灰色の畑と緑の畑 ウルズラ・ヴェルフェル

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KiKi はクラシック音楽と文学が大好物なわけですが、本屋さんとかCDショップってものすご~く似ているところがあるなぁと思っているんですよね。  世の中に本屋さんやCDショップが全部でいくつあるのかは全然見当もつかないんですけど、その多くのお店が KiKi が欲しいものを売っていなかったりするんですよ。  

例えばCDショップの場合。  KiKi の大好きなクラシック音楽のCDコーナーがやたら狭いうえに、いわゆる「オムニバスCD」しか売られていないお店。  そんなお店が数多くあります。  特に地方都市ではその傾向が顕著で、KiKi はLothlórien(山小舎)の近くで「ここ!」というCDショップを見つけることができていません。  まあ、今のところは KiKi のメインの生活拠点は池袋なので、HMV池袋店にド~ンと大きなクラシックコーナがあるから不自由はしていないし、最近では Amazon のクラシックコーナーも充実してきたし、HMVやタワーのネットショップもあるから山篭りをしても途方に暮れる・・・・な~んていうことはないだろうと安心していられるんですけどね(笑)  

同じ様に、本屋さんの場合、マンガや大衆小説やベストセラーだけを並べている本屋さんが多々あります。  こういうお店には KiKi の大好物の「岩波少年文庫」を例にとると「星の王子様」が置いてあればいい方で、岩波文庫もほんの数冊、ちくま文庫に至ってはゼロ。  後はひたすら「ドラマ化された作品」とか「映画化された作品」しか置いてなかったりします。  まあこちらも池袋には幸いなことに「ジュンク堂」とか「LIBRO池袋本店」なんかがあるので、大抵の本はそこで調達できるので困っていないのですが、Lothlórien(山小舎)の近くで「ここ!」という本屋さんを見つけることができていません。  こちらも山篭りしたら Amazon のお世話になりっ放しだろうなぁ・・・・・(苦笑)

で、そんな本屋さんには絶対に置いていない本で以前からタイトルと評判だけは聞き知っていたものの、未だかつて一度も手に取ってみたことがなかった本がですね、な、な、なんと自宅近所の「ブックオフ」の棚に並んでいたのです。  いや~ブックオフもなかなか侮れません(笑)  そんじょそこらの上記のようなお店では出会うはずのないものが時々あったりするんですから!!  (そう言えば、以前このエントリーでご紹介した「マーラー交響曲全集 指揮:バーンスタイン」もブックオフでゲットしたCDでした。)  ま、てなわけで本日の一冊はこちらです。

灰色の畑と緑の畑
著:ウルズラ・ヴェルフェル 訳:野村泫  岩波少年文庫

1145650.gif     (Amazon)

この本はね、「知っている人は知っている、知らない人は知らない」典型的な本だと思うんですよね~。  KiKi もずいぶん長い間、この本のタイトルは知っていたし、問題作ということである分野の方々の間では色々議論されていた本であることは知っていたけれど、正直なところこれまで手にとってみる機会がありませんでした。

  

貧富の差、皮膚の色による差別、戦争の悲惨、孤独な老人たち、両親の離婚など、現代社会がかかえるさまざまな問題を、若い人たちに考えさせる意欲作。  散文詩のような簡潔な文体でつづった14編。  (岩波少年文庫のHPより転載)

 

ここに書かれているのはほんとうの話である、だからあまり愉快ではない。  これらの話は人間がいっしょに生きることのむずかしさについて語っている。  南アメリカのフワニータ、アフリカのシンタエフ、ドイツのマニ、コリナ、カルステンなど、多くの国の子どもたちがそのむずかしさを体験することになる。  ほんとうの話はめでたく終わるとは限らない。  そういう話は人に多くの問いをかける。  答えはめいめいが自分で出さなくてはならない。  これらの話が示している世界は、必ずしもよいとはいえないが、しかし変えることができる。  

(著者まえがきより転載)

ここに収録されている14編のお話は決して長いお話ではありません。  同時に1つ1つの文章もきわめて簡潔で比較的大きめな活字で印刷されているものの1つの文章が2行以上になることもありません。  ある種淡々と事象を語っているのみの文章で、「言葉を味わう」というような世界とは一線を画しています。  でも、ここで描かれるできごとの何と生々しいことか。  そして、「無邪気な悪意」の本質を赤裸々に表現しています。

例えば表題作の「灰色の畑と緑の畑」。  ここには二人のフワニータという少女が登場します。  1人は貧しいフワニータ。  そしてもう一人は裕福なフワニータ。  貧しさも豊かさも彼女たち自身の責任(もしくは努力)によるものかと言えばさにあらず。  たまたまそういう環境に生まれた・・・・という違いのみです。  もちろんその環境を作ってきたフワニータの親たち(もしくは大人たち)には若干の「自己の責任」という部分もあったりはするのですが・・・・・。  で、裕福なフワニータは悪意のないままに貧しいフワニータとその妹を蔑視したりします。  これに対するフワニータの反応はこんな感じです。

(貧しい)フワニータは白いへいに沿った道を歩いている時、へいの中へ石を投げ込んだ。  テニスコートへ3つ、青いプールへ5つ、馬場へ大きいのを3つ、残りは全部通り道へ向かって投げた。  石を投げながらフワニータは笑った、そして心に思った、石がみんなうまくはいっているといいんだけどな。  べつのフワニータはあの石につまづくがいい。  あの石がプールでフワニータの足を切るといい。  あの石がフワニータの馬をころがして、血が白いきれいなブラウスにしたたるといい。

普通のお伽噺だったら貧しいフワニータはこんな恐ろしいことは考えず、とにかく自分の境遇に耐え、その誠実な心ゆえに何らかの救いがどこかからおりてくる・・・・とか、その境遇に立ち向かって自分の頑張りではいあがって何らかの理由で立場逆転した元裕福なフワニータに親切にしてあげてめでたしめでたし・・・・・みたいなことになりそうなところが、この物語ではある種とっても自然な子どもの反応として貧しいフワニータはこんなことを考えるわけです。  で、秀逸なのはその結果の描写で

別の(裕福な)フワニータは兄といっしょにオープンカーに乗っていた。  (中略) (貧しい)フワニータはすぐそばまで近寄った。  そしてべつのフワニータをじっと見つめた。  だが、どこにも傷跡はなかった。  それでは、投げ込んだ石は何の役にも立たなかったのだ。  別のフワニータが兄に言った。  「こじきの女の子がいるわ。  何かやって追いはらってよ。」  (中略)  夕方(貧しい)フワニータは祖母のマリーヤにいった。  「あたし、やっぱり学校へ行くかもしれない。」

現実とはえてしてそんなもの。  必ずしも「教育」がすべてを解決できる万能の処方箋であるわけではないと思うけれど、「学校へ行く気がしなかった」貧しいフワニータが「学校へ行く気になった」という終わり方が心に残りました。  その後、この貧しいフワニータが実際に学校へ行くことができたのか? とか その学校で頑張ることができたのか? とか その後の人生が幸せだったのか? とかはまったくわからないけれど・・・・・

遠足で迷子になった存在感の薄いハンネスという少年とクラスメイトのお話、精神薄弱のマニという青年をからかう子どもたちの話、 友だちのいない二人の老婆を「魔女扱い」する子どもたちの話。  どれもこれも積極的な悪意をもっているわけではないけれど、相手への理解・共感に欠けるがゆえに犯してしまう子供っぽい過ちの物語。  KiKi 自身の身に覚えがある「残酷な仕打ち」というわけではないけれど、その場にいたら自分も「悪意なく」同調していた可能性を決して否定できない数々の子どもっぽい反応の仕方。  そこにリアリティを感じずにはいられません。

その昔、学校に「道徳」という授業があった時代、「差別とは何か?」「守られるべき人権とは何か?」みたいなことを考えましょう・・・・というテーマが扱われたことが幾度となくありました。  でもあの時代の道徳の授業で使われるテキストに出てくる例題の物語に於いては、差別を受ける側はあからさまなまでに「理由なき被害者」であった・・・・・そんな気がします。  だから KiKi のように「いい子ぶりっこ」をしていた子供には、大人が求めている「模範解答」が見えてしまっている・・・・そんなところがありました。  でもこの物語を道徳のテキストとして読むと「模範解答」が見えにくい・・・・・そんな気がしました。  

そういう意味でもこの本の訳者あとがきに書かれている以下の言葉どおりの本だと思います。

この本の本来の読者は、心理学者のいう「昔話の年齢」 - これは近年ともに低下しています - を超えた人たちでしょう。  ちなみに、私がこの本を訳しておりました頃、中学3年の娘と小学校6年の息子が「変な気持ちにさせられる。」とか、「あんまり本当のことを書きすぎている。」とか言いながら、一篇訳すごとに待ちかねて聞いてくれました。

多分、筆者は「模範解答はこれです。」ということを言いたくてこの本を書いたのではないんだろうと思います。  読んだ人に「変な気持ち」になって欲しかったんだと思います。  そしてそこで感じた変な気持ちを何らかの実例で思い出してくれさえすれば・・・・・というような想いで書き綴った作品だったのではないかと思うのです。

読後感の爽快な本ではありませんが、やっぱり良書だと思いました。  こういう本がさりげなく含まれているところが、「岩波少年文庫」、やっぱり侮れません。

 

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2009年11月11日 18:30に書いたブログ記事です。

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