2012年6月アーカイブ

チクチク作業邁進の煽りを食らって(?)、ちょっと時間がかかってしまった「逆説の日本史」読書。  ようやく第6巻を読了しました。

逆説の日本史 6. 中世神風編 ‐ 鎌倉仏教と元寇の謎
著: 井沢元彦  小学館文庫

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「神国」ニッポンは元冦勝利の"奇蹟"により何を失ったのか?!  鎌倉幕府滅亡の背景を掘り起こしながら、責任の所在が曖昧で、危機管理能力が欠落しているという現代日本の病巣の淵源を明らかにする。  昨今の有事論争をまつまでもなく、この国の今を生きるものにとって示唆的な警世の書、待望の文庫化。
第1章:鎌倉以前の仏教編
第2章:浄土門の聖者たち編
第3章:道元と日蓮編
第4章:元寇と日本人編
第5章:後醍醐天皇の野望編
第6章:後醍醐天皇の新政編  (文庫本裏表紙より転載)

日本が世界最強の元に勝てた最大の原因は、鎌倉武士の奮戦でも「神風」でもない。  大陸と日本の間に海が存在した、ということなのである。  モンゴル騎兵の最大の弱点が「海」であった。
後醍醐天皇は、宋学という当時最先端の「輸入経営哲学」によって、日本を改造しようとし失敗した。  日本の学者は、後醍醐の性格に問題ありとする人が多いが、むしろ後醍醐の「政治理念」が日本の根本的な統治理念である「血統信仰」に抵触するものであったことが、新政失敗の最大の原因ではあるまいか。  (文庫本表紙より転載)

冒頭で KiKi は「チクチク作業邁進の煽りを食らって(?)、ちょっと時間がかかってしまった『逆説の日本史』読書。」と書いたけれど、今回の読書に時間がかかってしまったのにはそれ以外にも理由があります。  それは冒頭3章の仏教の歴史を俯瞰した部分で、ここの内容が仮に著者が言うように「表層的」であったにしても実に読み応えのある部分だったからです。  著者が歴史学会のお歴々をメッタギリにして悦に入っている感もあるこのシリーズの中で、それらのちょっと過激な(に見えなくもない)権威筋に対する攻撃性がなりをひそめ、KiKi には極めて読みやすい文体(要するに著者の自己主張の薄い文体)で要約してあり、読み飛ばす余地がほとんどなかったんですよね~。

対して後半3章は「逆説の日本史スタイル」に戻ろうと抗っている感がそこかしこに見られ、文章自体もかなり粗雑な印象を受けます。  そうであるだけに、後半3章に入って「斜め読み体制」と言うか「読み飛ばし体制」に逆戻りし、そこからは一気に読了した・・・・・そんな雰囲気がなきにしもあらず・・・・です。


昨日もチクチク作業に精を出したため、読書の方はあんまり捗りませんでした。  その代わり・・・・・と言っては何ですが、ユーキャンの講座の方は受講期間中に何とか全作品を仕上げられる目途(というより予定)を建てることができました。  講座受講時にいただいていた「作品完成の目安の日数表」があるのですが、それによると辛うじて何とかおさまりそうな雰囲気なんですよね~。  ま、そのためには昨日のエントリーでご紹介した「ステンドグラスのタペストリー」を今月中に仕上げ、来月早々には次の課題である「ナインパッチのトートバッグ」に着手しなくちゃいけないんですけどね。  後は例の腰痛がぶり返さないことを祈るばかり・・・・です。

・・・・とここまで書いて、昨日予定表を作成した時点で、秋の一大イベント、稲刈りをまったく計算に入れていないことに気が付いてしまいました ^^;  う~ん、やっぱり無理なんだろうか???  ま、ここから先、どこまで前倒しで作業ができるか?に全てがかかっている・・・・・ということなのかもしれません。  で、そんな先のことはとりあえずちょっと横に置いておいて、本日の KiKi の BGM をご紹介したいと思います。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第8番 Op. 59-2 「ラズモフスキー第2番」
シャルプラッテン TKCC-70012 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

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(毎度のお断りではありますが ^^;)因みに、このCDは今では廃盤になっていて、リマスタリングしたこちら(↓)が現在の定番商品になっているみたいです。

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ベートーヴェン中期のカルテットの傑作、「ラズモフスキー四重奏曲集」の第2曲です。  初期の6部作から5年間の沈黙(弦楽四重奏曲というジャンルに関して)を経て、ドド~ンと世に出てきたのがこの3部作です。  その5年の間に彼はあの有名な遺書を書いたり、当時の常識では考えられないような交響曲の傑作「エロイカ」を書き、ピアノソナタの分野では「ワルトシュタイン」やら「アパショナータ」という超有名曲を書き、ヴァイオリン・ソナタの分野では「クロイツェル」を書いています。  いわゆる「傑作の森」と呼ばれる時代です。

そんな中で産み落とされたカルテットだけに、それまでの「耳にやさしい」「サロン風の」「お食事の邪魔をしない」音楽からは脱皮し、「雄弁な」音楽となっています。  曲の規模という意味では「ラズモフスキー第1番」には及ばないこの第2番。  一番大きな特徴は、3曲の中で唯一の短調の音楽ということではないでしょうか??

  

昨日はあまり読書が捗らなかったので、最近のサイクルどおりの読書エントリーを書くことができません。  因みに、昨日の読書が捗らなかった最大の理由はコレ(↓)なんです。



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昨年末からず~っと放置しっぱなしだったこのユーキャン通信講座の課題を何とかしようとチクチク作業に邁進していたんですよね~。  今回、久々にこの課題に手をつけてみて発見したことがあるんです。  それはね、さすがにあのベビー・キルトでキルティング修行をしたせいか、以前に比べるとキルティングという作業にずいぶん慣れてきたみたい・・・・・(笑)ということです。  心なしか縫い目も昨年末までに作業し終えていた部分と昨日進めている部分では細かさが違うような気がしないでもない。  (← 確信までには至らないし、相変わらず一目一目しか進めないんだけど・・・・・ ^^;)  

こうやって修行(?)していくといずれは楽々とキルティングができるようになるのかなぁ??  でも、仮にそうなったとしてもその頃には KiKi の視力は縫い物には耐えられなくなっているんだろうなぁ・・・・・(ため息)

そしてもう一つ、KiKi が気づいた(というより確信しちゃった)こと。  それはね、KiKi はこの課題のようなタイプのステンドグラス・キルトとかハワイアン・キルトとか、技巧を凝らしたタイプのカテドラル・ウィンドウみたいな種類のパッチワーク・キルトにはあんまり興味がないということです。  要するに KiKi はこのテの実用性のない、装飾系・技巧系のモノを作ることにはそんなに興味がなくて、それよりはもっとシンプルに、クラシカルなパターンを使って、実用品を作ることに興味があるんですよ。


今日は最近のルーティンからすると、「ベートーヴェンのSQの日」です。  ここで期待(?)を大きく裏切って別の話題に持っていければいいんですけど、作品18の6曲目だけを残して・・・・というのも後味が悪そうだし、何よりもう選曲しちゃってこの曲がスピーカーから流れちゃっている以上、それを無視するわけにもいきません。  ま、てなわけで本日の KiKi のBGMはこちらです。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第6番 Op. 18-6
シャルプラッテン TKCC-70657 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

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(毎度のお断りではありますが ^^;)因みに、このCDは今では廃盤になっていて、リマスタリングしたこちら(↓)が現在の定番商品になっているみたいです。

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ベートーヴェンという作曲家を語る際、彼の作品を創作時期に沿って「前期」「中期」「後期」と分けて語られることが一般的になっています。  それぞれの時期を簡単に総括するなら、ハイドンやモーツァルトが築き上げたある種の「完成形」を継承し、そこから創作活動をスタートさせたのが「前期」。  その「完成形」の更なる高みを上り詰めて、そこから己の音楽を語り始めたのが「中期」。  語り尽くした消耗感・・・・・のようなものを克服し、古典派のスタイルから完全に脱却し深い瞑想と思索、同時に幻想的な世界に踏み入ったのが「後期」という感じでしょうか。  その3期のうち、この作品18のカルテットは「初期」に位置する音楽なわけで、そうであればこそベートーヴェン節がまだまだ淡白な作品集となっています。

もちろんその6曲もそれぞれがそれぞれの個性を持っているわけですが、「実際のところこの6曲がどんな順番で創作されたのか?」を辿ってみると「なるほどなぁ。  ベートーヴェンはこの時期、進化し続けていたのね」と感じること間違いなしだと思うんですよね。

第1巻から「怨霊信仰」「言霊信仰」をベースに話が進んできた感のあるこの「逆説の日本史」。  さすがに武家政権の誕生という時期になると「それだけでは話が進まない」状態になってくるのは自明の理です。  何せ人を殺すことにためらいを持たない(持ってばかりもいられないと言うべきか)武士の時代に「怨霊」を怖れてばかりいてはいられないわけでして・・・・・。  「さて、どうなる井沢節?」という興味に引っ張られ読了したのがこちらです。

逆説の日本史 5. 中世動乱編 - 源氏勝利の奇蹟の謎
著:井沢元彦  小学館文庫

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源氏はいかにして平家を打倒し、武士政権を樹立していったのか。  その解明の鍵は、"源源合戦" にあった。  また、義経は「戦術」の天才でありながらも頼朝の「戦略」を理解することができなかった。  日本人が八百年にわたって錯覚してきた『平家物語』、そして「義経伝説」の虚妄を抉る。
第1章:源頼朝と北条一族編 - 「源源合戦」「幕府成立」を予見した北条時政の謀略
第2章:源義経と奥州藤原氏編 - "戦術の天才" 義経が陥った「落とし穴」
第3章:執権北条一族の陰謀編 - 鎌倉「幕府」を教える歴史教科書の陥穽、 ほか全5章。  (文庫本裏表紙より転載)

幕府政治というのは、公家たちの律令政治に対するアンチテーゼであった。  その根本は、律令政治が結局実務的には「何もしない」コトダマイズム(= 空想主義)の政治であるのに対し、幕府(武家)政治というのはリアリズム(= 現実主義)にのっとった政治である、ということだ。  では、武士たちの現実主義とは最終的には何を指すのかといえば「汗水たらして開拓した土地はその開拓者のものだ」ということだ。  この「一所懸命」によって鎌倉幕府は、そして武家政治は、作られたのである。  (文庫本表紙より転載)

一般的日本人にとって、平安時代から鎌倉時代への転換の一大イベントと言えば「源平合戦」という認識が強い中、実はこれは「源源合戦」だったというのはちょっとした驚きの視点でした。  よくよく考えてみると木曽義仲と源九郎義経の話を知識としてちゃんと認識していたにも関わらず、その部分に関してはさほどじっくりと考えたことのなかった我が身を省みて、ちょっと情けなくなったりもして・・・・・(苦笑)

ただ、その後しばらく続く「頼朝は実は単なる神輿に過ぎない」という話とか「戦術には長けていても戦略には無頓着の義経」という話に関してはちょっぴり冗長に感じてしまいました。  少なくとも KiKi にとってはそこらへんの認識は決して新しいものではなかった(既に人口に膾炙されていると認識していた)からです。  鎌倉時代においてなぜ源氏が3代で終わってしまったのか?というあたりにしても・・・・・です。  そんな中で秀逸だと感じたのは鎌倉幕府の体制図を持ち出し、実際にはその体制図に描かれている組織・・・・というか機能・・・・というかが同時並列していた時期はないに等しかったというくだりで、なるほど、それまでにない体制を作るということはそういうことなんだろうなと納得させられてしまった気分です。

ようやく完成しました!!  KiKi の初挑戦、ベビー・キルト。  途中、思ってもいなかった腰痛に悩まされ長時間椅子に座っていることができなくなって、中断を余儀なくされ、結果出産にはまったく間に合わなかったあのベビー・キルトでございます。  7月初旬には「お食い初め」が予定されていて、せめてその時までには!!と頑張っていたのですが、ようやくこれで肩の荷が下りた感じがして、ちょっとホッとしています(笑)  では、さっそく、お披露目なんぞ・・・・・

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これ以上近づいちゃうと、歪んでいるところやら縫い目が荒いところ、角がぴっちりあっていないところ、ちょっと布がつってしまっているところ等々アラが見えちゃって反省することしきり・・・・・なんですけど、何はともあれ作品が1つできあがるというのは嬉しいモンです。

で、この完成に気を良くした KiKi は無謀にも又、ベアーズ・ポーさんからこちらのキット(↓)を購入してしまいました。

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今回のベビー・キルトは結局手元には残らないので、こちらは自宅使い用ということで以前から汚れが気になっていた布製のソファにこの写真と同じように敷くために作ってみようと思っています。

もっとも・・・・・・

ベビー・キルトに着手して以来、まったく手つかずになってしまっているユーキャンの通信講座の課題にも取り組まなくちゃいけません。  あちらは来年の3月までという期限付きのうえ、まだ課題製作が5つ(うち1つはキルティングの途中で止まっています ^^;)も残っているんです。  期間延長できないんだっけかなぁ??  

幸い(?)今日は雨模様のお天気なので、今日の午後は引き続きせっせとチクチク作業に精を出したいと思っています。      


最近は「逆説の日本史 Review」と「ベートーヴェンのSQ Review」エントリーの間を行ったり来たりしている感のあるこのブログ。  恐らく近日中にはこのループから外れて、忘れかけていた「ベビー・キルト・エントリー」が Up できるんじゃないかと思っています。  一応、細々と・・・・ではあるんですけど、予定完成日を大幅に遅れながらも製作は続行していたのです。  ま、それはさておき、本日の KiKi のBGMはこちらです。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第5番 Op. 18-5
シャルプラッテン TKCC-70012 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

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この曲、実はあんまり好きじゃないんですよね~。  ベートーヴェンらしさが極めて薄いうえに、どうもこうパッとしないんですよ。  別の表現を使うならどことなくドン臭い・・・・というか、粗野・・・・というか(苦笑)  もともとベートーヴェンの楽曲にはモーツァルトの優雅さ・洗練といったものは期待できなくて、KiKi もハナからそんなことは求めちゃいないんだけど、第1番から第4番までで提示してくれていた「ベートーヴェン節の萌芽」みたいなものをどっかへ置き忘れてきちゃったような感じがしてねぇ・・・・。

とは言っても第3楽章の変奏曲はさすが「変奏曲の名手、ベートーヴェン」っていう感じがするんですけどね。  でも、ものすご~く正直なところ、他の楽章はいただけない・・・・・。  パーツというか、構成要素の一つ一つは悪くない(発展させがいがある)と思うんだけど、目指しているゴールが不自然と言うか、こなれていないと言うか、そんな印象なんですよね。


相変わらず、くどくてまどろっこしい文章なんだけど、それでも気になって先を読み進めちゃうんですよね~。  この文体は本音の部分では大嫌いなはずの KiKi なんだけど、それでも先を読みたいと思うのは、このシリーズに書かれていることの正誤はともかくとして、とかく「政治史」、「人物史」に偏りがちな歴史本の中では、珍しく文化史的、思想史的、民俗史的なアプローチをとっているということに惹かれるものがあるからなんだろうと結論している今日この頃です。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

逆説の日本史 4. 中世鳴動編 - ケガレ思想と差別の謎
著:井沢元彦  小学館文庫

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日本人の「平和意識」には、ケガレ思想に基づく偏見があり、特に軍隊というものに対する見方が極めて厳しく、「軍隊無用論」のような世界の常識では有り得ない空理空論をもてあそぶ傾向が強い。また、なぜ世界でも稀な「部落差別」が生れたのか。差別意識を生むケガレ忌避思想を解明し、その精神性の本質に迫る。
第1章:「古今和歌集」と六歌仙編 - "怨霊化" を危険視された政争の敗者
第2章:良房と天皇家編 - 平安中期の政治をめぐる血の抗争
第3章:「源氏物語」と菅原道真編 - ライバル一族を主人公にした謎、 ほか全7章  (文庫本裏表紙より転載)

ケガレ思想は、怨霊信仰・言霊信仰と共に日本が生まれた時からあり、日本人の思想と行動に甚大な影響を与えている。  そして、その最も重大な影響とは何か?  それは、ケガレは「差別」を生むということなのである。
逆に言えば、日本人にとって真の「平和運動」とは、軍事力を一切排除すること、になる。  とにかく何が何でも軍隊を廃止さえすれば、平和は実現すると信じることにもなる。  軍隊という「平和を害する」ケガレさえ除去すれば、キレイな平和つまり真の平和が実現することになるからである。  しかし、これはまったくの迷信であり、事実としても間違っている。  少なくとも、これまでの歴史における平和というものは、日本人の忌み嫌う「ケガレ」た手段によって実現されているのである。  (文庫本表紙より転載)

このシリーズを読んでいて痛切に感じるのは、「やっぱり週刊誌の連載記事だった本なんだなぁ」ということです。  と言うのもこのシリーズを読んでいると、連載当時のTVやら新聞やらでどんなことが騒がれていて、どの政党が政権を取ってどんな政治を行っていたのか?がそこかしこに見え隠れするんですよね~。  で、その時点で著者がどんな立ち位置で何を考えていたのかはそれこそ鬱陶しいほど力説されているんだけど、テーマとしている話の焦点がボケがちと言うか、置いてけぼりを食らいがちと言うか・・・・・。  もちろん最終的にはそのテーマに戻ってくるし、それなりの結論は出ているんだけど、読了後に強く印象に残るのはクドクドと語っていた「時事的話題」になってしまう・・・・・。

歴史現象と現代を比較して、日本人という民族が持っているある種の特質についてあれこれ考察するという著者の姿勢には感銘を受けるし、目の付け所も面白いと思うんだけど、その自己主張があまりにもくどいために「歴史考察としてのバランス」を著しく欠いていて、逆に彼が主張する仮説そのものまでもが胡散臭く感じられちゃう(要するに自分の主張を強弁するためのぶっ飛び仮説に見え始めてしまう)副作用を読者に与えているような気がします。  

そういう意味では話は面白いんだけど酒癖のやたら悪いオヤジにつきあわされて、ご高説を延々と聞かされる羽目に陥って、結構うんざりしてしまっていて、とは言いつつも、ところどころに入る「トリビア的話題」だけはやたら面白くて、次に誘われたらきっと又一緒に飲みに行っちゃう(但し、「トリビア的話題」以外のところは聞き流しておけばいいや・・・というスタンス)んだろうなぁと思っている・・・・・というのと近い感覚で、このシリーズを読み進めているような気がします(苦笑)

今日は久々にくっきりと晴れ上がった青空で気持ちのよい朝を迎えています。  姦しい鳥たちの囀りの中、車やら草刈り機やらチェーンソーやらのモーター音がこの静かな村にも響き渡り、人も動物も活動再開!といった風情です。  ま、そんな清々しい気分の中、本日の KiKi のBGMはこちらです。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第4番 Op. 18-4
シャルプラッテン TKCC-70012 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

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ベートーヴェンらしさが段々濃厚になってきました(笑)  ま、それというのもことこの曲に関しては「ベートーヴェンの運命の調性」とも呼ばれているハ短調の音楽であるっていうことが最大の要因なんですけどね。  ベートーヴェンご本人がどの程度意識されていらしたかはさておき、後世の人は「モーツァルトと言えばト短調、ベートーヴェンと言えばハ短調」とでも言いたげに評論しておりまする。  ま、他人事みたいに言ってますけど、実際 KiKi 自身、「あ、この曲。  たまんない!!」と幼心にも感じた彼らの音楽はモーツァルトならト短調、ベートーヴェンならハ短調というのはあったりもするんですけどね(苦笑)

そもそも子供時代の KiKi がベートーヴェンのハ短調に嵌ったきっかけは、「月光ソナタ」であり、「悲愴ソナタ」であり、「運命交響曲」だったのは間違いのないところです。  この調性の持つ「陰鬱さ」「翳りのある寂しさ」「暗さの中にほの見える愛らしさ」「抑えようのない怒り」みたいなものが夢見る夢子ちゃんだった KiKi のハートにグッサリと突き刺さったものでした。  そして、長じるにつれ彼が抱えていた耳の疾患を知り、家庭内トラブルを知り、貴族の令嬢に惚れては振られるを繰り返すダメ男ぶりを知り、そんな楽聖の素の姿に重なるものを感じたものでした。

 

内容自体は面白いと思いつつも、著者の学会に対する攻撃性にちょっと辟易としている感もあるこのシリーズ。  とは言ってもせっかくそこそこの巻数を揃えちゃっていることだし、目の付け所には興味もあり(それは副題にも表れていたりもして)、さらに読み進めてしまっています。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

逆説の日本史 3. 古代言霊編 - 平安建都と万葉集の謎
著:井沢元彦  小学館文庫

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「軍隊と平和憲法」論争の原点は平安京にあった ‐ 意表を衝く問題提起の根底にあるものとは、「天皇(家)および平安政府の軍備放棄というのは、日本史上極めて重大な、エポックメーキングな出来事である」(あとがきより)なぜか、著者はその理由の一つは「言霊」であると説く。  日本人固有の言霊信仰という新たな視点から、日本史の真実に迫る。  第1章:道鏡と称徳女帝編 - 愛人騒動をデッチ上げた「藤原史観」  第2章:桓武天皇と平安京編 - 遷都を決意させた真相と風水説  第3章:「万葉集」と言霊編 - 誰が何の目的で編纂したのか  (文庫本裏表紙より転載)

船岡山という山は標高120メートルしかない。  山というよりはまさに「岡」だ。  平安京の中心線がこの山を通っているということは、平安京が「四神相応」つまり風水説によって設計された都であることを示しているのだ。
「平安遷都」は政治史で「万葉集成立」は文化史で扱う - これはマチガイなのである。  なぜなら、日本の政治、特に古代から中世の初め頃までの政治は「呪術政治」であり、それゆえに政治と文化はきっちり分けられないのだ。
国家に対して不満を抱いている人、もっと具体的にいえば「あの人達は無実なのに死刑にしたのは不当だ」と考える人にとっては、無実で死んだ人達の歌を語り伝えることは、「反逆」ではなく「鎮魂」になる。  (文庫本表紙より転載)

井沢氏の文体に慣れてきたせいか、はたまた先の2巻と比較すると「学会批判」の分量及び舌鋒が緩んできたせいか、この巻に関しては比較的楽しく読み進むことができました。  相変わらず話があっちへ飛んだりこっちへ飛んだりもするけれど、それも KiKi にとっては許容範囲と感じられる程度になってきたようにも感じます。  少なくともあっちこっちへ飛んでようやく本論に戻ってきたときに最初の2巻では時折感じた「矛盾のようなもの」がほとんどなく読了することができたと思うんですよね。

それに今回のお話はテーマがなかなか良かったと思うんですよね。  称徳天皇 & 道鏡の名誉回復(?)の話も説得力があったし、平安京が怨霊からのシェルターとして建都されたという話(ついでに同時代に行われた蝦夷征伐を「鬼門」という考え方になぞらえる話)も「なるほど、言われてみれば確かにそうだったかもしれない」と思わせるものがあったし、そして何よりも説得力があったのは万葉集について書かれた部分でした。


一昨日の台風の影響でLothlórien_庭先農園のあちこちに被害の爪痕が残っています(涙)  その状況をレポートしようかなぁと思わないでもなかったのですが、何だかそんな後ろ向き・・・・というか、悲しい様子をわざわざ写真にとって文章にするというのも何となく自虐的で嫌だなぁ・・・・と。  ま、てなわけで本日はクラシック音楽関係のエントリーにするこにしました。  本日の KiKi のBGMはこちらです。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第3番 Op. 18-3
シャルプラッテン TKCC-70011 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

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この曲、第3番という番号が付されていますが、実際には楽聖ベートーヴェンが作曲した最初の弦楽四重奏曲です。  弦楽四重奏曲というジャンルの中での最初の1曲ではあるものの、この時までに彼は室内楽の分野で、多くのピアノ・トリオや弦楽三重奏曲、三つのヴァイオリン・ソナタ、二つのチェロ・ソナタ、さらに様々な楽器の組み合わせによる四重奏や五重奏を書いています。  そういう意味では作品番号18としてまとめられた最初の6曲の弦楽四重奏曲は、まさに「満を持して」発表された音楽と言っても過言ではありません。

ウィーンに出てきたベートーヴェンが門をたたいたのがパパ・ハイドン。  ハイドンと言えば「交響曲の父」であり、「弦楽四重奏曲の父」とも呼ばれていたわけで、ある意味でハイドンの元での修行の成果という意味もあったのかもしれません。  

いずれにしろベートーヴェンのこの最初の弦楽四重奏曲は彼の作った弦楽四重奏曲全曲の中で、最も古典的かつ颯爽とした音楽だと感じます。  

先般、上京した際にブックオフに並んでいたこのシリーズを第7巻まで大人買い(?)しちゃっているので、とりあえず先に進んでみることにしました。  ま、てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

逆説の日本史 2. 古代怨霊編 - 聖徳太子の称号の謎
著:井沢元彦  小学館文庫

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なぜ聖徳太子には「徳」という称号が贈られたのか?   『日本書紀』は天武天皇の正体を隠すために編纂された。  奈良の大仏は怨霊鎮魂のためのハイテク装置だった... など、日本人の「徳」の思想と怨霊信仰のメカニズムを解明する衝撃の推理。  「彼がだれよりも日本の歴史を愛し、日本人とはなにかと問い掛け続けている存在であるのは承知している。  井沢元彦は歴史という大海をたった一人で渡る冒険者なのだ。  日本の歴史は井沢元彦を得たことでいっそう面白くなった」(高橋克彦氏解説より)。  (文庫本裏表紙より転載)

「徳」は最高の人格者であることを示すと同時に、本来は「王者としての必須条件」を示す文字だ。  そういう文字を、本当はそうではなかった王者に与えることが「鎮魂」と考えられたに違いない。
日本にはそういうキリスト教的な最高神はいない。  天罰というのは天照大神の下す罰だとは誰も思っていない。  もちろん仏でもなければ、現人神たる天皇でもない。  その候補は「怨霊」しかいない。
「聖」というのは、本来怨霊となるべき人が善なる神に転化した状態を表現した文字だということだ。  その「聖」と「徳」の名を持つ太子の日本の「まつりごと」の歴史における地位は、限りなく大きい。  (文庫本表紙より転載)

この巻に関しては面白い部分が多々ありつつも、KiKi にとってはかなり不満な内容でした。  それは目次を見た段階でもある程度予想はついていたことだったんですけどね。  因みにこの巻の目次はざっと以下のような感じです。

第1章:聖徳太子編 - 「徳」の諡号と怨霊信仰のメカニズム
第2章:天智天皇編 - 暗殺説を裏付ける朝鮮半島への軍事介入
第3章:天武天皇と持統女帝編 - 天皇家の血統と「日本書紀」の作為
第4章:平城京と奈良の大仏編 - 聖武天皇の後継者問題と大仏建立

あれ?  あれれ???  どうして「大化の改新」の章がないんだ???  あの権勢をふるった「蘇我氏」があれよあれよという間に歴史から姿を消していったあの一大事(乙巳の変)が抜けているというだけで、KiKi にとっては何となく中途半端感が漂っちゃったんですよね~。  特にそれまでの時代は天皇という存在が脈々と続いていたとは言えども、天皇を中心とした中央集権国家というよりは、飛鳥豪族を中心とした政治が行われていた(と学んできていた)だけに・・・・・。  

そしてね、なおさら感じるのは怨霊になることができるのは「天孫」たる「皇室の人間だけ」だったという前提条件があるのかもしれないけれど、(そんなことないよね??  だって彼の「怨霊説」の中には菅原道真がしょっちゅう出てきているぐらいだから)井沢氏の説の骨格を成しているといっても過言ではない「怨霊」、しかもかなり「パワフルな怨霊」になりそうな存在として、蘇我氏を忘れちゃいけないように思うんだけど・・・・・。  まあ、飛鳥寺が存続しているうえにあそこに鎮座している飛鳥大仏は日本最古という有り難~い誉れで伝わる仏像ということなので、あれが蘇我氏の「怨霊封じ」の象徴なのかもしれませんが・・・・・・。

ここのところず~っと「読書感想文ブログ」となってしまっていたので、今日は久々にクラシック音楽関係のエントリーを・・・・・。  せっかく着手した「ベートーヴェンのSQ特集(?)」を進めていきたいと思います。  ま、てなわけで本日の KiKi のBGM はこちらです。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第2番 Op. 18-2
シャルプラッテン TKCC-70011 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

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この曲を一聴して強く感じるのは、ことこの曲に関してはベートーヴェンの作曲言語はモーツァルトというよりはハイドン寄りかなぁ・・・・・ということです。  ま、実際問題としてベートーヴェンが生まれ故郷のボンからウィーンに出てきたとき、彼が弟子入りしたのはハイドンだったわけで、彼の教えの影響というのは当然のことながら受けていたわけで、ハイドンっぽい作曲言語を駆使していたとしても不思議でもなんでもないことなんですけどね。

もっともハイドン - ベートーヴェンの師弟関係はそんなに良好なものでもなかったようだし、ベートーヴェン自身はハイドンよりもモーツァルトに魅力を感じていて実際に彼に師事することを希望して彼を訪ねたこともあったわけだから、歴史に if は禁物だけどもしも彼がモーツァルトに師事していたらもっと違うタイプの弦楽四重奏曲を作っていたのかもしれません。


東京裁判に引きづられ、とうとう一気読みしてしまった感があります。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

二つの祖国(4)
著:山崎豊子  電子書籍

51Gfc2aPyRL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)  (Sony Readers)

極東国際軍事裁判の苛烈な攻防戦も終盤を迎え、焦土の日本に判決の下る日も近い。  勝者が敗者を裁く一方的な展開に、言語調整官として法廷に臨む賢治は、二つの祖国の暗い狭間で煩悶する。  そして唯一の慰めであった梛子の体に、いつしか原爆の不気味な影が忍び寄る......。  祖国とは何か。  日系米人の背負った重い十字架を、徹底的な取材により描ききった壮大な叙事詩の幕が下りる。  (Sony Readersより転載)

山崎豊子さんの作品は悲劇的なものが多いなぁ・・・・・。  「白い巨塔」しかり、「華麗なる一族」しかり、そしてこの「二つの祖国」しかり・・・・・。  なまじこれらの作品の主人公たちが途中までは強靭な精神力の持ち主として描かれているだけに、最後が・・・・。  

個人的にはこの作品に於いて、賢治と梛子さんの恋愛エピソードは不要なものに感じました。  もちろんあの時代にアメリカの日系人迫害を逃れたアメリカ国籍を有する日系2世の人が広島で被爆したというエピソードと彼女が最期に漏らす「私はアメリカの敵だったのでしょうか?」という問いかけはとても重要だと感じるし、この物語の中で別の形でなら出てきて然るべき話だとは思うけれど、本妻エミーとの不仲とか友人の元ワイフとの恋愛模様っていうのはどうなのかなぁ・・・・。

なまじそこに恋愛関係を持ち込んだことにより賢治の絶望感の深刻さがちょっと別物になってしまったような印象を受けるんですよね。  初読の20余年前にはこの「悲劇性」にただただ感情的に埋没しちゃっていて、気が付かなかったことなんですけど・・・・・。  本来この小説は「国家と個人」というテーマを真摯に扱う物語になるべきだったところ、そのいとも厄介なテーマをやんわりとオブラートに包んで終わらせちゃったような気がして仕方ない・・・・・。  

実際、この物語が執筆された時代(≒ KiKi が若かりし時代)には、KiKi をはじめとする多くの若者があの戦争を過去のものとして忘れ去り、同時に過去の「国粋主義」への反省(?)からか、個人主義にどんどんはまっていって、挙句、KiKi のように「愛国心が薄い」という自覚のある世代をじゃんじゃん生んでいた時期だったわけで、そうであるだけにそこに何となく読者に媚びているような、敢えて軟派を気取っているような不自然さに近いもの・・・・を感じてしまいました。

もっともあの若かりし頃にはこのエピソードがなかったら、あまりにも重すぎるテーマについていくことができず、軽佻浮薄に日々を過ごしていた KiKi は放り出してしまっていたかもしれないのも又事実(苦笑)で、そうであればあの「東京裁判」を知らなければならないという義務感のようなもの・・・・・を感じることさえなく、この歳まで生きてきてしまったかもしれないんですけど・・・・・ ^^;

物語は東京裁判へ。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

二つの祖国(3)
著:山崎豊子  電子書籍

51jwNsUi9eL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)   (Sony Readers)

終戦の翌年、極東国際軍事裁判が始まり、賢治はモニター(言語調整官)として法廷に臨むことに。  戦勝国と敗戦国、裁く者と裁かれる者、そのいずれもが同胞だった......。  重苦しい緊張の中で進行する裁判の過程で、自らの役割に疑問を抱き始める。  家庭では妻との不和に悩まされ、次第に追い詰められてゆく賢治は、日本で再会した加州新報の同僚・梛子に、かけがえのない安らぎを感じていた。  (Sony Readers より転載)

20年以上前、この本を初めて読んだ時の衝撃はこの「東京裁判」のシーンでした。  戦後教育の中でこの東京裁判に関しては学校でほとんど学んだことがなく、端的に言ってしまえば「大戦後、アメリカの占領下の日本で戦犯を裁く『東京裁判』が行われ、A級戦犯とされた28名のうち7名が絞首刑に処せられた」ということぐらいしか知らなかった KiKi にとって、この物語で描かれた東京裁判のシーンは初めてその裁判がどんなものだったのかを考えるきっかけとなったものでした。

そして当時の KiKi は戦勝国が敗戦国を裁くということに潜むある種の「不公平感」を強く感じ、同時に「原発投下を人類がどう評価すべきか?という極めて重要な問題に関してうやむやにしてしまった残念な裁判」という感慨が強く心に残った物語でもありました。  でも、当時の KiKi はそこから更にこの裁判のことやらA級戦犯のこと、ひいては「戦争責任とは何ぞや?」という問いに関して深く追求してみようとまでは思わず、バブル景気に沸くあの時代の東京の浮かれ騒ぎの中にあっという間に埋没していってしまいました。

その後、再びこの裁判に関して KiKi の関心がクローズアップされたのは時の首相・中曽根さんが靖国神社を参拝したことを契機に「靖国問題」がマスコミで大々的に取り上げられた時でした。  でもその頃はペーペーのサラリーマンだったために正直なところ自分のことで手一杯で、歴史を振り返るような余裕はなく、やっぱりあんまり深くは考えることもなく時が過ぎていってしまいました。  ただ、いつかはこのことをしっかりと知り、自分なりの立ち位置を明確にできるぐらいに熟考してみる必要があるだろうというある種の義務感のようなものだけはしっかりと心の中に残ったように思います。

そうであればこそ、その後さらに月日が流れ、このDVD(↓)が発売されるとすぐに購入し、「いつか時間がある時にじっくり見よう」と KiKi の DVD Library に大切に保管することになったのだろうと思います。  購入直後にこれを見なかったのは偏にあまりに長すぎたこと。  と、同時に日中戦争及び太平洋戦争に関する自分自身の知識のなさがあまりにもひどすぎて、「見てもどうせわからない・・・・・」という諦めのようなものが働いていました。  

東京裁判
監督:小林正樹  講談社

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第2次世界大戦後の昭和23年に、東京・市ケ谷の旧陸軍省参謀本部で開廷された極東国際軍事裁判。  '東京裁判'と呼ばれた、この裁判の模様を収めたドキュメンタリー。  (Amazon より転載)

因みに KiKi が持っているのはこちらのバージョン(↑)なんですけど、その後これは廃盤になり、現在ではトールケース仕様のこちら(↓)が現役バージョンになっているようです。

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第二次世界大戦後の昭和23年、東京都市ヶ谷の旧陸軍省参謀本部において開かれた「陸軍国際軍事裁判」。  俗に「東京裁判」として知られるこの裁判の模様を収めた米国防総省の記録フィルムを基にしたドキュメンタリー映画。  トールケース仕様で再リリース。  (Amazon より転載)

第1巻を読了後、TV番組の影響で浮気をしちゃった「逆説の日本史」の続きにも強烈に惹かれ、2つを天秤にかけた末に、結局は「二つの祖国」に戻ることにしました。  う~ん、二つの祖国の狭間で悩みぬいている賢治さんの気持ちがよくわかるなぁ(苦笑  まあ、彼の苦悩はこんなおめでたいレベルのそれではありませんけどね)  ま、てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

二つの祖国(2)
著:山崎豊子  電子書籍

51gYGd1BT4L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)  (Sony Readers)

合衆国への忠誠を示すため、砂漠の強制収容所から米軍に志願し、欧州戦線に向かった末弟・勇。  日本で教育を受け、帝国陸軍兵士として出征した次弟・忠。  自らも米軍の語学将校となって南太平洋に配属された賢治は、血を分けた弟と戦場で出会うことを恐れていた。  しかし地獄のフィリピンで彼が遭遇した、痩せさらばえた日本兵は......。  戦争は天羽一家の絆を容赦なく引き裂いてゆく。  (Sony Readers より転載)

この巻でもっとも心に残るのは、やはり天羽家三兄弟のあまりにも酷過ぎる運命ではないでしょうか??  日系2世というまさに本書のタイトルどおり、「二つの祖国」を持つ三兄弟が、たまたま太平洋戦争突入時に何歳でどんな教育を受けどこにいたのか?という偶然性も手伝って、1人は米軍兵士として、もう1人は帝国陸軍兵士として、そして長兄として常に二つの祖国を強く意識し続けた最後の1人が米軍の語学将校として戦争に巻き込まれていく・・・・・。  その非情さには言葉もありません。

家族だからと言って誰もが同じ哲学、同じ思想というわけにはいかないのは、どんな時代であれ、そしてどんな境遇であれ、必ずしも珍しいことではないと思うけれど、彼らの場合はあまりにも残酷です。  まして、末弟の勇君はヨーロッパ戦線だからまだしも、長男 & 次男は同じ戦線に赴き、戦場で顔を合わせることになるな~んていうのは、平和ボケ時代の KiKi には想像さえできなかった出来事でした。  初読の時にはどちらかというと「小説特有の悲劇性強調型プロット」として読んでしまったこの境遇が今回の読書では「実際にそういうことがあったかどうかということ以上に、残酷な人間性の黙殺の象徴」として胸に迫ってきました。

先日、たまたまTVをつけたら 「BS歴史館」という番組をやっていて、その日のテーマは「古代史最大のミステリー 邪馬台国の魔力に迫る」というものでした。  なかなか興味深く観ることができ、と同時に俄然日本の古代史に惹きつけられてしまったということがあって、山崎豊子さんの「二つの祖国」を読み進めている最中・・・・ではあるものの、長らく積読状態だったこちらに思わず手を出してしまいました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

逆説の日本史 1. 古代黎明編 - 封印された「倭」の謎
著:井沢元彦  小学館文庫

2190D3T9DEL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

教科書ではわからない日本史の空白部分に迫る。  従来の歴史学界の権威主義、史料至上主義、呪術観の無視、以上の三大欠陥を指摘しながら古代史の謎を推理、解明していく。  日本人の「わ」の精神のルーツは?  宮内庁が天皇陵の学術調査を拒み続けるのはなぜか?  あの出雲大社はオオクニヌシノミコトの怨霊を封印するために建てられた「霊魂の牢獄」ではなかったか?  当時最高の知識人であった聖徳太子はなぜ、「和」こそが日本人の最高の原理としてあげたのか?  など。  まさに、歴史こそミステリーの宝庫である。  (文庫本裏表紙より転載)

「倭」から「和」への転換、これは一体どうして行われたのだろうか。  つまり「ワ」とは「輪」であり「環」なのだ。  倭とは実は「環」であり、古代日本人は、集落のことを「環」と呼んでいた。
日本人の「わ」の精神を乱すもの、つまり怨霊は封印されねばならなかった。  すなわち、出雲大社はオオクニヌシノミコトの怨霊を封印するために建てられた「霊魂の牢獄」であった。
聖徳太子は当時最高の知識人であった。  その第一級の知識人が「最高の法律」を制定するにあたって、その第1条に「和が一番大事だ」という言葉を置いたのである。  なぜ、そんなことをしたのか、それはこの「和」こそが日本人に一番大事な原理だと判断したからではないのか。  (文庫本表紙より転載)

なかなか面白い読み物でした。  この本で書かれていることの真偽をとやかく言うほどの知識のない(ついでに言うと古文書に親しんだ経験もない)KiKi には、この本の説を鵜呑みにしていいのかどうかの判断まではつかなかったけれど、子供時代から今に至るまで古代史を見た時に感じたいくつかの「?」に対する1つの見解とか、手前勝手に膨らませていた個人的な妄想と合致するような説が書かれていたという意味では、「ああ、やっぱりこういうことを考える人がいたんだ!」と何となく嬉しくなるような読み物でもありました。

全編にくどいほど出てくる学会批判にはちょっと辟易としたけれど、歴史を暗記物・知識として学んできた KiKi にとっては、学問とは一線を画した歴史との向き合い方・・・・という意味でも楽しむことができた本だったと思います。  特に古代史においては KiKi が学生時代に学んだ古代史と現在の学校教育でなされている古代史には少なからず違いがあることを知っているだけに、教科書を金科玉条の如く覚えようとしていた(仮に何らかの疑問を持ったとしてもさほど深追いせずに「事実はそうだった」と鵜呑みにしようとしていた)自らの姿勢を問い直すという意味でも、なかなか興味深い読書体験だったと感じました。



ベートーヴェンの交響曲リストがコンプしたので次は・・・・と考えた時、たまたま「オルフェウスの窓」の影響もあってPコンにいっちゃったけれど、真っ先に KiKi が思い描いたのは KiKi にとってもっとも馴染みのある楽器であるピアノ曲、あのクラシック音楽の新約聖書、「ピアノ・ソナタコンプ」に挑むべきか、はたまたもう一つの大きな峰を形作る「弦楽四重奏曲コンプ」に挑むか?というものでした。  で、あれこれ考えた末、結果的にはカルテットを選んでみることにしました。

まあ、どちらもまだまだこのブログでは取り上げていない曲がいっぱいあるので正直なところどっちを選んでも良かったんですけど、自分の中にある内心告白に近い存在であるピアノソナタの場合、こちらの精神的状況にお構いなくベートーヴェン大先生の心情吐露におつきあいしなくちゃいけないのに対し、カルテットの方がもう少し気楽に聴くことができるんじゃないか??  そんな風に感じちゃったんですよね~。  ま、てなわけで本日の KiKi のBGMはこちらです。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第1番 Op. 18-1
シャルプラッテン TKCC-70011 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

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因みに、このCDは今では廃盤になっていて、リマスタリングしたこちら(↓)が現在の定番商品になっているみたいです。

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巷の評判では音が断然違うということなので、このCDも欲しいところなんだけど、プ~太郎 & 本にもお金がかかっている今の KiKi にとっては高嶺の花です(苦笑)  でも、このCD、カルテットのみならず弦楽三重奏曲も入っているんですよね~。  う~ん、これは迷う・・・・・。  しかもHMVサイトの Review によれば Reviwer 全員が最高評価をつけているし・・・・・。

もともと世評高いアルバンベルク盤を他に2種類持っているにもかかわらず、ベートーヴェンの弦四を聴こうかなと思うと結局このズスケQ(ベルリンQ)の演奏に常に戻ってきてしまう KiKi にとってはまさに「一生もの」になりそうな気配がプンプン漂っています(笑)


とうとう関東地方も梅雨入りしたみたいですね。  Lothlórien_山小舎は本日もどんよりとした曇天に覆われています。  山の空気もどことなく湿り気を帯び重苦しく、いつポツンと雨粒が落ちてきても不思議じゃなさそうな風情です。  それでも今のところ鳥たちがチュンチュンと囀っているあたり、もう暫くはこのままドンヨリとしたお天気が持つのかもしれません。  

鳥っていうのはなかなか不思議な生き物で、もっとお天気の良い日であれば数多くの種類の鳥の鳴き声が山小舎周辺に響き渡るんですけど、今日のようなお天気だと囀る品種がぐっと限られてくるみたい・・・・・。  そして雨が降り始めるとパタリと囀り声が止んでしまうんですよね~。

ま、いずれにしろ梅雨に入ったということは夏が近いということであり、夏が近いということはあの「終戦記念日」が近いということであり、もう間もなくするとTVはどのチャンネルを回しても「戦争特集番組」のオン・パレードということになるのではないかしら??  そうなってしまう前にせっかく「不毛地帯」を読了したということもあるので、この際、山崎豊子女史の「戦争三部作」を制覇してみようと思い立ちました。  ま、たまたま電子書籍で大人買いしてあったということもあるんですけどね(苦笑)  てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

二つの祖国(1)
著:山崎豊子  電子書籍

51+dkb5wzIL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)  (Sony Readers)

アメリカに生まれ、アメリカ人として育てられた日系二世たち。  しかし日米開戦は彼らに、残酷極まりない問いを突きつけた。  アメリカ人として生きるべきか、それとも日本人として生きるべきなのか――。  ロサンゼルスの邦字新聞「加州新報」の記者天羽賢治とその家族の運命を通して、戦争の嵐によって身を二つに裂かれながらも、真の祖国を探し求めた日系米人の悲劇を描く大河巨編!  (Sony Readers より転載)

この本も「不毛地帯」同様に約20年余りの年月を経ての再読本です。  初読当時の KiKi は英国文化に憧れ、必死になって英語を学び、その延長線上で米国にも興味を持ち始めていた時期で、どちらかというと「羨望のまなざし」をもって米国を眺め、手前勝手に美化したイメージに憧れていた時代でした。  当時の KiKi にとって英国と米国は同じ英語(実際にはちょっと違うけれど)を話す国というだけではなく、この両国は歴史の中で世界をリードした国という共通点もあり、それだけでも「目指すべき1つの(2つの?)指標となるべき国」というようなイメージを持っていました。

もちろん知識として第二次大戦における我が国の敵対国であったことも、その戦争のさなかに日系人の迫害の歴史があったことも、聞きかじってはいたけれど、それは身に沁みるような感慨を持つ出来事ではなく、言ってみれば歴史の教科書に書かれている活字以上の意味は持たない史実に過ぎなくて、そこで生きた人々の「想い」にまで想像力が及ばない出来事でした。

そこに「ガツン」と鉄槌を振るったのがこの物語だったことだけはよ~く覚えています。  この物語を読んだとき初めて KiKi はそこに生きた人間の抱えていた苦悩を知ったような気分になったものでした。  そして、自分が歴史に学んでいない人間である証左は、この「その時代に生きた人々の想いに無関心であること」に顕著に表れていると反省したものでした。

今日もクラシック音楽関係のエントリーを1本書いておこうと思います。  昨日、2つのCDをご紹介しているんだけど、そのうちの後者、ブレンデルのCDを購入した理由だけをさらっと書いてお終いにしてしまったその曲を何となく放置しておけない気分になっちゃったんですよね。  ま、てなわけで本日の KiKi のBGMはこちらです。

ベートーヴェン 合唱幻想曲 Op.80
VoxBox CDX3 3502 演奏:A.ブレンデル(pf)、 W.ベッチャー(cond.) & シュツットガルト・フィルハーモニック・オーケストラ 録音:1966年

41KYPKJHRQL._SL500_AA300_.jpgのサムネール画像  (Amazon)

とりあえず今の Amazon ではこれ(↑)で販売しているようなのでこちらを御紹介していますけど、KiKi の手持ちの CD は実はお顔がちょっと違っていて、こんな感じ(↓)なんですけどね。

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ベートーヴェンの、当時としてはかなりアヴァンギャルドだったであろうあの「第5交響曲」と同時期に作曲されたこの曲は、その演奏形態でかなりの冒険をした音楽です。  何せ、独奏ピアノ + 管弦楽 + 合唱という、それまで誰も手をつけたことのないような演奏形態の音楽をベートーヴェン先生ったら大真面目に(?)試作しちゃったんですから!!  

しかも・・・・・です。  この曲、1回聴いてみれば日本人なら誰でもすぐに気が付くと思うんだけど、あの「第九」を彷彿とさせる旋律が流れているんですよ!!  しかもあの第九の重厚さが欠片もなくて、どちらかというと「浮かれ騒ぎ風」というか「どんちゃん騒ぎ風」というか、「ごちゃまぜお祭り騒ぎ風」というか、「な~んちゃって風」というか・・・・(苦笑)。

因みにこの曲、昔は滅多なことでは我が日本国では耳にすることができなかったベートーヴェン大先生の幻の1曲でございました。  ところが時代は変わるもんですねぇ。  今ではネットでちょっとググってみると・・・・・・。





せっかくベートーヴェンの交響曲のご紹介が昨日でコンプリートしたので、次の1曲もベートーヴェンでいってみようと再び「クラシック音楽の Index」を見てみたところ、何とまあ呆れたことに KiKi はまだこのブログではただの一度もベートーヴェンのコンチェルトを取り上げていなかったんですねぇ。  ・・・・となるとです。  先日この本の Review を書いたのが池田理代子氏の「オルフェウスの窓再読」を契機にしていたわけでして、まだまだあのマンガの印象が強烈に残っているうちにこの曲を聴かないわけにはいきません。  ま、てなわけで本日の KiKi のBGMはこちらです。

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番 Op. 73 「皇帝」
DECCA 演奏:W.バックハウス(pf)、H.S.イッセルシュテット(cond.) & ウィーン・フィル 録音:1959年6月

41B688R11SL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

女史の「オルフェウスの窓」という漫画を知らない方のために、若干補足しておくと、このマンガはドイツのレーゲンスブルクという街にある音楽学校を舞台に物語が始まります。  画のタッチはあの「ベルバラ」を彷彿とさせるいかにもいかにもの少女漫画です。  でも、物語の方は結構難解で、当初は音楽学校を舞台とするちょっとクラシカルな学園物で進んでいくのかと思いきや、遺産相続争いに向かいかかってみたり、殺人事件が発生したり、学園祭が催されたりとある意味しっちゃかめっちゃかになっていって、さらにそこから怒涛の展開があってロシア革命にまで話が及び、最後には音楽学校の話はどこへいっちゃったんだろう??というぐらい、歴史絵巻の相を呈して幕を閉じるという摩訶不思議な物語なのです。

で、肝心なことはこのマンガに「バックハウスさん」その人が登場するんですよ。  当然彼は偉大なるピアニストという設定です。(但し、マンガの中では現実と同じように「完璧すぎるテクニック」を揶揄されたりしています。)  で、このマンガのメインの登場人物の一人、イザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイトというピアノを学ぶ少年が成功ののちに挫折することになるんですけど、その彼がデビュー公演で演奏する曲がまさにこの「ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番」なんですよね~。  そしてさらに言えばそのイザーク君のベートーヴェンとバックハウスの弾くベートーヴェンは同じ解釈・同じような鋼のテクニックという想定になっているんです。

で、この二人が邂逅する場面が3度あるんですけど、その中の2回目で、このバックハウスさん、いかにも現実の彼が言いそうなセリフを吐くんですよ。  曰く

もしもぼくのテクニックになにかの興味を抱いているならよく聴いておいてください。  すべての基本はスケール(音階)の練習とそしてバッハです。

KiKi は初めてこのマンガを読んだ時(連載時にはリアル・タイムでは読んでいなかった)、この台詞にはやられましたね~。  まるで本物のバックハウスに面と向かって言われたような気分になりました。  そして、「やっぱりハノンとバッハかぁ・・・・・。  どっちもあんまり好きじゃない・・・・。」とため息をついたものでした(苦笑)

でね、その頃には既にバックハウスのベートーヴェンのコンチェルトはそれこそもう飽きるほど聴いていて「今更バックハウスの皇帝でもないでしょ」ぐらいの感覚でしかこの曲・この演奏を聴かなくなってしまっていたんだけど、このマンガを読んでいた間だけは例外で、CD棚の奥で埃をかぶって眠っていたこのCDを引っ張り出して何度も何度も聴き返したものでした。

昨日、KiKi がブログエントリーを書いた時間にはお天気が良かったんだけど、お昼頃からLothlórien_山小舎付近のお天気は荒れ模様。  たまたま昨日は KiKi の愛車の Fit ちゃんの法定点検があるため、購入したディーラー(@東京)への車の持ち込みアリ、今週火曜日にはハローワークへの出頭アリで、午後から長(中?)距離ドライブに出かけなくてはならなかったので、まったくもって縁起の悪い空模様でした。  

幸い、出発時には一時的に雨も上がったんですけど、悪天候の週末の割には案外混んでいる関越を走っているうちに大粒の雨がフロント・グラスに叩きつけられるようになりました(苦笑)  しかも、圏央道との合流地点に近づくにつれ恐れていた渋滞に巻き込まれ、東京のマンションにたどり着いた頃にはヘトヘトでした。  ま、そんな落ち込んだ気分を盛り上げるためにも(というよりは、何はともあれベートーヴェンの交響曲をとりあえずコンプしたかったのが本音ですけど ^^;)本日の KiKi のBGMはこちらです。

ベートーヴェン 交響曲第2番 Op. 36
Altus 演奏:カール・ベーム指揮 & ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

615Z6Q6SRVL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

昨日のエントリーで KiKi は

1、2、4、8番はどこか日陰の存在っぽさがあるのではないでしょうか??

と書いたけれど、その中でももっとも存在感が薄い(?)のがこの第2番の交響曲なのではないかしら??  第1番は何と言っても「あのベートーヴェン様の最初の交響曲」ということで、日陰と言いつつもそれでも光明がさすこともあるように思うんだけど、第2番はあの超有名な第3番を後ろに控えているうえに、「最初」という冠もない状態。  実際、KiKi もベートーヴェンの交響曲の中でもっとも聴く機会が少なかったのがこの第2番でした。

聴いたことのある回数という意味では圧倒的不利な立場に置かれているこの第2番。  でも、その少ない回数の中にも特筆すべき演奏会があったという意味では、スペシャルな交響曲だったのがこの第2番でもあるのです。  今日はその時のことを思い起こしながらこのCD(↑)を選んでみました。

こちら、指揮者はあのカール・ベーム様さまでございます。  そして、オケはウィーン・フィル。  そしてそして場所は我が日本国でございます。  この演奏会はベームにとって日本における最後のオーケストラ・コンサートであっただけでなく、1938年以来続いてきたウィーン・フィルとの最後の演奏会でもありました。  そして場所はあの「人見記念講堂」。  KiKi の記憶が正しければ杮落とし公演だったように思います。

昨日の大雨から一転、今日は若干雲があるものの良いお天気です。  昨日は一日お日様が射さなかったということもあって、久々に思わず暖房装置(但し薪ストーブではなくて、つけたり消したりが容易にできる石油ストーブですけど)に手が伸びるほどの冷え込みだったんですけど、今日はちょっと動くと長袖では汗が滲んでくるぐらいの暖かさ。  気温の変動がなかなか激しいです。  昨日は鳴きやんでいた小鳥たちが今日はうるさいぐらいにチュンチュン、ピーチク、ホーホケキョとにぎやかです(笑)  ま、そんな中、本日の KiKi のBGMはこちらです。

ベートーヴェン 交響曲第1番 Op.21
Brilliant 99927/3 演奏:ブロムシュテット指揮 & シュターツカペレ

51BvqKVItoL._SL500_AA300_.jpgのサムネール画像  (Amazon)

ここしばらくと言うもの、「マンガ のだめカンタービレに出てくる音楽を聴いてみる企画」でしかクラシック音楽関係のエントリーを書いていなかったので、今日はクラシック音楽関係のエントリーを久しぶりに書こう!と思ったのはよいものの、どの曲を選ぶべきか結構悩んでしまいました(笑)。  ま、こういう場合、KiKi にとってもっとも手っ取り早いのは「神様、仏様、ベートーヴェン様」というぐらい心酔しきっている、ベートーヴェン大先生にご登場いただくことです。

しかも、この敬愛する大先生の作曲された膨大な音楽のうちまだまだそのほんのさわりの何曲かしかこのブログではご紹介していないのですから、素材には事欠かないわけでして・・・・・(笑)

で、まずはこれまでご紹介しているベートーヴェン先生の曲目を「クラシック音楽の Index」でチェックしてみたところ、こと交響曲に関して言えば、最初の2曲が残っていました。  ま、てなわけでこのリストを埋めるためにも・・・・・ということで、安易にも本日の BGM が「交響曲第1番」になったというわけです。  


不毛地帯(5) 山崎豊子

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今日は雨。  畑仕事や田んぼ仕事が一段落ついている今の状況でのこの悪天候は KiKi にとっては恵みの休息時間です(笑)  ま、そんな中、ようやくこの大作を読了することができました。  てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

不毛地帯(5)
著:山崎豊子  電子書籍

51BfDzV84KL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)  (Sony Readers)

油田開発を商社マンとしての最後の仕事と思い定めた壹岐は、社内の反対を押し切り、イランのサルベスタン鉱区に賭けた。  政官界からの逆風をかわし見事採掘権の落札に成功するが、灼熱の大地からは一向に原油の噴き出す兆しはなかった......。  シベリアと中東、二つの「不毛地帯」を彷徨する一人の日本人の戦いを、戦後史を背景に圧倒的な筆致で描ききった一大巨編、ここに完結。  (Sony Readers より転載)

日本のあの時代の女性作家の作品とは思えないぐらいの重量級の物語がようやく完結しました。  KiKi にとって決して初読の物語ではなかったにも関わらず、グイグイと惹きつけられ、大作の割には一気に読み終えることができてしまったように感じます。  この物語の初読の大学時代には、戦中は大本営参謀というポジションにあり、かの敗戦でいわゆる「戦争責任」を我が事として心に刻み、商社マンとしての第二の人生に真摯に対峙する壱岐正の生き様・・・・みたいなものに感銘を受けたものでしたが、自分自身が社会人としての生活を長く続け、今の年齢に至った KiKi にとっては主人公の人物造形にはどうしても「嘘くささ」を感じる読書になってしまいました。

にも関わらず、これだけ熱中して読むことができた背景には、KiKi がこの物語の主人公を「壱岐正」とは見做さず、「敗戦から立ち上がろうとする日本社会そのもの」という視座があったからだったように感じます。  KiKi 自身はこの物語からはるかに時代を下った「高度経済成長真っ只中」の時代に生を受け、幼年期を過ごし、バブル期と呼ばれる時代に学生時代及び社会人新人時代を過ごしてきたわけですが、祖父母、父母が壱岐正とは立場こそ違えど必死に立ち上がろうとしていた様を、自分なりの物差しを持って見つめられるほどには成熟していませんでした。  

岩波少年文庫の旧版の「発刊に寄せる言葉」にある

一物も残さず焼きはらわれた街に、草が萌え出し、いためつけられた街路樹からも、若々しい枝が空に向かって伸びていった。  戦後、いたるところに見た草木の、あのめざましい姿は、私たちに、いま何を大切にし、何に期待すべきかを教える。  未曽有の崩壊を経て、まだ立ち直らない今日の日本に、少年期を過ごしつつある人々こそ、私たちの社会にとって、正にあのみずみずしい草の葉であり、若々しい枝なのである。

が、この物語の時代の人びと(それは必ずしも主人公である壱岐正に限らず、物語に登場する近畿商事の様々なポジションの人々、政治家、秋津(兄)、ライバルの鮫島さん)の生き様の中に、的確に描写されている・・・・・。  そんな感慨を持ちました。  なまじ現実社会の中の誰かさんとこの物語の中の誰かさん(法人も含め)が安易にリンク付けしやすいだけに、あたかも伝記物語、事実であるかのように感じられちゃうのがこの物語のもっとも大きな難点なんじゃないかと・・・・。  


久々の畑仕事

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6月からは東京での出稼ぎ仕事がある予定だったので、5月末の田んぼ仕事にかまけて放置しっぱなしだった Lothlórien_庭先農園。  昨日は田んぼ仕事も一段落・・・・・ということもあり、東京→群馬移動後の初の好天ということもありで、久々に畑に出て汗を流しました。

まずは植えっぱなしで土寄せ作業ができずにいたネギに土をかけるところからスタートです。

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ネギはあの白い部分を作るためにこの後も少しずつ少しずつ土寄せをしていき、最後は富士山みたいな恰好に畑面がなっていくのですが、まずはその第一弾です。  

そして今年から開墾して新たに畑とした畑3エリアに予定していた作物の一部を植えつけました。

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まずはサツマイモです。  今年こそは自家製の乾燥芋をたっぷり作りたいんだけど、どうなることやら。  因みに KiKi は世の中の食べものの中で何が好きって乾燥芋ぐらい好きなものはないぐらい好き?で(・・・・だと思われていて)、まだ父母が元気だったころ、KiKi を訪ねて東京に上京する時の手土産は決まって「丸干し乾燥芋」でした(苦笑)

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次に植えつけたのはズッキーニ。  去年までは作っていなかった野菜なんだけど、たまたま去年は高山農園のお仲間が作っていらして、かなりの量のズッキーニをおすそわけで頂いたんですよね~。  ズッキーニっていうやつはLothlórien_山小舎の近くのスーパーでは結構高かったりするので、これこそは家庭菜園で作る野菜だろうと目覚め、今年は挑戦してみることにしました。

因みに、このズッキーニ。  種を買ってきてポリポットで苗を作る所からスタートした記念すべき野菜でもあります。  ここ高山村の気候ではこの苗作りがとっても難しい中、半端じゃない時間とコストをかけて育ててきた苗なので、愛着も一入です。  今年の夏はズッキーニがヤマと収穫できたらあの苦労も報われるっていうモンです。

この畑3エリアにはあとカボチャを植える予定なんだけど、まだまだ苗が移植に耐えられそうなほどには育っていないので、畑2エリアに移動です。



不毛地帯(4) 山崎豊子

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同時進行で読み進めていた本が一挙に読了状態へ・・・・。  やっぱり田舎の農繁期生活と都会の生活では読書量に雲泥の差が出ることを我が身で確認しちゃった気分です(笑)  ま、いずれにしろ、本日の KiKi の読了本はこちらです。

不毛地帯(4)
著:山崎豊子  電子書籍

51TPXAcRoyL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)  (Sony Readers)

フォーク社との虚々実々の交渉の裏で、壹岐は資源に乏しい日本の将来を見据え、原油確保の手段を模索していた。  腹心の部下・兵頭はイランやリビアに飛び、文化や商習慣の違いに悩まされながら油田開発の可能性を探る。  一方、フォーク社との交渉は最終段階に至って、ライバル東京商事の暗躍で思いもかけない展開に......。  専務に昇進し、近畿商事ナンバー3となった壹岐の戦いは続く。  (Sony Readers より転載)

現在であってさえも、コレを巡って世界のあっちこっちで利権やら紛争やら何やらと大騒ぎの「石油」にお話が移行しました。  KiKi は外資系の会社でのお仕事が長かった関係で、米国とか西欧諸国、そしてアジア諸国(除く共産圏)とのビジネスっていうのはそこそこ関与する機会があったんですけど、さすがに中近東っていうのは相手にしたことがないので、オイルビジネスの描写はかなり興味深く読むことができました。

ただ、第3巻でもちょっと感じてはいたんですけど、この第4巻に至って、ものすご~く違和感があったのが、壱岐さんにしろ里井さんにしろ、大手商社のナンバー2 or 3の割にはやっていることがプレイング・マネージャー的だなぁ・・・・・ということです。  これは時代の違い・・・なのかもしれないんだけど、何て言うか、組織で仕事をしているっていう感じがあんまりなくて、個人技で仕事をしている・・・・そんな印象なんですよね。

まあ、根回し的な、交渉的なことっていうのは最後は組織の上の方の人たちの顔やら繋がりやら何やらかにやらで動く部分が多いのは事実そうなんだけど、かたや副社長、かたや専務という肩書を引っ提げている割には KiKi なんかがイメージするマネージメントっぽさがない・・・・・とでも言いましょうか??


本が好き!で献本いただいた2冊目を読了しました。  感謝 kiss1.gif

社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!
著:ちきりん  大和書房

51p+2JJK+AL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

メディアで流れる世界のニュースは本当なんだろうか?  私が今信じているこの価値観は世界でも通用するのか?  自分のアタマでよーく考えてみよう。  世界はすでにつながってしまった!

円高は悪いこと? → 自国の通貨が評価されるのはいいことじゃない?
若者の海外旅行離れ? → 日本が楽しくていい国になったからでは?
寄付文化が定着しないのは? → 富の再配分を個人に委ねたいの?  (帯より転載)

著者はかなり有名なブロガーさんらしいです。  残念なことに KiKi は彼女のブログを読んだことがなかったのですが、この本を読んでちょっと興味を持ったので巻末に記載されていた彼女のブログを早速 BlogPeople の Link に設定しました。  ま、そんな行為に走ったということ自体が、結構この本を楽しむことができた証左なんじゃないかと思います。

著者が若い頃から20年以上をかけて訪問された50か国以上の国々への旅行を通じて考えたこと、感じたこと、頭ではなく肌感覚として理解したことが読みやすい文体でゆる~く書かれた読み物だったと思います。  文体や訪問先での時代背景の記述あたりから類推するに、恐らく KiKi とはほぼ同世代の女性なんじゃないかしら??

KiKi 自身が若かりし頃に「今のうちにここを見ておきたい!」と思いつつも、結局はいろんな事情で見に行くことができなかった国々のお話(特に共産圏の国々とか、イスラエルとか、東西分断時のベルリンとか)が特に興味深かったです。  あの頃、興味を持ち、旅行計画までは立てたものの結局は様々な要因で断念したことが残念であり、今では変貌してしまっていてもはや見ること・感じることができなくなってしまった空気・・・・みたいなものを彼女の記述から感じ取り、一抹の寂しさと同時にそれを体感してきた著者への羨望がチクリと胸を刺しました。  まさに著者が仰るように、「実際にそこ(特定の場所)をいつ訪れるかということは、想像以上に重要なこと」だなぁ・・・・と。

    

最後のロシア皇帝 植田樹

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本来だったら「本が好き!」で献本いただいた本やら、現在進行中の「不毛地帯」を読み進めなくちゃいけないところだったのですが、たまたま東京でお仕事の連絡待ちをしている最中に池田理代子さんの「オルフェウスの窓(外伝を含め 全10巻」なんぞに手を出してしまった流れで、ついでにこの本にも手を出してしまいました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

最後のロシア皇帝
著:植田樹  ちくま新書

5136JKVCVNL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ニコライ二世治世下のロシアは彼の意思に反して政情悪化の一途をたどり、ロマノフ王朝だけでなく、聖なるロシアそのものが徐々に沈んでいった。  時代を隔てて冷静に見ると、それは巨大な帝国が虚飾の栄光の陰で穏やかな死に赴く過程に他ならなかった。  ニコライ二世の目の前で聖なるロシアが奈落に向かって漂流していく。  (新書本表紙より転載)

皇帝ロマノフ二世(← タイプミスではありません。  本の扉の文章をそのまま転載しています)とその家族が西シベリア・エカテリンブルグで革命派によって銃殺されたニュースは当時世界を震撼させるものだった。  だがこの事件は、近年その遺骸が発掘されるまで、その後七十年もの間なぜか歴史の闇の中に置き去りにされたままにあった。  ソ連邦時代を通じて政府当局者さえその所在を知り得なかった事実は一体何を物語っているのだろうか。  皇帝一家の遺骸発掘を契機に次々と明らかにされる記録や報道をもとに、隣国ロシアの知られざる歴史の暗部に光をあてる著者会心の力作。  (新書本扉より転載)

KiKi の学生時代、日露戦争やら第一次大戦、そしてロシア革命そのものはそれなりに授業で扱われたことはあったものの、やはり東 vs. 西(もしくは民主主義国家 vs. 共産主義国家)という対立軸が顕著だった時代なだけに、ロシア史というのはさほど重要視されていなかったように思います。  と、同時に西欧社会(含むアメリカ)に追いつけ・追い越せという時代でもあっただけにロシアは正に近くて遠い国で、ついでに得体の知れない国という刷り込みのようなものさえもがあったように感じます。

そうであるだけに、この悲劇の最後のロシア皇帝は「大津事件」やら「日露戦争」やらでも我が日本国との因縁が決して浅くはない皇帝だったにも関わらず、それらの単語のキーワードとして以上の存在感をもって KiKi に迫ってきたことはほとんど皆無でした。  又、今回のこの本の読書のきっかけとなった「オルフェウスの窓」も大人になってから初めて読んだ KiKi にとっては「ベルばら」でフランス革命に興味を持ったほどにはロシア革命への興味をかきたてられるきっかけにはなりえませんでした。

そしてどちらかと言えば「ロマノフ王朝の秘宝(隠し財産)」とか「アナスタシア生存説」とか「怪僧ラスプーチンの醜聞」といった極めてワイドショー的な謂れのイメージばかりが先行し、ますますもって「得体の知れない国」感覚が際立ち、その行き着く果てに「臭いものには蓋」的な回避行動に走っていた・・・・そんな気がしないでもありません。


6月から1か月限定の出稼ぎ仕事がある・・・・はずだったのですが、急遽そのお仕事は大手コンサルティング・ファームに持っていかれ、再びプ~に戻ってしまいました。  まあ、下手にこの仕事が長引くと秋の稲刈りに問題が発生することを心配していた KiKi としては仕事がなくなってしまったことに安堵するような、がっかりするようなちょっぴり複雑な心境だったんですけど、何よりも残念だったことは通勤時間を利用しての読書タイムがなくなってしまったことだったりします(苦笑)

ま、その仕事の関係で上京し、たまたまこちらでの生活のためにネット注文していた「おぎのや空釜専用漬物キット」(← これ、美味しいんですよ。  以前「横川SA」で購入して、以来、KiKi は大ファンなんです 笑)が届くのを待っている時間を利用して、読了本の Review を書いておきたいと思います。

不毛地帯(3)
著:山崎豊子  電子書籍

51UFyVzlsaL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)  (Sony Readers)

次期戦闘機商戦に勝利し、中東戦争をめぐる商機を掴んで利益を挙げた壹岐は、社の経営方針転換を提唱。  経営不振の千代田自動車への関与を深めようとした矢先、米巨大自動車企業フォークの社長が突如来日する。  虎視眈々と日本市場を窺うフォーク社に対し、壹岐はアメリカ近畿商事の社長となって千代田自動車との提携交渉を進めるが......。  国際経済戦争の過酷な現実に壹岐は苦悩する。  (Sony Readersより転載)

この巻の中心となるお話は日本の「資本自由化」の時代の商社マンたちの経済戦争のお話です。  メインとなる商談は「自動車会社の資本提携」で、かつての鎖国時代さながらに国内産業擁護一辺倒だった我が日本国がグローバル化への舵をきりはじめた時代を描いています。  KiKi にとって最も感慨深かったのは、あの戦争が終結し、そこそこの時間を経て強いアメリカ自動車産業が弱い日本自動車産業に食指を伸ばし始めていた時代があり、そこからさらに又そこそこの年月を経て、KiKi の学生時代には「日米貿易摩擦」な~んていうことが言われ始めた時代があったという事実でした。

KiKi は学生時代にESS (English Speaking Society) というクラブに所属し、1年生の時のその活動の中の Discussion で、「日米貿易摩擦」をテーマにした大学対抗の大会に出場しました。  これは壱岐さんたちが必死になって強者アメリカに対峙していた時代とはパワーバランスがある意味で逆転し、低燃費の日本の自動車産業が世界ブランドになり、日本が一方的な(?)貿易黒字を謳歌していた時代に、これから日本の貿易はどうあるべきか?を議論する場でした。  でも、この物語で描かれているアメリカ > 日本 というパワーバランスの時代は、そのほんのちょっと前、KiKi の子供時代の出来事だったんですよね~。  そしてこの日本の経済成長の果てに「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」がありバブル崩壊があったわけです。


野良仕事の中、ボチボチと読み進めた5月の読書記録です。

5月の読書メーター
読んだ本の数:5冊
読んだページ数:2245ページ
ナイス数:33ナイス

不毛地帯 第2巻 (新潮文庫 や 5-41)不毛地帯 第2巻 (新潮文庫 や 5-41)
第2巻で描かれる前半の防衛庁・戦闘機購入にまつわる商戦に関しては KiKi にとって未知のビジネス領域の話だったので面白く読むことができたし、後半の業務本部で取り組む会社の方向性確定、革新という話は KiKi にとってはどちらかというとお馴染み(要は仕事で何度も携わってきた分野)のお話で、ありがちな確執・ドロドロに懐かしさに似たものを感じました。
読了日:05月29日 著者:山崎 豊子

不毛地帯 (第1巻) (新潮文庫 (や-5-40))不毛地帯 (第1巻) (新潮文庫 (や-5-40))
この物語、KiKi が初めて読んだのは学生時代でした。  「戦争を知らない子供」として生まれた KiKi にとって、この物語の第1巻で描かれるソ連抑留時代の主人公の描写はショックを通り越して、毎晩うなされるほどの衝撃がありました。  そして平和な時代に生まれ、国家に守られているという実感こそないものの、日々生命の危機を感じずに生きられることに深く感謝したものでした。
読了日:05月25日 著者:山崎 豊子

ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常 (メディアワークス文庫)ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常 (メディアワークス文庫)
とってもサラサラと読めちゃう本なんだけど、読了してみた今、ものすご~く正直に言うと、何とも言えない中途半端感が漂う物語だなぁ・・・・・と感じちゃうんですよね~。  ライトノベルっていうのはこういうものなのかもしれませんが・・・・・・。
読了日:05月22日 著者:三上 延

ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち (メディアワークス文庫)ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち (メディアワークス文庫)
とってもサラサラと読めちゃう本でした。  本好きの人にとっては「古書堂」という響きと言い、その古書堂が営まれている場所が鎌倉であるという舞台設定と言い、1章1章のタイトルに本の名前がついていることと言い、ちょっと見かなり魅力的に映る本だと思います。
読了日:05月22日 著者:三上 延

殺す鳥 (創元推理文庫)殺す鳥 (創元推理文庫)
誰もが心の中のどこかで守りたいと切望している「普通」 & 「平穏」な日常。  それが外的な力によって壊されそうになった時、人は何を選択するのか??  「道義心」とか「正義」というものがどの程度抑止力となるのか??
読了日:05月21日 著者:ジョアンナ・ハインズ

2012年5月の読書メーターまとめ詳細
読書メーター

6月は1か月契約の東京での出稼ぎ仕事があります。  「東京でのお仕事 ≒ 通勤電車での暇つぶし が必要 ≒ 読書が進む」 という方程式を期待しているのですが、どうなることやら・・・・・。  まあ、何はともあれ、「農業機械購入資金」を稼ぐための出稼ぎ仕事。  色々不安なことも多い案件ではあるのですが、できる範囲で頑張ってきたいと思っています。

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