この楽しき日々 ローラ・インガルス・ワイルダー

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KiKi のお気に入りのTV番組の1つがNHKの「趣味の園芸ビギナーズ & やさいの時間」です。  で、この番組では早くも春の準備・・・・ということで「畑の土づくり」の話題が取り上げられているのですが、Lothlórien_山小舎付近は相変わらずの雪化粧で、土づくりな~んていうのはまだまだ先!っていう感じです。  逆に言えば雪が降らなくなったら大急ぎで作業に取り掛かり、来年の冬が訪れる前にせっせと野菜作りに励まなくちゃいけない、そんな土地柄でもあります。

「自然っていうやつはなかなか厳しいなぁ」と感じることが多い今日この頃なんですけど、そんな KiKi なんかよりももっと厳しい自然の中で頑張っていた人たちの物語を読み進めながら、近い将来の移住計画への心構え(?)に励んでいる KiKi です。  ま、てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

この楽しき日々
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

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15歳のローラは、念願がかなって教職につき、新しい生活をはじめる。  孤独な下宿生活、生徒たちへの不安、そしてアルマンゾとの楽しい馬車の旅。  行動力あふれるローラが18歳で結婚するまでを描く青春編。  (文庫本裏表紙より転載)

タイトルこそ「この楽しき日々」だけど、冒頭はおよそ「楽しい」という感じではありません。  まあ、どちらかというと、回顧録として「あの頃はホント、しんどいと思ったけれど、それもこれも過ぎ去った今となっては楽しい思い出♪」という感じでしょうか?(笑)  とにかくびっくりしちゃうのが、ローラが望まれて行ったはずの学校・・・・であるにも関わらず、彼女が下宿することになった家庭の雰囲気です。  最初のうちはぶっきらぼうな奥さんの態度に途方に暮れているという状態だから、まだまだ「まあそんな人もいるよね」という感じなんだけど、その奥さんが夜中に刃物を振り回して「東部に帰りたい!」と繰り返すシーンの描写に至ると、さすがの KiKi も「う~ん、こんな下宿先は願い下げだぁ!」とビックリ仰天です。  まして当時のローラは15歳。  いかに早熟な時代・・・・とは言え、これは本当に辛かっただろうなぁと思います。

もっともこのどこかホラーチックな奥さんも気の毒と言えば気の毒な方だと思うんですよね~。  やっぱり当時の開拓民の生活の苦しさ、自然との闘いの壮絶さっていうのはよほどの覚悟をもって臨んだとしても、半端なものじゃなかったと思うんですよね。  KiKi もね、このエントリーでご紹介した元地主さんのご夫婦に初めてお会いした時、「この方たちは本当に苦労をされていらしたんだなぁ」とお顔や手を見ただけで胸が痛んだし、もっと情けないところで言えば、今回、Lothlórien_山小舎でたかがお湯が出なくなっただけで、オロオロしちゃいましたから・・・・・^^;  

そうそう、この週末も KiKi はLothlórien_山小舎で過ごしていたんだけど、今回のメインの目的は前回雪に閉ざされてしまった際に壊してしまったガス湯沸かし器の修理のためでした。  修理業者さん曰く、この週末のお天気が良くて比較的暖かい状態でのLothlórien_山小舎の水道水の水温は3℃なのだそうです。  あの雪に閉ざされていた時は1℃ぐらいだったんだろう・・・・ということで、それを聞いただけでも震えがきちゃいました(笑)

でも、ローラの家族やこのホラーチックな奥さんの暮らしている環境はもっともっと厳しいわけで・・・・・。  だいたい「冬場の生活水は氷を溶かして作る」という環境なわけですよ。  きっとあのKiKi がぶるってしまった冷たかった水と同じくらい、もしくはそれよりも冷たい水を使っての家事。  身を刺すみたいに痛かっただろうなぁ・・・・・。  で、それで豊かに暮らせるならともかくとして、最初の何年間かは「労多くして実り少なし」という状況だっただろうから、気持ちも荒もうっていうものです。

でも、ローラにとってある意味ラッキーだったのは、彼女の未来の夫、アルマンゾがそんな彼女を週末には必ず帰宅できるように「アッシー君」を買って出てくれていたこと。  ま、我らがローラはこと色恋沙汰に関するとかなり奥手・・・・というか、鈍感でいらっしゃるようで(笑)、毎週毎週彼が吹雪の中であってさえも迎えにきてくれているにも関わらず

「お礼なんか、いいですよ。  ぼくがくるとわかっていたんでしょう」
「あら、いいえ、知りませんでした」

な~んて言っちゃうあたり、呆れちゃうと言うか、笑っちゃうと言うか・・・・・。

この物語を読んでいて、改めて考えさせられたのは「現代の私たちが、当たり前のこととして享受している学校教育制度がいかに恵まれている環境なのか」ということと、逆に「恵まれすぎていることによる本当に必要な学問(?)の質の低下」みたいなことです。  この時代、ローラたちと同じ世代の特に男子は上級になるとまずは「開拓農民としての労働 > 学問」という感じの生活になります。  だから彼らはいわゆる「農閑期」以外は学校には行かずに(行けずに)まずは働かなくちゃいけません。  気候のよい時期≒農家のカキイレドキ ということで、学校には空席が目立ちます。  で、野良仕事をしたくてもできない季節になると、そんな年長組の男子生徒は雪をかき分けながら学校に行き学びます。

そういう意味では高等教育な~んていうものは期待できない・・・・と言っても過言ではないかもしれません。  でも、彼らは現代を生きる私たちよりも「生き抜くための知恵」だとか「仕事に対する責任感」だとか「家族や共同体との協力関係」だとか、素晴らしい宝物はちゃ~んと身につけているように感じられるのです。  少なくとも KiKi は最高学府まで出ているわけだけど、「極寒の地で馬や牛を放していると息が凍って鼻をふさいで呼吸ができなくなるから、時々溶かしてやらないといけない」な~んていうことは知りませんでした。  (まあ、知らなくても現代の都市生活を送る上では何の問題もないけれど・・・・ ^^;)  やはり実体験に勝る教育はないということなのか、主体的な吸収力に勝る知識はないということなのか・・・・・・。

あ、別に KiKi は「あの時代の方が手放しでよかった!」な~んていうことを言いたいわけじゃないんですよ。  ただ、自分の子ども時代を振り返ってみた時、どこまで KiKi が主体的に勉強に取り組んだか?と問われれば、「本当は自分のための勉強だったはずなのに、何故か『やらされている感』みたいなものを持っていた」ような気がするし、「大人は勉強しなくていいし、テストがなくていいなぁ」と罰当たりなことを考えていたような気がして、ローラたちに申し訳ないような気がしちゃうんですよね~。

話はちょっと変わるけれど、KiKi が山小舎生活を志向し始めた頃、「百姓」という言葉について考えたことがありました。  最初に考えたのは私達現代人は、「衣食住の全てを外部化してしまっているよなぁ」ということでした。  衣はファッションメーカーに、食は外食産業のお店やお惣菜やさんやスーパーマーケットに、住はプレハブメーカーにすっかりお任せしてしまった感があると思うんですよね。  で、そんな中で「食の安全」だとか「製造者責任」な~んていう評論家チックな言葉が市民権を得て、偉そうな顔をしているわけです。  もちろん KiKi も「食の安全」には拘りたいけれど、自分では何ひとつ作っていないくせに、「対価を払っているから」というだけで評論家のままでいていいのだろうか?と思っちゃったんですよね。  で、そこから色々なことを考えているうちに、そしてこの物語に代表されるようなちょっと昔の物語を読んでいる中で感じたのは、「人間が生きているという実感を持つことができるのは、自らの衣食住を自らの労働で満たす事にあったんじゃないか?」ということです。  

そこから始まって、例えば新聞社などでは「百姓」という言葉は差別用語の一種と考えられているという話を耳にし、それに反論する形で、とある農学者が、

「百姓」の「百」は「たくさん」、「姓」は「かばね」。  その時代、「姓」は現代の苗字にあたり、「苗字」はそのまま職業を表していた。  つまり「姓」は「能力」を意味することになる。  従ってたくさんの能力が無いとできない仕事が「百姓」という事だ。

と説いていることを知りました。  これを知った時、KiKi は思ったのです。  人間が人間として生まれ持って来たあらゆる能力を十二分に発揮して生きられる仕事、それが農業で、実は一番難しいことであるのと同時に、もっともやりがいのある仕事なのではないのだろうか?と。

冷静に考えてみると、本当に百姓って知識・知恵の凝縮した世界だよなぁと思うんですよ。  例えば土木・水利の知識・知恵がないと開拓はできないし、作物を実らせるために使う肥料1つにしても植物の生態と科学知識の両方を熟知して初めて使いこなせるものだと思うんですよね。  農作業器具を保管するための物置小屋を作るためには大工仕事ができなくちゃいけないし、収穫物っていうのは一辺に採れちゃうことが多いから食物の長期保存の知恵や美味しい調理法の知識だって必要です。  「農協」な~んていう組織が幅を利かせる前ならば、作物の流通や相場に対するセンスだって要求されたかもしれません。  ホント百の能力がなくちゃ一人前とは言えないのが百姓なのかもしれません。

でね、Lothlórien_山小舎に行くようになって地元の方たちと今のところ「お客さん」的に接しているだけの KiKi なんだけど、村の人たち(そのほとんどが一次産業従事者)を見ていて感じるのは、彼らは現在の都市生活者のように、全てを行政に世話される状況にはなくて、手分けしてコミュニティリーダーみたいな役割を担っているような気がするんですよね~。  それが「非文化的」なことと切り捨てるのは簡単だし、合理的じゃない・効率的じゃないというのも一面では真実かもしれないけれど、例えば都会人にはちょっと理解しづらいいわゆる「結」という制度(というより習慣?)も見方を変えれば「それぞれが自らの能力をお互いに発揮することで自他を認め合い、より良い社会を形成していこうという姿勢」のような気もします。  そしてその過程で一人の人間としての誇りが育っていた・・・・・そんなところじゃないかとも思うのです。

この物語でアルマンゾを見ていると、本当にすごい人だなぁと思うんですよ。  ローラを花嫁に迎えるために家を自力で建てるし(農作業の合間に!)、野生馬を馴らして組み馬を育てるし(これまた農作業の合間に!)、あの「長い冬」では街の人たちのために危険を冒して食料の調達にも行くし・・・・・。  「他の人にはできなくても自分ならできる!」と信じられる力はどこから来るのか?  それは決して学校教育からではなかったような気がします。  

もう1つ、子供時代には何となくさらっと素通りしてしまったんだけど、今回 KiKi の印象に残ったのはアルマンゾとローラが「小さな結婚式」を挙げることにしようという話をしている際のローラの言葉です。  結婚式の誓いの言葉の中で「あなたに従います」と言って欲しいか否かをローラが尋ね、アルマンゾは「そんな言葉は口で言うだけのもので、その通りにした人も知らないし、まともな男なら相手にそんなことをさせたがる人はいない。」と答えた後、「君も女性の権利を主張するタイプ?」と尋ねたのに対し、ローラはこう答えます。

「いいえ、あたしは選挙権を望んではいないわ。  だけど、自分で守れない約束はしたくないのよ。  あたしはね、自分がいいと思うことに反してまで、人に従うことは、たとえ努力してもできないと思うの。」

もう今では覚えていないけれど、子供時代の KiKi は彼女のこの言葉の最初の部分、「選挙権を望んでいない」に反応することはあっても、後半の「自分がいいと思うことに反してまで~」にはあまり反応しなかったんじゃないかと思うんですよね。  ・・・・・と言うか、今よりももっと身勝手に・・・・と言うか、我儘に、傲慢に「自分がいいと思うことに反してまで」という部分について考えていたような気がするんですよ。  何て言うか、「白黒は常にはっきりしているもの」と思っていたと言うか、「善悪はシンプルなもの」と思っていたと言うか・・・・・。  つまり、ローラが従えないとき(≒ KiKi が従えないとき)は「あなた(アルマンゾ)が悪い、間違っている」というのに近い考え方をして読んでいた・・・・・、そんな気がするんです。

でもね、この年齢になって「正義とは立場が変われば変わるもの」ということを理解するようになってからは、実はこの「自分がいいと思うことに反してまで~」と言うのは、実はものすご~く難しいことだと感じるんですよね。  自由を求めて移住してきたアメリカ人という歴史、その中でさらに「時のアメリカ政府との賭け」をして西部を目指した独立心旺盛な開拓民の娘ローラであるだけに、「従う」という言葉に対する思い(一種の拒否反応?)には並々ならぬものがあっただろうし、前巻にもその傾向が読み取れたけれど、同時に保守的な道徳観・キリスト教観を拠り所にしていた観もある彼女の考える「自分がいいと思うこと」というのは、どんな物差し軸に拠っていたのか?  それに興味を感じる一言だなぁと感じます。

 

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2010年2月21日 23:15に書いたブログ記事です。

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