今関さんちの自給自足的生活入門 今関知良

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KiKi がLothlórien_山小舎生活を始めようと画策し始めた頃、会社の同僚や部下の多くから「何を好き好んで田舎で暮らしたいと考えるようになったのか?」という質問を多く受けました。  でも「何で?」と聞かれても正直なところ KiKi にはそれに応える合理的な解答の準備はありませんでした。  強いて言えば「土をいじる生活を子供の頃していて、若い頃はその世界から飛び出して広い世界(文字通り、日本国内ではなく他国を含めた世界)で学生時代に学んだことを生かしながら、自分にできることを精一杯やることに喜びを感じていたけれど、30歳頃から『老後』を意識し始め、最後はあの子供の頃の生活に戻りたいと感じるようになったから。」ということだったんだけど、そこから派生して「こんな生活」「あんな生活」と具体的な話を始めると、多くの人が「あ、要するに自給自足的な生活がしたいっていうことなんですね?」と締めくくりました。  でもね、正直なところ KiKi は都会の人たちが漠然と言うところの「自給自足的な生活」をしたいと思っていたわけではなかったし、その締めくくられ方には釈然としないものを感じていました。

だから・・・・と言うわけではないんだけど、冠に「自給自足的生活」という文字が躍る書物や雑誌などには正直なところあんまり興味がありませんでした。  何となく・・・・ではあるんだけど、そういう書物を目にしたり読むことによって、自分がLothlórien_山小舎で試行してみようと考えている生活までもがその「自給自足的生活」というプロトタイプに陥っていってしまうような気がして、それだけは避けたいというある種の抵抗感みたいなものがあって、意識的にそういう本を読まずに過ごしてきたのです。  

でも、今回「高山農園」のあれこれを考えるにあたって、もっときちんと「自分が何をしたいのか」を考えるためにも「農」とか「村」の生活に対する自分の立ち位置を明確にしたいという思いが募ってきたので、吾妻郡図書館から何種類かの本を借りてきました。  そのうちの1冊が本日の KiKi の読了本です。

今関さんちの自給自足的生活入門
著:今関知良  家の光協会

51RVNYQKB4L__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

脱サラ就農をした著者が教える、試行錯誤を繰り返しながらたどりついた自給自足方法。  自然の中でのお金を使わない豊かな暮らしを、イラストとともに紹介する。  (Amazon より転載)

もしも KiKi がこの本を図書館で見つけたのではなく、Amazon のこの紹介文を読んでいて・・・・ということだったとすると、恐らく KiKi はこの本を読んでみようとは思わなかっただろうと思います。  というのは KiKi は「脱サラ就農をしたい」と思っていたわけではないし、上記のように「自給自足的生活をしたい」と思っていたわけでもないし、まして、「自然の中でお金を使わない豊かな暮らしができると憧れていた」わけでもないからです。  KiKi がこの本を読んでみようと思ったのはこの本の冒頭、「はじめに」のところに著者本人が以下のような言葉を書いていたからなのです。

わたしたちは「自給自足的な暮らしをしたい」と考えて、農業を始めたのではありません。  (中略)  有機農業の農家は、ただもくもくと野菜を作っているだけではなかったのです。  どのようにしてよい土をつくっていくのか、どのようにして野菜を育てているのか、その苦労や喜びを消費者に語りかけ、また消費者も生産者の呼びかけに応えて畑に出かけ、ともに土に触れ、食べものといういのちの源を互いに見つめあっている・・・・。  それは生産者が作った野菜を、消費者がお金を払って買うだけという、売買関係だけのものではなかったのです。

この(↑)太字部分の記述が KiKi のアンテナに引っかかりました。  図書館で本を選ぶ際にパラパラっとめくったページにあったこの言葉を目にすることがなかったら、恐らく KiKi はこの本を棚に戻してしまっていたと思います。  何て言うか、自給自足的生活をするためのハウ・ツー本だったら KiKi には用はないからです。

 

読了しての感想は、その「ハウ・ツー本」の範疇をさほど出ていない本かなぁ・・・・というちょっぴり残念な想いもなきにしもあらず・・・ではあるのですが、KiKi 自身も今年はチャレンジしてみようと考えている「米作りに著者が手を出したいきさつ」だとか、KiKi は今年は麹屋さんで購入しちゃったけれど「米麹そのものの作り方」だとか、未だ手を出してみたことのない「醤油の作り方」なんかに関する記述は結構面白かったです。  

この本で KiKi の心の琴線に触れてくるのは残念ながら本文部分ではなく、先ほどご紹介した「はじめに」の部分と最後の「あとがき」の以下にご紹介する文章なのですが、全体がハウ・ツー本になってしまっているのが本当に残念・・・・・。  本来なら自給自足的生活が目的なのではなくて、「食べるということ、命ということと真摯に向き合う」ことが目的なのであって、著者はそれを本質的に体感されていらっしゃる方だと思うのですが、その「想い」「哲学のようなもの」に関しては本文には出てくることなく、辛うじてサラッと触れられているのが「はじめに」の部分と「あとがき」部分だけなんですよね~。

「あとがき」では著者はこんなことを述べられています。

農業評論で、大規模化、効率化を主張する人たちは農家の自給にはまったく言及してくれません。  家族農業、日本的な小規模農業論の人だけがわずかに自給を重視した発言をしているようですが、農業政策の議論できまって真っ先に登場するのが、なぜか食料自給率の向上です。  わたしはこれはナンセンスだと思うのです。  だれにも関係ないテーマのような気がするからです。  というのも、農業も含めた国民全体の食習慣が西欧型へ変化したことが自給率の低下をもたらしたからだと思うからです。  だれにも責任がありそうで、ないのです。  あるいはその逆かもしれませんが。

米、野菜を中心に生産している農家に向かって「自給率向上で頑張れ」というのは、生活習慣病を蔓延させている西欧型の食材を作れということに等しいのではないでしょうか。  農家がすぐに農作物の転換などできるわけがないですし、米食を中心とした日本の伝統的食習慣の放棄と生活習慣病の促進につながるもので、由々しき事態を招くことにもなるのではないでしょうか。  わたしたち日本人の食生活を日本人本来の姿に戻すようにすることが先決だと思うのですが、これは至難の業ではないでしょうか。

やはり、食べものの自給は国家レベルよりも、家庭、地域の小さなレベルからの実践でないとできないのではないでしょうか。  「農業政策は食べ物政策から」じゃないかなー、こんなことも我が家の小さな自給生活からの教訓です。  

ちょっぴり論理の飛躍のある文章だとは思うんだけど、KiKi 自身はこの文章に大いに感じるものがありました。  実は KiKi 自身がこのあたりのこと(↑)を感じ始めたのはアメリカのことを考えたことがきっかけでした。  アメリカと言えば大工業国で大経済国で、多くの日本人は「アメリカ ≒ ニーューヨーク」と言ってもいいようなある種のプロトタイプのイメージをかの国に抱きがちだけど、実はものすごい農業国でもあったりします。  日本の食料自給率が40%を切ったなどと言われている中、アメリカは100%を優に超えています。  ところがそのアメリカの食品でもっとも有名なものは何か?と問えば「ハンバーガー」を初めとする「ジャンク・フード」と呼ばれる品物群です。  世界でも名だたる食料自給率を誇る農業国の超有名な食品が「ジャンク・フード」とはいったい全体どうしたことなのか??  

KiKi 自身はこの答えは子供の頃に習った「大規模プランテーション」なるものにあるのではないかと考えているのですが、その、未だにあんまりうまく言語化することができない思考と上記の「あとがき」で著者が仰っていることはとても近しいものだと感じています。  

著者の生活や KiKi がLothlórien_山小舎で実践しようとしている生活は、現代的な都会的生活とはある意味で異種類の生活形態であるだけに、結果的に「自給自足的生活」という「都会型経済生活」とは一種異なる名前を冠したくなるような生活と認識されてしまうのはわからないじゃない。  そして、いかにそういう生活を実践していくかという「ハウ・ツー本」的なものが出版されることにより、あたかもそれが「夢」だったり「ユートピア」でもあるかのごとく扱われたりする。  そして決して都会生活と比べて「穏やか」でも「癒されるもの」でもないにも関わらず(案外忙しいし、肉体疲労は半端じゃないのです)、ブームが巻き起こったりもする。  う~ん、何か違うんだよなぁ・・・・・。  本当であれば「価値観」とでも呼ぶべきものの違いであって、生活スタイルの違いなんかじゃなんだけどなぁ・・・・・。

 

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コメント(2)

 初めて投稿します。いつも楽しみに読んでいます。
Kikiさんの農園生活も読んでいて楽しいです。
 さて、アメリカとジャンクフードについてですが、実はプランテーションのせいではありません。
 プランテーションは古代ローマで始まったものですが、ローマの料理は現在のフランス料理、イタリア料理の祖となった、非常に洗練されたものでした。
 アメリカの料理がジャンクフードになった最大の原因は、贅沢を悪と決めつけたキリスト教プロテスタントの信仰にあります。人が物を食べるのは生きるために最低限の栄養を摂取するためで、味などそれ以上のものを求めるのは不必要な贅沢であり、恥ずべき精神の堕落と決めつけました。結果、プロテスタント諸国はイギリス、ドイツなど比較的豊かな国でも、料理は大概質素で味もいまいちです。
 さらにアメリカの場合、西部開拓の時代が長く続き、人々が移動を繰り返していたため、収穫も安定せず、結果的に乏しい材料と道具でも作ることができ、なおかつ持ち運ぶことができる食べ物が必要でした。
 これが上記の「味にこだわらない」傾向と結びついた結果、生まれたのがジャンクフードです。

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