2012年3月アーカイブ

本日ものだめちゃんの2回目のサロン・コンサートのプログラムからの1曲です。  リストの「2つの伝説」の中のもう1曲、別のフランチェスコさんから題材をとった音楽の Review はこちらです。

リスト 2つの伝説(S.175)より「水の上を歩くパオラの聖フランチェスコ」
NAXOS 8.553594 J.ヤンドゥー(pf)

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この曲を聴く際にはやっぱりこの絵を傍らに置いて耳をすませたいものです。

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曲調もそのまんまでも描写的なうえに、この絵を見ながらこの曲を聴くと、高音のトリル & トレモロを奏でているのが鳥たちの囀りに、低音の落ち着いた語り口がフランチェスコの説くキリストの教えに聴こえてきます。  最初は思い思いに囀っていた鳥たちが中間でフランチェスコの言葉に耳をすませ、その後は彼の言葉に反応し、言葉を交わしあうようになり、最後は再び静かになり、低音の主旋律とトレモロ・トリルが対話するように交互に歌って、両方の旋律がポロロンと優しく鳴ってエンディング・・・・そんな風景が目に浮かぶのではないかしら。


ようやく「守り人シリーズ本編」の再読が終了し、余すところ外伝の「流れ行く者」1編を残すのみとなりました。  これが終了したら通常の「読書エントリー」も復活する予定です。  本日は相変わらずの「クラシック音楽関連エントリー」です。  本日ものだめちゃんのサロン・コンサートでの演奏曲目となります。

ショパン ポロネーズ第7番 Op.61 「幻想」
Sony Classical ASIN: B00005G8H4 演奏:C.カツァリス(pf)

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恐らくはのだめちゃんも "まっつぁお" だろうと思われる、アクの強い超個性派ピアニストの廃盤アルバムを今日は聴いてみました。  このピアニスト、ず~っと昔、NHK教育で「ショパンを弾く」の講師を務められ、その勢いに乗じてか Sony Classical からショパン全集を出すとのたまい、途中まではそのプロジェクトが進行したものの、契約問題か何かでトラブって結局全集は完結しなかった・・・・・といういわくつきのお方様であります。  超絶技巧の持ち主でありながらも、アクが強すぎるせいもあってか、はたまたレーベルをあっちこっち移動しまくったせいかは存じませんが、さほど評価の高いピアニストさんではなくなっちゃった感があります。  でもね、KiKi は結構好きなんですよね~、彼の演奏(苦笑)

高評価を得ているピアニストが絶対に強調しないようなところで内声で歌いまくったり、エキセントリックに疾走しちゃったりと驚かされたりハラハラさせられたりもするんだけど、それこそ遊びまくるような演奏をシラっとしちゃうようなところがあるピアニストさんなんですよね~。  そして聴き終わってみると思わず「ふぅっ!」とため息をつかせちゃうような・・・・・・。 

今日もクラシック音楽関係のエントリーです。  のだめちゃんの2回目のお仕事、サロン・コンサートでの演奏曲目に敬意を表し、せっかくなので久々に全曲を聴いてみました。  ま、てなわけで本日の KiKi のBGMはこちらです。

メンデルスゾーン 無言歌集
PHILIPS ASIN: B00005FFF3 演奏:I.V.アルペンハイム(pf)

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メンデルスゾーンの無言歌集と言うと、コンサートではアンコールピース的な扱いを受けたり、抜粋版がレコーディングされたりと、どちらかというと地味な印象が強い楽曲集だと思うんですよね~。  1つ1つの作品はとっても叙情性に富んでいて、曲想が優美で暖かい、誰にも馴染みやすい音楽ばかりなんですけどね。  これらの楽曲と同じ扱い(?)を受けやすいのがグリーグの「抒情小曲集」。  どちらの曲集も技術的にはさほど難易度が高くないためか、「ピアノ発表会」ではよく取り上げられるけれど、ヴィルトーソのコンサートでは絶対と言っていいほど取り上げられない音楽だと感じます。

でもそんな音楽であるだけに、「サロン・コンサート」という場にはこれほど相応しい曲はないんじゃないかしら?と思わせるものがあります。  かく言う KiKi も何年か前に「メンデルスゾーン・メモリアル・イヤー」を記念して、この「無言歌集」に取り組んでみようか?な~んていう気持ちになったことがあります。  短い曲が多いので仕事をしながら仕上げるにはもってこいの音楽という意識もあったりしてねぇ・・・・。  もっとも、その時は結局取り組むのをやめてしまいました。  残りの人生の中で仕上げられる曲数が限られていることを考えると、メンデルスゾーンに寄り道している場合じゃないと思い直したんですよね(苦笑)  

  

今日もクラシック音楽関係のエントリーです。  読書エントリーの方は「守り人シリーズ再読」が終了後に再開する予定です。  「漫画、のだめカンタービレに出てくる音楽を聴いてみる企画」の方もここからはピアノ音楽がズラッとリストに並ぶため、KiKi としてはBGM音楽としては Good! なんですよね~。  何せなっが~いクラシック音楽視聴歴の中でもピアノ音楽に関してだけはその長さ & 多さたるや半端なモンじゃありませんから(笑)  ま、てなわけで本日の KiKi のBGM はこちらです。

J.S.バッハ イタリア協奏曲 BWV.971
ポリドール ASIN: B00005FLBD 演奏:A.シフ (pf)

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このCDはね、本日の1曲「イタリア協奏曲」のため・・・・というよりはメイン(このCDのタイトルになっている)の「フランス組曲」の勉強のために購入したCDでした。  KiKi にとって「イタリア協奏曲」っていう音楽はピアノ音楽と言うよりはチェンバロ音楽のカテゴリーに入っていて、逆に「フランス組曲」はチェンバロ音楽と言うよりはピアノ音楽のカテゴリーに入っている音楽なんですよね~。  実際にはバッハの時代には私たちにはお馴染みのピアノという楽器はまだなかったわけで、決して「ピアノ音楽」であるはずはないんですけどねぇ・・・・(苦笑)  そんな中、KiKi のこの思い込みを醸成した土台、それはどちらの楽器の演奏で最初にこれらの音楽に出会ったのか?という偶然に寄って立つ部分が大きかったりします。

このブログでは何度もお話しているように若かりし頃の KiKi はバッハの鍵盤音楽が大嫌いでした。  特にそれが自分の演奏しているピアノという楽器で奏でられているのを聴くと、「こんな風には絶対に弾けない自分」を鼻先に突き付けられているようで、どうにもこうにも耐えられなくなっちゃったんですよね~。  そうであるだけにバッハの鍵盤音楽のレコードやCDには自らすすんでは手を出したくありませんでした。

    

今日も昨日に引き続きクラシック音楽関連のエントリーを書いてみたいと思います。  今日はのだめちゃんがあのマンガの中で初めて出かけて行った「ピアノ・リサイタル」のプログラムからの1曲です。  KiKi が是非、本物を聴いてみたいと切望した千秋パパのリサイタル。  あのフジ系列のドラマ & 映画では千秋パパは一切登場しなかったので、ついにその願望が叶えられることはありませんでしたけどね(苦笑)  ま、てなわけで本日の KiKi のBGMはこちらです。

ブラームス ピアノ小曲集 Op. 118
ポリドール ASIN: B00005FLVF 演奏:J.カッチェン(pf)

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これは「小曲集」と銘打たれている通り、小品が6曲集まった曲集です。  因みにその明細はと言えば以下のとおりです。

1 インテルメッツォ イ短調

2 インテルメッツォ イ長調

3 バラード ト短調

4 インテルメッツォ ヘ短調

5 ロマンス ヘ長調

6 インテルメッツォ 変ホ短調

以前、このエントリーでも書いたことがあったんだけど、この曲集をはじめとするブラームス最晩年のピアノ小品集は KiKi の老後の楽しみに大切にとってある(?)音楽です。  

実はブラームスの晩年の小品集は、アマチュア・ピアニストたる KiKi の定年後の楽しみにず~っと大事に取ってある作品集なんですよね~。  まだまだ色気(?)や自己主張・自己顕示欲が抜け切れていない今の KiKi にはちょっと手が出しにくい作品ばかりだけど、もう少し精神的に枯れたことを自覚できるようになったら、是非自分のレパートリーとして大切に弾きこんでいきたいなぁと考えている音楽です。 (以前のエントリーより転載)

未だに「ブラームスの苦しく悩ましい子守唄の数々」を奏でられるほどには精神的に枯れてきた自覚が持てずにいる KiKi だけど、そろそろこれらの曲(実際にはこの Op. 118 のみならず、Op.116~119までの小品集群)の譜読みを始めておいた方がいいかもしれません。  何せ、最近老眼の進行がヒシヒシと感じられるようになってきて、読譜作業が以前と比較して格段としんどくなり始めてきたので・・・・・(苦笑)  若い頃は、こんなことで諦めなくてはならない事柄が出てくるなんて想像もしていなかったんですけどねぇ・・・・・。


お彼岸の本州縦断の旅以降、これと言った理由があるわけでもないのですが、PCに向かう時間が減ってしまっています。  ま、ついでに言えば、ここのところ読書の方もめっきりスピード・ダウンしてしまい、日常モードにはまだまだ戻ることができていないみたい・・・・・ ^^;  やっぱり動き回った直後っていうのは腰を落ち着ける気分にはなりにくいものなのでしょうか?(苦笑)

で、さて、今日のブログエントリーをどうしようか?と考えた時、ふと思い出したのは、今年になってからようやく少しずつ復活を始めていたものの、又々ちょっと放置気味になっているクラシック音楽関係のエントリーのことでした。  だいたい、「のだめカンタービレに出てくる音楽を聴いてみる企画」をぶちあげてあるのに、それの完結さえみていないわけですから、最低でもそれぐらいはやり遂げなくちゃねぇ・・・・。  ま、てなわけで本日の KiKi のBGMはこちらです。

ベートーヴェン 交響曲第4番 Op.60
Brilliant 99927/3 演奏:ブロムシュテット指揮 & シュターツカペレ

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ベートーヴェンの交響曲と言えばその全9作品をいやっていうほど聴いてきていて、当然すでにブログエントリーは書いてあるものと勝手に思い込んでいたけれど、実はまだエントリーを書いていない曲が3つもあったんですねぇ。  第1番、第2番、そして今日のこの第4番はこれまで一度もこのブログでご紹介していなかったことに、今日、初めて気が付きました(苦笑)

あのシューマンに「2人の北欧神話の巨人の間にはさまれたギリシアの乙女」と言わしめたと伝えられる作品でございます。  彼の言う「2人の北欧神話の巨人」とは言わずもがなの第3番「英雄」と第5番「運命」のことです。  巨人であることはさておき、何でまた「北欧神話の」と限定する必要があったのかは定かではありませんが・・・・・。

ま、いずれにしろあまりにも有名すぎ、演奏される機会も多く、ついでに標題までついていることにより殊に日本人には馴染みやすい2曲に挟まれた1曲ということは、それだけ聴く機会も少なくなるということにもなるわけで、かつてであれば「他の有名曲とのカップリングだから聴いたことのある曲」となりがちな音楽であることは間違いありませんでした。  まあ、昨今では Box もの大流行の時代に突入してしまったので、以前よりはそういう印象は薄まっているかもしれませんが・・・・・。  (← かく言う KiKi ですが今日ご紹介しているCDもご多聞に漏れず Box ものでございます ^^;)  

今日は彼岸明

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今年は殊勝なことにず~っとご無沙汰だった「墓参り」なんちゅうことをやってみた KiKi ですが、若かりし頃にはその手の日本古来のイベントには全くと言っていいほど興味がありませんでした。  ま、プ~太郎の気安さ故にそんなことに目を向ける気にもなったという部分も無きにしも非ずではあるのですが、この歳になって改めてそんなことを始めてみる気になったのには実は理由があります。

そろそろ KiKi 自身の親もそう遠くはない将来に亡くなるかもしれないということが俄かに現実味を帯びてきた昨今、ふと気が付いたことがあったんですよね~。  実は KiKi の両親は何年も前に自分たちの最期を意識してか、お墓を用意したんです。  もちろんそのお墓には建立当初、 KiKi も両親と一緒に出掛けたことがあったんだけど、当時は当然のことながら親の死というものにまったく現実感がなかったということもあって、 KiKi 自身は「観光バスの乗客よろしく連れて行ってもらった」だけで、広い墓苑の中のどこにそのお墓があるのか?な~んていうことは全く覚えなかったし、正直、あんまり興味もありませんでした。  

しかもそのお墓、建立してから後、未だに誰も入っていない、いわば「空家状態のお墓」なので、その後「お墓参り」に行ったことさえありませんでした。  で、ふと気がつけば父親の方はともかくとして、母親の方は痴呆症がどんどん進行していて、今となっては自分たちがちゃんとお墓を用意したな~んていうことさえ覚えていないときています。

さて、できればあんまり考えたくはないことだけど、当然のことながら万が一のことがあった場合には KiKi があれこれ取り仕切らなくちゃいけないわけだけど、肝心要の KiKi はそのお墓の位置をちゃんと把握していません。  これが母が先だった場合には少なくとも父親の方は頭もしっかりしているので何とかなるかもしれない(でもそれだっていつまで大丈夫なのか保証は何もない)けれど、まあ歳の順だった場合には父をお墓に入れなくちゃいけなくなるわけだけど、母はまったくあてにできないわけです。  つまり、このままではお骨を抱えて墓苑の中を右往左往してしまうこと間違いなしなんです。  

もちろんそんな「もしもの時のこと」を考えるのは、縁起でもないわけだけど、それでも「知らない、知らなかった、知ろうともしなかった」で済ませるわけにはいかないことも又事実です。  ま、てなわけで昨年中に墓苑に行って色々調べて、何とか「両親が準備したお墓」に関してだけは自力で辿りつけるようにしておいたんだけど、ふと気が付くと今度は祖父母のお墓やらご本家のお墓となると、これまた誰かに連れて行ってもらわない限り、そこにはたどり着けない自分に改めて気が付いてしまいました。  

予定通り、ようやく通常モードの生活に戻った KiKi です。  実は先週から東京での野暮用(確定申告とか)やら、ハローワーク通いやらがあったうえに、父親の米寿のお誕生日やら、お彼岸のお墓参り & 親戚訪問やらであっちへ行ったりこっちへ行ったり、とにかく1週間チョイの間というもの、おちおちとPCに向かっている時間すら作れずに日々を過ごしておりました。  ようやく帰路についたのが昨日のお昼ちょっと前。  昨晩のうちに山小舎に帰り着いたもののバタンキューで爆睡モードに入ってしまっていました。

お彼岸でお墓参りをしていたっていうことは、とりもなおさず二十四節気の節目がそこにあったということで、ちょっと遅ればせながら・・・・ではありますが、本日のエントリーは春分エントリーとなります。

二十四節気の中でも珍しいことにこの日は「国民の祝日」であります。  今回、数年ぶりにお邪魔した親戚の家では、国旗掲揚が為されていました。  今ではそんなお宅は滅多に見かけなくなってしまったものですが、KiKi が子供だった頃には住宅街の8割がたのお宅では国民の祝日になると玄関先に国旗掲揚が為されていたことを懐かしく思い出しました。  もっとも KiKi の実家ではそんな時代であってさえも、もはやその習慣はなかった(そもそも国旗がなかった)のですけどね(苦笑)  

さて、「春分の日」と言えば子供時代には「昼と夜の長さが同じになる日」と覚えたものでしたけれど、Lothlórien_山小舎ではそんな実感は全くありません。  確かに少しずつ日が長くなってきているなぁとは感じるんですよ。  でも、山の日の入りっていうのは相変わらず結構早いんですよね~。  でも、今回お邪魔した太平洋岸に居並ぶ我が親戚の家々ではその実感も一入でした。  やっぱり山に比べると平野はお日様の恩恵を受ける時間が長いなぁ・・・・と。  そして、「なるほど、確かにこのくらい日が長ければ、昼と夜の長さは同じぐらいなんだろうなぁ・・・・・」と。

さて、恒例のあの Podcast ではこんな風に紹介されています。 


日天の中を行て 昼夜等分の時也 (暦便覧)


昔の人がどうやって昼と夜の時間を測ったのか?とか、何をもってして「夜」と定義付けたのか?といった肝心要のところはまったくわかっていない KiKi なんですけど、Wikipedia によれば

春分では昼夜の長さがほぼ同じになる。  しかし、実際には、昼の方が夜よりも長い。  日本付近では、年により差があり、平均すれば昼が夜よりも約14分長い。  そして、実際に昼夜の長さの差が最も小さくなる日は春分の4日程度前になる。 

とのこと。  何だか小難しい話ですよねぇ~。  でも、こういうことって知っておくと何かの時に役に立つことがあるのかも・・・・しれません(笑)。

で、ここから始まる七十二候はこんな感じです。

雀始巣(すずめ はじめて すくう): 雀が巣を構え始める
桜始開(さくら はじめて ひらく): 桜の花が咲き始める
雷乃発声(らい すなわち こえを はっす): 遠くで雷の音がし始める    

もう桜を意識し始める季節になってきたみたいですけど、我が家ではまだ梅さえも花をつけていません・・・・・(涙)。  でも昨晩、遠路はるばる帰ってきたら(約8時間のドライブだった ^^;)山鶯が可憐な鳴き声で迎えてくれたので、心なしか疲れが吹っ飛んだし、間違いなく春はそこまできていることを実感させてくれました。

な~んていうことを考えたり、ブログに書いたりしていたら、上州高山農園のお仲間の地元材木業者のHさんから電話がかかってきて、そろそろ「イネの苗の注文について打ち合わせようや」とのこと。  うんうん、やっぱり ♪ もうすぐは~るですねぇ ♪ っていう雰囲気が、花鳥風月のみならず、人間からも漂ってくる時期になったみたい。  冬眠状態だった村の人たちも少しずつ稼働し始める模様です(笑)。

ここ何日か、ちょっとバタバタしておりましてなかなかブログの更新ができない状態が続いています。  ま、幸いなことに今読み進めている本が再読本だっていうのもあるんですけどね(苦笑)  いずれにしろ、今のところ通常生活のリズムに戻ることができる目途が3月22日頃を予定しているため、それまでは更新することがかなり困難であると考えています。  ま、てなわけで、一応「お休み宣言」をしておきたいと思います。  そんなことを言っていつつもどこかで更新することがあった場合には思いっきり笑ってやってくださいまし~ ^^;    

「月神シリーズ」から始まったたつみや作品の読書もとりあえずここで一段落です。  Amazon なんかで調べてみると他にも出版されている本があるみたいだけど、とりあえず吾妻郡図書館では見つけることができなかったので、残りはまだいずれ・・・・・ということで。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

イサナ 龍宮の闘いへ
著:たつみや章 絵:東逸子  講談社

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不知火のきみはきさきに殺されたと知り、息子ヒコナは仇討ちに燃える。  しかし、神通力の源の宝の珠を借りに有明のきみの宮へ向かった船は、つぎつぎと敵に襲われ、イサナとクレ、そして綿津見一族の男たちも闘いの渦にまきこまれていく...。  はるかな昔、神とともに生きる海の民と、不知火海を支配する龍一族を巡る海洋冒険ファンタジー終章。  (単行本扉より転載)

まずは大団円でよかった、よかった・・・・・ということになるんでしょうけれど、正直なところこの作品に関してはいまひとつノリきれないまま終わってしまいました。  KiKi がどうしても苦手だったのがイサナの鬱陶しさ・・・・・と言いきってしまうとちょっと語弊があるかしら・・・・・・(苦笑)  前向きで明るくて自分が求めている物が何なのかを強く自覚している女の子という設定はいいと思うんだけど、彼女の「考えなしのお喋り」としか言いようのない不用意発言にはかなり辟易としちゃったんですよね~。  

上巻からず~っと色々な人に注意をされているにも関わらず、ここまでそれらの注意を聞く耳持たずで、思ったことをポンポン言っちゃうお調子者でいられるというのはいかがなものか・・・・・と。  個人的には人の顔色ばかり伺っているような女の子よりは、この物語のイサナぐらいはっきりした性格の女の子っていうのは決して嫌いじゃないんだけど、自己主張する以上は主張してよい時と場所をもう少しわきまえないと単なる「お騒がせ娘」になっちゃうような気がするんですよね~。


今日もまた、たつみや章さんの作品です。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

イサナと不知火のきみ
著:たつみや章 絵:東逸子  講談社

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綿津見一族の娘イサナは、不思議な声に導かれ、大船を造るための大木を探しに、兄やクレとともに船出した。  やがて声のするマツの木を見つけるが、その中には龍王の子が封じこめられていて、イサナが木から助けだしたために、龍の魂をねらう悪しきものや恐ろしいシャチに追われることとなる・・・。  神とともに生きる海の民綿津見一族と、不知火の海を支配する龍一族の海洋冒険ファンタジー。  (単行本扉より転載)

KiKi は自分のことを「海の人」というよりは「山の人」だと感じているようなところがあります。  日本は四方を海に囲まれた島国で、KiKi 自身は静岡県で生まれ育ち、泳ぎはプールというよりは海で身につけ、子供時代には父親と一緒にトローリング(と言ってもマリーナなんかに係留されているようなカッコいいモーターボートではなく、ゴムボートに船外機をつけただけの船だったけれど)をはじめとする海釣りの経験もそこそこあったりする人種ではあるのですが、長じるにつれ海よりは山に惹かれるようになりました。  惹かれるという言葉だと憧れみたいなニュアンスが入っちゃうとするならば、落ち着くという言い方の方がピッタリくるかもしれません。

そうであるだけに KiKi の血の中には「弥生人の血」よりも「縄文人の血」の方が濃く残っているんじゃないかとず~っと思ってきたんだけど、ここ、高山村に来て知り合いからいただいたクマ肉が食べられないという経験をしてからこのかた、その「縄文人の裔を継ぐ者」であるという自信(?)はずいぶん揺らいじゃいました。  そう、食生活だけを考えると KiKi が好むのは肉よりは魚、つまり「山の人」というよりは「海の人」なんですよね~。  その割には相も変わらず「やっぱり KiKi は山の人」と無理やり自分に信じ込ませようとしているようなところがあります。

そうであるだけに、海洋冒険ロマンというやつは KiKi の食指にはこれまであんまり働きかけてくるものがありませんでした。  でもね、そんな KiKi であってさえも水神様の龍にだけは無関心じゃなかったりします。  それは多くの場合、山の中の水源なんかで祀られている水神様も龍のお姿をとっていたりすることとも無関係ではないのかもしれません。  ま、てなわけで、この物語も龍が出て来なかったらひょっとするとちょっぴり敬遠していたかもしれません。

   

裔を継ぐ者 たつみや章

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扱っているテーマとか世界観にはすこぶる共感しつつも、どうしても☆5つのお気に入りには入ってこないたつみや章さんの作品群。  それでもこうやって図書館で見つけると借りてきて読もうと思っちゃうあたり、やっぱり KiKi は彼女の作品が気に入っているのかなぁ??  はっきりしていることは荻原規子さんの作品よりは苦手意識が薄めだけど、やっぱり上橋菜穂子さんには敵わないと感じているっていうことぐらいでしょうか??(苦笑)  ま、何はともあれ「月神シリーズ」の外伝扱いのこちらを読了しました。

裔(すえ)を継ぐ者
著:たつみや章 絵:東逸子  講談社

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はるか遠い昔。  月の神を奉じる縄文びとと、日の神を崇める弥生びと。  ふたつの文化が交錯したときに激烈な争いが起こった。  その戦乱の世に和平をもたらさんと、ふたりの少年が立ちあがり、やがてその甲斐があって平和への礎が築かれた。  しかし、その絆が結ばれてから五百数十年後、人々は我が祖であるかの人々の思いを受け継ぐすべをなくしていた。  そのとき新たなる運命の子がおりたつ―。  (単行本扉より転載)

本編である「月神シリーズ」よりもいささか説教臭さが強い作品ではありますが、先日 KiKi がこのエントリーで書いた「魚を捌けない人」に対する苦言とそっくりの記述があったのにはちょっとビックリしちゃいました。  そういう意味では現代人に対する警鐘の物語なんだろうなぁと感じます。  

現代の日本では「自分が生きるということ」、「生きるために食事をしているということ」、「食料を得るために他の生物を殺すということ」が1つの連環にあることを忘れがちで、「生きること」は「生きがいを得ること」だと考えたり、「食事をすること」については、ありがたいことに飢えとは無縁の食糧事情であるために食事を抜いたり食べ残しをしたり残飯を捨てたりお菓子で済ませちゃったりということを無意識にやりがちです。  食料品に至っては工業製品なみの「モノ」だと考えがち(食料となるために失われた命があることには思い至らない)なわけで、そういう意味ではこの物語の主人公サザレイシ以上に甘ったれの自分本位な人間だらけなのが今の日本と言っても過言ではないような気がするんですよね。

病弱で体も小さいということで、親兄弟から守られるようにして生きてきたサザレイシの最初の頃の生き様は現代人の甘ったれ根性・身勝手さをこれでもかっていうぐらいデフォルメして投影されているので、正直なところ読んでいてあんまり心地よいものではなかったりもするけれど、実はそれは我が身を映す鏡みたいなもの・・・・・と思い当たらないでもなくて、穴があったら入って隠れたいような気分になります。

 

水の伝説 たつみや章

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たつみや章さんの「神様三部作」の最終作。  この方の作品はファンタジーと言いつつも若干説教臭さが強いのが珠に疵だと思うんですけど、日本の伝承を扱っているファンタジーということでは楽しめる内容のものが多かったように思います。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

水の伝説
著:たつみや章  講談社文庫

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東京の学校になじめず、白水村に山村留学した内気な小学6年生、光太郎。  最初は戸惑っていたものの、少しずつ村の生活になじみ始めた矢先、運命が一変する。  川で不思議な生き物を助けたその夜、自然を司る龍神の怒りを鎮める役を担うことになり...。  少年の成長と、自然の尊さを描いたファンタジーの名作。  (文庫本裏表紙より転載)

著者が一連の作品群で訴えたいポイントなんだろうと推察される「上から目線ではない自然保護・環境保護」については、切実に伝わってくる物語だったと思います。  東京で登校拒否 & 引き篭もりになってしまっていた光太郎君が初めて持つことができた友達(と言っても前半はまるで保護者だけど 苦笑)の龍雄君が「僕は山を守る人になる!」という決心をしたというのもと~っても尊い大切にしてあげたい考え方だと思うんです。  でも、今現在、Lothlórien_山小舎をメインの生活の場としている KiKi にはそれでもこのお話がある種「綺麗ごと」に感じられちゃうんですよね~。

この物語が書かれた1995年当時は今とはまた状況が異なったということもあるんだろうと思うけれど、今、この村付近の林業の実態を考えると「山を守る人になる」という理想と現実の生活との乖離に絶望的な想いを一層強く感じずにはいられません。  

例えばこの物語では龍雄君の家が育てていた(そして山崩れで流されてしまった)立派な杉の木はそれ一本で東京で働くサラリーマンのボーナスぐらいの値段になったらしいけれど、今では国産の杉建材はそんなに高値では売れなかったりします。  Lothlórien_山小舎を建てた土地には KiKi が購入する前はヒノキが何本も植えられていたんだけど、そのヒノキも二束三文にしかならなかったと聞いています。  現代人はそういう杉やヒノキといった建材よりも「新建材」と呼ばれる加工材やら輸入物の建材、さらにはコンクリートやらモルタルで作った家ばかりを建てるようになってしまったので、市場価格が暴落してしまっているというお話を聞いたこともあります。  

この土地に植えられていたヒノキも植えた時点では何十年も先になれば1本あたりサラリーマンのボーナス分ぐらいにはなることを夢見て(?)植えられたんだろうと思うけれど、結局は国産材の価値が下がるにつれ採算の目途が立たなくなった(何せ売れる木材に育つまでの期間が長い!!)とのことで、本来なら植林され、人の手が定期的に入れられる林だったはずなのに、KiKi がこの土地を見に来たときには見放されてもう何年も放置されっぱなしの荒れた森状態でした。  因みにそのヒノキ林になる前は畑だったのだそうです。  

その畑の持ち主だった地元酪農家のHさんが、自宅からはちょっと距離があるうえに、農作業の人手が減ってしまったために畑としてはもうメンテしきれない(彼らには自宅近くに別の畑もあるうえにメインの生業は酪農です)という状況になってしまった時に、遊ばせておくのも何だし、仮に遊ばせておいたとしてもどうせ草刈りの手間は必要になってしまうからそれならば畑よりは手間が少ない(畑だと毎年耕して、作物を植えて、施肥やら草刈りをして、収穫をして、又耕しての繰り返しだけど、林だったら少なくとも耕す手間と収穫の手間は減る)山林に・・・・と植林当時は建材として人気のあったヒノキを植えたのだそうです。  でも植林してから何年か経つと建築事情が大きく変わってしまい、ヒノキと言えどもそうそうは需要がない時代を迎え、結果的に放置林となっていたっていうわけです。  下世話な言い方をするなら、彼らはヒノキ林で投資した分で発生した大損を KiKi に土地を売ることでようやく回収した・・・・・とまあ、そういう状況だったんですよね~。 

夜の神話 たつみや章

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図書館で借り出してきた「月神シリーズ」に触発され、読み始めたたつみや章さんの「神様三部作」の2作目です。  取り上げられているテーマが原子力発電所の事故ということもあり、福島原発事故のもたらす多くの社会問題真っ只中のこの時期にこの本を読むことができたことに、神様に感謝したい気分の KiKi です。

夜の神話
著:たつみや章  講談社文庫

5146gzWCcdL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

引っ越した田舎での生活に、馴染めずにいたマサミチ少年。  ひょんなことから神様の力によって、虫や木の声が聞こえるようになり、命の大切さに少しずつ気づいていく。  その一方、父が勤める原子力発電所で事故が発生。  兄と慕う父の同僚、スイッチョさんは被曝してしまう。  第41回産経児童出版文化賞推薦作品。  (文庫本裏表紙より転載)

この物語、1993年に書かれていた物語だったのですね。  93年と言えばあのジュリアナ東京が最後の仇花を咲かせてイケイケ・ドンドン・ムードを煽っていた時代です。  あの頃、一方では夜な夜な遊び歩きお立ち台で燥ぎまわっていた人もいた一方で、こんな物語を書かずにはいられなかった人もいたということを考えると、何とも複雑な気分です。  かく言う KiKi も93年当時には何をしていたのか?と言えば某外資系会社で初めて Manager ポジションを得て、自分の市場価値を上げることに躍起になっていた時代でした。  つまりは、この物語のマサミチ君同様にツクヨミ様に「闇鬼(アンキ)」と呼ばれても仕方のない生き方をしていた時代だったと思います。

まあ、KiKi の場合はマサミチ君ほどには競争社会の中で先陣を走りたいという意欲はなかったし、都会のアスファルトの上で干からびているミミズの死骸なんかを目にするたびに「こんなところに出てきちゃったのね、あなた。  途中で力尽きちゃうなんて考えもしないで・・・・・・。  成仏してね。」な~んていうことを感じていたぐらいには人間以外の生き物も命であるという感覚だけは持ち合わせていたけれど・・・・・。  

昨日は啓蟄

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昨日は啓蟄。  大地があたたまり冬眠をしていた虫が穴から出てくる頃・・・・・・ということになっているはずだったんですけど、ここLothlórien_山小舎ではこ~んな景色が広がっていました。

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一昨日は比較的暖かくて先日の大雪がだいぶ融けてきて、幹線道路からはやっと雪が姿を消した・・・・・と安堵していたのも束の間、またまたの大雪でした。  冬眠をしていた虫が穴から出てくる気配はなく、逆に3日、4日と大活躍して働いてくれていたこの子(↓)が再び雪の穴の下に潜り込んでしまいました ^^;  持ち主と比べてとっても恥ずかしがり屋さんなんですよね~。

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さて、恒例の Podcast によれば

陽気地中に動き、縮まる虫、穴をひらき出づれば也 (暦便覧)

とのこと。  陽気が地中で動いているとは到底考えられないような景色なんですけど、それでもやっぱり地中では何かがうごめいているのでしょうか??

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さて、ここから始まる七十二候の方はどうなっているのか?と言えば

蟄虫啓戸(ちっちゅう こを ひらく): 冬蘢りの虫が出て来る
桃始笑(もも はじめて わらう): 桃の花が咲き始める
菜虫化蝶(なむし ちょうと けす): 青虫が羽化して紋白蝶になる

とのこと。  う~ん、桃の花なんてまだまだ先になりそうだし、モンシロチョウの姿を見られるのなんていつのことやらって感じがしないでもないんですけどねぇ・・・・・。  でも、先達の知恵っていうのは侮れないものです。  桃の開花とモンシロチョウの羽化を楽しみに日々を過ごしていきたいなぁと思います。

さて、とっても現実的なお話をするなら、そろそろ重い腰をあげて確定申告の準備をしなくちゃいけません。  久々の確定申告のため、今日は税務署(但し KiKi の管轄の税務署ではない)でいくつかご教授いただかなくちゃいけないポイントがあります。  今日の道路事情が安全なものでありますように・・・・・・。  

「月神シリーズ」を図書館から借り出して読了したので、同じ作家さんの他作品も読んでみたいと考え「神様三部作」と呼ばれる作品群にも手をだしてみることにしました。  いくら外来物主流の世界とは言えどもアチラモノばかりを有り難がっているのもどうか?と思わないでもないし、肝心要の日本古来の宗教に関してはまったくと言っていいほど無知な西洋かぶれの自分に喝を入れるためにもいいかな?な~んていう殊勝なことを考えたっていうのもあります。  この本を読了したのは実は3月2日のことだったんだけど、3日 & 4日はちょっとした野暮用であちこち駆けずり回っていたので、このエントリーは今日になってしまいました。  ま、いずれにしろ本日の KiKi の読了本はこちらです。

ぼくの・稲荷山戦記
著:たつみや章  講談社文庫

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先祖代々、裏山の稲荷神社の巫女(みこ)を務めるマモルの家にやって来た奇妙な下宿人。  腰まで届く長髪に和服の着流しの美青年・守山初彦(もりやまはつひこ)は、山と古墳をレジャーランド開発から守るために動き出す。  守山に連れられ、マモルがまみえた太古からの"存在"とは?   第32回講談社児童文学新人賞受賞の著者デビュー作。  (文庫本裏表紙より転載)

なかなか素敵な物語でした。  ただ、開発する側が「レジャーランド」という人が生きていくために必ずしも必須ではない施設を作ろうとしている会社で、明らかに「お金儲け」のために動いているという設定になってしまっているために、お話全体がある種の「綺麗事」になってしまっているのがとても残念な気がしました。  この方の作品の傾向なのか(と言ってもまだまだ大した冊数は読んでいないんだけど ^^;)、常にお話の中に登場する相手方が「悪の衣を纏っている」設定なんですよね~。  子供には分かりやすさが必要・・・・・ということなのかもしれないけれど、世の中、悪は悪の顔をしているとは限らないわけでして・・・・・・。

もっとも、そういう設定であればこそ、現代っ子の一少年がこの「環境保護運動」というような社会運動に身を投じる気にもなるんだろうけれど、逆に言えばマモル君の持つ「才」だとか稲荷神社の巫女の家系の生まれという設定があまり生かされていないお話になってしまっているのがちょっと残念でした。  まあ、「この世ならぬ者」と接触することができる・・・・・・というだけでも彼の「才」は十分すぎるほど生かされているということなのかもしれませんけどね(苦笑)


たまたま図書館で見つけたたつみや章さんの「月神シリーズ」を読了したので、何となくタイトルからして似通っている香りをプンプンと放っているこちらの積読本を読んでみる気になりました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本(2冊目)はこちらです。

月の森に、カミよ眠れ
著:上橋菜穂子  偕成社文庫

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月の森の蛇ガミをひたすら愛し、一生を森で送ったホウズキノヒメ。  その息子である蛇ガミのタヤタに愛されながらも、カミとの契りを素直に受けいれられない娘、キシメ。  神と人、自然と文明との関わりあいを描く古代ファンタジー。  (文庫本扉より転載)

KiKi の大好きな上橋菜穂子先生の1991年の著作です。  実際にはその時の作品に若干の加筆・修正を加えたもの・・・・・のようです。  ところどころ唐突なところ、粗削りにすぎるところも散見されるけれど、やっぱり上橋菜穂子は上橋菜穂子だった・・・・・・そんな感じでしょうか。  と、同時に案の定、彼女の作品は KiKi の感性にドツボで嵌ってきます。  世界観としては、先日読了したばかりの「月神シリーズ」の兄弟とでも呼ぶべき世界の物語でした。  同じように「縄文文化」と「弥生文化」の邂逅の物語だし、同じように「クニ」と「ムラ」の物語だし、同じようにアニミズム的な「カミ」を扱う物語です。  でも、KiKi にはやっぱりこっちの方が心地よい(笑)

この物語をもっとも端的に纏め上げてしまうとするならば「カミ殺し」の物語で、人間が人間の都合により古より息づいていた「カミの呪縛(掟とも言う)」を断ち切るお話です。  この物語でも「縄文文化人」と「弥生文化人」が登場するけれど、そこに善悪という対立軸はなく、強いて言うならば文明の発展の中で人間は自分たちに都合の悪いもの(自然の脅威を含む)を畏れ敬い祈る対象から、征服すべきものとして排除の対象とするようになる精神性そのものを扱った物語だということができると思います。  

図南の翼 小野不由美

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図書館で借りた本を読む間、ちょっと据え置き状態になってしまっていた「十二国記シリーズ」の6作目を読了しました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

図南の翼
著:小野不由美  講談社X文庫

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恭国は、先王が斃れてから27年。  王を失くした国の治安は乱れ、災厄は続き、妖魔までが徘徊するほどに荒んでいた。  首都連檣(れんしょう)に住む珠晶(しゅしょう)は、豪商の父をもち、不自由のない生活と充分な教育を受けて育った。  しかし、その暮らしぶりとは裏腹に、日ごとに混迷の様相を呈していく国を憂う少女は、王を選ぶ麒麟に天意を諮るため、ついに蓬山をめざす。  珠晶、12歳の決断。  「恭国(このくに)を統べるのは、あたししかいない!!」。  (文庫本扉より転載)

前回読んだ「風の万里 黎明の空」の Review でも書いたように、KiKi はこの恭国の珠晶という女の子(と言っても王様だけど・・・・ ^^;)に並々ならぬ興味を持っていました。  恐らくもっと若い頃の KiKi であればあの子のこまっしゃくれた感じ、小賢しい感じにちょっとした反感みたいものを感じたかもしれないんだけど、この年齢まで生きてきて、社会の荒波にもそこそこ揉まれて、人の上に立つ経験もしてきた身からすると、あのセリフを衒いもなく言い切れるということだけで彼女の潔さ、傑物ぶりが頼もしく感じられることはあっても、嫌いなものではありません(笑)。

そんな珠晶の「じゃじゃ馬ぶり」が全開なのがこの物語だと思います。  まあ、「女の子は可愛くあれ」「誰からも愛される奥ゆかしさを持て」というような類の教育方針を持つ親だったら「目も当てられない・・・・(ため息)」というような女の子だとは思うけれど、もしも KiKi が彼女の母親だったら誇りに感じるだろうなぁ。  それは結果的に王になれたからというよりは、彼女の言動一つ一つが素晴らしいと感じる故なんですけどね。  

2012年2月の読書のまとめです。  先月は「ハリポタ & 十二国史月間」とでも呼びたいような読了本リストとなっています。 


2月の読書メーター
読んだ本の数:29冊
読んだページ数:12368ページ
ナイス数:44ナイス

月冠の巫王月冠の巫王
結局は人間のみならずこの世に生きとし生けるものはすべて他の生き物の命 or 領分を食らい、侵すことによってしか生きていけないのだから、そこに現代的な価値観である「純粋」だの「穢れない」だの「善意」だのを持ち込むことに居心地の悪さ(読み心地の悪さ?)を感じました。  どうせならもっと開き直ってその穢れに首の中までどっぷりつかって、その中で「清きもの」を求めて工夫をこらす人々の努力や葛藤を描いてくれた方が、KiKi には感銘できたように思います。 もう一つ全作を読んでみてどうにもはっきりしないのが、「神」と
読了日:02月29日 著者:たつみや 章


天地のはざま天地のはざま
この物語で描かれている弥生の権力者たちは、ただただ非道、残虐、狡猾、強欲なんじゃなくて、農耕民族の性として「自然を征服すべき対象と考えている」ことがポイントで、その延長線上で自然から与えられるものを分かち合いながら生きているムラの人々(≒縄文人)を「遅れた野人」と考え、そんなムラの人たちのその日暮らしの生き様を「現状に甘んじ進歩を求めようとしない怠惰の人々と侮蔑し、進歩を求めないような動物的な生き方をする輩であれば支配されて当然と考える思想に行きついている・・・・・と KiKi は思うんですよね。  同時
読了日:02月28日 著者:たつみや 章


地の掟 月のまなざし地の掟 月のまなざし
前作、「月神の統べる森で」の Review で書いたいくつかの否定的なポイントに関して、まだまだ十分とは言えないけれど少しずつ解き明かされてきている感があって、KiKi には楽しい読書となりました。  縄文側のポイシュマと弥生側のワカヒコがそれぞれの世界に帰ってからの生活の描写が描かれるのと同時に、前作では一方的な悪役扱い(?)だった弥生側の事情も少しずつ明らかになってきたのが何よりも嬉しい1冊でした。 月と蛇が出てくるあたりは日本古代史を舞台にしたファンタジーでありながらも、ファンタジーのお膝元のケル
読了日:02月28日 著者:たつみや 章


月神の統べる森で月神の統べる森で
縄文人 & 縄文人寄りの人物が主役に据えられているから仕方ないのかもしれないけれど、これに対峙する弥生人の営み、そこから育まれた精神性の物語が掘り下げられていないだけに、何となく薄っぺらい対立軸でしかないのが本当に残念です。  縄文人の暮らしぶりから生まれる価値観、人生観と弥生人の暮らしぶりから生まれる価値観、人生観をもっと描いてくれれば、それぞれの正義も、それぞれの信仰にももっともっとスポットが当たって深い物語になるだろうに・・・・・と思わずにはいられません。  お月様というのは約1か月の間で満ち欠けを
読了日:02月27日 著者:たつみや 章


炎路を行く者 --守り人作品集-- (偕成社ワンダーランド)炎路を行く者 --守り人作品集-- (偕成社ワンダーランド)
今回、「災路の旅人」を読んでみて感じたのは、ヒュウゴってどことなく「獣の奏者」のイアルと「守り人シリーズ」のチャグムを足して2で割ったような人物だったんだなぁ・・・・・ということです。  「帝の楯」(つまりは上流階級の武人)の子として育ち、英才教育を受け、ある種の「誇り」と歩むべき道が決まった中で迷うことなく精進していた少年が、ある日突然その全てを奪われ、残っていたのは我が身1つと目の前の現実とは相容れない「精神」のみ。  そんな中で何者にもなれず、ただ生き延びるためだけの生活に倦み荒んでいくヒュウゴの姿
読了日:02月27日 著者:上橋 菜穂子


風の万里 黎明の空(下)十二国記 (講談社文庫)風の万里 黎明の空(下)十二国記 (講談社文庫)
これは素敵な物語ですねぇ。  「ポジションが人を作る」という KiKi も経験してきた社会における暗黙のルール(・・・・のようなもの)が見事に描かれているし、「人生は辛い事と幸せな事が半々のはずなのに、人間っていうのは、なぜか辛い事の方を大きくとらえてしまう」という人生における1つの真実も的確に描かれています。  物語は「月の影 影の海」で十二国の世界に否応なく巻き込まれてしまった「巻き込まれ系主人公」の陽子が、腹を括って「景王」であることを受け入れた後の顛末が描かれています。 前作、「東の海神 西の滄
読了日:02月25日 著者:小野 不由美


風の万里 黎明の空(上)十二国記 (講談社文庫)風の万里 黎明の空(上)十二国記 (講談社文庫)
この物語の中で KiKi にとって一番興味深かった登場人物は陽子でも鈴でも祥瓊(しょうけい)でもなかったりします。  一番興味深かったのは祥瓊(しょうけい)を一時的に預かり、彼女を徹底的に無視した恭の国の王の珠晶(しゅしょう)という女の子です。  設定からするとまだまだ幼女のはずなのに何ともカッコいい(笑)  まだまだ若い(というよりは幼い)女の子だったら可愛らしくていい子で優しい子を演じたい年頃だろうに、ここまではっきりと「聖人君子になるのは御免」「嫌い」と言い切れる覚悟の強さ、そして本当の意味での「平
読了日:02月24日 著者:小野 不由美


東の海神 西の滄海 十二国記 (講談社文庫)東の海神 西の滄海 十二国記 (講談社文庫)
この物語、ここまでの作品の中では最も KiKi のツボにはまった物語だったかもしれません。  何て言うか、社会性の強い物語だったと思うんですよね。  「月の影 影の海」はどちらかと言えば「陽子の物語」であって「慶国の物語」ではなかったし、「風の海 迷宮の岸」も「泰麒の物語」であって「戴国の物語」ではなかったのが、ようやくこの第三作にして「延王・延麒の物語」でありつつも「雁(えん)国の物語」になった・・・・・そんな感じでしょうか。  まあ、最初の2作はある意味で世界観を読者の頭の中に定着させる必要があったと
読了日:02月24日 著者:小野 不由美


風の海 迷宮の岸(下) 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)風の海 迷宮の岸(下) 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)
泰麒はこの物語の中で「麒麟」という特別な存在であることを先天的に与えられているかのように見えるけれど、彼が「麒麟として生まれた」というのは KiKi が感じる「日本生まれの日本人というアイデンティティ」とほぼ同じような意味合いでしかないだろうし、彼が麒麟として潜在的に持っているはずの能力は KiKi が持っていた「日本の普通大学の文学部の卒業生」という肩書と実際のところは大して変わらなかったんだろうなぁ。  だからこそ、彼はあるきっかけを待たなければ「転変(人の形から麒麟の形に変身する)」もできなかったし
読了日:02月23日 著者:小野 不由美


風の海 迷宮の岸〈上〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)風の海 迷宮の岸〈上〉 十二国記 (講談社X文庫―ホワイトハート)
あの「魔性の子」の主人公(?)、高里君が神隠しにあっていた間、どこで何をしていたか?という物語 & この「十二国記シリーズ」の中で「麒麟」というのがどういう存在で、「麒麟と王の関係」がどういうもので・・・・・というあたりの解説にあたる作品となっています。  もっとも読了した段階で KiKi の頭を渦巻く1つの大きな疑問が置いてけぼりを食らっちゃっています。  それは、一度は十二国の世界に引き戻されて「麒麟」となり、自分が王を指名するところまで成長したはずの高里君(というより「泰麒」)が、いつ、いかなる事情
読了日:02月23日 著者:小野 不由美


月の影 影の海(下) (講談社文庫)月の影 影の海(下) (講談社文庫)
まだまだこの物語は続くので早とちりをしてはいけないと思うけれど、著者は現代社会では、そして現代社会の親の庇護下にある子供では、まったく切実感がない「人として生きる」ことの真の意味を問いかける物語が書きたかったのかなぁ・・・・・と、KiKi には感じられます。  「個性」とか「人とは違う自分(≒ 優越感)」を求めているようでいて、「異端扱い」されるのはいやで、本当に欲しいものが何かはわからないままに多くの物質を求める現代人の姿が凝縮されているのが現世に生きる陽子の姿だったのではないか?・・・・・と。  それ
読了日:02月22日 著者:小野 不由美


月の影 影の海(上) (講談社文庫)月の影 影の海(上) (講談社文庫)
この上巻は読んでいてちょっと苦痛でした。  主人公の陽子同様に、わけもわからないまま形相からしてあんまり美しくはなさそうな(というよりおどろおどろしいような)化け物相手にひたすら戦いまくっている(しかもその戦いのパワーはこれまた得体の知れない幽霊みたいな存在に憑依されたことによあって与えられている)シーンばかりで「なんじゃ、これ?」という感じ・・・・・。  でもそのうちに巧国に住む人間に騙されたりしているあたりからは、少しずつこの世界観に馴染んでいきました。  やっぱり人間(というより KiKi 個人なの
読了日:02月21日 著者:小野 不由美


魔性の子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ)魔性の子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ)
これは何とも不思議なテイストの作品ですねぇ。  どことなくホラーの香りがしつつも、ファンタジーっぽさもあって、同時に社会風刺的な骨太さもある・・・・・。  ちょっと死者の数が多すぎるのが個人的には苦手っぽいし、若干筆致の粗さみたいなものも感じられないじゃないけれど、広瀬 & 高里の心理描写には思わず引き込まれ、楽しく読み進むことができました。著者がこの物語の中で「故国喪失者」と呼ぶ「己が属するもの」を見失っている感覚は、案外誰にもある感覚のような気がします。  一般的には「家族」という群れがその「寄る辺な
読了日:02月20日 著者:小野 不由美


電子書籍の基本からカラクリまでわかる本 (洋泉社MOOK)電子書籍の基本からカラクリまでわかる本 (洋泉社MOOK)
読了日:02月19日 著者:

マグルのためのハリー・ポッター魔法百科マグルのためのハリー・ポッター魔法百科
いかにもいかにもの便乗本です。  装丁こそ可愛いけれどこの手の本はどうにもこうにも虫が好かないんですよね~。  だって簡単に言ってしまえば、第1巻~第4巻までのあらすじと、登場する人・物・魔法用語の抜粋以上でも以下でもないんですもの・・・・・。  正直なところ KiKi は斜め読みも斜め読み、飛ばし読みで「もういいや!」ってなっちゃった・・・・・ ^^;  「この内容で1,400円ってぼったくり過ぎだろう!」とさえ思っちゃったし・・・・・・。  まあ、確かに全7巻のこの物語はなっが~いので、例えば再読して
読了日:02月18日 著者:デイヴィッド・B. マウサー


幻の動物とその生息地 (ホグワーツ校指定教科書 (1))幻の動物とその生息地 (ホグワーツ校指定教科書 (1))
ハリポタの世界観そのままに、マグル世界(人間世界)と共存している魔法界という前提条件で、マグルが気がついていないだけで実は本当にある「魔法界」の、しかもあの「ホグワーツ校」の指定教科書という位置づけの本なので、ハリーがどんな授業を受けていたのかを体感できる(?)よすがの1冊という意味では結構楽しめる本だと思います。  まあ、KiKi 個人としては「幻の動物」よりは「薬草学」の本の方が嬉しかったけれど・・・・・・(笑) 低学年用(?)の教科書の割には図が少ないのがちょっと残念・・・・・。  特にこのての話
読了日:02月18日 著者:J.K. ローリング


「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻)「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻)
この物語、練りに練られたよい物語だとは思うんだけど、魔法界の人たちって基本的にどうやって食べているんでしょうねぇ??  ダイアゴン横丁で商売している人はそんなに多くもなさそうだし、ナイトバスだって山手線みたいに走っているわけじゃない。  雑誌・新聞を発行している人だって誰もが「日刊予言者新聞」ばかり読んでいることから察するにさほど多いわけじゃない。  魔法省 or ホグワーツに職を得ている人がやたら多いんだけど、それって言ってみれば「ギリシャ状態」(≒ 公務員ばっかり)ってことですよねぇ。  その割にはグ
読了日:02月18日 著者:J. K. ローリング


ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)
まだまだ最終決戦には至らず、相変わらずホグワーツの学生のまんまでいるハリーの1年間だから、正直そろそろネタも尽き果ててダラダラした物語になってしまうんじゃないかと危惧していたんだけど、(事実、学園ラブコメ的な部分はかなりダラダラだったけれど ^^;)、ダンブルドアが始めた「個人授業」がなかなか良い♪  まあ、記憶を再現する「憂いの篩」と言うヤツは胡散臭い(というよりご都合主義的)けれど、「トム・リドル」がどうして「ヴォルデモート卿」と名乗るようになったのか? とか、「闇の帝王」とか「名前を読んではならない
読了日:02月16日 著者:J. K. ローリング


ハリー・ポッターともうひとりの魔法使い ― 作家J.K.ローリングの素顔ハリー・ポッターともうひとりの魔法使い ― 作家J.K.ローリングの素顔
彼女は出版される本の作家としては新人だったけれど、人生の中でずっと物語を書き続けてきた女性だったこと。  たまたまこの「ハリポタ」を書き始める時点では1年間だけ社会福祉のお世話にならざるをえないちょっと不幸な境遇の女性だったけれど、本質的には子供時代から作家だったこと。  物語の世界を構築するために多大な準備期間があったこと。  第1作が英国のみならず米国でも販売されることになったことを契機に7作の連作ものになることが決定されたこと。  第1作を書き上げてから第2作に着手するまでにそこそこ時間があり、その
読了日:02月14日 著者:マーク・シャピロ


ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 ハリー・ポッターシリーズ第五巻 上下巻2冊セット(5)ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 ハリー・ポッターシリーズ第五巻 上下巻2冊セット(5)
この「不死鳥の騎士団」の物語のいいところの1つは現実社会の中にもある「不平等」や「差別」というものを的確に描き出しているところ、そして「集団心理」というものの醜い一面をこの「混乱期の魔法界」の動きの中に上手に盛り込んであるところだと思うんですよ。  更に言えば人は誰もが同じ価値観で生きているわけではなくて、個々人が節目節目でする選択こそがそれぞれの人生観・個性・アイデンティティというものを作り上げていく・・・・ということが描かれていることだと思うんですよね。  そして社会というのはそんな個々人の集団で構成
読了日:02月13日 著者:J. K. ローリング


ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上下巻2冊セット (4)ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上下巻2冊セット (4)
KiKi は初読の時から「11歳になるまで自分が何者なのかを知らずに育ってしまった魔法使いの男の子が、ホグワーツ魔法学校を卒業する頃にはかつて魔法界を震撼とさせた『闇の帝王』な~んていう異名を持つような大魔法使いとどうやって一対一で対決させられるようになるんだろう??」と思っていて、実は初読の際には1巻1巻の間に時間が開いていたこともあって、最後まで自分なりの答えを見つけないままにシリーズを読了しちゃって、「なんとなくご都合主義・・・・・」という印象を持ったままこの作品を一旦本棚に戻しちゃったんだけど、今
読了日:02月10日 著者:J. K. ローリング,J. K. Rowling


ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 (3)ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 (3)
本作はある1点を除いては面白いと思うんですよ。  魔法がチンケと言えばチンケなんだけど、ある意味で人間が考えだし作り出してきたテクノロジーの多くは原始生活を送っている人にとっては魔法みたいなものだし、魔法使いはなまじ魔法があるだけにテクノロジーの発展はマグル(≒普通の人間)と比較するとあんまり望めないことも伝わってきて(笑)、そこにもイギリス人のシニカル精神みたいなものを感じるし・・・・・。  KiKi にとって許せないのは今号初出の2つ目の小物、「タイムターナー(逆転時計)」を登場させちゃったことです。
読了日:02月09日 著者:J.K. ローリング,J.K. Rowling


ハリー・ポッターと秘密の部屋ハリー・ポッターと秘密の部屋
この巻で KiKi のツボだったのはあの自意識過剰ロックハート先生が書かれた教科書のタイトルです。 「泣き妖怪バンシーとのナウな休日」 「グールお化けとのクールな散策」 「鬼婆(おにばば)とのオツな休暇」 「トロールとのとろい旅」 「バンパイアとバッチリ船旅」 「狼男との大いなる山歩き」 「雪男とゆっきり一年」 ってダジャレ集じゃあるまいに・・・・・。  でもタイトルからして胡散臭さを振り撒いているあたりが何とも言えません。  それにこのシニカルさは実にイギリス人らしい(笑) もう一つちょっと感心した
読了日:02月08日 著者:J.K. ローリング


ハリー・ポッターと賢者の石 (1)ハリー・ポッターと賢者の石 (1)
映画と原作本をほぼ同時進行で楽しむっていう楽しみ方もなかなかいいもんです。  KiKi 個人は以前ブログの別エントリーにも書いたように「映像の功罪」に関してはちょっと複雑な意見を持っている人間なんだけど、ことこの作品に関しては映画に助けられた部分が多々あります。  その1つは「ホグワーツ魔法学校の雰囲気」であり、残りの1つは「クィディッチ」という彼らのスポーツのイメージです。 西洋の石造りの建物(というよりお城)の持つ、人を威圧するような雰囲気というのはそこで長時間を過ごした人間でない限りなかなか想像す
読了日:02月06日 著者:J.K. ローリング


クマのプーさん (岩波少年文庫 (008))クマのプーさん (岩波少年文庫 (008))
この物語に対する KiKi の苦手意識を育んだ第一の理由。  それはこの表紙の絵にあると言えます。  E.H.シェパードの絵そのものは素晴らしく、特に文中の挿絵として描かれている擬人化されている動物たちの絵なんかは微笑ましい限りなんだけど、どうにも苦手なのはこの表紙の絵とラスト・シーンの挿絵なんですよ。  テディ・ベアが当たり前の国ではこんな子供の姿は当たり前なのかもしれないけれど、クリストファー・ロビンに引っ張られたクマさんが頭を下に向けて階段を引きづられるなんて、それだけで許せない!(苦笑) KiK
読了日:02月06日 著者:A.A.ミルン


電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)
BookReader を購入したのはよいものの、肝心要のソフト(要するに本そのもの)を買ってみようと Reader's Store を訪ねてみても現段階での出版冊数は少ない(とくに KiKi のアンテナに引っかかってくるものは少ない)うえに、紙もインクも流通も必要ない割には高く感じられる価格設定に疑問を抱かずにはいられない昨今。  電子書籍の登場で今後何が起こり、世の中がどんな風に変わっていくのかを考えてみたくてこの本を手に取ってみました。  でもね、そういう KiKi の知りたい「これから」のことに関し
読了日:02月05日 著者:佐々木 俊尚


ファーブルの昆虫記 (上) (岩波少年文庫 (513))ファーブルの昆虫記 (上) (岩波少年文庫 (513))
最初のセミの話まではそれなりに興味深く読むことができたんだけど、コオロギ、カマキリと進むにつれだんだん辛くなり(^^;)、コハナバチでは既に苦行と化し、オオタマオシコガネ(フンコロガシ)あたりでは気を失ってしまったみたい・・・・・・(苦笑)  虫の世界の弱肉強食ぶりやら生命・遺伝の神秘やらに心を動かされなかったわけじゃないけれど、もうじゅうぶんっていう感じ?? 虫の世界の出来事をじっくりと観察し、擬人化した筆致で描いていらっしゃるファーブルさんの功績には頭を下げるけれど、嫌いというほどではないけれど「虫
読了日:02月04日 著者:ファーブル


イワンのばか (岩波少年文庫)イワンのばか (岩波少年文庫)
表題作の「イワンのばか」は子供時代に絵本で読んだきりの作品だったし、「人は何で生きるか」「人には多くの土地がいるか」の2作は、読んだ記憶こそあれどもいつ頃どんな本で読んだのかに関してはまったく覚えがなかったんだけど、子供時代に読んだ時よりも今の方が共感できるような気がしました。  少なくとも現代日本の経済社会で生き抜くためにはほとんど参考にならないお話ばかり・・・・ではあるのですけどね(苦笑) 「愛のあるところには神もいる」、「ふたりの老人」、「二人の隠者」の3作品は、「新々約聖書」かしらと感じられるぐ
読了日:02月02日 著者:レフ・ニコラーエヴィッチ トルストイ


グレート・ギャッツビー (光文社古典新訳文庫)グレート・ギャッツビー (光文社古典新訳文庫)
初読の時からこの物語のタイトル「グレート・ギャッツビー」の「グレート」とは何なのか、ず~っと考え続けています。  昔はそれが「華麗なる」だっただけに絢爛豪華に見えた中身のないギャッツビーの暮らしぶりを皮肉的に指した言葉なのかとさえ思ったほどだったけれど、今の KiKi にはこの「グレート」はギャッツビーの上昇志向、楽観主義を貫いた生き様を形容する言葉だったのかなぁと感じられます。  言ってみれば「よくやった!」「あっぱれ!」ぐらいの意味合いで・・・・・。  葬儀には誰も来てくれなかったギャッツビーだったけ
読了日:02月01日 著者:F.スコット フィッツジェラルド

2012年2月の読書メーターまとめ詳細
読書メーター

「月神シリーズ4部作」の最終作(外伝を除き)を読了しました。  う~ん、何とも不思議な読後感の物語ですねぇ・・・・・。  ま、何はともあれ、本日の KiKi の読了本はこちらです。

月冠の巫王(ふおう)
著:たつみや章 絵:東逸子  講談社

61ZR30YZR2L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

遠いはるかな昔。  月の神を敬い、すべての自然にカムイをみてくらす縄文びとと、日の神を奉じて海の向こうからやってきた弥生びとの間に、血で血をあらう烈しい争いが起こった。  信ずる神も、言葉も、生活様式も、何もかもがちがう二つの文明の相克は深く、和解はまったく不可能に見えたのだが...。  戦乱の世に平和をもたらすべく共に行動するふたりの少年たちの熱い友情と数奇な運命を、いにしえの日本を舞台に描く。  『月神の統べる森で』(野間児童文芸賞受賞)に始まる長編四部作、ここに完結。  (単行本扉より転載)

この物語。  結局のところ、主役は誰だったんでしょうか??  物語の流れからするとポイシュマっぽさが強いんだけど、ひょっとしたら登場回数は少なかったけれど最後はポイシュマと一緒にオオモノヌシになったシクイケル??  それとも準主役っぽさが漂うワカヒコ??  まあ、KiKi 自身(というより現代日本人)がワカヒコの属する弥生系の人々が持っていた文化をベースに持ち続けている民族であるせいか、結局のところ一番感情移入できた人物はワカヒコだったように思います。  対してポイシュマに関しては彼が纏う「必要以上に理想化された人物像」の胡散臭さばかりが印象に残って、ついでに彼が「美しく清らかで優しいキャラである」と連呼され続けたことによって抱くイメージと現代的に言うなら切れちゃって半端じゃない災厄を引きおこした時の落差が激し過ぎて、正直なところちょっとついていけない感がありました。  もっとも「オオモノヌシ」とはそういう存在なのかもしれないし、自然同様に「美しくも残虐なもの」であるということを著者は謳いたかっただけなのかもしれないのですが・・・・・・。

いずれにしろ KiKi にとって最後まで残念だったのは、何となくとってつけた感が漂う 善 vs. 悪の対立軸という構図で、「ムラ」を理想化しすぎる筆致だったように感じます。  扱っている主題は壮大かつ深みがあるし、配した人物のおおまかなコンセプトは悪くないとは思うんですけどねぇ。  ついでに言えば結構 KiKi 好みの世界観ではあるし・・・・・(苦笑)

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