ニーベルングの指環が象徴するもの その5

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さて、今日も引き続き「指環が象徴するもの」です。

アルベリヒ → ヴォータン → ファフナー → ジークフリート → ブリュンヒルデ と目まぐるしく持ち主(保管者)を変えてきた指環はここでようやくぐるっと方向転換、逆方向に向かって再びジークフリートの指に輝きます。  さて、ここで不思議なのはジークフリートが「グンター、ブリュンヒルデに求婚の証」とも言える指環を保持し続けることです。  そしてそれゆえにブリュンヒルデは至高であったはずの愛を裏切ったジークフリートが許せず、復讐心を駆り立てる契機にもなってしまったわけですが・・・・・。  彼女はやはり神の娘、戦乙女でした。  武器と防具はないけれど、そうやすやすと「愛の断念」に「屈従」したりはしないのです。  そして彼女はおぞましい怒りと絶望の中で彼女が忘れかけていた智を思い出し、ことの全貌を見抜く力を取り戻すことを欲します。  

一方、ジークフリートはこの指環が自分の指に光っていることをブリュンヒルデに糾弾されたとき、「これはファフナーを倒したときの記念品だ!」と言い切ります。  それは間違ってはいません。  でも、ブリュンヒルデから彼女の知恵をすべて受け継いだにも関わらず何1つ理解できていなかったこの「愛すべき可愛い無鉄砲なお馬鹿さん」は、その自分の記念品をどうしてブリュンヒルデが持っていたのかを考える頭の持ち主ではありませんでした。  そしてこの「指環騒動」をさえも己の「力の指環奪還プロジェクト」の仕上げに利用しようとするハーゲンの奸智にあっさりと引っかかり、「ハーゲンの槍にかけて潔白を誓う」という行動に出ます。  呪われた指環に与えられた「愛の証」という価値・意味づけはそれを与えたものの裏切りにより今や風前の灯です。

 

 

それにしても本来単なる「金色に輝く小間物」に過ぎないはずの指環も大変です。  人間(ニーベルング族を含む)の勝手な思惑で、ありとあらゆる概念を背負わされ、挙句あっちへ投げられこっちへ投げられ・・・・。  そろそろ息切れしてきてもおかしくありません。

さて、こうしてハーゲンの操り人形としてはこのうえなく優秀な腕っぷしだけは強い「愛すべき可愛い無鉄砲なお馬鹿さん」の役目は終わりました。  もうハーゲンのプランでは彼は用なしです。  ジークフリートは自分が指環に与えた価値を自ら否定したことにより、指環に裏切られ見捨てられてしまいました。  指環に残されていた価値は「富と力」「死」「屈従」「記念品」だけです。  「富と権力」にはもとより興味のないジークフリートです。  「記念品」は・・・・まあ無意味です。  最後のチャンス、ラインの乙女に自らの手で返すという選択肢にも目も向けません。  最後に指環はジークフリートに「死」の呪いへの「屈従」を要求します。

  

ジークフリートの死

 

そんな彼の指から指環を抜き取ろうとするハーゲン。  でもジークフリートの遺体はそれを拒むかのように腕を上げハーゲンを威嚇します。  このポルターガイスト現象とも言うべき事態が意味するものは何なのか??

KiKi はこう考えます。  今際の際にブリュンヒルデを思い出したジークフリートは、ブリュンヒルデへの愛を歌います。  このとき、彼自身が指環に与え一旦は否定した「至高の愛の証」という価値が再び指環に灯ったのではないかと・・・・。  そして、ジークフリートは瀕死の中でようやくブリュンヒルデから授けられた知恵を体得することができたのではないかと・・・・。  あまりにも多くを与えられ、情報過多の状態で何を信じたらいいのか、何を軸にすればいいのかわからなかったジークフリートでしたが、最後の最後の瞬間にブリュンヒルデが見てきたこと、聞いてきたこと、感じてきたこと、選んだことのすべてを理解したのだと思います。  そしてそこに自分がしてきたことが重なります。  ブリュンヒルデが知っていたことは「ラインの黄金」から「ヴァルキューレ」までのすべてです。  そして自分がしてきたことは「ジークフリート」のすべてです。  遠いヴァルハラで審判のときを待ちながら2羽のカラスを放った神と、亡霊になってまで息子を洗脳し続けてきたアルベリヒの悲願を背負ったハーゲンしか知らなかった(故にハーゲンはこの顛末の仕掛け人でありえたわけですが)全てを知ったとき、そして「富と権力」には見向きもしなかった「愛すべき可愛い無鉄砲なお馬鹿さん」は誰よりも賢くなったのではないかと・・・・。  そして彼ははっきりと悟ったのだと思います。  自分の使命を、そして指環が誰のものであったのかを。

「富と権力」も「死の呪い」も「屈従」も人間が指環に与えた概念でした。  その概念に振り回されている人間。  だとしたら自分が与えた「至高の愛の証」という概念だって力を持てるはずだ・・・・・と。  彼の最後の歌はブリュンヒルデに語りかけています。

 

「ブリュンヒルデ、気高い花嫁よ!
 目覚めよ! 目を開け!
 誰が君を再び眠らせ、まどろみの呪縛をかけたのだ?
 君を目覚めさせる男が来たのだ。
 そして接吻で眠りをさまし、花嫁のくびきから解き放つと、
 ブリュンヒルデの喜びが微笑みかけてくる。
 ああ、いま永久に見開かれたその目!  ああ、その息の妙なるかぐわしさ!
 甘美なる消滅よ!  喜ばしき戦慄よ!
 ブリュンヒルデがおれを迎えてくれる!」

 

これはブリュンヒルデへの愛の告白であるのと同時に遺言です。  ジークフリートは至高の愛を誓いながらブリュンヒルデに呼びかけます。  目覚めよ!  もう1度知恵を働かせろ!  目を開いて事の真相を知らなければならない・・・・と。  「誰が君を再び眠らせ、まどろみの呪縛をかけたのだ?」って、それはアンタだろ!っていう感じもなきにしもあらずですが・・・・。  そして彼は自分の屍と対面したときブリュンヒルデが自分に与えてくれたものをもう1度取り戻すことを、そこには+αの情報、ジークフリートのみが知る情報も含めてすべてを取り戻してくれることを念じ、彼女がすべての決着をつけてくれることを信じて死んでいったのだと思います。  この最後の一時こそが、彼が英雄らしかった一瞬だったのではないかと KiKi は思います。  今際の際にしては力強いジークフリートの歌唱は最強になった男を現しているように感じられます。

1番物知りだったはずのハーゲンをジークフリートが超えたとき、ハーゲンの「力の指環奪還プロジェクト」の失敗は決まりました。  だから彼はジークフリートから指環を奪うことはもはやできなくなってしまったのです。  

そして、ブリュンヒルデは・・・・。  彼女にジークフリートの思いは伝わりました。  彼女は当初は悲哀にくれて自分を裏切った夫を見つめていますが、彼の亡骸を見つめているうちにジークフリートを感じます。  「目覚めよ!  目を開け!  君を目覚めさせる男だぞ!」  ジークフリートの遺言をブリュンヒルデはしっかりと受け止めました。  そして彼女がジークフリートに与えた知恵が、再び「愛の証」となった指環とともに、ジークフリートの知恵とともに彼女に受け継がれます。  彼女はジークフリートの真の姿を称え、ヴァルハラの神々に語りかけます。

「誓いを立てて、これほどの律儀さ、契りを結んで、これほどの誠実さ、
 人を愛してこれほどの純粋さは、またとない。
 しかもまた、すべての誓い、すべての契り、至高の愛を彼ほど無残に破ってしまった
 者はいない。

 なぜそうなったか、おわかりですか?
 おお、誓約の永遠なる護り神よ!
 ごらんください、私のやむことなき苦悩を、
 そして、あなた方の終わりなき罪業を!
 私の訴えを聞いてください、神々の長よ!
 あの人は、世にも勇敢な行為によって、あなたの切なる望みを成就しました。
 そしてそのために、あなたに降りかかった呪いをその身に受けてしまったのです。
 こよなく純なあの人が、私を裏切らねばならなかったのは、私という女が、
 より賢くなるためでした。
 では、あなたには、なにをしてさしあげればいいのでしょう?
 今や、わたしにはわかりました。  何もかもすっかり。
 私にはすべてが見えてきたのです。

 (中略)

 これは私に遺されたもの、今この手にいただきましょう。
 呪われた指環よ!  恐ろしい指環よ!
 その黄金をこの手に取り、そして捨てます。

 (中略)

 奪われて禍の種となったこの黄金を、川の流れで洗い清め、
 純粋な輝きをいつまでも保たせるのは、あなたがたの大事な務め」

 

こうして「愛を諦めた」ことにより指環に吹き込まれた「富と権力」は「2人の至高の愛」により消えうせます。  「死」に「屈従」せず「死」を「自ら選択」したブリュンヒルデの行為と、最初から指環をラインの乙女に返すことを主張していたローゲの炎と本来の指環の所有者であるラインの水によりすべての呪い、呪縛が浄化されます。  ただ同時に本来単なる「金色に輝く小間物」に過ぎないものに己の欲を投影した概念を植えつけたニーベルング族もその指環が持つ概念に屈服した神々も滅びなければなりませんでした。

こうしてこの壮大な物語はぐるっとまわってもとの状態に戻ります。  すべての重荷から開放された指環はもとの「砂金」か「金塊」の形から「黄金の小間物」に姿(見かけ)を変えてはいますがを経て、浄化の炎で溶かされ浄化の水で再び固められ、そこに植えつけられていた邪な概念も失い正真正銘の「ラインの黄金」となって「あるべき場所」に戻ったのです。

さて、まとめです。

この物語で「指環が象徴していたもの」は何なのか??  それは恐らく本質的には何もなかった・・・・ということなのではないでしょうか??  この物語を通じて我々が「指環が象徴していたもの」を考えようとしたとき、結果として得られる答えは「人間がいかにじたばたしようとも、すべてはあるべきところに戻るもの」「人間が作り出す概念の本質」「どうしても己が欲望に呪縛されてしまう人間のその欲望の本質」などに気がつかされておしまい・・・・そんな感じなのではないかと思うのです。

次回は「ニーベルングの指環が象徴するもの ニーベルングの 編」です。

 

その6へ続く

 

 

 

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