親鸞 & 親鸞 激動篇  五木寛之

| コメント(0) | トラックバック(0)

ここのところ読書関連のエントリーをさぼってしまっています。  11月の半ばに婚家の法事がありそれに参列するために沼津経由で移動した1週間の旅に出ていたためにブログエントリーを書くことができなかったこと、さらにはLothlórien_山小舎に戻ってからはゲートボールの練習に参加するようになったことで、落ち着いてPCに向かう時間が減ってしまったことがその大きな原因です。  今後のブログ・メンテナンスをどうしていくのか、正直迷っている部分もあるのですが、とりあえずここいらで久々の読書関連エントリーを1本書いておこうと思って、今、PCに向かっています。  本日の読了本は以下の4冊です。

親鸞 (上)
著:五木寛之  五木寛之ノベリスク(Kindle版)

51y2vVq29mL._AA278_PIkin4,BottomRight,-41,22_AA300_SH20_OU09_.jpg  (Amazon)

馬糞の辻で行われる競べ牛を見に行った幼き日の親鸞。  怪牛に突き殺されそうになった彼は、浄寛と名乗る河原の聖に助けられる。  それ以後、彼はツブテの弥七や法螺房弁才などの河原者たちの暮らしに惹かれていく。  「わたしには『放埒の血』が流れているのか?」  その畏れを秘めながら、少年は比叡山へ向かう。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 (下)
著:五木寛之  五木寛之ノベリスク(Kindle版)

51umo7HGpfL._AA278_PIkin4,BottomRight,-41,22_AA300_SH20_OU09_.jpg  (Amazon)

親鸞は比叡山での命がけの修行にも悟りを得られず、六角堂へ百日参籠を決意する。  そこで待っていたのは美しい謎の女人、紫野との出会いだった。  彼が全てを捨て山をおりる決意をした頃、都には陰謀と弾圧の嵐が吹き荒れていた。  そして親鸞の命を狙う黒面法師。  法然とともに流罪となった彼は越後へ旅立つ。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 激動篇(上)
著:五木寛之  講談社

Shinran_Geki_1.jpeg  (Amazon)

京の都を追放された親鸞は、妻・恵信の故郷でもある越後の地に流されていた。  一年の労役を済ませようとしていたころ、地元の民に崇められ、生き仏を称する、外道院の行列に出くわす。  まるで世の中がひっくり返ったような、貧者、病者、弱者が連なる光景に、親鸞は衝撃を受ける。  文字を知らぬ田舎の人びとに念仏の心を伝えよとの、法然上人の言葉が脳裡に去来し、親鸞は外道院と対面することを決意するが──。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 激動篇(下)
著:五木寛之  講談社

Shinran_Geki_2.jpeg  (Amazon)

雨乞いの法会を何とか切り抜けた親鸞は、外道院と袂を分かち、恵信らと平和な日々を迎えていた。  越後で施療所を開設し、訪れる多くの人びとの相談を聞いた。  やがて、法然上人が許されたという吉報にも接するが、親鸞は京へ上ることをためらい、そのうちに訃報が届く。  「わたしは、独りになった。  自分自身の念仏をきわめなければならない」。  新たな決意をした親鸞の下に、関東からの誘いがかかったのはそんな折だった──。  (Amazon 内容紹介より転載)

KiKi は宗教に関しては実に平均的な日本人の1人です。  つまり、これといって帰依する宗教もなく、宗教を意識することと言ったらお葬式 & 法事の際か、さもなければ外人と会話をするときぐらい。  何となく宗教そのものに「胡散臭い」というのに近い感覚を持っていて、可能な限り近づかないようにしてきたようなところがあります。  とは言え、観光でお寺さんを訪れることには何ら抵抗がなく、そうやって訪ねた際には一応御本尊に手を合わせるぐらいのことは何も考えなくても自然と動作になって出てきます。

お正月には当たり前のように神社を訪れ、「初詣」をします。  クリスマスには一応バッハのカンタータなんぞを聞きながら、聖書を読んでみたりもします。  でも、だからと言ってキリスト教の信者ではないし、八百万の神々も感覚的には近しく感じつつ、特に信心してもいません。  でも「この大自然の中で自分は生かされている」という感覚はかなり強く持っていて、目に見えない自然の力にある種の畏怖の念を感じてはいます。

外国人と会話をする際には時に「あなたの宗教は何ですか?」と聞かれます。  そんな時、まだ若い頃(10代~20代半ばまで)は無邪気に「無宗教です。」と答えていました。  ところがそうこうしているうちに、時にその答えがあまり好ましくないことを痛感させられ(要するに人として信頼できないと思われてしまう原因の1つになっていると感じた)、それからはとりあえず「仏教徒」と答えることにしてきています。  でもその仏教に関してもその教義については無知だし、敬虔なクリスチャンの外人さんから「仏教では死をどのように考えるのですか?」な~んていうような質問を受けるとタジタジとなってしまい、赤面したことがしばしばありました。  

とりあえず英語力のなさを理由にその問答から逃げたことも多々あるのですが、それまではそれなりに日常会話やビジネス会話ができていたのに、その質問に関しては稚拙であっても何一つ答えることができないという時点で「敬虔な信者ではない」ことは明白でした。  でも面白いもので、そんな状態でも「無宗教」というよりは相手の反応がよかったりもして、宗教っていうのは人間関係を築く上で摩訶不思議な効力を発するものだと感心したものでした。

さて、そんな KiKi の無宗教観はある意味では親の考え方に寄るところも大だったと感じています。  KiKi の両親はそれこそ筋金入りの無宗教の人たちで、末っ子同志の夫婦だということもあり我が家には仏壇もなかったし、お墓を守る責任とも無縁でした。  のみならず、お墓詣りといったことにも実に淡白な態度の人たちでした。  要するにお葬式 & 法事な~んていうのは全て「浮世の無碍にはできないお付き合い」という感覚で、可能なら列席も辞退したいくらいという感じでした。

KiKi が子供の頃、彼らは自分たちのお墓を建てたのですが、その時も、「葬式も戒名も何も必要ない。  自分の本当の希望は庭に灰を播いて欲しいぐらいだけど、それは日本の法律に反しているから(当時は遺骨は仏壇に供えるか墓に入れること というような法律があったらしい)、とりあえず墓だけは作ったけど、その後は墓の維持にも金がかかるから無縁仏にしてしまっても構わないから・・・・。」な~んていうことを言っていたぐらいでした。  そんな環境で育てば当然その子供である KiKi 自身もそういうことには無頓着に育つというものです。

ところが、婚家の方は違います。  立派なお仏壇もあるし、毎月お坊さんには来てもらうし、お墓詣りだって毎月ちゃんとなさっています。  本来ならそれは長男であるダーリンの仕事だと思うのですが、大学から東京へ出てしまったダーリンはそういうお勤めからは解放されて(?)いて、実家のある岐阜に残っていた弟さん夫婦が墓守も定期的な供養も、すべてきちんとなさっています。    

ま、てなわけで、法事がある時だけダーリン & KiKi もそれに参列するために弟さんのお宅を訪ねるのですが、初めてそのお宅へお邪魔した時、KiKi は大きなカルチャーショックを受けました。  と言うのも、実家筋の法事ではお寺さんへ行って有り難いお念仏を聞いて、ご焼香をしたらお寺を後にし、どこかのレストランで会食がてら久々にお会いした親戚とお喋りしてお終い・・・・というのが普通だったんですけど、婚家ではその日のために仏壇の掃除をし、立派な仏花も供え、お香も特別なものを準備し、お坊さんをお招きするのみではなく、お経そのものも聞いているだけではありません。  参列者が皆で声を揃えてお坊さんと一緒に延々とお経を唱えるのです。

そもそも自分の人生の中でお経を唱えるな~んていう経験をこれまでしてこなかった KiKi はその一事だけでもビックリ仰天!!  配られた本に振り仮名は振ってあるものの、独特の節回しがわからないので当初は声は出さず、口の中だけでモゴモゴと字を読んでお終い・・・・という感じでした。  ダーリンの姪っ子の子供(幼稚園児)でさえも可愛い声でちゃんとお経が唱えられるのに、大の大人の KiKi にはそれさえできないというのはなかなか複雑な気分にさせられる経験でした。

今ではKiKi も何とか声に出してお経を唱えられるようになってきたのですが、そうなってくると今度は

「はてさて、私は何を唱えていたのかしらん??」

と中身の方が気になってきます。  ま、てなわけで信心する・しないはとりあえず置いておくとして、これから一生付き合っていかなくちゃいけないその宗派の教えとか、法事の際に唱えるお経の中身位は自分なりに理解しておきたい気分が盛り上がってきました。  で、子供の頃からその経験を積んできているダーリンに

「ねえ、あのお経。  そもそも何を言ってるの?」

と聞いてみたのですが、ダーリンも分からないとのこと(苦笑)  ま、肝心のその宗派の信徒(?)たるダーリンさえわからないまま歳を重ねているのですから、放置してもいいか?とも思ったのですが、弟さんの奥さんは地元のカルチャーセンターで少しずつ教義のお勉強をされているとのことで、そうなると KiKi も放置というわけにもいかないような気分になってきました。  そもそも、法事の際に様々な段取りがあるようなのですが、KiKi はこれまでわからないことをいいことにまるでお客さん状態で、当日忙しく立ち働いている奥さんのお手伝いさえ満足にできていないのですから・・・・。

ま、てなわけで、Book Review こそ書き残していないのですが、ここ1か月ほどは仏教関係の入門書と思しき本を図書館から借り出してきては読んでいるのですが、その一環として手に取ったのがこの「親鸞」と「親鸞 激動篇」っていうわけです。  教えそのものは何だか素人には取っつき難そうだから、婚家の宗派である「浄土真宗」の開祖がどんな人だったのかを知るのも、何かの足しにはなるかなぁ・・・・・と。

時代というのもあったのでしょうけれど、若かりし頃から「悩み」「迷い」の多い人生を歩んできた親鸞という人物が少しだけ身近になったような気がします。  と、同時に

「善人尚もて往生をとぐいわんや悪人をや」

というあの超有名なフレーズで言うところの「善人」とか「悪人」というのは現代的な感覚で理解する「善人」「悪人」とはまったく異なる意味合いであることが、しみじみと伝わってきたような気がします。  まだあまり上手に言語化できる自信はないのですが、ここでいう悪人とは、「自分ほど罪深い者はいない。  自分のような者が悟りの 世界に入る等ということは到底できない相談だろう。  よって彼岸に到達するためには仏様におすがりする以外に道はない、と考えている人 」のことのように感じます。  これに対し、善人とは、「自分程善い人間はいない。  自分はこんなにも善根を積んでいるのだから必ず成仏できると信じている。  つまり自力で仏になれると思っている人」というほどの意味なのかなぁ・・・・と。 

昔、KiKi が宗教に懐疑的だった原因の1つに、現世でのいわゆるご利益を頼むというようなイメージが付き纏っていることが挙げられます。  その考え方の根底にある自分の人生に対する無責任さ、Ownership の欠如みたいなものにある種の嫌悪感を感じていたし、「他力を頼む」という発想にどことなく「堕落」の文字が被さって見え隠れするような気がしていたのですが、この「他力を頼む」のその頼む内容が KiKi がイメージしていたものとは根本から違っていたのだなぁと感じている今日この頃なのです。

因みにこの「親鸞」 & 「親鸞 激動篇」。  あの平安末期から鎌倉にかけての時代を覆っている空気感みたなものは希薄で、どちらかというと現代人の感覚でかなりあっさりと表面的にイメージした世界を描いている印象が強いので、現代人にも読み易いという美点がありつつも、逆に親鸞その人や彼を取り巻く人々の生き難さ、思索の深さみたいなものが、ちょっと薄っぺらく感じられるのが難点のような気がします。  まあ、お坊さんの思索の深さな~んていうのは我々凡夫には理解しがたいものがあるのだろうから、あまり深堀されてもついていけないのも事実なんですけどね(笑)  

現段階では既に「完結篇」も出ているようだけど、そこまで読み進むかどうかは現在考慮中。  KiKi がいつも本を借りている図書館には置いてなかったので、購入してまでして今すぐ読みたいか?と自問してみたのですが、かなりビミョーな感じがしています。  それよりは現在積読状態の光文社古典新訳文庫の「歎異抄」 & 河出文庫の「現代語訳 歎異抄」を読んだ方がいいような気がするのは気のせいでしょうか?

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://poco-a-poco.chu.jp/mt/mt-tb.cgi/1736

コメントする

2015年2月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

Current Moon

CURRENT MOON

東京のお天気


山小舎のお天気


Booklog



ブクログ

アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.261

TrackbackPeople

クラシック・ピープルの Trackback People Site


チェロ ラヴァーズの Trackback People Site


Piano~ぴあの Trackback People Site


ピアノオススメ教本の Trackback People Site


ピアノ教室の Trackback People Site


Book Love Peopleの Trackback People Site


本好きPeople・ぴーぷるの Trackback People Site


今日読んだ本の Trackback People Site


ファンタジーが好き♪の Trackback People Site


この絵本がすごい!の Tackback People Site


児童書大好き♪の Trackback People Site


ハヤカワepi文庫の Trackback People Site


岩波少年文庫応援団の Trackback People Site


薪ストーブの Trackback People Site


週末は田舎暮らしの Trackback People Site


野菜育てPeopleの Trackback People Site


ガーデニングの Trackback People Site


パッチワークキルトの Trackback People Site


あなたの訪問は?


日めくりカレンダー


Real Time News


カテゴリ

ノルンはいくつ?

本が好き!


読書メーター

KiKiさんの読書メーター
KiKiさんの読書メーター

最近読んだ本

KiKiの最近読んだ本

今読んでいる本

KiKiの今読んでる本

読了目標





今やってるゲーム

KiKiの今やってるゲーム

このブログ記事について

このページは、KiKi (Brunnhilde)が2014年12月 6日 11:19に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「ゲートボールの練習 2回目」です。

次のブログ記事は「ゲートボール? G.ゴルフ? P.ゴルフ? いや ゴルフシューズ!」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

高速運賃





Edita

ブロガー(ブログ)交流空間 エディタコミュニティ

名言黒板


作家別タグ