神曲 煉獄篇 ダンテ

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さて、ちょっとペースダウンしてしまっていたのですが、ようやく「神曲 煉獄篇」を読了しました。  いや~、ここは結構辛かったです。  必ずしも面白くなかったわけではないのですが(とは言うもののおしまいの方は面白くなかったけれど・・・・ ^^;)、先日もこのエントリーでお話したように、そもそも KiKi にとっては「地獄」と「天国」はそれでもまだ馴染みのある概念なんだけど、「煉獄」っていうやつだけは正直「何?  それ???」っていう感じなんですよね~。  ま、とにもかくにも本日の Review はこちらです。

神曲 煉獄篇
著:ダンテ 訳:平川佑弘  河出文庫

51CzOuOd1VL__SL500_AA300_.jpg (Amazon)

二人の詩人、ダンテとウェルギリウスは二十四時間の地獄めぐりを経て、大海の島に出た。  そこにそびえる煉獄の山、天国行きを約束された亡者たちが現世の罪を浄める場である。  二人は山頂の地上楽園を目指し登って行く。  永遠の女性ベアトリーチェがダンテを待つ。  清新な名訳で贈る「神曲」第二部煉獄篇。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは「煉獄って何?  どこ??」という疑問を払拭しておかないと、とにかく先には進めそうもないので、Wikipedeia で調べてみると、こんな説明が載っています。

煉獄(れんごく、ラテン語: purgatorium)とは、キリスト教、カトリック教会の教義のひとつ。

カトリック教会においては、神の恵みと神との親しい交わりとを保っていながら完全に清められないままで死んだ人々は、天国の喜びにあずかるために必要な聖性を得るように浄化の苦しみを受けるとされており、この最終的浄化を煉獄という。  第2バチカン公会議以降の教会の現代化の流れにより、現代のカトリック教会においても煉獄について言及されることはほとんどない。

煉獄の教義は、教会の東西分裂以降のカトリック教会にて成立した。  このような経緯もあり正教会では煉獄を認めない。  またプロテスタント教派もルターを始めとして煉獄の教義を認めない。  古くは「浄罪界」とも訳される。

地獄は救いの無い場所天国は罪の一切無い場所と定義されるが、煉獄はキリスト者として罪の贖いを受けて救済を約束されていながら、小罪および罰の償いが残っているため、浄化を必要とする者のためにある場所と考えられている。  聖書に具体的な記述があるわけではないが、「マタイによる福音書 12章32節」において、後の世で赦される可能性が述べられていること、および、「マカバイ記 2の12章43節」において、罪を犯した死者のために執り成しの祈りを認めていることを根拠にしている。  カトリック教会は死者のための祈りのほか、死者のための施し、免償、償いのわざを勧めている。  煉獄における救済は、聖母マリアおよび諸聖人の執り成しによるとされる。  (Wikipedia より転載)

なるほどね~。  「煉獄における救済は、聖母マリアおよび諸聖人の執り成しによるとされる」から、ここにいる人たちはすすんでダンテに身の上を語り、現世に残された縁者の祈りを必要とするのでその言伝をダンテに託し、さらにはダンテ自身が最終的にはここでベアトリーチェに出会うという「神曲」のおおまかなコンセプトを決定づけているわけですねぇ。

それにしてもキリスト教の教義によって煉獄を認めたり認めなかったりというぐらいだから、キリスト教徒ではない KiKi にとってこの「煉獄」という概念がわかりにくいのも無理はないですよね。  だいたい、この「煉獄篇」の描写なんですけど、確かに地獄ほどは迫力がないものの結構「地獄まがい」のおどろおどろしい場面もあったりして、「地獄と何がどう違うんだろう??」と思ってしまう場面もなきにしもあらず・・・・・。  まあ、同時に美しい森があったり、清々しい風が吹いていたりもするので尚更のこと「正直よくわからない場所だなぁ・・・・」と。

そこでもう少しだけ「煉獄調査」を進めるために、敢えて「マタイによる福音書 12章32節」と「マカバイ記 2の12章43節」を(そこだけを)読んでみるとこんな感じです。

「マタイによる福音書 12章32節」
人の子に言い逆らう者は許される。  しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でも後の世でも許されることがない。  (新共同訳 聖書より転載)  

「マカバイ記 2の12章43節」
次いで、各人から金を集め、その額、銀二千ドラクメを贖罪の献げ物のためにエルサレムへ送った。  それは死者の復活に思いを巡らす彼の、実に立派で高尚な行いであった。  (新共同訳 聖書より転載)

う~ん、読めば読むほどよくわからん・・・・・・ ^^;  ま、いっか・・・・・。 

因みに、地獄と比べてここ煉獄にいる人たちは KiKi にとってあまり馴染みのない人が多かったです。  そうそう、それとですね、地獄と煉獄って形からすると地獄をひっくり返したのが煉獄・・・・みたいな形になっているみたいです。  要は地獄はすり鉢状・・・というか漏斗状で下へ行くほど狭まってその先っちょにあるのが氷漬けの世界なんだけど、煉獄はそれを上下ひっくり返したような形の急峻な岩山でその天辺にあるのが天国・・・・らしい。  地獄から天国に移動する際には地獄の底に埋まったルシフェロの体づたいにダンテはウェルギリウスに負ぶさって、地球の球体のど真ん中を突き抜けてエルサレムとはちょうど反対側に突き抜けていくような形で浄罪山のほうへ脱出していったということらしいです。  何となくネジをどんどん下がっていくみたいな感じがしてちょっと面白いと思いました。

300px-Botticelli_ChartOfDantesHell.jpg
ボッティチェリ 「地獄の図」 (漏斗状。  最下部が氷漬けの世界)

300px-Michelino_DanteAndHisPoem.jpg
ドメニーコ・ディ・ミケリーノ 「ダンテと神曲」 (中央の人物がダンテ、その左奥に見えるのが煉獄山とその頂上に天国。  さらに左の大きな門の先が地獄。)  

さて、で、そんな煉獄の様相ですが例によって例の如く、KiKi のメモから抜粋しておきたいと思います。  

煉獄前域 - 煉獄山の麓。  小カトーがここに運ばれる死者を見張る。
第一の台地 破門者 - 教会から破門された者は、臨終において悔い改めても、煉獄山の最外部から贖罪の道に就く。
第二の台地 自堕落な者 - 信仰を怠って生前の悔悟が遅く、臨終に際してようやく悔悟に達した者はここから登る。
煉獄の門 - 煉獄山の入口。  それぞれに色の異なる三段の階段を上り、金と銀の鍵をもって扉を押し開く。  ダンテはここで7つの大罪を意味する7つのPの文字を額に刻まれる。  この傷はこの後、環道を抜けるたびに消されていく。  因みに7つの大罪とは「傲慢」「貪欲」「邪淫」「嫉妬」「貪食」「憤怒」「怠惰」の順で呼ばれるらしいが、煉獄では「傲慢」「嫉妬」「憤怒」「怠惰」「貪欲」「貪食」「邪淫」の順に清められていくらしい。  なぜ順番が変わるのか KiKi にはよくわからない・・・・・ ^^;
第一の環道 高慢の罪 - 生前、高慢の性を持った者が重い石を背負い、腰を折り曲げる。  ダンテ自身はここに来ることになるだろうと述べている。  へぇ、自分が高慢ちきだっていう自覚はあるんだ・・・・(苦笑)。  正直なところここまで読んでみての感想として、地獄篇はものすご~く面白かったけれど、それでもどことなく「ダンテ先生の物知りカタログ」に読めちゃうところもなきにしもあらずだと感じないでもなかったんですよね~。
第二の環道 嫉妬羨望の罪 - 嫉妬に身を焦がした者が、瞼を針金で縫い止められ、盲人のごとくなる。
第三の環道 怒りの罪 - 憤怒を悔悟した者が、朦朦たる煙の中で祈りを発する。
第四の環道 怠惰の罪 - 怠惰に日々を過ごした者が、善き願いと正しき愛に鞭打たれて、ひたすらこの環道を走り回り、煉獄山を周回する。
第五の環道 貪欲の罪 - 生前欲深かった者が、五体を地に伏して嘆き悲しみ、欲望を消滅させる。
第六の環道 大食の罪 - 暴食に明け暮れた者が、決して口に入らぬ果実を前に食欲を節制し、骨と皮になる。  ここでダンテがとってもいい質問(「養分を取る必要のない煉獄の魂がなぜやせ細るのか?」)を発して、途中からダンテ & ウェルギリウスと一緒に歩いていたスタティウスが丁寧に?(長々と?)説明してくれているんだけど、その答えがKiKi にはさっぱり理解できず・・・・・ ^^;  この説明が「生命の神秘とは?」というような質問に対するものだとしたら、とっても文学的かつ面白い説明だなぁと感動することができたと思うんだけど・・・・。   
第七の環道 好色の罪 - 不純な色欲に耽った者が互いに走りきたり、抱擁を交わして罪を悔い改め、猛火の中で浄められる。
山頂 地上楽園 - 常春の楽園。  煉獄で最も天国に近い所で、かつて人間が黄金時代に住んでいた場所(楽園追放前のアダムとイブの住んでいたところ?)という。  悪に染まった記憶を忘却させるレテ川・善を想起させるエウノエ川がある。  ここでベアトリーチェと会う。

ダンテは案外「小カトー」が好きだったんですかねぇ・・・・。  辺獄(リンボ)にいるのと、煉獄山の麓にいるのとどちらの方が「厚遇」されている状況なのかよくわからないので、何とも言えないんだけど、いきなりここで「小カトー」が出てきたのには驚きました。  そして最後の最後、ダンテはベアトリーチェと出会うわけだけど、これがやたら説教じみた女で、久々の再会の割にはまったく感動できず逆に退屈に思えてしまうのが何とも言えません(笑)。

ここまで読んできて、ようやく KiKi は以前にこのエントリーでご紹介した「人間の歴史の物語」でダンテについて触れられていた箇所の記述に納得がいきました。  最後にそれを転載しておきたいと思います。

中世の最後の場で、幕がおりようとした寸前に、1人の孤独な人の姿が、舞台を横切った。  君たちは、この人については、名前だけではなく、もっと多くのことを知らなければならない。  この人こそ、ダンテであった。  ダンテはアリギエリ家の一族である、フィレンツェの一法律家の子だった。  (中略)  ダンテは通学するようになると、法王側のゲルフ党と、皇帝側のギベリン党との、絶え間ない、恐ろしく果てしもない、血なまぐさい戦争のあとをながめて、怯えたこともあった。

大きくなると、ダンテはゲルフ党に入ったが、これはただ、父がゲルフ党だったからである。  (中略)  しかし、数年経つとダンテは、イタリアは1人の頭によって統一されなければ、千にものぼる小さな都市の間の理由のないねたみの犠牲になって、滅び去るだろうと考えた。  そこで彼はギベリン党に変わった。

ダンテは、アルプスの向こうから助けが来ないものかと考えた。  (中略)  1302年に、ギベリン党はフィレンツェから追い出された。  それ以来、1321年に、ラヴェンナのさびれた廃墟で死ぬまで、ダンテは、金持ちの家の食卓で出されるパンを食べながら、放浪する身となった。  その金持ちの名は、彼らがこのみじめな詩人に親切をつくさなかったならば、とっくに忘れられてしまったに違いない。  長い追放の期間に、ダンテは、彼が故郷の町で政党の頭であった頃や、可憐なベアトリーチェ・ポルティナリを一目でも見ようと、毎日アルノ川のほとりを歩いていた日を送った頃のことを思い出し、自分の行いは正しかったという、申し開きをする必要があると考えた。

彼は、自分の志を遂げることができなかった。  生まれた町フィレンツェに忠実に尽くしたのに、堕落した裁判所から公金を盗んだという罪に問われ、フィレンツェに戻ってくれば、火あぶりにすると申し渡されたのだ。  ダンテは自分の良心と同時代の人たちに身の潔白を示そうと、1つの想像の世界を作りだした。  そして、自分が敗れたいきさつをこまかに述べ、貪欲と野望と憎しみにとに満ちた、絶望的なありさまを描きだして、美しい祖国イタリアは、よこしまでひとりよがりの暴君の、無情な雇い兵たちの戦場となってしまったと述べた。

彼は、この物語を、復活1300年祭の前の木曜日に、深い森の中で迷い、彼の行く手にヒョウとシシとオオカミとが立ちふさがっているのを見た話から始めている。  彼が死を覚悟した時、森の中に白い姿の人が現れた。  それは、ローマの詩人であり、哲人であるヴェルギリウスだった。  聖母と天上から愛人の運命を見守るベアトリーチェとが、彼を助けるために、この人をよこしたのだった。  (中略)  この恐ろしい所(地獄の最深部)へ着く途中で、ダンテは彼の愛する町の歴史で、何か一役演じた人たちに、残らず出会った。  皇帝たちや、法王たち、向う見ずの騎士や泣きごとを言っている高利貸し・・・・・こういう人たちが、みな永久の罰を定められたり、あるいは煉獄を去って天国にのぼる、救いの日を待っていた。

これは世にも不思議な物語だ。  13世紀の人々が、したこと、感じたこと、恐れたこと、祈ったことなど、すべてのことがわかる物語だ。  どのページを開いても、この孤独な追放の身の人は、永遠に自分の絶望のかげにつきまとわれている。  (岩波少年文庫 「人間の歴史の物語 上」より転載)

あ、そうそう、さらに最後に・・・・・。  地獄篇を読んだときに感じた「ギリシャ神話」との親和性だけど、やっぱりあれは「ギリシャ神話を邪教として蔑視」ということではなく、「キリスト教とギリシャ神話の混淆の痕跡なのかなぁ・・・・」と。  考えてみればキリスト教が発展してくる過程で、ローマ帝国に受け入れられたということがとっても重要なポイントだったわけで、じゃあそのローマはキリスト教以前には何を信仰していたかと言えば「ローマ神話」なわけで、その「ローマ神話」はどうできあがったのかと言えばその大元は「ギリシャ神話」にあり、さらには古代ローマの帝国統治政策においては「現地文化とほど良く混じり合う」のがある種の要だったわけだから、ギリシャ神話 & ローマ神話とは少なくとも敵対はできなかったはずだよなぁ・・・・と。 

ま、ということで、この煉獄篇あたりまではそこそこ「ギリシャ神話がらみモチーフ」が散りばめられているので KiKi にとってはまだまだ親しみを持てる世界なんだけど、「天国篇」はどうなってしまうことやら・・・・。  引き続き「神曲」を読み進めるべきか、はたまたちょっと寄り道してみようか、ちょっと迷っている KiKi なのです。 

          

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