2011年3月アーカイブ

KiKi の俄か勉強の4冊目を読了しました。

これからの防災・減災がわかる本
著:河田惠昭  岩波ジュニア新書

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家で、学校で、外出先で、もし災害に遭ったら?  年々、大災害が増加し、被害も拡大しています。  いつどこで災害に遭っても命と財産を守れる「減災」社会に変えていくにはどうしたらよいか。  災害のメカニズムを知り、適切な危機管理能力を身につけ、みなさんが自分で考えて行動できるようになるための一冊。  (新書本裏表紙より転載)

今回の震災の後、多くの報道番組がありましたがNHKが放映したある番組が KiKi の興味をひきました。  その番組では釜石(だったと思う)の風景が映し出され、これまで何年もこの町が群馬大学の先生と一緒に防災対策を行っていたこと、その先生が町の人たちと一緒になって町中を歩き回りながら「もしも津波が来たら・・・・」ということをある災害規模の想定内で・・・・ではあるものの検討・勉強・準備されていたこと、今回の津波はその想定をはるかに超えるものだったこと、結果的に大人は想像以上の被害規模に「今までやってきたことは何だったのか?」とがっくりきているんだけど、そんな中、その過程で行われた防災訓練のエッセンスが多くの子供たちの中に確かに息づいていて彼らの命が救われたこと等々が報告されていました。  

それだけの準備をしていても尚、と歯噛みする気持ちも抑えきれなかったけれど、翻って我が身を振り返ってみれば彼らの10分の1も災害に対する準備ができていないことにあらためて気が付かされます。  阪神の時も中越の時も、さらには地震以外のいくつもの自然災害の際にも結局 KiKi は報道されるニュースを見て涙を流したり、呆然としたりすることはあっても「同じことが我が身に起こったら自分を守るためにできることは何か?」を真剣に考えてこなかったような気がします。  多くの災害の報に接して以来変わったことと言えば、いわゆる「防災訓練」(年に1度か2度しかないけど ^^;)の際に、少しは真面目に参加するようになったこと・・・・ぐらいです。  これが仕事の場面になれば「Business Continuity Plan = 事業継続計画」を策定しなくては・・・・とか、「Disaster Recovery Plan = 障害復旧計画」を考えなくちゃ・・・・とやってきたにも関わらず・・・・です。 

今回の震災を機に、これまで興味を持たずにきた多くの事に関して慌てて俄か勉強を始めた KiKi です。  こういう俄か勉強の友として KiKi が長らく重宝しているのが岩波ジュニア新書のシリーズです。  蔵書数では必ずしも盤石とは言い難い我が吾妻郡図書館も岩波ジュニア新書は揃っています ^o^  ま、てなわけで「原発」「エネルギー」に引き続き KiKi が読了したのはこちらです。

地震・プレート・陸と海
著:深尾良夫  岩波ジュニア新書

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「陸と海はどうちがう?」 「地球のふくらんでいるところが陸で、へこんでいるところが海」 この答えは正しいだろうか。  大規模なプレートの運動によって、海が拡がり、地震・火山・しゅう曲などの地質活動が起こっている。  そのダイナミックなメカニズムを、わかりやすく解説。  調べれば調べるほど地球は面白い。  (新書本裏表紙より転載)

プレート境界型(海溝型)地震と直下型(活断層による)地震。  今回のような災害が発生すると言葉だけはよく聞くし、耳には残っているけれど正直ほとんど理解できていない KiKi。  今回の地震が発生する前に何度も「東北は暫くの間、地震には注意が必要」という警告を発していた学者さんたちがいらした一方で、「ふ~ん、最近では地震のことがある程度予測できるようにまでなったんだ。  凄いねぇ。  でも、起きる直前に『来るぞ~!  危ないから避難しろ~!!』という警報が発せられるようにならなくちゃねぇ・・・・」と凡そ他人事だった自分にあらためて気が付きました。  「地震大国」に住みながら地震のことがほとんどわかっていないんじゃ情けない・・・・・。  ま、そんな焦りのような気分からこの本を手に取りました。

読了しての最初の感想は「う~ん、難しい!!  ジュニア新書と言えどもこれは侮れない」というものでした。  表紙の絵は可愛いし、本のスタートは架空の地底探査ロケットの旅のお話とバリバリ文系の KiKi にもついていきやすい本だったのですが、途中から融点分布やら音波やら磁気異常やらというはるか昔に物理の授業で習っただけで KiKi の人生にはまったく登場しなかったような言葉が頻発しだすにつれオロオロしだし、「リソスフェア」だの「アソスフェア」だのという専門用語が登場するに至っては「読み進めるのをやめようか?」と思っちゃったぐらい。  因みにこのリソスフェア & アソスフェア以外には地学専門用語と思しき単語は出てこなかったのですが、KiKi のような超ど素人には締まらなくてもいいから(著者がこの言葉を使う際にそう言い訳(?)している)それらのリソスフェアとアソスフェアが何者かを説明してくれているくだりの「カチカチ層」「ネトネト層」という言葉を使い続けてくれた方が嬉しかった(苦笑)  

歳のせいかこういう専門用語を一冊の本を読み終わるまでという短い時間の間であってさえも、ちゃんと記憶できなくなっちゃっている最近の KiKi は手元に「リソスフェア ≒ カチカチ層」「アソスフェア ≒ ネトネト層」と書いたアンチョコを常に手元に置いて読み進めていたぐらいです。

  

おらが村も被災者支援

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一昨日の酪農家Hさん訪問にひき続き、昨日、KiKi はいつもお世話になっている地元材木業者のHさんのお宅を訪ねました。  都会生活を半分引きずった KiKi みたいな「なんちゃって村民」にはなかなか村の最新情報は入ってきません。  このHさんは1年限定(どうやら今年の4月か5月までらしい)で農協にもお勤めされているし、このあたりではちょっとした有名人なので、日頃から多くの情報をお持ちの方なのです。

お上から出荷制限をくらったホウレンソウとカキナは全部廃棄処分にされたとのこと。  で、今では出荷制限解除となったらしいのですが、どのみち一旦「出荷制限の群馬産」ということで名を馳せちゃったし、「出荷制限解除」という報も周知されているわけではなく(よくわからない理由で県には通達があったけれど、国民への通達はなされないらしい)、収穫してもどうせ売れないので今は収穫しないまま放置という農家さんが多いとのこと。  ハウスで栽培されていらっしゃる方は燃料費をかけてビニールハウスを暖めて育てていただけに損害の大きさは計り知れないとのこと。  そして問題としてもっと大きいのは出荷制限をくらった2品以外の産物までもが「群馬産」ということで売れなくなっており、価格がどんどん下落していて損益分岐点はとっくの昔に通り越し、今では出荷すればするほど赤字になっているのだとか・・・・・。  

農家さんの気持ちとしてはせっかく精魂傾けて栽培した野菜だから、より多くの人に食べてもらいたいと思う反面、出荷すればするほど赤字ではそれを支え切れるそれなりの資力がなければ今度は我が身が持たない・・・・ということで、半端じゃないどんよりムードが蔓延しているのだそうです。  KiKi 自身はこのエントリーでもお話したように、はっきり言って今のレベルの汚染度であれば気にしないで食べるし、正価で買ってあげたいと思うけれど、それ以上の需要を喚起することは難しい・・・・・ ^^;  こんな時だからいかに親しい知り合いであっても「群馬産の○○は大丈夫だから、買って食べてあげて」とは言いにくいし、大家族を抱えているわけでもない KiKi がどんなに頑張ってもたいした消費量にはならないし、やっぱりここにも KiKi にできることはあんまりないなぁ・・・・・。

明るい話題がほとんどないなぁ・・・・と落ち込み始めた時、ほんのちょっとだけ KiKi の心を明るくしてくれる話題が出ました。  おらが村でも原発から逃れて住み慣れた場所から離れる方々の一時避難所を設け、28日頃から受け入れを始めるというのです。  人口4千人強のド田舎の村で受け入れる人数は約350名なのだそうです。  宮城や岩手の被災者の方々ではなく、基本的には福島の原発避難民の方々ということになっているのだとか。  人口の1割近い、しかもここ高山村よりもはるかに文化的だった都市部にお住まいだった方々を受け入れるのですから、ひょっとしたら KiKi みたいな「なんちゃって村民」にもできること・・・・・っていうのもひょっとしたらあるかもしれません。  いずれにしろ、人口分布から考えても、いずれそれなりに人手が必要になることが出てくるような気がしています。  

現時点では村のHPにはそれに関する話題は出ていないし、昨日訪れた村役場でもそれに関する動きのようなものは察知できなかったし、防災無線でもこれといったお達しはないので、これから暫くはそういう情報を自発的・意識的に集めて、いざ!と言う時にすぐ動ける体制だけは作っておきたいなぁと考えています。

まあ、KiKi の場合は中途半端に東京にも仕事を持っているだけに、どんなことができるか?はよ~く考えなくちゃいけないと思うけれど、これから農繁期に向かえば、多くの村人たちも「移動する手間」を除けば KiKi と同じように自分の仕事をこなしながらの支援ということになるはずだから、きっと KiKi にもできること、KiKi にしかできないことも出てくるんじゃないかな?と思っています。

 

あれこれ

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KiKi はインターネットのトップページを Yahoo! にしているんだけど、最近はこんなもの(↓)が表示されるようになり、「あ! 今のうちに○○しておこう!」とか「あ! そろそろPCを閉じよう!」とか、そういう判断のある種のバロメータにしています。

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で、Yahoo! のトップページにこんなものが表示されるようになったからには、どこかの技術者がきっとブログパーツも作っているに違いない!と探してみたところ、案の定、見つけることができました。  そこで早速ここLothlórien_Blog の右サイドバーにも表示してみました。  必要以上にあれこれ考えて萎縮するよりは、こういう情報(必ずしもタイムリーとはいかないみたいだけど ^^;)をベースに行動を考えられるのはいいことだなぁと感じています。  

さて、今日のLothlórien_山小舎ですが、外の景色はこ~んな感じです。

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これ、昨晩降った雪です。  まあ、たいした量ではないんだけど、灯油がないだけに心なしか寒々とした景色に映ります。  まあ被災地はもっと寒いだろうし、まして体育館とか公民館みたいな所を利用した避難所では底冷えも半端じゃないだろうから、贅沢なことを言ってはいられません。  まして KiKi の場合、もう少しは温かく過ごせる東京にも家がありながら、好き好んでこんな場所に来ているのですから!!

 

昨日はここの元地主であり、いつも牛乳でお世話になっている近所の酪農家のHさんのお宅を訪ねてみました。  震災直後は牛乳パックの生産がストップして出荷制限があったらしいのですが、今は特に大きな影響は出ていないとのこと。  又、あの地震はここでもかなり揺れたのですが、牛さんたちがストレスでお乳の出が悪くなった・・・・というようなことも起こっていないとのこと。  ただ、群馬県ではホウレンソウとカキナが出荷制限となっているので、生乳でもいつ何時同じような事例が見つからないか、ビクビクものだそうです。  お話していて思ったのは今回のホウレンソウ & カキナもそうですけど、県下のどこか一か所でそういう事例が発見されると、県内の同じ産業が一斉に同じ憂き目にあう・・・・ということにある種の矛盾・・・・というか、割り切れなさを感じました。

農家1軒1軒の検査をしていられない・・・・というのもわかるし、食の安全を守ることの重要性もわかるけれど、食品の出荷制限が県単位というのは何とかならないものなんでしょうか??  身内贔屓でこんなことを言っているわけではなくて、ここ高山村は群馬県でもちょうど真ん中辺に位置していて、福島原発からの距離を考えるとかなり遠いんですよね。  そして、この先には更に遠いエリアも確かに存在していて、そこらへんあたりの感覚からすれば「ここがダメなら埼玉も神奈川もダメだろう!」と思わずにはいられないと思うんですよ。  少しでもリスクのあるものを保守的に考えて出荷・流通させない・・・・というのは合理的と言えば合理的だけど、あまりにも多くのロスを発生させ、正直な気持ちとしては勿体ないなぁ・・・・と。  この勿体ないはその生産物そのものの廃棄が勿体ないというのもそうだし、経済効果(農家さんの経済的被害)としてもという意味で・・・・なんですけどね。

もちろん放射能(& 放射線)っていうのは目に見えないものだし、体に蓄積していくものだし(半減期はあるけれど)、怖いものだとは思いつつも、世の中にはもっと安全じゃない得体の知れない食べ物なんていっぱい流通しているのになぁ・・・・と思わずにはいられません。  ま、てなわけで今回も KiKi は何の躊躇もなくいただいてきました、牛乳。

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いつも通り、コクがあって美味しい♪  今晩はこの牛乳を使ってクリーム煮を食す予定です。   

昨日、KiKi はガソリン等の供給状況を確認するために、村の中をチョコチョコっとお出かけしてみました。  今週の月曜日には Close していたGSが営業再開され、ガソリン価格はリッターあたり149円で給油することができました。  GSのお兄ちゃんの話によればようやく一昨日、このGSにもガソリンの供給があったとのこと。  特にコレといった給油量制限はなく「レギュラー 満タン」にしていただけました。  被災地では未だに給油量制限があるというようなニュースを耳にしているだけに何だか申し訳ないような気がしたけれど、来週は東京に戻ってお仕事の会議に出なくてはならないため、正直ホッとしました。

元々この村のGSは若干お値段が高めだったのですが、リッター当たり145円~146円で入れられていたことや、供給元では卸価格を抑えているという報道を考えると、ず~っと昔学んだ需要曲線と供給曲線の交点で価格が決まるというあのグラフがありありと思い出されました。

ガソリンに関しては給油量制限がなかったのですが、灯油の方はそうはいきませんでした。  Lothlórien_山小舎の主暖房は薪ストーブなのですが、薪ストーブを設置しているリビングはこの薪ストーブだけでは暖をとるのに十分ではなく、補助的に石油ストーブを使っているので灯油も必需品なのですが、今回は20リッターの灯油入れ1つ分が制限量とのこと。  GSのお兄ちゃんの話によればガソリンは供給されたものの灯油の方は供給がなく、今はGSの在庫を販売しているとのこと。  現段階ではいつ入ってくるのか知らされていないそうです。  ここ、高山村は朝晩零下の気温が続いているので、多くの方が灯油を必要とされています。  もちろん被災地優先ではあるけれど、この村では石油ストーブのみで生活されている方も多いし、田舎の常でお年寄りが多いだけに、正直のどから手が出そうなほどにその20リッターだけでも欲しかったけれど、「あ、じゃあ結構です。」と言って帰ってきました。  因みにその時、雪がハラハラと舞っていました。  「ああ、今日も寒くなるなぁ・・・・」と思わずため息をついてしまいました。

ホウレンソウとカキナはどこにもありませんでした。  知り合いの農家さんもここらあたりは寒さのためまだホウレンソウやカキナという菜物は育っておらず、お持ちではありませんでした。  そういう意味ではこの村の農家さんの経済状況には今回の出荷停止は今のところ損害を与えてはいないようです。  今日はこれから、いつも牛乳でお世話になっている酪農家さんを訪ねてみようと思っています。  今のところ群馬県の生乳は出荷制限措置になっていないので心配する必要はないと思うけれど、恐らく大きな不安を抱えられているだろうと思うと、お邪魔しても何をお話すればいいのか正直よくわかりません。  もともと昔に比べると牛乳の消費量は減っているだろうし、どこか一か所で今回のような措置がとられると制限のない地域の産であったとしても、消費量がガクンと減るのは世の常だし・・・・・。  そして理性では「それじゃいけない!」と思っても感情がその理性についていかないことを責めることもできないし・・・・・・。

ホウレンソウとカキナ

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KiKi の住むLothlórien_山小舎は群馬県にあります。  群馬はただ今お上からのお告げでホウレンソウとカキナが出荷停止とされています。  ・・・・・という状況の中、今朝の KiKi の朝食のサイドメニューは群馬県産のカキナのおひたしでした。  因みに昨日 & 一昨日のサイドメニューは同じく群馬県産のホウレンソウのおひたしでした。

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↑ 今朝食べたカキナの残り

群馬県内で未だに流通している・・・・ということではなく、お上の発表当日だったか、翌日だったかもはや記憶は定かではないのですが、いずれにしろほぼ同じようなタイミングで地元のスーパーで購入したものです。  一応流水で丁寧に洗ったうえで茹で上げました。  ここ何日かはガソリンの無駄遣いを控えるために、買い出しには出かけていないので今も群馬県内のどこかのお店(大手チェーンではない地元のお店)で販売されているのかどうか、よく知らないのですが、もしも売っているのを見かけることがあったら恐らく KiKi はそれを購入して食べると思います。  

せっかく農家の皆さんが丹精込めて育て上げた収穫物なのに廃棄するなんて勿体ないし、政府の発表をそのまま信じるのであれば1年間食べ続けたとしてもたいした被曝量にはならないのであるならば、その限りなくゼロに近いリスクよりもこれによって被災地でもない場所の経済がこの肝心要のタイミングで衰退することの方が恐いからです。  今、発表されているレベルの放射線量であれば、福島県産のホウレンソウであっても KiKi は食べるような気がします。  ホウレンソウ、好きだし(笑)

因みに KiKi の自宅の庭先の畑にも、ここの気候の厳しさに耐え抜いたホウレンソウが育ちつつあります。

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これもこのままうまく育ってくれたら、KiKi は丁寧に水洗いしたうえで必ず食べます。  

KiKi が東京からこちらへ戻ったのは先週の土曜日でした。  お天気の加減が想像していたよりも冬型だったし、上京する際には実施されていなかった計画停電な~んていうこともあって、あまり長くここを開けるにはガス・水道・電気の始末が不十分だったため、「こういう時はできるだけ出歩かない方がいい」とばかりも言っていられなくなったためです。  一応覚悟はしていたんだけど、戻ってみるとここ群馬県もガソリン & 灯油は完売状態で、今、KiKi の車はこのまま東京に戻るにはちょっとガソリン残量が心許ない感じ・・・・・ ^^;  薪ストーブがあるので凍えちゃうことこそないけれど、石油ストーブが焚けなくて、かなり寒い・・・・・ ^^;

この村の近くには原発事故により南相馬市から避難してこられた方々が大勢いらっしゃる「東吾妻町」があります。  ひょっとしたら東京よりもここに長くいた方が、「KiKi にもできること」が見つかるのかもしれません。  今日はこれから燃料の供給状況を確認(運が良ければ調達)するために、村のGSまで出かけてみる予定です。  ついでに村役場にも寄ってみようと思っています。  それから地元の農協と数少ないお知り合いの農家さんにも・・・・・。  そちらのお宅で出荷できずに困っているホウレンソウがもしもあったら、ちゃんと代金をお支払して購入したいと思います。  それっぽっちじゃなんの足しにもならないだろうけれど・・・・・(苦笑)

あの地震の日以来、せっかく始めたパッチワークにも一切触れることなく日々を過ごしてきたことを思い出しました。  そろそろ今日からは日常の1つとしてこちらも再開しなくちゃ!!

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KiKi の大好きなTV番組に日テレで放映されている「ザ・鉄腕・DASH」があります。  KiKi のLothlórien_山小舎暮らしの後押しの何十分の1かにこの番組(DASH 村)の影響があったことは素直に認めざるをえません。  その「DASH 村」、確か福島県にあったよなぁ・・・・と思ってちょっと調べてみたら、収録の際にだけ村に出かけていく TOKIO とは別に村を維持している常駐スタッフの皆さんや近隣にお住まいでアドバイザーをしてくださっている明生さんたちも福島原発の影響で避難生活を余儀なくされていらっしゃるとのこと。  都会に住むサラリーマン家庭に育つ人たちに「農」や「食」について何事かを考えさせる役割の一端を担っていた(ように KiKi には感じられる)あの番組も今後について見通しが立たないようです。 

そんなことまで引き起こしている「原発」について、素人なりにいろいろ考えてみようと昨日の「原発を考える50話」に引き続き、KiKi が読了したのはこちらです。

調べてみよう エネルギーのいま・未来
著:槌屋治紀  岩波ジュニア新書

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新エネルギー技術はほんとうに省資源や環境にいいのだろうか、効率は悪いのではないかなどと思っていませんか。  じっさいに調べてみましょう。  エネルギー分析から発光ダイオードと白熱電球の差がはっきり見え、企業や自治体の活動から、太陽電池や燃料電池の時代がそこまできていることが実感できます。  (新書本裏表紙より転載)

昨日のエントリーの再末尾で KiKi は

「会計人」の立場からすると企業は「右肩上がり(仮にそれが微々たるものであっても)」を目指すのが宿命でもあるから、どうすればいいのか現時点ではやっぱり KiKi にはわからないけれど、考えさせられます・・・・。

と書いたわけだけど、そうは言いつつもまさにそれこそが KiKi が脱会計人を目指すきっかけになった問いでした。  端的に言えば「無限の成長はありえないんじゃないか?」という疑問を抱いてしまったのです。  でもね、企業っていうものは成長し続けることが期待されている(基本は継続することだとは思うんだけど)し、そのためにこそ「会計・管理」という職責があると KiKi は思っているようなところがあって、その自覚のもとに、「それが正しいことだと信じる信念・・・・のようなもの」をベースに長年仕事をしてきました。  でも、ある時期からその信念がぐらつき始めてしまったんですよね。  だからこそ、それが責務である仕事から少し距離を置いてみないと、見えてこないものがあると考え、某社の部長職を辞し、契約社員という立場で細々とお仕事をしながらLothlórien_山小舎暮らしをスタートさせました。

でね、そういう生活を始めてからず~っと考えてはいた(四六時中というわけではないけれど)けれど、相変わらずその答えを得ることができずに本日ここに至っています。  今回、この本を読んでどうして KiKi にはその答えが未だに得ることができていないのか、ほんのちょっぴりわかったような気がしました。  それはね、第2章の「エネルギーをどう見ればいいのか?」というところに書いてある以下のようなくだりです。

科学・技術者は、エネルギーについて、まずそれが保存されるものであり、なくならないものであると考えます。  これはエネルギー保存の法則あるいはエネルギー不滅の法則と呼ばれ、エネルギーは消失しないことをあらわしています。  (中略)  投入したエネルギー = 目的を達するのに必要なエネルギー + 損失(≒ 低温の廃熱)  (中略)  目的を達するのに必要なエネルギーと投入したエネルギーの比、あるいは単純出力エネルギーと投入エネルギーの比は、エネルギー効率によって表現されます。  (中略)  たとえばガソリンエンジン自動車のエネルギー効率は13%程度といわれています。(ガソリンの熱エネルギーのうち、わずか13%が自動車を走行させるエネルギーになる)  (中略)  科学・技術者は、エネルギー保存の法則という点からエネルギー変換に着目し、その変換効率を高めてエネルギーを有効に利用しようと考えます。

経済学者はエネルギーは使えばなくなっていくものと見ています。  そしてエネルギーは経済成長の原動力であると考えます。  (中略)  一単位の経済活動を生み出すために必要なエネルギー量を「エネルギー原単位」と呼び、このエネルギー原単位が小さければ、小さいエネルギー量で同じ経済活動を生み出せることになります。  (中略)  又、エネルギー需要は人口に比例して大きくなるので、一人当たりエネルギー需要と人口をかけるとエネルギー需要になると考えます。  エネルギーを使えば便利な生活ができるので、一人当たりエネルギー需要は、単純に考えれば生活水準をしめすと考えられます。  (中略)  経済学者は、他の商品と同様に需要と供給の関係がエネルギーについても成り立ち、「エネルギーの価格が上がれば需要は低下する、逆にエネルギーの価格が下がればエネルギー需要は増加する」と考えています。

KiKi は経済学者ではないけれど、後者のようにエネルギーを捉えたことはあっても、前者のように捉えたことはありませんでした。  というより、エネルギー効率ということは考えても、損失を抑えるという部分に関しては経験値の範囲以上に革新的に飛躍させることができる可能性というものをある意味否定してかかる立場で物事を考える癖がついているんですよね~。  だから、右肩上がりの成長という素地(前提)がないと、「顕著に効果があらわれる何か」はできなくて、言ってみれば「延命措置的な対処療法しかできない」と考えがちなんですよ。  

 

原発を考える50話 西尾漠

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計画停電実施中・・・・ではありますが、先週の大混乱に比べると少しずつ落ち着き・・・・のようなものが出てきたように感じられます。  大手の自動車メーカーの工場が軒並み操業停止な~んていうニュースもあるので、本来ならまだまだかなり意識した自主停電が必要だと感じたりもしているのですが、とりあえず今日の KiKi の読了本はこちらです。

新版 原発を考える50話
著:西尾漠  岩波ジュニア新書

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1999年のJCO、一昨年の美浜原発と、日本でも原発にかかわる悲惨な事故が起きたことは、記憶に新しいでしょう。  しかしパソコン、携帯、ゲームなど、電気を使う機会は増える一方です。  だから原発に頼るのもやむをえないのでしょうか?  あのチェルノブイリ原発事故から20年にあたる今年、原発の危険な現状と電気の真実を新たに語り明かします。  (新書裏表紙より転載)

基本的に著者は原発反対派。  だから記述の多くが「反原発!」という立場で書かれています。  著者のプロフィールを本書から転載すると

1947年東京都生まれ。  広告制作会社で働いていた1973年ころ、「電力危機」を訴える電力会社の広告に疑問を抱いたことから、原発の問題に関わる。  1978年に「反原発新聞」が創刊されて以来、その編集にあたるほか、原子力資料情報室の共同代表としても活躍。  著書に「どうする?  放射能ごみ」「地球を救うエネルギー・メニュー」ほかがある。

なるほど~、バリバリの「反原発論者」っていうわけです。  そうであるだけに、この著者のこの本だけで何かを考え、結論まで出しちゃうのは危険だけど、今回の福島原発の事故が発生するまで、考えたことも 否 考えようとしたことさえなかった多くの事を知ることができたように思います。  印象的だったのは2006年に第1刷が発行されたこの本に今まさに起こっていることがそのまま「見てきたこと」でもあるかのように描かれている・・・ということです。  その記述を読んだ時、KiKi はこれまで「知ろうとさえしなかったこと」に対する羞恥心でいっぱいになりました。  この本が発刊されたときに読んで、他の本や施設見学等々でもっと知識や関心を増やしてさえいれば、今、この時にここまでオタオタしなくても済んだのかもしれない(事故収束に向けて何かができる・・・ということではなく、この事態に対して自分なりの立ち位置がもっと明確に自覚できていたのかも)・・・・・と感じました。

 

キュリー夫人 E.ドーリイ

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今日も計画停電は見送りとのこと。  と言うことでネットの情報をいろいろチェックしていたらこんな記事に出会いました。  

関西首長 「西から東を、日本を元気に」過剰自粛に『待った!』

まあ、いろいろな考え方があるだろうけれど、KiKi はとりあえず大きな被害もなく、同時に関東圏のような電力不足による計画停電という問題を抱えていない西日本が、東日本に遠慮してあれこれ自粛したり、下を向く必要はないと思います。  必要がないだけではなく、個人的には「本当に勝手なお願いで申し訳ありませんが、今は日本を支えてください」と頭を下げたいぐらいです。  

ま、それはさておき、あんまりこのブログの趣旨と離れたエントリーばかり書いていてもしょうがないし、いつもお邪魔している YO-SHI さんのブログのこちらのエントリー

直接の被災者でなくとも、地震の後では心理面を含めて生活が変わってしまいました。  特に関東ではその影響はとても大きい。  そんな時に「前と同じ」日常が感じられることは、とても大事なことなのかもしれません。

という記述を読み、なるほどと KiKi もそろそろ「普通の」「前と同じ」類のエントリーに戻りたい、戻るべきだろうと思いました。  計画停電が実行される日にはエントリーを書かない・・・という自分に課したルールまでは撤回する気分ではないけれど、これからのエントリーでは「読書」「音楽」「山小舎暮らし」をメインとしたエントリーに戻りたいと思います。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

キュリー夫人
著:E.ドーリイ 訳:光吉夏弥  岩波少年文庫

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ロシア占領下のポーランドで貧しい少女時代を過ごし、パリで苦学したマリーは、やがて物理学者キュリーと結婚する。  不屈の研究生活をつづけ、ついにラジウムを発見し、ノーベル賞を受けたキュリー夫人の生涯。  (文庫本扉より転載)

 

違和感

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今日も計画停電はナシとのこと。  そう言われると安心(?)してPCに向かったり、CDをかけたり、洗濯をしたりしちゃう相変わらず自制心のきかない KiKi です。  本当であれば節電しなくちゃいけない状況には変わりないのにねぇ・・・・。  でもまあ、今日の節電があさって火曜日の電力に回せるならいざ知らず、詳細は知らないけれど電力って言うのはそういうものでもないみたいだし・・・・・。  それにね、今更そんなことを言われても、これだけ生活の隅々まで電化製品の恩恵に浴している現状では、どうしようもないこともあったりするわけで・・・・。  我が家は違うからまだいいけれど時代の先端(?)を行っていたはずの「オール電化住宅」にお住まいの方も世の中にはいっぱいいらっしゃると思うんだけど、そういう方々はどんな生活を送っていらっしゃるんでしょうか?  因みにこの「オール電化啓蒙」を率先していた(と思われる)東京電力さんの Tepco Switch! というHPをクリックしてみると

東京電力からのお願い

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により、お客さまには大変なご迷惑とご心配をおかけし、誠に申し訳ございません。  当コンテンツは3月18日をもちまして休止することになりました。   また、当社設備が大きな影響を受けていることから、当社供給区域における電力需給が極めて厳しい状況になっております。  供給力が大変厳しい状況にあることから、計画的に停電をお願いさせていただきます。 安定供給に向けて一日も早い復旧に取り組んでまいりますので、みなさまご協力くださいますよう、よろしくお願いいたします。  計画停電に関する詳しい情報はこちらをご覧ください。
http://www.tepco.co.jp/index-j.html

とのこと。  う~ん、オール電化住宅に住んでいらっしゃる方々は恐らくはかなりの投資をしてそういう設備を整えていらっしゃるだろうと思われるのに、HPをクローズしてお詫びだけなんだぁ・・・・。  まあ、今の段階では東電としてもそれ以上の事ができるとも思えないのは事実だけど、これもある種の2次被害(次数はもっと↑かもしれないけど)だよなぁ・・・・。  

ま、それはさておき、これまでネットアクセスを意識的にしないできたので、いざPCを解禁とさせてしまうとあちらこちら見て回りたくなってしまうというのも、情けない話だけど事実(汗、汗)。  そんな中でちょっと違和感を感じることがありました。

計画停電に関して多くの方がネット上だったり Twitter 上でああじゃこうじゃと仰っている(肯定意見であれ否定意見であれ)んだけど、それらの意見を目にするたびに KiKi は半端じゃない違和感を感じています。  

先日 KiKi はこのエントリーでも触れたけれど、福島第一原発は東京電力の施設であって、そこで発電された電気は関東圏(もっと言えば首都圏)で消費されていたと思うんですよ。  だから、今回の計画停電は端的に言えば「自分たちの生活を必要以上に混乱させないために講じられている措置」に過ぎなくて、もちろんこの計画停電にさらされると多くの困難・苦労を伴うだけに賛否両論いろいろ出てくるのは仕方ないけれど、根本的なところで何か大きな勘違いをしているような気がして仕方ない・・・・ ^^;

もっとも日本の報道っていうのも不思議なもので、計画停電のスケジュールの話だとか、福島原発の事故の何号炉で何が起こっているかという話だとか、今ここにある危機のために大きな危険に身を晒しながら事態を収束させようと頑張ってくださっている方たちの装備がどうしたというような話だけは熱心に繰り返し繰り返し同じことを喋ってくれているけれど、もちろん原発が予断を許さない状況だから仕方ないかもしれないけれど、長期的に見て関東圏の電力が確保できる当てがあるのかないのかさえ、未だに教えてくれない・・・・・。  

 

今日はあの恐ろしい震災から8日目です。  東電の発表によれば今日は輪番停電は行われないとのこと。  だから・・・・と言って、「PCを必要最小限しか使わない」というノルマを覆す理由には十分ではないかもしれないけれど、電車も土日ダイヤで少なめだろうし、PCの使用 & CDをかけるぐらいの消費電力が増えても大丈夫と勝手に判断(^^; というよりそこまで脆弱であってもらっては困る!)し、このエントリーを書いています。  この間、それなりに読書は進んでいる(とは言っても夜は早めに寝ていたので総読書時間はかなり減っている)のですが、その読後感を整理して書く意欲にはかなり欠けてしまっているので、久々の音楽エントリーにしたいと思います。  ま、てなわけで本日の KiKi の1曲はこちらです。

マーラー 交響曲第2番 「復活」
Sony CSCR 8393~6 演奏:バーンスタイン指揮 & ニューヨーク・フィルハーモニック 録音:1963年9月29日、9月30日

最近ではめっきり音楽関係のエントリーとはご無沙汰だし、少なくともこの曲は1度インバル盤でご紹介しているので、本来なら別の音楽(楽曲)のエントリーを書くべきところ・・・・のような気がしないでもないのですが、あの悲劇から1週間たって、少しずつ KiKi 自身の気持ちも落ち着いてきたところで、明日に向かうための喝!を入れるために、今日はどうしてもこの曲を聴いておきたくなったのです。

この1週間、何度もラジオから流れる(普段ならTVなんだけど、何となくラジオの方が消費電力が少ないような気がして、なかなかTVが見られなかった小心者のワタシ ^^;)アナウンサーの被災者の皆さんへの「頑張ってください」というメッセージ。  個人的には何となくその「頑張ってください」という言葉に抵抗を感じていた KiKi です。  

彼らは極限状態と言ってもいいような中で既に頑張っている!!  これ以上何をどう頑張れというのか!!

とさえ思いました。  もちろんそれが応援している言葉であることはわかっているんだけど、アナウンサーを一方的に責めることはできないんだけど・・・・ ^^;  ま、これも一種の興奮状態・KiKi 自身のある種身勝手な不安感だったのかもしれません。  でもね、はっきりしていることは、本当に頑張らなくちゃいけないのは私たち被災しなかった人間の方なんだろうということです。  と言いつつも、これまでの震災ならすぐにそう思うこともできたけれど、今回はそこにオマケというにはあまりにも緊張を強いられる原発事故があるがゆえに、被災しているわけでもない癖に頑張れたとは言い切れない1週間を過ごしてしまったように思います。

自分はたいして頑張りもしないまま、自衛隊や消防庁や機動隊や多くの方々が頑張ってくれているのを見守ることに終始してしまった1週間だったような気がしないでもありません。  たまたま今、KiKi は契約社員という立場でお仕事をしていて、組織の中でラインを持っているわけではないので、余計にある意味手持無沙汰で生産性の低すぎる時間を浪費していたような気がします。

今日は KiKi の持っているこのバーンスタイン盤CDのライナーノーツにあるマーラー自身の書簡の抜粋からいくつかご紹介。  このCDは KiKi が今よりもはるかに感受性が強かった時代にマーラーに嵌った頃、繰り返し繰り返し聴いていたものです。  

<第1楽章>

私は第1楽章を「葬送の儀式」と呼んだ。  私はここで、第1交響曲の英雄を埋葬し、彼の生涯をくもりのない鏡に、いわば高いところから映している。  同時にこの楽章は、次のような大きな問題を表している。  すなわち、汝はいかなる目的のために生きてきたのか、ということである。  この問いを聞いた者は解答せねばならず、私はこの解答を終楽章で与えている。

そう、こんな時だからこそ、自分に問い返さねば!!  私はいかなる目的のために生きてきたのか、今も生きているのか を。

  

自制心

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可能な限りPC使用を控えようと思いつつ、どうしても書いておきたいことが出てきてしまったので自制心を抑えきれず、今、このエントリーを書いています。

ここ何日かの東京の様子を見ていると、どんな風に自制心を働かせるべきなのか考えてしまうばかりです。  先日、このエントリーにも書いたように KiKi は今、東京にいるのですが、3月12日の段階(計画停電が発表される前)で KiKi の行きつけのスーパーの品揃えは惨憺たるものでした。  まず魚の仕入れが0に近かった(配送ストップ)せいか、干物を除くと何一つ残っていませんでした。  野菜はほぼ通常通りあったけれど、たまたま欲しかった白菜は仕入ストップのためなしとのこと。  最近はLothlórien_山小舎で過ごすことが多いので、たまたま東京の家にはあまりお米が残っていなくて(2合分ぐらい)お米を買おうと思ったら辛うじて2袋残っていたのみでした。  そこでそのうちの1袋をゲット。  パンは皆無。  精肉の棚もガラガラ、飲料・インスタントラーメンの棚も空っぽ。  この日感じたのは輸送マヒによる仕入れ不足によるものなのかなぁ・・・・ぐらいで、だからこそ「消費する口だけは多いけれど供給する術を持たない都会生活の限界を感じた」という程度のエントリーで済んでしまったわけです。

そして月曜日、普段通りの買い物のために再び同じスーパーに向かうと道路が大渋滞・・・・・かと思ったらさにあらず、GSに並ぶ長蛇の列による車線占領が発生していました。  気持ちはわかるんですよ。  あの日の鉄道はマヒ状態だったし、計画停電がどうなるのか見通しの全く立たない中、何かの時のために足を確保したい。  これは防衛反応と言ってもいい抑えようのない人間の素直な気持ちだっていうこともよくわかるんです。  でもね、その日は前日の海江田さんの「石油備蓄の市場への放出」という会見を聞いていただけに、一過性の出来事なのかなぁ・・・・ぐらいに思っていたのです。

そして昨日、今回 KiKi が東京に帰ってきたのはたまたまこのタイミングで親戚の叔母が亡くなり、そのお通夜 & お葬式に列席するため & 今週のお仕事の関係だったんだけど、その叔母の告別式が行われました。  前日のお通夜は交通マヒの煽りで当然出席できずじまい。  せめて告別式は・・・・と思っていたんだけど斎場は下井草で、この日の西武新宿線はその一駅手前の鷺ノ宮までしか運転しないとのことでした。  可能な限りガソリンは使いたくなかったんだけど、仕方なく車で出かけました。  道中見た都内のGSに向かう車による大渋滞はさらにひどい状況になり、挙句ところどころのGSでは「売り切れ」の貼り紙まで・・・・・。  こうなると「一過性の出来事」とばかりは言っていられないような気分でした。

まあ、交通マヒになったら・・・・とか、福島原発の事故の影響で何かあったら・・・・とか、危機意識をベースにした準備というのはわからないじゃないんですよ。  でもね、震災3日目ぐらいから被災地では口を揃えて「燃料が足りない、ガソリンが足りなくて逃げられない、物資をとりに行くこともできない、暖をとることもできない、人工透析ができない」と言っていることを考えると、こんな時こそ自制心をどう働かせるか、落ち着いて考えなくちゃいけないんじゃないか??  そう思わずにはいられないんですよね。

 

天災

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あの、恐ろしい地震の発生から3日目。  海江田大臣からも「電力の需要側にご協力いただきたい」との声明が出されているので、今日のエントリーは短めに・・・・。  又、今後も数日間はエントリーを書くことを控えたいと思っています。

1つだけ・・・・・

たまたま KiKi はあの地震の発生当時、Lothlórien_山小舎にいて、別件で東京に戻らなければならない事情があったため、帰京の準備をしているまっ最中でした。  ところがその日はすべての交通手段(高速道路 & JR線)が封鎖され、動きたくても動けない状況に陥りました。  その翌日、関越自動車道の開通情報を受け、おっかなびっくり帰京。  そして数日間はこちらにいることを前提にスーパーに買い出しに出かけたのですが、その店の棚で見たものは見渡す限り空っぽになった棚・棚・棚でした。  地震の影響で仕入れを予定通り行うことができていないとのこと。  同時にこの事態に危機意識をもった人々が備蓄に走ったということがありありと見て取れる様相でした。  

便利な都会生活のベースにあった、大量仕入れによる価格ダウン & 大量仕入れに対応するためのセンター配送、消費する口だけは多いけれど供給する術を持たない都会生活の限界をそこに見たような気がしました。  (いい悪いではなく・・・・)  かくも脆い土台の上に成立している都市生活なんだなぁ・・・・と。  あの空っぽの棚を前に直感的に KiKi が感じたこと。  それは

 

あのままLothlórien_山小舎にいたほうが、食べるには困らなかったなぁ・・・・・

 

ということでした。  都会では単なる消費者という生活をしている以上、こういう事態に陥っている現状に改善の兆しが見えるまで、自分にできる範囲で消費のミニマイズを図りたいと思います。  ま、その一環として、微々たるものではありますが、電力消費を減らすためにも当面ブログの更新を遠慮させていただきます。  (情報を得るためのTV & 最低限のネットアクセスとか、Lothlórien_山小舎と比較すれば格段に暖かいとは言え暖房とか、どうしても使わなければならない電力は削れないので・・・・・)

 

光通信の恩恵

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以前、このエントリーでもお話した大騒ぎの光敷設工事の末、Lothlórien_山小舎の通信環境が大幅に改善された KiKi。  おかげでお仕事をする上でも以前に比べるとずいぶん楽になったし、その他にも多くのメリットが享受できるようになりました。

以前は仕事関係のメールのやりとりをするためにはどうしてもある程度の頻度、東京にいなくちゃいけなかったし(PowerPoint 作成のアニメ付プレゼンテーション資料やら、分析用データ資料なんかの容量が大きかったのでISDNでは送受信に根気比べみたいに時間がかかった!)、頻繁に発生する Windows Update に対応するためにも東京にいなくちゃならなかったんだけど、今ではそんなデータもあっという間に受信できるので、Lothlórien_山小舎の気分爽快な環境の中でお仕事をすることができるようになりました。  ま、そんなわけで、今回のようにちょっと体調が優れなくても、山小舎籠りをしながらお仕事だけは着々とこなすことができちゃっています。

でもね、KiKi にとって有難かったのはそれ以上に、山小舎でこの放送を楽しむことができるようになったこと。  ISDN環境では聴くに堪えなかったこの放送なんだけど、今はほぼ丸一日、PCをスピーカーに繋いで邪魔にならない程度の音量で流しっぱなしです。  

もちろん KiKi にはお気に入りのクラシック演奏家っていうのがいて、曲によってはどこの誰の演奏だかわからないものではなく、その演奏家の演奏で聴きたい!という想いの強い曲もあったりはするんだけど、そういうCDの音楽を再生していての唯一の問題は演奏が全部終わったらCDを入れ替えるとか、何らかの操作が必要になってきちゃうわけですよ。  でもね、このOTTAVAの番組を流している限りにおいては切れ目なくどんどん音楽が流れてくる上に、合間合間に KiKi には心地よいナビゲーターのお喋りも入り、なんかいい感じ♪なんですよね~。

もっともその結果として何が待っていたか?と言えば、KiKi が初めて「落ちこぼれ会計人の Music Diary」を綴り始めた頃に感じていた危機感、「聴き流し癖」がまたムクムクと頭をもたげてきていて、「あれ??  これで良かったんだっけ??」と思わないでもないんですけどね(苦笑)

いずれにしろ、OTTAVA。  KiKi のお気に入り♪ です。

 

なかなか風邪が抜けず、外に出ることも、東京に帰ることもできずにいる KiKi です。  ま、こんな時は薬を飲んで家の中でじっとしているに限るわけですが、「ただじっとしている」ことが頗る苦手なんですよね~。  ま、てなわけで、熱に浮かされて若干頭をフラフラさせながらも、例のユーキャン講座の作品作りに励んでおります。

つい先日はこんな(↓)状況だった作品ですが、

2011_Mar07_004.JPGのサムネール画像

今朝の段階ではここまで(↓)進んでいました。

2011_Mar09_001.JPG

これ、どこまで進んでいるのかと言えば

2011_Mar07_004b.JPG  2011_Mar09_001b.JPG

工程としては上記矢印のような感じです。  1枚布を中表に4つに折ってピーシングしたら(1枚目の写真)、それを裏返し(2枚目の写真左上の状態)、今度は4隅を真ん中に向かって折りたたみ、その真ん中を糸で止める。  何だか折り紙みたいですねぇ・・・・・。

古事記 梅原猛

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岩波少年文庫の「古事記物語」で古事記への敷居をぐっと下げたところで、もう何冊か積読状態になっている「古事記関連本」を読んでみようと思います。  てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

古事記
著:梅原猛  学研M文庫

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「古事記」の撰者は藤原不比等である。  稗田阿礼という人物は、藤原不比等以外に考えられない。  「原古事記」には柿本人麿もかかわっていたのでは?  このような大胆な仮説を裏付けるべく、梅原猛が初めてその「古事記」の現代語訳に挑戦した記念すべき作品。  アイヌ語は縄文時代ゆかりの日本語の祖語と考える著者は、アイヌ語を学びなおして、「枕詞」など従来読み解けなかった難解な文章の意味を明らかにしていく。  (文庫本裏表紙より転載)

これはある意味で不思議な本ですねぇ。  前半部分は古事記の現代語訳、後半部分は「古事記に学ぶ」と題された梅原先生の研究論文の草稿(まだとっかかり状態で、学説になる前の所感のような雰囲気)で構成されています。  で、裏表紙に書かれている(↑)、この何とも興味深い新説に関して触れられているのは後半部分なんだけど、そこもある意味でまだ完成された状態ではなく、この説を実証するために様々な試みを用いて「古事記」を訳してみたのが前半部分・・・・ということのようです。

でね、一言一句比較してみたわけじゃないんだけど、古事記全文を取り扱っているわけではないような雰囲気なんですよね~。  取り扱っている話題自体は岩波少年文庫の「古事記物語」とほぼ同じ。  で、こちらの方が好ましいのは「古事記物語」の Review に書いた歌謡部分に関して、現代語訳した詩だけではなく、読下し文が併記されていること・・・・ぐらいでしょうか?

例の「八雲立つ」の歌はこの本では以下のように紹介されています。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
(多くの雲が立っている。  その雲が多くの垣根のように、わたしの家を取り巻いている。  その中に、わたしは妻を取りこめる。  ああ、雲が垣根をつくっている。  多くの多くの垣根をつくっている。)

古文の現代語訳作品には多い翻訳の形で馴染みがある・・・・ということもあるとは思うんだけど、歌そのものを楽しめるうえに、意味もわかる、こういう形で紹介されている本の方がどことなく安心できるような気がするのは気のせいでしょうか?

 

古事記物語 福永武彦

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先日はこんな本を読んじゃったし、思い起こせば1年ちょっと前にはこんな本を読んでいたことでもあるし、そろそろ本命(?)のこちらに手を出さないわけにはいきません。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

古事記物語
著:福永武彦  岩波少年文庫

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「古事記」は、8世紀に我が国でいちばん初めに書かれた書物です。  スサノオノミコトの大蛇退治、イナバの白ウサギ、海幸と山幸、ヤマトタケルノミコトの冒険など、日本民族の息吹きをいきいきと伝える神話が大らかに語られます。  (岩波書店HPより転載)

これは「古事記入門書」としてはかなり読みやすい本だと思います。  おおまかなエピソードはほぼ網羅されているし、神様の名前もちゃんとカタカナ表記の後に漢字フリガナ(? 音だけで選ばれた当て字っぽいのも多いけど)付きだし・・・・。  古事記に出てくる神様 & 天孫の名前って、カタカナやヒラガナだけで表記されちゃうと、舌を噛みそうになっちゃううえ、古代日本人が抱いていたその人のイメージ・・・・みたいなものが伝わってこないと思うんですよね。  その顕著な例が天照大御神とか大国主命だと思うんですよ。  漢字だけであの読み方(アマテラスオオミカミ オオクニヌシノミコト)はなかなか結びつかないけれど、この漢字を読めば天照大御神が日の神であることは明白だし、大国主命が国造りの神様であることもスンナリ理解できます。

難点をあげるとすれば、古事記に記されている歌謡(と言うか和歌)の部分が現代詩っぽい文章に書き換えられているということ。  これも歌謡のままだと何を歌っているのかスンナリとはわからないから訳文は必要なんだけど、ここまで詩の形に変形されちゃうと赴きに欠けるというか、別物になってしまうというか・・・・・。

例えばとっても有名なスサノオノミコトの「八雲立つ」の歌だけどこんな感じです。

原文: 夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁
     ( ↑ 意味がわからないだけじゃなく、そもそも読めない ^^;)

読下し: 八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を
     ( ↑ 一応読めたし音の美しさは味わえるけど、意味がはっきりとは理解できない ^^;)

この本: 雲のわき出る出雲の国に、七重八重に雲はわく、八重のかきねをめぐらすように。  わたしと妻とはその中に。
     ( ↑ どんな歌を歌ったのか意味だけははっきりわかるけれど、これがあの有名な「八雲立つ」という歌であることがわからない ^^;) 

まあ、現代人にとっては日本語でありながら日本語ではない、不思議な書物をここまでわかりやすく、楽しめるものにしてくれているというだけでありがた~く思わなくちゃいけないんだろうとは思うんですけどね。

   

リリス G.マクドナルド

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本日もLothlórien_山小舎は雪です。  昨日はいいお天気で前回降った雪もほぼ融けきった状態だったんですけどねぇ。  暦の上では雨水(空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころ)をとっくに過ぎ、啓蟄(大地が暖まり冬眠をしていた虫が穴から出てくるころ)になろうかというタイミングなのに、空から降るものは相変わらず雪で、冬眠していた虫が穴から首を出してもすぐ引っ込めてしまいそうな状況です(笑)

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ここ高山村はどちらかというと雪が少ないエリアと聞いていたのですが、今年は例年にない降雪量(降雪日数と言うべきか?)で地球温暖化とやらはどこへ行っちゃったんだろう??と思うこと暫し・・・・。  まるで白い花を枝一杯につけたかに見える木は美しいけれど、こういう季節にもそろそろ飽きてきました。

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ま、こんなお天気だと外に出る気はすっかり引っ込んでしまい、未だ風邪が治っていないということもあり、KiKi は例の「カテドラル・ウィンドウの小物ケース」製作に励んでいます。  昨日はせっせと布切りに精を出し、いよいよ今日からピーシングです。

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ま、そんな中、先月から取り組んでいた「G.マクドナルド作品強化(?)キャンペーン」の最終作、「リリス」を読了しました。

リリス
著:G.マクドナルド 訳:荒俣宏  ちくま文庫

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時には雌豹に、時には絶世の美女に、時にはまたいたいけな老婆に変身するリリスとははたして何者か?  ルイス・キャロルやトールキンをはじめ、カスタネダなどにも大きな影響を与えた、イギリスの幻想小説作家ジョージ・マクドナルドの最高傑作。  夢見る若者たちの冒険を描いた瞑想的なファンタジー。  (文庫本裏表紙より転載)

 

KiKi は学生時代、新書というヤツが大好きでした。  幅広い分野を扱っているということと言い、専門書なんかに比べると平易で読みやすい文体であることと言い、要するに「ちょっと気になった事柄」に関して、コンパクトにまとめられていて、そして要領よく(効率よく?)知った気分になるにはピッタリの本だったからです。  特に大学生になると学校で学ぶことは専門性を増してくるようになり、いわゆる一般教養的なものを補うにはちょうどよい媒体だと認識していました。  因みに、この新書、我が日本でのスタートはご多聞にもれず「岩波新書」だったらしいのですが、岩波さんによれば「古典を収録する岩波文庫に対し、岩波新書は書下ろしを中心として、『現代人の現代的教養を目的』とした」とのこと。  因みに新書の定義は

  • カバーや見返しの有無に関係なくペーパーバックスである
  • 判型はB6判より小さい40判(B全判から片面40ページが取れる大きさ)が基本だがその変形もある
  • 初版部数がある程度見込まれる廉価本で、ページ数は200前後
  • 定期かつ継続的に出版できる一般啓蒙書で読みやすさを重視
  • 書下ろしが原則で、対称とする分野は各種の解説・読物から随想まで間口は広い
  • 単発的なベストセラー狙いではなく、どちらかといえばロングセラーを指向

というのが現在の一般的な認識なのだそうです。  で、その新書。  学生時代~30代前半頃までは大好きだったにも関わらず、その後、めっきり読まなくなってしまいました。  一般啓蒙書で読みやすさを重視はいいんだけど、何となく中身が薄っぺらに感じられるようになってきちゃったんですよね~。  まあ、本の厚さ自体がせいぜい200前後となれば、濃密なものを期待する方が間違っている・・・・とは思うんだけど、何て言うか「ああ、どこかで読んだことがあるような気がする・・・・」ということがこれまたサラッと書かれているだけの本だと読後の満足感に欠けるとでも言いましょうか・・・・。 

で、若いころであれば自分が不得手とする分野に関してでも「恥ずかしくない程度には知っておきたい」という欲があったけれど、40も近くなってくるといわゆる「専門外」のことに関する好奇心が薄れてくるということもあって、勢い、自分がどちらかと言うと得意とする分野の本を手に取る機会が増え、そうなると「ああ、それ知ってる」ということが多くなってくるので、尚更その内容の薄っぺらさが気になるようになるんですよね。  ま、てなわけで最近では滅多に新書を買わなくなった KiKi なのですが、今回ついつい手を出してしまった本を本日読了しました。  

古事記と日本書紀でたどる日本神話の謎
著:瀧音能之  青春新書

418davUO5HL__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

神話はあくまでも神々の話であって、現実の歴史ではない。  しかしながら、神話の中に、古代人のさまざまな考えが入り混じっているのも事実である。  本書では、『古事記』や『日本書紀』を中心に神話の楽しみ方を案内しながら、同時に、古代人の思考や、古代社会の実態にも迫ってみたい。  (新書扉より転載)

なるほど、そんな意味が隠されていたのか!  スサノオの高天原追放に見え隠れする編纂者の「意図」。  「風土記」とは舞台も展開も違う「国譲り神話」の謎・・・・  遺された神々の「痕跡」が物語る古代日本の実像  (新書帯より転載)

 

3月1日、路面には雪が残り霙が降りしきる中、東京に戻った KiKi。  3月2日 & 3日の2日間は今度アライアンスを組むことになる会社のITシステムを拝見するために、都内の某営業所で過ごしていました。  久々の現場は想像以上に冷え込みが激しく、「山に比べりゃたいしたことないだろう」と高をくくっていた KiKi に見事なしっぺ返しを食らわせてくれちゃいました。  何とかこの2日間は乗り切ることができたものの、その後思いっきり風邪をひき、現在微熱・のど痛・鼻水(あんまりきれいな話じゃなくて御免なさい ^^;)の3重苦に身もだえしております・・・・。  ま、てなわけで、読書もあんまり捗々しく進まず、ついでにPCに向かっているのもちょっとシンドイ状態なので、とりあえず備忘録として本日のエントリーを書いています。

今年に入ってから始めた KiKi の新しいチャレンジ、ユーキャンの講座で学ぶ「パッチワーク・キルト」の添削作品第2作、フラワーガーデンのミニマットが完成しました!!  まあ、本来なら最終的な仕上がりを左右するはずの「仕立て」部分はもうちょっと体調のいい時に進めたかったのですが、逆に言えば今日はこれ以外どうしてもやる気にならなかったんですよね~ ^^;

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今回の課題では、初キルティングがあり、ただでさえ縫い物に慣れていない指にシンブルな~んていうやっかいな(とはいえ、これが針先から指を防御してくれるんだけど)ものを装着し、不器用度を大幅にアップさせながらの作業だったので、泣きそうになること数知れず・・・・・。  でもこうやってそれなりに作品ができあがると、そんな気分はどこへやら。  何となく 達成感>挫折感 というモードになるのが不思議です(笑)

ま、もうちょっと体調が良ければ、今日中に郵便局へ投函に行くところだけど、今日はフラフラしているので、この風邪が一段落するまでそれは我慢・・・・。  次の課題は「カテドラル・ウィンドウの小物ケース」なのだそうです。  う~ん、こんなカードケース(↓)、別に欲しくないけどなぁ・・・・・ ^^;  それに KiKi が興味のあるタイプのピースワークとはちょっと毛色が違うし・・・・。

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まあ、通信教育(スクールもそうかもしれないけど)って言うヤツはこういうあんまり興味のないものでも作らなくちゃいけないところが、ちょっとウザったいけど、素人はやっぱりコツコツと、我儘を言わずに努力するしかないんでしょうねぇ・・・・。

    

2011年2月の読書のまとめです。  先月は日数がちょっぴり少ないため1か月の読了目標15冊に1冊及びませんでした。  まあ、だからどう・・・・ということでもないのですけどね(笑)  先月は昨年からの積み残しのO.R.メリング作品 & G.マクドナルド作品がメインとなりました。  3月は久々に「岩波少年文庫」をせっせと読み進めたいと思います。  

2月の読書メーター
読んだ本の数:14冊
読んだページ数:3819ページ

キルトに綴る愛キルトに綴る愛
物語そのものは正直なところ、KiKi にはさほど興味深いものではありませんでした。  キルティング・サークルに集まる妙齢の女性たちの若かりし頃の恋物語を手を変え品を変え聞かされてもねぇ・・・・っていう感じ(苦笑)  もともとそういう人様の恋愛模様にはどちらかというとあんまり興味がない方なので・・・・。  でもね、そのお話の中に織り込まれている「時代の空気」だとか、その空気の中で女性たちがキルトを作り続けた背景にあるものには興味を引かれました。  あの「アメリカン・キルト」の中でも同じような話が「又聞き」的
読了日:02月27日 著者:ホイットニー オットー


北風のうしろの国 (ハヤカワ文庫 FT ハヤカワ名作セレクション)北風のうしろの国 (ハヤカワ文庫 FT ハヤカワ名作セレクション)
この本を購入したのは偏にこの表紙の美しい絵に魅せられたから・・・・と言っても過言ではありません。  と、同時に KiKi にとって意外性があったから・・・・・と言う理由もあります。  と言うのもね、KiKi の漠然と抱いていたイメージとして、北風の精っていうのは女性じゃなくて男性のような気がしていたんですよ。  これはイソップ童話の「北風と太陽」の影響もあるだろうし、ギリシャ神話の影響もあると思うんですけどね。  北風の神・ボレーアスと言えばちょっと獰猛で暴力的な男神だったように思うんですよ。  だから
読了日:02月25日 著者:ジョージ・マクドナルド


世界のキルト―手と心が記した女性たちの美しい針仕事世界のキルト―手と心が記した女性たちの美しい針仕事
物にあふれた時代、洋服はデパートやスーパーで大量生産による既製品を購入するのが当たり前の時代に育った KiKi は正直なところ、「手作り」≒「ダサイ」、「手作り」≒「不経済」というある種の現代的合理性を刷り込まれた中でもう何十年も生きてきたけれど、本当に「ダサイ」のはそんな考え方に支配されて生きてきた自分自身だったなぁ・・・・と思わずにはいられません。  (← もっとも自作するとなるとやっぱり現時点では「ダサさ」を克服できる自信がないんだけど ^^;)  針仕事の奥深さに本当の意味で気が付かされた1冊とな
読了日:02月23日 著者:


かるいお姫さま (岩波少年文庫 (133))かるいお姫さま (岩波少年文庫 (133))
この本には表題作と一緒に「昼の少年と夜の少女」が収録されているんですけど、どちらかと言えばこちらの「昼 & 夜」の方が KiKi 好み♪  「かるいお姫さま」の方はその設定からしてナンセンスで面白いと言えば面白いんだけど、怖いと言えば怖いお話だと思うんですよね~。  待ち望まれて生まれてきたお姫さまが悪い魔女の呪いによって重さをなくしてしまう・・・・と、何だか「眠れる森の美女」を彷彿とさせるようなおとぎ話の王道(?)でスタートするんだけど、ただただ体がフワフワと浮いているだけならいろいろ不便はあっても、そ
読了日:02月22日 著者:ジョージ・マクドナルド


カーディとお姫さまの物語 (岩波少年文庫 (109))カーディとお姫さまの物語 (岩波少年文庫 (109))
全体的に暗いトーンが漂う、おとぎ話・ファンタジーというよりは、人間の心の中に潜むできれば目をそむけていたいような醜さ(怠慢・傲慢・利己主義・裏切り・謀略)をこれでもかっていうほどデフォルメした物語になっています。  前作のゴブリンもなかなかイヤな奴らだったけれど、今作の人間ほどは酷くなかった・・・・そんな気がしちゃうぐらい・・・・(苦笑)  そんな中で「お姫さま」であり「女中」であり、「大きな大きなおばあさま」でもある「善意」がとりあえずの勝利をおさめ、ハッピーエンド・・・・となるのかと思いきや、最後の最
読了日:02月21日 著者:ジョージ・マクドナルド


お姫さまとゴブリンの物語 (岩波少年文庫 (108))お姫さまとゴブリンの物語 (岩波少年文庫 (108))
あの「金の鍵」に感銘を受けつつも、どうしてもこの本に手が伸びなかった理由。  それは、この「カーディとお姫さまの物語」の表紙の絵にありました。  どこかで見たことがある画風。  決して嫌いではないものの、明らかに「漫画」のソレに何となく抵抗を覚えちゃったんですよね~。  今回 KiKi が読んだ「お姫さまとゴブリンの物語」は少年文庫特装版の方なんだけど、今、巷で売られているものは「カーディ~」と同じコレ(↑)だし・・・・・。  でも、この挿絵。  あの竹宮恵子さんの挿絵だったんですねぇ・・・・。  KiK
読了日:02月18日 著者:ジョージ・マクドナルド


赤毛のアン (完訳クラシック赤毛のアン 1)赤毛のアン (完訳クラシック赤毛のアン 1)
久々に読んでみた「赤毛のアン」。  どうだったのか?と言われれば、昔とはずいぶん印象が変わりました(笑)  いえね、相変わらず主人公アンの人物造形にはどうにもこうにも居心地が悪い気分なのは変わらない(と言うより、昔以上に苦手感が強くなったかもしれない ^^;)んだけど、KiKi が感情移入しちゃうのが、アンを引き取ったマリラ(& マシュー)の気持ちです。  特にマリラに関しては、子供のいない KiKi も子供と相対した時にどんな風に振る舞えばいいのか戸惑うことが多いだけに、不器用ながらもアンのことを心の底
読了日:02月13日 著者:L.M. モンゴメリー


妖精学入門 (講談社現代新書)妖精学入門 (講談社現代新書)
う~ん・・・・。  どうも KiKi は井村さんとはあんまり相性がよくないみたいです・・・・ ^^;  恐らく彼女と KiKi は魅せられている世界観みたいなものは似通っているんだと思うんだけど、彼女が書いたものを読むと、辛い・・・・・というか、眠くなる・・・・・というか、字面を追いがちになる・・・・・というか・・・・ ^^;  要するに読んでいてすっと頭にはいってくる文章じゃないんですよね~。  以前「ケルトの神話」という本の Review でも、井村さんの書き方についてどちらかというと批判っぽいことを
読了日:02月12日 著者:井村 君江


アメリカン・キルト―草の根で社会を動かす針と布アメリカン・キルト―草の根で社会を動かす針と布
社会的発言権を持たなかった時代のアメリカ女性が、ある種のメッセージボードとしてキルトに想いを込めた話だとか、開拓時代の女性たちが実用目的のみならず、相互助け合いの1つのきっかけとしてキルトをみんなで作っていた話(フレンドシップ・キルトの初期形でしょうか?)だとか、居住区の教会で行われる様々な催し物や福祉活動のいわゆる資金作りのためのキルト作成の話だとか、単なる手慰み以上のものであったキルトの歴史を知ることができたのはとても勉強になりました。
読了日:02月11日 著者:小林 恵


夢の書(下)夢の書(下)
う~ん、かなりビミョーかもしれない・・・・・。  世界観とか扱っているテーマなんかはまさに KiKi の好みのど真ん中ストレート。  決して嫌いなタイプの物語ではありません。  でも、なんとなく期待していたものと違うんですよね~。  それは「シリーズ最終巻」という先入観があるために、KiKi が勝手に膨らませていた期待とは違うというだけのことで、「こういう物語」と割り切ってしまいさえすれば、もっと楽しめたような気がするんですよ。  でもね、やっぱり思ってしまうのです。  「妖精王の月の7者のうちグウェン以
読了日:02月09日 著者:O.R・メリング


ローラの思い出アルバムローラの思い出アルバム
昨年、「ローラ物語」を再制覇しておいたので、ひとつひとつの写真がとても興味深く、ローラの父さん、母さんの生家の様子なんかも思い描くことができて、楽しむことができました。  割と最初の方にローラの姉、メアリーが子供時代に作った「四角つなぎ」のパッチワーク作品の写真が載っていました。  「子供時代からこんなものが作れたんだ!」と感動するのと同時に、そんな彼女を将来襲うことになる悲劇を知っているだけに胸が痛みました。  ああ、こんなものが作れた子の目が見えなくなっちゃうんだ・・・・と。
読了日:02月08日 著者:


夢の書(上)夢の書(上)
う~ん、かなりビミョーかもしれない・・・・・。  世界観とか扱っているテーマなんかはまさに KiKi の好みのど真ん中ストレート。  決して嫌いなタイプの物語ではありません。  でも、なんとなく期待していたものと違うんですよね~。  それは「シリーズ最終巻」という先入観があるために、KiKi が勝手に膨らませていた期待とは違うというだけのことで、「こういう物語」と割り切ってしまいさえすれば、もっと楽しめたような気がするんですよ。  でもね、やっぱり思ってしまうのです。  「妖精王の月の7者のうちグウェン以
読了日:02月08日 著者:O.R・メリング


光をはこぶ娘光をはこぶ娘
前作、「夏の王」が KiKi にとってはちょっとだけ粗い作りの作品に感じられたので、正直この作品を読み始めるまではおっかなびっくりでした。  でも、物語冒頭にある次の言葉に魅せられ、一挙にこの物語の世界観に親近感・・・・のようなものを抱きました。  曰く 「大地は祖先から受け継いだものではなく、子孫から借り受けたものである」 「野生の自然の中でこそ、世界は生きのびられる」 「木のあるところ、生命あり」 メリング作品には珍しく環境問題という社会問題にも触れた作品でちょっとびっくりだったけれど、作中の
読了日:02月04日 著者:O.R・メリング


夏の王夏の王
ヨーロッパには、夏至の日妖精の力が強まって、祝祭が催されるという言い伝えがあると聞いたことがあります。  シェイクスピアの「真夏の夜の夢」は、まさに、夏至の日の夜に繰り広げられる人間と妖精の恋物語。  その「夏至」という言葉と「夏の王」という言葉が微妙にシンクロして、読み始めるまで KiKi の期待はこれ以上はないっていうほど膨らんでいました。  メリングのケルトファンタジー第4弾。  第1巻の「妖精王の月」の後日譚という位置づけの物語です。  今号のヒロイン・ローレルの亡くなった双子の妹オナーの日記に出
読了日:02月02日 著者:O.R・メリング

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