第三の男

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第三の男
1949年 イギリス 監督:キャロル・リード


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第二次世界大戦後、廃墟になったウィーン。  アメリカ人ホリーは親友ハリーに会いにウィーンを訪れ、間もなく親友の死を知る。  しかし、親友の死体を運んだという3人の男のうち、2人はわかったがどうしてもあと1人がはっきりしない。  親友の死に不審を抱いた彼は...。

ホリーの推理劇を通して、廃墟であったウィーンの暗黒の世界を浮き彫りにする。  故・淀川長治に「映画美術の算数」と言わしめたミステリーに満ちた映画。  また、映画のもつ芸術性と娯楽性が見事に融合した映画の教科書でもある。

 『市民ケーン』のオーソン・ウェルズは、悪役ハリーを存在感のある名演技で表現している。  アカデミー撮影賞、カンヌ映画祭グランプリを受賞した。  (齋藤リエ)
                                       Amazon サイトより転載 
  


この映画はね~、KiKi にとって Review するのが結構難しい映画なんですよね。  と言うのも、実は KiKi が英文学部の大学生だった頃、1年間かけてじっくりと読んだイギリス小説の1冊がこのグレアム・グリーンの「第三の男 (The Third Man)」 なんですよね~。  この映画(というより小説)の記述を当時のゼミ仲間とツンツンつつきまわしていた作品なだけに、純粋に 105分 の映像作品を観ただけの感想とは少し異なることをあれやこれや考えてしまう可能性大!!の作品なんですよ。  今回もこの映画を観ながら、ちょっとノスタルジックな気分になっちゃったり、当時の仲間たちとのあれやこれやを思い出したりで・・・・・(笑)。  でも、せっかく観た映画だし、何より素晴らしい作品なのでやはりここで Review を書いておこうと考え、今 PC に向かっています。

まずこの作品の主人公は誰か?というところからこの Review を書き進めていきたいと思います。  因みにアマゾンではオーソン・ウェルズ(ハリー・ライム)、ジョゼフ・コットン(ホリー・マーチンス)の順で名前がクレジットされています。  で、この2人の順番は時に入れ替わるのですが、多くの場合これにアリダ・ヴァリ(アンナ)が続きます。  でね、確かにオーソン・ウェルズの存在感はすごいものがあるんだけど、彼って前半はず~っと姿を現さないんですよね。  画面に出ずっぱりなのはジョゼフ・コットンの方。  じゃあ、KiKi が主役だと思うのはジョゼフ・コットンなのかと言えばそれも違って、KiKi が考えるこの作品の主役は第二次大戦後の廃頽したウィーンという街とその街を覆っている閉塞感だと思うんですよね。

ハプスブルク王家の首都として栄えたウィーンがかの大戦で瓦礫の山と化し、廃墟と下水道と戦火を潜り抜けてなぜか残った観覧車だけが目に付く、そんな風景はあまりにも鮮烈で、どんな反戦映画よりも「戦争とは何か」を映し出しているように感じます。  しかも舞台となる当時のウィーンは英米仏露の4ヶ国が共同統治しているという、全てが混沌としていて、何を信じて誰を頼ればいいのかさえよくわからない社会。  ハリーはそんな当時のウィーンという街の申し子みたいな人物です。  で、そんな状況下だから映画の中に様々な人種が交錯し、ヨーロッパ訛りの英語が飛び交っています。  昨今の映画のように誰も彼もが流暢な英語を喋り捲っていないのが、何ともリアルです。

 

 

様々な国からここを訪れた様々な人種の人たちが、それぞれが育んできた価値観をベースに動き回っているのが物語に深みを与えます。  ハリーとホリーは戦勝国・アメリカ人。  ハリーのかつての恋人でホリーが思いを寄せるようになるオペレッタ女優のアンナはチェコ人。  ハリーを追うキャロウェイ少佐はイギリス人。  そしてバックに流れるあまりにも有名なアントン・カラスの奏でるチターはスイスの民族楽器。  (別の説に十字軍が地中海を渡って東方から持ち帰り、イタリア、シシリア、スペインを通って北へとやってきて、時代とともに改良された楽器ともいわれています。)  いずれにしろ、メインの登場人物 & 物がオーストリア産ではないことに当時のウィーンの実態を考えさせられます。

モノクロ作品にも関わらず、光と影を絶妙なバランスで映し出す映像には圧倒され、なまじ余分な色がないことに美しささえ感じます。  そしてその光と影の歪曲と、映画の中でふんだんに使われる斜め構図が混乱期のウィーンを象徴的に表していて、すべての事柄の「表裏」とか「歪み」を浮き立たせているように感じます。

この映画のテーマの1つであろうと KiKi が考える「裏切り」。  ハリーとホリーはお互いがお互いを裏切るんだけど、これってある意味で価値観の相違・・・・と言うか正義の違いでもあると思うんですよね。  自国は戦場にはならなかった戦勝国アメリカで大衆小説を書いているどちらかと言うと能天気 & 教科書的な誠実さをひっさげているホリー。  ウィーンに到着してハリーの死を知らされた直後の彼の行動は、この混沌とした廃墟の中ではあまりにも無防備であまりにも無知であまりにもお気楽です。  対するハリーは人や街を一瞬にして灰と化してしまう戦争の現実の中で、ある意味では自身がこれまでに培ってきた価値観をすっかり崩壊させてしまい、希釈ペニシリンの闇商人として多くの犠牲者を出すことに何ら心の痛みを伴わなくなってしまっている人物です。  

KiKi はハリーはハリーなりに信仰心やら道徳心やら正義感やらというものを持っていたはずだと思うんですよね。  もちろん昔から要領がよくて、お茶目なことが大好きなちょっと「優等生」とは言えない様な青年だったみたいだけど・・・・・。  でも恐らく彼は戦時下もしくは戦後の混乱都市の中で、辛うじて保ち続けていたそんな信仰心やら正義感が何の役にもたたなかいことに絶望してしまった人物なんだと思うんです。  その絶望が彼をシニカルな人物に変えてしまった。  確かに希釈ペニシリンで傷つく人たちは気の毒だと思うし、人道的にはあってはならないことだとも思います。  でも、戦争では希釈ペニシリンの被害者よりももっと多くの人たちが、文化が一瞬にして灰になってしまったんです。  そして当時のウィーンはその傷痕を生々しく残している街だったのです。  彼は有名な

「イタリアでは、ボルジア家 30 年の圧政下に、ミケランジェロ、ダビンチ、ルネサンスを生んだ。  スイス 500 年の同胞愛と平和が何を生んだ?  ハト時計さ。」

というセリフの前に、あの観覧車の中から地上を見下ろし、そこで動き息をしている人間を「点」だと言います。  現代の平和な時代の中で生きている KiKi にしてみると、人間を点扱いするなんてとんでもないことだと思うけれど、でも戦時下ではひょっとすると人間は「点」でさえもないのかもしれない・・・・・。  物に恵まれ平和教育を受けた現代の私たちがハリーを批判するのは容易いけれど、多分そんなに簡単な問題ではないのだと思います。  まして、ハリーはそんな混乱したウィーンで生き抜いていかなくちゃいけないのですから・・・・・・。

KiKi はハリーがアメリカ人であることにも大きな意味があると感じます。  何を好き好んでこの時期のウィーンにいたのかはこの映画ではちゃんと描かれていないけれど、とにかく敗戦国で生きている戦勝国の人間なんですよね。  そこが単なる旅人であるホリーとは決定的に違うところ・・・・・。  彼のシニカルさはある意味では彼なりのレジスタンスなのかもしれません。  「死」を見過ぎてしまった人間は「死」に対してそしてそれは裏返せば「生」に対して無感動・無関心になってしまうものなのかもしれない・・・・・そんなことを感じました。

それにしてもオーソン・ウェルズの初登場のシーンは凄い!!  背筋がゾクッときました。  この映画は過去に何度も観ているはずなんだけど、ハリーだけに懐いている猫が物陰の男の足元にじゃれついている時から、そこにハリーがいることはわかりきっているんだけど、何度観てもあのシーンには感動してしまいます。  あの、若干恥ずかしそうな、それでいてちょっと不敵な微笑み。  さすがオーソン・ウェルズ!!  

下水道の中の追いかけっこは映像が素晴らしい。  靴音と光と影と、追いつめられていくハリーの表情のどれをとっても見事と言うしか言葉が見つかりません。  そして目の前で親友の殺人を見てしまったホリーとの対面。  ラストのホリーを見つめるハリーの表情はあまりにも多くのことを語っていて、何度も何度も早戻ししては見直してしまいました。  あんなスリリングなことをしなくては「生」を感じることができなくなっていたハリー、極悪非道の悪人なんだけど、どうしても憎みきれないハリー。  そして作家と言えども、あまり深く物事を考えてこなかった(と思われる)ホリーが初めて切実に感じるこの世の不条理。  そんなものが見事に凝縮されているシーンだと思います。

例の観覧車のシーンで、ハリーは「ここでは誰も信用できない、仲間になってほしい」って言うんですよね。  冷静に考えればすでに警察に接触しているホリーにそんなことを言う方が他のどんなに信じられない人間に声をかけるより危険なことのような気がするんですよね。  でも、ハリーはそんなことを気にもしていないように見える。  友達を信じていたから??  友達を信じたかったから??  自分は死を装って友達を騙したのに???  

ちょっと穿った見方かもしれないけれどこのシーンを見たとき、KiKi は思ったのですが、ハリーは恐らく本人も意識していないんだけど、ホリーに殺されるこの結果を望んでいたんじゃないのかしら。  もちろん、本当に明確に「自分を止めてくれ。」みたいな強い思いがあったとは見えないんだけど、どこかでそれを予感していたと言うか・・・・・。  いや、予感と言うと自覚があるだろうから、ちょっと違うかな。  もっと無意識の世界で・・・・・なんですけどね。

だいたい、ホリーに航空券を送ってまでしてウィーンに呼んだのはハリーなのに、その到着の前日に自分の死を偽装したりとちょっと手の込んだことをしているんですよね。  で、西部劇的正義感を引っ提げている友人思いのホリーが自分の死に疑問を持つだろうなんていうことはハリーには容易に想像できたような気がするんです。  で、例の観覧車の中で混乱しているかつての親友に自分の悪行を子供が悪戯を自慢するかのようにペラペラと喋り捲り、その衝撃的告白に失望の色を隠そうとしない旧友に悪事への加担を勧誘する言葉をかける。  これまで用意周到にキャラウェイ少佐を出し抜いてきたハリーにしてはあまりにも不可解なこの行動。  どう考えてもこれってハリー自身が自分の最期を演出しているように見えて仕方がないんですよね。  そしてあの下水道での邂逅。  自分を最期に裏切ったホリーを責めるでもなく、むしろそれを待っていたかのようにコクリと小さく頷いて死を受け入れたハリーと、沈痛な面持ちで銃を握り全てを受け入れたうえで引き金を引いたホリー。  KiKi の目には、ホリーはこのためだけにウィーンに来たように思えて仕方ありません。

だって、そこまでの、そしてそれ以後のホリーってば、徹底的にカッコ悪い & 場違いなんですもの。  猫やオウムにまでなめられきっているし、子供や野次馬には門衛殺しの犯人扱いされているし、文化教育長のお偉いさんと知り合って何となく参加することになってしまった討論会では恥のかきっぱなしだし・・・・・。  挙句、女にもフラレちゃっているし・・・・・。  

ラストのあまりにも有名な並木道のシーン。  実はこのシーンは原作とはかなり違うんですよね。  映画では最後にハリーを裏切ることになってしまったホリーにアンナは一瞥もくべつに歩き去って行ってしまうんだけど、原作では、ハリーの埋葬を終えたアンナがキャロウェイと共に誰にも挨拶をしないで並木道を歩き始めると、ホリーがアンナを追いかけて、やがて二人が肩を並べて歩きだす。  で、「彼は一言も話しかけなかったようだった。  物語の終わりのように見えていたが、私の視野から消える前に、彼女の手は彼の腕に通された。」(by キャロウェイ)というふうに終わっているんですよね。  学生時代にこのラストはどちらの方がいいか、どちらの方がこの作品の世界観にあっているかをディスカッションしてかなり盛り上がりました。

学生時代の KiKi は「断然映画の方がいい!!」と思っていたけれど、今の KiKi は原作のほうがいいように思います。  でもそれってある意味では若い女の行動原理としては映画のアンナだけど、歳を経ていくつかの恋を経た女の行動原理としては原作により近いものがある・・・・・ということなのかもしれません。  確かにホリーは最後の最後に親友を裏切り、彼を自らの手で抹殺せざるをえなかったけれど、そのことによって彼が負った傷はとても深いものがあると思うし、魅力的な愛すべき人物を失ってしまった傷はこの2人に共通のもので、他の誰とも分かち合うことができないものだと思うんですよね。  それにやっぱりハリーのやっていた闇ビジネスは道義的に許されるものではないわけだし・・・・・・。  苦しんで悩みぬいてホリーが選んだ選択が正しかったのか間違っていたのかは、簡単に答えが出る問題ではないと思います。  でも、彼らしかそんなハリーの人生を思い出語りしてあげられる人物はいないわけで・・・・。

KiKi はこういう映画こそ映画だと思うんだけど、イマドキの若い人はこういう映画を観てどう感じるのかな??


 

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