グッドナイト・ムーン

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グッドナイト・ムーン
1998年 アメリカ 監督: クリス・コロンバス


51QAWMA0JBL__SL500_AA240_.jpg  (Amazon)   

 イザベルは売れっ子のフォトグラファー。  1年前から続いている弁護士ルークとの恋も順調で、同居生活をスタートさせる。  しかし、彼には12歳の娘と7歳の息子がいた。  2人の子供に気に入られようと奮闘するイザベルであったが、空回りの連続。  しかもルークの先妻ジャッキーは家庭的で完璧な母親だった。  子供たちを愛するあまり、イザベルにも辛く当たるジャッキーであったが、彼女には誰にもいえない秘密が・・・・。

ホーム・コメディの天才クリス・コロンバスが晩秋のニューヨークを舞台に、時にユーモラスに、時に切なく、新しい家族のあり方を描く感動作。  
  


この映画は大好きな映画の1本です。  KiKi はどちらかと言うとジュリア・ロバーツが苦手なんだけど、この映画の中のジュリア・ロバーツは良かった♪  若くて才能があって売れっ子のカメラマンで、まだまだキャリアを大切にしたいお年頃・・・・のはずなんだけど、ルーク(エド・ハリス)を愛するがゆえに子供たちと仲良くなりたいと思って孤軍奮闘 & 失敗の連続・・・・だったのが、少しずつ少しずつ、彼女なりに努力をして家族の輪の中に入っていく様子がなんとも微笑ましい作品です。  又、彼女に対抗心を燃やすルークの元妻、ジャッキー(スーザン・サランドン)の演技が素晴らしい!!  恋人と元妻の間でちょっとオロオロしつつも、両方の立場を慮りさらにひたすら子供を気遣うルーク(エド・ハリス)も、彼でなければこのちょっと中途半端な男の役にここまでの存在感を持たせることはできなかっただろうなぁ・・・・と思わせます。  

離婚がさほど珍しくもなくなってきた昨今の日本であっても、こんな家族のあり方はちょっと「夢物語」的な感じがしないでもないけれど、この映画を観て「家族というのはそれぞれがその人なりの努力をちゃんとして、お互いに助け合い、作り上げていくもの」という、ある意味では当たり前のことを再認識させられました。

 

 

ちょっとわかりにくいなぁと思ったのは、ルーク & ジャッキーの元夫婦がなぜ別れなくちゃならなかったのか・・・・というあたりです。  映画冒頭で学校の先生との面談中に、ルークの携帯が何度も鳴ってジャッキーがイラついていたところから察するに、ルークは家庭のことはしっかり者のジャッキーに全て任せて、ついつい夢中になって仕事をしていたら家族のこと丸抱え状態に陥ってしまったジャッキーのストレスが溜まってケンカが絶えなくなって、果ては彼女に追い出されちゃった・・・・という風に理解しているんだけど、どうなのかな??  訴訟社会アメリカの弁護士だから、仕事はかなり忙しかっただろうし、ジャッキーが住んでいる家を見る限りでは、自宅は郊外にあったっぽいので通勤にはそれなりに時間がかかっただろうし、あの面談の時のようにしょっちゅう電話がかかってきて、そうするとルークは飛び出していって家族は放りっぱなし・・・・みたいな感じ。  そんな状態にジャッキーが耐えられなくなってしまったんじゃないのかなぁと・・・・。

よく外人さんは公私の区別がはっきりしていて、残業なんてほとんどしない・・・・と考えている人がいるけれど、それは実はちょっと違うんですよね。  まあ、確かに彼らはかつての日本人に比べるとオン・オフの切替は明確なんだけど、ホワイトカラーの、特に出世するような人たちの働き方たるやもの凄い!!  仕事をするときは徹底的に仕事をします。  そして、普段かなりハードに仕事をする分、休む時はど~んと休みます。  だからルークもそんなタイプの人だったんじゃないかと思うわけです。

まあそれはさておき、2人が別れた理由は何であれ結局離婚ということになってしまって、それでもルークは子供たちや家族のことはとっても愛していたんだと思うんですよね。  そしてその気持ちを理解しているイザベルは子供を大切にするルークのために、彼の子供たちと少しでも円満な人間関係を築きたいと彼女なりに頑張っていました。  でも、子供たちにしてみればイザベルは自分たちの家庭を壊した張本人みたいな部分もあるから、特に12歳になる娘(アンナ)の方は女 vs. 女という部分も手伝って、イザベルを嫌悪しちゃう。  でイザベルはイザベルで売れっ子カメラマンの悲しさ、やらなくちゃいけない仕事もあれば、クライアントとのお付き合いもあるから、24時間子供にかかりっきりにはなれない。  そんなイザベルに自分がお腹を痛めて生んだ子供を託さなくちゃならなくなったジャッキーは心配でしょうがない。  最初のうちのジャッキーはイザベルのやることは何から何まで気に入らなくて、ついでに「自分は理想的な母親だ」っていう自負もあって、少なくとも対子供という面では優越感にあふれたような顔をしています(笑)。

KiKi は一応♀なので、どうしても女性目線でこの映画を観てしまうんだけど、イザベル、ジャッキー、そしてアンナのそれぞれに対して「もしも自分が彼女の立場だったら・・・・」と考えると、3人の気持ちが3人とも理解できるような気分になります。

ただちょっと惜しいなぁと思うのは映画前半の描き方。  KiKi は最後まで観たから、そして何回も観ているから、何気にサラッとこんな風に書いているけれど、実は初見のとき、前半を観ている間は何となく居心地が悪かったんですよね。  専業主婦 vs. キャリア・ウーマンのプロトタイプがいかにも & 薄っぺらい気がして・・・・・。  でも、その初見の時にこの物語にぐっと惹きこまれたのは7歳の息子が乗馬をしながら実母に「彼女のこと、嫌いになろうか??」 "If you want me to hate her, I will." と言った時にジャッキー(と言うか、サランドン)が見せる戸惑った表情から・・・・なんです。  彼女はここで日頃の自分の言動が子供たちの心にもたらしている影に初めて気がつくんですよね。  (あ、その前に子供たちに離婚のことを説明するルークにもちょっと感動しました。  女同士(元妻 & 恋人)はどこか互いに張り合っているのに対し、このお父さんだけは自分の人生を大切にしつつも環境の変化に戸惑っている子供の気持ちに寄り添おうと努力している・・・・そんな感じがして。)

で、そんなジャッキーに病魔が襲いかかる。  でも、彼女はそれを誰にも話すことができない。  「自分は死ぬかもしれない」という恐怖と1人で向き合わなくちゃならないジャッキー。  彼女の恐怖の根源にあるのは「自分と言う存在をすべての人から忘れ去られてしまうかもしれない。」という想い。  最愛の夫だった人はすでに自分の元を離れ新しい若い恋人に夢中。  子供たちは自分のことを愛してくれているけれど、もしも自分がいなくなったら・・・・・。  彼女は確かに子供たちを愛しているけれど、それと同じくらい(ひょっとしたらそれ以上に)子供たちに愛されている自分をも愛しているんですよね。  子供たちだけが彼女が生きてきた証のように感じている部分もあるんだと思います。

そんなジャッキーの苦悩を知らないイザベルは相変わらず彼女に対抗心を持っているけれど、心の奥底では「彼女には敵わない」ことを自覚しているんですよね。  「母親になるつもりはない。」と言っているけれど、それは彼女自身が自分の世界を持っているから・・・・と言うのもあるけれど、根っこの部分では「彼女の後釜として母親になる自信はない。」ということでもあったんだと思います。  でも、ルークと生きていくことを選んだ自分にとってこれは乗り越えなければならない試練だとも思っているから、彼女なりに一所懸命、子供たちやジャッキーと接している。

そんなイザベルに少しずつ、心を開いていく子供たち。  マンハッタンからジャッキーの暮らす郊外へ子供たちを車で送っていくときに、おしゃれに興味を持ち始めたアンナに自分の口紅を差し出し、3人で "Ain't no mountain high enough" を歌いまくっているシーンがとっても素敵!  「母親」というよりは「話のわかる姉貴」みたいな感じで少しずつ子供たちが懐いていく様子は微笑ましいです。  この曲は子供たちの心に「イザベルのテーマ」として染み込んでいきます。

そんな子供たちの様子に不安を募らせるジャッキー。  自分が10年以上慈しんできた子供たちの心に、途中からぽっと出てきた「継母」の存在が少しずつ忍び寄ってきていることを知ったときに見せる彼女の寂しげな様子は胸が痛みます。  もっと子供たちのことを意に介さない、自分のキャリアとお金だけを大事にする女だったらよかったのに・・・・と思う気持ちと、彼女は彼女なりに頑張っていてそれが子供たちにも伝わってよかったと思う気持ちが交錯する様は観ていて痛々しいぐらいです。  そしてジャッキーは自分でも気がつかないうちにイザベルを認めていくんですよね。

家族への病気の告知のシーンも素晴らしい。  このあたりは「サランドン・七変化祭り!」とでも言いましょうか、彼女だけを見せるようなシーンが続きます。  家族が彼女の痛みを知って苦しむのを観て哀しそうな表情をするジャッキー。  「死」について考えさせられるシーンでもあります。

物語後半でイザベルとジャッキーが2人だけで語り合う、レストランのシーンは秀逸です。  ずっと対抗心を燃やし続けてきた2人の女が初めて心のうちをさらけ出し、自分の弱さを認めるのと同時に相手のことを公式に認め合うシーンです。

「アンナの結婚式を想像してみて。  控え室には私とアンナだけ。  ・・・・  私は不安なの。  その時アンナはきっとこう思う。  "ママがここにいてくれたら・・・・"と。」
「私の不安はそう思われないことよ。」

このシーンを見ると子供にとって「母親」というのは「生んだかどうか」ではなく、「いかに子供と向き合ってきたか」というその時間によって築かれるものだということがよくわかる。  子供たちとの過去の時間を紡いだきたのはジャッキー。  その時間はキラキラしていて、何物にも変えがたいもの。  そして、どんなにイザベルが頑張っても彼女はその中には入っていけないジャッキーと子供たちの宝物。  そして未来の時間を紡いでいくのはイザベル。  まだ訪れていないその時間は、どんなにジャッキーが子供たちを愛していても彼女はその中には入っていけないイザベルと子供たちの宝物。  2人はそれぞれのやり方で、それぞれの精一杯で、それぞれに許された時間の中で「母」となり、その「母」という立場は時間という軸の中で2人が譲り合って共有していくしかないもの。  どちらも子供たちを愛しているからこそ、認め合うことができた2人。  とっても感動的なのと同時に、こんな形でしか認め合えなかったことが哀しくもあるシーンです。

ラストで「家族」としてジャッキーからも迎え入れられ、1つの写真に納まるイザベルとジャッキー。  家族というのはこんな風に相手を尊重し、受け入れ、譲り合うことで成立していくんだなと感じさせます。  で、この家族の中で1番心が通い合っているのが、皮肉なことに対抗心を燃やしあい続けた2人だったことに何となく安堵を覚えさせられます。

ところでこの映画、ある意味ではストーリーに難がないわけじゃないんだけど、とっても心に残る作品になったのは、上でも紹介したイザベルのテーマ "Ain't no mountain high enough" の使い方がとっても粋だということにもあるような気がします。  最初にこの曲が印象的流れるのは上にも書いたように移動の車中のシーンなんだけど、ジュリア・ロバーツも子どもたちもホントに楽しそうに歌っています。  そしてその後、がん告知のシーンのあとでこの歌をジャッキーと子供たちがパジャマ姿のまま歌って踊っておおはしゃぎするんだけど、スーザン・サランドンも子供たちもホントに楽しそうに歌って踊りまくっているんですよね~。  こういう雰囲気って本当にアメリカ的で KiKi は好きです(笑)。  観ていて、ついつい頬がほころんでしまうし、何となく幸せな気分にさせてくれるんですよね。  この2つのシーンがあることでこの映画の印象はただ単に重いストーリーというだけではなく、またただ単に2人の女の奮闘記っていうだけでなく、もっと深いものを感じさせてくれるような気がします。  又、2人の新旧母親のバトンタッチという状況にも説得力を与えてくれているような気さえします。

最後に本編のテーマからすると、ちょっと脇道的なお話なんだけど、アンナ(12歳の娘)が初恋(?)に敗れて悲しんでいる時に、イザベルが当て馬の恋人を調達して、アンナをふった憎たらしい相手(こいつがまたちょっとイヤミな子供なんだ!!)に復讐するシーンがあるんだけど、そこでの2人の母親の会話が何気にお気に入りの KiKi。  せっかくなのでそれをご紹介してこの映画の Review を締めくくりたいと思います。

「あれは誰?  カルヴァン・クラインの下着のモデルみたい・・・。」
「いいえ、正装のラルフ・ローレンよ。」

(大笑)


 

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2008年3月20日 18:24に書いたブログ記事です。

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