2010年3月アーカイブ

ラヴェル 鏡

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今日もあまりパッとしないお天気みたいですねぇ。  まあ、もともと春って言うのは「春霞」な~んていう現象もあったりして、すっきりはっきり青い空という感じにはなりにくいのでしょうけれど・・・・。  ま、そんなはっきりしないお天気の中、「のだめカンタービレに出てくる音楽を聴いてみる企画」を先に進めていきたいと思います。  ま、てなわけで本日の KiKi の1曲はこちらです。

ラヴェル 鏡
Hyperion CDA67341/2 演奏:A. ヒューイット(pf) 録音:2000年~2001年

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KiKi はね、以前このエントリーにも書いたようにフランスもののピアノ曲って長い間どうも好きになれなかったんですよね。  その苦手意識の強いフランスものの中で最も苦手としていたのがラヴェルの音楽だったんですよね~。  あ、でもね、実はラヴェルの管弦楽曲にはそんなに苦手意識はないんですよ。  苦手なのはピアノ曲なんです。  でもね、このエントリーでお話した先生も、この先生の次に KiKi が師事した先生も、そしてその又次に師事した先生も、誰も彼もが口を揃えて(?)言うのは、「ラヴェル、やってみない?」  「あなたの音はラヴェルに向いていると思うんだけど・・・」という言葉でした。  まあ、そんな中、「いつまでも食わず嫌いじゃいけない。  ラヴェルのピアノ曲にもっと積極的に親しもうとしなくちゃ!」と考えて購入したのがこのCDです。  まあ、とにかく1度、ラヴェルのピアノ曲漬けになってみようかな・・・・と。  だからこのCDはラヴェルのピアノ曲全集。  購入した直後はまるで修行僧の如く一所懸命聴いていました。  でも・・・・・・。  

まあ、未だにごくごく一部の曲を除くとっやっぱりラヴェルのピアノ曲って正直なところ KiKi にはよくわからなかったりするのですが(響きという意味ではドビュッシーの方が好きだし、音楽的にはフォーレの方が好きだし)、のだめちゃんのヨーロッパ入りを記念しての演奏曲ですから、今日は可能な限りおめでたい気分を盛り上げながらこの難解な曲集を聴いてみることにしました。

「≪鏡≫は、私の和声法の発展の上で非常に顕著な変化を示している作品なので、これまでの私の作風に親しんでいた音楽家たちを全く当惑させるようなピアノ曲集になった。」

とはラヴェルご自身がこの曲集に関して語っている弁です。  まあ、KiKi の場合はお世辞にもラヴェルの作風に親しんできたとは言い難いアマチュア音楽愛好家なので、別に「鏡」じゃなくてもラヴェルの音使い・曲の構成には常に当惑させられっぱなしで、「鏡」だけが特別どう・・・・ということは全くないんですけど、この曲集はラヴェル音楽の中で KiKi が唯一若い頃から「う~ん、この曲はいい曲だなぁ・・・」と感じていた「水の戯れ」の延長線上にある音使いの音楽だなぁと思います。  でもね、「水の戯れ」はある種、とっても写実的な音楽だと思うんだけど、こちらはもっと心理的・・・・というか、思索的・・・・というか、要するにわかりにくい・・・・というか。  (そんな中、「道化師の朝の歌」だけはちょっと異色な感じがしますが。)

この曲集は独立した5つの作品で構成されています。

第1曲:蛾 (レオン・ポール=ヴァルグ; 詩人 に献呈)    
第2曲:悲しき鳥 (リカルド・ヴィーニエス; ピアニスト に献呈)  
第3曲:海原の小舟 (ポール・ソルド; 画家 に献呈)  
第4曲:道化師の朝の歌 (ミシェル・ドミトリー・カルヴォコレッジ; 音楽評論家 に献呈)  
第5曲:鐘の谷 (モーリス・ドラージュ; 弟子の作曲家 に献呈)

何となく曲のタイトルが醸し出す雰囲気と献呈された人の職業にイメージ的な重なりを感じちゃうような気がしませんか?  因みに、この5曲をそれぞれ献呈された上記の5名は、パリの芸術家グループ「アパッシュ」のメンバーでラヴェル自身もこのグループに所属し、彼らとは親しく交際していたことが知られています。  でもね、そんな親しい仲間たちであってさえも当初はこの音楽が理解できなかったらしいので、KiKi が「う~ん、難解な音楽だぁ。  よくわからん!」と思ってしまうのも致し方ないことかな・・・・と(苦笑)

  

昨日ご紹介した「まるごとポッドキャスティング」に引き続き、同時期に購入したもう1冊、「ポッドキャスティング入門」を読了しました。  これらの本を読んでいる際のBGMもポッドキャストのプログラムという凝りようです(苦笑)  今日はそのあたりのお話をしたいと思います。

ポッドキャスティング入門
著: ki/manolin  翔泳社

41G7AE6SVFL__SL500_AA300_.jpg (Amazon)

2冊を読了して、ようやく Podcast なるものの全貌(但し初級編)が見えてきたような気がします。  と同時に KiKi はとにかくこれまでクラシック音楽のCDをせっせと購入することに一生懸命だったようなところがあるんだけど、今の時代、音楽の楽しみ方っていうのはずいぶん多様化しちゃったんだなぁというのが正直な印象です。

iPod を購入した時も KiKi の思考っていうのは「ウォークマン」「CDウォークマン」「MDウォークマン」の延長線上にしかなくて、お気に入りのCDをダビング(・・・という言葉自体がもはや時代遅れなんですよねぇ~ ^^;)して、持ち歩くことだけを考えていて、とにかく音楽ライブラリーを丸ごと持ち歩けるようになればそれでいいや・・・・的なことしか発想していなかったんだけど、もうそれだけの時代ではないんですねぇ・・・・・。

実はね、 KiKi はこれまでインターネット・ラジオそのものにも大して興味を持っていなくて、せいぜいが「バイロイト音楽祭の舞台放送を聴くための道具」ぐらいの位置づけでしか見ていなかったんだけど、KiKi の知らないうちにスカパーの「クラシックチャネル」なみのクラシック音楽専門のインターネット・ラジオ放送があることも、Podcast の研究をし始めて初めて知ったんですよね。  恐らくクラシック音楽ファンの皆さんはとっくの昔にそんなことは知っていらしたんじゃないかと思うんだけど、今回これらの本を読みながら、色々な Podcast 番組をチェックしている中でようやく KiKi は「へぇ、こんな素敵な放送(?)が始まっていたんだぁ!」とびっくりしちゃいました。

KiKi が今回これらの本を読みながらひたすら BGM で聴いていたのは「OTTAVA」というインターネット・ラジオ局の配信している(た?)Podcast です。  これらのタダの番組もかなり気に入ったんだけど、その勢いで色々調べていたら、このサイトでは「ライブ放送」も聴くことができれば、1週間限定の「オンデマンド」も聴くことができることが判明し、もう嬉しいやら楽しいやらで、昨日からは自宅にいる時間帯はひたすら OTTAVA に嵌っちゃっています ^^;

世界の国際都市にあって東京になかったもの、それはクラシック・ステーション。  1992年にイギリスで開局した「Classic FM」の大成功を受けて、世界の都市では、次々とクラシック音楽を専門としたラジオステーションが誕生しています。  いずれのステーションも、提案するのはクラシックをシンボルとしたライフスタイル。  文化や芸術の話題を織り交ぜたクラス感のある番組内容と、クラシックの枠組みにとらわれない自由な選曲スタイルが、高感度な人々の間で親しまれています。

今、最高に格好いいコンテンポラリー・クラシック・ステーションが、東京に誕生しました。

OTTAVAは、国際都市東京から上質で高級感あふれるクラシック音楽を発信します。

(OTTAVA HP より転載)

う~ん、これこれ。  これを KiKi は長年待っていたのですよぉ。(その割には開局していたことすら知らなかったけれど・・・・ ^^;)  KiKi はね、ず~っと昔、西暦2000年頃に NAXOS がこういう番組をやってくれないかなぁ・・・・と思ったことがあって、当時まだ英語のHPしか NAXOS にはなかった時代にリクエストメールを送ったりしたことがあったんですよね~。  結局、何の音沙汰もなかったけれど、それから何年かして Naxos Music Library ができたりして、でもちょっと違うんだよなぁ・・・・と思ったりもしていて・・・・・。    

でね、誰もやってくれないなら KiKi が50代に入ったらやろうかなぁと夢想(現実的なビジネスプランではありません、あくまでも)したことさえあったんですよ(笑)。  それが KiKi がネットから離れている間に現実のものとなっていたとは!!!  いやはや、やっぱり今はすごい時代です。  

先日、こちらのエントリーでもお話したように KiKi は今、Podcast なるものを研究中です。  で、こ~んなブログを綴ってはいるものの、どうもモニター越しの情報だと色々なことがしっかりと頭に定着してこない古いタイプの人間なので、ネットにあふれている情報からは色々なイメージがつかめずにいたんですよね~。  で、仕方なしに Amazon の Market Place で中古本ながらも Podcast 関連の本を2冊ほど調達してみました。  そのうちの1冊を昨晩、読了しました。

まるごとポッドキャスティング
著:JJ、青木恵美  技術評論社

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いや~、KiKi がちょっとネット生活から離れているうちにものすごい時代になっていたんですねぇ。  KiKi は iPod を使うようになってもうずいぶんたつんだけど、そして先代の iPod を購入した時点で Podcast は既に使える環境にはあったんだけど、まだまだ今ほどプログラム(番組)が充実していなかった・・・・ということもあって、せいぜいが「Discovery Channel」の配信をたま~にちょこっと見ていただけだったんですよね。  でも知らないうちにものすごい量の番組ができていたんですねぇ。

この本自体はちょっと古めの本なので、紹介されている番組サイトのいくつかは既に「サービス終了」になっちゃっているんだけど、それでもこの本を読むまではよくわからずに適当に操作していた iTunes の使い方が少しだけわかるようになって、いろいろ調べてみたところKiKi の興味を惹きそうな番組が出てくるわ、出てくるわ・・・・。  しかもタダ!で!!!昨日はあまりの楽しさについつい我を忘れて「あ、この番組は楽しそう♪」「へぇ、こんな番組もあるんだぁ♪」と調子にのってついつい色々な番組をダウンロードしまくってしまいました。

まだ、どれもこれもじっくりと聴いてみたわけじゃないんだけど、KiKi がダウンロードしてみた番組はこ~んな感じです。

Business English Pod; 最近めっきり使わなくなっちゃったので・・・・
CNN News Update; 最近TVもみなくなっちゃったので・・・・
Discovery Channel Video Podcast; まあ、これは定番で・・・・
ECC英会話 Podcasting 知ってる単語でこんなに話せる!; まあこれも英会話の復習用
Gaba G Style English; まあこれも英会話の復習用
NipponArchives 京都二十四節気; 日本人として・・・・
NipponArchives 美しき日本; これまた日本人として・・・・
NipponArchives 富士山; 日本人として、元静岡県人として・・・・
NipponArchives 万葉集; 最近万葉集にちょっと興味があるので・・・・
Ottava Cafe Azzurro; こんな番組がタダなんて!
Ottava Cafe Bruno; こんな番組がタダなんて!
Ottava Cafe Celeste; こんな番組がタダなんて!
Road to the Metropolitan Opera 2011 by KDDI
ヴォイニッチの科学書; 評判いいみたいなので
小澤俊夫 昔話へのご招待; ちょっとした興味から
1日3分MBA講座 & 新1日3分MBA講座; まあ、ビジネスセンスが錆つかないように・・・
野村総合研究所(NRI Podcast); まあ、ビジネスセンスが錆つかないように・・・

実は寄席の番組もいくつかダウンロードしたかったんだけど、どうも通信状況がイマイチだったみたいで、うまく落とすことができていません。  今日はこれらを iPod に落として午後からお仕事に出かけなくちゃならないんだけど、なんとなく番組に夢中になっちゃって仕事にならないような気がしないでもない・・・・・ ^^;

これは本当の意味での大人のおもちゃだなぁと実感しました。  もっともこれらの番組のダウンロードは通信環境の整った都会じゃないと楽しめないんだなぁという事実も再認識させられちゃったので、ほんのちょっとだけ複雑な気分です。  

 

 

KiKi の魔女研究(?)本のご紹介第4弾です。  これまたあっという間に読了してしまいました。  ああ、恐れていた時が訪れてしまいました。  第4巻以降をどうしたらいいのか、まだ決めかねているというのに・・・・・。  実は昨日、たまたま Printer のインクカートリッジの在庫が乏しくなってきていたので、ちょっくら花の大都会池袋まで出たついでに、本屋さんも覗いてみたんですよね~。  でも結局、単行本は買わずに帰宅してしまった KiKi。  う~ん、これはやっぱり図書館に行って借りてきて読み進めるしかないのかなぁ・・・・。  でも、そう言えば図書館ではカードみたいなものを作っていたような気がするんだけど、あれってどこに仕舞い込んじゃったんだっけ??  そもそもあのカードって有効期限みたいなのがあったんだっけ???  仮に図書館で借りることにしたとしても、その前に一仕事も二仕事もありそうな気がするのは気のせいでしょうか??  ま、それはさておき、この本のご紹介を終わらせちゃいましょうね♪

魔女の宅急便(その3) ~キキともうひとりの魔女~
著: 角野栄子 絵:佐竹 美保  福音館文庫

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16歳になった魔女のキキのもとへ、ある日ケケという12歳の女の子が転がり込んできます。  やることなすことマイペースで気まぐれな彼女に、キキはふりまわされます。  不安、疑い・・・・・やがてあたたかな理解。  ふたりの自立していく姿、キキの新たな旅立ちがみずみずしく描かれています。  (文庫本裏表紙より転載)

う~ん、個人的にはこの巻はちょっと楽しさが半減・・・・っていう感じかなぁ。  でもね、それは KiKi 自身にもこの巻のキキ同様に「ありとあらゆることにイライラしちゃっていた時代」があったことを思い出させるせいなのかもしれません。  今にして思うと、「何であんなにイライラしていたんだろ?  だいたい何に対してイライラしていたんだろ?」って思うし、「イライラしてどうしたかったんだろ?」とも思うんだけど、あれって思春期特有の自己嫌悪 & 被害妄想 & 欲求不満の表れなんでしょうかねぇ。

まあ、確かにいきなりキキのところに転がり込んできたケケちゃんも「ここまでマイペースな人って滅多にいないよなぁ」と思わせるところがあるし、得体の知れないようなところ・・・・とか、ちょっと不気味な感じがするところとか、色々あるとは思うんだけど、でも結局はキキのイライラはケケちゃんに対するもの・・・・というよりは、自分に対して・・・・・なんだろうなぁと思いました。  「かくありたい自分」と「必要以上に卑下した自己評価の中の自分」の対比・・・・・とでも言いましょうか。

そんな中で素敵だな♪と感じたのは案外大人なジジの存在です。  まるで口癖のように

「ケケなんてまだ12だよ。  競争する相手じゃないよ。」

と繰り返すジジ。  でもねぇ、気持ちが負のスパイラルに入っている人には「競争する、しない」ではなく、何となく自分を貶めるための物差しみたいなものが必要で、それを外に求めたがるものなんですよね~ ^^;  キキの場合はそれがたまたまケケだった。  そういうことなんじゃないかなぁ。

 

KiKi の魔女研究(?)本のご紹介第4弾はこちらの本です。  第1巻と比べると倍ぐらいの厚さの本なんだけど、とっても読みやすくて、読んでいて気分もほんわか、なんとなく軽~くなってくるのであっという間に読み終えちゃった ^^;  ああ、この調子で第3巻まで読み進んでしまったら、KiKi は第4巻以降をどうすればいいんだろう・・・・・。  福音館書店のHPを見る限りではまだ今のところ文庫での発刊は予定されていないみたいだし・・・・・。  これは久しく足を伸ばしていない図書館のお世話になるしかないのかしら・・・・。  とは言っても、KiKi は週末はLothlórien_山小舎にも行かなくちゃいけないから、いつ行って借りてくるか? 借りたとしてもいつ返しに行けばいいのか? という大問題が発生しちゃうんだけどなぁ・・・・・。  こんな時こそ「魔女の宅急便」であっちからこっちへ届けていただきたいものです(笑)。  

魔女の宅急便(その2) ~キキと新しい魔法~
著:角野栄子 絵:広野多珂子  福音館文庫 

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魔女のキキと相棒の黒猫ジジの宅急便屋さんは2年目をむかえ町の人にもすっかりおなじみになりました。  そんなキキに大問題がもちあがり、キキは魔女をやめようか、と悩みます。  人の願いや、やさしさ・・・・見えないものも運ぶ魔女の宅急便のキキは再び新たな旅立ちをむかえます。  (文庫本裏表紙より転載)

第2巻の物語はあのアニメ映画にはほとんど出てこないお話ばかり・・・・だったけれど、やっぱり世界観は同じだったし、以前このエントリーにも書いた「自分が自分自身を信じられなくなってしまった」り「自己否定」することによって唯一の長所「飛ぶこと」に自信がなくなってしまうというプロットが映画よりも穏やかに・ゆるやかに、そして私たちの誰もが知らず知らずのうちに自己嫌悪の負のスパイラルに落ち込んでいくのと同じようにひっそりとキキの気持ちの中に忍び込んでいく様子が描かれています。  うんうん、KiKi はあの映画での描き方よりもこちらの原作の描き方の方が好きだなぁ・・・・。  まあ、映画の場合は上映時間の尺の中で色々なことを描かなくちゃならないから、あれはあれで仕方ないし、こっちのほうが好き♪ではあるけれどあっちも変わらず好き♪なんですけどね(笑)  

でもね、この小説は本当に巧妙に描かれているなぁって思うんですよ。  だってこのお話の前にはちゃんと伏線がはってあるんですもの。  キキがコリコの町に帰ってきて事業年度2年目の最初のお荷物(?)が動物園のカバさんなんだけど、このカバさん、隣の檻のライオンにしっぽをかじられたことによって「中心点行方不明病」という病気になっちゃったことになっていて、その病気の治療をしてもらうためにコリコの町からちょっと離れたところにあるイイナ町というところの獣医さんのところまで運ぶというお話になっているんですよね。  で、キキが終盤で自分のやっていることに迷いを感じ始めたころ、ポロっとつぶやくんですよ。  「私も中心点行方不明病になっちゃったみたい・・・・・」って。

この「中心点行方不明病」っていう聞いたこともない病気。  これは KiKi がず~っと拘っていてこのブログのエントリーの中でも時々ちょっとだけお話している「自分が生きていくうえで大切にしたいと考えている価値観の核みたいなもの」がユラユラしている状態のことだと思うんだけど、キキも小さな女の子に頼まれて「黒い手紙(本当の中身は「ごめんね。  仲良くしてね♪」というものなんだけど、その女の子のコミュニティの中では「のろいの手紙」ということになっている)」を運んでから、自分のやっていることに疑問を感じ始めてしまいます。  そして、その迷いがキキの順調な飛行を妨げ、さらには次のお客さんの大切な荷物を運んでいる真っ最中に、ほうきが壊れ、その大切な荷物をちゃんと届けることができなかった・・・・という最悪の事態まで招いてしまいます。  そしてさらに落ち込むキキ。  

そんな彼女の次のお客さんがず~っとお散歩をしていたけれど、体調を崩してそれができなくなってしまったおじいさんで、そのお仕事っていうのがそのおじいさん愛用の杖を持って、そのおじいさんのかわりに散歩をしてあげる「散歩を運ぶ」というお話。  そしてそのお仕事をしている中で出会ったイクくんの何気ない一言にドキリとさせられるんです。

 

「仕事、楽しい?」

 

 

でね、この「散歩を運ぶ」という物語の中でキキが出会う人は誰もが身近にある些細なことで「楽しんで」いるんですよね~。  おじいさんと公園で出会って「くすの木のくすさん」の向こうにある世界を歩いたことがあるという小さな男の子、おじいさんが散歩の途中で毎日立ち寄って、たった2歩ほどの散歩をヘンテコな歌を歌いながら一緒に楽しむ靴屋のおじさん、そして「心に決めている自分の特別な場所」を持っているイクくん、さらには留守がちな両親についていけず本当はさびしくてしかたないのに、それを素直に言えなくて、突っ張るために「つまらない」を言い続けながらクールを演じているウミちゃんという女の子。  自分にとって大切なもの、核になるものっていうのは決して遠くにある見果てぬ夢の中に隠れているわけではなく、自分の身近なところにあってある種「当たり前」の顔をしている物・事柄の中にあるということを、やんわりと伝えてくれるお話だと思います。

以前このエントリーにも書いたことだけど、人は行き詰ったとき活路を求めてジタバタして、あれやこれやと新しいことに手を出してみたりいろいろして、最初は本人もただ漠然と「得体の知れない何か」を待っているように思って焦ったりもするんだけど、どこかの段階から「やりたいこと」ではなく「自分にできること」を探し始めると思うんですよね。  そうやって見つけた「自分にできること」はいずれ「自分にしかできないこと」に変わっていく・・・・・。  そんな世界がこの物語には広がっているような気がして、何だか KiKi の心の中がポカポカしてきました。

KiKi はね、大人になって仕事をするようになってから「仕事っていうのは厳しいもの。  お金を稼ぐっていうのは楽しいことばかりじゃないもの。」と感じるようになって、逆に「楽しいか否か」というのは仕事をしている時には考えまい・・・・・としていた時期がありました。  でもね、そのうちに思ったのは「昼間の1番いい時間帯を拘束されて毎日毎日していることを楽しまないのはバカじゃないか?」と思うようになって、もちろん楽しいばかりではないのは変わらないんだけど、「楽しいことばかりじゃない仕事をどうやって楽しむか?」を考えるようになりました。  そして、何年かした頃、仕事をしていて「楽しい」と思えるような時期があって、今になって振り返ってみるとその「楽しい」と思えるようになった時期に KiKi の「仕事力」みたいなものがぐ~んと伸びたような気がするんですよね。  そして、今はその時に得たもので食いつないでいる・・・・・そんな気がするんですよ。  

        

春一番が吹いて、「暑さ寒さも彼岸まで」のお彼岸も過ぎて、暖かくなることを期待していたにも関わらず、ここ2-3日のうすら寒さはいったい何なのでしょうか?  お天気にも恵まれず、なんだかどんよりとした気分に陥ってしまいそうな雰囲気です。  そしてそれに追い討ちをかけるかのように、いつもお邪魔している yokochan さんのブログでこんなエントリーを発見してしまい、「なんちゃってワグネリアン」を自称(?)している KiKi の気分はさらなるドヨヨ~ン・モードです。  でも、そんなことではいけないのです!  何はともあれ「春の訪れ」でなくちゃいけない時期なのです!  ま、てなわけで、本日の KiKi の1曲は「白いショパン」(by のだめ)を聴いてみました。

ショパン 前奏曲集 Op. 28
DENON COCO-80563 演奏:ヴラド・ペルルミュテール(pf) 録音:不明

《本日画像はありません》  (Amazon)

 

このCDはね、KiKi がまだ横山幸雄さんのファンだった頃、彼が「学びたい!」と思ったらしいピアニストの演奏を1度は聴いてみよう!と思って購入したものです。  当時の横山さんはショパンの音楽をメインのレパートリーにされていた(演奏会等で取り上げることがダントツで多かった)ので、どうせ聴くならやっぱり「ショパン」でしょ・・・・・みたいな感じで(笑)  でもね、実はこの方、「ショパン弾き」として・・・・・というよりは、「ラヴェル弾き」として・・・・・・の方が有名だったりするんですよね~。

実はこのペルルミュテールさん。  ラヴェルの直のお弟子さんだったことがあって、彼に師事しているときに、ラヴェルご本人から印刷・出版されている譜面には表記されていない、いわば裏の記号・・・・のようなものだとか、その他作曲時に意図していたことなんかを徹底的に仕込まれた人なんですよね。  ラヴェルは20歳そこそこだったペルルミュテールを「小さな真珠」と呼んで、その才能を愛したといわれています。  余談だけど、KiKi は一応♀なので、もしもラヴェルから「小さな真珠」と呼んでもらえたとしたら素直にものすご~く嬉しいと感じると思うんだけど、♂のペルルミュテールさんはどうだったんだろう??  まあ、「芸術性」に対する評価として嬉しく感じられる・・・・というのは頭では理解も想像もできるんだけど、是非1度ご存命中にそのあたりの心境を伺ってみたかったなぁと思ってしまいます。

ま、それはさておき、この曲です。  いくつかのショパン & ショパンの前奏曲を聴いてきた KiKi だけど、これほどあっさりとした演奏はそうそう滅多にお目にかかれるものではありません。  でもね、この人の演奏に対して使っているこの「あっさり」というのは決して「退屈」とか「薄っぺら」とかっていう悪い意味じゃなくて、強いて言うなら「演奏者の作為性・エゴ」みたいなものが希薄・・・・・という感じでしょうか。  

 

魔女の宅急便 角野栄子

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KiKi の魔女研究(?)本のご紹介第3弾はこちらの本です。  これは本と出会うよりも先に以前このエントリーでご紹介したアニメ映画で出会った素敵な物語。  KiKi の HN はこの物語の主人公から拝借しています。

魔女の宅急便
著:角野栄子 絵:林明子  福音館文庫

51NY6C9GXDL__SL500_AA300_.jpg(Amazon)

「ひとり立ち」するためにはじめての街にやってきた13歳の魔女キキと相棒の黒猫ジジ。  彼女が懸命に考えて自立するために始めた仕事は、ほうきで空を飛んで荷物を届ける宅急便屋さんでした。  ミスをしておちこんだりしながらも元気に生きるキキは、荷物を運びながら大事なことを発見していきます。  (文庫本裏表紙より転載)

映画から先に入った作品なのですが、世界観がほぼ同じなので何の違和感もなくサクサクと読み進むことができました。  まだ第1巻しか読んでいないので、この先、物語がどのように展開するのか、映画ではあったような出来事が起こるのか、そのあたりに関しても続きを読むのが楽しみです。  

KiKi はこの本を福音館文庫のボックスで購入してみたんだけど(そちらは3冊セット)、どうやら全部で6冊も出ているみたいですねぇ。  第4巻~第6巻は福音館文庫でも出るのかなぁ・・・・。  シリーズ全冊を読破したいと思っている KiKi としては、心の底から残り3冊の文庫での発刊を待ち望んでいます。  とっても素敵な物語だと思うけれど、さすがにハードカバーで揃えるだけの資力は持ち合わせていないので・・・・・(笑)

で、今日読了したのは全6冊のうちの第1巻。  キキの旅立ちとひとり立ち、そして初の里帰りまでの物語です。  映画にはなかったキキの初の里帰りのお話はとっても丁寧に描かれていて、読んでいるうちに KiKi も大学進学後の初の里帰りのときの気持ちやら、社会人になって初の里帰りのときの気持ちなんかを思い出し、胸がじ~んとしてきてしまいました。  そうそう、生まれてはじめての一人暮らしをした後、自分が成長したかどうかものすご~く気になったっけ・・・・。  そうそう、生まれてはじめて自分で稼ぐようになって、初ボーナス(と言っても満額は出なくて金一封だったけど)で両親へどんなお土産を買おうか、ものすご~く悩んだっけ・・・・・。  そして1年間会わない間に成長した娘の姿に、キキのお母さんが言ってくれた言葉は、キキが一番聞きたかったほめ言葉。

ついこの間まで赤ちゃんだったのに・・・・・・りっぱにやって・・・・・・

ここで思わず涙目に・・・・・(苦笑)  KiKi は正直、キキの気持ちで読んでいるのか、キキのお母さん(コキリさん)の気持ちで読んでいるのか、何が何だかわからなくなっちゃったけれど、いずれにしろよくわからない熱~い想いがじわ~っと浮かんできて、思わず「いや~、良かった、良かった」と声にしていました。  

でね、もっと素敵だなぁと思ったのは、久々の里帰りで「甘えん坊モード」に突入したはずのキキがたった5日でコリコの街(キキが見つけた新しい居場所)のことが気になって仕方なくなるところ。  そうなんですよね~。  生まれ育った場所って居心地もいいし、家族と一緒に過ごす時間って言うのはキラキラした宝物みたいなものなんだけど、ひとり立ちすることによって自分の場所はそんな見慣れた風景ではなく、暖かくてヌクヌクした家族の傍らではなくなっていっちゃうんですよね~。  

KiKi もね、大学1年生の初めての夏休みで実家に帰ったとき、最初の2~3日は「ああ、帰ってきたんだなぁ・・・・・」と懐かしかったり嬉しかったりしたんだけど、1週間もすると感じたものです。  「ああ、ここは私の家ではあったけれど、私の家じゃない。  両親の家なんだ。  ここでの私は変わらず娘ではあるけれど、ここに住んでいる人じゃなくてお客さんになっちゃったんだな」って・・・・・。  そして「私が家と呼べる場所は知らないうちにここではなく、東京のあの狭いアパートになっちゃったんだ。」って・・・・・。  それはある意味でとってもさびしいことでもあったんだけど、同時に「大人になるっていうのはこういうことなんだ」と思ったものでした。       

 

熊肉をいただく・・・・・

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今週末も KiKi はLothlórien_山小舎に来ています。  ついこの間まで大雪が降って山篭りを余儀なくされたり、太くて長い氷柱に感動したり、洗濯機が凍結したりしていたというのに、土曜日はそんなことがあったのは冗談か夢幻だったかのような暖かさ!  寒冷地ほど春の訪れは唐突なのか、はたまた、昨今の異常気象の影響か・・・・・。  

ここ、Lothlórien_山小舎の庭に植えてある梅(紅梅と白梅の2本)も、紅梅の方はちらほらと花をつけ、白梅の方も花芽がちょっぴり膨らんでいます。

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ま、そんな風に暖かくなってきた・・・・・と言えども、それは昼間のお話 あ~んど たまの1日のお話で、相変わらず夕方(お日様が翳るのが4時前なので、4時ごろから)になると、ちょっぴり寒さが身にしみるようになり、根っこが寒がりの KiKi はまだまだ薪ストーブのお世話にならずには夜を過ごすことはできないし、今日はあの暖かさが冗談だったかのような冷え込みです。  う~ん、この寒暖の差に体がついていきません・・・・・。   

そんな中、体を温めるにはこれが1番!とばかりに昨日頂戴したもの。  それは熊肉・・・・・・。  以前このエントリーでもお話した KiKi がこの地に山小舎を建てるきっかけとなった地元材木業者のHさんからのいただきものです。  Hさんは狩猟免許を持った「猟師」の顔も持っていらっしゃるのです。  でね、過去には同じHさんから猪肉を頂戴したこともあるんですよね~。  ま、猪の方は豚の親戚みたいなものだし、KiKi の生まれ故郷の静岡県は天城あたりでもよく見かけるのでさほどの抵抗はなかったんですが、さすがにとなると、これまでに食べたこともなければ、見たこともなし。  正直ちょっとビビリました。

実は昨晩、熊肉を薪ストーブで焼いて、1回食しているんだけど、その時には、扱い慣れない熊肉に緊張しまくりで、写真撮影するのも、エントリーを書くことも頭からぶっ飛んでしまっていて、ちょっと証拠写真には不足しております ^^;  正直、どうやって食べたものかよくわからなかったので、とりあえずHさんに教えていただいたとおり、熊肉を薄めのビーフステーキぐらいの厚さに切って、肉が固いことを想定して包丁の背でパンパン叩いて筋切り(とはいえどこが筋かはわかっていないんですけど・・・・ ^^;)して、そこに軽めに塩コショウしてからお醤油をたらして下味をつけ、薪ストーブに突っ込んで焼いてみました。  ちなみに使った道具はこちらです。

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↑ これを薪ストーブの火室に入れます。  そしてこの上に餅焼き網を載せそこで様々な食材を焼くことができます。  ♀みたいな形をしているものはこの台をストーブの火室に出し入れするのに使います。  (当然これを投入する時は薪ストーブの中は熾きでいっぱい!  火室内の温度は300℃ぐらいあります。) 

これらのお道具は薪ストーブを設置したときに既に入手済みだったのですが、実は使用してみたのは今回が初めて・・・・・^^;  まあ、何事にも「初めての時」というのはあるものです。

で、お味の方はと言えば・・・・・・・

 

 

 

かなりビミョーな感じ・・・・・・。

 

 

 

 

食べられない・・・・・ということはないものの、まず何はともあれ固い!!  そして、今回この野性味あふれる食卓に同席した友人は気にならないと言っていたのですが、KiKi には一種独特の野生獣肉の臭み・・・・みたいなものがかなり気になるんですよね~。  

でも・・・・です。  匂いに関しては KiKi よりももっと鋭敏であるはずのわが家の愛犬ノルンにはこの臭みは一切問題なかったようで、まるで欠食児童の如くバクバクと食し、KiKi は肉の固さに辟易としつつカミカミしている間にあっという間に飲み込み、「もっと~!!  もっとちょうだ~い!!!」を連発しておりました。  普段は人間の食卓の食べ物を極力与えないようにしているんだけど、昨日ばかりはちょっとだけノルンにもお手伝いしてもらいました。  ただ・・・・・

  

熊を食った犬に懐かれる私の図

 

というのも KiKi にはかなりビミョ~なところなんですけど・・・・・(苦笑)

 

 

 

う~ん、KiKi にはあまり熊肉は向いていないかも・・・・・・(汗)

 

 

でも、でも・・・です。  いただいた熊肉の半分もまだ食べ終わっていないのですよぉ。  で、せっかく食されるために大切な命を提供してくれた熊さんに成仏していただくためにも、これを何とか美味しくいただかなくちゃいけません。  で、本日は朝からネットで「熊肉の美味しい食べ方」を調査しておりました。  

すごい時代ですね~。  熊肉のレシピがPCを前にしてゲットできるなんて!!(笑)  で、いくつかのレシピを見つけたんですけど、なかなか「うん、これにしよう♪」とは決められない・・・・・。  やっぱり「熊肉を食べる」ということに対する心理的な拒絶反応でもあるのかしら・・・・・ ^^;  でもね、どのレシピを見ても、熊肉調理の基本的な手順として、まずは日本酒に漬込み、それから肉を下茹でして、アクを丁寧に取ってから、お料理する・・・・・というのは共通しているみたいです。  そこで、レシピは決めかねているものの、とにかく下ごしらえには着手することにしました。  まずは熊肉を丁寧に水洗いした上で日本酒に漬込みます。 

    

さて、ここのところ KiKi がLothlórien_山小舎を訪問する週末の度にお天気にはあまり恵まれず、ついでに雪をかぶった薪山(材木山)から、材木を運ぶ気にもならず、すっかり手つかずになっていた薪切り作業ですが、今週末は久々にお天気に恵まれたのでまた薪切り作業に精を出しました。  まあ、ゲストの皆様にはさほど興味のないお話かもしれませんが、このブログは最近ではめっきり物忘れの激しくなった KiKi の備忘録を兼ねているので、今週末の作業の成果をエントリーとして残しておきたいと思います。

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前回(と言ってもずいぶん前)の薪小屋1号

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今週の作業の成果_薪小屋1号  因みに手前側の上の段は現在の消費エリアです。  

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前回の薪小屋2号

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今週の薪小屋2号。  

 

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前回の薪山

 

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今週の薪山(軽トラ2回分減ったはず・・・・)

これまでの薪切り作業では、結構厚着をしていなくちゃ寒くてやっていられなかったんだけど、今週はちょっと動くと汗ばんできて「春だねぇ~」な~んていうことをつぶやきながらのお仕事となりました。

近くの林の根元に根強く残っていた雪もほとんど融けてなくなり、そろそろ畑の準備も始めなくてはいけません。  もっとも今の段階ではまだまだ地温が低いので、何かを植えられるようになるのは5月の連休ぐらいから・・・・なんですけどね。  いつも約3リットルの搾りたて牛乳をいただいている例の酪農家のHさんに

「今年も牛糞を分けていただけますか?」

な~んていうおねだりをしてみたところ

「まだ早いけど、4月になったらまた軽トラ1杯運んどいてやるよ♪」

とのありがた~いお言葉を頂戴してホクホク状態の KiKi なのです。  

 

 

・・・・・・・と言うことはです。  そろそろアイツの整備も取りかからなくちゃいけません。  今週は熊肉(詳しくはこちら)にかなり時間をとられちゃったから、実は手つかずでブログなんかでご紹介できるレベルにはないんですけど、チラッとだけその姿をご紹介しておきますね♪

 

 

 

それはコイツです。

  

Podcast な~んていう新しいものにチャレンジしようと悪戦苦闘しつつも、ノスタルジーの世界にもどっぷり浸りたい・・・・という相矛盾する衝動とのお付き合いを余儀なくされている(・・・・・って、別に誰に強制されたわけでもなし、好きであっちにもこっちにも手を出しているだけなんですけど・・・・)最近の KiKi。  KiKi の子供時代にはなかったものとの遭遇と、子供時代には身の回りにあふれていたのに長い間ちょっとほったらかし気味だったものの再発見。  あっちの時間軸、こっちの時間軸を与えられた24時間の中でウロウロしている KiKi にとって、「本来なら時計が刻むはずのない、プラスαのもう1時間」な~んていうものは、「是非是非、どんなことをしてでも手に入れたいものリスト」のトップ3に楽々ランクインしちゃうんじゃないかしら・・・・・。  本日の KiKi の1冊はそんな時間のお話です。  

トムは真夜中の庭で
著:フィリパ・ピアス 訳:高杉一郎  岩波少年文庫

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知り合いの家にあずけられて、友だちもなく退屈しきっていたトムは、真夜中に古時計が13も時を打つのをきき、昼間はなかったはずの庭園に誘い出されて、ヴィクトリア時代のふしぎな少女ハティと友だちになります。  「時間」という抽象的な問題と取り組みながら、理屈っぽさを全く感じさせない、カーネギー賞受賞の傑作です。  (岩波少年文庫HPより転載)

トムとハティが遊んだ「庭園」の描写に心を奪われ、「なんて素敵なお庭なんだろう!!」と憧れとも羨望ともつかない想いを抱き、何度も何度も読み返していた自分の姿がページを進めるにつれて鮮明に蘇ってきました。  でもね、当時の KiKi は「時間」ということに対する感性・・・・・のようなものは、未だに育まれておらず、どちらかというとおばあさん(バーソロミュー夫人)の夢とトムの夢がたまたま一致した・・・・ぐらいの認識しかしていなかったように思います。  だいたい子供時代というものは「もう時がない」な~んていうことは考えもしないし、まして、今日と明日・・・・ぐらいしか意識の底にはなくて、過ぎてしまった過去を振り返ることも滅多になく、果てしない未来はただひたすらはてしない先の事・・・・だったように思うんですよね。

でも、大人になった今、読み返してみると、当時は風景描写にばかり気が向いていたけれど、(そしてその描写は相変わらず雄弁でワクワク・ドキドキはさせてくれるんだけど、)それ以上に「トムにとってのこの時間の意味」だとか、「ハティにとってのこの時間の意味」により多くの興味が移行していることに気がつきます。  と、同時に子供時代は大人っていうのは何だかとてつもなくすごいもんで、色々なことを知っているし、子供よりも多くの楽しみがありそうだし、自由そうだし羨ましいなぁ・・・・な~んていうことを思っていたところもあったような気がするけれど、結局のところ、実は大人だとか子供だとかそんなことは、関係ないような、そんな気分にさせられます。  特に最後にトムがバーソロミュー夫人を抱きしめるシーンに至っては、ヘンテコな恋愛小説よりもず~っとずっと、素敵なラブシーンだなぁ・・・・と。

 

Podcast 研究中

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えっとですね、ここ数日というもの KiKi は新しいことの研究に励んでおります。  それは、Podcast。  あ、別にインターネットラジオもどき・・・・をやろうな~んていう大それたことを考えているわけではないんですよ。  ただ、KiKi がネット落ちしている間(要は「落ちこぼれ会計人の Music Diary」の更新がストップしてから、ここ「Lothlórien(ロスロリアン)」 を開設するまでの間)にサイバースペースではいろんなことが起こっていたようで・・・・・。  

で、巷をにぎわしている Twitter なるものも一応登録だけはしてみたんですけど、あれはどうにもこうにも、どう使えばいいのか、KiKi にはさっぱり???なのです。  そもそも長文系のブログを書いている KiKi と Twitter は相性があんまりいいようには思えないし・・・・・(と、友人にも言われたし・・・・・)。  そもそも iPhoneも持っていないし・・・・・(持っている友人がしょっちゅう充電しているのを見ていると買う気にもならないし・・・・・・)。  携帯電話のメールも受信することはあってもほとんど送信することがない(Keyboard と違って打つのが面倒くさい ^^;)し・・・・・。

思い起こせば、いわゆる「パソコン通信」から始まって、「インターネット」も、「HP開設」も、「ブログ」も、そこそこ(時代の先端とまでは言わないけれど)タイムリーに乗っかってきた KiKi としては、やっぱりちょっと最近の「時代から取り残されかけている感」には焦り・・・・・・のようなものを感じておりましてねぇ・・・・・・。(← 嘘です ^^;)  一方でめちゃめちゃアナログ的な山小舎暮らし(通信環境は未だに ISDN だし・・・・)を目指している以上、先端技術から遅れがちなのはある種当たり前って言えば当たり前なんですけどね(笑)。

実はね、今回、静岡県の実家に帰ったとき、ちょっとだけ KiKi にはショックなことがあったんですよね。  それはね、父宛に届いていた1枚のはがきがきっかけでした。

わが両親は年齢こそかなりいっちゃっているんですけど意外と「新し物好き」で、老境にさしかかってからも結構頑張って新しいことにチャレンジしてきていた人たちなんですよ。  70の手習いでパソコンを覚え、インターネットも ADSLだの光だのっていうものがこの世にはなかった時代(要するにLothlórien_山小舎と同様、ISDN の時代)に始めたし、「目が悪いからボタンが見難い・・・・・」とブツブツ文句を言いながらも携帯電話を持ったりもして・・・・・。  で、今回父宛に届いていたのは NTT Docomo からの Mova → FOMA のオススメはがきだったんですよね。  ところがそこに書かれていることが何を意味しているのか、両親にはまったく理解できないのだそうな・・・・・。  

そもそも自分が持っている携帯が Mova であるという自覚もなければ、FOMA がなにものなのかも知らないわけだから、理解できないのは当然と言えば当然なんだけど、辛うじてその程度なら理解できている KiKi も、そんな両親の姿を見ていて、最近では KiKi 自身も「よくわからない言葉が多い」ことを再認識しちゃったんですよね~。  で、わが両親はあの年齢でオロオロしているから気の毒といえば気の毒だけど、でもまあ、どちらかと言えば「ここまでよく頑張ってきたよね♪」っていう感じだけど、このままいくとあれはひょっとしたら数年後の KiKi の姿???とか思っちゃうとちょっと早すぎるかな・・・・・と。  一応まだ現役世代に属しているわけだから、「興味ない、手を出さない」というのならともかく、「知らない、わからない、理解できない」というのはちょっと・・・・・とか思っちゃったわけ。

で、どう使えばいいのか、皆目見当もつかない Twitter には手を出してみたんだけど、こちらはあえなく脱落・・・・・・ ^^;  で、ふと気がついたのは、そういえばもう1つ、KiKi がまだ手を出していない世界に Podcast っちゅうもんがあったなぁ・・・・・と。  そういえばず~っと昔、HPを開設していた頃、音楽ファイル(MIDI とか MP3 とか)を配信してみるな~んていうことを目論んでいたこともあったなあ・・・・と。  あの頃は検討だけはしてみたけれど、お金(機材とかソフトとか)と時間(公開できるレベルの素材を作る時間)が追いつかないということで、や~めた!となったんだけど、ひょっとしてあれって Podcast なら比較的簡単にできちゃったりするのかなぁ・・・・・・とか思っちゃったわけです。  (まあ、相変わらず公開できるレベルの素材を充実させられる自信はあんまりないんですけどね ^^; )

 

「のだめカンタービレに出てくる音楽を聴いてみる」企画。  基本的には第1巻から順次聴いていっているのですが、ここのところは「マラドーナコンクール」あたりの物語に出てくる音楽がレンチャンのため、ピアノ曲が多いのが KiKi には嬉しいところです。  決して KiKi はピアノ曲しか聴かないクラシック音楽愛好家ではないのですが、それでもやはり聴いてきたキャリア(?)みたいなものは、ピアノ曲がダントツですから・・・・(笑)  それにね、ピアノ曲の場合、KiKi には別の楽しみもあるんですよね。  それはこのブログで何度もお話している「いつかは弾きたい曲リスト」の更新作業(?)に寄与しちゃうということ。

まあ、そろそろ残りの人生のカウントダウンと曲数のせめぎあい・・・・みたいなものに頭を悩ませなくちゃいけない年代には入っているんだけど、面白いもので20年前は「いつかは絶対弾けるようになるんだ!」と思っていたはずの憧れの曲が、最近聴いてみると「う~ん、これはもういいか・・・・」と感じたり、逆に15年位前には興味の欠片もなかった曲が、今は「これはやっぱり弾いてみたい!」と感じたり・・・・・。  

人間っていうのは基本的にはそんなに大きくは変わらないものじゃないかとは思うんだけど、こういう些細なところでは「何でだろ?」と思うようなことが色々起こっているんですよね~。  自分の変化ってなかなか如実に感じる機会は少ないと思うんだけど(人から指摘されて気がつくことはあっても)、KiKi は二重線で消した跡がいっぱい残っていて、隅のほうが破れていたりするこの「いつかは弾きたい曲リスト」を眺めるたびに、「へぇ、私の興味ってこんな風に変わってきているんだ!!」と新たな発見があって、それもまた楽し♪って感じです。

ま、それはさておき、本日の KiKi の1曲はこちらです。

モーツァルト ピアノソナタ第8番 K. 330d (310)
DENON COCQ-83689-93 演奏:I. ヘブラー(pf) 録音:1986年8月

414XCCEPP1L__SL500_AA240_.jpg (Amazon)

KiKi にとってモーツァルトのピアノソナタのスタンダードはヘブラーの演奏(但し旧盤)でした。  この新盤は比較的最近入手したのですが、これまであまりちゃんと聴いたことがなかったので、今回、のだめちゃんがマラドーナコンクールで弾いたこのソナタでじっくり堪能してみようと思い、今日はこのCDをピックアップしました。

この曲をはじめて聴いたのはおそらく小学校の中学年の頃だと思うんですよね。  その頃の KiKi にとってこの曲はなんだかとっても大人っぽい曲に感じられました。  やっぱりモーツァルトのピアノソナタの中では珍しい短調の曲だった・・・・ということもあるだろうし、何となく重苦しいような付点リズム、不協和の前打音と、およそ当時の KiKi にしてみると「モーツァルトらしからぬ音楽」に思えたんですよね~。  当時はまだ、ト短調交響曲なんかをじっくりと聴いてみる前だったから、とにかく KiKi にとってのモーツァルトは「明るくて軽快」であったはずなんですよ。

でもね、大人になった今、「モーツァルトのピアノ曲の中でどれが好きですか?」と聞かれれば、KiKi は迷わずこの曲を候補の1つにあげるだろうと思います。  そして、昔であれば「モーツァルトらしからぬ音楽」だと思っていたこの曲ほど「モーツァルトらしい音楽」はないんじゃないかとさえ思うんですよね~。

 

 

KiKi の魔女研究(?)本のご紹介第2弾はこちらの本です。  昨日ご紹介したのは「魔女図鑑」でしたが、こちらは本家本元(?)、元祖(?)「魔女図鑑」です。

魔女図鑑 魔女になるための11のレッスン
作 & 絵:マルカム・バード 訳:岡部史  金の星社

51XNXFFN21L__SL500_AA240_.jpg (Amazon)

あなたは魔女のことどれくらい知っていますか?  本当は、魔女ってとってもオシャレ。  身近なものを、色々と工夫して着こなしちゃうんです。  それに、お菓子づくりだっておてのもの。  とにかく、魔女のすべてなんです。  もう、ビックリ!  読み終えたら、あなたも魔女になれる!!  (見返し部より転載)

この本はさすが、あちらものの翻訳であるだけあって、なんともいえない雰囲気とブラックユーモア(?)にあふれています。  また随所に出てくる魔女の挿絵も見方によってはちょっとグロテスクだったりもするのですが、同時に愛嬌にも満ちていて、何となくほほえましい気分にさせてくれるのです。

目次はざっと以下のような感じです。

1) 魔女の家
2) 魔女の台所
3) 魔女の庭
4) 魔女のうらない
5) 魔法のかけ方
6) ならわしといいつたえ
7) 美しさのひみつ
8) おしゃれな魔女たち
9) 魔女の趣味
10) 魔女のおまつり
11) 現代の魔女

まあ、「これでもか!」っていうぐらい、魔女の全貌を解体してくれているのですが、とにかくそのひとつひとつの章で思わず「クスッ」と笑っちゃうんですよね~。

例えば、第1章の魔女の家。  魔女向きの家は「こうもりの塔」、「風車小屋」、「とんがり屋根の家」、「道路料金収容所」の4つで、魔女向きではない家は「アパート」、「高原のペンション」、「老人ホーム」、「断崖絶壁」となっていて、思わず笑えちゃうのはその理由。  「道路料金収容所」(そんなところに住みたいと思う人間は1人もいないと思うけれど ^^;)は「道路標識をつけかえたりして、ドライバーをまごつかせましょう。  いたずら好き魔女向き」・・・・・。  「老人ホーム」は「いつだって、好き勝手に生きたいのが魔女。  規則の多いところでは、息がつまります」・・・・・。  と、まあ、こんな感じです(笑)。 

 

新魔女図鑑 角野栄子

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Lothlórien_山小舎での生活を模索し始めた頃から、KiKi はある人物(?)への興味が、ものすご~い勢いで膨らんできました。  その人物は KiKi とは異なって猫と仲良しで(KiKi は決して猫嫌いじゃないけれど、やっぱり犬の方が好き♪)、へんてこな乗り物に乗っていて、時代の流れの中では「妖精」と同じくらい綺麗で素敵なイメージを抱かれたかと思えば、キリスト教の謀略(?)によって、「得体の知れない悪い奴 あ~んど 汚らわしい存在」として貶められたり、拷問にかけられたり、火あぶりにされたりと波乱万丈なのです。  

そんな存在。  それは魔女。  御伽噺の世界でも魔女ってどちらかというと「悪役」で登場することが多いけれど、何だかとってもカッコイイと思っちゃうんですよね~。  ま、KiKi の魔女イメージを大幅に変えてくれたきっかけとなったのはこのアニメ映画の影響もあるんですけどね(笑)。   ところで、このアニメには原作の児童書があるんですよね。  KiKi がその事実を知ったのは実はわりと最近のことなんですよ・・・・・。  だってだって、KiKi の子供時代にはまだ出版されていなかった(というより書かれていなかった)んだもの・・・・。  因みに「魔女の宅急便」の著者角野栄子さんは KiKi とほぼ同年代・・・・ ^^;  ま、この年代の人たちが興味を持つ存在が魔女なのか、やっぱりそんな人はどちらかというと少数派なのかはさておき、KiKi の魔女研究の数冊の本の中から、今日は第1冊目をご紹介したいと思います。

新魔女図鑑
著:角野栄子 絵:下田智美  ブロンズ新社

51AACYVQDYL__SL500_AA240_.jpg (Amazon)

ほんとうの魔女がわかる!

やさしい魔女、愉快な魔女、おちゃめな魔女・・・・  人々の願いをかねようと、東奔西走。  魔女はホウキに乗って、今日も大忙し!!  (単行本帯より転載)

魔女の入門書としては、結構楽しめる1冊だと思います。  まあ、「図鑑」と名乗るような内容のものか?と問われるとちょっとビミョーな感じがしないでもありませんが・・・・・。  いえね、本の厚さの割には魔女のなりたちとか魔女が受けてきた苦難の物語、ついでに箒の作り方とか、呪文(おまじない)とか、世界各地の魔女のおまつりまでもを子供にもわかりやすい優しい言葉できちんと説明してくれている、内容の深い本だとは思うんですよね。  ただ、難点を言えば、魔女から毒気とかちょっぴりアナーキーな部分をぜ~んぶ取っちゃった・・・・という感じがしないでもありません。

帯に「すべての女性の中に魔女が住んでいる」とあるんだけど、それは女性の中の暗い部分(例えば嫉妬だとか、見栄っ張りとか)をさしているのではなく、どちらかというと「優しい」とか「賢い」とか「博愛精神」みたいな部分に光が当てられていて、読み終わった後でまず最初に思うのは「女でよかった♪  私も魔女になれる?」というようなこと(笑)。

 

この日曜日は静岡県の実家で過ごしていた KiKi。  このブログでは実家のお話にはあまり触れてこなかったんだけど、実は昨年の春ぐらいから実家でちょっと問題が発生していて、KiKi はLothlórien_山小舎での生活と東京での生活と実家での生活の3重生活(?)をしています。  この3つの中で今までは実家での生活はちょっとだけ距離を置くようにしてきていたのですが、そろそろそうも言っていられない雰囲気になってきたなぁ・・・・と強く思った週末でした。  ま、そのお話は、気が向いたらこのブログでお話しすることもあるかもしれないけれど、いずれにしろブログの趣旨からは大きく外れるので、今日はこれ以上は触れないようにしたいと思いますが、色々なことを考えさせられている中で、やっとこさっとここちらを読了することができました。

農場の少年
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子  講談社青い鳥文庫

21YGN8E9WJL__SL500_AA140_.jpg  (Amazon)

ワイルダー一家のアルマンゾは4人兄妹の末っ子。  学校へ行くより、父さんのすばらしい馬や牛のせわができるようになりたいとねがっていました。  9歳の春、父さんは子牛のしこみ方やミルクじたてのかぼちゃの作り方を教えてくれました。  のちにローラの夫となったアルマンゾの少年時代をつづった物語。  (文庫本裏表紙より転載)

この「農場の少年」を読むと、あの「長い冬」での成熟したアルマンゾの行動や、あの「はじめの四年間」での農業にかける思い入れの深さは、一朝一夕で培われたものではなく、彼の少年時代からの興味、時間の過ごし方の延長線上にあるものだったんだなぁ・・・・としみじみ思いました。  そして、ひょっとしたらこのアルマンゾの生き方自体が、ほんの100年ぐらい前までの国を問わない人間の生き方の最大公約数だったのかもしれません。

「まったくひどい世の中になったものね。  ねこもしゃくしも農場を捨てて町に出て行くのが世の中の進歩だっていうの?  パドックさんにしたって、お客のごきげんをとらなければ、お金は手に入らないんでしょうに。  百姓の気に入るような荷馬車をつくらなかったら、やっていけないはずでしょ。」

「ローヤル(アルマンゾのお兄さん)が商人になるなんてくだらないことを言い出すだけで、もうたくさん!  そりゃあ、あの子は金持ちになるかもしれませんよ。  でも、あなたのようにりっぱな男には、ぜったいなれっこありません。  一生、毎日、毎日、他人にぺこぺこするなんて。  ・・・・あの子は、死ぬまで、自分の意にそまないくらしをすることになるんだわ。」

「お父さんはおまえに、自分で気持ちを決めて欲しいんだ。  パドックのところに行けば、いろんな点でらくな暮らしができるだろう。  どんな天気だろうと、外に出なくてもいい。  寒い冬の夜は、ぬくぬくベッドの中でねてればいいんだ。  わかい牛や馬がこごえるかもしれないなんて心配はせずにな。  降ろうと照ろうと、風の日も雪の日も、屋根の下にいられる。  かべの中にこもっていればいいんだ。  おまけに、いつでも、着るものも食べ物もいっぱいあって、銀行には金ががあずけてある、というわけだ。  しかし、違う面もあるんだよ、アルマンゾ。  町では、他人に頼らなければならない。  お前が稼ぐ金は、他人からもらう金だ。  農民というのは頼りにするのは、自分と土地と天気だ。  もし、農民になれば、自分の手で食べるものを育て、着るものを作り、自分の森で切り出してきた薪であたたまることになる。  仕事はきついけれど、自分がやりたいようにやればいい。  ぼうず、農場ではな、自由で独立した人間になれるんだ。」

アルマンゾのところに初めてきたヘッドハンティングのお話(馬車大工のパドックさんの後継者にならないかというお誘い)に対する、アルマンゾのお父さんとお母さんの言葉です。  この言葉の一つ一つから、「実は農業国、アメリカ」の実態と当時の一般的なアメリカ人の考え方がにじみ出ていると思うし、アメリカが本来掲げていた「自由」の本質というものが垣間見えるような気がします。

当のアルマンゾは全編を通して、「早く大きくなって1人で馬の世話をし、自分の力で馬を馭せるようになりたい!」と思い続けていた少年だっただけに、親の心配(特に母親)はどこ吹く風、はなから農場を捨てるなんていうことは考えてもいなくて、「お父さんと、まったく同じ生活をしたく」て、あっさりと「僕が本当に欲しいものは子馬なんだ。」と言います。  このくだりを読んでいて、KiKi は大学時代に読んだ村上龍の小説のどれか(多分「コインロッカー・ベイビーズ」だったんじゃないかと思うんだけど)にあった一節を思い出していました。

自分が最も欲しいものが何かわかっていない奴は、欲しいものを手に入れることが絶対できない

そんな言葉だったと思います。  アルマンゾは自分が最も欲しいものが何かわかっていました。  もちろん「自分で育てて自分で馭せる子馬」を手にした次は、具体的な対象物は変わっていったのかもしれません。  でも、アルマンゾが欲しかったもの。  それは「お父さんのような男らしい自分」であることに揺らぎはなかったんだろうと思うのです。

 

 

さて、本日は KiKi はLothlórien_山小舎ではなく、今のところは東京におります。  午後からはちょっと色々ありまして実家(静岡県は沼津市の近く)へ行く予定です。  今はとりあえず洗濯が終わるのを待っているところ・・・・。  昨日のうちに洗濯を終わらせよう!と当初は思っていたのですが、な~んとなく、「う~ん、なんかめんどくさいなぁ」と思っているうちにあっという間に夜が更けてしまい(^^;)今日になだれこんでしまいました。  まあ、人間、そうそうなんでも予定通りには行動できないものです。  特にこの年齢になると・・・・・・ ^^;

で、この待ち時間を利用して、「のだめに出てくる音楽を聴いてみる企画」の続きの音楽をすすめていきたいと思います。  ちょうど今はのだめちゃんの「マラドーナコンクール」がらみの音楽を聴いているタイミングなので、KiKi にとってはもう何度も、何度も聴いてきた音楽が続くので、ある種聞き流しができちゃうのが、こういう待ち時間での音楽鑑賞はピッタリです。  (ベートーヴェン先生、聞き流しなんて言っちゃってごめんなさい・・・・・)

ベートーヴェン ピアノソナタ第23番 Op. 57 「熱情」
PHILIPS 432 317-2 演奏:C. アラウ (pf) 録音:1965年9月

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この曲は本当に KiKi のこれまでの人生で何度聴いたことか!!  いわゆるピアニストの演奏でも実演・録音を含め60回以上は聴いているし、アマチュアの演奏(要はピアノ発表会での演奏)も含めると100回以上は聴いているのではないでしょうか。  そんな中で KiKi のお気に入りはやっぱりアラウのこの演奏なのです。

日本人は昔から「タイトル付きの曲」が大好き♪という習性(?)のようなものがあって、この曲とソナタ第8番の「悲愴」、ソナタ第14番の「月光」の3点セットを「ベートーヴェン3大ピアノソナタ」な~んていう風に呼んで、KiKi の住んでいた田舎のレコード屋さん(クラシックコーナーが悲しくなるぐらい少ない)であってさえも1枚ぐらいはLPが置いてあった・・・・そんな超がつく有名曲です。  比較的記憶に新しいところではNHKの朝ドラで宮崎あおいちゃんが主役だった(タイトルは忘れた)ドラマで、彼女の相手役だった黒木君 福士誠治君のテーマソングでもありました。  

話は戻って、田舎のレコード屋さんでも確実に入手できるレコードだったという背景もあって、中学生時代とか高校生時代の KiKi はお小遣いをためてはそんなLPを1枚、1枚集めていってそれを宝物のように大切に大切に、何度も何度も聴いたものでした。  そう、考えてみると KiKi はクラシック音楽好きな人たちの「聴き比べの楽しみ」なるものを、「他の演奏家だったらどんな演奏をするんだろう?」という興味から・・・・と言うよりは、田舎のレコード屋さんの入荷状況にあわせて(あわせることを余儀なくされて?)始めたような気がします(苦笑)。

でね、中学生~大学2年生ぐらいまでは、ほんと、「レコードが擦り切れるかと思われるほど」何度も何度も聴いたこの曲だったんですけど、その反動からかCDの時代になってからは逆に KiKi はこの曲を聴く回数はめっきり減ったように思うんですよね~。  そんなこの曲を久々に何かのはずみで聴き直してみて、思わず「うん?」となって、「あれ?  も、1回」「も、1回」と何度も何度も聴き直しちゃったのがこのアラウの演奏でした。

 

さて、ちょっとこちらのブログを放置してしまっていたので、今日はこの間に聴いた音楽(決して今日の1曲ではなかったのですが・・・・ ^^;)の中から「のだめに出てくる音楽を聴いてみる」企画の続きにあたるピアノ曲をご紹介したいと思います。

ブラームス パガニーニの主題による変奏曲 Op. 35
LONDON POCL-9026/31 演奏:J. カッチェン (pf)

(画像はありません)  (Amazon)

 

KiKi はブラームスの演奏に関して言うならば、結構このジュリアス・カッチェンの演奏が好きでねぇ。  特にこの曲のようながつく難曲・技巧系の音楽だとついつい手が伸びちゃうのがカッチェンのCDなんですよね~。  

ブラームスが14の変奏曲 x 2冊 で作曲した、全28曲のこの変奏曲。  実はKiKi は個人的にはあんまり好きじゃないんですよね~。  な~んとなく、技巧ひけらかし系の音楽で、ブラームスらしくなく、どこか派手で(まあ主題がパガニーニだから仕方ないかもしれないんだけど)、「ブラームス、似合わないよぉ・・・・」と言いたくなっちゃうんですよ。

まあ、KiKi のこの印象は、ここ○十年というもの、この曲の実演は演奏技巧に自信たっぷりの若手演奏家の演奏ばかり聴いてきていて、少々辟易としている・・・・というのもあるのかもしれません。  でもね、あのクララ・シューマンをしてこの曲のことを「魔術師の変奏曲」と呼んでいるくらいだから、やっぱりあまりにも技巧的な面が表に出ている曲集なんだと思います。  そういう意味ではいかにも「瀬川君が弾きたがりそうな曲」だと思うんですよね~(笑)。  

でもね、KiKi にそんなことを言われなくても、ブラームスご本人もこの曲に関してはかなり複雑な想いを抱いていらしたようで、発表する際に「精巧な指のための練習曲」な~んていう仮面をかぶせて出版することに執拗なまでに拘ったのだとか・・・・。  で、楽譜出版会社のほうは「練習曲でござ~い!」な~んていうことを大々的に表示すると、売れ行きに影響を及ぼすんじゃないかと恐れて、しぶしぶ、申し訳程度にちっちゃな文字で「練習曲」と入れたのだとか・・・・。

      

ちょっとしたお知らせ

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えっとですね、ここ何日間かこのブログへのエントリー・アップがまったくできておりません。  また、モラトリアムに陥っちゃったかって??(笑)  いえいえ、そんなんではないのです。  実は・・・・ですね。  このブログとは別に、も1つ別のサイトを立ち上げちゃったりなんかしておりまして、その準備で大わらわ!だったのです(汗  

せっかくブログを統合したばかりのくせに、いったいぜんたい、KiKi は何をやっているんだ!  又、いつもの悪い癖か?

 

と思われた貴方。  そんな貴方は、ホント、KiKi のことをよくご存知ですね!(笑)  その感想は実に的を射ています。  まさに・・・・・なのです。  でもね、新しいことに手を出した・・・・・わけではないんですよね~、これが。  

 

実は今からさかのぼること10年ほど前、まだブログなんちゅうものがこの世にはなかった(? もしくは今ほど一般的ではなかった?)時代に、KiKi はとある HP を開設していました。  そこで扱っていたトピックは何か?と言えば、やっぱり今と同じ ^^;  クラシック音楽と本のサイトでした。  で、そこをクローズしたのには涙なくしては語れない(嘘です)なが~い物語(こっちはホント)があるのですが、その時にはできなかったことを、そろそろ始めてみようかな・・・・・と考えるようになったのです。  

以前、このブログ(Lothlórien)を新規に立ち上げた際に、このエントリーでもちょっとだけお話した人生後半のライフプランとそのライフプランの帰結するカタチ・・・・について、うっすらとでも覚えている方はいらっしゃるでしょうか??  そのカタチ作りに少しずつ着手しようかなぁ・・・・・と。  で、まずは手始めにHPでも作ってみるか・・・・と。  とりあえずサイトの立ち上げだけだったら、コストもかからないし(笑)、リスクもちっちゃいし・・・・・。  ま、そんな軽~いノリです、ハイ。    

ところで、そのライフプランっていうやつなんですけどね。  実はこのブログを立ち上げた頃から始まっていたのか(もしくはLothlórien_山小舎を建てた頃から始まったのか?)と言えばそうではなかったりするのですよ。  実は過去にクローズしてしまったHPを開設した頃から KiKi の中でくすぶっていた想いだったのですよ。  ま、そんなこんなで、現段階ではその新設したサイトは過去にクローズしたHPからのエントリーの転載で構成されていたり(要するに使い回しっていうヤツです)します ^^; 

     

ドビュッシー 喜びの島

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週末から週明けにかけて、ぱっとしないお天気が続いています。  こんな風にお天気が思わしくない季節、どうも KiKi は頭の芯が痛かったり重かったりと、寝込むほどではないのですが「何となく調子が悪い」という状態に陥ります。  それもこれもどうやら気圧のせい・・・・らしいのですが、もっと若かった頃にはお天気の様子で体調が左右された覚えはないので、これも年齢のせいなのか・・・・と落ち込み気分に拍車がかかります。  でもまあ、人間はロボットではない証拠!とも言える訳です。  そして人間が動物とは異なるのは自分の気分の持ちようをコントロールする知恵っていうものがあることです。

こんな日はちょっと気分がキラキラする音楽に触れるのが一番です!  ちょうど「のだめ音楽を聴いてみる」企画の次の曲も「喜びの島」とキラキラ・ピカピカでぴったり(?)じゃありませんか!!  ま、てなわけで、本日の KiKi の1曲はこちらです。

ドビュッシー 喜びの島 
EMI TOCE-8176 演奏:サンソン・フランソワ(p) 録音:1968 - 1969年

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この曲、のだめ(ドラマ)の中では「恋人(人妻)とハネムーンにいったドビュッシーが、恋しちゃってルンルン♪」というような紹介のされ方をしちゃっていたけれど、KiKi がかつてレッスンのときに先生に教えられた逸話としては「恋しちゃってルンルン♪」というお話ではなく、ドビュッシーがロココ時代の画家ワトーの作品「シテール島への船出」を観て得たインスピレーションで作曲した曲・・・・ということだったんですよね~。  まあ、当時はまだ幼かった KiKi 相手に「不倫相手と逃避行したドビュッシーが恋に我を忘れてルンルン♪」とは言えなかったのかもしれないけれど、ドビュッシーの極めてプライベートな気分と絵画から得たインスピレーション、本当のところはどっちだったのかとても興味のあるところです(笑)

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↑ ワトー シテール島への船出

因みに、のだめでの解説、「恋しちゃってルンルン♪」が頭に残った状態で、この絵(↑)をつぶさに観ていくと、「若さと愛が溢れる宴の席でルンルン♪」というような気がしてきます。(苦笑) 

で、シテール島っていうのはギリシャ神話に出てくるキュテラ島のフランス読みで、愛の女神ヴィーナスが西風の神ゼピュロスによって運ばれた島で、そこから転じて独身者がこの島へ巡礼をおこなえば必ず好伴侶が見つかるという話が生まれ、絵画や詩の題材になったのだ・・・・・というようなことが理解できている今、その話と「恋しちゃってルンルン♪」を Mix して再度この絵を眺めてみると、単に「若さと愛の宴でルンルン♪」という以上に、「(シテール島で)伴侶も見つかったし、子宝にも恵まれちゃったしルンルン♪」という感じがしてきます(笑)

で、そんなことを感じながら、この曲を再度聴きなおしてみると、以前は音のきらびやかさや音色の艶っぽさが際立った特徴だと思っていたこの音楽にもっとエロティックな高揚感・・・・みたいなものを感じるような気がしてきました。

う~ん恐るべし!  のだめ効果!!!

 

今週末のLothlórien_山小舎は雨とみぞれにたたられ、その前の週の暖かさがウソのような冷え込みでした。  寒さに震え、ひたすら薪を消費し続けていると、インガルス一家がギリギリの生活を送ってきた時代の不安感・・・・に似たような(とは言え、インガルス一家の厳しさと比べれば、おままごとのようなものですが)ちょっとした渇望感に苛まれます。  そんな中、ようやくローラの物語第4作を読了しました。

シルバー湖のほとりで
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子
講談社青い鳥文庫

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思うような小麦の収穫がないまま、インガルス一家はプラム川をはなれることにしました。  妹グレースの誕生、姉メアリーの失明、愛犬ジャックの死・・・・・・。  ローラはもうすぐ13歳。  西へ西へとのびる鉄道工事の会計係をしながら、父さんは農地をさがします。  多感な少女ローラの目を通して描く「小さな家」シリーズ第4作。  (文庫本裏表紙より転載)

さすがチャールズ父さん!  ここまで色々なことがソツなくできる器用な人は滅多にいないのじゃないでしょうか?  大工さんとしても一人前、農夫さんとしても一人前、狩人さんとしても一人前、おまけに人事総務担当者(上記、文庫本の裏表紙の記載では会計係となっていますが)としても一人前。  ついでに言えば、音楽家としても一人前ときているんですから!!

いったいぜんたい彼はどんな教育を受けてきた人なんでしょうか?  ローラ以上に KiKi はこのチャールズ父さんに興味がわいてきてしまいました(笑)  

もっとも、いかに頼りがいのある父さんが率いるインガルス一家といえども、やはり様々なご苦労のツケ・・・・かもしれない事件がこの「シルバー湖のほとりで」の冒頭で発生してしまいました。  ローラと父さんを除く家族全員が猩紅熱に罹患し、その結果として姉のメアリーが失明してしまうなんて・・・・・。  これはやはり衛生状態・・・・とか、栄養不足・・・・とか、不安定な生活のツケかもしれないと思うと、なんともやりきれません。

でもね、インガルス一家がかなりの変わり者で、当時のアメリカ人として異例中の異例だったわけではなくて、ホント多くの開拓民がいたことを思うと、インガルス一家が特別不幸だったわけではないのだろうし、チャールズ父さんよりも頼りない父さんが率いていたもっと生命力の乏しい家族もいたんだろうな・・・・と思うと、何だか複雑な気分です。  今の日本で普通に暮らしている限りにおいては「生命の危険」を感じることは滅多にないわけですが、それがどんなに素晴らしいことなのか、あらためて考えさせられました。      

 

リスト 超絶技巧練習曲

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連日のショパンの音楽付けの KiKi の耳を休ませるために、「のだめカンタービレに出てくる音楽を聴いてみる」企画の次の曲に進んでみたいと思いました。  でね、チェックしてみたんですよ。  そしたらねぇ・・・・・うへぇ!  リストかよ!!  しかも超絶技巧練習曲かよぉ!!!  ヘビーですねぇ。  分厚いレアのビフテキ並みのコッテリ感ですねぇ・・・・・。  で、その次は・・・・と言えばドビュッシーの「喜びの島」。  う~ん、今日の気分は「喜びの島」って言う感じじゃないんですよね~。  今日はLothlórien_山小舎へ向かう日なので、「喜びの山」っていう曲ならいいんだけど・・・・。  で、その次は・・・・・と言えばブラームスの「パガニーニ・ヴァリエーション」とこれまた重量級。  ま、こうなったら素直に順番に聴いていこうと心を決めました。  ま、てなわけで本日の KiKi の1曲はこちらです。

リスト 超絶技巧練習曲
PHILIPS 416 458-2 演奏:C. アラウ(pf) 録音:1974-1976

31YFFZ3AQ8L__SL500_AA240_.jpg  (Amazon)

KiKi がこの曲の存在を知ったのは中学3年生の時でした。  その年のピアノ発表会で KiKi は何としてもリストの「ハンガリアン狂詩曲 第6番」を弾かせていただきたくて、先生にそのお願いをしていました。  すると先生は「それは構わないけれど、発表会当日はもうだいぶ寒くなっているから、いきなりハンガリアン・ラプソディを弾くんじゃなくて、指慣らしに何か持ってこないとねぇ・・・・」と仰いました。  「まあ、リストの前だからやっぱりリストかしら?」と先生はご自分の楽譜棚からリストの楽譜を何種類か引っ張り出していらっしゃいました。  で、最後に残ったのがこの楽譜(↓)でした。

41Y79Q7H83L__SL500_AA240_.jpg (Amazon)

う~ん、この画像だと「リスト集」の下に書かれている収録楽曲の名前が見えないですかねぇ・・・・。  実はそこの第1曲目にあの恐ろしい「超絶技巧練習曲」という文字が書かれているんですよね。  でね、KiKi はそのタイトルに思わずビビッちゃったんですよ。  だって「超絶技巧」ですよ。  単なる技巧じゃなくて「超絶」なんですよ。  因みに広辞苑で「超絶」を調べてみると

①他よりもとびぬけてすぐれていること
②(哲)→超越②ウに同じ

とあります。  でね、KiKi はこの時この広辞苑の②の意味にはまったく考えが及ばなくてこの「超絶技巧練習曲」≒「超人的な離れ業をやってのけるための練習曲」っていう風に解釈して「うへぇ!  リストを弾きたいな~んてぬかしている KiKi は大馬鹿者かもしれない・・・・・汗」といきなり意気消沈。  で、「あの・・・・やっぱりリストはやめておいたほうがいい・・・・かもしれない・・・・・。」な~んていう会話があったんですよね~。  

ま、余談ながら、結局、その発表会では弾きましたよ、リスト。  「ハンガリアン・ラプソディ」と「パガニーニ・エチュード」から「狩」を・・・・・。 

それはさておき、その最初の「超絶技巧練習曲」という文字との出会いからず~っと10年ぐらいというもの、KiKi にとっての「超絶技巧練習曲」のイメージは相変わらず「超人的な離れ業をやってのけるための練習曲」だったのです ^^;

でね、じゃあ、広辞苑の超越のところの②ウに何が書いてあるかっていうとね、そのまま転載すると

②(哲) Transzendenz(独)
ア: もともとはこの自然的世界を超えるものとしての神についていう
イ: 中世哲学では、範疇を超える概念のこと。  存在・もの・あるもの・一・真・善・美など
ウ: カントの用語。  あらゆる可能な経験をこえる形而上学的対象およびそれに関する認識を超越的(Transzendenz)と呼び、超越論的(先験的)と区別した。
エ: 現象学では、意識のうちにあるものを「内在」といい、意識の外にあるものを「超越」という。 
オ:  実在哲学では、実存することは現存の自己を超えることであり、それを「脱自」あるいは「超越」と呼ぶ。

とあります。  この中の(ウ)だから、カントの用語なんですよね~。  で、哲学専攻ではない KiKi にはこの広辞苑の説明はさっぱり理解できないんだけど(^^;)、要するに表層的な技巧がどうたらこうたらという類の練習曲ではないらしいっちゅうことですわ。  確かにこの練習曲は技巧的にもそんなに安易なものじゃなくて、あのシューマン博士をしてこんな風に言わしめています。

この曲は巨匠による演奏で聴かなければならない。  できる事ならば、リスト自身による演奏がいいだろう。  しかし、たとえリストが弾いても、あらゆる限界を超えたところや、得られる効果が、犠牲にされた美しさに対して、充分の償いとなっていないようなところでは、耳障りな箇所がたくさんあるだろうと思う。

嵐の練習曲、恐怖の練習曲で、これを弾きこなせる者は世界中探してもせいぜい10人くらいしかあるまい。  へたな演奏家が弾いたら、物笑いの種になる事だろう。

ま、とは言うもののリストがこの曲のタイトルに込めた意味っていうのは、指先の卓越したテクニックを磨くためのものではなく、演奏家はこれらの曲を演奏するに際し、自我を超越してその先にある深遠なものを表現する努力をしなくてはならないし、聴衆にも演奏家が紡ぎだすそれを聴き取ってもらいたいっていうことだったんだろうと思うんですよね。

なんで、こんなことを長々と書いてきたかって言うとね、KiKi は皮相的な技巧だけでCDを選ぶなら、この曲の鑑賞には今日ご紹介している「アラウ盤」は選ばなかっただろうから・・・・なんですよ。  多分「キーシン盤」か「横山幸雄盤」、そうでなければ「ベルマン盤」とか「シフラ盤」かもしれません。  でもね、そんな中で KiKi のこの曲の一番の愛聴盤 & スタンダードはやっぱりこの「アラウ盤」なんですよね~。    

ショパンの音楽と読書っていうのは案外相性がいいようです。  一昨日の「NHK ハイビジョン特集 仲道郁代 ショパンのミステリー 特別編」に感化され、「ピアノ、ピアノを弾かなきゃ!」とばかりにショパンのピアノ曲を聴きまくっていた KiKi。  ようやく記念すべきショパン生誕200周年を記念して今年取り組んでみる曲が2曲に絞り込まれました。  候補の第1曲目は「バラード第1番 Op.23」。  もう1つは「前奏曲集 Op. 28」です。  

「前奏曲集」の方は、一方でバッハの平均律にも取り組んでいるので、全ての調性で曲集が作られているというダブリの点が気にならない・・・・わけではないんですが、バラードに比べると小曲の集まりであるという点が東京での会計人仕事(いわゆるビジネス)や、Lothlórien_山小舎での百姓もどき仕事との兼ね合いを考えると、取り組みやすいかなぁ・・・・・と思ってみたり、いやいや「バラード」は KiKi の「いつかは弾きたい曲リスト」のトップ10にランクインされているから、やっぱり今のうちに手掛けておこうか・・・・と思ってみたり。  そんな迷いを抱えつつもサクッと読了しちゃったのがこちらです。

プラム川の土手で
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子
講談社青い鳥文庫

21T2PRAFVPL__SL500_AA140_.jpg  (Amazon)

インディアン居留地の小さな家から新天地をさがしに出たローラ一家は、長い旅のすえにミネソタ州のプラム川のほとりに落ち着きます。  広大で肥えた大地を前に小麦の収穫に目をかがやす父さん。  学校へ通い始めたローラとメアリー・・・・・。  順調にすべりだした生活は、ある日とつぜんいなごの大群におそわれます。  (文庫本裏表紙より転載)

いやはや、一難去ってまた一難。  せっかく見つけたと思った安住の地で今度は「いなご」ですか!!  最近の東京の生活では「いなご」はおろか、「ハエ」や「蚊」であってさえもほとんど見かけないというのに、空一面を覆いつくす「雲かと思ったらいなごだった」な~んていう光景は想像もできません。

で、ちょっと調べてみました。いなごの大群の恐ろしさ・・・・。  もちろんローラの描写にもものすごい臨場感があって、ハラハラドキドキさせられたんだけど、何分にも経験していないことにはそれがどんな事態なのか想像するのは難しいし、東京でこそほとんど見ることになくなった昆虫たちの生態系だけど、Lothlórien_山小舎ではいつ何時、どんな天災が襲ってくるかわかりませんから!!(笑)

      

昨晩、たまたまショパン生誕200年記念番組「NHK ハイビジョン特集 仲道郁代 ショパンのミステリー 特別編」という番組を観たので、何かを書き残しておきたい衝動にかられPCに向かっています。

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う~ん、ショパン!!  小学校高学年から中学生の頃の KiKi のアイドルはショパンでした。  やっぱりピアノを習う人(それも特に女性)にとってショパンっていうのは憧れる時期なくしては通れない作曲家なんじゃないかしら。  それに学校の音楽室に飾られていた作曲家の肖像画の中では一番ハンサムだし・・・・(笑)  KiKi もご他聞にもれずそんな1人でした。  仲道さんのお嬢さんじゃないけれど「子犬のワルツって可愛い 266.gif」とか、「幻想即興曲って素敵 266.gif」とかね♪  

でもレッスンが進んでいってショパンのエチュードあたりを習うようになると「う~ん、ショパンって難解だぁ・・・・」と思い始めるんですよね~。  KiKi もねぇ、他の作曲家の音楽を知るようになった・・・・っていうのもあるんだけど、それ以上にショパンのエチュードをレッスンの課題曲としてもらうようになってから、少しずつショパンから遠のいていったような気がします(笑)  あ、決して嫌いになったわけじゃないんですよ。  その証拠に高校生になったばかりの頃の発表会では自分から望んで「スケルツォ第2番」を弾かせていただいたぐらいですから・・・・。

そんなKiKi ですが、正直なところ、大人になってからのレッスンでは「エチュード」こそさらうことはあってもその他のショパンの曲からはどうも遠ざかり気味であることに、昨日、この番組を観ていて改めて気がつきました。  そう言えばずいぶん長いことショパンの曲を弾いていないなぁ・・・・・と。

でね、KiKi がベートーヴェンやらブラームスやらシューベルトやらシューマンに傾倒している間にふと気がつけば今年は「ショパン生誕200周年」のメモリアル・イヤーなんだそうです。  さほど興味のなかった「メンデルスゾーン生誕200周年」だった昨年は「せっかくのメモリアル・イヤーなんだから無言歌でも弾いてみようか?」な~んていうことを考えていた(実行はできなかったけれど ^^;)にも関わらず、かつてのアイドルのメモリアル・イヤーには何の感慨もなく2ヶ月という貴重な時間を無駄にしてしまったとは何たる不覚!!  これは反省ものです。      

ま、てなわけで、この番組を観ながら思ったこと。  今年は久々にショパンに取り組んでみようかな・・・・と。  で、可能であれば同じくメモリアル・イヤーのシューマンも。  シューマンの場合は、KiKi は何に取り組みたいのかとっくの昔に決まっているんです。  KiKi の「いつかは弾きたい曲リスト」の不動のトップ5にランクインしていて、ず~っと憧れだった曲、「クライスレリアーナ」です。  この曲だったら、このブログのもう1つのテーマ「本」とも関連が深くて、積読状態になっている ETA ホフマンの「クライスレリアーナ」を読破するという目標も達成できるし・・・・・・。

さて、問題はショパンです。  弾いてみたい曲は数多くあれど、何を手がけるべきか・・・・。  はっきりしていることは「エチュード」だけは今回の選曲からは外したいなぁ・・・・ということです。  せっかくのメモリアル・イヤー、やっぱりある程度の大曲に取り組みたいような気もするし・・・・・。  ま、てなわけでこの番組を観てからはひたすら手持ちのショパンのCDをとっかえひっかえ聴き直している KiKi がいます ^^;  つい昨日のエントリーでは「最近ピアノの練習はサボリ気味」って書いたばっかりなのにねぇ・・・・・・。

 

最近はちょっとピアノの練習をサボリ気味の KiKi。  いえね、週末はLothlórien_山小舎へ到着すると真っ先にピアノの蓋は開けるんですよ。  でもね、昼間は力仕事(薪切りとか材木運びとか)で忙しいでしょ。  で、3度の食事の支度とか、1週間分のお洗濯とか、お掃除とか、薪ストーブの見張りとかもあったりなんかして、なかなかピアノの練習のためのまとまった時間をとるのが難しかったりするんですよね~。  ま、それやこれやで疲れちゃうっていうのもあるんですけどね ^^;  でね、ただ単に疲労感だけだったら「意志の力」とか「レッスンの習慣化」とかで何とかなったりもするのですけど、1時間以上チェーンソーのビリビリという振動に耐え続けた腕とか、女の細腕で材木を運んだ後の肩な~んていうのははっきり言って使い物にならなかったりもするんですよね。  ウィークデーはウィークデーで仕事やら家事やら何やらかにやらであっという間に夜になっちゃって、ま、明日・・・・・という気分になっちゃうし。  

ま、そんなこんなで実際にピアノに向かう時間はめっきり減ってしまっている KiKi だけど、「ピアノのお稽古で大切なのはピアノに向かう時間だけじゃない!」ということで、せめてもの言い訳として譜読みぐらいは習慣化しようと頑張っています。  譜読みの教材(?)にもってこい・・・・・と KiKi が勝手に思っているのが、バッハの音楽です。  ま、てなわけで本日の KiKi の1曲(曲集)はこちらです。

バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第2巻
LONDON POCL-4355/6 演奏:A. シフ(pf) 録音:1985年10月28-31日

41JDC23M67L__SL500_AA240_.jpg  (Amazon)

現在では平均律クラヴィーア曲集は第1巻、第2巻に分かれ、そのどちらにも「平均律」という名前が冠されていますが、このCDのライナーノーツによればバッハ自身の命名は若干異なっていたとのことです。

ま、難しくて専門的なお話は可能な限りはしょってできるだけ簡単にまとめてみると、バッハの時代にようやく有弦鍵盤楽器の調律方法が安定してきて、新しい調律方法で調律された楽器だとすべての調整がそこそこ美しく響くようになったのだそうな。  で、第1巻をすべての調性で作曲したバッハ自身がその曲集に与えた名前が「ほど良く調律されたクラヴィーアのための曲集」というものなのだそうです。  なるほど~。  随分以前にこのエントリーで KiKi がレッスンを受けていた先生が「曲は曲の全集を通して演奏して初めて形になるのです。」と仰ったというエピソードをご紹介したけれど、こんなバッハのお話を聞くと、確かにバッハはこの曲集をバラバラに演奏することではなく、全曲を通して演奏することを想定して書いたんだなぁ・・・・と納得させられたような気分になります。

で、第1巻の完成からほぼ20年後、第2巻が編まれたのですが、その際バッハの命名からは「ほど良く調律されたクラヴィーアのための」という文言は消え、「24の新しい前奏曲とフーガ」というものだったのだそうです。  まあ、曲の構想だとかスタイルが第1巻と同じ・・・・ということで後の世の人たちがこの第2巻は明らかに第1巻の続編であると定義づけ「平均律クラヴィーア曲集 第2巻」と呼ばれるようになり、今ではその名が定着しているのだとか。  へぇ、そうだったんですねぇ。

こういうお話ってピアノのレッスンの友、全音あたりの楽譜だとまえがきに日本語で書いてあったりするんだけど、KiKi は「平均律」に手を出す頃にはほとんどの楽譜が「ヘンレ版」という外版になってしまっていたので、その楽譜にも一応「まえがき」らしきものがあるんだけど、読めない(涙)ので今日の今日まで知りませんでした(苦笑)      

あっという間に融けた雪

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この週末も KiKi はLothlórien_山小舎で過ごしていました。  金曜日の夜、東京‐Lothlórien_山小舎移動前は、生憎のお天気だったので現地の路面状況が心配でたまらなかったのですが、車に搭載された温度計(外気温を表示)によれば、これまでの往路では常に関越道走行中には2℃だの0℃だのが表示されていたんですけど、今回は8℃だの9℃だのを表示していてほっと一安心でした。

 

やっぱりずいぶん暖かくなったからねぇ・・・・・。

 

ただね、雪が積もらなければ何も心配ないか?と言えばさにあらず。  こういう雨降りだった日の夜は別の恐怖が KiKi を待ち受けています。  

 

それは・・・・・・・

 

KiKi はねぇ、子供時代を箱根の麓で過ごしたので「霧」自体はそこそこ免疫があるんですけど、車の運転中の霧だけは大の苦手!です。  と言うのも、もうずいぶん前のことになるけれど、ある夏の日Lothlórien_山小舎からの帰り道、KiKi はこの山道でかなりふっか~い霧に遭遇したことがあるんですよね~。  

センターラインがほとんど見えない状態でソロソロと走っていた KiKi。  幸いなことに・・・・なのか、不幸なことに・・・・・なのか、その日は前後左右、どこを見ても他の車の影も形も見当たりません。  記憶の中のカーブ(一応山道なので)と Navi が表示する道の状況だけを頼りにソロソロ、ソロソロ・・・・・と進みます。  

 

 

ふと、気がつくと KiKi の右手に何やら丸いものがボォ~っと霞んで見えるような気がしました。  さらに少し近づいてみると、丸いものの下に細長いものがこれまたボォ~っと霞んで見えます。  丸に棒、丸に棒、つまり  こ~んな感じ。  で、しかもこれがどうやら1つじゃないみたい・・・・・。  お行儀よくいくつも並んだ丸に棒。

  

 

 

何だ、あれ???

 

 

♀  ♀  ♀

 

 

そりゃ、KiKi は♀ですけど、何か????

 

 

てなことを考えていたら、いきなり目の前にガードレールが飛び込んできました。  

 

 

 

おおっとっとっと・・・・・・・・ 危ないじゃないのさぁ!!

 

 

霧のためよく見えない視界の中、Navi と記憶と勘だけを頼りに走っていた KiKi は、どうやら知らないうちに対向車線を逆走し、上り車線の向こう側に広がる谷への落下防止のために設置されているガードレール & そこにほぼ等間隔で設置されている前照灯があたると光る丸いのがついているヤツ(名前を知らない ^^;)に危うく衝突しそうになったらしい・・・・・^^;  ま、スピードが出ていなかったのでガードレールを突き抜けて谷底に真っ逆さま・・・・てなことにはならなかっただろうと思うんだけど、背筋を冷たいものが走って思わずふかくため息1つ。  

ま、今回はそこまでひどい霧じゃなかったので良かったんですけどね。  

で、何とか無事に金曜日の真夜中(土曜日の早朝?)に到着し、土曜日はいいお天気にも恵まれ、相も変わらず使った分だけ埋めるための薪切りに勢を出しました。  先週までは庭一面に雪が残っていて、まだまだ畑仕事をイメージできるような状況ではなかったんですけど、今週は林の奥の日陰にこそまだ残っている雪があるものの、基本的には真黒な地面が顔を出し、植物も一斉に活動を開始した・・・・・そんな雰囲気が漂っていました。

 

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先週の薪小屋1号  あっちもこっちもスカスカ~ ^^;

 

2010_Feb21_003.jpg  

先週の薪小屋2号  周囲は雪だらけ~!

 

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薪小屋2号のまわりの雪の状態(アップ)

 

2010_Feb28_012.jpg   

今週はこ~んなお花のお出迎え♪  

 

♪ もうすぐは~るですねぇ ♪

思わず鼻歌が出ちゃいそうな暖かい日。  明日は少し土いじりでもしてみようか・・・・な~んていうことを考えつつお布団にもぐりこんだ土曜日の夜でした。

    

       

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