海底二万里 (上)(下) J.ヴェルヌ

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KiKi が「岩波少年文庫全冊読破企画」を思いつき、少しずつ文庫本のコレクションを始めて何年かが過ぎた頃、大学時代の指導教授の退官を嘗ての教え子たちでお祝いする食事会が企画されました。  その教授は英文学の教授だったのですが、そこに「同僚」としてひっそりと、実に控えめな風情で同席されていたのがこの本の翻訳者の私市先生でした。  この先生に KiKi は大学1年生のとき「フランス語講座」でお世話になったのでとても懐かしく、久々にお会いできたことがとても嬉しかったことを覚えています。  

その後、暫くして「岩波少年文庫」の「海底二万里」の訳者が誰あろうその私市先生であることを知りました。  ま、てなわけで不肖の教え子としては、これまで何度も挫折してきたこの物語、今回は覚悟してじっくりと最後まで投げ出さずに読むことを自分に課すことになりました。(苦笑)  本日の KiKi の読了本はこちらです。

海底二万里 (上)(下)
著:J.ヴェルヌ 訳:私市保彦  岩波少年文庫

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潜水艦「ノーチラス号」にとらわれの身となった、フランスの博物学者アロナックス教授、青年コンセイユ、カナダ人の銛打ちネッド・ランド。  思いがけない探検の旅に出た3人は、海底の神秘にふれて驚嘆する。  海洋冒険小説の名作。 (文庫本上巻裏表紙より転載)

太平洋から、インド洋、紅海、地中海を経て、ついにノーチラス号は未知の南極へと向かった。  海中で氷に閉じこめられてしまった潜水艦は、刻一刻と酸素が欠乏してくる...。  地上の人間社会を憎む、謎めいたネモ船長の正体は?  (文庫本下巻裏表紙より転載)

この本はね~、子供時代から何度手に取ってみたことでしょうか??  ところが途中までで挫折したことが何と多かったことか!!  とにかく海洋生物の描写(しかもそれが写生的な描写というよりも 門・綱・目・科・属・種などで分類したお話)が続くところや、潜水艦の構造や動力の仕組みなんかの説明が続くところは文系頭脳の KiKi にはチンプンカンプンでねぇ。  これがせめて脇にこの物語に出てくる海洋生物が網羅されている図鑑でもあればまだ読み進むことができたような気もするんですけど、そうじゃないとその列挙のあたりで必ず睡魔に負けるんですよ(苦笑) 

本屋さんでこの本を見つけた時、「岩波少年文庫だから少年向けの抄訳版で読みやすいのかなぁ・・・」と淡い期待を胸に手に取ったんですけど、さすが(?)私市先生!  完訳版ですか。  それだけで正直なところ溜息モノで何度棚に戻しかけたことか・・・・・。  でも「岩波少年文庫全冊読破企画」なんですから、やっぱり避けては通れないし、嘗てお世話になった先生への敬意ということもあり購入に至ったわけです。  もっともそれからかなり長い間「積読状態」にしちゃっていたんですけどね(苦笑)

さて、今回の読書でも案の定、海洋生物の分類の辺りはやっぱり退屈。  ある意味でそこは半ば読み飛ばし状態で先へ進もうとするんですけど、結構その話の分量が多い・・・・ ^^;  でも今回は読破が目標ですから睡魔と戦いながらも先へ先へと読み進むと文学的な海底冒険描写あり、不思議な発見ありとなかなか楽しむことができました。  これであの生物分類記述が半分位だったら、超お気に入りの物語になるだろうなぁと感じることができました。

さて、いざ読了してみると、実に様々なことを考えさせられました。  今回の Review ではそのあたりについて記録しておきたいと思います。

読了後 KiKi が一番考え込んでしまったのは、ヴェルヌがネモ船長(及び ノーチラス号の乗組員)に託した人間像はいったい何だったのか?ということについてです。  彼らは英語でもフランス語でもドイツ語でもない言語(偶然からノーチラス号にとらわれることになったアロナックス教授の感覚では「どのヨーロッパ言語にも属さない言葉」)を使っています。  そしてどうやら彼らの国籍はかなり多岐に及ぶことが想像できる記述がそこかしこに出てきます。  印象的なのは海中でのオオダコとの戦闘で囚われ落命することになった1人の乗組員が、その瞬間にフランス語で助けを求めるシーンで、その時まで物語の語り手であるアロナックス教授はノーチラス号に自分と同郷人が乗組員として乗船していたことに気がついていません。

もっと言えば、ノーチラス号の乗組員はネモ船長と副官(と思しき人物)、そしてアロナックス教授に給仕をしてくれる人を除けば、その存在感はかなり希薄で、艦内に乗り組んでいるのが総勢で何名なのかさえ判然としません。  でも、彼らは陸上での生活に背を向け、食糧から衣類、エネルギー、紙といった日常生活で必要とされるすべての消耗品を海で賄う生活をしている(どうやらインクだけは作れなかったらしい)のですから、それぞれの製造工程に従事する人がいるとすればそこそこの人数がいることが想像できます。  彼らはいったいどんな人生を歩んできて、どんな思想をもって地上世界に背を向け、海中生活を選択するに至ったのでしょうか??

物語を読み進めていくと、ネモ船長その人は帝国主義時代に被征服者側の人間として、愛する祖国、家族を失った、以前はかなりのポジションにいた(王族というような)教養人であることが類推されます。  彼個人は疑いようもなくその略奪・凌辱の経験から人間社会に背を向け、彼が生来持っていたありとあらゆる財産(お金というだけではなく教養というようなものも含め)をノーチラス号での生き方に注ぎこみ、今なお抑圧されている人々に資金援助をするような活動家であると思われます。

では乗組員たちはいったいどんな人たちだったのでしょうか?  少なくとも1人のフランス人がいたことは確かですから、必ずしも「被征服民族」とは言えないようです。  最初のうち KiKi は彼ら乗組員は征服者側の人間だったのが何かの運命のいたずらでネモ船長に捕らわれ、本人の意志とは関係なしに隷属されるに至った西洋人なのかもしれない・・・・と思っていました。  でも、その考えは後述する理由により却下するに至りました。  可能性として結構高いのは、思想的に帝国主義に反対していた人たち・・・・という線です。  個々の事情は明らかではないものの、何らかの事情により西洋文明社会に絶望した人たちのような気がします。  さらに言えば、彼らは同時にそこそこの知識人たちの集団であることは疑いようがないように感じます。

KiKi がね、そう結論づけるに至った鍵は、彼らが日常的に使用している「言語」にあります。  彼らは博物学の教授をしてどの言語圏に属すものなのかわからない言語を使っています。  キーワードになるのは「どのヨーロッパ言語にも属さない言葉」というヤツで、ここに「西欧文化の優位性」を否定する、もしくは盲目的に肯定はできないという思想が現れているように感じました。

一般的に搾取する側、される側の関係性において、言語がどう扱われるかと言えば、多くの場合搾取する側の言語が押し付けられます。  でもこのノーチラス号の中ではそのような気配はありません。  まあ実際のところ国籍不明のネモ船長の母国語を話しているという可能性もなきにしもあらず・・・・ではあるんですけど、少なくとも彼が被征服者側の人間だとしたら、いくらなんでもその裏返しの隷属という関係を望むのか?という疑問も残ります。  

と、同時にこの推論を裏付けるかのように感じられたのは、ノーチラス号の船室に飾られていた銅版画の数々があります。  それらは、ポーランドのコシューシコ、ギリシャのボツァリス、アイルランドのオコンネル、ワシントン、リンカーン、さらにはアメリカの奴隷廃止論者ジョン・ブラウンというような顔ぶれで、民族独立のために戦った人物や抑圧された人々を解放する活動をした人々です。  そこにある種の文明批判・帝国主義批判のようなものが隠されていると感じます。  

そうやって考えてみると、作者のヴェルヌがノーチラス号の乗組員たちに託したある種の社会的理念は、「世界市民思想」「地球人思想」とでも呼ぶべきものだったのではないかと思うのです。  だからこそ、彼らが使う言語は「どのヨーロッパ言語にも属さない人造語」である必要があったのではないかと。  

人が言語を学ぶ際には自国語とのある種の共通項をベースに学ぶと上達が早いと言います。  そういう意味では「どのヨーロッパ言語にも属さない人造語」を学び、日常的にはそれしか使わないためには、それなりの強い意志が必要です。  そんな研鑽を積んでまでしてノーチラス号に集う人たちは、何等かの半端ではなく強い「理念」を共有していたのではないかと感じずにはいられません。  それは普通、人間が暮らす環境であるはずの地上を捨てる決意ができるほどのものでなければいけません。

この物語の中には明らかに「西欧文明社会から」と推察できる攻撃に立ち向かう戦闘が2度描かれています。  その戦闘には彼ら乗組員も参加しています。  自分が今生きている環境の安全を脅かすものに立ち向かう・・・・・ということは当然考えられることだとは思うのですが、仮に彼らが隷属している立場だとしたら、率先して戦いに身を投じることができるかどうか??  少なくとも KiKi だったら脱出して救援されることを望んでも、戦いに身を投じることはできないような気がしてしまうのです。  

さて、ノーチラス号での生活には現代の私たちであってさえも「へぇ!」と思ってしまうような科学技術(理系の人にはそれほどのものでもないのかもしれませんが ^^;)が駆使されています。  人造語を自由に操り、当時としては夢のような技術も習得し使いこなせるレベルにまで達している人たちが最後(?)にそれを使用したのは「復讐」とういう、実に原始的な人間の感情に基づくものであるのが皮肉に感じられます。  そこにもヴェルヌのある種の警告、「科学技術至上主義」に対する批判のようなものを感じます。  どんなに科学技術が進もうが、「人間なんて所詮はこんなもの」・・・・・というような。  ネモ船長の最後の言葉、

「全知全能の神よ!  もうたくさんです!  もうたくさんです!」

がとても印象に残りました。  この物語は「元祖 海洋冒険物語」として語られることが多い物語です。  確かに冒険もの、科学小説の色合いの濃い物語であることは否めません。  でも、文系頭脳の KiKi にはそれ以上に「西欧優位主義」「帝国主義」「科学技術至上主義」への警鐘の文学のように感じられました。


さて、そんな考察はこの辺でお終い。  実に印象的な海底シーンが満載のこの物語。  KiKi としてはノーチラス号にすすんで乗船したいとは思えないけれど、2つだけこんな旅行ツアーがあったら是非参加してみたいと思わされたシーンがありました。  1つは彼らが時々行った「海底散歩ツアー」、そしてもう1つは「失われた大陸 アトランティス観光ツアー」です。  どちらもヴェルヌの想像の産物であることはわかっているんだけど、あんな風に海底を、泳ぐのではなく自分の足で歩いてみたい(上巻の表紙絵参照)し、海に沈んだ廃墟というヤツもじっくり見てみたいなぁ。  

これに対して、読んでいる時は結構夢中になったけれど、絶対に、タダでも参加したくないのは「南極点 到達ツアー」ですね。  だって、その帰り道に彼らが陥りかけた「氷に押しつぶされるかもしれないリスク」やら「窒息死寸前の恐怖」な~んていうヤツは御免こうむりたいし、もっと言うなら KiKi は零下の気温になると変温動物よろしく体の動きが鈍くなっちゃうんですよね~。  ず~っと昔、スキー・フリークだった時代に、よく仲間からからかわれたものです。  

「KiKi って気温が零下まで落ちると別人みたいに動きが悪くなるよね。」

ってね ^^; 


さて、最後にこの本の宮崎駿さんの推薦文をご紹介しておきましょう。 


潜水艦も深海探査船もなかった時代に書かれたのに、海底旅行についてはこの本がいちばんおもしろいのです。  ここに描かれた海は、人間の想像力のとても深いところにある原始の海とつながっているように思えます。

ぼくがもっと絵が上手だったら、この本に色つきのさし絵をいっぱい描いて、大きくて重い立派な本にしたいのですが、できないのは残念です。


いえいえ、宮崎アニメの世界であの KiKi にとっては退屈極まりなかった生物分類学記述部分のさし絵を描いてくだされば、恐らくもっともっと若い頃にこの本を楽しむことができたと思いますよ。  因みに、この本の挿し絵はモノクロですけどなかなか風情のある絵ばかりでした。  でも、さすがに生物分類学部分の挿し絵はほとんどなかったなぁ・・・・・。

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