2014年6月アーカイブ

トールキンの伝記を読んで以来、久々の「トールキン祭り」(?)を開催中です。  本日の読了本はこちら。

サー・ガウェインと緑の騎士
著:J.R.R.トールキン 訳:山本史郎  原書房

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「サー・ガウェインと緑の騎士」、「真珠」、「サー・オルフェオ」という、イギリス中世に書かれた3つの物語を、トールキンが解釈した形で現代語訳(英訳)したものを日本語に移した作品集。  (Amazon 内容紹介より転載)

あの伝記の中でも「ホビット」、「指輪物語」、「シルマリル」と同じぐらい特記されていた「サー・ガウェイン」。  そんな作品なのにこれまでなかなかこの本をちゃんと読んでみようという気分にならなかったのは、偏にこれが「日本語訳」だからです。  と言うのも、本業が言語学者であるトールキン先生はいわゆる古英語で書かれたこの作品を現代英語訳をされたわけで、それをさらに極東の言葉に移植したものにどの程度読む価値があるのかなぁ・・・・と懐疑的だったんですよね。

一方で「アーサー王関連」の本は我が日本国にも何種類もあるわけで、敢えてトールキンに拘る必要はないのかなぁ・・・・と。  英文学を学んだ人間が読むとするなら、やっぱりトールキン先生が書かれた「英語版」であるべきなんだろうと思うけど、それに手を出すほどには興味もない。  ま、そんなわけで、長らくこの本は KiKi にとって積読本でした。  (大学時代に斜め読みしたことはあったけど ^^;)

そんな本を今回読んでみる気になったのは「J.R.R.トールキン 或る伝記」を読み、トールキン先生の言語学者としての生涯に感銘を受けたからにほかなりません。  あの伝記読了以来、人知れず「久々のトールキン祭り」を開催中の KiKi です。


先日「J.R.R.トールキン 或る伝記」を読了した流れで、これまでどうしても通読という形では読了できていなかったこの大作に手を出してみました。

シルマリルの物語
著:J.R.R.トールキン 訳:田中明子  評論社

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唯一なる神「エル」の天地創造、大宝玉「シルマリル」をめぐる争い、不死のエルフ族と有限の命を持つ人間の創世記のドラマ。  「指輪物語」に先立つ壮大な神話的世界。  上下巻をまとめ、著者トールキンの手紙も収録した新版。  (Amazon 内容紹介より転載)

「シルマリルリオン」(シルマリルの物語)は、上古の代、即ち世界の第一紀の事蹟を記したものである。  「指輪物語」は第三紀末の大いなる出来事を語ったものであるが、「シルマリルリオン」に語られていることは、それを遥かに遡る昔、一代目の冥王モルゴスが中つ国に拠点を定め、上のエルフたちがシルマリルの奪回を図ってかれに戦いを挑んだ、遠い時代から伝えられてきた伝承なのである。  -クリストファー・トールキンの「初版序文」より  (単行本扉より転載)

いや~、結構苦労しました ^^;  内容より何より、まずこの本、重い!  物語の重厚さをこの重さを以って体で実感しろ!と言われている位重い。  特に KiKi のように「お布団読書」が身についてしまっていると、この重さがあたかも苦行のようです。  そして次に襲ってくるのが「指輪物語」や「ホビットの冒険」のような物語口調というよりは、創世神話口調であるが故のある種の堅苦しさ、歴史の教科書にも似た固有名詞や出来事の列挙に冒頭からめげさせてくれちゃいます。

でも今回何とかその重圧を跳ね返して読了することができたのは、あの「J.R.R.トールキン 或る伝記」を読むことによって知った、この物語の出版に拘ったトールキン先生の想いの深さへの感動と、この物語を何十年と言う年月をかけて練り上げたその執念への敬意があったればこそでした。  

と同時にこの物語が冒頭から筋を追って書き上げられたものではなく(≒ 私たちが手にしている「シルマリルの物語」として完成されたものではなく)、トールキン先生ご自身はあっちを書いたりこっちを書いたり、書いているうちに既に書き上げたところを直したりと様々なプロセスを経た遺稿を残されただけのものだったということ、この「シルマリルの物語」はそんな断片的な遺稿を息子さんであるクリストファー・トールキン氏が可能な限り時系列に並び替え、最終稿と考えられるものを寄せ集めたものであることをしっかりと念頭に置いて取り組むことができたということにもあるように感じます。

と言うのもね、そこかしこに「既に別のところで語ったように・・・・・」というような言葉が出てくるんだけど、時に読者の立場からしてみると「え? まだ語ってもらった覚えはないけど・・・・・。  ひょっとして私が忘れちゃった??」と不安になってしまうようなことがあるんですよ。  これ、順を追って書かれたもの(最低でもそういう観点で推敲されたもの)という前提条件に立って読むから湧き上がってくる疑問なわけで、「ふ~ん、まだ語られた覚えはないけど、まあいいや。  そのうち出てくるんだろう・・・・」ぐらいな気分で読むとその度に躓くということがなくなります。  そして多くの場合、確かにページ的には後の部分でそれにまつわる逸話が詳細に語られていたりすると「なるほど・・・・」と合点がいく、そういうことがままありました。

そして、過去に挫折したもう一つの要因、「まるで教科書みたい」と感じられる固有名詞や出来事の列挙の部分に関しても、彼はこの「シルマリルの物語」で物語を書こうとしていたのではなく、言語学者として言葉が生まれるそのいきさつやその言語を考案し使う使い手の歴史を書こうとしていたというスタンスで読めば、「音を楽しむ」スタンスで眺めたり、時には読み流すということができるようになり、今回の読書では先へ進む障害とはなりえないことを発見しました。

もちろん、そうやって読み流していると、往々にして巻末の「語句解説」と本文の間をいったりきたり・・・・ということにはなるのですが、それでも既に読み終わったはずの頁を遡るのと比較すれば遥かに楽な作業だし、何よりも言葉を音として捉えることに重きを置くことによって、ストーリーを追う作業に過去の読書よりも遥かに集中することができました。  結果、細かい部分はともかくとしておおまかなストーリーは頭に残ったように感じます。

 

OTTAVA 継続とな・・・・・

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5月にこんなエントリーを書いて心底がっかりしていた KiKi だけど、昨日こんなニュース(↓)を目にして嬉しいやら驚くやら・・・・・。


OTTAVA継続のお知らせ


いや~、めでたい!!  素晴らしい!!!  


事業継承に乗り出してくれたのはやっぱり頼れるこちら。  ありがとう! Naxos。  そうであってこその Naxos です。  長年、御社のCDを買い続けてきて良かった♪  KiKi の貢献なんて微々たるものだっただろうけど、あの購買が御社の財務体質強化に少しでも役立って、この事業を継承するために必要な資力の何がしかに貢献していたかもしれないと思うと、KiKi はホント、嬉しいよぉ♪  (← 実際はKiKi が購入し始めたばかりの頃、クラシック音楽のCDはまだまだ高くて、薄給の KiKi には高嶺の花だったんです。  でも、Naxos の CD なら安価であるうえにレパートリーが広かったので毎月少しずつ集めることができて、KiKi の欲求を満足させてくれた・・・・・というまったくのこちらの都合からのみのお付き合いでした。 ^^;)

思えば Naxos さんとはまだ Naxos さんの何たるかが知られておらず、「これって海賊版??」みたいな雰囲気さえあった時代(しかも当時は日本語版なんてなかった)に恐る恐る手を出して以来、もう何十年というお付き合いになります。

OTTAVA休止のニュースが流れた時に、正直 KiKi は心の中で「メイン音源の提供元である Naxos が事業継承してくれたらいいのに・・・・・。」と何度も思っていました。  それを実現してくれてありがとう!!  以下、Naxos の HP から転載です。


多くのリスナーの声に応えて、

休止予定のクラシックステーションOTTAVA(オッターヴァ)を
ナクソス・ジャパン株式会社が承継いたします。



ottava


この度、ナクソス・ジャパン株式会社(東京都世田谷区、代表取締役社長 佐々木隆一)は、TBSが運営してきたクラシック専門のインターネットラジオ局OTTAVAの商標・ドメインを譲り受け、今後、当社が中心となって、OTTAVAの運営会社を設立。サービスを継続していくことになりましたので、お知らせいたします。


OTTAVAは、2007年4月、TBSが、デジタルラジオの実用化試験放送の1チャンネルとして開局。同時に、インターネットでのストリーミング配信をスタートさせました。パソコンやスマートフォンを通じて、約20万人のリスナーにお聴きいただいておりましたが、昨年、TBSは、デジタルラジオへの不参入を決定。これまで取り組んできたデジタルラジオの実現に向けた施策を一旦見直すこととし、本年4月1日、OTTAVAも、6月末での休止を発表いたしました。

休止発表後、多くのリスナーやクラシック業界から継続を望む声が上がり、クラシック音楽を広めたいという志の下、OTTAVAに参集しているプレゼンター(出演者)も、その声に応えたいという想いを日増しに強めていました。そうしたリスナーの声やプレゼンターの想いは、OTTAVAの音源調達先である当社にも届き、同じクラシック音楽を生業としている者として、OTTAVAの継続を支援することを決めました。TBSも、リスナーの保護につながる、当社からの提案を高く評価。結果、スムースな商標・ドメインの譲渡に至りました。 

7月1日からは、ナクソス・ジャパン株式会社がOTTAVAのホームページをそのまま引継ぎ、OTTAVAプレゼンター陣と共に24時間のストリーミング配信を継続させます。その後、OTTAVAが提案しているクラシック音楽の世界をマネタイズできる複数の事業者とOTTAVAの運営会社を設立。10月には、新番組を編成し、ホームページ内でのコンテンツ販売、有料配信等を開始。新しいOTTAVAとしての本格的なサービスインを予定しています。


■OTTAVA(http://ottava.jp/)について
1992年にイギリスで開局した「クラシックFM」の成功後、世界中のラジオ局に広まっているコンテンポラリー・クラシック・ステーションの日本版。総じて尺の長いクラシック音楽を楽章単位で短くオンエアするポップな編成スタイル。「クラシックFM」は、BBCラジオのクラシックチャンネル凌ぐ全英NO.1ステーション。音楽ジャーナリスト、音楽プロデューサー、雑誌編集者、ミュージシャン等の多彩なプレゼンターをラインナップした生ワイド番組とノンストップDJミックスゾーンからなる24時間編成。パソコンやスマホで無料聴取できる。月間ユニークユーザー20万人以上。



図書館から借り出してきた本のうち、ランサム関連本はほぼ挫折本となることが確定し、我ながら情けないなぁと自己嫌悪に陥りかけていた KiKi。  そんな KiKi を救ってくれたこの本を楽しく読了することができました。

J.R.R.トールキン 或る伝記
著:H.カーペンター 訳:菅原啓州  評論社

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トールキン自身の手紙、日記、その他の文献、そして家族や友人の回想をもとに編まれた唯一「公認」の伝記。  (Amazon 内容紹介より転載)

いや~、ある程度は想像していたことではあったんだけど、やっぱりトールキン先生は変な人でした。  あ、でもここで言う「変」というのは決して悪い意味ではなく、「人並み外れた」とか「一般人とは多くの面でかけ離れている」というほどの意味なんですけどね。

生い立ちから始まり、交友関係、奥様との出会いから結婚、時代背景、学問上の功績、作品の出版の経緯ととにかく詳しく描かれているんですけど、その折々で思わず苦笑してしまうようなエピソードが満載です。  あの素晴らしい作品群はこういうどこか偏屈で、どこか極めつけのマイペースさを持った人であればこそモノにできたものなんだなぁ・・・・と妙に納得してしまいました。

KiKi にとって何よりも驚きだったのは、あの一連の作品の中で使われていたクゥエンヤ語やシンダール語と言った私製言語を言語学者となった後で作り始めたのかと思いきや、それよりもはるか昔、まだ少年期と言ってもいいような時代から作り始め、それを所謂ライフワークの如く老年に至るまで創成・ブラッシュアップし続けたという事実です。

しかもこの伝記の著者によれば、その作業はトールキン先生にしてみると「作り出している」というよりは「見つけ出す」作業だと本気で思っていたらしいという点がかなりの驚きでした。  「見つけ出す」という言葉にある心理の中には「発掘する」というようなニュアンス、つまり過去には絶対に存在していたものを探り出す、存在そのものは疑いのないものという確信があるように感じるんですよね。

    

趣味の話

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つい先日、A.ランサムの自伝は挫折本になりかかっているというお話をしました。  申し訳ないけれど挫折しそうな本はちょっと横に置かせていただいて、次に手を出した「J.R.R.トールキン ― 或る伝記」の方はあと少しで読了しそうなところまで読み進めています。  「これも挫折本になっちゃったらどうしよう」という KiKi の心配は杞憂だったみたいで、ほっと一安心しています。

さて、そのトールキン先生。  彼が言語学者であったことや、言葉の研究のあまり私製言語まで作っちゃったことは知識として知っていたのですが、その最初のアクションが学者さんとなるよりもはるか昔、子供時代に既に手掛け始めていたとはこの本を読むまで知りませんでした。  言葉を作る(しかもでたらめに作るわけではなく、古代語の成り立ちをあれこれ考え、自分なりに様々な言語を学習しながら作る)な~んていう渋い趣味を、人生のほとんどの時間をかけてやっておられたとはビックリ仰天!  どうやら「ひとかどの者」になるような人は、1つのものへののめり込み方が KiKi のような凡人とは大違いということのようです。

1つのことに集中してそれを自らの楽しみとしてずっと続けるということは幸せなことであるとも思うけれど、トールキンさんのように脇目も振らず・・・・というのは KiKi のような浮気性の人間には想像を絶することでもあります。  まあ、かくいう KiKi も幼い日から隠居した今に至るまである意味で細々と・・・・ではあるもののピアノを弾き続けているわけですが、彼と比較すると他のことに浮気している時間がやたらと多い・・・・・ ^^; 

一応の言い訳として、大学生になってからは自宅アパートにはピアノがなかった(しかもその期間が10年くらいあった)という状況があるとは言え、じゃあ、ピアノを入手してから後のそれに対する姿勢はどうだったのか?と問えば、「出来る時、気が向いた時にやる」というのと大差なかったかなぁ・・・・・と思わずにはいられません。

ま、てなわけで、今日は久々に趣味の話をちょっぴりしておこうかな?と思います。

まずは言わずと知れたピアノです。  幸いなことに最近は「趣味はピアノです」と言っても罪にはならないだろうと思えるぐらいにはピアノとちゃんと(?)向き合っています。  1年ちょっと前にこんなエントリーを書いたものだったけど、珍しいことにこの「いつかは弾きたい曲リスト」を放置することなく、この中からとりあえずモーツァルトのピアノソナタ ハ長調 K. 310(300d) は仕上げたし、今はショパンのバラード第1番 Op. 23 と格闘中です。

この曲、譜読みは終わっているんですけど、なかなか和声が頭に残らないで四苦八苦しています。  若い頃ならとっくにこの曲の和声進行を掴み終っているはずの時間をかけているんだけど、どうしても頭にちゃんと定着してくれません。  「これはひょっとしたら認知症の初期症状なんだろうか?」と思っちゃうぐらい・・・・・。  頭の中ではそれなりにイメージ音として掴めているんだけど、指がその和音をちゃんと掴んでくれないというか、何と言うか・・・・・。  

そして1つ間違った和声を弾いてしまった瞬間に頭の中が混乱して、もはや回復不能に・・・・。  昔だったらこんな時の立ち直りも早かったんだけど、今はそのままそこでストップしてしまい、次に楽譜を見ても何故か手探り状態に・・・・・。  そんなことばかりしているので、なかなかテクニックのブラッシュアップにまで辿りつけません。  いや~、難しい・・・・・。  この曲がモーツァルトのソナタぐらいの仕上がりレベルまで辿りつけるのかどうか??甚だ不安です。

ま、そんな時、変わらず KiKi の心に去来するのは「まあ、プロじゃないんだから・・・・」という甘えた根性なわけですが、それでもそんな甘え心に押し込められた奥の奥のその又奥ぐらいの心の深淵から、かつて教えを受けた先生の叱責の声が聞こえてきます。  曰く

「音楽を学ぶものにプロもアマもありません」

厳しいなぁ・・・・・・。

なかなか和声が頭に残らない原因の1つは必ずしも毎日欠かさず練習ができているわけではないというのが一役買っていることは分かっているんです。  でもねぇ、学生時代ならともかく、定期的に実家のメンテナンスやら老人ホーム訪問はしなくちゃいけないし、東京の自分のマンションのメンテナンスもあります。  Lothlórien_山小舎にいる時間が続いている最中だって、日によっては庭仕事やら家事に追われちゃうこともあるし・・・・・。  ず~っと昔、KiKi が子供時代に師事した先生には

「1日練習をさぼると最低でも3日は後退する」

と言われたものでしたが、子供時代の KiKi は家族旅行の時を除けば練習をさぼったことがなかったので、正直「そんなものなのかしら?」とちょっぴり懐疑的でした。  でもこの歳になった今、それを身を以って実感しています(苦笑)


「ランサム・サーガ」からの流れで手を出してみたコチラ(↓)。  毎日、少しずつ読み進めようと努力はしているのですが、なかなか進みません。  この本はなぜか KiKi の眠気誘発剤の役割を見事に果たしてくれちゃっているようで、栞を挟むことさえなく睡状態に陥り(つまりどこまで読み進めたのかわからなくなる)、枕元の読書灯が煌々と光っています。

アーサー・ランサム自伝
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  白水社

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「ツバメ号とアマゾン号」をはじめとする12冊の胸おどる冒険物語で、子供から大人まで幅広い読者をとりこにしたランサムの自伝。  作品に通ずるユーモアで綴られたもうひとつの物語。  (Amazon 内容紹介より転載)

何とか半分ぐらいまでは読み終えているのですが、未だに「ランサム・サーガ」に関する話は出て来ないし、彼の半生で出会った多くの友人・知人たちの名前のカタログみたいな印象なんですよね~。  で、KiKi 自身がここに列挙されている人物たちにランサムに対するのと同じぐらいの興味があるならいざ知らず、そうでなければよっぽど印象的なエピソードでも書かれていないと、その名前の列挙が自然と眠気を誘うみたい・・・・・(苦笑)

このままいくと「挫折本」になりそうな気配が濃厚になってきました。  ま、てなわけで、この本は一旦脇に置いて、今回図書館から借り出してきたもう1冊の文学者の伝記、「J.R.R.トールキン ― 或る伝記」に浮気をしてみたいと思います。



ただ・・・・・・



読書メーターのとある方の Review によれば


「作品世界が興味の中心である読者には面白みに欠けるかも知れない」


とのこと。  ちょっぴり不安だぁ・・・・。

1年ぶりの初夏仕事

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今日はここLothlórien_山小舎で暮らすようになってからずっと恒例だったのに、昨年はできなかった1年ぶりの初夏仕事に着手しました。  それはコレ(↓)

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これは何か?と言うと、「紫蘇ジュースシロップ」です。  夏場のお外仕事で乾ききった喉を潤すため、昨年以外は必ずこの季節になると作っていました。  本当だったら「同居介護」をしていた昨年も実家で作りたかったんだけど、ばぁばの「のべつまくなしのゴハン攻撃」やら「じぃじとの喧嘩の末の徘徊」やら何やらかにやらでとてもじゃないけれどこれを作る時間も精神的余裕もありませんでした。

我が家ではこれを炭酸ソーダで割って飲むのが定番で、最低もう1回は作らないと夏を乗り切ることができません。  そして毎シーズン、最初にこれを作る時には、「もうすぐ夏本番だなぁ」という感慨に耽るのです。

  

     

次々と読了してきた「ランサム・サーガ」はちょっとお休みして、これからしばらくは先日図書館から借り出してきた本を読み進める予定です。  その第一弾は先日第1作~第3作まで Review を書いた「コロボックル物語 第4作」です。

ふしぎな目をした男の子
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

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コロボックルのどんなすばやい動きも見えてしまう、ふしぎな目をした男の子タケルと、へそまがりのコロボックルの老学者ツムジのじいさまが友だちになった。  タケルが小さいころ遊んだ池が、すっかりあれてしまった。  この池をすくおうとする少年たちと、かげでそれを助けるコロボックルたちとの楽しい物語。  (講談社青い鳥文庫HPの内容紹介より転載)

第3作「星からおちた小さな人」の Review で KiKi は

次に図書館に行ったらこの続編の「ふしぎな目をした男の子」と「小さな国のつづきの話」を借り出してこの物語の完結をちゃんと我が目で確認したいと思います。

と書いたんだけど、残念ながら我が吾妻郡図書館にはこの「ふしぎな目をした男の子」は収蔵されているけれど「小さな国のつづきの話」はないらしい・・・・・。  ま、てなわけでいずれどこかの古本屋さんか Net Off で見つけない限り、この公約(?)は果たせそうにありません。  このシリーズは結構楽しい物語だと思うし、佐藤さとるさんの暖かみのある文体にそこそこ魅力は感じるものの、現段階では積極的に「これは是非蔵書にしよう!」という意思までは持ち切れずにいる KiKi です。

さて、そんな「コロボックル物語」の中で KiKi にとって一番読み応えがあったのはこの第4作かもしれません。  もっともそれは KiKi 自身が既に齢50を超えているからこそ感じる感慨であって、これが子供時代に読んでいたのだったら、ひょっとしたら一番つまらなく感じてしまった作品だったのかもしれません。    

そう思うのは、今回のメインキャラがツムジィというコロボックルの老人だから・・・・・ということと無関係ではないような気がします。  まぁ、KiKi の子供時代は今と比べるともっと地元のお年寄り(要するに身内ではないお年寄り)と子供の距離が近かった時代なので、見知らぬおじいさんと子供が友達になるという設定にさほど違和感はなかったとは思うのですが、それでもやっぱりある種のテンポ感、ノリみたいなものが、やっぱり前3作と比較するとどこか枯れています。  しかもこのツムジィ、職業が古いものを調べてきちんと記録する学者さんときています。  そういう意味では「発展」がキーワードだったこれまでの作品とは異なり、「振り返り」がキーワードになっている印象があります。

さて、そんな筋金入りのつむじまがりの学者ツムジィは物語冒頭ではコロボックルと人間がトモダチになることに猛反対の立場をとっています。  ところが、さすがつむじまがりのじぃさま、やることが面白い!!  怒りに任せてコロボックルたちの王国がある山から飛び出し、こともあろうに人間の住む街に行くというのですから、その偏屈ぶりには苦笑するしかありません。  でも、つらつらと思い返してみると、KiKi の子供時代に知り合った偏屈なおじぃさんも「冷静に考えてみると言っていることとやっていることが矛盾している」人が数多くいたような気がしないでもない・・・・・・・。

ようやく読書関連エントリーも一段落したので、今日は毛色を変えて6月第1週に頑張った「じぃじの留守宅管理」のお話です。  じぃじ & ばぁばが住み慣れた静岡県の家を離れて、KiKi が暮らす群馬県の老人ホームに入って、早いもので約1年(厳密にはちょうど1年になるのはまだだけど・・・・)。  その間、ダーリン & KiKi は何ヶ月に1回というスローペースではあるものの留守宅管理のために群馬県⇔静岡県の往復をしています。

メインの目的は庭の雑草取り & 植木の管理と家の中の整理なんですけど、行く度に何らかの問題が持ち上がっています。  今回行ってみて最初に直面した問題は玄関とは別にもう1つある出入口(勝手口ではない)の鍵が壊れていることが確定した事でした。  

敢えて「確定」と言っているのには訳があって、実は前回訪問した際にも鍵をかけておいたはずのそのドア(引き戸)が鍵の解除をしていない状態でも簡単に開いてしまうという現実には直面していました。  ただ、その時には実家滞在中に同じように鍵をかけてみたところ、外からは開けられなかったので、「ひょっとしたら鍵をかけたつもりだったのが KiKi の勘違いだったのかもしれない」と思ったということと、その時の滞在予定日数はほんの2~3日だったため、何か手立てを講じるには十分ではなかったのです。

今回はそんな心配もあったので最初から1週間の滞在を予定し、もしも本当に鍵が壊れているなら、何かしら手立てを講じようと心の準備をしたうえで実家に向かいました。  到着して、荷下ろしよりも玄関のドアを開けるよりも何よりも先にまずそのドアを引いてみると案の定というべきか、何と言うべきか、やっぱりその引き戸はあっさりと開いてしまいました。

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そこで早速、KiKi 自身は面識がないものの、じぃじ & ばぁばが家の一部をリフォームした際にお世話になったと聞いたことがあったような気がするとある方に連絡してみました。  ま、その方を特定するのもなかなか大変だったんですけどね。  何せお名前をチョロッと小耳に挟んでいた程度。  お店がどこにあるのかさえ知らなかったのですから・・・・。  うろ覚えのお名前(苗字のみ)の記憶と、実家にあった職業別電話帳、そしてじぃじの古い住所録の3点セットで「この方に違いない!」とあたりをつけ、お邪魔してみるとビンゴ!!

お話に伺った翌日には早速駆けつけてくださり、「ドアごと交換するしか手はないんでしょうか?」とおっかなびっくり尋ねる KiKi に笑顔で「いや、何とかできると思うよ。」と仰ってくださいました。  しかも、最終的な補修ができるまでの応急処置として角材のつっかえ棒まで持参してくださいました。

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沼津の実家から帰宅するのとほぼ同時に雨続きの毎日に突入しました。  おかげさま(?)で、読書が捗ること、捗ること(苦笑)  本日の読了本は「ランサム・サーガ 第8作」です。

ひみつの海(上)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

613-aemDrUL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

船の赤ちゃん、ブリジットも加わり、浮き沈みする秘密の島々の探検に乗り出した子どもたち。  白地図に調査した場所を一つ一つ描きこんでいきます。  ところが、そこは地元の部族、ウナギ族のなわばりで・・・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

ひみつの海(下)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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ウナギ族の協力をえて、秘密の島々の地図を仕上げていく子どもたち。  ところがロジャとティティ、ブリジットが「紅海」を横断中、潮が満ちてきてしまい・・・・。  戦いあり、うたげあり、もりだくさんの夏休み。  (文庫本裏表紙より転載)

「ランサム・サーガ」も8作目。  全12作のうち現段階で岩波少年文庫から発刊されているのは次の第9作までです。  このままのペースで読み進めていくとあっという間に手持ちの「ランサム・サーガ」は終わってしまうし、次の発刊がいつになるのかさっぱりわからないし(何せ第1作の「ツバメ号とアマゾン号」は2010年7月発刊で、現段階で最後の第9作「六人の探偵たち」は2014年4月発刊と4年もかかっているんです!)、どうしたもんだか・・・・。  旧訳のハードカバーであれば図書館にあることがわかっているけれど、せっかく新訳で読み始めたんだしなぁ・・・・などと、あれこれ考えてしまう今日この頃です。

ま、それはさておき、前作(「海へ出るつもりじゃなかった」)で、心ならずも子供達だけでの夜間航行 & 外洋航海を成し遂げちゃったウォーカー家の子供達。

子供たちの中に船に対するトラウマやら何やら、お母さんの心配性のエスカレートなどが起こらなければいいのですが・・・・・。

な~んていう KiKi の心配こそまさに取り越し苦労 ^^;。  子供達は相変わらず冒険心満々だし、ウォーカー父さん & 母さんも全然堪えた様子もなく、次の冒険に子供達を送り出します。  しかもこれまでは「小さすぎる」という理由でいつも置いてけぼりだった末娘「船の赤ちゃん、ブリジット」まで引き連れての探検旅行です。

もっともこの探検旅行、当初は子供達だけではなくウォーカー父さん & 母さんも同行する所謂「家族旅行」として企画・準備されていたものだったのですが、あとは出発するばかりというタイミングでウォーカー父さんは勤め人の哀しさで海軍大臣から急遽の御下命を受け休暇返上となってしまったのです。  これが日本だったら「お父さんのお仕事の都合だから仕方ないでしょ。  今回は我慢しなさい。」となりそうなところが、さすがはウォーカー夫妻。  あんな大事件があった直後だというのに快く子供達だけでの探検旅行を許してあげちゃいます。

しかも子供達だけでの探検旅行の名目(?)が「島流し」とはやっぱり太っ腹さ加減(+ ユーモア・センス)が半端なもんじゃありません。  

さて、こうして出発することになる「島流し」の旅なんだけど、ただ漠然と流されてロビンソン・クルーソーのようにキャンプをするだけでは終わらないのがこの「ランサム・サーガ」のいいところです。  これまでもウォーカー家の兄妹は「極地探検」とか「金鉱探し」といった凡そ日本人からみるとスケールの大きな大人びた遊びに興じていたわけですが、今回の探検の目的は「地図作り」。  しかもその地図の作り方が巻末の解説によればあの伊能忠敬さんと同じ手法だというのですから驚きです。  

今日の読了本は「ランサム・サーガ 第7作」です。  沼津帰省中に遅れに遅れてしまったブログエントリーのタイミングがこれでようやく読了本に追いつきました。

海へ出るつもりじゃなかった(上)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

61kUPGDYFlL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

河口の町ピン・ミルにやってきたツバメ号の乗組員たちは、ゴブリン号をあやつる青年ジムと知り合い、いっしょに川をくだることに。  ところがジムがいない間に、船は錨を失い、河口から外海に流されてしまいます。  (文庫本裏表紙より転載)

海へ出るつもりじゃなかった(下)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

61NjybNnsiL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

悪天候のなか、外海に流れでてしまったゴブリン号は、ひきかえそうとするジョンやスーザンの必死の努力にもかかわらず、北海を東へまっしぐらに進みます。  やがて嵐の一夜が明けると・・・。  スリルに富んだ物語。  (文庫本裏表紙より転載)

まず最初にこの物語を読んでいる途中で気がついたことがあります。  それは「ヤマネコ号の冒険」では KiKi の読み方は間違っていた・・・・ということです。  あの Review で KiKi は

ここまでの「ランサム・サーガ」の物語の Review の中で KiKi はある意味で手放しでキャプテン・フリントを褒めちぎってきたけれど、そんな KiKi の評価はこの「ヤマネコ号の冒険」で地に堕ちました。  ダメでしょう、こういう大人は!!

KiKi の気分としては、この「ランサム・サーガ」がギリギリの境界線で保っていたある種の良心みたいなものがこの1作によって粉々に壊されてしまった・・・・・そんな気分なんですよね~。

などとケチョンケチョンな評価をしたわけですが、どうやらあの「ヤマネコ号の冒険」はツバメ号とアマゾン号のクルーたちがキャプテン・フリントと一緒にとある冬休みの遊びとして創作した「冒険物語」だったらしい・・・・・。  つまり子供たちによる「宝島 & ロビンソン・クルーソー オマージュ作品」という位置づけの物語だったようです。  そうであると分かれば、あの荒唐無稽な筋書きも納得できるものだと思うし、キャプテン・フリントの大人げなさも理解できます。

そしてこの作品を読むことによって、これまでは子供達にかなり自由にやらせているように見えたウォーカー母さん(ツバメ号クルーのお母さん)も「ここまではOK、ここからはダメ」という境界線をかなり明確に持っていた人であるということや、自由奔放に遊びまわっているように見える子どもたちも自分たちの夏休みの行動の自由というものが、母親に言いつけられている「自由の枠組み」からは絶対に外れないという信頼に基づいているということをかなりしっかりと自覚している物語であることが分かります。

この物語に至って、実は子供たちにとって「海」というのが未知の体験ゾーンであったことが伝わってくるし、同時に湖や川以上の危険を孕んでいる「海」はウォーカー母さんの価値観でははっきりとNGエリアだったこともわかります。  にも関わらず子供たちは不可抗力により海に押し流されちゃうことからこの作品のタイトルは実にわかりやすく「海へ出るつもりじゃなかった」(We didn't mean to go to Sea)。  タイトルからして「ごっこ遊び」ではない物語であることがひしひしと伝わってきます。

今回はアマゾン号のクルーもD姉弟も登場せず、ツバメ号のクルーと本シリーズ初登場のウォーカー父さん、そしていつ何時でも「もっとも友好的な現地人」だったウォーカー母さんと常に子供たちの世界から置いてけぼりを食らう末娘のブリジットの物語です。  そして子供達が不可抗力で海へ出ちゃうことになる船(ゴブリン号)を提供してくれたのが間もなく大学生になろうかというジムという青年です。  

ジム青年も本当は子供達と一緒に川筋だけをクルーズさせる予定だったのですが、ガソリン調達のために少しの間だけ船を降りている間に交通事故にあってしまいます。  河口付近にちゃんと停泊させたはずのゴブリン号で留守番していたのはツバメ号のクルーたちだけ(つまり子供達だけ)なのですが、そこは子供ゆえの悲しさ、予定よりも時間がかかりすぎている中で船を係留し続けるために気を付けなければいけないことまでには気が回りません。

潮の満ち引きの影響をもろに受ける河口では水位の変動が激しく、ジムがゴブリン号を停船させた時には必要十分だった碇をつなぐ鎖の長さが足りなくなり、結果碇が碇本来の役割を果たさなくなってしまいます。  しかも急激な天候の変化で濃霧があたりを覆い、視界もどんどん悪くなっていきます。  途中でジョンは碇を引き摺っていることに気がつくのですが、心理的動揺も手伝って上手く処理することができません。

ここからの物語の展開はスリル満点で正直、心臓によくない(苦笑)。  だいたいにおいて各章のサブ・タイトルからしてどんどん状況が悪くなっていることを匂わせています。

第6章: なにも、おこるはずがない
第7章: ジムは、ずいぶん長くかかっている
第8章: ビーチエンド・ブイ
第9章: 霧の中をただよう
第10章: 海へ出る
第11章: 今度は、だれの責任?
第12章: 船酔いのくすり


沼津滞在中にほぼ読了していた「ランサム・サーガ 第6作」です。

ツバメ号の伝書バト(上)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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猛暑の夏、ツバメ号、アマゾン号の乗組員とDきょうだいは、高原で金鉱をさがすことに。  伝書バトで連絡をとりあい、ますます活動範囲を広げます。  ところがあやしげな「つぶれソフト」が行く先々にあらわれます。  (文庫本裏表紙より転載)

ツバメ号の伝書バト(下)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

61I-cv4b1dL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

見つけたものは、はたして金?  炭を焼き、溶鉱炉をつくり、自分たちだけで確かめようとする子どもたち。  ところが年上のジョンやナンシイがいない間に、ロジャとティティ、ドロシアが眠りこんでしまい・・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

久々のツバメ号 & アマゾン号のクルーたち、そしてD姉弟が全員集合した夏休みの物語です。  イースター休暇に猛特訓して AB船員になった D姉弟を含めた3家の兄妹たちのセーリング物語が始まるのかしら?と大いに期待して読み始めた KiKi だったのですが、今回のお話は船からは離れた山の中の物語。  冒頭でこそセーリング・シーンがちょっぴり出てくるものの、彼らのお得意の島でのキャンプの話もなければ、海賊ごっこの話もありません。

なんでそんなことになっちゃったのか?と言うと、この夏休みの大切なタイミングに子供達の保護者はアマゾン海賊のブラケットお母さんだけという状況なんです。  子供達が生き生きと「自立キャンプ生活」を送るために、ツバメ号のクルーのお母さんやキャプテン・フリントが見えないところで果たしてきた役割の大きさが否応なく感じさせられます。  ブラケットお母さんも決して物わかりの悪いタイプではないものの、余所様(それも2軒)の子供たちを預かる立場になっちゃっているうえに、ブラケット家ではリフォームの真っ最中・・・・ということもあり、てんてこ舞いしています。  そんな彼女が子供達を安全に遊ばせるために譲歩できたのはいつでも目が届く家の庭でのキャンプが限界でした。

でもそんな状況の中で冒険精神だけでできているようなあのナンシィがいつまでも大人しくしていられるわけがありません!(苦笑)  様々な条件付き(しかもその条件の全てがナンシィには耐え難い)で何とか勝ち得たのが、家から離れたところの農家の庭でのテント生活でした。  そしてこの農家さんがこれまで子供たちがお世話になったどの農家さんよりもある意味で普通の人(つまり子供たちの自主性にばかりは任せておけないタイプ)で、子供達の火の始末には不安があるから自炊なんてもってのほか、食事は一切農家のおばさん仕切り(≒ 食事の時間やらその他細々としたことに制約が出てくる)というこれまたストレスフルな状況を上塗りしてくれちゃいます。

ま、てなわけで前半の山場の1つが子供たちがそんな環境の中で完全に自立したキャンプ生活を勝ち取るまでのあれこれになっています。  

これまでの物語の中でも子供たちはそこかしこの農場のおばさんにお世話になっているんだけど、その人たちは日本人の KiKi の目には「物わかりが良すぎる」と感じられるほど子供たちの自立心を尊重し、最低限の危機管理を任せ切るだけの太っ腹な人たちだったことがこの物語で証明されました。

今回子供達がお世話になったタイソン農場のおばさんはある意味では現代日本の大人とそっくりで「子供のすることは危なっかしい」という価値観をなかなか崩せない人です。  決して意地悪な人ではないのですが、子供たちにばかり感情移入して読むと「大障害以外のナニモノでもない」人になっちゃっています。  でも分別ある日本人の大人として彼女の弁護をしておくなら、これにはたまたま今回の物語の舞台では日照りが続いていて普段なら豊かな水が流れているはずの渓流が涸れ切っちゃっていたりして、万が一どこかに火がついたらとんでもない山火事になるという背景もあるわけですが・・・・・・。 


沼津の実家へ留守宅メンテナンスのために帰省していたため、ずいぶん長い間ブログエントリーをお休みしてしまいました。  一応、移動時には常にPCを携帯しているのですが、留守宅メンテナンスの際はとにかく忙しいんです。  今回も沼津の家には1週間滞在したのですが、朝から晩まで働きづめで夕飯が終わって入浴するとほぼそのままバタン・キューで爆睡状態に・・・・(苦笑)  

土曜日(7日)に帰路についたのですが、この道のりでは大雨のためあちらこちらで高速道路が通行止めになっていて、普通なら5~6時間で帰ってこられるはずのところ、沼津を出たのがお昼前(11時にはなっていなかった)なのに、Lothlórien_山小舎に辿りついたのが23時頃になってしまいました。  

長距離移動と睡眠不足でヘトヘトな身体に鞭打って、昨日は実家の状況報告 兼 じぃじからリクエストのあった様々なモノの配達のため老人ホームを訪問しました。  ま、てなわけで今日は身体がどんよりと重いうえに節々が痛み、正直起きているのがかなり辛い・・・・。  でも、ここで昼寝と洒落こんでしまうと今度は夜休めなくなりそうなので、今、PCに向かっています。  ま、てなわけでずいぶん前に読了していたこちらの Review を記憶に頼りながら書いてみたいと思います。

オオバンクラブ物語(上)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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ディックとドロシアは、水郷ノーフォークで、地元の少年トムと知り合い、念願のセーリングを学ぼうと、胸をおどらせます。  ところがトムが、オオバンの巣を守るために、好き放題の観光客たちと対立して・・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

オオバンクラブ物語(下)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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いざこざを逃れ、ノーフォーク南部をめぐる航海に出発したトムたち。  ポートとスターボードも、船から船へ乗りついであとを追います。  しつこい観光客たちもからんで、水辺を舞台に追跡劇がくりひろげられます。  (文庫本裏表紙より転載)

個人的にはあまり気に入らなかったシリーズ第3作(このブログでの「ランサム・サーガ Review」 では第4作目になっちゃったけど)、「ヤマネコ号の冒険」を読了した際、この先この物語はどっちの方向へ向かって行っちゃうんだろう?とちょっとおっかなびっくりだった KiKi なんだけど、この第5作「オオバンクラブ物語」を読んでみてほっと一安心。  ・・・・・というより、あの「長い冬休み」で初登場したD姉弟のその後のお話であることを知り、安心を通り越して大喜びしてしまいました。

ツバメ号 & アマゾン号クルーたちに大いに感化されたD姉弟は子供らしいライバル心(?)から次に彼らと会う前(つまり次の夏休みまで)にセーリングをこっそりと学んで、彼らの遊び世界から置いてけぼりを食らわないようにと考えます。  そこに何とも都合の良いことにイースター休暇をノーフォーク湖沼地帯で過ごすチャンスが転がり込んできます。  

彼らを招待してくれたミセス・バラブルは、昔、姉弟のお母さんの女学校の先生だった人で、弟さんと2人で休暇を過ごすために船を一隻借りたのにたまたまその弟さんは仕事の都合で来られなくなり、姉弟を招待してくれたのです。  ところがその船(ティールズ号)に着いてみると、ミセス・バラブルだけでは船を動かせないので、船に泊まるだけという事実が判明。  

落胆を必死で隠そうとする姉弟と、それに気がつくミセス・バラブル。  そこに再び別のチャンスが飛び込んできます。  土地の少年トム(鳥類保護運動をしている)が少し前から傍若無人な振る舞いが目立ち土地の人たちからちょっぴり白眼視されていた団体観光客とトラブルを起こしてしまい、彼らから逃げ隠れしなければならない状況に陥っていたのです。  土地っ子のトムはツバメ号 & アマゾン号のクルーたちも顔負けのセーラーなので、ティールズ号を動かしながらD姉弟にセーリングの手ほどきをしつつ、観光客から逃げ続けるということでお互いの利害が一致します。


現在、東京滞在中。  今日の夕方には沼津へ移動します。  時間があまりないので、とりあえず先月の読書のまとめだけしておきます。

2014年5月の読書メーター
読んだ本の数:21冊
読んだページ数:6716ページ
ナイス数:55ナイス

オオバンクラブ物語(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)オオバンクラブ物語(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
下巻を読了してから Review します。
読了日:5月30日 著者:アーサー・ランサム

ヤマネコ号の冒険(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ヤマネコ号の冒険(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
この物語を読んでいて、そして KiKi にとっては決して褒められたものではないと感じる今作でのキャプテン・フリントの姿に、帝国主義を推進した大英帝国の原動力みたいなものはいやというほど感じました。  分別も理性もなく、ひたすら冒険と富を求める、一歩間違えば獰猛な海賊と大差なし・・・・・というような何かを。
読了日:5月29日 著者:アーサー・ランサム

ヤマネコ号の冒険(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ヤマネコ号の冒険(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
もちろんこの物語が「ロビンソン・クルーソー」とか「宝島」に触発された「海洋冒険もの」として書かれた物語であることは百も承知です。  でも、KiKi の気分としては、この「ランサム・サーガ」がギリギリの境界線で保っていたある種の良心みたいなものがこの1作によって粉々に壊されてしまった・・・・・そんな気分なんですよね~。
読了日:5月28日 著者:アーサー・ランサム

長い冬休み(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)長い冬休み(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
巻末にある児童文学評論家の野上暁氏の言葉にある 「ランサムの物語を読みながら、子供達が安心して遊んだり、自由に冒険できる環境を取り戻せないものかと、つくづく考えさせられました。」 には深く同意します。  でも、そのために絶対的に欠けているものが現代人にはあるような気がします。  それはツバメ号やアマゾン号の子供達以下のサバイバル能力しか持ち合わせていない現代の大人という現実です。  キャプテン・フリントやツバメ号 & アマゾン号のクルーはもとより都会育ちのディック以下かもしれません(ため息)。
読了日:5月26日 著者:アーサー・ランサム

長い冬休み(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)長い冬休み(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
おたふくかぜにより隔離されちゃったキャプテンと連絡をとろうとする子供達。  そこでの挿し絵が何とも微笑ましいんですよ。  窓からジュリエットよろしく顔を出したナンシィと窓下のロミオよろしい子供たちの挿し絵なんだけど、そのジュリエットの顔がない・・・・。  顔部分に描かれた大きな丸の中に以下の文字があるんです。  「ナンシィのふくれたかおは気の毒で描けない」  これを見た時、KiKi はそれこそナンシィには気の毒だけど大笑いしてしまいました。
読了日:5月25日 著者:アーサー・ランサム

鳥と雲と薬草袋鳥と雲と薬草袋感想
梨木香歩という人の感性がもっともストレートに伝わってくるのはエッセイにあるような気がします。  未だ物語としては構築されていない、それでも感情を揺り動かし「何か」を感じたこと、それが短い文章の中に凝縮され、さらにはまだどことなく「とりとめのなさ」みたいなものを感じさせる書き物。  それが彼女のエッセイだと感じます。
読了日:5月25日 著者:梨木香歩

天狗童子―本朝奇談(にほんふしぎばなし)天狗童子―本朝奇談(にほんふしぎばなし)感想
学校で戦国時代の歴史を学んでもほとんどちょっとしか名前が出て来ない関東地方の戦物語を背景にしているので、KiKi なんかは歴史的バックグラウンドはわかったような、わからなかったような・・・・・。 伊勢宗瑞とか三浦道寸な~んていう名前が出てきてもチンプンカンプン。  でも後で調べてみたら伊勢宋瑞って北条早雲のことだったんですねぇ・・・・。  しかも最後には「南総里見八犬伝」で有名な里見家の名前も出てきます。
読了日:5月24日 著者:佐藤さとる,村上豊

星からおちた小さな人―コロボックル物語 3 (講談社青い鳥文庫 18-3)星からおちた小さな人―コロボックル物語 3 (講談社青い鳥文庫 18-3)感想
相変わらず小さな人間じみたコロボックルは人間社会の発展をなぞるかのように文明的発展(?)を遂げ続けています。  でもさすがに著者の佐藤さんもコロボックルという存在が人間模倣生き物ではいけないと感じられていらしたらしく(?)ところどころに、人間のやることをひたすら真似ているわけではないというような趣旨の記述がみられます。
読了日:5月23日 著者:佐藤さとる

豆つぶほどの小さないぬ―コロボックル物語 2  (講談社青い鳥文庫 18-2)豆つぶほどの小さないぬ―コロボックル物語 2 (講談社青い鳥文庫 18-2)感想
ちょっぴり残念なのはこのコロボックルたちが、実に人間臭いこと(苦笑)  どうせなら擬人化した小人ではなくどこか人間とは価値観とかものの考え方に大きな差がある生物であってくれた方が異文化交流の雰囲気が出てきてハチャメチャかもしれないけれどもっともっと楽しい物語になったんじゃないかと思わないでもありません。
読了日:5月22日 著者:佐藤さとる

だれも知らない小さな国―コロボックル物語 1  (講談社青い鳥文庫 18-1)だれも知らない小さな国―コロボックル物語 1 (講談社青い鳥文庫 18-1)感想
一読して思ったのは、「ああ、ここには懐かしい子供時代の日本の風景があるな」ということでした。  例えばつい先日まで読んでいた「ランサム・サーガ」にはやっぱりどこか日本では馴染みのないこじゃれた風景が多いけれど、この物語に出てくる小山はまさに KiKi の実家の裏にあった山を彷彿とさせます。  羊も牛もいない、いるのはやぶ蚊と蛇とミミズ。  雄大な草原もない。  どこか鬱蒼としていて、それでいてこじんまりとしていて、雑多な感じ・・・・・。  爽やかな風も吹くけれど何気に湿りっ気が多い感じ・・・・・。
読了日:5月22日 著者:佐藤さとる

ツバメの谷(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメの谷(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
久々に全員が揃って「カンチェンジュンガ」と名付けた山に登り、宝物を見つけるシーンが好き。  それは何十年も前にキャプテン・フリントとブラケット家の両親が同じ山に登ったことを記念して残した物なんだけど、そこには彼らが同じ山をマッターホルンと見立てて登ったことが記されていました。  ここを読むと子供たちを取り巻く大人が素晴らしい理由がわかるような気がするんですよ。  つまり、子供らしい子供時代を過ごした大人だけが、真の大人らしい大らかさでもって子供達を見守ることができるいうことなんじゃないかな・・・・・と。
読了日:5月21日 著者:アーサー・ランサム

ツバメの谷(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメの谷(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
今作では1年ぶりの夏休みを謳歌しようと張り切っていたウォーカー家の兄妹を物語の冒頭で事件が襲います。  ちょっとした長男ジョンの判断ミスからツバメ号が座礁、そして沈没・・・・・。  ウォーカー父さんが言うところの「ノロマ」な失態に落ち込みつつもこのミスからの立ち上がりが凄い!!  ジョン船長はどこかの国のフェリーの船長とは大違いでクルー全員を小さい順に逃したうえで、沈没した船をすくいあげるための方策までちゃんととったうえで船を離れ、全員が無事に避難できたところでまずホッと溜息です。
読了日:5月20日 著者:アーサー・ランサム

ツバメ号とアマゾン号(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメ号とアマゾン号(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
読んでいて思ったのは、イギリスの、しかもこういう遊びができるぐらいの階級の子供達というのは都市にいる時は、ある意味で年齢以上の早熟さが求められ束縛の中で暮らさなければならない現実があるということです。  日本の子供たちはある意味で「子供らしさ」みたいなものを日常の中で謳歌できる風土があるけれど、イギリスの子供たちは早くから服装の面でもきついネクタイやベルト、革靴に締め付けられるうえに、「小さな紳士・淑女」であることが求められる文化(?)に首根っこまで浸っているようなところがあります。  そんな中の夏休み。
読了日:5月19日 著者:アーサー・ランサム

ツバメ号とアマゾン号(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメ号とアマゾン号(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
久々に読んでみたけどやっぱり面白かったぁ!  ウォーカー家の4人兄妹(ツバメ号クルー)の実にうらやましいキャンプ生活が生き生きと描かれ、途中で仲間になるアマゾン号の2人姉妹(アマゾネス)のお転婆ぶりも微笑ましく、KiKi なんぞは「アマゾネス」という言葉を初めてちゃんと認識した時、ギリシャ神話の物語よりはこの2人のおよそレディらしからぬいたずら(特に自分たちの叔父であるキャプテン・フリントの船に花火を投げ込む辺り)をありありとイメージしたことを懐かしく思い出しました。
読了日:5月18日 著者:アーサー・ランサム

冬虫夏草冬虫夏草感想
この物語の中に里山の雰囲気を感じるのは、やはり自然を征服するものとはとらえず共存するものと捉える日本人のDNAの中に刷り込まれたある種の「知」が満ちているからだと感じます。  その知の本質は「自然の中で生かしてもらっている」という謙虚さ、そして「人智を超えたものへの畏れ」という感覚なんだろうと感じます。
読了日:5月15日 著者:梨木香歩

家守綺譚 (新潮文庫)家守綺譚 (新潮文庫)
読了日:5月13日 著者:梨木香歩



狐笛のかなた (新潮文庫)狐笛のかなた (新潮文庫)
読了日:5月11日 著者:上橋菜穂子

獣の奏者 外伝 刹那獣の奏者 外伝 刹那
読了日:5月8日 著者:上橋菜穂子

炎路を行く者 --守り人作品集-- (偕成社ワンダーランド)炎路を行く者 --守り人作品集-- (偕成社ワンダーランド)
読了日:5月5日 著者:上橋菜穂子

獣の奏者 (4)完結編獣の奏者 (4)完結編
読了日:5月3日 著者:上橋菜穂子

獣の奏者 (3)探求編獣の奏者 (3)探求編
読了日:5月1日 著者:上橋菜穂子

読書メーター

先月前半は久々の上橋ワールド再読期間でした。  たまたま Kindle で見つけちゃった「物語ること、生きること」を読んだ影響です。  それらの作品に関しては過去にブログエントリーを書いているので、敢えて読後感のエントリーは起こしていないため、読書メーターの「まとめエントリー」でもコメントなし状態です。

後半はKiKi の気持ち的には「岩波少年文庫読破企画」に戻る予定だったんだけど、たまたま図書館で別の本を借り出してしまったため、ちょっと寄り道。  でも、おかけでずっと気になっていた梨木香歩さんの未読本を読了できたのがメッケモノでした。

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