水の伝説 たつみや章

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たつみや章さんの「神様三部作」の最終作。  この方の作品はファンタジーと言いつつも若干説教臭さが強いのが珠に疵だと思うんですけど、日本の伝承を扱っているファンタジーということでは楽しめる内容のものが多かったように思います。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

水の伝説
著:たつみや章  講談社文庫

51-SzarXVeL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

東京の学校になじめず、白水村に山村留学した内気な小学6年生、光太郎。  最初は戸惑っていたものの、少しずつ村の生活になじみ始めた矢先、運命が一変する。  川で不思議な生き物を助けたその夜、自然を司る龍神の怒りを鎮める役を担うことになり...。  少年の成長と、自然の尊さを描いたファンタジーの名作。  (文庫本裏表紙より転載)

著者が一連の作品群で訴えたいポイントなんだろうと推察される「上から目線ではない自然保護・環境保護」については、切実に伝わってくる物語だったと思います。  東京で登校拒否 & 引き篭もりになってしまっていた光太郎君が初めて持つことができた友達(と言っても前半はまるで保護者だけど 苦笑)の龍雄君が「僕は山を守る人になる!」という決心をしたというのもと~っても尊い大切にしてあげたい考え方だと思うんです。  でも、今現在、Lothlórien_山小舎をメインの生活の場としている KiKi にはそれでもこのお話がある種「綺麗ごと」に感じられちゃうんですよね~。

この物語が書かれた1995年当時は今とはまた状況が異なったということもあるんだろうと思うけれど、今、この村付近の林業の実態を考えると「山を守る人になる」という理想と現実の生活との乖離に絶望的な想いを一層強く感じずにはいられません。  

例えばこの物語では龍雄君の家が育てていた(そして山崩れで流されてしまった)立派な杉の木はそれ一本で東京で働くサラリーマンのボーナスぐらいの値段になったらしいけれど、今では国産の杉建材はそんなに高値では売れなかったりします。  Lothlórien_山小舎を建てた土地には KiKi が購入する前はヒノキが何本も植えられていたんだけど、そのヒノキも二束三文にしかならなかったと聞いています。  現代人はそういう杉やヒノキといった建材よりも「新建材」と呼ばれる加工材やら輸入物の建材、さらにはコンクリートやらモルタルで作った家ばかりを建てるようになってしまったので、市場価格が暴落してしまっているというお話を聞いたこともあります。  

この土地に植えられていたヒノキも植えた時点では何十年も先になれば1本あたりサラリーマンのボーナス分ぐらいにはなることを夢見て(?)植えられたんだろうと思うけれど、結局は国産材の価値が下がるにつれ採算の目途が立たなくなった(何せ売れる木材に育つまでの期間が長い!!)とのことで、本来なら植林され、人の手が定期的に入れられる林だったはずなのに、KiKi がこの土地を見に来たときには見放されてもう何年も放置されっぱなしの荒れた森状態でした。  因みにそのヒノキ林になる前は畑だったのだそうです。  

その畑の持ち主だった地元酪農家のHさんが、自宅からはちょっと距離があるうえに、農作業の人手が減ってしまったために畑としてはもうメンテしきれない(彼らには自宅近くに別の畑もあるうえにメインの生業は酪農です)という状況になってしまった時に、遊ばせておくのも何だし、仮に遊ばせておいたとしてもどうせ草刈りの手間は必要になってしまうからそれならば畑よりは手間が少ない(畑だと毎年耕して、作物を植えて、施肥やら草刈りをして、収穫をして、又耕しての繰り返しだけど、林だったら少なくとも耕す手間と収穫の手間は減る)山林に・・・・と植林当時は建材として人気のあったヒノキを植えたのだそうです。  でも植林してから何年か経つと建築事情が大きく変わってしまい、ヒノキと言えどもそうそうは需要がない時代を迎え、結果的に放置林となっていたっていうわけです。  下世話な言い方をするなら、彼らはヒノキ林で投資した分で発生した大損を KiKi に土地を売ることでようやく回収した・・・・・とまあ、そういう状況だったんですよね~。 

KiKi が初めてこの村に足を踏み入れた時、この村の醸し出す雰囲気に何とも言いようのない安らぎと郷愁を感じ、「ようやく見つけた!」とさえ思ってここに終の棲家を作ろうと考えるに至ったわけだけど、この村で過ごす時間が長くなるにつれて感じるのは、KiKi 自身は都会でそこそこの期間働き、それなりの蓄えを持ってここにきて「いいとこどり」の生活をしているわけだけど、この村で生まれ、育ち、結婚し、子育てをしている KiKi と同世代の人は、現在の経済社会の中では KiKi には想像もできないような経済的な苦労を伴いながら、日々の生活を営んでいるんだなぁということです。

食べて住むだけだったら、なるほど村での生活は十分に営むことができます。  でもそれは自分が育てた野菜やらお米やらを食べるからだし、牛乳や卵といったものも都会のスーパーなんかで買うことを考えたらかなり安価で入手することができるからです。  ここのような山村だと塩は買わなくちゃいけないけれど、味噌・醤油の類は自家製のものを食べることで事足ります。  家はオシャレなリビングとか重役室みたいな書斎さえ欲しがらなければ、ご先祖が残してくれた家に住み続けることによって何とかなります。(修繕にはそれなりにお金がかかるけど・・・・・ ^^;)  

着るものに関しては、都会的なファッションセンスのもの、仕立ての良いものに拘らない限りは林業であれ農業であれ何とか調達することもできるような気がします。  実際、KiKi はこの付近で洋服を買ったとき、それまで KiKi が都会で買っていた洋服との価格差に愕然としたものでした。  但し、それらの洋服はお洗濯には弱かったり、すぐにクタっとしちゃったり、色落ちの仕方が半端じゃなかったりという欠点もあるんですけどね(苦笑)。  でもまあ、そんなことは大した問題じゃありません。  KiKi が思うにもっとも大変なのは子供の教育費で、「義務教育」だけで充分とするなら何とかならないでもないのだろうけれど、普通高校・四年制大学に進学させてやりたいと考えた瞬間に村の多くの人たちは誰もが経済的算段に悩むようになってしまう、そんな気がするんですよね~。  

ましてそんな子供たちが結婚して孫でもできたら、やれ乳母車(現代的にはバギーと言うべきか?)だ、やれチャイルドシートだ、やれベビーベッドだと、ろくにない現金収入の中から「祖父母の役目」を人並みに果たすことを考えなくちゃいけません。  昔のように手編みの籠に車輪をつけただけの乳母車っていうわけにはいかない時代になっちゃっているんですから・・・・・・・。

この物語の龍雄君は、光太郎君と一緒に龍神さまや山姫さまと遭遇するという事件さえなかったら、「四年制の大学に進学して、都会でサラリーマンになって、マンションで暮らして・・・・・」という自分が経験したことのない、TVで見る一見華やかそうな生活に憧れていたという設定になっています。  もちろん彼には都会の厳しさみたいなものは恐らく一切見えていなくて、「カッコイイ」部分しかわかっていなかっただろうし、光太郎君のように精神的に追い詰められる人もいるということには思い至っていなかっただろうとは思うけれど、少なくともその道を選ぶ限りにおいては恐らく「山を守る人」になるよりもはるかに経済的に安定した生活が営めたことだけは事実だろうと思うんですよね。

でも、彼が小学校6年生にして下した「山を守る人になる」という尊い決断は、少なくとも経済的にはかなり苦しい道を選択したことになってしまうのは必須(≒ 要するに金にならない)なわけで、そんな彼の決断を「良かったね♪」とは素直に言い切れない KiKi がいます。  もちろんいかに技術が進んだ現代であっても「山を守る人」は必要だと思うし、龍神さまや山姫さまと心を通わすような人間が今も生き残っているとしたらそれはそれでものすご~く素敵なことだとは思うけれど・・・・。

こういう物語を読んで、龍雄君の決心を素直に喜べないのは、それだけ KiKi が都会ズレしている証拠でもあるけれど、現代社会全体がここまで経済主導的な社会である以上、哀しいけれどそれが現実だと思うんですよね。  そして、この2つの折り合いの付け方な~んていうのはかなり賢い人、知恵者が頭をひねったからと言ってそんなに易々とは答えが見つけられるものではないような気がします。  少なくとも KiKi 自身は都会で暮らしている時、こういう村で暮らしている人たちのことを「自分でその道を選択した人たち」と自分の生活とはある意味切り離して考えていましたから・・・・・。  

都会を離れた今、現代日本では林業というのは農業以上にさびれた産業になってしまっていると KiKi は感じています。  でもさびれてしまった第一の原因は神様を蔑ろにしたからではなく、林業では子供を大学まで出してやる稼ぎが得られないからというのが本当のところなんだろうと思うんですよね。  稼ぎを優先したそのこと自体が神様を蔑ろにしたということなのかもしれないけれど、同じ国に同じ時代に生まれたにも関わらず、一方では教育を潤沢に受けられる人がいて、他方にはその機会を得ることさえ困難な人がいるとするならば、神様どころじゃない!となってしまうのは仕方のない事だと思うんですよ。  少なくとも狩猟採集時代の人にとって神様は「荒ぶれる神でありつつも生命や食料や資材を与えてくれる神」でもあったけれど、現代社会では神様が与えてくれるものだけでは満足しきれないところまで人間は発展してしまったのですから・・・・・・。  

昔の人が大切にしてきた民話やら神話、私たちが暮らす身近な所でそこかしこに住まう八百万の神様を畏れ敬う気持ち、高度経済成長期に「科学的根拠のない迷信」と切り捨てられてしまってきた日本人の精神性を再発見するという意味では素敵な物語・作品だと思うけれど、「じゃあ、私たちは明日からどうすればいい??」という部分では、あまりにも綺麗ごとにすぎるためにどうしても食い足りない作品になってしまっている・・・・・・そんな感想を持ちました。


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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2012年3月 7日 11:58に書いたブログ記事です。

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