2010年6月アーカイブ

裏庭  梨木香歩

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ここのところちょっと哲学的・・・・というか、お勉強に近い系列の本ばかり読んでいたので、ここいらでちょっくら物語系の本を読みたくなってしまいました。  で、茅田砂胡さんの「デルフィニア戦記」を制覇したい・・・・という数年来の願望もかなり頭をもたげてきているのですが、その前に・・・・。  ちょっと途中で止まってしまっている梨木香歩さんの世界に浸ってみたいと思います。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

裏庭
著:梨木香歩  新潮文庫

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昔、英国人一家の別荘だった、今では荒れ放題の洋館。  高い塀で囲まれた洋館の庭は、近所の子供たちにとって絶好の遊び場だ。  その庭に、苦すぎる想い出があり、塀の穴をくぐらなくなって久しい少女、照美は、ある出来事がきっかけとなって、洋館の秘密の「裏庭」へと入りこみ、声を聞いた―教えよう、君に、と。  少女の孤独な魂は、こうして冒険の旅に出た。少女自身に出会う旅に。  (文庫本裏表紙より転載)

う~ん、これはなかなか難しい本ですねぇ・・・・。  まず構成の仕方という点では KiKi の大好きな作家の1人、M. エンデの「はてしない物語」風。  庭という異世界を構成しているという点では、P. ピアスの「トムは真夜中の庭に」風。  「秘密の花園」の匂いもあれば、「不思議の国のアリス」の匂いもあるし、「ムーミン」から登場人物だけちょっと拝借・・・・という感じで、他にも古今西(東西ではない)の子供時代から馴染みの「数多の物語」の残り香が香るお話だと思います。  でも、それらの物語と決定的に違うのは、この本では現代人が忌み嫌うものとして感情的にしか捉えていない「死」と、楽観的であることがブーム・・・・のような現代世相の中で、沈思黙考することの少なくなった「自分の傷を見つめる」というテーマがこれでもかっていうぐらい出てくるところ・・・・・。  逆に言えば異世界を旅する中でのワクワク感みたいなものは極めて希薄な物語だと思います。

異世界はそこを旅してワクワクするワールドではなく、自分の傷や死を受け入れるための舞台装置。  そうであるだけに KiKi には照美が旅する異世界での出来事よりもいわゆる現世、照美が旅に出る前、そして出ている間、帰ってきた後の現実世界で起こるさまざまな出来事のほうにより多くの感情移入ができたような気がします。  

そしてもう1つ。  この本の中で語られる昨今の「癒し」という言葉の薄っぺらさ、嘘っぽさはまさに KiKi がここ何年というもの、切実に、そして頻繁に感じることで、思わず膝を打ちました。  「癒し市場」・・・・本当に現代の「癒し」という言葉はなんとまあ商売っ気だらけの言葉になってしまっていることか・・・・・。  自分の傷と正面から向き合うことは避けながら、なんらかのグッズやありがたそうに聞こえる他人のお言葉に縋るのはどこかおかしい(けれど誰もが弱さを持つ人間である以上は仕方ない)けれど、そこに群がり商売の機会とすることの浅ましさ・・・・みたいなものを感じます。  

「自分の傷と真正面から向き合うよりは、似たような他人の傷を品評するほうが遥かに楽だもんな。」

これって、現代社会のある一面を抉り取る深い言葉だと思います。

 

今日は KiKi に新車が届いた日です。  これまで KiKi はシビックに乗っていたのですが、その車を購入した頃はまさかこんなに頻繁に山道を、しかも雪道を走る機会が増えることは想定していませんでした。  だから選んだ車は典型的な City Car でした。  ところがLothlórien_山小舎と東京の往復が頻繁になるにつれ、どうしても 4WD車が欲しくなり、ついでにフォグランプも欲しくなり、これまでに乗っていたシビックも9年目を迎える・・・・ということで、これを機会に新車への車種変更を考え始めるに至りました。  で、永年のおつきあいの HONDA の営業マンさんがこの度店長に昇進されたので、そのご祝儀を兼ねて・・・・・という「親切の押し売り」(≒ ある意味ゴムタイだったかもしれない厳しい値下げ要求)の末、KiKi が選んだ車はこちらです。

ま、さすがにこの色の車(ピンク!)に乗る度胸は KiKi にはなかったため、にしたんですけどね。  この車にした一番の理由は特別仕様の装備内容です。  すべてのガラスがUVカット機能付だということ(歳のせいか日焼けが殊のほか怖い! 笑)と、4WD車にするとコンフォートビューパッケージ (≒ 親水/ヒーテッドドアミラー + 熱線入りフロントウインドウ + フロントドア撥水ガラス)が標準であるということ!  群馬県というところはなかなか雨の多いところで、降りがひどくなるとホント前が見えなくなっちゃうことが多いんですよね~。  

ま、そんなこんなで本日納車をしていただいた車でちょっくらドライブをしてみよう!と思い立ちました。  何せ KiKi はLothlórien_山小舎を建ててから、ろくすっぽ「観光」ということをしていないのです。  たまにはこの付近にどんなところがあるのか、実地検分してみたいじゃありませんか!  新車での初ドライブ & 群馬県内での2回目の観光(Lothlórien_山小舎取得後)で行く先に選んだのは、水沢うどんを食べに行く & 水沢観音詣でです。

因みに「水沢うどん」なんですが、KiKi もLothlórien_山小舎を取得してから知ることになったのですが、「日本三大うどん」の1つ・・・・らしいのです。  で、因みにその三大うどんなんですけど、 群馬の「水沢うどん」、 秋田の「稲庭うどん」、香川の「讃岐うどん」という説が一番有名らしいのですが、でも実際には日本全国あちこちにおいしいうどんはあって、定説・・・・となるとはなはだ怪しいものらしい・・・・(苦笑)  因みに KiKi はこの3種類(↑)は全部食してみたことがあるのですが、どれもとてもおいしいと思うものの、「讃岐うどん」 > 「水沢うどん」 > 「稲庭うどん」 というランキングになっています。(秋田の皆さん、ごめんなさい ^^;)

まずは、Lothlórien_山小舎を出、納車したばかりの新車にガソリンを補充するために村のJAのステーションに向かいました。  おなかペコペコの車にたっぷりと食事(ガソリン)を与えて中之条町経由で伊香保温泉を目指します。  水沢観音はこの伊香保温泉のほど近くにあり、400年あまり前からその水沢寺(水沢観音)の参詣客向けに上州産の小麦と水沢山から湧き出た名水でつくられた手打ちうどんが奉仕で出されていたことが起源とのこと。

道中、来年の初詣はここに来てみようと以前から考えていた「吾妻神社」に寄ってみました。

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吾妻神社の創建は上古の時代だったとされ、当初は和利宮と称し御手洗山の山頂付近に鎮座していたそうです。  歴代領主に信仰され、特に中世、一帯を支配していた塩谷氏に庇護され弘治2年(1556)に参拝に不便だった事から現在地に遷されています。  文化9年に火災により多くの社殿、社宝、記録などが失われ、現在の社殿は文政4年に再建されたもので本殿は三間社流れ造り、銅板葺き、細部には精巧な彫刻や木組が見られます。  拝殿は入母屋、銅板葺き、正面屋根には大きな千鳥破風が設えています。  明治維新後に町内の多くの神社を合祀して吾妻神社に改称し旧郷社の格式を得ています。  境内は広く神門や神楽殿なども配され、拝殿には奉納された多くの絵馬や句額、算額があり、中之条町の重要文化財に指定されています。

いや~、想像以上に立派な神社さんでした。  これは来年の初詣が楽しみです♪

 

富山和子さんの「自然と人間」シリーズ3部作の最終巻(?)、「森は生きている」を読了しました。

森は生きている
著:富山和子  講談社青い鳥文庫

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日本の国土の7割が森林で、日本人はそのめぐみをうけてくらしをきずいてきた。  木から作る物のほかに、ゆたかな水も土も、酸素も森林がはぐくんでくれたものである。  森林のもつはたらきをとおして、自然を守ることのたいせつさを本質的にといかけます。  「川は生きている」「道は生きている」につづく3部作の完結編。  (文庫本裏表紙より転載)

良書だと思います。  とても考えさせられる内容の本です。  でも・・・・・・。  どことなく「川は生きている」の2番煎じ・・・・・という感もなきにしもあらず・・・・です ^^;  結局は「治水」と「森林」の関係に話が落ち着いていってしまうところが、正直なところちょっぴり期待はずれでした。  とは言うものの、スサノオノミコトが「植林の神様」だったというのは、日本人でありながらギリシャ神話や北欧神話ほどには日本神話に親しくない KiKi にとって、「へぇ! x 10」 ぐらいのインパクトがあり、そのお話を知ることができただけでも何だかとても得をしたような気分で、嬉しくなってしまいました。

この本の中で「あとがき」に書かれていることも KiKi にとっては目からウロコでした。  いえね、よくよく考えてみると歴史的な事実(?)としてとっくにわかっていたはずのことのような気もしないでもないんですよ。  でもね、あらためて活字で目にするとしっかりと意識に根付くことってあると思うんですよね。  それは以下のくだりです。

じつは私たちの社会は自然に対しても歴史に対しても、ずいぶん思い違いをしてきたのでした。  水問題が語られるとき、森林を抜きにして語られてきたのが一例です。  またたとえば歴史を語るとき、あたかも大昔から文化の中心地が平野にあったように錯覚しがちだったのもその例です。  平野に下りてきたのはほんの3,400年以前のこと、それ以前の長い長い年月、この国土には山の文化の時代があり、その山のにぎやかさにささえられて、国土が養われてきたのでした。

 

  

道は生きている 富山和子

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さすがに小学校中級からというレベル設定(?)の本は、あっという間に読み終えてしまうものです。  とは言っても「さらっと読めるけれど深く考えさせられる」という点では、大人向けの娯楽本とは比較にならない奥深さがあったりもするのですが・・・・・ ^^;  昨日の「川は生きている」に引き続き同じ富山和子さんの「自然と人間」シリーズの「道は生きている」を読了しました。

道は生きている
著:富山和子  講談社青い鳥文庫

21TKW7KM03L__SX230_.jpg (Amazon)

道の成り立ちを辿りながら、並木の道、石の道、絹の道、塩の道などのもつ不思議な働き、道を通して脈々と流れる歴史のもつ重い意味を考えさせてくれます。  また、歴史を調べることの素晴らしさ、豊かさを教えてくれます。  「生きた社会科」のための副読本。  (文庫本裏表紙より転載)

こちらは「自然と人間シリーズ」の中の1冊と言いつつも、昨日読了した「川」とは異なり、長い歴史の中で人間が築いてきた、言わば人工物の「道」のお話です。  人間はどうやって道を築いてきたか、道は人間に何をもたらしてきたか、人間と道はこれからどのように関わっていくべきかということが、これまた難解な言葉を排し、具体的な例を挙げながら綴られています。

あとがきによれば著者の富山和子さんは「交通の研究」を長くされていらしたとのこと。  「川は生きている」のあとがきで書かれていた川とは地図に描かれた1本の線としてとらえ・・・という表現を借りれば道とはA地点とB地点を結ぶ地図に描かれた1本の線としてとらえ・・・てしまいがちな現代人に「そもそも道っていうのはね・・・・・」とその生い立ちから歴史的、そして地理的な因果のもつれを紐解きながら丁寧に語りかけてくれます。

 

川は生きている 富山和子

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ここのところず~っと内山さんの本を読んできたのですが、ここいらで1回ちょっと寄り道をしてみたくなりました。  とはいえ路線はちょっと似ているんですけどね(笑)  こちらも以前から KiKi が読んでみたいと思っていたいわゆる「積読本」の1冊です。

川は生きている
著:富山和子  講談社青い鳥文庫

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川へでて、ながれに耳をかたむけてみましょう。  水はなにを語りかけているのでしょう・・・・・。  日照りがつづけば水不足、雨がつづけば洪水の日本。  この本は、水の話であり、緑の話であり、そして土の話でもあります。  それは、みんなつながっているからです。  小学生のための社会化副読本。  (文庫本裏表紙より転載)  

この本は副題として「自然と人間」が冠され、この「川は生きている」「道は生きている」「森は生きている」の3冊でシリーズ化(?)されている中の1冊です。  対象年齢は小学校中級以上。  ま、そんな対象年齢が設定されているだけに活字は大きいし、ひらがなは多いし、本当にあっというまに読み終えてしまうのです。  もっともこれだけひらがなが多いと正直大人にはちょっと読みにくい観があるんですけどね(笑)。  

でもね、この本で語られていることは、子供時代には知っていたはずなのに、いつの間にか忘れてしまったこと・・・・・であることに気がつかされました。  曰く、

昔の日本人はあばれ川を治めるための発想方法として「ふった雨を土に返そうとした」

日本人は「氾濫原に水田を開くこと」により、水田を遊水地とし、水田が蓄えた水は地下水になり、下流に流れ、そこでまた水田をつくり・・・・という循環をつくりだし、水を豊かに使うことができた

日本人は水を治め、治めたその水(もとはと言えば氾濫していた水)を利用して、土地を耕し、そこで作られた米は、治めた川の水を利用して運搬した。

森林は水をたくわえ、徐々に徐々に、いつも同じように水を送り続けてくれた

高くて頑丈な堤防は、少しくらいの水にはびくともせず、私たちを守ってくれる。  でも、堤防が頑丈であればあるほど、ひとたび破れた場合には、今度は堤防そのものが、コンクリートの塊になって、逆に、私たちに襲いかかる。

ダムは水を蓄え始めたその時から、土砂も蓄え始める。  ダムは年とともに、水をたくわえなくなっていく生き物

水と緑と土は、もともと一つだった

  

戦争という仕事 内山節

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今週末も KiKi はLothlórien_山小舎で過ごしていたわけですが、天気予報ではず~っと雨模様・・・・ということだったので、恐らく読書がグングン捗るだろうなぁと思っていたのに、実際には一日の大半が曇り空。  結果的に読書は思っていたほどは進まず、ひたすら雑草と虫を相手に格闘する日々を過ごしていました。  ま、そんな中、ようやく読了したのがこちらです。

戦争という仕事
著:内山節  信濃毎日新聞社

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なぜ私たちの時代は、いまも戦争を続けるのか?  鍬と釣竿を手に山里から世界を見据える哲学者が、私たちの時代の入り込んでしまった迷路を解き明かす。  2004~2005年『信濃毎日新聞』連載の単行本化。  (Amazon より転載)

この本で語られていることは、すでに読了した「創造的であるということ」の2巻で語られていることとほとんど大差はないなぁというのが率直な印象です。  ただ、それを新聞連載のエッセイとしてとても短い文章で小気味良く、難解な言葉を廃して(これは「創造的であるということ」とも共通することですが・・・・)書かれているので、あとがきも含め333ページの比較的重量感のある本のわりにはサクサクと読み進めることができます。

内容的には KiKi がずっと抱え続けてきたいくつかの命題にある種の目線を与えてくれる本だし、1人で考えていると堂々巡りに陥りがちだった思考に一筋の光り輝く道を示してくれているような気がしないでもないので、とても共感を覚えるのですが読了した今、実は KiKi は全然別のことが気になって気になって仕方なかったりします。  それはこの本のタイトルなんですよね~。

 

今週末も KiKi はLothlórien_山小舎に来ています。  さて、今日は何のオハナシだと思いますか??  

 

 

 

まあ、百聞は一見にしかずと申します。  まずはこちらをご覧ください。

 

 

 

 

 

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さて、こちら(↑)はどこの写真でしょうか?

 

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因みに角度を変えるとこんな(↑)感じです。

 

 

 

ここはねぇ、実はなんですよね~ ^^;  

 

で、この一面に青々と茂っているのは当然のことながら野菜・・・・・・ではなくて、雑草なんですよぉ(涙)  実は先週はちょっと野暮用がありまして、1週間ほど畑を放置してあったんです。  ええ、ほんの1週間ほどです。  で、その1週間の間に入梅しまして、さしもの山村も夏気候に入りまして、太陽と水の恵みをたっぷりと吸収した野菜雑草が、スクスクと成長してくれちゃった・・・・・というわけです。

 

因みに・・・・・です。  畑と新しい「バラ & ハーブ園」の間に道スペースがあるんですけど、そこなんかはこ~んな(↓)感じです。

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これを見ていただけると KiKi のLothlórien_山小舎暮らしが「優雅とは程遠いもの」であるとお話しているのが誇張でも謙遜でも何でもなくて、まさに事実であることを理解していただけると思うんですよね~ ^^;  で、当然のことながらこれを放置する・・・・・な~んていうのは許されないことなのです。  

だって、このままじゃ育つはずの野菜は育たないし、通路部分は使いたくても使えない状況になっちゃうし、第一、村の景観を著しく損ねてしまいます。  そこで今週末の KiKi は草取りマシーンと化して働かなくちゃならないことが自動的に決定されてしまったのです(笑)

  

里の在処 内山節

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本日の KiKi の読了本も図書館で借りてきた内山節さんの作品です。  そもそも内山さんを知ることになったきっかけ、このエントリーでご紹介した You Tube の動画とほぼ同じことをエッセイ風に綴った1冊です。

里の在処
著:内山節  新潮社

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群馬県の神流川上流にある上野村。  山深い里の古い農家にひとり、居を構え、畑を耕し、薪を割り、餅をつき、村人と語り合う哲学者・内山節の日々―。  村人の小さな事件に立会い、自然の営みを凝視しながら、人間の根源を深く見つめる長編エッセイ。  生きていることの実感と季節の移ろいを濃やかに描いた、待望の一冊。  (Amazon より転載)

最近では「LOHAS」という言葉や「スローライフ」という言葉がもてはやされ、田舎暮らしが一種のブームのようになっているところがあると思います。  実際、KiKi がLothlórien_山小舎暮らしを模索し始めた頃、そして今も、多くの東京の友人たちが

「いいよね~、自然がたっぷりあるところでのんびりできるって!」

「優雅だよね~。  そんな素敵な場所で(と言いつつ、そこがどんなところかは知らない 苦笑)、ピアノを弾いたり読書をしたりして、ハーブなんかをいっぱい育てて、3時にはハーブティーなんかをとっておきのカップで飲んだりしたら、浮世のストレスなんて忘れちゃうよね。  憧れちゃうなぁ。」

「夏はクーラーなしでも過ごせるんでしょ。  東京にいると信じられない世界だよね。  いいなぁ。」

な~んていうことを言われます。  そしてそんな言葉を聞くと正直なところ KiKi は 

「あ、えぇ、まぁ・・・・・。」 

と返事に窮してしまいます。

と言うのは実際のところ「自然がたっぷりあるところ」はのんびりできるところとは程遠く、山にいる時間、 KiKi は優雅とは程遠い時間を過ごしているし、3時にリビングかどこかでのんびりとお茶なんてしていることは滅多にないし(真夏は熱射病にならないように、家に上がっていることはあるけれど)、爪の間に土が残っているような手ではとっておきのカップなんて出す気分には到底なりません ^^;   確かに夏は涼しくて過ごしやすいけれど、そんな気持ちの良い季節はホント短くて、長くて寒い冬はなかなか辛いものがあります。  (まあ、その代わり冬の山小舎暮らしはある意味、忙しくないためにそれこそ「優雅」な時間を過ごすことも少しは可能ですが・・・・・笑)

友人たちがイメージしているシーンは都会人が避暑地のホテルに滞在してのんびりしているシーンか、本当の超お金持ちがお手伝いさんつきの別荘で、過ごしているシーンじゃないかと思うんですよね。  もちろん山小舎の使い方としてそういう使い方をしている人は KiKi の身近にもそれなりにいらして、例えばLothlórien_山小舎に一番近い「別荘族」のご一家は、観光基地みたいな感じで山小舎を利用され、夏ともなればバーベキューを楽しんでいらしたりします。

でも KiKi の山小舎暮らしはそんな都会の人たちがイメージするオシャレな世界とは一線を画しています。  だいたいファッションからして、丸一日作業着を着ていて、首には手ぬぐいを巻き、汗と土にまみれ、虫や雑草と格闘している世界なのです。  最近、KiKi はオフサイトでミーティングがあるとかなりラフな格好をして出かけることが多いのですが、そうするとそのミーティングの参加者は

「あれ?  今日は山から??  上から下までどう見ても山ファッションだよね?」

な~んていう風に声をかけてくるのですが、KiKi にしてみれば

「いやいや、これは都会人のアウトドアファッションではあるかもしれないけれど、山ファッションじゃないよぉ。  だいたい山ではかすり傷、切り傷を避けるために長袖のヨレヨレのTシャツで、こんなボタンダウンの半袖のシャツなんて着ないし、虫に刺されるのを防ぐためにモンペみたいな長ズボンで、七分丈のズボンなんてはかないし、足元だって長靴だよ。」 

と思うのです。 

 

昨日に引き続き、内山節さんの「創造的であるということ」の下巻を読了しました。

「創造的である」ということ(下) - 地域の作法から
著:内山節  農山漁村文化協会(人間選書)

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これまでの私の研究史を振り返ってみると、農民や農山村の人々から教わったことの多さに驚かされる。  それとは無関係にみえるような思想上の課題でさえ、農山村の人々から教わったこととどこかで結びつくことによって、自分の研究領域に加えられている。  ・・・・・自然とともに、土とともに、村とともに生きてきた人々こそが、近代的世界の矛盾や近代的な思想の問題点を、深いところでつかんできたからである。  (単行本扉より転載)

う~ん、こちらもなかなか読み応えがありました。  読了して第一の感想としては、「ああ、この人のものの考え方と KiKi のものの考え方はかなり似ているところがあるな。」ということです。  多分問題意識の持ち方とか、「人間って何?」とか「人間の理想的(?)な生き方ってどうよ?」みたいなある意味一文の得にもならないことをああじゃこうじゃと考えるところも、その命題に対する自分なりの立ち位置の導き方も学者さんである内山さんのほうが理路整然とはしているけれど、かなり似ているような気がします。  ついでに「ごちゃごちゃ考えたりあれこれ言ってるより、とりあえず実践してみよっか」みたいな思い切りの良さも含めて・・・・・(笑)

近代思想の特徴は、人間の本質をその個体性、個体的理性におく、つまり関係的存在をとらえられない、その意味で個人主義に、またそれは人間のための思想、つまり自然との相互性をとらえられない、その意味で人間中心主義であった点に、さらに科学こそがすべてを明らかにすると考えた科学主義に、また歴史や進歩・発達としてとらえる発達主義にあったと考えています。

とは、この本からの引用なんだけど、これってまさに KiKi が感覚的に捕らえていた現代のあり方で、同時に KiKi が懐疑的な気分を持ち始めたこと・・・・でもありました。  ああ、これが KiKi がモヤモヤと考えていた現状分析をすっきりと整理した言葉なんだ!  そんな想いを抱きました。

この本の最後は現代日本の教育について、さらには「国って何?」みたいなことにも触れられているんだけど、これまた KiKi がここ10年ぐらい、とりとめもなく、論理的にでもなく、ああじゃこうじゃと弄繰り回していた命題です。  まあ、とっても残念だったこととしては、この本を読んでいてそれらの命題に対して「目から鱗」的に何かが解明した(もしくは解明しそうな予感があった)というような感慨を持つことはできなかったんですけどね ^^;  どちらかというと、「ああ、整理してくれてありがとう」というレベルで終わっちゃったと言うか・・・・・・。

 

先日、このエントリーでご紹介した「内山節」さんという哲学者に興味をもち、図書館から彼の著作をいくつか借りてきました。  今日、ご紹介する本は上・下2巻から構成されており、当初は2冊セットでエントリーを書く予定だったのですが、内容がかなり盛り沢山の本だったので、急遽1冊ずつエントリーを起こすことにしました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

「創造的である」ということ(上) - 農の営みから
著:内山節  農山漁村文化協会(人間選書)

41RMN14T5KL__SL500_AA300_.jpg (Amazon)

この勉強会で参加者から私に求められていたものは、「農の営みをとおして全世界を獲得する思想」であった。  ・・・・かつてマルクスとエンゲルスは「共産党宣言」のなかで、<プロレタリアートは失うべき何者をももたない。  獲得するのは全世界である>と述べたけれど、この勉強会でめざされたものは、農の技をもち、農村で暮らし、農村をつくる力をもっている人たちが、それを土台にして、現代世界を掌中に収める思想の獲得であった。  (単行本扉より転載)

えっとですね、KiKi は大学で経済学な~んていう小難しそうな学問を学んだわけではなく、ある意味とっても軟弱(?)な文学を学んだ人間なので、正直なところ「マルクス」とか「エンゲルス」な~んていう名前を目にすると「うへぇ・・・・・(汗)」とちょっと引いてしまうようなところがあることを、まずはお断りしておきます。  そういう意味では、もしもこの本を本屋さんで見つけたとして、何気に手に取ったとして、この扉に書かれている文言を読んだとしたら、恐らく分不相応な本を手に取ってしまったと反省(?)し、こっそりと棚に戻しちゃったこと請け合いです(笑)

たまたま今回はあの「里という思想」という本に興味をもったというフックがあったから、そして、図書館の本検索で「内山節」をキーワードにしてリストアップされた本を借りたから(つまり扉に書かれているこの↑文言を事前には読まなかったから)、KiKi の6月の読書の1冊にひっかかったにすぎない本なのです。  でもね、それがものすご~く幸いだったと思えちゃう、この本は今の KiKi にとってはあまりにもタイミングよく出会った本っていう気がするんですよね~。 

万葉集入門 鈴木日出男

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先週末からこの週末まで、KiKi はお仕事の関係で静岡県の方にちょっくらお出かけしたついで(?)に実家へ里帰りをしていました。  お仕事がらみのお出かけだったために、PCを抱えて・・・・ということになってしまったため、荷物を少しでも軽くするために、比較的持ち歩きに便利な本を携えていきました。  ま、てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

万葉集入門
著:鈴木日出男  岩波ジュニア新書

51S40XEERTL__SL500_AA300_.jpg (Amazon)

春過ぎて夏来るらし白たへの衣干したり天の香具山 ― 『万葉集』の歌の作り手は、天皇皇族から庶民までの広きにわたります。  彼らは何を見、感じ、どう表現したのか。  その歌々が今も私たちの心を魅了しつづけるのはなぜか。  代表的な名歌を解釈しながら、日本最古の歌集の奥行きある世界を旅します。  (新書本裏表紙より転載)

この本はね、KiKi がLothlórien_山小舎に居を構えて以来、いつかは読んでみたいと思っていた本の1冊です。  「Lothlórien_山小舎」と「万葉集」。  その接点がどこにあるかっていうとね、日本最古のこの歌集には「東歌」というジャンルがあるんですよね~。  「東歌」というのは万葉集の巻十四の一巻に収められていて、238首あるんだけど、そのすべてが作者不明。  まあ、このこと自体は万葉集の全歌数のほぼ半数が作者不詳であることから、不思議でもなんでもないんだけど、その東歌のうち、国が銘記された歌が95首あって、そのなかで最も多いのが上野国(現在のほぼ群馬県)の26首。  以下、相模(現在のほぼ神奈川県)16首、常陸(現在のほぼ茨城県)12首、武蔵(現在のほぼ埼玉県 & 東京都)10首となっていて、上野国が際立っているんですよ。  現在の埼玉 & 東京の歌の2.5倍強!!  これはこれから群馬県人になるかもしれない KiKi にとっては結構キャッチーな情報だったんですよね。

このことを知った時から、KiKi の万葉集に対する興味は右肩上がりに急上昇(笑)。  で、そうこうしているうちに Podcast で「NipponArchives 万葉集」な~んていうのも見つけちゃったし、俄かに万葉集が身近なものになってきちゃったんですよね~。  

 

本来なら塩野七生さんの「ローマ人の物語」を着々と読み進めていなくてはならないはず(?)だったのですが、ついつい図書館に出かけてしまい、ついついその図書館から手ぶらでは帰ることができずに借りてきてしまった本があります。  その1冊が先日の「銀のスケート」であり、もう1冊が本日の読了本です。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

文化人類学入門
著:祖父江孝男  中公新書

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文化人類学とは、社会・経済・宗教をはじめ諸分野にわたって、またそれぞれに異なる世界の民族を比較検証する広範な研究対象を視野に収めた学問である。  その方法論として、フィールド・ワークによる具体的でしかも忍耐強い実証的な調査が重視される。  本書は、この多岐にわたる学問を系統的に要約整理した入門の書として、1979年刊行以来、多くの読者を得て版を重ねてきたものを増補改訂し、学界の新しい情報を提供する。  (新書版頁扉より転載)

この本はね、「衝動買い」ならぬ「衝動借り」の1冊です。  たまたま内山節さんの本を図書館に探しに行ったら永年探していた「銀のスケート」を見つけ、「銀のスケート」を見つけちゃったのでついでに借りるもう1冊を物色していたら、たまたま目に付いた・・・・・そんな本だったのです。  決して以前から「この本を読みたい!」と思っていたわけでもなく、、、、いえ、それ以前に存在さえ知らない本だったのです。

たまたま上橋菜穂子さんに出会って、強烈にインスパイアされて、そしてその上橋さんのもう1つの顔が「文化人類学者」であるということを知らなかったら、決してこのタイミングでこの本を手に取ることはなかっただろうなぁと思うんですよね。  でもね、読み終わった今思うのは恐らく KiKi は人生の中のどこかでこの本には手を出していただろうなぁ・・・・・ということ。  この本こそ、KiKi は高校生の頃に読んでおきたかったような気がします。  KiKi がやりたかった学問は実はこれだったかもしれない・・・・・と思うんですよね~。

 

えっとですね。  KiKi は基本的には特定の宗教に帰依していることはなく、お正月には初詣をするために神社にお参りするし、京都などでお寺に行けば仏像を拝むし、クリスマスになればミニ・クリスマスツリーを飾り、聖書を読んでみたりする極めて現代的な「なんでもあり」の日本人(?)の1人です。  そんな KiKi ですから、東京のマンションのインテリアにも、Lothlórien_山小舎のインテリアにも信心深さを滲ませるようなものは持ち合わせていません。

そんな KiKi ですが実は子供の頃から仏壇好き、線香好きの子供ではありました ^^;  KiKi の父親は7人兄弟の末っ子だったので、KiKi の実家には仏壇はなかったのですが、親戚の家には立派な仏壇があって、そのお宅に遊びに行くとその仏壇を飽きずに眺めているようなところのある変な子供でした。  又、お線香の香りには昔から何か安心感・・・・のようなものを感じていたので、その仏壇のある親戚の家で祖父や祖母にお線香をあげてお参りするのがとても楽しみでした。  (肝心の祖父 & 祖母の記憶はないので、ご先祖様を敬う気持ちがあったとはお世辞にも言えません ^^;)

子供の頃、KiKi は両親に何度も聞いたことがあったそうです。 

「どうしてうちには仏壇がないの??」

そんなとき、KiKi の両親は口を揃えて言いました。

「うちは2人とも無宗教だから・・・・・」 と。

そしてそれに付け加えて

「そんなに仏壇が欲しいんだったら、大人になったら自分でお金を稼いで買いなさい。」 と。

ところが大人になってお金を稼ぐようになった頃には、相変わらず仏壇の持つ荘厳さとかお線香の香りは好きだったものの、「狭いマンションに置くところもなし・・・・・」「お祀りする仏さんがいるわけでもなし・・・・・」と結局今の今まで買うこともなくきてしまいました。

あ、でもね、さすがにお香(含むお線香)の香りは楽しみたかったので、香炉だけはそれこそ「自分で稼いだお金で」買ってあるんですけどね(笑)

さて、そんな KiKi ですが、この度、ちょっといろいろありまして、「お祀りするべき仏さん」ができてしまいました。(あ、一応誤解のないようにお話しておきますが、KiKi の両親は健在です。)  さて、こうなると俄かに現実問題になってきてしまったのが、「うちには仏壇がない!」ということでした。  とはいえ、現代人の生活と仏壇っていうのはちょっとアンバランスであることも否めません。  さて、どうしたものか・・・・・・。

先週のLothlórien_山小舎

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えっとですね、ちょっと更新のタイミングがずれちゃっているんですけど、忘れないうちに先週末から今週頭にかけてのLothlórien_山小舎通信をしたためておきたいと思います。  まずはこちらの画像から・・・・・。  これ、何の写真だと思います????

2010_Jun10_012.jpg

2010_Jun10_013.jpg

 

 

「う~ん、雑草の生えかけた荒れ地???」

 

 

と思われた、そこの貴方!!  それは KiKi に対してあまりにも思いやりのない連想です!  まあ、KiKi 自身がそんな風に思わなかったわけではない・・・・・というのは一応内緒のお話なんですけどね(苦笑)

このうっすらと生えかかっている緑色のもの。  これは大半がケンタッキー・ブルーグラスという名前の西洋芝です。  大半・・・・というところがミソで実は一部雑草であることは否めません ^^;  又、

 

「ええ? これが芝生を植えた場所??  全然整地ができていないじゃない?!」

 

 

と思われた、そこの貴方!!  わかってます、わかってます。  芝生を植える前にちゃんと整地しなきゃいけないことぐらい KiKi も知っています。  そして実際、整地作業をやったんです。  昼食を採るのも我慢して、な、なんと、6時間もかけて!!!  でもね、結構な広さがあるうえに、ついでに使った道具がレーキなもんで、できることには限界があったんです(涙)  あ、因みに上の写真の最下部にある、まあるい、植木鉢の置き跡みたいな部分。  あれは本当はなかったはずのものなんです。  何の痕跡なのか KiKi にもわかりません・・・・ ^^;

Lothlórien_山小舎のある場所は、冬が結構長くて寒さが厳しいため、普通の高麗芝だとどうも育ちがよくないみたいなんですよね~。  それで、今回増設した新しいエリアの一部に芝生広場(予定)を作ってみようと思い立った時、今後の手入れの大変さとか色々あるだろうことは覚悟のうえで、とりあえず蒔いてみたんですよね、西洋芝の種。  冬のLothlórien_山小舎通信の定番エントリーは「薪小屋と薪情報」だったけれど、これから暫くの間は、この「西洋芝」がどんな運命を辿るのか、その経過観察をしてみたいなぁと思っています。  

先日このエントリーでお話した内山節さんという方とその著作に興味をもった KiKi はこの方の本を探しに図書館に行ってみました。  ほとんどの本はその図書館には置いてなくて、同じ区立図書館の別の館にはあるとのことで予約(取り寄せ)を依頼し、そのまま手ぶらで帰るのも癪だなぁ・・・・と思って他の本を物色していたら、KiKi の蔵書にはまだ仲間入りしていない、そして現在では絶版状態のこの本(↓)を見つけました。  見つけた時が読む時です!!(笑)  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

銀のスケート(ハンス・ブリンカーの物語)
著:M.M.ドッジ 訳:石井桃子  岩波少年文庫

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スケート大会の1等賞の銀のスケート靴と、記憶をなくしたお父さんが埋めたはずの千ギルダー。  これらの行方をめぐって、ハンスとグレーテルの兄妹がオランダを舞台にくり広げる感動的な物語。  (文庫本扉より転載)

この本はねぇ、子供の頃学校の図書館で読んで、当時はまだオランダという国のことをよく知らなかったんだけど、小説なのか、オランダ紹介本なのか、はたまたオランダ旅行記なのかよくわからない(^^;) ようなところがあるこの本を読み進めながら、想像力をたくましくしていたことを思い出すんですよね~。  と同時にこの本の中でも紹介されている「ハールレムの英雄」というお話(1人の少年がふとしたことで見つけた堤防の水漏れを大災害を予防するために自分の手でふさぐというお話)は、今となっては記憶が定かじゃないんだけど、国語の教科書だったか道徳の教科書だったかにも載っていて、「あ、これはあの『ハンス・ブリンカーの物語』にあったお話だ!」と何だかウキウキしちゃったという思い出もあります。

あとがきで石井桃子さんがこの本と同じ年に出版された「ふしぎの国のアリス」のこと、10年後に出版された「トム・ソーヤの冒険」のことに触れられ、これら3冊の本が 子供の読み物が、やっと修身の本からわかれはじめた頃に生まれた、少年少女小説の先駆とも言えるということ、それら3冊の本が今日もなお、出版された時と同じように読まれているというのは、おもしろいこと・・・・と仰っているのですが、とっても残念なことに、先の2冊は21世紀の今でも「岩波少年文庫」から刊行されているけれど、この「銀のスケート(ハンス・ブリンカーの物語)」は絶版というのも又、時の流れを感じさせます。

  

 

「背教者ユリアヌス」を読んでしまったことにより、再燃してしまった KiKi の「歴史物熱」(笑)  その勢いでこのブログでも長らく放置状態だった「ローマ人の物語」に着手することになってしまいました。  過去において(もうずいぶん前のことにはなってしまったのですが・・・・ ^^;)「ローマは一日にして成らず」「ハンニバル戦記」「勝者の混迷」と読み進め、エントリーも書いていたので、今回は文庫本にして第8巻。  「ユリウス・カエサル ルビコン以前」からの再スタートとなります。

ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前 (8), (9), (10)
著:塩野七生  新潮文庫

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生涯を通じて彼を特徴づけたことの1つは、絶望的な状態になっても機嫌の良さを失わなかった点であった。  楽天的でいられたのも、ゆるぎない自信があったからだ。  そして、男にとって最初に自負心をもたせてくれるのは、母親が彼にそそぐ愛情である。  幼時に母の愛情に恵まれて育てば、人は自然に、自信に裏打ちされたバランス感覚も会得する。  そして、過去に捕われずに未来に目を向ける積極性も、知らず知らずのうちに身につけてくる。  (文庫本第8巻カバーより転載)

ガリア戦役の叙述を試みる私は、キケロが軽蔑した「諸々のことをくっつけて歴史を書く馬鹿者」にあえてなるだろう。  なぜなら、カエサルは、相当に事情に通じている同時代人に向けて書いたのである。  (中略)  私は、諸々のことをくっつけながらも、カエサルの叙述の仕方、ないし彼の肉声に、可能なかぎり近づこうと努めるだろう。  なぜなら、私の書こうと試みているのは、カエサルという人間である。  そして、人間の肉声は、その人のものする文章に表れる。  (文庫本第9巻カバーより転載)

カエサル生涯、自分の考えに忠実に生きることを自らに課した男でもある。  それは、ローマの国体の改造であり、ローマ世界の新秩序の樹立であった。  ルビコンを越えなければ、「元老院最終勧告」に屈して軍団を手離せば、内戦は回避されるだろうが新秩序の樹立は夢に終わる。  それでは、これまで50年を生きてきた甲斐がない。  甲斐のない人生を生きたと認めさせられるのでは、彼の誇りが許さなかった。  (文庫本第10巻カバーより転載)

さすが、塩野さんが「永遠の片想いの相手」と公言して憚らない相手、ユリウス・カエサルの物語だけのことはあります。  文庫本にして、全部で6冊!!!  本日読了したのはその6冊のうちの最初の3冊で、世の中に数ある「シーザー伝」の中でも比較的語られることが少ないルビコン以前(「賽は投げられた!」の前)の物語です。  KiKi はね、どうしてカエサルの「ガリア戦役」を書いた本が比較的少ないのか以前から不思議に思っていたのですが、どうやらその責任(?)の一端はキケロさんにあったみたいですねぇ。  「諸々のことをくっつけて歴史を書く馬鹿者」なんて言われちゃあ、塩野さんのように「熱烈な片想い」でもしていなくちゃ、なかなか書き物をしてみような~んていう心意気は湧いてこないものです(笑)

だからこそ・・・・・というわけでもないのでしょうが、カエサルの残した「ガリア戦記」や「内乱期」以前の物語にも章を割いているのが塩野さんのこの「ローマ人の物語」の楽しいところではないでしょうか?  どちらかというとシニカルな目線を持っていらっしゃる(・・・・と KiKi は感じているのですが)塩野さんの真骨頂なのが「カエサルと金」、「カエサルと女」の章だと思うんですよね。  KiKi はね、人の持っている本質的な部分っていうのはそれが「仕事」に於いても、「私生活」に於いても、「恋愛」に於いても共通して表れると思っているんだけど、そういう観点でこの2つの章を読むと「カエサルがカエサルたりえていた本質」が凝縮されているように思うんですよ。

  

つい先日、KiKi の愛機、iPod の Siegfried が KiKi の知らないうちにギービヒ家にお散歩に行ってしまったようで、どうやらそこでハーゲンさんとスッタモンダの挙句、ヘンテコな忘れ薬なるものを飲まされてしまったようです。  いえね、KiKi としては普通に Podcast データの更新をするために、いつもの手順で PC に繋いでみたんですよね。  そしたら、Windowsのエラーメッセージがまず出てきて、Siegfried のHDD に不具合があるっていうじゃありませんか!!  で、その後色々いじくっていたら、ふと気がついた時には、Podcast の更新はおろか、これまでに蓄積してあった音楽データを含め全件 Siegfried は忘れちゃったんですよぉ・・・・・(涙)  

まあ iTunes の方にはこれといった問題も発生していなかったみたいなので、まずはディスクチェックをしたうえで、Siegfried は一旦ハーゲンの槍で倒れていただき初期化し、再度3日かけて全データを入れ直しました。  う~ん、何が起こったことやら・・・・・。  どうもここ2~3年、池袋の家の電化製品はトラブルが多いような・・・・・。  先日はTVも変だったし・・・・・。  KiKi の気持ちがすっかりLothlórien_山小舎に向いていることをこの家も察して反乱でも企てているのでしょうか??(笑)  

ま、それはさておき、久々にそのデータ同期作業をしているなかでふと、「そう言えば最近はクラシック音楽関係のエントリーを全然書いていないなぁ・・・・」と思い出してしまった次第。  こりゃ、いかん。  ま、てなわけで本日は「のだめに出てくる音楽を聴いてみる企画」を進めていきたいと思います。  本日の KiKi の1曲はこちらです。

バルトーク 舞踏組曲 Sz.77
A. フィッシャー(指揮) & ハンガリー国立響

(↑ ごめんなさい。  今日は iTunes で聴いていて、CDがどれだったか確認できません ^^;)

こちら、千秋君のコンクールの課題曲です。  応援に駆け付けたのだめ & パリ・アパルトマン組の1人、フランクが思わず「難しそう・・・・(汗)」とつぶやきながら聴いていた音楽です。  バルトークっていうのは KiKi にとってはあんまり親しい作曲家ではなくて、最近でこそ「ミクロコスモス」というピアノ教材が結構有名になってきているけれど、KiKi の子供時代には「よくわかんない作曲家」というカテゴリーに属していました。

大人になった今は、「バルトーク」と言えば「民族色濃厚」というぐらいの知識(? 音楽体験?)はあるものの、それでも「好んで聴く演奏家か?」と問われると、「気が向けば・・・・程度でしょうか。」と答えざるをえない・・・・そんな作曲家の1人です。  それでも、案外気に入っている音楽に「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 Sz.106」とか「バレエ音楽 中国の不思議な役人 Op. 19  Sz. 73」なんかがあって、この2曲に関してはそこそこ聴いていたりもするんですけどね。  

で、肝心のこの「舞踏組曲」。  巷ではどうやらバルトークの最高傑作と呼ばれていたりするらしい・・・・ ^^;  ま、実際のところ、KiKi もこのブログでまずはピアノ版のこの曲を既に聴いていたりもするのですが・・・・・(あ、でも自分から率先して聴いた・・・・というよりは、「のだめ企画」があったから聴いた音楽なんですけどね 苦笑)  

ま、KiKi としてはピアノ版よりはこちらの管弦楽版の方が楽しめる音楽家かなぁ・・・・。  ピアノ版ではちょっとつまらなく感じたパッセージも、管弦楽だと楽器の音色の変化との相乗効果で「舞踏」という名前にふさわしく、ちょっとノリノリになっちゃったりもします。  なんていうか、「逞しさ」とか「多彩な活力」というような言葉がふさわしい音楽だと思うんですよね~。  う~ん、この曲は「ピアノ版」よりも「管弦楽版」の方が好き 266.gifかも・・・・・。  のだめちゃんじゃないけど「オケストラ、楽しいですよね♪」っていう言葉がしっくりくる音楽だと思います。

今日、仕事の帰りに本屋さんに立ち寄りました。  月初は「買う」「買わない」は別にして KiKi は行きつけの本屋さんに立ち寄る習慣のようなものがあります。  今日立ち寄った本屋さんは取り扱い数量からすると KiKi にはちょっとだけ物足りない本屋さんではあるのですが、仕事帰りにちょっとだけ立ち寄って一通りぞろっと眺めるにはちょうどいいくらいの数量なので、そういう意味ではちょっとお気に入りの本屋さんです。

その本屋さんで、新潮選書フェアの特別展示がされていて、思わず足を止め、じっくりと眺めてしまいました。  どうやらこの選書には KiKi の好奇心をくすぐるタイトルの本が多くあるみたい  b-hato4-b.gif  で、ついついそこにある本を 1つ1つ手にとってパラパラとめくっていたらかなり気になる本をみつけてしまいました。  で、家に戻ってその書名をネット検索していたら You Tube でこんな素敵な動画を見つけてしまいました。 

この動画にコピーされている1つ1つの言葉は、KiKi がLothlórien_山小舎暮らしを考え始めた頃に頭をよぎっていた言葉とまさにピッタリだなぁと思いました。  KiKi はここまで明確にきちんと整理した言葉を見つけることはできなかったけれど・・・・・ ^^;

う~ん、これはこの本 & この著者を無視して行き過ぎちゃうことは KiKi にはできそうにありません ^^;  ああ、こうして KiKi の予定していた読書はどんどん変更を余儀なくされていくのです。

里という思想 
著: 内山節  新潮選書

603554.jpeg (Amazon)

( ↑ Amazon の頁の画像とはちょっと違うけれど、どうやら新潮選書は新しいカバーに模様替えしたようです。)

 

地デジの画像が・・・・・

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今日の KiKi はお仕事の関係で関西方面に出張しておりました。  朝9時前に品川駅に到着するために家を出たのが8時頃。  一応朝のニュースをチラチラと見てはいたものの、とにかく新幹線に乗り遅れないようにするために、バタバタしていたこともあり、落ち着いて見ていた・・・・とは言い難い状況ではありました。  で、新大阪に到着して、そこで待ち合わせをしていた同僚と顔を合わせた瞬間、「鳩山さん辞任したらしいよ。  小沢さんも道連れらしい・・・・・」との情報を得ました。

常日頃、KiKi はモバイルPCを持ち歩いているのですが、今日ばかりはさすがに重いので必要書類以外は持ってこなかった KiKi。  慌てて携帯でざっとニュースを確認し、まああとは帰宅したら(日帰り出張だった)ニュースでも見ようと思っていました。

 

 

帰宅後・・・・・・

帰宅時間が遅かったため、各局がニュース番組を放映している時間には間に合わず(それにしてもどうしてああも韓国ドラマが多いんですかねぇ・・・・)、番組表で確認した限りではNHK(地デジ)以外ではニュースが見られないことを確認した KiKi はNHKにチャンネルを合わせました。  すると・・・・・・・

よくあることではあるのですが、地デジ画像が乱れちゃっています。  それでも音だけは結構クリアに拾ってくれているので、ま、いいか、とそのままにしておいたら・・・・・・・・

音が途切れ始め、ふと気がつくと画面が乱れる・・・・・を通り越してものすごいことになっています。  で、ふと気がついた時には画面が真っ暗で、そのど真ん中に以下のエラーメッセージが。

 

 

受信できません

 

 

 

う~ん、実はこれが初めてではないのですよ。  でも、どうでもいい番組を観ている時は結構ちゃんと映っていたりするんですよ。  何がどうしてどうなっていることやら・・・・・・。

 

 

せめてもの救いはおかげでニュースを観ることができず、首相の肉声で、「国民の皆さんが聞く耳を持たなくなってしまった」 とか 「何としてでも(普天間の移設先は)沖縄県外に、と思ってきた。  その思いをご理解いただければ」 とかいう 「僕ちゃんはものすご~く頑張ったんだよ。  その頑張ったことをもっと評価してよ」的なお子ちゃまチックな弁明を聞かずにすんだことをよしとすべき・・・・・だったかなぁと(苦笑)  KiKi はこれまでやってこられたことの全否定まではするつもりはないけれど、総じて見れば及第点はあげられないと思っているし・・・・。   

ま、何はともあれ、わが家(東京)のこのテレビの受信環境、何をどうすりゃいいんだろう??  世情の不安定さよりも、今は目先の些細な問題の方が重要な気分です(笑)。  

雨の週末@Lothlórien_山小舎

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GW以来、お天気だけには恵まれていたLothlórien_山小舎の週末田舎暮らし。  春のお天気の山小舎となると畑関係やら庭関係でやらなくちゃいけないことが山積みになるのですが、春の雨の山小舎となると凡そできることがありません ^^;  降りしきる雨を見ながら

「ああ、水分がたっぷりで、野菜も花も雑草もすくすくと育っていくんだなぁ・・・・・(ため息)」

と嬉しいやら悲しいやらでぼ~っとしてしまうのです(笑)  しかも・・・・です。  雨模様のこの季節の山小舎の朝晩っていうのは結構寒いんですよね~。  で、雨が降っているから当然のことながら「材木の玉切り」とか「薪割り」といった補充作業もできないまま、ひたすら在庫の薪を消費することになってしまうというのが、これまた痛いところです。  そうそう、やらなくちゃいけないことの1つに煙突掃除っていうのもあったっけ・・・・・。  そろそろ To Do List に入れておかなくちゃ!!  でもまだまだ薪ストーブを使う可能性のある間はそれもできやしない!! ^^;        

ここLothlórienで週末を過ごすようになって今年の春で3年目に突入した KiKi。  季節季節のイベントや労働にもようやく慣れてきて、薪ストーブの扱いにも慣れてきて・・・・・・と思っていたら、慣れっていうのは本当に恐ろしいものです。  今回の滞在中、薪ストーブに薪を投入していて、ふと気がついた時には腕が薪ストーブの薪投入口の扉にチョコっと触れて、火傷をしてしまいました ^^;  

幸い、Lothlórien_山小舎には日焼け時のスキンケア用のアロエジェルが置いてあるし、触れたといってもほんのちょっとだけだったから大事には至らなかったのですが、考えてみれば燃焼時には300℃前後にチンチンに焼けている鋼鉄に触れちゃったわけだから、そりゃあ火傷の一つや二つ、いつしてもおかしくなかったわけで・・・・・。  改めて「気を引き締めなくちゃ!」と反省した次第です。

ま、そんな中、ちょっぴり小雨になった瞬間に庭や畑の見周りに出てみました。  そして発見した植物の成長力のすごさをご紹介しておきたいと思いますね。

2010_May18_035.jpg  植えた直後のジャガイモ畑

2010_Jun3_003.jpg 今週のジャガイモ畑

 

2010_May18_029.jpg 植えた直後の野菜畑

2010_Jun3_001.jpg 今週の野菜畑

 

2010_May18_020.jpg 先週のホスタ

2010_Jun3_016.jpg 今週のホスタ

 

2010_May18_015.jpg 先週のホスタ(サガエ)

2010_Jun3_015.jpg 今週のホスタ(サガエ)

なかなか芽が出なくてヤキモキしていた育苗箱(ハーブやら朝顔やら)も今週はこ~んな感じ(↓)です。

2010_Jun3_009.jpg

2010_Jun3_011.jpg  2010_Jun3_012.jpg

うんうん、ここまではなかなかいい感じです。  問題はこの後どんな成長を見せてくれるか?  はたまたうまく育てられなくてがっかりしゃうか? ではあるのですけどね(笑)  

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