日の名残り K.イシグロ

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光文社古典新訳文庫に収められている「シェイクスピアもの」を読み続けてきたのですが、戯曲が続いたのでちょっと普通の小説が読みたくなってきてしまいました。  何を読もうか選別している中で、「高慢と偏見」「嵐が丘」とカントリー・ハウスものが続いたので、同じ系統で進んでみようかな・・・・な~んていうことを思いついちゃいました。  で、カントリー・ハウスもので、手持ちで、まだブログエントリーを書いていなくて・・・・・と取捨選択しているうちに辿りついたのが本日の KiKi の読了本です。

日の名残り
著:K.イシグロ 訳:土屋政雄  ハヤカワepi文庫

51XAP48A79L._SX230_.jpg  (Amazon)

品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。  美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。  長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。  失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。  (文庫本裏表紙より転載)

思い起こせばこの物語はほんのちょっとした偶然から KiKi の蔵書となった1冊でした。  大学3年生の時、専攻していたゼミで「G.グリーン」に取り組み、その当時は和訳本はハードカバーの「G.グリーン全集」しかなかったのが、ハヤカワepi文庫という新しい文庫シリーズにはかなりの作品が網羅されていることを何かのきっかけで知ったんです。  で、ちょっとした懐かしさも手伝って池袋のジュンク堂にそれらの「G.グリーン作品集」を「大人買い」をしに出かけたら、ついつい他の本にも目移りしちゃってねぇ・・・・・。

で、結局その時購入したのは「G.グリーンの作品」のみならず、「A.クリストフ」を3冊(当時はまだ2冊だったかもしれない)と、この「K.イシグロ」を2冊、他にも何か購入して結果1万円超のお買いものになりジュンク堂特製の緑色のバッグを Get したことを今でもよ~く覚えています。  その後そのバッグ欲しさ(← これが結構しっかりしているバッグで使い勝手がよい!)にジュンク堂でのお買い物は常に1万円ちょっとを狙ったものでした(苦笑)

その時の読書は「A.クリストフ」→「K.イシグロ」と進み(肝心要の「G.グリーン」の方は未だに再読していなかったりする ^^;)、どちらの作家にも深く感銘を受けたことをよ~く覚えています。  特にこの「日の名残り」は、これから KiKi 自身がどんな風に生きていこうかと考え始めた時期と重なっていただけに、心に深く残りました。   

さて、この物語。  まずはタイトルが秀逸だと思うんですよね。  日本語の「日の名残り」というのも余韻を感じさせる言葉で素敵だし、原題の "The Remains of the Day" というのも、日本人好みの「侘び・寂び」に通じるものがあって、どこか儚げで美しく、何気に浮世離れした雰囲気を感じさせるものだと思います。

初読の時、あまりにも地味なストーリー展開にちょっと戸惑いもしたのですが、読み進めていくうちに実は KiKi の感じている戸惑いの正体はストーリーの起伏のなさに由来しているものではなく、この物語の語り手スティーブンスの「己の美学に拘るあまりのどこか視野狭窄っぽさのある語り」にあることに気が付きました。  

彼が働いている舞台であるダーリントン・ホールで起こっていることと、彼の語りの内容に現れるギャップ・・・・・のようなもの。  彼がダーリントン卿を盲目的に信じ、強い自己抑制をきかせ執事としての職分を全うしている中で思考停止してしまっている感じやら、あえて直視を避けて起こっていることをやり過ごし、彼固有の納得の仕方をベースに語られるあれこれに、「悪意なきウソ」のようなものを感じ取り、そのことに戸惑っている自分に気が付かされたのでした。

彼の執事としてのプロフェッショナリズムは現代日本に生きる KiKi には、時に偏屈に、時に無責任に、そして時に不器用に映るし、同じ執事という職を全うした父親との関係にもどことなくよそよそしいものを感じます。  想像するに、父親の背中を見て育ったスティーブンスはある意味で今の彼と同じようにプロフェッショナリズムに徹していた父親の姿から学んだことも多かった代わりに、得られなかったものも多かったのではないか・・・・・・そんなことを父親の臨終のシーンからは感じ取られます。

でも、不思議なのはそんな融通の利かない、自分なりの美学に拘りすぎ、自己抑制を効かせすぎるスティーブンスの姿が極めて人間臭く感じられることです。  まるである種の感情を封印したかのごとくに振る舞うスティーブンスだけど、時にその抑え込んだ何かが顔を出し、そのことに気が付いていない(もしくは気が付かないフリをしている)その生真面目さがユーモラスであり、かつ愛らしいものにも感じられます。  

外交会議のためにヨーロッパ各国の要人が集まるほどに立派なお屋敷を切り盛りしてきた敏腕執事でありながら、そこで起こっていることを自分なりに考えることもせず、ひたすら裏方に徹して生きてきたスティーブンス。  主人のしていることに疑問を感じたりすることすらも自身に禁じてきた彼と、高潔なアマチュアリズムで外交問題に取り組んできたその主人。  2人は大英帝国の凋落と歩調を合わせるかのごとく、少しずつ少しずつ蚊帳の外に追いやられていきます。

そして卿の死後、お屋敷はスティーブンス込みで新しい時代の象徴、アメリカ人の主人を迎え、新しい主人に与えられた休暇を利用したドライブ旅行で自分の来し方をゆっくりと反芻する時間を初めて持ったスティーブンス。  ダーリントン・ホールという閉じられた世界から表に出て、風の渡るイギリス田園地帯の空気の中で、尊敬していた卿の陥ってしまった落とし穴と、完璧な執事たることに拘り過ぎたことにより自分が失ってきたものに初めて気が付きます。  その失ってきたものの何と大きかったことか!!

「夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。」

たまたま出会った見知らぬ人の言葉に、夕日が沈むのを待ちその夕日に涙するスティーブンスは、ひょっとしたらその夕日の姿に大英帝国の凋落と不遇の最期を迎えた敬愛する卿の姿と1人老いていくばかりの自分を重ねていたのかもしれません。  でも、見知らぬ人の言う「いちばんいい時間」というその意味は沈みゆく寂寥感だけではなく、次に上りくるものへの期待もあるわけで・・・・・。

私どものような人間は、何か真に価値あるもののために微力を尽くそうと願い、それを試みるだけで十分であるような気がいたします。  そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり、その覚悟を実践したとすれば、結果はどうであれ、そのこと自体がみずからに誇りと満足を覚えてよい十分な理由となりましょう。

こんなこと言えるのは、彼が常に完璧な執事を目指してきたという自負があるからこそで、「ほどよい加減に」利口ぶり、如才なく生きてきたようなタイプの執事だったら決して言えないセリフだと思います。  彼が失ってきたものの大きさに絶望せずに済んだのは、やはり彼が長年かけて培い、希求してきた「品格ある執事たれ」という信念とそれを実践してきた自負だったことに救われます。

そして更に・・・・・  この物語の読後感が暖かく かつ 喜ばしく感じられるのは、男泣きに泣いていたスティーブンスが夕日の中での後悔の後、もう次のことを考えているからだと思います。  それは新しい主人に今まで以上に「人間らしく」寄り添ってみようと決意していることです。

明日ダーリントン・ホールに帰り着きましたら、私は決意を新たにしてジョークの練習に取り組んでみることにいたしましょう。  ファラディ様(スティーブンスの新しいアメリカ人の主人)は、まだ1週間はもどられません。  まだ多少の練習時間がございます。  お帰りになったファラディ様を、私は立派なジョークでびっくりさせて差し上げることができるやもしれません。

この愚直なまでの主人に対する献身こそがスティーブンスをスティーブンスたらしめている美徳です。  「いやいや、スティーブンス。  ジョークって・・・・・。  そりゃ、違うだろ!」と突っ込みを入れたくはなるんだけど、そんなスティーブンスの姿にどこか清々しいものを感じずにはいられないのです。 

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2012年10月 8日 13:16に書いたブログ記事です。

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