ジュリアス・シーザー W.シェイクスピア

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この物語と KiKi の初の出会いは小学校高学年の頃でした。  その頃は全文は読んでいなくて、道徳の時間(ってイマドキはそんな授業さえないらしいけど)か何かにブルータスの演説とアントニーの演説の場面だけを読んで、どんなことを感じたかをクラスで話し合ったことを覚えています。  そんな物語を今回久々に再読してみました。

ジュリアス・シーザー
著:W.シェイクスピア 訳:安西徹雄  光文社古典新訳文庫

51qZCk0o5FL._SX230_.jpg  (Amazon)

シーザーが帰ってきた!  凱旋する英雄を歓呼の声で迎えるローマ市民たち。  だが群集のなかには、彼の強大な権力に警戒心を抱く、キャシアス、フレヴィアスらの姿があった。  反感は、暗殺計画の陰謀へとふくらむ。  担ぎ出されたのは人徳あるブルータス。  そして占い師の不吉な予言・・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

振り返ってみれば、KiKi がこのブログの中で何度も言及している

正義とは立場が変われば変わるもの

という考え方の原点にあったのはこの物語だったように思います。  もちろんこの物語を読んだ初期の頃(要するにお子ちゃま時代の KiKi)はまだそこまで確たる想いは抱いていなかったんですけど、この物語の白眉とでも言うべきあのブルータスとアントニーの演説の場面にはそれが色濃く出ていると思います。

と同時に、一般大衆というものは「英雄」や「強いリーダー」を求めがちであり、盲目的にある個人や思想を崇拝しがちで、それに相容れない者との軋轢はいつの世にもありうるものだなぁ・・・・と。  「英雄」・「強いリーダー」に相容れない者の背景にあるのは「嫉妬」だったり「信念」だったりするわけだけど、それを大衆にアピールする際にまこと便利に使われるのが「正義」という一見もっともそうなその実得体の知れない概念であるというのは人間というしょうもない生き物が先天的に持っている「他力本願思考」の証左なのかもしれません。

KiKi はね、初めてこの物語(というよりあの2名の演説シーン)を読んだとき、あまりにも変わり身の早い民衆の姿に憤りに近いものを感じたんです。  と同時に恐怖心も。  でもね、もしも自分があの場所にいたとして、「大衆と一緒にならずに自分なりの判断ができる自信を持っているか?」と問われれば全く心許ないことにも気が付きました。  1つには煽動された大衆の力に対する恐怖もあるけれど、それ以前の問題として「自分なりの判断を下す価値観」みたいなものを自分が未だに持っていないことを知っていたからです。  何と言っても小学生の頃のお話ですから・・・・・。

そしてその頃思ったのです。  そんな「自分なりの判断を下す価値観」を持つには自分はまだ知らないことが多すぎる・・・・・と。  大人になるまでに多くを学んでそんな「価値観」、その言葉が大仰に過ぎるなら「価値観の軸になる羅針盤」を持てるようになろう・・・・・と。

  

そして今、4年制の大学も卒業し、社会人としての経験もみっちり積んで、「部長」と呼ばれる経験もそこそこ積んで、世間的には「いっちょまえの大人」になったわけですが、今回の読了後に「もしもあの場面で自分があの演説を聞いていたら、どうしただろう??」を考えた際、あの初読の子供時代よりは自分のスタンスは明確ではあるものの、あっちへこっちへと流される大衆の真っ只中にあって、結局は「何もできないだろう自分」を再認識させられました。

こういう物語を読んで、評論家の如くに「無知・無定見の群集」を批難したり恐ろしく感じたりするのは人間として普通の感情だと思います。  又、「衆愚政治」という言葉を思い起こすこともあるかもしれません。  でも、何よりも大切なのは「自分がもしもこの場にいたらどうする?」を問い続けることなのかもしれません。

それにしても・・・・・

古代世界(特に古代ローマ)での一般教養の核に当たる部分に「修辞学」という学問分野があったことが思い起こされます。  ブルータスもアントニーもその学問分野をみっちり学んだ俊才だったんだろうなぁ・・・・と。  だとすると、シーザー暗殺前夜にして尚、逡巡するブルータスに勝ち目は最初からないわけで、自分の論拠の弱さに最後まで気が付かなかったブルータスは悲劇的な人物だなぁ・・・・・と。

巻末にある「解題」の中の以下の言葉が KiKi には重苦しく感じられます。

彼(ブルータス)の演説の論旨は要するに、シーザー1人が生きて、我々が皆奴隷として死ぬか、それともシーザー1人が死んで、すべての者が自由人として生きるか、という二者択一に立脚している。  (中略)  問題をこのように単純化し、感情的な二者択一の形に還元したのは、もともとブルータス自身が、みずからの内面の声に対して弁明する必要があったことの反映であって、その弁明の方式を、今、そのまま群集の説得に用いているのだ。

ブルータスの心の中の逡巡の問題もさることながら、KiKi は思うのです。  もちろん問題解決の1つのメソッドとして「単純化 → 二者択一」という方法はとても有効であることを否定するものではないけれど、そうであるだけにこの「単純化」がどのように行われたのか、「単純化」の仕方に果たして問題はないのかには注意を払う必要がある・・・・・・と。  現代社会にもこのテの「問題の単純化 → 二者択一」という弁法の例は掃いて捨てるほどあると思うんです。  そんな局面でその命題に安易に飛びつくのがいかに危険なことかをこの物語は語っている部分もあると感じます。

KiKi があの「つぶやき(ツイート)」という行為に感じるある種の胡散臭さはまさにここにあります。  ツイッターというツール自体は使い方次第では本当に有用だと思うけれど、KiKi 自身はそのツールを使いこなせるほどに賢明ではないと感じるのはだからこそ・・・・なのかもしれません。  まあ、ブログもそういう意味では大差ない・・・・かもしれないのですけどね(苦笑)

 

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2012年9月29日 08:07に書いたブログ記事です。

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