KiKi がLothlórien_山小舎でガス給湯器の修理に立会い、あれやこれやと冬の山での正しい過ごし方を学んでいる間、花の都東京ではこ~んな美味しそうな演奏会が行われていました。 いえね、KiKi もできることならこの評判の「トーキョーリング」は是非観に行きたかったのですよぉ。 でもね、先週はいろいろその他の予定がテンコモリでどうしても日程調整ができなくて泣く泣く諦めたんですよね~。 そうしたら、yokochan さんのブログに早速エントリーが載っているし、KiKi にとっても決してお名前を知らない仲ではない romani さんと観劇後に薩摩焼酎を楽しまれたっていうじゃありませんか! もうもう、みんないいなぁ!!! KiKi だって行きたかったんだもん! でも、行けなかったんだもん!!! 悔しいじゃないのぉ! ・・・・・・こうなったら、「行けなかったけれどいいもん、自宅で勝手にリング_ジークフリート編」を敢行してやるぅ!!!!(笑)
ま、てなわけで、今日の KiKi の1曲 & 1冊はこちらです。
ワーグナー ニーベルンゲンの指環 ヴァルキューレ
ORFEO C660 513Y 演奏:クナッパーブッシュ指揮 バイロイト56年ライブ
ニーベルンゲンの指環 ジークフリート
作・R. ワーグナー 訳:高橋康也・高橋迪 絵:アーサー・ラッカム 新書館
今回もこの(↑)写真ではラッカムの素敵な絵の雰囲気が正しく伝わらないと思うので、もっと素敵な見易い画像をオマケしておきましょうね♪
まるで火みたいだ、この血は!
KiKi が観に行くことができなかった「トーキョーリング」の「ジークフリート公演」に関しては、yokochan さんのこちらのエントリー(演出編)とこちらのエントリー(演奏編)をご覧ください。 恐らく KiKi のために(?← というのは冗談ですが ^^;)、詳細に書いてくださっています。
さて、では物語です。 ジークリンデが難産の末産み落としたジークムントとの間の子供、ジークフリートは森の中の鍛冶屋ミーメの元で成長して若者になっていました。 彼はろくな教育は受けてこなかったので、一見粗野で常識はずれな若者ですが、同時に自然の観察力 & 洞察力に優れるという彼の生い立ちならではの知恵を身につけています。 彼は誰に教えられるわけでもなく、森の動物たちを見ているうちに「生命には父親と母親が必要である」ということ、「愛とはどんなものであるのか」を理解しています。
ヴォータンの仮の姿、「さすらい人」と問答をしたミーメは、ジークリンデが遺したジークムントの形見、ノートゥングを鍛え直すことができるのは「怖れのなんたるかを知らないもの」だと知ります。 そしてその「怖れのなんたるかを知らないもの」とはすなわちジークフリートであることも・・・・・。 怪力のジークフリートを使ってニーベルンゲンの指環 & 宝の上で惰眠を貪っているファフナーを殺して、ついでにジークフリートも始末して、全てを手に入れようと画策していたミーメは途方に暮れますが、ジークフリートが剣を鍛え直しているのを見ているうちに、別の悪だくみを思いつきます。 そうこうしているうちにジークフリートの手によりノートゥングが再生します。
ノートゥング! ノートゥング! たぐいなき剣よ!
ぼくはおまえをよみがえらせた。
冷たく横たわっていたおまえは、いま凛然と美しく輝いている。
裏切り者はおまえの光におののくがいい!
不実なやからを打て! 悪党どもを打て!








