農は過去と未来をつなぐ 宇根豊

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KiKi が現在大半の時間を過ごしている群馬県の高山村は農業立村です。  ま、あっさりと言ってしまえば農業(畜産業を含む)ぐらいしか産業らしい産業はありません。  一応、村の中に工場もあったりするのですが、正直なところ KiKi はその工場で何を作っているのかよく知らないし、もっと言えば工場こそそこにはあるものの、本社とか営業事務所とかがどこにあるのかさえ知りません。  (・・・・・とここまで書いてみて、一応ネットで調べてみました。  でも・・・・正直なところ何を作っているのか KiKi にはよくわかりませんでした ^^;  本社は沼田にあるみたいだけど・・・)  

ま、てなわけで、ここに住んでいると否応なく「農業」という産業についてあれこれ考えることが多くなります。  でもね、正直なところ落ちこぼれながら会計人だった KiKi のいわゆるビジネス・センスとかビジネス哲学と農業ってどうしても相容れないことが多いような気がするんですよね~。  要するに都市部の、ひいては現代社会では当たり前になっているある種の尺度では測れないことが凝縮されて成立しているのが農業という産業のような気がして、いえ、そもそも産業という捉え方をして「工業」とか「商業」と並立させる発想で俯瞰しちゃいけないのが農業のような気がして仕方ありません。  ま、そんなモヤモヤとした想いを言語化する1つのきっかけになれば・・・・・と手に取ってみたのが本日の KiKi の読了本です。

農は過去と未来をつなぐ
著:宇根豊  岩波ジュニア新書

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イネを植えるのに、なぜ田植えって言うんだろう?  田んぼの生きものを数えてみたら、5700種もいることがわかった。  田んぼはイネを育てるだけでなく、多くの生きものを育てているのだ。  環境稲作を提唱してきた著者が、生産者減少や食料自給などの問題を考えながら、「農」が本来もっている価値を1つ1つ拾いあげていく。  (新書本裏表紙より転載)

都会でのサラリーマン生活が長かった KiKi にとって「働く」「仕事」と言う言葉の意義は常に「収入」と結びついていました。  又、「定時」「時間外」という言葉があるように、「仕事とは自分の時間を切り売りする行為」であり、そこに「労働による付加価値をいかに多くつけるか」が問われて数十年という時を過ごしてきました。  まさに「サラリーマン」、「サラリーのために働く駒」であることに根本から疑問を持ったことはなく、それが「れっきとした大人の義務」ぐらいの感覚でいました。  そしてそこで追及されていたのは「生産性≒どれだけ貨幣換算できる成果を上げられるか」であり、常にその尺度は「いくらになるのか?」でした。  現代の資本主義経済社会の中ではそれはある意味宿命みたいなものであり、この世を生き抜いていくためには必要なことでもあります。

でも、ここ高山村で過ごす時間が増えるにつけ、かつての価値観とは相容れないものがそこらじゅうに転がっていることに気がつくようになりました。

例えば・・・・・・

野良仕事をしていると、冷房の効いた建物の中で仕事をするのとは異なるため9時から5時までな~んていう働き方は通用しません。  だいたいにおいて半端じゃなく暑い日中には外仕事な~んていうのは何時間も続けられるものではないのです。  それを今年の夏、KiKi は我と我が肉体で実感しました。  丈夫なだけが取り柄だった KiKi が水分補給には十二分に気を遣っていたにも関わらず熱中症で倒れちゃうぐらいなんですから!!  

でもね、実際に倒れてしまうまでは「昼間っていうのは働くもんだ」という身に沁みついた習慣があるため、その時間に休むな~んていう発想はなかった・・・・・というより、何だか「その時間に休む ≒ サボる ≒ 堕落」みたいな感覚があって、逆に温度が低い早朝とか夜は「時間外労働」みたいな感覚があるため、別に野良仕事でお給料をもらっているわけでもないのに、何だか「労働時間」という概念との相性が悪いように感じていたようなところがあります。

でも、あの熱中症ダウン事件以来、KiKi の野良仕事での働き方は大幅に変わりました。  サラリーマン時代だったら「早朝手当」の時間帯に働き、サラリーマンが一所懸命働いている時間には昼寝をしていました。  真昼間に布団に入るときには「ああ、今頃、あの会社の人たちは外回りに出かけ、内勤の人は必死になってパソコンに向かっているんだよなぁ。  昔だったらこの時間帯は会議ばっかりだったよなぁ・・・・」な~んてことを思いながら・・・・・・。  まだあたりが暗いうちに起き出すときには「この時間、都会だったらまだ始発電車も動いていないよなぁ・・・・・」な~んてことを思いながら・・・・・。 

例えば・・・・・・

都会に比べて村の生活では無償奉仕の活動が半端じゃなく多いんですよね~。  やれ、どこそこの草が物凄いことになっているから○○地区の人たちは○月△日の×時にはどこで集まって一斉に草刈りをします・・・・とか、週末に都会から来たハイカーたちが投げ捨てて行った瓶・缶がものすごいことになっているので、皆で瓶・缶拾いをしてリサイクル業者に引き取ってもらいます(そして得られたわずかな現金収入はこの労働に参加した人たちで山分け・・・・ではなく、村の景観維持;例えば幹線道路沿いの花壇整備とか のための原資として使われます)・・・・・とか、とか、とか。  都会だったら行政にお任せで役所に苦情 or 要望電話1本で済ませてしまうようなことも、ここ高山村では村人の共同作業という形でこなすことが多いのです。

KiKi のような半分隠居老人みたいな人間ばかりならいざ知らず、現在も現役で働いている家庭もこういう「無償奉仕」から解放されるわけではありません。  もっとも、山を下りた町の会社で働くサラリーマン家庭ではこの無償奉仕に参加するために休暇をとるわけにもいかないということで出てこなかったりもします。  でも、村のメインの産業に従事しているほとんどの農家さんはそういう日には自分の田んぼや畑はさておいて、この活動に参加します。  まあ、サラリーマンさんは税金で労働が免除されているつもりになっていたりもするわけですが・・・・・ ^^;

農業立村で暮らしてみると、都会の、サラリーマンの、会社人間の常識では測れないことがことほど左様にゴロゴロと転がっています。  そしてこれらの仕事は「余暇の有効利用のボランティア活動」というようなものではなく、村暮らしの土台を支えているもので、村人たちはこういうお金にならない作業も「仕事」と呼んでいます。

今回この本を読んでみて目からうろこだったのは、「農業の生産物とは果たして何だろう?」という視点でした。  KiKi のようなサラリーマンあがりの人間にとってそれはやっぱり「米」であり「野菜」であり、要するに「市場に売ることができるもの限定」と思い込んでいました。  でも、KiKi のようななんちゃって農家の営む田んぼでも、ほら、御覧の通り

2011_Aug31_004.JPGのサムネール画像

こんな赤とんぼが生育しています。  もちろんこの生育に KiKi は一切手を貸しておらず(赤とんぼの成虫を田んぼに離したわけではないし、卵を採集して羽化まで見守ったわけでもない)、ただ単にIおばあちゃんに教えられるままに、田んぼを耕し、田んぼに水を引き入れ、稲を植えただけです。  でもその営みがトンボをここに呼び寄せ、産卵させ、勝手に育ち、勝手に赤とんぼになっているだけのことではあっても、田んぼがなければ生まれなかった命でもある・・・・・ということに、初めて気がつかされました。

著者は言います。

農業について語る多くの人たちは、おカネになることなら雄弁に語りますが、百姓仕事が支えている自然の生き物のことなど、語ることはまずありません。  そういうまなざしを失っているか、語るだけの世界を知らないのでしょう。  私はとても不安なのです。  農業の存在価値は経済的な価値だけでは半分も表現できない、と考えているからです。  これは大問題なので、この本でくりかえし考えることにします。

現代社会は経済競争から逃げられません。  効率よく経済活動をする人たちのほうが、儲かって競争に勝つのです。  しかし、それはおカネになる世界だけの事で、おカネにならない世界も考慮に入れれば、これではまずいことが起きます。

至極ごもっともなご意見だと KiKi は感銘を受けたけれど、じゃあ、この価値観が一般大衆受けするか?と言えば、残念なことにそうじゃないのが現代の日本社会です。  それを証拠に今、ここ高山村にいて、「仕事」というよりは「営み」に重きを置いている今の KiKi は感銘を受けたけれど、20年前、都会で自分のペイを上げようと必死だった時代の KiKi がこの文言に感銘を受けたか?と問われれば、胸を張って(張ることもないけれど ^^;)「いいえ。」と答えられちゃうからです。 

統計数字上の「生産高」とか「自給率」をベースに農を考える視点はもちろん大切だけど、それだけでは何か大切なものがどんどんこぼれていく・・・・・・。  そんな危機感を持つのは今の時代、とっても必要なことだと思うけれど、それをどんな風に言語化し、人々に伝えていくのかは本当に難しい・・・・・。  この本もとても良書だとは思ったけれど、残念なことに現代人への説得力には欠けると感じてしまうのが、とても残念でした。

もっとも・・・・・

今の KiKi には人様の成果物に批判をする資格はまったくなくて、自分が日々感じていることを言語化することさえできないのです・・・・・・・。

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2011年9月16日 23:12に書いたブログ記事です。

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