ニーベルングの指環 だいじなものの最近のブログ記事

今日も昨日に引き続き「ニーベルングの指環」の水を考えます。  昨日いきなり「水の浄化作用」にいっちゃったのでこれで終わりかと思ったでしょ?  でもね、水にはまだまだ出番があるのでもう少し KiKi はいじくらせていただきたいと思います。  

さて一昨日のエントリーで KiKi はかなり無責任に、

水は生命の源です。  そして資源の源です。

と言いきってしまい、しかもほっぽらかしにしたままにしちゃっています。  今日はそのあたりを検証していきたいと思います。  さて、この物語で「水」が出てくる場面、ライン川まわりは「ラインの黄金」がらみのお話がほとんどなので、「黄金の封印」と「指環の浄化」さえ語ってしまえばあとは大した話はのこっていないんじゃないかと思うんですが(何か思いついたらまた別エントリーを書きますね♪)、この物語には他にも水がいっぱい出てきます。  それを丹念に拾っていってみようかと思います。  こういうのを重箱の隅をつつくって言うんですかねぇ~(笑)  でもね、文学部の学生とか卒業生っていうのはそういうことを四六時中しているものなのですよ。  要は裏(というか暗喩)を読むっていうヤツですね♪

 

<ヴァルキューレ>

第1幕 フンディングの家の中
  ・ フンディングの家に押し入ったジークムント、「水」を要求する
  ・ ジークムントとジークリンデの会話の中で出てくる「水鏡」
     (兄妹であることを認識するプロセス)

 

<ジークフリート>

第1幕 森の中の洞窟
  ・ ジークフリートとミーメの会話の中で出てくる「小川」
     (ミーメと親子ではないことを確信している証左)
  ・ ノートゥングを鍛えなおすときに水桶に鋳型を入れる(ジュッ[:工具:])

第3幕 ブリュンヒルデの岩山
  ・ ジークフリートとブリュンヒルデの会話の中で出てくる「水鏡」
     (2人の愛の誕生)

 

<神々の黄昏>

第1幕 ブリュンヒルデの岩山
  ・ ノルンたちの会話の中で出てくる「知恵の泉」

 

 

さて、今日も昨日に引き続き「水」について考えます。  KiKi はね、この壮大な物語の中で指環を浄化するものは「至高の愛」と「火」と「水」の三位一体(?)だったと思っています。  象徴的にはジークフリートとブリュンヒルデの「至高の愛」が「愛を諦める云々」を消し、彼らの「自己犠牲」が「死の呪い」を消し、「火」が「永遠」を消しつつ指環を溶かし、「水」が混じりっ毛なしで完璧な黄金として固めて封印っていう流れじゃないかと思うんですよね。  だからジークフリートの死とブリュンヒルデの自己犠牲だけじゃ足りません。  いくらローゲが洞察力に優れていたとしても、彼の火だけでも足りません。  もちろん「水」だけでも足りません。  3つが交じり合った混合カクテルだったからこそ、指環はラインの黄金に戻ることができたんだと思うんですよね。  だからこそ「水」はものすご~くだいじなものだと思うんです。  で、なぜそう思うかって言うとね、「ラインの黄金」の中でラインの乙女たちがそう予言しているからです。  ヴォータンさんも神々の皆さんもまったく聞く耳持たずでしたけれど・・・・。  では恒例のインタビューです。

 


もしもし、ラインの乙女の皆さん。  本当に「水」にはそんな浄化に効くような作用があったんでしょうか???


ラインの黄金!  ラインの黄金!  清らかな黄金!
水底に清らに輝いて汚れなき戯れに耽っていた宝よ!  どうか戻ってきて!
川の底こそ、安らぎと誠のあるところ。
そっちの世界にあるのは虚偽と裏切りだけなのだから。


さて、今日は「ニーベルングの指環」に出てくる水について考えてみたいと思います。  以前書いたこのエントリーの「だいじなものリスト」には載せていないのですが、「水」はこの物語の中では「ものすご~くだいじなもの」なんですよね。  同じように「火」も「ものすご~くだいじなもの」なんですが、あちらにはローゲ君がいるので、別のエントリーの中でもチョコチョコ触れる機会があると思います。  ところが「水」はちゃんと独立したエントリーを立ててあげないことには触れずに終わってしまいそう・・・・なんですよね。  てなわけで今日は「水」です。

「水」がいかに大事か?  それはワーグナーさんに聞いてみれば一発で答えが出ます。  もしもし、ワーグナーさん。  この物語の中で「水」ってどのくらい大事なんでしょうか??

 

「ラインの黄金」

一筋の川が流れている。

遠目には動くとも見えぬほど悠々と、しかし強い流れが水面に波を押し立てている。  ライン川である。

(「ラインの黄金」 新書館 高橋康也・宣也訳 より転載)

そもそもこのオペラが幕を開けたとき、最初に目に飛び込んでくるのはライン川です。  そして最初の登場人物はと言えば、ヴォークリンデ(波)、ヴェルグンデ(大波)、フロースヒルデ(河)の3人のラインの乙女たちです。  で、このエントリーでも考察したように彼女たちのお父さまはライン川であると考えられます。  始めよければすべてよし。(いや、ちょっと違うか ^^;)  いずれにしろ最初に水を観るっていうのは結構大事なポイントです。

 

 

隠れ頭巾について

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さて、今日は隠れ頭巾について考えてみたいと思います。  あらゆる神話、あらゆる伝承の中に人が姿を消したり、何かに化けたりするお話がでてきます。  これは世界広しと言えども、文化や価値観が違えども、人間が持っている欲望・・・・というか夢想だったようです。  日本にも「隠れ蓑」っていうやつがありますしねぇ(笑)。  さて、この隠れ頭巾。  いつでも好きなときに姿を隠したり、望むものの姿に自分を変えたりできるというスグレモノです。

もっとも現代の「自分」を主張したい人たちにとって、この「隠れ頭巾」がどの程度魅力的なアイテムかというと、多分あんまり魅力を感じない代物なんじゃないかと思うんですよね。  「自分探し」「自己実現」に躍起になっている現代人たちは、どちらかというと社会の中で「隠れ頭巾で姿を消しているかのごとき存在感のない自分」に苛立ち、嘆き、社会の坩堝の中でいかにして「己の存在」を際立たせるかに夢中です。  現代でもこの「隠れ頭巾」で身を隠したいと思っている人がいるとしたら、それは借金取りに追われていたり、検察や警察に追われている人なんじゃないかしら・・・・(笑)。  あ、でも「陰の黒幕」っていう人も隠れ頭巾は欲しいのかな??

あ! でも「姿を隠す」機能には興味がなかったとしても、「望むものの姿になれる」は現代人にとっても結構魅力的な要素かもしれません。  美容院に行くと「今日はどんな風になさいますか??  芸能人だとどんな感じ??」な~んて聞かれることがよくあるけれど、隠れ頭巾さえあれば、そんなことにお金を使わなくたってその憧れのルックスの○○さんの姿になれちゃうわけだから、大枚(?)はたいて時間も消耗した上に「どんなに頑張っても○○さんにはなれない私(涙) 」と落胆する必要もないわけだし・・・・。

「1日だけ神様があなたに別の誰か、何かになるチャンスをあげますと言われたら、あなたは何になって何をしますか?」な~んていう質問が現代社会でも健在であることを考えると、「自分ではない何者かになる」は昔も今も人々の夢なのかもしれません。

 

 

さて、今日は何とかこの「ニーベルングの指環が象徴するもの」シリーズを完結したいと思います。

先代から受け継がざるを得なかった「力の指環争奪戦」。  アルベリヒ vs. ヴォータンの戦いは世代を超えて、今やハーゲン vs. ブリュンヒルデ(& ジークフリート連合軍)の戦いとなりました。  方やハーゲンは全てを知り、全てをたくらみ、今のところ全ての面で優位に立っています。  何せ神々の長の血を引く現在の指環の所有者、かつての戦乙女は恋愛ボケで「ニーベルングの指環」が何であったのかを忘れ、それを「愛の証」と呼び、「ヴァルハラなんか知ったことか、彼の愛があればそれでいい」な~んていうことを言ってのけています。  こともあろうに「愛とは縁がないからこその力の指環」を「愛の証」とは・・・・。  でも、ここでハーゲンの犬と化した狼、ヴェルズングの英雄(こちらも恋愛ボケ)は自身が与えた「愛の証」という指環の価値を自ら否定し、自分の妻のブリュンヒルデをグンターの妻としてギービヒ家に連れ帰ってくるのに大奮闘です。

そして繰り広げられる至高の愛をかけた痴話げんか。  ハーゲンにとっては予定外の騒動ではあったものの、狡猾な彼はこの痴話げんかをも利用します。  「愛」をめぐる争いがいつの間にか「ジークフリートの信義違反」にすり替わります。  こうしてハーゲンの敵であるはずの夫と妻は、己の身の証をハーゲンの槍にかけて誓うに至ります。  さらにはハーゲンにそそのかされた怒りと屈辱に燃えるジークフリートの妻と義兄弟は、声をそろえて叫びます。

  

「事は決した!  ジークフリートは死なねばならない!
 彼のもたらした恥がそそがれるように!
 立てた誓いを破った男よ、みずからの血で償うがいい!」

 

ほくそ笑むハーゲン。  こうしてジークフリートはハーゲンの槍に貫かれて死を迎えます。  これでニーベルングの英雄の狙い通り・・・・。  ところが今際の際にジークフリートは全てを理解します。  (このエントリーを参照)  そして、ヴェルズングの英雄はようやく自分の血を、指環争奪戦の幕引きを託された自分の立場を自らの意志で受け入れ、後のすべてを最愛のブリュンヒルデに託します。  ブリュンヒルデもジークフリートの死をもってようやくすべてに目覚め、彼の遺志を継ぎます。  それはとりもなおさず、神々の長、ヴォータンの意思でもありました。

 

 

さて、今日も昨日に引き続き「ニーベルングの」を考えてみたいと思います。  本来 アルベリヒ vs. ヴォータンの戦いであったはずの「力の指環争奪戦」が世代を超えた悲願となっていることは昨日のエントリーで触れました。  つまりここで アルベリヒ vs. ヴォータンの戦いは、アルベリヒの血を引くもの vs. ヴォータンの血を引くもの の戦いになりました。  アルベリヒの血をひく人物は・・・・と言えば、弟のミーメと息子のハーゲンです。  そしてヴォータンの血を引く人物は・・・・と言えば、ヴェルズング族のジークムント、ジークリンデ、ジークフリートそして神格を失ったブリュンヒルデです。

ヴォータンとアルベリヒは「力の指環」を相手の手にだけは渡さないようにとお互いに知恵比べ(?)のようなことをしていますが、様々な紆余曲折を経て2人の目的・・・・と言うか、指環を得た後どうするかのビジョンは大きく乖離するに至ります。  方やニーベルング陣営はそれを入手した暁には、その指環の魔力を行使することを目的としています。  対する神々陣営は、様々な思惑の中で揺れに揺れ、最終的にはその指環をラインに返すことを目的とするようになります。  

さて、ではそれぞれの種族の悲願を背負った次世代の主人公は誰なのでしょうか??

 

   

さて、今日からは「ニーベルングの」を考えてみたいと思います。  つまり、例えば何故「力(権力)の指環」じゃなくて「ニーベルングの指環」というタイトルになったか?を考えてみるっていうことですね。

まずここで言うニーベルングとは誰のことなのか??  アルベリヒか?  ミーメか??  名もない隷属奴隷の皆さんか???  それともアルベリヒの血を引くハーゲンか????

まずこの点に関する KiKi の考えは全員です。  彼らは皆、指環に対するポジショニングが違うだけで、結果的に指環に与えられた価値観に振り回されている人々です。  そして彼らは神話世界の「小人コスチューム」を着て舞台に現れますが、これは現在の人間社会を構成している人員そのものです。

アルベリヒ:   指環の製作者にして所有者 ブルジョワジーの体現者
ミーメ:      指環の力の前に屈服する奸智を働かせてのし上がろうとしている人物
           プロレタリアートの体現者
名もない皆さん:指環の力の前に屈服する奸智を働かせないまじめな市民
          プロレタリアートの体現者
ハーゲン:    没落ブルジョワジーの末裔
          一族の悲願(御家復興)達成を期待されているホープ

つまり KiKi はこの物語の主題は「欲と密接に結びついた価値観に振り回されている人々とその価値観の本質の物語」だと思います。  ただこれでは楽劇のタイトルとしてはあまりにも長すぎる!!  だから「欲と密接に結びついた価値観に振り回されている人々」が「ニーベルング族」で「その価値観の本質」が「指環」なのだと思います。  で、これをそのまま置き換えると「ニーベルング族と指環」というタイトルになってもおかしくないところだったのです。  ところがこの物語の主人公は必ずしも「ニーベルング族」じゃないところがやっかいなんですよね~。

 

 

さて、今日も引き続き「指環が象徴するもの」です。

アルベリヒ → ヴォータン → ファフナー → ジークフリート → ブリュンヒルデ と目まぐるしく持ち主(保管者)を変えてきた指環はここでようやくぐるっと方向転換、逆方向に向かって再びジークフリートの指に輝きます。  さて、ここで不思議なのはジークフリートが「グンター、ブリュンヒルデに求婚の証」とも言える指環を保持し続けることです。  そしてそれゆえにブリュンヒルデは至高であったはずの愛を裏切ったジークフリートが許せず、復讐心を駆り立てる契機にもなってしまったわけですが・・・・・。  彼女はやはり神の娘、戦乙女でした。  武器と防具はないけれど、そうやすやすと「愛の断念」に「屈従」したりはしないのです。  そして彼女はおぞましい怒りと絶望の中で彼女が忘れかけていた智を思い出し、ことの全貌を見抜く力を取り戻すことを欲します。  

一方、ジークフリートはこの指環が自分の指に光っていることをブリュンヒルデに糾弾されたとき、「これはファフナーを倒したときの記念品だ!」と言い切ります。  それは間違ってはいません。  でも、ブリュンヒルデから彼女の知恵をすべて受け継いだにも関わらず何1つ理解できていなかったこの「愛すべき可愛い無鉄砲なお馬鹿さん」は、その自分の記念品をどうしてブリュンヒルデが持っていたのかを考える頭の持ち主ではありませんでした。  そしてこの「指環騒動」をさえも己の「力の指環奪還プロジェクト」の仕上げに利用しようとするハーゲンの奸智にあっさりと引っかかり、「ハーゲンの槍にかけて潔白を誓う」という行動に出ます。  呪われた指環に与えられた「愛の証」という価値・意味づけはそれを与えたものの裏切りにより今や風前の灯です。

 

 

さて、今日も引き続き「指環が象徴するもの」です。  

アルベリヒ → ヴォータン → ファフナー → ジークフリートと持ち主(というより保管者)を変えてきた指環はブリュンヒルデの指に「ジークフリートとの愛の証」として輝いています。  そこにヴァルキューレの1人、ヴァルトラウテが神々の掟破りをしてまでして訪ねてきます。  ところが智を持っていた頃のブリュンヒルデならいざ知らず、彼女は妹のこの「神々の掟破りをしてまでの行動」のもつ重要性をまったく理解しません。  それどころか彼女に伝えられるヴォータンの悲願「あの子が深きラインの娘たちに指環を返しさえしたら、神たる身も世界も、呪いの重荷より救われるのだが」にも耳を傾けようともしません。  かつてヴォータンは怒りと絶望の中で

「彼女ほど、私の心に深く秘めた秘密を知り、私の意志の奥底まで見通したものはいなかった」

とブリュンヒルデを評しました。  そしてブリュンヒルデ自身も

「お父さまの心を私は裏切りはしませんでした。  たとえご命令に背いたとは言え・・・・。」

と応じていました。  その彼女が・・・・です。

 

「そんな恐ろしげな夢物語なんかして、かわいそうに。
 神の領分である聖なる雲の上の世界から、愚かな1人の女として、私は抜け出してきた。
 そういう私にはあたなの話はさっぱりわからないわ。
 おかしなたわごとにしか聞こえないの。」

「ヴァルハラの悦楽よりも、永遠の神の誉れよりも、私に大切なのが、この指環。
 この輝く黄金を一瞬見るだけで、この聖なる輝きが一閃するだけで、神々の永久の悦楽は
 私にとってむなしいものになる。
 ここにはジークフリートの愛が、至福の光として輝いています!
 ジークフリートの愛が!」

 

 

    

さて、今日も引き続き「指環が象徴するもの」です。  指環はアルベリヒの手からヴォータンの手に渡りました。  ここで「ヴァルハラ城建築請負契約」の代金支払いを求める巨人族の兄弟が登場します。

フライアの代わりにアルベリヒからぶんどった「ニーベルング族の宝」で支払いを済まそうとするヴォータンですが、巨人族の兄弟はなんじゃかんじゃといちゃもんをつけて、隠れ頭巾を、さらには指環を要求します。  ここでローゲは「そもそもあれはラインの乙女から盗難届けが出されたもの;ヴォータンに所有権はないもの」と言って「本来あるべきところ」に返そうとしますが、指環の魅力に屈してしまった神々の長・ヴォータンはそれを却下します。  「これはわしのものだ!」  ここでヴォータンが素直にローゲの言葉に従っていたら、ラインの乙女たちに指環を返していたらどうなったのでしょうか??  まあ、せいぜいが「ラインのゴールド・ラッシュ」な~んていう名前のチンケな作品ができあがっておしまい・・・・だったのでしょうね(笑)

巨人族兄弟に「お前さんのものだったら、支払いのたしにしろ!」と迫られても動じなかったヴォータンですが、智の女神エルダの進言もありしぶしぶ指環を手放します。  するとさっそくアルベリヒの呪いが効を奏し、巨人族兄弟の骨肉の争いが勃発します。  そしてその争いの勝利者ファフナーがすべての宝を独り占めにして森の中へ姿を消します。  

さて、次なる指環の持ち主となったファフナーですが、彼はこの指環に「アルベリヒの呪い」がかけられていることは知らないはずなのですが、何故か「力の指環」の魔力を行使しません。  個人的には、当初あれだけ権力欲(?)のあったファフナーのこの変貌ぶりには唖然とするばかり・・・・ではあるのですが、まあ、彼はファゾルトを殺し、ジークフリートに殺されるための捨てキャラだったということでしょうか??  いずれにしろ宝を抱えてその上で惰眠を貪るばかりです。  こうして「富と力」「死」「屈従」という意味づけを持っていたはずの指環は再び単なる「金色に輝く小間物」(by フリッカ)の姿に戻ってしまったかのようです。

 

 

さて、今日も昨日に引き続き「指環が象徴するもの」です。  アルベリヒによって「富と権力」「屈従」という意味づけ・価値を与えられた指環は一旦はヴォータンの手に渡ります。  指環の持つこれらの価値に魅せられてしまったヴォータンはうっとりしていて他のことは何も目に入らない、耳に入らない状態です。

身包みはがれた状態のアルベリヒはやっと拘束から逃れたその時、この指環に呪いをかけます。  「俺に1度は無限の力を与えた黄金よ、今度はその魔力で、お前の所有者に死をもたらせ!  指環を得て、心楽しむ者はなく、そのまばゆい輝きを浴びて、幸せを味わう者もいない。  それを持つ者は、不安に魂を蝕まれ、持たぬ者は、欲心に身を灼かれる!  誰もが我が物にしようと欲するが、誰もそのありがたみを享受することはない。  それを持っていたところで利得はなく、反対に持ち主は破滅へと駆られるのだ!  死神に魅入られ、恐怖に脅え、命ある限り満たされぬ欲望を抱えて、指環の主人は、指環の奴隷となってやつれ果てていく。  この呪いの効き目、俺から奪われたものがこの手に戻るときまで絶対に変わることはない!」

いやはやすごい呪いをかけたものです。  こうして指環が持つ意味づけ、価値はさらに飛躍的な進歩を遂げます。  「富と権力」「死」そして「指環への屈従」。  それにしても・・・・。  絶対的な権力者になれるはずの指環を持っていたアルベリヒなのになぜヴォータンに屈しなければならなかったのでしょうか??  確かにヒキガエルなんかに化けて見せるのはお馬鹿だったとは思うけれど、つかまってからヴォータンに指環を奪われるまでにはそれなりの時間があったわけだし、指環を持っている間に「絶対的な力」とやらいう最終兵器を行使することを何故考えなかったのでしょうか??  あの状況でそれでも指環だけは死守できると踏んだ読みの甘さ??  自分の愚かさを嘆くばかりで思考停止に陥った???

 

  

さて、本日のお題は「ニーベルングの指環が象徴するもの」です。  このオペラのタイトルは言わずと知れた「ニーベルングの指環」なわけですが、不思議なことに第1夜の物語「ヴァルキューレ」には指環はチラリとも姿を見せません。  ま、もちろん全4夜の4話を通したときの総称が「ニーベルングの指環」であって、それぞれの物語には「ラインの黄金」「ヴァルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」という立派なタイトルがついているので、指環が出てこなくてもいいと言えばいいことなんですけど、正直、KiKi が初めてこのオペラ(特に「ヴァルキューレ」)を鑑賞したときには「へ?  指環は??  どこいっちゃったの??  ファフナーはどうなったの??  ヴァルキューレって何さ??」と訝しく思ったものでした。  まるでお預けを食らって「待て」と言われている子犬の気分・・・・(笑)

でね、「何故このオペラのタイトルがニーベルングの指環なのか??」っていうのは、結構マジな疑問だったのですよ。  で、これについて云々するためには、この「ニーベルングの指環」という言葉を2つに分けたいと思うんですよね。  1つは「ニーベルングの」で、もう1つは「指環」です。  (← って言うのもこれをまとめて論じると長くなりすぎちゃうから・・・・なんですけどね。)  つまり「力(権力)の指環」じゃなくて「ニーベルングの指環」である理由を考えるのがまず1つ。  そしてもう1つが「指環」が象徴するものは何かです。

で、今日はまず「指環が象徴するもの」について考えてみたいと思います。

 

   

ラインの黄金は誰のもの?

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さて、今日のお題は「ラインの黄金は誰のもの?」です。

ワーグナーのオペラ「ニーベルングの指環」の序夜「ラインの黄金」でこのラインの黄金の見張りをしているのは3人のラインの乙女たちです。  3人には一応名前があります。  ヴォークリンデ(波)、ヴェルグンデ(大波)、フロースヒルデ(河)と言います。  3人は「お父さま」の命令によりラインの黄金を守っている・・・・ことになっています。  ここで今日のお題の疑問が発生します。

 

そもそもこのラインの黄金の正当な(?)、もしくは本来の(?)所有者って誰なんだろうか??? 

 

この肝心の問いに関してラインの乙女たちは何も語ってくれません。  ただ「お父さまが気を配って守るようにと仰った」としか・・・・。  でも現在ほど組織ヒエラルキーが分化していなかっただろう神話の時代に、本来の持ち主の依頼を取締役が受けてそれを担当部長、担当課長、現場リーダー、末端のスタッフに繰り下げているとはあまり思えません。  順当に考えれば「ラインの黄金」の正当な持ち主は「お父さま」であっただろうと予測されます。

  

じゃあ、そのお父さまっていったい誰???  

 

ラインの乙女たちは水の精とされています。  じゃあ「精」って何??  そこで広辞苑を調べてみました。

<精>
たましい。  不思議な力をもつもの。  もののけ。
精神・精霊・妖精

<精霊>
① 万物の根源をなすという不思議な気。  精気。
② 草木・動物・人・無生物などの個々に宿っているとされる超自然的な存在。
③ 肉体又は物体から開放された自由な霊。

<妖精>
西洋の伝説・物語に見える自然物の精霊。  美しく親切な女性などの姿をとる。

 

なるほど・・・・。  

 

KiKi はね、彼女たちの「お父さま」っていうのは「ライン河」そのものだったんじゃないかと思うんですよね。  因みにドイツ語の名詞には性別があったりするするわけですが、ライン河は♂ですから性別的にも合ってます。  (これに対しドナウ河は♀です。)

 

 

さて、神話をベースにしたこの「ニーベルングの指環」には同じように神話からイメージを広げて作成されていることが多いRPGだったら「だいじなもの」として登録されるような様々なキー・アイテムが存在します。  これらのキー・アイテムは登場人物と同じくらい何らかの意味合いを持っていたりします。  そこでここではそんな「だいじなもの」を整理しておきたいと思います。


<指環>

他の何を忘れてもこれだけは忘れるわけにいきません!!  だってオペラのタイトルにもなっているんですもの。  で、この「ゆびわ」を軸にして物語は展開していくのですから(・・・・と言いつつもヴァルキューレではヴォータンの独白の中以外では指環の「ゆ」の字も出てこないのですが・・・・ ^^;)。  この指環はラインの乙女たちに愚弄されているうちに「愛を諦めた」アルベリヒがラインの黄金から作り出したものです。  で、もう1つの「指輪物語」同様に「力の指環」と呼ばれています。  この「指環」は「愛を諦めた人物」によってのみ作り出すことが可能で、世界を屈服させる魔力を持っています。  しかしこの指環がヴォータンによって奪われてしまったことにより、アルベリヒは「この指環を持つものに死をもたらす」という呪いをかけてしまいました。  ちょっとした皮肉ですよね~。  世界を屈服させることができるんだけど、持っていたら死んじゃうなんて・・・・ ^^;  でも、そんな不思議な魔力を持っている指環なので欲しい人(?)はいっぱいいるわけで・・・・。  この指環がどんな運命を辿ったのかを簡単なチャートにまとめてみるとこんな感じです。

 

ラインの川底で「指環」の原材料が「ラインの黄金」として眠っていた
   ↓
愛を諦めたニーベルング族のアルベリヒがその黄金を強奪、「指環」を完成、所持、権勢を振るう
   ↓
神々の長ヴォータンがアルベリヒから謀略によってかっぱらう
   ↓
巨人族が神々の居城であるヴァルハラ城建築の対価として譲り受ける
   ↓
巨人族の兄弟喧嘩の末、ファフナーが生き残りその他の宝とともに独占
   ↓
ファフナーは大蛇(竜 ともいわれる)に変身して守る
   ↓
ジークフリートがファフナーを殺害、指環を入手する
   ↓
ジークフリートからブリュンヒルデが「愛の証」として指環を贈られる
   ↓
ブリュンヒルデからジークフリート(忘れ薬による健忘症発症中)が力づくで奪う
   ↓
ジークフリートの亡骸からブリュンヒルデが抜き取り、炎の中に共に飛び込む
   ↓
ラインが増水し、灰になったブリュンヒルデが水に沈み、指環はラインの乙女の手に戻る

 

様々なできごとを巻き起こし、指環に関わった種族はみんな枕を並べて滅びちゃうんだけど、指環だけを見てみると結局ぐるっと回ってもとの状態に落ち着いただけ。  これが何故「剣」や「楯」や「冑」じゃなく「指環」だったのかはぐるっと回って元に戻ることとあながち無関係ではないのかもしれません。
(「指輪物語」で似ているもの: サウロンの力の指輪)


<隠れ頭巾>

指環同様にラインの黄金からアルベリヒの命により弟のミーメが作ったすぐれもので、この頭巾をかぶると姿を消したり、望むものに変身したりすることができます。  この隠れ頭巾の力を逆手にとって、アルベリヒを蛙に化けさせてヴォータンは彼を拘束し、指環やニーベルング族の宝をかっぱらいます。  隠れ頭巾は基本的には指環と運命を共にし、ジークフリートの手に渡りますが、その後この超便利アイテムの去就はちょっと不明です。  はっきりしていることは、あまり感心しない動機(アルベリヒはこの頭巾を使って人々を監視し、恐怖心によって人々を支配・搾取しようとしていた)で作られたこのアイテムは結果としてアルベリヒ自身を裏切り、他の者の奸智によって自分の墓穴を掘るアイテムとなってしまったということです。  そしてさらには、奸智によってアルベリヒを陥れるためにこのアイテムを使ったヴォータンの最愛の娘・ブリュンヒルデは、このアイテムによってグンターに身をやつしたジークフリートにグンターとの結婚を迫られることになるのです。  どうもラインの黄金から作られたアイテムは「強力すぎるが故に使い方を間違えると・・・・」という性質を持っているようです。  「因果応報」「諸刃の剣」なんていう言葉が連想されます。
(「指輪物語」で似ているもの: エルフのローブ)


<ノートゥング>

剣と槍と甲冑の時代、やっぱり剣っていうのは超だいじなもの。  普通の人だったらそんじょそこらの剣でもいいかもしれないけれど、やっぱり物語の主役ともなると半端な剣を持たせるわけにはいきません。  この掟はRPGを作る際にも踏襲され、「キャラクターの固有(専用)最強武器」な~んていう形であらわれます。  それが剣の場合には「聖剣」なんていう風に呼ばれることもあります。  このノートゥングはまさにそんな「聖剣」です。  神々の長であるヴォータンが自分の血を引くヴェルズング族のジークムント専用の武器として特別にこしらえた一点もので、「専用」を強調するために、登場するときにはトネリコの木に刺さって現れます。  で、他の誰もその剣を引き抜くことができないときています。  このあたりはアーサー王伝説に出てくる「聖剣エクスカリバー」とそっくりです。  (あちらは大聖堂前広場の大理石の台座に刺さっていて、アーサー王にしか引き抜くことができなかった。)  で、この聖剣というやつは必ず1度は折れなくちゃいけないらしい・・・・(笑)。  アーサー王のエクスカリバーしかり、ノートゥングしかり。  剣が折れることは受難と常にワンセットです。  で、そこから英雄本人、もしくは孫子の代の誰かが再び再起するときに鍛えなおされるんですよね~。  でもいやしくも「聖剣」なのでそんじょそこらの鍛冶屋には鍛えなおすことはできません。  だから鍛えなおす人は「神様」とか「エルフ」とか「英雄本人」じゃなくちゃいけないのです。  こうして鍛えなおされた剣が主人公(この物語ではジークフリート)の戦いを支えることになります。
(「指輪物語」で似ているもの: アラゴルンの剣 アンドゥリル)

            

<トネリコの木>

さてその聖剣が刺さっていたのがトネリコの木です。  ネットでトネリコを検索してみるとこんなページこんなページがヒットします。  う~ん、なんか違うような・・・・。  これじゃ、おもちゃの剣を刺すのも難しそうです。  まあ植物にはあまり詳しくないのでそのうち真相がわかったらここは訂正することにしましょう。  ま、いずれにしろこのトネリコの木。  実は北欧神話の世界では特別な木として認識されています。  北欧神話の世界で「ユグドラシル」と呼ばれる世界樹(宇宙樹)はこのトネリコの木だということになっています。  この世界樹(宇宙樹)は北欧神話の終末論、ラグナロクにあっても滅びない大黒柱的な位置づけのだいじなもので、時間・知恵・意識・生命・空間の象徴とされています。  
参考: 世界樹(ユグドラシル)-トネリコについて  
(「指輪物語」で似ているもの: 白の木)


<ヴォータンの槍>

第1作の「ラインの黄金」でヴォータンさん初登場の時からず~っとヴォータンさんと行動を共にする彼の槍。  これはトネリコの木から作られたものです。  そのトネリコの木は↑のようなすんごいものなわけですから、当然すんごいアイテムでなきゃいけません。  彼はこの槍にルーン文字で神聖な契約の文言を刻み、その契約を守ることによって神たる資格をもつとされています。  ですからこの槍はそんじょそこらの武器とは異なり単なる戦いの道具ではなく、ヴォータンにとっては彼の神性、彼の覇権を証明するアイテムとも言えるわけです。  だからこそ、「ヴァルキューレ」で姿を消したきりの火の神ローゲを呼び出すときにもこの槍を振るいます。  又、同じく「ヴァルキューレ」でジークムントがフンディングと戦っているとき、ヴォータンはこの槍で名剣ノートゥングを砕きフンディングに勝利を与えました。  この時点ではまだまだヴォータンの、そして神の力は凄かったのです。  でも、続く「ジークフリート」で火の岩山を目指すジークフリートとさすらい人(実はヴォータン)が対峙したとき、今度は逆にヴォータンの槍はジークフリートによって鍛えなおされたノートゥングによって砕かれてしまいます。  このことが神々の凋落の始まりを暗示しています。     


追記:
今後もこのエントリーには必要に応じて加筆していく予定です。

 

    

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