罪と罰(3) ドストエフスキー

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なかなか e-BookOff で売り物件が出て来なかったため、ちょっぴり間が空いてしまいましたが(ま、それだけが理由じゃなくて、東京⇔群馬の移動やら、東京での雑用処理があったせいもあるんだけど)、ようやく「罪と罰」の第3巻を読了することができました。

罪と罰(3)
著:ドストエフスキー 訳:亀山郁夫  光文社古典新訳文庫

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殺人を犯した者の詳細な運命がつづられる最終巻。  ラスコーリニコフをはじめ、母、妹、友人、そして娼婦ソーニャなど、あらゆる「主人公たち」が渦巻きながら生き生きと歩き、涙し、愛を語る。  ペテルブルグの暑い夏の狂気は、ここに終わりを告げる...。  (文庫本裏表紙より転載)

主役のラスコーリニコフのみならず、多くの脇役が何等かの「落としどころ」に収束していく第3巻(原作の括りでは第5部、6部 & エピローグ)。  本当に久しぶりの再読でしたが、初読の時以上の読み応えがありました。  充実した巻末の「読書ガイド」もとても興味深かったけれど、あの饒舌な登場人物たちの語るあれやこれや(それが心情告白のことあり、社会批判のことあり、当時のペテルブルクの環境描写のことあり)が実に含蓄に富んでいて、多くのことを考えさせられました。

ラスコーリニコフは結果的に自首という道を選び、そしていわゆる「シベリア」での服役中に「人」として「再生」していくわけだけど、彼があの犯罪(殺人)を犯すに至ったプロセスを考えてみると、現代社会とクロスする要素が数多くあるように感じました。  大都会の片隅で狭い小さな部屋に住み、何となく閉塞感を抱えていた青年が少しずつ少しずつ個に閉じこもり気味になり、妄想と思想の区別がどんどん曖昧になっていく中で、言わば1人勝手な「正論」を築いていく・・・・・。  そしてそれがある日、社会にとっては「突然」暴発する・・・・・。  何だかこれってあまりにも現代っぽいテーマのように感じられます。

   

第1巻の冒頭でマルメラードフが

「貧乏は悪徳ならず。  でも、これが極貧となったらです、極貧となったら、こいつはもう悪徳なんでございますな。  たんに貧乏なだけなら、生まれながらの上品な気持ちを保っておられますが、これが極貧となったら、誰だってそうはいきませんよ。  つまり極貧ってことになったら、こいつはもう棒っきれで追っぱらわれるどころじゃない、もっと恥ずかしい思いをさせてやろうってんで、箒で掃かれ、人間のお仲間からぽい捨てされちまう。  しかも、それが当然なんですよ。  なぜって、極貧ってことになれば、自分でまっさきに自分を辱めにかかりますからなぁ。」

と言っていたけれど、「極貧」という言葉が似合わない時代になっても相変わらず発生する KiKi にとっては「摩訶不思議としか言えない犯罪」の根っこには何があるんでしょうか??  私たち人類は「豊かになれば幸せになれる」と考え、多くの努力をして現在の文明社会を築いてきたわけだけど、そしてその結果として確かに「豊かに」はなったはず(と言うよりは「少なくとも日本人は極貧からは脱却できた」はず)なのに、相変わらずラスコーリニコフと同じような「追い詰められた心理」から犯罪に走る人間が後を絶たないのは何故なんでしょうか??

ラスコーリニコフを追い詰めた予審判事ポルフィーリーが

「あのばあさんを殺しただけですんでよかった。  べつの理屈でも考えついていたら、一億倍も醜悪なことをやらかしていたかもしれないんです!」

と語っているけれど、この「一億倍も醜悪なこと」というのはいったい何でしょうか??  私たち一般人(普通の人)にしてみれば「あのばあさんを殺した(≒ 殺人)」というだけでも十二分に醜悪なことだと思えるけれど、その一億倍も醜悪なことって・・・・。  そしてその「一億倍も醜悪なこと」を今の私たちが犯していないかどうかは「どうやって」、「誰が」判断できるのでしょうか???  例えばそれが「文化的な生活を営むためのやむを得ない自然改良(破壊?)行為」のことではない、「原子力には手を出さない」ということではない、「遺伝子操作には手を出さない」ということではないという保証はどこにあるのでしょうか??

上に挙げた例はどれもこれもその道を選ぶにあたっては「何等かの正論」があるわけで、その「何等かの正論」とラスコーリニコフの「極論」の間にある差は「1人勝手な理屈なのか」「それなりの議論を経ての結論なのか」ということになるわけで、「それなりの議論を経た」というところにせめてもの「保障」があるわけだけど、その議論がどのように選ばれたメンバーにより、どんな手続きで行われたのかは不明なことも多いわけで・・・・・・。  

社会が「是」とする倫理観が本当に「是」なのかどうか・・・・・。  これは本当に難しい問題だと思います。  「みんなが『正しい』と言うから正しい」というのは時代性はあるかもしれないけれど、歴史の審判には耐えられないこともあるし、その「みんな」が多角的に熟考した末の結論なのかどうかも疑わしい・・・・・。  そうであるだけに、私たちが何よりも恐れなければならないのは「思考停止状態」ということのような気がします。  でも考えていればそれでいいと言うわけではないのはラスコーリニコフが身を持って示してくれています。  彼のように「手前勝手な理論」に溺れるリスクは常にそこいらへんに転がっているわけですから・・・・・。

せっかく入手したこの読みやすい「ドストエフスキー」。  随分長い間、振り返らずにきた作品だけど、これを契機に定期的に読み返してみたい作品にランク・インです。

 

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