2014年12月アーカイブ

KiKi は社会人時代、外資系の会社で仕事をしていたので、勢いどことは言わないけれど外銀がメインバンクになっています。  外銀をメインバンクにしておいたのにはいくつか理由があって、その1つには円貨の預金があれば、海外へ行った時に通常のキャッシュカードを使って現地通貨を下ろすことができるということがありました。  嘗て外銀をメインバンクにしていなかった頃、アメリカへ出張した際に、到着したのが夜遅くで、空港の両替カウンターがしまっていたので、「ホテルで両替すればいいや」とそのままホテルに直行したものの、そのホテルでは両替を受け付けておらず、翌日の朝、銀行の場所を聞いたら車でしか行けない所にしかなくて、ものすご~く困ったことがあったのです。

まあ、それ以外にも平残がある一定金額を超えていたら銀行手数料が無料になったりとか、外国株(所属していた会社の株)の配当金なんかも現地通貨で口座に置いておいてレートの良い時を見計らって円転できるとか、いくつかのメリットがあったので、そうしていました。  その後山小舎暮らしになった際も、その外銀であれば毎月「Bank Statement; 入出金明細と預金残高」を郵便で送ってくれるので記帳のことを考えなくてもよい便利さからメインバンクはそのままにしてあります。

KiKi のメインバンクが外銀だったので、じぃじがそれに触発され(?)たのか、少しでもよい利回りを狙ってか外貨預金を作る気になったことがあったみたいで、同じ銀行の同じ支店で外貨預金を作ってありました。  そんな中、昨今の円安を迎えました。

ある日、老人ホームへじぃじを訪ねていくと、このタイミングでその外貨預金を円転したいと言います。  年齢の割には頭がしっかりしているじぃじだけに円転を考えるタイミングとしては実にグッド・タイミングです。  ところがここで問題が発生します。  今となっては歩行困難であり、昨年末と今年の初めに狭心症の発作を起こしたじぃじです。  こんな寒い時期にその外銀まで出かけることはできません。  因みにその支店は東京にあるし、今じぃじが住んでいる群馬県には支店さえもありません。

そのうえ、我がじぃじの場合、何年か前から片耳は完璧に失聴、残された片耳も面と向かってゆっくりと、滑舌よく、しかも大きな声で話しかけない限り、相手の言っていることが聞き取れません。  電話を通してだとさらにその難聴具合はエスカレートし、今では KiKi が電話しても会話が成立しないぐらいの耳の遠さです。  ですからよくある「電話取引」な~んていうのは望むべくもありません。  ご本人確認の会話ができないのですから・・・・・。

そこで仕方ないので、その外銀のカスタマー・センターに電話をして色々相談し、委任状のフォーマットを老人ホームに送ってもらって、その書類を自書させました。  内容としては豪ドルの普通預金の円転 & 本人のその銀行の円普通預金口座への入金と米ドルの定期預金についていた自動継続契約の取り消しの2つです。  本人は外貨を円転したうえで円の定期にしたいと言っていたのですが、その外銀では運用の話になると本人のリスク許容範囲の面談なしでは定期は組めないことを KiKi 自身が知っていたので、それはムリであることを半分ツンボのじぃじに時間をかけてゆっくりと説明したうえでの2種類の委任状の作成でした。

ところがその委任状に銀行印を押すという段になって、もう一つ問題が発生しました。  じぃじは印鑑を10個ぐらい持っているのですが、どれが取引印か覚えていないと言います。  仕方ないので、その印鑑全てを一時預かり、KiKi が代行手続きに行くことにしました。  たまたま例の解散総選挙があったので、未だに東京都民である KiKi は選挙のために上京しなくてはいけなかったので、その時についでに・・・・・ということにしたわけです。


この季節、いつも感じること

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世の中は X'mas ムード一色といった感じです。  山の中で暮らしているとほとんど目にすることはないのですが、ちょっと下界に降りてみると、そこかしこに X'mas イルミネーションがピカピカしています。  それも1つの風物詩・・・・とは思っているんです。  でも、正直なところ心の奥底で「?」が沸き起こってくるのも否定できません。

あの3.11以来、TVをつければ「エコ」の文字のオンパレード。  でもその「エコ」にしてみてもよくよく聞いてみると「電気代が節約できる」というキャッチフレーズに何気にシフトしていて、本来的な「エコ」の精神というよりは個々人の「お財布に優しい ≒ 損をしない」という極めて「エゴ」な話にすり替わっているような気がして仕方ありません。  

一方でエネルギー自給ができない国と言いつつも、その舌の根も乾かないうちに「電気代が節約できる電化製品だから、エコに貢献している」と何となく錯覚して、電気をふんだんに使う生活を続けているような気がして仕方ないのです。

それを一番感じるのがこの季節です。  イルミネーションの全くない真っ暗な世界に戻るべきとまでは思わないけれど、日本中のあちこちそこら中でピカピカしているのを見る度に「何がエコなんだ??」と思わずにはいられないのは、貧乏人 & 田舎者の僻みでしょうか??

例えば高速道路のSAのトイレや、商業施設の公衆トイレに行くとその想いは益々強くなります。  東京に近づくにつれトイレの便座は暖かくなります。  スーパーのトイレの便座なんぞは地方ではほとんどの場合暖かいことはありません。  KiKi が今暮らしている群馬県は東京よりず~っと寒い地域なんだけど、その寒い地域のトイレは凍結防止のために最低限のヒーターは使っているものの、東京の公衆トイレの便座よりもはるかに冷たいんです。  そして、そこで暮らしているのはお年寄りばかり・・・・と言っても過言ではありません。  

その世代の人たちはある意味でとても我慢強いので、トイレが冷たいことに文句は言いません。  「トイレというのはそんなもの」と考えている節さえあります。  でも、地方で暮らすお年寄りが冷たいトイレを使っていて、都会で暮らす若者が暖かいトイレを何の疑問も抱かずに使っているという現実にはどこか歪んだものを感じずにはいられません。  もっと哀しいのは、そういう格差があることに都会に暮らす人たちが全く気がついていないことです。  そして、「自分は必要以上の電力を消費していないのか?」と振り返ってみることさえありません。

別に KiKi は都会の人も冷たいトイレを使えと言いたいわけではありません。  でも、そういう現実があることを知って欲しいと思うのです。  都会で暮らす人たちは田舎のトイレを使う機会自体が少ないので知らないのは仕方ないことだと思います。  でもちょっと想像力を逞しくすれば、「本当にここまで必要か?」は自ずとわかることのような気がします。  そしてその延長線上に X'mas イルミネーションの話があります。

X'mas 自体が商業主義のイベントと成り果てた今、あちらこちらの商業施設でイルミネーションが飾られるのは仕方のないことだと思うし、いわゆる風物詩でもあるので、全否定するつもりはありません。  嘗てとは異なり、LEDなどを使って電力消費を抑えているのも事実でしょう。  でも、「無邪気にそれを楽しんでいていいのだろうか?」と考えることは必要なのではないでしょうか??  

 

ケイマン・ゴルフって何?

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ゲートボールの練習参加も昨日で4回目。  まだまだ思うようにボールを打てる状態には程遠いのですが、4回もやってくるとそのゲームを面白いと思えるかどうかは何となく分かってきます。  結論から言えば「自分で戦略が立てられるようになり、尚且つそれを実行できるようにならない限りはさほど面白いスポーツではない」ということが言えそうです。  と言うのも、月・水・金の週3日、各2時間の練習をしていて「楽しい♪」と感じたことはこれまでに1度もないのですから・・・・(つまらないとも思わないけれど 苦笑)  そして、少しずつ「どういうゲームなのか?」が分かってくると、逆に「下手で申し訳ない」という気分の方が盛り上がってきます。

つまり、ゲートボールは団体競技なので、自分の失敗が自己責任では済まない部分があり、「下手は下手なりに・・・・」という考え方が成立しにくいスポーツであることが分かってきました。  恐らくは多くの高齢者が「運動のために」と最初は手を出してみたものの、ゲームに参加するたびに「申し訳ない」という想いに駆られるような人も出てきて、結果的に足が遠のき少しずつ人気に陰りが出てきたのではないでしょうか?  たまたま KiKi たちが参加している練習のメンバーは皆気持ちが大らかなので、失敗したからと言って責められるようなこともないけれど、それでも自分が失敗するとどうしても「申し訳ない」という気分には駆られます。

昨日、練習に行ってみると、屋外のゲートボール・コートで村のグランド・ゴルフ愛好の人たちがプレイをしていました。  20人以上の人たちが和気藹々とやっている姿にはある種の屈託のなさが溢れていて、個人競技故の気楽さみたいなものがその姿から感じられました。

さて、そんな中、勢い「パークゴルフ」への期待が高まってくるわけですが、残念なことにおらが村にはパークゴルフを楽しめる環境はありません。  いずれ沼津の実家へ移住したら手近なところにパークゴルフ場があるわけですが、ここLothlórien_山小舎で過ごしている間だって少しは楽しむことができないと、それはそれで長続きしないような気がしないでもありません。

そこでネットであれこれ調べていたら、ここから近くもないけどさほど遠くもない「吉岡町」というところにパークゴルフ場があることを発見しました。  これは一度、そこを訪ねてプレイしてみなくてはいけません・・・・・・・・と思ったその矢先、見慣れない言葉が目に飛び込んできました。


ケイマン・ゴルフ


はて、ケイマン・ゴルフって何???  

          

先週から参加し始めた村の皆さんとのゲートボールの集い。  月・水・金の週3回の練習を今のところ皆勤で、初日の第1ゲームこそ第1ゲートさえ超えることのできなかった KiKi ですが、その後の2回の練習では全てのゲームで無事第1ゲートはクリアし、何とかゲームに参加できている状態が続いています。  そんなまだまだヨチヨチ歩きの状態ではあるものの、これまでの練習で分かったことの1つが、「ゲートボールというゲームはかなり頭脳ゲームの要素が強いゲームである。」ということです。

今はまだ自分で考えて次に何をするべきかを決められるほどは理解が進んでいないし、もっと言えば監督が仰る場所へ自在にボールを動かすことさえできない状態なので、偉そうなことは何も言えないのですが、ダーリンや KiKi の年齢で「スポーツをしたぞ!」という充足感を得ようとすると恐らくかなり物足りない運動量のゲームになりそうです。  でも、「ボール回し」を自分で考えられるようになり、そしてさらにそれを確実に実行できるようになると、そちらの満足感で楽しめるゲームになりそうな予感がしています。

でも、逆に言えば「スポーツ後の爽快感」とはやっぱり無縁(80近くになったらこれもいい運動だと感じると思うけど)のゲームで、学生時代に文化部だった人ならいざ知らず、ダーリンのようにバレーボール、KiKi のようにテニスと走り回るスポーツで汗を流してきた人にとっては、スポーツの範疇には入らないと感じられてしまうのはある意味致し方ないことです。

そうなってくると「ゲートボールはゲートボールでいいとして、それとは別にもうちょっと刺激のあるスポーツも!」と考えるのが人情というものでしょう。  とは言っても今更、バレーボールとかテニスというのもちょっとしんどそう(← 軟弱です。  ハイ 汗)。  で、すぐ思いつくのはやっぱりブルジョアのスポーツ、ゴルフかなぁ。  幸い(?)おらが村にはゴルフ場が3つもあります。  現役時代にそれなりの経験(ダーリンはかなりの、KiKi 自身はコース数回、後は練習場のみ)もあるし、一応フルセットのクラブもそれぞれがちゃんと持っています。  やろうと思えばやれる環境はかなり整っている・・・・・・はずでした。

でもここで問題になるのがプレイ資金と靴です。  今は年金生活で我が家の場合は基本、年金の範囲内で暮らしているので、どこをどう節約してもプレイ料金は出てきません。  そしてもっと致命的なのがゴルフシューズです。  2人が2人とも持っているのは昔懐かしいスパイク・シューズ!  昔はスパイクじゃなければコースには出られなかったのでかなり奮発していいものを購入してあったのに、KiKi なんぞはコースに出た数回以外には履いたことさえないにも関わらず、今ではそのコースの方で「スパイクお断り!」とはどういうことなんでしょう??

仮に清水の舞台から飛び降りるつもりで、ある時納豆と魚のあらだけの食生活をしながらプレイ資金を捻出したとしても、靴がなければコースには出られません。  

ま、てなわけで、あれこれ夫婦で相談した結果、試しに「パークゴルフ」なるものに手を出してみることにしました。  実はこれ以外にも「グランド・ゴルフ」というゲームもあるらしいのですが、そちらではなく「パーク・ゴルフ」を選んだのには以下のような真っ当な(?)理由があります。

1. 村には「ゲートボール」と「グランド・ゴルフ」のチームがあるが、私たちは既に「ゲートボールチーム」に参加してしまっている。  

2. ゲームをしながら歩く距離は ゲートボール < グランド・ゴルフ < パークゴルフ の順番らしいのでこの3つの中ではパークゴルフが一番運動量が多そうな気がする。

3. 1月半ばから2ヶ月間の避寒に訪れる予定の KiKi の実家のある町には町営のパークゴルフ場があり、安価で遊べる。  そこへはいずれ移住する心づもりもあるので長く続けられそうな気がする。

4. 実家にはじぃじが購入したきり数回しか使っていない、パークゴルフの用具があるので、KiKi の分だけ買えばとりあえず一緒にプレイできる環境が整っている。

5. ゴルフに近い遊びのようなので、馴染み易そうな気がする。

さて、そうと決めたらパークゴルフの用具がいくら位で手に入るのか色々調べてみる必要があります。  とりあえずネットで調べたうえで、昨日、渋川のスポーツショップにウィンドウ・ショッピングに行ってみることにしました。

  

ここのところ読書関連のエントリーをさぼってしまっています。  11月の半ばに婚家の法事がありそれに参列するために沼津経由で移動した1週間の旅に出ていたためにブログエントリーを書くことができなかったこと、さらにはLothlórien_山小舎に戻ってからはゲートボールの練習に参加するようになったことで、落ち着いてPCに向かう時間が減ってしまったことがその大きな原因です。  今後のブログ・メンテナンスをどうしていくのか、正直迷っている部分もあるのですが、とりあえずここいらで久々の読書関連エントリーを1本書いておこうと思って、今、PCに向かっています。  本日の読了本は以下の4冊です。

親鸞 (上)
著:五木寛之  五木寛之ノベリスク(Kindle版)

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馬糞の辻で行われる競べ牛を見に行った幼き日の親鸞。  怪牛に突き殺されそうになった彼は、浄寛と名乗る河原の聖に助けられる。  それ以後、彼はツブテの弥七や法螺房弁才などの河原者たちの暮らしに惹かれていく。  「わたしには『放埒の血』が流れているのか?」  その畏れを秘めながら、少年は比叡山へ向かう。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 (下)
著:五木寛之  五木寛之ノベリスク(Kindle版)

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親鸞は比叡山での命がけの修行にも悟りを得られず、六角堂へ百日参籠を決意する。  そこで待っていたのは美しい謎の女人、紫野との出会いだった。  彼が全てを捨て山をおりる決意をした頃、都には陰謀と弾圧の嵐が吹き荒れていた。  そして親鸞の命を狙う黒面法師。  法然とともに流罪となった彼は越後へ旅立つ。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 激動篇(上)
著:五木寛之  講談社

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京の都を追放された親鸞は、妻・恵信の故郷でもある越後の地に流されていた。  一年の労役を済ませようとしていたころ、地元の民に崇められ、生き仏を称する、外道院の行列に出くわす。  まるで世の中がひっくり返ったような、貧者、病者、弱者が連なる光景に、親鸞は衝撃を受ける。  文字を知らぬ田舎の人びとに念仏の心を伝えよとの、法然上人の言葉が脳裡に去来し、親鸞は外道院と対面することを決意するが──。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 激動篇(下)
著:五木寛之  講談社

Shinran_Geki_2.jpeg  (Amazon)

雨乞いの法会を何とか切り抜けた親鸞は、外道院と袂を分かち、恵信らと平和な日々を迎えていた。  越後で施療所を開設し、訪れる多くの人びとの相談を聞いた。  やがて、法然上人が許されたという吉報にも接するが、親鸞は京へ上ることをためらい、そのうちに訃報が届く。  「わたしは、独りになった。  自分自身の念仏をきわめなければならない」。  新たな決意をした親鸞の下に、関東からの誘いがかかったのはそんな折だった──。  (Amazon 内容紹介より転載)

KiKi は宗教に関しては実に平均的な日本人の1人です。  つまり、これといって帰依する宗教もなく、宗教を意識することと言ったらお葬式 & 法事の際か、さもなければ外人と会話をするときぐらい。  何となく宗教そのものに「胡散臭い」というのに近い感覚を持っていて、可能な限り近づかないようにしてきたようなところがあります。  とは言え、観光でお寺さんを訪れることには何ら抵抗がなく、そうやって訪ねた際には一応御本尊に手を合わせるぐらいのことは何も考えなくても自然と動作になって出てきます。

お正月には当たり前のように神社を訪れ、「初詣」をします。  クリスマスには一応バッハのカンタータなんぞを聞きながら、聖書を読んでみたりもします。  でも、だからと言ってキリスト教の信者ではないし、八百万の神々も感覚的には近しく感じつつ、特に信心してもいません。  でも「この大自然の中で自分は生かされている」という感覚はかなり強く持っていて、目に見えない自然の力にある種の畏怖の念を感じてはいます。

外国人と会話をする際には時に「あなたの宗教は何ですか?」と聞かれます。  そんな時、まだ若い頃(10代~20代半ばまで)は無邪気に「無宗教です。」と答えていました。  ところがそうこうしているうちに、時にその答えがあまり好ましくないことを痛感させられ(要するに人として信頼できないと思われてしまう原因の1つになっていると感じた)、それからはとりあえず「仏教徒」と答えることにしてきています。  でもその仏教に関してもその教義については無知だし、敬虔なクリスチャンの外人さんから「仏教では死をどのように考えるのですか?」な~んていうような質問を受けるとタジタジとなってしまい、赤面したことがしばしばありました。  

とりあえず英語力のなさを理由にその問答から逃げたことも多々あるのですが、それまではそれなりに日常会話やビジネス会話ができていたのに、その質問に関しては稚拙であっても何一つ答えることができないという時点で「敬虔な信者ではない」ことは明白でした。  でも面白いもので、そんな状態でも「無宗教」というよりは相手の反応がよかったりもして、宗教っていうのは人間関係を築く上で摩訶不思議な効力を発するものだと感心したものでした。

さて、そんな KiKi の無宗教観はある意味では親の考え方に寄るところも大だったと感じています。  KiKi の両親はそれこそ筋金入りの無宗教の人たちで、末っ子同志の夫婦だということもあり我が家には仏壇もなかったし、お墓を守る責任とも無縁でした。  のみならず、お墓詣りといったことにも実に淡白な態度の人たちでした。  要するにお葬式 & 法事な~んていうのは全て「浮世の無碍にはできないお付き合い」という感覚で、可能なら列席も辞退したいくらいという感じでした。

KiKi が子供の頃、彼らは自分たちのお墓を建てたのですが、その時も、「葬式も戒名も何も必要ない。  自分の本当の希望は庭に灰を播いて欲しいぐらいだけど、それは日本の法律に反しているから(当時は遺骨は仏壇に供えるか墓に入れること というような法律があったらしい)、とりあえず墓だけは作ったけど、その後は墓の維持にも金がかかるから無縁仏にしてしまっても構わないから・・・・。」な~んていうことを言っていたぐらいでした。  そんな環境で育てば当然その子供である KiKi 自身もそういうことには無頓着に育つというものです。

ところが、婚家の方は違います。  立派なお仏壇もあるし、毎月お坊さんには来てもらうし、お墓詣りだって毎月ちゃんとなさっています。  本来ならそれは長男であるダーリンの仕事だと思うのですが、大学から東京へ出てしまったダーリンはそういうお勤めからは解放されて(?)いて、実家のある岐阜に残っていた弟さん夫婦が墓守も定期的な供養も、すべてきちんとなさっています。    

ま、てなわけで、法事がある時だけダーリン & KiKi もそれに参列するために弟さんのお宅を訪ねるのですが、初めてそのお宅へお邪魔した時、KiKi は大きなカルチャーショックを受けました。  と言うのも、実家筋の法事ではお寺さんへ行って有り難いお念仏を聞いて、ご焼香をしたらお寺を後にし、どこかのレストランで会食がてら久々にお会いした親戚とお喋りしてお終い・・・・というのが普通だったんですけど、婚家ではその日のために仏壇の掃除をし、立派な仏花も供え、お香も特別なものを準備し、お坊さんをお招きするのみではなく、お経そのものも聞いているだけではありません。  参列者が皆で声を揃えてお坊さんと一緒に延々とお経を唱えるのです。

そもそも自分の人生の中でお経を唱えるな~んていう経験をこれまでしてこなかった KiKi はその一事だけでもビックリ仰天!!  配られた本に振り仮名は振ってあるものの、独特の節回しがわからないので当初は声は出さず、口の中だけでモゴモゴと字を読んでお終い・・・・という感じでした。  ダーリンの姪っ子の子供(幼稚園児)でさえも可愛い声でちゃんとお経が唱えられるのに、大の大人の KiKi にはそれさえできないというのはなかなか複雑な気分にさせられる経験でした。

ゲートボールの練習 2回目

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月・水・金がゲートボールの練習日と告げられたのが月曜日。  当たり前のことだけど1日おきに水曜日、金曜日は訪れます。  ま、てなわけで1日のお休みを挟んであっさりと2回目の練習日を迎えました。  何となく頻度が高い様な気がしないでもないけれど、まだまだ言われたことさえ満足にできない初心者です。  さらには1月から3月まではほとんど練習に参加できないことがわかっている以上、せめて12月いっぱいぐらいはできるだけ真面目に練習に通おうと考えています。

因みにおらが村はここ何日かは猛烈に寒いです。  それでも練習に通う気になる一因として練習場の設備が挙げられます。  決して立派な建物とは言えないのですが、村にはちゃんと屋内練習場が完備されており、強力な暖房機器まで設置されています。  どうせ自宅で過ごしても光熱費がかかるばかり、それならば・・・・ということが1つのモチベーションになる・・・・とは先輩のお言葉でした(笑)

さて、ゲートボールというスポーツはゴルフ経験者の上達が早いということだったのですが、昨日の練習ではそんなゴルフ経験が仇になる場面に遭遇しました。  ゲートボールで使うゴルフクラブに当たる物はスティックと言い、姿形としては金槌のおばけみたいな感じなのですが、フェイス部分(ボールを打つ部分)は金槌と同じように円筒形の先の平らな面になります。  もちろん頭ではそれは分かっているんですけど、ゴルフ経験が長い人はふと気を抜くとヘッダーと呼ばれる円筒形の胴の部分を打点とするように構えちゃうみたいなんですよね~。

昨日の練習中、たまたまダーリンの打順が回ってきて、KiKi が立っていた所からはダーリンが打つ姿が背中で隠れてよく見えなかったのですが、ちゃんと打っていたら「カツーン」といういい音がするのに、「ゴチン」みたいな鈍い音が響いてきました。  その音だけで、変なところで打ったことは歴然としていて、その後に続く先輩の御指導の声からダーリンの構えが間違っていたことが判明。  思わず大笑いしてしまいました。


11月の半ば、かねてよりお付き合いのあった酪農業を営まれるHさんが、突然我が家を訪問されました。  聞けば、Hさんが所属されているゲートボール・チームが高齢化により、辞められた方、亡くなられた方等で必要な人数に足りなくなってしまったとのこと。  チーム存続のためにも是非ともダーリン & KiKi に参加してもらいたいとのお誘いでした。  わざわざ自宅で収穫された立派な白菜を手土産にいらっしゃり、その白菜に目が眩んだ(? 笑)ダーリンが2つ返事でOKしちゃったことは以前このエントリーでお話した通りです。

そのゲートボールの練習が昨日から始まり、ダーリン & KiKi も生まれて初めてのゲートボールにチャレンジしに出かけました。  カメラを持っていくのを忘れたので記念すべき初練習の写真はないんですけど、仮に持っていったとしても恐らく KiKi には写真を撮っている暇はなかっただろうと思われます。 

これまでゲートボールがいかなるスポーツなのか、その知識もないままに何となくイメージで

「ああ、あのお年寄りのやるスポーツ??」

ぐらいの認識だった KiKi ですが、いざやってみるとなかなかどうして、「お年寄りのやるスポーツ」というだけのものではありませんでした。  確かに「走る」とか「ゴルフのように長距離歩く」というようなスポーツではないし、集っていらっしゃる皆さんはご高齢の方ばかり。  でもこれが決して簡単なスポーツではないんですよね~。

そもそも第一打で1番ゲートをくぐるのだって想像していたより難しい。  最初の1ゲーム目なんぞは KiKi は1番ゲートをくぐらせることさえできず、スタート地点から前へ進むこともできませんでした。  何とか2ゲーム目では1発で1番ゲートをくぐらせることはできたものの、力加減が分かっていなくて、中途半端な位置でボールが止まってしまったらしい・・・・・。  「らしい」と言うのはまだルールが分かっていないので明確に説明できないんだけど、どうやら KiKi のボールが止まった場所は次の打者が KiKi のボールを場外(という表現も正しいのかどうかわからないけれど ^^;)へ追い出すには格好の場所だったらしい・・・・・。

初心者の KiKi にご高齢の皆さんがメチャクチャ気を遣って、

「○番のボールには触っちゃダメだよ!」

な~んていうことを言いながら、ゲームを展開させていきます。  次の打順が回ってくるとリーダー格の方が

「失敗してもいいから、ここを狙って」

な~んていうことを仰るのですが、長さが足りなかったり、逆に伸びすぎたり、方向がぶれたりとなかなか言われたことができません。  相手チームのボールにコツンと当てるとそのボールと自分のボールをくっつけて足で押さえながら自分のボールは動かさずに相手のボールだけを場外から押し出したり、自チームの他の人のボールを同じ方法でよりよいポジションに移動させたりということもすることができるらしいのですが、最初はその自分のボールを動かさないで人のボールだけを動かすということができなかったし、言われた場所に人のボールを止めることもできなかったりと散々でした。

       

11月最後の連休はダーリンの実家のある岐阜県でダーリンのお父さん & お母さんの法事がありました。  それに参列するため、Lothlórien_山小舎のお風呂改修工事が終わるとすぐ群馬を出て、まずは KiKi の実家(静岡県)へ。  同居介護の間は手をつけられなかった家の中の片付けの第1弾、台所のシンク上下の棚の整理に着手しました。  今年の3月の大雪で3日間に及ぶ孤立生活を余儀なくされたダーリン & KiKi はいずれは静岡県の KiKi の実家へ移住し、そこを終の棲家としようということで合意したので、その準備を少しずつ始めることにしたのです。

ただ、静岡県というと心配なのが地震と富士山の噴火です。  特に今年は御嶽山や阿蘇山をはじめ、日本のあちこちの火山が活動を活発化させていて、300年以上もおとなしくしている富士山がいつ何時、噴火しないとも限りません。  ま、てなわけで、実家滞在中に活字に飢えていたということも手伝って、じぃじの蔵書の中から「富士山噴火」な~んていう本にも手を出してみました。

その後、岐阜で参加した法事ではこれが初めてだったわけではないけれど、自分自身が「お経を唱える」ということを経験しました。  KiKi の実家サイドの法事では参列者はお坊さんのお経を聞いているだけなんですけど、婚家では浄土真宗のため一族みんなで声を揃えてお経を唱えます。  本があるので(漢字にルビつき)、何となく唱えることはできるものの、何を唱えているのかさっぱりわかりません。

自分で唱えている以上、何を唱えているのかさっぱりわからないというのも妙な気分だし、これから死ぬまでこの宗派とつきあっていくことを考えると、これまでは可能な限り避けて通ってきた宗教の世界だけど、信心する・しないは別としてもある程度理解することは必要だろう・・・・・な~んていうことを感じて群馬に帰ってきました。

ま、てなわけで、11月の読書は前半が児童文学、間に「富士山噴火」、そして後半は仏教絡みの読書と相成りました。


2014年11月の読書メーター

読んだ本の数:15冊
読んだページ数:4672ページ
ナイス数:66ナイス

池上彰と考える、仏教って何ですか?池上彰と考える、仏教って何ですか?感想
婚家の法事で自らお経を唱えるという体験をし(実家の法事では聞くだけだった)、「はて、私は何を唱えていたのかしら?」と興味を持ち始めた仏教。  これから一生つきあっていくことになる宗派なら信心する・しないはともかく、これまでのように「可能な限り近づかない」というスタンスではいられまいと考えたものの、何から手をつければいいのかわからない ^^;  ま、てなわけでわかりやすい解説では定評のある池上さんのこの本を読んでみました。  「葬式仏教」とはまさに現代日本の仏教の姿で耳が痛い。  もう少し学んでみよう。  
読了日:11月30日 著者:池上彰

親鸞(下) (講談社文庫)親鸞(下) (講談社文庫)感想
宗教というとどうしても胡散臭く感じてしまい、これまで可能な限り近づかないようにしてきました。  ただ、海外の人と接点を持つたびに「あなたの宗教は何ですか?」という問いに出くわし、「ない」という返答があまり好ましいものではないという経験則にのっとりとりあえず「仏教徒」と答えてきました。  そんな私でもスラスラと読み進められるところがこの本の良いところだと思います。  まあ逆に言えば、仏教の本ではなく、親鸞と言う実在の人物をモデルにした物語だから・・・なわけですが。  でも、現代人には適度なとっかかりかも?
読了日:11月29日 著者:五木寛之

親鸞(上) (講談社文庫)親鸞(上) (講談社文庫)感想
私個人はこれまで無宗教でした。  ところが婚家は浄土真宗でつい先日法事に参加し、お経を唱えるという経験をしました。  実家サイドの法事では有難いお経(?)を参列者が聞いているだけなのに対し、自身が訳も分からないながらも唱えるという経験を経て、「はてさて、あの時私は何を唱えていたのやら?」と興味を持ちました。  その延長線で浄土真宗の開祖である親鸞聖人にもちょっとした興味を持ったので、この本を手に取ってみました。  戦乱の世に生を受け、生きることそのものが厳しかった少年の苦悩には共感できる点が多かったです。
読了日:11月28日 著者:五木寛之

富士山噴火―ハザードマップで読み解く「Xデー」 (ブルーバックス)富士山噴火―ハザードマップで読み解く「Xデー」 (ブルーバックス)感想
今年の大雪で3日間に及ぶ孤立生活を余儀なくされ、終の棲家と決めて移住した群馬県の山中での老後生活に自信がなくなりました。  ならば・・・と夫婦で相談の結果、いずれは我が実家(静岡県)に移住しようと決めたはいいものの、昨今あちらこちらの火山噴火に「はて、富士山は大丈夫だろうか?」と思い始め、たまたま立ち寄った実家の書棚にこの本を見つけたので読んでみました。  この分野にはまったく無知だったため、ところどころ理解できないところもあるのですが、「ハザードマップ」を読みこなすには十分な情報が得られ満足しています。
読了日:11月26日 著者:鎌田浩毅

葬られた王朝―古代出雲の謎を解く (新潮文庫)葬られた王朝―古代出雲の謎を解く (新潮文庫)感想
出雲王朝と大和王朝の関係については、予てよりいささか興味がありました。  たまたま婚家の法事に参加するために実家経由で旅をした際に、父の蔵書の中にあったので、活字欲しさに読んでみました。  「なるほど」と頷けるところも多々あったのですが、同時に「本当にそう言い切れるの?」と感じるところもかなりあるので、全体としてどこか懐疑的にならざるをえないというのが正直な印象でしょうか?  個人的には出雲王朝は実在し、何らかの形で「国譲り」があったのは史実ではないかと考えていたのでその点では読み応えがありました。
読了日:11月25日 著者:梅原猛


サジュエと魔法の本 下巻 青の章サジュエと魔法の本 下巻 青の章感想
主人公のサジェは最後まで歳相応の幼さがあって、ハリー・ポッターみたいな絵に描いたようなヒーローにはなれなかったけれど、素晴らしい成長を見せてくれて微笑ましいなぁと感じました。  脇のルイジとサジェのおじいちゃんルアンティエにより心が動くのは私の年齢のせいかなぁ・・・・。  ルイジの口癖の「正解っぽいだろ?」には自身が有能な魔法使いになれる能力を持ちつつも、稼業に自分の立ち位置を見据えた男の、ある種の屈折のようなものが感じられるのと共に作品のテーマ「願う心と考える力」の1つの具体例として印象に残りました。
読了日:11月21日 著者:伊藤英彦


サジュエと魔法の本 上巻 赤の章サジュエと魔法の本 上巻 赤の章感想
現代社会とファンタジーの共存。  まずはそんな言葉が頭に浮かびました。  主人公が学校へ行って夏休みにおじいちゃんの家へ遊びに行くんだけど、そのおじいちゃんが大魔法使い、ついでに両親も優秀な魔法使い。  昔の人だったら「便利さ ≒ 良い魔法」みたいな展開になったりもするわけだけど、近代文明の恩恵にどっぷりと浸かっている雰囲気があるので、どう展開させるのか?と考えていたら、そこは古典的な悪と善の対立軸でした。  異世界と言えば異世界なんだけど、そこかしこに現実世界が描かれているのでちょっぴり新鮮な気分。
読了日:11月19日 著者:伊藤英彦


プーと私プーと私感想
このエッセイ集の中でもっとも興味深く読むことができたのは、石井さんが欧米の特にアメリカの図書館を見て歩かれた留学体験記の部分でした。  アメリカの図書館司書たちの活動ぶり、勉強の仕方等々は現代の日本でも見習うべきところが多いように感じました。  アメリカ(に限らず西欧社会)って、日本のように質の良い廉価な文庫本はなくて、ハードカバーのやたらと高い本か、質の悪い紙 & 装丁のペーパーバックばかりという印象が強かったんだけど、その分、図書館文化の方は進んでいる(いた・・・・なのかな?)のかもしれません。
読了日:11月17日 著者:石井桃子


ミオよわたしのミオ (岩波少年文庫)ミオよわたしのミオ (岩波少年文庫)感想
何らかの苦難に陥り絶望しそうになるたびにミオには父王の「ミオよ わたしのミオ」と呼びかける声が聞こえます。  これは少年の心が生み出し、その寂しい心の空洞の中でこだまのように響く切ない呼び声です。  原語では "Mio, Min Mio"。  全ての音に "M" が含まれリズム感もあるこの言葉に込められているのは自分を無条件で信頼し、必要としてくれている親の心であることがひしひしと伝わってきます。  子供にとって常に親が味方でいてくれて自分の身を案じてくれていると信じられる安心感に勝るものはないのです。
読了日:11月15日 著者:アストリッドリンドグレーン


はるかな国の兄弟 (岩波少年文庫 85)はるかな国の兄弟 (岩波少年文庫 85)感想
この「はるかな国の兄弟」の物語には、病と向き合わざるをえない子供達に、同年代の健康な子供であれば当たり前のように享受できていただろうファンタジーとユーモアを提供したかったのではないか? そんな風に感じずにはいられません。 今回改めてこの作品を読んでみてリンドグレーンが子供向けのお話だからと言って敢えて「死」をぼやかしたり、否定したりはしていないところにある種の潔さを感じました。 「死」というものは必ずあるものとして語ったうえで、それでも人は次に行く勇気を持つ必要があるということを描いているのだと思うのです
読了日:11月12日 著者:アストリッド・リンドグレーン


さすらいの孤児ラスムス (岩波少年文庫)さすらいの孤児ラスムス (岩波少年文庫)感想
オスカルとラスムスの旅の始め頃は実にほのぼのとしていい感じなんですよね~。  風景描写もよければ2人の会話も微笑ましい。  何だか胸がポカポカしてくるんです。  ところがそんな光景もあっという間に暗転。  今度はピストル強盗事件に遭遇し、挙句はその犯人に追い回され・・・・・とホノボノしてはハラハラ、ハラハラしてはホノボノの連続で息をつかせません。  私たち現代人が忘れてしまった純な心、本当の意味での暖かい眼差し。  そんなものを思い出させてくれる作品だと思います。 
読了日:11月10日 著者:アストリッドリンドグレーン


名探偵カッレとスパイ団 (岩波少年文庫)名探偵カッレとスパイ団 (岩波少年文庫)感想
この一連の作品に共通している点に、「殺人事件」とか「産業スパイ事件」という社会的にも大きな事件とカッレくんたち仲良しグループが夏休みの遊びとして興じている「バラ戦争」がほぼ同じ比率で物語に出てくるところが挙げられると思います。  そして、その「バラ戦争」で培われた機転の利かせ方、通信手段、身の処し方等々が「殺人犯」や「スパイたち」との追いつ追われつの中でしっかり生かされ、彼らが何とかサバイブできる素養となっているところが素晴らしい!!  「遊びの中で身についたものほど、自分の実になる物はない。」  
読了日:11月8日 著者:アストリッドリンドグレーン


カッレくんの冒険 (岩波少年文庫)カッレくんの冒険 (岩波少年文庫)感想
つくづく感じるのは、カッレ君の名探偵ぶりもさることながら、エーヴァ・ロッダの「事件まきこまれ体質」とでも呼びたいような事件を引き寄せるパワーみたいなもの。  もちろん彼女の責任ではないんだけど常にトラブルの中心にはエーヴァ・ロッダがいます。  第1作では犯人がエーヴァ・ロッダのおじさんだったし、第2作では殺人事件直後の犯人の唯一の目撃者が彼女でした。  でも、そうやって考えてみるとこの一連の物語、実は時代を変えた「騎士道物語」と呼んでもいいのかもしれません。
読了日:11月8日 著者:アストリッドリンドグレーン


名探偵カッレくん (岩波少年文庫)名探偵カッレくん (岩波少年文庫)感想
あまりにも突拍子もない女の子だったピッピ以上にある時期の KiKi にとってエヴァー・ロッダは近しい存在でした。  そして物語と同化して遊ぶことができた数少ない物語がこの「名探偵カッレくん」でした。
読了日:11月5日 著者:アストリッド・リンドグレーン

山賊のむすめローニャ (岩波少年文庫)山賊のむすめローニャ (岩波少年文庫)感想
ローニャとビルクの2人は山賊稼業を否定する人物になっていくわけですが、そこに至るまでの実に純粋な子供らしい感覚、さらには親との葛藤、反抗、そして自立の試み、恋と呼ぶにはあまりにも可愛らしいお互いの存在への信頼感と物語に含まれる要素は実に盛りだくさんで、なかなかに楽しい物語でした。  読んでいてふと感じたのはこれってある意味で宮崎吾朗さんの葛藤を描いた物語でもあるのかなぁ・・・と。  大好きで存在感の大きすぎる父親と自我の芽生えた子供の物語という側面もあるだけに、ちょっと邪推しちゃう KiKi なのでした。
読了日:11月3日 著者:アストリッドリンドグレーン

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