2010年8月アーカイブ

今月は暑くて寝苦しい日が続いたということもあり、結構読書が進みました。  先月も積み残しということで再確認した内山節さんの本には結局、手がつけられなかったのが心残りと言えば心残りです。  

8月の読書メーター
読んだ本の数:23冊
読んだページ数:8606ページ

針さしの物語 (岩波少年文庫 (2136))針さしの物語 (岩波少年文庫 (2136))
針さしに刺されたきり出番のめっきり少なくなったブローチや留め針のお喋りという設定が何とも楽しいなぁ。  この時代の女性と針仕事というのがとても近しい関係だったことを彷彿とさせます。  「オパールの話」と「炎のかなたに」にはどことなく類似性が感じられます。  そして結構深いのが四季さんのコメントにもある「おもちゃのお姫さま」です。  詳細はブログにて
読了日:08月31日 著者:メアリ・ド・モーガン


ぼんぼん (岩波少年文庫)ぼんぼん (岩波少年文庫)
う~ん、この本は凄い!!  戦時中の話だからめちゃめちゃ暗いかと言えばそんなことはなく、あの時代の市井の人たちの暮らしぶり(とは言え、タイトルからもわかるように、どちらかというと裕福な家の子の話だけど)や、時代の空気感はちゃ~んと伝わってくるし、そして最後の最後で大阪空襲の悲惨さもきっちりと描かれていて、ぐいぐい引き込まれながら読み進めることができました。 構成もものすご~く凝っていると思うんですよね。  物語冒頭は昭和16年、主人公の小松洋(小学4年生)は中1のお兄ちゃん洋次郎に連れて行ってもらったプラ
読了日:08月30日 著者:今江 祥智


昭和史 戦後篇 1945-1989 (平凡社ライブラリー)昭和史 戦後篇 1945-1989 (平凡社ライブラリー)
これまで KiKi は昭和史に関連する本を一切読んでこなかったわけではないのですが、それは例えば「満州国」について書かれた本だったり、「日中戦争」に関して書かれた本だったり、「太平洋戦争」に関して書かれた本だったり、「東京裁判」に関して書かれた本だったり、「安保闘争」に関して書かれた本だったりと、ある意味で事象の1つ1つを捉えた本ばかりだったような気がします。  それらの既読本と比較してこの「昭和史 2冊セット」は非常によくまとまった「昭和通史」だったために、様々な事件が発生する時代の空気感、事件ごとの因
読了日:08月29日 著者:半藤 一利


ハゲタカ2(下) (講談社文庫)ハゲタカ2(下) (講談社文庫)
ドラマより数段面白い!!  そして今回この2作(ハゲタカ & ハゲタカⅡ)を読んで一番感じたのは久々に新渡戸稲造の「武士道」と坂口安吾の「堕落論」を読み返してみようかな・・・・ということです。  「ハゲタカ」でチャプターが変わるたびに新渡戸稲造の「武士道」からの引用があるのは何故か、正直なところ???だったのですが、このハゲタカⅡに結ぶための1つの伏線みたいなものでもあったのですねぇ・・・・・。  ただ逆にこのⅡで同じようにチャプターが変わるたびに坂口安吾の「堕落論」「続堕落論」からの引用があるのには「上
読了日:08月26日 著者:真山 仁


ハゲタカ2(上) (講談社文庫)ハゲタカ2(上) (講談社文庫)
ドラマより数段面白い!!  そして今回この2作(ハゲタカ & ハゲタカⅡ)を読んで一番感じたのは久々に新渡戸稲造の「武士道」と坂口安吾の「堕落論」を読み返してみようかな・・・・ということです。  「ハゲタカ」でチャプターが変わるたびに新渡戸稲造の「武士道」からの引用があるのは何故か、正直なところ???だったのですが、このハゲタカⅡに結ぶための1つの伏線みたいなものでもあったのですねぇ・・・・・。  ただ逆にこのⅡで同じようにチャプターが変わるたびに坂口安吾の「堕落論」「続堕落論」からの引用があるのには「上
読了日:08月25日 著者:真山 仁


ハゲタカ(下) (講談社文庫)ハゲタカ(下) (講談社文庫)
ドラマにしろ、この小説にしろ、「このど阿呆な国、全部買うてしもたるわ」「腐った日本を買い叩く」というある意味ショッキングなフレーズと、死肉を貪る「ハゲタカ」というイメージが強烈で、そこに善悪みたいな一見わかりやすくその実メチャクチャややこしい、日本人の好きな感情論が入り込む余地があるオハナシっていう感じがします。  又、Amazon のどなたかの書評に「みんな出来ればより安価なコストでそういう世界(億単位の金を動かして債権を買ったり、会社を買ったりというような世界)を知りたい、もっと言えば、誰か教えて、っ
読了日:08月24日 著者:真山 仁


ハゲタカ(上) (講談社文庫)ハゲタカ(上) (講談社文庫)
ドラマにしろ、この小説にしろ、「このど阿呆な国、全部買うてしもたるわ」「腐った日本を買い叩く」というある意味ショッキングなフレーズと、死肉を貪る「ハゲタカ」というイメージが強烈で、そこに善悪みたいな一見わかりやすくその実メチャクチャややこしい、日本人の好きな感情論が入り込む余地があるオハナシっていう感じがします。  又、Amazon のどなたかの書評に「みんな出来ればより安価なコストでそういう世界(億単位の金を動かして債権を買ったり、会社を買ったりというような世界)を知りたい、もっと言えば、誰か教えて、っ
読了日:08月22日 著者:真山 仁


八月の暑さのなかで――ホラー短編集 (岩波少年文庫)八月の暑さのなかで――ホラー短編集 (岩波少年文庫)
KiKi はね、どちらかというと「ホラー」っていうやつが苦手です。  でもね、昔はそんなには苦手意識がなかったはずなのです。  子供時代はポーの作品の愛読者でもあったぐらいですから・・・・・。  それがいつから苦手になってきたかと言えば、「背筋がゾクっとくるようなホラー」は決して苦手じゃないんだけど、「おどろおどろしく、グロテスクなホラー」はダメ、つまりあとがきで金原さんが仰っている「血や内臓が飛び散ったりする派手なホラー」っていうやつが苦手なのです。 今回この本を購入するに当たってはちょっとだけ迷いまし
読了日:08月20日 著者:


大日本帝国の時代―日本の歴史〈8〉 (岩波ジュニア新書)大日本帝国の時代―日本の歴史〈8〉 (岩波ジュニア新書)
この時代のことをあれこれ考える際に、どうしても世界規模の帝国主義動向のダイナミズムやら、一つ一つの戦争や事変のあらまし、さらにはそこで出てくる歴史的登場人物がどうした、ああしたということに捕われがちになります。  もちろんこの本でもそのあたりに関しては、比較的客観的な記述で説明されているとは思うのですが、それより何より今回この本を読んでいて KiKi が一番感じたこと。  それはもっと別のことでした。  それはアジアの小国日本が背伸びしながらも弱肉強食の帝国主義世界を相手にするために、払ってきた一般人の犠
読了日:08月17日 著者:由井 正臣


あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書 (新潮新書)あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書 (新潮新書)
前回の「昭和史」とこの本を2冊続けて読むことにより、ある意味でポイントになる様々な出来事の時間軸 & 因果関係みたいなものがある程度頭に定着できたような気がします。  まあ、それがいつまで持続できるのか?と言うと、最近の KiKi は甚だ心許ないんですけどね ^^;  この本で結構面白かったのは第1章の「旧日本軍のメカニズム」でしょうか。  まあ、こういうことは男子はそれなりに興味を持っていて知っていたりもするのかもしれませんが、少なくとも KiKi はこういう機会でもないと、自主的に調べてみようとは思え
読了日:08月16日 著者:保阪 正康


昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)
KiKi には子供がいないので、昨今の学校教育で歴史がどのように教えられているのか知る由もないのですが、少なくとも自分が学生だった時代には「昭和史」というのは「受験に必要な最低限の事件の名前と発生年、その概略のあらまし」のみを覚えるもの・・・・・・という位置づけだったと思います。  だから、この本の裏表紙に書かれているような「通史」としての理解とはかけ離れたものが昭和史の理解だったと言っても過言ではありません。  大人になってから「これじゃいかん!」と幾つかの本を試みに読んでみたことは何度もあるのですが、
読了日:08月16日 著者:半藤 一利


小人たちの新しい家―小人の冒険シリーズ〈5〉 (岩波少年文庫)小人たちの新しい家―小人の冒険シリーズ〈5〉 (岩波少年文庫)
文庫本のあとがき(訳者のことば)によれば、この最終話「小人たちの新しい家」はその前の「空をとぶ小人たち」から21年という年月を経たのちに再び書かれた物語なのだそうです。  発表されたのが1982年。  その時には既に「大人」と呼ばれる年代に入っていた KiKi は英文学を学んでいたとは言えども、この作品のことは一切知らず、気にも留めないで過ごしていたことになります。  今にして思えば当時の KiKi は花のお江戸で自由を満喫し、将来に対するさしたる不安も感じることなくコンパだなんだと浮かれていた時代です。
読了日:08月13日 著者:メアリー ノートン


空をとぶ小人たち―小人の冒険シリーズ〈4〉 (岩波少年文庫)空をとぶ小人たち―小人の冒険シリーズ〈4〉 (岩波少年文庫)
この物語はいいなぁ・・・・・。  大人になった今、こうやって読み返してみる(ひょっとするとこの2冊は初めてかもしれないけれど)と、本当に大切なことが数多くこの物語には含まれていると感じられます。  自らの手を使って工夫をしながら生活を豊かにするということ、自分の力で自分の生き様を守り構築していくということ、生きていくためにそして生活を継続させるために何かを選択する際に必要な覚悟について、勇気と無謀の違いについて・・・・・・そういうことが、この小人一家を見舞う災難とそれに伴う冒険の描写の中でさりげな~く書か
読了日:08月11日 著者:メアリー ノートン


川をくだる小人たち―小人の冒険シリーズ〈3〉 (岩波少年文庫 (064))川をくだる小人たち―小人の冒険シリーズ〈3〉 (岩波少年文庫 (064))
この物語はいいなぁ・・・・・。  大人になった今、こうやって読み返してみる(ひょっとするとこの2冊は初めてかもしれないけれど)と、本当に大切なことが数多くこの物語には含まれていると感じられます。  自らの手を使って工夫をしながら生活を豊かにするということ、自分の力で自分の生き様を守り構築していくということ、生きていくためにそして生活を継続させるために何かを選択する際に必要な覚悟について、勇気と無謀の違いについて・・・・・・そういうことが、この小人一家を見舞う災難とそれに伴う冒険の描写の中でさりげな~く書か
読了日:08月10日 著者:メアリー・ノートン


野に出た小人たち―小人の冒険シリーズ〈2〉 (岩波少年文庫)野に出た小人たち―小人の冒険シリーズ〈2〉 (岩波少年文庫)
第1作の「床下の小人たち」の最後で永年住みなれた大きな家を追い立てられた「借り暮らしの人たち」が野原へ脱出し、危険と隣り合わせの自由な世界の中でアレヤコレヤと珍騒動が持ち上がるのが「野に出た小人たち」なんですけど、この第2作では「借り物」をする相手(≒ 人間)がほとんど出てこないためにちょっと1作目とは雰囲気が異なります。  この「野に出た小人たち」から登場する正体不明(?)の小人族の1人、スピラーがいい味を出しています。  なんていうか、生命力にあふれた「タフガイ」っていう感じなんですよね~(笑)
読了日:08月09日 著者:メアリー ノートン


床下の小人たち―小人の冒険シリーズ〈1〉 (岩波少年文庫)床下の小人たち―小人の冒険シリーズ〈1〉 (岩波少年文庫)
この本を初めて読んだころ、KiKi もちょうど箱に入れて大切にしていたボタンをなくしてしまった直後でした。  当時の KiKi は洋服と言えば親戚のお下がりばかり・・・・だったのですが、そのボタンがついていた服はそんな中、珍しくも KiKi のために新品を購入してもらったもので、さすがにその頃にはもう小さくて着られなくなってしまい、ボタンだけをまるで宝物のようにしてとっておいたのです。  その大切なボタンの行方がわからなくなってしまったことは当時の KiKi にしてみると大事件で何日も何日も家中を探し回り
読了日:08月07日 著者:メアリー ノートン


村田エフェンディ滞土録 (角川文庫)村田エフェンディ滞土録 (角川文庫)
ああ、この物語は好きだなぁ・・・・。  正直なところ「沼地の~」にはあまり感銘を受けなかった KiKi にとって、次の梨木作品に手を出すのにはささやかな抵抗・・・・というか、迷い・・・・のようなものがあったんですよね~。  でも、この物語はあの「沼地の~」を読んだ時点で感じた居心地の悪さみたいなものとは無縁でした。  今から遡ること百年以上前の土耳古(トルコ)を訪れた、古き良き日本人の美徳を満々と湛えたような留学生・村田エフェンディの、かの地で出会った各国から訪れた人々とのかけがえのない邂逅と離別の物語で
読了日:08月06日 著者:梨木 香歩


王女グリンダ〈下〉 (中公文庫)王女グリンダ〈下〉 (中公文庫)
この本と「デル戦」との関係を正しく理解しないまま読み始めた KiKi は途中で頭が???に・・・・・。  「デル戦」ではシェラの正体を初めて知ったシャーミアンが激昂のあまり剣を抜き、イヴンがそのシャーミアンの前に立ちはだかり回復不能な傷を負ってしまい、そのイヴンの傷をリィが不思議な力で治し・・・・となっていたはずだったのに、この物語ではそんなことが起こりようのない設定になっているじゃありませんか!!  おまけにシェラが育った場所の設定も異なるし、何がどうしてどうなっているんだ??と混乱してしまったのです。
読了日:08月04日 著者:茅田 砂胡


王女グリンダ〈上〉 (中公文庫)王女グリンダ〈上〉 (中公文庫)
この本と「デル戦」との関係を正しく理解しないまま読み始めた KiKi は途中で頭が???に・・・・・。  「デル戦」ではシェラの正体を初めて知ったシャーミアンが激昂のあまり剣を抜き、イヴンがそのシャーミアンの前に立ちはだかり回復不能な傷を負ってしまい、そのイヴンの傷をリィが不思議な力で治し・・・・となっていたはずだったのに、この物語ではそんなことが起こりようのない設定になっているじゃありませんか!!  おまけにシェラが育った場所の設定も異なるし、何がどうしてどうなっているんだ??と混乱してしまったのです。
読了日:08月03日 著者:茅田 砂胡


伝説の終焉〈6〉―デルフィニア戦記 第4部 (中公文庫)伝説の終焉〈6〉―デルフィニア戦記 第4部 (中公文庫)
いや~、さすがに長かったですぅ・・・・。  でも、最後までとってもスピード感を持って読み進めることができました。  あちらこちらに突っ込みどころは満載だし、途中までは誰が誰だかわからなくなってしまうこともあった(だって何となく主要登場人物のキャラが似ているんだもん・・・・ ^^;)りしたけれど、さすがに全巻、皆さんとお付き合いしてくると最後にはそれぞれのキャラの特徴みたいなものもはっきりしてきてよかったです。  特にこの第4部はデルフィニアが迎えた最大級の動乱とそのデルフィニアを勝利に導いた勝利の女神の伝
読了日:08月02日 著者:茅田 砂胡


伝説の終焉〈5〉―デルフィニア戦記第4部 (中公文庫)伝説の終焉〈5〉―デルフィニア戦記第4部 (中公文庫)
いや~、さすがに長かったですぅ・・・・。  でも、最後までとってもスピード感を持って読み進めることができました。  あちらこちらに突っ込みどころは満載だし、途中までは誰が誰だかわからなくなってしまうこともあった(だって何となく主要登場人物のキャラが似ているんだもん・・・・ ^^;)りしたけれど、さすがに全巻、皆さんとお付き合いしてくると最後にはそれぞれのキャラの特徴みたいなものもはっきりしてきてよかったです。  特にこの第4部はデルフィニアが迎えた最大級の動乱とそのデルフィニアを勝利に導いた勝利の女神の伝
読了日:08月02日 著者:茅田 砂胡


デルフィニア戦記 - 第IV部 伝説の終焉4 (中公文庫)デルフィニア戦記 - 第IV部 伝説の終焉4 (中公文庫)
いや~、さすがに長かったですぅ・・・・。  でも、最後までとってもスピード感を持って読み進めることができました。  あちらこちらに突っ込みどころは満載だし、途中までは誰が誰だかわからなくなってしまうこともあった(だって何となく主要登場人物のキャラが似ているんだもん・・・・ ^^;)りしたけれど、さすがに全巻、皆さんとお付き合いしてくると最後にはそれぞれのキャラの特徴みたいなものもはっきりしてきてよかったです。  特にこの第4部はデルフィニアが迎えた最大級の動乱とそのデルフィニアを勝利に導いた勝利の女神の伝
読了日:08月02日 著者:茅田 砂胡


デルフィニア戦記 - 第IV部 伝説の終焉3 (中公文庫)デルフィニア戦記 - 第IV部 伝説の終焉3 (中公文庫)
いや~、さすがに長かったですぅ・・・・。  でも、最後までとってもスピード感を持って読み進めることができました。  あちらこちらに突っ込みどころは満載だし、途中までは誰が誰だかわからなくなってしまうこともあった(だって何となく主要登場人物のキャラが似ているんだもん・・・・ ^^;)りしたけれど、さすがに全巻、皆さんとお付き合いしてくると最後にはそれぞれのキャラの特徴みたいなものもはっきりしてきてよかったです。  特にこの第4部はデルフィニアが迎えた最大級の動乱とそのデルフィニアを勝利に導いた勝利の女神の伝
読了日:08月01日 著者:茅田 砂胡

読書メーター

ぼんぼん 今江祥智

| コメント(0) | トラックバック(0)

このエントリーでお話した新刊ラッシュの岩波少年文庫で購入したばかりの1冊を読了しました。  この本はまさにこの日(8月12日)に仕入れてきたばかりの1冊です。  で、今年の KiKi の「終戦記念日付近であの時代を考えてみる企画」(← いつから企画になったんだ???っていう感じでしょうか?  でも、ブログでエントリーを書くという形ではお初っぽいかもしれませんが、一応 KiKi の年間スケジュールとしてはこれってもう何年も続いている恒例企画なのです 笑)は一旦ここで終了です。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

ぼんぼん
著:今江祥智  岩波少年文庫

41wShbIId6L__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

洋が小学3年生の年、突然おとうちゃんがたおれた。  そして、戦争がはじまった。  軍国主義の波にもまれながらも、ほのかな恋心にめざめる少年の成長を、元やくざの佐脇さんが見守る。  大阪弁にのせて、人間の真実にせまる作者の代表作。  (文庫本裏表紙より転載)

う~ん、この本は凄い!!  戦時中の話だからめちゃめちゃ暗いかと言えばそんなことはなく、あの時代の市井の人たちの暮らしぶり(とは言え、タイトルからもわかるように、どちらかというと裕福な家の子の話だけど)や、時代の空気感はちゃ~んと伝わってくるし、そして最後の最後で大阪空襲の悲惨さもきっちりと描かれていて、時に笑い、時にハラハラし、時にじ~んとくるといった感じで、物語の世界にぐいぐい引き込まれながら読み進めることができました。

構成もものすご~く凝っていると思うんですよね。  物語冒頭は昭和16年、主人公の小松洋(小学4年生)は中1のお兄ちゃん洋次郎に連れて行ってもらったプラネタリウムで、10万年後には北極星が北にはないことを知るというエピソードで始まります。  でね、これは彼らにとっては大問題なんですよ。  だって、学校では北極星は必ず北にあると教えられてきたのですから。  この日、2人の兄弟は「この世に確かなもの、永遠に変わらないものなど実はないらしい。」ことを知るんです。  とは言うものの、それはすぐ先にあることではなくて10万年後のことだから、まあいいかと一時は思うんですけど、その直後に父親が病没し、それを追うように祖母も亡くなります。  そしてその年の暮れには日本は米英との戦争に突入します。  

でも、それは最初のうちは、どこか遠くの場所で行われている出来事なので、洋君一家の生活をさほど脅かすことはありません。  まして、大本営の発表だけを聞いていれば(そして実際もそうなんだけど)洋君が大好きな相撲取りのいる部屋の力士が連戦連勝しているのと同じく、日本は勝ちっぱなしなのですから。  でも、少しずつ何かが変わり始めます。  まずはお兄ちゃんの雰囲気が変わり、ノートの紙質が悪くなり、食糧が乏しくなり、人びとの笑顔が少なくなり、最後には大阪大空襲で家も町もなくなってしまうんです。  でもね、そこに至るまで洋君は実に生き生きと生活しているんですよ。  まあ、洋君が生き生きとしていられるのは「みごとに堅気の人ではない」佐脇さんという大人の男の人が同居していて、大きな翼で彼ら母子家族を影に日向に見守ってくれているから・・・・・というのが大きいんですけどね。  

俗に言う戦争文学であるにも関わらずどことなく明るいのは、語り口にもあると思うんです。  この物語の大半は大阪弁で語られているんですけど、ポンポン機関銃のように飛び出してくる大阪弁じゃなくて、どことなくのほほんとしているんですよ。  で、ついでに洋君がけっこう飄々とした男の子なので、どこかちょっととぼけているというか、トンチンカンというか、そんなところのある子なんです。  で、もっと言えばこの洋君、未だに「男」ではなくて「男の子」だもんだから、あの時代にあってしてもプチ恋愛というか、女の子との触れあいを必要以上に避けようと不自然になるわけでもなく、かといってませているわけでもなく、何とも自然体・・・・というか、不器用というか、微笑ましいというか・・・・・(笑)

 

ちょっと間があいてしまったのですが、「戦前 & 戦中篇」に続く「戦後篇」をようやく読了することができました。  どちらも結構な厚さの本ではあったのですが、好奇心を持続しながら読むことができた昭和通史の1冊だと感じます。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

昭和史 1945 - 1989
著:半藤一利  平凡社ライブラリー 

41FmSXnSB4L__SX230_.jpeg (Amazon)

授業形式の語り下ろしで「わかりやすい通史」として絶賛を博した「昭和史」シリーズ完結篇。  焼け跡からの復興、講和条約、高度経済成長、そしてバブル崩壊の予兆を詳細にたどる。  世界的な金融危機で先の見えない混沌のなか、現代日本のルーツを知り、世界の中の日本の役割、そして明日を考えるために、今こそ必読の一冊。  毎日出版文化賞特別賞受賞。  講演録「昭和天皇・マッカーサー会談秘話」を増補。   (文庫本裏表紙及び Amazon より転載)

これまで KiKi は昭和史に関連する本を一切読んでこなかったわけではないのですが、それは例えば「満州国」について書かれた本だったり、「日中戦争」に関して書かれた本だったり、「太平洋戦争」に関して書かれた本だったり、「東京裁判」に関して書かれた本だったり、「安保闘争」に関して書かれた本だったりと、ある意味で事象の1つ1つを捉えた本ばかりだったような気がします。    

それらの既読本と比較してこの「昭和史 2冊セット」は非常によくまとまった「昭和通史」だったために、様々な事件が発生する時代の空気感、事件ごとの因果関係をリアルに感じながら読み進めることができたと思います。  ちょっと笑っちゃったのが KiKi の所持本の1冊「昭和史 著:遠山茂樹 今井清一 藤原彰  岩波新書」に関して評論家の亀井勝一郎さん & 半藤一利さんの会話

「あの本を読んだかね?」 「読みました」  「面白いかね」 「いやぁ、くそ面白くもありません」  「どこが一番悪いと思うかね」 「あそこには血の通った人間が書かれていません」 「そうか君もそう思うか」

というのが紹介されていて、実は KiKi はこの本は学生時代から何度もチャレンジしているものの、ただの一度もちゃんと読み通すことができていなかったのですけど、その理由はやっぱり面白くなかったからだったのか!と得心できちゃったこと(笑)  やっぱり歴史は、そこでうごめく人たちの「人間」が感じられないと、学生時代の丸暗記系の読み物になっちゃうんですよね~。

この「戦後篇」は後半になると自分が生きてきたリアルな時代の記述がバンバンと出てきて、その頃は当然のことながら KiKi も子供だったので、断片的 & ショッキングなニュース映像だけは頭に残っていたものの「それがどんな出来事だったのか?」を深く考えずにここまできてしまったようなことが多々あるわけですけど、それらがそこそこ整理できたような気がしたのも収穫でした。

 

つい先日、このエントリーで岩波少年文庫復刊60年記念で現在絶版状態の18冊が復刊されることに関してお話させていただきましたが、昨日 KiKi の手元に届いた「やかましネットワーク 40号」(岩波書店児童書編集部作成の小冊子;無料)に最終的に決定された復刊18冊が載っていました。

 1. 星のひとみ (トペリウス作、 万沢まき訳)
 2. ウサギどんキツネどん (ハリス作、 八波直則訳)
 3. ジュンとひみつの友だち (佐藤さとる作)
 4. 銀のスケート ハンスブリンカーの物語 (ドッジ作、 石井桃子訳)
 5. 隊商 キャラバン (ハウフ作、 高橋健二訳)
 6. 木曜日はあそびの日 (グリパリ作、 金川光夫訳)
 7. 火の鳥と魔法のじゅうたん (ネズピット作、 猪熊葉子訳)
 8. よろこびの日 ワルシャワの少年時代 (シンガー作、 工藤幸夫訳)
 9. ささやき貝の秘密 (ロフティング作、 山下明生訳)
10. 合言葉は手ぶくろの片っぽ (乙骨淑子作)
11. 海のたまご (ボストン作、 猪熊葉子訳)
12. 闘牛の影 (ヴォイチェホフスカ作、 渡辺茂男訳)
13. 夜が明けるまで (ヴォイチェホフスカ作、 清水真砂子訳)
14. 地下の洞穴の冒険 (チャーチ作、 大塚勇三訳)
15. 石の花 (バジョーフ作、 佐野朝子訳)

これ(↑)が前回、ご紹介した既に決定されていた復刊本リストだったんですけど、残り3冊は以下のようなラインナップになっています。

16. キュリー夫人 (ドーリー作、 光吉夏弥訳)
17. バラとゆびわ (サッカレイ作、 刈田元司訳)
18. ニーベルンゲンの宝 (シャルク作、 相良守峯訳)

いや~、なかなか錚々たる顔ぶれですねぇ。  しかも、しかも、です。  どうやら今回のこの復刊では「特別装丁で」一斉販売されるとのこと。  これまでもあった特別装丁の「特装版」(1990年) & 「復刻版」(1992年)はきっちりと押さえている KiKi としては、これは悩ましいところです。  だってねぇ、18冊のうち4冊は「特装版」 もしくは 「復刻版」と被っているんですよね~。  「特装版」 も 「復刻版」もとっても素敵な装丁だっただけに、それが揃っているっていうのはそれだけで KiKi としてはニンマリしちゃうようなところがあるんですよ。  

である以上、これはきれいにセットで揃えたい(被っていてもOKと割り切って)という気持ちが半分、まあ今回は今のところ18冊という中途半端さ(かつての2種類の特別装丁のシリーズは共に30冊という非常にキリのよい冊数だった)であることを考えると、これはこのあと追加の12冊が企画されやっぱり30冊になるのか、はたまた今回はこの中途半端なまんまでいこうとしているのか、をきちんと見極めたうえで、どうするか決めようという気持ちが半分。  ま、要するにその辺がはっきりしていないために、どんな資金繰りを考えればいいのか判然としないで困っているっていう感じです。

これに追加で、同じこちらのエントリーでこれら18冊の復刊とは別に新訳で出る予定の物語としてザルテンの「バンビ」とロダーリの「チポリーノの冒険」をご紹介してあったんですけど、これに追加で(もしくは「チポリーノの冒険」はお蔵入り???  そのあたり判然としません。  何せ岩波さんが出している刊行物で記述内容に違いがあるので・・・・・)、バーネット夫人の「小公子」 & 「小公女」の新訳の準備も進んでいるようです。

う~ん、そうなってくるとかえすがえすも残念なのは「アンクル・トムの小屋」とか、「黒馬物語」とか、「ジャングル・ブック」とか、「ワンダ・ブック」とか、「せむしの小馬」とか、「ジェーン・アダムスの生涯」とか、「アンナプルナ登頂」とか、とか、とか、とか・・・・・・、KiKi のお気に入りで現在絶版中の何冊かがリストに入っていないことなんですよね~。 

でね、今回判明した残りの3冊はどれもこれも「宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文展」で選ばれている作品ばかり・・・・・。  う~ん、やっぱり「あの宮崎監督が選んだ50冊なら読んでみよう」というような読者を目当てにして追加したラインナップってことですよね。  こうなることがわかっていたら宮崎さんには50冊なんてケチな選別ではなく100冊とか200冊とか選んでもらっておけばよかったんじゃないかというような気がしないでもない・・・・・^^;  (もっともこの50冊のうち、今回の復刊後も絶版状態になるものが約1割あるんですけどね)

ま、いろいろ残念だったり、頭が痛かったりと、複雑な心境でもあるのですが、総じて見ると KiKi にとっては非常に喜ばしい「創刊60年記念」となりそうです(笑)。 

 

えっとですね、KiKi は今、ようやく「昭和史(1945 - 1989) 著:半藤一利」を読み進めているのですが、その中でこんな文章に出会いました。

昭和21年で中学生の私などが非常に印象深いのは、11月16日、当用漢字が発表されたことです。  日本の文化が世界に劣っているのは、漢字が多すぎて、それも難しいのが原因である。  さらには教育の民主化のためもある。  といって全部かなにしてしまうと読みにくいので、当面使う漢字を1,850字に決めてしまおうという内閣告示がなされたのです。  いわゆる漢字制限ですね。  同時に、「てふてふ」を「ちょうちょう」とは読めないじゃないか、というのでかなづかいも「現代かなづかい」に改めました。  たとえば「塔」を「たふ」と読みがなをふるのは意味があるからなのですが、それも無駄である、と旧かなづかいは否定されてしまいました。  (P. 205-6)

当然のことながら KiKi は「当用漢字 & 現代かなづかい」教育世代の人間ですから、それ以前の日本語の書き言葉というのは、書物を通してしか知らないわけですが、それはさておき、実は今日はこの文章に「え?」と引っかかってしまったのです。  

そもそも「日本の文化が世界に劣っているのは、漢字が多すぎて、それも難しいのが原因である。」って、これ、どういう理屈なんでしょう???  文字文化が豊富で難しい漢字を読んだり書いたりできるとどうして「文化が世界に劣っている」ことになってしまうのか、KiKi にはさっぱり理解できません。  逆に言えば、KiKi は「合理性」という観点からすれば英語ほど「合理的」な言葉はないと思っていて、アルファベットの数は少ないは、ラテン系の言葉みたいに名詞に男性や女性はないわ、でさすが「歴史が浅く文化(文明ではない)の乏しい国の言葉はシンプルなものだ」と逆に思ったりするんですけどねぇ・・・・・(苦笑)  

↑ 補足

英語はアメリカのみならず、イギリスでも使用されていますが、例えばシェイクスピアの英語なんかは「現代英語」の知識だけでは読めません。

ま、そんな米国批判が今日のお題ではなく、メインになるのは太字部分です。  以前、このエントリーでもお話したとおり、KiKi は小学生の低学年の頃に「旧かなづかい」との初邂逅を果たしているのですが、そのときに「なぜ、てふてふと書いてちょうちょうと読むのか?」を疑問に思ったものの、それを調べることもせず、未だに放置しっぱなしで挙句の果てに

発音と書き文字がほぼ一致している現代文とはちょっと違う、日本人のどことなく非合理的な精神の産物みたいな旧仮名文字。

とまで言っちゃったりしていたわけですが(^^;)、ここで半藤さんから「意味がある」と言われてしまうと、それは日本人としてちゃんと理解しておきたい気分になってしまったのです。  そこでまず「てふてふ」をググってみました。  するとこんなページにヒットしました。 

ほぉ!!!!  こりゃ面白い!!!!

 

たまたま今日、Amazon をチェックしていたら、KiKi にとってと~っても悩ましいニュースが載っていました。  な、な、なんと、あの上橋菜穂子さんの、あの「獣の奏者」の、外伝が出るらしい!!!!  詳細はこちらです。

51OVVzCoApL__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

120万部突破の人気シリーズ「外伝」登場。  エリンとイアルの同棲時代、師エサルの若き日の苦い恋、息子ジェシのあどけない一瞬......。  本編では明かされなかった空白の11年間にはこんな時が流れていた!

 

で、上橋さんのコメントもあってそれは


ずっと心の中にあった
エリンとイアル、エサルの人生――
彼女らが人として生きてきた日々を
書き残したいという思いに突き動かされて書いた物語集です。
「刹那」はイアルの語り、「秘め事」はエサルの語りという、
私にとっては珍しい書き方を試みました。
楽しんでいただければ幸いです。

というもの。  いや~、これは楽しみです。  因みに予定発売日は2010年9月4日とのこと。  でも KiKi がこの本を読むことができるのはいつになることやら・・・・・・ ^^;

因みに Amazon にはこんな特集ページまでありました。  で、このページを目を見開いて眺めていたら「獣の奏者 外伝 刹那」を少し読む な~んていうリンクページがあって思わずクリック、クリック。  そしたらこ~んなページに繋がってしまいました。  ついつい調子に乗って読み始めちゃったので、結局最初の10ページのみ既読になってしまった・・・・・・ ^^;

う~ん、これは予約ボタンをポチッと押すことになってしまうんだろうか????  ああ、9月の図書購入費が恐い・・・・・・(汗)  10月に向けて「図書費予算支出」を抑えておこうと思っていた矢先だったのにぃ!!!!!  

ハゲタカⅡ 真山仁

| コメント(0) | トラックバック(0)

「ハゲタカ(上)(下)巻」に引き続き、その続編、「ハゲタカⅡ(上)(下)」巻を読了しました。  この本はハードカバーのときは「バイアウト」というタイトルだったものが、TVドラマヒットの影響で文庫本化された際に「ハゲタカⅡ」というタイトルになったらしい・・・・・ ^^;  いかにもっていう日本人っぽいマーケティング戦略(とさえ呼べないような気がしないでもない)に則ったネーミングに苦笑しつつ、本日のKiKi の読了本のご紹介です。

ハゲタカⅡ(上)(下)
著:真山仁  講談社文庫

41SunLx0+7L__SL500_AA300_.jpeg  41DXXtQ20CL__SL500_AA300_.jpeg
     (Amazon)                          (Amazon)

「いつか日本を買収(バイアウト)するーー」。  1年の海外放浪を経て、帰国した鷲津政彦が、まず標的(ターゲツト)に定めたのは、繊維業界の老舗「鈴紡」。  一方、鈴紡は元銀行員の芝野健夫を招聘し買収防衛を図る。  その裏に、かつての芝野の上司で、UTB銀行頭取、飯島の思惑があった。  激烈な買収戦争で最後に笑うのは?  (『バイアウト』改題)  (文庫本上巻裏表紙より転載)

鈴紡の次に、鷲津が狙いをつけたのは、巨大電機メーカー・曙電機だった。  曙は買収阻止と再建の切り札として芝野を頼る。  再び相対する二人。  攻める鷲津、守る芝野、さらにアメリカの有力ファンドも買収に参入し、事態は混沌としていく。  企業買収を舞台に、壮大なスケールで描いた話題作。  (『バイアウト』改題)  (文庫本下巻裏表紙より転載)

ドラマより数段面白い!!  そして今回この2作(ハゲタカ & ハゲタカⅡ)を読んで一番感じたのは久々に新渡戸稲造の「武士道」と坂口安吾の「堕落論」を読み返してみようかな・・・・ということです。  「ハゲタカ」でチャプターが変わるたびに新渡戸稲造の「武士道」からの引用があるのは何故か、正直なところ???だったのですが、このハゲタカⅡに結ぶための1つの伏線みたいなものでもあったのですねぇ・・・・・。  ただ逆にこのⅡで同じようにチャプターが変わるたびに坂口安吾の「堕落論」「続堕落論」からの引用があるのには「上手いなぁ・・・・」と感嘆しました。  KiKi は「ハゲタカ」を読んでいる時に「武士道」よりも「堕落論」の方が脳内イメージとしては濃厚に浮かび上がっていたようなところがあるだけに尚更です。

そう、そういう意味では「鷲津」さんを「武士」扱いする展開には正直なところ疑問が残るんですよね~。  まあ、これは KiKi 自身が「武士とは何たるか?」に関して、未だに定義できていないところに原因があるような気もするのですが・・・・・・。  武士及び武士道って KiKi にとってはある種の「美学」ではあるように感じられるけれど、それでも日本人のメンタリティの根幹を作っている「お国第一」というか、「寄らば大樹の陰」的な部分を熟成している根幹のような気もするし・・・・・・。  まあこれは KiKi が大嫌いな「正義」という言葉が頻発していることにも影響されているのかもしれません。

KiKi はね、「正義」という一見美しそうな、その実、正体不明な言葉ほど、自分の思考停止を招く危険な言葉はないと思っているんですよね。  「正義≒善」「正義≒正しいこと」「正義≒万人受け」みたいな安易さが正直なところ怖い・・・・・。      

ハゲタカ 真山仁

| コメント(0) | トラックバック(0)

先日、ドラマ & 映画の「ハゲタカ」を鑑賞し、これはぜひ原作本を読んでみたいと思いました。  幸いなことに文庫本化されていたし、最近の KiKi のお気に入りの E-Bookoff でお手ごろ価格で入手することができた(ついでに、これを購入すると配送料無料になる金額に到達できた! 笑)ので、早速購入してみました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

ハゲタカ (上)(下)
著:真山仁  講談社文庫

51Y4KKKJDWL__SL500_AA300_.jpeg  51B8SANSNXL__SL500_AA300_.jpeg
      (Amazon)                          (Amazon)

ニューヨークの投資ファンド運営会社社長・鷲津政彦は、バブル崩壊後、不景気に苦しむ日本に戻り、瀕死状態の企業を次々と買収する。  敵対するファンドによる妨害や、買収先の社員からの反発を受けながらも、鷲津は斬新な再プランを披露し、業績を上げていく。  企業買収、再生の真実を克明に描いた問題作。  (文庫本上巻裏表紙より転載)

企業再生が軌道に乗りはじめた頃、鷲津政彦は元銀行員・芝野健夫、老舗ホテルオーナーの娘・松平貴子と偶然出会う。  二人と接触を重ねるたびに、鷲津の過去が明らかになっていく。  そこに潜むある事件とは?  そしてニューヨークから日本に戻った鷲津の真意が判明した瞬間、驚愕のクライマックスが訪れる。  (文庫本下巻裏表紙より転載)

ドラマにしろ、この小説にしろ、「このど阿呆な国、全部買うてしもたるわ」「腐った日本を買い叩く」というある意味ショッキングなフレーズと、死肉を貪る「ハゲタカ」というイメージが強烈で、そこに善悪みたいな一見わかりやすくその実メチャクチャややこしい、日本人の好きな感情論が入り込む余地があるオハナシっていう感じがします。  又、Amazon のどなたかの書評に

みんな出来ればより安価なコストでそういう世界(億単位の金を動かして債権を買ったり、会社を買ったりというような世界)を知りたい、もっと言えば、誰か教えて、って思ってるわけです。

外資だ「ハゲタカ」だっていうけど、結局何なの?  彼らは何をやってるの?  どうやって儲けてるの?   彼らの目的は何なの?

そういった期待にいかに応えるか。  本書が目指しているのはそこです。  そして本書は実に適格にそれに応えている。   それはまさに元新聞記者の嗅覚のなせる業と言えるでしょう。

というものがありましたが、このコメントはホント言いえて妙だと感じます。  バブル崩壊後の様々な買収劇の中で「外資バッシング」みたいなことがあったことも懐かしく思い出されます。  あの頃 KiKi は思ったものでした。  この国は江戸時代からまったく変わらないメンタリティを持ち続けているんだろうか?  いや、なまじ中途半端に民主主義だの、資本主義だのを受け入れているだけに、事はもっと厄介だなぁ・・・・・と。  

KiKi は長く外資系の会社に在籍し、いわゆる「グローバル・スタンダード」というヤツの洗礼を受け、「国際会計基準」な~んていうものが出てくる前から、US GAAP ベースの会計に慣れ親しんでいたし、ファンド会社ではないけれど企業の M&A なんかにも関わる仕事をしてきたということもあって、鷲津さんたちの仕事のいわゆる「ロジック」に関しては嫌悪感やえげつなさを感じるよりも、ある種の共感みたいなものを覚えてしまうようなところがあります。

  

昭和史のお勉強をもう少し進めるためには、やはり日清・日露の両戦争とその時代の世界情勢をきっちりと頭に描きなおす必要があるように感じました。  ただ、そうなってくると振り返らなければならない事件があまりにも多く、言ってみれば「教科書的」にエッセンスを抽出してくれている本をまずは読みたくなってきます。  で、あれやこれや考えてみたのですが、そうなってくると「歴史のお勉強」をしている人たちの世代向けの本に目が向きます。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

大日本帝国の時代 (日本の歴史【8】)
著:由井正臣  岩波ジュニア新書

510284746JL__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

日清・日露の戦勝に酔いしれた近代国家日本は、その後急速に軍国主義化を強め、朝鮮や満州を植民地化して、ついに前後十五年にわたる無謀な戦争を強行した。  日本人はもとよりアジアの人びとに深い心の傷を負わせたこの戦争は、一体なぜ起こったのか?  その謎を解明しつつ、大日本帝国が今日に残した問題を考える。  (新書裏表紙より転載)

この時代のことをあれこれ考える際に、どうしても世界規模の帝国主義動向のダイナミズムやら、一つ一つの戦争や事変のあらまし、さらにはそこで出てくる歴史的登場人物がどうした、ああしたということに捕われがちになります。  もちろんこの本でもそのあたりに関しては、比較的客観的な記述で説明されているとは思うのですが、それより何より今回この本を読んでいて KiKi が一番感じたこと。  それはもっと別のことでした。  それはアジアの小国日本が背伸びしながらも弱肉強食の帝国主義世界を相手にするために、払ってきた一般人の犠牲(・・・・・と言うか、貢献・・・・と言うか)の大きさです。

明治維新後の生産性が高いとはまだまだ言い難いアジアの辺境国日本が大国清やロシア、果ては米英と戦争をするために、無理して大きな借金を抱えながら軍備をしたということ、私たちの祖先が生活していくのに最低限必要な物資さえも潤沢とは言い難い生活を続けながらそんな「お国」を支えていたということ、そこに発生していた「無理」を省みる余裕があったとはお世辞にも言えない歴史時間の中で、私たち日本人が置き去りにしてこざるをえなかったものの存在。  そして、そんな貧しい時代を経た人たちが拘らずにはいられなかった「豊かさ」の本質。  ・・・・・そんなことに想いを馳せる読書となりました。

その時代、もしくは戦後世代のやってきたことが「正しかった」とか「正しくなかった」とかそんなことではなく、今の「飢餓」とは無縁で、雨露を凌ぐ屋根や壁には守られ、次から次へと発売される「本当に必要なものかよくわからないもの」に囲まれた生活を送っている贅沢な日本人には想像することさえ難しいような貧しさの中を生き抜いてきた祖父・曽祖父・さらにはその前の世代の日本人にはホント、頭が下がります。  と同時に、そんな「我慢すること」が骨身に沁みついてしまっている世代の生き残りとも言える100歳を越えるお年寄りの方々が、所在さえわからないまま放置されても気がつかずにきてしまうようになった現代社会。  そこにあまりにも大きなギャップを感じずにはいられません。  

今年の八月の暑さは尋常ではないような気がするのは KiKi だけでしょうか?  昨年までは東京はともかくとして、少なくとも Lothlórien_山小舎 に行きさえすれば朝夕はとっても快適に過ごすことができていたのに、今年に限って言えばその時間帯であっても涼を感じられないことが何度もありました。  これから毎年これが続くのか、はたまた今年限りのことなのかはKiKi には予測もつかないのですが、もしもこれが続くのであれば今は設置していないクーラーを設置することを視野に入れなければなりません。  

ま、そんなクソ暑い(失礼 ^^;)日が続く中、岩波少年文庫創刊60年記念(?)で刊行されたこちらを読んでみました。

八月の暑さのなかで ホラー短編集
編訳:金原瑞人  岩波少年文庫

51HYkYemArL__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

英米のホラー小説に精通した訳者自らが編んだアンソロジー。  エドガー・アラン・ポー、サキ、ロード・ダンセイニ、フレドリック・ブラウン、そしてロアルド・ダールなど、短編の名手たちによる怖くてクールな13編。  全編新訳。  (文庫本裏表紙より転載)

KiKi はね、以前にこのブログでもお話したことがあったと思うけれど、どちらかというと「ホラー」っていうやつが苦手です。  でもね、昔はそんなには苦手意識がなかったはずなのです。  子供時代はポーの作品の愛読者でもあったぐらいですから・・・・・。  それがいつから苦手になってきたかと言えば、「背筋がゾクっとくるようなホラー」は決して苦手じゃないんだけど、「おどろおどろしく、グロテスクなホラー」はダメ、つまりあとがきで金原さんが仰っている「血や内臓が飛び散ったりする派手なホラー」っていうやつが苦手なのです。

今回この本を購入するに当たってはちょっとだけ迷いました。  だって副題に堂々と「ホラー短編集」って入っているし、帯には「脳みそも凍る13の物語」となっているんですもの・・・・・。  いかに岩波少年文庫全冊読破企画を遂行中とは言え、脳みそが凍っちゃうっていうのはちょっと困るし・・・・(笑)。  でもね、それでもこの本に手が伸びたのは偏に金原さんのあとがきにあった

血や内臓が飛び散ったりする派手なホラーは入れていないから、どうか安心して欲しい

の一言と、目次ページを見た時に感じた、デジャブ感に誘われて・・・・・ということがありました。  それにかつては愛読していたポーの作品に「こまっちゃった」な~んていうとぼけたタイトルがあったっけ???という目新しさも手伝っていたと思います。  因みにこの本には以下のような作品(13編)が収録されています。

もくじ
1. こまっちゃった  エドガー・アラン・ポー(原作)/金原瑞人(翻案)
2. 八月の暑さのなかで  W・F・ハーヴィー
3. 開け放たれた窓  サキ
4. ブライトンへいく途中で  リチャード・ミドルトン
5. 谷の幽霊  ロード・ダンセイニ
6. 顔  レノックス・ロビンスン
7. もどってきたソフィ・メイスン  E・M・デラフィールド
8. 後ろから声が  フレドリック・ブラウン
9. ポドロ島  L.P.ハートリー
10. 十三階  フランク・グルーバー
11. お願い  ロアルド・ダール
12. だれかが呼んだ  ジェイムズ・レイヴァー
13. ハリー  ローズマリー・ティンパリ
  訳者あとがき
         

以前、KiKi はこのエントリーで Ottava というインターネットラジオのご紹介をしました。  そしてそこから配信されている Podcast に関しても別のエントリーでさらっと触れたことがあるように思います。  この Ottava、とても良質な番組だと思うのですが、とっても残念なことにLothlórien_山小舎の通信環境では楽しむことができません(涙)。  で、その代わり・・・・・と言っては何ですが、Lothlórien_山小舎では iPod に入れた Podcast を楽しんでいます。

今日現在、その Ottava では以下の5つの Podcast が配信されているのですが、その中から1つ、今日は素敵な番組をご紹介したいと思います。

Ottava で配信中の Podcast (下の方に Podcast があります。)

Caffè celeste
Caffè bleu
Road to The Metropolitan Opera 2011 by KDDI
聴くオルセー ポスト印象派と同時代の音楽
Obama Speech TOKYO Classic MIX by OTTAVA

どれも楽しいプログラムなのですが、KiKi の最近のお気に入りはこの中の1つ、Road to The Metropolitan Opera 2011 by KDDI です。 

この番組、オペラに詳しい方向き・・・・というよりは、「オペラっちゅうもんに興味はあるけれど、何から聴いたらいいかわからないし、どんなもんだろう??」と思っている方にはピッタリじゃないかと思うんですよね。  最近では CD も DVD もずいぶん安くなってきたけれど、それでもやっぱりオペラは長いだけに普通のクラシック音楽のCDよりはちょっとお値段が嵩むし、大枚叩いて購入しても結局ほとんど聴かない・・・・・な~んていうことになりかねません。  でも、この番組であれば、iPod をお持ちじゃない方も Apple から無償で配布されている iTunes をダウンロードすればPC上でタダで楽しむことができるというのが一番美味しい所だと思うのですよ。

で、ついで・・・・・と言っては何ですけど、オペラの愉しみ方・・・・・みたいなものを日本人の音楽ジャーナリストさんが解説してくれているのも特にビギナーさんには心強いんじゃないでしょうか??  実はかく言う KiKi も時々初めて聞くような話が紹介されていて「へぇ!」と、何となく得したような気分になっているのです。  

いつまでこの番組が配信されるのか、その詳細を KiKi は知らないのですが、2011年6月に予定されているメトロポリタン歌劇場の日本ツアー(5年ぶり!)を目指してメットのお勉強をしましょう!という趣旨の番組のようなのでこの番組をず~っと聞き続ければ「ちょっとしたオペラ通になれる・・・・・かも(^^;) 」しれません。

2007年に放映された「土曜ドラマ ハゲタカ」 & 「映画 ハゲタカ」を6月21日から24日にかけて NHK Hi-Vision で再放送していました。  (ついでに言うと地上波でもついこの間、再放送をしていたらしい・・・・・ ^^;)  この番組、KiKi はリアルタイムでは観ていなかったのですが、結構評判がよかったと聞いていたし、せっかく再放送してくれているんだし(しかも映画とセットで!)ということで、一応録画しておいたんですよ。  でもね、KiKi にはよくあることなんだけど(^^;)、録画はしたもののず~っと放置したまんまでした。  

で、ふと気がついたら、他にも撮りだめしてあった番組も結構あって、KiKi のHDレコーダーがものすごい事になっていました。  このままではもうすぐパンクしてしまう!と冷や汗をかいた KiKi。  ま、てなわけで、今年のお盆は一挙に「ドラマ ハゲタカ」6本 & 「映画 ハゲタカ」を観てみました。

ハゲタカ(DVD)

51wm7-F6xUL__SL500_AA300_.jpeg  51-UcPJZMvL__SL500_AA300_.jpeg
  (Amazon)                           (Amazon)

バブル崩壊後、「失われた10年」と呼ばれる長いトンネルの闇に包まれていた日本に、風穴を開けにやって来た男がいた。  日本経済界で、外資系のファンドマネージャーとして暴れ回る男の名は、鷲津政彦(大森南朋)。  ビジネスとして外資的な合理主義を盾に、次々と日本企業に切り込み、買収していく様は、まさに死肉を漁る"ハゲタカ"であった。

一方、襲い来る"ハゲタカ"に敢然と立ち向かう男がいた。  旧態依然とした日本の体制にもがきつつ、懸命に日本企業を支え続けようとするエリート・バンカー、芝野健夫(柴田恭兵)。  日本初のターンアラウンド・マネージャー(企業再生家)として、企業再生の道を模索して行く。

同じ銀行の後輩・先輩でありながら、対照的な道を歩んだ二人の男。  会社を医者に例えるなら、徹底的な外科手術で患部を切り捨てていく鷲津と、あくまで内科治療による再生を目指す芝野。  「日本買収」ビジネスを巡る二人の男の野望と挫折を軸に、合理化、弱肉強食が叫ばれる今、日本の会社にとって本当に必要な治療法とは何なのか?を問いかける。  (ドラマ版;Amazon より転載)

 

誰かが言った。  人生の悲劇は2つしかない。  ひとつは、金のない悲劇。  もうひとつは、金のある悲劇。  世の中は金だ。  金が悲劇を生む...。  数々の受賞に輝く傑作ドラマが待望の映画化!  

"企業買収"をテーマにした真山仁原作のTVドラマ『ハゲタカ』の劇場版。  "ハゲタカ"の異名を持つ天才ファンドマネージャー・鷲津政彦と、"赤いハゲタカ"を名乗る中国系ファンドの使者・劉一華の大手自動車メーカーをめぐる買収戦争の行方を描く。  (映画版;Amazon より転載)

 

こういう「経済ドラマ」とか「ビジネス小説」って KiKi がまだ若くて、仕事に対する野心みたいなものを持っていた頃は好きだったんだけど、ある年齢を過ぎてからは「事実は小説 & ドラマよりも奇なり」みたいな気分になってきて、あんまり読んだり観たりしなくなっちゃっていました。  だいたいの場合、主人公にある種のプロトタイプ・・・・みたいなものがあるような気がしてきて、状況設定だけは異なるものの(まあ、そこが一番の見せ場ではあるんですけど)、何となく先が見えちゃうような気がしてきたっていうのもこういうものから距離を置き始めた理由でもありました。

でもね、いかに「事実は小説 & ドラマよりも奇なり」とは言っても、もちろん KiKi の仕事はこのドラマの鷲津さんなんかの世界と比べたらもっと刺激は少ないし、おままごとみたいな世界・・・・・ではあるんですよ。  ただ、実際に自分の頭を使い、手を使い、組織を使って成し遂げている仕事の方がリアルな刺激と脳内活性があるのは事実なわけで、お客さん的に観ている他人の仕事に憧れたり羨んだり同情したりしている余裕もなかった・・・・・というのが本当のところかもしれません。  だから今回、このドラマの第1回を見始めた時には、いくら世間の評判がいいからって正直さほど期待していなかったんですよ。  ところがどっこい、久々にこのドラマは面白かった!(笑)  なんていうか、「大人向けの硬質なドラマ」っていう感じがしました。

 

本来であれば「昭和史 戦後篇」を読み進めていくべきところだとは思うのですが、せっかく頭の整理が少しできたように感じられるところなので、「戦争関連本」を何冊か読んでおこうと思い立ちました。  で、とりあえず過去に一度は読んでいる本ではあるのですが、まずは比較的読みやすいところで「新書」にでも手を出してみようかな・・・・・と。  てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

あの戦争は何だったのか
著:保坂正康 新潮新書

51X42DF15BL__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

戦後六十年の間、太平洋戦争は様々に語られ、記されてきた。  だが、本当にその全体像を明確に捉えたものがあったといえるだろうか―。  旧日本軍の構造から説き起こし、どうして戦争を始めなければならなかったのか、引き起こした"真の黒幕"とは誰だったのか、なぜ無謀な戦いを続けざるをえなかったのか、その実態を炙り出す。  単純な善悪二元論を排し、「あの戦争」を歴史の中に位置づける唯一無二の試み。  (新書本扉頁より転載)

前回の「昭和史」とこの本を2冊続けて読むことにより、ある意味でポイントになる様々な出来事の時間軸 & 因果関係みたいなものがある程度頭に定着できたような気がします。  まあ、それがいつまで持続できるのか?と言うと、最近の KiKi は甚だ心許ないんですけどね ^^;  この本で結構面白かったのは第1章の「旧日本軍のメカニズム」でしょうか。  まあ、こういうことは男子はそれなりに興味を持っていて知っていたりもするのかもしれませんが、少なくとも KiKi はこういう機会でもないと、自主的に調べてみようとは思えない分野だったので・・・・・。  ただ、せっかく陸海軍士官の養成方法や徴兵制、軍隊の組織にまで触れるならさらにもう一歩踏み込んで、職業軍人の教育の核には何があり、徴兵制の中で(もしくは当時の時代の空気感の中で)、一兵卒がどんなメンタリティを持っていたのかにまで言及してくれるといいのになぁと思いました。

で、問題は第2章の「開戦に至るまでのターニングポイント」。  事実(起こったこと)を淡々と述べているあたりまでは、まあいいとして「真の"黒幕"の正体・・・・」という節で KiKi はびっくり仰天してしまいました。  この本は再読本だったはずなんですけど、こんな大事な(・・・・というかびっくりするような)ことが書かれていたことに何ひとつ注意を払ってこなかったなんて・・・・・・。  曰く、東條さんの「項目再検討会議」での海軍第一委員会の調査報告では当時の日本の石油の備蓄量は2年も持たないとの結論だったが、実は、日本には石油はあったのだ・・・・・・と。  それのみならず開戦理由の正当化をしたかった海軍が意図的にとある民間会社が海外で石油合弁会社を設立するというプロジェクトを立ち上げたのに、軍が圧力をかけて意図的に潰してしまったのだ・・・・・と。

  

そうなの?????

    

まあ確かに、著者が色々と書き並べている当時の状況から考えてみると、海軍にも開戦したい理由はいろいろあったかもしれないし、それはそれで一つの推論としてありえる話かもしれないとは思えるんだけど、ここでこの本の一番弱いところは、これを証明できる統計的データがあるわけでもなし(実ははっきりしたところは誰にもわからなかったのかもしれないけれど ^^;)、この話の論拠が「陸軍省軍務課にいたある人物によると・・・・」という甚だ心許ない出典だというところ。  にも関わらず、

太平洋戦争開戦について、最初に責任を問われるべきなのは、本当は海軍だったのである。

ってそんな乱暴な・・・・・ ^^; 

まあね、気持ちはわからなくもないんですよ。  だってあの東京裁判を見ても、戦犯として裁かれた人たちのほとんどは陸軍の人たちで、あたかも「海軍は良識派」みたいな風潮(空気?)があったけれど、それは疑問だとは KiKi も思っているし・・・・・。  ただねぇ、「真の黒幕」「裏の黒幕」「表面的な黒幕」ってそんなに拘る必要があるんでしょうか???

 

終戦記念日をはさみ、音楽にしろ読書にしろ、ちょっと重めのものを選択している今日この頃です。  ところで私たち日本人は8月15日を「終戦記念日」と呼んでおり、多くの行事もこの日に行われていたりもするのですが、厳密に言えば8月15日というのは昭和天皇の「玉音放送」の日なんですよね~。  あの「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」以外の部分は現代日本語の素養しかない KiKi にとっては文字で書かれたものを読まない限りは、何を仰っているのかさっぱりわからない難解な日本語に満ち満ちた昭和天皇の肉声が発せられた日です。

今回読了した「昭和史 1926 - 1945」を読み終わっての KiKi の率直な感想としては、本来我々日本人は9月2日のミズーリ号艦上で行われた「降伏文書調印の日」をもって「終戦記念日」とすべきなのではないか?・・・・・と。  未だに8月15日を「終戦記念日」としていることに日本人の陥りやすい「情緒重視」の側面を引きずり続けていると言うか、「あの戦争を真っ当に再評価しようとしていない姿勢」の一端のようなものを感じます。  ま、何はともあれ、本日の KiKi の読了本はこちらです。

昭和史 1926 - 1945
著:半藤一利  平凡社ライブラリー

31wUEYRbl2L__SX230_.jpg (Amazon)

授業形式の語り下ろしで「わかりやすい通史」として絶賛を博した「昭和史」シリーズ戦前・戦中篇。  日本人はなぜ戦争を繰り返したのか - 。  すべての大事件の前には必ず小事件が起こるもの。  国民的熱狂の危険、抽象的観念論への傾倒など、本書に記された五つの教訓は、現在もなお生きている。  同じ過ちを繰り返さないために、今こそ読み直す一冊。  (文庫本裏表紙より転載)

KiKi には子供がいないので、昨今の学校教育で歴史がどのように教えられているのか知る由もないのですが、少なくとも自分が学生だった時代には「昭和史」というのは「受験に必要な最低限の事件の名前と発生年、その概略のあらまし」のみを覚えるもの・・・・・・という位置づけだったと思います。  だから、この本の裏表紙に書かれているような「通史」としての理解とはかけ離れたものが昭和史の理解だったと言っても過言ではありません。  大人になってから「これじゃいかん!」と幾つかの本を読んでみたことは何度もあるのですが、多くの場合それらの本も1つ1つの事件(そこそこの期間を取り扱っていたにしろ)に主眼が置かれているため、更にはそれぞれの本の著者の私見に振り回され、「あっちの本ではこう言うし、こっちの本ではこう言うし、結局のところどうだったんだ?」と悩まされることが多く、正直なところ「さっぱりわからない!」というのが未だに KiKi の昭和史理解レベルです。  そういう意味ではこの本は頭の中を整理するのにはとても重宝しました。

現在販売されている様々な昭和史関連の書籍の個別タイトルとして、終戦記念日をはさむこの時期に放映されるTV番組の個別タイトルとして、歴史年表の1行の記述としてのみ頭に残っている様々な出来事がどのような因果関係にあるのか・・・・とか、そこでどんな人たちが何を考え、悩み、決断し(もしくは決断せずに)1つ1つの事件が発生したのかの概略はだいぶすっきりと整理できたような気がします。

欲を言えばこの本では、それなりの状況説明として当時の中国の状況やらソ連の状況、米英のスタンス等々に関してさらっとは書かれているのですが、ちょっと深みが足りないかな・・・・という印象です。  KiKi は当時の日本人が犯した様々な過ちを正面から見据える必要があるだろうとは思っているけれど、少なくとも戦争に至る道には「日本が単独で原因を作った」要素もあったかもしれないけれど、「相手があって、当時の価値観があって、自ずとできあがっていると見えた道程」みたいなものもあったはずだと思うのです。  そこをきちんと理解しなければ反省も学ぶこともできないのではないか・・・・・と。  もちろん KiKi は「当時の日本人は決して間違ってはいなかった」とは思っていないんですけどね。

 

今週末、KiKi は珍しいことに東京にいます。  なぜってそれは帰省ラッシュの渋滞には巻き込まれたくないから・・・・・ ^^;  本音を言えば体調のあまりすぐれない老親のことも心配だし、先日このエントリーでお話した草茫々のLothlórien_山小舎の庭も心配だし、未だにせっせと実りをもたらしてくれているインゲンも心配なんですよ。  でもね、さすがにあの殺人的とも言える渋滞ラッシュの中に身を置くことは KiKi にはできそうもありません。  だいたいにおいて大学時代に東京に出てきてからというもの、 KiKi はお盆シーズンに帰省したりどこかへ旅行に行ったことがない人間なんです。  人と同じ行動をしたくない天邪鬼だということもあるけれど、とにかくもっと若い時代であってさえもこの時期に動いたことのない人間がこの歳になって動くなんて言うのは狂気の沙汰っていうもんです!(苦笑)  ま、そんな言い訳をしつつも、暑い最中、東京のマンションに閉じこもっています。  で、終戦記念日の今日、こんな音楽を聴いてみました。  ま、てなわけで本日の KiKi の1曲はこちらです。

ショスタコーヴィチ 交響曲第8番
Brilliant 6324/5 ルドルフ・バルシャイ_Cond & ケルン放送交響楽団 録音:1994年3月 & 1995年10月

41Hhh9kXayL__SL500_AA300_.jpg (Amazon)

なかなかこのブログでは取り上げにくかった作曲家の1人がショスタコーヴィチです。  それは KiKi にとっては大人になってから出会った作曲家だったために、決して聴きこんでいる音楽とは言い難いということもあったし、ロシア音楽にはチャイコフスキーやラフマニノフ的なロマンチックさを求めている KiKi にとって、どうにも闘争的・・・・というか、前衛的な香りを放つショスタコーヴィチの音楽がなかなか受け入れがたいものだったということもあるように感じます。  でもまあ、今日は終戦記念日ということもありますし、我が日本国にとってずっと脅威だったロシアの同時代の音楽を聴いておくというのも意味があるかも・・・・・と手にとってみた次第です。

ショスタコーヴィチが遺した全15曲の交響曲から何を選ぶべきか・・・・・。  このブログで最初にとりあげる1曲にもなることだし、もっとポピュラー(?)な曲(第5番とか)にすべきかなぁとも思ったのですが、ここは敢えて KiKi が一番好きな8番を取り上げてみることにしました。  ま、終戦記念日ですから・・・・・。

この曲は重いですよ~。  一言で言うなら「精神の闘争」っていう感じじゃないでしょうか?  作曲されたのは1943年。  独ソ戦で1度はナチスに占領されたスターリングラードを解放できた年です。  そんな時代背景だから恐らく政府当局としてはもっと華々しくも雄々しい交響曲を期待していたんじゃないかと思うんですけど、ショスタコーヴィチの書いた交響曲はどちらかというと悲劇性に満ちた音楽。  そういう時期にこういう音楽を書くあたりがショスタコーヴィチの屈折した・・・・と言うか、生き抜くために「大衆迎合の強制」という重圧を感じながらも自身の芸術信念を抑えきれない芸術家の魂の叫び・・・・みたいなものを感じます。

終戦記念日を明日に控え、KiKi の読書もせっかく「昭和史 半藤一利」に進むということもあり、今日はちょっとかの大戦に想いを馳せてみたいと思います。  てなわけで本日の KiKi の1曲はこちらです。

ペンデレッキ 広島の犠牲者に捧げる哀歌
ドイツシャルプラッテン TKCC-15165 演奏:ケーゲル指揮 & ライプツィヒ放送管弦楽団 

41ZFF7YY0XL__SL500_AA240_.jpgのサムネール画像 (Amazon)

まあ、本来であれば8月6日に聴くべき音楽だったのかもしれませんが、KiKi のうろ覚えの聞きかじり豆知識によれば「広島の犠牲者」というのは言ってみればシンボリックな言葉として後で使われたタイトルであり、当初は「作品番号 xx」みたいなある種無味乾燥なタイトルだったとも、この曲の演奏時間をそのままタイトルにした「8分xx秒」みたいなものだったとも言われています。  (← 実際のところどうだったのか?は調べていません ^^;  悪しからず・・・・)  ただ作曲者の作曲意図としては、人間という生き物の黒い部分、業とでも呼ぶべきでしょうか、その本質とその端的な行動パターンである「戦争」という破壊行為を表そうとした音楽であろうと思われるので、まぁいいか・・・と。

冒頭から不協和音、グリッサンドが多用され、ゆったりと音楽鑑賞な~んていう気分を吹き飛ばしてくれちゃう音楽。  何て言ったらいいんでしょう、鋭利で尖がったものが突き刺さってくる・・・・・そんな感じの音楽なんですよね~。  間違っても「耳に心地よい音楽」とは言えません。  因みにこのCDに同録されているのは「ブリテン 戦争レクイエム」と「ベルク ヴァイオリン協奏曲 ある天使の思い出のために(清良タンの演奏曲@のだめ)」と「死」の匂いがプンプンと漂ってくるラインナップとなっています。  そのためか、KiKi はこのCDは年に一度、この終戦記念日付近のどこかでしか取り出すことがないんですよ・・・・ ^^;  そんなこともあってCD棚の奥の奥のその又奥に仕舞い込んでいるために、今回もこのCDを探し出すのに実に15分ほどの時間を要してしまいました。 

ジブリの映画「借りぐらしのアリエッティ」公開を機に、久々に読み返してみた「小人の冒険」シリーズ(もっとも最後の数冊は初めて読んだような気がしないでもない・・・・ ^^;)。  とうとう最終話が終わってしまいました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

小人たちの新しい家
著:M. ノートン 訳:猪熊葉子  岩波少年文庫

51QCYeyRWbL__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

劇的な脱出をはたした小人の一家は、ふたたび川をくだり、ようやく静かな古い牧師館にたどりつきます。  はたして、そこは一家にとって安心してくらせるすみかとなるのでしょうか。  「小人の冒険シリーズ」最終巻。  (文庫本裏表紙より転載)

文庫本のあとがき(訳者のことば)によれば、この最終話「小人たちの新しい家」はその前の「空をとぶ小人たち」から21年という年月を経たのちに再び書かれた物語なのだそうです。  発表されたのが1982年。  その時には既に「大人」と呼ばれる年代に入っていた KiKi は英文学を学んでいたとは言えども、この作品のことは一切知らず、気にも留めないで過ごしていたことになります。  今にして思えば当時の KiKi は花のお江戸で自由を満喫し、将来に対するさしたる不安も感じることなくコンパだなんだと浮かれていた時代です。  そんな時代にノートン女史はある種の危機感をもってこの物語を描いていたんだなぁと思うと、時代に踊らされていた(率先して踊っていたというべきか ^^;)自分が情けないような気分になりました(苦笑)。

ちょっとポッド父さんの語り口がこれまでの4冊とは変わってしまっているのが残念(これは訳者の違いからくるものなのか、英文そのものも既に21年という年月を経て変わっているのかは不明)ですけど、相変わらず含蓄のある言葉が満ち溢れています。

そうだ。  わしらは想像力を使わにゃいかんよ。  そしてむかしのやり方にもどるんだ。  できるだけな。  (中略)  借り暮らしやは、それなしには生きられんものだけを借りるんだ。  遊びごとにやるんじゃない。  貪欲のためでもない。  それに怠けるためでもないんだ。  借り暮らしやにとって、借りるってことは - あんたらにゃよくわかっとるだろうが、たったひとつの手だてなんだ・・・・・  生き残りの、だ。

この言葉を読んだとき、KiKi の頭には先週末に収穫したこのトウモロコシの映像がまざまざと浮かんできました。

2010_Aug08_021.JPG

う~ん、「それなしには生きられんものだけ」だったかもしれないけれど、これはちょっと借りすぎってもんじゃないだろうか??(笑)

小人っていうとどうしても KiKi がイメージしてしまうのは、「指環物語」のホビット族じゃないけれど、ウサギとネズミの化身・・・・・みたいなイメージなんだけど、我が家の収穫物の多くはウサギなのか、ネズミなのか、モグラなのか、タヌキなのか、はたまた鳥なのか定かではないんだけど、多くの野生動物に借りられっぱなしです。  でもまあ、それでも自分のお腹を満たす分ぐらいは何とかなっているし、もっと言えば、これらの収穫物も種を蒔いたり、水をやったり、肥料をやったりはしているものの「大地からのインゲン(≒ 人間)の借り物」とも言える訳だから、「それなしには生きられん分」までやられなければ良しとすべきなんでしょうね(笑)    

今日、KiKi は久々に「岩波少年文庫」を仕入れ(?)に、池袋のジュンク堂へ足を運びました。  と言うのも、KiKi は岩波少年文庫のHPを定期的にチェックしているのですが、ここのところ急に新刊発刊ラッシュが続いていたのです。  で、その店頭で「岩波少年文庫創刊60年」というタイトルの小冊子を見つけました。  そうかぁ・・・・・、KiKi が子供時代からお世話になったこのシリーズがこの世の中に出てからもう60年になるんですねぇ・・・・・・。  どおりでここへきて新刊がいきなり続々と出だしたわけだ!!!  岩波書店さんのことだから、以前にもあった「復刻版」とか「特装版」みたいな x0 冊セットみたいなものも企画されているんでしょうか??  因みに岩波少年文庫の創刊は1950年の12月25日とのこと。  60周年 & クリスマスの抱き合わせ企画で何かありそうな予感が・・・・・。

20100512-1-1.jpeg

で、その小冊子を見ていたら、KiKi がこのブログでも今年になってからとりあげていて大のお気に入りの作家でもある、上橋菜穂子さん & 梨木香歩さんの「少年文庫お気に入り」が紹介されていたりして、そしてそのお二方のお気に入りが KiKi にとっても半端じゃなくお気に入りの作品だったりして、何となく嬉しくなってしまいました。

でね、その小冊子を舐めるようにじ~っと読み込んでみたら、もっと嬉しいことが書かれていたのです。  それは今年の10月にいきなり18冊もの旧作が復刊されるとのこと。  それも今では入手困難になってしまっていた本ばかり!! (それでも KiKi はそのうちの一部は既に古本で入手済みだったりもするのですが ^^;)  これを朗報と言わずして何と言いましょうか!!!  因みにその18冊(のうちの一部)は以下のようなラインナップになっているようです。

 1. 星のひとみ (トペリウス作、 万沢まき訳)
 2. ウサギどんキツネどん (ハリス作、 八波直則訳)
 3. ジュンとひみつの友だち (佐藤さとる作)
 4. 銀のスケート ハンスブリンカーの物語 (ドッジ作、 石井桃子訳)
 5. 隊商 キャラバン (ハウフ作、 高橋健二訳)
 6. 木曜日はあそびの日 (グリパリ作、 金川光夫訳)
 7. 火の鳥と魔法のじゅうたん (ネズピット作、 猪熊葉子訳)
 8. よろこびの日 ワルシャワの少年時代 (シンガー作、 工藤幸夫訳)
 9. ささやき貝の秘密 (ロフティング作、 山下明生訳)
10. 合言葉は手ぶくろの片っぽ (乙骨淑子作)
11. 海のたまご (ボストン作、 猪熊葉子訳)
12. 闘牛の影 (ヴォイチェホフスカ作、 渡辺茂男訳)
13. 夜が明けるまで (ヴォイチェホフスカ作、 清水真砂子訳)
14. 地下の洞穴の冒険 (チャーチ作、 大塚勇三訳)
15. 石の花 (バジョーフ作、 佐野朝子訳)

で、それとは別にザルテンの「バンビ」とロダーリの「チポリーノの冒険」が同じく10月に新訳で発売されるとか!!!  これは今年の10月以降のために「岩波少年文庫貯金」をしておかなくてはならないかもしれません ^^;

で、時を同じくして「借りぐらしのアリエッティ」を上映中のジブリさんでは、「宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文展」なるものを開催されているそうな・・・・・。  で、肝心要(KiKi が顔を出せるという意味で)の「池袋会場」での催しは8月4日~8月8日に開催されていたのだそうです。  う~ん、最近ではこの手の情報へのアンテナが錆び付き気味の KiKi は見逃しちゃったよぉ・・・・・。  なんでもその会場では「特製ミニ本プレゼント」(会場でお買い物をした先着100名のみ)があったらしい・・・・・・ ^^;  欲しかったなぁ。  因みにこのイベントですが以下のようなスケジュールになっているそうです。

池袋西武 (8月4日~8月8日)
神戸阪急 (8月11日~8月17日)
京都イオン高の原ショッピングセンター (8月21日~8月29日)
北海道ルスツリゾート (9月4日~9月19日)
松坂屋名古屋店 (9月22日~10月11日)
鹿児島タカプラ (10月16日~11月7日)

う~ん、どうして東京は池袋の会期だけが短いんでしょうかねぇ・・・・・・。 

 

M. ノートンの「小人たち」シリーズは子供時代に全冊読んだような気もするし、最初の2-3冊しか読んでいないような気もするし、はっきりとした記憶がありません。  確実なことは「床下の小人たち」と「野に出た小人たち」だけは何回か読んだことがある・・・・ということだけです。  今回、せっかくの機会なので5冊全部を読んでみようと試みているわけですが、今日までに読了した2冊は読み終わった今であっても「読んだことがあるような気もすれば、初めて読んだような気もする・・・・・」というかなり曖昧な印象です。  まあ、それだけ当時の KiKi は「床下」&「野に出た」以外の物語には思い入れが少なかったということなのかもしれません。  ま、何はともあれ、本日の KiKi の読了本はこちらです。

川をくだる小人たち & 空をとぶ小人たち
著:M. ノートン 訳:林容吉  岩波少年文庫

513RAC53PBL__SL500_AA300_.jpeg  519HE3N7PRL__SL500_AA300_.jpeg
      (Amazon)                           (Amazon)

森番の小屋でいとこの家族と再会した小人の一家でしたが、ここも安住の地ではありませんでした。  下水管を通って外へ出た一家は、やかんにのって川をくだりますが、新しい旅には大きな危険がまちかまえていました。  (文庫本裏表紙より転載)

模型の村(リトル・フォーダム)にたどりついた小人の一家は、平和な生活もつかのま、見物客めあてのプラターさんに誘拐されてしまいます。  とじこめられた屋根裏部屋から、気球をつくってなんとか脱出しようと試みますが・・・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

この物語はいいなぁ・・・・・。  大人になった今、こうやって読み返してみる(ひょっとするとこの2冊は初めてかもしれないけれど)と、本当に大切なことが数多くこの物語には含まれていると感じられます。  自らの手を使って工夫をしながら生活を豊かにするということ、自分の力で自分の生き様を守り構築していくということ、生きていくためにそして生活を継続させるために何かを選択する際に必要な覚悟について、勇気と無謀の違いについて・・・・・・そういうことが、この小人一家を見舞う災難とそれに伴う冒険の描写の中でさりげな~く書かれているのが、とにかく好印象です。  

そして、ここまで進んでくるとポッド、ホミリー、アリエッティの性格もほぼはっきりしてきており、ホミリーに至ってはこの間で少しずつ変わってきているところもありで、何か起こるたびにそれぞれの反応の仕方が読んでいて楽しくて仕方がない!(笑)  彼らに関わってくる人間たちもどんどん多種多様化してきているのも楽しいし、なかなか安住の地にたどり着けない小人一家が Closed な家の中からまずは野原に出て、次に川をくだって、空まで飛んじゃうという波乱万丈ぶりも本当に楽しめます。  (これがもしも自分の身に降りかかったことだったら、「よくもまあ、次から次へと・・・・。」と辟易としちゃいそうだけど・・・・・ ^^;)

  

最近では滅多に観なくなってしまったのですが、実は KiKi はジブリ・アニメが大好きだった時期があります。  正直なところ「もののけ姫」あたりからはちょっと食傷気味・・・・なんですけどね(苦笑)  ま、それはさておき、ジブリが又々新しいアニメを公開しているようです。  恐らくこれも KiKi はTVで放映でもされない限り観ないだろうとは思うのですが、これを機会に久方ぶりにその原作を読んでみようと思い立ちました。  ま、てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

床下の小人たち & 野に出た小人たち
著:M. ノートン 訳:林容吉  岩波少年文庫

519S35PSM3L__SL500_AA300_.jpeg  51X1J0D0RBL__SL500_AA300_.jpeg
      (Amazon)                           (Amazon)

イギリスの古風な家の床下に住む小人の一家。  生活に必要なものはすべて、こっそり人間から借りて暮らしていましたが、ある日、小人の少女がその家の男の子に見られてしまいます―。  カーネギー賞を受賞した、イギリスファンタジーの傑作。  「小人シリーズ」の第1作。  (文庫本裏表紙より転載)

床下にひっそりと住んでいた小人の一家は、人間に見つかり、野原へ脱出します。  はじめての野原で、小人の少女アリエッティは野イチゴつみを楽しみ、野育ちの小人スピラーと友だちになります。  けれども、戸外の生活は危険がいっぱいです。  (文庫本裏表紙より転載)

この本を初めて読んだころ、KiKi もちょうど箱に入れて大切にしていたボタンをなくしてしまった直後でした。  当時の KiKi は洋服と言えば親戚のお下がりばかり・・・・だったのですが、そのボタンがついていた服はそんな中、珍しくも KiKi のために新品を購入してもらったもので、さすがにその頃にはもう小さくて着られなくなってしまい、ボタンだけをまるで宝物のようにしてとっておいたのです。  その大切なボタンの行方がわからなくなってしまったことは当時の KiKi にしてみると大事件で何日も何日も家中を探し回り、大騒ぎしていました。  そんな最中に出会ったこの物語。  そして、

「ああ、うちにもポッドやホミリー、そしてアリエッティみたいな小人がいるんだ。  そして KiKi のあの宝物のボタンをアリエッティみたいな女の子が大切にしてくれているんだ。」

と信じ込むことにより、ようやく諦めがついた・・・・・そんな気分になったことを思い出します。  

人間の生活に依存しながら、床下に暮らしている小人たち。  その設定が今回読み返してみてもとても素敵だと思いました。  どこがいいかって、この小人たちが人間から借りてくるものが、「仮に人間がなくなったことに気がつくことがあっても、そんなに気にしないような些細なもの」であるところ。  確かにメイおばさんの弟が言うように、彼らの「借りる」という行為は「返す」という行為とはセットになっていないので、「盗む」という行為とさして変わりはないかもしれないけれど、それでも「些細なもの」でありすぎちゃうために微笑ましさが先に立ってしまうんですよね~。

でもね、よくよく考えてみると人間だってある意味では立派な「カリモノヤ」だと思うんですよ。  太陽の光、そして大地の恵み。  大地の恵みの方はそれでもまだ種を蒔いたり、苗を植えたり、肥料をあげたり、水をやったりとしているからひょっとすると「カリモノ」とは又別のモノかもしれないけれど、それでもやっぱり最近の KiKi にはこれも立派な「カリモノ」の1つに過ぎないように感じられます。  そうやって考えてみると、人間が自然の恵みをある意味「当然のもの」として享受している姿と、「人間は自分たちを養うために存在しているもの」と考えている小人たちの姿が微妙にシンクロしているように感じられなくもありません(苦笑)


 

Lothlórien_山小舎では、可能な限り様々な食べ物を自前で作ることにしています。  そのためのお道具もこれまでシコシコと揃えてきました。  先週末のLothlórien_山小舎で1年ぶりに活躍したお道具を今日はご紹介しておきたいと思います。  

それはこちら・・・・・・・

 

 

2010_Aug13_017.jpg

 

これ、どんな器具か見ただけでおわかりになりますでしょうか??  

 

 

この道具を使って作るとあるものの原材料はこんな感じです。

 

 

2010_Aug13_016.jpg

 

左から時計回りに

件の器具  生ミルク  グラニュー糖  卵  しぼりたての牛乳(いつもお世話になっている元地主のHさんちの牛乳)

 

 

まあ、材料を見ればわかっちゃうかな????

 

今週末、Lothlórien_山小舎では多くの収穫がありました。  そのご報告・・・・の前に、先週お伝えした「切り干し大根」のその後の状況をご連絡したいと思います。

2010_Aug7_047.jpgのサムネール画像 先週の切り干し大根

2010_Aug08_022.JPG 今週の切り干し大根

えっとですね。  これは決して何らかの獣に食い散らかされたわけではありません(笑)  わずか数日でここまでかさが減ってしまったっていう事です。  あの大根の千切りを作った KiKi の労力はどこへやら・・・・・ ^^;  嬉しいんだか空しいんだかよくわからない複雑な気分です。

で、その複雑な気分を抱えたまま、今回は再度先週収穫したじゃがいも(男爵)を日陰干ししました。  先週ご紹介した2枚の写真、あれが同じものではなくちゃ~んと2つあったことを証明するためにも今回は2箱セットで撮影してみました。

2010_Aug08_026.JPG

手前の箱の方が大きいおいもが多く、分量が少なく見えるかと思うんですけど、それには理由があります。  実は手前の箱に入っていた小芋はすでに KiKi の胃袋の中なのです。  先週、この中から小芋だけを東京に持ち帰り「小芋の煮っ転がし」を作ったんですよね~。  じゃがいも収穫時の KiKi の楽しみの1つがこの「小芋の煮っ転がし」です。  皮付きのまま、何ひとつシャレた細工はせずにお醤油とお砂糖とみりんで煮付けるんです。  味付けはちょっぴり甘め。  本来なら「箸休め」になるはずのお料理なんだけど、KiKi は小芋の煮っ転がしが大好きなので、箸が休まる暇がありません(笑)。

さて、それはさておき、今年の男爵の収穫がこれ(↑)で全部かって言うとさに非ず・・・・。  先週は暑さでバテてしまったためわずかに残してしまっていた男爵があったので、今週はそちらも収穫しました。

2010_Aug08_027.JPG

これは本気で美味しいレシピを募集しなければ、すべてのじゃがいもを食べ尽くすのは容易なことではないかもしれません。

さて、前回、じゃがいも以外にもレシピを募集した作物があったんですけど、ご記憶にありますでしょうか??  それはインゲン。  あまりの収穫量にウンザリして先週は写真も撮らなかったインゲンですが、どんなことになっているか写真付でご紹介しておきたいと思います。

2010_Aug08_028.JPG

物量をリアルに体感していただくために、敢えてタバコの箱を置いてみました。  ちなみに右側のザルに入っているのが前回収穫し、東京には持ち帰らなかった分(これとほぼ同量のインゲンが東京の KiKi のマンションの冷凍庫に入っています)、左側の黒い育苗箱に入っているのが本日の収穫分です。  因みに畑はまだまだインゲンの鈴なり状態で、いったいぜんたい全部でどれくらいの量になってしまうことやら・・・・・。  さすがにすべてを短い間に食べつくすことはできそうにないので、今週はこれらのインゲンをここLothlórien_山小舎の冷凍庫にも冷凍保存することにしました。

2010_Aug08_031.JPG

こういう作業で大活躍するのが、KiKi の秘密兵器の大鍋です。  こちらもその大きさをリアルに体感していただくためにタバコの箱を横に置いてみました。  この大鍋はたとえば菜っ葉なんかが大量に収穫できちゃった際にも活躍します。  後ろに小さく見える赤い物体は 3リットルの薬缶です。  ソレと比較してもこの鍋の大きさは推して知るべし・・・・っていう感じですよね(笑)  ついでに言うと、これから茹でて冷凍しようとしているインゲンの量も半端なものじゃありません!

で、これをせっせと茹でてこ~んな風に小分けして(↓)冷凍します。

2010_Aug08_032.JPG

因みに袋数にして7袋。  1袋に KiKi の手(決して小さな方ではない)で大掴みして4掴み分が入っています ^^;

村田エフェンディ滞土録
著:梨木香歩  角川文庫

51-xUUBDaYL__SX230_.jpeg (Amazon)

時は1899年。  トルコの首都スタンブールに留学中の村田君は、毎日下宿の仲間と議論したり、拾った鸚鵡に翻弄されたり、神様同士の喧嘩に巻き込まれたり...  それは、かけがえのない時間だった。  だがある日、村田君に突然の帰還命令が。  そして緊迫する政情と続いて起きた第一次世界大戦に友たちの運命は引き裂かれてゆく...  爽やかな笑いと真摯な祈りに満ちた、永遠の名作青春文学。  (文庫本裏表紙より転載)

ああ、この物語は好きだなぁ・・・・。  正直なところ「沼地の~」にはあまり感銘を受けなかった KiKi にとって、次の梨木作品に手を出すのにはささやかな抵抗・・・・というか、迷い・・・・のようなものがあったんですよね~。  でも、この物語はあの「沼地の~」を読んだ時点で感じた居心地の悪さみたいなものとは無縁でした。  今から遡ること百年以上前の土耳古(トルコ)を訪れた、古き良き日本人の美徳を満々と湛えたような留学生・村田エフェンディの、かの地で出会った各国から訪れた人々とのかけがえのない邂逅と離別の物語です。  いかにも知識人という雰囲気を持ち合わせた高潔且つ内省的な人たちも魅力的。  そしてそんな彼らが集うディクソン夫人の下宿屋(?)はあたかもサロンのようで、そこで語り合われる国家という枠組みを超えた世界観・人生観・・・・・のようなものには多くのことを考えさせられます。  

文中に出てくるローマの劇作家・テレンティウスの「わたしは人間である。  およそ人間に関わることでわたしに無縁なことは一つもない」 という言葉には是も非もなく頷かされました。  そして最後の場面で多くの苦難の末に村田のもとに辿り着いた、ディクソン・サロンの時間を共有した鸚鵡と村田の対話 「ディスケ・ガウデーレ」(楽しむことを学べ) by 村田 & 「友よ。」 by 鸚鵡 には胸を熱くさせられました。 

       

新しいブログパーツ

| コメント(0) | トラックバック(0)

新しいブログパーツを設置しました。  もっとも KiKi にとっては本当の意味で「新しい」ものではなく、かつて開設していた(今もクローズはしていないのですが、ず~っと放置しっ放しなので気分は過去形 ^^;)別ブログ「ノルンと落ちこぼれ会計人」で使っていたブログパーツなんですけどね♪  そのブログパーツは「いくつになったの?」というもので、愛犬の誕生日 & 年齢が表示されるという優れ物!!  右サイドバーの「カテゴリ」と「Mail Form」の間に挟んでみました。

実は今回、このパーツを設置するに当たってはずいぶん色々とスッタモンダがありました。  なかなかうまく表示ができず困り果てていたところ、このパーツを配布していらっしゃるサイトの管理人さんが色々事細かくサポートしてくださり、ようやく表示できるようになった次第なんです。  本当にありがとうございました <(_ _)>  

わが家の愛犬ノルンは2006年9月25日が誕生日で、KiKi としては何とかその4歳のお誕生日までにはこのブログパーツをここ Lothlórien に表示したかったんですよぉ。  と言うのもね、今は今日現在の年齢とかお誕生日までのカウントダウン日数が表示されているんだけど、お誕生日当日には Happy Birthday の文字が表示されるはずなんですよね~。  まあ、これまでもまともな Birthday Party はしてあげていない KiKi なんだけど、せめてこの広い世界のどこかでは愛犬のお誕生日を祝ってあげたいじゃないですか!(笑)

これで今年は一安心です。  ね、ノルン。  よかったねぇ・・・・・。

P1010040b.jpgのサムネール画像 要するに今年も手抜きでしゅか?

    

・・・・・・・

 

 

 

ま、そうとも言える・・・・かも ^^;

王女グリンダ(上)(下)
著:茅田砂胡  中公文庫

41wsBFwJylL__SX230_.jpeg  41IX+rDMrXL__SX230_.jpeg
(Amazon)              (Amazon)

国を追われた王ウォル・グリーク。  常にその傍らで王座奪回に助力し、人ならざる働きで戦女神と称えられた少女グリンダ。  内乱から三年――。  王女としてデルフィニア王宮に迎えられたグリンダを狙い、伝説の暗殺者一族が刺客を放つ!  好評のうちに完結した「デルフィニア戦記」のプレ・ストーリー決定版。  (文庫本上巻裏表紙より転載)

南方の新興国家グランディスからグリンダに第一王子の妃として婚姻の申し入れが。  継承権を持たぬ王女を望む先方の思惑はどこに?  策謀の臭いをかぎ取った王女はシェラを伴いグランディスに乗り込むのだった!  好評のうちに全十八巻をもって完結した「デルフィニア戦記」のプレ・ストーリー決定版。  (文庫本下巻裏表紙より転載)

この本と「デル戦」との関係を正しく理解しないまま読み始めた KiKi は途中で頭が???に・・・・・。  「デル戦」ではシェラの正体を初めて知ったシャーミアンが激昂のあまり剣を抜き、イヴンがそのシャーミアンの前に立ちはだかり回復不能な傷を負ってしまい、そのイヴンの傷をリィが不思議な力で治し・・・・となっていたはずだったのに、この物語ではそんなことが起こりようのない設定になっているじゃありませんか!!  おまけにシェラが育った場所の設定も異なるし、何がどうしてどうなっているんだ??と混乱してしまったのです。  何せ KiKi の勝手な思い込みとしては、この物語、言ってみれば「デル戦」のサイド・ストーリーだと思っていたのですから・・・・・(笑)  で、下巻まで読み終え巻末の作者のあとがきを読んで初めて、この物語が「デル戦」が描かれる前に著者が書いた、別バージョンの「デル戦」だったことを知り納得した次第です。  なるほどね~。  これが「原型」だったんですね~。

両方を読んでみての感想としては、さすがに「デルフィニア戦記」の方がよく練られているな・・・・ということ。  この物語もそこそこ面白い・・・・とは思うのですけど、やっぱり「デル戦」はこの「原型」を書き上げた後で再度多くの設定を考え構築し直して書かれた作品であるだけに、世界観の厚み・・・・みたいなものが違うなぁと思うのです。  いずれにしろこうして両方を読んでみると、結局のところこの物語(デル戦 & 王女グリンダ)の主人公はウォルではなくリィだったんですねぇ・・・・・。  

イモ掘り & 大根の行方

| コメント(0) | トラックバック(0)

えっとですね、Lothlórien_山小舎の通信環境が Poor (何せイマドキISDN ですから! ^^;)なため、どうしても「Lothlórien_山小舎通信」の Up が遅れ気味になってしまっています。  ま、今回はこれに加えて BlogParts 設置騒動 があったりしたので、尚更スケジュールがメタメタなのですけど・・・・ ^^;  ま、それはさておき、気を取り直してエントリーを書いてみたいと思います。

この週末の KiKi の野良作業、それはひたすらイモ掘りに尽きます。  ようやくあのジャガイモ畑にスコップを入れる時がやってきました。  で、ですね、本来であればスコップを入れたところ、掘り返したところ・・・・と作業工程を逐一写真に撮ってご報告したいところなのですが、KiKi の場合、カメラを抱える人、掘る人、運ぶ人、洗う人がすべて同じ人(要するに KiKi 本人です)であるため、あまり感動的な写真は撮れなかった(何せしなくちゃならない作業が山積みなので、写真を撮るタイミングとひたすら掘るタイミングは別なのです 苦笑)のですが、一応、収穫報告をしておきたいと思います。

2010_Aug7_033.jpg  

(↑) 掘った直後。  あくまでも一部です。  これを芋畑から洗い場まで運ぶためにプラスチックケースに入れます。(↓)

2010_Aug7_034.jpg

このプラスチックケース。  かつては白菜を干すための台としても使われていました。  で、これをウンショ!ウンショ!と流し台(外)まで運んで1つ1つ丁寧に洗います。  洗ったイモたちは全部でこんな感じ(↓)です。

2010_Aug7_043.jpg  2010_Aug7_046.jpg

これ、決して同じものを2つ撮ったわけではありません。  今週末のジャガイモの収穫全量です。  ちょっと色が違うのは左側は洗ってから干した後、玄関に持ち込んだ1箱目で、右側はその干している状態の2箱目だから・・・・・。  まあ、簡単に言えば電灯の下と日光の下の違いです。  因みに今回掘り起こしたのは男爵のみで、畑にはまだメークインが残っています。  う~ん、ジャガイモばっかりこんなにあって、どうすりゃいいんだ????  ま、てなわけで

 

  

ジャガイモの美味しいレシピを募集中!

 

 

です。  えっとついでに・・・・と。  もううんざりするほど取れているので写真を撮る気にもならないのですが、実はインゲンも豊作でものすごいことになっています。  ま、てなわけでついでに・・・・ 

 

  

インゲンの美味しいレシピも募集中!

 

 

です。(苦笑)  

 

で、先日、大根も結構採れちゃって困っているっていうお話をさせていただいたかと思います。  で、あれこれ考えた挙句、本来なら冬大根で冬にやるべき作業であることは重々承知しつつも、こんなことにチャレンジしてみました。

2010_Aug7_047.jpg

うまくいくかどうかはわからないのですが、「切干大根」でも作ってみようかなぁ・・・・・と。  因みにこの場所、例の薪置き場です。  薪割り & 薪切りはもう何ヶ月もお休み中・・・・・・。  ・・・・・と言うのもです。  KiKi の名誉のためにはできればお見せしたくないぐらいの映像なんですけど、ここは敢えて・・・・・ 

デルフィニア戦記第4部 伝説の終焉Ⅰ~Ⅵ
著:茅田砂胡  中公文庫

51KNXCTRNVL__SX230_.jpeg  519evdJidoL__SX230_.jpeg  51VWV964N8L__SX230_.jpeg
(Amazon)               (Amazon)             (Amazon)

51MGxCXm0gL__SX230_.jpeg  51Z1Ug3IMKL__SX230_.jpeg  5157GSNV11L__SX230_.jpeg
(Amazon)               (Amazon)              (Amazon)

獅子の紋章で封じた招待状を受け、各国の使者達が大陸全土からコーラルに集う。  白亜の城では盛大な和平式典が催されるが、その陰でタンガ・パラスト両大国は飽くことなき権力への執念を燃やしていた。  偽りの宴と知りつつ、デルフィニアの国王夫妻は敢然と顔を上げ、互いの手を取り広間へと踏みだした。  (文庫本Ⅰの裏表紙より転載)

フェズ河以北の一帯、カムセンの地がデルフィニア領となって半年。  タンガの元領主らがゾラタス王の制止すら振り切り、失地回復を叫んで挙兵した。  早期鎮圧を目指し最前線で大剣を揮う戦女神リィに、再びファロットは暗殺の魔手を伸ばすのだった。  (文庫本Ⅱの裏表紙より転載)

トレニア湾にスケニアの大艦隊来襲。  国境沿いにタンガ軍二万集結  。ビルグナ砦陥落!  王妃の矢傷も癒えぬうちに、デルフィニア包囲網は厚く強固に完成されつつあった。  獅子王ウォルは防戦を余儀なくされる。  この危機に、独騎長イヴンは形勢逆転の切り札を担ぎ出すべく単身大海に乗り出した!!  (文庫本Ⅲの裏表紙より転載)

生きて戻れ―  リィの言葉に送られて、ファロット一族との血塗られた関係を清算すべく、シェラは北を目指す。  一方、別行動を取ったリィは、タンガが仕掛けた罠により、騎士団員千人の命と交換に虜囚となった。  意識を奪われた戦女神に必殺の針を手にしたレティシアが迫る―。   (文庫本Ⅳの裏表紙より転載)

リィを次期タンガ国王ナジェックの妻となす―  勝利の女神を辱め、戦意を削がんとするゾラタスの卑劣な策謀。  ウォルは国王という枷を従弟に押しつけ、国境に向け馬を駆る。  随伴するは二騎。  リィの異世界での相棒ルウと人間として生きることを決めたシェラ。  ここに、最後の戦いが始まろうとしていた。   (文庫本Ⅴの裏表紙より転載)

放浪の戦士と異世界の少女の出逢い―  すべてはここから始まった。  盟約という固い絆で結ばれた二人は、いくたの危地を乗り越え、あまたの戦に勝ち抜いて、戦士は大国の王に、少女は王と国の守護神となった。  獅子王と妃将軍が紡ぐデルフィニアの伝説が、ここに完結する。  (文庫本Ⅵの裏表紙より転載)

いや~、さすがに長かったですぅ・・・・。  でも、最後までとってもスピード感を持って読み進めることができました。  あちらこちらに突っ込みどころは満載だし、途中までは誰が誰だかわからなくなってしまうこともあった(だって何となく主要登場人物のキャラが似ているんだもん・・・・ ^^;)りしたけれど、さすがに全巻、皆さんとお付き合いしてくると最後にはそれぞれのキャラの特徴みたいなものもはっきりしてきてよかったです。  特にこの第4部はデルフィニアが迎えた最大級の動乱とそのデルフィニアを勝利に導いた勝利の女神の伝説の物語・・・・ということで山場もいっぱいありました。  

個人的には一番興味深かったのはシェラかなぁ・・・・。  そもそもはリィの暗殺者で、命じられるままに人を殺す(そこに自分の意思はない)「殺人マシーン」みたいな子だったのが、変貌していくさまはとても興味深く読み進めることができました。  で、最後の最後は、「金・銀・黒ネズミトリオ」(named by ウォル)に加盟とは・・・・・(笑)  まあ、金 & 黒ネズミはもといた世界に帰っただけだけど、その後のシェラがどうなったのか?にはとっても興味があります。  あっちの世界へ行っちゃったわけだけれどヴァンツァー(シェラも所属していた暗殺者集団ファロット一族の1人でシェラの手にかかって絶命した人)には会えたんだろうか???

 

2010年7月の読書のまとめです。  今月は「デル戦」のおかげ(?)で冊数だけは稼いだ読書でした。  その「デル戦」も残りわずかです。  8月はせっかくジブリ映画も公開されていることですし、「小人たちシリーズ@岩波少年文庫」に集中してみようかなぁ・・・・と思っている今日この頃ですが、どうなることやら。  考えてみると内山節さんの著作も2冊ほど、中途半端に読みかけているんですよね~。

7月の読書メーター
読んだ本の数:24冊
読んだページ数:7660ページ

デルフィニア戦記 第四部 伝説の終焉2 (中公文庫)デルフィニア戦記 第四部 伝説の終焉2 (中公文庫)
いや~、さすがに長かったですぅ・・・・。  でも、最後までとってもスピード感を持って読み進めることができました。  あちらこちらに突っ込みどころは満載だし、途中までは誰が誰だかわからなくなってしまうこともあった(だって何となく主要登場人物のキャラが似ているんだもん・・・・ ^^;)りしたけれど、さすがに全巻、皆さんとお付き合いしてくると最後にはそれぞれのキャラの特徴みたいなものもはっきりしてきてよかったです。  特にこの第4部はデルフィニアが迎えた最大級の動乱とそのデルフィニアを勝利に導いた勝利の女神の伝
読了日:07月31日 著者:茅田 砂胡


伝説の終焉〈1〉―デルフィニア戦記 第4部 (中公文庫)伝説の終焉〈1〉―デルフィニア戦記 第4部 (中公文庫)
いや~、さすがに長かったですぅ・・・・。  でも、最後までとってもスピード感を持って読み進めることができました。  あちらこちらに突っ込みどころは満載だし、途中までは誰が誰だかわからなくなってしまうこともあった(だって何となく主要登場人物のキャラが似ているんだもん・・・・ ^^;)りしたけれど、さすがに全巻、皆さんとお付き合いしてくると最後にはそれぞれのキャラの特徴みたいなものもはっきりしてきてよかったです。  特にこの第4部はデルフィニアが迎えた最大級の動乱とそのデルフィニアを勝利に導いた勝利の女神の伝
読了日:07月31日 著者:茅田 砂胡


動乱の序章〈5〉―デルフィニア戦記 第3部 (中公文庫)動乱の序章〈5〉―デルフィニア戦記 第3部 (中公文庫)
うんうん、さすがに「内乱記」から「近隣各国とのすったもんだ」になってからのほうが面白いなぁ。  と言うのも、基本的にこの物語、ウォルの敵になる相手が小物すぎるきらいがあると思うんですけど、それでもさすがに相手が近隣王国の王様となってくると、少しは期待が持てそうな雰囲気が漂ってくるんですよね~。(まだ、定かではないんですけど・・・・)  それと同時にこの第3部ではウォルの本当の意味での愛妾問題とか、バルロやナシアスの恋の物語なんかもでてきて、特徴(個性)の乏しかったウォルを取り巻く人々の本質・・・・みたいな
読了日:07月29日 著者:茅田 砂胡


動乱の序章〈4〉―デルフィニア戦記 第3部 (中公文庫)動乱の序章〈4〉―デルフィニア戦記 第3部 (中公文庫)
うんうん、さすがに「内乱記」から「近隣各国とのすったもんだ」になってからのほうが面白いなぁ。  と言うのも、基本的にこの物語、ウォルの敵になる相手が小物すぎるきらいがあると思うんですけど、それでもさすがに相手が近隣王国の王様となってくると、少しは期待が持てそうな雰囲気が漂ってくるんですよね~。(まだ、定かではないんですけど・・・・)  それと同時にこの第3部ではウォルの本当の意味での愛妾問題とか、バルロやナシアスの恋の物語なんかもでてきて、特徴(個性)の乏しかったウォルを取り巻く人々の本質・・・・みたいな
読了日:07月28日 著者:茅田 砂胡


デルフィニア戦記 第III部 動乱の序章3 (中公文庫)デルフィニア戦記 第III部 動乱の序章3 (中公文庫)
うんうん、さすがに「内乱記」から「近隣各国とのすったもんだ」になってからのほうが面白いなぁ。  と言うのも、基本的にこの物語、ウォルの敵になる相手が小物すぎるきらいがあると思うんですけど、それでもさすがに相手が近隣王国の王様となってくると、少しは期待が持てそうな雰囲気が漂ってくるんですよね~。(まだ、定かではないんですけど・・・・)  それと同時にこの第3部ではウォルの本当の意味での愛妾問題とか、バルロやナシアスの恋の物語なんかもでてきて、特徴(個性)の乏しかったウォルを取り巻く人々の本質・・・・みたいな
読了日:07月28日 著者:茅田 砂胡


動乱の序章〈2〉―デルフィニア戦記 第3部 (中公文庫)動乱の序章〈2〉―デルフィニア戦記 第3部 (中公文庫)
うんうん、さすがに「内乱記」から「近隣各国とのすったもんだ」になってからのほうが面白いなぁ。  と言うのも、基本的にこの物語、ウォルの敵になる相手が小物すぎるきらいがあると思うんですけど、それでもさすがに相手が近隣王国の王様となってくると、少しは期待が持てそうな雰囲気が漂ってくるんですよね~。(まだ、定かではないんですけど・・・・)  それと同時にこの第3部ではウォルの本当の意味での愛妾問題とか、バルロやナシアスの恋の物語なんかもでてきて、特徴(個性)の乏しかったウォルを取り巻く人々の本質・・・・みたいな
読了日:07月27日 著者:茅田 砂胡


動乱の序章〈1〉―デルフィニア戦記 第3部 (中公文庫)動乱の序章〈1〉―デルフィニア戦記 第3部 (中公文庫)
うんうん、さすがに「内乱記」から「近隣各国とのすったもんだ」になってからのほうが面白いなぁ。  と言うのも、基本的にこの物語、ウォルの敵になる相手が小物すぎるきらいがあると思うんですけど、それでもさすがに相手が近隣王国の王様となってくると、少しは期待が持てそうな雰囲気が漂ってくるんですよね~。(まだ、定かではないんですけど・・・・)  それと同時にこの第3部ではウォルの本当の意味での愛妾問題とか、バルロやナシアスの恋の物語なんかもでてきて、特徴(個性)の乏しかったウォルを取り巻く人々の本質・・・・みたいな
読了日:07月26日 著者:茅田 砂胡


異郷の煌姫〈3〉―デルフィニア戦記 第2部 (中公文庫)異郷の煌姫〈3〉―デルフィニア戦記 第2部 (中公文庫)
なんだか呆気なく読めちゃうんですよ。  で、読んでいる間つまらなかったり苦痛だったりするわけじゃないんですよ。  まあ、楽しいか?と問われるとそれも微妙なんですけど・・・・・。  でもね、読み終わった後で何かが残るかっていうと何も残っていない・・・・・そんな不思議な物語ですねぇ。  読んでいる間誰が誰だったかわからなくなるっていうことはないんです。  でも、読み終わった後で思い返してみると、ウォルとイヴンとバルロとナシアスの誰がどこでどうしたのかは思い出せないんですよ。  まあ、かろうじてウォルは王様なの
読了日:07月26日 著者:茅田 砂胡


異郷の煌姫〈2〉―デルフィニア戦記 第2部 (中公文庫)異郷の煌姫〈2〉―デルフィニア戦記 第2部 (中公文庫)
なんだか呆気なく読めちゃうんですよ。  で、読んでいる間つまらなかったり苦痛だったりするわけじゃないんですよ。  まあ、楽しいか?と問われるとそれも微妙なんですけど・・・・・。  でもね、読み終わった後で何かが残るかっていうと何も残っていない・・・・・そんな不思議な物語ですねぇ。  読んでいる間誰が誰だったかわからなくなるっていうことはないんです。  でも、読み終わった後で思い返してみると、ウォルとイヴンとバルロとナシアスの誰がどこでどうしたのかは思い出せないんですよ。  まあ、かろうじてウォルは王様なの
読了日:07月25日 著者:茅田 砂胡


異郷の煌姫〈1〉―デルフィニア戦記 第2部 (中公文庫)異郷の煌姫〈1〉―デルフィニア戦記 第2部 (中公文庫)
なんだか呆気なく読めちゃうんですよ。  で、読んでいる間つまらなかったり苦痛だったりするわけじゃないんですよ。  まあ、楽しいか?と問われるとそれも微妙なんですけど・・・・・。  でもね、読み終わった後で何かが残るかっていうと何も残っていない・・・・・そんな不思議な物語ですねぇ。  読んでいる間誰が誰だったかわからなくなるっていうことはないんです。  でも、読み終わった後で思い返してみると、ウォルとイヴンとバルロとナシアスの誰がどこでどうしたのかは思い出せないんですよ。  まあ、かろうじてウォルは王様なの
読了日:07月25日 著者:茅田 砂胡


デルフィニア戦記 第1部 中公文庫" href="http://book.akahoshitakuya.com/cmt/6956549"> デルフィニア戦記 第1部 中公文庫" align=left src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51JMF7Y432L._SL75_.jpg"> デルフィニア戦記 第1部 中公文庫" href="http://book.akahoshitakuya.com/cmt/6956549">放浪の戦士 <4> デルフィニア戦記 第1部 中公文庫
個人的にはペールゼンをもっと深く掘り下げて欲しかったなぁ・・・・と思うのですよ。  もちろん悪役っていうのは最初から「悪」の要素をプンプンと撒き散らしていてくれてもいいんですけど、「悪には悪なりの論理」みたいなものがあると、そしてその論理が誰もが持っているホンの些細なきっかけで知らず知らずのうちに嵌っていくような類のものであれば尚更物語にある種の深み・・・・みたいなものが感じられると思うんだけど、この物語のペールゼンはちょっと薄っぺらいなぁ・・・・・。
読了日:07月24日 著者:茅田 砂胡


放浪の戦士〈3〉―デルフィニア戦記 第1部 (中公文庫)放浪の戦士〈3〉―デルフィニア戦記 第1部 (中公文庫)
今回の2冊の中の最大の山場は養父・フェルナン伯爵の臨終の場面でしょうか。  前2冊のこのままの筆致で進むと本当に「デルフィニアおとぼけ合戦物語」となってしまいそうなこの物語の中で、このシーンが描かれることにより、ようやくこれが「おとぼけ合戦」ではなく「戦記」であることが納得できた・・・・そんな秀逸な場面だったと思います。
読了日:07月23日 著者:茅田 砂胡


放浪の戦士〈2〉―デルフィニア戦記 第1部 (中公文庫)放浪の戦士〈2〉―デルフィニア戦記 第1部 (中公文庫)
やっぱりウォルとリィの夫婦漫才チックな会話が笑わせてくれますねぇ。  この第2冊ではそこにもう1人、ウォルの旧友イヴンが参戦し、おとぼけ合戦という雰囲気が満載でタイトルの「デルフィニア戦記」は実際のところ「デルフィニアおとぼけ合戦」という意味だったのか?と勘違いしてしまいそうな雰囲気です。  戦記ものにありがちなハラハラ・ドキドキという高揚感は極めて薄く、クスクス・プッ・プフフというお笑いのノリで読めちゃう本っていう感じです。  これには登場人物(特にウォル側の人間が揃いも揃って見目麗しく、ありえない強さ
読了日:07月21日 著者:茅田 砂胡


放浪の戦士〈1〉―デルフィニア戦記 第1部 (中公文庫)放浪の戦士〈1〉―デルフィニア戦記 第1部 (中公文庫)
いや~、こういう本はサクッと読めちゃいますねぇ(笑)  作りはいかにもいかにものRPG風。  Final Fantasy シリーズやドラクエシリーズの大好きな KiKi にとって、これは決して嫌いなタイプの物語ではありません。  このお話の冒頭で異世界から急に現れたリィを見ていると Final Fantasy X のヒーロー、ティーダを彷彿とさせます(笑)  ま、決して嫌いなタイプの物語ではないんですけど、好物か?と言えばそこは微妙なところです。  まだまだ第1部の第1作目、物語は始まったばかりだし、この
読了日:07月21日 著者:茅田 砂胡


沼地のある森を抜けて (新潮文庫)沼地のある森を抜けて (新潮文庫)
う~ん、この物語は KiKi にとってはかなりビミョーです。  恐らく梨木さんがこの物語で語りたかったことは「ぐるりのこと」のそこかしこで匂わしていらした、生命の神秘と命をつないでいくということに対する1つの視座みたいなものなんだろうと思うんですよね。  そしてそこに絡めて生命の連鎖という我々個々人がどうこうできるわけではないストリームの中での「個」、「個体」とは何か? ということに対するこれまた1つの視座みたいなもの・・・・・。  それは漠然とは感じられるんですよ。  でもね、何もそこに「ぬかどこ」が出
読了日:07月17日 著者:梨木 香歩


ぐるりのこと (新潮文庫)ぐるりのこと (新潮文庫)
このエッセイ、KiKi は好きですね~。  ただ読みやすいか、読みにくいかと言えばかなり読みにくいエッセイだと思うんですよね。  話が大きく飛ぶのは梨木さんの特徴・・・・・でもあるからさほどの戸惑いはないのですが、KiKi もこのブログでやりがちな()カッコ書きでの追記・・・・・がかなり多く、その()部分があまりにも長かったりするので、1つの文脈を2度、3度と読み直してみないと何の話だったのかわからなくなってしまった・・・・・ということも多々あって・・・・・。ただね、これは論文ではなく、文学作品でもなく、
読了日:07月15日 著者:梨木 香歩


夢十夜夢十夜
「夢」という言葉には幻想的でロマンチックなイメージがつきものだけど、でははて、自分がこれまでに見てきた夢はそのイメージほどに「幻想的でロマンチックだったか?」と思い返してみると、時にものすごくリアルだったり、残酷だったり、恐ろしかったりすることがあります。  最近でこそあまり「恐ろしい夢」は見なくなってしまった KiKi だけど、ぼんやりとした幻想的でロマンチックな夢を見たときと比べると、そんなリアルな夢であればあるほど、夢の中で出会った人や出来事、その時の感情を必死で思い出そうする。  そんな気がしない
読了日:07月14日 著者:夏目 漱石,金井田 英津子


家守綺譚 (新潮文庫)家守綺譚 (新潮文庫)
KiKi はね、昔から1つの憧れの立場(職業ではない)、生き方、立ち位置というものがありました。  それは明治時代の書生さん。  未だ何者でもない、何を成しているわけでもない、ある意味頭でっかちで一文の得にもならないようなことをああだこうだと考えている、この物語の中の「精神労働者見習い」みたいなポジショニングの人間。  お金はないけれど時間だけはたっぷりとあって、若さとわけのわからない自信と焦燥感を持て余しているようなそんな人間。  でもね、そんな言ってみれば中途半端なポジションに何故自分が憧れているのか
読了日:07月13日 著者:梨木 香歩


エンジェル・エンジェル・エンジェル (新潮文庫)エンジェル・エンジェル・エンジェル (新潮文庫)
女の子は誰もが子供時代は純なもの、美しいもの、優しいものに心惹かれ、自分こそがそれを体現したものになるんだ・・・・・と無意識のうちに思っているようなところがあると思うんですよね。  でも、時を重ねている中でそんな自分の中の秘めた目標と現実のギャップに否応なく気がつかされるんですよ。  思っていた以上に不純で、醜くて、意地悪な自分という現実に。  それを認めたくはないけれど認めざるをえず、必死で言い訳しようとするんだけど言い訳になっていないことに気がつき、「ごめん」と言いたいのに言えない自分。  多かれ少な
読了日:07月12日 著者:梨木 香歩


たのしい川べ (岩波少年文庫 (099))たのしい川べ (岩波少年文庫 (099))
そうそう、こんなお話だった!!  読み進めていくうちにこの本を初めて読んだ小学生の頃に気持ちが少しずつ戻っていくようで、なんだかくすぐったいような、甘酸っぱいような不思議な感覚でした。  出てくる動物の種類は違えども新美南吉の本を読んでいるときと同じような、著者の小さな動物(命)に寄せる暖かい眼差しに気分がホンワカしてきます。  と、同時にこの本は「自然賛歌」の本でもあり、「家賛歌」の本でもあるように感じます。  「田園ファンタジー」という言葉がいったいいつ頃できて、市民権(?)を得たのか、そしてそれが意
読了日:07月11日 著者:ケネス・グレーアム


春になったら苺を摘みに (新潮文庫)春になったら苺を摘みに (新潮文庫)
「理解はできないが、受け容れる」  さらっと書いてあるこの言葉は人間にできる最大限の寛容の精神の行動パターン。  KiKi もね、もっとずっとず~っと若い頃は「人は言葉を操ることができる知的な動物なんだから、心をこめて、時間をかけて、じっくりと話し合うことさえできれば分かり合えるはず・・・・  今は時代が忙しすぎて時間をかけてじっくりと話し合うことができないのが問題」だと思っていたようなところがあります。  でもね、ある年齢を過ぎてからそれが幻想に過ぎないということに気がついたんですよね~。 だいたいにお
読了日:07月10日 著者:梨木 香歩


りかさん (新潮文庫)りかさん (新潮文庫)
市松人形を目にすることがほとんどなくなってどのくらいになるのでしょうか?  実際 KiKi も子供時代には市松人形をもっていなかったし、KiKi の子供時代がおそらく「リカちゃん人形」のハシリの時代だったと思うんだけど、 KiKi もようこと同じように「リカちゃんが欲しい」とねだった(≒「市松人形を欲しい」とはねだらなかった)ことを懐かしく思い出しました。  KiKi の子供時代であってさえも古い(格式のある?)お宅とかおばあちゃんが同居しているお宅でこそたま~に見かける不思議な人形が市松人形だったんです
読了日:07月07日 著者:梨木 香歩


日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)
昔語りにあれほど頻繁に出てくるキツネ。  神社やお稲荷さんでも石像や木像を数多く見かけるキツネ。  日本人とキツネの間の関係って昔はかなり近しいものがあったはずで、「だます」「だまされる」はともかくとして、その近しかったはずのものが映像か作り物の像だけになってしまったのはどうしてなんだろう?  KiKi はLothlórien_山小舎付近の林や森の中でも未だに「キツネ」には遭遇していないんだけど、それはなぜなんだろう??  環境破壊の一つの例なのかもしれないけれど、それだけではない「何か」がそこにあるよう
読了日:07月05日 著者:内山 節


からくりからくさ (新潮文庫)からくりからくさ (新潮文庫)
なんとも美しい装丁の本ですよね~。  文庫本の装丁でこんなにきれいなものは「梨木作品」特有の現象(?)のような気がするのは気のせいでしょうか?  昨今ではLOHASだのスローライフだのという言葉が大流行で、表面的にはこの物語で描かれている世界に誰もが目を向け始めているかの如き風潮が跋扈しているように感じているのですが、その世界とここで描かれている女性4名の暮らしは似て非なるものだと思います。  何ていうか、「根っこがある」「ない」の違いのようなものを感じます。
読了日:07月04日 著者:梨木 香歩

読書メーター

2015年2月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

Current Moon

CURRENT MOON

東京のお天気


山小舎のお天気


Booklog



ブクログ

アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.261

TrackbackPeople

クラシック・ピープルの Trackback People Site


チェロ ラヴァーズの Trackback People Site


Piano~ぴあの Trackback People Site


ピアノオススメ教本の Trackback People Site


ピアノ教室の Trackback People Site


Book Love Peopleの Trackback People Site


本好きPeople・ぴーぷるの Trackback People Site


今日読んだ本の Trackback People Site


ファンタジーが好き♪の Trackback People Site


この絵本がすごい!の Tackback People Site


児童書大好き♪の Trackback People Site


ハヤカワepi文庫の Trackback People Site


岩波少年文庫応援団の Trackback People Site


薪ストーブの Trackback People Site


週末は田舎暮らしの Trackback People Site


野菜育てPeopleの Trackback People Site


ガーデニングの Trackback People Site


パッチワークキルトの Trackback People Site


あなたの訪問は?


日めくりカレンダー


Real Time News


カテゴリ

ノルンはいくつ?

本が好き!


読書メーター

KiKiさんの読書メーター
KiKiさんの読書メーター

最近読んだ本

KiKiの最近読んだ本

今読んでいる本

KiKiの今読んでる本

読了目標





今やってるゲーム

KiKiの今やってるゲーム

このアーカイブについて

このページには、2010年8月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2010年7月です。

次のアーカイブは2010年9月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

高速運賃





Edita

ブロガー(ブログ)交流空間 エディタコミュニティ

名言黒板


作家別タグ