今日は映画と原作本の乖離が極端に大きかった印象の「炎のゴブレット」です。
ハリー・ポッターと炎のゴブレット
ASIN: B000AR94DW ワーナー・ホーム・ビデオ 監督: マイク・ニューウェル
世界の三大魔法学校が魔力を競い合う伝説のイベント三大魔法学校対抗試合の開催が決定した。 炎のゴブレットが各校の代表選手を選び出す中、立候補すらしていないハリー・ポッターがなぜか代表の一人に選ばれてしまう。 かくしてハリーは、ドラゴン、水魔、心を惑わす生きた迷宮などの試練に挑み、その裏に潜む「声に出して呼べないあの人」の存在を感じながら、やがて自らの因縁と対峙していくのだった。 J.K.ローリング原作の『ハリー・ポッター』シリーズ第4作目となる本作では、これまでのシリーズとは一変。 ハリー、ロン、ハーマイオニーは少年期に永遠の別れを告げ、かつて想像さえし得なかった巨大な何かに挑んでいく。 (Amazon より転載)
そしてその原作本がこちら(↓)です。
ハリー・ポッターと炎のゴブレット
著:J.K.ローリング 訳:松岡祐子 静山社
魔法界のサッカー、クィディッチのワールドカップが行なわれる。 ハリーたちを夢中にさせたブルガリア対アイルランドの決勝戦のあと、恐ろしい事件が起こる。 そして、百年ぶりの開かれる三大魔法学校対抗試合に、ヴォルデモートが仕掛けた罠はハリーを絶体絶命の危機に陥れる。 しかも、味方になってくれるはずのロンに、思いもかけない異変が・・・・。 (上巻裏扉より転載)クリスマス・ダンスパーティは、女子学生にとっては待ち遠しいが、ハリーやロンにとっては苦痛でしかなかった。 ハーマイオニーのダンスのお相手は意外な人物。 そしてハグリッドにもパートナーが? 三校対抗試合の緊張の中、ロマンスが飛び交う。 しかし、その間もヴォルデモートの不気味な影がホグワーツ城を徘徊する。 ほんとうに怪しいのは誰か? 難題を次々とクリアするハリーだが、最後の試練には痛々しい死が・・・・・。 (下巻裏扉より転載)
まずは映画から。 この作品に至り、とうとう映画の方は「本のためのプロモーション・ビデオ」から「CG制作会社養成教材」になっちゃった・・・・・・という感じでしょうか?? だいたいにおいて2冊本の内容を1本の映画に納める無理があるところへもってきて、どちらかというと「ハリーをはじめとする仲良しトリオの魔術 & 精神的成長」が主題(つまりは映画的な派手さが少ない)の物語だったものを現代的な特撮重視の映画で作ろうとしたギャップが丸出しになっちゃったとしか言いようがない・・・・・^^;
だから映画を観た後には「三校対抗試合 & ヴォルデモート卿復活の巻」という印象だけは残るものの、後はどんな話だったのか、まるで「忘却術」をかけられちゃったかのようによくわからない・・・・・ ^^; 強いて言えば「ロン、強烈ヤキモチ焼きモードに入った巻」という印象ぐらいでしょうか?(笑) ちょっと先走った話までしてしまえば、「セドリックの死 & ヴォルデモート卿復活ニュース」後のダンブルドア vs. ファッジの対立構造をすっ飛ばしてしまったことにより、次号の話がかすれちゃったんじゃないかと思うんですよね~。 それにね、映画しか観ていない人には
「ハリー・ポッターはいつからアクション映画に変わっちゃったんだろうか??」
という疑問を抱かせてしまったのではないかしら?? 無意味に長い対抗試合の第一課題「ドラゴンとの対決」シーンなんて、原作との乖離が甚だし過ぎだし、「秘密の部屋」で登場したドビーの今号での大活躍もカットされちゃっているし(なぜかドビーの役割だった第二課題のハリーの秘密兵器提供者はネビルに変更!)・・・・・・。 このあたりがちゃんと描かれないと、このハリー・ポッター物語の最大重要テーマとも言える「友情」「信頼」がどんどん薄れていっちゃうと思うんですけどねぇ・・・・・。
本の方はそこへいくとなかなかよくできていたと思います。 KiKi は初読の時から「11歳になるまで自分が何者なのかを知らずに育ってしまった魔法使いの男の子が、ホグワーツ魔法学校を卒業する頃にはかつて魔法界を震撼とさせた『闇の帝王』な~んていう異名を持つような大魔法使いとどうやって一対一で対決させられるようになるんだろう??」と思っていて、実は初読の際には1巻1巻の間に時間が開いていたこともあって、最後まで自分なりの答えを見つけないままにシリーズを読了しちゃって、「なんとなくご都合主義・・・・・」という印象を持ったままこの作品を一旦本棚に戻しちゃったんだけど、今回再読してみてこの「三校対抗試合」は言ってみればハリーの特訓の場だったんだなぁとちょっと納得してしまいました。
もちろんハリーが「三校対抗試合」に出ることになったのはヴォルデモート陣営の者たちの陰謀であり、ハリー自身はただ単に巻き込まれちゃっただけだし、自力のみで乗り切った課題はほとんどなかった・・・・という体たらくなわけだけど、この課題準備の過程で彼ら(ハリー、ハーマイオニー、ロン)は授業では習ったこともなかった魔術を知ることになるというのが大事なポイントだったんだなぁ・・・・と。 そして、他の2人はともかくとして命がかかっているハリーにとっては、それらを単なる知識として知るのみならず「使えるレベルまで習得する」ようにもなるわけで、どう考えても優等生キャラではないハリーを魔法使いとして成長させるための作者の苦肉の策だったんだなぁ・・・・と。
「小物」でビックリさせる手法 & 構成はそろそろ読者にも飽きられてきちゃうだろうこのあたりで、しかも学生としては中学年レベルだから○番煎じにしかなりえない学園生活がメインの話題になるしかない・・・・となれば普通に考えればダラダラとした一巻になりかねないところだったんだと思うんですよね。 そこを大きなイベント(三校対抗試合)で目くらましさせつつも、彼らを魔法使いとして成長させ、ついでにお年頃の彼らのロマンスあり、自意識の目覚めあり、社会意識あり(≒ 屋敷しもべ解放運動)、友情の輪の広がりありで、伏線を張り捲る著者には脱帽です。
しかも悪役トップのヴォルデモート(但しこの時点では何故か影が薄い ^^;)を復活させはしたものの、これに魔法界が一致団結してあたるようになるのか?と言えばさにあらず、明確に「闇の帝王陣営」に属しているわけではない、「そんな大事件に接してもどうしたらいいのかわからないフツーの魔法使い」たちも一枚岩とはいかない状況を作って終わらせているあたり、話を長引かせるための仕掛けとも言えなくはないけれど、まだまだお子ちゃまレベルを脱しきってはいないハリーの成長を待つ時間稼ぎとしては有効な手段だよなぁ・・・・・と。 それにリアル社会にはありがちな構図だし・・・・・(笑)
この物語、恐らくはあの出版年代にハリーとほぼ同世代だった子供にとってはホントに楽しい物語だったんだろうなぁと思うんですよね。 ビックリするような魔法は出てくるし、自分と同い年ぐらいの「普通の男の子っぽさ丸出し」の主人公が常に何かに巻き込まれ(決して自分からチャレンジしに行っているとは言い切れない)るんだけど、友人の助けを借りながらも何とかそれを突破する・・・・・。 それだけでもウキウキ楽しいところにもってきて、先生に怒られたり、悪戯好きだったり、他者を思いやったり、初恋を経験したり、自意識が目覚め始めて時に落ち込んだりと、親近感がある・・・・・・。
もっともここから先はストーリーもどんどん暗くなっていくし、死者の数も益々増えていくから、「児童文学」としては賛否両論だろうと思うけれど・・・・・。 ま、何はともあれ、次は「不死鳥の騎士団」です。 初読の時はどうも好きになれなかった巻だけど、今回はどう感じるのか、楽しみです。







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