2012年7月アーカイブ

なんだかんだとゴタゴタしていて、「ベートーヴェンのカルテット Review を完成させる企画」があと1曲を残して中途半端な状態になってしまっていました。  ま、てなわけで本日の KiKi のBGM はこちらです。

べートーヴェン 弦楽四重奏曲第16番 Op. 135
シャルプラッテン TKCC-70012 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

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(毎度のお断りではありますが ^^;)因みに、このCDは今では廃盤になっていて、リマスタリングしたこちら(↓)が現在の定番商品になっているみたいです。

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ベートーヴェン最後のカルテットにして、まとまった作品としても生涯最後の作品です。  この後にいわゆる「大フーガ」の代わりに作曲された、「弦楽四重奏曲 第13番」のフィナーレ部分があるものの、言ってみればベートーヴェンの白鳥の歌と呼べる作品がこのカルテットであることを考えると、音楽を楽しむこちらの身もひきしまるというものです。

「最後の作品」、「気難しいベートーヴェン」、「難解な後期のカルテット」という先入観をもってこの音楽を聴くと、多くの人は「あれ?」と肩透かしを食らったような気分になるのではないかしら??  KiKi にはこの音楽は愛らしく、時にモーツァルトを彷彿とさせる音楽に聞こえます。

    

例の交通事故事件が発生する前に読み始め、凡そ2/3 を読み進めたあたりで事故の第一報を受け、そこから約2週間、読書どころではない生活をしている間に、その本に書かれていたことをすっかり忘れ去ってしまった、そんな本をようやく読了しました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

逆説の日本史 10. 戦国覇王編 - 天下布武と信長の謎
著:井沢元彦  小学館文庫

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企んだのは朝廷か将軍義昭か、はたまたイエズス会か?  謎に包まれた本能寺の変の真相に迫る第十巻。  信長は残虐な無神論者ではなく、敬虔で寛容な政治家だった。  歴史学界の定説を覆し、「信長論」の新たなる地平を切り拓く野心的な歴史ノンフィクション待望の文庫化。
第1章: 織田信長の変革編 - 将軍義昭との抗争
第2章: 信長 vs. 宗教勢力の大血戦編 - 安土宗論にみる宗教弾圧の正当性
第3章: 新しき権力の構築編 - 大坂遷都計画と安土城の謎
第4章: 本能寺の変 - 明智光秀、信長暗殺の真相  (文庫本裏表紙より転載)

顕如は「生き仏」である。  だとしたら、それに対抗するためには「生き神」になるしかないではないか。  顕如が「来世の幸福」を保証する「生き仏」なら、信長は「現世の幸福」を実現する「生き神」たらんとしたのである。
つまり、信長が生きていれば、天正12年おそくとも13年頃、秀吉とは比べものにならない強固な統一政権が生まれ、秀吉のような国内戦のロスもなく外征に乗り出すことができたに違いないのである。
あの「無神論者」と評された信長ですら、天皇を海外に言わば「島流し」にするという方法は考えていたようだが、抹殺についてはまったく考えていないのである。  では、なぜそうなのか?  (文庫本表紙より転載)

「日本の歴史上の人物の中で誰に一番惹かれるか?」と問われると躊躇することなく「織田信長」と答えてきた KiKi にとってこの巻は実に楽しみだった巻でありました。  そういう意味では一気に読み終えたかったにも関わらず途中で突発事項が発生し、読みかけ状態で放置せざるを得なくなってしまったことがあの理由によるものでなかったら、ひょっとしたら本気で怒り出しちゃったかもしれません(笑)  

宗教心が希薄だと言われる日本人の気質の大元には信長が戦闘的な宗教集団と徹底して戦い、結果、この時期以降の大半の日本人が異なる宗教もしくは宗派間での血なま臭い争いから解放されることになったことにも起因するという井沢氏の分析には、心から賛同します。  世界中の歴史を見てもこの時期以降の日本の歴史ほど「政教分離」が徹底できていた世界はそうそう滅多にあるものではありませんから・・・・。

 

ようやくLothlórien_山小舎に帰宅した KiKi のもとにこのエントリーでお話した1年ぶりのユーキャン通信講座製作課題、「ステンドグラスのタペストリー」が添削されて戻ってきていました。  当初はこの作品、「恐らく家に飾ることはないだろう」と考えていたのですが、こうやって手元に戻ってみるとせっかく作った作品ではあるし、仕舞い込むと収納場所も必要だし、ましてLothlórien_山小舎の壁は結構殺風景だし・・・・てなことを考え、一応飾ってみることにしました。

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杉材の壁に直接画鋲で刺す・・・・・という大雑把な飾り方ではありますが、ま、いいでしょう(苦笑)  で、2週間ぶりに手がけ始めている次の課題の進捗はこんな感じ(↓)です。

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この猛暑日の中、クーラーのない家でのキルティングというのは結構シビレル作業です ^^;  2週間の遅れ・・・・・という状況がなければ、少しでも涼しい日まで小休止・・・・としたい気持ちはヤマヤマなのですが、そんなことを言っていたら確実に受講期限内に作品作成を終わらせることはできません。  まあ、ボチボチとでもいいからすすめていこうと今のところは思っています。

そしてそんな気分を盛り上げるためにも必要だったのが美しいキルティング作品を観て感化を受けること!!  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本は以下の2冊です。

キルトに聞いた物語
著:小野ふみえ  暮しの手帖社

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アメリカの田舎の、さびれた古道具屋で古いキルトに一目ぼれした、そのおなじ感動を伝えるために。  百年も、百五十年も生きのびてきたキルトを収録。  アンティークキルトを愛し理解する人々の友情が綴られてできた1冊。  (Amazonより転載)

花かご揺りかご
著:小野ふみえ  暮しの手帖社

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キルトは「世界の共通語」と言われるほど、各国で親しまれている。  アメリカやヨーロッパの美術館、博物館に保存されている古いキルトを紹介するとともに、キルトの作り方についても解説する。  (Amazonより転載)

どちらも現在は絶版になってしまっている本ですが、KiKi はたまたま古本で入手してありました。  古本と言っても見た目はかなり綺麗で新刊本もビックリというほどの状態だったんですけどね(笑)  アンティーク・キルト・コレクター 兼 キルト研究家の小野ふみえさんの著書で、2冊ともサック入りのハードカバー本です。  どちらも豊富な図版が魅力で、美しいキルトがこれでもかっていうぐらいカラー写真で紹介されています。  ただこれら2冊の本が他のキルト本と大きく異なるのはその作品紹介にとどまらず、著者がその作者を探し求めたり、そのキルトが作られた時代背景について自分の足で訪ね歩いた際のあれこれが書かれていることではないでしょうか。

    

やっと帰宅・・・・。

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ご無沙汰しております。  今日、KiKi はLothlórien_山小舎にいます。  例の交通事故でのドタバタ大騒動もやっと一段落です。  水曜日に赤ちゃんは退院(こちらはほぼ全快)、翌木曜日にお母さんも退院(こちらは骨盤骨折のため完治まではまだ2ヶ月ほどを要する模様)し、とりあえずお母さんの実家に送り届けたのが木曜日。  昨日は身1つ(身2つ)で引越しした母子のための荷物運びを兼ねて、再びお母さん方のご実家にお邪魔しがてら、Lothlórien_山小舎に帰って来ました。

久々の我が家は締めきっていたため、山小舎でありながらもどこかムンムンとしているし、慌ただしく出て行ったせいもあって、処分することができずに置きっぱなしにしてあったゴミ類(一応蓋付きの容器には入れてあったけれど)が発する臭いで我が家であって我が家でないような不思議な感じだったけれど、何はともあれ、ちょっとほっとしています。

KiKi にとってこの赤ちゃんは自分の子供ではないし、ましてこれまではイベントの時(お宮参りとかお食い初めとか)しか会わない赤ちゃんだったのが、この2週間ほどは毎日顔を合わせ、必要に応じ哺乳瓶で授乳したりオムツを替えたりと手をかけていたので、今日から暫くは会えないのが何だかちょっぴりさびしいような物足りないような不思議な気分です。

でも1つ、ものすご~く嬉しかったのは、昨日荷物運びで赤ちゃんの実家にお邪魔してみたら、例のベビーキルト(↓)の上で彼女がスヤスヤと眠っている姿を見ることができたことです。  出産には間に合わず、キルトが必要なシーズンに遅れてようやくできあがったベビーキルトだっただけに、作品を何とか完成させた自己満足だけで終わってしまったような気分をず~っと抱えていたんだけど、今回の出来事のおかげ(?)で有効利用されているのを目の当たりにしたとき、言いようのない嬉しさがこみあげてきました。  とは言え、あんな出来事は2度と起きて欲しくないわけで、そういう意味では冷静になるとこれはこれでまたとてもビミョーな気分です。

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先日お話した親類の交通事故事件。  未だになかなか落ち着きません。  赤ちゃんとお母さんは相変わらず別々の病院(しかもこの2つが結構遠い!!)に入院中だし、唯一比較的軽症(?)らしいお父さんも胸や脇腹のあたりが痛いと言っていて、それでも何かとバタバタしていて自分自身の病院には行っていないしで、心労やら肉体疲労がたまりつつある今日この頃です。

それでも少しずつペースがつかめてきているので、KiKi 自身はかなり落ち着いてきているんですけど、都会の人混みと暑さに耐えかねて山小舎暮らしを始めた身には、この気候、この日々の活動はちょっとシンドイかも・・・・・(苦笑)。  とりあえず今のところ3人のうち誰一人としてさほど深刻になる必要がある容態というわけではないというのがせめてもの慰めでしょうか??

いずれにしろ今日もこれから病院通いです。  今暫くはブログの更新はおろか、音楽鑑賞も読書もチクチクもままならない日々が続きそうです。

昨日から KiKi は再び上京してきております。  と言うのも、昨日の朝8時過ぎ、いきなり電話がかかってきて、誰かと思えばあの「ベビー・キルト」の赤ちゃんのお父さんからで、な、な、なんと、家族全員で交通事故にあってしまったとのこと。  その時の電話では本人はムチウチっぽいけれど比較的軽症、奥さんは頭から出血していて血の量は多いけれど意識もしっかりしているし自分で歩ける程度、赤ちゃんは目だった外傷はなしということだったのですが、その後、救急車で病院に運ばれてしばらくすると赤ちゃんは転院、奥さんは入院とのこと。  KiKi 自身は電話をもらってすぐにLothlórien_山小舎を出発したものの、関越を走っている間に次々と入ってくる情報がだんだんシリアス度を増していきます。

結果的に今のところ3人とも命に別状はないものの、赤ちゃんは1週間ぐらいの入院、奥さんは2~3日の入院ということで、しかも病院があっちとこっちに分かれているという状況になってしまいました。  一番重症の赤ちゃんは生後まだ半年とたっていないのに、乳幼児ICUに入れられ、人生50年を生きてきた KiKi でさえ未経験のチューブにつながれているし、そのお母さんの方もICU入りをしていてMRIなどの検査では大事ないとのことなのですが、KiKi が病院についた時には、片足が自分では動かすことができず(感覚がないとのこと)、打撲のせいか片目が大きく腫れあがってしまっていて、どちらも見るからに痛々しい姿でした。 

事故直後、家族3人、救急車で搬送されてしまったため、大破した車の中には保険証券をはじめ大切なものがいくつも残っているということなので、そのピックアップにも行かなくてはならないし(車はすでにスクラップ屋さんに警察の指示で運ばれているらしい)、警察の事情聴取もまだ残っている(?)みたいだし、保険会社との折衝(加害者側との折衝を含む)もありそうだし、2つの病院を行ったりきたりもあるし、ついでに賄いおばさん業もある・・・・・という状況なので、KiKi は池袋と横浜、病院のある川崎 & 世田谷の4か所を行ったり来たり・・・・・という生活が余儀なくされてしまいそうな雰囲気です。

ま、てなわけで、あまりネットにアクセスしている時間はなさそうなので、しばらくブログの更新はちょっとムリっぽいかもしれません。  1週間ほどはお休み・・・・・ということになりそうです。

文句を言いつつもずっと読み続けている「逆説の日本史シリーズ」もとうとう9巻目です。

逆説の日本史 9. 中世野望編 ‐ 鉄砲伝来と倭寇の謎
著:井沢元彦  小学館文庫

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日本人の根本原理である「和の精神」が崩壊した下克上の時代を生き抜いた戦国武将たち。  織田信長、武田信玄、上杉謙信、毛利元就、北条早雲らの「天下人たる資質」を徹底検証する。  混迷の時代にあって、"覇者の条件"とは何かを問う井沢流歴史ノンフィクションの白眉、待望の文庫化!

第1章: 琉球王国の興亡編

第2章: 海と倭寇の歴史編

第3章: 戦国、この非日本的な時代編

第4章: 天下人の条件Ⅰ 武田信玄の限界編

第5章: 天下人の条件Ⅱ 織田信長の野望編  (文庫本裏表紙より転載)

ポルトガル人は完成品である鉄砲を輸出して大儲けしようと思っていたのに、日本人はなんと鉄砲伝来の翌年に、国産化に成功してしまったのである。  ハイテク大国日本は何も今に始まったことではない。

私が「16世紀の倭寇」はほとんど中国人だと主張するのは、それが「真実」だからだ。  しかし、中国人の多くはそうは思わないだろう。  「倭寇は日本人の海賊のことで、日本人の残虐性の象徴だ」というのは、16世紀以来中国人の心の中にある一種の「民族的信仰」のようなものだからだ。

「16世紀の倭寇」は、「明の失政に起因する国内問題」として扱うべきだろう。  したがって「倭寇」という名称も適当ではない。  別の用語を用いるべきである。  (文庫本表紙より転載)

この巻はかなり楽しむことができました。  日本史を学生時代に学んでも「琉球史」に触れる機会は全くと言っていいほどないなか、第1章の「琉球王国の興亡編」は未知のことを知るという意味でかなり面白かったし、ついでに KiKi にとっては日本という国のアジアにおけるポジション(文字通り位置・地形的存在)についてあれこれ考察してみるいい機会になりました。  第2章の倭寇に関する記述も、倭寇と呼ばれている海賊軍団が必ずしも日本人集団でなかったことは知っていたけれど、実は日本人は多くても2割程度という具体的な数字を知ることができたのは収穫でした。

第2章でかなり印象的だったのは織田信長が定宿としており、結果的に命を落とすことになった「本能寺」が火縄銃を扱うのに欠かせない「煙硝ルート」だったというくだりでした。  鉄砲を扱うためには火薬が必要で、その火薬は煙硝がないと生産できず、しかもその煙硝は日本には産出しないというのははじめてちゃんと認識した事柄だったし、鉄砲が伝来した種子島の宗旨が法華宗(日蓮宗)でその本山が本能寺というのは今回初めて知りえた知識でした。  なるほどね~、井沢氏が「日本史における宗教的側面は極めて重要」と力説するわけです。

先日の「セリオーソ」から弦楽四重奏という分野に関しては14年ほどの空白期を経てベートーヴェン先生が久々に取り組んだカルテット。  でもその空白期にベートーヴェン先生は決して遊んでいらしたわけじゃなくて、すべてのピアノソナタを書き上げ、ミサソレムニスも書き終え、日本人の大好きな第9もほぼ完成させ・・・・と半端じゃなくお忙しかったのです。  お忙しかったのと同時に益々偏屈度に磨きをかけられ、凡人にはついていけないような思索的・哲学的な世界に踏み込んでいらっしゃいました。

ま、てなわけで、本日の KiKi のBGMは人類の至宝、ベートーヴェン大先生の後期のカルテットの1曲目でございます。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第12番 Op. 127
シャルプラッテン TKCC-70656 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

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さきほど KiKi はベートーヴェン先生の晩年に関して「益々偏屈度に磨きをかけられ、凡人にはついていけないような思索的・哲学的な世界に踏み込んでいらっしゃいました。」と書いたけれど、そうなる「カルテット」は実はこの次の曲からではないかしら??と個人的には思っていたりもします。  と言うのもね、この曲にはまだまだ健全な(?)伸びやかさ・・・・みたいなものがあるように感じるんですよね~。

 

通信教育講座の受講期限まであとわずか・・・・ということが判明しても、あっちへ行ったりこっちへ行ったりという野暮用でなかなか作品制作に没頭する時間がとれません(ため息)  そんな中、それでもスペアタイムを利用して、次の課題、ナインパッチのトートバッグの表布がようやくできあがりました。  次はこの暑苦しい中、キルティング作業が待っています。


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まだまだバッグの影も形もない状態だけど、ね、パターンが逆向きでも大した問題じゃなさそうでしょ♪  もっともこの課題の KiKi にとっての最大の難関(?)は「バッグ仕立て」の部分だろうと思うので(中袋と表袋の縫い合わせ とか マチ部分の細工 とか 持ち手の付け方 とか、とか、とか)まだまだ道のりは遠そうです。  

KiKi がベビーキルトに時間を取られ、アタフタしている間にユーキャンさんでは講座受講者のネット上のサポートということで「学びオンラインプラス」というサイトをオープンしていらっしゃいました。  今日そこに初めてログインしてみたんだけど、「学習スケジュール」というページができていて、KiKi 自身は設定した覚えがないので、恐らく現段階での推奨スケジュールが入っているんじゃないかと思うんだけど、次の添削課題(ハウスの玄関マット)の提出目安が10月24日とのこと。  

一応、今のところ KiKi がリスケした学習予定表でもこの課題の完成目安は10月19日ということで予定しているので、特に何も問題が発生せず、粛々と課題を進めることさえできれば、何とか期限内で修業できそうな雰囲気が漂ってきていて、ちょっと一安心。  まあ、ここで油断すると「アチャ~!!」という結果に終わってしまうことにもなりかねないので、とにかくまじめにコツコツと進めていきたいと思っています。

    

出歩くには暑すぎ、田んぼも畑もない東京では、やることも大してなく読書が進むモンですねぇ(苦笑)  もっとも東京での正しい暮らし方、「忙しく仕事をしていた」頃には、お布団の中だけが読書タイムで常に睡魔との戦いだったので、たまたま今の KiKi が東京ではやることが他にないだけなんですけどね。  ま、てなわけで本日の(厳密には昨日の) KiKi の読了本はこちらです。

逆説の日本史 8. 中世混沌編 ‐ 室町文化と一揆の謎
著:井沢元彦  小学館文庫

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なぜ世阿弥の名前に「阿弥」がつくのか?  応仁の乱の原因は"日本史上最大の悪妻"日野富子の嫉妬だった!?  既成の秩序や価値観が崩壊する一方で宗教が隆盛を極め、新たな文化が花開いた「室町」という時代の胎動、来るべき群雄割拠の予兆を説きおこす。
第1章: 「懶惰の帝王」足利義政編 - 無責任将軍が招いた応仁の乱
第2章: 日野富子と傀儡政権編 - 「半将軍」細川政元のクーデター
第3章: 国一揆と一向一揆編 - 律令制度の崩壊と新しい土地システム
第4章: 室町文化の光と影編  (文庫本裏表紙より転載)

朝鮮半島にも怨霊信仰はある。  しかし、大きく違うのは、怨霊のタタリは信じるが、それを危険なもの不浄なものと捉え、できるだけ避けようとする朝鮮半島に対し、日本はそれを丁重に鎮魂し、その行為によって御霊(=善神)に転換させようとする。  つまり、日本の怨霊は、少なくとも世阿弥の夢幻能に出てくる怨霊は、鎮魂済みの「神」なのである。
偶発的な政治バランスによるものではなく、堅固な思想的背景を持つ「一揆」として加賀一向一揆がある。  この一揆にはまさにカリスマ的なリーダーが存在する。  そのリーダーあってこそ、この「独立国」は成功を収めた。  そのリーダーの名は阿弥陀如来という。  (文庫本表紙より転載)

この巻は今までの中で一番読みやすかったかもしれません。  井沢節も未だ健在・・・・ではあるものの顕在というほどではないうえに、KiKi 自身があんまりよく理解できていない時代の話であるために「うっそぉ!!」と思うことがほとんどなかった・・・・・というのがその大きな理由なのかもしれません。

正直なところ、KiKi は「応仁の乱」っていうヤツのことがよくわかっていなかった(名前だけは知っていたし、嫌になるほど長い争いだったことや都を疲弊させたことは知っていたけれど、根本的に誰と誰が何のために争っていたのかを理解していなかった)から、その輪郭がうすぼんやりと・・・・ではあるものの、ようやく理解できてきたような気がするし、同時に「惣国」というもののことを全くと言っていいほど知らなかったので、「惣国一揆」と「一向一揆」のどこが根本的に異なるのか?を丹念に解説してくれていたのも有難かったです。  まあ、この著者の言うことですからどこまで信じていいのか?は甚だ疑問ではあるんですけどね・・・・・・(苦笑)


今日も昨日に引き続き、ベートーヴェンのカルテットのエントリーを書いておこうと思います。  と言うのもね、ベートーヴェンがこのジャンルの音楽を書くには最初の6曲(Op. 18)から次の3曲(ラズモフスキー)に行くのに5年間の沈黙期間があり、そこからさらに約5年間の沈黙期間を経て昨日の「ハープ」や今日のこの「セリオーソ」が書かれ、次の第12番に行くのにこれまた10年以上という年月を必要としているんですよね。  そんな彼の作曲頻度に聴く側であるこちらも併せて、可能な限りこのひとかたまり、ひとかたまりを聴いておきたいかなぁ・・・・・と。

ま、てなわけで本日の KiKi のBGMはカルテットの第11番。  別名「セリオーソ」と呼ばれる音楽です。  セリオーソ・・・・・英語で言えばシリアスですね。  「真面目な」とか「厳粛な」とか「深刻な」というほどの意味合いでしょうか。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第11番 Op. 95 「セリオーソ」
シャルプラッテン TKCC-70653 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

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ベートーヴェンという人は基本は絶対音楽の人なので、自分の作曲した曲に安易に「愛称」とか「呼び名」を自ら振ったりすることはありません。  まあ、まったくないとまでは言わないんですけど、ロマン派の人たちのようには饒舌じゃないんですよね。  で、そんな中、この曲はある意味では例外的に直筆譜に「セリオーソ」と書かれていたそうですし、この曲の第3楽章には「アレグロ・アッサイ・ヴィバーチェ・マ・セリオーソ」と曲想が指定されており、本人が「真面目に」つけたタイトルだったようです。

ベートーヴェンが耳に疾患を患っていたことはとても有名な話ですが、具合が悪かったのは耳だけではなく、どうやら視覚もかなり悪くて目に見える世界でも実はかなりの制約を受けていたのだそうです。  人間にとって極めて大切な視覚・聴覚の2つが閉ざされ気味の世界。  それを想像するのは老眼を除けば五体満足の KiKi なんかにはかなり難しいことだけど、とは言っても普通の世界(社会)とは隔離されたような孤独感とは無縁ではないこと、そしてそれと逆行するかのように自分の内面の感覚だけは研ぎ澄まされていく・・・・・ということは何となく想像できるような気がします。


この週末から今週火曜日にかけて KiKi は東京に来ています。  週末には例のベビー・キルトの赤ちゃんの「お食い初め」があり、日頃から賄いおばさんに徹している(?)KiKi は煮物やら紅白なますやらをLothlórien_山小舎で作ってタッパーウェアにつめて上京、お食い初め当日の日曜日には朝から鯛や蛤、ミツバ等々の買い出しに走り、お吸い物を作ったり、鯛の塩焼きを焼いたりと大忙しでした。  鯛の尾頭付きを購入するには、赤ちゃんが暮らすマンションの魚焼きグリルの寸法を測ったりして万全の準備を整えてスーパーに向かったものの、置いてあった鯛が悉く大きくて、対角線上に置けばギリギリ入るかもしれない・・・というサイズのものを選択。  念のために電子レンジのグリルで焼かなくちゃいけなくなることも想定して、クッキングペーパーなんぞも買ってと大騒ぎでした。

肝心の赤ちゃんは終始ご機嫌で、ニコニコしていてくれていたんですけど、ようやく準備が整った・・・・と思った頃にはホステス稼業に疲れちゃったのか、お昼寝モードに突入。  まあじゃあ今のうちに・・・・と集まった大人だけでお食事をしたんだけど、ついついうっかり「蛤のお吸い物」をみんなで全部飲んじゃって(^^;)肝心の「お食い初めイベント」の時には、身を食べ終わった蛤の貝殻をお椀の中でひっくり返し(空なのを隠すため)、ミツバを置いてお水を注いだものを「蛤のお吸い物」と見立てて写真撮影というインチキもしつつ、この一大イベントを終了しました。

自分の子どもがいない KiKi には一つ一つのイベントが新鮮で、何だか幸せのおすそ分けをいただいて得した気分の週末でした。  さて、そんな心温まる一日を終えて迎えた今日、今日の1曲は順番に従ってこちらのカルテットです。

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第10番 Op. 74 「ハープ」
シャルプラッテン TKCC-70655 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

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ここまでのベートーヴェンの弦楽四重奏曲は第1番~第6番までが作品番号18でまとめられた連作、続く、第7番~第9番までが「ラズモフスキー・セット」とでも呼ぶべき連作の作品群でした。  そして、ようやく10曲目にしてベートーヴェン大先生は単作の第10番を書き上げました。  作曲時期としては中期と呼ばれるよく言えば脂の乗り切った(ペーペーでもなく、枯淡でもない)時期の作品で、「ラズモフスキー」で大変貌を遂げた弦楽四重奏曲分野での意欲作と言っても過言ではないように感じます。  何て言うか、それまでのどこか「気負い」みたいなところがある若々しい音楽とは異なり、ちょっと余裕・・・・みたいなものが感じられるように思うんですよね。  

同時期に作曲された曲としてはこの曲の前に交響曲第5番、第6番があり、ピアノ・コンチェルトの第5番があり、ベートーヴェンの名声が確固たるものになった時期ということが言えるだろうと思います。  ただベートーヴェンのキャリアという面では美味しいはずのこの時期、彼をとりまく環境の方はどんどん悪化していきました。  彼の持病の問題もさることながら、とにかくこの時期、世間が姦しい。  ナポレオン軍のウィーン占領とそれに伴うベートーヴェン後援者の疎開が顕著になり始めます。


本が好き!の献本をいただいたことにより、ちょっと間が開いてしまった「逆説の日本史シリーズ」読書。  チクチク・タイムの増加に伴い、ちょっとペースダウンしていたんですけど、ようやく第7巻を読了しました。

逆説の日本史 7. 中世王権編 - 太平記と南北朝の謎
著:井沢元彦  小学館文庫

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日本歴史上未曽有の戦乱期、その記録をなぜ「太平記」と名付けたのか?  "天皇家乗っ取り"という野望成就を目前にして急死した足利義満は暗殺されたのか?  数々の謎を秘めた南北朝の世に斬り込む「逆説の日本史シリーズ」文庫、待望の最新刊。
第1章: 尊氏対後醍醐天皇
第2章: 「太平記」に関する小論編
第3章: 尊氏対直義編
第4章: 「日本国王」足利義満の野望編
第5章: 「恐怖の魔王」足利義教編  (文庫本裏表紙より転載)

道鏡と将門は「天皇そのもの」になろうとしたのではない。  義満は違う。  義満は「皇統」から遠く離れた血筋でありながら「皇帝」でもなく「新皇」でもない「天皇そのもの」になろうとした。  厳密に言えば、義満は自分の息子である義嗣を天皇にし、天皇家そのものの乗っ取りをはかったのである。
天皇家が、現実の権力を失ってからも、権威を保ち続けていたのは、国に宗教を司る権利つまり祭祀権を持っていたからだが、義満はこれも手中に収めた。  「天壌無窮」の神話に対し、「百王説」という新しい神話も流布させた。  食い止めることのできる人間は一人もいない。  いわば義満は、天皇家出身以外の人間で、もっとも限りなく「天皇」に肉薄した男なのである。  (文庫本表紙より転載)

KiKi の日本史の知識の中でもっとも欠落しているのが「大正以降の近現代史」なんですけど、それに次ぐ欠落度合の激しい時代がこの室町時代です。(まあ古代史も必ずしも親しいわけじゃないんですけど・・・・ ^^;)  王朝文化華やかな平安時代と鎌倉時代では価値観から中心の場所まで大転換があったという意味で印象的だったし、織田信長という時代精神へのチャレンジャーもやっぱり印象的なわけだけど、足利政権っていうヤツはとかく影が薄い・・・・・というか、鎌倉幕府の延長線上にある覇者が変わっただけの政権っていう印象なんですよね。

もちろん、京都観光の目玉である「金閣・銀閣」もこの時代だし、私たちが「純日本風」という言葉でイメージするあれこれの出発点がこの時代にあることは百も承知で、そういう意味では「文化史」的には興味深い時代だとは思ってきたけれど、政治史・経済史という観点に立った時、何となくぱっとしない時代だなぁ・・・・・と思っていたようなところがあります。

何となくぱっとしないから興味を惹かないし、興味を惹かないから益々知らないまんま状態が放置されてしまいます。  又、戦後教育を受けてきた KiKi にとって皇統図っていうヤツはどちらかというと「知らなくても困らないこと」という範疇に入る知識だったように感じていたせいもあって、この時代のキーワードの1つ「南北朝の分裂」というヤツも単語としては知っていたし、その後の「南北朝合一」というヤツも単語としては知っていたけれど、これらの事件がどういうことだったのか?に関してはあんまり真剣に考えてみたことがありませんでした。  否、考察してみようと思ったことさえありませんでした。


再び始動しはじめたユーキャンのパッチワーク・キルト講座の課題作品制作。  今、取り組んでいるのは「ナインパッチのトートバッグ」です。  先日もこのエントリーでお話した通り、布の裁断の段階で大きなミスを犯していた KiKi ですが、幸いなことに今回のパターンはさほど具象的な図案ではないので、間違いは無視して先に進めています。

一般的な「図案集」なんかにある「バラのパターン」っていうやつはもっと複雑怪奇(?)なんですけど、テキストによれば今回作成しているパターンも一応「バラのパターン」ということのようです。  で、KiKi の場合、方向が間違っているので「逆バラのパターン」ということで一応記録を残しておこうと思います。

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で、このパターンを7枚作らなくちゃいけなかったんですけど、それがようやく本日終了しました。  7枚のパターンをつないでこ~んな状態(↓)にしなくちゃいけないとのこと。

2012_Jul05_003.JPG

この絵の真ん中のところの素材がようやくできあがったところ・・・・というわけです。  



今 KiKi はベートーヴェンの「ラズモフスキー3部作」の最終曲を BGM に、夏の定番「葭簀」を窓にかけるべきか、梅雨明け宣言まで待つべきか、思案の真っ最中です。   昨日までのそぼ降る雨の日にはそんなことをは一切考えないんですけど、今日ぐらいカッと強い日差しが窓の外に広がると、途端に暑くてたまらないような気分になってくるんですよね~。  なんせ、ここ Lothlórien_山小舎にはクーラーなんぞという文明の利器は設置していないものですから・・・・・(苦笑)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第9番 Op. 59-3 「ラズモフスキー第3番」
シャルプラッテン TKCC-70012 演奏:ベルリン弦楽四重奏団(ズスケ・カルテット・ベルリン)

61mPqeHOAGL._SL500_AA300_.jpgのサムネール画像  (Amazon)

(毎度のお断りではありますが ^^;)因みに、このCDは今では廃盤になっていて、リマスタリングしたこちら(↓)が現在の定番商品になっているみたいです。

51F0Zx4ZqbL._SL500_AA300_.jpgのサムネール画像  (Amazon)

最終曲を迎えるにあたって、この3つのカルテットの注文主であるラズモフスキー伯爵について、ちょっとお話しておきたいと思います。  

ラズモフスキー伯爵は1752年ペテルブルグに生まれたロシアの貴族で、海軍士官として訓練を受けたのち外交官として国に仕えるようになりました。  1788年にウィーンで音楽愛好家として知られたトゥン伯夫人の娘エリザベートと結婚、1801年から正式にウィーン駐在のロシア大使に任命されるに至ります。  

ラズモフスキー伯爵は裕福で金遣いが荒く、自前で豪邸を構え(これはその後消失)、蒐集家ならびに芸術のパトロンとして名をはせていました。  ベートーヴェンの有力なパトロンの1人でもありました。  1808年には自前の弦楽四重奏団を抱え、自らその第2ヴァイオリンを担当するなど、音楽の素養もなかなかのものがあったようです。  と言うのも、この弦楽四重奏団、当時は全欧に並ぶものなしといわれるほどの存在感を示すカルテットだったのだそうです。

因みにこ~んなお顔をしていらしたらしい・・・・

patrons_razumovsky.jpg  (こちらのサイトより転載)

ま、こういう注文主の出自を考えると、このラズモフスキー四重奏曲の中にロシア民謡が取り入れられている理由もよ~くわかったりもするわけですが・・・・。  と同時にベートーヴェンの「傑作の森」の背景には彼のようなパトロンの存在が無視できないという事実にも気が付くわけで、やはりある程度の安定した生活あってこその「傑作の森」とも考えられちゃうわけでもありまして・・・・。  まさに「同情するならカネをくれ!」の世界です(苦笑)


「本が好き!」で頂戴した3冊目の献本です。  多謝。  外山滋比古さんの著作はだいぶ前にブックオフで「思考の整理学」を入手して積読状態になっていて、いずれは読んでみようと思っていたところだったので、興味深く拝読しました。

傷のあるリンゴ
著:外山滋比古  東京書籍

41UBfUdthUL._SX230_.jpg  (Amazon)

常識の裏側を見抜く妙味あふれる最新エッセイ集
ヒマなほど忙しい
ひとりでは多すぎる
始めよければあとがこわい
親があっても子は育つ
不幸は好運のもと
親不孝の孝行
忘れるが勝ち ・・・・・等々
どこを読んでも味わい深い30編  (単行本帯より転載)

う~ん、かなりビミョーかもしれない・・・・・。  恐らく KiKi がまだ高校生ぐらいの年代だったら、それなりに楽しく、ついでにちょっと驚きの目を瞠ってこのエッセイ集を読んだかもしれません。  でも、大人になって、ついでに世間の荒波にもかなり揉まれて、その中でかなり多くの経験を積んできて、ついでに人生半ばにして自分の生き方を結構ドラスティックに変えてきた人間が読むと「ふ~ん」で終わってしまう内容かなぁ・・・・・と。

一番ビミョーだと感じたのは、KiKi 自身が受験生という年代からは遥かに遠ざかり、ついでに社会人1年生という時代からもかけ離れてしまった、「隔世の感」というフィルタがかかった目を持つ世代であるということがあるせいなのかもしれないけれど、要するにその世代に特有の「勝ち・負け(≒ 受験での失敗とか、大会社への就職とか・・・・・)」が必ずしも人生の「勝ち・負け」と一緒ではないという趣旨のエッセイ(これが結構多い! 笑)で、言いたいことはわからないじゃないんだけど要するに著者は人生の「勝ち・負け」にはかなり拘っているんだなぁと感じられちゃうあたり・・・・。  しかもたちが悪いのはその人生の「勝ち・負け」とはどういうことか?という定義をちゃんとしないままにこれを語っちゃっているので、言っていることに現実味というかリアル感が乏しくて、「要するに観念論よね・・・・」と感じられちゃって何となく「ハイハイ。」で終わっちゃう・・・・・(苦笑)


>今日はユーキャンの次の課題、「ナインパッチのトートバッグ」にとりかかっているのは、別エントリーでもお話したとおり・・・・。  昨日、切り残してしまっていた最後の布からピースを切り出し、いざチクチク作業へ・・・・・となったその瞬間、KiKi の頭は真っ白けになってしまいました。

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テキストにあるようにピース布を並べてパターンのイメージを掴もうとしたところ、どうしてもうまくいかないんですよね~。  どういうことかって言うとね、まあ、下の写真をご覧ください。

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左のテキストの写真と右の1つだけ縫い終わった KiKi の作ったパターンの違いがわかります??  このパターンで使われているピース(三角形)には実は「方向」っていうものがあったんですよ。  でもね、KiKi はそれには無頓着にチョキチョキ作業を進めちゃっていたんです。

まあ、一応、言い訳をしておくと、このユーキャンの講座では「裁ち合わせ図」というものが入っているんですけど、これが厄介なことに布地の表側に型紙を置いた状態の絵になっているんですよ。  しかも1枚の布が下手をすると2つ、3つの作品で使いまわされるようにセットされているので、その「裁ち合わせ図」どおりに裁断しておかないと、後でえらい目にあう(・・・・かもしれない)という制限(?)付きなんです。

で、以前の作品のピースを切り出したときには結構布の表・裏をかなり意識していたんだけど、今回は受講期限という制限のこともあったりして、ことチョキチョキ作業をするにあたってはほとんど頭を使わずに絵のまま機械的に作業を行った・・・・・・というのが敗因です・・・・・ ^^;

まあ、左右反転(?)しているとは言え、面積と言う意味では変わらない ≒ バッグを作るにあたっては大した問題ではない と無理やり自分を納得させ、とりあえずこのまま作成は続けようと思っているのですが、このパターンの縫い方が身についていない状態でこの左右反転状態は結構大変!!なんですよね~。  と言うのもね、縫い方の写真がテキストに工程別に載っているんだけど、それをそのまま真似しようとすると何かと問題が発生するんですよぉ。  チクチクするたびにテキストの写真を眺め、頭の中で自分の手元のピースの向きに変換して・・・・・・ということで、予想以上に時間がかかってしまっています。

ま、こんなこともあるさ・・・・・。       

1年越しの課題となっていたユーキャンの通信講座の課題、ようやく昨日完成しました!!  思い起こせば昨年の5月24日以来、遅々として進まなかったあの課題。  手がけ始めたのは4月11日だったわけですから、ホント、丸1年以上の月日を要してしまったわけです。  ベースになる布はもともとムラ染めの布なんですけど、心なしかそこかしこが黄ばんでいるような気がしないでもない・・・・・・(苦笑)  さて、ではその完成図をご紹介しておきましょうね。









2012_Jul02_009.JPG



アハハ・・・・^^;  又、やっちまいました。  ようやく完成したという想いと通信講座の受講期限が残り少ないという焦りの相乗効果(?)で、完成作品の写真を撮ることを忘れて、封筒に入れちゃいました。  思い起こせば、この講座を受講し始めて最初の提出課題を仕上げた時にも KiKi は同じことをしていたような気がします。  進歩がないと言うべきか、「初心にかえって頑張るぞ!」という決意表明ということにしておくべきか・・・・・・。

ま、何はともあれ、これでこの講座の全9作品のうち、5作品まで何とか終了したことになりました。  次はナインパッチのトートバッグ(下図 ↓ ⑥)です。

about_pic_0001.jpeg  

それはさておき、先日ユーキャンのサイトへ行ってみたんですけど、どうやらこの講座、今ではもうなくなってしまっているんですねぇ。  現在では KiKi が受講を考えていた際に悩んだ末にやめておいたもう一つの講座と「和のキルト」という別の新設講座のみになってしまっているみたい・・・・・。 

 

今日から7月。  早いもので2012年も半分が終わってしまいました。  ブログ右サイドバーに設置してある「読了目標」を見る限りではとりあえず今年の年間目標180冊の半分は十分に読了しているようなので正直なところほっと一息・・・・という感じです。  まあ、冊数をこなすための読書をするつもりはさらさらないわけですが、一応目標をたてている以上はねぇ・・・・・ ^^;  ま、いずれにしろ今日は2012年6月の読書のまとめをしておきたいと思います。  先月は「山崎豊子作品」 & 「逆説の日本史」月間という感じのラインナップになっています。 

6月の読書メーター
読んだ本の数:15冊
読んだページ数:6684ページ
ナイス数:38ナイス

逆説の日本史〈6〉中世神風編 (小学館文庫)逆説の日本史〈6〉中世神風編 (小学館文庫)
著者が歴史学会のお歴々をメッタギリにして悦に入っている感もあるこのシリーズの中で、それらのちょっと過激な(に見えなくもない)権威筋に対する攻撃性がなりをひそめ、KiKi には極めて読みやすい文体(要するに著者の自己主張の薄い文体)で仏教史を要約した最初の3章が秀逸。  このシリーズの読書では定着しかかっていた「読み飛ばしモード」の余地がこの最初の3章にはほとんどありませんでした。  井沢さん、こういう文章も書ける人だったんですねぇ。  対する後半3章は・・・・・ ^^;
読了日:06月29日 著者:井沢 元彦

逆説の日本史〈5〉中世動乱編 (小学館文庫)逆説の日本史〈5〉中世動乱編 (小学館文庫)
第1巻から「怨霊信仰」「言霊信仰」をベースに話が進んできた感のあるこの「逆説の日本史」。  さすがに武家政権の誕生という時期になると「それだけでは話が進まない」状態になってくるのは自明の理です。  何せ人を殺すことにためらいを持たない(持ってばかりもいられないと言うべきか)武士の時代に「怨霊」を怖れてばかりいてはいられないわけでして・・・・・。  「さて、どうなる井沢節?」  ・・・「なるほどぉ、道理ね。  そう来ましたか!!」
読了日:06月25日 著者:井沢 元彦

逆説の日本史〈4〉中世鳴動編―ケガレ思想と差別の謎 (小学館文庫)逆説の日本史〈4〉中世鳴動編―ケガレ思想と差別の謎 (小学館文庫)
話は面白いんだけど酒癖のやたら悪いオヤジにつきあわされて、ご高説を延々と聞かされる羽目に陥って、結構うんざりしてしまっていて、とは言ってもところどころに入る「トリビア的話題」だけはやたら面白くて、次に誘われたらきっと又一緒に飲みに行っちゃう(但し、「トリビア的話題」以外のところは聞き流しておけばいいや・・・というスタンス)んだろうなぁと思っている・・・・・というのと近い感覚で、このシリーズを読み進めているような気がします(苦笑)
読了日:06月23日 著者:井沢 元彦

逆説の日本史 (3) (小学館文庫)逆説の日本史 (3) (小学館文庫)
井沢氏の文体に慣れてきたせいか、はたまた先の2巻と比較すると「学会批判」の分量及び舌鋒が緩んできたせいか、この巻に関しては比較的楽しく読み進むことができました。  相変わらず話があっちへ飛んだりこっちへ飛んだりもするけれど、それも KiKi にとっては許容範囲と感じられる程度になってきたようにも感じます。  少なくともあっちこっちへ飛んでようやく本論に戻ってきたときに最初の2巻では時折感じた「矛盾のようなもの」がほとんどなく読了することができたと思うんですよね。
読了日:06月21日 著者:井沢 元彦

逆説の日本史〈2〉古代怨霊編 (小学館文庫)逆説の日本史〈2〉古代怨霊編 (小学館文庫)
この巻に関しては面白い部分が多々ありつつも、KiKi にとってはかなり不満な内容でした。  あれ?  あれれ???  どうして「大化の改新」の章がないんだ???  あの権勢をふるった「蘇我氏」があれよあれよという間に歴史から姿を消していったあの一大事(乙巳の変)が抜けているというだけで、KiKi にとっては何となく中途半端感が漂っちゃったんですよね~。  そしてね、なおさら感じるのはかなり「パワフルな怨霊」になりそうな存在として、蘇我氏を忘れちゃいけないように思うんだけど・・・・・。
読了日:06月20日 著者:井沢 元彦

二つの祖国 第4巻 (新潮文庫 や 5-48)二つの祖国 第4巻 (新潮文庫 や 5-48)
賢治はある意味であまりにも純粋(? 頑な?)に「話せばわかる」という幻想に近いものを抱き続けてしまった人だったのではないかなぁ・・・・と。
読了日:06月18日 著者:山崎 豊子

二つの祖国 第3巻 (新潮文庫 や 5-47)二つの祖国 第3巻 (新潮文庫 や 5-47)
個人的にはこの巻に関しては主人公のケーン(天羽賢治)の抱える迷いやら何やら(特にプライベート部分)は、些末なことに感じられ(もちろん本人にとっては瑣末どころか、大問題なわけですが・・・・・ ^^;)、それよりは、あの東京裁判という席に彼が果たしたようなモニター(言語調整官)と呼ばれる人がいたことの重要性に気持ちが向いて読み進めた・・・・・そんな気がします。
読了日:06月16日 著者:山崎 豊子

二つの祖国 第2巻 (新潮文庫 や 5-46)二つの祖国 第2巻 (新潮文庫 や 5-46)
この巻でもっとも心に残るのは、やはり天羽家三兄弟のあまりにも酷過ぎる運命ではないでしょうか??  日系2世というまさに本書のタイトルどおり、「二つの祖国」を持つ三兄弟が、たまたま太平洋戦争突入時に何歳でどんな教育を受けどこにいたのか?という偶然性も手伝って、1人は米軍兵士として、もう1人は帝国陸軍兵士として、そして長兄として常に二つの祖国を強く意識し続けた最後の1人が米軍の語学将校として戦争に巻き込まれていく・・・・・。  その非情さには言葉もありません。
読了日:06月15日 著者:山崎 豊子

逆説の日本史〈1〉古代黎明編―封印された「倭」の謎 (小学館文庫)逆説の日本史〈1〉古代黎明編―封印された「倭」の謎 (小学館文庫)
この本で書かれていることの真偽をとやかく言うほどの知識のない(ついでに言うと古文書に親しんだ経験もない)KiKi には、この本の説を鵜呑みにしていいのかどうかの判断まではつかなかったけれど、子供時代から今に至るまで古代史を見た時に感じたいくつかの「?」に対する1つの見解とか、手前勝手に膨らませていた個人的な妄想と合致するような説が書かれていたという意味では、「ああ、やっぱりこういうことを考える人がいたんだ!」と何となく嬉しくなるような読み物でもありました。
読了日:06月14日 著者:井沢 元彦

二つの祖国 第1巻 (新潮文庫 や 5-45)二つの祖国 第1巻 (新潮文庫 や 5-45)
まだまだ物語は序の口です。  序の口と言いつつも、ここで既に大戦当時(しかもパールハーバー後)の日系人が歩まざるを得なかった非業の歴史が物語られます。  貧しかった日本では糊口をしのぐことができず、決死の思いで米国に第二の人生を求め、移住後も苦労の連続だった日系1世の、そして父母の祖国という以上には日本との関係性が薄いアメリカ生まれ、アメリカ育ちの日系2世が、「日系」という出自だけの理由で収容所に収監されたその日々が描かれています。
読了日:06月13日 著者:山崎 豊子

不毛地帯 第5巻 (新潮文庫 や 5-44)不毛地帯 第5巻 (新潮文庫 や 5-44)
この物語は「壱岐正英雄譚」でもなければ「商社マン賛歌」の物語でもなく、「敗戦から立ち上がろうとする日本社会そのもののある種のムーブメント」の物語だったんだなぁ・・・・と。
読了日:06月08日 著者:山崎 豊子

不毛地帯 第4巻 (新潮文庫 や 5-43)不毛地帯 第4巻 (新潮文庫 や 5-43)
壱岐さんが「国益のために・・・・・」というモチベーションで動いているっていうのはちょっと綺麗ごとに過ぎるんじゃないかなぁ・・・・・。  詳細はブログにて。
読了日:06月06日 著者:山崎 豊子

社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!
この本を読んでみて一番痛切に感じたこと。  それはちきりんさんは KiKi 同様、恐らくあのバブル期の日本で若かりし時代を過ごしていた頃にはかなり「変わった(浮いた? 笑)女性」であっただろうなということです。  で、恐らく身近にいる人たちは「あんな風じゃ生きにくいだろうに・・・・・」と老婆心を持って見つめているんだけど、肝心の本人はまったくそんな下馬評には興味がなくて、気にもしていないような女性・・・・・・(苦笑)  まあ、これは KiKi の勝手な想像ではあるんですけどね♪
読了日:06月06日 著者:ちきりん

最後のロシア皇帝 (ちくま新書)最後のロシア皇帝 (ちくま新書)
個人的にはニコライ二世もアレクサンドル皇后もあの大国ロシアの絶対統治者としての器ではない人物(よき家庭人という感じ?)だったと感じられました。  いずれにしろ、一家の死の後にあの「得体の知れない、秘密主義の、謎のヴェールに包まれたソ連」ができあがったことはまぎれもない事実で、その原点がこの一家の惨殺事件にあったようにも感じられました。
読了日:06月05日 著者:植田 樹

不毛地帯 第3巻 (新潮文庫 や 5-42)不毛地帯 第3巻 (新潮文庫 や 5-42)
この巻の中心となるお話は日本の「資本自由化」の時代の商社マンたちの経済戦争のお話です。  メインとなる商談は「自動車会社の資本提携」で、かつての鎖国時代さながらに国内産業擁護一辺倒だった我が日本国がグローバル化への舵をきりはじめた時代を描いています。  KiKi にとって最も感慨深かったのは、あの戦争が終結し、そこそこの時間を経て強いアメリカ自動車産業が弱い日本自動車産業に食指を伸ばし始めていた時代があり、そこからさらに又そこそこの年月を経て、KiKi の学生時代には「日米貿易摩擦」な~んていうことが言わ
読了日:06月01日 著者:山崎 豊子

2012年6月の読書メーターまとめ詳細
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