月の森に、カミよ眠れ 上橋菜穂子

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たまたま図書館で見つけたたつみや章さんの「月神シリーズ」を読了したので、何となくタイトルからして似通っている香りをプンプンと放っているこちらの積読本を読んでみる気になりました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本(2冊目)はこちらです。

月の森に、カミよ眠れ
著:上橋菜穂子  偕成社文庫

51NM57E6YML._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

月の森の蛇ガミをひたすら愛し、一生を森で送ったホウズキノヒメ。  その息子である蛇ガミのタヤタに愛されながらも、カミとの契りを素直に受けいれられない娘、キシメ。  神と人、自然と文明との関わりあいを描く古代ファンタジー。  (文庫本扉より転載)

KiKi の大好きな上橋菜穂子先生の1991年の著作です。  実際にはその時の作品に若干の加筆・修正を加えたもの・・・・・のようです。  ところどころ唐突なところ、粗削りにすぎるところも散見されるけれど、やっぱり上橋菜穂子は上橋菜穂子だった・・・・・・そんな感じでしょうか。  と、同時に案の定、彼女の作品は KiKi の感性にドツボで嵌ってきます。  世界観としては、先日読了したばかりの「月神シリーズ」の兄弟とでも呼ぶべき世界の物語でした。  同じように「縄文文化」と「弥生文化」の邂逅の物語だし、同じように「クニ」と「ムラ」の物語だし、同じようにアニミズム的な「カミ」を扱う物語です。  でも、KiKi にはやっぱりこっちの方が心地よい(笑)

この物語をもっとも端的に纏め上げてしまうとするならば「カミ殺し」の物語で、人間が人間の都合により古より息づいていた「カミの呪縛(掟とも言う)」を断ち切るお話です。  この物語でも「縄文文化人」と「弥生文化人」が登場するけれど、そこに善悪という対立軸はなく、強いて言うならば文明の発展の中で人間は自分たちに都合の悪いもの(自然の脅威を含む)を畏れ敬い祈る対象から、征服すべきものとして排除の対象とするようになる精神性そのものを扱った物語だということができると思います。  

人は自然の一環であり、自然の中で生かされているのは事実だけど、同時に自然を食い物にしなければ生きていけない生き物でもあるということ。  人は本能だけではなく「情」を持つ生き物であり、その「情」の中に「欲」もあり、その「欲」は必要最低限のものを求めるところからスタートしてもどこかで「より多く」を求めるようになってしまう悲しい性を持つということ。  「ムラ」の人びとが「カミ」を封じ込めようとしたのはただ「自分たちが生き延びるため」に過ぎなかったはずなのに、その悪意なき選択がそれまで守り続けてきたもの、しかもそこに秘められたもっと大きな世界の崩壊への第一歩であることには気が付きようもなかったということ。  いやはや何とも深いテーマです。

人の世がどんなにかわろうと、「掟」は変えられぬ。  むしろ、今のような時のために「掟」はある。

「掟」があるということを知っていてさえ、「かなめの沼」を踏みにじったように、人は、してよいことと、いけないことが、わからぬからだ。

「掟」をいちどやぶることは、崖からちょろちょろとふきだした、湧き水のようなものだ。  しだいにまわりを削り、人にとっては、考える気にもならぬほど長い時の後に、その水におのが身を削られて、崖は崩れ去る。

現代ではどんな「掟」があったのかさえ人々の記憶にさえ留められていない「ヒト」と「カミ」の盟約。  そもそもそんなものが本当にあったのかどうかさえわからないけれど、少なくとも現代に生きる私たちは科学万能(最近でこそ懐疑的な風潮もあるけれど)の世の中で暮らし、「自然の生態系の中の一生物」というよりは「経済的動物」に変貌してしまったことにより、死生観も変わってしまったことこそがこの「掟」の意味するところなのかもしれません。

私たちは「死」を恐れ、忌み嫌い、「若さ」に価値を求めるようになってしまったけれど、そしてその「若さ」が象徴するのは動的 & エネルギッシュなものとも言えるわけで、であればこそ数に頼み(要は種としての繁栄)、進歩を求め続けてきたわけだけど、ここまで進歩してしまったのは生きとし生けるものの中で人間だけであるということに今一度思いを馳せる必要があるのかもしれません。

KiKi は今、「ムラ」ならぬ「村」で生活している時間が長いわけだけど、「マチ」の人と「ムラ」の人の大きな違いの1つは時間の流れ方、時間の捉え方だと感じています。  例えば「マチ」では誰もが第二次産業・大三次産業に従事し、自分の一生を何とか生き抜こうとしています。  その自分の一生の中に辛うじて「子育て」という時間が存在し、同じように「親の介護」という時間も存在し、その自分が直接的に手を下す行為によって縁(えにし)を感じています。  でも常に主役は自分であって、自分と言う「個」が確立されることを大切にしている・・・・・そんな風に思うんですよ。  

「マチ」の人のお墓は「霊園」とか「墓苑」と呼ばれる整備された公園チックなところにあって、見た目は綺麗なんだけどそこは今生きている人の日常とは物理的に切り離されたところにあって、多くの人はお彼岸ぐらいしかお参りしなかったりもします。  まあ、そんな人ばかりとまでは言わないけれど、少なくとも「マチ暮らし時代のKiKi」 は年に一度お墓参りをすればいい方で、下手をすると2~3年ご無沙汰な~んていうのも当たり前の生活をしていました。

でもこの「村」で農業を営んでいるお年寄りの生き方を見ていると、自分を「個」と捉えると言うよりは「節」と捉えているような気がするんですよね~。  そして自分が生きている間の食い扶持・生活設計を考えると言うよりは、自分が顔を見るチャンスさえない子孫のことを考えて日々の営みが編まれている・・・・・そんな気がすることが多いんです。  土地を耕しその土を活かし続ける(地力を上げる)のは来年の恵みのためのみならず、ひょっとしたらもはやそんな農地を継いでくれる気はないかもしれない血の縁で結ばれた自分ではない誰かのためだったりもするんです。  

お墓も身近なところにあって、花屋さんで売っているような豪華な花ではないけれど野に咲く野草を束にして日常的にお参りをし、ご先祖様に多くを感謝し子孫の繁栄を切に祈る。  そんな姿に人は生きている間は長い1つの流れの中の節であり、死ねば土に還りその土のある土地の守り神となり子孫を見守るという死生観のようなものを感じるし、その死生観こそが「掟」なのかもしれない・・・・・そんなことを感じました。

考えてみれば現代に生きる私たちが「聖域扱い」しているのはいわゆる「プライベート・ルーム」で閉ざされた世界だったりします。  見るからに人を拒絶するドアがあり、下手をするとそのドアには鍵がかけられ、可愛いトールペイントの札なのか厳めしい金文字の札なのかは別としてそこに「社長室」とか「KiKi の部屋」とか「勝手な入室禁止」な~んていう文字が書かれていたりします。  でも太古の時代の聖域っていうのはそこに至る道のりは険しいかもしれなくてももっとオープンで、下手をするとふとした間違いで踏み込んでしまいかねないような場所だったりもします。  そういう場所に神聖なもの、この世ならぬものを感じる気持ちというのも失われつつあるような気がしないでもありません。

私たちは「苦しいときの神頼み」さながらに、「カミ」と言えば自分にご利益を与えてくれる存在を期待しがちだけど、それって人間の身勝手以外の何物でもなくて、「カミ」にしてみれば「人間に都合の良いことばかりしていられるか!」と一喝したい気分なのかもしれません(苦笑)。

私たちが自分のためによかれと考えて悪意なくする選択が考える気にもならないほど長い時を経た後に自分の血を分けた顔も名前も知らない子孫(もしくは日本人という民族)に災いを及ぼすことになるのではないか?な~んていうことは考えたこともないという事実。  その事実を突き付けられ、今はまだこの物語の中のタユタが言う崖が崩れ去っていないことを願う気持ちが膨らむ・・・・・そんな読後感でした。

 

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2012年3月 2日 11:52に書いたブログ記事です。

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