あのころはフリードリヒがいた ハンス・ペーター・リヒター

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子供の頃「アンネの日記」を読んで、歴史の教科書ではあまりにもさらっと流れてしまう第二次世界大戦下のユダヤ人の境遇の実態がいかなるものだったのかにショックを受け、と同時に「なぜそんな恐ろしい出来事が当たり前のように行われることになってしまったのか?」「その場に居合わせたいわゆる『普通のドイツ人』は何を考え、どうしていたのか?」に大いに疑問を抱きました。  そしてそんな疑問を忘れかけていた頃にこの本に出会いました。  とても辛くて悲しい物語であるだけに、今回年明け早々にこの本を読み直してみることに若干の抵抗を覚えましたが、それでもせっかくのブログ企画のためにも、今この本を読んでみるべきだろうと考え再び手にとってみました。

あのころはフリードリヒがいた
著:ハンス・ペーター・リヒター 訳:上田真而子  岩波少年文庫

1145200.jpg  (Amazon)

 

 

 

著者と思しき「ぼく」と同じアパートの1階上に住む同年齢のフリードリヒ。 「ぼく」の家はどちらかというと貧しいほうで、対するフリードリヒの家はお金持ちです。  物語の冒頭では貧しい「ぼく」の家に比べてすべてが恵まれているかのように見えます。 しかし戦争が始まってしばらくすると、ユダヤ人に対する迫害がひどくなっていき、はじめのうちその迫害運動は「ぼく」とは少し距離を置いたところで起こっているかに見えるのですが、徐々にフリードリヒたちの家族にも苦難の日々が近づいていきます。 

この本は迫害された被害者である「ユダヤ人」の視点で描かれた物語ではなく、迫害した側ともいえる「ドイツ人」の視点で描かれた「ユダヤ人迫害」の物語であることに、大きな意味があると思います。  と同時に戦争が一部の上層部の人たちだけの問題ではないこと、当初は時代のうねりに流されていたかに見える普通の人たちによって、さらに大きなうねりが形作られていくさまを描ききっている物語だと思います。  

圧巻なのは物語の中心であるユダヤ人の扱いについての描写です。  まず最初は街でユダヤ人を差別する言葉が聞かれるようになります。  当初は「ぼく」はなにかがおかしいと思っているのですが、周りを見回してみると誰もが「自分だけが仲間はずれになること」を恐れ、少しずつ「差別行動」に加担するようになっていきます。  その変化は眼に見えるほど急激なものではないものの、穏やかに少しずつ進んでいくのです。  そして当初はそんな状況の傍観者であったはずの「ぼく」も近くのユダヤ人の商店が襲撃され破壊されるのを見ているうちに、その破壊者の一員となって破壊活動に参加してしまっています。  

「全員が一緒になってやっていた。すべてが奇妙に気持ちを高ぶらせた。」

ところがその破壊者たる「ぼく」が、フリードリヒ一家のアパートの部屋が同じように襲撃されたときには、その破壊活動に参加することはできずに泣き出してしまいます。    
「ぼく」も「ぼくのお父さん」もフリードリヒやその父シュナイダーさんの身の回りで起こる様々な出来事に同情や疑問を抱くことがあります。  でもその一方でお父さんは「ナチス・ドイツ」の党員となり、「ぼく」自身もナチス・ドイツの下部組織ともいえる「ドイツ少年団」に入団し、そのことを誇りに思っています。  自分がやっていることがどういうことなのか、自分が所属している「ドイツ少年団」で語られることが正しいことなのか、間違っているのか、それを熟考することはありません。  そして自分の抱えている矛盾に無知なまま時代の波に流されていきます。  いえ、少なくとも「ぼくのお父さん」は「ぼく」よりはどういうことが起こっているのかを冷静に見つめています。

だからこそ「ぼくのお父さん」はシュナイダーさんに助言をするのです。  「一刻も早くドイツを出ろ」と。  でも、そんな「ぼくのお父さん」の実直さに感動しつつもシュナイダーさんは答えます。


「われわれに対する偏見というのは、もう2000年も昔からあるのです。 (中略)  この偏見は、中世なら、ユダヤ人にとって命の危険を意味していましたよ。  しかし、人間は、その間に、少しは理性的になったでしょうからね。」

「シュナイダーさん、あなたの話を聞いていると、あなたたちが恐れなくちゃならない相手は、ほんのひとにぎりの、いきりたったユダヤ人嫌いのグループだと思っておられるようですね。  相手は、国家なんですよ!」

「それこそ、われわれの幸運ですよ!  自由が制限されたり、あるいは不当な扱いを受けることはあるでしょう。  しかし、われわれは、少なくとも、荒れ狂った民衆に情け容赦なく殺されるという心配はしなくてもいいわけですから。 (中略)  あなたが考えられるようなころは、起こりえませんよ、この20世紀の世の中では起こりえません!」


それが実際には起こってしまうのですから、人間は決して理性的にはなっていなかった・・・・ということなんでしょうね、きっと。  そして今もその延長線上で私達は日々の生活を営んでいる・・・・・ということが重苦しく感じられます。

筆者が淡々と綴っている「あのころ」の描写を読むと、否応なく様々なことを考えさせられます。


極端な不況と明日をも知れぬ生活苦の中で、ナチ党員になれば仕事にありつくことができ、家族を守ることができるというような状況下で自分ならばどのような選択をし、どのような生き方ができるのか。

悪意も善意もなく、友達と一緒に参加した少年団の集まりが、ある日突然その友達が属する人種の排斥集会と化してしまったら、自分はどうすべきなのか。

もしも自分が教師で、国策とも言える社会的な偏見によって自分の教え子の1人が教室から去らなければならないような事態が起こったら、その去っていく少年に対して、と同時に残されるその他の子供達に対して自分は教師として何を伝えるべきなのか。


結末はあまりにも悲しくて、文章に書くのもためらわれます。  でも、その悲劇的な出来事のあった「あのころ」を当事者として、否、加害者として「そこに存在していた自分」を文章に著したハンス・ペーター・リヒターさんの想いを感じずにはいられません。

 

 

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