ハウルの動く城 1. 魔法使いハウルと火の悪魔 DWジョーンズ

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7月に入ってからめっきりペースダウンした読書。  久々に開催した「トールキン祭り」も長年の積読本「シルマリル」を通読・読了したことで何だか安心してしまい、今回のお祭りの最後を飾るはずだった「農夫ジャイルズ」を棚置きしてそっちのけ状態です(苦笑)  ま、これには先日久々に上京した際に友人のMさんからプレゼントされた何冊かの本の影響と、ダーリンのお付き合いで通っている図書館から借り出した本のせいもあるんですけどね。  ま、いずれにしろ本日の KiKi の読了本はこちらです。

ハウルの動く城 1. 魔法使いハウルと火の悪魔
著:DWジョーンズ 訳: 西村 醇子  徳間文庫

61u6DjkpMJL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

魔法が本当に存在する国で暮らす18歳のソフィーは、「荒地の魔女」に呪いをかけられ、老婆に変身してしまった。  家を出て、悪名高い魔法使いハウルの動く城に、掃除婦として住み込んだソフィーは、暖炉に住む火の悪魔と仲よくなる。  やがて、ハウルもまた「荒地の魔女」に追われていると知ったソフィーは...?   英国のファンタジーの女王ダイアナ・ウィン・ジョーンズの代表作。  スタジオジブリのアニメーション映画「ハウルの動く城」原作。  (Amazon 内容紹介より転載)

「ハウルの動く城」と聞けばジブリアニメを思い出す人が多いと思います。  実際、KiKi もDWジョーンズのファンタジー作品という印象よりはジブリアニメという印象の方が強いのが正直なところです。  「印象が強い」と言っても、KiKi 自身はそのアニメを観たことがないので、どんな作品なのかさっぱりわからないんですけどね ^^;  ま、いずれにしろ宮崎さんが映画の題材にしたお話なので、それなりの期待感は持ってこの本を手に取ってみました。  幸いなことにとあるお友達からプレゼントされたというきっかけがあったからこそ・・・・ではあるんですけどね。

読了してみて感じたのは「現代的な王道英国ファンタジー」っていうところでしょうか。  有能な魔法使いというわりにはどこかだらしなく、どこかハチャメチャなハウルと彼に協力している火の悪魔・カルシファー、そして長女コンプレックスに悩み続けるソフィーがいい味を出しています。  対して彼らが対抗することになる「荒地の魔女」はどこか小粒感が漂っています。

「指輪」のサウロンと言い、「ハリーポッター」のヴォルテモートと言い、存在そのものが放つ邪悪さのオーラという点ではかなり迫力満点なのに対し、本作の「荒地の魔女」の方はその邪悪さが噂話の域をあまり出ていないように感じます。  そして彼女が目に見える形でしでかした「悪さ」というやつが、せいぜいがソフィーをお婆さんに変身させちゃったとか、ハウルの心臓を手に入れるための呪いをかけたという程度(人の心臓を手に入れるというのは結構邪悪ではあるけれど)で、その目的もはっきりしていないので得体の知れない恐ろしさみたいなものもさほど感じさせません。

だから、物語の後半でその「荒地の魔女」とハウルの戦いが起こっても、それがこの世にある全生命に対する脅威というよりは、「個人の事情による喧嘩の激しいヤツ」という印象で切迫感には欠けているように感じました。  とは言うものの、呪いをかけられた当人にとってはこれは一大事なわけで、そういう意味での緊迫感・切実感はあるので冗長さのようなものは感じられません。  そして物語前半では「なぜ?」が語られていないので、後半でその謎解きが一挙に表出するというタイプの物語構成になっています。

こういう場合、その前半部分が「何が何やらわからないのでつまらない」となりがちなところを救っているのが、その動く城内で交わされる会話の面白さで、登場キャラクターたちのハチャメチャぶりが面白さのツボをほどよくくすぐって先を読まされちゃった・・・・・そんな印象でした。


さて、本作品を読んでもっとも心に残ったことは何だったのか?  それは日本的に言えば「言霊」とでも呼ぶべきものでした。  物語の中で際立つソフィーの特徴(性格?)はと言うとまず1つ目に「自分にかなり強烈なコンプレックスがあり、自分自身に否定的な暗示をかけて、自分の本来の良さを損なっている」という点が挙げられます。  物語冒頭でソフィーは荒地の魔女の呪いによって老婆に変えられてしまうわけですが、物語を最後まで読んでいくとこの呪い、確かに魔女の呪いのせいもあるけれど、どこか「自己暗示」の側面を持っています。  そうであるだけに物語の最後の方でハウルは言うのです。

「あんたが気づかないうちに、何度か呪いを解こうとしてみたんだ。  ところがどうやってもうまくいかない。  そこで僕としては、あんたが好きで変装していると思うしかなかった。」

と。  ここを読んだとき、KiKi が一番感じたのは日本で言うところの「言霊」みたい・・・・・ということでした。  と言うのも、ソフィーの特徴の2つ目に「物に生命を吹き込む魔法を使える」という点があるからです。  「生命」と「言葉にしたことが現実化する」ということは必ずしも同じではないけれど、人が人として存在する(ただそこにいるだけではなく、己の意志があり、何をすべきかわかってすべきことをする)ための核になるものが生命であり、意志だと思うんですよね。  そしてその意志を確たるものとするために言葉があります。  

それを端的に象徴しているのが物語冒頭で彼女が稼業の帽子屋さんで帽子作りをしているシーンに描かれているのだと思います。  彼女は自分が作った帽子に語りかけることによって、ある種の魔法をかけ、その帽子を被った人に何らかの影響を与えています。  つまり彼女は自身の2つの特徴を使って帽子のみならず自分にも知らず知らずのうちに魔法をかけて「老婆である自分」として存在するに至った・・・・そんな風に感じたのです。

よく言われることに「暗いことばかり考えていると表情まで暗くなりブスになる」とか、「気の持ちようで実際は若くても老人みたいな人もいれば、その逆もある」というようなものがあるけれど、ソフィーの場合はたまたま自分でも知らなかった魔法の力により、それをかなり強烈にビジュアル化してしまったのではないかと・・・・。

それにしてもソフィーの「長女コンプレックス」には物凄いものがありますねぇ。  どうしてそんな風になってしまったのでしょうか?  ちょっと本を閉じて、じっくりと考えてみると、これは彼女の生い立ちによるところが大きい様な気がします。  彼女の「長女コンプレックス」の源は「おとぎ話では必ず失敗するのが第一子、成功するのが第三子」というのがある・・・・とは物語の中でも語られているポイントですが、何故ソフィーは「おとぎ話」にそれほど拘る必要があったのでしょうか?  

あれこれ考えてみて思い至ったのは「そういう迷信じみたことが今よりもずっと身近なものだった」という時代背景もあるのかもしれないけれど、それ以上に彼女が継母に育てられたという環境も寄与しているように感じました。  これは別に彼女の継母がおとぎ話に出てくるような「意地悪さ」をもって接した・・・・ということではなく、継母に育てられ、実父にもかなり早く先立たれたというそのトラウマ(のようなもの)が知らず知らずのうちに「おとぎ話によくあるシチュエーション ≒ 私の現実」という刷り込みのようなものに変質していったのではないかしら??

さて最後に・・・・・

この物語をベースにしたジブリアニメが公開されたのが2004年でした。  なぜその時宮崎監督はこの物語を映画化しようとされたのでしょうか?  僭越ながら・・・・ではあるけれど、今回 KiKi はこの物語を読んでみて2つの理由が心の中で浮かんできました。  もちろん宮崎監督やジブリに確認したわけではないので、これはいわば KiKi の妄想です。

1つ目の理由は世の中がどんどん若者文化中心になっていることに対してある種の危機感みたいなものを感じていたのではないかしら?ということでした。  そこにソフィーという実際には18歳なのに老婆になってしまったヒロインを取り上げることにより

「若いと言うのは確かにそれだけで素晴らしいことだけど、人間の価値は若さだけではない。」

ということを何らかの形で、やんわりと表現したかったのではないか?と感じました。  現実世界では若者に媚びた形の街づくり、モノ作りは老人には苦痛を与えることもしばしばあります。  KiKi も2004年当時には何とも思わなかった様々な物(端的な例で言えばスタイリッシュでボタンが小さいリモコンをはじめとする操作盤の類)にこの年齢になると苦痛を感じます。  「かっこいい」「センスがいい」「スタイリッシュ」という言葉の中に、どこか老人を省みない傲慢さの欠片みたいなものを感じます。

そしてもう1つ。  2004年当時は特に若い女性の中で「自分探し」というやつが大流行りでした。  (今もその延長線上にあるような気がしないでもないけれど・・・・)  えてしてその「自分探し」は自分という人間の本質を深く考えてみる・・・・というよりは、自分が持っている「憧れ」に気がつき、とにかくそれを自己実現させる努力をしようというような流れだったように感じます。  でも、「憧れは憧れで、現実は現実」という肝心な所はわりと軽視されていた・・・・そんな風に感じます。

巷で取り上げられるのは成功体験がほとんどで、失敗体験は見向きもされないか、「自分探しの失敗」として片付けられてしまうようなところがあり、その失敗体験を積み重ねた人は「どうせ私なんか・・・・」というソフィーと同じような否定的自己暗示をかけているようなこともままあったように思います。  そんな世の中の諦め風潮に「それ、どこか違うんじゃない?」と苦言を呈したかったのではないかしら?  そんな風に感じました。

もっとも、この Review の冒頭にも書いたように KiKi はこのジブリアニメを観たことがないので、これはあくまでも物語を読んでみての感想なんですけどね。  ま、てなわけで、「機会があったらこのジブリアニメは一度観てみよう!」と心に決めた KiKi なのでした。    

 

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