子供の頃、KiKi は1日にTVは1時間以内と決められていました。 当時、KiKi は静岡県の田舎町で育っていたので、東京では何チャンネルの放送が受信できたのか知らないのですが、小学校低学年の頃の KiKi の家のTVで受信できるTVは NHK と NHK 教育とSBS(TBS系列の静岡放送)の3チャンネルのみでした。 小学校高学年になる頃、これにテレビ静岡(FUJI系列)が加わりました。 ま、いずれにしろその少ないチャンネルの中でMAX 1時間という制限だったわけで、それが「少なすぎる!」と気になるようなレベルではありませんでした。
そんな KiKi が必ず観ていた番組・・・・というと、日曜日の夜8時からの「大河ドラマ」と土曜日の夜8時からの「8時だよ!全員集合」。 そして週日の夕方、大相撲から引き続きニュースを経て「NHK連続人形劇シリーズ第5作目;新八犬伝」の3本でした。 大人になってからの KiKi の映画鑑賞の趣味は「コスチュームもの」にかなり偏っているんだけど、それは大人になってから固まった嗜好・・・・というよりは、どうやら子供時代のTV番組に端を発しているようです(笑) そんな KiKi が歴史にそこそこの興味を持つようになったのはある意味で必然・・・・と言えるかもしれません。 だからこそ、このLothlórien(Blog)の読書カテゴリーも「神話・宗教」「叙事詩・英雄伝・騎士物語」「歴史」「塩野七生」「司馬遼太郎」だし・・・・・ ^^; (← エントリーが少ないのは、「塩野七生」さん作品や「司馬遼太郎」さん作品は過去に何度も読んでいて、現在本棚に収まっているだけの状態になっているため)
で、このブログを開設するにあたり「岩波少年文庫」を大人の目で読み返してみるという無謀な企画をぶちあげたわけですが、その時、これまでに発売された岩波少年文庫の全作品を読み返してみようと思ったのはよいものの、その全作品リストを作成している過程で難題にぶちあたっちゃったんですよね~。 それはね、子供の頃、確かに岩波少年文庫で何度も読んだ記憶があり、表紙の絵や色調さえもなんとなく思い出せる本が、岩波少年文庫のHPを見ても載っていなかったりすることに気がついちゃった・・・・・ということ。 で、このリストを作成するために「なつかしい本の記憶 - 岩波少年文庫の50年」という本を参照したり、手持ちの少年文庫の巻末の既刊本紹介ページを参照したりと結構大変だったんですよね~。 でもね、リストの方はあれやこれやの手段で何とか作成できたのでよいとして(完成度がどれほどのものかはわからないのですが・・・ ^^;)、もっと重要な問題は、すでに絶版になってしまった本をいかにして入手するか・・・・ということなんですよね~。 で、それから KiKi の古本屋めぐり及び古本屋サイトの放浪が始まりました。 なんせ、昨今の図書館の蔵書も新刊本に入れ替わっちゃっていたりするし・・・・・
ま、そんな数年に及ぶ古本屋(含むサイト)めぐりの中でようやく見つけた2冊を今日はご紹介したいと思います。 (何と長い前置きでしょうか! 苦笑)
人間の歴史の物語 上・下
著:ヴァン・ローン 訳:日高六郎/日高八郎 岩波少年文庫
この本はね~、中学時代に KiKi は初めて手にとって読んでものすご~く感銘を受けた本でした。 この本が自宅にあった記憶はないので、恐らく学校の図書館で借りて読んだ本だと思うんだけど、もしも当時の図書カードが今も残っていたら(残っているわけないか・・・・ ^^;)恐らく KiKi の名前が5~6回は載っているんじゃないかしら。 中学生にはちょっと難しかったような気がしないでもないんだけど、動物がこの地球に生存できるようになってから第一次世界大戦までを俯瞰してギュッとコンパクトにまとめつつ幅広い観点で歴史を物語った本なんですよね~。
著者のヴァン・ローンさんはフルネームがヘンドリック・ヴィレム・ヴァン・ローンと仰る方で、オランダ生まれのアメリカ育ち。 コーネル大学やハーヴァード大学で学び、一度はジャーナリスト(AP通信)となったものの、その後学術書を著し、コーネル大学等で講義を行ったという経歴の人物です。 でね、この本はどこかの国の歴史の教科書みたいに「事件」と「年号」と「人名」や「国名」を羅列した文章になっているかっていうとさにあらず、何ていうか、とっても物語チックに、文学的にこの人間の長~い歴史を書き綴っていらっしゃるんですよね。 KiKiが思うに、高校レベルの世界史の教科書よりもこちらの方が「歴史を考える」うえでは参考になるような気がします。 まあ、ちょっとヨーロッパ史に偏っているきらいはあるし、この本が書かれた時代が時代(1921年)なので、現在ではちょっと「??」と思ってしまうような部分もなくはないけれど・・・・・・。
KiKi が子供時代も面白い!と感じ、今回再読してみて「そうそう、ここでぐっとこの本に惹きつけられたんだよなぁ・・・・」と思った部分をちょっとだけご紹介。
ローマ建国からかぞえて、753年目のことだった。 ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタヴィアヌス・アウグストゥスは、大帝国の政治に追われながら月日を送り、パラタイン丘の宮殿*で暮らしていた。
遠いシリアの、とある小さな村で、大工ヨセフの妻マリアは、ベツレヘムの厩で生まれた、小さな男の子を育てていた。
この世界は、ふしぎなところだ。 この宮殿とこの厩とは、やがて晴れの勝負をすることになった。 そして、凱歌は、厩の方にあがることになるのだった。
* 古代ローマに7つの丘があり、その中央の丘の名前で、ここにローマが築かれた。
この文章が書かれているのは第24章「ローマ帝国」の末尾。 そして続く第25章が「ナザレのヨシュア」です。 でね、この第25章の書き方が又良くて、ここに聖書の物語が繰り返されることはなくていきなり出てくるのがローマの医者とその医者の甥でシリアに出征中の男との往復書簡なんです。 で、その往復書簡が約7ページにわたって紹介されてこの章はおしまい。 で、その往復書簡で語られていることをぎゅっとコンパクトにまとめちゃうと、こんな感じです。
医者: パウロという患者に出会ったんだけど、この人は世評とはうってかわってまともな人に見えた。 この人はローマ皇帝にそむくような教えを語っていたことになっていたのでその真偽を本人に尋ねてみたら彼が説いている王国はこの世界のことではないと語っていた。 これは熱病のせいだろうと思われた。 そのパウロが殺されたという噂を聞いた。 とても残念に思っている。 そこで君の使命だが、今度エルサレムに行ったら、私の友人パウロと彼を指導したらしいユダヤ人について調べてみてくれないか? なんでも彼らのうち何人かは磔になっちゃったらしいのだが・・・・・
甥: たしかなことはよくわかりませんでした。 ただある老人が子供の頃父親に連れられてゴルゴダの丘へその人の死刑を見に行ったことを覚えていました。 その人はメシアの親友だったヨセフを紹介してくれました。 そのヨセフによれば当時様々な訴えがピラトのもとにあったもののローマの役人たちはその確たる証拠なしと考えていたのですが、ユダヤ教の旧式な長老たちが、すっかり気ちがいのようになっていたとのこと。 ピラトはこのいさかいのほんとうの意味はわからなかったようです。 ピラトは何度か彼を助けようとしたらしいのですが、坊さんにあおられたユダヤの人たちが「ピラトは、あのナザレ人の教えにまるめこまれてしまった。 ピラトは皇帝の敵だからローマに呼び戻してほしい」という要望書をローマの役所に送りつけました。 我が国(ローマ)の地方官は、外国人と衝突することを、きつく戒められていますから、とうとうピラトも内乱を起こさないようにするために、その囚人イエスを犠牲にしてしまいました。 これだけの話では、特に国家の安全が脅かされる点はないように思いますが、我々ローマ人にはこの地方の人びとはいつも理解しにくいのです。
ね、何だか当時の普通の人(ローマ人)がこの世紀の大事件をどんな風に捉えていたか、その一端が垣間見えるような気がしませんか?
KiKi はね、学校で学ぶ世界史の授業では正直なところ「宗教」と「政治」がどんな風に絡まっていたのか、あまり理解できませんでした。 なぜ理解できなかったかというと歴史の授業では「年号」と「人名」と「地名」と「事件名」が最重要なことで、そこで暮らしている人たちの日常がどうだったのか・・・・とか、その事件がある日地震のようにポコっと起こっただけなのかどうか・・・・とか、そういうことがよくわからなかったからです。 でもね、この本のような作品や時代時代に著された様々な本を読むと、その時代を生きた一般の人たちが何を大切にしていたか・・・・とかとある事件が起こる前提条件は何だったのか・・・・とか、その事件を起こした人は何を求めていたのか・・・・とか、そういうことが漠然と理解できるようになる。 そう思うんですよね。 そしてそこがわかったような気になると新たな興味が湧いてくる。 そこが面白い所です。
子供時代の KiKi はこの本に書かれていることの半分も理解できなかったけれど、大人になって、自分の暮らしを自分で建てられるようになり、社会人として組織の中で自分の役割を果たす経験をいくつかしてきた目でこの本を読み返してみると、本当の意味で歴史を、時代時代を生きていた人間を理解できていなかった自分にあらためて気がつかされます。 初めてこの本を読んだとき、ここに書かれている様々な事象を自分の目で1つ1つ確かめてみたい・・・・・大人になる間にここに書かれていることの詳細を知ることができるようになるはずだと思ったものだったけれど、結局自らそれを求めて探求することは放棄してきたことも再認識できました。 う~ん、これはひょっとすると少年少女向け・・・・というよりは、大人になってもう一度「歴史とは何か」を考えたいときに最適な本なのかもしれません。
第1章の冒頭に書かれた問い。 この答えはどこにあるのでしょうか? そう言えば同じタイトルの有名な絵画があったっけ・・・・。 どっちが先なのかな?とちょっと興味を持ったので調べてみました。 こちらの本が出版されたのが1921年。 ゴーギャンがこの大作(↓)を描いたのが1897年~1898年。 ヴァン・ローンさんの書斎にはこの絵のレプリカがかかっていたのかもしれません(笑)
(我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか)







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