大草原の小さな家 ローラ・インガルス・ワイルダー

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子供の頃好きだった物語はどうしてこうもスラスラと読めちゃうのでしょうか?  決して中身の薄い物語ではないのに、あっという間にこの連作の第2作も読了してしまいました。  もっとも子供時代はローラたちの「手作り感満載の生活」にのみ興味が向いていて、美味しそうな食事、美しいパッチワーク、可愛らしい小物にばかり目を奪われていたような気がするのですが、今回の読書では当時は疑問にも感じなかったことにばかりひっかかって色々考えさせられました。  そのお話に入る前にまずは本日の読了本のご紹介です。

大草原の小さな家
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子  講談社青い鳥文庫

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ローラの一家は、ある日、小さな家のものをぜんぶ馬車につんで、大きな森をあとにしました。  父さんが、新しい土地で暮らすのは、アメリカ西部の大草原、インディアンの国でした。  旅がはじまってすぐ、ローラたちは、流れのはげしい川の中で、犬のジャックを見失います -。  (文庫本裏表紙より転載)

子供時代、この本を読んでいた頃の KiKi は当然のことながら「人種問題」な~んていうことにはまったく興味がなく、正直なところ自分の中の差別意識を認識することさえない状態で、ローラの母さんと同じ様に「インディアンって何だか得体が知れなくて、野蛮な感じがして(よく知らないけれど ^^;)どこがどうだということではないけれど、何となく嫌い」だと思っていたような気がします。  だから、当然のことながらこの物語の中に出てくる「インディアン蔑視」の空気にはほとんど反応することなく、言ってみればターシャ・テューダーの庭に憧れるのと同じくらいの感覚で「いいなぁ、ローラの世界」というような読み方をしていたように思うんですよね。

その後も KiKi は先住民族のことを知ろうとしたことはほとんどなく、どちらかと言うと白人の国アメリカに対する憧れ、アメリカの豊かさ、強さばかりを羨んでいた・・・・そんな気がします。  そんな KiKi が「人種問題」にわずかながらも興味を持つに至ったのは、「黒人問題」について考えさせられる機会が増えたことによるものでした。  でもね、「黒人問題」に関してだって、子供時代に読んだ「アンクル・トムの小屋」で色々なことを考えたはずなのに、それでも何も考えていなかったのと同じだったなぁ・・・・と反省させられることが多くてねぇ・・・・・  それが大学生の頃です。  でね、その時期に至っても尚、KiKi の注意がインディアンに寄せられることはありませんでした。

大学を卒業し、自分で働き始めて何年かして、ようやくファッションにも目が向くようになり始めた頃、誰も彼もが身につけている「モカシン」やら「エスニック流行」であちらこちらのお店にビーズ飾りのついたアイテムが見られるようになった頃、ようやく KiKi のインディアンに対する興味が湧いてきました。  そして、遅ればせながら知ることになったインディアンの悲しい歴史。  もちろん現時点でもその知識は恐ろしく中途半端で、「聞きかじり」の域を一歩も出ていないのですが、でも少なくともかつての KiKi のように「どこがどうだということではないけれど、何となくインディアンは嫌い」という一種の偏見がなくなった今、この物語を読み返してみると、考えさせられることが多々あります。

今回の再読で一番気になったのが、「いいインディアンは死んだインディアンだけ。」というスコット夫婦のセリフでした。  決してスコット夫妻がものすご~く意地悪で、嫌なタイプの人たちというわけではなかっただけに、ある種の「善良な」(本人も善良だと思っているし、白人世界の中では他の人たちからも善良だと思われている)人たちがなんのてらいもなくこんな恐ろしいセリフを吐いていること自体が、当時の白人系アメリカ人たちのある種身勝手で傲慢な価値観を露呈しているようで、悲しい気持ちになりました。 

KiKi はね、もうずいぶん昔のことになっちゃうけれど、このエントリーでもお話したように大好きなピアノを自由に弾くことができる空間を手に入れるためにマンションを購入しました。  当初はマンションが購入できたというだけで、そしてそこに防音室を設置してピアノが弾ける環境を自力で確保できたというだけで大満足でした。  でもね、そこでの生活が1年たち、2年たつうちに何となく変な気分になってきたのです。  様々な苦労をしてようやく手に入れた「わが家」だったはずなのに、毎月・毎ボーナス期に結構な金額が KiKi の口座から引き落とされて行くにも関わらず、どうして KiKi はこの空間を維持するために「固定資産税」な~んていうものを払わなくちゃいけないんだろう???ってね。  

もちろんそれがお国の定めたルールだっていうことはわかっているんですよ。  当然購入前には一応会計人のはしくれだった KiKi はちゃ~んとそれらの税金をとられることも承知のうえで購入しているんですよ。  でもね、ものすご~く不思議・・・・というより不満に感じたのは、つきつめて考えるとこの「固定資産税」なるものは「少なめの家賃と変わらないじゃないか?」ということ。  所有権というのは、国から KiKi が生きている間はこのマンションのある土地の一部を借りることができている権利、 KiKi が生きている間はこのマンションの空間を売ろうが貸そうが好きなようにしていいっていう権利、強いて言えば KiKi の遺志でその権利を特定の誰かに委譲することができるという権利(但し、その場合には相続税という別の税金が発生する可能性あり)に過ぎないんじゃないか、決して所有しているわけじゃないんじゃないかっていう考えが湧いてきちゃったんですよね~。 

で、色々なことを考えているうちに「土地って本来誰のもの?」という命題にぶち当たりました。  現段階で KiKi が持っているこの命題に対する答えはちょっと横へ置いておいて、この物語の中でスコット夫人が持っているこの命題に対する答えはこんな感じです。

「インディアンなんて、この土地のためになることは、これっぽっちもしていないんだからね。  ただもう、けだものみたいに、そこらをほっつき歩いているだけじゃないの。  政府との条約がどうのこうのいったって、土地ってものは、それをたがやす人たちのものなんですよ。  それが常識だし、正義ってもんじゃないかね。

彼女の言い分はわからないじゃない・・・・と KiKi も感じます。  それが常識、それが正義だとまでは思わないけれど・・・・・。  それにね、確かに整然とした農地は美しいと思うし、生産性だって高いし、経済価値は草ぼうぼうだった時代よりもはるかに高いとは思うんですよ。  でもね、ここに「アメリカン・ドリーム」の根っこにある、ある種のまやかし、目くらましがあるなぁと今の KiKi は感じます。  KiKi にとって「アメリカン・ドリーム」っていうのはとどのつまり「勝者による個人占有」とほぼ同義だと思えるんだけど、それって「土地ってものは、それをたがやす人たちのもの」≒「定住して耕さない人はダメな人」≒「定住して耕さない人は排除されて当然の人たち」≒「インディアン蔑視」≒「定住して土地の経済価値を上げる努力をするオレ等白人は正義の味方」という思想とも通じるなぁ・・・・・と。  そしてこういう自分たちの価値観だけを物差しににして「善悪」「白黒」をつけたがるのは、この開拓時代からアメリカ人の身に沁みついた思考回路なのかもしれないなぁ・・・・と。  

だいたいにおいて、インディアンたちがやっていたことが「この土地のためにはならないことだったのか否か」はかなり疑わしいことだと思うんですよね。  確かに経済価値があがるような行動はしていなかったかもしれません。  でも、「ローラの父さんはなぜあの居心地のよかった大きな森を後にしたのか?」を考えてみると、ここに大きな矛盾を感じずにはいられないんですよね。  この物語の冒頭でローラはこう言っています。

父さんは、大きな森には人がおおすぎて、もうだめだ、という。  ローラの耳にも、しょっちゅう、父さんのおのの音とはちがうおのの音が、カーン、カーンと響き、父さんの鉄砲とは別の銃声が、バーンとこだました。  (中略)  こんなにおおぜいの人がすむようになった土地には、野生のけものたちはすみつかなくなってしまう。  父さんだって、すみたくはなかった。  父さんは、野生の生き物たちが、びくびくしないですめるような土地が好きだった。  かわいい子じかと母さんじかが、暗い森の中から父さんを見つめていたり、のろまの太っちょぐまが、野生の木いちごのしげみで、いちごを食べているのを眺めているのが好きだった。

ここにある種の身勝手な理屈を感じるような気がするのは気のせいでしょうか?  一番乗りで父さんの斧の音と鉄砲の音だけを聞いている生活って、言ってみればある種の「占有欲」だと思うし、野生の生き物たちがびくびくしないで住めるような土地に乗り込んで行って、結局は父さんが森の中でただ動物たちを眺めているだけじゃなくて、彼らをビクビクさせる行為をしないわけじゃないんだし・・・・・・。  と、同時に今回の読書で KiKi が気になって仕方ないのは、「大きな森には白人が増えちゃったから」という理由だけで、インガルス一家が乗り込んでいった先は「インディアンの国」(インディアン居留地)だという事実です。

白人の夢を体現させるために、「インディアン強制移住法」や「ドーズ法」などによって、様々な権利や財産を奪い取られたインディアンたちがようやく辿り着いた安住の場所だったはずの「インディアンの国」へ、スコット夫人の言葉に代表されるような価値観をひっさげた、白人優位の奢りと共に踏み込んできたのがインガルス一家・・・・とも読めるような気がすると「う~ん、ローラの世界って素敵♪」な~んていう呑気なことを言っていちゃいけないような気がして仕方ないんですよね~。

でも、あたし、ここはインディアンの土地だと思ってたんだけど。  もしかして、インディアンはおこらないかしら?

このローラの子供らしい素朴な疑問。  この疑問を大人になっても持ち続けることが困難なのは何でなんだろう??  ローラの母さんはあっさりとこんなことを言っています。

インディアンは、インディアンだけでくらしてればいいんですよ。  わたしたちも、わたしたちでくらせばいい。  こんなふうにうろちょろされちゃ、かなわないわ。

大切な食糧を食べられちゃったり、持って行かれちゃったりするわけだから、気持ちはわからなくはないけれど、「インディアンだけでくらしていく」ための土地(≒インディアン居留地)に踏み込んできたのはどこの誰なんだ?と思わずにはいられません。  でもね、ローラの父さんは恐らくそのあたりのことはちゃんとわきまえているんだと思うんですよね。  だからこそ、ローラのあの問いには決して答えようとしないし、インディアンとは決してもめごとを起こしてはならないと心に決めているし、最終的にはインディアン居留地に移住した白人を強制移動させるために政府が軍隊を出動させると聞いたら、1年間の苦労を投げ捨ててでも「無法者みたいにおっぱらわれるのはごめんだ!」と言って即移動を決心します。  その全てにチャールズ父さんの根っこの部分での迷い、罪悪感・・・・のようなものがあったような気がします。  

白人は、どんなものでも作り方は知っているが、分け合う事を知らない。

俺は部族の皆にこう言ってきた。  「白人の道で何か良いものを見つけたら拾うがいい。  だが悪いものあるいは、悪い事を招くようなものを見つけた時は捨てるんだ。  そのままうっちゃっておけ」とな。

白人が守り、赤い人(レッドマン=インディアン)が破った約があるか?  一つも無い。  白人が我々と交わした条約の中で白人が守ったものがあるか?  そんなもの一つも無い。  (中略)  我々の土地はどこにある?  土地の主は誰だ?  お前達(白人)の土地お前達の一ペニーの金でも俺に盗まれたと言える白人はいるか?  だが白人は俺を泥棒だと言う。  白人の女が一人でいるからといって俺が捕らえたり辱めたりした事があるか?  だが白人は俺を悪党インディアンだと決め付けている。  誰か、俺の酔っ払った姿を見た者はいるか?  俺のところに来て腹を空かせたり何も食べさせてもらえなかった者は、いるか?  俺が自分の妻達や子供達を殴っているのを見た者はいるか?  この俺がどんな法を破ったと言うのか?  俺が自分の物を大切にして、何が悪い?

人の歩く大地は売り物ではない。

いつだって豊かだった。  子供達は腹を空かせて泣いたりはしなかったし、足りない物など何一つなかった。  ・・・・・・・・村は活気に溢れ、あんなに素晴らしく、あれほど狩りに適した土地など、国中どこを探してもなかった。  もしもあの頃、予言者が村へやってきて、後に実際に起こった事を「これからこんな事が起こるぞ」と告げたとしても誰も信じはしなかったろう

富はいらない。  だが子供達をまっすぐに育てたい。  富など我々にとってなんの役にも立たない。  そんなもの次の世代へもっていけないじゃないか。  富なんぞいらない。  欲しいのは、平和と愛だ。

学問とか芸術が弓矢による狩りの仕事より上等なんて、何故信じている?  人種ごとに現実上の様々な条件は異なるけれど、それを左右する知力や知識量に照らしてみて、白人の学問や芸術というものが、人の心にある熱い望みを本当に満たしてくれるのかね?

白人は、教養ある本を読んでいる。  だから何をすべきか、はっきり心得ている筈だ。  なのに、白人は、何をすべきか巡ってたった二人でも意見が食い違ってくる。

インディアンに貴方達の称する「文明」がない、とたびたび言われてきました。  これまで私達は沢山の事を押し付けられてきました。  あなた方の法、宗教、礼儀作法、そして習慣を受け入れるようにと。  そうした教化には、妥当性が見られません。  口で言い聞かされるよりもそんな話題の載っている新聞を読み聞かせるより、お説の良いところをご自分で実行してみせてくれた方がずっと納得できます。

これらは西部開拓時代を生き抜いたとされるインディアン指導者たちの言葉です。  こういう言葉をじっくりと味わっていると、ローラの感じ方という一方的な情報だけを鵜呑みにして、インディアンを狼藉者・・・・だと思っていた子供時代の KiKi が恥ずかしくなります。

 

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2010年2月28日 23:06に書いたブログ記事です。

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