと・・・・・ではあるけれど、今日は今年初!の大雪です。  この冬になってからは4回目の積雪ですが、今日はこれまでのどの積雪よりも凄い!!  朝、起きた時も既にあたりは真っ白だったけれど、それ以降今現在もシンシンと雪が降り続けています。

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この写真で見えるかしら??  多くの場合、雪が降っている最中にカメラのシャッターを押しても雪が降っている様はなかなか写真には写りこまないものだけど、今回はシャッタースピードの調整も何にもしていないのに、しっかりと雪が降っている真っ最中であることがわかるような白い点々がそこかしこに写っています。

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車庫に入れ忘れていた軽トラも雪に埋まり・・・・・

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ウッドデッキにも雪が吹きこみ・・・・・・

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ウッドデッキのすぐ外側に置きっぱなしになっているビニールハウスもどき(但しビニールはかけてなくて骨格丸出し)にも雪が積もっています。


光文社から「古典新訳文庫」という極めてチャレンジング(?)なシリーズが発売されるようになって5年ほどになります。  発売当初から興味を持ちつつも、文庫本の割にはちょっとお高め(仕方ないんだけど ^^;)の価格設定になかなか手が出せず、ついでに言えばこのエントリーでちょこっとお話した父自慢(?)の蔵書の中に「新潮社 世界文学全集」っていうサック付き、厚紙装丁の全集があって、多くの古典がそこには含まれているということも手伝って、ここまで「見ないふり」をしてきていました。  (それでもさすがにホフマンの「黄金の壺」が出版された時には購入してしまいましたけど ^^;)  

そんな KiKi がとうとうブックオフに並んでいた「罪と罰」 & 「カラマーゾフの兄弟」に手を出してしまったのは、中古本になってお値段が安かった・・・・・という事情ももちろんあったけれど、それ以上に活字の大きさが気に入ったから・・・・・というのがあります。  さすがに老眼が進みつつある昨今では岩波文庫なんかの活字はかなり苦しくなってきているんですよね~。  それにこの5年間に発刊されたタイトルを眺めてみるとあの「新潮社 世界文学全集」には入っていない作品もいっぱいあって、これは結構楽しみなシリーズになりつつあるなぁと感じているっていうこともあります。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

罪と罰(1)
著:ドストエフスキー 訳:亀山郁夫  光文社古典新訳文庫

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ドストエフスキーの代表作のひとつ。  日本をはじめ、世界の文学に決定的な影響を与えた犯罪小説の雄。  歩いて七百三十歩のアパートに住む金貸しの老女を、主人公ラスコーリニコフはなぜ殺さねばならないのか。  ひとつの命とひきかえに、何千もの命を救えるから?  (文庫本裏表紙より転載)

いや~、久々です、「ドストエフスキー」。  KiKi のこの物語の初読は中学2年生の頃でした。  例の「新潮社 世界文学全集 全50巻」の中の1冊で、かなり背伸びして読んでいたことを覚えています。  正直なところこの物語の主人公「ラスコーリニコフ」ほど、切迫した生き方をしてもいなければ、自我が確立できるほどまでには成長しきれていない平和な日本の中学生の女の子にはよくわからない物語でした。  ただ、1つだけ感覚的に掴むことができていたことは「何かに追い詰められ、解決策を見出すことのできない閉塞感(閉塞感なんていう言葉は知らなかったけれど ^^;)の闇の深さ」と「思考・思索に溺れすぎた人間の抱える非現実と現実の混同」みたいなもの・・・・・で、「人間って怖い・・・・・」と素直に感じた作品の1つでした。  季節は夏。  物語の中で事件が発生したのと同じようなうだるような暑さの中(当時はクーラーなんていうものはなかった)、背筋を冷やしながら読んだことだけははっきりと覚えています。

夏休み明けに当時の国語の先生が「夏休みにどんな本を読みましたか?」な~んていう質問をされ、「ドストエフスキーの『罪と罰』です。」と答えた KiKi に、先生が目を丸くしたこと、その後「どんなことを感じましたか?」と聞かれ、返事に窮してしまったことなんかをよく覚えています。  それまでに読んだどんな小説とも異なり、あまりにもいろいろなことを感じたうえに、それを言語化できるほどまでには咀嚼できていなかったことが原因でした。

  

Lothlórien_山小舎を建設した当初から、「我が家の目と鼻の先に水源地がある」とは何度も聞かされていました。  で、建設当初例の地元材木業者のHさんに見せてもらったその「水源地」はこんな雰囲気(↓)で、静岡県にある「柿田川湧水地」近くで育った KiKi には凡そ水源地と言う風には見えない場所でした。

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この写真の真ん中あたりをジグザグと地割れみたいに走っている線、これが水の流れ道で一番手前のモコモコと枯れ枝のある当たりが水源だとのこと。  夏場には雑草やら何やらで鬱蒼としてしまっていて、とてもじゃないけれど足を踏み入れられるような雰囲気ではないこの場所。  今はご覧のとおり枯草 & 枯れ枝だらけで比較的踏み込みやすい状況だったので、昨日はちょっと散策(?)してみました。  因みにこの場所がどこかっていうと、紅葉シーズンにはお馴染みのこの写真の道の向こう側(つまり、Lothlórien_山小舎から見て道の反対側)です。

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道の向こう側は小さな崖状態で、決して足場が良いとは言えないところに、時々滑り落ちながら下りていくと、こんなもの(↓)を見つけちゃいました。  

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向こうに見える建物がLothlórien_山小舎です。  で、見つけちゃったのは小っちゃな崖の下に建つ不思議な石碑です。(夏場は背の高い草に埋もれていてまったく見えませんでした。)  で、これに近寄ってよ~く見てみると・・・・・・

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読めますかねぇ?  文字が彫られているんですけどね。  で、もう一つ同じ形状の石碑がすぐそばにも建っていました。  それが、こちら(↓)。

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こっちの方が読みやすいかな??  どちらも同じ文言が彫られています。


一級河川指定区間起点


とあります。  「一級河川」っていう言葉も「指定区間」っていう言葉も「起点」っていう言葉も、こうやって分断すると難しい言葉じゃないけれど、これが全部一つに纏まった言葉となると、それが何を意味するものかさっぱりです。  ついでにこの場の雰囲気と一級河川という言葉のミスマッチも甚だし過ぎるし・・・・・・。

で、この言葉でググってみたんだけど、そのままではヒットしなかったので、とりあえず「指定区間」だけで検索してみると、Wiki にこんな解説が載っていました。


本の歴史 B.ブラセル

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今日は久々に岩波少年文庫から離れて、KiKi の積読本の中から1冊選んでみました。  KiKi の大好きな「本」そのものについて書かれた本です。

本の歴史
著:B.ブラセル 監修:荒俣宏  知の再発見双書80 創元社

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手書き時代の古代から、印刷術が発明され愛書趣味や書物愛が確立したものの規制によって印刷業が危機に瀕した中世、そして飛躍的に発展した近代まで、書物の辿った歴史を明らかにする。  (Amazon より転載)

KiKi の子供時代、もちろんすでに世の中には「文庫本」というものが存在していたけれど、それでも「本」と言えば厚い表紙で、カバー(サック状のもの)もついていて、持つと手にずっしりときて・・・・・というのがスタンダードだったように思います。  そんな「重厚感のある本」であるだけに、保存にもよく耐え、親から子へ受け継がれていく1つの財産だったとも言えるのではないでしょうか??  

これが「文庫本だらけ」となってしまうと、凡そ財産という感じはせず、その扱いも心なしかゾンザイになっていくところがあるように感じます。  それを証拠に KiKi の実家にはちょっとした本棚があるのですが、そこに収められているのはサック付き厚紙装丁のいわゆる「全集物」ばかり。  同じデザインの本がズラッと並んでいる姿は壮観でちょっとした見応え・・・みたいなものがあります。(価値のある豪華本があるわけではないんですけどね 笑)  これらの本は KiKi が小学生から高校生までの間に父親が少しずつコレクションしていったもので、父が生まれ育ちある程度の時間を過ごした後、東京大空襲により燃え尽きてしまった池袋のご本家にあった本棚のイメージを持ちつづけながら収集した本ばかりです。

で、今、帰省すると KiKi が大学進学以降に父が買い集めた(と言うよりは乱読タイプの父がせっせと読んだ)文庫本(当然のことながらこちらの方が冊数は多い)が山とあったりもするのですが、こちらは床に直置き状態でうず高く積まれ、その山が崩れ始めると段ボールに移し替えて今度はその段ボールが山と積まれる・・・・・という保存状態で、その扱いの差は歴然としています。  近くにブックオフな~んていうものも昔ながらの古本屋なんていうものもないので、「本を処分する」という発想がない父はひたすら本を集め続けているわけだけど、見ていて気の毒になるぐらいこれらの「文庫本」は放置されているイメージがあります。  本の中身自体は必ずしも駄本というわけではないんですけど、装丁の違いがこういう差別(?)を生んでいるのは間違いないようです。 

 

「ガリヴァー旅行記」と同じように子供時代に絵本で読んだきりご無沙汰だったロシア民話を読了しました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

せむしの小馬
著:エルショーフ 訳:網野菊 絵:V.プレスニャコフ  岩波少年文庫

2012_Jan17_001.JPG (Amazon)

ばかといわれるイワンと、彼に忠実につかえるせむしの小馬がくりひろげる奇想天外なお話。  火の鳥をつかまえたり、クジラにのみこまれた船を救ったり、数々の冒険を経たイワンは、立派な若者となり、しあわせをつかみます。  ロシア民話をもとにしたこの詩物語は、世界中の子どもたちに読みつがれています。  (文庫本扉より転載)

この本、今では絶版なんですね~。  これはやっぱり「せむし」という差別用語扱いされている言葉がタイトルに入っているからなんでしょうか??  それとも「詩物語」というヤツがイマドキは流行らないから・・・・・なんでしょうか?  でも、散文調のものばかり読んだり味わったりするっていうのはどうなのかなぁ・・・・・。  文学を発展させてきた1つの重要な形態だし、何より民話っていうヤツは元はと言えば口承文学なわけで、そこにはリズムとか反復という「調子」があって生きるわけで、そういう情緒は大切にしたいなぁと KiKi なんかは感じちゃうんですけどねぇ。

ま、正直なところ、この本の訳者さんはそのあたりではかなりご苦労されていらっしゃることが行間から滲み出ています(笑)。  まあ、こういうことは1つの言語(要するに母国語)を習得する過程の子供時代にはまったく理解も想像もできなかったことだけど、なまじ「英文学」な~んていうものを学んでしまった人間には、そこはかとな~く感じられちゃうんですよね~。  でも、確かにご苦労の後は垣間見えるんだけど、ところどころにそれゆえの古めかしさ(要するにどことなく文語調)があったりもするんだけど、KiKi の世代であれば恐らくさほど抵抗なく読めてしまう日本語だと感じました。

  

NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」で今を時めく向井理君が演じていた水木センセイ。  TV版になる前の「ゲゲゲの鬼太郎」は KiKi の子供時代に「少年マガジン」に連載されていて、親戚のお兄さんから借りた漫画で初邂逅した KiKi だったけれど、正直なところあの画風にはどうしても馴染めず、でもお話は面白いので片目をつぶって読んでいた記憶があります。  たまたまその親戚は歯医者さんをしていて、KiKi の母親がアルバイトで月末(月初?)になると保険の点数計算をしに行っていたので、一緒についていくと無造作に投げ出してある「少年マガジン」が読み放題だったんですよね~。  ま、それはさておき、件の「ゲゲゲの女房」で水木センセイが南方の土人さんと親しくされていらしたような描写があって、KiKi のイメージする戦争体験物語とはちょっと異なるお話が聞けるかもしれない・・・・な~んていう期待があり、今回長らく積読状態だったこの本を手に取ってみました。

水木しげるのラバウル戦記
著:水木しげる  ちくま文庫

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太平洋戦争の激戦地ラバウル。  水木二等兵は、その戦闘に一兵卒として送り込まれた。  彼は上官に殴られ続ける日々を、それでも楽天的な気持ちで過ごしていた。  ある日、部隊は敵の奇襲にあい全滅する。  彼は、九死に一生をえるが、片腕を失ってしまう。  この強烈な体験が鮮明な時期に描いた絵に、後に文章を添えて完成したのが、この戦記である。  終戦直後、ラバウルの原住民と交流しながら、その地で描いた貴重なデッサン二十点もあわせて公開する。  (文庫本裏表紙より転載)

たまたま年末・年始にかけて、「池上彰の現代史講義」とか「池上彰の20世紀を見に行く」な~んていう「池上先生シリーズ」の世界史の復習番組をせっせと観ていた直後だったということもあって、激戦地として知られるラバウルであの水木センセイがどんな経験をされたのか、とても興味深かったんですよ。  何せ、水木センセイの場合、その戦地で片腕を失くされたという壮絶な体験をされていらっしゃるだけに、さぞやご苦労の多かったことだろう・・・・・と。

ところが意外や意外、「戦記物」と言えば付き物(?)の悲愴感・切迫感が極めて薄い・・・・・。  もちろん場所は戦地だし、乏しい物資の中で行軍ばかりしている陸軍さんだから悲愴感を漂わせようと思えばいくらでも漂わせられるエピソードが網羅されている割には「ホノボノ感」やら「ワクワク感」やらがそこはかとな~く漂ってくるんですよ。  それと言うのも、ここに登場する「水木二等兵」は凡そ兵隊さんらしくないんです。  勇ましさもないかわりに、臆病さも微塵もなくどこか飄々としているんですよね~。  戦争をさせられるために南方へ向かわされたにも関わらず、何だか珍しいもの・文化のあふれる南方世界に好奇心丸出しで本気でそれらを楽しんじゃうある種の「ふてぶてしさ」に満ち溢れているんです。


土曜日には読了していた本なんですけど、「どんど焼き」エントリーに追い出されて(?)ご紹介がちょっと遅れてしまいました。  本日・・・・ではなく、一昨日の KiKi の読了本はこちらです。

小さい牛追い
著:M.ハムゼン 訳:石井桃子  岩波少年文庫

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ノルウェーの農場に住む四人きょうだいは、両親といっしょに村じゅうの牛をあずかって、山の牧場で夏をすごします。  ゆたかな自然のなかで遊び、はたらき、のびのびと生きる子どもたちの素朴な日常を、あたたかく描いた名作。  (文庫本裏表紙より転載)

牛追いの冬
著:M.ハムゼン 訳:石井桃子  岩波少年文庫

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ランゲリュード農場の四人きょうだいは冬を迎えました。  楽しいクリスマス、スキーやボーイ・スカウトごっこ・・・・・わくわくすることがいっぱいです。  ノルウェーの美しい自然と愛情ゆたかな家庭から生まれた「小さい牛追い」の続編。  (文庫本裏表紙より転載)

この物語は何てったってあの「石井桃子さん」の翻訳だし、岩波少年文庫創刊初期からのお馴染み作品だったみたいなんだけど、KiKi にとっては実はお初でした。  この本の存在を知ったのは実はこの本(↓)を読んだときで、この本の中にある対談集の中で多くの方々が絶賛されていらっしゃるので、何だか大切なことを見落としていた悔しさ・・・・・みたいなものを感じたんですよね~。  

なつかしい本の記憶 岩波少年文庫の50年
編:岩波書店編集部  岩波少年文庫

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ユニークな三組のきょうだい対談(中川季枝子・山脇百合子、 池内紀・池内了、 岸田衿子・岸田今日子)、斎藤惇夫講演「岩波少年文庫とわたし」のほか、雑誌のエッセイ等を収録。  子どもと大人のための、個性あふれる楽しい読書案内。  (文庫本裏表紙より転載)

その後、いろいろな対談やら何やらを雑誌なんかで見るにつけ、何と言っても「中川季枝子さんの絶賛作品」であることを知りました。  あっちでもこっちでも中川さんは「小さい牛追い」の話をされていらっしゃるんですよね~(笑)


昨日もこのエントリーでお話した通り、おらが村では小正月のイベント、「どんど焼き」が催される(?)ことを知った KiKi は何とかその現場に立ち会いたいと昨日の夕方から村をあちこち走り回りました。  ま、ついでに、以前からこのブログでご紹介したいと考えつつもあまりの寒さにめげて実践できていなかった「おらが村のイルミネーション」も一遍にご紹介できちゃうチャンス!とばかりに「カシミアのタートルネックのセーター」の上に「もう1つセーター」を重ね、さらには「フリース」をも着込んだ上に「ダウンのコート」という完全防寒体制で夕方16時半近くに家を出ました。

普段であればこんな時間には家じゅうのカーテンを閉め切って、薪ストーブの前でプルプル震えている時間なんですけどね(笑)  まずはそろそろストックのなくなりかけている「お米の精米」に農協へ。  そこからお目当ての「どんど焼き会場」を目指して移動してみたものの、そのタイミングでは人もいなければ点火しそうな雰囲気もない・・・・・ということで、とりあえずは1つ目のイルミネーション会場に向かいました。

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イルミネーションを堪能するにはまだちょっと明るすぎるきらいはあるものの、それなりに美しい時間帯には入っていたため、とりあえずパチリ。

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都会の商業施設のイルミネーションには到底敵わないけれど、他に照明がない分美しさが際立ちます。(写真はイマイチだけど・・・・・ ^^;)

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このイルミネーション、年々進化しているんですよ。  と言うのもね、このイルミネーションを主催しているのが村の商工会を中心としたボランティアの人たちらしいんだけど、毎年アルミ缶回収をして回収業者にそれを引き取ってもらうそのおカネで少しずつ少しずつLED電球を購入してバージョン・アップを図っているんです。  

KiKi がこの村に初めて訪れた時に見たイルミネーションはまだまだ KiKi 自身が都会ズレしていたせいもあったかもしれないけれど、もっともっと淋しい感じでそう言っちゃ申し訳ないけれど「う~ん、頑張っているのはわかるんだけど、何も都会の真似してこんなことしなくても・・・・・・」と思わないでもなかったんです。  でも、年を重ねるにつれどんどん立派に大がかりになってきているんです。  今では KiKi も毎年密かに楽しみにしています。(← 都会人らしく変わり身が早いんです 笑)

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都会のように「照明デザイナー」みたいな人がいるとも思えない村の手作りイルミネーション。  何となくホンワカしていて素敵でしょ♪  実はこの時、KiKi 以外にもこのイルミネーションを撮影している親子連れがいたりしたんですよね~。  村の行事としてもすっかり定着したみたいです。  もっとも「村の行事」と言いつつも、どの程度「村」が関与しているかっていうと多分ほとんど関与していないんじゃないかしら??  都会にいると多くの「行政サービス」が当たり前で、勤め人は自分の家のことだけやっていればいいような風潮がなきにしもあらずだけど、田舎では「これは当然行政サービスかしら?」と思うようなことが村人のボランティア活動で行われていることに気がつかされます。  自分の家のことは勿論、自分たちが属する社会の仕事を当然のこととして分かち合う姿には感動を覚えます。  

さて、イルミネーションの第1会場を後に、もう一度先ほどの「どんど焼き会場」に向かうと、道すがら大きな煙が見えてきました。  どうやら KiKi がイルミネーションにうつつを抜かしている間に、点火された模様です。  

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さっきまでは人っ子一人姿が見えなかったのに、あっという間に人が集まっています。  ここには大小2つのやぐら小屋(どんどや)が組まれていて、まずは小さい方に点火されていました。  このやぐらには竹も使われているので、時々「パーン!」と竹の節がはじける音(?)が鳴り響きます。  昨晩はかなり寒い夜だったんだけど、この勢いよく燃える火の近くに立つと、かなり暖かい。  イルミネーション会場で凍りついたように冷え切っていた KiKi の体がみるみる温まっていきました。

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青い葉っぱが燃える時のパチパチいう音、竹の節のはじける音、風にあおられ火が燃え盛る音、炎の先端がはじける音。  そのどれもが「火の浄化作用」そのものを表すようで、感動的です。  KiKi の頭の中で「神々の黄昏」の音楽が高らかに鳴り響きました。  Lothlórien_山小舎で暮らすようになって薪ストーブを使う生活の中で「火」とはだいぶ仲良くなったつもりの KiKi だったけれど、これは本当に凄い!!  

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ふと気が付くと火の粉をたくさん被っていて、「ああ、これで今年は無病息災で過ごすことができる」と力づくで納得させられちゃったような気分に・・・・・・。  もっともそんな中でも鼻がウズウズしていて、鼻水が垂れちゃうんじゃないかと心配したりもしていてねぇ(笑)。

こんな素敵な「火祭り」に見とれていると、何人かの人に取り囲まれ「うちの息子が今年厄年なんです。」「私、今年厄年なんです。  お願いします。」と声をかけられ「厄払いのお振舞」を手渡されました。  KiKi の育ったエリアでは「どんど焼きに点火するのは厄年の男」という文化はあったんだけど、「厄払いのお振舞」という風習はなかったので最初はどうしたらいいのかわからなかったんだけど、最初にそのお振舞を差し出してくださったおばさまに聞いてみたところ「何もしないでもらってくださればそれでいいんですよ。」とのこと。  有り難く頂戴しました。  

すると次々とお振舞が手渡され、中にはお酒を振る舞う男性もいて、いただかなくちゃいけないような、飲酒運転になっちゃうから困ったようなという状態に・・・・・・ ^^;  家からちょっと離れた場所だったので車で見学に行ったわけだけど、「どんど焼き」には車で乗りつけちゃいけなかったみたい・・・・・(笑)


村で見かけた懐かしい風景

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年が明けてから、おらが村 & 近隣の町を車で走っているとこ~んな風景をよく見かけるようになりました。

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ただでさえ大地は枯れはてまっ茶色なところに緑がこんもり。  でも何よりも目を引くのはそこに突き刺されている(?)この真っ赤な達磨です。  これが設置されているのは多くの場合田んぼのど真ん中。  周囲には家も小屋もない見渡す限りまっ茶色の中にこれがあるんですよね~。

これ、何かわかります???


これ、まあお正月飾りの1つなんですけど、ここでもう間もなく(14日か15日;いわゆる小正月です)「どんど焼き」が行われるところなんです。  KiKi が育った静岡県東部ではこの写真にあるような「達磨」はついていなかったんだけど、ここら辺りは「達磨付き」が標準みたいです。  さすが、「高崎だるま」のお膝元(?)です。

「どんど焼き」という名前はこのお祭りが集落内の路傍に祀られている「道祖神の火祭り」として行われていることに由来すると、子供の頃教わったことがあります。  KiKi の生まれ故郷、静岡県では「門松」とか「注連飾り」とか「書初め」が持ち寄られ、一緒に燃やされました。  「書初め」を燃やすと字が上手くなると言われ、ある年の「どんど焼き」で燃やしてみたけれど、その後一切進歩がなかったことをよ~く覚えています(笑)

   

ソナチネ・アルバムぐらいまで進んだピアノ・レスナーが憧れ、「発表会で弾いてみたい曲」統計をとってみたら恐らく5位以内には入るだろう名曲を今日は聴いてみます。  この曲、CDでちゃんと聴くのなんて何十年ぶりだろう・・・・・ ^^;  何せこういう(↑)メジャー曲なだけに、何度この曲を町のピアノ教室の発表会で聴いたことか・・・・・。  そういう曲なだけに「のだめ」でコンセルヴァトワールの試験でのだめちゃんがこの曲を弾くのを見た時は、正直なところ「嘘っぽさ」を感じてしまった KiKi でした。  もっともコンヴァトで勉強したことも試験を受けたこともない KiKi が感じる「嘘っぽさ」な~んていうものは、単なる KiKi の思い込みにすぎないんですけどね(苦笑)

モーツァルト ピアノソナタ第11番 K.331 「トルコ行進曲付き」
DENON COCQ-83689-93 演奏:I. ヘブラー(pf)

414XCCEPP1L__SL500_AA240_.jpgのサムネール画像  (Amazon)

今、手元にCD本体がないので録音年月の情報は確認できませんでした。  でも、モーツァルトのピアノ・ソナタと言えば彼女!というほどこのヘブラーさんの演奏は大好き♪  子供時代の KiKi にとってモーツァルトのピアノ・ソナタっていうのはあんまり興味の持てる音楽ではなかった方(ソナチネ・アルバムを終わる頃になると、モーツァルトのようなソナチネの延長線上にあるように感じられる音楽よりはロマン派の音楽に興味が移行していた)なんだけど、その中でもこのソナタだけはレッスンでちゃんと勉強したことがありました。  ま、それも率先して・・・・と言うよりは当時師事していた先生に

「ピアノをちゃんと習っているならこの曲はちゃんと勉強しておいて当然!」

みたいな感じで与えられた課題として・・・・・だったんですけどね。  ま、幸い、第3楽章の「トルコ行進曲」には興味がなくもなかったから、さほどイヤイヤということではなくレッスンしたことを覚えています。  

因みに KiKi がこれまで師事してきたピアノの先生は、誰一人として曲をバラバラにしてレッスンする先生はいませんでした。  どういうことかって言うと、KiKi のお友達の中には例えばこの曲の場合「トルコ行進曲(≒ 第3楽章)」だけをレッスンして、第1、第2楽章には手をつけない・・・・・という先生もいるみたいなんですよね~。  子供時代は自分が習っている先生のやり方が絶対ですから、他を知らないうちは「全楽章通して勉強するのが普通」と考えていた KiKi だったんだけど、学校で別の先生についているお友達のレッスンの話を聞くようになると、そうではない先生も世の中には大勢いることを知らされ、「へぇ・・・・・」と驚いた記憶があります。

まあ、どちらのやり方が「正しいか」とかそういうことを論評する気はないんだけど、KiKi 個人の経験からすると、子供時代からそうやって鍛えられたことが、後に長大なマーラーの交響曲なんかを聴く際にも役に立っているかなぁ・・・・と思うことがあります。  要は「美味しい所どり」をしない癖がつくことによって曲全体の構成に目が向いたり、ちょっとした変化に気が付くようになったり(例えば繰り返し部分で1回目と2回目の演奏の仕方がちょっと違うとか)というのは、全楽章 & 繰り返し記号どおりの演奏を求められたレッスンの中で身についた音楽への対峙の仕方だったように感じます。


岩波少年文庫の中の「シャーロック・ホウムズ・シリーズ」の中で唯一読み残してあった1冊を読了しました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。  (これ以外の「まだらのひも」、「最後の事件」、「空家の冒険」の Review はこちら

シャーロック・ホウムズ バスカーヴィル家の犬
著:C.ドイル 訳:林克己  岩波少年文庫

51E5VQDZBGL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

荒れ地の旧家バスカーヴィル家に伝わる魔犬の伝説。  領主の謎の死をめぐり、後継者からの依頼をうけて、ホウムズとワトスンは館を訪れるが...。  怪奇と幻想にいろどられた長編。  (文庫本裏表紙より転載)

以前、このエントリーにも書いたことだけど、本作に関しても「まるで初読のように新鮮、でもそれと同時に何となく物足りなさみたいなものも感じてしまった」という感想でしょうか・・・・・。  ストーリーの詳細までは覚えていないまでも、ホウムズ・シリーズの中でもっともドキドキし、不気味さで震えあがった物語だったはずなんですけどねぇ・・・・・。  特に魔犬がねぇ。  いえね、KiKi の記憶の中ではこの魔犬がもっと頻出していて、不気味さをかきたててくれちゃっていたように思うんだけど、今回再読してみたら実は最後の方にちょっぴり姿を現しただけで、「あれ??  こんな風に呆気なく出てきて、しかも呆気なくやられちゃうんだったっけ??」っていう感じ(苦笑)。

今にして思うと、ホウムズ・ワトソンコンビがこの魔犬の伝説を初めて聞かされるところから、まるで妄想のように自分の中でその犬のイメージを膨らませ、その後のバスカーヴィル館をとりまく荒涼としたムーアの描写の中で勝手にそのイメージをさらにおどろおどろしくしていたのは KiKi 自身だったのかもしれません ^^;


さて、昨日はちょっとお買いもので遠出をしたりしていて、読書の時間があんまりとれなかったので、今日はクラシック音楽関係のエントリーを書いてみたいと思います。  相変わらず「のだめ(漫画)頼り」の選曲ですけどね(苦笑)  ま、てなわけで本日の KiKi の1曲はこちらです。

タンホイザー序曲
ユニバーサル ミュージック クラシック ASIN: B0007OE2H6
演奏:シノーポリ指揮 & フィルハーモニア管弦楽団  録音:1988年5月

31VJ9RZF0JL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ここLothlórien_山小舎にはCDを持ってきていなくて、音楽鑑賞はひたすら KiKi の愛機の iPod; Siegfried に入っている演奏を再生して聴いているだけなので、生憎この演奏がどなたの指揮でどのオケのものなのか・・・・はちょっとわからない・・・・・と思っていたら、以前こんなエントリーを書いていました。  このエントリーはこのCD 全体の Review となっています。  おかげで今日聴いた演奏がこのCDの演奏であることには確信が持てちゃいました(笑)

「タンホイザー」と言えば KiKi がすぐに思い出すのがこの映画のこと。  この映画の中でルートヴィヒが引きこもっていたお城・・・・だったか、幽閉されていたお城・・・・・だったか、ちょっと記憶が定かじゃないんだけど、そこで流れるオルゴールの音楽がこの「タンホイザー序曲」同様に独立してよく演奏される「夕星の歌」だったんですよね~。

    

昨日の「不思議な国のアリス」は読み通したのは今回が初めてだったけれど、それでも過去に途中までは何回か読んだことがあった分、まだとっつきやすかった・・・・・。  でも、その続編となると・・・・・・。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

鏡の国のアリス
著:L.キャロル 訳:脇明子 絵:J.テニエル  岩波少年文庫

517WDAD9R4L._SX230_.jpg  (Amazon)

鏡を通りぬけると、そこはチェスの国。  おしゃべりする花やハンプティ・ダンプティ、ユニコーンたちに出会いながら、アリスは女王をめざします。  『不思議の国のアリス』に続く、イギリス児童文学の古典。  (文庫本裏表紙より転載)

う~ん、この物語は難解だなぁ。  正直なところ KiKi にはよくわかりませんでした。  ダジャレ的なものが多すぎるうえに、これが「訳文」であることを考えると、「正しい反応の仕方」がまったくわからないんですよね~。  もちろん、この手のナンセンス文学に「正しい反応の仕方」な~んていうものがあるのかどうかはわからないんですけどね。  でも、やっぱりダジャレっていうやつは「オリジナル言語」で語られて初めて面白さがあるものだと思うし、この物語のように「マザー・グース」を多用している物語ではそれに親しんでいる下地みたいなものも要求されるような気がするんですよ。

ついでに言えば、トランプ遊び(ふしぎの国~)にしろ、チェス(鏡の国~)にしろ、KiKi の場合はあんまり遊びとして馴染んでいないので、そこもちょっとねぇ・・・・・。  訳者の脇さんはあとがきで

チェスの規則を知らないとお話が楽しめないんじゃないかと心配する必要はありません。

と仰っていますが、チェス盤になぞらえた世界で物語が進行している以上、やっぱり知らないよりは知っている方が楽しめることが多いんじゃないかと、半分僻み根性も手伝って感じてしまうのです。  とにかく KiKi には最初から最後までよくわからなかった・・・・・ということもあっての物言いだとは分かっているんですけどね。


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