家守綺譚 梨木香歩

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家守綺譚
著:梨木香歩  新潮文庫

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庭・池・電燈付二階屋。  汽車駅・銭湯近接。  四季折々、草・花・鳥・獣・仔竜・小鬼・河童・人魚・竹精・桜鬼・聖母・亡友等々々出没数多・・・・・  本書は、百年前、天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ掉さしかねてる新米精神労働者の「私」=綿貫征四郎と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である。 -綿貫征四郎の随筆「烏蘞苺記(やぶがらしのき)」を巻末に収録。  (文庫本裏表紙より転載)

KiKi はね、昔から1つの憧れの立場(職業ではない)、生き方、立ち位置というものがありました。  それは明治時代の書生さん。  未だ何者でもない、何を成しているわけでもない、ある意味頭でっかちで一文の得にもならないようなことをああだこうだと考えている、この物語の中の「精神労働者見習い」みたいなポジショニングの人間。  お金はないけれど時間だけはたっぷりとあって、若さとわけのわからない自信と焦燥感を持て余しているようなそんな人間。  でもね、そんな言ってみれば中途半端なポジションに何故自分が憧れているのか、どうしてもうまく説明できない・・・・・そんな風に感じていました。  そしてこの本を読んだときに感じた最初の想いは「ああ、ここにその答えがあった。」というものでした。

日がな一日、憂いなくいられる。  それは理想の生活ではないかと。  だが結局、その優雅が私の性分に合わんのです。  私は与えられる理想より、刻苦して自力で掴む理想を求めているのだ。  こういう生活は、私の精神を養わない。

さっきは少し、自分に酔い、勢いを付けなければ誘惑に負けそうだった。  だがそれは大変失礼な態度でもあったと帰ってから分かった。  言葉足らずですまなかったと思っています。  私には、まだここに来るわけにはいかない事情が、他にもあるのです。  

現代的な合理的な価値観からすれば「何者でもない」とか「何も成していない」というのは、ある意味でとても怠惰な生き様・・・・・とも言えるかもしれない。  けれど・・・・・・。  自分が「精神を養う」という意識を薄れさせて世俗的な目的意識のみに突き動かされて生きているのが、それこそどうにも性分に合わない・・・・・・のだと。  そして書生という立場にその真っ只中にいる人というある種身勝手なイメージを重ねているから、憧れているんだと思った次第です。

  

でもね、KiKi の求めている「精神を養う」という行為はいわゆるスポ根ものの「根性論」とか、何事にも屈しない「自我の確立」とか、そういうものではなかったことに気がついたのが40を迎えようかという頃でした。  それまでの KiKi は KiKi なりに、例えば仕事の責任を果たすという行為の中で、例えば一見困難に見える問題解決を図るために諦めないという行為の中で、精神を養ってきているつもりだったんですよ。  子供時代に母親から言われた「あんたは夢見る夢子ちゃんだから、もっと現実的にならないといけない」という言葉や、父親から言われた「どんなことでもいいから、お前には何かを成し遂げてもらいたいと親は思っている」という言葉に直結した「何か」は形あるもの、わかりやすいもの、目に見えやすいもの、今の世の中で現実的と呼ばれる何かでなくちゃいけないと思い込んでいたようなところがあるんですよね~。

それがある意味で、「マンション」だったり、「グランドピアノのある生活」だったり、「会社組織の中でのそこそこ責任ある立場」だったりしたわけだけど、それをすべて手に入れたとき、ふと思ってしまったこと。  

「これが私の求めていたものだったんだろうか?  これが私の理想だったんだろうか?  これらのモノはともかくとして、私は何を得たんだろうか?」

そして、思い出したのはKiKi がまだ「夢見る夢子ちゃんだった時代」に漠然と思っていた「欲しいもの」は実は現実的な物質とか金銭とか社会におけるポジションではなかった・・・・・ということでした。  それは言葉ではうまく表現できないけれど「養われてきた頑強なる精神」とでも言いましょうか・・・・・。  何事にも流されず、どんな境遇になっても生き抜ける「逞しさ」「しなやかさ」とでも言いましょうか。

そしてその「逞しさ」や「しなやかさ」は例えていえば、「からくりからくさ」の蓉子のような、この「家守綺譚」の征四郎のような、すっと自然の中に自分を溶け込ませることができて、どんなできごとにも鷹揚に対応できる「したたかさ」・・・・・・のようなもの。

頭で「分かる」と考えることの限界を知る叡智のようなもの。  「分かっていないことを分かっている」と言える勇気のようなもの。  

最後の章の「葡萄を採る・採らない」はギリシャ神話やイザナギ・イザナミの物語にも出てくる「あの世の食べ物」を摂取したらこの世に戻ってくることができない に通じている彼岸・此岸と同じモチーフで、ある種の境目を越えるか越えないかの選択としてはあまりにも安易に且つ気軽に越えてしまえる一線で意味深です。  あわいの世界に何かのはずみで紛れ込んでしまったとき、自分だったら征四郎のように決然と「私の精神を養わないから」と楽園を拒否することができるかどうか・・・・・。  そしてもっと凄いと思うのは、それを提示してくれた相手を慮って謝罪に出向くことができるかどうか・・・・・・。

征四郎が求める「精神」の果てはいったいどこにあるんだろうか?  それは恐らく KiKi も求めているものだろうと思えるのだけれど、実体が掴みきれないだけにそれを目指すことのなんと苦しいことか・・・・・。  

何だか久々に夏目漱石の「夢十夜」を読み返したい気分になりました。  漱石だけではなく、何となく「明治の文豪」と呼ばれる人たちの作品へのノスタルジーをかきたててくれる本だと思います。   

      

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2010年7月13日 09:23に書いたブログ記事です。

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