カストラート

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カストラート
1994年 フランス、イタリア、ベルギー合作 監督:ジェラール・コルピオ


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18世紀のヨーロッパ、珠玉のボーイソプラノを保つために<去勢>された男たちがいた。  "カストラート"。  その音域は3オクターブ半にも及び、女性歌手でも出すのが難しい高音のパートですら楽々と発声できたという。  当時のスーパースターの代名詞だったカストラートはまた、独特の去勢法のため性生活には何ひとつ不自由なかったばかりか妊娠の心配もないとあって宮廷女性の愛玩物にもなっていたという。

そのカストラートも去勢自体が堅く禁じられた20世紀に入ると完全に姿を消した。  こうして幻の声となったカストラートを大胆な手法で甦らせたのがこの映画である。  まずその声を再現するのに、カウンターテナー界屈指の男性歌手デレク・リー・レイギンと彼の声にあう女性ソプラノ歌手エヴァ・ゴドレフスカ、この2人の歌声を1音ずつサンプリング合成。  またこの映画のモデルとして選ばれたのはカストラート史上最も有名な歌手ファリネッリ。  彼の名はヨーロッパ中に轟き、あらゆる女性の寵愛をほしいままにしていた。

彼の影の半生を通じて "男でも女でもない人間" の悲劇と崇高さをドラマティックに、かつスキャンダラスに描ききったのは「仮面の中のアリア」「めざめの時」のジェラール・コルピオ監督。  最高の映像と音楽を得て、この映画は伝説のカストラートにどこまで迫れただろうか?  
  


この映画、お世辞にも一般的(大衆的)とは言えないと思うのですが KiKi は好きですね~。  いかにも欧州の映画っていう感じの作品です。  この映画を観る以前からカストラートという歌手がいたことは知っていたのですが、彼らの声がどういう声だったのかをどうしてもクリアにイメージすることができずにいました。  だからこの映画が公開された時には長年の謎が解明されるかもしれないという期待感で胸を膨らませ、ワクワクしながら映画館に向かったのを覚えています。  あれからもう10年以上経っちゃったんだな~。  今回この映画をもう1度観てみようと思ったのは KiKi の Blog 「落ちこぼれ会計人の独り言」の中で 「エクスルターテ・ユビラーテ」という曲を紹介した記事を書いて、その中でこの映画についてちょっとだけ触れたので、何となく懐かしくなってしまったから・・・・。  KiKi はこの映画のソフトは LD しか持っていないのですが、久しく LD Player を動かしていないので、その動作確認という意味も含めて観てみることにしました。

肝心のカストラートの声は合成によるもので、この映画を観る前に期待していたものと比べるとちょっとイマイチ感がなきにしもあらずでした。  美しいことは美しいんですが、やっぱりどことなく嘘っぽいんですよね。  それは役者さんの顔と声がマッチしていないという部分もあるとは思うのですが、それより何より、やはり「作り物は作り物」っていう感じがするんですよ。  少年期に去勢する事によって第二次性徴を妨げて強制的に声変わりをなくした声っていうのは、やっぱり女性の歌手の声とはまた違う、独特の声色があったんじゃないかと思うんですよね。  でもこの映画の場合はカウンターテナー + ソプラノの合成だから、高音部はどうしても女声にしか聴こえないんです。  女性ソプラノの声とボーイ・ソプラノの声は「合唱曲集」の CD なんかを聴いてもかなり違うじゃないですか。  まあ現代でこそ私たちはボーイソプラノの合唱団の歌を CD やら TV で簡単に聴くことができるから、あの一時期だけの声を機械の力を借りて永遠に残すことができるわけだけど、そういう技術がなかった時代に、機械の代わりに人間そのものに手を加えちゃったわけだから、凄いよね~。

 

もっとも「カストラート」が生まれた背景には「ボーイ・ソプラノ」というとっても短い限られた時代の美声を残したいっていう要請が大きかったわけだけど、それだけだったらできるだけたくさんの少年を教育すればある面では事足りるんですよね。  それなのに何故そんな非人道的なことが考え出されちゃったかと言うと、少年の声量っていうのはやっぱり限界があるから、あのボーイ・ソプラノの繊細な響きにもっと重厚感を与えたいというのもあったんですよね。  それに表現力という問題もありました。  美しいボーイ・ソプラノの男の子を一所懸命教育してようやく表現力が伴ってきた頃には変声期を迎えちゃうわけです。  だから大人の体格(かつての声楽家にちょっと太めの人が多かったのは、声は体の中で共鳴させて発するものだから)と大人の肺活量、表現力、そしてボーイ・ソプラノの輝かしさ、のすべてを満たす声が欲しかったんです。

因みに KiKi はどうしてもこの映画のカストラートの声に納得できなかったので、何とか実際のカストラートの声を聴いてみたいものだと考えて、歴史上最後のカストラート、アレッサンドロ・モレスキ(1922年没)が残した唯一の録音がCD化されたもの、 "The Last Castrato" を購入したんです。  今回せっかくの機会なので、映画鑑賞の後久しぶりにこの CD も CD ラックの奥の奥から引っ張り出して聴いてみました。

21YZ6QYYJDL__SL500_AA130_.jpg   (Amazon) 

現代のクリアな音源に耳慣れた私たちにとって、録音状態は決して良いとは言えないし、モレスキ晩年の歌声ということで声量・声質も衰えちゃったあとのものだろうし、これ1枚しかサンプルがないわけだから「これこそが本物のカストラートの声だ!」と大きな声で言うにはちょっと憚られるんだけど、この声を聴く限りではやっぱり映画の声とカストラートの声は質という点で全然違うと思います。  その違いはね、何て言ったらいいんだろう。  歌い方の問題もあるとは思うんだけど、カストラートの声は低音部はやっぱり「男声」で(映画はほぼまるっきり「女声」)、高音部はファルセットでもなければ、カウンターテナーでもないし、ボーイソプラノでもないし、リリック・ソプラノでもない。  ちょっと・・・・というかかなり妖しげな声なんですよね~(笑)。  で、伴奏の音や合唱団の声と比較してみると、とてつもない声量だったことがうかがえる声なんですよ。  因みにこのモレスキさん、「ローマの天使」と呼ばれていたのだそうな・・・・。

さて、そんなカストラート。  手術の失敗で死ぬ例もあったそうなので、そういう意味では命がけの人生選択だったのです。  だからカストラートになる少年は多くの場合、貧しい家庭の子供だったようです。  そんな中でこの映画のモデルになったファリネッリさんは例外的に貴族の出身(貧しくはあったらしい)です。  映画の中でお兄さんのリカルドが、彼が「カストラート」になったいきさつを「落馬したせい」と話しているシーンがありますが、当時これはかなり一般的な「言い訳の常套句」だったようです。  ものの本によれば、「落馬した」「犬に噛まれた」「重篤な病気になった」が言い訳ベスト3だったらしい・・・・ ^^; 。  ファリネッリさんは声と歌唱技術が素晴らしかったのみならず、お育ちもよかったせいか人柄もよく、ついでにルックスにも恵まれていらしたそうです。

farinelli_2.jpg ←この右側の男性がホンモノのファリネッリさん・・・・らしい。

・・・・と、なんだか「カストラート・トリビア」みたな流れになってきてしまったので、話を映画に戻します。

リカルドとカルロのブロスキ兄弟は兄が作曲家で弟が後に「ファリネッリ」と呼ばれるようになるカストラートです。  兄は弟のためだけに作曲し、弟は兄の作った曲だけを歌うという「一心同体」の関係です。  一心同体だったのは音楽表現という面だけではなく、性生活までもが一心同体で、モノにした女性までもを2人で共有しています。  これが史実かどうかは不明なのですが、いずれにしろ人工的に作られた「カストラート」という存在自体が若干「性倒錯」の世界なので、まあこういうこともありかな・・・・と。  そんな表面上は持ちつ持たれつ(?)の複雑な兄弟関係の中で KiKi が面白いなと思ったのは、兄の方は弟の才能にぞっこんで稀に見る弟の声をめいっぱい生かすために過剰な装飾音で飾り立てたり、見世物的な技巧をこらした曲を作りまくっているのに対し、弟の方は兄の才能のレベル(後世に名を残すほどの作曲家ではない)を見抜いちゃっているということです。  

それでもこの2人、お互いだけを必要とし、2人の関係を保ち続けようという気持ちがあるうちはよかったのですが、ファリネッリの名声が高まるにつれ2人の間に他人が入り込んでくるようになります。  1人は恩師ポルポラと対立している大作曲家のヘンデル。  そしてもう1人はそのポルポラに仕えているアレクサンドラです。  カルロはアレクサンドラを愛してしまい、これまで何でも分け合ってきた兄と彼女だけは分かち合いたくなくなっちゃうんですよね。  でもまあ、そっちは2人の亀裂を決定的なものにするほどの影響力はありません。  問題は大作曲家ヘンデルです。  名声を勝ち得たアイドルが本来自分が志向していた「音楽性」との相違に悩み、グループを解散したり所属事務所を変わったりするのは現在の芸能界でもよく見かける風景だけど、カルロはそれと同じように兄の曲には飽き足らなくなって、真の天才であるヘンデルの音楽に憧憬を抱くようになってしまいます。  そしてその想いがどんどん押さえられなくなりそれまでの2人の関係が崩壊していきます。

でもね、KiKi はこの映画を観ていて感じたのですが、確かにリカルドは才能にはさほど恵まれていなかったのかもしれないけれど、彼自身が書きたかった音楽も必ずしも大衆受けするような装飾音だらけの技巧に走った曲ではなかったのではないかと思うんですよね。  劇場の屋根裏部屋のようなところで、弟から見放されたリカルドが苦しみながら作り出している音楽は、ヘンデルをしてさえも我を忘れて思わずのめりこんでそれまでの愛憎をほっぽり投げて、作曲指南を始めちゃうような音楽だったわけだから・・・・(この作品はリカルドが何年もかけて作り続けている「オルフェオ」であることが推察されます。)  彼は生活のためにカルロの声を最大限に生かす曲を作り続けるしかなかったのではないかと・・・・。  映画の中で大作曲家のヘンデルが借金取りに追い回され破産寸前の生活を送っているように描かれていますが、これってすご~く端的に言うと「芸術性だけではカネにならない」ということを暗喩しているエピでもあるわけで・・・・・。

映画「アマデウス」(モーツァルト)を観ても、「ルートヴィヒ」(ワーグナー)を観てもわかるように、現在では CD がバンバン売れて演奏会でも数多く取り上げられている作曲家たちが生前にさほど恵まれた生活をしていなかったのは歴史上の事実です。  真の芸術は時代を超えなくちゃいけないわけで、時代を超えるということはある意味では「今風」を否定している部分もあるわけで・・・・・。  でも、生身の人間が生きているのは「未来」でも「過去」でもなくて「今」なのだから、「今日」を「明日」を生きられなくちゃどうしようもないわけで・・・・・・。  そのためには「作りたいもの」を作っていたんじゃ生活はなりたたなくて、「欲せられているもの」を作るしかないわけで・・・・・。

ファリネッリとなったカルロが舞台の第一線から降りてスペインのフェリペ5世のお抱え歌手になる道を選んだのは、さもありなんと思わずにいられません。  花束や高価な贈り物に埋もれ、舞台を見に来た貴婦人たちがバッタバッタと失神して倒れちゃうのを眺めていて、若い頃のカルロは有頂天だったかもしれないけれど、そんな虚構の世界にどこかで虚しさを感じずにはいられなくなってしまったんだと思います。  でも、カストラートとなってしまったらもう後戻りはできなくて、どんなに望んでも神様に祈っても「普通の男」の生活は取り戻せません。  そして、生身の人間である以上ご飯を食べて、寝て、日々を送らなくちゃいけないのだから歌い続けるしかない。  でも虚構の世界にはもう生きていられなくなってしまったんだと思います。  (ファリネッリはちょっと鬱病気味だったフェリペ5世にいわゆる音楽療法を施すために雇われたけれど、その温和な人柄と性格が買われて宰相にまでのぼりつめたんじゃなかったかな?  ちょっとうろ覚え・・・・ ^^;)

カストラートが活躍したのがバロック時代だったことも無視できない事実だと思います。  バロック(いびつな真珠の意)とはよく言ったものです。  「バロック時代を代表する作曲家はバッハ」と小学生の頃音楽の授業で習ったけれど、子供時代の KiKi はあんなにかっちりとした構築美を誇るバッハの作品のどこが「いびつ」なのか、全く理解できませんでした。  でも大人になるにつれわかってきたことがあります。  それはバッハは便宜上バロックにカテゴライズされているけれど、彼自身の音楽はバロックとそれに続く古典派の橋渡し的な存在だったということです。  そして純粋にバロック音楽と呼べる作品はもっと過剰な装飾と極端な強弱差で飾り立てられたちょっとまか不思議な音楽だったということです。  これはその時代の人々の生活に「暗さ」「死の恐怖」が満ち溢れていて、ある意味での現実逃避だったのではないかとと思うんです。  荒れ果てた世界の中で人はより多くの妄想に頼らなければ生きていけなくて、その象徴とも言えるのがカストラートの声に代表されるような「この世のものとは思えない」ような世界だったのではないかと・・・・・。  バロック時代のオペラの主題のほとんどが神話であり(オペラ・セリア)、人々の日々の生活・恋愛模様(オペラ・ブッファ)なんかが題材にはなりえなかったのはそういうこととも関連しているように思います。  「ラブ・コメ」なんていうものを謳歌できるほど彼らの生活は安定していなかったんだと思うんですよね。  そして「聖なるもの」「至高なるもの」「いと高きもの」は人間性の排除からしか生まれえず、だからこそ人間性の本質、「性」を排除したカストラートが存在しえたのではないかと・・・・。  でも「この世のものとは思えない」演出をするカストラートはまぎれもなく「この世のもの」なのです。  王様のお抱え歌手。  多くの矛盾を抱えたファリネッリにはそれしか生き残る術がなかったのではないかと思います。 

この映画の中で「馬」はかなり象徴的な意味で使われていると感じました。  カストラートにならざるを得なかったその物語を「幼い頃の落馬」と説明されてきたカルロ。  カルロは演奏旅行の途中で体調を崩したとき馬にまつわる悪夢の話を口にしているけれど、この映画の中で「馬」(もしくは落馬)は男性性の喪失の寓意となっていると思うんですよね。  そしてヘンデルが常に携えているのが銀の馬の飾りがついたステッキで、これを目にするとカルロはちょっと様子がおかしくなる・・・・。  で、大作曲家はこのステッキで虫を潰して殺しちゃったりします。  ちょっと文章にして書くのは憚られるのであまり詳細には書かないけれど、そこにもある種の暗喩を感じずにはいられません。

この映画の「カストラートの声」にはちょっと違和感を感じずにはいられない KiKi だけど、映画の中で歌われるヘンデルの「涙あふるる」はそこそこ素晴らしかったと思います。  でもねぇ、やっぱりちょっと作り物の感がぬぐえなくもあらず・・・・でした。  歌そのものよりも、それまで演出過剰で羽飾りで飾り立てた装束に身を包んだり、ゴンドラやら馬やらに乗って舞台に登場していたファリネッリがほとんどの演出を排除して歌う姿に感動!(笑)  この映画の中の悪役(?)ヘンデルさんが失神しちゃうほどなんだから、さぞかし素晴らしかったんだろうなぁ・・・・(と、後は想像で補う KiKi。)  でも、映画のラストのストーリーはちょっと「あれ?」っていう感じでした。  (詳細は書かないことにします。)  それにしても・・・・・・、不自然な生命体「カストラート」の悲哀も胸に迫るものがあるけれど、この映画の中でもっとも悲劇的なのは兄のリカルドのような気がするのは気のせいでしょうか??

 

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