狼たちの午後

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狼たちの午後
1974年 アメリカ 監督:シドニー・ルメット


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1972年8月22日、ニューヨーク。  ブルックリンの銀行に、3人組の強盗が入った。  若い1人が怖気づいて逃げだしたところへ、警察から電話がかかる。  「包囲した。投降しろ」。  2人は9人の銀行員を人質に立てこもる。

 実際に起こった事件をもとにしたサスペンスである。  白昼堂々と銀行に入った強盗たちの、無謀な行動を克明に追う。  警察とFBIの確執、犯人と人質の心の交流、そして野次馬たちの心理描写を見事に描いた秀作だ。

 アル・パチーノとジョン・カザールが強盗を演じている。  監督はパチーノと『セルピコ』で組んだ、社会派の巨匠シドニー・ルメット。  ブルックリンの倉庫を銀行のセットに改装したり、うだるようなニューヨークの暑さが伝わる迫真のロケが見事な作品である。(アルジオン北村)
                                 Amazon サイトより転載  
  


この映画の原題は Dog Day Afternoon。  Dog Day というのは「うだるように暑い日」を意味する慣用句であるのと同時に「停滞期、沈滞期」というような意味もあります。  綿密に計画を立てて・・・・・とはおよそ言い難いような有様で銀行強盗に入った3人の若者たちが、あっという間に警察に包囲されてのっぴきならない状況に陥り、その状況に流されるままに銀行員を人質に立てこもり、人質の身柄を盾にして警察やFBIと取引をしていくさまを淡々と描いた映画です。

全編を通していわゆるBGMらしきものが流れるのは最初と最後だけ。  あとはいわゆる効果音のみの映画というのは昨今の BGM でムードをもりあげる映画とはかなり性格を異にしますが、それが逆に何とも新鮮です。  実話をもとにした作品で、何がテーマなのかちょっとわかりにく映画でもあります。  娯楽作品的な要素(犯人と FBI の心理戦)もあれば、社会風刺的な要素(あの時代の貧しい若者を覆っていた閉塞感や国家権力に対する批判的な風潮、さらにはマスコミ批判)もあるし、弱者を作りそれを放置する社会に対する憤りのようなものも感じられます。

当初は3人で銀行を襲ったもののあっという間に1人が脱落し、その場に残されて追い詰められていく2人のちょっと間抜けな強盗を演じているのはアル・パチーノとジョン・カザール。  名作「ゴッド・ファーザー」のマイケル & フレドの兄弟コンビです。  (ついでにちょろっとだけ出て来るソニー(パチーノ)のお父さん役を演じているのも「ゴッド・ファーザー」でマイケルとフレドの亀裂のきっかけとなった、ジョニー・オラ役の役者さん♪)  何とも落ち着きのないソニー(パチーノ)と冒頭からちょっと茫然自失状態風のサル(カザール)を観ただけで、「こりゃ、ダメだ。」と思わされます。

 

白昼堂々と銀行に押し入った2人だけど、彼らがなぜ銀行強盗を働こうとしたのか、そのきっかけについてはあまり明確に語られていません。  (特にサルに関しては・・・・)  ただ、彼らがどうしようもない閉塞感の中で生きてきて、現代風の言葉で言えば「負け組」だったことは様々なエピから感じさせられます。  そして彼らがベトナム帰還兵であることを知らされた時、KiKi は「ああ、そうだったのか。」と思いました。  愛国心を鼓舞されて、これは「正しい戦いだ」と洗脳されてベトナムへ向かった貧しい青年たち。  彼らの多くは泥沼化していく戦争の中で、そして殺戮の中で、大切なものをすべて奪われてしまいました。  人や国を愛する気持ちも、本来であれば輝かしいものであったはずの青春時代も、物事を冷静に考える思考力も・・・・・。  暴力や血を見すぎてしまった人間の心には、常に冷たい空虚な風が流れるようになってしまうものです。  そして色々なものを失って命がけで戦って帰国した彼らを待っていたのは、心の中の空虚感を増幅させるようなことばかり・・・・・。  国家はそんな彼らに一瞥だにしてくれませんでした。  そして延々と続く貧しいだけの生活の日々。

でも、ソニーは決して根っからの悪人ではありません。  人質がトイレに行きたいと言えば「どうしたものか」と悩むし、病人が出れば解放してあげたり、薬を調達したり、医者を調達したりする真人間さを持ち合わせています。  凄い数の包囲網に囲まれている中でゲイの友人の性転換手術の心配をしたりします。

映画を観ていてとても切なかったのはサルがタバコを勧められてそれを断るシーンです。  タバコを勧めた女性が「なぜ、あなたはタバコを吸わないの?」と聞いたのに対して彼は答えます。  「身体に良くないことはしちゃいけない。  身体は神が宿る場所なんだから。」と。  ワイオミングがどこにあるのかも知らない無学の彼が、恐らくは幼い日に教会で聞かされた説教の話を信じ続け、頑なにそれを守り続けていることが何とも物悲しい・・・・・。

また、ソニーが2人の妻(1人は女性で彼女との間に2人の子供を作った関係、もう1人は所謂ゲイでゲイの人権が認められていなかった当時、ソニーが心の底から心配し籍を入れ彼の性転換手術の面倒を見ようとしていた)と電話で話すシーンと FBI に連れてこられた投降説得役の母親との会話のシーンもとても切ないです。  本来であれば彼の心に安らぎをもたらし、彼の苦悩を癒してくれるべき立場の人たちが、皆、どこか自己中心的で彼の苦悩には耳を貸そうともせずにひたすら自分勝手に喋り続けているのもとってもリアルです。  ソニーにとっては銀行強盗に失敗した、このどうしようもない切羽詰った状況は決して非日常ではなく、当たり前の毎日とどこかダブっている・・・・・。  彼はずっと閉塞感の中で生きていたのです。  それが言いようもなく切ない・・・・・。

だから彼は事件現場に集まってきた野次馬たちにヒーロー扱いされたり、本来人質であるはずの人たちと和気あいあいと過ごすことになってしまった時間に、逆に安らぎを覚えていたのではないか・・・・とさえ感じます。  そして、彼が銀行員に遺書の代筆を頼むシーンがさらに切ない。  彼がちっぽけな遺産(生命保険)を遺そうとしているのは彼を追い詰めることしかできなかった2人の妻だし、別れの言葉を残すのも子供と母親しかいないという事実が彼の寂しい人生を殊更に強調しています。  サルに至っては別れの言葉を遺す相手さえいないし・・・・。) 

映画を観ている間は野次馬たちが何故ソニーをヒーロー扱いするのかよくわからなかったのですが(ゲイの皆さんはともかくとして・・・・)、映画を観終わってからじっくりと考えてみると、アメリカ全体が閉塞感に包まれていたあの時代、国家権力に反発していた当時のちょっと卑屈な社会イデオロギーに思い至り、なるほど・・・・・と頷いてしまいました。  だからこそソニーが発する「アテッカ! アテッカ!」と言う言葉に、シュプレヒコールが巻き起こってしまう・・・・。  (これはアッテカ刑務所の暴動事件で、官権(=国家権力)の行き過ぎた鎮圧によって多くの犠牲が出た実際の事件のこと。)  つまりあの場面でのソニー & 野次馬たちの主張は「お前ら国家権力は今度もまた自分たちのような弱者をなぶり殺しにしたいだけなんだろう??」という抗議なんだろうと思います。

「無事に逃げるか死ぬか、2つに1つしかない」と信じている、ちょっとしたことでも暴走してしまいがちなサルをなだめ、銃撃戦になりそうな状況の中で警察や FBI と交渉を続けるソニー。  彼はこの閉塞感の中で初めて、「それでも何としてでも生き抜きたい!」と心の底から願ったのではないかしら。  そしてずっと社会の落ちこぼれだった自分に共感を寄せてくれる群衆や、自分の話を聞いてくれる人質たちを見ていて、「もう1度この人間社会でやり直しができるんじゃないか。」という希望さえ持ったのじゃないかと思うんですよね。

FBI による「超法規的措置」の提案を受けたソニーは、その場では「サルを裏切れと言うのか!!」と噛み付きますが、何とか自分が助かる方法を考え始めます。  そして、ついさっきまではこの世でたった一人の味方・相棒のサルの姿を見ては心が揺れ動きます。  「自分は本当に彼を裏切れるのだろうか?」と。  ワイオミングがどこにあるのかさえ知らないサルはある意味では自分の分身でもあるし、同時に足手まといでもあるのです。  でも、最後の最後、母親の説得の直後、彼は1度は心を決めます。  そして、FBI とボディ・ランゲージによる密約を交わします。  サルは射殺、自分の命だけは助けてもらうという残酷な密約です。

一方でサルはずっと1人で不安だけを抱え続けています。  警察や FBI とのネゴはソニー任せ。  ソニーのことを信じてはいるけれど、心の奥底のどこかで信じきれずにいたりもします。  こんな大事を共謀するのだから仲間への信頼こそ最も必要なものであるはずなのに、サルはこの大事件の間ずっと孤独を抱え込んでいます。  彼が刑務所には2度と入りたくないと強調するところや、「犯人はゲイ」と報道されていることに異様なまでに反発しているところから、彼がかつて刑務所でレイプされた経験があることを感じさせられ、何だか彼の孤独感が絶望的なものに感じられました。

映画のラスト、FBI が用意したバスで飛行場にたどり着いてからが又悲しい。  要求が1つ通るごとに人質を1人解放すると約束していたソニーが飛行機が用意されていることを確認した段階で解放した人質がずっと孤独を抱え続け、心の奥底に恐怖心を押さえつけているサルに言葉をかけます。

「サル。  初めての飛行機ね。  大丈夫。  怖がらないで・・・・・。」

そして、飛行機に乗り込むために全員でバスから降りようとしたその瞬間、FBIの手によりサルは射殺。  恐怖に叫ぶ人質たち。  そんな中でソニーは自分に銃を向けた FBI 捜査官に言います。

「俺を撃つな!」

本当にサルを裏切ってしまった瞬間です。  でも・・・・・・・。

 

この事件の中で彼は自分が大衆から認められたと、もう1度この人間社会の中でやり直せるかもしれないと感じ、何とか自分だけは助かり生き延びる道を選択したけれど、解放された人質たちはもうソニーの方に視線を向けてくれることはありませんでした。  さっきまで自分と色々なことを語り合い、心の琴線が触れ合ったと思っていた人々があっという間に自分に背を向けたことを認識したとき、そして自分の相棒だったサルの死体が運び出されるのを見たとき、ソニーは初めて悟ったんだと思います。  「今回の事件で自分は本当に社会から落ちこぼれてしまった」と・・・・・。 

彼が後悔したのはどっちだったんだろう。  「こんな事件を起こしてしまった」ことなのか、「人質の行員や野次馬の対応を誤解して、自分ひとりが助かる道を選んだ」ことなのか。  いや、ひょっとしたら彼は後悔はしなかったのかもしれません。  結局みんなが自分自身のことにしか関心が無くて、この事件を通じて自分の鬱憤を晴らしているだけで、挙句自分はもとの閉塞感の中で生きていくしかない(しかも塀の中で)という事実に対する絶望だけだったのかも・・・・・・。

映画冒頭の貧しい社会と裕福な社会を交互に見せる映像と相俟って、アメリカの「病み」の部分をとらえたすばらしい作品だと思いました。


 

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2007年8月28日 17:21に書いたブログ記事です。

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