ヴォータンの考察 その1

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今日のお題は「ヴォータンの考察 その1」です。

まずはヴォータンがこの物語でどのように登場するのかを整理してみましょう。

<ラインの黄金>
第2場(山の頂き) 神々の長、ヴォータンとして登場
第3場(ニーベルハイム) 神々の長、ヴォータンとして登場
第4場(山の頂き) 神々の長、ヴォータンとして登場

<ヴァルキューレ>
第1幕(フンディングの家の中) ジークムントの話の中で彼の父、ヴェルゼとして登場
第2幕(荒涼たる岩山) 神々の長、ヴォータンとして登場
第3幕(ブリュンヒルデの岩山) 神々の長、ヴォータンとして登場

<ジークフリート>
第1幕(森の中の洞窟) さすらい人として登場
第2幕(森の奥) さすらい人として登場
第3幕(ブリュンヒルデの岩山) さすらい人として登場
第3幕(ブリュンヒルデの岩山) ブリュンヒルデの話の中で神々の長、ヴォータンとして登場

<神々の黄昏>
プロローグ(ワルキューレの岩山) ノルンの話の中で神々の長、ヴォータンとして登場
第1幕(ワルキューレの岩山) ワルキューレ・ヴァルトラウテの話の中で神々の長、ヴォータンとして登場

今日はまずこのヴォータンの登場の仕方から垣間見える「ヴォータンとはどんな存在だったのか」を整理してみたいと思います。

 

 

「ラインの黄金」で盤石な要塞ともいえる神々の居城ヴァルハラを完成させ、その支払いのためにおぞましい代償を支払いつつも、フリッカをはじめとする神々の一族と意気揚々と入城を果たした神々の長でしたが、続く「ヴァルキューレ」で最初に彼の消息を耳にしてみると、それは何とその自慢のヴァルハラを1人離れ、森の中で荒々しい生活をしていたヴェルズング族創始者「ヴェルゼ」としての姿です。  因みにこの一族(と言ってもヴェルゼとジークムントの2人だけですが)は「武勇に長けた荒々しい一族」で「人々が尊ぶことを神聖とは思わない一族」で「全ての人が彼らを嫌う一族」で「暗い森の中をうろつくアウトローの一族」です。  ヴォータンの血を引いている以上、本質的には半神半人の一族であるはずなのですが、彼らは人間なのだそうです。  この意味は何なのか??  何故半神半人という扱いになっていないのか(ローゲのように)??

KiKi の目にはヴォータンがヴェルゼとして人間の女性と交わりを持って創りあげた新しい人間としての一族は、その誕生時点でヴォータンの「自身の神性否定」から始まっている種族のように映ります。  ヴォータンは神々の覇権(ひいては自分の覇権)を守るために、指環奪還の切り札として人間の中に英雄を育てなければなりませんでした。  その英雄を神の中から選ぶことはできませんでした。  さらにその英雄は神とは独立した存在、神の庇護を必要としない存在、神の命令に従わない存在、しかし神のために働くことを自ら選択する存在でなければなりませんでした。  なぜなら、ヴォータンが創りあげた「契約によって統治する世界」では神々は常に契約に縛られるからです。  命令や庇護を与えるという行為は契約違反になってしまうからです。  そこでヴォータンはヴェルズング族を創設し、荒々しいアウトローに育てたわけですが皮肉なことにこの「新しい種族の創造」という行為自体が「神々のアイデンティティ」を否定するところから始まっているように思えます。  神々の黄昏はヴォータン自身がそれとは知らないうちに、否、逆にそれを食い止めようとする彼自身の行動の本質の部分で既に始まっているように思えます。

ただこの時点でヴォータンの目的は「新しい人間の一族の創造と育成」だけでしたから、彼は自分の行動の矛盾には気づかないまま、また神々の長に戻ります。  ヴェルズング族の2人の子孫は無理やり引き離されます。  1人はあたかも自分ひとりの力で戦い、自分で判断できる男に自分を鍛えさせるためでもあるかのように。  そしてもう1人はあたかもしかるべき時がくるまで「約束の剣」を見張り、そしてそのしかるべき時には兄であるジークムントと巡り会いこの世界を統べる新たな一族を栄えさせるためでもあるかのように。

しかしヴォータンの計画は彼の妻、フリッカの怒りの前に頓挫します。  フリッカは一般には「結婚の女神」とされていますが、彼女は同時に「契約の守護神」でもあります。  フリッカはジークムントとジークリンデの近親相姦とヴォータンの浮気を責めて怒っている印象がとても強いのですが、KiKi はヴォータンがそんなことで動じたようには思えません。  彼がジークムントを諦めなければならなかった理由は別にあります。

  

「昼も夜もあなたのなさることを残さず見守っている私を欺くことができるとでも??  彼のためにあの剣を木に突き立てて用意してやり、危急の時にはそれが見つかると約束してやり、その剣のありかに彼を誘うなんてあなたにしかできないことでしょう?・・・・・・あの剣をとりあげてください!」

 

ヴォータンは確かに直接的にはジークムントを導かないように細心の注意を払っていたと思います。  でも、彼を存在せしめた行為そのもの、彼の中に植えつけた反抗心、彼のために用意した剣、それらのすべてが「契約違反」とほぼ同義であることを「契約の守護神」であるフリッカから問いつめられたとき、自身の行動の矛盾に否応なく直面させられてしまったのです。  そして「契約違反」はこの世界を統べている価値観の崩壊につながります。  実はこの「契約」という言葉、現代のビジネス社会の契約と同じものではないと KiKi は考えます。  この件についてはいずれ別のエントリーで触れたいと思いますが、ポイントだけ書いておくと「善意」「愛」「誠実さ」をベースにした、性善説チックなものであったはずです。

こうして「愛を諦めきれないヴォータン」はそんな彼が愛してやまない2人の子供、ジークムントとブリュンヒルデ、2人への愛を諦めざるをえなくなってしまいます。  契約のベースに「愛」がある以上、これは言ってみればヴォータンの、ひいては神々の「アイデンティティ崩壊の危機」なのです。  彼はそこで1人もだえ苦しみます。    

こうしてヴォータンが次に姿を現したとき、彼は「さすらい人」となっていました。  契約に縛られている彼はもはや何にも手を出すことができないし、それをすることが無為であることを悟っています。  でも彼はまだこの時点では世界の統治者ですからすべての成り行きを見つめ続けなければなりません。  そして自分の悲願を託した少年が自分の敵の一族の悲願をも託されていることも知らなければなりません。  彼はもはや「最高権力者としての神」を半ば放棄しているのだと思います。  と同時に、神々の覇権の象徴でもあるヴァルハラの高みで悠長に見物なんてしていられる気分でもないのだと思います。  

そして何もわかっていない、指環の価値に興味さえ抱こうとしないジークフリートが指環を手にします。  さて、これからどうなるのか??  とりあえずはヴォータンが祈願していたとおりヴェルズング族が指環を得たのはよしとして、そこから先のことは何も考えていなかったし既に考えることを自ら放棄してしまっているヴォータンですが、心配でたまりません。  そこでエルダの知恵を受けようと彼女を訪ねますが、その時であってさえも彼は「神々の長」ではなく「さすらい人」の姿です。  挙句、彼はエルダに言い放ちます。

 

「神々の終焉が近いということは、私に何の苦しみもおぼえさせはしない。  私自身が、それを意志したのだから!  かつて激しい苦悩と絶望の中で自ら決めたことを、今、喜んで、自由に、実行に移そうというのだ。  ・・・・・・ 眼を閉じ、夢見のうちに、我が最期を見届けるがよい!  彼らが今後何を行おうとも、神たる私は喜んで世々の若者たちに道を譲ろう。」

 

彼はもはや止めようのない流れを受け入れています。  彼はただ後進に道を譲るためだけに「神」であり続けているのです。  でも・・・・。  本当にジークフリートは後進たりうるのだろうか??  彼がブリュンヒルデを目覚めさせ、この世界を統べていくのか??  ジークフリートとただの1度も接点を持ったことのない神々の長は、確かめずにはいられなかったのだと思います。  彼はどんな男なのか?  神々の後を継ぐ彼は何の力によって世界を統べていくのか??  少なくともヴォータンがヴェルズング族に吹き込んだのは「荒ぶる反抗心と武力」しかないのです。  ヴォータンはジークフリートとこれが最初で最後とばかりに対峙します。

そして・・・・。  彼の槍はジークフリートによって鍛えなおされたノートゥングによって折れてしまいました。  かつてはノートゥングを折った槍(契約の象徴)の敗北です。  ここで「契約によって統べられる世界」という価値観は崩れ落ちます。  でもその剣はいったい何の象徴なのでしょうか??  ちなみにノートゥングとは「苦境の剣」の意味があります。  まあ、このトピックはいずれ別のエントリーで考えてみたいと思います。  こうしてヴォータンは舞台から姿を消します。  それは世界の表舞台から姿を消したことと同義でした。  彼はこの後再構築されるだろう世界がどんなものになるのか、それを知ることもないままに姿を消すのです。

そして「神々の黄昏」ではヴォータンはもはや姿を見せません。  辛うじてヴァルキューレの1人、ヴァルトラウテの話の中で彼の様子を伺うことができます。  (ノルンの話の中にも出てきますが・・・・)  そこで語られるヴォータンの姿はこうです。

 

「ヴォータンは一言も発せず、玉座の上で厳粛な表情で黙したまま、裂けた槍をしっかり握りしめ、フライアのリンゴに手を触れることもしない。」 

 

彼は次の世代がどんな価値観で世界を統べていくのか、その片鱗さえ知りません。  そして自分に権勢を与え、しかもその裏腹に自分を縛り自分を不自由にしていた「契約のかけら」をしっかりと握りしめています。  どうしても拘らずにはいられなかった「愛」も彼の手からはこぼれ落ち、辛うじてそのかけらが地上で息づいてはいるものの、もはや手の届くところにはありません。  彼がどうしても持ち続けたかったもの、神々のアイデンティティの中心にあった3つのもののうち2つを失ったヴォータンは最後の1つ「永遠」も放棄してしまっています。  後は滅亡を待つのみです。

 

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2006年7月15日 16:18に書いたブログ記事です。

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