2013年2月アーカイブ

今日も KiKi はLothlórien_山小舎で過ごしています。  今日の予定は「今年の味噌作り」で、今部屋の中は大豆の煮える甘い香りがプ~ンと漂っています。  2ヶ月間、山小舎を空けたことによる「水回り事件」は相変わらず多発しており、今日は久々にここLothlórien_山小舎で洗濯をしようと思ったら洗濯機が記号だらけのエラーメッセージを表示してストップしてしまいました。  よくよく見てみると水道栓が壊れてしまっており給水ができないことによるエラーだったみたいです。  洗濯機のある洗面所は定住している時であれば電熱ヒーターを入れっぱなしで凍結対策をしているのですが、今回は沼津に移動する際にその電熱ヒーターを電源から切ってしまっており、このエントリーでも書いたように、屋内であっても零下だった今年の冬はこちらの水道栓も乗り切れなかったようです。  (当然水抜きはしてありました。)

ま、それはさておき、今日は母の介護保険申請の際に発生したあれこれを整理して記録しておきたいと思います。

KiKi の母親は昔から大の病院嫌いでした。  元来、健康なたちの母はいわゆる「大病」とは無縁の人生を歩んできた人で、入院経験も通院経験も全くと言っていいほどありません。  それでも普通の人間ですから風邪をひいたりお腹を壊したりということもごくごく稀にあったものの、そういう時は病院のお世話にはならず、売薬のお世話にもならず、睡眠と気力だけで治してしまう・・・・・そんな人でした。

それでも認知症の初期症状が表れはじめた時、一度は病院に行ってみたそうです。  そこで処方された薬はアリセプト。  薬に対する病的なまでの心理的抵抗を捨てきれないまま、それでも数日はその薬を服用してみたそうですが、薬には効能があるのと同時に副作用もあるわけで、母の場合は「吐き気」「手足のしびれ」「眩暈」といった症状が出た(と自己申告している)とかで、「こんな薬を飲み続けていたら生活していけない!」と言って医師には無断で服用をやめてしまったのみならず、その後通院することすら拒むようになってしまいました。

今回、「大腿骨骨頭骨折」で救急車に乗せられ、有無をも言わせずに病院に搬送されたことにより、ついでに内科の診察も受け、一応認知症のお薬を出してもらっている状態ですが、要するに「認知症の主治医」がいない状態でここまで来てしまいました。  これに加えて両親ともに古い時代の人間なので、「人様のお世話になる」ことに抵抗がある世代です。  「介護保険保険料」こそ支払い続けていたものの、「介護保険対象者」となることも拒み続けてきました。

今回の事故が発生し、KiKi が病院に駆けつけると、婦長さんが KiKi の所に来て「KiKi さん、ちょっとお話があります。」と病室から KiKi を呼び出しました。  婦長さんのお話は大略すると以下のような趣旨のものでした。

今回の入院中に恐らく母の認知症は悪化することが想定される

退院後の父母の生活のことを考えると介護保険認定をできるだけ早期に受けておくことを強く勧める

病院は認定調査には全面的に協力する

役場は認定調査を先延ばししようとするかもしれないが、もういつでも調査に来てもらえると病院が言っていることも伝え、できるだけ早くプロセスした方がよい

退院後、自宅での療養生活は基本的には無理だろうと思われる

その時介護保険認定がないと選択肢はぐっと狭くなる     etc. etc. etc.

同時に、母の入院の際にお世話になった町の「地域包括支援センター」の担当者の方からもお電話をいただき、同様のアドバイスを頂戴しました。  ま、そんなこともあり、父を説得し、ようやく家族の総意として「介護保険申請しよう」という結論へたどり着きました。


久々のLothlórien_山小舎

| コメント(0) | トラックバック(0)

昨日から KiKi は久々にLothlórien_山小舎に一時帰宅しています。  昨年12月末の母の転倒・骨折事件以来、KiKi の故郷である静岡県は沼津市で生活すること約2ヶ月。  「いずれは同居」も視野に入れていたものの、現段階では「取るものももとりあえず」といった感じで帰省(?)していたため、何かと本来の住まいには用事があります。  たまりにたまっている郵便物のことも気になれば、宅急便のお兄ちゃんに「規定期間を超える取り置き」をしておいてもらっている荷物も引き取らなくちゃいけないし、うちの旦那さんの病院通い(定期的な検査がある)の予約があったり、今年の味噌作りをしなくちゃなんなかったりとLothlórien_山小舎もそうそう放置しっぱなしというわけにはいきません。

一年の中で一番寒い季節を気候の厳しい高山村から離れ、温暖気候で有名な静岡県は沼津市で過ごしていたここ2ヶ月。  体はすっかり「静岡仕様」に変換されおらが村の寒さに対応できるかどうか心配しながらの帰宅でした。  本来なら暖かい所から寒い所へ行くのですからどこか「もの悲しい」気分が煽られても不思議ではないところですが、終わりの見えない あ~んど 休息とは無縁の介護生活からほんの数日とはいえ離れられるということで、どこかほっとし、どこか心ウキウキ気分。  東名 - 東富士五湖道路 - 中央高速 - 圏央道 - 関越自動車道を走り抜けました。  仕事をしていた頃の「南の島 Vacation」の時以上の安堵感に包まれます。  (ごめん、母よ chirol_gomen.gif )

雄大な富士山の姿にヘトヘトだった気持ちが癒され、ロング・ドライブも何のその(笑)  関越で群馬県の山並みを眺めた時には「あ~、やっと帰ってきた!!  これで4日間は介護から解放される!!」と喜びが沸々とわきあがってきました。

ところが・・・・・です。  そんな KiKi の喜びとは裏腹にとんでもない事態が KiKi を待ち受けていたのでした。


敵は身内にあり

| コメント(2) | トラックバック(0)

初めてのデイ・サービスが失敗に終わった翌日、父が KiKi のところに来て語り始めました。


曰く、「昨日の所は何となく雑然としているし、プライベート空間がなさすぎる。」

曰く、「ちゃんと個室があって、談話室みたいな所がある場所がいい」

曰く、「あそこだと玄関からフラフラと出て行ってしまいそうで安心できない」

曰く、「シティ・ホテルぐらいの設備のある場所がいい」 etc. etc.


要するにお世話になる当事者である母もさることながら、その身内である父があの施設はどうにもこうにも気に入らなかった様子です。  父にしてみれば長年慈しんできた大切な母を預けるわけですから、その場所の環境や雰囲気に父の価値観をベースにした強い拘りがあるのは理解できます。  もちろん可能な限りそれは尊重してあげたいと思う気持ちが KiKi にもあります。

とは言うものの・・・・・です。  環境や雰囲気が父には気に入らないだろうなということは薄々分かっていたもののその施設で「お試し」してみようと思ったのには理由があります。  母の場合、今の状態は放っておかれることに対して著しい不安反応を示すんですよね。  

父はどちらかと言えば一人遊びが得意なタイプですが、母は一人遊びが苦手な人です。  さらに言えば今の母の状態はどこにいても誰といても、常にそこは見知らぬ場所、見知らぬ人で健常者である私たちには想像できないほど深い不安を抱えている様子が伺えます。  実際のところ、父は「老老介護」と言いつつも母の感情の起伏についていけなくなると、すぐに母とは別の部屋に避難し、1人読書に耽り始めてしまいます。  その間、母がヒステリックに文句を言い続けていても聞く耳を持ちません。  (← と言うより、聞こえていないと言った方が正確かもしれませんが ^^;)  で、その間、母が何をしているのかには殊更無関心を装います。

放置された母は不安に耐えかねて、家庭内徘徊を始め、結局 KiKi の側にへばりつきます。  こうして1日の大半の時間、KiKi は同じ話を繰り返し繰り返し聞かされ、それなりの返事(決して母の言うことは否定せず、時には嘘をつきながら母の不安感を増長させないよう細心の注意を払った返事)をし続けます。  これ、たまの1日とか1日に数時間だったら決して苦痛にはならないんですけど、毎日毎日、お布団の中にいる時間以外はず~っと続けられるとやっぱり精神的に消耗するんですよね~。

そんな母の状態をよく察してくださっているケアマネさんが、その施設を紹介してくださったのは、少なくとも今回「お試し」しようとした施設であれば、プライベート空間はない代わりに一人ぼっちになる時間が少ない施設だという理由がありました。  要するにスタッフさんの誰かが常に側にいて(その施設に預けられている要介護の人はどんなに多くても8人ぐらい)、それなりの対応をしてくださる施設だったのです。


今日は両親にとっても KiKi にとっても「生まれて初めてのデイ・サービス」お試し予定日でした。  昨日の KiKi の予想を見事に裏切り、家を連れ出すところまではもはや日常茶飯事となりつつある「ちょっとした抵抗程度」で事なきを得、何とか先方に辿りつくことはできました。  でも問題はやっぱり発生し、結果的にこの「お試し」は失敗に終わってしまったのでした。

まあ下見に行った時から、KiKi も少しは危惧していたんです。  どこか田舎をバカにし(何せ夫婦2人して戦争さえなければ都会生まれ・都会育ちのシティ・ボーイ & シティ・ガールだった)、どこかこじゃれたものを好み、どこかすましたようなところのある KiKi の両親。  これに対し、今回のデイ・サービス提供会社はどことなく垢抜けなく(別の言い方をすれば田舎の普通のおうちっぽい)、野暮ったい(新築住宅のモデル・ルームのような小奇麗さに欠ける)ところやら、そこに集まっている要介護の人たちとは母の性格を抜きにしても、浮いちゃうところはなきにしもあらずかなぁ・・・・・と。

そしてその危惧が現実のものとして浮上したのが今日の「お試しデイ・サービス」でした。  最初のスタートはそんなに悪くはなかったんです。  皆さん「朝の体操」をされていらっしゃるところに出しなのスッタモンダでちょっと遅れて到着した我が母は、誰に強制されることもなく音楽に合わせて自然と体操を始めました。  しめしめ、これならうまくいくかも・・・・・・とちょっぴり安心し、母の見守りは父に任せ KiKi は契約関係の事務処理のために別のお部屋に移動しました。

話は変わるけど、介護保険関係の様々なサービスって嫌になるぐらい書類手続きが多いんですねぇ。  KiKi はかつての仕事柄、契約書な~んていうものは見慣れているし、ついでに言えばどこにチェックポイントがあるのかを経験的に知っているため、ご丁寧な説明をして頂いている間、実はあんまりそちらは聞いていなくて、さっさと項目名を見ながらきちんと読んで押さえておくべきところ、だいたいどんなことが書かれているか読まなくてもわかるところを分類して、要所要所で質問しているうちに署名・捺印の時間に辿りつくという感じで、山のように提示される契約書を見てもビビることは皆無なんだけど、あれ、そういう仕事の経験がなく、普通の暮らしをしてきた、しかもお年寄りで目も悪くなり根気も長続きしなくなってしまった人が見せられたら、それだけで嫌になってしまうはずです。

この制度を実際に必要とする人々の置かれている現実的な状況を考えると「もうちょっと何とかならないのかしら?」を思わずにはいられません。  巷に決して少なくはない老老介護のお宅で、介護者が主婦だったりすると、あの書類の束に精神的苦痛を感じ、それだけで「もう嫌だ!」ということにもなりかねないんじゃないかなぁと感じます。  実際、KiKi の父親は元教員で、現役時代には書類を読むことには長けていた人(ついでに言えば趣味は読書)だったけれど、書類の束を見せられるとその瞬間に「もう、いらん!」と手ぶりで拒否し、あとは知らん顔で全て KiKi にお任せ状態です。


今月の最終週、KiKi はどうしてもLothlórien_山小舎に帰らなくてはいけない用事があります。  しかも今回は1泊2日な~んていう短期ではなく4日間、実家を留守にしなくてはいけません。  そうなると、認知症の母と半分ツンボの父の2人きりが実家に残されることになります。  そして母は今となっては家事一切ができません。

もっと言えば、家事はおろか自力で着替えも?なら、入浴だって介助が必要。  さらに、母の話し相手として本人のやる気はともかくとして父ではまったく「お話にならない」状態であることも明白です。

そうなると2人の生活が成り立つ公算は限りなくゼロ(0)に近いわけで、どうしたものかと1週間ほど前から担当のケアマネさんと相談をしていました。  そして、あれこれ検討していただいた末にケアマネさんからは「お泊りサービス付きのデイ・サービス」にこの4日間、母のお世話をお任せするというプランが提案されました。  

介護生活が始まってから約半月、母を在宅で介護してきたわけですが、介護の実際は KiKi の当初の予想をはるかに上回る大変さで、正直なところこの「終わりの見えないタスク」に KiKi 自身がどこまで持つのか、悲観的な想いが去来することもままある昨今、KiKi の精神的安定を保つためにも「介護から解放される時間」というのも確実に必要です。  そういう意味でも「今後も週に1日ぐらいはそんな日があってもいいなぁ」と感じていたし、何よりも差し迫った必要性にも突き動かされ、可能であればその提案に乗ってみようということで父とも合意が取れました。

ただ、退院以来、ずっと在宅で介護を続けてきた母がこの「デイ・サービス」に対してどんな反応を示すのか未知数なわけで、「安心して・・・・・」という状況とは程遠いのが実際のところです。  (← 杞憂かもしれないけれど・・・・・ ^^;)  しかも KiKi の母親の性格は一言で言ってしまえば「かなり面倒くさい人」で「ええ格好しい」ではあるものの、「人の好き嫌いが激し」く、人様と良好な人間関係を築くのが極めて不得手な人間です。

さらに言えば、これも認知症の典型的な1つの症状と言ってしまえばそれまでですが、もともと無趣味な人間だったところに輪をかけて最近では全てにおいて無気力で、「○○をしてみない?」と何かを勧めても帰ってくる返事は「面倒くさい」「アホらしい」「そんなことをして何になるの?」という否定形ばかり・・・・・。  そんな状態で介護施設でどんな時間を過ごすことになるのか、不安は尽きません。  

ま、てなわけで何はともあれ「お試しデイ・サービス」なるものを経験してもらうことになりました。  で、明日がその「お試しデイ・サービス」の実行予定日として予定されています。

 

着替えのできない母

| コメント(0) | トラックバック(0)

最近では早朝から家の中を歩き回り、前日の夜に大騒ぎの末に味噌汁を KiKi に作らせ、納豆をお皿に盛っただけの状態で「朝食の準備ができました」とふれまわり、すぐに食堂に顔を出さないとアカラサマに不機嫌になって大騒ぎまでする母が、今朝は珍しいことになかなか起きてきませんでした。  「母が起きて来ない≒ まともな朝食の準備ができる」 という奇妙な法則が成り立つ昨今の我が家。  でも、こんな些細なことが大いなる喜びにさえ感じられ、ちょっぴりホクホク気分だった KiKi でした。  でも、「あじの干物」を焼いている真っ最中にこれ以上ないほど不機嫌な表情で食堂に姿を現した母を目にした瞬間、思わず手にした菜箸を取り落としそうになってしまいました。

まず頭はいつも以上にボサボサで、着ているシャツは昨日別の人(父)が着ていたもの。  おまけに下半身は半分以上ずりおちたズボンといういでたち。  その状態で何やら意味不明のことをブツブツとつぶやきながら、出現です。

「おはよう。  どうしたの?」

と声をかけると、どことなく苛立っているような声で

「足が痛いのよ。  どうしてこんなになっちゃうのかしら!!  まったく歳をとるっていや~よね。」

そりゃ、脚の骨を折って手術したんだから、痛むのは当たり前でしょ・・・・・ と言いたい気持ちをぐっと押さえ

「あら、今朝は足が痛いの?  でもまあ、怪我をしちゃったから仕方ないかもね。  歳をとったからじゃないわよ。  骨を折っちゃったこと覚えてる??」

「え?  私骨を折ったの?  何で??」

「転んじゃったらしいわよ。」

「転んだ??  どうして??」

「さあ、私はその場にいなかったからどうしてだかわからないけど。」

「どこで??」

「うちの台所・・・・・って聞いてるけど。」

「えぇ?!  うちの中??  何でかしら??」

「さあ、夜中だったらしいから、寝ぼけていたか暗くてよく見えなくて何かに躓いちゃったか、貧血でも起こしたか・・・・・。  あなたは覚えていないの?  (あなたが覚えていなかったら誰も「何でか?」は知らないんだけど・・・・・・。)」 

「覚えていないの・・・・・・。  いや~ね。」

「それはさておき、あなた、何着てるの??」

「え?  そこにあったのを着てるけど、何か変???」

「まあ、めちゃくちゃ変ってこともないけど、何となくそのシャツ、お父さんのだと思うんだけど・・・・・。」

「え?  これ、そうなの??」

「それにそのズボン。  もうちょっと上まで上げたら??  (と言いながらズボンに手をかけるとパジャマのズボンの上からズボンを履いていることが判明)」

「着替えた方がいいんじゃない??  ベッドの所に赤いシャツがあるから、それを着ましょうよ。  一人で着替えられる??」

「大丈夫です。」

「じゃ、私、今お魚を焼いている最中だから、一人で着替えてね。」



そしてその30分後、ようやく起き出してきた父が KiKi のところに来て


「私のシャツがないんだけど、知らないか??」

「え?  今朝、お母さんが着ていたから着替えさせたんだけど、あの黄色いポロシャツのことでしょ??」

「いや、下着のシャツ。  黄色いポロシャツはある。」


さては・・・・・・・・・・


「お母さん、ちょっといい??  ごめんね、ちょっと赤いシャツの下に何を着ているか見せてくれる??」  (・・・・・・・と覗く)


「お父さん、あったわよ。  あのね、お母さんが今着てる。  どうする??」

「そうか、じゃ、まあいい。  別のシャツを着るから。」


こうして一番外側だけは何とか体裁が整い、1日が終わろうとしていました。  そして恒例の入浴介助タイムがやってきました。  今、母は左足を自由に上げ下げすることができないため、入浴前には左足の脱衣に関しては KiKi の手助けが必要です。

      

要介護4

| コメント(0) | トラックバック(0)

今年に入って早々に申請を出していた母の介護保険申請。  ようやく今日申請が認可された旨の連絡をケアマネさんから受けました。  本来なら介護保険認定が先でその後ケアマネさんが決まるという順序になるはずのところ、うちの母のケースでは大腿骨骨頭骨折という事件があり、その際に地域包括支援センターのお世話になったといういきさつがあったために、介護保険認定よりも先にケアマネさんが決まっていました。

又、実際のところも、お風呂グッズの調達やら自宅の改修工事の見積もり等々、母の退院と併せて「見切り発車」で動き始める必要があったということもあり、役所の手続きを呑気に待っていられる状況でもありませんでした。  この役所絡みの部分では正直 KiKi の神経を思いっきり逆なでしてくれちゃう出来事が多々あったりもしたのですけど、それは又別の機会にお話ししたいと思います。

何はともあれ、これでようやく「介護の体制」が本式にスタートします。  そして、その際に評価された母の「要介護度」が4。  因みにこの介護保険の要介護度判定(?)ですが5段階評価で、4というレベルは上から2つ目に当たります。  ネットでこの「要介護度4」を調べてみると、こんな説明に行き当たります。


要介護状態区分4

最重度の介護を要する状態。

日常生活を遂行する能力はかなり低下しており、「入浴」「排泄」「衣服着脱」 「清潔・整容」の全般にわたって全面的な介護が必要な場合が多い。  その他、 「食事摂取」の見守りや部分的な介助が必要で、「尿意」「便意」が見られなくなる場合も多い。  「毎日の日課」「生年月日」「直前の行為」「自分の名前」など理解全般にわたって低下が見られ 「物忘れ」 「まわりのことに関心がない」ほか、「昼夜逆転」「暴言・暴行」「大声を出す」 「助言や介護に抵抗する」「野外への徘徊」「火元の管理ができない」といった問題行動が増えてくる。


我が母の場合、幸いなことに今のところ「排泄」に関しては退院以来、大きな問題は起していない(小さなものならなくもないけど ^^;)のですが、「入浴」は1人ではさせられない(これは人工骨頭を入れたため、お風呂でお尻をついて座ることができないため)し、「着替え」は目の前に次に着るのはこれと出してあげないと妙チクリンな格好をしても平然としているし、洗濯はしないのでお風呂に入る際にこそっと下着から何からを交換しておかないと何日でも同じ服を着ている状態です。

食事に関しては、料理らしい料理はもはやできなくなっており、冷蔵庫の中に何かを作って置いておけば食べること自体はちゃんとできるのですが、ここ何日かは食事をしたか否かの記憶はかなりぼやけてきているようです。  それでいて、長年主婦をやってきた習慣からかはたまた幻聴からかは定かではないのですが、台所には何かの強迫観念にかられて立ちたがる反面、例えばお味噌汁1つ作るにしても、だしをどうやってとるのか、具をどうするのか、味噌をどれくらい入れるのか、いえそれ以前に味噌がどこにあるのかもわからない状態で、その苛立ちからか KiKi に当たり散らすという極めて傍迷惑(ゴメン、母よ)な日々です。

薬はこちらがちゃんと管理してあげない限り規則正しく飲むことができないし、上記の「毎日の日課」以降の記述は「野外への徘徊」と「火元の管理ができない」の2つを除けば全て当てはまります。  「野外への徘徊」がないのは幸いだけど、「家庭内徘徊」は激しくて、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして、深夜や早朝にステルス戦闘機の如くに音も立てずに枕元に立っていて、ウロウロするだけならまだしも、家じゅうの色々な物を本来あるべき場所から、信じられないような場所へ運んで知らん顔ということが日常茶飯事です。

「火元・戸締り」に関しては神経質に過ぎるほどにきちんとして(?)いて、家中のコンセントを抜きまくり(エアコンのコンセントさえ!)、パイロットランプがついている電化製品は片っ端からコンセントを抜いて歩きます。  おかげで何度PCがバッテリー切れに陥ったことか・・・・・・(ため息)  戸締りを人に確認させること日に50回ぐらい・・・・・・。  妙なところだけはしっかりと意識が残っている反面、それに振り回されるこちらはたまったものではありません。     


介護生活が始まって約1か月。  それまで実家に帰省してもお客さんだった KiKi には見えていなかった我が家の問題が少しずつ見えてきたように思う今日この頃です。  

KiKi の父親は数年前に「突発性難聴」を患い、入院してステロイド点滴を受けたりと手を尽くしたものの治療の甲斐なく、左耳の聴力を失ってしまいました。  父が突発性難聴に罹患した頃は母もまだしっかりしていて、認知症の明らかな症状は出ていなかったのですが、母の認知症が始まった頃とほぼ時期を同じくして、今度はそれまで問題がなかった父の右耳に今度は「老人性難聴」が始まりました。

一時は「補聴器」をつけることも検討したらしいのですが、補聴器が拾ってしまう雑音ばかりが耳に入り、それが神経に触るということで、結果的に補聴器をつけることを断念したようです。  で、父母二人の生活の中で、片方は聴力に問題あり、もう片方は記憶に問題ありという状態でここ2~3年を過ごしてきました。

こういう生活がもたらす帰結として、「会話が成立しない」という現象がどうやらあったように思われるんですよね。  母が何気なく発する問いかけが父には聴こえません。  それでも何か話しかけられた気配を察していれば「何?」と問い返したりもしているのですが、母の方は父の耳が遠いことを覚えていないので、言い方を変える(音量を変えるとか、言い換えるとか)な~んていう高度な技(?)は使えません。  そこでまったく同じ調子で同じ言葉で同じ問いを繰り返すのですが、やっぱり父には聴こえません。


介護生活_お風呂編

| コメント(0) | トラックバック(0)

介護生活が始まって、KiKi が直面した最初の難関は「入浴」です。  幸いなことに認知症で一次判定「要介護4」の母も、入院中はともかく退院して以来排泄関係に関しては今のところ大きな問題を起していません。  でも母の場合、認知症と言うよりは「大腿骨骨頭骨折」という大事件の治療直後のため、「お尻をついて地べたに座る」という行為が全面的に禁止されています。  (この動作をすると人工関節が外れてしまうことがあるらしい・・・・・)  ところがお風呂という場所は、洗い場での動作といい、浴槽内での動作といい、その全てに於いて「お尻をついて座る」という動作がついて回ります。

ところが、この動作が禁止されているということを何回説明しても認知症の母はすぐに忘れてしまいます。  結果、入浴には常に介助が必要となり、これは齢88の父には当然のことながら遂行することができません。  更に言うなら、今回ケアマネさんとの打ち合わせで導入した様々な介護用品が我が家のお風呂には設置されているのですが、そういった新しい道具に対する親和性は著しく欠くというのが認知症の1つの特徴でもあるため、それらの道具を1人で使いこなすことを要求することは不可能と言っても過言ではありません。

因みに今回母のために我が家のお風呂に登場した新しい道具とは以下の5点です。

  浴槽内滑り止めマット

0090000000342.jpg  浴室設置の手すり

0130000002872.jpg  シャワー・チェア

0160000001222.jpg    洗い桶設置台

12734258.jpg  浴槽内椅子

このうち、「浴槽内滑り止めマット」だけはお風呂にお湯を張る際に設置しておきさえすれば特にこれといって使い方を介助する必要性はないんだけど、もともと「シャワー・チェア」を使っていなかった母にとっては、浴室に入ったら洗い場ではしゃがまずにこれに腰をかけるという一見単純そうな動作であってさえも、都度都度説明しない限り実行することができません ^^; 

ただでさえ「シャワー・チェア」に慣れないところにもってきて、この介護用のシャワー・チェアと洗い場の床面では距離が離れすぎていて半端じゃなく前屈みにならない限り「盥(洗い桶)」には手が届かなくなってしまうわけですが、その問題を解消するための「洗い桶設置台」もここにお湯を入れた洗い桶を乗せて目の前に置いてあげたうえで「じゃあ、この洗い桶を使って」と都度都度言ってあげない限り、習い性となってしまっている「洗い場直座り」を自然としてしまいそうになります。

  

ついに始まった介護生活

| コメント(0) | トラックバック(0)

ちょっと休眠化しているここLothlórien_Blog です。  そのいきさつはこのエントリーに書いた母の入院に端を発しています。  幸いなことにその入院の直接のきっかけとなった大腿骨骨頭骨折の方の手術は成功し、その後の経過も良好で、リハビリの先生(理学療法士さん)のお言葉を借りれば「素晴らしい基礎身体能力」とのこと。  

実際あれだけの大怪我をした割には、今では杖をつけば背筋もピンと伸びて、かなりのスピードで歩けるし、リハビリの最中にいきなり頼み(のはずの)杖をひょいと振り上げて何かを指し示したりしながら自力で歩いているし、もっと言うなら入院中は病院のベッドの両脇にある柵(と呼んでいいのかわからないけれど)を自力で乗り越えベッドから降りてトイレを探してフラフラとお散歩(しかも無事故!)しちゃっていたぐらいでした。

でも問題なのはこの入院中に認知症の方がさらに進んでしまい、自分が骨折をしたことも覚えていないし、自分の苗字も分かったり分からなかったり、つれあいの名前も覚えていたりいなかったり、同居していなかった KiKi のことともなれば娘であることを認識するのは10回に1回ぐらい(正解率1割 ^^;)、名前は最初の一文字をヒントで与えない限りまったく思い出せないという状態です。

入院中、もっとも困ってしまったのは排泄の問題で、入院当初から手術当日まではおしっこの方は尿道カテーテルで出してもらっていたので本人には何ら自覚がなかったんだけど、ウンチの方はいわゆるオムツだったんだけどこれに対する抵抗には物凄いものがありました。  それでもウンチの方は回数が少ない分、後になってみればトラブルも大したことはなかったんだけど、いざ手術が終わりリハビリ病棟に移ってからはその尿道カテーテルも外され、尿とりパッドに変更になったら、これに対する抵抗が半端じゃありません。  

そもそも自分が骨折したという自覚がない(記憶がないと言うべきか?)んですよ。  でも、羞恥心とか自尊心だけは半端じゃなく残っているから

「ここはトイレはどこ?」

「あのね、トイレはとっても遠いから今は行けないの。」

「どうして?」

「あなたは足の骨を骨折しちゃったから、まだ歩けないの。」

「骨折?  どうして??」

「転んじゃったらしいわよ。」

「何で?」

「さあ、夜中だったから、寝ぼけちゃっていたか、暗くて何かに躓いちゃったか・・・・。」

「じゃあ、おしっこはどこでするの?」

「今はここでするしかないの。」

「ここってどこ??」 (あたりを見回す素振り・・・・)

「ここよ。  このベッドの上。」

「いやよ!!  だってビチャビチャになっちゃうじゃない。」

「大丈夫。  今はこれを着けているから。」 (尿とりパッドの実物を見せる)

「これ?  これを今、私は付けているの?」

「そう。  これはね、生理のナプキン、覚えてる?  その何百倍もパワーがあって、あなたのおしっこの3回分ぐらいはちゃんと吸収してくれるの。」

「そんなもの必要ないわよ。  私はトイレぐらいちゃんと1人で行けますから。」

「あのね、ここのトイレはもの凄~く遠いし、今はまだ1人じゃ行けないの。」

「どうして?」

「あなたは足の骨を折っちゃったから、まだ歩けないの。」

「でも、おしっこしたい時はどうすればいいの?」

「今はここでするしかないの。」

「ここってどこ??」

「ここ、ベッドの上」

「嫌よ!  だってビチャビチャになっちゃうじゃないの。」

「大丈夫、これが全部吸ってくれるから。  これを今付けているのよ。  これ、生理のナプキンの何百倍も吸収してくれるから、ベッドは絶対に汚れないの。」

「へぇ・・・・・そうなの凄いわね。  で、ここはトイレはどこ??」

(以下 上記の問答を繰り返すこと約30分から1時間  家族の間ではこれを「おしっこ問答」と命名 苦笑)

てな感じで、これがおしっこの度に繰り返されます。  少しでも母の精神的負担を減らそうと必要ないのにビニール風呂敷を準備してお尻の下に敷いてみたり、オムツの宣伝みたいに水を吸わせて見せたりとありとあらゆる手段で納得させようとしても、「自分が骨折した事」「今は歩けないという事」を忘れちゃうので、オムツの話に納得してもトイレに自力で行くと言い張り、骨折のことを思い出させた頃にはオムツの強力さの話は忘れちゃうという繰り返しで、ほとんどエンドレスの会話を何度繰り返したことか・・・・・。

ウンチに至ってはオムツであることにまず抵抗、次にそのオムツをヘルパーさんに取り替えてもらうことにさらに抵抗。  挙句の果てに、「ウンチは我慢する」と言い張り、便秘になる始末・・・・・。

リハビリが始まり、ある程度歩けるようになると今度は室内に設置するポータブル・トイレに変更になったんだけど、それが部屋の中に置きっぱなしであることにまず抵抗し、次はその排泄物を水で流すことができずヘルパーさんに捨ててもらうことになることに抵抗し・・・・と排泄行動絡みのトラブルを数え上げたらきりがないぐらい・・・・・。  そしてこの「排泄トラブル」の度に興奮状態に陥り、その興奮状態と比例して認知症の症状が増々悪化するという負のスパイラルに突入していきました。

この排泄トラブルは母にとって精神的負担が余りにも大きかったとみえ、挙句の果てには「もう嫌だ、死にたい。」「殺して。」な~んていう言葉を何度も何度も繰り返すようになり、それを口にする度に肩を震わせながら涙を流している姿は見ていて本当に辛いものがありました。

  

ご無沙汰しております。  なかなかブログ・エントリーが書けない日々が続いています。  同時に読書の方も捗々しくなく、この1月はとても残念なことにたったの3冊(しかも超がつくほど軽~い本ばかり 涙)という状況です。  でも、逆に言えばこのエントリーほど書きやすいエントリーもないわけで、休眠ブログのエントリーにはもってこいかな・・・・・と。  今月の読書のまとめには感想も何もなしではありますが、一応記録として残しておきたいと思います。


2013年1月の読書メーター
読んだ本の数:3冊
読んだページ数:881ページ
ナイス数:49ナイス

と、ここまで書いてみて、12月の読書のまとめをしていないことに気がついちゃいました ^^;  ひょっとすると別の読書管理ツールを利用することになるかもしれませんが、可能な限り何等かの記録を残すべく、今からちょっと調査してみます。

2015年2月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

Current Moon

CURRENT MOON

東京のお天気


山小舎のお天気


Booklog



ブクログ

アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.261

TrackbackPeople

クラシック・ピープルの Trackback People Site


チェロ ラヴァーズの Trackback People Site


Piano~ぴあの Trackback People Site


ピアノオススメ教本の Trackback People Site


ピアノ教室の Trackback People Site


Book Love Peopleの Trackback People Site


本好きPeople・ぴーぷるの Trackback People Site


今日読んだ本の Trackback People Site


ファンタジーが好き♪の Trackback People Site


この絵本がすごい!の Tackback People Site


児童書大好き♪の Trackback People Site


ハヤカワepi文庫の Trackback People Site


岩波少年文庫応援団の Trackback People Site


薪ストーブの Trackback People Site


週末は田舎暮らしの Trackback People Site


野菜育てPeopleの Trackback People Site


ガーデニングの Trackback People Site


パッチワークキルトの Trackback People Site


あなたの訪問は?


日めくりカレンダー


Real Time News


カテゴリ

ノルンはいくつ?

本が好き!


読書メーター

KiKiさんの読書メーター
KiKiさんの読書メーター

最近読んだ本

KiKiの最近読んだ本

今読んでいる本

KiKiの今読んでる本

読了目標





今やってるゲーム

KiKiの今やってるゲーム

このアーカイブについて

このページには、2013年2月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2013年1月です。

次のアーカイブは2013年3月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

高速運賃





Edita

ブロガー(ブログ)交流空間 エディタコミュニティ

名言黒板


作家別タグ