ショスタコーヴィチ 交響曲第8番

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今週末、KiKi は珍しいことに東京にいます。  なぜってそれは帰省ラッシュの渋滞には巻き込まれたくないから・・・・・ ^^;  本音を言えば体調のあまりすぐれない老親のことも心配だし、先日このエントリーでお話した草茫々のLothlórien_山小舎の庭も心配だし、未だにせっせと実りをもたらしてくれているインゲンも心配なんですよ。  でもね、さすがにあの殺人的とも言える渋滞ラッシュの中に身を置くことは KiKi にはできそうもありません。  だいたいにおいて大学時代に東京に出てきてからというもの、 KiKi はお盆シーズンに帰省したりどこかへ旅行に行ったことがない人間なんです。  人と同じ行動をしたくない天邪鬼だということもあるけれど、とにかくもっと若い時代であってさえもこの時期に動いたことのない人間がこの歳になって動くなんて言うのは狂気の沙汰っていうもんです!(苦笑)  ま、そんな言い訳をしつつも、暑い最中、東京のマンションに閉じこもっています。  で、終戦記念日の今日、こんな音楽を聴いてみました。  ま、てなわけで本日の KiKi の1曲はこちらです。

ショスタコーヴィチ 交響曲第8番
Brilliant 6324/5 ルドルフ・バルシャイ_Cond & ケルン放送交響楽団 録音:1994年3月 & 1995年10月

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なかなかこのブログでは取り上げにくかった作曲家の1人がショスタコーヴィチです。  それは KiKi にとっては大人になってから出会った作曲家だったために、決して聴きこんでいる音楽とは言い難いということもあったし、ロシア音楽にはチャイコフスキーやラフマニノフ的なロマンチックさを求めている KiKi にとって、どうにも闘争的・・・・というか、前衛的な香りを放つショスタコーヴィチの音楽がなかなか受け入れがたいものだったということもあるように感じます。  でもまあ、今日は終戦記念日ということもありますし、我が日本国にとってずっと脅威だったロシアの同時代の音楽を聴いておくというのも意味があるかも・・・・・と手にとってみた次第です。

ショスタコーヴィチが遺した全15曲の交響曲から何を選ぶべきか・・・・・。  このブログで最初にとりあげる1曲にもなることだし、もっとポピュラー(?)な曲(第5番とか)にすべきかなぁとも思ったのですが、ここは敢えて KiKi が一番好きな8番を取り上げてみることにしました。  ま、終戦記念日ですから・・・・・。

この曲は重いですよ~。  一言で言うなら「精神の闘争」っていう感じじゃないでしょうか?  作曲されたのは1943年。  独ソ戦で1度はナチスに占領されたスターリングラードを解放できた年です。  そんな時代背景だから恐らく政府当局としてはもっと華々しくも雄々しい交響曲を期待していたんじゃないかと思うんですけど、ショスタコーヴィチの書いた交響曲はどちらかというと悲劇性に満ちた音楽。  そういう時期にこういう音楽を書くあたりがショスタコーヴィチの屈折した・・・・と言うか、生き抜くために「大衆迎合の強制」という重圧を感じながらも自身の芸術信念を抑えきれない芸術家の魂の叫び・・・・みたいなものを感じます。

第1楽章冒頭からまるで地獄の底からの呼びかけとそれに答える呻き声、もしくは押し殺した叫びみたいな音で始まります。  ここにあるのはエンターテイメントではないし、勝利の高揚でもない。  そして叫びに続くのは悲しげで哀切に満ちたアダージョ。  ここが長い。  長い、長い、長い・・・・。  で、ここが音楽というよりは、苦しみ、心のもだえ、苦悩をそのまま音にしたっていう感じです。  何て言うか、あまりの苦しさに「いっそ死にたい!」と呻いている戦場の兵士の顔が連想できちゃうような気がする音楽なんですよ。  

そしてそれに続く絶叫では管楽器の高音が一種異常なまでに響きます。  何とも凄まじい不協和音です。  で、その頂点から一挙にアレグロになだれ込むんですけどここではホルンが狂ったように吠えます。  もうメチャクチャっていう感じ。  そして不気味な大行進が続きます。  もう十分、もうたくさん・・・・・  そんな風に感じていると再びアダージョへ。  ああ、なんて空しいんだろう。  あれはいったい何だったんだろう???  そんな感じです。    

因みにこの音楽、5楽章編成なんですけど、今回 KiKi が鑑賞しているCDでは以下のような時間配分になっています。

第1楽章: Adagio                 27分27秒
第2楽章: Allegretto               6分42秒
第3楽章: Allegro non troppo  6分28秒
第4楽章: Largo                    9分38秒
第5楽章: Allegretto             13分45秒

全曲のほぼ半分を占めるのがこの第1楽章なんですよね~。  で、正直なところ第1楽章だけでどっと疲れちゃうのです(苦笑)  アダージョの緩徐楽章って一般的には心が穏やかになる音楽が多いと思うんだけど、この曲に関して言えば穏やかなんていうのはどこの世界の話???っていう感じです。  

そして第2楽章はアレグレット。  ちょっとスケルツォ風。  行進曲のような感じもすれば舞曲のような感じもする音楽。  ピッコロが軽快に舞うんだけど、おどけているわけではなさそうだし・・・・・。  う~ん、これは何なんだろう????  緊張感???  それとも焦燥感???  狂気の続き???  正直なところあの空しさの後だけに、何だかよくわからない気分に包まれているうちにティンパニの強打音で幕。  

第3楽章も何が何だかわからない雰囲気から始まります。  弦楽器がまるでノコギリをギコギコとひいているような、歯車がギシギシと回っているような、なんとも落ち着かない不思議なBGMを繰り出す中、管楽器がまた異様な叫び声をあげます。  何だか人間とは思えないような、そう、冷血な機械が決められたプログラム通りに任務を遂行していく・・・・そんな感じです。  そして突如鳴り響く突撃ラッパ。  そして前進あるのみ・・・・・。  でも、そこにあるのはやはり機械的なギコギコした動きばかり。  ここは戦場・・・・・。

アタッカでなだれ込む第4楽章、ラルゴは不気味さ満載の音楽です。  ひょっとしたら鎮魂歌なのかもしれないけれど、どちらかというとこの戦闘で亡くなった成仏できなかった兵士たちの霊が漂っているような感じの音楽なんですよね。  スターリングラード解放??  それがどうした????  それより見ろ、この大地を。  そしてここに横たわる夥しい死者を。  これが戦争っていうもんだ!  そんな呻き・・・・・のような声が聞こえてきます。

その漂う霊なのか、霧なのかが晴れ、戦争が終わった解放感が歌われる第5楽章。  ・・・・・とも聞こえるんだけど、相変わらず「晴れ晴れとした爽快感」とはどこか無縁の音楽なんですよ、これが又。  勝利の音楽かと思えば、全曲とおして変な雰囲気を煽り続けてきている管楽器がよくわからない音楽を奏でるし・・・・・。  「終わった???  終わったん・・・・だよね。」  ところが終わっていないんですよ。  生きることの素晴らしさ、平和の美しさを賛美していたのかと思いきや、勝利 & 平和の音楽はいつの間にか迷走し始め、不協和音にうち消されます。  そして訪れる強制された喜び、絶望、諦め、涙。  もう死んだようにおとなしくしているしかない・・・・・。    

 

ショスタコーヴィチの死後に出版された「ショスタコーヴィチの証言」という本があるんですけど(その真贋のほどはかなり疑問視されている部分もある)、その中でショスタコーヴィチはこんなことを言っていたことになっています。

第7交響曲は戦争のはじまる前に構想されていたので、ヒトラーの攻撃にたいする反応として見るのはまったく不可能である。  「侵略の主題」は実際の侵略とはまったく関係がない。  この主題を作曲したとき、私は人間性にたいする別の敵のことを考えていた。

ヒトラーによって殺された人々に対して、私は果てしない心の痛みを覚えるが、それでも、スターリンの命令で非業の死をとげた人々に対しては、それにもまして心の痛みを覚えずにはいられない。  拷問にかけられたり、銃殺されたり、餓死したすべての人々を思うと、わたしは胸がかきむしられる。  ヒトラーとの戦争がはじまる前に、わが国にはそのような人々がすでに何百万といたのである。

戦争は多くの新しい悲しみと多くの新しい破壊をもたらしたが、それでも、戦前の恐怖にみちた歳月をわたしは忘れることができない。  このようなことが、第4番にはじまり、第7番と第8番を含むわたしのすべての交響曲の主題であった。

第7番が「レニングラード交響曲」と呼ばれるのに私は反対しないが、それは包囲下のレニングラードではなくて、スターリンが破壊し、ヒトラーがとどめの一撃を加えたレニングラードのことを主題にしていたのである。  私の交響曲は大多数は墓碑である。  わが国では、あまりにも多くの人々がいずことも知れぬ場所で死に、誰ひとり、その縁者ですら、彼らがどこに埋められたかを知らない。  私の多くの友人の場合もそうである。

まあ、これが作曲家本人の正しい声だったのか否かは KiKi には判断できないけれど、少なくともこの第8番を聴く時、KiKi はこの曲が書かれた時代を思わずにはいられないし、そこに戦争の悲惨さのみではなく、もっと根源的な人間の持つ業のようなものに対する「理解できなくはないかもしれないけれど、受け容れ難いもの」を感じずにはいられません。

 

          

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コメント(6)

ショスタコーヴィチってどうもなんというか虐めたくなっちゃうんですよね。
いや、洗練されているし、研ぎ澄まされた透明な響きにモダンで知的な感じはいいのですけど、なんだか教室の隅でコソコソ何かをやってる根暗なイメージがどうしても私の頭から離れないんです。
自分の境遇が恵まれない事を外に理由を求めようとする意気地なしといいますか。
で、音楽に心情の吐露を巧妙に隠して、またそれを「隠してありますよ」的な事を言っちゃうあたり、気持ちはわかるけど「ボクね、本当はとっても頑張ったんだよ」的なものを感じちゃって、堂々とコジマを寝取ったワーグナーに比べちゃうとねぇ。
殺されそうならプロコフィエフみたいに亡命するって言う選択もあったろうにって思うんですよ。
ワーグナーだって借金取りから逃げ惑ったわけだし。
でもこの曲、ハイティンクとコンセルトヘボウ管弦楽団の胸に秘めた青白い光は不気味な気がするし、そうそう、弦楽四重奏の第8番なんか、いかがでした?。

かつてkiki様の「ミゼレーレ」で
コメントで飛び込んだものです。

しばしばこのサイト立ち寄り
更新される内容 いつも楽しんでおります。

さてさて 
1年以上前にこの頁を読み
何とも納得させられまして
時差ありますが
今更ながらコメントしてみました。

ワタシにとってショスタコ
「真綿で首絞める曲 
その状況を客観的かつ冷静にみている 絶望感 虚無感 諦め」
という感でしたので ずっと距離を置いてました

中学生の時聴いた5番に惹かれがらも
「私がなんぞが聴いてはいけない
 私なんぞに持ちこたえらられない」
という思いデスネ

結局
チチンプイプイとタコ8と呼ばれるもの・・・以外何が有名かも知りませんでした。

去年、少しばかり苦しい事が重なりまして
ある日 立ち寄った中古屋で
”8番”にスッと手を伸ばし聴いてみました。

購入したものは 
たまたまムラヴィンスキーの演奏でしたが
コレがまた、、、
打ちのめされて エラクはまりました
(マゾ?)

ただでさえ真綿なのに
この苦しい時になぜ?って不思議でした。
一時 聴ける時間に通しで聴きまくってました
(暗っ)

私なんぞに表現ができないものでしたが
kiki様の的を得たこの頁がありまして
思わずウンウンとうなずくばかり

それから8番にこだわり 色んな指揮者
そしてバルシャイの全曲盤購入しました

バルシャイの演奏 
色彩があり バランスがあって
私のような初心者には特にイイと思います

>あの時代のあのソ連に生きていくっていうのは、それだけ大変なことだったのかもしれない・

少しでも理解したく
亀山郁夫氏の「磔のロシア」という本を
読みましたが
あれは経験した人間にしかわからない
とてつもない宇宙(旧ソスターリン)だったと
思いましたね。

「一日を なんとしてでも生き抜く」 
その中で
「スレスレの中で 作曲をする」
そんなこと よくぞできたなぁとも思います

感想になってません。。。。失礼しました

ミゼレーレ投稿、相当前でしたっけ。
思い出していただいてありがとうございます♪

また 私の幼稚な長文に付き合ってくださって
ありがとうございます。

ショスタコーヴィチ
あれから4番もはまりましたが
指揮者によって受ける印象がだいぶ違ってきます。

正直 音楽を語れるレベルではないのですが
「自分の耳との相性は大事」と
つくづく思います。

また作曲家の生きた時代背景やら文化やらを
知ることもかなりポイントかなとも。
ただ”自分脳”で勝手に解釈、
思い込みしてしまう危険はありますが・・・。

ちなみに追加コメントです
「チェーザレ」大好きなんです 私。
 しかーし9巻 いつでるんでしょうか(笑)

「上州」
群馬の山並 いいですねぇ
秩父から上州にかけて 雰囲気好きなんです
去年は妙義よく行きました

もちろん・・・・お中道コースです

山小屋、本、音楽
楽しい話題 楽しみにしてます では~♪

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2010年8月15日 12:05に書いたブログ記事です。

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