え? そうだったの??  完全看護 その4

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さて、散々だった KiKi の付き添いから1夜あけ、長距離ドライブ直後の初めての病院泊まり、夜中から明け方にかけてのばぁばの大乱闘で1時間ちょっとしか眠れず、挙句かなり手厳しい言葉を立ち聞きしちゃって気分はドンヨリ、重い頭痛と重い体を引き摺った KiKi を次に襲ったのは、執拗に繰り返される「おしっこ問答」でした。  

手術が終わるまでのばぁばはベッドに括りつけられたままの日々を送っていたのですが、事排泄に関しては比較的落ち着いていました。  と言うのも、小の方は尿道カテーテルが入れられ、本人に何ら自覚がないままに排泄終了となっていましたし、大の方はオムツでそれなりに(と言うよりこれもそこそこ凄まじかったけど ^^;)抵抗は示したものの、回数が圧倒的に少ないうえ、ばぁばの場合異食もなければこねくりまわすといった問題行動もなかったため、介護者の負担がさほど大きいものではありませんでした。

ところが手術が終わり尿道カテーテルが外された時から、介護家族は一日に何度も、そしてこれが始まると30分~1時間ぐらいはこれ一色となってしまう「おしっこ問答」に振り回されることになりました。  ばぁばの手術は大腿骨骨折ですから、手術直後は当然のことながら自力でトイレに行くことはできません。  ところが、肝心要のご本人は、自分が骨折したことも、手術を受けたばかりであることも、今はまだリハビリの初期段階で1人では歩けないことも覚えていません。  記憶にあるのは問題なくトイレに行くことができていた自分だけです。

まだリハビリの時間以外は動き回ること自体を禁止されていた初期の頃(ちょうどこれが KiKi の付き添い時とタイミングが重なりました)、尿取パッドを使用していたのですが、とにかくこれを理解することができません。  

「ここはトイレはどこ?」

「あのね、トイレはとっても遠いから今は行けないの。」

「どうして?」

「あなたは足の骨を骨折しちゃったから、まだ歩けないのよ。」

「骨折?  どうして??」

「転んじゃったらしいわよ。」

「何で?」

「さあ、夜中だったから、寝ぼけちゃっていたか、暗くて何かに躓いちゃったか・・・・。」

「じゃあ、おしっこはどこでするの?」

「今はここでするしかないの。」

「ここってどこ??」 (あたりを見回しトイレを探す素振り・・・・)

「ここよ。  このベッドの上。」

「いやよ!!  だってビチャビチャになっちゃうじゃない。」

「大丈夫。  今はこれを着けているから。」 (尿とりパッドの実物を見せる)

「これ?  これを今、私は付けているの?」

「そう。  これはね、生理のナプキン、覚えてる?  その何百倍もパワーがあって、あなたのおしっこの3回分ぐらいはちゃんと吸収してくれるの。」

「そんなもの必要ないわよ。  私はトイレぐらいちゃんと1人で行けますから。」

「あのね、ここのトイレはもの凄~く遠いし、今はまだ1人じゃ行けないの。」

「どうして?」

「あなたは足の骨を折っちゃったから、まだ歩けないの。」

「でも、おしっこしたい時はどうすればいいの?」

「今はここでするしかないの。」

「ここってどこ??」

「ここ、ベッドの上」

「嫌よ!  だってビチャビチャになっちゃうじゃないの。」

「大丈夫、これが全部吸ってくれるから。  これを今付けているのよ。  これ、生理のナプキンの何百倍も吸収してくれるから、ベッドは絶対に汚れないの。」

「へぇ・・・・・そうなの凄いわね。  で、ここはトイレはどこ??」

(以下上記を繰り返すこと20回以上)

少しでもばぁばの心配(濡れたベッドの上に横たわる自分のイメージ)を軽減しようと、本来だったら必要のないビニール風呂敷を準備してお尻の下に敷いてみたり、オムツのTV CM みたいに尿取パッドに水を吸わせて見せたりとありとあらゆる手段で納得させようとしても、尿取パッドの優秀性を一時的に納得することはできても、全体の理解にまでは及びません。  「自分が骨折した事」「今は歩けないという事」を忘れちゃうから、オムツの話に納得しても今は自分がトイレに歩いていけないことを忘れちゃう、骨折のことを思い出させた頃にはオムツの強力さの話は忘れちゃうという繰り返しです。

挙句、

「そんなにおしっこに行かせたくないんなら、我慢するからいい!」

と金切声をあげる始末。  そんなばぁばに手を焼いて、「どうすりゃいいんだ?」と途方に暮れていると、又々看護婦長さんが病室に顔を出しました。  ばぁばの拘束紐がしっかり結ばれているのを確認すると、

「KiKi さん、ちょっと・・・・・・。」

と又病室から呼び出されました。  背後から「トイレ、トイレ」と叫ぶ声が聞こえるなか、ばぁばは放置で KiKi は仕方なしに婦長さんに連れられて病室を出ました。  内心、「こんな状態で放っておいていいんだろうか?」と気が気じゃないわけですが、昨晩の大騒ぎ、今朝がたナース・ステーションで立ち聞きしたことがありますから、冷や冷やものです。


それまでは多くの場合、婦長さんに呼び出されても廊下で立ち話とかせいぜいがナース・ステーションで・・・・という形でお話することが多かったのですが、この日は婦長室に連れていかれました。  そして、言いにくそうに婦長さんが口火を切りました。

「昨晩の一件、今朝私も報告を受けました。  大変でしたね。  お疲れでしょう。  そんな時にこんなことを言うのは本当に心苦しいんですけど、結論から言えばお嬢さんの付き添いはうまくいかなかったと病院としては判断せざるをえません。  ですから、やはり付き添いはお父様にお願いしたいと思います。  ただ・・・・・、以前も申し上げた通り、お父様は前立腺肥大の持病をお持ちですから、夜トイレに何度も行かれることになるだろうと思います。  そしてお父様は当院の入院患者というわけではないので、お父様のケアまでは病院としては保証致しかねます。  多分何も起こらないだろうと希望しますし、ほぼ確信もしていますが、それでも何と言ってもお歳を召していらっしゃいます。  絶対に何もない保証もありません。  そこで、この付き添い期間中にお父様に万が一のことがあっても、それはご本人及び ご家族もご承知の上でのことであり、当院には何ら責任を問わないと一筆、認めていただきたいと思います。  それなしでは、お母様をお預かりすることはできません。」

とのこと。  そのうえで

「できるだけ早く、お母様をご自宅にお迎えできるよう、お嬢さんは準備をお願いします。」

と付け加えられてしまいました。  ところで、この時点でばぁばの退院許可は正式には病院から出ていませんでした。  又、ばぁばの入院当初から「介護保険申請を早く!」と言われていて役場にその依頼には行っていたものの、例のあんちゃんの「財源限られている発言」により、認定調査の日程を決めることさえできていない状況でした。  そこで、KiKi は恐る恐る聞いてみました。

「あの、退院準備を始めるのはもちろんやぶさかではないのですが、現段階で母はもう退院できる状態なんでしょうか??  リハビリも始めたばかりで今はまだ杖を使って歩くことさえ十分にはできていないし・・・・。  それに介護保険の認定調査は病院で受けるということで以前、同意していただいたわけですが、役場はその認定調査は退院日程が決まらないとできないと言い続けています。  この状況で家族としてはどう動けばいいのか、よくわからないんですけど・・・・・。」

すると、

「退院のタイミングに関しては先生と相談の上、又ご連絡します。  役場の方はもう一度状況を説明して急かしてみてください。」

とのこと。  八方塞の気分にますますのめり込み、ますます追い詰められた気分だけを抱えて病室に戻ると、相変わらずばぁばは「トイレ、トイレ」と叫んでいます。  婦長さんに言われたことを実際にどうやっていくか、そのアクション・プランを考える余裕もないまま、再び「おしっこ問答」に逆戻りです。

「あのね、今はまだ歩けないのよ。  骨折しちゃったからそれが治るまではベッドの上で生活するしかないの。  治れば又、自分でトイレに行けるようになるから・・・・・。  だから今は怖いかもしれないけど、このパッドの力を信頼して、お願いだからここでして。  手を握っていてあげるから・・・・・。」

と言って、手を握るとその瞬間は安心したようなほっとしたような顔をするものの、次の瞬間には又、「トイレはどこ?」と繰り返します。 

そうこうしているうちに、午前のお見舞いにじぃじ & ダーリンが到着しました。  自宅でお風呂に入り、自分の布団で寝たことによりどこかスッキリした感のあるじぃじが目の下に隈を作った KiKi と交代で「おしっこ問答」を引き継ぎ、KiKi はダーリンと一緒に病室の外の廊下に出て、昨日以来の出来事を報告しました。  話している途中で涙が溢れてきて、自力では制御不能に陥った頃、病室からじぃじの声が聞こえてきました。

「やっとしてくれたけど、今度はパッドが気持ち悪いと言ってるぞ!」

でも、そんなに瞬間的に涙が止められるはずもなく・・・・(それができるぐらいだったら、そもそも人目がないとは言えない病院の廊下なんかで泣いたりしません)。  こうして KiKi の代わりにダーリンが病室に入り、ダーリン初のパッド交換イベントが執り行われました。

その後、ようやく涙が止まった KiKi も病室に戻り、今度はじぃじを外に呼び出し状況説明。  さすがに「念書云々」のところではじぃじも爆発しそうになったのですが、それを必死で押しとどめ、

「とにかく今はまだ病院と喧嘩して退院させられる状態じゃないんだから・・・・・・。  もう少しお母さんが歩けるようになって、介護保険の認定調査も受けて、そうしたら即刻退院できるように準備するから、今は我慢して。  そして使えない娘で本当に申し訳ないけど、やっぱり付き添いはお父さんにお願いするしかないの。  ごめんね。」

と言うと

「だが医者がまだ退院していいと言ってもいないのに、それを看護婦が自分たちの都合だけで追い出す権利があるのか!」

なんぞと言い出します。  

「とにかくご面倒をおかけしているのは事実なんだから、これ以上話をややこしくしないで。  念書を書いて出せばお父さんはお母さんの側に居られるんだし、お母さんも治療に専念できるんだから・・・・。  お父さんの気持ちは分かっているから・・・・・。  私だって100%納得しているわけじゃないけど、仕方ないでしょ。」

と必死で宥めます。  

こうしてばぁばはとりあえず「退院命令執行猶予」状態で、看護婦さんが言うところの「隔離病棟」にもう暫く入院を続けさせていただけることになりました。

ところが夜勤のナースさんと日勤のナースさんの間でちゃんと申し送りができていないのか、はたまた看護婦長さんからのお達しが徹底されていないのかはよくわからないのですが、午前と午後の2回、数時間ずつ病室にお見舞いに行く KiKi はその後何人もの看護婦さんに呼び止められ、人によって違うことをああじゃこうじゃと言われ続けました。  

あるナースさんは「本来完全看護なんだから付き添いをお願いする筋合いじゃない。  それなのにご高齢のお父様にご無理をお願いして申し訳ない」と仰るし、「ご高齢のお父様じゃなく、やっぱりお嬢さんが付き添うべきじゃないか?」と仰る方あり、「病院に任せてお父様には通いでお見舞いしていただく方がいいんじゃないか?」と仰る方あり、「耳が遠いうえに夜中に歩き回るお爺さんははっきり言って迷惑」と仰る方あり、「爺さんが付き添いたいと言うから仕方ないけど、はっきり言って役に立たない」と仰る方ありと混乱させられること多発。  

挙句、役場に再び出向くとまるで「モンスター・ファミリー」に対応するかのごとく、「だ~か~らぁ!  何度も言っているように退院日程が決まったら出直しておいで!」的に扱われること数度。

KiKi の両親はこれまで人様にご迷惑をかけることはほとんどなく生きてきた人たちです。  今となっては周囲の状況に何ら関心が持てず気を遣うことも忘れちゃったばぁばだけど、アルツハイマーに侵される前は、いえ、侵されてからもかなり長い間、「人前で醜態をさらす」な~んていうこととは無縁の人でした。  かつて「オバタリアン」という言葉が流行った時代には公共の場(バスや電車の中とかレストランとか)で周囲を憚ることなく自分たちの世界に没頭し大声で騒いでいる人たちを見ると眉をしかめていたような人だったのです。  でも、そんなばぁばも今となっては病院の中で大騒ぎをしてもそのことに罪の意識も感じない「別人」になってしまっていました。  

そしてこの後、ばぁばは更にものすごいことをしでかしてしまうに至ります。  再びじぃじに付き添いが交代してから1週間ほどして、ばぁばの執刀医の先生から「おうちの受け入れ態勢が整えば(≒ じぃじと二人暮らしなら NG、もしも KiKi が家にいられる状況がしばらくの間でも作れるなら)、いつでも退院してもよい」というゴー・サインが出ました。  

ほぼそれとタイミングを同じくしてこのばぁばの「すごいことしでかし事件」は発生します。  この事件には病院側もほとほと愛想が尽きたようで、あからさまに「早く出ていけオーラ」を発し始めました。  でも、コレ、KiKi には病院側の困惑もよ~く理解できますから、彼らを責めることはできません。  そして、あの不愉快な役場のあんちゃんとの問答の末、結局我が家は病院から追い出されるかのように退院する日程を組まざるをえない状況に追い込まれていきました。  


to be continued ......


誤解のないように記述しておきますが、KiKi はこの「え? そうだったの?? 完全看護」の連作エントリーで病院の対応を批難しているわけではありません。  もちろんその渦中にある時は病院の対応に「なんで?  どうして??」と思ったことが多々あったのは事実ですし、ある意味で矛盾した内容の書類数種類に署名・捺印を要求されたことに関しては、落ち着いた気分になった今であってさえも疑問を感じます。  でも、少なくとも病院は入院継続のために様々な条件を付けながら・・・・ではあったものの、ばぁばの入院継続を認めてくれていたし、ましてやこの病院の治療・リハビリのおかげで今ではばぁばは杖なしで自力歩行ができるまでに回復しています。

ただ、介護家族がどんな風に精神的に追い詰められていくのかの1つの事例として我が家のケースを記録することに何等かの意味はあるのではないかと思っています。  そして今後も記録していくことになる様々な事態が単発の出来事として発生するわけではなく、連続した時間軸の中で次から次へと襲い掛かってくる事態に直面すると、人はどこかで忍耐力の限界を迎えるということを1人でも多くの方に知っていただきたいと思って、このエントリーを書いています。

これは「愛」とか「絆」というような、耳触りの良い言葉で誤魔化すことができるほど簡単なものではありません。  「家族なんだから当たり前」と言われることがどれほど辛いことか、綺麗ごとではすまされない現実が待っているのです。


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このページは、KiKi (Brunnhilde)が2013年10月 9日 09:22に書いたブログ記事です。

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