2013年9月アーカイブ

今日、定期巡回先の「介護ブログ」にお邪魔してみたら、この記事に関する憤りのエントリーを拝見しました。


朝日新聞デジタル (認知症とわたしたち)家族の責任、どこまで 徘徊中、線路に...遺族に賠償命令


このデジタル新聞が閲覧できない方のためにこの記事の概略をまとめると以下のような感じです。


2007年12月、愛知県に住む当時91歳の男性が、JR東海道線の共和駅で、列車にはねられて死亡した。  この男性は要介護4の認知症を患う方。  身の回りの世話は、同居する当時85歳の妻(要介護1)と、介護のために横浜市から近所に移り住んだ長男の妻(長男は仕事のため別居中)が担っていた。

この男性には過去に2度ほど徘徊した実績(?)があった。

事故当日、ディ・サービスから帰宅した男性と男性の妻・長男の妻は3人でお茶を飲んだ。  その後、長男の妻が玄関先を片付けに行き、男性の妻がまどろんだわずかな間に男性は外出。  その外出中の事故だった。

JR東海は、男性の妻と、横浜市で暮らす長男を含めたきょうだい4人に対し、振り替え輸送の費用など損害約720万円の支払いを求め、名古屋地裁に提訴した。

判決: 死亡した男性には「責任能力がなかった」とし、遺族のうち男性の妻(要介護1の85歳)と長男(事実上の介護監督者)の2人には「事故を防止する義務があった」として賠償責任を認めた。  男性の次男・次女・三女は遠くに住むなどの事情で、家族会議に参加しないなど、介護に深く関与していなかったから責任を認めなかった。

遺族代理人の畑井研吾弁護士は「介護の実態を無視した判決だ。  認知症の人は閉じ込めるか、施設に入れるしかなくなる」と批判。  長男らは名古屋高裁に控訴した。


これ、本当に考えさせられます。  ばぁばの言動を間近に見てきた KiKi には認知症患者が他者に何らかの損害・危害を悪意なく負わせるリスクはとても高いことがよ~くわかります。  そういう意味では介護家族の責任は重大です。  でも、だからといって徘徊癖のある認知症患者を外に出さないようにするためには、記事中にある弁護士の発言にもあるように、閉じ込め(厳重施錠; 普通の鍵かけレベルでは追いつきません!)、抑制(行動を制限されたことにより家中で暴れまわることさえありうるので、下手をすれば動き回らないように何かに縛り付けることだって想定せずにはおけません)、つまり施錠・監禁するか、認知症病棟への入院しか打つ手がなくなってしまいます。

24時間、365日、一時も目を離さずに監視するな~んていうのは実際問題としては不可能なんですよ。  例えばちょっとトイレに行ったその間・・・・とか、ちょっと台所で仕事をしていたその間・・・・・とか、そんなちょっとした隙間時間に思ってもいなかったようなことをやらかしちゃうのが認知症患者でもあるんです。

記事によれば判決では「ヘルパーを雇うなどの在宅介護を続けるうえでの方策もとっていなかった」とあったのですが、認知症の患者の中には自宅にヘルパー(≒ 他人)が入り込むことを極端に厭う症状を表す人もいます。  我が家のばぁばはまさにそんな人で、同居介護期間中に KiKi たちがどうしてもLothlórien_山小舎に数日帰らなければならないことがあった時、やむを得ず「自費ヘルパー(≒ 介護保険の適用外で全額自己負担)」を雇ったのですが、逆にヘルパーさんが家へ来るとそのことに憤り家出をしたな~んていうことが2回ほどありました。

仕組みがあるのにそれを利用しないのは怠慢みたいな論調という印象があるんだけど、仕組みがあってもそれを利用できないケースも実際にはあるのが認知症介護の現場です。  KiKi も要介護4の母と要支援1の父を抱えた介護生活の間、ケアマネさんに勧められた「ディ・サービス」、「ショート・ステイ」、「訪問リハビリ」、「訪問ヘルパー」とあれこれを試してみようと試みたけれど、結局じぃじ & ばぁばの拒否にあい、結果的にどれも利用することができませんでした。

本人が慣れるまで我慢すべきだという意見もあるだろうけれど、本人の拒否を無視した無理強いは結局、「暴言・暴行」の原因となることも多いし、我がばぁばの場合はそれが「家出」にもつながっていました。  「家出 → 徘徊」という負のスパイラルを考えると、「嫌がることは無理強いできない」という結論もありうるわけですよ。  

それにね、もっと言うならケアマネさんという介護現場の最前線にいらっしゃる方の立場であってさえも「試してみたけどこれはダメでしたね。  もっと別のことを考えてみますね。  じゃあ、今日はこれで失礼します。」で終わっちゃう部分もあるんです。  でも介護家族はそれで「やれやれ。」じゃないし、ましてや「じゃあ、今日はこれで・・・・・」とはいきません。  うまくいかなかったことはさっさと忘れて、被介護者(しかもそういうサービス失敗直後だと感情的にも半端じゃなく不安定)を抱えて日常生活を何とか継続させる孤軍奮闘が続くのです。


ばぁばと私

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昨日、とあるエントリーにある方からコメントを頂戴しました。  そのコメントを拝見して、改めて KiKi が意識せずに心の中で強く抱き続けている願望に気が付いてしまったような気がしたので今日のこのエントリーを記録として残しておくことにしました。

このブログでは何度もお話しているように KiKi の母(以後、ばぁば)は昨年末に自宅の台所で転倒し、大腿骨骨頭骨折という大怪我を負いました。  年末と言うこともあり、新年の予定をたてるためにKiKi が実家にたまたま電話をしてみたら、その電話に出たじぃじからいきなりその事故の話を聞かされました。  電話をした時刻は既に午後3時をまわっていたのですが、その日の早朝(それも午前3時頃)、ふと目をさましたじぃじは隣の布団に寝ているはずのばぁばの姿がなかったので、心配になって階下の台所に行ってみたのだそうです。  そしてそこで見つけたのは台所で蹲り「痛い、痛い・・・・。  寒い、寒い。」と言って泣いているばぁばだったというのです。  そこから約半日、ばぁばはずっと台所に蹲り、腰痛持ちのじぃじはどうしようもない時間を延々と過ごし続けているとのことでした。

しかも、朝の6時近くになって「トイレに行きたい。」と訴えるばぁばを何とか助け起こしてトイレに誘導しようとしたものの、立たせようとすると大声で「キャ~、痛い。」と叫び頑として動こうとしないのでどうしようもなかったこと、結局その場でいわゆる「おもらし」をさせるしかなかったこと、更にはその時に何とか下着を脱がせたものの、着替えさせようとするとまた痛がって叫ぶので下半身丸出し状態で台所に蹲り続けさせていることなどを伝えてきました。

冷静に考えれば、じぃじ1人ではどうしようもないことだけは明白なのに、それでも何一つ手を打っていない(KiKi に連絡することさえ忘れている ^^;)じぃじ。  でも、Lothlórien_山小舎から我が実家まではどんなに急いでも4時間弱はかかってしまいます。  まさかそんなに緊急に実家に向かうことになるとは想定外だったので、その電話を受けてから支度をして出かけるともなれば5時間はかかるでしょう。  そうこうしているうちにその日の夜を迎えてしまって、もう誰のヘルプも受けられない時間帯に突入してしまうことが想像できました。  

そこで何かと渋るじぃじをとにかく説き伏せて、町役場の福祉課にヘルプを求めて、最低限でも着替えをさせて寝かせるところまではしておくようにと伝え、それから大急ぎでダーリン & KiKi は帰省準備にとりかかりました。  そして、関越 - 東名とかっ飛ばし御殿場あたりを走っていると KiKi の携帯が鳴りました。  ちょうど KiKi がハンドルを握っている時だったので大急ぎで車載の携帯電話転送装置(正式名称を知らない ^^;  携帯電話とナビがブルートゥースで繋がり、車載スピーカーとマイクでハンドル操作をしながら電話できる装置)を操作し、電話に出てみると母が担ぎ込まれた病院の看護婦さんからの連絡でした。

聞けば渋々ながらも町役場の福祉課に電話をしたじぃじの要請に応え、地域統括支援センターというところの職員の方たちが実家を訪問し、その方たちの判断で救急車が呼ばれその病院に運ばれたとのこと。  母は大腿骨を骨折しており、そのまま入院・手術となること。  今は睡眠薬と鎮痛剤で穏やかに寝ていることなどが報告されました。  翌日、病院に伺うことを約束してその日はとにかく実家に直行することに決め、さらに車を走らせていると今度はじぃじから電話がありました。

とりあえず、病院からの電話で状況は把握していること、今日は病院には向かわず実家に直行すること、KiKi は実家の鍵を持っていないので申し訳ないけれど起きて待っているか玄関のカギを空けたまま先に休むか、じぃじの判断で決めて欲しい旨を伝えました。  でも、何せ相手は半分ツンボですからなかなか話が通りません。  それでも辛うじて最低限の用件だけは伝わったことを確認し、ようやく人心地。  私たちが実家に辿りついた時刻は午後8時をまわっていました。


ようやくばぁばのひざかけ、「オールド・ファッションド・キルト」の四角パッチの落としキルトが縫いあがりました。  あとは裏布をつけて仕立てて、仕上げのキルティングを入れれば完成です。  

2013_Sep29_001.JPG

シワシワなのは、キルティングが終わったほやほやでまだアイロンがけをしていないのと、このキルトを置いた下が平じゃない(ここはベッドの上で枕部分が膨らんでいたり布団の凸凹があったりする)せいで、決して布がつってしまってシワシワになっているわけではありません(苦笑)

それにしても四角パッチというシンプルなパターンに落としキルトだけっていうのは地味ですねぇ・・・・。  これじゃあ、キルトトップができあがった時の写真とほとんど変わらないや。  約1か月の地道なチクチク作業の痕跡がまったく感じられません(涙)

でもまあ、どうやらこの分なら来週中には何とか完成させ、寒さ本番を迎える前までにはプレゼントすることができそうなので、やれやれです。  ま、プレゼントしたからと言って喜んでくれるのか、使ってくれるのかは定かじゃない(というよりほとんど期待できない)けれど、とりあえず KiKi 自身は日常のばぁばのケアこそはプロにお任せしちゃったけれど、根っこのところではばぁばのことをずっ~と大事に思っているということを形にすることができた(まだもうちょっと先だけど ^^;)だけでも、何となく満足です。

でもね、そんな風に考えているっていうことは、やっぱり KiKi の中のどこかに「親を老人ホームに預けた後ろめたさ」みたいな想いがズッシリと残っているっていうことなんでしょうね。       

まぼろしの白馬 E.グージ

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The brave soul and the pure spirit shall with a merry and a loving heart in herit the kingdom together.

雄々しき魂と清らなる心をもてるもの、ほがらかなる精神とやさしき愛をもてるものとともにこの王国を継承すべし

本日の KiKi の読了本はこちらです。

まぼろしの白馬
著:E.グージ 訳:石井桃子  岩波少年文庫

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古い領主館にひきとられた孤児の少女マリアは、館にまつわる伝説に興味を抱き、その謎を解こうと大はりきり・・・・・。  活発で明るいマリアは、暗い館の生活を一変させ、周囲のおとなたちを事件にまきこみます。  ロマンチックな物語。  (文庫本裏表紙より転載)

この本は初読だったんですけど、一読して感じたのは「ああ、この本を子供の頃に読んだら今よりももっともっと夢中になっていたんだろうな」ということでした。  とにかく女の子が憧れるだろうありとあらゆるものが美しい言葉で描かれているんですよね~。  舞台となる古風なお城然り。  少女のサイズに作られた入口(つまり大人は入れない)の自分だけの部屋然り。  美しい家具・調度の数々然り。  毎日誰かが用意してくれる綺麗な洋服や美味しそうな食べ物の数々然り。  館を取り囲む美しい庭園とのどかな田園風景然り。  登場する地名や人の名前までもが、きれいなものを連想させます。  シルバリーデュー(銀のしずく)村とか、パラダイスの丘とか、ムーン・エーカー館とか、とか、とか・・・・。

ま、逆に言えば思春期の男の子だったらこの物語の描写は甘ったるすぎて「とてもじゃないけど読んじゃいられない!」という気分に陥る可能性大なのかもしれません。  もちろん美しい物語であることに変わりはないんだけど、やっぱり「少女の夢」っていう雰囲気があまりにも濃厚な作品だと感じました。

特にそれを感じるのは、物語の中盤から出てくる悪役たちの描写なんですよ。  色彩鮮やかな荘園の中で暗い松林に潜んでいるという明暗の対比とか「黒い男たち」という呼び方でその残虐さや不気味さを象徴しようとしているんだけど、そんな彼らの描写がどこか中途半端というか精気に乏しいというか・・・・・・。  いかにも女の子が空想の中で描く「不気味で悪い奴ら」という感じで、真に迫ってくる存在感・現実感みたいなものが希薄なんですよね~。  彼らの生業が強奪であることは所謂伝聞の形でそこかしこに描かれるんだけど、その割には荘園で暮らしその被害を被っている一般人の生活の悲惨さみたいなものもほとんど描かれていないし・・・・・。

今日は久々にクラシック音楽関連のエントリーです。  本日の KiKi のBGM はこちらです。

メンデルスゾーン ロンドカプリチオーソ Op.14
EMI ASIN: B00005GIPO  H.ロロフ(pf)

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本来なら「ベートーヴェン・ピアノソナタ特集企画」を遂行中ということで次のソナタ第10番へ行くべきところなんですけど、今日はちょっと寄り道してメンデルスゾーンです。  実はこの曲、今、KiKi がモーツァルトのピアノソナタと並んで練習中なんですよね~。  ま、そんなこともあって久々にこの曲をちゃんと聴いておこうかな?と思っちゃったっていうわけです。

練習中って書いたけど、実はこの曲、KiKi が高校生の頃沼津の実家で最後にレッスンした曲で、そういう意味では練習中というよりは復習中っていう感じなんです。  でね、何でこの曲を今復習しているかって言うと、「KiKi が実家で最後に練習して仕上げた曲 ≒ ばぁばも散々聴かされた曲」なわけです。  今となっては KiKi が自分の娘であることもすっかり忘れちゃっているばぁばだけど、ひょっとしたらこの曲をばぁばの前で弾いて聴かせてみたらばぁばの記憶の奥底に眠っている何かを呼び覚ますきっかけになったりすることもあるんじゃないのかなぁ・・・・・な~んていう夢のような儚い望みを抱いちゃったんですよね~。

ところがいざ練習してみるとこれが情けないほど酷い・・・・。  頭の中にほとんどのパートの音型やらリズムやらがちゃんと記憶として残っているのに、指がついていかなくてミスタッチの連荘なんです。  何度か弾いているうちに何かが戻ってくるんじゃないかと期待したんだけど、さすがに35年ぐらいの歳月は KiKi からあれやこれやを奪い去るには十分だったみたい・・・・・。  でもさすがにあの頃うまく弾けないパートを何度も何度も練習したところなんかは片手だけなら結構ちゃんと弾けるあたり、やっぱり若い頃の毎日の鍛錬というヤツは凄いもんだと妙なところで感動したりして・・・・・ ^^;

  

秘密を胸にもって帰るっていうのが、クローディアの望みなのよ。  天使には秘密があったので、それがクローディアを夢中にもさせたし、重要にもさせたのですよ。  クローディアは冒険がほしいのではないわね。  お風呂や快適なことがすきでは、冒険むきではありませんよ。  クローディアに必要な冒険は、秘密よ。  秘密は安全だし、人をちがったものにするには大いに役だつのですよ。  人の内側で力をもつわけね。

原題「ベシル・E・フランクワイラー夫人のファイルの山から: From The Mixed-Up Files of Mrs. Basil E. Frankweiler」が邦題「クローディアの秘密」になっちゃった理由はこの作中のフランクワイラー夫人の一言(↑)にあるんですねぇ・・・・。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

クローディアの秘密
著:E.L.カニグズバーグ 訳:松永ふみ子  岩波少年文庫

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少女クローディアは、弟をさそって家出をします。  ゆくさきはニューヨークのメトロポリタン美術館。  そこでこっそり生活をするうちに、2人はミケランジェロ作とされる天使の像にひきつけられ、その謎を解こうとします。  (文庫本裏表紙より転載)


この本を読むたびに KiKi が思い出すのは KiKi がクローディアと同じぐらいの年齢だった頃、やっぱり「家出」をしたくなっちゃった時のことです。  何が直接の原因だったかのかは忘却の彼方なんだけど、ある日「絶対に今日こそ『家出』を決行するんだ!」と決心した KiKi はクローディアと同じように親に置手紙を書きました。


1週間の家出  KiKi


ってね。  で、その KiKi の家出は1週間はおろか1日ともたなかったんだけど、半べそをかきながら帰宅した KiKi を母は物凄い勢いで叱り飛ばしました。  自分の計画が失敗だったこと、さらには母親にこれ以上はないっていうほど怒られて意気消沈した KiKi を見て、父は笑ってこう言いました。


あのなぁ、KiKi。  期限付きの家出っていうのはないんだぞ。  そういうのは「家出」じゃなくて「旅行」って言うんだ。


ってね(苦笑)    ま、それはさておき、クローディアには「生まれた時から一番上の子供で、その上女の子だったというそれだけの理由で、下の子たちのお手本になるようないい子でいなくちゃいけなくて、女の子らしく弟の世話や家事手伝いをさせられるうえに、それを怠るとお小遣いが減額される」という不公平に抗議するという家出をするうえでの大義名分がありました。  さらには同じことの繰り返しである日常への倦怠感がそれに拍車をかけ、自分は家出をするんだと思い込んでいました。

でもね、本当の家出の理由は実は別のものだったんだろうと、過去に「1週間の家出」を企画して遂行できなかった KiKi は思うんですよ。  彼女がしたかった家出というのは「親の庇護からの脱出」だったんじゃないのかなってね。  実は KiKi 自身、上にも書いたように「1週間の家出の直接の原因」はまったく覚えていないんだけど、はっきり覚えているのは親に何がしかの不満を持つぐらいまでに親から精神的に分離し始めている感覚があったこと、別の言い方をするならば親への感情が絶対的なものではなくなってきていたということなんです。

要するに自我の目覚めっていうヤツですね。  だから親が望む優等生であることもイヤ、親にあれしろこれしろと言われるのもイヤ、ましてやそれにちょっと反抗すると親が立場の優位性をふりかざし「お小遣いの減額」というような痛い所をついてくるのは理不尽だという想い・・・・・。  でも、それは親を嫌いになったということではないし、まして「困らせてやろう」な~んていう悪意を抱かせるほどのものではないんです。  それどころか、自分が家出な~んていうことをしでかしたら親がものすごく心配するだろうということもよくわかっていて、それを回避するためにクローディアにしろ KiKi にしろちゃんと手を打つんですよ。

ところがそこはやっぱり子供なんです。  子供特有の無邪気な浅はかさとしか言いようのないことしか思いつかないんですよ。  クローディアは「心配しないで」と書いておけば親は心配しないだろうとタカをくくっているし、KiKi は期限付きならOKだろうとこれまたタカをくくっている・・・・みたいな。  まあ、KiKi が期限付きにしたのは親を安心させるためばかりではなくて、生活能力がクローディアよりも未発達だったうえにクローディアにはいたスポンサー(弟のジェイミー)がいなかったから、自分の所持金では1週間が限界だろうと思っていた(実際には1週間も無理であることがすぐに判明)というのもあるんですけどね。

クローディアと KiKi の家出の類似点は今の親元での生活が耐えられないというほどのものではなく、逆に「家なき子」や「小公女」の主人公たちのような厳しい生活は自分には耐えられないことも分かっているということだと思うんです。  まして時間が来ればゴハンができてきて、いつも洗濯された洋服を着ることができているのは「親のおかげ」であることもちゃんと分かっているんです。   だからクローディアはメトロポリタン美術館を家出先に選ぶし、KiKi はどこへ行くかは決められないけれどとりあえず期限だけを決めていたりするんです。

そしてクローディアと KiKi の家出の相違点は KiKi の方が著しく計画性に欠けていたのに対し、クローディアの方は「計画をたてる5分間は、探し回る15分間に匹敵するのよ」と別の場面で言うように、用意周到です。  確かに思い付きとしては「メトロポリタン美術館」なんていうのは素晴らしいと思うけど、実際の深夜の美術館なんていうのはもっと不気味なんじゃないかなぁ。  そこは姉弟二人連れという心強さがあったのかもしれないけど、KiKi だったら動くはずのない展示物(彫像とか石棺の蓋とか)が動いたような気がして眠れなかった・・・・・みたいなことがあってもおかしくないと思うんだけど、この姉・弟はひたすら無邪気に遊びまわっています ^^;


聊斎志異 蒲松齢

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岩波少年文庫、朝鮮文学に引き続いて読了したのは中国文学で、アジアしている今日この頃です。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

聊斎志異
著:蒲松齢 編訳:立間祥介  岩波少年文庫

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こおろぎになった少年、菊の精の姉弟、豆つぶのように小さい犬、美女に化けた狐、なぞの仙人 ・・・ 伝説などをもとに、人間と幽霊・妖精・動物たちとの不思議な交流を描いた中国の清時代の短編集。  (文庫本扉より転載)

KiKi の手元にあるこの本は1997年版で上の写真と同じ背表紙が水色のものなので、画像はそちらを使いました。  Amazon Link は左が KiKi のものと同じバージョン(つまり現在では古本でしか入手できない版)、右が現在発刊されているバージョンのものです。

この岩波少年文庫版には全部で31編の短編(これが本当に短いの!)が収められています。  全編は12巻、494編もあるらしいのですが、我が日本国で比較的入手しやすい岩波文庫の本作であってさえも92編しか収められていないようです。  アジアン・テイストのショートショートといった雰囲気でなかなか楽しめる物語集だと思いました。

でも生まれて初めてこの本のことを知った時は、タイトルが読めなくてねぇ・・・・・。  今でこそ何のためらいも迷いもなく「りょうさいしい」と読めるようになったけれど、中学生ぐらいまでは「ああ、あの柳みたいな字で始まる中国の物語集ね」な~んていう風に記憶していたことが思い出されます。

登場するのは必ずしも人間ばかりとは限らず、幽霊だの妖精だの動物たちが人間とほとんど変わることない「この世に生きとし生けるもの」として登場し、登場する人物と一緒に酒を酌み交わして仲良くなっちゃったりします。  そんなホノボノ感と、死体の首をすげかえるだの遺体を盗むだのというホラーチックな話がゴタマゼになっていて(でも不思議とおどろおどろしさはない 笑)、まあハチャメチャと言えばハチャメチャな話が多いんだけど、例えば風邪をひいて高熱にうなされながら読むには最適なんじゃないかという「夢うつつ読書」向きの本だと感じました。  何せ、KiKi はこれを読みながら夏目漱石の「夢十夜」を思い出したぐらいですから・・・・・(笑)


Happy Birthday Norn!

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今日は9月25日。  この日は我が家にとっては大切な日でもあります。  何を隠そう(← って毎年似たようなエントリーを書いているから、隠してもいないんですけどね 笑)、我が家の愛犬 Norn ちゃんのお誕生日なのです。  このブログの右サイドバーにも設置してある「ノルンはいくつ?」のブログ・パーツによれば、ノルンちゃん、本日7歳(人間なら44歳)におなり遊ばされたそうです。


ノルンは9月25日生まれ
今日で7歳です♪
★Happy Birthday!!★
ヒトなら44歳くらい !
戌年天秤座です


昨年のこの日のエントリーを見てみると、昨年はヒトなら40歳くらいだったのだそうで、たった1年で4つも歳をとるという「暇そうにしている割には生き急ぐ人(犬?)生」を送っているようです(苦笑)

ま、何はともあれ、めでたい!ということで今年もノルンちゃんの健康を気遣いつつせめてものお祝いということで・・・・・・・



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昨日はじぃじとばぁばのお見舞いで老人ホームを訪ねたので、読書もチクチク作業も捗っていません。  ま、てなわけで今日はノルンちゃんのお誕生日をお祝いする「手抜きエントリー」で お★し★ま★い です(苦笑)      

  

近くて遠い国、朝鮮の民話なんて初めて読んだような気がします。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

ネギをうえた人 朝鮮民話選
編:金素雲  岩波少年文庫

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人間はどうしてネギを食べるようになったのか?  ネコとイヌがけんかするのはなぜ?  おばあさんは悪いトラをどうやって追いはらったか ― 動物と人間がくりひろげるのどかな世界が語られる朝鮮の民話33編。  (文庫本裏表紙より転載)

今では BS チャンネルの番組表を眺めてみると、「はて、ここは日本か、韓国か??」と訝しく思っちゃうぐらい、韓流ドラマが横行している我が日本国。  これだけ四六時中韓流ドラマにさらされている割には、彼の国の文化に関しては実はさほどちゃんと認識されていないように感じるのは KiKi だけかしら??  ま、そんなことを言う KiKi 自身にしたって近くて遠い国韓国について、ましてや拉致問題でかなりお馴染みになった北朝鮮に至ってはほとんど何も知らないと言っても過言ではない人生を送ってきています。

この本のあとがきの編者の言葉にある


デンマークに生まれたアンデルセンの物語ならたいてい知っているあなたたちに、今度はこの近い隣の国の昔がたりも読んでもらいたいと思います。


はまさに KiKi 向けに語りかけられた言葉のように感じます。  でも実はこの本は1953年にはちゃんと日本に紹介されていたんですねぇ・・・・。  きっと子供時代の KiKi は岩波少年文庫のラインナップを眺めていても「朝鮮民話選」と見た瞬間に切り捨てていたんだと思います ^^;  朝鮮と言う国を蔑視まではしていなかったけれど、やっぱり心の中のどこかに西洋文化への憧れを強く抱いていた子供でしたから、心の中のどこにも「お隣の国」という意識さえ持っていなかったような気がするんですよね~。


寄り道のせいでやたらと時間がかかってしまった「宝島」に対し、こちらはあっという間に読了してしまいました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

森は生きている
著:S.マルシャーク 訳:湯浅芳子  岩波少年文庫

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気まぐれな女王が、真冬に4月の花マツユキソウをほしいといいだし、国じゅう大さわぎ。  継母の言いつけで吹雪の森に分け入った少女は、12の月の妖精たちに出会います・・・・・。  スラブの民話をもとにつくられた楽しい児童劇。  日本でもたびたび上演されています。  (文庫本扉より転載; KiKi の手元にあるのは現在販売されている版ではなくその前に発刊されていた1990年発刊の第47刷版です。)

この物語の Review をエントリーとして書くのは初めてだけど、実は再読です。  それも初読が子供の頃だったというわけではなく、大人になってから初めて読んだ物語です。  実は KiKi はこのブログを開設する際に「岩波少年文庫全冊読破企画」なるものをぶち上げたわけですが、それより何年か前からこの企画自体は細々と遂行していました。  そしてその初期の段階に手にした中の1冊がこの本でした。  

戯曲ということもあるんだろうけれど、とにかく情景描写がダイナミックで美しいんですよ。  いわゆるト書き部分の情景描写もさることながら、登場人物たち(時に森の動物たちも含む)が語る言葉の端々からもロシアの冬の森の厳しい情景が目に浮かぶようです。  特にダイナミックさと美しさを感じさせるのは12人の月(month)の精たちが、季節外れの命令を出した女王のために冬の真っ只中にマツユキソウを探し当てなくちゃいけないことになった少女のために季節を早送りするところの描写です。  よくネイチャー系の番組で定点カメラの映像を早回ししているのがあるけれど、それに音と空気感が合わさったような感じで、これを舞台上で再現する演出家の方は大変だろうなぁと思わずにはいられません。

さて、初読の際は戯曲ということもあり、民話に題材をとっている物語ということもあって素朴な美しい物語だなぁ・・・・というぐらいの感想しか抱かなかったのですが、今回の読書ではかなり色々なことを考えさせられました。  今日はそのお話をしてみたいと思います。


宝島 R.L.スティーヴンスン

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この物語の読書中にちょっと浮気をして「ハリー・ポッター 死の秘宝」の再読なんていうことをしてしまったのでちょっと読了するのに時間がかかってしまいました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

宝島
著:R.L.スティーヴンスン 訳:海保眞夫  岩波少年文庫

514ZBERDE1L._SX230_.jpg  (Amazon)

ジム少年は、トレローニさんや医者のリヴシー先生とともに、フリント船長が埋めた莫大な財宝を探しに出帆した。  が、船のコックとして乗り組んだ一本足の海賊シルヴァーがおそろしい陰謀を企んでいた...。  海洋冒険小説の名作。  (文庫本裏表紙より転載)

今回、この物語の読書中にちょっと浮気をしちゃったのは、決してこの物語がつまらなかったからじゃなくて、たまたまダーリンの入院前に体力温存のために映画(DVD)鑑賞なんちゅうことをしていて、その時たまたま観たのが「ハリー・ポッターシリーズ」で、その映画の中でどうしても腑に落ちない点が出てきたので本で確認したくなっちゃったからでした。  因みにその腑に落ちない点というのは「分霊箱」のお話で、早トチリの KiKi は分霊箱は7つあると確信していたんです。(実際には分霊箱は6つでヴォルテモートの肉体に宿る魂1つと合わせて7つということだった)  それにも関わらず3つ目の分霊箱をロンが破壊した際に「残りはたった3つ」と言う所で「あれ?  計算が合わない・・・・・。」と思っちゃって、映画では端折っちゃった(と思われる)分霊箱1つは何かをどうしても知りたくなっちゃったんですよね~ ^^;

で、わざわざ「死の秘宝」を全部読み返してみたんだけど、やっぱり本の中身も映画と一緒で、結局この読書では謎は解けませんでした。  でもさすがに「謎のプリンス」まで読み返してみる気力は湧いてこず、結局インターネットで「ハリー・ポッター 分霊箱」で検索。  そして見つけたいくつかの解説を読んでやっと合点した次第。  こんな結末になるなら、最初からネットで調べれば良かった・・・・・・(苦笑)

ま、てなわけで「分霊箱の謎」が解けたところで再びこの「宝島」に戻ってきました。  「ロビンソン・クルーソー」を読了したのが9月16日。  この「宝島」を読了したのが9月21日。  別にスピードを重視した「全冊読破企画」ではないから、1冊に何日かかろうが大した問題ではないんだけど、この程度の厚さの本で、しかも哲学書みたいな難解な本ならいざ知らず5日もかけたとは何気に不満足・・・・・。  今度からは寄り道はできるだけしないように!と自分を戒めた次第です。

さて、本題。  「宝島」です。  こちら、このエントリーにも書いたように、KiKi の子供時代には「男の子の必読本」みたいな位置づけの物語でした。  正直なところ、この「宝島」や「ロビンソン・クルーソー」あたりがこの宮崎駿氏の推薦リストに載っているということ自体がある意味で「時代」を感じさせるような気がしないでもありません。  イマドキの子供たち(特に男の子)はこの2作品を読んでいたりするのかなぁ??  KiKi であってさえ、この2冊に関しては「元祖 海洋冒険小説」というような捉え方をしているところがあったりするぐらいですから、イマドキの子供たちにしてみればもっともっと「古臭い物語」という印象があっても不思議じゃないような気がします。

そしてね、読了してみて感じるのは昨今の刺激に満ちた「アドベンチャーもの」と比べるとどことはなしに地味な気がしないでもない・・・・。  決して物語としての起伏がないわけじゃないし、面白いんだけどそこかしこに感じるこの「地味」という感想の根っこにあるのは何なのかしら?  色々考えてみて、思い当たったポイントがあるのでそのお話をしてみたいと思います。

  

やっぱり道具は大事!

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昨日、「今月の趣味のお買い物」というエントリーで素敵な「カトラリー・ケース」をメインとしてご紹介させていただいたわけだけど、今日はその時一緒に購入した鋏に関してお話したいと思います。  2011年1月、KiKi はここLothlórien_山小舎の冬の手仕事趣味としてパッチワークに興味を持ち、とりあえず始めてみるに至ったわけだけど、その時新しくいくつかの道具を渋川市のスーパーの中の手芸屋さんで買い求めました。  それがこちら(↓)です。

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畑仕事やら何やらで、何かをする際にはその成功の秘訣の一端は道具にあることを実感していたので、それまでボタン付けとスカートの裾かがりしかしたことのない KiKi のお裁縫箱に入っている「布切りバサミ」も「糸切りバサミ」も碌なモンではなかったため、最低限でも鋏ぐらいは少しはまともな物にした方がいいだろうと思ったんですよね。  

もっとも当時の KiKi は「ハサミの良し悪し」に関する情報は何も持っていなかったし、いくら道具が大事とは言え続くかどうかもわからない趣味のために大枚を払う気もなかったので選択する基準は「①その店に並んでいる物」の中で「②パッチワーク専用という謳い文句があれがそれ」を、そうでなければ「③その店で一番安い商品ではないもの」という、今にしてみればよくわからない基準でこれら(↑)のハサミを選びました。

そして青いケース付きの「パッチワークバサミ」(上記写真下の布切りバサミ)に関しては、それまで使っていた布切りバサミと比較すれば抜群の切れ味だったから結構満足していました。  でもね、「ベビー・キルト」を作った時にこの布切りバサミでは大量のピースをチョキチョキすると、かなり指が痛くなるなぁと実感し、その後同じ写真に写っている「ロータリー・カッター」なるものを購入してみました。

ところがコレ、カッター・ナイフを上手に使える人には便利な道具なんだろうと思うんだけど、実は KiKi は定規をあててカッター・ナイフを使うのが苦手 ^^;  途中でカッター・ナイフは定規を外れてあっちへずれたりこっちへずれたりしてしまいます。  ま、てなわけで結局このロータリー・カッターは出番を失い、その結果として実は一連の作業の中で「チョキチョキ作業」というヤツがちょっと億劫だったりしているんですよね~。


今月の趣味のお買い物

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昨日、退院したダーリンを連れてLothlórien_山小舎に戻り、車から荷物をおろして山小舎に運び込み玄関を閉めようとしたまさにその時、「くろねこヤマトの宅急便」の車が我が家の前を通りました。  このあたり、我が家の玄関の前の道にヤマト便のトラックが走ったらその8割がたが我が家への配達であるぐらいの頻度でしかそのトラックを見ることが少ないので、ちょっと様子を見ていたら案の定そのトラックは我が家の玄関前を通り過ぎ、敷地の境界にある駐車場への私有連絡路で方向転換をしています。  ここでこのトラックが方向転換をする場合にはほぼ100%、我が家へのお届け物です。

そこで玄関を開けっ放しにしたままシャチハタを手に待っていると、案の定Uターンして戻ってきたトラックが今度は玄関前で停まりました。  ほぼ顔なじみになってしまい、携帯電話の番号まで交換している(たまたま配達に来たとき留守だった場合の連絡用)ヤマトのお兄ちゃんがニコニコしながら車から降りてきて、

「こんにちは~。  今日は KiKi さんにお届け物ですよ~。  ちょっと待っててくださいね~。」

と朗らかにおっしゃいました。  心当たりは1つだけ、でもネットでそのお店に注文を出してからまだたった2日。  お店の方が注文を認識されたのが17日の夜遅くだったことはやり取りしているメールから明らかだったので、「いったいどこから、何を?」とちょっと不思議な気分でお兄ちゃんが目当ての箱を運び出すのを待ちました。  すると

「はい、KiKi さん宛、xxxさんからのお届け物です。」

と仰る、そのxxxさんとはまさに17日の夜遅くに KiKi の注文を認識されたばかりのネットショップでした。  思わず宅急便のお兄ちゃんに

「え~!  もう??  はっや~い」

と言うと、お兄ちゃんは宅急便のサービスを褒められたと勘違いしたのか

「いえいえ、普通ですよ。  あ、又よろしくお願いします。」

なんぞと仰ります。  まあ、的外れな相手に的外れな感想を先に言ったのは KiKi の方ですから、そこはニッコリ笑顔を返して「あ、こちらこそよろし・・・」と尻切れトンボ的な返答をしておき、早速、箱を開けてみました。 

すると KiKi が約半月もの間、買おうか買うまいか悩みに悩んだ末に注文メールを出した様々なグッズが次々と箱から姿を表しました。

  

ダーリンの手術の顛末

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このエントリーでもお話した通り、昨日はダーリンの2回目のステント手術でした。  で、その手術を前にしてどことなく緊張感のなかったダーリン & KiKi だったんですけど、執刀医の先生の懸念通り、残念ながら昨日の手術は決して「何事も起こらない手技」というわけにはいきませんでした。

手術は1時15分からということが決まっていたので、KiKi がダーリンの病室に到着したのが12時45分頃。  その時まではダーリンも全く普段通りで、

「今回も昼飯抜きだから腹がへった。  昨日頼んでおいたどらやきは持ってきてくれた??」

なんぞというこれまた緊張感には大幅に欠ける発言をしておりました。  で、カテーテル室に入るまでは元気そのもの。  ま、てなわけで KiKi はカテーテル室までの見送りが終わるとダーリンの病室に戻り、読書なんぞに勤しんでおりました。  今回は1時間ぐらいで終わるだろうと事前に言われていたのでかなりノンビリ構えていたら2時前にいきなり2人の看護婦さんが病室に入ってきて、ダーリンのベッドの脇の壁に装着されている酸素吸入なんかをするときの道具について何やら話し始めました。

それでも KiKi は「まあ別室の患者さんのための打ち合わせをたまたま今留守のダーリンのベッドスペースで確認でもしたんだろう・・・・」と呑気に構えていたら、先ほどの看護婦さんの1人が何やら酸素吸入する際のグッズを手に戻ってきました。  そして

「今、カテ室で酸素を使っているという連絡があったので、一応念のためこちらにも準備だけしておきますね。」

なんぞと言いながら、ガチャガチャと器具の装着を始めました。

「え?  酸素??  何で???」

とにかくこれまでそんな事態になったことはないわけで、さらに言えばほんの1か月弱前に同じ手技を同じ病院でしたのにそんなことはなかったのにこの騒ぎは一体何???  半分、パニックになりかかっている KiKi なんですけど、看護婦さんをはじめ病院の皆さんはそれ以上何の情報ももたらしてくれるじゃなし、しかも最初に2人の看護婦さんがこの病室を訪れた際に

「もうすぐ帰っていらっしゃいますから・・・・・」

と言っていたのに、それからもう15分もたっているのに、酸素が装着されたらしいダーリンは帰ってきません。  その後も何人かの看護婦さんが病室に来ては「もうすぐ帰っていらっしゃいます。」という発言を繰り返すんですけど、その実、全然姿を見せる気配もありません。

      

先月の21日、約7年前に行われたステント手術後の経過観察入院の末、新たに見つかった3つの細くなってしまった心臓のまわりの血管のうち2か所にステント置換術を行ったダーリン。  残された1か所の処置のため昨日再び入院しました。  相変わらず自覚症状はまったくないうえに、午前中は元気に庭仕事なんぞをしたうえでの午後からの入院だったので、どうもダーリンといい KiKi といい、どこか緊張感に欠けています。  でも、そんな甘さをあっさりと執刀医の先生に見透かされ、


「まあ、特に心配しなければいけないということもないんですけど、さりとてあんまり甘く見ないように・・・・」


とのお説教に続き、手技実行上のリスクの説明なんぞをされてしまいました。  で、前回もそう言われて院内で散々待たされてやきもきさせられた挙句、病室に戻るや否や「何か食ってもいい??」なんぞという気の抜けるような発言を聞かされたので、たった2泊3日の入院だし毎日片道30分の病院通いな~んていうのもあんまり気が進まない(だって、相変わらず KiKi の右のアンヨは痛いんですよぉ 涙)わけですが、先生からはしっかりと


「前回同様、手術の際には奥さんは病院内にいてくださいね。」


なんぞと念押しをされてしまいました。  でね、


「やだなぁ。  又、やきもきさせられた挙句『何か食ってもいい?』な~んていう気の抜けたようなことを聞かされなくちゃいけないなんて。」


と言うと、我がダーリンの返答は


「大丈夫、今回は。  だって食ってもいいことがわかっているから、そんなことは聞かないから。  だから、この間スーパーで買ったどらやきを持ってきて♪」


ですと!!  呆れてものが言えません(苦笑)  ま、いずれにしろあと2時間もしたら片道30分をかけて、未だに痛む足をアクセル操作で酷使しながら(何せ、病院までの道は山道なのです)、病院に行ってきます。

    

台風18号が襲来し、それこそ「経験したことがないような暴風」にLothlórien_山小舎がキシキシと泣き続けるなか、「元祖 サバイバル小説」とでも呼ぶべきこちらの物語を読了しました。

ロビンソン・クルーソー
著: D.デフォー 訳:海保眞夫  岩波少年文庫

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航海に出たロビンソン・クルーソーは、嵐にあい、たったひとり絶海の孤島に打ちあげられてしまう。  わずかな食糧と道具をたよりに、どうしたら生きのびることができるだろうか―。  近代小説の原点ともなった冒険物語の古典。  (文庫本裏表紙より転載)

KiKi の子供時代、男の子の必読本といってもいいような物語だったのがこの「ロビンソン・クルーソー」や次に読む予定の本「宝島」、そして「十五少年漂流記」といったあたりの物語だったように思います。  対する女の子の必読本は「赤毛のアン」とか「若草物語」とか「ローラ物語」。  そういう意味ではこの「ロビンソン・クルーソー」、KiKi も小学生時代には「タイトルだけは知っている男の子のための冒険のお話」という認識をしていたように思います。

で、中学生になってから「いくら男の子の本とは言え、この超有名な物語を素通りしてもいいんだろうか?」なんぞという殊勝なこと(?)をチラッと考え、学校の図書館から借り出してきて少しだけ読んでみたものの「人肉食の蛮人」が登場するに至りギブアップ(苦笑)  で、それから大学生になるまで一切関わらずに過ごしてきました。

大学で一応「英文学部」なるものに所属するに至り、「英文学史」の授業にも出てきたこのエポック・メイキング的な物語を素通りしたまんまじゃいかんだろうなんぞという2度目の殊勝な想い(?)を抱き、今度は「とりあえず最後まで読了すること」を自分に課して初めて通読。  その頃はロビンソン・クルーソーのサバイバリストとしての物語というよりはどちらかというと「キリスト教宣教の本」という印象で読了しました。  そして今回の読書に至りました。

 

台風一過

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今回の台風は凄かったですね~。  Lothlórien_山小舎で暮らしていて初めてちょっと心細いと感じてしまった瞬間がいくつもありました。  何せ、ここはお隣さんが遠い・・・・。  そしてご近所のほとんどは定住者ではなくいわゆる週末田舎暮らしの人たちばかりなんです。  ま、つい何年か前まではそんなことを言っている KiKi 自身が週末田舎暮らしの人だったんですけどね(苦笑)

とにかく2階のお部屋が強風に煽られてかなり揺れたし、家屋の木材はきしむし、一番天候が荒れていた時間帯には「ひょっとしたらこの家はこの台風に持ちこたえられないんじゃないか??」な~んていう最悪のシナリオが頭の片隅をよぎっちゃったぐらい。  でも、どうにかこうにかあの強風を耐え忍ぶことはできたようで、一応今のところ我がLothlórien_山小舎は無事、建っています。  家の中を見回った限りでは特に大きな問題は発生していないみたい。  今、ダーリンが外の見回りに行っているので、戻ってきたら今度は外の様子もわかるでしょう。

さて、台風というヤツは通り過ぎてしまうと実に穏やかになるもので、今、この時間は空も随分明るくなり薄日まで射し始めちゃっています。

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そして午前中にはあんなに揺れまくり歌舞伎の連獅子の頭みたいだったもみじの大木もまるでシャワーを浴びてすっきりした直後みたいな顔をして(ってどこが顔だか分からないけれど ^^;)、何事もなかったかのような風情でスックと立っています。

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例年、このもみじの紅葉を家にいながらにして楽しんでいた KiKi は、今日の午前中には「どうなっちゃうんだろう??」とハラハラしていたんですけど、さすが樹齢を重ねた大木というものはあんな強風なんぞには負けないんですねぇ。  頼もしい限りです。

さて、ようやく2階のアトリエも静かになったことだし、今日はこれから1時間ほどばぁばのひざかけのキルティング作業をして、それからピアノのおけいこという KiKi の通常ルーティーンに戻ろうかと思います。



追記)

・・・・と台風一過の穏やかな状態をレポートしたにも関わらず、3時過ぎから再び強風が吹き荒れ始めました。  ま、午前中の風と比べれば大人しいもんだけど・・・・。  やっぱり台風ってすごいんですねぇ、こんなにめまぐるしくお天気が変わるとは。  でも風はかなり強くても相変わらずお日様は射していたりしています。      

台風接近中

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大型台風が接近しています。  Lothlórien_山小舎では家のそこかしこで雨漏りが発生しています。  結構新しい家なんですけど木造家屋、しかも本当にピュアな木材でできている家はどこからかはよくわからないんですけど雨水がしみ込んで雨漏りになっちゃうんですよね~。  そして窓の外のもみじの大木がまるで柳の木みたいな揺れ方をしています。  この揺れ方、動画をアップできるツールと技術があればご披露したいぐらい・・・・・(苦笑)

音もなかなか刺激的です。  ゴォ~、ザザザ! という音がひっきりなしに鳴り響き、時折木材がきしむ音がそれに混じったりしてなかなか賑やかです。  TVのニュースからは緊急情報のチャイムは聞こえてくるし、携帯電話にも交通情報やら何やらが頻繁に入り視覚・聴覚に「並みではない今回の台風」を訴えてきています。

今、KiKi は2階の書斎 兼 アトリエでこのPCに向かっているんだけど、時折、暴風に煽られて2階が「地震か!?」と勘違いしちゃうほど揺れちゃったりもしています。  今日は1日家籠りとなりそうだから本当だったらこの2階のアトリエで例のばぁばのひざかけのキルティング作業に邁進したかったんだけど、こんなに揺れる部屋でお裁縫というのは何だか嫌だなぁ・・・・。  

でも関東圏に最接近するのは昼頃なんですよねぇ。  今からこんなんでこの台風をこの山小舎は乗り切ることができるんだろうか???  幸い(?)現在の KiKi の読中本は「ロビンソン・クルーソー」なので今日はあの本をじっくりと読みながらサバイバリストの修行でもすることにしようっと(苦笑)  

おらが村のうまいもん

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台風が接近しています。  ひょっとすると明日「敬老の日」には関東地方を直撃するかもしれないのだそうです。  本来なら明日はじぃじとばぁばが入所した老人ホームで「敬老祝賀会」というイベントが開催される予定で、そこにダーリン & KiKi はお出かけするつもりだったのですが、何せ我が Lothlórien_山小舎は山の中です。  しかもこのあたり、霧がものすごいエリアときています。  そんな中出かけて行って万が一遭難でもしちゃったら目も当てられません。  ま、てなわけでつい先ほどホームの方には「出席する予定だったけど無理っぽい・・・・ ^^;」というご連絡をすませたところです。

でね、「敬老祝賀会」に出かけられないかもしれないということは、同時に「お買い物」にだって行けやしないということでもあったりするわけです。  何せ KiKi の行きつけのスーパーは山を下りた中之条町か原町、さもなければ渋川市にあるんですから。  村には農協さんがやっている A-マート があるけれど、ちょっと品揃えが乏しいんですよね~。  で、その行きつけのスーパーに行き着けるぐらいであれば当然のことながら老人ホームにだって楽勝で行けちゃうってことになるんです。  ・・・・ということで、昨日のうちに「家籠り用食材」の調達に行ってきました。  「家籠り用食材」は買い揃えても「救急避難グッズ」は揃えていない我が家です(苦笑)

でね、そのついで・・・・・と言っては何なんですけどこの村で暮らし始めて初めて、おらが村にある「ぶどう園」のぶどうを買ってきました。  以前からその存在だけは知っていた「ぶどう園」なんですけど、KiKi 自身がぶどうという果物にあんまり食指が動かない(← 決して嫌いなわけではないけれど、魅力を感じないんですよね~、なぜか)ためこれまでは一度も食べてみたことがなかったんですよ。  でも今年は例年になくその直売所で盛大に幟を立てていて、親戚筋にお配りする自家製農産物には事欠く状況なので、「秋の元気なご挨拶」にぶどうなんていうのはどうかな?と考えていたところだったんです。

でも、人様に差し上げようかっていうものを自分たちが試食していないようではお話になりません。  ま、てなわけで初の「おらが村産のぶどう、お買い上げ~♪」ということになりました。  今回購入してみたのは以下の2種類です。

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こちら(↑)、ゴールド・フィンガーという品種なんだそうです。  こちらの品種は日本の山梨県生まれ。  「ピアレス(セネカ×ピッテロ)」という品種に「ピッテロ・ビアンコ」という品種を交配して生まれたのだそうで、1993年に品種登録されたという若い品種です。  皮は決して剥きやすくなく、皮ごと食べちゃうブドウと言う感じです。  香りもさほど強くないんですけど、果肉はとてもジューシー。  そして驚いちゃうのは糖度が18度前後もあるらしい・・・・・。  ちょっと食べにくいのは、粒の中に1~3個ほどの種が入っていて、せっかく丸ごと口に入れても種を出しながら食べることになります。  こちら、そのぶどう園ではあの「巨峰」よりお値段がちょっぴり割高でした。

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そしてこちら(↑)は言わずと知れた「巨峰」です。  今回 KiKi は「巨峰」を2房、「ゴールド・フィンガー」を1房の合計3房を購入したんですけど、トータルで 1,600円ちょっと。  思っていたよりお手頃価格で購入できました。  そして期待していた以上に美味しい♪  これはちょっとしたおつかいものにも結構いけそうです。

    

飛ぶ教室 E.ケストナー

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KiKi の子供時代、自宅でもっともお世話になったのは岩波少年文庫と親戚のお姉さんからのお下がりだった河出書房新社(だったと思う)の「少年少女世界文学全集」でした。  そしてこの「飛ぶ教室」はその「少年少女世界文学全集」の中の1冊として読みました。  そういう意味では岩波少年文庫版は今回が初読となります。  もっともその「文学全集」の方の読書はあまりにも昔のことなので、2つを比較できるような読み方はできないんですけどね(苦笑)  ま、いずれにしろ本日の KiKi の読了本はこちらです。

飛ぶ教室
著:E.ケストナー 訳:池田香代子  岩波少年文庫

51BhQThq1ZL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ボクサー志望のマッツ、貧しくも秀才のマルティン、おくびょうなウーリ、詩人ジョニー、クールなゼバスティアーン。  個性ゆたかな少年たちそれぞれの悩み、悲しみ、そしてあこがれ。  寄宿学校に涙と笑いのクリスマスがやってきます。  (文庫本裏表紙より転載)

恐らく KiKi が初めてこの物語を読んだのは小学校の低学年から中学年にさしかかる(2年生か3年生)頃だったと思います。  当時の KiKi には正直なところこの物語のよさがさっぱりわかりませんでした。  と言うのも、舞台は男の子ばかりが暮らすドイツのギムナジウムです。  しかも物語の冒頭で印象的に(?)登場する男の子は大食らいときています。  挙句ギムナジウムに通う男の子が実業学校に通う男の子たちに拉致され、それを助けにギムナジウム組が殴り込み・・・・・ ^^;  寮生活の何たるかも知らなければ、男だけの世界に流れる流儀みたいなものにも疎く、ついでに「暴れん坊」が苦手だった当時の KiKi にしてみれば「なんじゃ、こりゃ?」の世界だったのです。

でもね、もう少し成長して小学校を卒業するちょっと前ぐらいのタイミングで読んだときにはこの同じ物語がスッと心に沁みこんできたんですよね~。  これは小学校生活の中で男の子っていうのはどういう生き物なのか、その行動原理にどんな気持ちがあるのかということが何となく理解できるようになってきていたということもあっただろうし、初読の際には読み飛ばしていた大食らいの男の子の将来の夢がボクサーであることもちゃんと理解できていたからだと思うんですよね。  実業学校の子供たちが別の学校の子供を拉致するという設定にはリアリティは感じられなかったけれど、協力して仲間を助けるという義侠心とか、伝統的な対立意識とか、勇気ある行動に憧れる気持ちといったものがある程度身近なものに感じられる年齢になっていたからだと思います。

狭い世界で暮らしている少年たちが見せるある種の純粋さはキラキラと眩しかったし、どんなに仲間が大勢いてそれが素晴らしい仲間だったとしても、その中の個人には何かしらの問題・悩みのようなものがあって、その何かに時に押しつぶされそうになったり、抗ったりするわけだけど、その時は結局1人ぼっちなんだよなぁということも考えさせられました。  ただ、その決着をつける過程で、あるいは何らかのしっぺ返しを食らったときには周りには誰かがいてくれるのがいい。  それは仲間であることもあれば、この物語に出てくる2人の魅力的な大人、「正義さん」と「禁煙さん」のような「子供の心を忘れてはいないけれど、そこにホンモノの知恵も身につけた懐の広い大人だったりもすれば最高です。  そして思ったものでした。  「私もこういう本当の意味で良識のある大人になりたい。」と・・・・・。

 

昨日のエントリーでもお話したように、今日から暫くの間の「岩波少年文庫 全冊読破企画」の書籍選択はかつてこのエントリーでお話した「宮崎駿選 岩波少年文庫の50冊」に則って進めていきたいと思います。  ま、てなわけでその記念すべき再開第1作はこちらの作品となりました。

長い長いお医者さんの話
著:K.チャペック 訳:中野好夫  岩波少年文庫

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チェコの文豪カレル・チャペックの楽しい童話集。  親切な町のお医者さんたちや、働き者の郵便屋さんなどが活躍する、しゃれたおとぎ話を9編。  兄ヨセフのゆかいな挿し絵とともに、多くの人たちに愛されてきた現代の古典。  (文庫本裏表紙より転載)

この本はね、子供時代に学校の図書館で何度も借り出したお気に入りの童話集だったんですよ。  でもその後、この物語のことはすっかり忘れてしまって、さらに言えば子供時代には作者が誰かな~んていうことはあんまり気にしていなかったので誰の作品なのか知らないまま KiKi は大人になっちゃったんです。  で、大人になったら同じチャペックの「園芸家12ヵ月」(↓)に出会ってクスクス笑いをさせてもらって、ふと気が付けば「この2つ、同じ作家の作品じゃあ~りませんか!」となってそれからますます愛着がわくようになったという物語集です。

2013_Sep13_002.JPG  (Amazon)

チェコの生んだ最も著名な作家カレル・チャペックは、こよなく園芸を愛した。  彼は、人びとの心まで耕して、緑の木々を茂らせ、花々を咲かせる。  その絶妙のユーモアは、園芸に興味のない人を園芸マニアにおちいらせ、園芸マニアをますます重症にしてしまう。  無類に愉快な本。  (文庫本裏表紙より転載)

この「園芸家12ヵ月」の Amazon Link の文庫本の表紙は KiKi がご紹介している写真のものとは別(Amazonの方が新しい)なんだけど、KiKi がご紹介しているこっち(↑)のこの絵が本日読了した「長い長いお医者さんの話」でも挿絵を担当しているお兄さんの絵で、実にほのぼのとした味わいのある絵なんですよね~、これが。  お話もどこかとぼけたところのある語り口(それはどちらの本にも共通している)なだけに、この挿絵との相乗効果には絶大なものがあると信じて疑わない KiKi です。

さて、我が家には実はこの「長い長いお医者さんの話」は2冊あったりします。  1冊は冒頭でご紹介した現在も販売されているこのヴァージョン。  そしてもう1冊は「岩波少年文庫 愛蔵版 全30巻」の中の1巻でこちらは装丁が実に美しいんですよ。  しかもハードカバー。  実はこれ、KiKi の宝物です。

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こういう装丁の本、KiKi の子供時代には多かったんですよね~。  日本の製本技術は優れているから現在のソフトカバー本であっても、アメリカなんかのペーパーバックと比較すればはるかにしっかりできていて、その割にはお値段も安くて文句のつけようもないとは日々感じていることだけど、それでもこういう厚紙仕様で風格のある本っていうのは本を読む前の心構えみたいなものを読む側に要求する独特のオーラを放っています。  で、せっかくだから今回はこちらの愛蔵版で・・・・と最初は思ったんですよ。  でも結局読了したのは冒頭でご紹介した現在市販されているソフトカバー本の方にしました。  その理由はね、実は現在市販されているソフトカバー本の方が収録作品数が多かったんです。


例の足の指の骨折がなかなか治らない(← と言っても治療らしい治療はしておらずテーピングだけしか処置はしていないから当たり前なのかもしれませんが ^^;)KiKi。  始末に負えないのはテーピングして靴下を履いて、例のサンダル or スリッパ履きなら歩くのに全く支障がなく痛みも感じないことで、それでもちょっと冷えたりお風呂でお湯につけたりするとジワ~っと痛みが走るし、お天気が悪いとどことなくグジグジと痛むような気がするし、まして患部を手の指で押さえたりするとちょっとズキンとくるぐらいの状態だから、なかなか積極的にお医者さんに行こうというモチベーションが湧いてこないこと(苦笑)  何せLothlórien_山小舎からそれなりの病院に行こうと思うと車で30分ぐらい山道をドライブしなくちゃいけないんですよね~。  それに来週にはダーリンのステント手術の入院も控えているので、それが終わるまでは何となく「KiKi が病院通いをしている場合じゃない!」というような意識が働きます。

ま、そんなちょっとモンモンとした状態の中、「岩波少年文庫全冊読破企画」の方は着々と進んでいます。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

ウサギどん キツネどん
著:J.C.ハリス 訳:八波直則  岩波少年文庫

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アメリカ南部の綿畑で働くリーマスじいやの物語る黒人の民話。  りこうなウサギどん、ずるいキツネどんたちが、人間顔負けの活躍をするこの本は、「アメリカのイソップ」として世界中に知られています。  (文庫本扉より転載)

この本は「岩波少年文庫 創刊60年記念フェア」「リクエスト復刊」された1冊です。  2010年の10月に復刊され、11月3日の文化の日に購入。  それから昨日に至るまで我が家で積読状態だった1冊ということになります。  今回たまたまこの本を選んだのもこれといった特別な理由があったわけではなく、「岩波少年文庫全冊読破企画」を再開するにあたり、ふとこの特別装丁の本が目に留まって「そう言えばこの時購入した13冊のうちほとんどが手つかずのまんまだったなぁ・・・・」と思い出したからにすぎません。  そういう意味では KiKi にとってこの物語が特別思い入れのある作品というわけではなかったんですよね~。

でもね、「リーマスじいや」という名前には何となく聞き覚えがあったし、畑仕事の合間のお年寄りの民話語りということでかなりの期待をもって読み始めました。


KiKi はかねてから岩波書店児童書編集部さんが発刊している「やかましネットワーク」という機関紙を購読しています。  その2013年7月号(No.46)が沼津での同居介護生活中にLothlórien_山小舎に届いていたんですけど、つい先日までその中身を確認していませんでした。  開封してみると今年は「岩波書店創業100年」なのだそうで、それを記念した別の小冊子「岩波少年文庫 読者が選ぶこの1冊」が同梱されていました。  今日はその小冊子の中の「なにを選ぶか困った時は」というコーナーで紹介されていて興味をもったこちらを読了しました。

くろて団は名探偵
著:H.J.プレス 訳:大社玲子  岩波少年文庫

51L3i2ZwhnL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

<くろて団>のメンバーは、男の子3人と女の子1人、それにリス1ぴき。  犯人を追いつめる手ぎわのよさといったら、警察顔負けだ。  さあ、あなたも絵をじっくり見ながら、<くろて団>といっしょに4つの事件のなぞを解いてみよう!  (文庫本裏表紙より転載)

これは実に楽しめる本でした。  物語3頁+イラスト1頁の合計4頁で1章が出来ていて、イラスト頁には犯人が残した手がかりなんかが描かれていてそれを読者が探し出すという趣向の本で、その答は次の章の最初の方に書かれているため答え合わせもすぐできます。  言ってみれば「ウォーリーをさがせ!」にイラストクイズがついた軽妙なミステリー小説・・・・っていう感じでしょうか。  ただ難点を言うなら今となっては老眼がすすんでしまっている KiKi にとってこのサイズの絵は特にお布団の中だと実に見難い・・・・ ^^;  細かく描きこまれたイラストであるだけに、時に目がチカチカとしてしまい就寝前の読書としてはちょっと疑問だったことでしょうか?


「指ぬきの夏」が結構気に入ったので、岩波少年文庫に収録されている同じエンライトの作品、「土曜日はお楽しみ」を引き続き読んでみました。

土曜日はお楽しみ
著:E.エンライト 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

51HpRXuthuL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

土曜日は、何かが起こる!  4人きょうだいの結成したぼうけんクラブは、夢いっぱい、ゆかいな事件もいっぱい。  おさげを切って大変身したり、サーカスへでかけて迷子になったり、子どもたちがニューヨークの街をかけまわります。  (文庫本裏表紙より転載)

これも楽しい物語でした。  正直、できれば子供時代にこの物語を読みたかったなぁ。  子どもらしい発想がそこかしこに溢れていて、今となっては子供時代が遠い思い出となりつつある KiKi には甘酸っぱいやら、羨ましいやらで、何だかとてもまぶしいものを覗き見しちゃった・・・・・そんな気分にさせられる物語でした。

物語の主人公はメレンディ家の4人兄妹です。  上から♀、♂、♀、♂と実に見事に半々に分かれていて、それぞれの性格が又いいからとにかくバランスがいいんですよ。  いちばん上のモナはまだ大人にはなりきれない、でも長女ということもあってやっぱりどこか落ち着きを感じさせる夢見がちな女の子。  2番目のラッシュは、そんなお姉ちゃんをからかったり冷やかしたりするヤンチャなところもあるけれど、実は優しい男の子。  3番目のランディはなかなかのアイディアマン(ウーマン?)で、活気にあふれる女の子。  末っ子のオリバーはまだ6歳なんだけど、みんなに邪魔者扱いされちゃうような甘ったれでもキカン児でもない。  そしてこの兄妹、実に仲がいいんですよね~。  一人っ子だった KiKi はそれだけでも垂涎モノです。

彼らにはお母さんはいないんだけど、その代わりに家のことはすべて取り仕切ってくれている優しくも口うるさいばあやのカフィがいます。  そしてお父さんは懐が深くて子供たちに常に暖かい眼差しを注いでくれています。  そんな彼らの遊び場は「オフィス」と呼ばれている大部屋で、壊れかけたような家具ばかりが置かれている部屋なんだけど必要以上に大人たちが干渉してくるわけではないいわば自治区みたいな所。  何だか KiKi が子供時代に欲しかったもの全てを持っているような兄妹なんです。


8月の半ばから作り始めたばぁばへのひざかけプレゼントの「オールド・ファッションド・キルト」。  表布の完成だけは予定よりも早く終わっていたものの、その後足の指の骨を折ったり、思っていた以上の真夏日だったり、沼津→東京→群馬の移動と10度を超す気温変化で体調不良に陥ったりで、すべての工程がストップしてしまっていました。  ま、今回の体調不良の原因は疲労と気温変化のみならず、気圧変化というものもあったように思うんですけどね。

でもまあ昨日まで降り続いた雨も止み、ようやくお天気が戻ってきた今日、やっとこさっとこ制作続行を決意できるほどに体調も回復し、さっそくキルト芯と表布のしつけがけから作業を開始しました。

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今までこのての作業を行っていた部屋はベッドに占領されてしまったので、我が家で唯一広々としているスペース、薪ストーブ前のカーペットの上でしつけがけ作業です。

そしてようやくたどり着いたのがキルティング作業。

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表布ができあがった際にはこの作業には9月の第1週からとりかかることができるか?とかなり期待もしたんですけど、ふたを開けてみれば結局やっぱり9月の第2週に入ってから・・・・ということになってしまいました。  でもまあ、考え方を変えてみればこの時に想定していたとおりということでもあるわけで、大幅な遅れが発生しなかっただけでよしとするべきなんでしょうね。

今日から再びチクチク作業の再開です。  


指ぬきの夏  E.エンライト

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北方水滸を読了したので、ここからは暫くの間 KiKi のライフワークの1つ、「岩波少年文庫全冊読破企画」に戻って読書の秋は児童書三昧で過ごしていきたいと思います。  久々の岩波少年文庫の1冊目はこちらです。

指ぬきの夏
著:E.エンライト 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

51LoA4Wq5PL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ガーネットは、ぐうぜん川で銀の指ぬきを見つけます。  その日から、すてきなことや冒険でいっぱいの夏がはじまりました。  森の中にある石灰炉に泊まったり、ヒッチハイクして家出をしたり...。  農園の暮らしのみずみずしい描写が光る秀作。  (文庫本裏表紙より転載)

久々の岩波少年文庫ということで、何から手をつけるべきか結構迷いました。  未読(このブログ上はという意味ですけど)の大作シリーズもの(例えばドリトル先生とかナルニアとかゲド戦記とか)にもかなり心惹かれたんですけど、あれこれ考えて選んだ1冊は結局かなり地味目のこちら(↑)となりました。  この物語は初読です。  

そしてこの本を選んだ理由は実にシンプルで、今現在ばぁばのひざかけを作成中の KiKi にとって「指ぬき(シンブル)」はとっても身近な物体だったから・・・・・ ^^;  実は読み始めるまでは「針さしの物語」みたいに針さし、指ぬき目線の人間観察の物語を想像していたんですけど、実は全然違う構造の物語でした。  「指ぬきの夏」というタイトルではあるけれど、ガーネットという少女のひと夏の経験の物語で指ぬきはその冒頭にチョロっと出てくるに過ぎません。  

ただこの指ぬきを拾った時からガーネットの周りではいろいろな信じられないような出来事が発生し、ガーネットは「やっぱりこれは魔法の指ぬきだったんだ。  この指ぬきが運んでくれたこの素晴らしい夏をこれからず~っと『指ぬきの夏』として記憶していこう!」というお話で、タイトルが「指ぬきの夏」。  そういう意味では KiKi の期待をあっさりと裏切ってくれちゃったプロットの物語だったんですけど、これがなかなかにいい味の物語だったんですよね~。


北方水滸第19巻(最終巻)の2周目です。

水滸伝 19. 旌旗の章
著:北方謙三  集英社文庫

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最終決戦の秋が訪れる。  童貫はその存在の全てを懸けて総攻撃を仕掛けてきた。  梁山泊は宋江自らが出陣して迎え撃つ。  一方、流花寨にも趙安が進攻し、花栄が死力を尽くし防戦していた。  壮絶な闘いによって同志が次々と戦死していく中、遂に童貫の首を取る好機が訪れる。  史進と楊令は、童貫に向かって流星の如く駈けた。  この国に光は射すのか。  漢たちの志は民を救えるのか。  北方水滸、永遠の最終巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

地満の星: 玉旛竿・孟康
天威の星: 双鞭・呼延灼
地醜の星: 石将軍・石勇
地明の星: 鉄笛仙・馬麟
天捷の星: 没羽箭・張清
天魁の星: 呼保義・宋江

この巻単体で物語の評価をするなら正直なところ KiKi にとってはさほど面白い本ではありませんでした。  過去にも似たような記述を読んだような気がする戦闘シーンが全体に占める割合が多く、さもなければ続編に続く布石の物語のオン・パレードという印象なんですよね。  滅びの物語だから仕方ないとは言え最後の3巻ぐらいは好漢たちの死にざまの描写もどこか淡々としているし(まあ数が多いうえに戦場のお話だから仕方ないとも言えるけど ^^;)、周辺情報の描き方も物語の最初の頃に比べるとやっぱり雑さ加減が散見されます。

よくよく思い出してみるとこの印象は2周目だから・・・・・というよりは初読の時にも感じていたような気がするんですよ。  ただ初読の時はこの世界全体の結末がどうなるのか早く知りたくて、どうせ革命第一世代の物語は残念な結果に終わってしまうことは見え透いていたので最後の方は KiKi 自身が半ば飛ばし読みしていたような気がするんです。  つまり北方さんもそうだったのかもしれないけれど読者である KiKi 自身の気持ちの方もとっくに「楊令伝」に飛んでいた・・・・・そんな気がするんですよね。  

でもね、今回は2周目の読書なわけです。  そういう意味ではこの「水滸伝」の世界、革命第一世代の物語をもっともっと堪能したいと思って2周目に手を出したはずなのに、途中から「楊令伝」への布石のお話(しかもそれが結構唐突だったりする)がボロボロと出てくると、何て言うかちょっと冷めちゃうんですよ。  特にこの最後の最後に至っていきなり子持ちであることが判明する花栄とか 呼延灼の話なんかは、「はぁ??」っていう感じ・・・・

北方水滸第18巻の2周目です。

水滸伝 18. 乾坤の章
著:北方謙三  集英社文庫

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童貫軍の猛攻撃が始まった。  呼延灼は秘策をもってそれを迎え撃つ。  梁山湖では李俊ひきいる水軍が、巨大な海鰍船と対峙していた。  梁山泊に上陸される危険を背負いながら、幾百の船群に挑む。  一方、二竜山も陥落の危機を迎えていた。  趙安の進攻を一年以上耐え抜いた秦明は、総攻撃を決意する。  楊春、解宝が出撃、そして、青面獣の名を継ぐ楊令が初めて騎馬隊の指揮を取る。  北方水滸、死戦の十八巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

天敗の星: 活閻羅・阮小七
地獣の星: 紫髯伯・皇甫端
地速の星: 中箭虎・丁得孫
天哭の星: 双尾蠍・解宝
地奴の星: 催命判官・李立
地平の星: 鉄臂膊・蔡福
地角の星: 独角龍・鄒潤

童貫さん、相変わらずありえないほど強いです。  でももっとビックリなのは楊令君です。  この段階でいくつなのかよくわからないのですが、王進スクールを卒業しいきなり梁山泊の新兵養成所に姿を現したと思ったら、入門試験で試験官をなぎ倒し、挙句あっという間に上級将校扱いです。  そして戦に参加したらいきなり相手の大将を討ち取ってしまうという活躍ぶりです。  もちろんこの手柄は手柄であるのと同時に規律を重んじる軍隊では許されることではない越権行為だったんですけど、その罰を受けるといきなり今度は正規の指揮官に、そしてふと気が付けば梁山泊本体の騎馬隊を任されちゃっています。

おまけに梁山泊入りして早々に林冲と手合せ、騎馬での駆け比べをしちゃってあの林冲をして「老い」を感じさせ焦らせちゃうというこれまたありえない成熟ぶりを示してくれちゃいます。  ますますもって世代交代を意識させられるストーリー展開にちょっと苦笑い・・・・・。  ところが苦笑いしている暇にふと気が付けば二竜山がいよいよもって危なくなっていて、楊令の養父といってもいいような梁山泊第7位、霹靂火・秦明が命を落とします。

  

一昨日、じぃじが長年ほったらかしでほぼジャングル化していた庭の整理やら、ばぁばがゴチャゴチャになった頭で彼女なりに整理(その実、荒しまくり)したと思しき雑然とした家の中の片付けやらで、大忙しだった KiKi。  あっちへ行ったりこっちへ行ったり、階段を上ったり下りたりを繰り返していたらその階段で何かに足を引っ掛けて(? 実は定かではない)危うく転倒しそうになりました。  幸いなことに転ぶことこそなかったのですが、右足の指がちょっと変な形になって体制を保った自覚はあって、その後その足の指のうちの1本(人差し指; 足でも人差し指って言うんだろうか?)がみるみる腫れ上がってきました。  大慌てでじぃじの救急棚を漁ってみるとそこに消費期限がとっくに過ぎた湿布薬があるのを発見! 何はともあれ湿布だとばかりにそれを貼ってしばらく様子を見てみることにしました。

そして昨日、湿布をはがしてみるとそこには哀しいほどに紫色に変色した指がありました。  これはひょっとしたら病院に行った方がいいかもしれないと思いつつも、再び湿布薬を貼って残っていた To Do、庭の殺虫剤散布やら何やらで午前中のほとんどを費やしました。  動き回っていたわけだから仕方ないとは言え、それでも痛みがひかない足を引きずって結局地元の整形外科に飛び込んだのが11時頃。  本来ならこの先通院しきれないこんな場所の病院に行って何か分かったとしてもとても困ってしまうわけですが、何はともあれ我がアンヨがどんな状態になっているのかは知っておかなくてはいけません。

しかも今回は今日の午後から実家を離れ、今度は池袋のマンションの郵便物の整理に向かわなくてはいけない予定になっています。  つまり、現在の KiKi の本拠地(≒ 通院可能な居場所)である Lothlórien_山小舎に帰り着くのはあさって以降になってしまうことは明らかで、後になって「あのほったらかしの期間がよくなかった」な~んていうことになってしまっても困ります。

そして診察、レントゲン撮影の結果、足の指の第一関節の骨がわずかに欠けてしまっていることが判明しました。  そしてそこの先生曰く

「どうしましょうか?  住所は・・・・・東京ですよね。(← KiKi はまだ住民票を東京に置いたままなので国民健康保険証の住所も東京です。  実態を話すとお話がどんどんややこしくなくのでとりあえず「はい。」と答えておきました 苦笑)  まあ手術するっていう手もあるんですけど足の指ですからねぇ。  それにこの程度の骨折だったら仮にお宅がこの近くだったとしてもご本人の希望がなければ私は手術はあんまりお勧めしないんですけどねぇ。」

とのこと。  もちろんこんなところで(って、KiKi の実家だけど ^^;)手術なんてしてもらって足止めを食らっている場合ではありません。  それが命に係わるとか、将来的に足がびっこになっちゃうとかいうならいざ知らず・・・・・。  だって今日から東京のマンションで郵便物の整理をしなくちゃいけないうえに、群馬の老人ホームには秋冬物の到着をじっと待っているじぃじとばぁばがいるんです。  そのうえ、9月の18日にはダーリンの第2回のステント手術も待っています。  

    

北方水滸第17の2周目です。

水滸伝 17. 朱雀の章
著:北方謙三  集英社文庫

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童貫と鄷美が、怒涛の猛攻を開始した。  董平率いる双頭山が総力を挙げて迎え撃つが、次々と同志は討たれていく。  更なる禁軍の進攻を止めるため、侯健は偽の講話案を進めていた。  巧みに高俅を信じさせるが、そこには思わぬ落とし穴が待ち受けている。  一方、致死軍と高廉の軍の決戦が間近に迫っていた。  闇の中で、両者は息を潜め、刃を交える時を待っている。  北方水滸、悲泣の十七巻。   (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

天立の星: 双鎗将・董平
地巧の星: 玉臂匠・金大堅
天巧の星: 浪子・燕青
地捷の星: 花項虎・龔旺
地狂の星: 独火星・孔亮
地損の星: 一枝花・蔡慶

童貫さん、ありえないほど強いです。  こんなに強い人が軍部のトップにいたのに、これまでの地方軍をはじめとするその他の軍のメタメタさ加減は何だったんだろうと思わずにはいられないほど強いです。  これは前半で梁山泊軍を強く描き過ぎちゃったために、そのぶんラスボスは徹底的に強くしなければならなくなっちゃったとしか思えません。  まるである時期までのファイナル・ファンタジーのラスボスみたい(倒すのに運と時間が必要)な状態です。  そんなラスボスもついこの間梁山泊入りしたばかりの張清さんの飛磔を食らって肩に負傷(あんど 戦線離脱)というお茶目(?)な一面を見せてくれたりもするんですけどね(笑)

さて、とは言うものの、残り3冊となったこの巻ではこれまで以上に多くの方々が鬼籍に入られてしまいました。  特に盧俊義と魯達の死はひとつの時代が終わったことを否応なく感じさせられます。  ここから先は「梁山泊・滅びの世界」です。  でも、そんな中、わずかな希望があるとするならばそれは次世代の人々の成長ではないでしょうか?  もちろんその筆頭にいるのは楊令です。  楊令はいよいよあの「吹毛剣」を手に取り、病身の魯達を子午山に運んできた黒旋風・李逵の得意技、板斧で石を切りつつ研ぐ技を見ただけで吹毛剣の研ぎかたを会得しちゃったりもする只者ではないオーラを放っています。

  

一昨日からダーリン & KiKi は沼津の実家に来ています。  先日このエントリーでお話した庭の整美のためです。  土曜日は移動で1日が終わり、昨日は今日、月曜日がゴミを捨てられる日なので、朝の6時からお昼の1時ぐらいまで、ひたすら草取り あ~んど 庭木の剪定に取り組み(当然朝食は抜きです 涙)、そして今日もゴミ収集車が来るギリギリのタイミングまで6時から庭仕事に勤しみました。  結果できあがったゴミ袋の数は45リッター入りが13袋。  そこで力尽きました。  何せLothlórien_山小舎では早くも秋の気配が漂っていたのに、ここ沼津では連日33度越えの猛暑。  この気温差に体がついていきません ^^;

ま、そんな中、それでも昼間の1番暑い時間帯は家の中でひたすらチクチクやっていたら、例の「オールド・ファッションド・キルト」は何とか表布だけは完成しました!

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これからキルト芯と裏布をセットしてしつけをかけたらキルティングに突入する・・・・・・はずなんですけど、ここで再び難題に直面しました。  何せここ沼津の気候は未だに「真夏!」なんですよね。


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こんな暑い中でキルティング??  冗談でしょ???


もちろん沼津の実家にはエアコンという文明の力がちゃんとセットされています。  でも、エアコンをがんがん回してキルティング作業をするっていうのもどこか間違っているような・・・・・。  沼津の実家のお庭作業に目処がたったら次は東京のマンションに寄って、今度は郵便物の整理をする予定なんだけど、ここがこれだけ暑ければあそこだってそこそこ暑いはず・・・・・・ ^^;  

ま、てなわけで、本来だったらノンビリ休憩している場合じゃないんですけどキルティング作業はやっぱりLothlórien_山小舎に帰ってから・・・・ということになりそうな気配が濃厚です。  一つだけここ沼津で終わらせておきたい作業は、この表布とキルト芯、裏布をあわせてのしつけがけです。  本来ならその作業ももっと涼しい所でやりたいところなんだけど、これだけはここで終わらせておきたい理由があるんですよ。  



それはね・・・・・・・。


Lothlórien_山小舎でそういう作業をするのに使っていた部屋は今ではじぃじとばぁばのお泊り用のベッドが置かれていて、大々的に布を広げるスペースがないんですよね~。  そこへ行くとこの家は家具があんまり置かれていないためにひろ~い床がある部屋が何部屋もあるんです。  これでもっと涼しければ申し分ないんですけどねぇ・・・・・。

  

2013年8月の読書のまとめです。  今月は(も?)北方水滸一色でした。

2013年8月の読書メーター
読んだ本の数:11冊
読んだページ数:4323ページ
ナイス数:55ナイス

水滸伝 16 馳驟の章 (集英社文庫 き 3-59)水滸伝 16 馳驟の章 (集英社文庫 き 3-59)感想
大戦直後、しかも回復の時を稼ぐための「講和」を模索している真っ只中のお話ということで、表面的には梁山泊 vs. 官軍のお話はちょっとなりをひそめた1巻でした。  こういう時に発生するのは当然のことながら裏工作のお話・・となるわけで、晁蓋を暗殺した史文恭が再登場。  で、この史文恭、宋江や呉用には結局手が出せずじまいだったけれど、柴進と裴宣の暗殺をやり遂げてしまいます。  対して梁山泊側は青蓮寺のトップ袁明を暗殺。  そんな重苦しい話が続く中で孫二娘 & 顧大嫂の二女傑の酒盛り場面は哀しくも可笑しかった。
読了日:8月26日 著者:北方謙三


水滸伝 15 折戟の章(集英社文庫 き 3-58)水滸伝 15 折戟の章(集英社文庫 き 3-58)感想
今回の梁山泊 vs. 官軍の戦では戦死者の数が夥しい。  それらの死者たちの最期が美しければ美しいほど、壮絶であれば壮絶であるほど、根っこのところで死を美化することに抵抗を覚えずにはいられない KiKi はある種の恐ろしさみたいなものを感じる読書体験になりました。
読了日:8月20日 著者:北方謙三

水滸伝 14 爪牙の章  (集英社文庫 き 3-57)水滸伝 14 爪牙の章 (集英社文庫 き 3-57)感想
この巻は KiKi としてはちょっと中だるみの巻なんですよね~。  そんな中 KiKi のお気に入りは?と言えば手癖の悪い息子に悩む父・張横とそんな自分を本人自身が持て余している息子張平の話が一番心に残ったりするわけです。 そしてこういう道をちょっと踏み外し気味の青年が出てくればお約束のように登場するのがあの「王進スクール」です。  そこに至るまでの旅の途中で武松 & 李逵の凸凹コンビと出会い、李逵からきついお仕置きを受けちゃったりするあたり、「このままでは終わらないだろう張平」を感じさせます。  
読了日:8月16日 著者:北方謙三


水滸伝 13 白虎の章  (集英社文庫 き 3-56)水滸伝 13 白虎の章 (集英社文庫 き 3-56)感想
この巻で KiKi の印象に残ったのは、梁山泊・軍師を務めていた呉用と戦闘員、呼延灼、関勝、秦明を筆頭とする各隊長との間に生じた溝のお話と宋江のお父さんに孝行を尽くす武松・李逵の凸凹コンビのお話でした。  呉用さんを軍師から外す決断をし、皆の居並ぶ前でそれを言明した宋江さんは素晴らしかったと思います。  ようやく彼が梁山泊のトップである意味がここで理解できた・・・・そんな気がするんですよね~。  そして宋大公 vs. 凸凹コンビの触れ合いは戦・戦のシーンが続くこの巻の中で温かみに溢れた素晴らしさでした。
読了日:8月15日 著者:北方謙三


水滸伝 12 炳乎の章 (集英社文庫 き 3-55)水滸伝 12 炳乎の章 (集英社文庫 き 3-55)感想
この巻のメインは闇塩の道の首魁・盧俊義の受難とそれを助け出す燕青の活躍、そして大刀関勝の梁山泊入りというあたりでしょうか。  でもね、梁山泊という切った切られたの世界からちょっと距離を置いているようでいて、しっかりと戦士教育を受けている楊令の姿に何かほっとするものを感じちゃった KiKi です。  さらに言えばその目撃者である楊春の立ち位置がいいと思うんですよね。  何となく周りの状況に流されて今ここにいる楊春。  精神的迷子状態の楊春。  そんな楊春が目撃者というのは練られた構図だと思います。  
読了日:8月14日 著者:北方謙三


水滸伝 11 天地の章 (集英社文庫 き 3-54)水滸伝 11 天地の章 (集英社文庫 き 3-54)感想
この巻のメインのお話は「晁蓋暗殺」なんだけど、その他のお話もなかなか興味深いものでした。  仲間の死を目の当たりにすることにより「生死を分けるもの」に並々ならぬ興味を抱き始めた樊瑞のお話。  梁山泊入りする前まで培ってきた自分の生きる道を皮肉にも梁山泊入りすることにより見失ってしまった杜興の苦悩のお話。  梁山泊軍の中で「1人慰問団 兼 将校」として存在を際立たせる楽和のお話。  どれもこれもが物語に深みを与えるエピソードとなっていると思いました。  
読了日:8月10日 著者:北方謙三


水滸伝 10 濁流の章 (集英社文庫 き 3-53)水滸伝 10 濁流の章 (集英社文庫 き 3-53)感想
この物語では鉄の玉を飛ばす大砲が出てくるんですけど、この当時、大砲は本当に実用化されていたんでしょうか??  凌振が大砲の名手であることは決して「北方オリジナル」な話ではないし、大砲に対するおおかたの軍人さんたちの反応を見ると、あっても不思議じゃないしもしもあったとしたらこんな扱いだったこともさもありなん  という感じだけど、他の好漢たちの武器との差がありすぎてちょっと不思議・・・・。  チョコボに乗って剣や槍で戦う人たちのところに何故か飛空艇があるのと同じくらいのギャップを感じてしまいます。
読了日:8月8日 著者:北方謙三


水滸伝 9 嵐翠の章 (集英社文庫 き- 3-52)水滸伝 9 嵐翠の章 (集英社文庫 き- 3-52)感想
さすがにここまで進んでくると、似たような名前の人たちが頭の中でこんがらがってきて、誰が誰だかわからなくなり始めました(苦笑)  もちろん、間違えようもないほどに印象に残ったエピソードがあって頭に定着しちゃった好漢もいるんだけど、同じ漢字が使われた名前の人はいけません。  特に「李」が付く人・・・・。  黒旋風・李逵と青蓮寺の切れ者、李富の2人だけはちゃんと頭に残っているんですけどねぇ・・・・・(苦笑)
読了日:8月5日 著者:北方謙三

水滸伝 8 青龍の章 (集英社文庫 き 3-51)水滸伝 8 青龍の章 (集英社文庫 き 3-51)感想
この物語にはなかなか美味しそうな食べものの話が色々と出てくるんですけど、この物語の中の描写がどんなに美味しそうでも KiKi はちょっと眉を顰めちゃうものも多々あります。  例えば熊肉。  例えば猪肉。  例えば蛇肉。  まぁ、猪の方は KiKi も食べられないというほどじゃないけれど、熊肉はいけません!!  だって KiKi には熊肉の獣臭に辟易とさせられた経験(詳細はブログにて)があるんですよ。  梁山泊の皆さんってあんな獣臭のする食べものが平気なんですねぇ・・・・(苦笑)
読了日:8月3日 著者:北方謙三


水滸伝 7 烈火の章 (集英社文庫 き 3-50)水滸伝 7 烈火の章 (集英社文庫 き 3-50)感想
ここまでで108星のうち、上位36星とされる天罡星36星から4名、下位72星とされる地煞星72星から2名の死者が出てしまいました。  星に数えてもらえない晁蓋さんはまだピンピンしているのに、天罡星36星から4名も死んじゃっていいんだろうか??  そうやって命を落として舞台から退場していく好漢がいる一方で、例のオーガナイザー(人たらし)は梁山泊に新しく迎える人材のリクルート活動に余念がありません。  とりあえずジャブだけかませて大刀・関勝の気持ちを惹きつけ、次に向かうのはどうやら双鞭・呼延灼の元らしい。
読了日:8月1日 著者:北方謙三


水滸伝 六 風塵の章 (集英社文庫)水滸伝 六 風塵の章 (集英社文庫)感想
前巻で長江の中洲に築かれた砦に立て篭って、官軍二万に包囲されるな~んていう経験をした割にはあまりに呑気な宋江さん。  もちろん宋江さんただ一人を捕まえる(もしくは消す)ために二万もの大軍を派遣する官軍も官軍だけど、宋江さんを助けるために未だ発展途上の梁山泊だって、持てる限りの・出せる限りの勢力を出さなくちゃいけなかったという事実に関して、ちょっと無頓着過ぎると感じるのは KiKi だけかしら?  この宋江さんの「今の自分が置かれている立場」に対する鈍感さが何等かの悲劇を生みそうな気配がプンプンしています。
読了日:8月1日 著者:北方謙三

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