ぼくらはわんぱく5人組 K.ポラーチェク

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ノスタルジックな物語のようでいて、どこかよくわからないところのある物語を読了しました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

ぼくらはわんぱく5人組
著:K.ポラーチェク 訳:小野田澄子  岩波少年文庫

51wOiLuVdwL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ぼくたちわんぱく5人組は、毎日それは忙しい。  だって、面白いいたずらが次々に浮かんでくるんだもの。  空箱を集めて街を作り火事遊びをしたり、ネズミをトランクに入れてお手伝いさんを驚かせたり、もちろんけんかもする...。  アウシュヴィッツ強制収容所に消えた作者が、チェコスロヴァキアの小さな田舎町で過ごした黄金の子供時代に思いを馳せて綴った遺作。  (文庫本扉より転載)

物語の最初の方は、ある意味では微笑ましく、ある意味では眉をひそめちゃうようなわんぱく坊主のいたずら物語です。  まあ、子供時代には優等生で、学級委員な~んていうことをしていて、ついでに女の子だった KiKi からしてみると、「いたずらの度が過ぎている」を思わないでもないお話の連続なんですけどね。

だって、この子たち、やたらと「火遊び」が好きなんですよ。  時代というのもあったのかもしれないし、住宅が密集する日本とは環境そのものが違うのかもしれないけれど(要するに子供が「火遊び」をしても飛び火して大惨事になるような環境じゃなかった)、それでもこんな遊び方が許されていいのか?と思わずにはいられなかったりするんです。  ま、だからこそ今の岩波少年文庫のラインナップからは外されちゃったのかもしれませんけどね。

友だち同士の喧嘩だとか、ちょっとしたことで「もうあんなヤツとは遊ばない!」と宣言したりするあたりは、実に子供らしい性急さが滲み出ていて、そんなことを言っていた舌の根も乾かないうちに結局は又つるんでいたずらに興じたりするあたりは、どこか KiKi 自身の子供時代にも似たような経験があったりもして、「ああ、あるある、こういうことって・・・・・」とノスタルジックな感慨に耽ります。

イマドキの子供とは違って外的な刺激がほとんどなかった時代の田舎の子供には、自分の街にごく稀に訪れるちょっとした非日常(映画とかサーカスとか)が、2020年東京招致のオリンピックに負けず劣らずの一大イベントで、そこになんとか連れて行ってもらうために心の中で疼き続ける「いたずら心」を子供としてはかなり無理をした自制心を働かせて、「いい子」を演じようとする気持ちなんかは痛いほどよくわかります(苦笑)。  KiKi 自身、友達と比較するとかなり少ない「お小遣い」しかもらっていなかったので、何かしたい(例えば映画を観に行きたいとかお祭りに行きたいとか)と思うと常に親の許可を得る必要があったから、そういう希望を口にする際には常にバーターで「親の意に沿ういい子」でなきゃいけないという強迫観念みたいなものがありましたから・・・・・。

でもね、後半に至って主人公のペーチャが猩紅熱にかかって、その熱の中で妄想する「象を飼う」まではいいとして、インドに行くだの、そのインドでわんぱく仲間の1人がマハラジャの一人娘と恋に落ちて結婚することになるだのというあたりは正直なところ「は?  何?  それは???」っていう感じでした。  熱に浮かされた状態だから「何でもアリ」なのはわかるけど、それにしても「なぜにインド?  なぜに結婚??」という感じがしないでもありません。


でね、読了してから暫く考えてみたんだけど、ヨーロッパの人にとってインドっていう国は神秘的であるのと同時に案外親しみを覚える場所なのかもしれないなぁ・・・・・と。  何せ、古の時代にあのアレキサンダー大王が遠征した東端なわけだし、少なくとも陸続きだし・・・・・。  更には帝国主義の時代にはイギリスの統治下だったこともあるわけで、四方を海に囲まれて鎖国時代をのほほんと生きてきた日本人なんかよりもずっとずっとインドという土地に対しては近しい感情を抱いていたとしても不思議はないのかもしれません。

それにペーチャの場合、たまたま猩紅熱に侵される直前にサーカス見物に行っていて、そこで本物の象を見たわけだから、その大きさやら何やらの印象があまりにも強くて、そこからの連想ゲームということでインドに妄想が飛んじゃったんでしょうね。  でも、やっぱり気持ちの上では近しい感情を抱いていたとしてもインドは遠い国だし、物語の世界でしかインドという国もマハラジャという存在も知らなかったペーチャの夢は「熱に浮かされて妄想した夢」にすぎないわけです。  そしてその話があまりにも唐突に表れるだけに読者である KiKi は狐につままれたような気がしてしまうわけです。

でもね、巻末の訳者のあとがきを読んでみて、KiKi にはあの唐突さが何となく理解できたような気がしました。  作者のポラーチェクはユダヤ系チェコ人で、まずはテレジン収容所に送られその後あの悪名高いアウシュビッツで亡くなった方なのだそうです。  ユダヤ人として迫害されたポラーチェクは今、目の前で起こっていることが「悪夢」としか思えなかっただろうし、自分の隣人たち、それも善良だと思っていた普通の人たちが、悪意もなくその迫害に加担している姿を目の当たりにした時、「まるで熱に浮かされたようだ」と感じたとしても不思議ではないような気がしました。

以前読んだ、「あのころはフリードリヒがいた」の中にこんな記述がありました。  この会話の主は物語の語り手の父親と近所に住むユダヤ人のシュナイダーさんです。


「シュナイダーさん、あなたの話を聞いていると、あなたたちが恐れなくちゃならない相手は、ほんのひとにぎりの、いきりたったユダヤ人嫌いのグループだと思っておられるようですね。  相手は、国家なんですよ!」

「それこそ、われわれの幸運ですよ!  自由が制限されたり、あるいは不当な扱いを受けることはあるでしょう。  しかし、われわれは、少なくとも、荒れ狂った民衆に情け容赦なく殺されるという心配はしなくてもいいわけですから。 (中略)  あなたが考えられるようなころは、起こりえませんよ、この20世紀の世の中では起こりえません!」 


恐らくあの時代のユダヤ人の人たちは当初はこのシュナイダーさんと同じように「何等かの不当な扱いを受けることはあっても、荒れ狂った民衆に情け容赦なく殺されるという心配だけはしなくてもいいはずだ。」と思っていたんだろうと思うんですよね。  でも目の前の現実は彼らの予想を見事に裏切り、それが現実のこととは信じられない想いで戸惑うしかなかったんじゃないかと思うんですよ。  そうであればこそ、その現実は


「猩紅熱に浮かされた悪夢みたいなもの」


としか思えなかったのではないかと・・・・・。  そしてその熱に浮かされているのは自分なのか、はたまた自分達ユダヤ人を迫害している人たちの方なのか、何が何だかわからない状態だったのではないかと・・・・・・。  

夢の中で執り行われるわんぱく仲間とマハラジャの一人娘の結婚式で、ペーチャ以外のわんぱく仲間たちは自分達とは違う世界に行ってしまおうとしている少年に腐った卵を投げつけます。  ペーチャはその暴挙の傍観者でした。  でも、その全ての罪は理由も判らないままにペーチャ1人に負わされてしまいます。  その時、ペーチャはこう叫びます。


「よしてくれよ。  ぼくじゃないんだ。  勝手に誰かが始めたんだよ。  僕は行儀よくしてたんだ。  それなのに、みんなぼくが悪いのか。」


物語の前半、多くのいたずらをペーチャのわんぱく仲間5人が共謀してしでかすわけだけど、時折ペーチャはこんなことを考えます。


「なんにもしないのに、なんでもぼくのせいにされちゃうんだ。」


彼らがいたずらに興じている描写がメインだった時は「なんにもしないって、日頃の行いのせいでしょ。」とつまらない大人の1人としてどこか冷めた感覚でペーチャを突き放していた KiKi だけど、彼が常に感じていたこのある種の被害妄想みたいな感覚は、当時はそれでもまだやんわりとしていたユダヤ人迫害の空気・・・・みたいなものを察した子供の本能みたいなものだったのかもしれません。

そう考えてこの物語前半の「わんぱく5人組」のいたずらを思い返してみると、子供らしい金持ちも貧乏人もない、人種も何も関係ない、純粋な友情関係を築いていた時代が著者にとって、そしてすべての迫害されたユダヤ人たちにとって、どれだけ輝かしい黄金時代だったのかが、今さらのように思い起こされ、あの歴史的惨事を繰り返さない理性が今の私たちに本当にあるのだろうか?と考えずにはいられません。

ニュースによれば、つい先日も「ヘイト・スピーチ」のデモ行進みたいなものがあったのだとか。  TVの中から聞こえてきた


「韓国人と中国人はぶっ殺せ~!」


と拡声器で叫んでいた女性の声が耳に蘇ってきます。  人間っていうこのしょうもない生き物はどうやら「学ぶ」ということが心底苦手みたいです・・・・(ため息)



さて、最後にこの本の宮崎駿さんの推薦文をご紹介しておきましょう。

    

はじめの20章まではとてもおもしろい。  そのあとの12章は作者が何を伝えようとしているのか、ぼくには判らなくてもどかしい思いをしました。  何度読み直しても判らないのです。  何かひみつの暗号が入っているようでもあり、ショウコウ熱にかかった少年ペーチャの妄想にしてはただ事ではないのり出し方なのです。  でも、判らない。  未完だったかもしれないとも思いました。  作者はこの原稿をひみつの机にかくして、強制収容所で殺されてしまったからです。

それにしても・・・・・・。

この本の題名はひどいと思います。  「馬の首の下で」とつけた方がいい位です。


確かに、どこかよくわからないところのある物語だと KiKi も感じました。  それは作者が声高に「ユダヤ人迫害」をテーマにしていないから尚更なんだろうと思います。  KiKi も今回この Review を書くうえで一番参考になったのは物語そのものというよりは、訳者のあとがきを読んではじめて・・・・という部分があるのは否めませんから。

この作品の原稿は作者の死後、出版社の引き出しから発見されたものだったのだそうです。  つまり宮崎さんも仰っているようにどの程度推敲されたものだったのか、未完だったのか完成作だったのかもよくわかりません。  でも、そういう背景がある物語であることを踏まえると、KiKi にはこの物語はユダヤ人迫害という悲しい歴史を辿ったユダヤ人も私たちと何ら変わりのない輝かしい子供時代を過ごした普通の人たちだったんだよ・・・・という物語であるように感じられてしかたないのです。  そして・・・・・

「でも 『馬の首の下で*』 はないんじゃない??」

と思わずにはいられません(苦笑)


* 注釈: 物語冒頭で、ペーチャはとある建物の外壁に掲げられている木彫りの馬の首を子供時代に怖がっていたこと、猩紅熱に侵されていることに気が付かずに登校した朝に、その馬の首が薄笑いを浮かべているような気がしたことが描かれています。 

 

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