読書の最近のブログ記事

Podcast な~んていう新しいものにチャレンジしようと悪戦苦闘しつつも、ノスタルジーの世界にもどっぷり浸りたい・・・・という相矛盾する衝動とのお付き合いを余儀なくされている(・・・・・って、別に誰に強制されたわけでもなし、好きであっちにもこっちにも手を出しているだけなんですけど・・・・)最近の KiKi。  KiKi の子供時代にはなかったものとの遭遇と、子供時代には身の回りにあふれていたのに長い間ちょっとほったらかし気味だったものの再発見。  あっちの時間軸、こっちの時間軸を与えられた24時間の中でウロウロしている KiKi にとって、「本来なら時計が刻むはずのない、プラスαのもう1時間」な~んていうものは、「是非是非、どんなことをしてでも手に入れたいものリスト」のトップ3に楽々ランクインしちゃうんじゃないかしら・・・・・。  本日の KiKi の1冊はそんな時間のお話です。  

トムは真夜中の庭で
著:フィリパ・ピアス 訳:高杉一郎  岩波少年文庫

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知り合いの家にあずけられて、友だちもなく退屈しきっていたトムは、真夜中に古時計が13も時を打つのをきき、昼間はなかったはずの庭園に誘い出されて、ヴィクトリア時代のふしぎな少女ハティと友だちになります。  「時間」という抽象的な問題と取り組みながら、理屈っぽさを全く感じさせない、カーネギー賞受賞の傑作です。  (岩波少年文庫HPより転載)

トムとハティが遊んだ「庭園」の描写に心を奪われ、「なんて素敵なお庭なんだろう!!」と憧れとも羨望ともつかない想いを抱き、何度も何度も読み返していた自分の姿がページを進めるにつれて鮮明に蘇ってきました。  でもね、当時の KiKi は「時間」ということに対する感性・・・・・のようなものは、未だに育まれておらず、どちらかというとおばあさん(バーソロミュー夫人)の夢とトムの夢がたまたま一致した・・・・ぐらいの認識しかしていなかったように思います。  だいたい子供時代というものは「もう時がない」な~んていうことは考えもしないし、まして、今日と明日・・・・ぐらいしか意識の底にはなくて、過ぎてしまった過去を振り返ることも滅多になく、果てしない未来はただひたすらはてしない先の事・・・・だったように思うんですよね。

でも、大人になった今、読み返してみると、当時は風景描写にばかり気が向いていたけれど、(そしてその描写は相変わらず雄弁でワクワク・ドキドキはさせてくれるんだけど、)それ以上に「トムにとってのこの時間の意味」だとか、「ハティにとってのこの時間の意味」により多くの興味が移行していることに気がつきます。  と、同時に子供時代は大人っていうのは何だかとてつもなくすごいもんで、色々なことを知っているし、子供よりも多くの楽しみがありそうだし、自由そうだし羨ましいなぁ・・・・な~んていうことを思っていたところもあったような気がするけれど、結局のところ、実は大人だとか子供だとかそんなことは、関係ないような、そんな気分にさせられます。  特に最後にトムがバーソロミュー夫人を抱きしめるシーンに至っては、ヘンテコな恋愛小説よりもず~っとずっと、素敵なラブシーンだなぁ・・・・と。

 

KiKi の魔女研究(?)本のご紹介第2弾はこちらの本です。  昨日ご紹介したのは「魔女図鑑」でしたが、こちらは本家本元(?)、元祖(?)「魔女図鑑」です。

魔女図鑑 魔女になるための11のレッスン
作 & 絵:マルカム・バード 訳:岡部史  金の星社

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あなたは魔女のことどれくらい知っていますか?  本当は、魔女ってとってもオシャレ。  身近なものを、色々と工夫して着こなしちゃうんです。  それに、お菓子づくりだっておてのもの。  とにかく、魔女のすべてなんです。  もう、ビックリ!  読み終えたら、あなたも魔女になれる!!  (見返し部より転載)

この本はさすが、あちらものの翻訳であるだけあって、なんともいえない雰囲気とブラックユーモア(?)にあふれています。  また随所に出てくる魔女の挿絵も見方によってはちょっとグロテスクだったりもするのですが、同時に愛嬌にも満ちていて、何となくほほえましい気分にさせてくれるのです。

目次はざっと以下のような感じです。

1) 魔女の家
2) 魔女の台所
3) 魔女の庭
4) 魔女のうらない
5) 魔法のかけ方
6) ならわしといいつたえ
7) 美しさのひみつ
8) おしゃれな魔女たち
9) 魔女の趣味
10) 魔女のおまつり
11) 現代の魔女

まあ、「これでもか!」っていうぐらい、魔女の全貌を解体してくれているのですが、とにかくそのひとつひとつの章で思わず「クスッ」と笑っちゃうんですよね~。

例えば、第1章の魔女の家。  魔女向きの家は「こうもりの塔」、「風車小屋」、「とんがり屋根の家」、「道路料金収容所」の4つで、魔女向きではない家は「アパート」、「高原のペンション」、「老人ホーム」、「断崖絶壁」となっていて、思わず笑えちゃうのはその理由。  「道路料金収容所」(そんなところに住みたいと思う人間は1人もいないと思うけれど ^^;)は「道路標識をつけかえたりして、ドライバーをまごつかせましょう。  いたずら好き魔女向き」・・・・・。  「老人ホーム」は「いつだって、好き勝手に生きたいのが魔女。  規則の多いところでは、息がつまります」・・・・・。  と、まあ、こんな感じです(笑)。 

 

新魔女図鑑 角野栄子

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Lothlórien_山小舎での生活を模索し始めた頃から、KiKi はある人物(?)への興味が、ものすご~い勢いで膨らんできました。  その人物は KiKi とは異なって猫と仲良しで(KiKi は決して猫嫌いじゃないけれど、やっぱり犬の方が好き♪)、へんてこな乗り物に乗っていて、時代の流れの中では「妖精」と同じくらい綺麗で素敵なイメージを抱かれたかと思えば、キリスト教の謀略(?)によって、「得体の知れない悪い奴 あ~んど 汚らわしい存在」として貶められたり、拷問にかけられたり、火あぶりにされたりと波乱万丈なのです。  

そんな存在。  それは魔女。  御伽噺の世界でも魔女ってどちらかというと「悪役」で登場することが多いけれど、何だかとってもカッコイイと思っちゃうんですよね~。  ま、KiKi の魔女イメージを大幅に変えてくれたきっかけとなったのはこのアニメ映画の影響もあるんですけどね(笑)。   ところで、このアニメには原作の児童書があるんですよね。  KiKi がその事実を知ったのは実はわりと最近のことなんですよ・・・・・。  だってだって、KiKi の子供時代にはまだ出版されていなかった(というより書かれていなかった)んだもの・・・・。  因みに「魔女の宅急便」の著者角野栄子さんは KiKi とほぼ同年代・・・・ ^^;  ま、この年代の人たちが興味を持つ存在が魔女なのか、やっぱりそんな人はどちらかというと少数派なのかはさておき、KiKi の魔女研究の数冊の本の中から、今日は第1冊目をご紹介したいと思います。

新魔女図鑑
著:角野栄子 絵:下田智美  ブロンズ新社

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ほんとうの魔女がわかる!

やさしい魔女、愉快な魔女、おちゃめな魔女・・・・  人々の願いをかねようと、東奔西走。  魔女はホウキに乗って、今日も大忙し!!  (単行本帯より転載)

魔女の入門書としては、結構楽しめる1冊だと思います。  まあ、「図鑑」と名乗るような内容のものか?と問われるとちょっとビミョーな感じがしないでもありませんが・・・・・。  いえね、本の厚さの割には魔女のなりたちとか魔女が受けてきた苦難の物語、ついでに箒の作り方とか、呪文(おまじない)とか、世界各地の魔女のおまつりまでもを子供にもわかりやすい優しい言葉できちんと説明してくれている、内容の深い本だとは思うんですよね。  ただ、難点を言えば、魔女から毒気とかちょっぴりアナーキーな部分をぜ~んぶ取っちゃった・・・・という感じがしないでもありません。

帯に「すべての女性の中に魔女が住んでいる」とあるんだけど、それは女性の中の暗い部分(例えば嫉妬だとか、見栄っ張りとか)をさしているのではなく、どちらかというと「優しい」とか「賢い」とか「博愛精神」みたいな部分に光が当てられていて、読み終わった後でまず最初に思うのは「女でよかった♪  私も魔女になれる?」というようなこと(笑)。

 

この日曜日は静岡県の実家で過ごしていた KiKi。  このブログでは実家のお話にはあまり触れてこなかったんだけど、実は昨年の春ぐらいから実家でちょっと問題が発生していて、KiKi はLothlórien_山小舎での生活と東京での生活と実家での生活の3重生活(?)をしています。  この3つの中で今までは実家での生活はちょっとだけ距離を置くようにしてきていたのですが、そろそろそうも言っていられない雰囲気になってきたなぁ・・・・と強く思った週末でした。  ま、そのお話は、気が向いたらこのブログでお話しすることもあるかもしれないけれど、いずれにしろブログの趣旨からは大きく外れるので、今日はこれ以上は触れないようにしたいと思いますが、色々なことを考えさせられている中で、やっとこさっとここちらを読了することができました。

農場の少年
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子  講談社青い鳥文庫

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ワイルダー一家のアルマンゾは4人兄妹の末っ子。  学校へ行くより、父さんのすばらしい馬や牛のせわができるようになりたいとねがっていました。  9歳の春、父さんは子牛のしこみ方やミルクじたてのかぼちゃの作り方を教えてくれました。  のちにローラの夫となったアルマンゾの少年時代をつづった物語。  (文庫本裏表紙より転載)

この「農場の少年」を読むと、あの「長い冬」での成熟したアルマンゾの行動や、あの「はじめの四年間」での農業にかける思い入れの深さは、一朝一夕で培われたものではなく、彼の少年時代からの興味、時間の過ごし方の延長線上にあるものだったんだなぁ・・・・としみじみ思いました。  そして、ひょっとしたらこのアルマンゾの生き方自体が、ほんの100年ぐらい前までの国を問わない人間の生き方の最大公約数だったのかもしれません。

「まったくひどい世の中になったものね。  ねこもしゃくしも農場を捨てて町に出て行くのが世の中の進歩だっていうの?  パドックさんにしたって、お客のごきげんをとらなければ、お金は手に入らないんでしょうに。  百姓の気に入るような荷馬車をつくらなかったら、やっていけないはずでしょ。」

「ローヤル(アルマンゾのお兄さん)が商人になるなんてくだらないことを言い出すだけで、もうたくさん!  そりゃあ、あの子は金持ちになるかもしれませんよ。  でも、あなたのようにりっぱな男には、ぜったいなれっこありません。  一生、毎日、毎日、他人にぺこぺこするなんて。  ・・・・あの子は、死ぬまで、自分の意にそまないくらしをすることになるんだわ。」

「お父さんはおまえに、自分で気持ちを決めて欲しいんだ。  パドックのところに行けば、いろんな点でらくな暮らしができるだろう。  どんな天気だろうと、外に出なくてもいい。  寒い冬の夜は、ぬくぬくベッドの中でねてればいいんだ。  わかい牛や馬がこごえるかもしれないなんて心配はせずにな。  降ろうと照ろうと、風の日も雪の日も、屋根の下にいられる。  かべの中にこもっていればいいんだ。  おまけに、いつでも、着るものも食べ物もいっぱいあって、銀行には金ががあずけてある、というわけだ。  しかし、違う面もあるんだよ、アルマンゾ。  町では、他人に頼らなければならない。  お前が稼ぐ金は、他人からもらう金だ。  農民というのは頼りにするのは、自分と土地と天気だ。  もし、農民になれば、自分の手で食べるものを育て、着るものを作り、自分の森で切り出してきた薪であたたまることになる。  仕事はきついけれど、自分がやりたいようにやればいい。  ぼうず、農場ではな、自由で独立した人間になれるんだ。」

アルマンゾのところに初めてきたヘッドハンティングのお話(馬車大工のパドックさんの後継者にならないかというお誘い)に対する、アルマンゾのお父さんとお母さんの言葉です。  この言葉の一つ一つから、「実は農業国、アメリカ」の実態と当時の一般的なアメリカ人の考え方がにじみ出ていると思うし、アメリカが本来掲げていた「自由」の本質というものが垣間見えるような気がします。

当のアルマンゾは全編を通して、「早く大きくなって1人で馬の世話をし、自分の力で馬を馭せるようになりたい!」と思い続けていた少年だっただけに、親の心配(特に母親)はどこ吹く風、はなから農場を捨てるなんていうことは考えてもいなくて、「お父さんと、まったく同じ生活をしたく」て、あっさりと「僕が本当に欲しいものは子馬なんだ。」と言います。  このくだりを読んでいて、KiKi は大学時代に読んだ村上龍の小説のどれか(多分「コインロッカー・ベイビーズ」だったんじゃないかと思うんだけど)にあった一節を思い出していました。

自分が最も欲しいものが何かわかっていない奴は、欲しいものを手に入れることが絶対できない

そんな言葉だったと思います。  アルマンゾは自分が最も欲しいものが何かわかっていました。  もちろん「自分で育てて自分で馭せる子馬」を手にした次は、具体的な対象物は変わっていったのかもしれません。  でも、アルマンゾが欲しかったもの。  それは「お父さんのような男らしい自分」であることに揺らぎはなかったんだろうと思うのです。

 

 

今週末のLothlórien_山小舎は雨とみぞれにたたられ、その前の週の暖かさがウソのような冷え込みでした。  寒さに震え、ひたすら薪を消費し続けていると、インガルス一家がギリギリの生活を送ってきた時代の不安感・・・・に似たような(とは言え、インガルス一家の厳しさと比べれば、おままごとのようなものですが)ちょっとした渇望感に苛まれます。  そんな中、ようやくローラの物語第4作を読了しました。

シルバー湖のほとりで
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子
講談社青い鳥文庫

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思うような小麦の収穫がないまま、インガルス一家はプラム川をはなれることにしました。  妹グレースの誕生、姉メアリーの失明、愛犬ジャックの死・・・・・・。  ローラはもうすぐ13歳。  西へ西へとのびる鉄道工事の会計係をしながら、父さんは農地をさがします。  多感な少女ローラの目を通して描く「小さな家」シリーズ第4作。  (文庫本裏表紙より転載)

さすがチャールズ父さん!  ここまで色々なことがソツなくできる器用な人は滅多にいないのじゃないでしょうか?  大工さんとしても一人前、農夫さんとしても一人前、狩人さんとしても一人前、おまけに人事総務担当者(上記、文庫本の裏表紙の記載では会計係となっていますが)としても一人前。  ついでに言えば、音楽家としても一人前ときているんですから!!

いったいぜんたい彼はどんな教育を受けてきた人なんでしょうか?  ローラ以上に KiKi はこのチャールズ父さんに興味がわいてきてしまいました(笑)  

もっとも、いかに頼りがいのある父さんが率いるインガルス一家といえども、やはり様々なご苦労のツケ・・・・かもしれない事件がこの「シルバー湖のほとりで」の冒頭で発生してしまいました。  ローラと父さんを除く家族全員が猩紅熱に罹患し、その結果として姉のメアリーが失明してしまうなんて・・・・・。  これはやはり衛生状態・・・・とか、栄養不足・・・・とか、不安定な生活のツケかもしれないと思うと、なんともやりきれません。

でもね、インガルス一家がかなりの変わり者で、当時のアメリカ人として異例中の異例だったわけではなくて、ホント多くの開拓民がいたことを思うと、インガルス一家が特別不幸だったわけではないのだろうし、チャールズ父さんよりも頼りない父さんが率いていたもっと生命力の乏しい家族もいたんだろうな・・・・と思うと、何だか複雑な気分です。  今の日本で普通に暮らしている限りにおいては「生命の危険」を感じることは滅多にないわけですが、それがどんなに素晴らしいことなのか、あらためて考えさせられました。      

 

ショパンの音楽と読書っていうのは案外相性がいいようです。  一昨日の「NHK ハイビジョン特集 仲道郁代 ショパンのミステリー 特別編」に感化され、「ピアノ、ピアノを弾かなきゃ!」とばかりにショパンのピアノ曲を聴きまくっていた KiKi。  ようやく記念すべきショパン生誕200周年を記念して今年取り組んでみる曲が2曲に絞り込まれました。  候補の第1曲目は「バラード第1番 Op.23」。  もう1つは「前奏曲集 Op. 28」です。  

「前奏曲集」の方は、一方でバッハの平均律にも取り組んでいるので、全ての調性で曲集が作られているというダブリの点が気にならない・・・・わけではないんですが、バラードに比べると小曲の集まりであるという点が東京での会計人仕事(いわゆるビジネス)や、Lothlórien_山小舎での百姓もどき仕事との兼ね合いを考えると、取り組みやすいかなぁ・・・・・と思ってみたり、いやいや「バラード」は KiKi の「いつかは弾きたい曲リスト」のトップ10にランクインされているから、やっぱり今のうちに手掛けておこうか・・・・と思ってみたり。  そんな迷いを抱えつつもサクッと読了しちゃったのがこちらです。

プラム川の土手で
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子
講談社青い鳥文庫

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インディアン居留地の小さな家から新天地をさがしに出たローラ一家は、長い旅のすえにミネソタ州のプラム川のほとりに落ち着きます。  広大で肥えた大地を前に小麦の収穫に目をかがやす父さん。  学校へ通い始めたローラとメアリー・・・・・。  順調にすべりだした生活は、ある日とつぜんいなごの大群におそわれます。  (文庫本裏表紙より転載)

いやはや、一難去ってまた一難。  せっかく見つけたと思った安住の地で今度は「いなご」ですか!!  最近の東京の生活では「いなご」はおろか、「ハエ」や「蚊」であってさえもほとんど見かけないというのに、空一面を覆いつくす「雲かと思ったらいなごだった」な~んていう光景は想像もできません。

で、ちょっと調べてみました。いなごの大群の恐ろしさ・・・・。  もちろんローラの描写にもものすごい臨場感があって、ハラハラドキドキさせられたんだけど、何分にも経験していないことにはそれがどんな事態なのか想像するのは難しいし、東京でこそほとんど見ることになくなった昆虫たちの生態系だけど、Lothlórien_山小舎ではいつ何時、どんな天災が襲ってくるかわかりませんから!!(笑)

      

子供の頃好きだった物語はどうしてこうもスラスラと読めちゃうのでしょうか?  決して中身の薄い物語ではないのに、あっという間にこの連作の第2作も読了してしまいました。  もっとも子供時代はローラたちの「手作り感満載の生活」にのみ興味が向いていて、美味しそうな食事、美しいパッチワーク、可愛らしい小物にばかり目を奪われていたような気がするのですが、今回の読書では当時は疑問にも感じなかったことにばかりひっかかって色々考えさせられました。  そのお話に入る前にまずは本日の読了本のご紹介です。

大草原の小さな家
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子  講談社青い鳥文庫

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ローラの一家は、ある日、小さな家のものをぜんぶ馬車につんで、大きな森をあとにしました。  父さんが、新しい土地で暮らすのは、アメリカ西部の大草原、インディアンの国でした。  旅がはじまってすぐ、ローラたちは、流れのはげしい川の中で、犬のジャックを見失います -。  (文庫本裏表紙より転載)

子供時代、この本を読んでいた頃の KiKi は当然のことながら「人種問題」な~んていうことにはまったく興味がなく、正直なところ自分の中の差別意識を認識することさえない状態で、ローラの母さんと同じ様に「インディアンって何だか得体が知れなくて、野蛮な感じがして(よく知らないけれど ^^;)どこがどうだということではないけれど、何となく嫌い」だと思っていたような気がします。  だから、当然のことながらこの物語の中に出てくる「インディアン蔑視」の空気にはほとんど反応することなく、言ってみればターシャ・テューダーの庭に憧れるのと同じくらいの感覚で「いいなぁ、ローラの世界」というような読み方をしていたように思うんですよね。

その後も KiKi は先住民族のことを知ろうとしたことはほとんどなく、どちらかと言うと白人の国アメリカに対する憧れ、アメリカの豊かさ、強さばかりを羨んでいた・・・・そんな気がします。  そんな KiKi が「人種問題」にわずかながらも興味を持つに至ったのは、「黒人問題」について考えさせられる機会が増えたことによるものでした。  でもね、「黒人問題」に関してだって、子供時代に読んだ「アンクル・トムの小屋」で色々なことを考えたはずなのに、それでも何も考えていなかったのと同じだったなぁ・・・・と反省させられることが多くてねぇ・・・・・  それが大学生の頃です。  でね、その時期に至っても尚、KiKi の注意がインディアンに寄せられることはありませんでした。

大学を卒業し、自分で働き始めて何年かして、ようやくファッションにも目が向くようになり始めた頃、誰も彼もが身につけている「モカシン」やら「エスニック流行」であちらこちらのお店にビーズ飾りのついたアイテムが見られるようになった頃、ようやく KiKi のインディアンに対する興味が湧いてきました。  そして、遅ればせながら知ることになったインディアンの悲しい歴史。  もちろん現時点でもその知識は恐ろしく中途半端で、「聞きかじり」の域を一歩も出ていないのですが、でも少なくともかつての KiKi のように「どこがどうだということではないけれど、何となくインディアンは嫌い」という一種の偏見がなくなった今、この物語を読み返してみると、考えさせられることが多々あります。

今回の再読で一番気になったのが、「いいインディアンは死んだインディアンだけ。」というスコット夫婦のセリフでした。  決してスコット夫妻がものすご~く意地悪で、嫌なタイプの人たちというわけではなかっただけに、ある種の「善良な」(本人も善良だと思っているし、白人世界の中では他の人たちからも善良だと思われている)人たちがなんのてらいもなくこんな恐ろしいセリフを吐いていること自体が、当時の白人系アメリカ人たちのある種身勝手で傲慢な価値観を露呈しているようで、悲しい気持ちになりました。 

せっかく岩波少年文庫の「ローラ物語全5巻」を読了したので、こうなったら久々に彼女の9つの作品を全部再読してみようと思い立ちました。  でもでも、とっても残念なことに岩波少年文庫に網羅されているのは例の5巻(9つの作品の中では4つ分;「長い冬」「大草原の小さな町」「この楽しき日々」「はじめの4年間」)のみです。  ま、てなわけで、KiKi のもう1つのお気に入りのシリーズ「講談社青い鳥文庫」で残りの5作品を読み進めていきたいと思います。  因みにその5作品とは

「大きな森の小さな家」  「大草原の小さな家」  「プラム川の土手で」  「シルバー湖のほとりで」  「農場の少年」

です。  まずは第1冊目、「大きな森の小さな家」です。

大きな森の小さな家
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子  講談社青い鳥文庫

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アメリカ西部、「大きな森」の中の小さな家に、メアリー、ローラ、キャリーの3人姉妹のいる一家が暮らしていました。  ときおりあらわれる、おおかみやくま、それに、きびしい大自然を相手にたたかう生活を、きめ細かに、いきいきと描いた「小さな家」シリーズ第1作。  (文庫本裏表紙より転載)

つい先日まで、結婚して子供をもうけたローラの物語を読んでいたのに、いきなりローラがちっちゃな女の子になってしまったのでちょっと不思議な気分です(笑)  でもね、このシリーズ第1作の段階ではどちらかというとローラ一家(というよりインガルス一家)はそこそこ安定した生活を送っていたみたいで、ちょっとほっとさせられます。  もちろん、現代とは色々な意味で大きく異なっていて、「安定した生活」≒「現代の不便のない生活」というわけではないけれど、「長い冬」みたいな飢えと隣り合わせ・・・という状況でもなく、「はじめの4年間」みたいな日照りとの闘い・・・・という状況でもなく、一番ドキドキさせられたのが、真っ暗闇の中、家畜小屋の近くの柵のところで熊とご対面・・・・・というお話ぐらいという平和さです。  

ローラは、いごこちのいい家や、父さんや母さん、そして、暖炉の火や音楽がいまなのが、うれしかった。  きっと、いつまでもわすれない、と、ローラは思った。  だって、いまはいまなんだもの。  遠い昔のことになんて、なるはずがないわ。

この第1巻の結びの言葉です。  この言葉で結ばれること自体が平和で安定している証拠だと思うし、逆にここから先の波乱万丈(?)の生活を予感させます。

 

とうとう岩波少年文庫に収録されている「ローラ物語全5巻」が完結してしまいました。  先日のエントリーでもお話したように本の厚みからしてあっという間に終わっちゃうだろうなぁ・・・・とは思っていたのですけど、なんだかとっても呆気なかったような気がします。  ま、なにはともあれ、今日の KiKi の読了本はこちらです。

わが家への道 ローラの旅日記
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

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1894年7月、ローラたちは酷暑のなかを、自分の土地をもとめて馬車の旅に出る - その時のローラの旅日記と、のちに娘ローズが書いた当時のワイルダー一家の生活の記録をおさめるノンフィクション。  (文庫本裏表紙より転載)

子供時代にこの「ローラ物語」は何度も読んだはずなんだけど、その中でもっとも印象に残っていないのがこの「わが家への道」でした。  今手元にあるこの岩波少年文庫の裏表紙の情報によればこの本の読書推奨年齢(?)は「中学以上」になっているようなんですけど、実は KiKi が学校の図書館でこれらの本を借りて読んでいたのは小学生の時でした。  まだまだ子供だった KiKi にとって、物語仕立てのこれまでの本(岩波少年文庫には収録されていない「大きな森の小さな家」から「農場の少年」までを含め)とは明らかに異質なこの本はさほど興味を引くものではなかったんだと思います。

でも大人になった今、この本を再読すると、ここに描かれている情報の一つ一つが興味深いものでした。  一番興味深かったのはローラが記録している気温(笑 いかに自然が厳しかったとはいえ、ここまでものすごい暑さは変だろう・・・・・)ではなく、掲載されている様々な写真類でしょうか?  何よりもびっくりしたのが「『この楽しき日々』の頃のアルマンゾ」という写真です。  結構 KiKi 好みのいい男 266.gifじゃありませんか!(笑)  表紙の写真のアルマンゾはちょっとオッサン臭くなっちゃっていますけど・・・・。

ま、それはさておき、子供時代の KiKi にとってこの「わが家への道」があまり興味深いものではなくて、今の KiKi にとっては興味深いというのは、やっぱり「家」に対する意識の持ち方の違い・・・・みたいなことに原因があるように感じました。  KiKi にとって子供時代の「家」っていうのは、自分がどうにかして手に入れてメンテして日々の営みを築き上げていく場所・・・・というよりは、「そこにあるもの」「与えられたもの」だったと思うんですよね~。  極論すれば家事ひとつとってもその行為は「お手伝い」に過ぎなくて、「主体的に生活を営む」というレベルとは大きな隔たりがあったと思うんですよね。  でも大人になるにつれてその一つ一つが現実に自分の手でこなしていかなければならないものになっていった・・・・・。  その積み重ねがあって初めて、ローラたちがこの旅にどんな夢を託していたか・・・・とか、気に入る土地を探すというのがどういうことか・・・・とか、そういう部分に感情移入できるようになったように思います。

  

  

岩波少年文庫の「ローラ物語」も残すところあと2冊。  「長い冬」 から 「この楽しき日々」 まではそこそこ厚みのある本だったのですが、残りの2冊「はじめの四年間」と「わが家への道」はそれらに比べるとちょっと薄め・・・・なんですよね~。  KiKi は読書する際、必ず Ashford のブックカバー(文庫本ならこちら、新書ならこちら; 岩波少年文庫は新書用のものを使用)をかぶせて持ち歩くんですけど、本の厚みにあわせて折り返しを調節する部分に余裕があるかないか・・・・で手に持った感じと同じように本の厚みを感じるんです。  

で、「長い冬」 から 「この楽しき日々」 までは「新書用」のカバーなだけにちょっとブックカバーがちっちゃいかなぁ・・・・と感じながら持ち歩いていたんですが(新書って厚みのある本はあんまりないものね)、残りの2冊はおさまりがいい感じ。  と、同時に本を手に取るたびに「なんだかもうすぐ終わっちゃいそうで寂しいなぁ」と感じます。  ま、それはさておき、本日の KiKi の読了本はこちらです。

はじめの四年間
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

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ローラは結婚して、厳しい開拓地で新しい家庭を築く。  長女ローズの誕生、小麦の大被害、生まれて間もない長男の死など、さまざまな出来事を経験しながら、明日への希望を持ちつづけて過ごした新婚の4年間。  (文庫本裏表紙より転載)

 

「この世はすべて公平にならされている。  金持ちは夏に氷を得て、貧乏人は冬に氷を得る。」  農業での成功を夢見るアルマンゾ(この本の中では愛称の「マンリー」で統一されています)がまるでお題目のように唱え続ける言葉です。  どことなく自虐的な感じがしないでもない・・・・と考えてしまうのは、いくら田舎暮らしに憧れているとはいえ、やっぱり KiKi が都会っ子になっちゃった証拠なのかなぁ・・・・と考え込んでしまいました。

とにかくローラの新婚時代の最初の4年間は苦労の連続です。  それにね、子供時代に読んだ時には気がつかなかったんだけど、前編の「この楽しき日々」でアルマンゾが新築した2人の新居はアルマンゾが DIY で建てたわけじゃなくて、借金してまでして(まあ、現在の日本ではそれが当たり前・・・・とも言えるわけですが)大工さんに建ててもらった家だったんですねぇ。

彼らの苦労は天災、病気、大火事、どんどん膨らんでゆく借金、そして長男の死ととどまる所をしりません。  う~ん、これは厳しい。  そんな描写を読み進めていくと、ホント、ローラじゃないけれど 「これで成功だといえるのかしら?」 と感じずにはいられません。  

どうやらローラは実は農業はやりたくなかったらしいんだけど、だったら何をやりたかったんだろう??  子供時代は大草原で暮らしていたローラだけど、やっぱり途中から「町の子」になっちゃったようなところがあるのかもしれませんね。  学校の先生も経験しているし、お針子として洋品店で働くことも経験しているから、やっぱり第一次産業よりは第二次産業が、第二次産業よりは第三次産業がいいなぁと思っていたのかもしれません。

    

KiKi がLothlórien_山小舎でガス給湯器の修理に立会い、あれやこれやと冬の山での正しい過ごし方を学んでいる間、花の都東京ではこ~んな美味しそうな演奏会が行われていました。  いえね、KiKi もできることならこの評判の「トーキョーリング」は是非観に行きたかったのですよぉ。  でもね、先週はいろいろその他の予定がテンコモリでどうしても日程調整ができなくて泣く泣く諦めたんですよね~。  そうしたら、yokochan さんのブログに早速エントリーが載っているし、KiKi にとっても決してお名前を知らない仲ではない romani さんと観劇後に薩摩焼酎を楽しまれたっていうじゃありませんか!  もうもう、みんないいなぁ!!!  KiKi だって行きたかったんだもん!  でも、行けなかったんだもん!!!  悔しいじゃないのぉ!  ・・・・・・こうなったら、「行けなかったけれどいいもん、自宅で勝手にリング_ジークフリート編」を敢行してやるぅ!!!!(笑)

ま、てなわけで、今日の KiKi の1曲 & 1冊はこちらです。

ワーグナー ニーベルンゲンの指環 ヴァルキューレ
ORFEO C660 513Y 演奏:クナッパーブッシュ指揮 バイロイト56年ライブ  

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ニーベルンゲンの指環 ジークフリート
作・R. ワーグナー 訳:高橋康也・高橋迪 絵:アーサー・ラッカム  新書館

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今回もこの(↑)写真ではラッカムの素敵な絵の雰囲気が正しく伝わらないと思うので、もっと素敵な見易い画像をオマケしておきましょうね♪

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まるで火みたいだ、この血は!

KiKi が観に行くことができなかった「トーキョーリング」の「ジークフリート公演」に関しては、yokochan さんのこちらのエントリー(演出編)こちらのエントリー(演奏編)をご覧ください。  恐らく KiKi のために(?← というのは冗談ですが ^^;)、詳細に書いてくださっています。

さて、では物語です。  ジークリンデが難産の末産み落としたジークムントとの間の子供、ジークフリートは森の中の鍛冶屋ミーメの元で成長して若者になっていました。  彼はろくな教育は受けてこなかったので、一見粗野で常識はずれな若者ですが、同時に自然の観察力 & 洞察力に優れるという彼の生い立ちならではの知恵を身につけています。  彼は誰に教えられるわけでもなく、森の動物たちを見ているうちに「生命には父親と母親が必要である」ということ、「愛とはどんなものであるのか」を理解しています。

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ヴォータンの仮の姿、「さすらい人」と問答をしたミーメは、ジークリンデが遺したジークムントの形見、ノートゥングを鍛え直すことができるのは「怖れのなんたるかを知らないもの」だと知ります。  そしてその「怖れのなんたるかを知らないもの」とはすなわちジークフリートであることも・・・・・。  怪力のジークフリートを使ってニーベルンゲンの指環 & 宝の上で惰眠を貪っているファフナーを殺して、ついでにジークフリートも始末して、全てを手に入れようと画策していたミーメは途方に暮れますが、ジークフリートが剣を鍛え直しているのを見ているうちに、別の悪だくみを思いつきます。  そうこうしているうちにジークフリートの手によりノートゥングが再生します。

 

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ノートゥング!  ノートゥング!  たぐいなき剣よ!
ぼくはおまえをよみがえらせた。
冷たく横たわっていたおまえは、いま凛然と美しく輝いている。
裏切り者はおまえの光におののくがいい!
不実なやからを打て!  悪党どもを打て!  

KiKi のお気に入りのTV番組の1つがNHKの「趣味の園芸ビギナーズ & やさいの時間」です。  で、この番組では早くも春の準備・・・・ということで「畑の土づくり」の話題が取り上げられているのですが、Lothlórien_山小舎付近は相変わらずの雪化粧で、土づくりな~んていうのはまだまだ先!っていう感じです。  逆に言えば雪が降らなくなったら大急ぎで作業に取り掛かり、来年の冬が訪れる前にせっせと野菜作りに励まなくちゃいけない、そんな土地柄でもあります。

「自然っていうやつはなかなか厳しいなぁ」と感じることが多い今日この頃なんですけど、そんな KiKi なんかよりももっと厳しい自然の中で頑張っていた人たちの物語を読み進めながら、近い将来の移住計画への心構え(?)に励んでいる KiKi です。  ま、てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

この楽しき日々
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

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15歳のローラは、念願がかなって教職につき、新しい生活をはじめる。  孤独な下宿生活、生徒たちへの不安、そしてアルマンゾとの楽しい馬車の旅。  行動力あふれるローラが18歳で結婚するまでを描く青春編。  (文庫本裏表紙より転載)

タイトルこそ「この楽しき日々」だけど、冒頭はおよそ「楽しい」という感じではありません。  まあ、どちらかというと、回顧録として「あの頃はホント、しんどいと思ったけれど、それもこれも過ぎ去った今となっては楽しい思い出♪」という感じでしょうか?(笑)  とにかくびっくりしちゃうのが、ローラが望まれて行ったはずの学校・・・・であるにも関わらず、彼女が下宿することになった家庭の雰囲気です。  最初のうちはぶっきらぼうな奥さんの態度に途方に暮れているという状態だから、まだまだ「まあそんな人もいるよね」という感じなんだけど、その奥さんが夜中に刃物を振り回して「東部に帰りたい!」と繰り返すシーンの描写に至ると、さすがの KiKi も「う~ん、こんな下宿先は願い下げだぁ!」とビックリ仰天です。  まして当時のローラは15歳。  いかに早熟な時代・・・・とは言え、これは本当に辛かっただろうなぁと思います。

もっともこのどこかホラーチックな奥さんも気の毒と言えば気の毒な方だと思うんですよね~。  やっぱり当時の開拓民の生活の苦しさ、自然との闘いの壮絶さっていうのはよほどの覚悟をもって臨んだとしても、半端なものじゃなかったと思うんですよね。  KiKi もね、このエントリーでご紹介した元地主さんのご夫婦に初めてお会いした時、「この方たちは本当に苦労をされていらしたんだなぁ」とお顔や手を見ただけで胸が痛んだし、もっと情けないところで言えば、今回、Lothlórien_山小舎でたかがお湯が出なくなっただけで、オロオロしちゃいましたから・・・・・^^;  

そうそう、この週末も KiKi はLothlórien_山小舎で過ごしていたんだけど、今回のメインの目的は前回雪に閉ざされてしまった際に壊してしまったガス湯沸かし器の修理のためでした。  修理業者さん曰く、この週末のお天気が良くて比較的暖かい状態でのLothlórien_山小舎の水道水の水温は3℃なのだそうです。  あの雪に閉ざされていた時は1℃ぐらいだったんだろう・・・・ということで、それを聞いただけでも震えがきちゃいました(笑)

でも、ローラの家族やこのホラーチックな奥さんの暮らしている環境はもっともっと厳しいわけで・・・・・。  だいたい「冬場の生活水は氷を溶かして作る」という環境なわけですよ。  きっとあのKiKi がぶるってしまった冷たかった水と同じくらい、もしくはそれよりも冷たい水を使っての家事。  身を刺すみたいに痛かっただろうなぁ・・・・・。  で、それで豊かに暮らせるならともかくとして、最初の何年間かは「労多くして実り少なし」という状況だっただろうから、気持ちも荒もうっていうものです。

でも、ローラにとってある意味ラッキーだったのは、彼女の未来の夫、アルマンゾがそんな彼女を週末には必ず帰宅できるように「アッシー君」を買って出てくれていたこと。  ま、我らがローラはこと色恋沙汰に関するとかなり奥手・・・・というか、鈍感でいらっしゃるようで(笑)、毎週毎週彼が吹雪の中であってさえも迎えにきてくれているにも関わらず

「お礼なんか、いいですよ。  ぼくがくるとわかっていたんでしょう」
「あら、いいえ、知りませんでした」

な~んて言っちゃうあたり、呆れちゃうと言うか、笑っちゃうと言うか・・・・・。

ブログのお化粧直しに夢中になっていた間も若干スピードダウンはしたものの、読書 & 音楽鑑賞にはそこそこ励んでいた KiKi。  あまり長い間それを放置しておくと年齢が年齢なだけに、印象やら考えさせられたことを忘れちゃう(^^;)ので、とにかく何らかの読後感を記録として残しておきたいと思います。  てなわけで今日の KiKi の1冊はこちらです。

大草原の小さな町
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

51YJTK1NMHL__SL500_AA240_.jpg (Amazon)

ローラたちの一家は厳しい冬にそなえて町に移ってきた。  町での暮らしは、農場育ちのローラ姉妹にとって楽しいことばかりではなかった。  姉メアリとの別れ、先生との対立、クラスメートのいじめ、将来への不安とあこがれなど、さまざまな体験をとおして成長してゆくローラが描かれる。

「この世で暮らすのは、闘いですよ。  ひとつにたちむかったと思ったら、すぐに次のがあらわれるんですから。  ずっとそうだったし、これからもつづくのよ。  そういうものだとさっさと覚悟してしまえば、楽になって、今持っている幸せに感謝できるようになりますよ。」

波乱万丈(?)だった「長い冬」と比較すると、穏やかな生活の営みが細やかに描かれる本編ですが、その中で唯一と言っていいかもしれない厳しさ、「自然 vs. 人間」のさまが描かれている「第9章 ブラックバード」に出てくるかあさんの言葉です。  「この世で暮らすのは闘い。  早くそれに気がつき、覚悟する」というのは本当に必要なことだと KiKi も思います。  但し、闘う相手を間違えちゃいけないと思うんですけどね(笑)。

このシリーズを再読してみようと思ったきっかけは、この冬の Lothlórien_山小舎の大雪 & 寒さにびっくりしちゃって、それに負けない「力」を得たいと思って「長い冬」を手に取ってみたから・・・・・だったんだけど、こうやって2冊目を読了してみると、KiKi が山小舎暮らしみたいなことを志向してきた、その気持ちの原点がどこにあったのかがぼんやりとではあるものの、ほんのちょっぴり見えてきたような気がします。  だいたいにおいて、この物語を子供の頃に夢中になって読んでいた・・・・というところに KiKi のある種の根強い懐古趣味みたいなものがあったように思うんですよね~。  

でもね、KiKi の場合は高度成長期に子供時代を過ごしてきているわけだから、モノに不足こそしていないけれどさほど多くは持っていなかった時代とモノがあふれ始めた時代の両方を体感しているので、この物語に描かれている時代に感情移入するのは比較的簡単なんだけど(それでも KiKi の両親の世代からしてみると、甘い感傷にしか見えないかもしれないけれど ^^;)、モノが既にあふれている現代に生を受け、子供時代を過ごしている「イマドキの子供たち」には、さっぱり理解できない世界なのかもしれません。

ま、それはさておき、KiKi の現代アメリカの食事情考察(?)では、アメリカの食べ物っていうのはホントに味気なくて、短時間でさっとできてお腹が膨れればそれでよし・・・・みたいな食べ物が多いっていう印象が強いんだけど(ジャンクフードの類とか・・・・)、この物語に出てくるローラのかあさんや開拓時代の奥さんたちが作る食事っていうのはどうしてこんなにも美味しそうなんでしょうねぇ??  食べ物の描写が出てくるたびに「う~ん、是非お相伴にあずかりたい!」と思いました。  (さすがに「長い冬」の食糧不足期の食べ物だけは、「お相伴にあずかりたい」というよりは「経験のためにちょっとだけなら試してみようかな?」ぐらい・・・・だけど ^^;)

  

岩波少年文庫特装版入手♪

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以前からず~っと探し続けていた「岩波少年文庫特装版(全30冊)セット」。  ついに、ついに、ついに入手しちゃいましたぁ~!!!!  たまたまある日、Amazon で他の本を探していたら、Market Place で価格付で表示が出ているのを見つけたんですよぉ。  でもね、正直なところちょっとお高め ^^; だったので、その日は我慢したんです。  数ヶ月様子を見て、誰かが購入しちゃったら、やっぱりあのお値段では KiKi との相性が悪かったと思おう。  それでも売れ残っていたら、これは KiKi のために売り出されたんだと思おう。  そんな風に考え、ず~っと様子見をしていたんです。

 

 

 

それから数ヶ月。  

 

 

 

これが、いつチェックしても売れてないんだなぁ。  で、とりあえずショッピングカートにだけは登録して最後の購入ボタンは押さない状態でさらに2カ月、様子を見ていたんです。  でも、やっぱり誰も買わない・・・・・・ ^^;  これはもう KiKi に「買ってくれ!」と切々と訴えているような気がしてきちゃってねぇ。  で、ついつい購入ボタンをポチッと押してしまったのが先週のこと。

そうしたら昨日、これが手元に届いたんですよ。  届くや否や、どんな状態の本なのかチェックしたくて、段ボールのガムテープを引きちぎり、梱包材をビリビリと破きと我ながら雑な扱いをしているなぁ・・・・とちょっと反省。  でもね、「コンディション: 中古商品 - 良い  2函入り。  背ヤケ僅少あれど本文は未読の様子にて良好」 だったので、実はちょっと心配していたんですよね~。  例え、ちょっとばかり品質的には悪いものであっても我慢しようという覚悟はしていたつもり・・・・・(と言いつつも「背ヤケ~」の文章がポチッの決め手だった ^^;)だったんですけど、お値段がお値段だっただけに、チェックせずにはいられない・・・・・そんな感じでした。

 

 

ところが・・・・・・・

 

 

これがびっくりするぐらい美本なの!!  もしも KiKi が出品者だったら「コンディション:中古商品 - 非常に良い」とつけたかったぐらい!!!  きっと本棚に長いこと置いてあってそこそこお日様を浴びちゃったんでしょうね。  たしかに背は僅かにヤケていますけど、それが気になって仕方ない・・・・・というほどのことでもありません。  一番大事なタイトルもラクラク判読できるし、全然問題ありません。  逆に背以外はまるで新品みたいな状態で、そちらの方が驚き!です。  

因みにこの特装版、1990年に岩波少年文庫創刊40年を記念して出版されたもので、サイズは現在の岩波少年文庫と一緒なんだけどハードカバーで(これは復刻版も同じ)、表紙デザインにはウィリアム・モリスの壁紙が使われているので、見た感じがものすご~く豪華なんですよね~ こ~んな感じ

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何だか持っているだけで豊かな気分になっちゃいそうな装丁だと思いませんか?  

全30冊のラインナップも豪華絢爛、これぞ名作の宝庫!(続きのページを参照)っていう感じです。  う~ん、これは絶対に KiKi の家宝にしたいなぁ。  いずれにしろ、これらの名作をこの装丁の本で読んだら一際味わい深いんじゃないかと思うと、読書欲がムラムラと湧いてきます。  やっぱり本っていうのは中身も大事だけど本全体が醸し出す雰囲気・・・・みたいなものにも可能な限り拘りたいよなぁ。  その点、こういう装丁の本だと有難味が違うなぁ・・・・・と全30冊を眺めてニヤニヤしている KiKi は傍から見たら大いに変な奴かもしれません(苦笑)

 

雪に閉ざされたLothlórien_山小舎で、あまりの寒さに震えているさなか、「いやいや、こんな程度でオタオタしてはいけない!  もっとすごい寒さもあるんだから・・・・・  例えば・・・・・・」ということで記憶の壺を覗いてみました。  そして最初に思い出したのが小学校高学年の頃、何度も読み返したこのローラの物語でした。

長い冬
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

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ローラたちの一家が住む大草原の小さな町を、長くて厳しい冬がおそう - 大自然とたたかいながら、力強く生きていったアメリカ開拓期の人々の生活がいきいきと描かれる。  (文庫本裏表紙より転載)  

でもね、当初は大好きだったこの物語なんだけど、ある時期を境に KiKi はこの物語には手を出さないようになってしまいました。  それは、「大草原の小さな家」というTVドラマがNHKで放映されるようになってからでした。  

物語だけを読んでいた頃の KiKi の中のチャールズ父さんは筋骨隆々ではあるんだけど、どちらかというと細面の髭面で、爽やかさみたなものとはちょっと無縁な無骨な男だったんだけど、ドラマを観るようになってからはマイケル・ランドンの顔しか思い浮かばないんですよね~。  ドラマとしてはハマリ役だったと思うけれど、チャールズ父さんにはあんな都会的なカッコよさは思い描いていなかった KiKi はそのギャップになかなか慣れることができなくてねぇ・・・・・。  慣れないにも関わらず、KiKi がイメージしていた父さんはどんどん薄れていっちゃうのが怖くもあり、淋しくもあり・・・・・・。  

TVや映画(要は映像)で作品を観ると「なるほど、こうだったのかぁ」と理解しやすい部分も多い半面、想像の愉しみがなくなっちゃうなぁ・・・・・・

それが子供ながらも KiKi が感じたことでした。  でね、そうなると本を読む楽しさが半減しちゃったような気がしたんです。  KiKi の場合、読書っていう行為のモチベーションになっていたのは「知識を得たい」とか「正しいことを知りたい」というような高尚(?)なものじゃなくて(それも皆無とは言わないけれど)、ある種のものすご~い手前勝手な自己満足を得るための娯楽だったんですよね~。  それがどんな自己満足かと言えば、物語に言葉で描かれている世界を色々想像してみて脳内映画化をすること(笑)  これがもっと上手にできて物語の全編が映像化できるようであれば KiKi は映画監督とか舞台監督のお仕事ができると思うんだけど、残念なことに多くの場合はシーンブツ切れなんですよ ^^;  特に外国の物語だと想像できる限界・・・・・みたいなものが多かったし。  そんな調子だからその想像は極めて個人的で凡そ万人受けするかどうかわからないようなシロモノではあるんだけど、そこがたまらなく楽しかったんですよね~。

 

 

 

230px-Michael_Landon.jpg 都会的なカッコよさを湛えるチャールズ父さんマイケル・ランドン  

ま、そういう意味では KiKi は決してドラマも映画もアニメも嫌いなわけじゃないけれど、正直、自分がまず本で出会って大好きになった物語が映像化されるな~んていう話にはどちらかと言えば懐疑的になっちゃう(笑)傾向があります。  でもね、これが逆だったらいいんですよ。  映像作品が先で小説が後ならね。  想像力は物語が先の場合よりも働かないのは事実だけど、その作品を知ることができた・・・・という満足感があるし、時間が限られている映像作品ではカットされているシーンが楽しめちゃうから(笑)  その典型的な例が、「ティファニーで朝食を」だった(カポーティの小説は大学生になるまで読んだことがなかった ^^;)し、「魔女の宅急便」でした。  ま、身勝手な話だ・・・・とわかってはいるんですけど、所詮娯楽なんだから、目いっぱい身勝手でもいいんじゃないかと自己擁護しちゃうチャッカリ者です(笑)

ま、今回、久々にこの本を読んでみようと思ったのは、もちろんこのブログの「岩波少年文庫読破企画」の一環でもあるんだけど、それ以上に、さすがにあのドラマの印象はだいぶ薄れてきたのでそろそろいいかな・・・・・と思ったからでもあるんですよね。  さて、では何はともあれ、この物語のお話をしましょう。

   

本日、KiKi は池袋西武で開催中の古本市に行ってきました。  公園や駅構内などで古本市が開催されていると覗かないではいられない & 街の古本屋さんも時間に制約さえなければ素通りはできない性分の KiKi。  今回のように最初から開催されていることがわかっていて、わざわざそのために外出する・・・・という状況になると、まるで初デートに出掛ける女学生なみにイソイソ・ルンルンと小雨をものともせずにお出かけ気分でスキップしておりました。  (デートとの違い・・・・はオシャレをしないことぐらいでしょうか 笑)  で、本日の釣果は以下のとおりです。

レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)(下) 訳:杉浦明平  岩波文庫
人間の條件(上)(中)(下) 著:五味川純平  岩波現代文庫
私の岩波物語 著:山本夏彦  文藝春秋
英米児童文学史 著:瀬田貞二/猪熊葉子/神宮輝夫  研究社
ローエングリン 著:R. ワーグナー 訳:高辻知義 絵:東逸子  新書館
新訂 中學一年級用國史 著:荻野由之

上から三冊(ダ・ヴィンチ、人間の條件、私の岩波物語)は新刊本でも手に入るけれど、できれば定価では買いたくなかった本、「英米児童文学史」と「ローエングリン」は現在絶版状態のため以前から古本屋さんで探していた本、そして最後の一冊「中學一年級用國史」は衝動買い(笑)です。  戦前の日本の歴史教育がどんなものだったのか、話には聞いているけれど、経験したこともなければ本物の教科書を見たこともなかったので、妙に興味を覚えて手にとってじ~っくりと眺めてしまって挙句、お値段が安かったのでついつい買い物カゴへポイ・・・・・と。  でもね、本当はね、この本をゲットした棚を出店していた古本屋さんの昭和初期発刊の珍しい本を買い占めたい欲求がムクムクと湧いちゃっていて(よく戦火を逃れて残っていたなとそれだけでも感動ものでした)、でもあまりの数の多さに圧倒もされちゃって、ついでにお財布の中身もちょっぴり寂しかったので、後ろ髪を引かれつつも教科書だけを手に帰宅・・・・・という状況だったんですよね~ ^^;

因みにこの教科書、ものすご~く薄っぺらくて前九年の役までしか扱われていません。  そういう意味ではこれだけ読んでも当時の歴史教育の全体像は掴めそうもないんですけどね・・・・・。  まあ、KiKi の場合、単なる好奇心だけで教育史研究をしているわけでもないから、1冊で雰囲気が味わえればそれでOK。  でもね、帰宅してお茶をすすりながらまたじっくりと眺めてみたんだけど、所謂旧漢字のオンパレードで一世代(ひょっとして二世代?)前の日本人の識字率のレベルたるや、ものすご~く高いものがあったんだなぁと妙なところで感動してしまいました。    

ま、それはさておき、昨今では本の賞味期限(?)は KiKi が学生だった時代よりもはるかに短くなっちゃったみたいで、例えばふらっと時間潰しで立ち寄った本屋さんで興味を唆られるような本に出会っても、例えばお財布の中身が乏しくて「今度にしようっと」と思って次回まわしにしちゃうと、いつの間にか絶版に・・・・・な~んていうことが珍しくないような気がするんですよね。  特にハードカバーのちょっとお高めの本(& お世辞にもベストセラーとは言えない本)にはその傾向が顕著で、シリーズものとか全集ものだと尚更で(しかもこういうケースでは見つけた時に買うとなると一時の出費が痛すぎる 涙)、結果古本屋さんのお世話になる・・・・というパターンが KiKi の場合、かなり目立つような気がします。  因みにここで言う「古本屋さん」にはブックオフとかGEOとかTSUTAYAな~んていういわゆるリサイクル古書店は入りません。  KiKi にとって、「古本屋さん」と「リサイクル古書店」はまったく別カテゴリーのお店なのです。 

でもね、そんな「古本屋さん」(店舗販売)も昨今ではこれらの「リサイクル古書店」に押されちゃって・・・・なのか、読書人口が減っているせいなのか、なんとなく数が減ってきちゃったような気がするんですよね~。  特に都会では神保町の古本屋街はともかくとして、それ以外の商業都市ではホント古本屋さんは数えるほどになってしまったような気がします。  で、KiKi が頻繁にお世話になっているのがいわゆる「オンラインの古本屋さん」です。  ま、そんなわけで「古本屋さん事情」にちょっとした興味を持っている KiKi が「リサイクル古書店」で見つけて即ゲットしたのがこの本なのです。

ぼくはオンライン古本屋のおやじさん
著:北尾トロ ちくま文庫

 

  (Amazon)

 

この本を購入したのには3つぐらいの理由があるんですよね~。  一つ目は言わずと知れた古本屋事情を覗き見したいという野次馬根性。  二つ目はこの本がちくま文庫だったから(笑 実は KiKi はちくま文庫のファンなんですよ。  岩波少年文庫とちくま文庫、そして講談社学術文庫には惹かれるものがあるんですよね~。)  そして三つ目は長野県伊那市高遠町で活動している「本の家」(もともとは西荻窪でハートランドという古本と喫茶の店を開いていた斉木さんという方とこの本の著者でもある北尾トロさんが中心になって仲間を集めてオープンしたお店 & 街づくり)に興味があったから。

まあこの本を読んでもその「本の家」に関連するお話は何一つ出てこないし(この本が書かれたタイミングと「本の家」の活動が始まったタイミングが違うので)、ネット環境もあまりにも異なる時代のお話ばかりなので、読み進めていく過程で「あれ?  これっていつの時代の話だ??」ってなるんだけど、あの「本の家」の活動の根っこにある「脱力系の本好きプロジェクト」を支えている核・・・・というか骨格がどこにあるのかはそこはかとなく感じられるエッセイだなぁ・・・・・と思いました。

読んでいるうちに興味のなかったはずの「オンライン古本屋」を思わずやってみたくなるような(但しあくまでも副業として・・・・・ですが ^^;)気分にさせられちゃった自分に気がつき、なんとなくバツの悪いような、苦笑しちゃうような気分の KiKi なのです。      

以前から興味だけは持っていたものの、およそ定価で購入する気にだけはならなかったこの本。  たまたま自宅近所のブックオフで発見したので、手に取ってみました。  著者の青柳いずみこさんはピアニストであるのと同時に文筆活動でも結構活躍されており、KiKi が過去に定期購読していた「ムジカノーヴァ」という音楽雑誌やら、ヤマハフィーリングクラブから1ヶ月おきに自動的に送られてくる「音遊人(みゅーじん)」にも定例でエッセイを書かれていらっしゃるので、KiKi にとっては結構親しみのある(一方的に・・・・ではありますが ^^;)女性です。

ボクたちクラシック音楽つながり - ピアニストが読む音楽マンガ
著:青柳いづみこ  文春新書

41LtwoWFssL__SL160_.jpg  (Amazon)

どうして音楽を聴いただけですぐに弾けるの?  オーケストラが鳴る指揮者とは?  海外留学、コンクール優勝は必須?  「のだめカンタービレ」「ピアノの森」「神童」はクラシックの世界への「開けゴマ!」  (新書本帯より転載)

第1章: 一回読譜したらとっととやるぞ!
第2章: 楽譜どおり弾け!
第3章: バレンボイム対ホロビッツ!?
第4章: コンクール派と非コンクール派
第5章: 留学
第6章: 指揮者の謎
第7章: コンサートで受けるプログラム
第8章: 音楽は人間が出る?
第9章: ピアニストは本当に不良債権か?

やっぱり「のだめ」の力はすごいものがありますねぇ~。  一応、いくつかの漫画を題材に青柳さんが音楽家の本音的なことをエッセイ風に綴った本になっているのですが、メインに扱われているのはやっぱり「のだめ」でした。  

クラシック音楽関連の雑誌やら著名な演奏家の著作をいくつか読んでいる KiKi にとってさほど目新しい話題は書かれていなかったのですが、1つ1つの章で書かれていることに関しては「うんうん、そうだよね~」とか「そうそう、そんな話、どこかで読んだか聞いたことがあるよ」となかなか楽しくサクッと読み進むことができました。

読んでいく中で意外に思ったのは第1章の中の「初見と暗譜の方程式」のところで、「初見が得意な人には、暗譜が苦手な人が多い」と書かれていたこと。  KiKi は真面目にレッスンしていた頃にはどちらも得意だったんですよね~。  でもね、年齢を重ねるにつれ、どちらも苦手になっていった・・・・そんな気がしていたんですよ。  特に暗譜に関しては間違いなく大人になるにつけダメになっていきました。  で、これは記憶力の低下 もしくは 「あがる」という心理と密接に関連しているんじゃないかと思っていたんですよね。  前にもお話したことがあるような気がするんだけど、子供時代の KiKi はあがるというのが理解できなかったぐらいふてぶてしかったんですよね~。  逆に、どちらかというとステージの上では誰にも(まあ、ピアノの先生ですけど)邪魔されずにノビノビ弾けるから大好き♪ ぐらいに感じていました ^^;  それが大人になってから、色気・・・・というか、人に媚びる(要するに「上手く弾きたい」とか「あそこの情緒をもっと出したい」とか「苦手なあそこをはずさずに弾ききりたい」とか、演奏前に余計な邪念が入る)ようになってから、突然ステージ上で頭の中が真っ白・・・・・な~んていうことを経験するようになったという自覚があります。  

子供時代は暗譜って自然にできちゃうもの・・・・そんな感じでした。  だいたいにおいてピアノ曲って見開きページで終わる曲な~んていうのは本当に導入期だけで、練習中に必ず「譜めくり」という行為が伴います。  ところが音楽は続いているので、楽譜をめくるために中断するとその流れに支障を来すわけで、フレーズがぶつ切りになったり和声進行が中断されたりして要するにバランスが崩れちゃうんですよね。  レッスンの時は先生がめくってくれるからいいんだけど、自宅で練習している時はそのバランスの崩れが苦痛になったりするんですよ。  で、その苦痛がイヤだと思っていると、楽譜めくりのパートを自然と覚えちゃう・・・・・そんな感じでした。  それが知らないうちに広がっていって、ふと気がつくと全体が頭に入っている・・・・・それが KiKi の暗譜方法でした。  だから暗譜で苦労したことってあんまりなかったりするんですよ。  ところが、大人になってからは、譜めくりの部分だけは暗譜できているんだけど、そうじゃないところがなかなか頭に残らない。

挙句、頭に叩き込んだと思っていても演奏中に何かで気を反らせると、その瞬間にすべてが消え去る・・・・そんな風になっていったんです。  今もレッスン中に例えば家人が大きな物音をたてたとか、愛犬が走り回ったとか、誰かが訪ねてきて「ピンポ~ン」とか「ごめんくださ~い」なんていう音が耳に入った瞬間に集中力が切断されて(集中力が切れると言うより、コンセントをいきなり抜かれたような感じ)、先がわからなくなるだけじゃなくて、自分が何をしていたのかさえわからなくなったりするんですよね~。  極端なことを言うと、その物音が出た瞬間に手が止まって、場所を動かした覚えはないんだけどそこで指のある場所で和音を弾いても自分がどこにいるのかわからない・・・・そんな風に感じるようになってきたんですよね~。  (昔は、手が止まっても、その場で和音を弾くといつでも復帰できたんだけど・・・・・。)  

  

以前に NHK BS で放映されているアニメ番組に感化(?)され、「少女ポリアンナ」と「ポリアンナの青春」を読んだけれど、今回もその第2段(?)  たまたま留守録でなぜか録画されていたアニメ番組「わたしのあしながおじさん」を観たことにより、急遽、懐かしさがこみあげてきて手にとって読み返してみてしまった本をご紹介したいと思います。

あしながおじさん
著:ジーン・ウェブスター 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

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孤児のジュディは、名前を名のらないある人物の援助で大学に入ります。  そのひとを「あしながおじさん」と名づけたジュディは、楽しい生活ぶりをせっせと手紙に書いて報告します。  ユーモアとあたたかい愛が全編にあふれる永遠の名作。  (文庫本裏表紙より転載)

いや~、ホント久しぶりでした。  小学生の頃、少なくとも5回は読んだことがあるような気がする「あしながおじさん。」  訳者の谷口由美子さんがあとがきで「手紙の書き方はすべてこの本で教わった」と仰っているとおり、この本はジュディのあしながおじさん宛ての手紙のみ(冒頭数ページを除く)で構成されています。

KiKi は谷口さんとは異なり、この本から手紙の書き方を教わったという実感はないんだけど(手紙を書くのは全然苦じゃなかったし、どちらかというとスラスラと書けちゃった方なので)、でも彼女の手紙には子供時代も、そしてストーリーを知っている今、再読している間も、ある種翻弄され、ある種魅了されながら読み進めていく・・・・そんな物語だと思います。

とにかくジュディの手紙が面白いんですよ。  文体がコロコロ変わるのも面白いし、トピックもコロコロ変わる。  それにね、女の子の手紙だなぁと思わずにはいられないのは、こんなところ(↓)です。

ジョン・スミスと呼んでほしいというような人に、最大の敬意をはらうといっても、それはなかなかむずかしい注文です。  なぜ、もう少し個性のある名前を選ばなかったんですか?  これじゃまるで「馬のつなぎ杭様」とか、「物干し竿様」に書いているみたいじゃありませんか。  (最初の手紙 初年度9月24日の手紙)

自分を援助してくれている、但し自分のことは詮索されたくないという篤志家の方を相手に最初の手紙でその名前についてとやかく言う(笑)  挙句の果てにどこから出てきたのか「ジョン・スミス」≒「馬のつなぎ杭」 or 「物干し竿」という発想!(笑)  正直なところ KiKi も一応は♀だけど、この発想の転換(と呼べるものなんだろうか?)には唖然としてしまいます。  でもね、もちろん不快感はないんですよね~。

そうかと思うと、こんな手紙もあります。

今日、あたしが習ったことをちょっと聞いてください。  「正角錐台の側面積は、両底面の周囲の和と台形の高さの積の二分の一に等しい。」  うそみたいですけど、ほんとうです ― あたし、ちゃんと証明できますよ!  おじさんには、あたしがどんな服を持っているか、お話していませんよね。  ドレスが6着あって、すべて新しくて、きれいで、あたしのために買ったものです - 誰か、年上の人からのおさがりなんかじゃありません。  おじさんは、おそらくおわかりにならないでしょうね、これが、孤児の人生にとって、まさに画期的なことだということを。  (初年度11月15日の手紙)

数学の話をしたいたかと思うと、いきなりドレスの話!!  しかも、「証明できますよ!」と言うからにはその話が続くのかと思いきや、言いきっておしまい(笑)  恐らく、大人、そして特に男性がこの手紙をもらったら、「数学の証明」から思考回路が離れ切っていない状態でいきなり「ドレス」だから、肩透かし・・・・というか、ガクっとくるというか、そうなっちゃうだろうなぁ(笑)  これはどう考えても女の子の書く文章の特徴のような気がすると可笑しくて、可笑しくて(笑)

これがもっと進むとこんなことまでジュディは書き始めます。

おじさん、シフォンだの、ベネチア風ポイントレースだの、手ししゅうだの、アイルランド風鉤針編みだのということばが、男の人たちにとって、何の意味もないつまらにことばだと思うと、男の人って、なんてうるおいのない人生を送っているのだろう、とつくづく思ってしまいます。  ところが、女の人は、たとえ、興味を持っていることが、たとえば赤ちゃん、細菌、夫、詩、召使い、平行四辺形、庭、プラトン、ブリッジ、とにかく何にしろ ― 基本的に、そして常に服装には興味を持っているものなんです。  (3年目の12月7日の手紙)  

KiKi は正直なところどちらかというとファッションには疎い方だし、服装への興味は♀の割にはかなり薄い方だと思うので、必ずしもジュディのこの意見には手放しで賛同できなかったりもするんだけど、KiKi がジュディの女の子らしさを感じるのは、そこよりも、興味を持っていることの羅列の仕方です。  何で赤ちゃんの次が細菌で、召使いの次が平行四辺形で庭の次がプラトンなんだ????  この発想の回転の仕方はまさに女性的だと思うんですよね~(笑)

 

昨日、食材の買い出しで自宅近くのスーパーに行った帰りに、その並びにあるブックオフに久々に寄ってみました。  最近では KiKi は新刊本を購入することはとっても稀で、多くの場合がブックオフもしくは Amazon の Market Place での中古本購入がその大半・・・・・となってしまっています。  とは言うものの、ブックオフに寄ると大抵の場合が何かしら(それも5~6冊単位で)を購入してしまう習癖があるため、「今日は疲れているなぁ・・・・・」と感じる日には持ち帰ることになるだろう本の重さを想像しただけで「又、今度・・・・・」となることが多いんですけどね(笑)  いえね、別に本だけだったらいいんですよ。  でも、多くの場合が食材の買い出しとセットになっているので、片手に本、片手に米 とか 大根 とか じゃがいも とか 醤油 だったりすると、会社帰りの疲労気味の身体にはチト辛くてねぇ・・・・・。  ついでに会社から持たされているPCを背中に背負ったりしているので・・・・ ^^;  

ま、それはさておき、ブックオフでの本購入において問題になるのは定価ではないことによる気安さから、選択眼が甘くなりがちで、「タイトルに惹かれて・・・・・」というだけで、ついつい手を伸ばしてしまう本が多くなったこと・・・・・でしょうか?  今日ご紹介する本も正直なところ中身はほとんど吟味しないまま、「タイトルに惹かれて」手を出してしまった1冊です。

 

中高年からの田舎暮らし
著:湯川豊彦  学研M文庫

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都会の喧騒や慌しさから離れ、豊かな自然、静寂、新鮮な空気を求めて田舎で暮らしたい。  でも、具体的にどうすればいいのか?と、今ひとつ足を踏み出せないでいる方々も多いはず。  そんな疑問に、「元・都会人間」を自認する著者が、実際に田舎に暮らす自らの経験をもとに、「田舎暮らし」の喜び、失敗談、そして具体的な方法を分かりやすくお教えします。  この一冊で、豊かな田舎暮らしが貴方のものに!  (文庫本背表紙から転載)

このブログにある程度定期的に訪ねてくださるゲストの皆様は KiKi がLothlórien_山小舎暮らしを画策していることはとうにご存知だと思うんですけど、そろそろ本格的な移住スケジュールを検討し始めた KiKi はここいらでもう一度自分がやろうとしていることを客観的に見つめ直してみたいなぁ・・・・と思っていたところ、たまたまブックオフの棚で燦然と光を発している(笑)この本のタイトルに吸い寄せられてしまいました。  で、ご購入と相成ったわけです。  因みにこの本、こんな構成になっています。

プロローグ 田舎暮らしで、もう一人の自分に出会う
       (十年間、田舎で暮らしてわかってきたこと)
第1章 現代の田舎は、昔の田舎とは大違い
       (もはや、子供時代ののどかな田舎をイメージしてはならない)
第2章 田舎の住まい探しは、自分で行うのが原則
       (自分の目で確かめ、自分の価値基準で判断すれば、後悔しない)
第3章 田舎の家は、自分中心の発想で造りたい
       (新築、リフォーム・・・・。  田舎には建売住宅は存在しない)
第4章 田舎暮らしに、日曜日は存在しない
       (のんびり派も、張り切り組も、田舎では毎日がウィークデー)
第5章 田舎暮らしのQ&A
       (「都会も田舎も、同じ人間が作る社会」 そう考えると、気が楽になります。)
付録・田舎暮らし希望者のための情報集

全ページ数297なんだけど、たった数時間で読めちゃった・・・・・・ということは、まあ KiKi にとってはどちらかというと「さらっと流せるタイプの本」だったということになろうかと思います。  でもそれは内容がめちゃくちゃ薄い・・・・・ということではなく、どちらかというと「田舎暮らしをイメージだけしていて躊躇している人の背中を押す本」というカテゴリーに入る記述が多いから・・・・・とも言えるような気がします。  

この本を購入するにあたり期待していたのは、KiKi のような「週末田舎暮らし組」が「定住田舎暮らし組」になろうとする時に必要な予備知識・・・・みたいなものだったんだけど、結論からすると「実際の経験 & それに伴う感情に勝る知識はない」という、ある種当たり前のことでした。

特に第4章まではデジャブ感・・・・というか、「そうそう、そうなんだよね~」という共感だとか、「うんうん、KiKi もやったよ、それ」という追体験だったりとか、そんな感じでホントさらっと流しちゃった(笑)  で、第5章でようやくまだ定住していないが故に経験していないことがチョコっと出てくるんですけど、いわゆる「想定外」みたいなことはな~んにも書かれていなかったので、「まあ、これなら何とかなりそうだな」という一種の安心感を得た・・・・・そんな感じでしょうか?

 

北欧神話 P. コラム

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せっかく「リング祭り」を開催(?)しているので、それに因んで、今日はこちらの本をご紹介したいと思います。  ワーグナーが「リング」を構成するにあたり、その原典を求めた「ゲルマン神話」「ゲルマン伝説」の1つ、北欧神話の「エッダ」をコラムというアイルランドの詩人でもあり、劇作家でもある方が「子供にもわかりやすく再話、再構築した物語」、北欧神話です。

北欧神話
著:P. コラム 訳:尾崎義  岩波少年文庫

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神の都アースガルド。  威厳にみちたオージン、力自慢のトール、いたずら好きのローキ、美しい首飾りとひきかえに夫を失った女神フレイヤなど、個性的な神々の活躍を描きます。  「エッダ」に基づいて書かれた少年少女のための北欧神話。  (文庫本裏表紙より転載)

 

今、KiKi はこれと並行して「エッダ」を読み進めているんですけど、あちらは韻文テイストを残している上に、ところどころ欠落部分があったり、話があっちへ飛んだりこっちへ飛んだりしているのに比べて、こちらは組み立て直しが行われているのでスンナリ読めるところが楽チンです(笑)  実はこの本は KiKi は子供時代から何度も読んでいるので、北欧神話のスタンダードは KiKi の中ではこの本になってしまっています(笑)

KiKi はね、子供時代は「神話」って大好きで、当時図書館で手にすることができるありとあらゆる神話を読み耽っては想像をたくましくしていたようなところがあるんですけど、成長するにつれて、神話と宗教の関係性(?)がよくわからなくなっていっちゃったんですよね~。  で、同時に特定の宗教に帰依していないということもあって、自分を無神論者だと思う時期があったり、一神教を胡散臭いと思う時期があったりして、30代に入ってからまた神話の世界に惹かれるようになって・・・・・という感じで「神話」とお付き合いしてきています。

そんな「神話とのお付き合い」の中で、KiKi は北欧神話ってギリシャ・ローマ神話とかエジプト神話以上に惹かれるものがあるんですよね~。  エジプト神話の神様っていうのはやっぱり神様然としていると思うんだけど、ギリシャ・ローマ神話の神様も北欧神話の神様も、神様ではあるんだけど神々しいだけじゃなくて人間臭い・・・・・というか、欠点もいっぱいあって親しみが持てるところがいっぱいあると思うんですよね。  でも、ギリシャ・ローマ神話の神様はどことなく洗練されていて優雅さを湛えているのに対し、北欧神話の神様ってもっと素朴な感じ(野暮とも言える ^^;)がして、およそ完全無欠とは言い難い・・・・・その曖昧さが好きなんですよ。

だいたい神様のちょっとした行為が、その時には目に見えるような何かを引き起こすところまでは至らないのに、結果的に「神々の黄昏」を導いていく・・・・・というのは人間の業にも通じるものがあるような気がして、神話でありながら我が事のように読むことができるというのがかなり特異だと思うんですよね。  神々の長、オージンが自分の片目を捧げてまでして得た「知恵」を持ちながらも、とある出来事で発生した賠償問題で「金・宝」による取引をしてしまう話、その取引の結果として「金・宝」に執着する一度はアースガルドから追放した強欲女の入国を許してしまう話、その女に撒き散らした毒の話、本来であればラグナロクで威力を発揮するはずだった武器を、ひとめぼれした乙女との結婚の代償として手放してしまっていた神様の話、等々が全部ラグナロクに集結していくというのがものすご~く強烈であるのと同時に、金権主義にまみれている今の自分の生活にふと引き寄せて色々なことを考えさせられるし・・・・・・。

 

さて、iPod にまつわる様々なトラブル発生のため、ちょっと忘れかけていた企画(?)を続行したいと思います。  何事も中途半端はいけません (>_<)  ま、てなわけで本日は「リング祭り」第2段を決行したいと思います。  本日の KiKi の1冊 & 1曲はこちらです。

ワーグナー ニーベルンゲンの指環 ヴァルキューレ
ORFEO C660 513Y 演奏:クナッパーブッシュ指揮 バイロイト56年ライブ

KnappertsbuschRing56.jpg   (Amazon)  

 

ニーベルンゲンの指環 ワルキューレ
作・R. ワーグナー 訳:高橋康也・高橋迪 絵:アーサー・ラッカム  新書館

f767a1909fa0694c40143210_L__SL500_AA240_.jpg (Amazon)

この絵、本当にステキでしょ♪  これが KiKi (というより Brunnhilde)が Brunnhilde というHNを名乗ろうと思った時にイメージしていたブリュンヒルデの Visual 版(笑)  こちらもこの写真だとあまりにも見難いと思うので、本物をご紹介しておきたいと思います。

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勇んで駒を進めよ、勇敢な乙女!
激しい争いが始まろうとしている。
ブリュンヒルデよ、決闘の場に赴き、
ヴェルズングに勝利を与えるのだ。
フンディングは倒れたままに放置するがいい。
ワルハラにふさわしくない男だ。
いざ、馬を駆って戦場へ急ぐがいい!

 

ニーベルングの指環全編の中でもっともメロディアスな音楽に満ち溢れている(と個人的には思っている)このヴァルキューレ。  そのヒロインたるブリュンヒルデは KiKi の憧れでした(笑)  でも、そんな彼女が登場するのは第2幕から。  第1幕はジークフリートの両親であるジークムントとジークリンデの出会いから近親相姦、そしてだいじなものであるノートゥングのゲットまでです。

このCDでは何ともお気の毒なことにジークフリート役のヴォルフガング・ヴィントガッセン(T)さんが、ジークムントと2役を演っていらっしゃるんですよね~。  ライヴのはずだから、連日、歌いっぱなしってことです。  何ともまあお気の毒なことで・・・・・。  とは言うものの、1リスナーとしては本当にありがたいことです。  やっぱり違うなぁ、ヴィントガッセン。  何て言うか、説得力があるんですよね~。

ヴィントガッセンだけじゃなくて、とにかくこのボックス、配役表の顔ぶれがすごいと思うんですよね。  バイロイトがこれほどワグネリアンを熱くさせた時代は、やっぱり50年代だと個人的には思うんですよ。  その50年代の歴史的な記録がこの音質で聴ける・・・・・というだけで、KiKi は胸が熱くなってしまいます。  「ラインの黄金」の時にはかなり気になった「オケの音が引っ込んでいる感じ」がこのヴァルキューレからはだいぶバランス改善されているように感じるし・・・・・。  (KiKi の耳が慣れただけかもしれないけれど ^^;)

 

さて、なかなか重量感のある本やら音楽やらにひたっている今日この頃・・・・・ですが、ここいらで「ニーベルンゲン繋がり」ではあるものの、若干軽め(?)の本を読んでみようかな?と思います。  ま、これを「軽い」と見るか、「重い」と見るかは人それぞれだとは思うんですけど・・・・・ ^^;  その1冊とはこちら(↓)です。

「ニーベルンゲンの歌」の英雄たち
著:W. ハンゼン 訳:金井英一/小林俊明  河出書房新社

51S25SMCTBL__SL500_AA240_.jpg  (Amazon)

KiKiはねぇ、とにかく「ニーベルンゲン」で始まる書物を探しまくった過去がありまして・・・・。  その時に比較的入手しやすい(お値段的に・・・・だったり、絶版になっていない・・・・という条件だったり)もの、もしくは何となくフィーリングで「コレ!」と思ったものを少しずつ買い集めてきたっていう経緯があります。  ま、その際に今年に入ってからこれまでにご紹介してきている本だとか随分昔のことになっちゃうけどご紹介したこの本だとかを揃えたわけですが、今日ご紹介しているこの本はそのリストの中から購入したわけではありません。  じゃ、これを購入したいきさつは・・・・・と言えば、ズバリ書店で見かけたこの表紙の雰囲気・・・・・であります。

ど真ん中にある真っ赤な剣(バルムンクでしょうか?)も何だかカッチョイイし、左端の青緑っぽい色で描かれた「ジークフリート竜を退治する」の絵もいいし、ど真ん中の中世戦闘絵巻っぽい絵も何ともキャッチーでねぇ(笑)

で、本屋さんで立ち読み状態で「まえがき」部分をさらっと流してみたら、「ニーベルンゲンの歌」に登場する人たちは歴史上人物の誰にあたる?を探った本・・・・とのこと。  ま、真偽のほどはともかくして、こういうお話って悠久のロマンを感じて、想像するだけでも楽しいじゃないですか!  

古い世の物語には数々のいみじきことが伝えられている。
ほまれ高い英雄や、容易ならぬ戦いの苦労や、
よろこび、饗宴、哀泣、悲嘆、また猛き勇士らのあらそいなど、
あまたのいみじき物語を、これからおん身たちに伝えよう。
   (「ニーベルンゲンの歌」 第1歌謡 岩波文庫 相良守峯  より転載)

古(いにしへ)の譚話(ものがたり)に数々の奇しきことども語り伝へらる。
誉れ高き偉丈夫(ますらを)ばら、いとどしき艱難辛苦、
歓喜(よろこび)と饗宴(うたげ)、涙と歎きのことども、
さては勇しき武夫(もののふ)の闘ひの奇しき話をいざ談り(かたり)申さん。
   (「ニーベルンゲンの歌」 第1歌謡 東洋出版 服部正巳  より転載)

相良さんの訳の方が断然読み易いけど、服部さんの訳だと文語調で雰囲気があっていいですね~。  ま、そんな「古の譚話」とやらにどんなものがあったのか興味は尽きず・・・・・ということで購入した本がこの本っていうわけです。  因みにこの本でルーツが検討されている「ニーベルンゲンの歌」の登場人物はこんな感じです。

グンター王
ブリュンヒルト
ジークフリート
ハーゲン・フォン・トロニエ
リューディガー・フォン・ベッヒェラーレン
エッツェル王
クリームヒルト
ディートリッヒ・フォン・ベルン
フォルカー・フォン・アルツァイ

うんうん、メジャーどころは押さえてありますね、ヒルデブラントを除くと・・・・・(笑)

 

さて、今年はリングで幕を開けた KiKi。  で、その元本でもある「ニーベルンゲンの歌」関連のエントリーを連日書いてきたりしていたわけですが、久々に怒涛のリング熱に浮かされ始めちゃったみたいです。  ま、たまたま、新しい iPod を購入したことによって KiKi のお宝「リングCD」を4本もデータ転送して、極力見ないようにしてきたCDを棚から出しちゃった・・・・・ということもあったもので・・・・・ ^^;  ま、こうなったら毒を食らわば何とやら・・・・ということで、リングに嵌るのもありかな?と自分勝手に思い込むことにしてしまおうかな・・・・しちゃってもいいよね・・・・・しちゃえぃ!・・・・しちゃうしかないでしょ・・・・という4段活用に至ってしまいました。  こうなったら「リング祭り」でやんす!  

何がお祭りかって???  それはね、せっかくの機会なので、お宝CD(のうちの1つ)とお宝本を同時にご紹介しちゃうことにしたからなんです。  

ま、てなわけで本日の KiKiの1曲と1冊はこちらです。

 

ワーグナー ニーベルンゲンの指環 ラインの黄金
ORFEO C660 513Y 演奏:クナッパーブッシュ指揮 バイロイト56年ライブ

KnappertsbuschRing56.jpg  (Amazon)  

 

ニーベルンゲンの指環 ラインの黄金
作・R. ワーグナー 訳:寺山修司 絵:アーサー・ラッカム  新書館

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CDの方はカイルベルト盤にしようか、クナッパーブッシュ盤にしようか、ベーム盤にしようかと散々悩んだ挙句に今回はクナ盤の56年バイロイトライブを選びました。  上記(↑)の Amazon Link でご紹介しているものと KiKi が持っている Box (画像のもの)とでは見た目がちょっとだけ違うんですけど、データを見る限りでは同じもの・・・・のようなので、恐らく現在ではこの形で販売しているんだろうと解釈してこのリンクを張っておきました。

ま、最近の録音ものに比べると音はちょっとだけよくない(ちょっとオケの音が引っ込んだ感じ?)けれど、逆に言えば歌が前面に出てきていて、それはそれでいいかな・・・・と。  ま、それに iTunes で再生する分にはそれが気になって不満に思うというほどの問題ではないので・・・・・ ^^;  それよりはやっぱり良くも悪くもそこそこ評判のあるクナの56年ライブであるっていうことが大切だろうと思うんですよね~(笑)  

で、基本的にはオペラは極力、映像つきでご紹介してきている KiKi ですが、今回はそのポリシーを曲げてまでしてCDを取り上げているので、手元に本を置いて、それを読みながらの鑑賞としてみようという趣向です。  で、実は KiKi は本の方もこれとは別の新書館発行の本も持っているんだけど、ここはやっぱりお宝のアーサー・ラッカムの挿絵入りの本の方をご紹介するタイミングだろうな・・・・・と。

この本の表紙の挿絵、ちょっと見難いだろうと思うので本物をご紹介しておくとこんな感じです。

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(↑) ライン河をはさんで、山頂から神々の城ワルハラへ虹の橋がかかる。

ラインの黄金!
おまえはあたしたちの涙の結晶!
夕陽に照り返す輝かしい財宝!

あたしたちの心の歌声!
おまえはどこへ行ってしまったの?
もう一度あたしたちのふるさとへ帰っておいで!
ラインの黄金!

ラインの黄金! 涙の結晶!
月光のため息! ・・・・・帰っておいで。
再びあたしたちのライン河の水底で光っておくれ!
水に揺らめいてこそ、詩も真実もあるが、
上のお城が持っているのは、いつわりの月日だけ!
呪われろ! 呪われろ! 呪われろ!

 

素敵でしょう、この挿絵。  ラッカムですものね~。  こんな幻想的な挿絵が満載の本が今では絶版なんですよね~。  復刊する気はないんでしょうか? > 新書館さん

 

今日はここ何回か連載した石川栄作教授の「ニーベルンゲン関連」の著作のベースにある叙事詩の傑作「ニーベルンゲンの歌」をご紹介したいと思います。  当分の間 KiKi の読書カテゴリーのエントリーはこの「ニーベルンゲン関連本」に関するエントリーが続いちゃうと思いますが、悪しからず・・・・。  何せ今年のテーマなもんで ^^;

 

ニーベルンゲンの歌
訳: 相良守峯  岩波文庫

510X6D9P3NL__SL500_AA240_.jpg 51TJFY8XGRL__SL500_AA240_.jpg  (Amazon)  (Amazon)

ニーベルンゲンの宝を守る竜の血を浴びて不死身となったジーフリト。  だが妃クリエムヒルトの兄グンテル王の重臣ハゲネの奸計により殺されてしまう。  妃の嘆き、そして復讐の誓い。  こうして骨肉相喰む凄惨な闘いがゲルマン的忠誠心の土壌のうちに展開する。  均整のとれた美しい形式と劇的な構成をもち、ドイツの「イーリアス」と称せられる。  (前編表紙より転載)

夫ジーフリト暗殺に対する復讐を誓ったクリエムヒルトは、その手段としてフン族のエッツェル王の求婚に応じた。  そして10余年、宮廷に兄グンテル王、めざす仇ハゲネらを招いた彼女は壮絶な闘いの上これを皆殺しにする。  しかし自身も東ゴート族の老将の手で首をはねられる。  戦いは終り、あとにエッツェル王ら生者の悲嘆を残して幕は閉じられる。  (後編表紙より転載)

 

ニーベルンゲンの宝
著:G. シャルク 訳:相良守峯  岩波少年文庫(特装版)

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                    特装版_30冊セットで Amazon)

 

ドイツのえら~い学者さんが、「ドイツ文学史」というたいそうな本の第1巻に 「ドイツの作家精神の生んだ最大の産物、ドイツ人気質をもっとも完全に、かつ明瞭にあらわしている作品、そして万一ドイツ民族がこの世から消え失せた暁に、この民族の名をもっとも輝かしく世にのこすべき作品をあげよとならば、我々はそれをただ二編の文学に局限することができるであろう。  それはすなわちニーベルンゲンの歌ゲーテのファウストである。」と絶賛した・・・・とされる、「ドイツのイリヤス」とも呼ばれる作品です。  この本をこの文庫で通して読んでみるのは何年ぶりのことでしょうか。  せっかくリングで年明けを迎えた今年だからこそ再読する気になった本・・・・と言えるかもしれません。

イリヤスの方が古いにも関わらず、一応あちらは「ホメロス作」ということで全世界共通認識が持たれているのに対し、こちらの方が新しいにも関わらずこちらは「パッサウからウィーンに至るドナウ地方出身の詩人」という以上には作者に関して世界的な統一見解というものが持たれていません。  そしてこの叙事詩は「ニーベルンゲン詩節」と呼ばれる一種独特の形式、リズム感で書かれている韻文なのだそうですが、ドイツ語の読めない KiKi にはそれがどれほど素晴らしいものなのか、正直なところ漠然・・・・としかわかりません。  もっともこの韻文を翻訳されていらっしゃる相良守峯さんのご努力のおかげで、とっても味わいのある訳文がいかにも「歌」という雰囲気を醸し出してくれています。

前編は19歌章、後編は20歌章から成り、ゲーテは「前編はより多く華麗、後編はより多く強烈。  しかし両編ともその内容において、また形式において、相互にまったく均衡を保っている。」と仰っているとか・・・・、確かにその通りで前編はきらびやかな宮廷生活描写や明るいジーフリトのおかげでゴージャス感に溢れています。  これに対して後編はクリエムヒルトの結婚 & リュエデゲールの元での祝宴あたりまでは辛うじて華麗な感じを保っているものの、それでもどこかに最後にぱっと燃えさかるロウソクの炎のような、そして仇花的な雰囲気もあり、グンテル王御一行様がエッツェル王の宮殿に到着してからは血みどろ、力(Power)のインフレ、火責め、壮絶・・・・・と恐ろしい世界が繰り広げられ、そして誰もいなくなった・・・・(嘆息) っていう感じです。

過去にこの本を読んだときはゲーテのいう「両編とも内容 & 形式において、均衡を保っている」というのが理解できなかったんですよね。  どちらかというと、前編では貞淑な乙女チックなクリエムヒルトの変貌がおよよ・・・・だったり、前編であれだけ存在感を示していたプリュンヒルトが後編では消え去ってしまっておよよ・・・・だったり。  でもね、今回は例の石川教授の2つの著作 (1) (2) と並行して読み進めていたために、ゲーテのいう「保たれている均衡」というのがどういうことなのか KiKi にもよく理解できたように思います。 

さて、今日は先日ご紹介した「ジークフリート伝説」の前に石川栄作教授が書かれた「『ニーベルンゲンの歌』を読む」をご紹介したいと思います。  この本も再読だったのですが、今回は「ニーベルンゲンの歌 (岩波文庫)」を傍らに置きながら読み進めたので、又、新たな発見があったように思います。

「ニーベルンゲンの歌」を読む
著:石川栄作  講談社学術文庫

51XQHAPR6GL__SL500_AA240_.jpg  (Amazon)

古代ゲルマン英雄伝説と華麗で雅やかな中世騎士文化、この2つが見事に融合した「ニーベルンゲンの歌」はドイツ文学の最高傑作であり、一大記念碑でもある。  主人公ジークフリートとクリエムヒルトが秘める二重生活、また、結婚と招待、復讐のもつ意味を精細に分析し、民族の歴史と共に語り継がれてきた伝説の系譜にゲルマン文化の変遷を辿り、作品の意義と魅力を語る。 
     (単行本裏表紙より転載)  

先日の「ジークフリート伝説」とダブっている記述も散見されるけれど、こうやって立て続けに2冊を読んでみると、今までの読書以上に頭に残ったような気がします。  この本に関しては恐らく過去に2回は読んでいるはずなんだけど、今回読み直しながら「そうそう、そういえばそういうことが書いてあったんだっけ!」と何度思ったことか!(笑)  まあ、初読の時は肝心要の「ニーベルンゲンの歌」よりもワーグナーのリングだけを意識しながら読んでいた・・・・という嫌いもなきにしもあらずだったし、2回目は通勤途中の電車の中で途切れ途切れに読んでいたので、何となく印象が薄い・・・・ということがあったように思います。

今回改めて読み直してみて、一番 KiKi の注意をひいたこと。  それは「第4章 悲劇の二重構造」の中にある以下の記述でした。

ジーフリトの死にはニーベルンゲン財宝の霊力が働いていたことが明らかである。  ジーフリトは今やニーベルンゲン族と呼ばれていることにも注目する必要がある。  ニーベルンゲン (Nibelungen) とは「霧の国の人々」、すなわち、「冥界に行くべき人々」を意味し、ニーベルンゲンの宝を持つ者は滅びなければならない。  ジーフリトはニーベルンゲンの宝の所有者となり、ニーベルンゲンの国の主人となったがために、滅びなければならない運命にあるのである。  ここには古代ゲルマンのニーベルンゲン伝説に由来する不思議な力が作用しており、前編の主人公ともいうべきジーフリトは最初から死すべき運命にある古代ゲルマンの英雄である。  (以下略)

このように前編では侏儒族からニーベルンゲンの財宝を奪い取ったジーフリトがニーベルンゲン族と呼ばれていたのに対して、後編においてはフン族の国へ出かけるブルゴント族がニーベルンゲン族と呼ばれていることは注目すべきである。  今や滅びていくのは、ジーフリトから財宝を奪い取ったブルゴント族である。  前編と同じように後編においてもここでは素材に由来する財宝の呪いが支配しており、ブルゴント族は、ニーベルンゲンの財宝をクリエムヒルトから無理やり奪い取ったがためにジーフリトと同様、所有するや否や、滅びていかなければならないのである。 (以下略)
     (本文 p.215-216 より転載)

以前、KiKi は「ゆびわの僕(裏ブログ)_Lothlórien開設時にこちらに統合」で「ニーベルングの指環が象徴するもの」というシリーズもののエントリー (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)を書いているのですが、その頃にはこの本を一読していたにも関わらず、ここに書かれていた内容に関してはすっかり頭から抜け落ちていました ^^;。  そうかぁ、「ニーベルンゲンの指環」の「ニーベルンゲンの」には実は深~い意味があったんですね!!  あのエントリーはどこかで訂正(もしくは追記)しなければならないだろうなぁ。    

先日もこのエントリー(↓)でお話したとおり、今年の年初はワーグナーのリングで幕開けした KiKi。  そもそも KiKi が長らくネット落ちしていたにも関わらず、このLothlórien_Blog を再開しよう、しかもこれまでバラバラといくつかの Blog で書き分けてきたものを統合して1つの Blog にまとめようと考えたいきさつは・・・・と言えば、もちろんいろいろな理由があるわけだけど、やっぱりその軸にあるのは文学と音楽を統合して扱えるサイトにしたい・・・・・という想いがあったからということが挙げられます。  となるとやっぱり触れないわけにはいかないのが「ジークフリート伝説」と「リング」の関係というトピックです。  ま、てなわけで今年は年初から「ジークフリートづくし」で手にした書物も今のところこ~んな感じです。

ニーベルンゲンの宝 著:G. シャンク 訳:相良守峯  岩波少年文庫(復刻版)
ニーベルンゲンの歌 (前編) (後編) 著:不明 訳:相良守峯  岩波文庫
「ニーベルンゲンの歌」を読む 著:石川栄作  講談社学術文庫
ジークフリート伝説 著:石川栄作  講談社学術文庫
ニーベルンゲンからリルケまで ゲルマン神話   吉村貞司  読売新聞社

今日はその中から「ジークフリート伝説」をとりあげたいと思います。  

ジークフリート伝説
著:石川栄作  講談社学術文庫

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ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」は、多くの音楽ファンの心を烈しく揺さぶる一大傑作である。  その主人公ジークフリートのルーツはどこにあるのか。  古代ゲルマンの「竜退治」「財宝獲得」の英雄伝説や北欧の伝承「歌謡エッダ」「サガ」などの系譜を辿り、また、主人公の人間像と楽劇の魅力を徹底的に読み解き、ドイツ文化の特質とその精神の核心に鋭く迫る。
       (文庫本裏表紙より転載)

KiKi の又のHNはご存知の方はご存知だと思うんだけど、Brunnhilde を名乗っています。  この Brunnhilde は決して「ニーベルンゲンの歌」のプリュンヒルトから取ったものではなく、ワーグナーのリングから取ったものです。  パソコン通信時代には別のHNを使っていたんだけど、インターネット時代に入った際に Brunnhilde に改名しました。  どうしてこんな長ったらしい、ついでにあまりメジャーとは言えないHNにしたか・・・・と言うと、一応 KiKi は♀なので「こわ~いインターネットの世界」を生き抜くためのある種の防衛反応(?)が働いて、あまり可愛らしい感じのするHNは避けたいなぁ・・・・な~んていうことを考えてこの名前を使い始めました。  

そうしたらこのHNの効力(?)たるやすごいものがあって、「ワーグナーのリング」を知らなくて、「ニーベルンゲンの歌」は知っているというような方から、「そんなに怪力なの?」とか「意外と嫉妬深いの?」みたいな質問をいただいたことがあったりなんかして・・・・・(苦笑)  ま、過去に KiKi が公開していたHPのプロフィールでは「趣味」のところに定番の「音楽鑑賞」「読書」以外に「腕相撲」な~んていうことを書いていたせいもあると思うんだけど・・・・^^;  (趣味:腕相撲 は決して嘘ではなくて、20代の頃は仲間内で腕相撲をよくやっていました)    

ま、この逸話でもわかるように、ジークフリート伝説・・・・・と一口に言っても登場人物だけは同じでも、少しずつお話が違ったり、人の名前もちょっとだけ違ったり、有名なジークフリートの暗殺の場面がベッドの上だったり森の中だったりと色々ヴァリエーション(?)があるんですよね~。  KiKi が最初に出会った「ジークフリートの物語」は恐らく岩波少年文庫の「ニーベルンゲンの宝」だったんじゃないかと思うんだけど、「ニーベルンゲンの歌」はともかくとしてその後色々な本を読んでいく中で「ジークフリートの物語」が出てくるたびに「あれ?  これは KiKi の知っているジークフリートの物語と少し違う・・・・・??」と感じることも多かったし、ましてやもっとず~っと後に接することになった「ワーグナーのリング」では人の役割自体が大幅に変わっちゃっていたりするんですよね~。  で、KiKi の老後の暇つぶしテーマの1つにこの「ニーベルンゲン伝説の変遷をたどってみる」というものがあったりするわけです。  

で、この KiKi の老後の暇つぶしのテーマにもっとず~っと真剣に取り組んでいらっしゃるらしいのがこの本の著者、石川栄作徳島大学教授です。  ドイツ語ができない KiKi に変わって(?)、原典を色々と研究された成果をこの本ともう1冊の「『ニーベルンゲンの歌』を読む(講談社学術文庫)」にまとめられていらっしゃいます。  ま、この2冊以外にこの石川先生は「ニーベルンゲンの歌 構成と内容(郁文堂)」という本も出していらっしゃるようなのですが、こちらはちょっとお高め・・・・なので KiKi は未だに入手できていないし、読んでもいません。  せっかくだから学術文庫でこちらも出していただきたいものです>講談社さん。  

で、この本なんですけど、簡単に言ってしまうと「ニーベルンゲン伝説を、その源流からワーグナーに至るまでをサラリと流してみました」っていう感じでしょうか。  そして、その大きな流れの中でその支流とも言うべき北欧のサガに関しても触れられているのですが、そこはかなりあっさり感があるように感じました。  どちらかというと16世紀の民衆本だとか戯曲に流れていった路線に関しての記述の方が詳しいように思います。    

 

今週末も KiKi はLothlórien_山小舎で過ごしています。  さすがにこちらは寒い(プルプル)  でも、昨年に比べるとこちらの覚悟のでき具合の違いか、はたまたそこそこ防寒グッズが充実してきたためか、あるいは地球温暖化の影響なのかは定かではないのですが、ひたすら「さ~ぶ~いィィ~!!」と叫んでいた昨年よりは過ごしやすいような気がします。  ま、とは言うものの、とにかく朝から晩まで薪ストーブに薪をくべ続ける1日となっております。  

でもね、薪ストーブのいいところの1つ。  それは外出する際などに一々火を消さなくてもいいところ。  最初のうちは KiKi も都会人の性で、火をつけっぱなしで外出することに戸惑いがあったんですよね。  でね、これが燃えさかる火が丸出しの暖炉だと、やっぱり火をつけっぱなしというのは問題があるだろうと思うんですよ。  でもね、薪ストーブの場合は鋳鉄の箱の中で火が燃えているわけです。  で、それなりの灰処理の機能もついているわけで、夜中も薪ストーブいっぱいに薪をつめこんで、空気を極力しぼると明け方にはまだまだ熾き火が残っていてそこに薪を足して・・・・・な~んていうことをしているうちに気がついたんです。  あれ?  これって火をつけっ放しで外出してもいいんじゃないかしらって・・・・・。  

で、、そうやってず~っと火をつけっ放しでいるっていうことは、この熱を何かに利用したくなっちゃうのが人情というものです。  ま、てなわけで、今日はこんな本を眺めていました。

Viva! 薪ストーブクッキング
著:ポール・スキャナー Good Life Press

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KiKi もね、Lothlórien_山小舎初年度からいわゆるストーブトップ(上↑の本の表紙の写真にもあるようにカッパー製のヤカンと鋳鉄製の鍋が載っているところ)を利用しての煮込み料理は、毎度毎度こちらへ来た時の冬のおかずとしてやっているんです。  後はストーブ下部にある「灰受け皿」を利用してお芋を焼く・・・・っていうのも既に何度も経験済みです。  でもね、話によれば薪ストーブを使うとたいていのお料理がおいしくできちゃうらしい・・・・・。  で、そのあたりを研究したいと思って購入したのがこの本です。 

因みにこの本の目次はこんな感じです。

Chapter1: 私たちの薪ストーブライフ
  エッセイ 薪ストーブはスーパークッカーだ! (田渕義雄)
  愛情たっぷりケベック風アイディア料理 (マリー・デジャルダン)
  野菜三昧あったかベジランチ (鶴田静/エドワード・レビンソン)
  ほっこり和むお母さんの味 (吉田真沙子/雅典)
  子供も大喜びのおもてなしレシピ (鈴木俊太郎/道代)

Chapter2: 薪ストーブクッキングを安全に楽しむために
  薪ストーブのこと
  薪の話
  火の管理
  料理に使う調理道具
  薪ストーブに使う道具
  薪ストーブクッキングで火傷をしないための注意

Chapter3: シェフが伝授する薪ストーブクッキングレシピ
  豚肉のロースト フィレンツェ風 じゃがいも添え
  豚肉の塩釜焼き ゴルゴンゾーラソース
  鶏の赤ワイン煮
  ローストチキンのカルバドスとりんご風味
  ビーフシチュー
  あさりのオーブン ガーリックバター風味
  ティエッラ
  メカジキのカポナータソース
  カキの香草パン粉焼き
  アトランティックサーモンマリネの温燻仕立て
  鯛のアクアパッツァ
  焼きナスのマリネ
  焼きパプリカのマリネ
  温野菜のバーニャ・カウダ
  かぼちゃとニョッキ ローズマリー風味のクリームソース
  なすとドライトマト モッツァレラチーズのオーブン焼き
  モッツァレラチーズとバジルの目玉焼き(ポモドーロソース)
  クリスピーピッツァ(ジェノベーゼソース)
  もちもちピッツァ(マリナーラソース)
  ベーコンとドライトマトのリングイネ
  スパゲッティ カルボナーラ
  グラタン(ベシャメルソース)
  ラザニア(ボローニャ風ラグーソース)
  溶き卵のスープ(コンソメ)
  ミネストローネ(ブロード)
  パスタとインゲン豆のスープ
  ピッツァ生地で作るアレンジブレッド
  素朴なイタリアンブレッド
  レモンメレンゲパイ
  マスカルポーネのベイクドチーズケーキ
  ヨーグルトとヨーグルトチーズ
  あったかドリンク アルコールなし
  あったかドリンク アルコール入り  

他のエントリーよりも優先して書き綴ってきた「のだめ Review」。  それもついに最終巻を迎えました。  個人的にはこの全23巻のうち中だるみ的になっちゃった巻やら、不満やら何やらもあったけれど、総じて見るとやっぱりクラシック音楽をここまで大々的に扱ってくれたマンガはこれまでにあまり見たことがないような気がするので、やっぱり好きな漫画でした。  二ノ宮先生、ありがとう♪  そして、千秋君 & のだめちゃん、お疲れさまでした。  因みに KiKi の一番好きなキャラは実はターニャでした。(やっぱりピアニストがお気に入り ^^;)  ターニャの弾く「楽長クライスラー不在のクライスレリアーナ」は是非聴いてみたかった♪    

のだめカンタービレ #23
作:二ノ宮知子 講談社

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ついにグランド・フィナーレ!

紆余曲折の末、無事パリへ帰還したのだめ。  仲間に囲まれて再びピアノに向かうのだが、音楽への思いは以前と違っていた。  その様子を知った千秋が、一大決心!!  のだめに好きな道を歩ませようとするが、彼女の演奏を聴いて・・・・・・!?

まあ、あちらこちらで辛口の批評がいっぱい出ているのであんまりそれには触れたくないけれど、やっぱり絵の粗さが目立つ号だということだけは、隠しようのない事実・・・・・という気がします。  留学編がない方がよかったという意見もあるようだけど、KiKi は留学編が結構好きでした。  特に、若い身空で家族や恋人から離れて何かを手に入れようと必死で頑張っている青春群像物語っていうのは昨今ではちょっとカッコ悪い生き方とされる「熱さ」とか「必死さ」があって、ものすご~く共感することができました。  やっぱり人間、頑張るときには頑張らなくちゃ・・・・・みたいな感じで。  もちろん KiKi は「ストイックな生き方が正しい!」とまでは思っていないんだけど、やっぱり人生の中で「ストイックな時間を持つ瞬間はあるべき」だろう・・・・とは思っているので・・・・(笑)

さて、大成功のデビュー公演以来行方不明ののだめちゃんを想い、「すっかり見失っている」ことに茫然自失気味の千秋君。  そんな千秋君にとって格好の話し相手になったのはなぜか、「世界で一番嫌いだったはずの千秋パパ。」  それにしても・・・・絶縁親子の復縁 Dinner & 千秋君悩みごと相談のメニューが「山盛りフライドポテト」とはどういうセンスなんだ? この親子。  呪文料理を得意とする千秋君がメニューに拘らない時点で、千秋君には黄色信号が点滅していること間違いなしです。  (缶詰とどっちがタチ悪いのかなぁ・・・・・ ^^;)

ま、いずれにしろようやく傷心の旅(?)から帰国したのだめちゃんは何故かヤドヴィカと太鼓遊びに夢中になったり、幼稚園の先生ごっこに興じたり・・・・・。  う~ん、やっぱりよくわからない子だなぁ。  演奏家になりたくてもなれなくて(というよりその前段のコンクールで惨敗?)ある意味、落ち武者みたいな感覚で帰国せざるをえないユンロンがそんなのだめを見ていてイライラするのはものすご~くよくわかるような気がします。  のだめちゃんは決してユンロンをイライラさせような~んていうことは思ってもいないんだけど、相変わらずマイペースののだめちゃんのやっていることは対ユンロン(ある意味では対ターシャでもある)と言う目で見ると「無神経」なんですよね~。  天才ってホントにムゴイことを自覚なくしちゃうからタチが悪い・・・・・・。         

のだめカンタービレ #22 Review

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のだめカンタービレ #22
作:二ノ宮知子 講談社

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楽園か奈落か。  のだめ、運命の舞台へ!

Rui と千秋のコンチェルトに衝撃を受けたのだめ。  絶望の淵で差し出されたシュトレーゼマンの手を取るが―――。  運命に導かれるかのようにデビューを飾ったのだめを待っているものは!?  そして、のだめを見守るしかない千秋の胸に去来する思いは・・・・・?

初読の時からず~っと KiKi がよくわからなかったこと。  それは、シュトレーゼマンから差し出された手をなぜのだめが取る気になったのか?です。  結局、「拘るのは千秋先輩、先輩とのコンチェルト。  自分と千秋先輩というゴールデンコンビにしかできない演奏」だけだったはずののだめちゃんが、いかに相手が他でもないシュトレーゼマンだったとは言え、何故? という想いがず~っと消えないんですよね。  で、それを探してみるのを今回の再読(特に Vol. 21 & 22 では)のテーマの1つにしてみたんですが、今のところ、KiKi はその答えを見つけることができていません ^^;

いくらシュトレーゼマンでもただの道楽でこんなことをするわけがない。  のだめだって・・・・・この舞台に立とうというからには逃げるのはやめたってことだよな(普通ならね by KiKi)  それにしても・・・・いきなりシュトレーゼマン  イギリスの一流オケ  あいつ いったい何なんだ!?

ま・さ・に・です。  挙句の果てに、公演本番のその舞台でリハやゲネプロとは全然違う演奏を始めちゃうのだめちゃん。  天才っていうのはそんなものなのかもしれないけれど、正直これってハタ迷惑な話なんじゃないのかなぁ ^^;  でもまあ、そこは流石のイギリスの一流オケ & 世界のシュトレーゼマン。  彼女の音楽を共にしっかりと作り上げたい!と頑張ります。  そう思わせるだけのものを持っているのだめちゃんはやっぱり天才なんでしょうね~。  

でもね、それ以上にこの号を読んで思ったこと。  それはのだめのオケとの初共演が千秋君じゃなかったことが実はのだめにとってものすご~く良かったことだったんじゃないかと・・・・。  そう思うのはね、ショパンのコンチェルトの練習風景なんですよ。  世界のミルヒーが何故かのだめちゃんの言いなりになっているんですよね。 

「ミルヒー。  のだめ もっとガツンといきたくなったんでオケもガツンときてください。  でもソロの前はもっと緊張を・・・・  空気・・・・・ キリキリ張りつめてください。  オケの音聴いたら気が変わりました。  打ち合わせと違うけどいいデスか?」
「はい はーい。」  

「ミルヒー。  ここはテンポをこれくらい上げたいです。」
「はいはい」  

「ミルヒー。  もっと」
「はい はーい。」  

「ミルヒー!」
「がってーん!」 

これって相手がミルヒーだからできたこと・・・・だと思うんですよ。  もちろん千秋君も過去からず~っと「俺がこいつに完璧にあわせてみせる!」というスタンスだったから、同じだったかもしれないけれど、逆に彼女にとってそれができるのは「千秋先輩だけ」という想いがあった・・・・・ということもあるような気がするんです。  でもね、そうじゃなかった・・・・・。  これってのだめちゃんが千秋君から卒業するためには絶対に必要なプロセスだったような気がするんです。  ま、そのおかげで千秋君よりは若くないミルヒーは「ひ・・・・イイ  死ぬかと思ったぁー  ひどいよォ のだめちゃん・・・・・  この歳であんな目にあわされるなんて・・・・」という状態になっちゃいましたが・・・・ ^^;  でもね、これこそがマーメイドジュースよりも何よりもミルヒーには効く「不老不死の薬」なのかもしれません(笑)

 

のだめカンタービレ #21 Review

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のだめカンタービレ #21
作:二ノ宮知子 講談社

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千秋とRui が奏でるラヴェルはのだめの心にどう響くのか?

公演に向けてRui と練習に励む千秋。  Rui が弾くラヴェルは、千秋が思い描いていた音だった!  それは、いつかのだめと奏でたい音―――。  一方、猛勉強の成果でオクレールを認めさせたのだめ。  しかし Rui も同じ門下生だと知り・・・・・。  ショックを受けたまま、Rui と千秋の協奏曲(コンチェルト)を聴いたのだめは!?

カレー(はともかくとして)、豆のエストファード、ブフブルギィニョン・・・・・・って呪文料理ばっかりだけど、美味しそう!!  でも、どんなお料理なのかさっぱり見当もつきません。  (何せ KiKi はコテコテ日本のおふくろの味しか料理できなかったりする・・・・・ ^^;)  ま、てなわけで、ちょっとだけ調べてみました。  豆のエストファード(Estofado)のエストファードというのはスペイン風もしくは中南米風のシチューというか煮込み料理らしい。  なるほど、煮込み料理だったら KiKi は得意です。  どんな豆で作ったものかはよくわからないけれど、今度1度作ってみようと思います(笑)  で、ブフ・ブルギニヨン (Bœuf bourguignon)というのは牛スネ肉の赤ブドウ酒煮ブルゴーニュ風ということらしいです。  こちらは時々お世話になるクックパッドさんにこんなレシピが載っていました。  これも案外簡単に作れそう ^o^  わが家には一家に一人の千秋君がいないので、自前で何とかしなければ・・・・・。

う~ん、やっぱり KiKi はのだめちゃんはどちらかというと苦手かもしれません。  何ていうか、自分が一番っていうか、自分に興味を持ってほしい気持ちだけは人一倍強いくせに、自分のことに夢中になると相手のことはすっかり忘れちゃうというか・・・・・。  自分の演奏会に千秋君が来てくれないとそれがモロに態度やら何やらに出る割には千秋君のコンサートは忘れちゃう。  みんなが楽しみにしているコンサートのチケットを取っておくのを平気で忘れちゃう。  千秋君が仕事で Rui と2人っきりになると聞けば、感情むき出しになる。  まあ、理解できないわけではないんだけど、つくづく自分勝手だなぁ・・・・・と思わずにはいられない。  ま、そういう様々な感情を自分の中で消化して、それが演奏する際の表現やら音に昇華されるという点では二重丸だとは思うんですけどね(苦笑)

でもね、笑っちゃうのが、千秋君ものだめに毒されて(?)きたのか、Rui の「まだきっちり固めた演奏ではない」ラヴェルを聴いて、胸が痛んで挙句の果てにシモン・コンマスさんに「すごくやりたいと思っていたことなんですけど・・・・まだやりたくなかったというか・・・・」と訴えちゃっているところ。  そんなこと言われてもこれまでの出来事の背景をまったく知らないシモンさんにしてみれば「はぁ?  なんだそれ」なのは無理からぬこと。          

「明治」という国家(上)(下)
著:司馬遼太郎 NHKブ ックス

41Y133PS20L__SL500_AA240_.jpg  41BBDXTVR7L__SL500_AA240_.jpg    (Amazon)  (Amazon)

暁闇の海に一条の光を求めて

「明治」は清廉で透きとおった "公" 感覚と道徳的緊張=モラルをもっていた。  維新を躍進させた風雲児・坂本龍馬、 国家改造の設計者・小栗忠順、 国家という建物解体の設計者・勝海舟、 新国家の設計助言者・福沢諭吉、 無私の心を持ち歩いていた巨魁・西郷隆盛、 国民国家の形成を目指した彼ら "明治の父たち(ファーザーズ)" は偉大であった。  本書は、明治草創の精神を捉え直し、「明治国」という人類普遍の遺産を巨細に語りつくす。  これは、著者畢生の日本論であり、鮮明な日本人論である。  (上巻 カバー扉より転載)

 

彼方の国、蜃気楼のような

二十世紀は「明治」に始まり、いま、その総括の時期にある。  激動の昭和が終わり平成となった年は、世界史の一大転換期でもあった。  時代のうねりは、歴史を書きかえ、人々は、自らの行く手に思いを馳せる。  歴史の中に、鮮やかな光芒を放った "「明治」という国家"、その「かたち」を、「人々」を、真摯に糺しながら、国民国家の形成を目指した " 明治の父たち(ファーザーズ)"の人間智と時代精神の核と髄とを、清冽な筆致で綴り、日本の国家と日本人のアイデンティティに迫る。  (下巻 カバー扉より転載)

本来であれば「坂の上の雲」を読み進めるはずなのですが、たまたま 「学問のすすめ」 に寄り道してしまい、その中で著者の斎藤さんが紹介されていたこの 『「明治」という国家』 に興味を持ってしまい、先にこちらを読了してしまったので、読書記録をつけておきたいと思います。  いや~、この2冊。  かなり面白かったです。

子供の頃から日本史の中では「鎌倉幕府の成立」の頃、「戦国末期から徳川幕藩体制の確立」の頃、そして「幕末から明治維新」の頃という、それまでの体制から大きな変換を迎える時期にもっとも興味を持っていた KiKi なんだけど、実はその興味を持続させ勉強を続ける根気には欠け(って秋山真之さんの真似してみただけなんだけど・・・・^^;)、疑問には思ったものの自分なりの解釈が確立できていなかったいくつかのポイントに関して、この本は「なるほど。  そういう考え方もあるか!  そういう観点で推論するのもありか!」と得心させてくれたことが多かったです。

特に面白かったのは上巻では「第三章 江戸日本の無形遺産 "多様性"」という章、そして下巻ではいわゆる「あとがき」にあたる「"モンゴロイド家の人々"など」という章です。

  

のだめカンタービレ #20 Review

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のだめカンタービレ #20
作:二ノ宮知子 講談社

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ターニャの健闘、清良の快進撃。  コンクールを見守るのだめは・・・・・・?

カントナ国際コンクール2次予選。  清良は順調な演奏で本選進出を決めるもガケっぷちのターニャは実力を発揮できるのか!?  一方、コンクールを見守っていたのだめは運命の曲と出会う。  「いつか先輩と共演したい!」  ラヴェルの協奏曲が宝物になったのだめを残酷な偶然が待ち受けていた・・・・・?

ふぅ・・・・。  コンクールってやっぱり厳しい・・・・・。  明暗がはっきりわかれてしまったターニャと清良さん。  

「まずは通過した方々おめでとう。  そして落ちた人たちも気を落とさないでください。  みな非常にレベルが高く審査員の意見も推す人も様々でした。  この結果に自分を見失うことなく、これからも音楽に誠実に向き合い頑張ってください。」

確かに、理屈はそうだけど・・・・・。  でもやっぱり音楽だけで食べていこうとする(as 演奏家)と、演奏会のパンフレットなんかのプロフィール欄に「○○国際コンクール第×位入賞」と「○○国際コンクール二次予選進出」じゃあ、実際の演奏の良し悪しはほんの少ししか違わないとしても、全然違うんだろうし・・・・・。  まして、コンクールの結果が留学期限とクロスするターニャやユンロンの立場って本当に厳しいなぁ・・・・と思う。  「私はどうしてもっと時間を大事にしなかったのか。  今更悔んだって仕方ないけど、私だってまだやれると思うもの!」  ターニャのこの独白が胸を打ちます。

「国に帰るしかない」というターニャに「だったら・・・・ 生活なんて・・・・ 生活くらい僕んちでもすればいいだろ!?」と思わず言っちゃう黒木君。  多分彼は、もちろんターニャのことが嫌いじゃないし、ひょっとしたらちょっとは好きかもしれないし、実は自分でも気がつかないうちにプロポーズしていたのかもしれないけれど、きっと「彼女ならまだまだやれる!  ここで躓いて欲しくない。  ターニャの演奏をもっと聴いていたい!」っていう想いの方が強くて思わず言っちゃったんじゃないかと思うんですよね。  言っちゃってから実は自分の気持ちに気がついたって言うか・・・・・(笑)  そういう意味でのドン臭さはまさに「バッカじゃないの!」なんだけど、単なる色恋沙汰以上のものが感じられて、何となくいいなぁ~・・・・・と、おばさんは思ってしまう(苦笑)

一方で清良さん。  つい1つ前の号ではちょっと「混乱気味」な雰囲気だったけれど、このコンクールでファイナルまで残れたことで、だいぶ心の重石が取れたみたい・・・・・。  「この結果がどう出ても、私、日本に帰るから。」とお忍び(?)応援団の峰君に宣言しています。  こちらもこちらで青春していていいなぁ・・・・・。  でもね、それって恋愛沙汰が何よりも大事・・・・と錯覚しがちな年代に、「2年も恋人と離れて頑張ってきた清良さん」だから出すことができた結論なんだろうなぁ・・・・・と。  「やれるだけのことはやった!」という充足感、満足感があったんだろうなぁ。  こんなシーンを見ると、未だに道を迷い続けているおばさんとしては思ってしまうのです。  「偉いなぁ。  大人だなぁ。  やっぱり苦労の量と質の違いかなぁ・・・・・・。」と。

 

のだめカンタービレ #19 Review

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のだめカンタービレ #19
作:二ノ宮知子 講談社

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もっと高くもっと遠くまで――。  舞台はパリ、コンクール開幕!!

おじゃま虫カップル付きでウィーンを訪れたのだめと千秋は、留学中の清良と再会。  コンクール出場を決めていた清良の迷いとは・・・・・?  パリでも、ターニャとユンロンがコンクールに向けて猛練習中。  それぞれが希望と迷いの中で揺れながら未来へと走り始める。  そして、一番星を背負って、あの男がパリの地に立つ!!  (単行本裏表紙より転載)

この号では千秋 & のだめカップルのお話よりは音楽留学されている皆さんのご苦労がきっちりと描かれている・・・・・そんな印象を持ちました。  もちろん私費留学される方も今では多いんだろうけれど、やっぱり奨学金やら国からの援助金やらで勉強していらっしゃるケースが多いだろうと思うんですよね。  そういう意味ではある意味「金の切れ目が勉学の切れ目」みたいな部分もあって、そのストレスときたらハンパなものじゃないだろうと思うんですよね。  現代の日本人の大学進学と同じように「入学(留学)するまでは必死。  合格したらちょっと息抜き & 青春を謳歌。  卒業間近に大慌て・・・・・」というのは何となく理解できるし、それ以上にその大慌て以降の必死度みたいなものが並大抵のものではないというのもすご~くわかるような気がします。

一方で、黒木君の後輩のような留学希望者が陥る最初のカルチャー・ショックが「たいしたことない自分」というある種の自信喪失であるというのも、ものすご~くよくわかるような気がします。  少なくとも留学しよう!な~んてことを考え、しかもそれを実践しようとする人は、子供の頃からピアノ教室の中では優等生、音大でも優等生・・・・っていうタイプが多いと思うんですよね。  だからある意味では挫折とは無縁だったりもしてきているわけですよ。  で、仮に勉強している過程でヴィルトーソの生演奏を聴いて打ちのめされることはあったとしても「あの人はプロだから・・・・」とか「あの人は名演奏家だから・・・・・」と思っていればそれですんじゃうところがあったりもするわけです。  でも、三善アパルトマンで演奏(練習)している人たちはプロでもなきゃ、ヴィルトーソでもないわけで・・・・・ (もっともコンクールの準備中だけど・・・・ ^^;)。  里麻ちゃんが出会った時点では単なる「学生」だから「自分とは別格」とは考えづらいし、ついでに言えばそれが1人だけならまだしも、アパルトマン全体が「叶わない先輩方」じゃあ、そりゃあ、落ち込みもするでしょう・・・・・。

 

のだめカンタービレ #18 Review

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のだめカンタービレ #18
作:二ノ宮知子 講談社

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千秋がのだめと別居!  互いに音楽を見つめるため、パリ市内中距離恋愛開幕。

音楽に没頭するため、千秋がアパルトマンを出ることを決意。  のだめもサロン・コンサートが決まり猛特訓をはじめる。  離れて暮らすふたりは、この先どんな音楽を奏でていくのか!?  また、Rui やフランクたちもそれぞれの道で迷っていたが・・・・・・。  (単行本裏表紙より転載)

 

第18巻にして初登場(ヨーロッパ編になってからもすでに8巻経過! 笑)のヤドヴィカ。  彼女が作曲したという「テルミンとピアノのための小品集」とやらは是非聴いてみたい!!  だいたい KiKi は現代音楽がちょっと苦手(^^;)なので、そもそもテルミンってどんな音がするのか知らないし、まして耳が肥えていそうな征子ママが「癒された」と仰る音楽なだけに興味あるなぁ。  でも、四谷怪談とかホラーという感想もある中で「癒された」って・・・・・ ^^;  ホント、ターニャじゃないけれど、「征子ママ、奥深い人・・・・」っていう感じです(笑)

もう既に深いものを持っているにも関わらず、迷い道クネクネの Rui。  のだめちゃんだけではなく彼女に対してもオクレール先生は得意の一言を投げかけます。  「君、何しにフランスに来たの?」  誰も彼も迷い道に入っちゃっているから、どこへ向かったらいいのかわからなくて、オクレール先生のところに寄ってくるみたいです。  ま、もっとものだめちゃんの「何しに来たの?」と Rui の「何しに来たの?」は言葉こそ一緒だけど、実は全然違うと思うんですけどね。

「パリに来たら、友達を作って 恋をして そう思ってたのに  なんでまた ピアノを弾いているんだろう」

そう、これが「何しに来たの? Rui Version」(笑)  オクレール先生ってやっぱり歳の功なのかなぁ。  多分、彼女の目的、もしくは彼女が欲している物が「普通のピアノレッスン(プロ・バージョン)」にはもうないことをちゃ~んと察しているんでしょうね。  さすが、名教授と呼ばれる方だけのことはあります。

 

のだめカンタービレ #17 Review

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のだめカンタービレ #17
作:二ノ宮知子 講談社

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音楽に没頭するあまり、すれ違うのだめと千秋は!?

大成功で幕を閉じた千秋の常任指揮者デビュー公演。  その演奏を聴いたのだめは、音楽に真剣に向き合う。  次回公演に向け、音楽に集中できる環境を求めた千秋は、アパルトマンから姿を消した。  そして真価が問われる第2回公演で、千秋は・・・・・!?  (単行本裏表紙より転載)

生命は不滅たらんとする意志であり、音楽は生命と同じく「消し難きもの」である―――。  マルレオケも・・・・きっとずっと滅びない!  バソンだって・・・・・滅びない!!

アハハ。  いい語呂ですねぇ。  こういうセンスは二ノ宮女史は実に冴えています(笑)  それにしても大成功の常任指揮者デビュー公演を観終わったお客さんの反応が何とも・・・・  「よかったわ- 今日のマルレ。  どうしちゃったのかしら。」・・・・・て ^^;  KiKi はねぇ、そもそも演奏会に出かけて仮に期待はずれの演奏があったとしても「生」に浸っただけでも8割がたは満足しちゃっていて、その期待はずれの部分に関しては「KiKi のこの曲の解釈と異なる解釈の演奏だったんだろう・・・・」って思っちゃう方なので、「どうしちゃったのかしら?」って思ったことがないんですよね~。  ましてこの場合では、期待を上回る演奏だったはずなので、「今日は満足♪  得した気分 266.gif」って思うだけのような気がします(笑)

「お前はこのオケを踏み台の1つくらいに思っているかもしれないが、私の夢はこのオケをあの頃のようにお客さんに愛される活気溢れるオケにすることだ。  (中略)  でも今年こそ・・・・  お前だったら・・・・って思ってるんだぞ。  今のところ。」 by シモン・コンマス

最初に登場したときには「このコンマスって・・・・・」とちょっとよくわからない人に見えたけれど、Vol. 16 でのご高説といい、このさりげないフォローといい、いい人だぁ~!!!  そして素敵な人だぁ~!!!

   

のだめカンタービレ #16 Review

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のだめカンタービレ #16
作:二ノ宮知子 講談社

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千秋の奮闘でマルレ新生!?  いよいよ初公演

常任指揮者としてマルレ・オケの大改革に挑む千秋。  しかし、ヤル気満々新団員と、ヤル気ナシ旧団員との実力の差は歴然!  暗雲たちこめるオケに千秋は光を呼びこめるのか?  のだめは順調に新学期を迎えるが、その陰にはライバルが!?  (単行本裏表紙より転載)

去年激減してしまったマルレの定期会員を呼び戻す・・・・・・ために必死の千秋君を支える押しかけ女房による日本の妙技、ティッシュ配り!には大笑い。  でも確かにアレってひょっとすると日本独特の Marketing 活動なのかもしれません。  それにね、日本で(都会で?)暮らしているとポケット・ティッシュって買わなくて済むっていうのは実はホントに便利♪  ふとした時にないと困るものの筆頭がポケットティッシュだと思うんですよね~(笑)

新メンバーを加えたオケでの初公演のリハーサル初日。  ウィリアムテル序曲の「夜明け」でなかなか夜があけず、その後もなかなか前へ進まない・・・・・。  プロのオケでもこういうことってあるんですね~。  あ、それともこれってメタメタのマルレ・オケ特有の出来事なんでしょうか??  まあ、KiKi はオケのリハーサルなるものに参加したことも見たことも聴いたこともないので、実体は知らないのですが、ピアノの練習をしている中ではどうしてもうまく弾けないフレーズがあるとそこで停滞・・・・な~んていうことは日常茶飯事(「にちじょうちゃめしごと」と読んでほしい 笑)です。

リュカがのだめの手に手を合わせてちょっとだけ大きくなった自分の手を見て「これで弾ける曲がまた増えた」と嬉しそうにしているシーン、懐かしいなぁ。  KiKi も子どもの頃、1オクターブが届かない時期にオクターブが出てくる曲をレッスンしていて、ようやく届くようになった時には「これで弾ける曲がまた増えた♪」と同じように嬉しくなったことを思い出します。

     

のだめカンタービレ #15 Review

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のだめカンタービレ #15
作:二ノ宮知子 講談社

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初リサイタルで、のだめ菌爆発!?

オクレール先生の紹介で、リサイタルを開くことになったのだめ。  ブルターニュのお城に到着してみれば、城主はとてつもないモーツァルトマニアだった。  のだめ、苦手なモーツァルトを、初リサイタルでどう演奏するのか!?  (単行本裏表紙より転載)

「モーツァルトは・・・・・余計なことをせず、簡潔に、有限の美に無限の美を刻むように美しく・・・・」  ふ~む。  有限の美に無限の美を刻むように美しくっていうのがどうにもよくわからないんだけど、余計なことをせず、簡潔に・・・・は何となくわかるような気がします。  これは以前、とあるピアニストの方とブログ上でお話していたことなんだけど、モーツァルトのソナタって初見の時が一番いい音楽を奏でることができたような錯覚に陥ることがあるんですよね。  練習すればするほど崩れていくような・・・・。  実際にはそんなはずはないんだけど(特に正確さとか譜面の指示どおりかという観点では)、音楽として感じられるものは初見の時のインスピレーション・・・・みたいなものが一番マッチしているというか。  それが「余計なことをせず」なのかもしれません。

ブノワさんちでフォルテピアノを弾かせてもらったのだめ。  いいなぁ!!!!  KiKi も一度でいいからフォルテピアノを弾いてみたい!  どんな音がするのか、どんなタッチがいいのか、経験してみないとわからないと思うんですよね。  きっとイマドキのピアノとは違うところがいっぱいあるんだろうなぁ。  

のだめカンタービレ #14 Review

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のだめカンタービレ #14
作:二ノ宮知子 講談社

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のだめ & 千秋 b-hato4-b.gif  夢の共演がついに実現!?

千秋が指揮するオケでチェレスタを演奏することになったのだめ。  喜び勇んで会場入りするが、そこで待ち受けていたのは・・・・・?  そして、練習不足のオケを率いる若き常任指揮者・千秋。  公演を成功に導くことはできるのか――!?  (単行本裏表紙より転載)

 

コンサートレビュー
<孫Rui リサイタル@カーネギーホール>

正直、期待はずれ。  得意のリストで相変わらずの素晴らしい技巧を見せるも、今回特に意気込んでチャレンジしたのであろうショパンにモーツァルトでは逆に、意気込みだけが空回り。  表現の底の浅さを露呈した。  モノクロームでおかしな合成をされた旅先のポストカードのよう。

彼女は今、どこにいるのか。  子供の頃から世界中を歩いてきた彼女が本当の旅を始めるのはこれからなのか、それとも旅は終わったのか。

 

う~ん、手厳しいなぁ。  プロって本当に大変ですよね。  こういういわゆる音楽評に一喜一憂しなくちゃならないっていうのは、辛いことだと思う。  まして、こういう酷評をされた後、精神的に立ち直ることができなくて、演奏家生命を絶たれちゃう人もいるんだろうし・・・・・。  芸術ってどうしても人の心に何かを残して初めて「一流」と言われる部分があるだけに、仮に本人がどんなに努力をしたとしても、そして技術的には何ら問題がなかったとしても、結果として人の心を打つことができなければ、落第点をもらってしまうこともある・・・・・・。  ただね、個人的にはこの(↑)評論はあんまり好きじゃないなぁ。  同じことを表現するにしても、どことなく悪意・・・・・のようなものを感じるんですよね~。

KiKi はね、もともとCDなんかを購入する時にもいわゆる「音楽雑誌のCD評」とかは読まない人なんですよ。  と言うのも、人の評価を文字を通して頭に入れちゃうとその先入観が働いちゃって自分の感覚のみで捉える事が難しくなっちゃうような気がして・・・・・。  自分の感覚に自信があるわけじゃないんだけど、人の感性に振り回されちゃうのがどことなくイヤでねぇ・・・・・。  でも、一方では「本当にいいもの」を紹介してほしいというニーズもあるわけで、そういうときにそれを求めている読者に誠実であるためには、評論というのも大切な役割を果たしていることを考えると一概に「評論家ってヤツは・・・・・・。」みたいな議論もどうかと思うし・・・・・。  ま、そんなこんなで、できるだけそういう物からは我が身だけは遠ざけておきたい・・・・・ということで、「評論っていうのは極力読まない。」という姿勢を貫こうと思っているんですよね。

 

のだめカンタービレ #13 Review

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のだめカンタービレ #13
作:二ノ宮知子 講談社

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音楽も恋も波瀾万丈で新章突入!

アムールの街パリでノエルを迎えた千秋とのだめ。  しかし日々のすれ違いにキレた千秋が別れを宣言!?  季節は春になり、千秋にはオケの常任指揮者の依頼が来るが・・・・・。  そしてのだめは、スランプの元凶となった Rui と遭遇!?  (単行本裏表紙より転載)

千秋君のオランダ土産のチーズとニシンの酢漬けと自分へのご褒美のワイン!  う~ん美味しそう!!!  確かにヨーロッパでノエルに食するものとしては冷たすぎる気がしないでもないけれど(少なくとも KiKi はLothlórien_山小舎での冬の食事は鍋かポトフかシチューだし 笑)それでもやっぱり美味しそうだぁ!!!!  のだめちゃんは放っておいて、是非是非お相伴させていただきたいものです。

恵ちゃんがこの国でも活き活きとしている理由(わけ)がわかった気がする――  フランス人にも負けない自己主張

うんうん、KiKi もね、外資系の会社でお勤めしていた期間が結構長いので、外人社会での社交において結構大事なのがちゃんと自分を持っていること、我儘とは別の種類の自己主張がないといけないっていうのはよ~くわかります。  日本人の感覚からすると「えっ!  そんなにはっきり言っちゃっていいの?」と思うようなことも、言わないよりは言った方がいい。  た・だ・し・・・・・ 相手の言うこともちゃんと聞いて尊重してあげたうえで・・・・・という前提条件がつくんですよね。  KiKi もそのコツを掴むのに1年以上かかりましたけど(笑)  特に拠って立つものが異なる異文化の人たちとのコミュニケーションでは、それがかなり重要だったりするんですよね~。

そういう意味ではのだめちゃんみたいなタイプって日本でより海外でのほうが受け入れられやすいかもしれません。  

ま、それはさておき、物語は痴話喧嘩へ。  ここらあたりで恋愛ボルテージの強弱関係がちょっと崩れてきます。  それまでは恋愛ボルテージは明らかに のだめ > 千秋 だったと思うんだけど、何か事が起こらない限りにおいては、のだめ < 千秋 という構図が見え隠れします。  やっぱり千秋君としてはパリデビューの後、「変態の森へ」突入しちゃって、ある種のフツーの恋愛関係を期待するようになってきちゃったみたい・・・・・ですね。  

 

日本を教育した人々 斎藤孝

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先日「現代語訳 学問のすすめ」を読んだ際、巻末で紹介されているちくま新書のその他の本の紹介ページでこの本に興味を持ち、Amazon Market Place で中古本を購入しました。  最近では Book-Off とか Amazon Market Place で「ちょっと読んでみようかな?」と思った本を廉価で購入できるのは KiKi のような乱読系の人間にはとってもありがたい限りです。  なかなか図書館に足を運ぶ時間が作れない(ちょっとだけ遠いし、図書館に行くと数時間はそこで過ごしてしまうことになるので、それなりの時間的余裕がないとちょっとねぇ・・・・・)KiKi にとっては図書館と同じくらい重宝しています。  そうそう、本格的に山篭りするようになると、Lothlórien_山小舎のある村にはそもそも図書館っていうものがないんだっけ・・・・・ ^^;  これは問題だよなぁ・・・・・。

ま、それはさておき、ここのところ「のだめ」ばっかりに注力していた観がなきにしもあらずのこのブログ。  でも、決して漫画しか読んでいなかったわけではないのですよ。  てなわけで、今日はようやく読了したこちらのご紹介です。

日本を教育した人々
著:斎藤孝  ちくま新書

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極東の島国で資源にも乏しい日本は、「教育」を半ば国民的な「宗教」として国力を築いてきた。  ところが今日、いじめや学力崩壊によって、その「教育」が壊れつつある。  背景には社会的国民的紐帯の解体という、より深刻な問題が横たわっている。  日本人を日本人たらしめた教育とは、どのようなものだったのだろうか。  日本を教育したといえる、松下村塾の吉田松陰、慶応義塾の福澤諭吉、木曜会の夏目漱石、戦後日本人に巨大な影響を与えた司馬遼太郎を例に、彼らの言説と行動の教育作用の分析をとおして、その問いに答える。  (新書本カバー扉より転載)

「教育改革」の文字を見ない日はない・・・・・と言っても過言ではない昨今、では、どんな教育改革をしようとしているのか?、そもそも何のための教育か?、といったことが明確に見えてこない・・・・・そんな想いを KiKi は抱えています。  いったい何をどのように変えていこうとしているんだろう?  その方向性は正しいのだろうか?  恥ずかしながら最高学府を出ているにも関わらず、KiKi 自身がこれといった明確な Vision を持ち合わせていません。  でも、40代を迎える頃から、自分自身の生き方を見直す必要性を感じ始めたのとほぼ同時に、この国に今一番必要なものは「教育改革」なんじゃないか?という漠然とした想いも感じ始めていた KiKi。(Vision もないくせにねぇ~ ^^;)  そんなこともあってこの本に興味を持ちました。  

 

のだめカンタービレ #12 Review

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のだめカンタービレ #12
作:二ノ宮知子 講談社

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芸術とアムールの街(パリ)で音楽も恋も七転八倒?

新学期が始まり授業レベルの高さに圧倒されたのだめ、早くも挫折!?  指揮者修業の旅を終え4ヶ月ぶりにパリに戻った千秋の助言も耳に届かず・・・・・・。  ふたりの関係も音楽活動も急展開 & 新展開!!  (単行本裏表紙より転載)

 

君がそうやって言いたいこといっぱいあるみたいに他の作曲家だって言いたいこといっぱいあるのにネー。  君はその声を本能的に感覚的にしかとらえない。

なるほど・・・・・  深いなぁ。  KiKi もピアノを練習している中である意味でのだめちゃんと同じ、曲の奏でる声を本能的・感覚的にしかとらえようとしていないような気がします。  まあ、楽曲のアナリーゼなることを真剣にやったことってあんまりないし・・・・・。

「怖かったんだ・・・・  売れなかったら評価されなかったらどうしようって・・・・・  ボクの絵は本当に趣味で独学だったし・・・・・」  「大丈夫よ  芸術は人の目や耳に触れてまたそだっていくんだから」

あ、イタ~ッ!  これって何となくわかる。  KiKi もね、前にこのエントリーでお話ししたようにピアノを弾いているなかですぐに「正規の教育(≒音大)を受けていないし、趣味ですから・・・・・」と逃げる傾向があって、前に師事した先生に「音楽をやるものにプロもアマチュアもありません」と諭されたっけ・・・・・。  その後、師事した先生方にも常に「演奏会(といっても発表会みたいなもの)に出ましょうよ。」「いえ、私は曲を期日までに仕上げられる自信がありませんから。」「この前仕上げたアレを弾けばいいじゃない。」「いや~、当日も忙しいかもしれないし・・・・・。」という会話を繰り返してきているような気がします。

決して人の評価を気にしているわけじゃない・・・・・・つもりなんだけど、KiKi の場合怖いのは、舞台で頭が真っ白になっちゃうこと。  昔はそんなことなかったんだけど、ここ何年かは「アレ?」と思った時には止まっちゃう癖ができちゃってねぇ・・・・・。  ま、それはさておき、やっぱり芸術っていうのは人の目や耳に触れてナンボ・・・・なんでしょうねぇ。

     

のだめカンタービレ #11 Review

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のだめカンタービレ #11
作:二ノ宮知子 講談社

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指揮者コンクール、大決戦!

オケと不協和音を奏でてしまった千秋は挽回に挑み、ライバル・ジャンと片平との最終決戦へ・・・・・  指揮者コンクール、ついにクライマックス!!  そして、休む間もなく90日間世界一周修業の旅へと連れ去られる千秋。  パリに残されたのだめには前途多難な新学期が待っていた!?  (単行本裏表紙より転載)

 

ジャンの演奏は、良くも悪くもいつも「ジャン」だ  短い時間の中でも作品の本来の姿・・・・精神性を明確に表現しようとする強い意志と知性をみせてくれた千秋に対して、どの曲でも流麗で気持のいい演奏をするが「なんとなく」の部分が多すぎるジャン。  勉強不足か。  そういう意味では片平の方が頑張っていたな。  本人もそれは感じているようだね。

う~ん、難しいところですよね。  確かに KiKi も色々な演奏を生にしろ、CDにしろ、TV放送にしろ聴いてきた中で、「綺麗なんだけど、上手いとは思うんだけど、終わってみて何も残らなかったなぁ。」と感じる演奏はあるわけですが、それが「なんとなくの部分が多すぎるから」なのかどうか・・・・・。  それにね、ある演奏家の演奏を聴いていて「良くも悪くも○○の演奏」と感じることがあるのも事実だけど、それはそれで再現芸術としては仕方のない部分・・・・とも言えるような気がすることもあるんですよね。  

ま、いずれにしろある意味順当(?)に千秋君は初体験の指揮者コンクールでみごと優勝を果たしたのでありました。  そして、師匠シュトレーゼマンと共に3カ月のヨーロッパ・ツアーへ♪  そしてひとり取り残されたのだめちゃんはピアノの練習に頑張る・・・・・・・のかと思いきや、まずは語学学校へ。  でもまあ、幸いなことに「音楽を勉強するものに優先的に貸しているアパルトマン住まい」なので、そこそこ色々な刺激を受けるようになっていく模様です。

  

のだめカンタービレ #10 Review

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のだめカンタービレ #10
作:二ノ宮知子 講談社

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千秋 & のだめ、ヨーロッパ上陸!!

クラシック音楽の聖地に旅立った千秋とのだめ。  期待と不安に胸を躍らせながらパリでの生活が始まった。  早くも指揮者コンクールに挑む千秋とはうらはらに、のだめはホームシックに・・・・・・!?  新たな仲間とライバルに出会ったふたりの新楽章が幕を開ける!!  (単行本裏表紙より転載)

ようやくヨーロッパ上陸を果たした千秋 & 何故かヨーロッパ留学をすることになったのだめ。  ず~っとここへ来たくて来たくてたまらなかったけれどやっと来ることができた千秋君には早々から予定がぎっしりなのに対し、よくわからないまま勢い(?)で来ちゃったのだめちゃんはほとんどツーリスト気分です。  う~ん、これでますますもってのだめちゃんがどういう子なのか KiKi には分からなくなりました。  もちろん息詰まるような1ヶ月にも及ぶ試験期間直後なわけだから、少しぐらい羽目をはずすのはアリだと思うし、初めての海外だろうからツーリスト気分になるのもわからないじゃない。  でもねぇ、これからこちらの学校で勉強しなくちゃいけないわけで、語学がまだまだだったらもう少し自分なりに焦ることやらやるべきことがあるような気がしないでもないし、KiKi だったらのだめちゃんとは逆に最初のうちくらいはもっとピアノの練習したり・・・・とかすると思うんだけどなぁ。  で、慣れてきた頃に中だるみの時期があって練習そっちのけでツーリストと化したりする(笑)

とは言いつつも、コンセルヴァトワールの試験で何故かお友達になっちゃったフランクの部屋で「プリごろ太 フランス語版」を発見してからの語学学習の集中力には凄まじいものがありました(笑)  確かに下手に語学教材なんかを使うよりはああいう勉強法の方が身に着くのは早いんだろうなぁ。  でも、これってたまたま偶然フランクが「プリごろ太」のファンだったからラッキー♪ということであって、そうじゃなかったらのだめちゃん、どうしていたんだろう??  彼女のマイペースぶりにはやっぱりついていけない部分が多い KiKi です ^^;

この号はほぼ丸ごと千秋君のプラティニ国際指揮者コンクールのお話。  このお話を初めて読んだとき、KiKi はだいぶ前に読んだことのある小澤征爾さんの本「ボクの音楽武者修行」を思い出していました。  色々でてくるエピ(特に指揮者コンクールのエピ)がほぼ丸ごとこの本から抽出されているような気がするんですよね~。

ボクの音楽武者修行
著:小澤征爾 新潮文庫

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この本は KiKi のお気に入りの1冊で、これまでに何度も何度も読み返しています。  若かりし頃の小澤さんとこの号で頑張っている千秋君の姿がところどころダブリます。  ダブるものがあるように感じさせる・・・・・という時点で、千秋君は「世界の小澤千秋」になれる可能性が高い・・・・・ということなのかもしれません(笑) 

のだめカンタービレ #9 Review

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のだめカンタービレ #9
作:二ノ宮知子 講談社

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千秋、飛翔!!  のだめ、凍結(フリーズ)!?

高熱で寝込んでしまったのだめ。  最後の1曲を仕上げられないまま、コンクール本選を迎えることに!  また千秋は、学生生活最後を飾る R☆S オケの公演で華々しい活躍を遂げる。  彼の目は欧州(ヨーロッパ)へと向けられ、のだめとともに留学を考えていた。  しかし、のだめは・・・・・!?  (単行本裏表紙より転載)

この巻での圧巻は何と言ってものだめちゃんの「マラドーナ・コンクール本選での大健闘」でしょう。  特にね、KiKi はあのペトルーシュカと今日の料理のコラボレーションの場面が好きなんですよね~。  初めてこの漫画を読んだとき、思わずペトルーシュカのCDを取り出して聴きなおしちゃったし、この漫画でこの2つがどことなく似ている旋律を持っていることに初めて気がついちゃったし、とにかくインパクト絶大なエピでした(笑)   曲としては KiKi はシューマンのソナタの方が好きだったはずなんだけど(^^;)、この号を読んで以来、ペトルーシュカも結構好きな曲になっちゃった(笑)

とは言うものの、「どんなにいい演奏をしても曲を変えて弾くのはコンクールの場では論外」ということで、本気で狙っていた1位はおろか入賞さえすることができず、のだめちゃんは失意のまま実家へ・・・・・。  KiKi はねぇ、のだめちゃんって本当によくわからないんですよね。  4巻あたりではまるで恋愛沙汰にしか興味のなさそうだったのだめちゃんが、どうしてここで千秋君からの「一緒に留学しよう」という誘いを断るんでしょうか?  これが清良さんとか、黒木君とか、菊池君とかだったらわかるような気がするんです。  自分の力で結果を出して留学したいという想いが半端じゃなく強い人たちのはずだから・・・・・。  でも、のだめちゃんの場合は、千秋君と一緒にいられればいいんじゃないの??  千秋先輩と一緒に留学したいという想いだけで、このコンクールに参加したんじゃないの??  のだめちゃんのプライドがどこにあるのか全く見当もつかないんですよね~。  

100歩譲って千秋先輩とのコンチェルトの夢が遠のいたからそのショックが大きすぎて・・・・・ということであったとしても、留学して音楽の勉強さえ続けていればひょっとしたらいつかはその機会が得られるかもしれないけれど、音楽を辞めちゃったら永久に叶えられない夢になっちゃうわけだし・・・・・・・。  それとも、常にどこから持てるのかよくわからないけど自信だけは持っている あ~んど 一種独特の思い込みの強さの相乗効果で、「マラドーナ・コンクール優勝 ≒ 明日にでも千秋先輩とのコンチェルト」という思い違いでもしていて、それが実現できなかったショックなんだろうか??  う~ん、理解に苦しむんだよなぁ。  ハリセン先生じゃないけれど、「こういう人が周りにいたことがなかったから、どう解釈してあげればいいのかわからん・・・・・ ^^;」っていう感じです。 

のだめカンタービレ #8 Review

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のだめカンタービレ #8
作:二ノ宮知子 講談社

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羽ばたく千秋にのだめ、追いつけるのか!?

飛行機恐怖症のため日本から出られないままの千秋だったが、その迷いをふりきり、R☆Sオケの公演で大成功をおさめる。  そんな千秋に贈られた、のだめからの切ないプレゼントとは・・・・・・?  初めて明かされる千秋のトラウマの正体。  のだめのコンクール挑戦。  大きく動き出した運命の流れは、どこへ・・・・・・?  (単行本裏表紙より転載)

 

この巻は凄い!!  Sオケのガーシュインの時も、この絵から音楽が鳴り響いてきたような錯覚にとらわれたけれど、この巻のR☆Sオケの初公演の絵からも、あれを圧倒するレベルで音楽が鳴り響いてきた・・・・・そんな気がします。  多分、ところどころに添えられている言葉と奏者それぞれのバストショットが効いているんでしょうね~。  個人的にはこの漫画家さん、決して上手な絵を描く人じゃないと思うんだけど(失礼 ^^;)、このあたりはノリノリで描いていらっしゃる・・・・・そんな空気を感じます。

音楽をやっていくためには才能だけじゃなく、運も絶対必要だ。  君は掴むことができるか?  千秋真一

きっとそうなんだろうなぁ・・・・・。  もちろん運だけではどうにもならない世界なんだろうけれど、才能は必要最低条件でそこに+αで運が味方したときに、初めてモノになる・・・・・  そういう厳しい世界なんだろうと思うと、早々に足を洗っておいてよかった(笑)  まあ、KiKi の場合は、そもそも必要最低条件の「才能」の方に難があったと思うので、よかったもへったくりもないのですが・・・・・・ ^^;

この巻ののだめちゃんはちょっといいですよね♪  千秋先輩の飛行機恐怖症を直してあげようとしたり(それが千秋の留学を意味することを知りつつも)、その先輩についていくためにピアノを頑張ってみようとしたり・・・・・・。  理由が何であれ、理由がよくわからない状態で「幼稚園の先生」に固執していた頃の彼女よりず~っと感情移入しやすいし、仮にところどころ変なところがあったとしても、友達として応援してあげたい・・・・そんな気分にさせてくれます。

それにようやくピアノ音楽が出てくるようになった点も KiKi にとってはとっても Good!! なのです。  一応主役は「天才ピアニストのだめ」のはずなのに、ここまであまりにもピアノ曲が出てこなさすぎ!です(笑)  もちろん「おなら体操」や「もじゃもじゃ組曲」がダメなわけじゃないけれど、曲のイメージがつかめないのでどことな~くフラストレーションを長い間感じていたんですよね。  そうそう、そういう意味ではドラマ効果は凄くって、ドラマで「おなら体操」を聴いたり見たりして、さらには in Europe で「もじゃもじゃ組曲」を聴いたことによって、今回の再読にあたっては「おなら体操」のシーンやら「もじゃもじゃ組曲」のシーンでは音楽のイメージがあって、初めてこの漫画を読んだときよりはフラストレーションが少なかったことを白状しておきます。 

のだめカンタービレ #7 Review

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のだめカンタービレ #7
作:二ノ宮知子 講談社

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才能が開花する、千秋の新オケ!

千秋率いる新オケが本格始動!!  才能あふれるメンバーに恵まれ、プロ顔負けのオケに仕上がりそうな予感 b-hato4-b.gif  いっぽう名指導者・江藤に才能を買われたのだめは、暴力レッスンに耐えかねて、教室を脱走するのだった・・・・・。   (単行本裏表紙より転載)

う~ん、江藤先生、怖い~・・・・・・

 

 

 

 

か??

 

 

確かにハリセン持ってレッスンする先生な~んていうのは KiKi もお目にかかったことはないし、江藤先生は少なくともルックス的にソフトなイメージはないけれど、のだめが毛嫌いするほど怖さを感じるか?と聞かれると「そうかなぁ?????」と思ってしまいます。  ま、のだめに逃げられて最初に考えたことが「ハリセンの強度とサイズを縮小しよう。」というのは、それはそれで変わっていると思いますが・・・・・ ^^;

KiKi が子供の頃についてい たピアノの先生は女性だったけれど、怖いという意味ではあの先生の方が怖かったような気がするんですよね。  ハリセンこそ持っていなかったけれど、何度も同じミスを繰り返す(それも一度ならず注意されたことが直らない)と、素手ではあったけれど、手をバチバチ叩かれたし、明らかな練習不足状態でレッスンに臨むと、無理やり椅子からどかされて「今日はやっても意味ありません!!」と叫ばれちゃったし。  決してヒステリックだったわけではないけれど、やっぱりいきなり椅子から突き飛ばされる(KiKi の感覚では突き飛ばされた感じがしたの。  実際には押し退けられる程度だったけれど)のは怖くて、レッスンの間中、ピリピリ・ビクビクしていたこともありました。  

そうそう、今思い出したんだけど、KiKi は子供の頃は発表会というのが大好きだったんですよね~。  でもね、なぜ好きだったのかというとその理由の1つが発表会のステージ上では、曲の途中で手を叩かれたり、椅子からどかされたりっていうことがなかったから・・・・・  情けない理由でしょ。  でもね、ある意味発表会のステージ上が一番ノビノビと演奏できたというのは事実なんですよね~(笑)  

ま、それはさておき、やっぱり谷岡先生っていいなぁ(笑)  「ボクはね、やる気のない生徒にやる気を出させるほどやる気のある教師じゃないんだよ。」は名言です。  で、そこまでのやる気はないにしても生徒のことをきちんと見ていて、「最近なにか変わってきたような気がするんだよ、野田くん。  本人は気付いてないかもしれないけど。」な~んていうことをサラっと言えちゃう。  こういう先生って本当の意味での先生だと思うんですよね。  KiKi はね、自分が大学に進学するときに色々な人と話をしていて実感したんだけど、大学っていうところはとどのつまり「自分で学ぶところ」だと思うんですよね。  何かを教えてもらうところじゃない。  もっとも音楽の世界はちょっと違うのかもしれません。  特に演奏家を目指している人は「コンクール」とか「オーディション」がある分、やっぱり合格率みたいなものがあって、それを目標に教師(教授)が生徒のお尻を叩く・・・・みたいなことがあってもおかしくはないような気がします。  でもね、そういうことを除いて考えると、谷岡先生のスタンスって至極当たり前のスタンスのように思うんですよね。  逆にハリセン先生みたいに熱い先生に出会えただけ、のだめは幸せ者なのかもしれません。

 

のだめカンタービレ #6 Review

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のだめカンタービレ #6
作:二ノ宮知子 講談社

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千秋、指揮者を目指すものの・・・・・・。

学園祭での活躍が「クラシック・ライフ」に掲載されて、その才能が注目されだした千秋。  もちろん、目標は指揮者。  だが、大学院への進学はピアノ科だし、海外への留学は、昔からの飛行機嫌い・船嫌いでムリ。  「日本で何をする?」  千秋のいら立ちは募る・・・・・・。  (単行本裏表紙より転載)

 

「海外に行けないことが問題じゃないんだ。  日本でいったい何をする・・・・・それなんだよ。」

これってクラシック音楽をやる人が必ず・・・・と言っていいほど直面する問題なんですよね~。  ず~っと昔、読んだことがある音楽雑誌によれば、あの中村紘子さんも、それで随分悩んだらしい・・・・。  結局、庄司薫さんとの結婚を機に、その悩みを断ち切って日本をベースに音楽活動することを決心された・・・・ということだったように記憶しています。  でも、彼女の時代と今では又世界環境も変わっているしなぁ。  今じゃあ普通の大学生が卒業旅行とやらで海外へ行くのが当たり前みたいな時代。  海外へ行くことも、留学も、一昔ほど一大事ではなくなっているような気がします。

とは言え、千秋君の場合は「海外へ行くことのハードル」の質がねぇ・・・・(苦笑)  「飛行機がダメ、船もダメ」じゃ手の打ちようがない!  でもそんな彼に救いの手を差し伸べてくれたのが、ニナ・ルッツ音楽祭で出会った超優秀な演奏者の面々。  カッコイイのは誰もが「誰かのため」ではなく「自分のため」に集まってオケを作っていくというところ。

「今日、何人かに『新しいオケに入れてくれ』って頼まれたけど断った。  オレもSオケは楽しかったし、あいつらに感謝もしているけど・・・・・新しいオケはその延長線上でやりたくないんだ。」

酔っぱらった勢いでさらっと言ってる千秋君だけど、こういうところに千秋君の真剣味が滲み出ている気がして KiKi は好きだなぁ。  学生気分の延長線上では生き残っていけないプロ奏者としての真剣味・厳しさ・・・・みたいなものがきっちりと描かれていて好感が持てます。    

R☆Sオケのメンバーとの出会いって本当にステキだなぁと思います。  真剣に生きている人間にだけ与えられる出逢いの1つの例がここにあります。  のだめちゃんは「自分はピアノだから入れない」と思っているみたいだけど、確かにオケに標準的にはピアノが入っているわけではないけれど、彼女が傍観者以上の立場に立つことができないのは、真剣さが希薄だからということに気が付いていないんですよね~。

のだめカンタービレ #5 Review

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のだめカンタービレ #5
作:二ノ宮知子 講談社

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学園祭でもSオケ大活躍!?

学園祭には仮装オーケストラで臨むことに決めて、衣装作りに余念のないSオケ・メンバーに、ちょっとイヤなお知らせ。  千秋は師匠シュトレーゼマンとAオケで出演するので、Sオケには合流しないらしい・・・・・・。  知らせを聞いて、気合の入るSオケと、帰国の迫った師匠との最後の共演に燃える千秋。  それぞれ期するところありつつ、いよいよ前夜祭に突入!  (単行本裏表紙より転載)

 

学園ものらしくこの巻はほぼ丸ごと学園祭エピソード。  学校というものを卒業して随分時間が経ってしまった KiKi にとって、学園祭の雰囲気というやつは懐かしくもあり、甘酸っぱくもあり、ついでにどことなく恥ずかしくもありと複雑な心境です ^^;  でも、やっぱりいいなぁ、学園祭。  そう言えばついこの間、KiKi が卒業した大学のクラブの後輩から学園祭 & OBコンパのお知らせがきていたなぁ。  学園祭に足を運ばなくなって何年になるんだろう・・・・・。  たまにはあのエネルギッシュな現場に足を踏み入れてみるのも楽しいかもしれません。

ところで・・・・・。  実は KiKi はこの巻に至るまで、この「のだめ」という漫画から音楽を感じた事ってあんまりなかったんですよね。  音楽をテーマに扱ってはいるものの音楽そのものは感じず、ひたすらギャグを飛ばしている漫画・・・・・そんな印象でした。  でもね、この学祭シーンではものすご~く音楽を感じることができました。  多分それはガーシュインのおかげ(和風ビッグバンドのおかげ?)のような気がします。

記憶の中のあの音楽とあのコスチューム、そしてあの絵の雰囲気が何とも言えない妙を感じさせ、そこで研ぎ澄まされた感覚がそれに続くラフマニノフにも継続し、結果、のだめちゃんの「ピアノ  ピアノを弾かなきゃ」にスムーズに繋がっていった・・・・・そんな感じです。

KiKi もねぇ、例えばコンサート、例えばCDなんかで身震いするような感動を覚えた演奏に接すると、必ず思うんですよね。  「ピアノ  ピアノを弾かなきゃ」って(笑)  そういう数多くの経験から、このシーンののだめちゃんにはものすご~く感情移入できちゃうんですよね。  初めてこの漫画を読んだとき、#4 では思いっきりのだめちゃんに引いちゃって 「この漫画、評判はいいみたいだけど KiKi の感性とは相容れないかもしれない」 と思ったんだけど、ここでのだめちゃんに気持ちに寄り添うことができて引き戻された・・・・・そんな感じです。

 

のだめカンタービレ #4 Review

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今日も引き続き「のだめカンタービレ」です。  

のだめカンタービレ #4
作:二ノ宮知子 講談社

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ミルヒー強制送還!? Come Back, Milch~!

偽物疑惑再浮上のミルヒー。  でも千秋は、彼がふる指揮を見て本物であることを確信していた。  そんな時、キャンパス内上空に見慣れない飛行物体が出現!  ヘリから降りてきた人物は、なんとミルヒーの秘書だった。  ついに彼の過去が暴かれる時が・・・・!?  (単行本裏表紙より転載) 

この巻はねぇ、最初に読んだとき KiKi は途中からどうにも気に入らなくて、この漫画を読み進めるのをやめようか・・・・とさえも思っちゃったんですよね~。  まあ、最後までいってようやく「せっかくブックオフで全巻買っちゃったんだし、まあいいか・・・・。」と思えたからいいんだけど・・・・・。  何がそんな風に思わせたかって?  それはのだめちゃんの態度なんですよね。

KiKi はねぇ、もとから「24時間恋愛沙汰」みたいなドラマとか物語ってどうにもこうにも性に合わないところがあって、いわゆる「トレンディ・ドラマ」というやつも愛だの恋だのばかりの物語っていうのが苦手(^^;)なんですよ。  で、この巻ののだめちゃんってまさにそんな女の子じゃないですか。  ニナ・ルッツ音楽祭でニナ先生にマスタークラスを追い出されて、ようやく千秋君に会えたときののだめちゃんの言動がどうにもこうにも KiKi には許せない(笑)

「せんぱ~い、やっと見つけた~~~!!  どこ行ってたんですか!?  のだめ死ぬかと思ったじゃないでスカー!!」  
   (↑ ガキ!  簡単に死ぬとか言うんじゃないの! by KiKi)

「のだめもう帰りたいです・・・・・  先輩とも会えないし  先生こわいし・・・・・」
   (「ふ~ん、だったらさっさと帰れ!」 by 千秋君 & KiKi)

ストイックなヒロインが好きなわけじゃないんですよ。  でもね、こういうタイプの女の子は KiKi は苦手なんだよなぁ。  恋は素敵なものだと思うけれど、それだけで生きているみたいなタイプ。  まして、自分のラッキーさ(ミルヒーに目をかけられているというだけでこの合宿にオーディションも受けずに参加できているという幸運)に気がつかず、まして千秋君にとってはこれは遊びではなく、1つの修業なのに旅行気分で参加するというある種の無神経さ・・・・・みたいなものに嫌悪感に近いものを感じちゃうんですよね~。

仮に最初は遊び気分だったとしても・・・・です。  少なくとも自分の参加するクラスで他のみんなができていることを自分が何一つできていなかったことに気がついた時、遅まきながら・・・・かもしれないけれど気がついてもいいこと(これは真剣な合宿でみんな頑張っているんだ とか 自分がここにいられるっていうことはどういうことか とか 千秋先輩にとってこの合宿は遊びじゃないんだ とか とか とか)ってあったんじゃないか?  そう思わずにはいられないんですよね。  そういう意味では KiKi には峰君はとってもよく理解できるし共感できるんです。  最初は遊び気分だったけれど「このままじゃヤバイ!  俺って甘かった・・・・・」という反省・・・・というか目覚めがとってもストレートで逆に好感が持てちゃうんですよね。 

のだめカンタービレ #3 Review

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今日も引き続き「のだめカンタービレ」です。  

のだめカンタービレ #3
作:二ノ宮知子 講談社

21HZF6TX17L__SL500_AA140_.jpg  (Amazon)

専制君主・千秋の指揮者デビュー!

世界的に有名なドイツ人指揮者・シュトレーゼマンが編成したSオケの副指揮者になった千秋。  でも、千秋のモテモテぶりにムカついたシュトレーゼマンは千秋に宣戦布告してSオケを脱退してしまう。  オヤジ(シュトレーゼマン)が新たに率いる編成Aオケと定期公演で対決することになってしまった千秋は猛特訓を開始するが・・・・・。  負けられないこの勝負がついに幕開け!!  (単行本裏表紙より転載)

第3巻冒頭、のだめちゃんと一緒に頭がクラクラしてきてしまった KiKi。  まあ、漫画なんでいわば背景的に描かれている部分は飛ばして読んでしまえばいいことはわかっているんだけど、ついつい読んでしまいました。

2)次の近親転調を含むソプラノ課題を実施しなさい。  (後期試験の問題)

あれぇ、近親転調ってなんだっけ???  近親調は知ってる。  転調も知ってる。  でも、近親転調って何????  ソプラノ課題を実施するって?????  ????????  ふぅ、音大に進学しなくてよかった~ 266.gif  これって日本語ですか?????  試験中に泣いてしまうのだめちゃんに妙に感情移入してしまう KiKi です(苦笑)。

そして大笑いしたのがこのままでは留年してしまうという危機感に襲われたのだめ&峰君の一夜漬けドイツ語講座。  確かに語学テキストっていくつかのパターンの文法やらイディオムを学ばせようとするあまり「会話が成立していないじゃない!」と思うような会話が出てこないじゃないけれど、「興味をもって勉強しろ!  どうしてこう言うのか?とかこの意味は何だろうか?とか」と言われて2人の落ちこぼれが一所懸命考えた「興味」の矛先が・・・・・・。  

更に、更に大笑いしたのがSオケを思うようにリードできなくて煮詰まった感マンマンの千秋君にのだめちゃんが差し出したものがあの「プリごろ太」。  のだめちゃんってボケボケキャラかと思いきや、ホントふとした言動、しかも本人にはあまり自覚のない言動が千秋君に Nice! な影響を及ぼしているところがすごいなぁ。   

 

のだめカンタービレ #2 Review

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今日は引き続き「のだめカンタービレ #2」を読み進めたいと思います。

のだめカンタービレ #2
作:二ノ宮知子 講談社

219WX26ZV6L__SL500_AA140_.jpg  (Amazon)

プリンス千秋はだれのもの?

のだめのライバル再出現!  千秋のモト彼女・彩子を追い払い、彼を手に入れたかに思えたのもつかの間、新たなライバルが―――!!  のだめに嫉妬の炎を燃やす相手とはいったい・・・!?  女(?)の戦いのゴングがいま、鳴り響く―――カ~~~ン!!  (単行本裏表紙より転載)

やっぱりこの巻で圧巻なエピ Part 1 は「こたつエピソード」ではないでしょうか?  千秋君の気持がものすご~くよくわかるような気がする KiKi(笑)  実は KiKi ももう何年も「こたつ」なるものを使っていません。  そしてその理由は・・・・と言えば、

このぬくぬくとした温度とふとんで身体と頭の感覚を鈍らせ、人間を脱力させる・・・・・から(笑)

ま、そこまでつきつめて考えたわけじゃないけれど、確かにこたつって一度入ると出にくいので、動作の1つ1つが横着になってしまうし、何よりついついウトウトしてきて転寝をしちゃって、挙句の果てに風邪をひく・・・・・ということにある時気が付いてしまったからなのです。  KiKi は何度こたつで爆睡したことか!!  それにね、こたつが出ている間って、お掃除がしにくいんですよね~。  こたつ生活でゴミ溜めになるという法則はある意味 KiKi にも容易に理解ができちゃうような気がします。  (そんなことが理解できちゃっていいのか?っていう感もなきにしもあらずですが・・・・・・)

    

のだめカンタービレ #1 Review

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とうとう「のだめカンタービレ」の最終巻が出てしまいました。  思い起こせば KiKi が「のだめカンタービレ」に手を出したのはかなり遅く、世間では大評判になっていることを知りながら、そして「クラシック音楽ブログ」のお友達のかなり多くの方々がこの漫画を楽しんでいらっしゃることを知りながら・・・・も頑なに「え~! クラシック音楽を扱ったギャグ漫画ぁ~?!」という感じでいわゆる食わず嫌いを起こしていたのでした。  そんな KiKi が結果的にその漫画に手を出すに至ったのは偏にブックオフ様のおかげ(笑)  当時、ぷ~太郎をしていた KiKi は漫画ごときを正価で買う気分(財布?)ではなく、それゆえに食わず嫌いを装っていた部分もなきにしもあらずという状態だったのですが、そんなある日、暇にまかせてブックオフ店内をウロウロしていたら、小学校時代の夏休みのプールで休憩時間に入るときに鳴らしていた鐘(ハンドベル?)の音が店内に鳴り響き

「大好評漫画、『のだめカンタービレ』全巻(当時はまだ12~3巻ぐらいまでだったような気がする)が今なら揃っています!  この機会に是非!!!」

というアナウンスが!  その声につられその全巻をいきなり大人買い!!! ^^;  そこから KiKi の「のだめコレクション」が始まったのです。  

で、まあ、そんなこんなで始まった「のだめへの道」もどうやらこのあたりで終止符を打たなくてはならないみたい(実写版映画のDVD購入が残っているけれど 笑)なので、このあたりで KiKi ののだめフリークを総括する必要がありそうです。  てなわけで、ここらでどど~んと「のだめ漫画の Review」と「のだめDVDの Review」、そして久しくサボっているクラシック音楽エントリーを書くために「のだめ漫画に出てくるクラシック音楽の Review」を行ってみたいと思います。  ま、てなわけでまずはのだめ漫画の Review から・・・・・・。

のだめカンタービレ #1
作:二ノ宮知子 講談社

 

213AG13YRBL__SL500_AA140_.jpg  (Amazon)

 

天才(?)は歌うように(カンタービレ)奇行に走る!?

有名ピアニストの息子でエリート音大生の千秋真一。  ヨーロッパで指揮の勉強をしたいと思いつつも、飛行機恐怖症のため渡欧できないでいた。  そんな彼の前に突如現れた不思議少女・野田恵。  ゴミ溜め部屋に住む彼女はとんでもなく変人だった・・・・・・!?  のだめタイムが動き出す。  クラシック音楽コメディ!!     (単行本裏表紙より転載)

この第一巻を最初に読んだときはホント衝撃を受けました。  一応 KiKi も一時期は「音大を目指そうか?」な~んていうことを考えていたことがあったので、KiKi には KiKi なりの音大ライフのイメージというものがあったわけですよ。  それはある意味でとっても美しい絵だったりもしたわけですが(一応芸術系なので)、その悉くを見事なまでに裏切ってくれちゃったわけですから!  オレ様チックな千秋君みたいな人がいるのはともかくとして、やっぱり衝撃を与えてくれちゃうのはのだめちゃんと峰君のコンビです。

方やゴミ溜め部屋に住み「おなら体操の歌」な~んていうのを作っているし、方やクラシック嫌いの「オナニー・プレイヤー(by 千秋君)」(笑)  KiKi の長年の夢、憧れだった音大生ライフのイメージがガラガラと音をたてて崩れ去って行きました(笑)  でもね、アマチュアながら音楽を続けてきている身としては、のだめちゃんや峰君の抱えている課題、「なんとなく弾いてしまう癖」とか「自分なりの表現をしたいというある種傲慢な想い」には妙に共感しちゃったりもして・・・・・(苦笑)

  

坂の上の雲を再読し始めたのを機に、何だか急に日本の歴史への興味がプクプクと膨らんできてしまった KiKi。  西洋ものへの興味も尽きないところだし、岩波少年文庫読破計画もまだまだ道のりは遠いというのに、あちらこちら浮気をしていていいんだろうか?という疑問を抱えつつも、やはり関心のある時に関心のある本を読みたいのが人情と言うもの。  で、こちらも再読・・・・ではあるのですが、KiKi の家の本棚でどど~んと存在感を主張している「岩波ジュニア新書」の「日本の歴史シリーズ(全9巻)」をこの際読んでみようと思います。  今日はその第一冊目です。

日本の歴史【1】 日本社会の誕生
著:吉村武彦  岩波ジュニア新書

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私たち「日本人」の祖先は、一体いつ、どこからこの列島に来たのか?  稲作の起源は?  邪馬台国の最新の学説は? - 現代考古学の最先端の成果に基づいて贈る最新の「日本」前史。  原始以来の私たち日本人の歴史の要所要所をコンパクトに理解するために最適な、ジュニア新書版「日本の歴史」(全9冊)の第1巻。  (新書裏表紙より転載)

いや~、岩波ジュニア新書っていうのもなかなか「すごいもん」ですねぇ。  正直なところここまで読み応えがあるとは思ってもいませんでした。  まあ、歴史を専門に研究されていらっしゃる方とか、歴史に特別な興味を抱いていらっしゃる方からするとこれでも大雑把過ぎたりとか情報が古かったり(1999年9月20日 第1刷発行)とかあるのかもしれませんが、特に「古代」には疎いド素人の KiKi からすると、「へぇ」の連発でした(苦笑) 

それに、KiKi が習った古代史とも大きく異なっているのが稲作の始まったタイミング!  新聞なんかで「かつては弥生時代から稲作が始まったと言われていたが、実際は縄文時代から始まっていた!」みたいなことは聞きかじって(読みかじって?)いたんだけど、それをいわゆる「歴史関連書籍」でちゃんと読んだことがなかったので、そのあたりの記述もかなり興味をもって読み進むことができました。

     

先日のNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」視聴をきっかけに、遅まきながら読んでみたくなってしまった福澤諭吉の「学問のすすめ」。  さすがに文語体の原文では敷居が高そうだったので、まずは現代語訳のこちらを手に取ってみました。  それにしても・・・・同じ日本語のはずなのに文語体ではどうにもこうにも読みにくい・・・・というのが最高学府を終了しているはずの人間の言うことなんだろうか? ^^;  恐らくあの世の福澤諭吉先生も天の上から我々を見下ろして、深々とため息をついていらっしゃることでしょう。  「だから、あれほどよく学べと諭したつもりだったのに・・・・・」と。

現代語訳 学問のすすめ
著:福澤諭吉 訳:斎藤孝  ちくま新書

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この本、「学問のすすめ」というタイトルが冠されているために、不勉強な KiKi は学生向きの勉学の推奨本なのかなぁ・・・・と勝手に思い込んでいました。  で、大学生の頃、一度だけ岩波文庫に収録されている文語調の「学問のススメ」を手にとってみたこともあるのですが、英文科の学生だった KiKi にとって英語以上に外国語に思えてしまい(^^;)、結果的に読了することができませんでした。  文語調って格調が高すぎて当時の KiKi にとって(ひょっとすると今も?)は敷居が高すぎたんですよね~。  でも、KiKi が矛盾していたのは英文科で「シェイクスピア」なんかは結構読んでいて、日本語の古い言葉は敬遠していたのに、古英語にはチャレンジしていたのは何だったんだろう?(笑)

ま、それはさておき、実際に今回この「現代語訳 学問のすすめ」を読んでみて思ったのは、これって決して学生向きの勉学推奨本な~んていう類の本ではないなぁ・・・・と。  まあ、読み進めていく中で「読み易く」はあったんだけど、正直なところあまりにも表現がくだけていて(ふざけているということではなく、現代風にかみくだいてあって)、どこまで原典に忠実なんだろうか?という疑問は持ったものの、「気概」を持って生きるとはどういうことか とか 物事の「筋」を見極めるためには学問(勉強のための勉強ではない真の学問)が必要である とか、現代にも通じる様々な問題提起がなされているのがとても新鮮であるのと同時に、これを書かれたのがいまだサムライ精神が死に絶えていなかった明治初期であることに強烈な驚きを感じました。

 

先週末、 KiKi は実家に行かなくてはならない事情があり、新幹線で移動しました。  その往復の移動中に何とか第三巻を読了することができました。  全八巻のうち第三巻という未だ半分にも達していないところで、主人公の1人、正岡子規を失ってしまいました。  初めてこの物語を読んだとき(何年も前)には主役一人をこんなタイミングで失って、この物語はどうなっちゃうんだ????という素朴な疑問に包まれてしまった KiKi でしたが、何度目かの再読・・・・・ということで今回はそのあたりに関してはなんとな~く過ごしてしまうことができました(笑)

坂の上の雲(三)
著:司馬遼太郎  文春文庫

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日清戦争から十年 - じりじりと南下する巨大な軍事国家ロシアの脅威に、日本は恐れおののいた。  「戦争はありえない。  なぜならば私が欲しないから。」とロシア皇帝ニコライ二世はいった。  しかし、両国の激突はもはや避けえない。  病の床で数々の偉業をなしとげた正岡子規は戦争の足音を聞きつつ燃えつきるようにして、逝った。  (文庫本裏表紙より転載)

第三巻の最初の一章でこの物語の主人公、正岡子規を見送った司馬遼太郎さん & 読者。  で、それに続く章の書き出しで

この小説をどう書こうかということを、まだ悩んでいる。  子規は死んだ。  好古と真之は、やがては日露戦争のなかに入ってゆくだろう。

とさらっと言ってのけられる司馬さんに思わず失笑。  正直なところ KiKi の個人的な感想としては同じ司馬さんの長編小説「竜馬がゆく」はもっと「小説・小説風」しているのに対し、この作品ではご本人自身が「どう書き進めるべきか迷いつつ書きあげた」作品だったことが、この第三巻あたりから如実に表れてくるような気がします。  うまく説明できないんだけど、小説としてプロットがきっちりとできあがっていてそれに沿ってフィクションを交えながら筋書きを追っていく・・・・・という手法ではなく、極力司馬さんが入手した資料の事実のみをピックアップし、折に触れその資料を読んでいる司馬さんご自身の主観的な記述を心がけている・・・・・そんな風に感じるんですよね~。  とは言うものの、元が新聞小説だったという制約(その新聞の立ち位置とか)はないはずもなく・・・・・・。

  

NHKのHPによると、今年の年末スペシャルドラマ「坂の上の雲」の放映予定は以下のようになっているとのこと。

  • 第1回:少年の国
  • 第2回:青雲
  • 第3回:国家鳴動
  • 第4回:日清開戦
  • 第5回:留学生

で、来年の放映予定は・・・・・といえば

  • 第6回:日英同盟
  • 第7回:子規、逝く
  • 第8回:日露開戦
  • 第9回:広瀬、死す

ま、そんなわけで「日英同盟」までは何とか読み終わっておかなくちゃいけないと思い、せっせと読み進めております。

坂の上の雲 (二)
著:司馬遼太郎  文春文庫

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戦争が勃発した・・・・・。  世界を吹き荒れる帝国主義の嵐は、維新からわずか20数年の小国を根底からゆさぶり、日本は朝鮮をめぐって大国「清」と交戦状態に突入する。  陸軍少佐秋山好古は騎兵を率い、海軍少尉真之も洋上に出撃した。  一方正岡子規は胸を病みながらも近代短歌・俳句を確立しようと、旧弊な勢力との対決を決意する。  (文庫本裏表紙より転載)

 

この第二巻は日清戦争から始まり、日露戦争前々夜まで・・・・という感じです。  列強のそれぞれの思惑と明治日本に暮らす軍人・政治家・俳人の時代感覚の対比がとても面白いと感じました。  この物語の主人公3名(秋山好古、秋山真之、正岡子規)のそれぞれが何を考え、どんなことをしていたのかも楽しく読むことができましたが、それ以上に陸奥宗光だとか小村寿太郎、清国の李鴻章や西太后、さらには悲劇(?)の海将丁汝昌、ロシア帝国のアレクサンドル3世&ニコライ2世、ウィッテ、クロパトキン 等々のそれぞれがどんな立ち位置で何を考えていたのかを司馬さんの記述をベースに想像するのは、実に楽しい時間でした。

この「坂の上の雲」という物語、この巻ぐらいから主人公3名を追いつつも、日清日露の時代のありとあらゆる人たちの全体描写の小説(明治時代という時代を主人公とした小説)という色あいを濃くしていくと個人的には思っているのですが、それでも3人の若者の目線がまだまだ明確に描かれている巻だと思います。

先週末、大河ドラマ「天地人」が最終回を迎えました。  今回の大河ドラマは結果として KiKi にとってはあまり面白いものではなかったけれど、子供時代からの習性(?)で何となく「大河ドラマ」だけは観ずにはいられない KiKi (苦笑)。  最終回が終わっての感想としては

「どうせだったら上杉景勝が主役のドラマの方が面白かったんじゃないだろうか?」

というものでした。  ま、この感想には多分に「北村一輝ファン」という要素も後押ししているような気がしますが・・・・。  色っぽいよね~、北村一輝。  特に目がいい!  

ま、それはさておき、最終回が終わったあとは来年の大河の予告編が流れました。  来年は「竜馬」だということは知っていたんだけど、竜馬役は福山雅治かぁ。  この配役も KiKi のイメージとはちょっと違うなぁ。  KiKi の妄想の中では「新撰組」の時の江川洋介の方がなんとなく竜馬のイメージにはピッタリくるんだけどなぁな~んていうことを考えていたら、来年の大河の紹介と並んで、もう一つのドラマの紹介がありました。  スペシャルドラマ「坂の上の雲」です。

まあ、2年ぐらい前(?)から本屋さんで、いきなり「坂の上の雲」が平積みされて、「ドラマ化決定!!」な~んていう POP が踊るようになって、ず~っと昔、読んだことがあるもののPOPと一緒に KiKi も踊らされて文庫本を揃えなおしたぐらいだから、ある種この放映を楽しみにしていた部分はあるんだけど、びっくりしたのは3年がかりで放映するのだとか!!  確かに長いお話だけど同じように長い(ひょっとするともっと長い?)「翔ぶが如く」は1年の大河ドラマだったのに凄いなぁ~と妙なところで感動してしまいました。  で、NHKのサイトで調べてみたところ、3年がかりで放映・・・・とは言うものの、今年の年末から始まって、毎年年末スペシャルという形で3年がかりで放映するらしい・・・・・。  なるほど、そういうことですか。  でも、この放送スケジュールだと正直なところ第2部(2010年秋)を放送する頃には第1部(2009年11月~12月)の内容を、第3部(2011年秋)を放送する頃には第1部と第2部の内容を忘れちゃいそうだ!

とは言うものの、司馬作品は数あれど、KiKi にとってこの「坂の上の雲」はベスト3にランクインする作品なだけに期待度は半端なものじゃありません。  日清・日露の両戦争を描かなくちゃいけないわけだし、それだけで映画になっちゃうような「旅順の攻防」やら「二百三高地の激戦」やら「日本海海戦」がどんな風に描かれるのか、とっても楽しみです。  そう言えばずいぶん前に「二百三高地」という映画を観たけれど、豪華キャストだったよなぁ。  今回の「坂の上の雲」も当代としては超豪華キャストなんだけど、あの映画に比べると何となく小粒感が否めませんが・・・・・(苦笑)

ま、いずれにしろ、そんなこんなで今週末には放映される第1回放送の予習を兼ねて、久々に読み返してみたくなっちゃいました。  たまたまこのLothlórien(Blog)では「司馬遼太郎カテゴリー」は作ってあるものの、肝心要のエントリーの方が現段階では皆無・・・・というのも前からちょっとだけ気になっていたことですし・・・・・(笑)

坂の上の雲 (一)
著:司馬遼太郎  文春文庫

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明治維新をとげ、近代国家の仲間入りをした日本は、息せき切って先進国に追いつこうとしていた。  この時期を生きた四国松山出身の三人の男達 - 日露戦争においてコサック騎兵を破った秋山好古、日本海海戦の参謀秋山真之兄弟と文学の世界に巨大な足跡を遺した正岡子規を中心に、昂揚の時代・明治の群像を描く長編小説全八冊    (文庫本裏表紙より転載)

この第一巻は「青春群像物語」っていう印象がものすご~く強いんですよね。  この物語の三役、秋山好古、秋山真之、そして正岡子規の3名が世に出る前(もしくは出たとしても未だ暗中模索時代)が丁寧に描かれています。  現代を生きる KiKi たちと価値観の大転換があった維新直後の明治期の彼らでは、当然環境も異なれば道徳観やら義務感やらも異なるわけだけど、それでも「青春というのは、ひまで、ときに死ぬほど退屈で、しかもエネルギッシュで、こまったことにそのエネルギーを智恵が支配していない。」という言葉に代表される若者特有の悶々とした感じ、「自分は何者であるのか?」「自分は何をなしとげるべき人間なのか?」を真摯に考える青年たちの姿(特に真之 & 子規)に、すがすがしさと羨ましさがないまぜになったような感慨を持ちます。  まあ、好古さんの場合は「考え込んでいる暇はない。  なりゆきの中で最善を尽くすのみ!」というタイプだったみたいですけどね・・・・・(笑)

  

ついこの間、体調不良により会社をお休みした日、何気なくTVのスイッチを入れたら「愛少女ポリアンナ」というアニメが放映されていました。  見るともなしに見ていたらポリアンナの「よかったさがし」の話が出てきて、ちょっと曖昧になった記憶をたどってみました。  確か KiKi が子供の頃に読んだ物語ではヒロインの名前がちょっとだけ違うんじゃなかったっけ????  で、子供時代にこのアニメの原作(?)を読んだ時、正直なところ KiKi はこの物語にはさほど感銘を受けなかったような気がするんだけどなぁ~ ^^;  でもね、あの頃は感銘を受けなかったにも関わらず、何故か今度はちょっとは感動しちゃっているような気がしないでもない。  そう思うと、ひょっとしたら今、あの物語を読み返してみれば感動できるのかどうかを知ってみたい・・・・・。  そんな気持ちがムクムクとこみあげてきました。  ま、てなわけで今日はこちらをご紹介したいと思います。

少女ポリアンナ/ポリアンナの青春
著:エリナー・ポーター 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

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いかにも「女の子向け」の表紙ですね~(笑)  KiKi はどちらかというと、こういう表紙の本って中身がどうか・・・・という前に苦手意識が働いちゃうんだけど大丈夫だろうか・・・・・(苦笑)  TVのアニメの方(↓)のイラストだと全然そういうことがなかったんだけど、やっぱり着ているものの違いかなぁ・・・・。

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子供の頃、KiKi は1日にTVは1時間以内と決められていました。  当時、KiKi は静岡県の田舎町で育っていたので、東京では何チャンネルの放送が受信できたのか知らないのですが、小学校低学年の頃の KiKi の家のTVで受信できるTVは NHK と NHK 教育とSBS(TBS系列の静岡放送)の3チャンネルのみでした。  小学校高学年になる頃、これにテレビ静岡(FUJI系列)が加わりました。  ま、いずれにしろその少ないチャンネルの中でMAX 1時間という制限だったわけで、それが「少なすぎる!」と気になるようなレベルではありませんでした。

そんな KiKi が必ず観ていた番組・・・・というと、日曜日の夜8時からの「大河ドラマ」と土曜日の夜8時からの「8時だよ!全員集合」。  そして週日の夕方、大相撲から引き続きニュースを経て「NHK連続人形劇シリーズ第5作目;新八犬伝」の3本でした。  大人になってからの KiKi の映画鑑賞の趣味は「コスチュームもの」にかなり偏っているんだけど、それは大人になってから固まった嗜好・・・・というよりは、どうやら子供時代のTV番組に端を発しているようです(笑)  そんな KiKi が歴史にそこそこの興味を持つようになったのはある意味で必然・・・・と言えるかもしれません。  だからこそ、このLothlórien(Blog)の読書カテゴリーも「神話・宗教」「叙事詩・英雄伝・騎士物語」「歴史」「塩野七生」「司馬遼太郎」だし・・・・・ ^^;  (← エントリーが少ないのは、「塩野七生」さん作品や「司馬遼太郎」さん作品は過去に何度も読んでいて、現在本棚に収まっているだけの状態になっているため)  

で、このブログを開設するにあたり「岩波少年文庫」を大人の目で読み返してみるという無謀な企画をぶちあげたわけですが、その時、これまでに発売された岩波少年文庫の全作品を読み返してみようと思ったのはよいものの、その全作品リストを作成している過程で難題にぶちあたっちゃったんですよね~。  それはね、子供の頃、確かに岩波少年文庫で何度も読んだ記憶があり、表紙の絵や色調さえもなんとなく思い出せる本が、岩波少年文庫のHPを見ても載っていなかったりすることに気がついちゃった・・・・・ということ。  で、このリストを作成するために「なつかしい本の記憶 - 岩波少年文庫の50年」という本を参照したり、手持ちの少年文庫の巻末の既刊本紹介ページを参照したりと結構大変だったんですよね~。  でもね、リストの方はあれやこれやの手段で何とか作成できたのでよいとして(完成度がどれほどのものかはわからないのですが・・・ ^^;)、もっと重要な問題は、すでに絶版になってしまった本をいかにして入手するか・・・・ということなんですよね~。  で、それから KiKi の古本屋めぐり及び古本屋サイトの放浪が始まりました。  なんせ、昨今の図書館の蔵書も新刊本に入れ替わっちゃっていたりするし・・・・・

ま、そんな数年に及ぶ古本屋(含むサイト)めぐりの中でようやく見つけた2冊を今日はご紹介したいと思います。  (何と長い前置きでしょうか! 苦笑)

人間の歴史の物語 上・下
著:ヴァン・ローン 訳:日高六郎/日高八郎  岩波少年文庫

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この本はね~、中学時代に KiKi は初めて手にとって読んでものすご~く感銘を受けた本でした。  この本が自宅にあった記憶はないので、恐らく学校の図書館で借りて読んだ本だと思うんだけど、もしも当時の図書カードが今も残っていたら(残っているわけないか・・・・ ^^;)恐らく KiKi の名前が5~6回は載っているんじゃないかしら。  中学生にはちょっと難しかったような気がしないでもないんだけど、動物がこの地球に生存できるようになってから第一次世界大戦までを俯瞰してギュッとコンパクトにまとめつつ幅広い観点で歴史を物語った本なんですよね~。

KiKi のライフワークの1つ、岩波少年文庫読破計画の一環でずいぶん前に購入してあった「復刻版全30巻」。  考えてみるときちんと全冊読み通した記憶がありません。  最近のソフトカバーの本とは異なり新書サイズとはいえきちんとしたハードカバーで、小さいながらも本そのものが「愛蔵版にしてね♪」と訴えかけてきているような感じがします。  愛蔵版とは言え、蔵にしまいっぱなしじゃあまりにも可哀想・・・・ということで、これからLothlórien(山小舎)に訪問するたびに一冊ずつ抜き出して読み進めていこうと思います。  その記念すべき第1作は最近東京創元社のシリーズ(「○○いろの童話集」)で読み進めているアンドルー・ラングの自作童話です。

りこうすぎた王子
著:アンドルー・ラング 訳:光吉夏弥  岩波少年文庫復刻版

055.JPG   (Amazon)

さすがに「○○いろの童話集」を編纂した人の作品だけのことはあって、世界童話のコアな部分(訳者のあとがきによると「粹」≒すぐれたもの と「道具立て」)があちらこちらに垣間見え、思わずほほえましい気分にさせられます。  たとえばね、このりこうすぎた王子(プリジオ王子)の住んでいるお城に「夏の間」というお部屋があるらしいんだけど、そこにはたくさんの肖像画がかかっていて、中にはプリジオ王子のひいおばあさんであるシンデレラがガラスの靴を履いている絵もあれば、長靴をはいたネコが玉座の肘に座っているカラバ侯爵の絵もあり、ず~っと祖先にあたる眠りこけたお姫様(眠れる森の美女)の絵もあったりするらしい(笑)  

で、この物語はこのプリジオ王子(待ち焦がれて授かった王子様)の洗礼式から幕開けするんだけど、その洗礼式に仙女を呼ぶとか呼ばないとかいうことが起こってみたり、結局呼ばれていない仙女たちが大挙してお祝いにかけつけて贈り物を授ける・・・・とか、ほんとどこかで読んだことがあるような出来事が目白おしなんですよね~。  この物語では「仙女」となっている単語。  原本を読んでいないから確証はないんだけど、恐らくこの翻訳が今の時代だったらこれはやっぱり「妖精」と訳されるんじゃないかと思うんだけど、そこが敢えて「仙女」となっているのも、結構楽しい♪なぁ・・・と(笑)

  

アンドルー・ラングの「あおいろの童話集」を読んで以来、ず~っと気にかかっていた本。  それが「アラビアン・ナイト」でした。  たまたま先週、すでにクラシック音楽カテゴリーで既にエントリーを書いている「シェエラザード」を久々に聴いた・・・・ということもありまして(笑)、やっぱりどうしても今のうちに読んでおきたい気分がモリモリと湧き上がってきました。  ま、てなわけで今日の1冊(というより2冊)はこちらです。

アラビアン・ナイト(上)(下)
編:ディクソン 訳:中野好夫  岩波少年文庫 

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アラビアン・ナイトの中の物語で KiKi が一番最初に出会ったのは「アリ・ババと40人の盗賊」で、次に出会ったのが「アラジンと魔法のランプ」でした。  どちらも絵本の世界で初めて出会った物語だったんですけど、最近のお子さんだとひょっとすると「絵本」の前に「ディズニー・アニメのアラジン」で先に出会っちゃったりするのかもしれませんね(笑)  因みにこの岩波少年文庫に収録されている作品は以下の通りです。

 

<上巻>

船乗りシンドバッドの1回目の航海
船乗りシンドバッドの2回目の航海
船乗りシンドバッドの3回目の航海
船乗りシンドバッドの4回目の航海
船乗りシンドバッドの5回目の航海
船乗りシンドバッドの6回目の航海
船乗りシンドバッドの7回目の航海
アラジンと魔法のランプ
ペルシア王と海の王女
べーデル王とジャウワーラ姫

 

<下巻>

ヘビの妖精と二匹の黒犬
シナの王女
魔法の馬
ものいう鳥
アリ・ババと40人の盗賊
漁師と魔物

KiKi はクラシック音楽と文学が大好物なわけですが、本屋さんとかCDショップってものすご~く似ているところがあるなぁと思っているんですよね。  世の中に本屋さんやCDショップが全部でいくつあるのかは全然見当もつかないんですけど、その多くのお店が KiKi が欲しいものを売っていなかったりするんですよ。  

例えばCDショップの場合。  KiKi の大好きなクラシック音楽のCDコーナーがやたら狭いうえに、いわゆる「オムニバスCD」しか売られていないお店。  そんなお店が数多くあります。  特に地方都市ではその傾向が顕著で、KiKi はLothlórien(山小舎)の近くで「ここ!」というCDショップを見つけることができていません。  まあ、今のところは KiKi のメインの生活拠点は池袋なので、HMV池袋店にド~ンと大きなクラシックコーナがあるから不自由はしていないし、最近では Amazon のクラシックコーナーも充実してきたし、HMVやタワーのネットショップもあるから山篭りをしても途方に暮れる・・・・な~んていうことはないだろうと安心していられるんですけどね(笑)  

同じ様に、本屋さんの場合、マンガや大衆小説やベストセラーだけを並べている本屋さんが多々あります。  こういうお店には KiKi の大好物の「岩波少年文庫」を例にとると「星の王子様」が置いてあればいい方で、岩波文庫もほんの数冊、ちくま文庫に至ってはゼロ。  後はひたすら「ドラマ化された作品」とか「映画化された作品」しか置いてなかったりします。  まあこちらも池袋には幸いなことに「ジュンク堂」とか「LIBRO池袋本店」なんかがあるので、大抵の本はそこで調達できるので困っていないのですが、Lothlórien(山小舎)の近くで「ここ!」という本屋さんを見つけることができていません。  こちらも山篭りしたら Amazon のお世話になりっ放しだろうなぁ・・・・・(苦笑)

で、そんな本屋さんには絶対に置いていない本で以前からタイトルと評判だけは聞き知っていたものの、未だかつて一度も手に取ってみたことがなかった本がですね、な、な、なんと自宅近所の「ブックオフ」の棚に並んでいたのです。  いや~ブックオフもなかなか侮れません(笑)  そんじょそこらの上記のようなお店では出会うはずのないものが時々あったりするんですから!!  (そう言えば、以前このエントリーでご紹介した「マーラー交響曲全集 指揮:バーンスタイン」もブックオフでゲットしたCDでした。)  ま、てなわけで本日の一冊はこちらです。

灰色の畑と緑の畑
著:ウルズラ・ヴェルフェル 訳:野村泫  岩波少年文庫

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この本はね、「知っている人は知っている、知らない人は知らない」典型的な本だと思うんですよね~。  KiKi もずいぶん長い間、この本のタイトルは知っていたし、問題作ということである分野の方々の間では色々議論されていた本であることは知っていたけれど、正直なところこれまで手にとってみる機会がありませんでした。

  

貧富の差、皮膚の色による差別、戦争の悲惨、孤独な老人たち、両親の離婚など、現代社会がかかえるさまざまな問題を、若い人たちに考えさせる意欲作。  散文詩のような簡潔な文体でつづった14編。  (岩波少年文庫のHPより転載)

 

ここに書かれているのはほんとうの話である、だからあまり愉快ではない。  これらの話は人間がいっしょに生きることのむずかしさについて語っている。  南アメリカのフワニータ、アフリカのシンタエフ、ドイツのマニ、コリナ、カルステンなど、多くの国の子どもたちがそのむずかしさを体験することになる。  ほんとうの話はめでたく終わるとは限らない。  そういう話は人に多くの問いをかける。  答えはめいめいが自分で出さなくてはならない。  これらの話が示している世界は、必ずしもよいとはいえないが、しかし変えることができる。  

(著者まえがきより転載)

今週末も KiKi はLothlórien(山小舎)に来ています。  先週も山小舎では絵本を読んだので、今週も絵本を読んでみようと山小舎の本棚の前でしばし考えます。  そうそう、せっかくの機会なので山小舎の本棚をご紹介しておきたいと思います。  

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この本棚はねぇ、KiKi の手作りなのです。  例の薪を調達してくれる材木屋さんにお願いして本棚の原材料になる板をタダ(!)で供給してもらい、丸一日をかけて板の寸法を測って電動ノコで切って、電動ヤスリで板を削って、電動ドライバーでねじ打ちして作ったもの。  だから・・・・というわけじゃないけれど棚板が本の重みで撓んでいたりしちゃってます(苦笑)  まあ、おおよそオシャレとは縁遠いだっさい本棚ですが、自作だと思うと何となく愛着がわくんですよね~(笑)  で、因みに一番下の段の左側は絵本がつまっています。  で、この中からピックアップした今日の1冊はこちらです。

ちいさなちいさな王様
作:A. ハッケ 絵:M. ゾーヴァ 訳:那須田淳、木本栄  講談社

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ドイツのベストセラー小説
どうやら王様の世界では子ども時代が人生の終わりにあるらしい。僕らのところとは違って......。

おまえたちは、はじめにすべての可能性を与えられているのに、毎日、それが少しずつ奪われて縮んでいくのだ。それに、幼いうちは、おまえたちは、知っていることが少ないかわりに、想像の世界がやたら大きいだろう。どうしてランプに明かりがつくのか、テレビの画面に映像がうつるのか、理屈がわからないから、想像しなくてはならなかった。     (Amazon の商品説明より転載)

この絵本はね、とっても評判のよい絵本だということでずいぶん前に購入したものです。  で、多分、これまでに5~6回は読んでいるんじゃないかしら。  表紙の王様の絵がチビ助の癖に(コーヒーカップと同じくらい!)妙に尊大な雰囲気を漂わせているのが何ともユーモラスなんですよね~。  しかもよ~く見ると、この王様の鼻ってピノキオばりに顔に対して不釣り合いなくらいに高くて大きいの(笑)。

先日、読書メーターを通じてお知り合いになれた四季さんのブログをお訪ねしたら、ピッピ三連作の Review がエントリーされていました。  たまたま KiKi も「この Lothlórien の次の岩波少年文庫カテゴリーのエントリーはピッピシリーズにしようかなぁ・・・・」と思っていたので、何だかとても嬉しくなってしまって、まるで四季さんに後押しされるかのような感じで懐かしいこの三連作を手にとってみました。

長くつ下のピッピ     ピッピ船にのる     ピッピ南の島へ

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(Amazon)                       (Amazon)                     (Amazon)

作: アストリッド・リンドグレーン  訳:大塚勇三  岩波少年文庫 

 「あしながおじさん」にヒントを得て、作者リンドグレーンの小さい娘が、「ねえ、長くつ下のピッピって女の子のお話を作って」と母に頼んだ。  そこで生れたのがこの世界一つよい少女の物語だった。  自由ほんぽうに生きるピッピに、子どもは自分の夢の理想像を発見し、大人は愛さずにはいられない野育ちの永遠な少女を見出す。

ピッピは友だちをつれて町に買物に行きマネキン人形の手を1本買ったり、久しぶりに学校へ出て皆と遠足に行き、その途中馬をいじめる馬方をこらしめたりします。  ある日「ごたごた荘」に1人のお客がありました。  それこそ行方不明だったピッピの父エフライム船長でした。  ピッピはお父さんと南の海へ行こうとしますが...。

自由な生活を楽しんでいる世界一強い女の子ピッピが、こんどは友だちのトミーやアンニカ、馬やサルもいっしょに連れて、お父さんと南太平洋の島に出かけます。  ゆかいなピッピの第3話。

(岩波書店 HP より転載)

 

小学生の頃に最後に読んだきりず~っとピッピとは疎遠になっていた KiKi なので、正直なところあのピッピの天衣無縫さ・・・というか荒唐無稽さについていけるかどうか、実はおっかなびっくりで手に取ってみたんですよね。  特に KiKi は子供時代、物語のヒロインに自己投影・・・・というか変身願望を持ちながら読むことが多かったにもかかわらず、ピッピの物語に関して言えば「ピッピになりたい」とは思わず(・・・・というより思えず? 苦笑)「ピッピの友だちのアンニカになりたい」と思っていた物語であるだけに不安は一入だったんです。  でもね、四季さんが「相変わらず楽しい! ピッピ、可愛い!」と書いてくださっていたので「これは KiKi もなんとかなるかも?!」と思ったし、それ以上に大人になって再読してみて「やっぱりアンニカになりたい」と思うかどうか、それを確認してみたい・・・・・というのが一番の楽しみでした。

結論から言うとね、大人になってしまった KiKi はあいも変わらず「ピッピにはなれない」のはおんなじで、じゃあアンニカになりたいと思うかと言うと、「なりたいかなりたくないかと聞かれればなりたいけれど、もしもアンニカになったらハラハラし通しで身が持たないかも・・・・」というのが正直なところです。  いえね、多分ものすご~く楽しめると思うんですよ、ピッピと一緒なら。  でもね、毎日ピッピと遊べるかというと一日おきか3日に一度ぐらいが一番楽しめそう・・・・ そんな気分なんですよね~(苦笑)  これはひょっとすると今ではKiKi がピッピが頓着しない「大人の理屈」とか「大人がつくりあげた社会秩序」みたいなものに縛られる側ではなく、その枠組みを作る側にいるからじゃないか・・・そんな風に感じるんですよね~。

KiKi は決して「大人の理屈」や「大人がつくり上げる社会秩序」が絶対に正しいとは思っていないし、それに反するものを徹底的に排除したいとまでは思わない(というより、そう考えることは一歩間違えると危険だとさえ思っている)んだけど、ピッピがすぐ隣の近しい友だちでいられるほどはもう若くないんですよ、きっと。  ピッピの言動に時に眉をしかめ、時に一緒に大笑いする、そんな立ち位置にいるような気がします。  でね、「ピッピ南の島へ」の解説を落合恵子さんが書いていらして、その中でイングリッド・アルビドソンさんという方の書かれた書評を紹介されているんだけど、これがまさにツボを得ている・・・・そんな気がするんです。  落合さんも少し長いけれど・・・・と断り書きをされつつ引用されているその書評をこちらに転載するとね

・・・・・長くつ下のピッピは、1940年代の子供の、すべての限界やしきたりをうち破る向こうみずな天才である。  ピッピは彼女が思う通りに行動し、警察や学校や、社会の秩序にその能弁さと超自然的な力で対抗する。 (略) ここには、子供が常に読みたいと思う魅力的なアナーキズムだけでなく、明るい輝きを放つユーモアと日常のリアリティーあふれるすばらしい冒険がある。 (略) その陽気な思いつきに関しては子供自身の不服従のメカニズム、アナーキズムはけなされることなく、賛美される。 (略) おとながこのような無邪気な遊びに対して道徳的な憤慨をもって反応する社会に子供が暮らすならば、かれらがそれに耐えるためにも、長くつ下のピッピのような本が必要とされる。

 

そうそう、本当にそうだと思うんですよね~。  KiKi の今回の読後感をとっても高尚な文章で書こうとするとこの文章以上のものは1ヶ月かけても書けないと思うんだけど、まさにこの文章に KiKi が感じたことが書かれているんです。  それを KiKi なりの表現で書いてみたいと思います。 

「あお」「あか」「みどり」「きいろ」と読み進めてきた「アンドルー・ラング世界童話集」の第5巻。  今回は「ももいろの童話集」です。  以前、「あか」は表紙の絵がちょっと怖いというお話をしたけれど、この「ももいろ」の表紙の絵は結構 KiKi 好み(笑)です。  まあ、洋服なんかを選ぶ際には「絶対」と言っても過言ではないほど「ももいろ」 or 「ピンク」は選ばない KiKi だけど、この表紙は雰囲気と言い色目と言い決して嫌いじゃないですね~。  今回はたまたま「アンドルー・ラング世界童話集を全巻揃えるぞ!」という意気込みがあったから購入したけれど、もしもそういうプランがない状態でどこかの本屋さんでこの本に出会ったとしても、必ず手に取ってみただろうなぁと思います。

ももいろの童話集
編:アンドルー・ラング 監修:西村醇子  東京創元社

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まずは恒例の収録作品の一覧からです。

「小さな妖精と食料品屋」  (ハンス・アンデルセンのドイツ語翻訳)
「森の家」   (グリム)
「ひつぎのなかの姫」   (デンマークの昔話)
「仲のいい三人兄弟」   (グリム)
「人魚のむすこハンス」   (デンマークの昔話)
「グリップという鳥」   (スウェーデンの昔話)
「スノーフレイク」   (「スラブの昔話」 パリ ルルー刊)
「ずるがしこい靴屋」   (シチリアの昔話)
「カテリーナと運命の女神」   (「シチリアの昔話」 ライプツィヒ エンゲルマン刊)
「隠者の手引きで姫をめとった男の話」   (シチリアの昔話)
「命の水」   (「カタルーニャの昔話」 バルセロナ)
「きずついたライオン」   (カタルーニャの昔話)
「兄と弟」   (シチリアの昔話)
「魔法使いと弟子」   (デンマークの昔話)
「金のライオン」   (シチリアの昔話)
「ローズマリーの小枝」   (「カタルーニャの昔話」 バルセロナ)
「白いハト」   (デンマークの昔話)
「トロルのむすめ」   (デンマークの昔話)
「エスベンと魔女」   (デンマークの昔話)
「ミノン・ミネット姫」   ("Bibliotheque des Fees et des Genies")
「ゆかいなおかみさんたち」   (デンマークの昔話)
「リンドオルム王」   (スウェーデンの昔話)
「ちびの野うさぎ」   (「バソト族の昔話」 パリ ルルー刊)
「チックの話」   (シチリアの昔話)
「幸運のドン・ジョバンニ」   (シチリアの昔話)

 

KiKi は今週末は山小舎で過ごしています。  別エントリーで詳しくはお話しするけれど、こちらのキッチンから見える景色は紅葉がとっても綺麗!!!  で、今朝はちょっとだけ近くの山にあるハイキングコースをたどってみました。  KiKi は山の散策(ちゃんとした登山ではなく、ワンダーホーゲルレベルにさえならない、お散歩みたいな感じの山歩き)が昔から大好きで、特にこの季節は紅葉を楽しみつつ実りを感じられたりするので、昨年もまったく同じコースを同じように歩いてみたんだけど、その時にものすご~くリフレッシュすることができたので今年も・・・・ということになったというわけです。  で、歩き疲れて帰ってきたそんな時には、どんな本がいいかなぁとちょっと考えてみたんだけど、やっぱり軽~い読み物で、ついでにこちら(山小舎)でしか読めないものがいいなぁ・・・・と。  で、今は KiKi がコレクションした絵本は全部こちらに移動させちゃっているから東京では読めないし、絵本だったら疲労回復には効き目がありそう(?)だし、ついでに最近は絵本カテゴリーのエントリーを書いていないし(笑)・・・・ということでこちらを手に取ってみました。

すてきな三にんぐみ
作:トミー=アンゲラー 訳:今江祥智  偕成社

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この絵本はね、以前ご紹介したこの本で初めて興味をもった絵本なんですよね。  で、そういう意味では今日が初読みです。  まずは表紙の絵になかなか雰囲気があってよろしい(笑)  ちょっと見、こわそうな三にんぐみなんだけど、これといった特徴があんまりなくて、強いて言えば帽子に纏わり付いている紐(? リボン?)の模様が違うこと・・・・ぐらいが三にんを見分けるポイントなんでしょうかねぇ。  いずれにしろ、まさかりの赤が効いていて、なかなかポップな感じです。

で、ページを開くと、くろマントに、くろいぼうしのこわーい、どろぼうさんだということなんですが、表紙で見た三にんの見分け方がもろくもここで崩れちゃいます。  帽子の模様が変わっているよ・・・・ ^^;

で、さらにページをめくると、この人たちのどこが恐いのか、大人の感覚では理解できないような気がしてきます。  だって「おどしのどうぐ」は3つなんだけど、それが「ラッパじゅう」「こしょう・ふきつけ」「まっかなおおまさかり」なんですよね。  まあ、まさかり(斧)は金太郎も担いでいたぐらいだからそれなりの「力強さ」の象徴みたいなものだとは思うけれど、「まっか」なだけに切れ味悪そうだし、それより何より他の2つがねぇ・・・・・。  「こしょう・ふきつけ」に至ってはこれはドリフのコント(古!)にしか出てこないんじゃないかと思っちゃうし(笑)

  

過去に何度か読み始め、常に途中で挫折してしまった本をようやっと読了したので、今日はそのお話でも・・・・ ^^;  ま、もっとも今回は何とか読了した・・・・・とは言うものの、正直なところ消化しきれていない感は否めないんですけどね~。  でもまあ、読書カテゴリーのデータベース作りと割り切って(?)とにかく何かを記しておこうと思います。

ケルトの神話 女神と英雄と妖精と
著:井村君江  ちくま文庫

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この本の存在を知ったのは KiKi が大学生の時でした。  ケルトに興味を持つようになったのはアーサー王伝説の影響が大きいんだけど、KiKi は必ずしもアーサー王伝説を研究(? っていうより勉強?)していたわけではなかったので、さほど突っ込んで何かを考察してみたことはなかったんですよね。  ただ、あの物語の中でマーリンには強烈に惹かれて、「マーリンはドルイド僧らしい」 とか 「アーサー王の后のグイネヴィアは妖精だという説もある」 とか、そんな話を教授との会話の中で小耳に挟んだことがあって、「ドルイドって何よ?」「妖精って昔大好きだった御伽噺にはいっぱい出てきたけれど、そもそもどんな謂れから発祥したんだろ?」というような興味から、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしてたどり着いたのが「ケルトの神話」だったんですよね~。  

でね、当時の大学の図書館にあったのはハードカバーで、まず最初に KiKi が手にしたのはそのハードカバー本でした。  前半は結構楽しく読み進めることができて、調子付いていたんだけど、途中でギブアップ・・・・。  何で挫折しちゃったのか、その理由に関してはほとんど記憶に残っていません ^^;  

 

「中世騎士物語」を読了したので、本来であればその流れにのって「シャルルマーニュ伝説」に行くべきところだと思うのですが、ここで再び寄り道したいと思います。  と言うのもね、ここのところ読書関連のエントリーだけは着々と進んでいるものの、クラシック音楽関係のエントリーを置き去りにしちゃっているなぁ・・・・という思いがふっと浮かんでまいりまして・・・・^^;  まあ、このブログにはメールフォームとかその他ブログパーツの設定作業がまるでできていないんですけど、旧ブログの方にはそれなりの部品がくっついていまして、かつての常連さんから「クラシック音楽関係のエントリーを待ってます♪」的なメールを頂戴したっていうのもありまして・・・・・。  で、以前からブログで取り上げたいなぁと思いつつもちょっと後回しになってしまっている曲をとりあげるためには、この本を読んでみる必要性があったんですよね。

カレワラ物語
訳編:小泉保  岩波少年文庫

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「カレワラ」はフィンランド国民にとって国民的勇者(or 神話・伝承的な人物)の波乱万丈の冒険譚で、「偉大なるワイナミョイネンと愉快な仲間たち」の物語であって、それがフィンランド人のアイデンティティの拠り所ともなっている・・・・・ということを知ったのは KiKi が大学生の頃。  物語としての完成度・・・・みたいな部分ではさほど KiKi の興味を惹かなかったんだけど、この本の訳者あとがきにもあるように、このカレワラに出てくる詩はすべて八音節で強弱の韻を踏んでいる(カレワラ韻律と呼ぶらしい)ということを知った時には、びっくり仰天したものでした。

 

中世騎士物語 ブルフィンチ

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当初の予定では「ギリシア・ローマ神話 (現代:伝説の時代)」に引き続いて読む予定だった「中世騎士物語」。  原題は「騎士の時代; The Age of Chivalry」で、そのメインはアーサー王と円卓の騎士の物語です。  ま、それ以外にも「マビノギオン」からの抄訳、「ベーオウルフ」のほんのさわり、「ロビンフッド」のほんのさわり等々も収録されています。

中世騎士物語
著:トマス・ブルフィンチ 訳・野上弥生子  岩波文庫

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いや~、これまた久しぶり あ~んど 文字が小さめなので読み応えがありました~。  もっとも目新しいことは特に何もなくて(^^;)お馴染みの物語がとっても読み易く、コンパクト(?)にまとまっている・・・・そんな感じの本です。  この本を初めて手に取った学生時代ほどは引き込まれなかったけれど、楽しみながら読むことができたので文字の小ささの割には、どんどん読み進むことができました。  構成がいいと思うんですよね。  まず最初、序説の部分に騎士ってどんな人? どんな装束? 当時の社会階級って?? みたいなことが的確にまとめられていて、それに続くのが英国の神話的歴史の物語。  ここでシェイクスピアでお馴染みのリア王なんかもとりあげられています。  これに続くのがアーサー王と円卓の騎士の物語。  これはどこをどう読んでもトマス・マロリーの「アーサー王の死」が底本でしょうね。  で、更にはウェールズの中世騎士物語集である「マビノギオン」からの抄訳が続きます。  これで終わるのかと思うとさにあらず、最後の最後は英国民族の英雄伝説ということで「ベーオウルフ」「アイルランドのキュクレイン」「ヘレワード」そして「ロビンフッド」の物語がさわりだけ紹介されている・・・・・そんな構成です。  ね、これだけ見ても結構お得感のある構成でしょ(笑)

 

このブログで取り上げる阿刀田高氏の「古典に親しもうシリーズ」の第6段は「新約聖書」です。  実はもう一冊「コーランを知っていますか」も入手してあるんですが、それは後日、アラビアンナイトを読んだ後にでも取り上げることにして、とりあえずはここいらでこの「古典に親しもうシリーズ」は小休止としたいと思います。  というのもね、本来であれば KiKi はブルフィンチの「ギリシャ神話」(伝説の時代)→「中世騎士物語」(騎士の時代)→「シャルルマーニュ伝説」を読み進めるはずだったのに、ギリシャ神話から思わぬ寄り道が始まって、進行方向があっちへクニャリ、こっちへクニャリ。  それぞれに面白い読み物だったからそれはそれで構わないんだけど、そろそろもともと思い描いていた路線に戻らないと、またまたブルフィンチの名作を続けて読む・・・・という企画がオジャンになってしまいそうなので(笑)  まあ、KiKi の場合、こういう企画を思い立って、着手こそするものの貫徹できないパターンっていうのは結構多いんですけどね。  これが仕事だったら「このタスクのゴールは何?  成果は何で測るの?」な~んていうことを部下たちに言ってる癖にねぇ~ ^^;

新約聖書を知っていますか
著:阿刀田高  新潮文庫

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このエントリーにも書いたように、KiKi がこのシリーズの聖書に手を伸ばしてみたのは、自分の「聖書関連」の知識がどの程度のものなのか知ってみたいという思いによるところが大きいんだけど、こと新約聖書に関して言えば、いわゆる「福音書」4種に関しては、バッハの宗教音楽を愛していることが功を奏してか、多分エッセンスはほぼ頭に入っているのかな・・・・というのが読後の第一印象でした。  もっともそれはエピソードとして知っているというのに過ぎなくて、その話にどんな宗教的な意味があるのか・・・・な~んていう部分に関してはサッパリなんですけどね。  一時期ほんの数回だけ教会で催されている「聖書研究会」に参加してみたことがあるんだけど、クリスチャンの方々が自分の経験やら何やらを語りながら、「ここでの意味は・・・・」みたいなことをお話しされていて、いわゆる世間話というか、経験談、そしてその経験で何を感じたかというお話にこそ興味は湧いたけれど、聖書に書かれている内容といちいち結びつけてあれやこれや仰っているのを聞いていても「ふ~ん、何となくこじつけっぽいなぁ。」という不遜な感想しか持てなかった KiKi なのです。

前にこのエントリーにも書いたけれど、聖書を読んでいて KiKi が一番引っかかるのは「復活」というお話。  イエス自身の布教活動における奇跡みたいなことは、阿刀田さんじゃないけれど KiKi の気持ち的には「まあ、まあ・・・・」みたいにお茶を濁しながらやり過ごしちゃうことができるんだけど、どうにもこうにも「復活」だけはねぇ~。  今回もこの本を読了してみて尚、KiKi の長年の疑問「復活って何?」は相変わらず解決できていないんだけど、一つだけ収穫があったように思うんですよね。  それはね、 KiKi は福音書こそ何度か読んでいるけれど、その後の「使徒言行録」以下「手紙シリーズ」や「ヨハネの黙示録」は通読してみたことがただの一度もなくて、ところどころ拾い読みしているに過ぎないんですよね。  で、そこを読んでいないということはイエスの死後、イエスの教えがどのように広まっていったかに関してはあんまりしっかりと認識できていなかった・・・・と言えるんじゃないかと思うんですよ。  で、その伝播の舞台装置として「復活」は絶対に必要なイベントだったんだろうな・・・・ということを今回初めて感じたんですよね。

 

英文学、西洋文化を学ぶ上で MUST (マスト)の読み物と言われているものが「ギリシャ神話」と「聖書」です。  一応英文学を大学時代に専攻していた KiKi はご多分にもれず、その両方にこれまでの人生で何度もチャレンジしてきました。  「ギリシャ神話」の方はそれでも KiKi の趣味に合っていたんでしょうね、子供時代から結構な種類の「ギリシャ神話関連読本」を読んできたし、頭にどのくらい残っているかはともかくとして一応そのほとんどの本をとりあえず通読することができているという自負があります。  

でもね、問題は聖書の方・・・・・。  これまでに何度もチャレンジしてきたし、クリスチャンでもないくせに教会の聖書勉強会みたいなものに参加してみたりもしたし(入信する気はまったくなかったけれど ^^;)、本からじゃダメなら音楽から入ってみようかと「宗教音楽」を聴きまくってみたり、美術から入ってみようとしたりとあの手この手を尽くしてきたけれど常に挫折してきた・・・・そんなトラウマに近いような感覚を持っているんですよね~。  でもね、例えば本屋さんに並んでいる「図解 キリスト教のすべて」みたいな本の目次を眺めてみると、それなりに知っている物語ばかりのような気もするし、バッハの「マタイ受難曲」なんかは音楽として大好きで何度も聴いている(≒対訳歌詞を何度も読んでいる)わけで、自分の「聖書関連」の知識がどの程度のものなのか、知ってみたいという思いも手伝って、ここのところ読み続けている阿刀田高さんの「古典に親しもうシリーズ」からこの一冊を選んでみました。

旧約聖書を知っていますか
著:阿刀田高  新潮文庫

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「聖書」と言うとどうしても「ギリシャ神話」や「ホメロス」や「古事記」以上に身構えてしまう(やっぱり現代でも信仰者を多く抱えている宗教だという意識があるから・・・・なのかな?) KiKi としては、これまで読んできた「古典に親しもうシリーズ」ではさほど鼻につかなかったくだけた文体やオヤジギャグにちょっと辟易としたのは否めないけれど、そういう点を差し引いてもまあまあ楽しく読むことができたように思います。  何度もチャレンジしているにも関わらず未だに聖書を通読できていないことが一種のトラウマだったけれど、案外エッセンスは頭に入っていることが確認できただけでもよかったかなぁ・・・・・と。  と、同時に聖書を通読できない原因が「唯一絶対の全知全能の神」の物語であることや、ある種イスラエルの民のご都合主義的な記述のせいであること、更にはその神様が案外エゴイストであること(嫉妬深い神様らしい 苦笑)等々を認識できただけでも、この本を読んでみた価値があったように思います(笑)。

 

楽しい古事記 阿刀田高

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KiKi は大学時代、英文学を専攻していました。  大学進学を考え始めた高校生の頃、最初に KiKiが目指したのは音大でした。  ところがこのエントリーでもお話ししたように音大を目指して修行中だった KiKi は天の邪鬼にも「ピアノは大好きだけど、一生のすべてを捧げるのはいやだ!!」という思いに囚われ、結果的に音大進学を断念しました。  その後、どんな進路を選べばいいのか、正直なところ KiKi にはコレといった夢・・・・のようなものがあったわけではありませんでした。  強いて言えば時代が時代だったので「これからは英語ができなくちゃダメなんだろうな。」という曖昧模糊あ~んど漠然とした思いだけが心の片隅にありました。  でもね、ホントは大学4年間を小説三昧で過ごすことには抵抗がなかったわけじゃありません。  いかにそれが「原文」で接する文学であったとしても・・・・です。  でもまあ、音楽以外に強烈に好きだ!と思えるものが文学(というより物語)だったのは事実で、だからこそ英文学を専攻するという結論に至ったわけですが・・・・・。

でね、確かに「これからの時代は英語だよなぁ」という思いがあったのも事実ですが、同じ文学の中でも仏文や独文、日本文学の道を選ばなかったのは、仏文や独文を外したのは「やっぱり英語!」という思いがあったから・・・・だけど、日本文学を選ばなかったのは日本の物語にあまり興味をひかれなかったからということがあげられます。  大体において、KiKi が日本昔話に親しんだのは「絵本時代」だけだったと言っても過言じゃありません。  中学時代に一時期「平家物語」に傾倒していた時期があったけれど、古文の時間に学んだ「万葉集」にしろ「源氏物語」にしろ「枕草子」にしろ「方丈記」にしろ、「ギリシャ神話」や「シェイクスピアの物語集」と比較して、没頭する度合い・・・・みたいなものがものすご~く希薄だったんですよね。  

もちろん、国語の教科書で何らかの作品の一部が取り上げられているような超有名どころの作家(夏目漱石とか森鴎外とか太宰治とか志賀直哉とか宮沢賢治とかとかとか・・・・・)の作品はそれなりに読んできているし、それなりに楽しんできたとは思うんだけど、大学4年間を日本語で書かれた小説の勉強に費やすのはそれこそ勿体ないと思っていたし・・・・・。  古文の世界はそういう意味では半分ぐらいは外国語的なところもあるけれど、さほど面白そうだとは思わなかったし・・・・・・。

でもね、大学3年生ぐらいの頃、「日本人のくせに英語の本や西洋の物語にばかり没頭していていいんだろうか?」みたいなことを感じ始めた時期があるんですよね~。  でね、やめておけばいいのに岩波文庫に収録されていた本居宣長の「古事記伝」に手を出してみたことがあるんですよ。  やっぱり日本文学の原点みたいな存在は「古事記」だし、でも漢文調の「古事記」は読めたものじゃないはずだし、大学生としてはそこそこの文献を読むべきだろう・・・・みたいな変なプライドもあったりしてその選択になったわけだけど、結果はと言えば・・・・・・・・・・・・・・・数ページで挫折 ^^;

その時、岩波少年文庫に収録されている「古事記物語」に考えが及ばなかったのは前にこのエントリーにも書いたように

岩波少年文庫    小学生向け
岩波ジュニア新書  中学生向け
岩波文庫      高校生以上
岩波新書      高卒以上

というしょうもない KiKi の思い込みも一役かっていたりするわけですが、いずれにしろ「古事記」もしくは「古事記伝」は KiKi にとってどうにも「とっつきにくい書物」であることは大人になってもあまり変わりない・・・・ということだけは証明しちゃったみたいです(汗)。  でもね、それでもやっぱり「日本人たるもの・・・・」という意識が消えてなくなったかといえばさにあらず。  で、せっかくこのブログでは「岩波少年文庫読破計画」という企画をぶちあげているという事情もあることだし、起死回生・・・・ということで「古事記物語」あたりから始めてみようかな・・・・と思っていました。  で、本当であれば日本神話に関する最初のエントリーは「岩波少年文庫の古事記物語」になる予定だったのです。  

でもね、予定は未定とはよく言ったもので、「岩波少年文庫の古事記物語」を手に取る前に、今日ご紹介するこちら(↓)を手にとってしまいました。  まあ、ここ何回か阿刀田高著の「古典に親しもうシリーズ」を読み進めてきているという裏事情があり、そのシリーズの中に「古事記」もあったりしたので、この流れはある意味では必然だったのかもしれません。

楽しい古事記
著:阿刀田高  角川文庫  

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前半の神話的な部分(本辞というらしい)はやっぱり面白い!  イザナギ・イザナミの国造りも、アマテラスの岩戸隠れもスサノオの命のヤマタノオロチ征伐もオオクニヌシの命の因幡の白ウサギも、国引き物語も海幸彦 & 山幸彦の物語も。  あとはやっぱり神武天皇の東征とヤマトタケル伝説は、ストーリー性もあれば、歴史的事実のたとえ話的な要素もあって楽しめます。  でもね、後半の天皇家の系図的な部分(帝紀というらしい) は正直なところ、「ふ~ん」という感じ ^^;  誰と誰が「まぐわって」何人子どもを残して、「殺して」「歌って」の部分は文字を追って一応読んではいても頭には何も残らない・・・・・そんな感じでした。

 

決して阿刀田高さんのファン・・・・というわけではないのですが、「ギリシア神話を知っていますか」や「私のギリシャ神話」を読了した勢い・・・・・のようなもので、通勤電車でも比較的読みやすいだろうという思い込みのもと、同じシリーズの本を何冊か購入してみた KiKi。  今日はその中の一冊、ギリシャ神話繋がりのこちらを選んでみました。

ホメロスを楽しむために
阿刀田高  新潮文庫

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巻末に収録されている漫画家、里中満智子さんの解説にもあるように、やっぱり読み易いって言えば読み易い本だと思います。  で、KiKi も「難しいこと≒高尚」という幻想には疑問を持っているタイプの人間なので、そういう意味ではこういう本がどんどん読まれてちょっぴり敷居の高い(ような気がする)古典文学がもっともっと多くの人、特に若い世代の人たちに読まれるといいだろうなぁと感じているので、本屋さんで岩波文庫の「イリアス」や「オデュッセイア」に手を伸ばしてみたものの、肩をすくめてまた本棚に戻しているような若者にはオススメできるような気がします(笑)。

KiKi 個人としては、阿刀田氏のフィールドワークの逸話こそ楽しむことができたのですが、件の阿刀田氏の「ギリシャ神話関連書籍」を続けて読んだ直後だったせいもあって、目新しさ・・・・みたいなものはほとんど感じることができなかったかなぁ・・・・と。

  

私のギリシャ神話 阿刀田高

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今日は、先日読了したばかりの「ギリシア神話を知っていますか」に引き続き、同じ阿刀田高著の「私のギリシャ神話」をご紹介します。  この本は1999年にNHK教育テレビの人間講座「私のギリシャ神話」で用いられたテキストに、加筆修正を施し出版されたものなのだそうです。  生憎 KiKi はその番組を観ていなかったんだけど(1999年と言えば KiKi が会計人として落ちこぼれる前のこと。  きっと仕事に忙殺されていたんでしょうね~ 笑)、この本を読む限りでは面白そうな番組だったんだろうなぁと感じます。  最近NHKでやたらと宣伝している「オンデマンド」で観ることができるのかしら・・・・・。  後で調べてみようっと♪

これまた阿刀田流のギリシャ神話で先日の「ギリシア神話を知っていますか」と非常によく似た文調で書かれた(ところどころ表現までまったく一緒!)物語なので、両方読む必要はなかったかなと思わないでもありません。  KiKi の個人的趣味としてはこちらの「私のギリシャ神話」の方に軍配をあげたいかな・・・と思います。  と言うのも、さすがNHK番組のテキストとして準備されていた内容のものだけあって、カラー図版(ギリシャ神話を題材にした絵画や彫刻等々)がかなりの量で収録されており、「ギリシア神話を知っていますか」を読んだ際には手元に別の美術書を置きながらあっちの本をとりあげたりこっちの本をとりあげたりと忙しかったんだけど、その手間が省けて楽チンだったから(笑)  巻末の神々の相関図も見開きで見易かったし、巻頭の地図もこちらの方が見易かったという印象があります。

私のギリシャ神話
著:阿刀田高  集英社文庫

 

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これまたサクサクと読めちゃう軽~い語り口のギリシャ神話です。  そして小説家が書いたギリシャ神話だけのことはあって、神様のセリフのアテレコがとっても現代風。  パリスの審判のシーンでの3美神のセリフがこんな感じ

ヘラ       「あら、もっとも美しい女神なら私ね」
アテナ      「冗談を言わないで。  私のものでしょうが。」
アプロディテ  「なに言ってんのよ。  美しいと言えば私に決まっているじゃない。」
3人       「だれか無関係の人に決めてもらいましょ。」 

こう書いた阿刀田さん。  さすがに女神さまの会話としてはくだけすぎたと反省(?)されたのか申し訳のように 「女神たちにしてはちょっとはしたない争いが始まった。」  と続けていらっしゃいます(笑)

 

 

先日、このエントリーにも書いたことだけど、KiKi にとってギリシア神話というのは子供の頃から最も親しかった物語の1つであり、これまでの○0年足らずの人生の中で手を変え品を変えて接してきた物語だったはずなんだけど、嘆かわしいことに神様同志の相関関係とか神様の名前とかはうろ覚え、  ニンフに至っては物語のプロットだけは頭に残っていても、名前まで思い出せるのは1割程度。  結局記憶に残るのは子供時代の抄訳本で読んだほんの一部の物語だけ・・・・という有様なんですよね。  せっかくこんな Blog を開いて読書感想文のようなものを綴るようになったからには、もう少しは進歩・・・・というか、何かを頭に残したい。  そんな風に感じていたところ、こんな本に出会いました。  まあ、10年ぐらい前までの KiKi の読書傾向からするとこういう「入門書風」を装った本に手を出すことはほとんどなかったんだけど、アーサー王関連でこんな本に手を出してみて案外面白かったということもあり、今日はこの本を読んでみました。

ギリシア神話を知っていますか
著:阿刀田高  新潮文庫