土曜日には読了していた本なんですけど、「どんど焼き」エントリーに追い出されて(?)ご紹介がちょっと遅れてしまいました。 本日・・・・ではなく、一昨日の KiKi の読了本はこちらです。
小さい牛追い
著:M.ハムゼン 訳:石井桃子 岩波少年文庫
ノルウェーの農場に住む四人きょうだいは、両親といっしょに村じゅうの牛をあずかって、山の牧場で夏をすごします。 ゆたかな自然のなかで遊び、はたらき、のびのびと生きる子どもたちの素朴な日常を、あたたかく描いた名作。 (文庫本裏表紙より転載)
牛追いの冬
著:M.ハムゼン 訳:石井桃子 岩波少年文庫
ランゲリュード農場の四人きょうだいは冬を迎えました。 楽しいクリスマス、スキーやボーイ・スカウトごっこ・・・・・わくわくすることがいっぱいです。 ノルウェーの美しい自然と愛情ゆたかな家庭から生まれた「小さい牛追い」の続編。 (文庫本裏表紙より転載)
この物語は何てったってあの「石井桃子さん」の翻訳だし、岩波少年文庫創刊初期からのお馴染み作品だったみたいなんだけど、KiKi にとっては実はお初でした。 この本の存在を知ったのは実はこの本(↓)を読んだときで、この本の中にある対談集の中で多くの方々が絶賛されていらっしゃるので、何だか大切なことを見落としていた悔しさ・・・・・みたいなものを感じたんですよね~。
なつかしい本の記憶 岩波少年文庫の50年
編:岩波書店編集部 岩波少年文庫
ユニークな三組のきょうだい対談(中川季枝子・山脇百合子、 池内紀・池内了、 岸田衿子・岸田今日子)、斎藤惇夫講演「岩波少年文庫とわたし」のほか、雑誌のエッセイ等を収録。 子どもと大人のための、個性あふれる楽しい読書案内。 (文庫本裏表紙より転載)
その後、いろいろな対談やら何やらを雑誌なんかで見るにつけ、何と言っても「中川季枝子さんの絶賛作品」であることを知りました。 あっちでもこっちでも中川さんは「小さい牛追い」の話をされていらっしゃるんですよね~(笑)
恐らくこの本は、イマドキの都会の早熟な子供たちにはつまらない本なんじゃないかと思います。 「ハイジ」に似ているところもあるんだけど、ハイジの場合は「アルプスの山の上」と「フランクフルトという大都会」を経験している分、都会暮らしの自分に引き寄せて読むことができる「とっかかり」みたいなものがあるんだけど、この物語で描かれている子供たちの世界っていうのはイマドキの都会育ちの子供たちには想像するだに難しい「遊びの世界」なんじゃないかと思うんですよね。 牛に振り落とされたり、ボタンのお金で交換したり、沼地で壊れかけた筏に乗って釣りをしていたら漂流しかかったり・・・・・・。 モノで遊んでいなかった時代の子供たちの姿が瑞々しく描かれています。
でもね、昨年の夏、Lothlórien_山小舎に親戚が泊りがけで遊びに来たんだけど、その子供たち(小学生と幼稚園児)はこんな山の中だと何をして遊んでいいのかわからないみたいだったんですよね。 で、結局、家の中で KiKi の Nintendo DS でゲーム三昧の時間を過ごしていたわけだけど、KiKi の子供時代であれば山の木が基地に見立てられたり、水の中を泳ぐ小さな虫や蛙が妖精にも悪魔にも化けたりして飽きることがなかったことを思うと、そういう経験をしたことのない子供にはこの物語に出てくる四人きょうだいの他愛もない遊びは全くと言っていいほど理解できないんじゃないかと思うんです。
で、そういう遊び(と言いつつも、彼らにとってはそれが単なる遊びの範疇を超え、現代的に言うならば夏休みのアルバイトを兼ねていて、そこには労働が伴っている)の中で彼らは彼らなりの大冒険を経験しているんだけど、昨今の物語に多いCG使いまくりのハリウッド映画的な冒険と比較するとどうしても地味な感じは否めません。 その地味さ加減が KiKi なんかの世代には懐かしくもあり羨ましくもあったりするんですけどねぇ・・・・・・・(苦笑)
この物語の凄い所は、子供が持っている愛らしさと残酷さ、優しさと冷たさが余計な装飾なしに素直に、でもちゃんと両立して描かれているところだと思います。 勉強好きで物静かでどちらかというと思索家タイプのお兄ちゃんが勉強嫌いで人当たりがよくお調子者の弟を疎ましく思う気持ち、逆にそんな弟がどうしても頭の上がらないお兄ちゃんを暴君のように思う気持ち、命を落としかねない肺炎を患い家族中の心配を一身に集め、甘やかされているうちに、それが当然と思うようになってしまった末っ子の気持ち。 そのどれもが KiKi 自身にも身に覚えがないわけじゃない感情で、読んでいてちょっぴり切なくなってみたりもして・・・・・・(笑)
あとがきに絵本作家の瀬名恵子さんの一文が載っているんだけど、そこに書かれていたその末っ子ちゃんの脅し文句に旧訳と新訳の違いがあって、旧訳では「あたしが、肺炎したこと、忘れなさんな。」となっていたものが新訳では「あたしが、肺炎したこと、忘れないで。」となっていて瀬名さんにとってはここは「忘れなさんな。」がいいと仰る気持ち、わかる、わかる(笑)。 まあ、このケースでは KiKi なら「忘れないで。」でも「忘れなさんな。」でもどっちっでもいいんだけど、これを子供時代に旧訳で読んでいたら、恐らく KiKi も「ここは『忘れなさんな』でなくちゃ!」と思っただろうと思います。
最後にこの本の挿絵が又いいんですよね~。 表紙の絵だけでもその雰囲気は伝わるだろうと思うけれど、KiKi の一番のお気に入りの挿絵は、彼ら一家が山の牧場へ移動する際に逃げ出した子豚を勉強嫌いのお調子者の弟・エイナールがつかまえるシーンの挿絵です。 はらばいになったエイナール少年の両手が子豚の後ろ足を掴んでいて、豚がもがいている雰囲気がなんともうまく出ていて、思わずにっこりしちゃったぐらい・・・・・・(笑)
さて、この本も例の宮崎駿さんの豆本で紹介されている50冊のうちの1冊です。 そこに寄せられている宮崎さんのコメントはと言うと・・・・・
ぼくはこの本を読んでいません。 なのにきっといい本なんだと思っています。 ぼくの奥さんが少女の頃に読んで、ヨーロッパと日本のちがいがわかったような気がして、とても興味深かったと話していたからです。 いつか読んでみます。
とのこと。 なんだぁ、読んでいないんだ(笑)。 でも宮崎さんは奥さんが「いい」と言ったからそれを素直に受け入れていらっしゃるんですねぇ。 何だか微笑ましいです。 ま、それはさておき、宮崎夫人はこの本で「ヨーロッパと日本のちがいがわかったような気がした」そうですけど、KiKi はあまりそういう風には感じませんでした。 どちらかと言うと「子供の世界は日本もヨーロッパも変わらないなぁ・・・・・」という印象の方が強い。 違い・・・・・と言う意味では「欧 vs. 日」と言うよりは「都市 vs. 農業地帯(ムラ)」という感じがします。
実際この物語の中にも都会育ちの「ヘンリー」という男の子が登場するんだけど、その子が出てくるとおかしな事件が起きたり、子供たちの中でギクシャクした雰囲気が漂ったり(とは言っても最後は仲良しになるんだけど)するシーンがあって、いい・悪いはともかくとしてお互いが本当の意味で理解するのには目に見えないちょっとした壁のようなものがあることを感じます。 こういう物語を読むと常に感じるのは「人は育った環境によって育まれる部分が、想像以上に大きい」ということだったりします。







コメントする