わたしたちが孤児だったころ K.イシグロ

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昨日は我が高山村の伝統文化の1つ、国登録無形民俗文化財である「尻高人形」の定期公演でした。  本来なら今日のブログのエントリーはこの人形浄瑠璃の観劇 Review になる予定だったのですが、残念なことに撮影してきた写真映像がどれもこれも暗すぎてちょっと情けないことになっちゃっていることに加え、定期公演会場がと~っても寒くて、結果的に最後まで観劇できなかった(ラストから2つ目までは我慢していたんだけど、最後の演目だけは寒さに挫けて断念してしまった)ということもあって、今日のエントリーは読書記録と相成りました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

わたしたちが孤児だったころ
著:K.イシグロ 訳:入江真佐子  早川書房

51Q7Q5X12WL._SX230_.jpg  (Amazon)

1990年代初め、上海の租界で暮らしていたクリストファー・バンクスは十歳で孤児となった。  貿易会社に勤める父と、強い倫理観をもつ美しい母が、相次いで、謎の失踪を遂げたのだ。  どうやら、当時問題となっていたアヘン貿易絡みの事件に巻き込まれたらしかった。  以来、イギリスに戻り、探偵を志してきたクリストファーは、名門大学を出て念願の探偵となり、ロンドンの社交界でも名を知られるようになった。  いつかこの事件を解明し、両親を探し出したいと願い続けてきた彼は、日中戦争が勃発し混迷をきわめる上海へ舞い戻るが・・・・・。  現代イギリス最高峰の作家が、失われた過去と記憶への旅をスリリングに描く、至高の物語。  (単行本裏表紙より転載)

日本生まれ、英国育ちのカズオ・イシグロという作家のことを初めて身近に感じたのは早川書房が2001年に刊行した「ハヤカワepi文庫」が書店に並び始めた頃でした。  それまでもブッカー賞受賞作家として名前だけは知っていたものの、単行本はお値段が高いうえマンションの既に満杯になっている本棚に入る余地もなく、どちらかというと「気にはなりつつもスルーしている作家」という位置づけでした。

「ハヤカワepi文庫」にカズオ・イシグロ作品が含まれていることを知った時、できれば全冊揃えたいなぁとは思ったんだけど、同じ epi文庫に「グレアム・グリーン作品集」が含まれていたということもあって、結局入手したのはブッカー賞受賞作である「日の名残り」ともう1冊のみで、今日に至るまで未読のままきてしまいました。  KiKi にとってグレアム・グリーンは大学時代にゼミで扱われた「思い出の作家」だったために、イシグロさんよりは優先順位が高かったんですよね~(苦笑)

その後、カズオ・イシグロという作家のことはちょっと忘却の彼方にあったんですけど、昨年末、電子書籍リーダーを購入し、購入時にサンプルとして入っている無料の抜粋版の書籍の中に「わたしを離さないで」があり、それを見たのを機に「そう言えば彼のことは気になっていたけど、『日の名残り』以外は未読だったなぁ」と思い出し、どうせなら彼の作品をこれを機会に読んでみようと思い立ちました。  そして、先般吾妻郡図書館でこの本を見つけたので、手持ちの epi 文庫に先駆けてまずはこの作品を読んでみようと思うに至りました。     

物語はクリストファーの一人称による語りで構成されています。  この語り口は、「日の名残り」の執事・スティーヴンスの語りを彷彿とさせるのと同時に、ステーヴィンスの語り以上に、どこか不自然なものを感じさせます。  物語冒頭で、彼が幼くして移り住んだイギリスの寄宿学校での生活にすぐに順応し、他の少年たちのしぐさをいかに完璧に身につけたか、いかに相手を冷静に観察し「イギリス風」に対応していったかを強調する部分があるのですが、読んでいるこちらにしてみると、そんな努力が必要だったという時点で彼の不安定さを感じずにはいられないし、上海の租界育ち、その上海で両親を失った孤児という境遇が当時のロンドンの寄宿学校ではどれだけ異質なものだったのかを告白しているような印象を受けます。

自分が思い描く自分のイメージと反する相手の自分評価の言葉に対しては、一種「神経質にすぎる」と感じさせるような反論を繰り返すクリストファーの姿には、否応なく彼が「信頼できない語り手」であることを感じさせられるし、同時に彼が語る「上海時代の記憶」は、実は彼の中で巧妙に改竄された記憶なのではないか?と読者に疑わせるには十分です。

そしてそんな前提条件がある中で語られる物語前半の上品で華麗なロンドン社交会の描写が内包する欺瞞・空虚さがさらに彼の語りの信頼度を貶め、 いつのまにか日中戦争の戦火に燃える上海へと舞台が移るのに呼応して、前半では輝いて見えていた人々が凋落していき、そんな読者の直感を裏付けるかのようです。  そしてその過程があたかも、それまでクリストファーが無意識に目をつぶっていたと思われる「真実のベール」を1枚1枚剥いでいる様でもあるかのように感じられ、いったい読者はどこへ導かれていくのか?と不安を感じながらページをめくることになります。

意識してか無意識にかは定かではないけれど、遠い昔に失ったものを再び手に入れて己の中にある空虚さを埋めようとしている主人公の姿には「痛み」を感じつつ、彼がくるまれていた真綿のように暖かい「ノスタルジー」と呼ぶにはあまりにも哀しい世界観に違和感を感じずにはいられません。  そしてそれが10歳という幼さで両親をいきなり失った、そして明確なアイデンティティを持てずに育った少年の精一杯の自己防衛本能のなせる業であったことに気が付かされた時、読者は初めてこの「信頼できない語り手」の気持ちに寄り添うことができる・・・・・そんな構成の物語だったと思います。

舞台が上海租界という、いわば「作りもの」の街であるという胡散臭さが全編を支配している物語だったと感じます。  租界という言葉が醸し出す、猥雑で混沌とした雰囲気と主人公の頭の中がどこか類似性を示しており、同時に主人公が必要以上に相手の言葉の裏のそのまた裏を読もうとする姿に「物事のホンネとタテマエ」という以上に根深い孤独感、疎外感、非親和性、葛藤・・・・のようなものを感じました。

1つだけ不満を言うなら、主人公が後見人として引き取ることになったジェニファーという少女のプロットで、「孤児」という寄る辺ない身の上にあるもう一人の存在としての意義はわかるものの、どこかとってつけたような、深みに欠ける物語で終わってしまっているところが残念でした。  もっとも彼が母親を見つけた香港のシーンの後では彼女の存在があって初めて救われる部分もあるようには感じたのですけどね。

クリストファーの母親、個人が過ごさなければならなかった人生には大いなる痛みを感じるけれど、この物語の中では背景描写としてしか描かれないあの時代の中国本土の中国人たちが受けてきた苦しみはほとんど描かれない中での出来事で、彼女自身はそんな中国人に心を寄せていた人物であることに不条理は感じつつも、所詮は「大英帝国」の物語だよなぁ・・・・・という感想もチラッとだけ持ちました。

   

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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2012年11月24日 13:04に書いたブログ記事です。

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