スリーパーズ

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スリーパーズ
1996年 アメリカ 監督・脚本:バリー・レヴィンソン


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ほんのちょっとしたイタズラ心が災いして大事件になり、少年院に送られることになった4人の仲間。  なんと少年院で待っていたのは看守からの虐待と暴行。  十数年後、大人になった彼らのうち2人が偶然、看守と会って衝動的に殺害してしまう...。

少年院で味わった屈辱と悲痛な心を抱えたまま大人になった4人が、それぞれの方法で看守たちに復讐していく。  全米で実話か否かの論争を巻き起こしたノンフィクションのベストセラー小説を映画化した作品だけあって、本物の厚みが感じられる。  看守の1人、ショーン・ノークスの言動が、この物語を最高にスリリングなものにしているのも見逃せない。  60年代のNYを舞台に始まる4人の男たちの厚い友情を感じさせる。(近藤鈴佳)

「スリーパー」とは「州が管理する施設内で9ヵ月以上の期間収容される採決を受けた青少年犯罪者のこと」。  この物語は「スリーパーズ」となった4人の少年たちの血よりも濃い友情と、少年院で受けた心の傷を癒すための復讐の記録である。
                           Amazon サイトより転載  
  


久しぶりにこの映画の DVD を取り出して観ました。  そもそも KiKi がこの DVD を購入したのはあまりにも豪華なキャスティングに惹かれたせい・・・・(笑)  物語の語り手、シェイクスにジェイソン・パトリック。  彼の幼馴染の悪友たちにブラッド・ピット、ロン・エルダード(キャロルの恋人の消防士@ER)、ビリー・クラダップ(今度 Mi-3 に出るらしい・・・)。  そして彼らを子供時代から見守り続けるボビー神父にロバート・デニーロ。  (この DVD を購入した頃ぐらいまでは大好きでした)。  さらにさらに、ちょっとアル中の弁護士スナイダーにダスティン・ホフマン。  で、極めつけは4人が少年時代に収監されていた少年院の看守ノークスに、今や怪優 No.1 とも言うべきケヴィン・ベーコン。  まあ他にも色々いるんですが、配役紹介がメインじゃないので、それはこの辺で・・・・(笑)

これって元々1996年頃にアメリカでベストセラーになったお話が原作で、その原作者は元 NY Daily News の記者だったロレンゾ・カルカテラという方。  どうやらシェイクスは彼自身のことのようです。

映画冒頭の約30%ぐらいを使って4人の悪がき君たちの少年時代がじっくりと描かれます。  舞台は NY の下町、ヘルズ・キッチンというどちらかと言うとよそ者の吹き溜まり的な貧しくて暴力も横行しているようなそんな町です。  彼らの生活はどちらかと言えば劣悪な部類で、家庭も不安定(DV なんて当たり前・・・みたいな環境)でおよそ子育てには向かなそうな町なんだけれど、そんな町でもシェイクスたち4人はスクスクと育っていました。  4人はとても仲がよく、暴力がはびこっている町とは言え地域内の子供たちだけはその暴力から守られるべしという暗黙の了解があって、天真爛漫に消火栓で水浴びして遊んだり、ウェストリバーに飛び込んで泳いだり、バスケットや野球に興じたり・・・・なんていう毎日を過ごしていました。  でも、そんな環境だから当然のことながら、質の高い教育なんていうものは望むべくもなくて、そんな彼らの将来の夢もアメリカン・ドリームとは程遠く2人は聖職者になりたいなんていうことも考えているんだけど、それも顔見知りの懺悔を聞くことができるから・・・という何とも情けない理由からだったりするわけで・・・・・。  この時点でのこの4人は悪ガキだけどほとんど影はなく、でもまあ環境が環境なだけにどうなることやら・・・・という危惧しか抱かせません。

ところがこの少年達、ある暑い夏の日にちょっとしたイタズラをしようということになります。  4人のうちの1人がホットドッグ屋で万引きをする → 店主がその1人を追いかける → その隙に残りの3人がホットドッグや飲み物を失敬する という、まあ道徳的には問題があるけれど、ある意味では少年らしいイタズラと言ってもいいようなこと。  で、ちょっとだけ考えが足りなかった彼らは全員が逃げる余裕を作るために、そのホットドッグの屋台を地下鉄の階段のところまで持っていって、店主が追いついたところでそれを店主に持たせて逃げよう・・・なんていうことを考えてしまうんです。  でも、思いの外重かった屋台は店主が追いつく前に彼らの手を離れ、階段の下に転がり落ち、運悪くそこに来合わせた男性を押しつぶして重傷を負わせることになってしまいます。  この事件のために彼ら4人は少年院へ送られることになります。  ここでのシェイクスのナレーションが哀しいんですよね。

「俺達はホットドッグ屋を人間視していなかった。  敬意を払う必要のない人間だと・・・。  ギリシャから妻子を呼び寄せようと、懸命に働いている男だったのに・・・・・。  俺達にはそれが見えず、カモにしか見えなかった。」

彼らを少年院に運ぶ車に乗る前、シェイクスとボビー神父は2人だけで話をします。  両親の不仲をひたすら心配しているシェイクス。  そして彼は自分の両親に「何があっても自分は大丈夫」だと伝えて欲しいと言います。  これに対しボビー神父は「嘘をつけと頼んでいるのか?」と聞き、シェイクスは「いい嘘なんだから、いいだろ?」と答えます。  これが後の伏線となっています。

 

 

こうして少年院に送られる4人の少年たち。  悪ガキとは言え根っからの悪党ではない彼らはこれから自分達を待ち受けている生活に不安を覚え、かつての天真爛漫な笑顔は消えてしまいます。  で、案の定と言うべきか何と言うべきか、その少年院で彼らを待ち受けていたものは、彼らが当初抱いていた不安よりも遙かに恐ろしいものでした。

そこにいたケヴィン・ベーコン扮するノークスを初めとするどうしようもない看守たちに受ける暴行、虐待、レイプの日々。  少年院というある意味で世間とは断絶された閉ざされた世界の中で、「教育」「規則を守らせる」「規律を乱さない」という大義名分のもとに「力」を振るう大人たち。  特にノークスの憎々しさたるやまさに「独裁者」。  いたずらっ子とは言え、悪にはさほど染まっていなかったはずの彼らの心に大きな影を落とすことになります。  この時点での4人の仲間たちの子役の演技が切ないんだよね~。  特に1番体が小さくて笑顔が可愛い芸術肌で繊細なジョー君(ジェフリー・ウィグダー)の演技が光っています。  ヘルズ・キッチンにいた頃の天真爛漫さと少年院時代に見せる寂しい瞳 & やつれ切った姿の対比は本当に痛々しい。

物語の後半でシェイクスがロザリオを手に教会でお祈りをするシーンがあるんだけど、そのロザリオにさえも染み付いてしまった忌々しい記憶。  神に祈ったのにその助けは得られなかった苦悩の日々。  抵抗する力も告発する勇気もなく、ただ暗闇に怯えしのび泣きをするしかなかった日々。  そんな日々の中で4人のうち2人は「心が死んだ男」になってしまう・・・・そう、ボビー神父の親友(この人も殺人犯で刑務所に服役)と同じように・・・・。  シェイクスのナレーションがまたもや悲しく響きます。

「昼間タフぶっている奴が夜になるとすすり泣く。  不安と孤独のすすり泣きとは異なる泣き声もあった。  胸を掻きむしる押し殺した泣き声。  それを聞くと人生が変わる。  一生耳に焼きつく泣き声だ。  ファーガソンにやられた夜、ジョンもその泣き声で泣いた。」 

こうして筆舌に尽くしがたい虐待を受けた彼らは、1日も早くこのことを忘れたいとこの少年院での出来事を心の奥底に封印し、誰にも話さない、お互いの間でも2度と口にしないと約束して外の世界に戻ります。  月日は流れ、成長した4人のうち1人は検事に、1人は新聞記者に、そして徹底的に「心が死んでしまった」残りの2人は殺し屋になっていました。  ある日、この殺し屋になってしまった2人(ジョンとトミー)が、食事をとりに行った店で偶然あの忌々しい出来事の首謀者、元看守のノークスに遭遇します。  ノークスをレストランで見かけた瞬間、色々な想いが交錯し、それから一旦は目をそらせるかのようにトイレに入り、洗顔して鏡を見つめ深いため息をつくジョン。  「あの頃の自分たちは抵抗することすらできなかった、でも今は違う・・・・。」  こうしてジョンとトミーは過去の恨みをはらすべく、ノークスを射殺してしまいます。

計画的殺人でもなければ、レストランの客の全てが目撃者・・・・という状況の中、ジョンとトミーは殺人罪で起訴され、情状酌量の余地も保釈の可能性もないまま留置所へ送られます。  そんな2人を留置所に訪ねたシェイクスに2人が言います。  「1人、片付けたぜ、シェイクス。  1人な。」

こうして封印してきた過去と再び向き合わなければならなくなってしまった4人。  でも、彼らはもはやかつてのか弱い少年ではありません。  そして 2人は偶発的に・・・・とは言え既に力 vs. 力で事を起こしてしまいました。  これをきっかけに、出所以来表向きは真っ当人生を歩んできたシェイクスとマイケルの復讐劇が始まります。  検察側の人間としてこの事件に関わり、敗訴に導くというマイケル。  そのマイケルの描く筋書きどおりの裏工作 & 情報収集に奔走するシェイクス。  とどのつまり、「法治国家」でありながら「法」ではなく「地元のギャングらの暗躍」によって街の秩序を保っているという、KiKi のような平和ボケ日本人にはちょっと現実感を抱きにくくさせるこの物語の裏事情・・・・。  とある人物が言っていた言葉が妙に耳に残ります。

「街には街の掟がある。  法廷は金があって弁護士を雇える奴らのものだ。  法廷の正義は金で買えるが、街の正義はそうはいかん。  街の正義の女神は盲目じゃねぇ。  ちゃんと目がある。」

ここから先は法廷劇がメインとなりますが、正直なところこの法廷劇はイマイチ冗長な感じ・・・・。  やっぱり法廷劇っていうのはお互いが相反する立場にあって小気味良くやりあうところがミソなのに、この映画の場合はそもそも検察側が弁護側を誘導していることを最初から知ったうえで観ているから、なんかこう迫力に欠けるんですよね。  これでダスティン・ホフマンのアル中ボケボケ弁護士の演技がなかったら、そして最後のロバート・デ・ニーロの証言のシーンがなかったらどうしようもないシーンだったことでしょう。  ブラピも今ひとつ精彩に欠けていたように感じたし・・・・。

そうそう、その法廷のシーンで2人の大御所俳優の出番以外で妙に心に残ったのは、被告席にいるジョンのシーン。  公判の最中に法廷にいる人たちの絵を描いているんですよね~。  その姿を見ていると、ここまで堕ちてしまったジョンだけど、子供の頃から好きだった絵をこんな場合でも無心に描くことができる・・・・貧しさと過去の暗い思い出に押しつぶされて殺し屋にしかなれなかった悲しさがヒシヒシと伝わってくるような気がして何とも胸が痛みました。  絵を学ぶ機会と経済力があって、あの少年院であんな辛い経験をしなかったら、ひょっとしたらボビー神父が言っていたように「ミケランジェロ」のようになれたかもしれないのに・・・・(いや、さすがにそこまでは無理だったかもしれないけれど・・・・ ^^; ) 

で、ほとんど全てがマイケルの筋書きどおりに進んでいくんだけど、実際にはノークスを殺してしまった2人を何とか無罪で釈放させたいシェイクスとマイケル。  そのためには「事件のあった時間、彼らは現場にいなかった」というアリバイの証人が必要になります。  シェイクスがその証人候補として白羽の矢を立てたのが、ずっと彼らを見守り続けてくれていたボビー神父です。  こうして嘘の証言をお願いしに言ったシェイクスにボビー神父は聞きます。

「つまり、この私に俺に嘘をつけと頼んでいるのか?  神に宣誓した場所で嘘をつけと?」

恐らくめったに頼みごとをしに来ないシェイクスが、これまでの人生でたった 2度ボビー神父に頼みごとをし、それが2回とも「嘘をつくこと」だったんじゃないのかな。  だから、神父はその理由を知ろうとする。  シェイクスが話してくれるのを待っている。  このシーンを見て KiKi はそんな風に感じました。  そしてシェイクスの口から初めて語られるあの忌々しい記憶。  このシーンでのデ・ニーロの表情はやっぱりさすがです。  

で、まあ後は悩んだ末に神父は嘘の証言をし、マイケルの目論見どおりジョンとトミーは無罪放免で釈放され、少年院の不正も暴かれて、幼馴染の4人は久々にバーで落ち合って酒を酌み交わします。  その表情は晴々としていて出所以来ずっと彼らの目を覆っていた暗さが消えたかのように見え、よかったねぇ・・・・と胸に暖かい思いが流れ・・・・。  うん?  本当によかったんだろうか??  これじゃあ復讐万歳!!になっちゃうよ・・・・・。  確かにあの少年院はひど過ぎる場所だったけれど、ノークスたちは極悪非道だったのも確かだけど、これで終わっちゃっていいんだろうか??な~んて思っていると・・・・・・。

 

 

 

これでハッピーエンドとならないところがこの映画のいいところ。  

 

 

「1984年3月16日、安アパートでジョンの死体が発見された。  彼の傍らには彼を殺したジンのボトル。  5件の殺人事件の容疑がかかっていた。  29歳の誕生日の2週間後のことだった。  トミーは1985年の7月26日に死んだ。  至近距離で5発撃たれ、死体は1週間以上たって発見された。  ポケットには十字架と聖ユダの絵。  29歳だった。 ・・・・・」

 

やっぱり彼らの一生は狂わされたまんま終わっちゃうんだね。  (もっともシェイクスだけはあながち悪くもなさそうな雰囲気だったけど・・・・。  まあ、彼は当事者の1人でありながら、どこか傍観者のような淡々とした風情だったものなぁ・・・・。  まあ、語り手だから仕方ないのかもしれないけれど・・・・。)  

映画を観終わって考えました。  「この映画のテーマって何だったんだろう?」と。  ラストシーンでは4人(プラス女1人)の最後のパーティでの満面の笑顔と、少年院に入る前の天真爛漫だった頃の彼らがもっとも光を浴びていた瞬間・周囲の笑顔が交互に画面に現れます。  そして Last Message が「未来は光り輝き、友は永遠だと思っていた。」  

ギャングになってしまった2人はそれなりの死に方をしちゃったわけだし、この復讐劇を演出した検事も法律の世界から足を洗うことになって、4人のうち3人までが自分達が生きてきたその意味を、これまでの時間を正当化することができなくなって、自分たちが本来持っていたはずの「能力」を未来を描き出す希望として使い切ることができなかったっていうことなんだよね。  って言うことは「かつては(ひょっとしたら今も)こういう悲しいことがあったけれど、今後はこんなことが起こってはいけないし、そうじゃない社会にしていかなくちゃいけないんだ」というのがメッセージだったのかな。


 

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