里の在処 内山節

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本日の KiKi の読了本も図書館で借りてきた内山節さんの作品です。  そもそも内山さんを知ることになったきっかけ、このエントリーでご紹介した You Tube の動画とほぼ同じことをエッセイ風に綴った1冊です。

里の在処
著:内山節  新潮社

518TB1WR96L__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

群馬県の神流川上流にある上野村。  山深い里の古い農家にひとり、居を構え、畑を耕し、薪を割り、餅をつき、村人と語り合う哲学者・内山節の日々―。  村人の小さな事件に立会い、自然の営みを凝視しながら、人間の根源を深く見つめる長編エッセイ。  生きていることの実感と季節の移ろいを濃やかに描いた、待望の一冊。  (Amazon より転載)

最近では「LOHAS」という言葉や「スローライフ」という言葉がもてはやされ、田舎暮らしが一種のブームのようになっているところがあると思います。  実際、KiKi がLothlórien_山小舎暮らしを模索し始めた頃、そして今も、多くの東京の友人たちが

「いいよね~、自然がたっぷりあるところでのんびりできるって!」

「優雅だよね~。  そんな素敵な場所で(と言いつつ、そこがどんなところかは知らない 苦笑)、ピアノを弾いたり読書をしたりして、ハーブなんかをいっぱい育てて、3時にはハーブティーなんかをとっておきのカップで飲んだりしたら、浮世のストレスなんて忘れちゃうよね。  憧れちゃうなぁ。」

「夏はクーラーなしでも過ごせるんでしょ。  東京にいると信じられない世界だよね。  いいなぁ。」

な~んていうことを言われます。  そしてそんな言葉を聞くと正直なところ KiKi は 

「あ、えぇ、まぁ・・・・・。」 

と返事に窮してしまいます。

と言うのは実際のところ「自然がたっぷりあるところ」はのんびりできるところとは程遠く、山にいる時間、 KiKi は優雅とは程遠い時間を過ごしているし、3時にリビングかどこかでのんびりとお茶なんてしていることは滅多にないし(真夏は熱射病にならないように、家に上がっていることはあるけれど)、爪の間に土が残っているような手ではとっておきのカップなんて出す気分には到底なりません ^^;   確かに夏は涼しくて過ごしやすいけれど、そんな気持ちの良い季節はホント短くて、長くて寒い冬はなかなか辛いものがあります。  (まあ、その代わり冬の山小舎暮らしはある意味、忙しくないためにそれこそ「優雅」な時間を過ごすことも少しは可能ですが・・・・・笑)

友人たちがイメージしているシーンは都会人が避暑地のホテルに滞在してのんびりしているシーンか、本当の超お金持ちがお手伝いさんつきの別荘で、過ごしているシーンじゃないかと思うんですよね。  もちろん山小舎の使い方としてそういう使い方をしている人は KiKi の身近にもそれなりにいらして、例えばLothlórien_山小舎に一番近い「別荘族」のご一家は、観光基地みたいな感じで山小舎を利用され、夏ともなればバーベキューを楽しんでいらしたりします。

でも KiKi の山小舎暮らしはそんな都会の人たちがイメージするオシャレな世界とは一線を画しています。  だいたいファッションからして、丸一日作業着を着ていて、首には手ぬぐいを巻き、汗と土にまみれ、虫や雑草と格闘している世界なのです。  最近、KiKi はオフサイトでミーティングがあるとかなりラフな格好をして出かけることが多いのですが、そうするとそのミーティングの参加者は

「あれ?  今日は山から??  上から下までどう見ても山ファッションだよね?」

な~んていう風に声をかけてくるのですが、KiKi にしてみれば

「いやいや、これは都会人のアウトドアファッションではあるかもしれないけれど、山ファッションじゃないよぉ。  だいたい山ではかすり傷、切り傷を避けるために長袖のヨレヨレのTシャツで、こんなボタンダウンの半袖のシャツなんて着ないし、虫に刺されるのを防ぐためにモンペみたいな長ズボンで、七分丈のズボンなんてはかないし、足元だって長靴だよ。」 

と思うのです。 

 

どうも都会の人というのは田舎を「自然を愛でる場所」「慌しい都会とは異なりゆったりと時間が過ぎる場所」「癒しを求めて行く場所」というプロトタイプで見過ぎているような気がします。  でも実際の田舎暮らしっていうのは「自然を感じながら自然と折り合いをつけながら自然を体感する場所」ではあっても「自然を観賞する場所」ではないし、「ゆったりと時間が過ぎる場所」でもないし、観光ならいざ知らず、暮らすともなれば「癒しがどうしたこうした」な~んていうことを考えていられるほど悠長な世界ではなく「今、この時にやらなければならないことに追われまくる」場所だと思うのです。

それでも確かに感じられる満足感、充足感、そして居心地の良さ。  それがどこから来るのか、KiKi はなかなかそれを言葉にすることができずにいました。  と言うのも、ちょっと何かを説明しようとすると、言葉にした端から嘘っぽくなってしまうか、結局「田舎≒癒し」的な解釈をされてしまいそうな言葉しか見つからなかったのです。  でもね、この本はそれを上手に表現してくれています。

田舎暮らしの本当の姿、それはおよそオシャレとは程遠いし、ある種「隣は何をする人ぞ」的な生活が性に合っている人にとっては窮屈なところだろうと思うし、自分の都合よりは自然の都合が優先される、そんな生活です。  お金で解決する世界ではなく、何事も自力(人の助けを求めることも含め)で何とかする世界です。  この本ではそんなひとつひとつのエピソードが丁寧に語られています。

    

ところで・・・・・

KiKi は静岡県のとある町で育ちました。  今も両親はそこで暮らしており、そこには KiKi の実家と呼べる家があります。  それにも関わらず、KiKi は静岡のその町を「里」、「自分の帰りたい田舎」という風にはなかなか感じることができません。  決して両親と折り合いが悪いわけではありません。  それでも

「ここは何かが違う」

と思ってしまうのです。  正直なところ、KiKi はそんな風に感じる自分は何かが欠落している人間なのではないかと悩んだこともあります。  両親のことが心配だったり気になったりはするんですよ。  でもね、「何かが違う」という想いだけはどうしても拭うことができませんでした。  今回この本を読んでみて、KiKi はその「何か」が何だったのかわかったような気がします。  それは「あの町は KiKi の魂が帰りたがっている場所ではなかった」のです。  なぜならあの町は KiKi が育った時代のあの町からは大きく変わってしまいました。  そして、実家も KiKi が育った家は壊されて建てかえられ、その際に家具も買い換えられ、今の両親の家には KiKi の記憶にひっかかるものがほとんどないのです。  あるのは(というよりいるのは)両親だけ。

もちろん両親という存在はとても大切なものではあるけれど、両親と KiKi が共に過ごしてきた時間・空気のようなものの感じられない場所は「魂が帰りたがる場所」にはなれなかったのです。  Lothlórien_山小舎のある山村は KiKi が育った場所ではありません。  でも、あそこには KiKi が両親と共に過ごしてきた時間・空気のようなものを思い起こさせる多くのものがあります。  山の景色もそう。  畑のある生活もそう。  あれやこれや不便な場所であることもそう。  星空もそう。  そして、虫や鳥の声もそう。  

今、私は問い返す。  私たちは、広い世界に目を奪われて、深い世界を失ったのではなかったのかと。  (中略)  しかし私たちは<里>と、都市やインターナショナルなものとは対立しているように教わった。  その結果、私たちは何を得たのか。  帰属だけがある。  だが所在不明。  

知性は訳知りだから、帰属の中に自分の存在を見つけ出す。  ところが魂は<訳>を超越している。  <訳>だけでは存在の場所を見つけ出せない。  

私たちは、20世紀の終わりになって、知性だけに依存したことの敗北を味わった。  知性に依存するとは、知性によってつくられた科学や技術、言語や概念、論理、政治や経済に依存することである。  知性がつくりだした人工的な世界に依存したといってもよい。  人間がつくりだしたものにのみ依存した生。  そのとき、人工的なものがつくられていく前からあった人間の根源的なものは、何に依存すればよいのだろうか。

知性がつくりだしたものは、こういう世界であった。  何か根源的なものが欠落している。  すべてが私たちの手の中にあるのに、つねに何かがない。  私たちの社会は、根源的なところで敗北していたのではなかったか。

こう語る内山さんに KiKi は共感を覚えるのです。

 

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2010年6月17日 19:59に書いたブログ記事です。

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