2012年2月アーカイブ

降りしきる大雪!

| コメント(0) | トラックバック(0)

数日前に降ったこの雪がまだそこかしこに残っていたまま・・・・とは言えども、ようやく昨日の好天で屋根の上の雪はほとんど融け、我が愛車の屋根に凍り付いていた雪も融けた・・・・・と喜んでいたのもほんの束の間。  本日は大雪です。  東京辺りも大雪で電車やら高速道路やら空の便にも影響が出ているとのことですが、TVで映し出される映像を観るたびに「大したことないじゃん!」と文句を言いつつ、薪ストーブの前で丸くなっている KiKi です。

2012_Feb29_003.JPG
あのね、大雪っていうのはこういうのを言うんです!  (・・・・・なんて、新潟辺りの人が聞いたらこれでも怒るよねぇ 苦笑)

2012_Feb29_005.JPG
せっかく昨日は全身をひさびさに見せてくれていた車も雪に埋まって何だかわからない雪の塊と化しつつあります ^^;

2012_Feb29_004.JPG
もうクリスマス・ツリーのシーズンはとっくに終わったのに、何ですか??  あなたのその姿・・・・・・

2012_Feb29_002.JPG
これで明日から又あの「ドスン! ドサッ!」という音をたてた雪崩みたいな雪が落ちてくるようになるんでしょうかねぇ??  アレ、頭にあたると結構頭に来るんですけど・・・・・・ ^^;

まだまだやむ気配のない雪・・・・・。  しかも今日はあの灯油安売りの水曜日なんですけど!! >x<  この間の雪も同じく灯油安売りの土曜日に降ってくれちゃったので、我が家の備蓄灯油も尽きようとしているんですけどぉ!!m-pun.gif  

ああ、今日はどんなに怖くても石油スタンドで行かなくちゃいけません・・・・・・ ^^;  そのためにも、何でもいいから早く止んでくれ~!!!

今日も「月神シリーズ」を読み進めています。  1冊目では「ちょっとなぁ・・・・」と感じられていた部分が少しずつ解きほぐされてきていて、もともと好きな世界観のお話だけに俄然楽しくなってきました(笑)  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

地の掟 月のまなざし
著:たつみや章 絵:東逸子  講談社

513V34HPKVL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

すべての自然には神が宿り、人はその恵みによって生かされている、と信じられていた縄文の時代。  数千年続いたその平和を脅かす、新来の弥生の民との闘いの火ぶたが、今まさに切られようとしていた、その時―。  縄文のムラと、弥生のクニに、それぞれの時代の命運を握る、ふたりの少年が現れた。  動物のカムイに育まれ、ムラの救い主になるべく宿命づけられたポイシュマ。  女王ヒメカの甥であるにもかかわらず、クニを逐われるワカヒコ。  ふたりの出会いが、また新たなる運命の歯車を回していく―。  第37回野間児童文芸賞に輝く「月神の統べる森で」に続く長編第2弾!  (単行本扉より転載)

天地のはざま
著:たつみや章 絵:東逸子  講談社

51CZEE4R6RL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

悠久の昔。  国土は月神の統べる深い森におおわれ、ムラびとたちは自然の恵みに感謝してくらしていた。  あるとき、海の向こうから日の神を奉じる民がやってきてクニをたて、数千年の平和が破られた。  戦乱の予兆のなか、いにしえの予言どおりふたりの少年が、それぞれの宿命の道を歩み始める。  「星の子」であるしるしの翡翠色の目をしたポイシュマと、高貴な血を引きながらクニを逐われたワカヒコ。  敵味方をこえ友情を結んだふたりだったが、交易の旅に出かけた塩のムラで、アヤのクニで、また絶体絶命の危機におちて―。  「月神の統べる森で」(野間児童文芸賞受賞)、「地の掟 月のまなざし」に続くシリーズ第三弾!  (単行本扉より転載)

前作、「月神の統べる森で」の Review で書いたいくつかの否定的なポイントに関して、まだまだ十分とは言えないけれど少しずつ解き明かされてきている感があって、KiKi には楽しい読書となりました。  縄文側のポイシュマと弥生側のワカヒコがそれぞれの世界に帰ってからの生活の描写が描かれるのと同時に、前作では一方的な悪役扱い(?)だった弥生側の事情も少しずつ明らかになってきたのが何よりも嬉しい2冊でした。

月と蛇が出てくるあたりは日本古代史を舞台にしたファンタジーでありながらも、ファンタジーのお膝元のケルトっぽさも感じさせ、人間っていうのは所が変わっても案外同じような感性を持って暮らしていたんだなぁと何だか嬉しくなってしまいます。  第2巻にして、この段階ではまだまだ物語も動き始めたばかりだったんですねぇ。  運命的な再会を果たしたポイシュマとワカヒコのこれからに期待が持てそうな終わり方が「地の掟 月のまなざし」。  それぞれがそれぞれの負うべき宿命に向かって歩み出すのが「天地のはざま」です。  

今日も図書館本のご紹介です。  この物語は以前「大人のファンタジー読本」でその存在を知り、以来いずれは読んでみようと考えていた本です。  ファンタジーという外来ものの概念(? カテゴライゼーション?)と日本文化の融合という取り組みには少なからず(・・・・と言うより強烈に)興味のある KiKi なのでこの本に出会える日を楽しみにしていました。  今のところハードカバーしか出ていないので、なかなか購入してまでして読む気にはなれなかったんですけどね(苦笑)  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

月神の統べる森で
著:たつみや章 絵:東逸子  講談社

51K49AMMWNL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

はるか太古の昔。  山も、川も、木々も、獣も......みな、心をもった存在だった。  人もまた、月神の統べる森の恵みを受け取って生きていた。  ある時、海からきたヒメカの民は、土地をかこってクニとし、敵意をむき出しにしてムラに襲いかかった。  そして、ムラの若き長(おさ)アテルイと、美貌の巫者(ふしゃ)シクイルケは、流亡(りゅうぼう)の旅の途中、翡翠(ひすい)色の目をもつ少年ポイシュマと運命的な出会いをするのだった......。  かつて語られることがなかった神秘の縄文時代に光をあて、人々の愛と闘争を描く、たつみやファンタジー待望の新作!  (単行本扉より転載)

まずは、この表紙の東さんの絵に10点!(因みに10点満点ね 笑)  何とまあ幻想的かつ美しい絵なんでしょうか!  この表紙の絵だけで、KiKi の頭の中には様々な妄想が渦巻きます。  特に素敵だと思うのが後姿のポイシュマと思しき少年が座っている月の船と思しき曲線とその向こうに見える森が素晴らしい!!  まあ実際のところ、この絵の主役はシクイルケと思しき上半分を占めている神秘的な人物なんだろうとは思うんですけど・・・・・(苦笑)

そして肝心の物語の方ですが、世界観は8点、ストーリーテリングは残念ながら5点っていうところでしょうか??  こういうアニミズム的な世界を描く物語は大好物だし、一応著者 & 出版社の意図としては「縄文時代」を扱っているつもり・・・・・ということで、そこは素晴らしいと思うんですよ。  そして、著者があとがきで述べていらっしゃる以下の言葉(↓)には心の底から賛同・共感するし、「頑張って!!」とエールを送りたい気分がムラムラなんです。  

夜空を照らす月というのは、昔の人々にとっては、たいへんたいせつなものであったにちがいないのに、『古事記』や『日本書紀』の中には、月の神様の話はほんのちょっぴりしかありません。  このお話は、月にまつわる神話が消えてしまった謎を、私なりに考えてみたいと思って書き始めました。  それと同時に、私たちの先祖の歴史である縄文と弥生という2つの文明が出会った時代を描きだすことで、私たちの現在と未来を考えてみたいという思いもあります。  なぜなら、縄文時代には、人間と自然は共生していたからです。

ただねぇ、この「月神シリーズ」第一巻の描き方がどうにもこうにも納得がいかないんですよね~。  KiKi も「縄文時代人」と「弥生時代人」は別の人種だっただろうと思っているし、結局は「縄文時代人」が「弥生時代人」に敗北し、現代はその「弥生時代人」の延長線上にあるというおおまかな世界観については著者と同じ思いを持っています。  でも、彼らの邂逅早々に「善良 & 敬虔な縄文時代人」 vs. 「野蛮な弥生時代人」というスタートのさせ方はいかがなものかなぁ・・・・・と。  異なる価値観が対立するわけだから、どちらか一方の目線に立てば当然相手の正義は見えないものだけど、見えないなりの描き方っていうものがあるように感じちゃうんですよね~。


災路を行く者 上橋菜穂子

| コメント(0) | トラックバック(0)

絶対に素通りすることができない上橋菜穂子先生の「守り人シリーズ」の外伝です。  Amazon やら読書メーターやらから新刊発売のお知らせを頂戴し、何度本屋さんで手に取って「もう買っちゃおうか??」と思ったことか。  でも、守り人シリーズは「軽装版」で揃えている KiKi (但し同じく外伝の「流れ行く者」はハードカバーで買っちゃった ^^;) & プ~太郎の身としてはやっぱりハードカバーの単行本には手を出しづらく、とりあえず図書館で借りて読むことにして「購入依頼」を提出し早半月。  ようやく「貸出OK」の通知をいただいたので、大急ぎで借り出しに行ってきました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

災路を行く者
著:上橋菜穂子  偕成社

61KmLIINMJL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

「蒼路の旅人」でチャグムをさらったタルシュの鷹アラユタン・ヒュウゴ。  ヒュウゴはなぜ、自分の祖国を滅ぼした男に仕えることになったのか。  そして、バルサは、過酷な日々の中で、思春期をどう乗りこえていったのか。  題名のみ知られていた幻の作品「炎路の旅人」と、バルサの少女時代の断片「十五の我には」が収められた、「守り人」読者待望の作品集。  (単行本扉より転載)

「蒼路の旅人」 & 「天と地の守り人」で大活躍した時から興味深い人物として心に残っていたのが「タルシュの鷹 アラユタン・ヒュウゴ」でした。  もっとも、KiKi が「守り人シリーズ」にどっぷりつかっていた頃からは随分時が流れてしまったので、今となってはこの2つの物語も詳細までは覚えていないんですけどね(苦笑)  ただね、これまで「守り人シリーズ」「旅人シリーズ」そして「流れ行く者」という一連の作品の中で、シュガ、タンダ、トロガイ、ジグロというような脇役ながら興味深い人物に関してはかなり書き尽くされてきていた感があった中でただ一人、まだまだ不十分な印象を拭いきれない人物がヒュウゴでした。  

人は誰もがどこかの分かれ道で何かを選び取って今の自分に繋がる道を歩み始めるわけだけど、このヒュウゴという人物に関しては、いつ、どこで、何を選び取ったのか、何となく匂わされていることはあったように思うけれど、KiKi にはまだまだ薄ぼんやりとしていて、ちょっとした「忘れ物」のように心に残っていました。  そんなヒュウゴの物語と言われたら読まずにいられるわけがありません。 

再び雪に閉ざされてしまったLothlórien_山小舎で、薪ストーブを前に読書に耽る。  そんな贅沢な1日を過ごしてしまいました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

風の万里 黎明の空
著:小野不由美  講談社文庫

5121DDBPVKL._SL500_AA300_.jpg  518Y68AZD7L._SL500_AA300_.jpg
   (Amazon)              (Amazon)

天命により慶の国、景王となった陽子は民の実情を知るために街へ出た。  目前で両親を殺され芳国公主の座を奪われた祥瓊は、父王の非道を知り自らを恥じていた。  蓬莱から才国に流されてきた鈴は華軒に轢き殺された友・清秀の仇討を誓った。  それぞれの苦難を抱いて三少女はやがて運命の邂逅の時を迎える―。  (文庫本上巻裏表紙より転載)

思うままにならない三匹の豺虎(けだもの)を前に自らの至らなさを嘆く景王・陽子の傍にはいつしか祥瓊、鈴、二人の姿があった。  "景王に会いたくて、あなたは人人の希望の全てなのだから"  陽子は呪力をたたえる水禺刀を手に戦いを挑む。  慶国を、民を守るために。  果てしない人生の旅立ちを壮大に描く永遠の魂の物語。  (文庫本下巻裏表紙より転載)

これは素敵な物語ですねぇ。  「ポジションが人を作る」という KiKi も経験してきた社会における暗黙のルール(・・・・のようなもの)が見事に描かれているし、「人生は辛い事と幸せな事が半々のはずなのに、人間っていうのは、なぜか辛い事の方を大きくとらえてしまう」という人生における1つの真実も的確に描かれています。  物語は「月の影 影の海」で十二国の世界に否応なく巻き込まれてしまった「巻き込まれ系主人公」の陽子が、腹を括って「景王」であることを受け入れた後の顛末が描かれています。

前作、「東の海神 西の滄海」の Review でもちょっと書いたように、蓬莱での人生経験が「お気楽、周りに流され系の女子高生」に過ぎなかった陽子なだけに、彼女なりにかなり悲愴な覚悟をしたうえで即位した「景王」という立場・・・・ではあっても(であっただけに・・・・と言うべきか?)、正直なところ延王の物語みたいに安心感を持って読むことができませんでした。  案の定、自分が目指すべき王の姿も、自分が実現したい成果の Vision も持つことができずに戸惑う陽子の姿が何とも初々しい限りです(笑)  でも、彼女の「もがき方」「迷い方」を読んでいるうちに、それは少しずつ安心感に変わっていきました。  


雨水に入り、まだまだ気温は低いもののそこかしこに春めいた兆しを感じ始めていたLothlórien_山小舎ですが、今朝、起きてみてびっくり!!  再びの白銀の世界がそこに広がっていました。

2012_Feb25_002.JPG

2012_Feb25_003.JPG

2012_Feb25_004.JPGのサムネール画像

今日は大事な大事な「灯油リッター当たり3円値引きデー」(このあたりでは毎週水曜日と土曜日に限り現金払い顧客に値引きが行われています)なのに、こんな調子では灯油の調達に出かけることができることやら・・・・・・。  まだまだ雪道運転には不慣れで、雪が降るとどうしても出不精になってしまう KiKi としては今日の雪っていうのは許せません!(笑)

暦の上では立春(春の気立つを もって也)も、雨水(陽気地上に発し、雪氷とけて 雨水となればなり)も過ぎたというのに、今さらなんで降るかなぁ・・・・・・。  もっともその割には案外寒くない(気温が下がっていない)ので、今回の雪は案外早く融けるかもしれないんですけどね。  でも、融けるっていうことは夜中には凍るっていうこととも同義なので、それはそれで何かと怖いんですけどねぇ・・・・・。

まだまだ山国の雪には馴染みきっていない KiKi はオロオロするばかりです。

今日は十二国史の中で3つ目の国「雁(えん)国」の物語です。  ここまでの物語で友情出演的にチラホラ出てきた「雁(えん)国」は他国に比べると安定して経済的にも潤っている印象の国だったのですが、ここも荒廃とは無縁ではなかった土地だったのですねぇ・・・・・。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

東の海神 西の滄海
著:小野不由美  講談社文庫

51MAHAG3H5L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

廃墟と化した雁(えん)国の復興に励む延王・尚隆と延麒(えんき)。幼い頃に出会った更夜(こうや)の来訪になつかしさで一杯の延麒は、実は仕組まれた罠であることを疑いもしなかった。  争いごとや殺傷を忌み嫌う麒麟を人質にとられ、雁国は怒濤の騒乱にまきこまれてゆくが──。  華麗なる筆致で運命の力を謳いあげる大スペクタクル。  (文庫本裏表紙より転載)

この物語、ここまでの作品の中では最も KiKi のツボにはまった物語だったかもしれません。  何て言うか、社会性の強い物語だったと思うんですよね。  「月の影 影の海」はどちらかと言えば「陽子の物語」であって「慶国の物語」ではなかったし、「風の海 迷宮の岸」も「泰麒の物語」であって「戴国の物語」ではなかったのが、ようやくこの第三作にして「延王・延麒の物語」でありつつも「雁(えん)国の物語」になった・・・・・そんな感じでしょうか。  

まあ、最初の2作はある意味で世界観を読者の頭の中に定着させる必要があったということもあるだろうし、それ以上に主人公が年齢的にも精神的にも幼かったのに対し、本作では少なくとも主人公たちが精神的には大人であることが大きな特徴だと感じられます。


今日も十二国記を引き続き読んでいます。  この作品、単体で読んでもそこそこ味わい深いものがあるのですが、シリーズを追うにしたがってようやく世界観が馴染んできているような気がします。  今日読了したこちらの作品は「魔性の子」の裏(表?)の物語、あの「祖国喪失者 高里君」が神隠しにあっていた間、何をしていたかの物語です。

風の海 迷宮の岸
著:小野不由美  講談社X文庫

21KWEFQJD0L._SX230_.jpg  215486W6MAL._SX230_.jpg
(Amazon)       (Amazon)

麒麟(きりん)は王を選び、王にお仕(つか)えする神獣。  金の果実として蓬山(ほうざん)の木に実り、親はいない。  かわりに、女怪(にょかい)はその実が孵(かえ)る日までの十月(とつき)を、かたときも離れず、守りつづけるはずだった。  しかし、大地が鳴り、大気が歪(ゆが)む蝕(しょく)が起きたとき、金の実は流されてしまった!  それから10年。  探しあてた実は、蓬莱(ほうらい)で"人"として生まれ育っていた。  戴国(たいこく)の王を選ぶため連れ戻されたが、麒麟に姿を変える術(すべ)さえ持たぬ泰麒(たいき)──幼ない少年の葛藤(かっとう)が始まる!  (文庫本扉より転載)

とてつもない妖(あやかし)と対峙(たいじ)した泰麒(たいき)は、身動(みじろ)ぎもせず、その双眸(そうぼう)を睨み続けた。  長い時間が過ぎ、やがて発した言葉は、「使令に下れ」。  異界(ここ)へ連れてこられても、転変(てんぺん)もできず、使令も持たなかった泰麒は、このとき、まさに己れが「麒麟(きりん)」であることを悟(さと)った!  しかし、この方こそ私がお仕(つか)えする「ただひとり」の王と信じる驍宗(ぎょうそう)を前に、泰麒には未だ、天啓(てんけい)はないまま。  ついに、幼い神獣が王を選ぶ──故郷(くに)を動かす決断の瞬間(とき)が来た!  (文庫本扉より転載)

普通だったらこの表紙を見た瞬間に決して KiKi は手を出さないだろうなぁ・・・・・(苦笑)  大の大人の読み物としてはあまりにも子供っぽい。  それなのにこの本が手元にある理由ははっきりしていて、ことこの「十二国記シリーズ」に関しては、評判を聞いたあとで eBookOff(現在のNetOff)で出物があったさいに買い揃えたためです。  つまり装丁にはまったく拘らず、とにかく出てきたもので揃えちゃったんですよね~。  だから現在 KiKi の蔵書は大半が「講談社文庫」なんだけど、この「風の海 迷宮の岸」と「図南の翼」だけは「講談社X文庫」というアンバランスさ・・・・・・ ^^;  まあ、実際に読むときには革製のブックカバーをかけちゃっているのであんまり気にならないんですけどね(笑)

さて、この物語ですが、冒頭にも書いたようにあの「魔性の子」の主人公(?)、高里君が神隠しにあっていた間、どこで何をしていたか?という物語 & この「十二国記シリーズ」の中で「麒麟」というのがどういう存在で、「麒麟と王の関係」がどういうもので・・・・・というあたりの解説にあたる作品となっています。  もっとも読了した段階で KiKi の頭を渦巻く1つの大きな疑問が置いてけぼりを食らっちゃっています。  それは、一度は十二国の世界に引き戻されて「麒麟」となり、自分が王を指名するところまで成長したはずの高里君(というより「泰麒」)が、いつ、いかなる事情で、再度蓬莱(日本)に流されることになっちゃったのか?ということです。  まあ、そのあたりはシリーズ全作を読了すればわかってくるお話なのかもしれませんが・・・・・・。    

昨日Lothlórien_山小舎に帰ってきました。  もちろん在来線の旅の友は先日から読み始めた「十二国史シリーズ」です。  てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

月の影 影の海
著:小野不由美  講談社文庫

514P9BMS1AL._SL500_AA300_.jpg  515ZZG89GWL._SL500_AA300_.jpg
   (Amazon)            (Amazon)

謎の男、ケイキとともに海に映る月の光をくぐりぬけ、高校生の陽子がたどりついたのは地図にない国―巧国。  おだやかな風景とは裏腹に闇から躍り出た異形の獣たちとの苛烈な戦いに突きおとされる。  なぜ、孤独な旅を続ける運命となったのか、天の意とは何か。  『屍鬼』の著者が綴る愛と冒険のスペクタクル。  (文庫本上巻裏表紙より転載)

容赦なく襲いかかる妖魔に水禺刀で応え、裏切りに疲れた旅の果て、陽子は唯一の親友となる半獣の楽俊と出会う。  二人は豊かな隣国、雁の国に向かい延王に謁見。  そして、なぜ陽子が過酷な試練をへて異界へ旅立つことになったか、真実が明かされるのだった。  地図にない国 - 十二国の大叙事詩が今こそ始まる。  (文庫本下巻裏表紙より転載)

まだ、シリーズ中2冊しか読んでいないけれど、どうやら KiKi がこのエントリーでつけた三羽烏のお気に入り順位はほぼ確定した感があります。  荻原作品に感じるほどの「こそばゆい感」はないものの、世界観のリアルさはちょっと薄め・・・・・・。  もっともこの手のファンタジーにリアルさを求めること自体が間違っているとは思うんですけどね(笑)。  ま、恐らくは KiKi がホラー系がかなり苦手なゆえに感じる彼女の「ホラー筆致」になかなか馴染めないっていうのがあるのかもしれません。

特にこの上巻は読んでいてちょっと苦痛でした。  主人公の陽子同様に、わけもわからないまま形相からしてあんまり美しくはなさそうな(というよりおどろおどろしいような)化け物相手にひたすら戦いまくっている(しかもその戦いのパワーはこれまた得体の知れない幽霊みたいな存在に憑依されたことによあって与えられている)シーンばかりで「なんじゃ、これ?」という感じ・・・・・。  でもそのうちに巧国に住む人間に騙されたりしているあたりからは、少しずつこの世界観に馴染んでいきました。  やっぱり人間(というより KiKi 個人なのかな?)っていうのは他の動植物を相手にするよりは人間相手の方が、仮に「騙される」というシナリオであっても安心感があるみたいです(笑)  これは恐らく人間の形さえしていれば感情が推察できるような気がするという単なる思い込みによるものなんですけどね。

魔性の子 小野不由美

| コメント(0) | トラックバック(0)

本来なら「ハリポタ」を読了したところで、このブログのメイン企画「岩波少年文庫」に戻るべきところ・・・・・ではあったのですが、昨日は群馬→東京の移動という月に1度の大イベントがあったため、在来線の旅の友としてはとっても都合の悪い「岩波少年文庫」には戻ることができませんでした。  じゃ、代わりにどうするか??ということでいろいろ考えた結果、ず~っと積読状態だった小野不由美さんの「十二国記シリーズ」に手を出してみることにしました。  

上橋菜穂子さんと出会って以来、日本ファンタジー界の三羽烏と呼ばれていた(らしい)小野不由美さんの「十二国記」はいずれは読んでみようと待機させてあった作品群です。  今回、これを機会にこのシリーズを読み始めてしまうので、ここから暫くはこの作品群が続く予定・・・・です。  ま、てなわけで「十二国記シリーズ」の第1作でありながらも外伝扱いのこちらの作品からスタートです。

魔性の子
著:小野不由美  新潮文庫

51EKD3VDBHL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

教育実習のため母校に戻った広瀬は、教室で孤立している不思議な生徒・高里を知る。  彼をいじめた者は「報復」ともいえる不慮の事故に遭うので、「高里は崇る」と恐れられているのだ。  広瀬は彼をかばおうとするが、次々に凄惨な事件が起こり始めた。  幼少の頃に高里が体験した「神隠し」が原因らしいのだが...。  彼の周りに現れる白い手は?  彼の本当の居場所は何拠なのだろうか?  (文庫本裏表紙より転載)

これは何とも不思議なテイストの作品ですねぇ。  どことなくホラーの香りがしつつも、ファンタジーっぽさもあって、同時に社会風刺的な骨太さもある・・・・・。  ちょっと死者の数が多すぎるのが個人的には苦手っぽいし、若干筆致の粗さみたいなものも感じられないじゃないけれど、広瀬 & 高里の心理描写には思わず引き込まれ、楽しく読み進むことができました。

身近なところに高里みたいな子がいたら確かに不気味だし、できることなら関わり合いになりたくはないけれど、どんどん追い詰められていく広瀬 & 高里コンビの姿には思わず気持ちが寄り添っている自分を発見して驚いたことも数知れず・・・・・。  でも、それと言うのも戸惑い、悲しみ、心を閉ざさざるをえない彼らの姿を読者として見ている(読んでいる)からこその感情であって、そうでなければ自分もきっと先陣を切って積極的に・・・・とまではいかないにしろ、やっぱり彼らを糾弾する側にいることになるんだろうなぁと思うと、これもまた人間の持つエゴの1つの形であることに改めて思い至り、同時にそういう感情が自分にもしっかりとあることを認めざるを得ません。

昨日は雨水

| コメント(0) | トラックバック(0)

昨日は雨水。  立春が過ぎ、日によっては春めいた日差しも感じられるようになってきていたLothlórien_山小舎ですが、相変わらず残雪がそこかしこに見られ(しかも場所によってはそれが深くて、シャベルで掘ってみようとしてもコチコチ!)、昨日は気温も低く(零下だった!)、暖房器具の助けなくては過ごせないような1日でした。  「雨水」の名前の由来自体は「空から降るものが雪から雨に変わり、雪が融けはじめる頃」ということで名づけられたようですが、Lothlórien_山小舎では風花みたいな雪がチラチラと舞っていて「空から降るものは相変わらず雪状態」でした ^^;

例の Podcast によれば


陽気地上に発し、雪氷とけて 雨水となればなり (暦便覧)


と紹介されています。  今年は積雪回数も積雪量も例年以上にすごかったので、気分的にもいい加減雪から雨に変わってくれるのを心待ちにしている KiKi です。  ・・・・・とは言うものの、新潟あたりの1人暮らしのお年寄りのご苦労を思えば、Lothlórien_山小舎付近の積雪量なんていうのは可愛いモンなんですけどね(苦笑)

ここから始まる七十二候の方はこんな感じ(↓)です。

土脉潤起(つちのしょう うるおい おこる): 雨が降って土が湿り気を含む
霞始靆(かすみ はじめて たなびく): 霞がたなびき始める
草木萠動(そうもく めばえ いずる): 草木が芽吹き始める

春霞の季節もすぐそこまで来ているっていうことですよね。  ホント、春が待ち遠しい!!!

例の「季節の畑仕事」の本にあった「土起こし」も「暗渠・明渠作り(畑の水はけをよくするための溝のようなもの)」も、KiKi は早くやりたくて仕方ないんだけど、肝心の畑がカチカチに凍りついた雪の下なので、何一つできずにいます。  ことほどかように「理論」と「実践」の間には大きな差がある山小舎暮らしです。  そんな中、先週中に何とかこなしたのは恒例の「味噌作り」のみでした。  昨年は3㎏の大豆で作ったんだけど、今年は10㎏の大豆で仕込んでみました。  もっともそれだけの量になると我が家自慢の大鍋でも一辺に・・・・・というわけにはいかず、3度に分けての仕込みとなりました。

昨年は大豆をすりつぶすのに「すり鉢 & すりこぎ」と「ミンサー(ひき肉を作る道具)」を使ったんだけど、その作業のおかげでその後1週間ほど腕の筋肉痛に悩まされることになったので、今年は横着をして(?)足で踏みつぶすという暴挙に出てみました。  (暴挙とは言うものの、とある先達から教えていただいた方法だったんですよ、コレ。)  せっせと踏んで、足の裏の感触としてはかなりつぶれたつもりだったのが、いざ味噌玉を作る段になってみると、まだまだ豆粒が相当量残っていてどんな味噌になってしまうのかちょっと心配です。

さて、今日は月に1度の上京日。  今回はハローワークへの出頭と同時に税務署へ行って確定申告を済ませてくる予定です。      

幻の動物とその生息地 他

| コメント(0) | トラックバック(0)

今日は吾妻郡図書館から借り出してきた「ハリ・ポタ便乗本」2冊のご紹介です。  因みに KiKi はこの手の「便乗本」というやつがどちらかというと嫌いで、自分でお金を出して買ったことはありません ^^;  薄いうえに内容のほとんどない本ということであっという間に読了してしまいました(笑)。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本2冊です。

幻の動物とその生息地
著:N.スキャマンダー(実は J.K. ローリング) 訳:松岡祐子  静山社

51eR+OZv94L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ドラゴンや不死鳥など約80種の魔法生物の生態と危険度を示した「ホグワーツ校指定教科書」魔法生物の本。  ハリーが使っている教科書という設定で、ハリーやロンの落書きや書き込みもあるほか、著者自身による魔法生物のイラストもある。
大人気ベストセラー「ハリー・ポッター」に登場する、ホグワーツ魔法魔術学校の指定教科書。  ハリーと同じ教科書、ダンブルドア校長イチオシの1冊。  売上金は慈善団体に寄附されるハリー・ポッター特別基金を行っている。  (Amazon より転載)

こちら(↑)は便乗本とはいえ「ハリポタの著者」が作った本だし、言ってみれば「ハリポタ小道具」みたいな位置づけなので、内容はともかくまあまあ KiKi としても許容範囲(?)の本と言えるかもしれません。  そして、もう1冊の方は、残念ながら KiKi が許せない範疇に入ってしまう本当の意味での「便乗本」です。

マグルのためのハリー・ポッター魔法百科
著:D.B.マウサー 訳:和爾桃子  早川書房

510Z6WGBS8L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ハリー・ポッターの物語には、たくさんのなぞやふしぎがあふれています。  ぜんぶで7巻もつづくこの長い冒険物語を本当に理解して、すべてのなぞときをするのは、とってもむずかしいことなのです。  本書は、マグル育ちのみなさんでも、かんたんに魔法の世界に入っていけるよう、みちびいてくれる一冊です。  第1巻から第4巻までのあらすじと、大切な場面をページ番号つきで紹介。  あのときなにが起こったかな?  あの人物はだれ?  そんな疑問もすぐに解決します。  登場人物、お菓子、道具、呪文...いくつもでてくる魔法言葉はまとめて用語集にしました。  すてきなイラストがもりだくさんのおトクなガイドブック。  (Amazon より転載)

まあ、どちらの本も「ハリ・ポタ・フリーク」の人だったら1冊ぐらい持っていてもいい本なのかもしれません。  特に「幻の~」の方はハリポタの世界観そのままに、マグル世界(人間世界)と共存している魔法界という前提条件で、マグルが気がついていないだけで実は本当にある「魔法界」の、しかもあの「ホグワーツ校」の指定教科書という位置づけの本なので、ハリーがどんな授業を受けていたのかを体感できる(?)よすがの1冊という意味では結構楽しめる本だと思います。  まあ、KiKi 個人としては「幻の動物」よりは「薬草学」の本の方が嬉しかったけれど・・・・・・(笑)

低学年用(?)の教科書の割には図が少ないのがちょっと残念・・・・・。  特にこのての話って「名前だけは聞いたことがあって知っているけれど、どんな形(みてくれ)をしている動物なのかを知らない」ことが多かったりもするので、もっと図が入っていると楽しめるのになぁと思わずにはいられません。

かなり笑えたのは「ネス湖のネッシー」と思しきものに関する記述で、一世を風靡したものの最近では滅多に聞かない話題になっちゃっているなぁと思っていたらあれは魔法界の「誤報室」とマグルの政府機関が共同してもみ消した結果、我々マグルが「でっちあげ」と思い込まされて、鎮火したひと騒動だったんですねぇ・・・・・・(笑)

 

ようやくたどり着きました、最終巻。  この物語の再読企画に取り組んだ時からわかっていたことだったけれど、やっぱり長かったぁ・・・・・・。  ま、いずれにしろ本日の KiKi の読了本(& 映画)はこちらです。

ハリー・ポッターと死の秘宝 Part1
ワーナー・ホーム・ビデオ ASIN: B004LQ081U 監督: デヴィッド・イェーツ

51FhqdIn0qL._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

二部構成で贈る最終章、歴史的フィナーレの幕が開く!
Part1はハリー、ロン、ハーマイオニーに課せられた使命であるヴォルデモート抹殺の鍵を握る「分霊箱」を見つけ出すところから始まる。  今や守ってくれる人も、導いてくれる師も失い、これまで以上に固い結束を求められるハリーたち。  しかし、闇の力が、しっかりと結ばれたはずの3人の絆を引き裂いていく・・・・・。  一方、かつてないほど危険な場所となった魔法界。  長いあいだ恐れられてきたヴォルデモート卿の復活が現実のものとなり、魔法省ばかりか、ホグワーツ魔法学校までもが死喰い人の支配下に置かれた今、安全な場所はもはやどこにもなくなった。
ヴォルデモート卿の命令により、ハリーを生け捕りにしようとする死喰い人の魔の手が迫る。  そして、分霊箱の手がかりを探すうちに出会った「死の秘宝」の伝説。  ほとんど忘れられた古い物語に記されたその伝説が本当なら、ヴォルデモートは、分霊箱を上回る究極の力を手に入れてしまうかもしれない・・・・・。  ハリーはまったく知らないが、彼の未来は、彼自身の過去によってすでに決められているのだ。  「生き残った男の子」になった日に、ハリーの運命は決まった。  初めてホグワーツの門をくぐったあの日からずっと積み重ねてきた準備―――  それらはすべて、このヴォルデモートとの決着の日のために・・・・・。  (Amazonより転載)

ハリー・ポッターと死の秘宝 Part2
ワーナー・ホーム・ビデオ ASIN: B002UHJ9FS 監督: デヴィッド・イェーツ

51M0XE6FTrL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

史上最強のファンタジー、遂に完結。
この壮大なフィナーレで、魔法界における善と悪の間で起こる戦いは本格的な交戦へとエスカレートする。  この争いは今までで最も危険なものであり、もはや誰の身も安全ではない。  しかしながらヴォルデモートとの最終決戦の時、最後の犠牲を払わなければならないのはハリー・ポッターなのである。  そしてここに全てが終結する。  (Amazonより転載)


そしてこの原作本はこちら(↓)です。  

ハリー・ポッターと死の秘宝
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

51GFK3JURLL._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

7月31日、17歳の誕生日に、母親の血の護りが消える。  「不死鳥の騎士団」に護衛されてプリベット通りを飛び立ったハリーに、どこまでもついていくロンとハーマイオニー。  一方、あれほど信頼していたダンブルドアには、思いがけない過去が。  分霊箱探しのあてどない旅に、手掛かりはダンブルドアの遺品だけ。  (上巻裏扉より転載)

求めるべきは「分霊箱」か「死の秘宝」か。  ダンブルドアの真意はどこに。  ヴォルデモートが必死に追い求める物は何か?  最後の分霊箱を求めて、ハリー、ロン、ハーマイオニーはホグワーツに向かう。  壮絶な戦い、胸を引き裂く別れ。  果たしてハリーは「生き残った男の子」になれるのか?  ついに明かされる驚くべきハリーの運命。  (下巻裏扉より転載)

まずは映画から・・・・・。  第4作の「炎のゴブレット」以降前作の「謎のプリンス」までは単行本2冊の内容を1本の映画にまとめてしまったうえにCG重視の絵作りだったために、この物語が本質的に持っている複雑 & 面白い要素がメッタギリにされてしまっていた感が否めなかった「ハリポタ・シリーズ」ですが、今作の映画化は2部構成になっていたために、前作までの後味の悪さほどのものは感じませんでした。  相変わらず暗~い絵作りには辟易としたんですけどね^^;  まあ最終作としては可もなく不可もなくっていう感じじゃないでしょうか?  ただここまでの映画化でかなり端折ってしまったシーンが多かった分のツケもそこそこ大きくて、映画と原作本は別作品と思いつつ観ている KiKi ではあるのですが、正直映画の方はシリーズ全作で観た時あんまり後世に残る作品にはならなかったなぁ・・・・・という印象です。

物語自体が7年間の物語であるのに対し、映画化の方は10年を費やしており、ハリー・ロン・ハーマイオニー・ドラコたちの成長が著し過ぎたのはちょっと難点だったかも・・・・・。  ただでさえ、成長期にある役者さんたちなので、「賢者の石」では初々しくちっちゃくて可愛かったのが「死の秘宝」ではオッサン臭くなってしまっているのがちょっと残念・・・・・・。  「賢者の石」や「秘密の部屋」の頃のロンのおびえっぷりが可愛くて大好きだった KiKi なので、「死の秘宝」でのロンはもちろん逞しくなっているのはシナリオ通りではあるんだけど、正直なところ「ありゃま、こんなんなっちゃって・・・・・」という感じがしなくもない(苦笑)  ま、とは言いつつもそこそこ楽しませていただける最終作でございました。


今日は物語も佳境に入る「ハリポタ・シリーズ」第6作。  ようやく「ヴォルデモートがいかにして『闇の帝王 』と呼ばれる存在になっていったのか?」が語られる作品です。

ハリー・ポッターと謎のプリンス
ワーナー・ホーム・ビデオ  ASIN: B002AQTCWY  監督: デヴィッド・イェーツ

51aS42tjj5L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

始まりは2001年―ハリー・ポッターという名の少年が、世界に初めて魔法をかけたあの日。  そして今、史上最強のファンタジーは、ついにクライマックスの幕を開けようとしている!  いまだ明かされていない謎、秘密の結末......  すべてが解き明かされる瞬間が、いよいよ迫る!
シリーズ第6章『ハリー・ポッターと謎のプリンス』は、すべてを見届けるための、なくてはならないパスポートだ。  魔法界から、私たちが住む人間界に入り込む魔の手―。  未来を救うカギは【過去】にある!  時をさかのぼり、ついに見つけた宿敵ヴォルデモート卿の最大の弱点、隠し続けてきた命取りの秘密とは?  行く手に待ち受けるまさかの出来事。  そしてかつてない大きな悲しみが、ハリーを襲う!  (Amazon より転載)


そしてその原作がこちら(↓)です。

ハリー・ポッターと謎のプリンス
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

51VPBX8HB5L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ヴォルデモートの復活のせいで、夏だというのに国中に冷たい霧が立ち込めていた。  そんな中を、ダーズリーの家にダンブルドアがやって来るという。  いったい何のために?  そして、ダンブルドアの右手に異変が......。  17年前の予言は、ハリーとヴォルデモートとの対決を避けられないものにした。  過酷な運命に立ち向かう16歳のハリーに、ダンブルドアの個人教授が始まる。  (上巻裏扉より転載)

新しい「闇の魔術に対する防衛術」の先生は、思いもかけない人物だった。  一方ハリーは、突然「魔法薬」の才能を発揮する。  授業はますます難しくなるが、ホグワーツの6年生は青春の真っ只中。  ハリーには新しい恋人が現れ、ロンとハーマイオニーは仲たがいする。  しかし、ドラコ・マルフォイだけは不可解な行動をとる。  最後に起こる衝撃のどんでん返し。  そして悲しい別れ。  物語は第7巻の最終章へともつれこむ。  (下巻裏扉より転載)

まずは映画から・・・・。  う~ん、これはもう何と書いていいものやら・・・・・。  以前からこの映画は「本のためのおそろしくお金のかかったプロモーションビデオ」(つまり省略が多すぎる)、「CG制作会社養成教材」(CGでドギモを抜くシーンばかり強調)という印象が強かったんだけど、ここへきて全くと言っていいほど方向性を見失ってしまった感があるんですよね~。  つまりね、原作にはないわけのわからないシーンがあるかと思えば、瑣末なところには時間をかけすぎです。  で、今作では画面が暗すぎて何をやっているのかよく見えない(← これは KiKi が老眼だから or  消費電力を節約するためにTVの明るさを落としてあるから かもしれないけれど ^^;)ためにドギモを抜かれる・・・・と言うよりは目が疲れるばかりで、終わってみると何が何だったのかさっぱりわからない・・・・・・ ^^;

ま、チンプンカンプンな映画の割には鑑賞のために消費する時間だけは長いというそんな印象でしょうか??  その長い鑑賞時間の間中、高速回転でシーンを飛ばしながら見ているような感覚に陥るんですよ。  ま、ついでに言えば KiKi は大の蛇嫌いなので、ヴォルデモート復活以来は苦手なシーンも多い・・・・・(苦笑)


今日はクラシック音楽関係のエントリーです。  相変わらず「マンガ のだめ」のサポートをいただきながらの選曲で・・・・。  ま、てなわけで本日の KiKi のBGMはこちらです。

ブラームス ハイドンの主題による変奏曲 Op.56a
PHILIPS ASIN: B000UV2WSW  R.ムーティ(cond.) & フィラデルフィア管弦楽団

51ldXb6MBPL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

多くの作曲家の作る音楽にはそれぞれの個性、○○節とでも呼ぶべきもの(例えば「ベートーヴェン節」とか「チャイコフスキー節」)がありますが、その中でも「ブラームス節」というヤツはなかなかオツなもんだと日頃から感じている KiKi。  どう表現するのがいいのかちょっと難しいところなんだけど「滋味深い」とでも言いましょうか、「ちょっと陰鬱」とでも言いましょうか、「朴訥」とでも言いましょうか・・・・。  ま、そんなブラームスがいかに「交響曲の父」で尊敬していた(?)と言えども、性格的には正反対とも言えるような「ハイドン」(ハイドンのイメージは明朗そのものっていう感じ)なんかの主題にどうして手を出しちゃったのか?  正直、KiKi はちょっと不思議だったりします(笑)

もっともブラームスっていうおっちゃんはあんな渋い容貌 & オリジナル曲に感じられる北ドイツ気質を持ちつつも、同世代のJ.シュトラウス父子のワルツ音楽をこよなく愛していて「それらの曲が残念なことに自分の作品ではない」と漏らしたな~んていうエピソードが残っていたりもするわけで、自分でペンをとるとところどころに愛らしいメロディがないわけじゃないんだけど、どうしても重厚感あふれる音楽になっていってしまう割には、軽妙で思わずステップを踏みたくなるような音楽が根っこのところでは好きだったのかもしれません。

さて、本日のこの1曲。  タイトルからもわかるようにハイドンの作品「ディベルティメント  HOB.II-46  6曲のフェルトパルティータ」の第2楽章のモティーフが主題に使われています。  このモティーフに関しては実はハイドン自身もオリジナルの旋律というわけではなく、古いブルゲンラントの巡礼の歌から引用したとのこと。  一般的には「聖アントニーのコラール」と呼ばれています。  巡礼の歌らしい単純、素朴な旋律がおおらかな主題を奏で、その後8つの変奏曲~終曲へという構成の音楽になっているのですが、変奏曲に入った瞬間に「こってり、こんもり、ブラームス節」になってしまうところがこの音楽の楽しいところではないでしょうか?  「結局そっちへ行くなら、なぜにハイドン?」っていう感じ・・・・・(笑)


ハリポタシリーズを読書している間は、せっかく図書館から本を借りてきてもそれらの本をなかなか返却期限までに読み終えることができないことが実証されました。  前回、図書館から借りてきた本のうち「電子書籍の衝撃」以外はまったく手をつけることさえできないまま返却期限を迎えてしまった KiKi。  そこで借りてあった未読本を「読まないまま返却しても惜しくない本」「できれば返却せずに読了したい本」に分けました。  後者に残したのはウンベルト・エーコの「フーコーの振り子 上下2巻」で、そちらは貸し出し延長手続きを、貸出上限5冊のうち残り3冊は薄くてさらっと読めそうで、仮に読了することができなくても惜しくないと思える本を新たに借り出すことにしました。  その「薄くてさらっと読めそうで、読み終えることができなかったとしても惜しくない3冊のうちの1冊」を昨日読了しました。 

ハリー・ポッターともうひとりの魔法使い J.K.ローリングの素顔
著:M.シャピロ 訳:鈴木彩織  メディア・ファクトリー

513CB1BDKWL._SX230_.jpg  (Amazon)

離婚、失業、生活保護・・・・。  カフェの片隅で乳母車をゆらし魔法の世界を紡ぎ続けたシングルマザーの物語。  平凡の中に非凡があり、偶然の中に必然が潜む。  「ハリー・ポッター」シリーズの作者、J.K.ローリングの伝記。  (Amazon より転載)

個人的にはこの手の便乗本はあんまり好きじゃないし、ことこの本に関しては薄さから判断するに大した内容ではないだろうとは思って手に取ったのですが、そこはやっぱり案の定(?)でした ^^;  J.K.ローリング本人や彼女の周りの人を直接インタビューしてまとめた本・・・・と言うよりは、ハリポタ人気によりあちらこちらのメディアである時点までに行われた膨大な量のインタビューとか、インターネット上の情報を集めて繋ぎ合わせてまとめただけ・・・・・という印象の本です。

それでもこの本を読んでみようと思ったその訳は、マスコミ等がJ.K.ローリングを紹介する際に必ず使う、そして上記の Amazon の紹介の中にも書かれている「離婚、失業、生活保護・・・・・。  カフェの片隅で乳母車をゆらし魔法の世界を紡ぎ続けたシングルマザー」という決まり文句にある種の不快さを感じていたからにほかなりません。  「生活が苦しかったシングルマザーの女性(つまり普通の女性よりは可哀相度が高い女性)のサクセス・ストーリー」というイメージ作りの仕方が気に入らない・・・・・とでも言いましょうか?(笑)

 

初読の際にもっとも苦手な1編だったこの「不死鳥の騎士団」。  今回は再読 & 再視聴です。

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団
ASIN: B000WGUSTA  ワーナー・ホーム・ビデオ  監督: デイビッド・イェーツ

615XWv7RchL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

壮絶なバトルがついに始まる!  ハリーの本当の秘密、解禁。
ホグワーツ5年生となったハリーを出迎えたのは、周囲の白い目と新聞のふざけた見出し。  ハリーがヴォルデモートの復活話をでっちあげたと書きたて、ハリー・ポッターならぬハリー・プロッター(策略家)と糾弾する始末。  更に悪いことに、魔法省大臣コーネリウス・ファッジが闇の魔術に対する防衛術の新任教師として送り込んで来たドローレス・アンブリッジの「魔法省お墨つき」の授業は、ホグワーツに迫り来る闇の魔術に対しては不十分であった。  そこでハリーはロンとハーマイオニーに説得され、有志を集めて「ダンブルドア軍団」を結成、厳しい監視の目をかいくぐりながら、きたる壮絶な決戦に備えるべく秘密の訓練を開始する。  (Amazon より転載)


そして、その原作本はこちらです。

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

51HY5Q2PK8L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

復活したヴォルデモートとの戦いはいつ始まるのか?  ハリーにはなんの知らせも来ない。  そして突然ハリーは吸魂鬼に襲われる。  「不死鳥の騎士団」に助けだされたハリーは、「騎士団」が何か重大な秘密を守っていることを知る。  新学期が始まり、恐ろしい新任教授アンブリッジと黒い扉の夢に悩まされ続けるハリーに、チョウ・チャンが微笑みかける・・・・。  (単行本裏扉より転載)

大切なO.W.L.(普通魔法レベル)試験を控えた5年生は、日夜勉強に追われる。  疲れ切ったハリーは、恐ろしい夢を見る。  謎の夢は、ハリーの出生の秘密に繋がっていた。  ハグリッドの秘密、スネイプの秘密、そしてダンブルドアの秘密・・・・。  過去から未来へそれぞれの運命の糸が紡がれる。  そしてついに戦いが始まった。  立ち上がるハリーと「不死鳥の騎士団」。  しかし、悲しい死が・・・・・。  (単行本裏扉より転載)

映画の方はここまで来ると正直なところ惰性で観ている状態になっていきます。  物語自体が「夢見るファンタジー」の世界からどんどん「暗黒戦争」へ向かっているので仕方ない部分もあるんだけど、観ていて「楽しい♪」という気分になれることがほとんどないんですよね~。  かと言って怖いかって言われると音楽と魔法杖から出る光線と場面全体の暗さだけ・・・・と言っても過言ではないような絵作りに感じられちゃうので、大の大人が観ていてゾクゾクするわけでもないような・・・・・・ ^^;

前作でセドリックの死という14~5歳の少年にはきつすぎる出来事にいきなり直面させられてしまったハリーの苦悩(そのセドリックがハリーの初恋のライバルだったというおまけつき!)も、ヴォルデモートが復活したという事実を魔法省が封じ込める背景の描写も、ハリーがマスコミやら悪意なき噂話の餌食となってどんどん孤立感を深めていくというあたりの描写もすべてが中途半端なために、ハリーが単なる癇癪持ちみたいになっちゃっていて感情移入しにくいんですよね~。

この「不死鳥の騎士団」の物語のいいところの1つは現実社会の中にもある「不平等」や「差別」というものを的確に描き出しているところ、そして「集団心理」というものの醜い一面をこの「混乱期の魔法界」の動きの中に上手に盛り込んであるところだと思うんですよ。  更に言えば人は誰もが同じ価値観で生きているわけではなくて、個々人が節目節目でする選択こそがそれぞれの人生観・個性・アイデンティティというものを作り上げていく・・・・ということが描かれていることだと思うんですよね。  そして社会というのはそんな個々人の集団で構成されていて、その社会の「悪意なき群集心理」が時に道を誤り、少数派を追い詰め、孤立させたうえで社会的に抹殺していく・・・・・・。  そんな「群集心理操作術」に長けた人間が「蓋をしておきたい見たくない真実」を見事に隠ぺいし、その裏で権力を掌握していく・・・・・。

この物語にはそんな社会性が濃厚であるにも関わらず「その後のハリーに起こった出来事(しかもバトル系中心)」の映画作りになってしまっているのがとても残念でした。  そしてもう一つ。  個人的にかなり残念だったのはラストのダンブルドアとハリーの会話の中に原作にはある「ネビルに関するお話」が割愛されてしまっていたことです。  これはラストを知っているから・・・・・ということもあるんだけど、ホグワーツ(学校)では決して目立つ存在ではなかったネビルのその後の活躍(実際には今作のDA;ダンブルドア軍団における彼の頑張りとか魔法省での死喰い人との闘いぶりからその片鱗は見られるのだけど)の重要な伏線であるだけに、これが割愛されているのはせっかくのシリーズものの意味が薄れちゃう・・・・・。  まあ、この映画を制作した時点ではラストは発表されていなかったわけだから仕方なかったのかもしれないけれど・・・・・・。


昨日は1年ぶりのお楽しみのお披露目(?)記念日となりました。  そのお楽しみとはこちらです。

2012_Feb13_010.JPG



アハ!  


これじゃあ、わかったようなわかんないような・・・・ですよねぇ。  こちら昨晩の夕飯の一品、「白菜と油揚げのお味噌汁」です。  お味噌汁を作って食したのが1年ぶり・・・・・ということは当然なくて、1年ぶりのお楽しみだったのはこの原材料の1つこちら(↓)です。


2012_Feb13_008.JPG

  

こちら、約1年前にせっせと手作りしたお味噌でございます。  昨日はそのお味噌の初蔵出しだったのです。  ま、蔵と言ったってLothlórien_山小舎にちゃんとした蔵があるわけじゃなし。  駐車場 兼 納屋に1年間置きっぱなしにしてあった樽からこの容器に移しただけだから、せいぜいが納屋出しっていうところでしょうか(笑)

ま、てなわけで本日はその蔵出し風景のお話をしておきたいと思います。


警告!!  

これ以降、画像的にはお世辞にも美しいとは言い難い画像が続きますので、続きを読むをポチッとする場合にはそれなりのご覚悟を、お願いいたします。 ^o^

今日は読書の方があんまり進んでいないのでクラシック音楽関係のエントリーです。  今日の KiKi のBGMはこちらです。

メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」 Op. 90
ARTS 47506-2 演奏:マーク指揮 & マドリード交響楽団 

maag_mend02.jpg

この曲はドラマ版「のだめ」でかなり印象的に奏でられたメンデルスゾーンの交響曲ですね~。  もっともドラマで使われたのはこの曲のメロディの中でも「日光燦々のあっかるい地中海~!」という雰囲気が満載の第1楽章の出だし部分(第一主題)だけでしたけど。  この曲は「イタリア」というタイトルがついてはいるものの、決して標題音楽ではないのですが、このヴァイオリンのいきいきとした第一主題は誰もが抱く「イタリア」という国のイメージと合致するのではないかしら?  (← もっとも最近のイタリアの財政事情を考えると、こんなに陽気でいいんだろうか?とも思わないじゃないけれど ^^;)

第2楽章を聴いて KiKi がイメージするのは「巡礼の行列」なんですよね~。  アンダンテ・コン・モートという歩くにはピッタリのテンポといい、4分の4拍子という拍の取りやすさ、最初は短調から始まるのに途中から長調に転じるのが、長い苦難の道のりを歩いてきた巡礼者がローマが近づいたことにより再び元気になったような感じがしちゃってねぇ(笑)  深い信仰心ゆえか、決して歩みが止まることもスピードダウンすることもなかったんだけど、それでもやっぱり目的地がすぐそことなれば元気になる・・・・・そんな様子が転調と演奏楽器が増えたことにより表されているような気がしちゃうんですよね~。  ま、KiKi の勝手なこじつけ・・・・と言うか妄想に過ぎないんですけどね。


今日は映画と原作本の乖離が極端に大きかった印象の「炎のゴブレット」です。

ハリー・ポッターと炎のゴブレット
ASIN: B000AR94DW  ワーナー・ホーム・ビデオ  監督: マイク・ニューウェル

61WnFaf5hVL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

世界の三大魔法学校が魔力を競い合う伝説のイベント三大魔法学校対抗試合の開催が決定した。  炎のゴブレットが各校の代表選手を選び出す中、立候補すらしていないハリー・ポッターがなぜか代表の一人に選ばれてしまう。  かくしてハリーは、ドラゴン、水魔、心を惑わす生きた迷宮などの試練に挑み、その裏に潜む「声に出して呼べないあの人」の存在を感じながら、やがて自らの因縁と対峙していくのだった。  J.K.ローリング原作の『ハリー・ポッター』シリーズ第4作目となる本作では、これまでのシリーズとは一変。  ハリー、ロン、ハーマイオニーは少年期に永遠の別れを告げ、かつて想像さえし得なかった巨大な何かに挑んでいく。  (Amazon より転載)

そしてその原作本がこちら(↓)です。

ハリー・ポッターと炎のゴブレット
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

51C3J0RTT3L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

魔法界のサッカー、クィディッチのワールドカップが行なわれる。  ハリーたちを夢中にさせたブルガリア対アイルランドの決勝戦のあと、恐ろしい事件が起こる。  そして、百年ぶりの開かれる三大魔法学校対抗試合に、ヴォルデモートが仕掛けた罠はハリーを絶体絶命の危機に陥れる。  しかも、味方になってくれるはずのロンに、思いもかけない異変が・・・・。  (上巻裏扉より転載)

クリスマス・ダンスパーティは、女子学生にとっては待ち遠しいが、ハリーやロンにとっては苦痛でしかなかった。  ハーマイオニーのダンスのお相手は意外な人物。  そしてハグリッドにもパートナーが?  三校対抗試合の緊張の中、ロマンスが飛び交う。  しかし、その間もヴォルデモートの不気味な影がホグワーツ城を徘徊する。  ほんとうに怪しいのは誰か?  難題を次々とクリアするハリーだが、最後の試練には痛々しい死が・・・・・。  (下巻裏扉より転載)

まずは映画から。  この作品に至り、とうとう映画の方は「本のためのプロモーション・ビデオ」から「CG制作会社養成教材」になっちゃった・・・・・・という感じでしょうか??  だいたいにおいて2冊本の内容を1本の映画に納める無理があるところへもってきて、どちらかというと「ハリーをはじめとする仲良しトリオの魔術 & 精神的成長」が主題(つまりは映画的な派手さが少ない)の物語だったものを現代的な特撮重視の映画で作ろうとしたギャップが丸出しになっちゃったとしか言いようがない・・・・・^^;    

だから映画を観た後には「三校対抗試合 & ヴォルデモート卿復活の巻」という印象だけは残るものの、後はどんな話だったのか、まるで「忘却術」をかけられちゃったかのようによくわからない・・・・・ ^^;  強いて言えば「ロン、強烈ヤキモチ焼きモードに入った巻」という印象ぐらいでしょうか?(笑)  ちょっと先走った話までしてしまえば、「セドリックの死 & ヴォルデモート卿復活ニュース」後のダンブルドア vs. ファッジの対立構造をすっ飛ばしてしまったことにより、次号の話がかすれちゃったんじゃないかと思うんですよね~。  それにね、映画しか観ていない人には

「ハリー・ポッターはいつからアクション映画に変わっちゃったんだろうか??」

という疑問を抱かせてしまったのではないかしら??  無意味に長い対抗試合の第一課題「ドラゴンとの対決」シーンなんて、原作との乖離が甚だし過ぎだし、「秘密の部屋」で登場したドビーの今号での大活躍もカットされちゃっているし(なぜかドビーの役割だった第二課題のハリーの秘密兵器提供者はネビルに変更!)・・・・・・。  このあたりがちゃんと描かれないと、このハリー・ポッター物語の最大重要テーマとも言える「友情」「信頼」がどんどん薄れていっちゃうと思うんですけどねぇ・・・・・。


今日もハリ・ポタの続きを・・・・・。  かなり分厚い本にも関わらず、サックサックと読めちゃう & 観れちゃうのは、まあ暇だっていうのもあるけれど、それ以上にじっくり咀嚼するような作品じゃないからかも・・・・・・ ^^;

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人
ASIN: B00008MSTU ワーナー・ホーム・ビデオ   監督: アルフォンソ・キュアロン

61+dLw-9LmL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

今回ハリーは外見も内面も驚くべき成長を遂げる13歳。  ハリーもハリーを演じるダニエル・ラドクリフたちも今までにない劇的な変化を見せる。 襲いかかる恐怖もこれまでとは趣を異にする。  人のつらい記憶を探り出し、それを糧にする吸魂鬼「ディメンター」、死を予告する死神犬「グリム」など、新モンスターもかつてないリアルな不気味さで登場。  半身半馬の「ヒッポグリフ」、人とのあいだを行き来する「狼男」。  「夜の騎士バス」、「怪物的な怪物の本」、「忍びの地図」、「ニンバス2000」を上回る最新仕様の「ファイアボルト」など、続々と登場する魔界の住人や新アイテム。  そのいずれもが格段にグレードアップされたCG効果のもと、前作をはるかに凌ぐ魔法の世界を創り出す。  なかでも圧巻は、嵐の中で繰り広げられる大迫力のクィディッチ・シーン。  さらに魔法の村「ホグズミード」などの探検で、舞台はホグワーツの外へも広がりを見せていく。

13歳になったハリーを待ち受けるのは、かつてない危機と驚愕の真実。  両親を死に追いやった凶悪犯シリウス・ブラックの脱獄に迫り来る恐怖。  不吉な死の予言さえ告げられる中、ハリーが直面する両親の死の真相。  今まで見えなかったものが見え始め、わからなかったことがわかり始める第3章。  登場人物たちの真の姿がいよいよ解き明かされていく。

1章目で彼らと出会い、2章目でその成長を見届け、3章目で初めて知る、彼らの存在の意味。  壮大な物語の根底をなす、時を超えた人物相関図が、今、明らかになる!  (Amazon より転載)


そして原作本はこちら。(↓)

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

5145PEFCY2L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

夏休みのある日、ハリーは13歳の誕生日を迎える。  あいかわらずハリーを無視するダーズリー一家。  さらに悪いことに、おじさんの妹、恐怖のマージおばさんが泊まりに来た。  耐えかねて家出するハリーに、恐ろしい事件がふりかかる。  脱獄不可能のアズカバンから脱走した囚人がハリーの命を狙っているという。  新任のルーピン先生を迎えたホグワーツ校でハリーは魔法使いとしても、人間としてもひとまわりたくましく成長する。  さて、今回のヴォオルデモートとの対決は?  (Amazon より転載)

まずは映画へのコメントから・・・・。  この巻で感じる最大の違和感はハリーたち3人組の制服姿が著しく減ってしまったこと。  イギリスの寄宿学校というところが常に制服着用なのかどうかは知らないけれど、前2作では常に制服姿だった彼らがヤンキー少年 & 少女になってしまった(しかもホグワーツ城のセットはほぼそのまま!)ことによりイギリス・ファンタジーの世界から一挙に「ビバリーヒルズ高校白書(というタイトルのアメリカドラマが昔あった)」になってしまったみたい・・・・・。  相変わらず本のダイジェスト版的な動画作り(≒ 恐ろしくお金のかかった本のプロモーションビデオ)に終始し、第1作 & 第2作では目新しく感じられた小物類も2番煎じ、3番煎じの香りが漂い始めました。

メニュー画面でも使用されている「夜の騎士バス」シーン。  あんなに長々とやる必要はないと思うんですよね~。  ただでさえ本には書かれているのにカットされてしまっているシーンが多いだけに・・・・・・。  本作で一番大事な小物とも言える「忍びの地図」をめぐるあれこれこそ重要な話なのに、その機能のみに特化した描き方というのも納得できない!!  ま、そんなこともあってこの号より後のDVDを KiKi はリアルタイムでは購入しなかったし、中古で購入した後もタイムリーには観なかったんですよね~。  だいたい今回このシリーズを観直してみたというのも購入したきり封さえ切っていなかった最終作「死の秘宝 Part1 & 2」を暇にあかせて観てみようかと思いついちゃったからだったりするんです。  でも、間が空きすぎちゃったこともあって、本の印象も薄れちゃっているし・・・・・ということで第1作から振り返ってみようということで始まったのがこの「ハリ・ポタ企画(?)」なんですよ。

せっかく再読 & 再視聴し始めた作品なので今日もハリポタの続きを・・・・・・。  こうやって時代遅れ気味のタイミングで(& 結末やら伏線のおさまり具合を知ったうえで)この作品を振り返ってみるというのもなかなか乙なものでございます(笑)

ハリー・ポッターと秘密の部屋
ASIN: B000063UPK   ワーナー・ホームビデオ 監督:クリン・コロンバス

615oK1NRo7L._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

ハリー・ポッターの夏休みは、決して楽しいものではなかった。  そんなある日、ハリーの寝室に屋敷しもべ妖精のドビーが現れ、こう警告する―― 「ハリー・ポッターはホグワーツに戻ってはなりません。」
ドビーはハリーを学校へ戻さないために、ロンとハーマイオニーからの手紙を止めていたのだ。  しかし、叔父叔母の家で酷い仕打ちにあっていること、本当の家はホグワーツ学校であると信じている彼にとっては、ドビーの必死の努力もむなしいものであった。  そこへロンとロンの兄達が空飛ぶ車でハリーを救い出し、温かいウィーズリー家へに迎えられた。  しかし、ハリーとロンが9と3/4番線からホグワーツ特急に乗って学校へ向かおうとすると、どういうわけか行く手を阻まれてしまう。  新学期早々遅刻ではシャレにならない。
そこで二人は例の空飛ぶ車、フォード・アングリアで学校へ向かうのだが、人間に目撃されてしまったり、学校の大切な「暴れ柳」に突っ込んでしまったりで、先生に大目玉を食らってしまう。

このハリーの活躍(?)は全校生徒の知るところとなり、彼はありがたくもない注目を浴びることになる。  闇の魔術の防衛術の新任教師である、虚栄心の強いロックハート先生は人気者の座を我が物にしようと必死だった。  そんなある日、ホグワーツのどこかにあるとされてきた「秘密の部屋」が開かれた・・という血文字が現れる。  次々と起こる謎にハリーに疑いの目が向けられる。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は再び忍び寄る魔の手と対決することを決意する・・・!  (Amazonより転載)

そして、この映画の原作がこちら・・・・・

ハリー・ポッターと秘密の部屋
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

511X2B00B0L._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

魔法学校で一年間を過ごし、夏休みでダーズリー家に戻ったハリーは意地悪なおじ、おばに監禁されて餓死寸前。  やっと、親友のロンに助け出される。  しかし、新学期が始まった途端、また事件に巻き込まれる。  ホグワーツ校を襲う姿なき声。  次々と犠牲者が出る。  そしてハリーに疑いがかかる。  果たしてハリーはスリザリン寮に入るべきだったのだろうか。  ヴォルデモートとの対決がその答えを出してくれる。

KiKi はこの一連の作品(要するにシリーズ全7作)に関しては常に原作→映画の順でそれぞれ1度ずつ鑑賞してきて、今回初めて映画→原作の順で復習(?)しているのですが、現段階での KiKi の評価としては「この映画は本のためのプロモーション・ビデオ」という感じでしょうか・・・・・。  

初見の時は本が先だったので映画ではカットされている背景的なことをある程度知っていたから小道具のようなディテールとかCGの美しさ(?)を堪能することができたけれど、今回おおまかな粗筋はともかくとして本の記述の詳細をすっかり忘れてしまった状態でこの映画を観ると、そこかしこでチンプンカンプンになってしまうし、クィディッチの試合シーンとか、アラゴグ(蜘蛛のお化け)訪ねて森の中とか、ラストバトルシーン(要するにハリウッド的な見せ場)にばかり力が入っていて時間とお金をかけている代わりに、小説の持つディテールの妙味みたいな部分のほとんどが薄れてしまっているような感じがしました。


立春以来、ここLothlórien_山小舎では比較的暖かい日が続いています。  でも、天気予報によれば今日あたりから再び寒波が押し寄せ、群馬県の山の方では雪が降るとのこと。  そんな脅しを真に受けて、昨晩寝る時には「おはよう!と目覚めたら再びの銀世界」を覚悟していたのですが、今のところ春っぽい日差し & 陽気でほっと一息ついています。  そんな中、今日は気分を盛り上げるにはぴったりの音楽(?)を聴いてみたいと思います。  本日の KiKi のBGMはこちらです。

ロッシーニ ウィリアム・テル序曲
ASIN: B00005FM35 シャルル・デュトワ(cond) & モントリオール交響楽団

412E2FGEVBL._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

この曲を初めて聴いたのは学校の音楽の時間だったと思います。  そして、その後ランチ・タイムからお昼休みまでの間、放送部が放送していた「お昼の放送」でも、何回か繰り返し流されていたような記憶があります。  この序曲だけは子供時代から何度も聴いたことがあるけれど、序曲は序曲なわけで、これに続く本編(?)があるわけだけど、残念ながら KiKi はその肝心要のロッシーニのオペラ「グリエルモ・テル(≒ウィリアム・テル)」を通して観たことはありません ^^; 

一般的な日本人にとっては自分の息子の頭にリンゴを載せて、弓矢で撃ちぬいた達人としてのイメージばかりが強い、ウィリアム・テル。  でも本家本元のスイスでは「スイス独立の功労者」としてのイメージが強く、その実在性は証明されていないものの、貨幣やら紙幣のデザインにもたびたび登場するシンボリックな存在です。

  

待てど暮らせど融ける気配を見せない雪景色の中、面白いTVはやっていないし、出かけるのは億劫だし、腰痛のため針仕事は進まないし・・・・・という八方塞の中、仕方なく取り出したものがありました。  池袋のマンションにはたくさんの映画DVDが置いてあるんだけど、ここLothlórien_山小舎には限られた映画DVDしか持ってきていないのですが、幸いなことに「シリーズもの」がいくつか揃っています。  そんな中、購入してから1回しか観ていないこちらに手を出してみました。

ハリーポッターと賢者の石
ASIN: B000063TJA  ワーナー・ホームビデオ 監督:クリン・コロンバス

51rcpHs4f1L._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

全世界に魔法をかけたファンタジー・アドベンチャーの最高傑作。
「ホグワーツ魔法魔術学校への入学を許可します」。  幼い頃に両親を亡くし孤独な日々を送っていた、ハリー・ポッターのもとに驚くべき手紙が届く。  ハリーの両親は名高い魔法使いで、彼もその血を受け継いでいたのだ。  魔法魔術学校での新たな生活に心躍らせるハリー。  しかし巨大な怪物トロールの出現をきっかけに、不気味な事件が起こりはじめる。  事件の核心に迫ったハリーを待ち受けていたのは、両親の死にも関わる宿命の対決だった...。  映像特典(約26分)...Disc1:オリジナル予告編
Disc2:特典映像+DVD-ROMコンテンツ付き 未公開映像、インタビュー集に加えて「ハリー・ポッター」ワールドを自ら参加して体験できるゲーム式コンテンツが満載!(ダイアゴン横丁、組分け帽子、ホグワーツ校庭etc)  (Amazonより転載)

で、せっかくの機会なので本の方も再読してみることにしました。

ハリー・ポッターと賢者の石
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子  静山社

51VPFSM57AL._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

ハリー・ポッターは孤児。  意地悪な従兄にいじめられながら11歳の誕生日を迎えようとしたとき、ホグワーツ魔法学校からの入学許可証が届き、自分が魔法使いだと知る。  キングズ・クロス駅、9と3/4番線から紅色の汽車に乗り、ハリーは未知の世界へ。  親友のロン、ハーマイオニーに助けられ、ハリーの両親を殺した邪悪な魔法使いヴォルデモートとの運命の対決までの、息を飲む展開。  9歳から108歳までのファンタジー。  (Amazonより転載)

映画と原作本をほぼ同時進行で楽しむっていう楽しみ方もなかなかいいもんです。  KiKi 個人は以前このエントリーにも書いたように「映像の功罪」に関してはちょっと複雑な意見を持っている人間なんだけど、ことこの作品に関しては映画に助けられた部分が多々あります。  その1つは「ホグワーツ魔法学校の雰囲気」であり、残りの1つは「クィディッチ」という彼らのスポーツのイメージです。

西洋の石造りの建物(というよりお城)の持つ、人を威圧するような雰囲気というのはそこで長時間を過ごした人間でない限りなかなか想像するのが難しいものだけど、観光地のお城を見ただけの日本人にはなかなか馴染みのないものだし、そういうお城と同じような雰囲気を持つイギリスの寄宿学校のイメージというものも日本人とは縁遠いものだと思うんですよね。


クマのプーさん A.A.ミルン

| コメント(0) | トラックバック(0)

ディズニー・アニメにもなり、キャラクター・グッズも売れている超人気者(らしい)プーさん。  でも天邪鬼の気味がある KiKi は子供時代からさほど興味がもてないキャラクターでした。  そもそも彼の国ではテディ・ベアなるものが子供の世界とは不可避かもしれないけれど、少なくとも KiKi の子供時代にはテディ・ベアなるものはそんなに身近なものではなかったし、テディがつかないクマさんも日本のおとぎ話の世界で大活躍することもない。  恐らくこれが犬のぬいぐるみをモデルにしたお話だったら子供時代の KiKi ももっと楽しめたと思うんですけどねぇ・・・・。  ま、いずれにしろ本日の KiKi の読了本はこちらです。

クマのプーさん
著:A.A.ミルン 訳:石井桃子  岩波少年文庫

51MKNG2YHRL._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

世界一有名なクマ、プーさんが活躍する楽しいファンタジー。  幼い少年クリストファー・ロビンが、美しいイギリスの森を舞台に、プーやコブタ、ウサギ、ロバのイーヨーなど、仲良しの動物たちとゆかいな冒険をくりひろげます。  (文庫本裏表紙より転載)

この物語に対する KiKi の苦手意識を育んだ第一の理由。  それはこの表紙の絵にあると言えます。  E.H.シェパードの絵そのものは素晴らしく、特に文中の挿絵として描かれている擬人化されている動物たちの絵なんかは微笑ましい限りなんだけど、どうにも苦手なのはこの表紙の絵とラスト・シーンの挿絵なんですよ。  テディ・ベアが当たり前の国ではこんな子供の姿は当たり前なのかもしれないけれど、クリストファー・ロビンに引っ張られたクマさんが頭を下に向けて階段を引きづられるなんて、それだけで許せない!(苦笑)

KiKi が子供時代に与えられた人形がすべて子供サイズの KiKi の手でも抱きかかえられる範囲の大きさだったということもあるけれど、KiKi にとってお人形は抱きしめる対象でこそあれ、引きづる対象ではありませんでした。  悪意なく、単なる不注意で人形を落とすようなことがあった場合にも、母には叱られたものでした。  

「ほら、お人形が痛いって泣いているでしょう!」

ってね。  そんな教育を受けてきただけに、ましてKiKi が幼年期を過ごした家は平屋の借家だったせいもあるけれど、階段の段々を引きづって歩くなんて!!  KiKi の子供や孫がもしこんなことをしたら、すかさずお人形を取り上げてお説教・・・・・ということになるんじゃないかしら(苦笑)  

吾妻郡図書館で書架とは別に平積み(と、図書館でも言うのかどうか知らないけれど ^^;)コーナーができていて、ふと目に留まったので借りてみました。  たまたま Sony Reader を購入したばかり・・・・ということもあって、そろそろこの辺りの事情にも通じておく必要があるかなぁ~なんて感じたもので。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

電子書籍の衝撃
著:佐々木俊尚 ディスカヴァー・トゥエンティワン

41f9-6kRHbL._SX230_.jpg (Amazon)

私は年に数百冊も本を購入し、たぶん百冊以上はちゃんと読んでいる活字中毒者です。  そして同時に、年に四~五冊も本を出している書き手のひとりでもあります。  その意味で、キンドルやiPadのような電子ブックリーダーが出てくることによって、本の世界がどう変わっていくのかは自分にとっても切実な問題としてとらえています。  本文中で何度も書いていますが、間違えてはならないのは、「電子ブックの出現は、出版文化の破壊ではない」ということです。  何千年も同じような活字形式で人々に愛されてきた本は、そう簡単には崩壊はしません。  そこがたかだか数百年の歴史しかない新聞や、あるいは登場してから数十年しか経っていないテレビとは違うところです。  でも活版印刷が十五世紀に発明されて本の流通と読まれ方が劇的に変わったように、電子ブックも本の流通と読まれ方を大きく変えるでしょう。  (新書本裏表紙より転載)

BookReader を購入したのはよいものの、肝心要のソフト(要するに本そのもの)を買ってみようと Reader's Store を訪ねてみても現段階での出版冊数は少ない(とくに KiKi のアンテナに引っかかってくるものは少ない)うえに、紙もインクも流通も必要ない割には高く感じられる価格設定に疑問を抱かずにはいられない昨今。  電子書籍の登場で今後何が起こり、世の中がどんな風に変わっていくのかを考えてみたくてこの本を手に取ってみました。  でもね、そういう KiKi の知りたい「これから」のことに関してはさして示唆があるとは思えない本でした。

まあ、このての本には賞味期限があるのは致し方ないことだけど、2010年に発刊されたばかり・・・・ではあっても網羅されている情報が今となっては古くなっちゃっているので、どうしても新鮮味には欠けるうえに、著者の経歴がジャーナリストであってアントレプレナーではないためか、将来のビジネスモデルに関する示唆のようなものは皆無(要するに現状分析程度)で終わっちゃっているんですよね~。  この本の副題が「本はいかに崩壊し、いかに復活するか?」となっている割にはその崩壊の過程も、ましてやその後不死鳥のように蘇る可能性に関してもまったく触れていない・・・・・と言っても過言ではないように感じました。


子供時代に何度もチャレンジして挫折した本の筆頭と言えばこの本です。  身近な生き物に興味がなかったわけじゃないけれど、虫を虫眼鏡で観察してみたいと思えるほどには興味をそそられたことが皆無だった KiKi にとって、この本はかなり苦痛でした。  子供時代にはこの本を読むのだったら昆虫図鑑を眺めている方がまだ楽しいとさえ思っていました。  そんなこの本を今回とりあげてみたのは偏にこの豆本で宮崎氏が紹介していらしたからです。

ファーブルの昆虫記(上)
著:J.H.ファーブル 編訳:大岡信  岩波少年文庫

51NK5AWHKAL._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

わたしたちのまわりにいる虫はどんな暮らし方をしているのだろう?  ファーブルの著した「昆虫記」の中から、上巻では、幼虫時代の長いセミ、狩りのうまいカマキリ、ふんをころがすオオタマオシコガネなど興味深い虫の話を選んだ。

最初のセミの話まではそれなりに興味深く読むことができたんだけど、コオロギ、カマキリと進むにつれだんだん辛くなり(^^;)、コハナバチでは既に苦行と化し、オオタマオシコガネ(フンコロガシ)あたりでは気を失ってしまったみたい・・・・・・(苦笑)  虫の世界の弱肉強食ぶりやら生命・遺伝の神秘やらに心を動かされなかったわけじゃないけれど、もうじゅうぶんっていう感じ??

虫の世界の出来事をじっくりと観察し、擬人化した筆致で描いていらっしゃるファーブルさんの功績には頭を下げるけれど、嫌いというほどではないけれど「虫という生物」にさほどの興味を持たない人種である KiKi には、子供時代も大人になった今もこの本は合わないようです。  これでこの本にもっと図版が多ければ別の反応もあったかもしれないんですけどね。

  

今日は立春

| コメント(0) | トラックバック(0)

今日は立春。  冬至と春分の中間に当たり、昼と夜の長短を基準に季節を区分する場合には、この日から立夏の前日までが「春」となるのだそうです。  暦の上ではこの日が寒さの頂点となり、翌日からの寒さを「残寒」といい、手紙や文書等の時候の挨拶などで用いられています。  もう一つ豆知識のお話をしておくと、立春の1日前が節分です。

「春」の文字が入っているだけのことはあって、今日のLothlórien_山小舎はちょっぴり暖かめ(^o^)  もっとも相変わらず景色はマッチロケのまんまなんですけどね。  例の Podcast では

春の気立つを もって也 (暦便覧)

と紹介されています。  まだまだ油断はできないけれど、これから少しずつ春の気配が感じられる日々になるのかと思うと感無量です。  まずはその手始めに、雪が融け出してくれることを期待するばかりです。

2012_Feb04_001.JPG
全く融ける気配のない雪の山・・・・

2012_Feb04_003.JPG

さて、ここから始まる七十二候もご紹介しておきましょう。

東風解凍(はるかぜ こおりを とく): 東風が厚い氷を解かし始める
黄鶯睍睆(うぐいす なく): 鶯が山里で鳴き始める
魚上氷(うお こおりを のぼる): 割れた氷の間から魚が飛び出る

となっています。  氷が融け、鶯が鳴き、魚が飛び出てくる・・・・と。  春が来るから鶯が鳴くのか、鶯が鳴くから春が来るのか?  春が来るから梅が咲くのか、梅が咲くから春が来るのか?  自然というヤツはなかなか哲学的だなぁと思わないでもありません。

さて、例の本によれば

畑が凍らなくなったらジャガイモの植え付けや春菊の種まきをこの時期から3月下旬までに行います。  早生ナスや早生キュウリの種を温床にまきます。  夏カブはこの時期から三月中旬までがまき時です。  

この月に畑の栽培計画を立てましょう。  種のカタログを用意して、ストーブの前やコタツで、少し大きめの紙2枚と色鉛筆を用意します。  1枚目の紙にはあなたの畑の平面図を描きます。  (中略)  2枚目の紙は2月から来年の1月までを、月ごとに上旬・中旬・下旬の3つに分けて横軸にします。

さて、今日から農事暦の作成にとりかかることにしましょう。  ようやくあの5年連用日記が登場します。    

大寒波が停滞している(いた?)日本列島。  Lothlórien_山小舎あたりも今年はなかなか雪融けせず、例の大雪の日々以来、ドカンと降ることこそなかった(チラチラ降るのはほぼ毎日の如く・・・・)ものの、あっちを見てもこっちを見てもまっちろけ状態です。  これまでの冬は大雪の後1週間もすると少なくとも道路の雪は融け切ってしまい、屋根に積もった雪も全部なくなっていたんですけどねぇ・・・・・。  ま、そんな中、今日のエントリーはクラシック音楽です。  相変わらず「のだめちゃん」のサポートをいただきながらの選曲ですが、今日の1曲(の元になるリスト)を見たとたんこの方法も案外捨てたもんじゃないなぁ・・・・と。  ま、詳細は後ほど。  いずれにしろ本日の今日の KiKi のBGMはこちらです。

モーツァルト セレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」 K. 525
PHILIPS  ASIN: B00005FFJT 演奏:イ・ムジチ合奏団

41ED6T3VKKL._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

実際のところ KiKi が持っているCDはこれとは異なるパッケージなんだけど、収録曲 & 演奏団体からしてみると恐らく今もAmazon で紹介されているのはこの盤だろうな・・・・ということで、一応リンクしておきました。  

このCD、懐かしいんですよね~。  LPの時代が終焉を迎え、CDにどんどん移行していく中で「KiKi の買い替え需要」を除いて初めてCDとして購入した(つまりCDで初めて聴いてみた)数枚の中の1枚だったんですよね~。  当時はこの「イ・ムジチ」がかなり脚光を浴びていた時代でねぇ・・・・。  イタリアベースの合奏団だけのことはあって、とにかく明るくて爽快な演奏が一世を風靡(?)していたものでした。  「モーツァルトの演奏と言えばやっぱりウィーンでしょ!」というようなある種の先入観を持っていた KiKi にガツンと言わせてくれちゃった演奏でもありました。     

   

イワンのばか トルストイ

| コメント(2) | トラックバック(0)

月が変わったところで再び岩波少年文庫に戻ってきました。  同時進行で光文社古典新訳文庫も読み続けていく予定です。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

イワンのばか
著:トルストイ 訳:金子幸彦  岩波少年文庫

2012_Feb02_001.JPG 51R719R36VL._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

ロシアの文豪トルストイの民話のなかから、「イワンのばか」「人は何で生きるか」「人には多くの土地がいるか」など、子どもの読み物にふさわしい物語を選びました。  農民の悲哀をみごとに描きながら、人生の愛と真実について深く語りかけます。  (岩波書店HPより転載)

せっかく「罪と罰」を読了したので、ここいらでもう一つ19世紀の偉大なロシアの文豪の作品を読んでみました。  もっとも「戦争と平和」とか「アンナ・カレーニナ」とか「復活」はちょっと重そうだったので(^^;)この本に逃げちゃった・・・・・というところでしょうか??  

貴族の生まれでありながらも先日読了した「グレート・ギャッツビー」のトムやデイジーとは異なり、トルストイは自分の生きている世界の矛盾やら貧富の差といった問題を直視し続け、悩み多い人生を歩んだ人であることがこれらの短編を読んでもそこかしこから漂ってきます。  短編ばかりが収められたこの本を読むとロシアの文豪もやたらと長い話を書くばかりではなかったんだなぁ・・・・と妙なところで感心したりもして(笑)。

ここに収められている物語は以下のようなラインナップになっているのですが、どの1編も今の年齢の KiKi にはあれこれ考えさせられる物語ばかりでした。

イワンのばか
人は何で生きるか
人には多くの土地がいるか
愛のあるところには神もいる
ふたりの老人
二人の隠者
小さい話 (小鳥、 年寄りの馬、 ふたりの兄弟と黄金、 大くま星座)
カフカースのとりこ


今年からのこのブログの新しいテーマ、「光文社古典新訳文庫」の1冊です。  この物語を読むのは大学生時代以来。  前回読んだのは新潮文庫の1冊だったように記憶しています。  確かタイトルは「華麗なるギャツビー」だったような・・・・・。  そして冒頭にはR.レッドフォードが主演した映画の写真がいくつか掲載されていたような・・・・・。  親友の1人の薦めで読んだことを覚えています。

グレート・ギャッツビー
著:F.S.フィッツジェラルド 訳:小川高義  光文社古典新訳文庫

41hAodh97yL._SX230_.jpg (Amazon)

絢爛豪華な邸宅に贅沢な車を持ち、夜ごと盛大なパーティを開く男、ギャッツビーがここまで富を築き上げてきたのは、すべて、かつての恋人を取り戻すためだった。  だが、異常なまでのその一途な愛は、やがて悲劇を招く。  過去は取り返せる―そう信じて夢に砕けた男の物語。  (文庫本裏表紙より転載)

KiKi が初めてこの物語を読んだのは上記のように大学生の頃。  当時、日本はバブル景気に沸き、田舎からぽっと出てきた女の子だった KiKi は都会のきらびやかさに目くらましを食らわされ(って別に人のせいにするわけじゃないけれど)、浮かれまくっていた時代でした。  そんな時代に読んだギャッツビーの暮らしぶり(前半)はそんな都会生活の延長線上にあるきらびやかな世界で、「豊かさ」の1つのプロトタイプにさえ感じられたものでした。  ギャッツビーもトムもデイジーも、登場人物の誰にも共感はできない(ついでに語り部であるニックにも)にも関わらず、一つだけ感じられたのは「今の流れの目指している先にある1つの形がここにある」ということでした。

人工的に「美」を演出した世界。  そんな世界を表現する美しく耳触りだけはよい修飾語。  浮かれムードを煽る言葉のリズム感。  そんなものを強く感じたものでした。  と同時に日本人が憧れていた「アメリカ的豊かさ」の本質・・・・・みたいなものを感じ取り、ギャッツビーの末路を知るのと同時に「何かが間違っている・・・・・」ということを感覚的に掴んだ作品でもありました。


2012年最初の1か月の読書のまとめです。  1か月の目標読了数15冊に対し27冊。  冬はやっぱり読書が進みます。  

1月の読書メーター
読んだ本の数:27冊
読んだページ数:8338ページ
ナイス数:48ナイス

罪と罰〈3〉 (光文社古典新訳文庫)罪と罰〈3〉 (光文社古典新訳文庫)
私たち人類は「豊かになれば幸せになれる」と考え、多くの努力をして現在の文明社会を築いてきたわけだけど、そしてその結果として確かに「豊かに」はなったはず(と言うよりは「少なくとも日本人は極貧からは脱却できた」はず)なのに、相変わらずラスコーリニコフと同じような「追い詰められた心理」から犯罪に走る人間が後を絶たないのは何故なんでしょうか??  ラスコーリニコフを追い詰めた予審判事ポルフィーリーが「あのばあさんを殺しただけですんでよかった。  べつの理屈でも考えついていたら、一億倍も醜悪なことをやらかしていたか
読了日:01月29日 著者:フョードル・ミハイロヴィチ ドストエフスキー

変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)
今回の読書でどの物語にも溢れているように感じられたは、ある種の「不安」とその先に感じる「ブラックホールのような絶望感」、でもそれをとことんまで自虐的に突き詰めた先に訪れた「ま、しょせん人生なんてそんなもの」という開き直りとその全ての思考過程を自分で笑い飛ばす「吹っ切れた感」みたいなものでした。  恐らくカフカっていう人は思索に没頭して生きたタイプの人ではなく、現実社会の中で「喘いだり」「もがいたり」「どうして自分が・・・・・」という想いを抱きつつも、真摯に自分のアイデンティティを求め続けた人だったんだろう
読了日:01月25日 著者:カフカ

ちいさな王子 (光文社古典新訳文庫)ちいさな王子 (光文社古典新訳文庫)
KiKi の子供時代、とあるコマーシャルで「大きなことはいいことだ」というフレーズが使われたことがありました。  でもその後の価値観の変動の中で「大きけりゃいいってもんじゃない」という風潮が生まれてきて、今はその延長線上にあるように感じます。 でね、今回、この「小さな」「大きな」という対比の中に、KiKi は「大きな組織で動く効率的・合理的社会」というものを感じ取りました。  もちろんそれが「悪いこと」とは言い切れないんだけど(特に落ちこぼれながら会計人感覚からすると 苦笑)、それでもその「効率性」「合理
読了日:01月24日 著者:サン=テグジュペリ

日本沈没 下 (小学館文庫 こ 11-2)日本沈没 下 (小学館文庫 こ 11-2)
(上巻 Review から続く) でも、この小説で小松氏が一番書きたかったことは、そういう災害時のお話ではなく、「アイデンティティ」のことだったんじゃないかと思うんですよね。  本当の意味でそこに辿りつく前にこのお話は終わっちゃっているから、何となく「パニック小説」のような、この未曾有の事態に直面する「仕事人小説」のような色彩の濃い物語になっちゃっているような気がするんだけど、本当のところ彼が書きたかったことは「自分が属する国を失ったら人はどう生きていくのか?」がテーマのような感じがするんですよ。  そ
読了日:01月24日 著者:小松 左京

日本沈没 上 (小学館文庫 こ 11-1)日本沈没 上 (小学館文庫 こ 11-1)
子供時代に父親の本棚から失敬して一度は読んだことのある作品だったはずなんだけど、正直なところどんな物語だったのか全くと言っていいほど記憶に残っていなかったこの作品。  元々女の子受けするような作品じゃないし、「地球物理学」な~んていう訳のわかんない話がポンポン出てくるし、世界情勢はおろか当時のクラス・メイトの中にも確実に存在していたはずのパワー・バランスにも無頓着だった KiKi が理解できていたはずもないわけで・・・・・ ^^;  でも阪神淡路大震災と昨年の東日本大震災を大人になって社会人として経験した
読了日:01月23日 著者:小松 左京

罪と罰〈2〉 (光文社古典新訳文庫)罪と罰〈2〉 (光文社古典新訳文庫)
いやはや、物凄いモンをアッケラカンと読んじゃっているような、何とも奇妙な感覚にとらわれちゃいました ^^;  主人公であるラスコーリニコフも一種病的だけど、彼をとりまくすべての人たちがどこか普通じゃない感じ・・・・・(笑)。  この切迫感 & それによって生み出されたよくわからない高揚感 と言うかマグマが燻っているような感じ、これこそがあの時代のロシアにうごめいていた未だ形ははっきりしていないある種の「雰囲気、ムーブメント」だったんでしょうね。 まだ残り1巻を残しているのであまり多くは語りたくないんだけ
読了日:01月19日 著者:フョードル・ミハイロヴィチ ドストエフスキー

罪と罰〈1〉 (光文社古典新訳文庫)罪と罰〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
まだ読了したのが第1巻のみで、さりとて、全体のストーリーを知らないわけではない KiKi がこの1巻単体で Review を書くのはかなり難しいんだけど、1つだけはっきりと言えることは「とても読みやすかった」ということでしょうか?  特に気に入ったのは巻末にある「読書ガイド」で、近くて遠い国ロシアのことをあまり知らない日本人にとって、この心遣いはホント嬉しい。  又、付属の栞にメインとなる登場人物の一覧表があるのも嬉しかった!!  嘗てはロシアものの何が辛いって人の名前がわかんなくなっちゃうことが一番大き
読了日:01月18日 著者:フョードル・ミハイロヴィチ ドストエフスキー

本の歴史 (「知の再発見」双書)本の歴史 (「知の再発見」双書)
美術工芸品の域に達している「手がき本」から始まり、「グーテンベルクの活字印刷本」、その後に続く印刷技術の発展の歴史やら書籍流通の発達の歴史、思想界に与えた影響と続き、「百科全書」までをカラー図版入りで概説してくれています。   カラー図版部分を眺めているだけでもうっとりしちゃうような美しさで、本好きの KiKi にとっては読んで面白く、眺めて楽しい、「1冊で2度美味しい」本でした。  いや~、1冊でいいから、何語でもいいから(要するに読めなくてもいいから)、中世の美しい本を持つことができたら幸せだろうな
読了日:01月17日 著者:ブリュノ ブラセル

せむしの小馬 (岩波少年文庫 (1017))せむしの小馬 (岩波少年文庫 (1017))
どこかで読んだことがあるようなプロット、どこかで聞いたことのあるような人名、どこかで見たり聞いたりしたことがあるモチーフが満載されたいわば「寄せ集め」のお話だと思うんだけど、不思議と統一感があるんですよね~。  この統一感を醸し出している一つの要因はやっぱりこの「文語調」・・・・と言うか、「詩」という形態が一役買っているような気がしました。  恐らくこの「詩物語」を「ロシア語」で味わうことができたら、もっともっと「音の響き」も「リズム」も素晴らしくて、それだけで音楽を聴いているような気分になるのじゃないか
読了日:01月16日 著者:エルショーフ

水木しげるのラバウル戦記 (ちくま文庫)水木しげるのラバウル戦記 (ちくま文庫)
「戦記物」と言えば付き物(?)の悲愴感・切迫感が極めて薄い・・・・・。  もちろん場所は戦地だし、乏しい物資の中で行軍ばかりしている陸軍さんだから悲愴感を漂わせようと思えばいくらでも漂わせられるエピソードが網羅されている割には「ホノボノ感」やら「ワクワク感」やらがそこはかとな~く漂ってくるんですよ。  それと言うのも、ここに登場する「水木二等兵」は凡そ兵隊さんらしくないんです。  勇ましさもないかわりに、臆病さも微塵もなくどこか飄々としているんですよね~。  戦争をさせられるために南方へ向かわされたにも関
読了日:01月16日 著者:水木 しげる

牛追いの冬 (岩波少年文庫)牛追いの冬 (岩波少年文庫)
この物語の凄い所は、子供が持っている愛らしさと残酷さ、優しさと冷たさが余計な装飾なしに素直に、でもちゃんと両立して描かれているところだと思います。  勉強好きで物静かでどちらかというと思索家タイプのお兄ちゃんが勉強嫌いで人当たりがよくお調子者の弟を疎ましく思う気持ち、逆にそんな弟がどうしても頭の上がらないお兄ちゃんを暴君のように思う気持ち、命を落としかねない肺炎を患い家族中の心配を一身に集め、甘やかされているうちに、それが当然と思うようになってしまった末っ子の気持ち。  そのどれもが KiKi 自身にも身
読了日:01月14日 著者:マリー ハムズン

小さい牛追い (改版) (岩波少年文庫134)小さい牛追い (改版) (岩波少年文庫134)
恐らくこの本は、イマドキの都会の早熟な子供たちにはつまらない本なんじゃないかと思います。  「ハイジ」に似ているところもあるんだけど、ハイジの場合は「アルプスの山の上」と「フランクフルトという大都会」を経験している分、都会暮らしの自分に引き寄せて読むことができる「とっかかり」みたいなものがあるんだけど、この物語で描かれている子供たちの世界っていうのはイマドキの都会育ちの子供たちには想像するだに難しい「遊びの世界」なんじゃないかと思うんですよね。  牛に振り落とされたり、ボタンのお金で交換したり、沼地で壊れ
読了日:01月14日 著者:マリー・ハムズン

シャーロック・ホウムズ バスカーヴィル家の犬 (岩波少年文庫)シャーロック・ホウムズ バスカーヴィル家の犬 (岩波少年文庫)
KiKi の記憶の中ではこの魔犬がもっと頻出していて、不気味さをかきたててくれちゃっていたように思うんだけど、今回再読してみたら実は最後の方にちょっぴり姿を現しただけで、「あれ??  こんな風に呆気なく出てきて、しかも呆気なくやられちゃうんだったっけ??」っていう感じ(苦笑)。 今にして思うと、ホウムズ・ワトソンコンビがこの魔犬の伝説を初めて聞かされるところから、まるで妄想のように自分の中でその犬のイメージを膨らませ、その後のバスカーヴィル館をとりまく荒涼としたムーアの描写の中で勝手にそのイメージをさら
読了日:01月12日 著者:コナン ドイル

鏡の国のアリス (岩波少年文庫)鏡の国のアリス (岩波少年文庫)
う~ん、この物語は難解だなぁ。  正直なところ KiKi にはよくわかりませんでした。  ダジャレ的なものが多すぎるうえに、これが「訳文」であることを考えると、「正しい反応の仕方」がまったくわからないんですよね~。  もちろん、この手のナンセンス文学に「正しい反応の仕方」な~んていうものがあるのかどうかはわからないんですけどね。  でも、やっぱりダジャレっていうやつは「オリジナル言語」で語られて初めて面白さがあるものだと思うし、この物語のように「マザー・グース」を多用している物語ではそれに親しんでいる下地
読了日:01月11日 著者:ルイス キャロル

ふしぎの国のアリス (岩波少年文庫 (2038))ふしぎの国のアリス (岩波少年文庫 (2038))
この物語、これまでに何度もチャレンジしてきたんですよ。  (もっとも子供時代だけ・・・・だけど)  でも、その都度挫折してきたんですよね~。  こういう夢見がちな物語が嫌いだったわけじゃないんです。  でも、たいてい挫折するのが「ウィリアムじいさん、年をとった」の歌あたりか、「3月うさぎのお茶会」あたりでねぇ。  ま、要するに元歌を知らない詩のパロディのさらにその訳文を読んでもチンプンカンプンだったし、当時の日本では(というより静岡県あたりでは)風習として馴染んでいないお茶会の席で、凡そ意味を成していると
読了日:01月09日 著者:ルイス・キャロル,田中 俊夫,Lewis Carroll

消えた王子(下) (岩波少年文庫)消えた王子(下) (岩波少年文庫)
決して嫌いじゃないバーネット作品だけど、この作者さんはやっぱりどちらかと言えば「女性向け作品」の大家だったんだなぁと思います。  この物語は彼女の作品の中ではかなり「骨太」な作品だとは思うけれど、それでもそこはかとな~く漂うのは「上品さ」なんですよね~。  この物語の登場人物たちは総じて「みすぼらしい身なり」をし、「秘密結社」な~んていう男臭さを持ちつつもやっぱりほのかに香ってくるシャボンの香り・・・・・みたいなところがあるんですよ。  そういう意味ではせっかくの冒険活劇ではあるけれど「男の子」の興味はあ
読了日:01月08日 著者:フランシス・ホジソン・バーネット

本へのとびら――岩波少年文庫を語る (岩波新書)本へのとびら――岩波少年文庫を語る (岩波新書)
著者は「生まれてきてよかったんだ、と子供にエールを送るのが児童文学」と仰っていますが、KiKi の想いはもっと個人的なもので、KiKi が児童文学に親しんでいた時代、世界はもっと魅力がありそうで、期待に満ちたもので、「私が大人になる頃には・・・・・」と夢が膨らむ存在でした。  それは時代の勢いだったのかもしれないし、幼かりし頃の自分が無知であるが故の夢物語だったのかもしれないけれど、少なくとも「今を、そして明日を生きるためのエネルギーを生み出してくれるもの」であったのは確かで、その名残火が今も自分の中にほ
読了日:01月08日 著者:宮崎 駿

消えた王子(上) (岩波少年文庫)消えた王子(上) (岩波少年文庫)
読み始めたかなり早い段階で、「消えた王子」とマルコ親子の関係はあっさりと予想できちゃう書き込み方満載で、そういう意味ではどんでん返し的な楽しみはほとんどない物語ではあるし、プロット的には臭さも目立つ作品ではあるけれど、さすがバーネット夫人の作品だなぁと感じるのは、当時のイギリスの実像を物語の中で精緻に描いているあたり・・・・でしょうか。 元はと言えばロンドンの貧民街に暮らす浮浪児同然のラットが足が不自由であるにも関わらず、浮浪児仲間を集めて軍事教練に励んでいるくだりなどは、第一次世界大戦が間近に迫ってい
読了日:01月08日 著者:フランシス・ホジソン・バーネット

米をつくる 米でつくる (岩波ジュニア新書)米をつくる 米でつくる (岩波ジュニア新書)
この本の素晴らしい所は、米という1つの農産品にまつわる多角的な考察にあります。  そもそも私たち日本人の祖先がどのようにして米と出会ったかの考察(かなり大雑把ではあるのですが ^^;)から始まり、稲を育てるというのはどういうことなのかを「初心者向け農業指南書」的に描き、次にはご飯の美味しい炊き方に触れます。  そこから米を利用した発酵食品の紹介と米を原材料にした新しい加工食品(それぞれ比較的簡単な食べものの作り方レシピ付き!)の紹介と続きます。  それが終わると今度は所謂「藁細工」のあれこれに触れ、最後に
読了日:01月07日 著者:西沢 江美子

日本の文化 (岩波ジュニア新書)日本の文化 (岩波ジュニア新書)
何て言うか色々なジャンルの映画の10秒CMを並べて15見せられ(はじめにを除くと15章構成)て、中には興味を引くものもあったんだけど羅列された分印象が薄くなっちゃって、何を面白そうと感じたのか良く覚えていない・・・・・そんな読後感なんですよね~。  そういう意味ではとっても惜しい本だなぁと感じました。  もうちょっと話にまとまりがあれば面白い本だったと思うんですけどねぇ。
読了日:01月07日 著者:村井 康彦

小公女 (岩波少年文庫 (2027))小公女 (岩波少年文庫 (2027))
主人公のセーラに対してあまり好感情を抱くことのできなかった物語・・・・・ではあるものの、この作品はやっぱり名作だと思います。  ミンチン先生は相変わらず悪役だけど、セーラ(上流階級) - ミンチン先生(中流階級) - ベッキィ(下層階級)という構図がこれほどはっきりと描かれ、それぞれの階級に属する人たちがどんな想いを抱えて生きていたのか?を描ききっているというところに「名作たる所以」があるように感じました。  そういう意味ではこの物語、単なる「子供向けのお姫様物語」と片づけてしまうには惜しい作品だと感じま
読了日:01月05日 著者:フランシス・ホジソン バーネット

小公子 (岩波少年文庫)小公子 (岩波少年文庫)
最初にこの物語に出会った小学校低学年の頃には「セディのような性格のよい子にならなくちゃ!」と思い、何度も読み返すうちに「セディのお母さんみたいな素敵なレディになれるように頑張らなくちゃ!」と思い、結果どちらも挫折したなれの果てが今の KiKi です(苦笑)  そうそう、逆に言えば「こんな人にだけはなっちゃいけない!」と思っていたセディのお爺さん、ドリンコート伯爵の方にこそ「うんうん、わかるわかる・・・・」と頷いている自分に気が付き、ちょっと唖然・・・・・・。  まあ、それだけこの老伯爵の心理描写が巧みだっ
読了日:01月04日 著者:フランシス・ホジソン・バーネット

秘密の花園〈下〉 (岩波少年文庫)秘密の花園〈下〉 (岩波少年文庫)
でもね、今回、この年齢になって再読してみて思ったことは、「秘密の花園」とメアリとコリンは言ってみれば同じものだったんだなぁ・・・・と。  10年間も鍵をかけられ放置されたままの庭も、インドで育った時代に召使いはいても両親との触れ合いや友達もなく育ったメアリも、幼くして母親を失い父親からもある意味で疎まれて寝たきり状態のコリンも、もっと言えば最愛の妻を失った空虚感に支配され続け子供をどう扱っていいのかわからず偏屈になってしまっていたコリンの父親であるクレイヴンさんも、皆が同じ・・・・・。  誰もがすさぶに任
読了日:01月03日 著者:フランシス・ホジソン バーネット

秘密の花園〈上〉 (岩波少年文庫)秘密の花園〈上〉 (岩波少年文庫)
この物語は基本的には「物質的にはそこそこ恵まれていたものの放っておかれた子供」(≒メアリ & コリン)がムーアの自然やら庭仕事やら友達によって再生していく物語なんだけど、子供時代の KiKi はそれもこれも「秘密の花園」な~んていう素晴らしいパラダイスがあったからこその恩恵・・・・というような読み方をしていたところが無きにしも非ず・・・・だったように思うんですよ。  少なくとも KiKi の実家には庭はあったけれど塀で囲まれていたり大木があったりしたわけじゃなかったし・・・・・。  そういう意味では「羨ま
読了日:01月03日 著者:フランシス・ホジソン バーネット

モンテ・クリスト伯 (下) (岩波少年文庫 (505))モンテ・クリスト伯 (下) (岩波少年文庫 (505))
大人になった今、こうやって読み返してみると、あのナポレオン時代から王政復古の時代のフランスの社会描写も巧みで、筋書きには無理がいっぱいあってもそんな情景描写が持つリアリティが勝っているところもあるように感じました。 因みに岩波文庫の完訳版は全7冊。  対するこちらの少年文庫の抄訳版は全3冊。  KiKi はどちらも読んだことがあるけれど、話のあらすじをちゃんと知っておく・・・・というレベルを求める読書だったらこちらの岩波少年文庫版で十分だと思います。  ところどころに入る挿絵も雰囲気があってなかなか素敵
読了日:01月03日 著者:アレクサンドル・デュマ

モンテ・クリスト伯 (中) (岩波少年文庫 (504))モンテ・クリスト伯 (中) (岩波少年文庫 (504))
この物語が楽しいのはやっぱり「イヤなタイプの人間」を思いっきりデフォルメしたダンテスの敵陣営の描き方が巧みであることと、逆に想像を絶するような苦しみを味わったダンテスに冒頭で思いっきり共感できちゃうことによる「ダンテス贔屓」の感情が最後まで持ち続けられることにあるんだと思います。  冷静になってよくよく考えてみるとかなりひどい復讐劇の物語なんですけどね。
読了日:01月02日 著者:アレクサンドル・デュマ

モンテ・クリスト伯 (上) (岩波少年文庫 (503))モンテ・クリスト伯 (上) (岩波少年文庫 (503))
KiKi が生まれて初めてこの作品に接したのも「三銃士」同様、岩波少年文庫版ではなく「少年少女世界文学全集」の1冊でした。  当時のこの物語のタイトルは「岩窟王」。  その後、学校の図書館で「モンテ・クリスト伯」というタイトルの本を見つけた時、まさか同じ物語であるとは考えもしなかった KiKi はその本を借り、「何だか、どこかで一度読んだことがあるような話だよなぁ・・・・」と思いつつページをめくり、10ページほど読み進んだところでようやく「なんだ、これって岩窟王じゃない!」と確信した・・・・という思い出が
読了日:01月01日 著者:アレクサンドル・デュマ

2012年1月の読書メーターまとめ詳細
読書メーター

2015年2月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

Current Moon

CURRENT MOON

東京のお天気


山小舎のお天気


Booklog



ブクログ

アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.261

TrackbackPeople

クラシック・ピープルの Trackback People Site


チェロ ラヴァーズの Trackback People Site


Piano~ぴあの Trackback People Site


ピアノオススメ教本の Trackback People Site


ピアノ教室の Trackback People Site


Book Love Peopleの Trackback People Site


本好きPeople・ぴーぷるの Trackback People Site


今日読んだ本の Trackback People Site


ファンタジーが好き♪の Trackback People Site


この絵本がすごい!の Tackback People Site


児童書大好き♪の Trackback People Site


ハヤカワepi文庫の Trackback People Site


岩波少年文庫応援団の Trackback People Site


薪ストーブの Trackback People Site


週末は田舎暮らしの Trackback People Site


野菜育てPeopleの Trackback People Site


ガーデニングの Trackback People Site


パッチワークキルトの Trackback People Site


あなたの訪問は?


日めくりカレンダー


Real Time News


カテゴリ

ノルンはいくつ?

本が好き!


読書メーター

KiKiさんの読書メーター
KiKiさんの読書メーター

最近読んだ本

KiKiの最近読んだ本

今読んでいる本

KiKiの今読んでる本

読了目標





今やってるゲーム

KiKiの今やってるゲーム

このアーカイブについて

このページには、2012年2月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2012年1月です。

次のアーカイブは2012年3月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

高速運賃





Edita

ブロガー(ブログ)交流空間 エディタコミュニティ

名言黒板


作家別タグ