第5回 留学生 2009年12月27日(日) 放映
【総合テレビ】 午後8時00分
【デジタル衛星ハイビジョン】 午後5時30分
【衛星第2】 午後10時00分
明治28年(1895年)9月、真之(本木雅弘)は「筑紫」が呉に帰還したのを機に、松山に子規(香川照之)を見舞った。 その頃、子規は大学時代からの友人である夏目金之助(後の漱石・小澤征悦)が松山中学の英語教師として赴任しており下宿をともにしていた。 帰途、真之が律(菅野美穂)に子規の病状を尋ねると、自分が必ず治してみせると律は気丈に答えるのだった。 やがて、帰京することになった子規は、途中、大和路を散策。句に「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」。
明治30年6月、海軍の若手将校に海外留学の話が持ち上がる。 真之はヨーロッパの大国への留学よりも、敢えて新興国アメリカへの留学を決意。 真之の親友・広瀬武夫(藤本隆宏)は将来の日露の衝突を予見し、ロシアへの留学を希望する。 出発を前に見舞いにきた真之に、子規は命がけで俳句を作ると決意を語る。
留学中、真之は世界的に著名な海軍の戦術家アルフレッド・マハン(ジュリアン・グローバー)に教えを乞い、勃発したアメリカ・スペイン戦争では観戦武官となる機会を得た。 その報告書は日本の海軍史上比類なきものといわれている。 一方、広瀬はロシアで諜報活動の役むきも果たしていた。 そんな中、海軍大佐の娘アリアズナ(マリーナ・アレクサンドロワ)と知り合い、見事なダンスを披露して喝采を浴びる。
真之はアメリカで新興国の勢いを感じ、伝統にとらわれない合理的な戦術に目を見張ることになる。 また、駐米公使の小村寿太郎(竹中直人)から日英同盟の構想をきかされるとともに、英国駐在武官を内示される。
明治33年、(1900年)1月、真之は英国を目指す船上にあった。 世界情勢はヨーロッパ列強に日本、アメリカが参入し、新しい時代を迎えようとしていた。
(NHK松山放送局のHPより転載)
日清戦争での壮絶な体験を経て、物語の3人の主人公はそれぞれが目指す世界を見据え、羽ばたいていく。 そんな回だったように思います。 自らの命令により可愛がっていた部下を失った真之は「自分は軍人として生きてゆけるのか」と苦悩していました。 でも、そんななかでアメリカ留学を決めたところに彼の覚悟・・・・のようなものを感じます。 又、喀血し脊椎カリエスも発症する子規は自らの残り少ない時間をひしひしと感じる中で、自分の生きた証として何が遺せるのかに拘ります。 まるで物見遊山に出かけるかのごとくに従軍記者を目指していた時の子規は、時代の雰囲気に浮かされた若者・・・・という印象が否めなかったのですが、ここへきていきなり成熟した感があります。 そして、「迷い」とは無縁に見える好古は後進指導に新しい道を見出しています。
誰も彼もが通り過ぎる「自分が得たものを何らかの形で世に生かすにはどうするべきか?」という問いに真っ向から真摯に対峙する姿に好感を覚えました。 彼らはこれまでの人生から得たものを自分のなかで消化し、それを足がかりにさらに成長しようとしています。 その姿は彼らがいかに生きることに対して真剣であったかを説得力をもって示してくれています。 ただ、そんな彼らが突入していく時代は決して安穏とした幸せには満ちていないけれど・・・・・。





