読書の最近のブログ記事

何だか月1更新が常態となりつつあるこのブログ・・・・。  先月はじぃじの突然の入院とか以前お話したじぃじが口座を持っている外銀とのやりとりでバタバタしてしまい、結局色々な出来事があったにも関わらず今日と同じ内容の「前月の読書のまとめ」エントリーのみしか書くことができませんでした。

しかも今年に入ってからは読んだ本の Review を書く時間がまったくとれずにGWに突入してしまいました。  こんな状態だったらこのブログを閉鎖してもいいんじゃないかしら?と思わないでもないのですが、又いつ何時、いろいろ書く時間をとることができるようになるかもしれないという下心(?) からとりあえず放置ブログとして残しています。  何はともあれ先月の読書のまとめです。

2015年4月の読書メーター


読んだ本の数:7冊
読んだページ数:2362ページ
ナイス数:33ナイス

翔ぶが如く〈4〉 (文春文庫)翔ぶが如く〈4〉 (文春文庫)
読了日:4月28日 著者:司馬遼太郎

翔ぶが如く〈3〉 (文春文庫)翔ぶが如く〈3〉 (文春文庫)
読了日:4月22日 著者:司馬遼太郎

翔ぶが如く〈2〉 (文春文庫)翔ぶが如く〈2〉 (文春文庫)
読了日:4月17日 著者:司馬遼太郎

翔ぶが如く〈1〉 (文春文庫)翔ぶが如く〈1〉 (文春文庫)
読了日:4月12日 著者:司馬遼太郎

砂の器(下) (新潮文庫)砂の器(下) (新潮文庫)
読了日:4月9日 著者:松本清張

砂の器〈上〉 (新潮文庫)砂の器〈上〉 (新潮文庫)
読了日:4月7日 著者:松本清張

石原莞爾 マッカーサーが一番恐れた日本人 (双葉新書)石原莞爾 マッカーサーが一番恐れた日本人 (双葉新書)
読了日:4月2日 著者:早瀬利之

読書メーター



沼津の実家から群馬のLothlórien_山小舎へ戻って約10日。  ようやくノーマルな日常に戻ったのか?といえば、さにあらず。  親類のお葬式あり、外銀とのやりとりありで散々バタバタした挙句、先週の金曜日に老人ホームから連絡があり、じぃじの健康状態に問題発生とのこと。  その後2か所の病院で検査の結果、「総胆管結石」との診断が下り、昨日はとりあえず炎症をおこしていた肝機能を改善させるための手技が行われ、これから抗生物質の投与等の治療をしたうえで、石をどうするか?の治療方針について検討するということになりました。

ま、そんなこんなで日、月、火の3日間はホームへ行ったり、検査 & 入院の付き添いで病院へ行ったり、手技当日には医師からの説明を受けるため再び病院へ行ったりで走り回る日々を送っていました。  Lothlórien_山小舎に戻れば読書 Review も書けるようになるだろうと思っていたのですが、そんな日はまだまだ当分訪れそうにありません ^^;。  ま、てなわけで、本日もとりあえず・・・・の先月の読書のまとめだけをしておきたいと思います。


2015年3月の読書メーター


読んだ本の数:9冊
読んだページ数:3143ページ
ナイス数:21ナイス

最後の将軍―徳川慶喜 (文春文庫)最後の将軍―徳川慶喜 (文春文庫)
読了日:3月31日 著者:司馬遼太郎

世に棲む日日〈4〉 (文春文庫)世に棲む日日〈4〉 (文春文庫)
読了日:3月29日 著者:司馬遼太郎

世に棲む日日〈3〉 (文春文庫)世に棲む日日〈3〉 (文春文庫)
読了日:3月27日 著者:司馬遼太郎

世に棲む日日〈2〉 (文春文庫)世に棲む日日〈2〉 (文春文庫)
読了日:3月25日 著者:司馬遼太郎

世に棲む日日〈1〉 (文春文庫)世に棲む日日〈1〉 (文春文庫)
読了日:3月25日 著者:司馬遼太郎

ものがたり 史記 (中公文庫)ものがたり 史記 (中公文庫)
読了日:3月13日 著者:陳舜臣

日本の歴史がわかる本〈室町・戦国~江戸時代〉篇 (知的生きかた文庫)日本の歴史がわかる本〈室町・戦国~江戸時代〉篇 (知的生きかた文庫)
読了日:3月10日 著者:小和田哲男

日本の歴史がわかる本〈古代~南北朝時代〉篇 (知的生きかた文庫)日本の歴史がわかる本〈古代~南北朝時代〉篇 (知的生きかた文庫)
読了日:3月6日 著者:小和田哲男

鹿の王(上下合本版) (角川書店単行本)鹿の王(上下合本版) (角川書店単行本)
読了日:3月1日 著者:上橋菜穂子

読書メーター

相変わらず実家の断舎利 & 大掃除に邁進中の KiKi です。  先月も1月同様、辛うじて読書だけは進んでいるもののブログエントリーを書く余裕はまったくない日々を過ごしています。  ま、てなわけで、約1ヶ月ぶりの本日のエントリーも「読んだ本リスト」のアップのみです。

2015年2月の読書メーター


読んだ本の数:9冊
読んだページ数:3307ページ
ナイス数:38ナイス

司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰・龍馬・晋作の実像 (集英社新書)司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰・龍馬・晋作の実像 (集英社新書)
読了日:2月22日 著者:一坂太郎

「相続税、私が払うの?!」とあわてる前に子どもがやるべき相続準備の本「相続税、私が払うの?!」とあわてる前に子どもがやるべき相続準備の本
読了日:2月16日 著者:五十嵐明彦

獣の奏者 外伝 刹那 (講談社文庫)獣の奏者 外伝 刹那 (講談社文庫)
読了日:2月15日 著者:上橋菜穂子

獣の奏者 4完結編 (講談社文庫)獣の奏者 4完結編 (講談社文庫)
読了日:2月12日 著者:上橋菜穂子

獣の奏者 3探求編 (講談社文庫)獣の奏者 3探求編 (講談社文庫)
読了日:2月10日 著者:上橋菜穂子

獣の奏者 2王獣編 (講談社文庫)獣の奏者 2王獣編 (講談社文庫)
読了日:2月8日 著者:上橋菜穂子

獣の奏者 1闘蛇編 (講談社文庫)獣の奏者 1闘蛇編 (講談社文庫)
読了日:2月6日 著者:上橋菜穂子

炎路を行く者 —守り人作品集— (偕成社ワンダーランド)炎路を行く者 --守り人作品集-- (偕成社ワンダーランド)
読了日:2月4日 著者:上橋菜穂子

軽装版 流れ行く者 (偕成社ポッシュ)軽装版 流れ行く者 (偕成社ポッシュ)
読了日:2月2日 著者:上橋菜穂子

読書メーター


新年を迎えてから、実家の断舎利のため帰省しています。  毎日毎日ゴミ捨てに忙殺される中、辛うじて読書だけは進んでいるのですが(もっとも既読本ばかりですが・・・・ ^^;)、ブログエントリーを書く余裕もなく、日々を過ごしています。  ま、てなわけで、「読んだ本リスト」をとりあえずアップしておくことにしました。

上橋さんとハリポタづくし~(苦笑)


2015年1月の読書メーター
読んだ本の数:15冊
読んだページ数:8771ページ
ナイス数:56ナイス

天と地の守り人〈第3部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)天と地の守り人〈第3部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:1月30日 著者:上橋菜穂子

天と地の守り人〈第2部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)天と地の守り人〈第2部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:1月29日 著者:上橋菜穂子

天と地の守り人〈第1部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)天と地の守り人〈第1部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:1月28日 著者:上橋菜穂子

蒼路の旅人 (軽装版偕成社ポッシュ)蒼路の旅人 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:1月27日 著者:上橋菜穂子

神の守り人〈下〉帰還編 (軽装版偕成社ポッシュ)神の守り人〈下〉帰還編 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:1月25日 著者:上橋菜穂子

神の守り人〈上〉来訪編 (軽装版偕成社ポッシュ)神の守り人〈上〉来訪編 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:1月24日 著者:上橋菜穂子

虚空の旅人 (軽装版偕成社ポッシュ)虚空の旅人 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:1月21日 著者:上橋菜穂子

夢の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)夢の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:1月19日 著者:上橋菜穂子

闇の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)闇の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:1月17日 著者:上橋菜穂子

精霊の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)精霊の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:1月15日 著者:上橋菜穂子

「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻)「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻)
読了日:1月14日 著者:J.K.ローリング

ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)
読了日:1月11日 著者:J.K.ローリング

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 ハリー・ポッターシリーズ第五巻 上下巻2冊セット(5)ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 ハリー・ポッターシリーズ第五巻 上下巻2冊セット(5)
読了日:1月10日 著者:J.K.ローリング

ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上下巻2冊セット (4)ハリー・ポッターと炎のゴブレット 上下巻2冊セット (4)
読了日:1月9日 著者:J.K.ローリング

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 (3)ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 (3)
読了日:1月4日 著者:J.K.ローリング

読書メーター

先月は前半こそ快調だったものの、中盤で例の外銀とのやりとりですっかり疲れ切り、その後はゲートボールの練習が忙しかったり、介護の方でもちょっとしたトラブルがあったり、年末恒例の家事追われまくりで疲労困憊したりで、いきなり失速してしまいました。  ま、とは言え、とりあえず読書のまとめをしておきたいと思います。

先月前半は仏教に関する本を何冊か読み、その後あの解散総選挙騒ぎのおかげで何となく歴史を振り返りたくなって昭和史を手掛け始め、外銀とのすっだもんだで思考を必要とする難しい本とつきあう気力を失い、その後たまたまつまらないTVを見るのが嫌になって、DVDコレクションで見始めた映画の影響でファンタジーに逃げちゃった・・・・・そんな読書でした。

2014年12月の読書メーター
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:2507ページ
ナイス数:31ナイス

ハリー・ポッターと秘密の部屋ハリー・ポッターと秘密の部屋感想
こちらも年末のDVD鑑賞の流れで2年ぶりの再読です。  第1作は出てくる人、物、全てが新鮮だったのと比較し、第2作ではお馴染みのものアリ、初出のモノがありとまだまだ楽しませてくれる内容だと思います。  映画でも物語でも KiKi には鬱陶しいヤツとしか感じられないロックハートさんが多くの女性をうっとりさせていると言うこと自体が魔法みたい(笑)
読了日:12月31日 著者:J.K.ローリング

ハリー・ポッターと賢者の石 (1)ハリー・ポッターと賢者の石 (1)感想
年末に面白いTVが何もなくて、手持ちのDVDを次々と観ているうちに、「ハリー・ポッター シリーズ」に行き着きました。  USJにハリポタの新しいアトラクションもできていることだし、ここいらで再読もいいかな?と2年ぶりに本棚から出してきました。  この第1作は映画も良かったし、原作も面白かった!!  
読了日:12月28日 著者:J.K.ローリング

ノモンハンの夏 (文春文庫)ノモンハンの夏 (文春文庫)
読了日:12月25日 著者:半藤一利

親鸞 激動篇 下親鸞 激動篇 下感想
悩める人親鸞は流刑地だった越後から関東へ。  師と仰ぐ法然から独立していく(とは言え信仰の本質は法然から受けたものそのまま)うえでの葛藤やら何やらが描かれます。  全体としては親鸞の人となりが丹念に描かれている印象ですが、黒面法師の再登場が唐突過ぎる印象がありました。  実際にこんな風にストーカー的に追いかけてきて悪事をなしながら、親鸞の信仰心を試すような人間がいたのかしら??  個人的には専修念仏という新しい教えに対する数々の圧力やら凡人による教えの歪めをこの黒面法師という人物に象徴しているのかな?
読了日:12月6日 著者:五木寛之


親鸞 激動篇 上親鸞 激動篇 上感想
越後に流された後の親鸞を描く激動篇。  聖人というよりは「悩める迷い人」といった趣の親鸞の姿に、親近感を覚えます。  逆に言えば宗教というヤツが時代の流れの中で変貌していくその様が他のどの宗教よりも赤裸々に現れているのが浄土真宗なのかもしれないとさえ感じられました。  現代でもそうだけど悩める衆人はとかく現世でのご利益を求めるもの。  でも本来の宗教の姿はそういうものではないのだなということを実感します。  特にこの上巻で描かれる「雨乞い祈祷」のエピソードにそのジレンマが良く表れていると感じました。
読了日:12月4日 著者:五木寛之


梅原猛の『歎異抄』入門梅原猛の『歎異抄』入門感想
ちゃんと教えを理解していない人間が言うことではないとは百も承知だけど、どうも誰かの思考的フィルターを通ったこのての書籍は KiKi には向いていないような気がしてきました。  と言うのも、著者の解説部分を読むたびに「そういうこと??」という疑問ばかりが浮かんできてしまうし、どこか斜に構えてしまっている自分を意識させられます。  もっとも自力で学べるとはゆめゆめ考えてもいないので、結局は誰かの教えを請わずにはいられないのですが、さてどうしたものか??  これはやはりどこかのお寺で法話を聞くことを考えるべき?
読了日:12月3日 著者:梅原猛

仏教 はじめの一歩仏教 はじめの一歩感想
できるだけ易しそうな仏教のとっかかり本を探して図書館から借りてきた1冊。  う~ん、この著者の方とはどうも波長が合わなそうだなぁ。  現代生活の中から仏教の教えに結びつきそうなエピソードなどを選んでいるのはわかるけれど、どこか毒があるというか、極端に走る傾向があるというか、言葉にトゲがあるというか・・・・。  著者がかつては仏教の考えに疑いを持っていたということが書かれていたので、期待していたんですけどその割にはどう受け入れていったのかという話が薄っぺらいと言うか・・・・。  何気に上から目線なのもねぇ。
読了日:12月2日 著者:ひろさちや

読書メーター

ここのところ読書関連のエントリーをさぼってしまっています。  11月の半ばに婚家の法事がありそれに参列するために沼津経由で移動した1週間の旅に出ていたためにブログエントリーを書くことができなかったこと、さらにはLothlórien_山小舎に戻ってからはゲートボールの練習に参加するようになったことで、落ち着いてPCに向かう時間が減ってしまったことがその大きな原因です。  今後のブログ・メンテナンスをどうしていくのか、正直迷っている部分もあるのですが、とりあえずここいらで久々の読書関連エントリーを1本書いておこうと思って、今、PCに向かっています。  本日の読了本は以下の4冊です。

親鸞 (上)
著:五木寛之  五木寛之ノベリスク(Kindle版)

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馬糞の辻で行われる競べ牛を見に行った幼き日の親鸞。  怪牛に突き殺されそうになった彼は、浄寛と名乗る河原の聖に助けられる。  それ以後、彼はツブテの弥七や法螺房弁才などの河原者たちの暮らしに惹かれていく。  「わたしには『放埒の血』が流れているのか?」  その畏れを秘めながら、少年は比叡山へ向かう。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 (下)
著:五木寛之  五木寛之ノベリスク(Kindle版)

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親鸞は比叡山での命がけの修行にも悟りを得られず、六角堂へ百日参籠を決意する。  そこで待っていたのは美しい謎の女人、紫野との出会いだった。  彼が全てを捨て山をおりる決意をした頃、都には陰謀と弾圧の嵐が吹き荒れていた。  そして親鸞の命を狙う黒面法師。  法然とともに流罪となった彼は越後へ旅立つ。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 激動篇(上)
著:五木寛之  講談社

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京の都を追放された親鸞は、妻・恵信の故郷でもある越後の地に流されていた。  一年の労役を済ませようとしていたころ、地元の民に崇められ、生き仏を称する、外道院の行列に出くわす。  まるで世の中がひっくり返ったような、貧者、病者、弱者が連なる光景に、親鸞は衝撃を受ける。  文字を知らぬ田舎の人びとに念仏の心を伝えよとの、法然上人の言葉が脳裡に去来し、親鸞は外道院と対面することを決意するが──。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 激動篇(下)
著:五木寛之  講談社

Shinran_Geki_2.jpeg  (Amazon)

雨乞いの法会を何とか切り抜けた親鸞は、外道院と袂を分かち、恵信らと平和な日々を迎えていた。  越後で施療所を開設し、訪れる多くの人びとの相談を聞いた。  やがて、法然上人が許されたという吉報にも接するが、親鸞は京へ上ることをためらい、そのうちに訃報が届く。  「わたしは、独りになった。  自分自身の念仏をきわめなければならない」。  新たな決意をした親鸞の下に、関東からの誘いがかかったのはそんな折だった──。  (Amazon 内容紹介より転載)

KiKi は宗教に関しては実に平均的な日本人の1人です。  つまり、これといって帰依する宗教もなく、宗教を意識することと言ったらお葬式 & 法事の際か、さもなければ外人と会話をするときぐらい。  何となく宗教そのものに「胡散臭い」というのに近い感覚を持っていて、可能な限り近づかないようにしてきたようなところがあります。  とは言え、観光でお寺さんを訪れることには何ら抵抗がなく、そうやって訪ねた際には一応御本尊に手を合わせるぐらいのことは何も考えなくても自然と動作になって出てきます。

お正月には当たり前のように神社を訪れ、「初詣」をします。  クリスマスには一応バッハのカンタータなんぞを聞きながら、聖書を読んでみたりもします。  でも、だからと言ってキリスト教の信者ではないし、八百万の神々も感覚的には近しく感じつつ、特に信心してもいません。  でも「この大自然の中で自分は生かされている」という感覚はかなり強く持っていて、目に見えない自然の力にある種の畏怖の念を感じてはいます。

外国人と会話をする際には時に「あなたの宗教は何ですか?」と聞かれます。  そんな時、まだ若い頃(10代~20代半ばまで)は無邪気に「無宗教です。」と答えていました。  ところがそうこうしているうちに、時にその答えがあまり好ましくないことを痛感させられ(要するに人として信頼できないと思われてしまう原因の1つになっていると感じた)、それからはとりあえず「仏教徒」と答えることにしてきています。  でもその仏教に関してもその教義については無知だし、敬虔なクリスチャンの外人さんから「仏教では死をどのように考えるのですか?」な~んていうような質問を受けるとタジタジとなってしまい、赤面したことがしばしばありました。  

とりあえず英語力のなさを理由にその問答から逃げたことも多々あるのですが、それまではそれなりに日常会話やビジネス会話ができていたのに、その質問に関しては稚拙であっても何一つ答えることができないという時点で「敬虔な信者ではない」ことは明白でした。  でも面白いもので、そんな状態でも「無宗教」というよりは相手の反応がよかったりもして、宗教っていうのは人間関係を築く上で摩訶不思議な効力を発するものだと感心したものでした。

さて、そんな KiKi の無宗教観はある意味では親の考え方に寄るところも大だったと感じています。  KiKi の両親はそれこそ筋金入りの無宗教の人たちで、末っ子同志の夫婦だということもあり我が家には仏壇もなかったし、お墓を守る責任とも無縁でした。  のみならず、お墓詣りといったことにも実に淡白な態度の人たちでした。  要するにお葬式 & 法事な~んていうのは全て「浮世の無碍にはできないお付き合い」という感覚で、可能なら列席も辞退したいくらいという感じでした。

KiKi が子供の頃、彼らは自分たちのお墓を建てたのですが、その時も、「葬式も戒名も何も必要ない。  自分の本当の希望は庭に灰を播いて欲しいぐらいだけど、それは日本の法律に反しているから(当時は遺骨は仏壇に供えるか墓に入れること というような法律があったらしい)、とりあえず墓だけは作ったけど、その後は墓の維持にも金がかかるから無縁仏にしてしまっても構わないから・・・・。」な~んていうことを言っていたぐらいでした。  そんな環境で育てば当然その子供である KiKi 自身もそういうことには無頓着に育つというものです。

ところが、婚家の方は違います。  立派なお仏壇もあるし、毎月お坊さんには来てもらうし、お墓詣りだって毎月ちゃんとなさっています。  本来ならそれは長男であるダーリンの仕事だと思うのですが、大学から東京へ出てしまったダーリンはそういうお勤めからは解放されて(?)いて、実家のある岐阜に残っていた弟さん夫婦が墓守も定期的な供養も、すべてきちんとなさっています。    

ま、てなわけで、法事がある時だけダーリン & KiKi もそれに参列するために弟さんのお宅を訪ねるのですが、初めてそのお宅へお邪魔した時、KiKi は大きなカルチャーショックを受けました。  と言うのも、実家筋の法事ではお寺さんへ行って有り難いお念仏を聞いて、ご焼香をしたらお寺を後にし、どこかのレストランで会食がてら久々にお会いした親戚とお喋りしてお終い・・・・というのが普通だったんですけど、婚家ではその日のために仏壇の掃除をし、立派な仏花も供え、お香も特別なものを準備し、お坊さんをお招きするのみではなく、お経そのものも聞いているだけではありません。  参列者が皆で声を揃えてお坊さんと一緒に延々とお経を唱えるのです。

そもそも自分の人生の中でお経を唱えるな~んていう経験をこれまでしてこなかった KiKi はその一事だけでもビックリ仰天!!  配られた本に振り仮名は振ってあるものの、独特の節回しがわからないので当初は声は出さず、口の中だけでモゴモゴと字を読んでお終い・・・・という感じでした。  ダーリンの姪っ子の子供(幼稚園児)でさえも可愛い声でちゃんとお経が唱えられるのに、大の大人の KiKi にはそれさえできないというのはなかなか複雑な気分にさせられる経験でした。

11月最後の連休はダーリンの実家のある岐阜県でダーリンのお父さん & お母さんの法事がありました。  それに参列するため、Lothlórien_山小舎のお風呂改修工事が終わるとすぐ群馬を出て、まずは KiKi の実家(静岡県)へ。  同居介護の間は手をつけられなかった家の中の片付けの第1弾、台所のシンク上下の棚の整理に着手しました。  今年の3月の大雪で3日間に及ぶ孤立生活を余儀なくされたダーリン & KiKi はいずれは静岡県の KiKi の実家へ移住し、そこを終の棲家としようということで合意したので、その準備を少しずつ始めることにしたのです。

ただ、静岡県というと心配なのが地震と富士山の噴火です。  特に今年は御嶽山や阿蘇山をはじめ、日本のあちこちの火山が活動を活発化させていて、300年以上もおとなしくしている富士山がいつ何時、噴火しないとも限りません。  ま、てなわけで、実家滞在中に活字に飢えていたということも手伝って、じぃじの蔵書の中から「富士山噴火」な~んていう本にも手を出してみました。

その後、岐阜で参加した法事ではこれが初めてだったわけではないけれど、自分自身が「お経を唱える」ということを経験しました。  KiKi の実家サイドの法事では参列者はお坊さんのお経を聞いているだけなんですけど、婚家では浄土真宗のため一族みんなで声を揃えてお経を唱えます。  本があるので(漢字にルビつき)、何となく唱えることはできるものの、何を唱えているのかさっぱりわかりません。

自分で唱えている以上、何を唱えているのかさっぱりわからないというのも妙な気分だし、これから死ぬまでこの宗派とつきあっていくことを考えると、これまでは可能な限り避けて通ってきた宗教の世界だけど、信心する・しないは別としてもある程度理解することは必要だろう・・・・・な~んていうことを感じて群馬に帰ってきました。

ま、てなわけで、11月の読書は前半が児童文学、間に「富士山噴火」、そして後半は仏教絡みの読書と相成りました。


2014年11月の読書メーター

読んだ本の数:15冊
読んだページ数:4672ページ
ナイス数:66ナイス

池上彰と考える、仏教って何ですか?池上彰と考える、仏教って何ですか?感想
婚家の法事で自らお経を唱えるという体験をし(実家の法事では聞くだけだった)、「はて、私は何を唱えていたのかしら?」と興味を持ち始めた仏教。  これから一生つきあっていくことになる宗派なら信心する・しないはともかく、これまでのように「可能な限り近づかない」というスタンスではいられまいと考えたものの、何から手をつければいいのかわからない ^^;  ま、てなわけでわかりやすい解説では定評のある池上さんのこの本を読んでみました。  「葬式仏教」とはまさに現代日本の仏教の姿で耳が痛い。  もう少し学んでみよう。  
読了日:11月30日 著者:池上彰

親鸞(下) (講談社文庫)親鸞(下) (講談社文庫)感想
宗教というとどうしても胡散臭く感じてしまい、これまで可能な限り近づかないようにしてきました。  ただ、海外の人と接点を持つたびに「あなたの宗教は何ですか?」という問いに出くわし、「ない」という返答があまり好ましいものではないという経験則にのっとりとりあえず「仏教徒」と答えてきました。  そんな私でもスラスラと読み進められるところがこの本の良いところだと思います。  まあ逆に言えば、仏教の本ではなく、親鸞と言う実在の人物をモデルにした物語だから・・・なわけですが。  でも、現代人には適度なとっかかりかも?
読了日:11月29日 著者:五木寛之

親鸞(上) (講談社文庫)親鸞(上) (講談社文庫)感想
私個人はこれまで無宗教でした。  ところが婚家は浄土真宗でつい先日法事に参加し、お経を唱えるという経験をしました。  実家サイドの法事では有難いお経(?)を参列者が聞いているだけなのに対し、自身が訳も分からないながらも唱えるという経験を経て、「はてさて、あの時私は何を唱えていたのやら?」と興味を持ちました。  その延長線で浄土真宗の開祖である親鸞聖人にもちょっとした興味を持ったので、この本を手に取ってみました。  戦乱の世に生を受け、生きることそのものが厳しかった少年の苦悩には共感できる点が多かったです。
読了日:11月28日 著者:五木寛之

富士山噴火―ハザードマップで読み解く「Xデー」 (ブルーバックス)富士山噴火―ハザードマップで読み解く「Xデー」 (ブルーバックス)感想
今年の大雪で3日間に及ぶ孤立生活を余儀なくされ、終の棲家と決めて移住した群馬県の山中での老後生活に自信がなくなりました。  ならば・・・と夫婦で相談の結果、いずれは我が実家(静岡県)に移住しようと決めたはいいものの、昨今あちらこちらの火山噴火に「はて、富士山は大丈夫だろうか?」と思い始め、たまたま立ち寄った実家の書棚にこの本を見つけたので読んでみました。  この分野にはまったく無知だったため、ところどころ理解できないところもあるのですが、「ハザードマップ」を読みこなすには十分な情報が得られ満足しています。
読了日:11月26日 著者:鎌田浩毅

葬られた王朝―古代出雲の謎を解く (新潮文庫)葬られた王朝―古代出雲の謎を解く (新潮文庫)感想
出雲王朝と大和王朝の関係については、予てよりいささか興味がありました。  たまたま婚家の法事に参加するために実家経由で旅をした際に、父の蔵書の中にあったので、活字欲しさに読んでみました。  「なるほど」と頷けるところも多々あったのですが、同時に「本当にそう言い切れるの?」と感じるところもかなりあるので、全体としてどこか懐疑的にならざるをえないというのが正直な印象でしょうか?  個人的には出雲王朝は実在し、何らかの形で「国譲り」があったのは史実ではないかと考えていたのでその点では読み応えがありました。
読了日:11月25日 著者:梅原猛


サジュエと魔法の本 下巻 青の章サジュエと魔法の本 下巻 青の章感想
主人公のサジェは最後まで歳相応の幼さがあって、ハリー・ポッターみたいな絵に描いたようなヒーローにはなれなかったけれど、素晴らしい成長を見せてくれて微笑ましいなぁと感じました。  脇のルイジとサジェのおじいちゃんルアンティエにより心が動くのは私の年齢のせいかなぁ・・・・。  ルイジの口癖の「正解っぽいだろ?」には自身が有能な魔法使いになれる能力を持ちつつも、稼業に自分の立ち位置を見据えた男の、ある種の屈折のようなものが感じられるのと共に作品のテーマ「願う心と考える力」の1つの具体例として印象に残りました。
読了日:11月21日 著者:伊藤英彦


サジュエと魔法の本 上巻 赤の章サジュエと魔法の本 上巻 赤の章感想
現代社会とファンタジーの共存。  まずはそんな言葉が頭に浮かびました。  主人公が学校へ行って夏休みにおじいちゃんの家へ遊びに行くんだけど、そのおじいちゃんが大魔法使い、ついでに両親も優秀な魔法使い。  昔の人だったら「便利さ ≒ 良い魔法」みたいな展開になったりもするわけだけど、近代文明の恩恵にどっぷりと浸かっている雰囲気があるので、どう展開させるのか?と考えていたら、そこは古典的な悪と善の対立軸でした。  異世界と言えば異世界なんだけど、そこかしこに現実世界が描かれているのでちょっぴり新鮮な気分。
読了日:11月19日 著者:伊藤英彦


プーと私プーと私感想
このエッセイ集の中でもっとも興味深く読むことができたのは、石井さんが欧米の特にアメリカの図書館を見て歩かれた留学体験記の部分でした。  アメリカの図書館司書たちの活動ぶり、勉強の仕方等々は現代の日本でも見習うべきところが多いように感じました。  アメリカ(に限らず西欧社会)って、日本のように質の良い廉価な文庫本はなくて、ハードカバーのやたらと高い本か、質の悪い紙 & 装丁のペーパーバックばかりという印象が強かったんだけど、その分、図書館文化の方は進んでいる(いた・・・・なのかな?)のかもしれません。
読了日:11月17日 著者:石井桃子


ミオよわたしのミオ (岩波少年文庫)ミオよわたしのミオ (岩波少年文庫)感想
何らかの苦難に陥り絶望しそうになるたびにミオには父王の「ミオよ わたしのミオ」と呼びかける声が聞こえます。  これは少年の心が生み出し、その寂しい心の空洞の中でこだまのように響く切ない呼び声です。  原語では "Mio, Min Mio"。  全ての音に "M" が含まれリズム感もあるこの言葉に込められているのは自分を無条件で信頼し、必要としてくれている親の心であることがひしひしと伝わってきます。  子供にとって常に親が味方でいてくれて自分の身を案じてくれていると信じられる安心感に勝るものはないのです。
読了日:11月15日 著者:アストリッドリンドグレーン


はるかな国の兄弟 (岩波少年文庫 85)はるかな国の兄弟 (岩波少年文庫 85)感想
この「はるかな国の兄弟」の物語には、病と向き合わざるをえない子供達に、同年代の健康な子供であれば当たり前のように享受できていただろうファンタジーとユーモアを提供したかったのではないか? そんな風に感じずにはいられません。 今回改めてこの作品を読んでみてリンドグレーンが子供向けのお話だからと言って敢えて「死」をぼやかしたり、否定したりはしていないところにある種の潔さを感じました。 「死」というものは必ずあるものとして語ったうえで、それでも人は次に行く勇気を持つ必要があるということを描いているのだと思うのです
読了日:11月12日 著者:アストリッド・リンドグレーン


さすらいの孤児ラスムス (岩波少年文庫)さすらいの孤児ラスムス (岩波少年文庫)感想
オスカルとラスムスの旅の始め頃は実にほのぼのとしていい感じなんですよね~。  風景描写もよければ2人の会話も微笑ましい。  何だか胸がポカポカしてくるんです。  ところがそんな光景もあっという間に暗転。  今度はピストル強盗事件に遭遇し、挙句はその犯人に追い回され・・・・・とホノボノしてはハラハラ、ハラハラしてはホノボノの連続で息をつかせません。  私たち現代人が忘れてしまった純な心、本当の意味での暖かい眼差し。  そんなものを思い出させてくれる作品だと思います。 
読了日:11月10日 著者:アストリッドリンドグレーン


名探偵カッレとスパイ団 (岩波少年文庫)名探偵カッレとスパイ団 (岩波少年文庫)感想
この一連の作品に共通している点に、「殺人事件」とか「産業スパイ事件」という社会的にも大きな事件とカッレくんたち仲良しグループが夏休みの遊びとして興じている「バラ戦争」がほぼ同じ比率で物語に出てくるところが挙げられると思います。  そして、その「バラ戦争」で培われた機転の利かせ方、通信手段、身の処し方等々が「殺人犯」や「スパイたち」との追いつ追われつの中でしっかり生かされ、彼らが何とかサバイブできる素養となっているところが素晴らしい!!  「遊びの中で身についたものほど、自分の実になる物はない。」  
読了日:11月8日 著者:アストリッドリンドグレーン


カッレくんの冒険 (岩波少年文庫)カッレくんの冒険 (岩波少年文庫)感想
つくづく感じるのは、カッレ君の名探偵ぶりもさることながら、エーヴァ・ロッダの「事件まきこまれ体質」とでも呼びたいような事件を引き寄せるパワーみたいなもの。  もちろん彼女の責任ではないんだけど常にトラブルの中心にはエーヴァ・ロッダがいます。  第1作では犯人がエーヴァ・ロッダのおじさんだったし、第2作では殺人事件直後の犯人の唯一の目撃者が彼女でした。  でも、そうやって考えてみるとこの一連の物語、実は時代を変えた「騎士道物語」と呼んでもいいのかもしれません。
読了日:11月8日 著者:アストリッドリンドグレーン


名探偵カッレくん (岩波少年文庫)名探偵カッレくん (岩波少年文庫)感想
あまりにも突拍子もない女の子だったピッピ以上にある時期の KiKi にとってエヴァー・ロッダは近しい存在でした。  そして物語と同化して遊ぶことができた数少ない物語がこの「名探偵カッレくん」でした。
読了日:11月5日 著者:アストリッド・リンドグレーン

山賊のむすめローニャ (岩波少年文庫)山賊のむすめローニャ (岩波少年文庫)感想
ローニャとビルクの2人は山賊稼業を否定する人物になっていくわけですが、そこに至るまでの実に純粋な子供らしい感覚、さらには親との葛藤、反抗、そして自立の試み、恋と呼ぶにはあまりにも可愛らしいお互いの存在への信頼感と物語に含まれる要素は実に盛りだくさんで、なかなかに楽しい物語でした。  読んでいてふと感じたのはこれってある意味で宮崎吾朗さんの葛藤を描いた物語でもあるのかなぁ・・・と。  大好きで存在感の大きすぎる父親と自我の芽生えた子供の物語という側面もあるだけに、ちょっと邪推しちゃう KiKi なのでした。
読了日:11月3日 著者:アストリッドリンドグレーン

読書メーター

プーと私 石井桃子

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リンドグレーン本はちょっと一段落。  まだまだ読了していない「岩波少年文庫」も山とあるのですが、本日の KiKi の読了本は久々の図書館本です。

プーと私
著:石井桃子  河出書房新社

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プーさん、ピーターラビット、ドリトル先生...あの名作の誕生秘話、「ちいさいおうち」のバートン、「マーティン・ピピン」のファージョンを訪ねる旅、欧米の児童文学と図書館を見て歩いた留学体験記など。  児童文学の世界に豊かな実りをもたらした作家・翻訳家の旅の随筆集。  (Amazon 内容紹介より転載)

石井桃子さんと言えば児童文学の世界で知らない人はいないと言っても決して過言ではない存在です。  そして KiKi のライフワークの1つ「岩波少年文庫」の生みの親のお1人でもいらっしゃいます。  そんな彼女のエッセイ集をたまたま図書館で見かけた(これ、ホントに見かけたんです。  決して探し当てたわけじゃありません)ので「これを借りないわけにはいかないでしょ♪」とばかりに一も二もなく借り出してきました。 

実は KiKi は物語の作者とか翻訳家に興味を持つようになったのはかなり大人になってからで、子供時代から大学生になるまでは物語そのもの以外にはさほど興味を持ったことがありませんでした。  そんな中、最初に興味を持った翻訳家数人(必ずしもそれが本業の方とは限らないのですが ^^;)の中のお1人が石井桃子さん、もうお1人が瀬田貞二さんでした。  もちろんその背景にはこのお二人が翻訳された物語への強い思い入れがあったからこそ・・・・ではあるのですが。

その後岩波少年文庫から発刊されている「なつかしい本の記憶」で石井さんが岩波少年文庫の発刊当初ご尽力されたお1人であったこと、さらには荻窪のご自宅の一室に児童図書室「かつら文庫」を開かれた等々の逸話を知るようになり、彼女への敬愛の念が深まっていったものでした。  その後も石井さんが日本で児童文学の普及やら子供の図書館を広めるためにご活躍された話を知れば知るほど、石井さんへの憧れが強くなっていきました。

もっとも現実社会を生きていくために KiKi 自身は彼女の後を追うような生き方は選択せず、単なる「児童文学ファン」としての道を選び、自身の生活の糧は別の方法で得てここまで生きてきたわけですが、心の中のどこかに未だ燻り続けるちょっとした夢のような形で「児童文学に何らかの貢献ができる人になりたい」という想いは抱き続けています。  まあ、恐らくこれは単なる「夢」で終わってしまうことになるのだろうと諦めている部分もあるので、実現するのはそれこそ「夢のまた夢」なのでしょうけれどね(苦笑)

 

「さすらいの孤児ラスムス」、「はるかな国の兄弟」、そして今日のエントリーの「ミオよ わたしのミオ」の3編は KiKi が昔読んだことがあるリンドグレーン本の3強でした。  たまたま NHK アニメの「山賊のむすめローニャ」の影響でこの時期に読み始めたリンドグレーン本。  現在発刊されている岩波少年文庫には子供時代には読んだことのない「エーミル」のシリーズや「わたしたちの島で」なんかもあるんだけど、それは又の機会にとっておいて、とりあえずはリンドグレーンシリーズは一旦終了したいと思っています。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

ミオよ わたしのミオ
著:A.リンドグレーン 訳:大塚勇三  岩波少年文庫

Mio_Min_Mio.jpeg  (Amazon)

みなしごとしてつらい日々を送っていた少年ボッセは、ある夜、別世界「はるかな国」へ迷い込みます。  王子ミオとなり、白馬とともに残酷な騎士カトーと戦う少年の耳にひびいてきたのは、王である父の声でした。  心ゆさぶる美しい物語。  (文庫本裏表紙より転載)

子供時代にこの本と「はるかな国の兄弟」を読んだ順番は、今回とは逆でこちらの作品が先で「はるかな国~」が後でした。  こちらの「ミオよ わたしのミオ」はあからさまに死については語っておらず子供心に安心して読むことができたように記憶しているのですが、今回の読書では「はるかな国」という言葉そのものに「あの世」のイメージが強烈に染みついているということも手伝って、どうしてもそういうニュアンスから離れることができないまま読み進みました。

そのせいもあったのか、子供時代には「美しさ」として捉えていた一つ一つの描写が切なさや儚さを伴い、読んでいて胸が痛みました。  子供時代にもこの物語を辛い日々を送っていたみなしごボッセの現実逃避の物語として読んでいたようなところがあったのですが、今回はボッセがどれだけ愛情に飢えていたのか、現実世界の唯一の友達ベンカをどれだけ羨ましく思っていたのか、それらの孤独に苛まれた心が夢見ざるをえなかったのが残酷な騎士カトーとの戦いに赴く冒険の物語だったのだということが子供時代よりもはるかに切実に胸に迫ってきました。

どこかもや~っとした淡い光を思わせるものに包まれている美しい「はるかな国」の描写にはこれがある種の夢であることが暗示されています。  そして、あまりに優しい父王の姿やこの世界で得ることができた親友ユムユムや父王からプレゼントされた美しい白馬ミラミスにボッセが現実世界のウップランド通りに残してきてボッセが好きだった人々(馬も含む)の面影があります。

なぜ王様は大好きだったベンカのお父さんによく似ているけどもっと美しく、もっと優しいのか?  なぜ美しい白馬ミラミスは大好きだったビール工場の老馬と同じ目つきをしているのか?  なぜユムユムはベンカに似ているのか?  なぜ「はるかな国」にある家はどの家もおとぎ話に出てくるような家なのか?  壮絶なカトーとの対決に打ち勝ち、カトーに囚われて鳥に姿を変えられていた子供達が皆無事に戻ったのに、なぜ囚われた子供達のために啼いていたなげき鳥が啼きやまないのか?  それらの全てがボッセの孤独の深さを物語り、同時にボッセの絶望が生み出した幻影であることを感じさせます。


今日もリンドグレーン作品です。  ある意味ではこれまでに読んだリンドグレーン作品の中で KiKi の一番のお気に入り作品かもしれません。

さすらいの孤児ラスムス
著:A.リンドグレーン 訳:尾崎義  岩波少年文庫

Rasmus.jpeg  (Amazon)

孤児院をぬけだした少年ラスムスは、アコーディオンをかなでる陽気な風来坊オスカルに出会い、いっしょに旅をします。  ところが、ラスムスがピストル強盗事件の現場を見てしまったことから、ふたりは犯人に命をねらわれてしまいます。  (文庫本裏表紙より転載)

KiKi の子供時代、いわゆる「孤児」の物語はそれこそ掃いて捨てるほどありました。  そんな中には最初から孤児の子もいれば、ある時期までは保護者がいたのに、何らかの事情で孤児になってしまった子のお話もありました。  そしてそういう物語を読むたびに

両親がいて、その保護下にあって、贅沢ではなくても飢えることはなくて、理不尽な暴力にさらされることもなければ、寒さに震えることもない

という自分の境遇に幸せを感じ、KiKi にとってはどうでもいいと思われるような細かいことにやたらと口うるさい母親も、色々説教する割には自分も似たようなことをしている勝手な父親に対して日頃感じていた不満の欠片を反省し、「まあ許してあげよう」なんぞと偉そうに思った(← まあその程度の反省だったわけですが ^^;)ものでした。

そんな数多くの物語の中でこの作品がちょっと他作品と異なっていると子供心に感じたのは、物語の主人公、ラスムスが孤児院にいる時代に感じていた様々な出来事に対する感想の部分の記述でした。  特に印象的だったのが、孤児院の子供をもらいにきた子供のいない夫婦(特にその奥さん)と初めて面会する際の孤児たちの気持ちの描写でした。

小さくて巻き毛で綺麗な女の子はもらわれやすい
(≒ 針毛でいつもどこかしら薄汚れている男の子である自分を貰ってくれる人は滅多にいない)

そんなラスムスの諦めの気持ちとそれでもひょっとしたらという期待の気持ちが何とも言えない寂しさ・うら悲しさを感じさせ、子供ながらに文字通り胸が痛かった記憶があります。  そしてその胸の痛みがあればこそ、ラスムスが孤児院を飛び出すに至る「自分の力で僕の親になってくれそうな大人を探すんだ!」という気持ちにストレートに寄り添うことができたものでした。

とは言え、やっぱり齢わずか9歳の男の子の1人旅。  特に最初の一晩は危なっかしいことこのうえない。  何だかこのまま不幸への街道まっしぐら・・・・・となるかと思えば、最初に出会った大人が「善良な優しい人」だったことにより、ほっとさせられます。  でもまあ、定職についている風でもない、逆立ちしても裕福のゆの字も転げ落ちて来なさそうな風来坊なんですけどね。

イマドキの子供であれば仮にどんなに人のよさそうな顔のおじさんでも、相手がパリッとしたスーツを着ておらず、いかにも風来坊、アコーディオン片手に流しのようなことをしている人物についていこうな~んていうことは滅多に思わないだろうことを考えると、そこにある種の「時代」と共にラスムスが置かれていた環境に対する気持ちの切実さを感じます。

さて、そんな風来坊ですが、KiKi たち世代の「週刊マーガレット」愛読者にとっては憧れの存在だった、フランス革命の時代を駆け抜けた男装の麗人と同名でオスカルとおっしゃいます。  KiKi にとってこのオスカルという名前は最初はこの物語のオスカル以外の何者でもなかったのですが、その後の成長過程であっちのオスカル様と出会い、今回この物語を再読してみるまでこっちの風来坊がオスカルであることはすっかり忘れていました。  もちろん「ラスムスが家出2日目に出会う実にいい人!」という記憶はしっかり残っていたんですけどねぇ・・・・・。 


NHK アニメに触発されて「山賊のむすめローニャ」を読んで以来、岩波少年文庫に収録されているリンドグレーン作品を読み進めています。  あまりに懐かしく、又楽しかったのでついついスピードアップ。  本日の KiKi の読了本はこちらの2冊です。

カッレくんの冒険
著:A.リンドグレーン 訳:尾崎義  岩波少年文庫

Blomkvist_2.jpeg  (Amazon)

難事件を解決して、一躍名探偵の名声を博したカッレくんは、平穏な夏休みをもてあましていた。  ある日、遊び仲間のエーヴァ・ロッタが高利貸し殺人の犯人を見かけたことから、ふたたび大事件にまきこまれ、捜査にのりだす。  (文庫本裏表紙より転載)

名探偵カッレとスパイ団
著:A.リンドグレーン 訳:尾崎義  岩波少年文庫

Blomkvist_3.jpeg  (Amazon)

バラ戦争を続行中の白バラ軍は、有名な工学博士を父にもつ5歳の少年、ラスムスの誘かい事件にまきこまれる。  スパイ団のアジトの島へ連れさられたラスムスやエーヴァ・ロッタを救うため、カッレくんがまたまた大活躍!  (文庫本裏表紙より転載)

このシリーズ、カッレ君が活躍する事件の方はどんどんエスカレートしていくんですよね~。  もちろん犯罪は犯罪であって、青島刑事(← かなり古い?)じゃないけれど、「事件に大きい小さいはない!」んだけど最初の「名探偵カッレくん」の事件はせいぜいがコソ泥だったのが、第2作「カッレくんの冒険」では殺人事件だし、第3作「名探偵カッレとスパイ団」では産業スパイときています。

そしてつくづく感じるのは、カッレ君の名探偵ぶりもさることながら、エーヴァ・ロッダの「事件まきこまれ体質」とでも呼びたいような事件を引き寄せるパワーみたいなもの。  もちろん彼女の責任ではないんだけど常にトラブルの中心にはエーヴァ・ロッダがいます。  第1作では犯人がエーヴァ・ロッダのおじさんだったし、第2作では殺人事件直後の犯人の唯一の目撃者が彼女でした。  そして第3作では彼女がたまたま母性本能をくすぐられちゃった相手が産業スパイ一味の人質になる・・・・と。  

しかもその拉致現場をたまたま見たのみならず、一緒にさらわれる道をエーヴァ・ロッダが自ら選ぶわけで、まさに「事件を呼び込む女」そのものです(苦笑)  でも、そうやって考えてみるとこの一連の物語、実は時代を変えた「騎士道物語」と呼んでもいいのかもしれません。


先日、NHKアニメの影響で「山賊のむすめローニャ」を読了しました。  その Review でも書いたことだけど、KiKi にとって「山賊のむすめローニャ」は「アニメ化された以上先に原作を!」というモチベーションなくしてはこのタイミングで手に取る作品ではありませんでした。  そう、リンドグレーンだったらすでに読了しこのブログでも取り上げた「ピッピ」、「やかまし村」が当然先だし、この「カッレくん」のシリーズも「ローニャ」よりは先でなくてはならなかった作品だったはずなのです。  ま、てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

名探偵カッレくん
著:A.リンドグレーン 訳:尾崎義  岩波少年文庫

Blomkvist_1.jpeg  (Amazon)

名探偵を夢見るカッレくんは、ある日エイナルおじさんの怪しい行動に第六感を働かせ、捜査を始めます。  宝石窃盗団に迫ったカッレくんは、仲良しのアンデス、エーヴァ・ロッタとともにお城の地下室に閉じこめられてしまいますが...。  (文庫本裏表紙より転載)

子供時代の KiKi がこの本を手に取ったきっかけは「シャーロック・ホームズ」でした。  「ホームズ」により探偵という存在に興味を持ち、その後江戸川乱歩の明智小五郎シリーズにはまり(金田一少年はカッレ君よりも後だった)、近くの神社の縁日で買ってもらった子供用の虫眼鏡で探偵ごっこに精を出していた頃、この作品を読んで子供ながらにものすごい探偵ぶりを示すカッレ君にも憧れを抱いたものでした。  もっとも KiKi の場合は観察力とか集中力に欠けるものがあったし、手近なところに怪しい行動をする大人もいなかったので、探偵業はまったく板につかなかったんですけどね(苦笑)

そしてこの「カッレ君」に出会い、探偵業よりも今度は「バラ戦争」に触発され、世界史上の本物の「バラ戦争」の何たるかを知らないまま、さらには KiKi が所属した「白バラ軍」の戦士達が「カッレ君」の物語を知らないまま、まるごと物語の真似をしたような遊びに興じた時期があったことも楽しかった思い出の1つです。

子供時代には軽業的な体操競技(鉄棒とかでんぐり返しとか)が極めて苦手だった KiKi なので、さすがに「命知らずのサーカス団」を結成したことはなかったけれど、この物語で描かれる子供達の遊びの世界は当時の KiKi にとってはまさに遊びのバイブルで、お転婆な自分をエーヴァ・ロッタに見立て1人悦に入っていたようなところもなかったとは言えません。  もっとも晩熟の日本人のことですからそこに子供っぽい恋愛感情のようなものが生まれる余地は全くなく(鈍感だっただけかもしれないけれど)、とにかく駆け回り大声を出し、ワイワイやる楽しさに没頭していた時代だったように記憶しています。

鹿の王 上橋菜穂子

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Kindle を購入して良かった!としみじみ感じた1冊(電子書籍でも1冊とカウントするんだろうか? ^^;)を読了しました。  お値段は安いうえに文庫本を待つ必要もなくこのタイミングでこの物語を読むことができたなんて!!  本日の KiKi の読了本はこちらです。

鹿の王
著:上橋菜穂子 角川書店 Kindle 版

51-LzXf3HXL._AA278_PIkin4,BottomRight,-44,22_AA300_SH20_OU09_.jpg  (Amazon)

強大な帝国から故郷を守るため、死兵となった戦士団<独角>。  その頭であったヴァンは、岩塩鉱に囚われていた。  ある夜、犬たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。  その隙に逃げ出したヴァンは幼い少女を拾うが!?
※本電子書籍は「鹿の王 上 ‐‐生き残った者‐‐」「鹿の王 下 ‐‐還って行く者‐‐」を1冊にまとめた合本版です。巻末に電子版オリジナルイラストが収録されています。  (Amazon Kindle 上下合本版 内容紹介より転載)

強大な帝国・東乎瑠にのまれていく故郷を守るため、絶望的な戦いを繰り広げた戦士団「独角」。  その頭であったヴァンは奴隷に落とされ、岩塩鉱に囚われていた。  ある夜、一群れの不思議な犬たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。  その隙に逃げ出したヴァンは幼子を拾い、ユナと名付け、育てるが―!?  厳しい世界の中で未曾有の危機に立ち向かう、父と子の物語が、いまはじまる―。  (Amazon 単行本上巻の内容紹介より転載)

不思議な犬たちと出会ってから、その身に異変が起きていたヴァン。  何者かに攫われたユナを追うヴァンは、謎の病の背後にいた思いがけない存在と向き合うことになる。  同じ頃、移住民だけが罹ると噂される病が広がる王幡領では、医術師ホッサルが懸命に、その治療法を探していた。  ヴァンとホッサル。  ふたりの男たちが、愛する人々を守るため、この地に生きる人々を救うために選んだ道は―!?  (Amazon 単行本下巻の内容紹介より転載)

久々の上橋ワールドは期待に違わず今作でも、奴隷の話あり、植民地支配がもたらすあれこれの問題あり、人種差別の問題もあり、医学もあり、異なる宗教観もあり、生態系の問題までもを含む、多すぎるぐらいの要素がぶちこまれたごたまぜ物語でありながらも、それが逆にリアリティを感じさせるという素晴らしい物語世界を披露してくれました。  先月は体調不良もあって読書が進まなかったという面もあったけれど、実はこの作品を「2度読み」してじっくりと味わっていたため冊数が進まなかったという面もあったことをまずは告白しておきたいと思います。

Review の冒頭でいきなり「著者あとがき」に触れるのもなんだけど、そのあとがき冒頭で上橋さんが仰る

自分の身体ほど、わからないものはない・・・・・。
  ここ数年、老父母と、更年期に達した自分の身体の不調にふりまわされているのですが、50の坂を越えれば、若い頃と違って、「下り坂をくだる速度を抑える」ことはできても、「ぐんぐんと上り坂に向かう」ことはないという、人の身体の容赦ない真実を感じる度に、いま、自分の身体の中でどんなことが起きているのだろうと、思うようになりました。

というのはまさに KiKi の皮膚感覚です。 (何せ上橋さんとは同世代 ← それが嬉しくもあり彼女との差に落ち込むこともあり 苦笑)  祖母が認知症だったので自分が同じ道を辿らないようにと彼女なりの努力をしていたにも関わらず結局同じ病に罹患し、今では KiKi が自分の娘であることさえ忘れてしまったばぁば。  ばぁばよりも遥かに年長でありながら未だに頭だけはしっかりしているじぃじ。  認知症に罹患したといえどもそれを除けば健康そのもので今ではほんの1年前に大腿骨を骨折したことを全く感じさせないばぁば。  頭だけはしっかりしているのに、狭心症を患い足元が覚束なくなっているじぃじ。  

認知症が加齢とともに発生する病でありながらも罹患する者としない者を両親に持つ KiKi が日々感じている 「なぜ、ばぁばだけが・・・・?(世の中には数多くいるとは言えども)」という想いは、この物語の主人公であるヴァンや物語世界で猛威をふるう黒狼病に耐性のない人々が共通して抱える大きな疑問であるだけに身につまされます。  

と同時に、今、現実社会では猛威をふるいはじめた「エボラ出血熱」のニュース報道が流されない日はなく、そのニュースで印象が薄れつつあるシリアでの「生物兵器使用疑惑」な~んていう話もこの物語で描かれる様々な出来事と何気にリンクして思い起こされ、ついつい現実世界を引き寄せながら「読まされてしまう」物語だったと感じます。

そして、病の発生ではその治療の妨げの1つとなるものに「異文化の壁」があるというのも現実世界を映しだしていると感じます。  今回のエボラ熱の発生中心地である西アフリカでは先進国の医療支援チームが現地に入ったばかりの頃には、「あの西洋人の医者の所に行くと殺されてしまう」というような噂が現地の人の間に広がり治療の妨げになったと聞きますし、彼らの埋葬文化が拡大の一因とも考えられるらしいのですが、それを一概に否定することができないのが予防の妨げになっているとか、とか、とか・・・・。  

この物語では「黒狼病」が征服民である東乎瑠〈ツォル〉の民のみ耐性がないということで、その東乎瑠〈ツォル〉の属領とならざるをえなかったアカファ王国の「呪い」であると噂され、それがさまざまな憶測や陰謀の火種となっていくうえに、宗教観の違いにより治療がままならない様子も描かれています。  そしてその背景には東乎瑠〈ツォル〉帝国から送り込まれた入植者たちによって伝統文化を踏みにじられた民族の存在があり、その入植者が持ち込んだ農産物や家畜により生態系が崩れていく様までが描かれています。  いやはや、こうなってくるとこれはもう「夢物語ファンタジー」というよりは、まさに「現実にあった(もしくはありうる)物語」と呼んでもおかしくないぐらいのものではないかしら・・・と思わずにはいられません。

体調不調からの復帰エントリーの1本目は、NHKアニメの影響というのもあるけれど、やっぱりこのブログの柱である「岩波少年文庫全冊読破企画」への拘りというのもあってこちらの作品を選びました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。  (大好きな上橋ワールド、「鹿の王」の Review は後日、もう少し体調の良い日にじっくりと取り組む予定です。)

山賊のむすめローニャ
著:A.リンドグレーン 訳:大塚勇三  岩波少年文庫

Ronja.jpeg  (Amazon)

落雷でまっぷたつになった古城に、2組の山賊が住んでいました。  片方の首領にはひとり娘のローニャが、もう一方にはひとり息子のビルクがいました。  仲よくなった2人は、争ってばかりいる親たちを仲直りさせようとしますが...。  (文庫本裏表紙より転載)

リンドグレーン作品は大好きだったけれど、実はこの物語に関しては KiKi は初読です。  何となく「山賊のむすめ」という設定に子供時代の KiKi には興味が沸かなかったのです。  だいたいにおいて山賊だの海賊だのというのは子供時代の KiKi にしてみれば悪役の筆頭で、当時の勧善懲悪が当たり前というある種のガチガチの倫理観に照らしてみれば、そんな稼業のヒロインにはろくな結末を思い描くことができないし、これが息子ならいざ知らず娘となると同性の KiKi にとってはあんまり有り難くなさそうな臭いがぷんぷん漂っているような気がしたのです。

ま、てなわけでこのブログで「岩波少年文庫全冊読破企画」をぶちあげた際にも、この作品はリストにこそ載せたものの実際に手に取って読んでみるのはず~っと後になるだろうなぁと思っていました。少なくとも「カッレくん」や「はるかな国の兄弟」や「さすらいの孤児ラスムス」よりは絶対後になると確信していました。  そして実際のところ今日まで手を出さずに来ています。  それが今このタイミングで他にも未読本がいっぱいあるのにこの作品に手を出したのはもちろん宮崎吾朗さんのNHKアニメ「山賊のむすめローニャ」放映がきっかけであることは否めません。  

第1回の放送から先週土曜日の第5話までアニメを先行して観終えた後、「これは先に原作を読んでおきたい!」と思わせてくれるものがあったのでついに手に取った・・・・そんな感じです。  そしてそのきっかけになったのはこの物語でもアニメでも出てきたローニャとビルク、2人の実に子供らしい発言がきっかけでした。  その1つ目は一仕事して強奪品を持ち帰ってきた山賊たちにローニャがかける一言

「今日もいっぱいなっていたのね。」

というセリフです。  どうやらローニャは果実が木に実るように強奪品はどこかに実っているものだと思っているらしい・・・・(苦笑)  なるほど山賊稼業の何たるかを知らず、自然の中でのびのびと育てば一味が一仕事して持ち帰るものは言ってみれば山仕事をして山の恵みを手にして帰ってきたと思うのが自然と言えば自然なわけです。  そんな彼女が本当のことを知ったらどう考えるのだろうかということに俄然興味が湧いてきました。

そして2つ目のきっかけは今度はビルクのセリフで、自分たちの住む城をとりまく森を「私の森」、そこに住まう動物たちを「私のキツネ」と呼ぶローニャに

「きみの子ギツネだって!  きみの森!  子ギツネたちは自分自身のものさ、わかるかい?  それに、あの子らがすんているのは、キツネたちの森だ。  その森はまた、オオカミたちのだし、そしてクマたちの、オオシカたちの、野馬たちの森だ。  (中略)  おまけに、これはぼくの森だ!  そして、きみの森さ、山賊むすめ、そう、きみの森でもある!  だけど、きみがこの森を自分ひとりのものにしときたがるんなら、きみは、ぼくがはじめてきみを見た時におもったより、ずっとばかだってことだよ。」

この2つを耳にした時、彼らがこの後成長していく過程でいわゆる「山賊稼業」とどう折り合いをつけていくのか?にとても興味を持ちました。  と同時に「○○は誰のモノ」といういわゆる所有権に対する考え方の相違がある意味で「山賊」とか「海賊」という稼業を成り立たせてもいるわけで、これは昔 KiKi が安直なイメージで「山賊のむすめローニャ」というタイトルから想起していたものとは異なる展開が期待できそうな気がしてきたのです。


ダーリンの手術、じぃじ & ばぁばのトラブルと何かとバタバタした後、今度は KiKi 自身が体調不調に陥り9月半ばから10月の1ヶ月はホント散々な1ヶ月でした。  今も本調子には戻っていないのですが、ようやく少しずつ復調しつつあるので、取り急ぎ10月の読書のまとめだけはしておこうと思います。  10月はたったの3冊!  しかもそのうちの1冊は読書と呼べるような内容の本なのかどうか・・・・(苦笑)  久々の上橋ワールドだった「鹿の王」は後日 Review をアップする予定ですが、それ以外(特にFFX-2.5)は多分このまま放置することになるだろうと思います。 

 

2014年10月の読書メーター
読んだ本の数:3冊
読んだページ数:1207ページ
ナイス数:33ナイス


鹿の王(上下合本版) (角川書店単行本)鹿の王(上下合本版) (角川書店単行本)感想
久々の上橋ワールド!!  やっぱり上橋ワールドは他の追随を許さないなぁと感銘を受けました。  病に罹るものと罹らないもの、しかとは目に見えない生命について、自分の外にあるものは観たり感じたり認識したりできるのに自分のうちにあるものはよくわからないという不思議さ、そして生態系について・・・・。  そこに征服民と被征服民という人間社会ならではの力学を絡めるあたり、実に深くて練り上げられた物語世界だと感じ入りました。  詳細の感想はブログにて。
読了日:10月28日 著者:上橋菜穂子

小説 FINAL FANTASY X-2.5 ~永遠の代償~ (ノベルズ)小説 FINAL FANTASY X-2.5 ~永遠の代償~ (ノベルズ)
読了日:10月15日 著者:野島一成

韓国人の歴史観 (文春新書)韓国人の歴史観 (文春新書)
読了日:10月9日 著者:黒田勝弘

読書メーター

随分長い間ブログ更新が滞ってしまいました。  未だに何かとバタバタしていて、まだまだ落ち着いてブログエントリーを書いたり、読書生活に浸れる状況とは言い難いのですが、とりあえず今日はちょっとだけ時間があるので、先月の読書のまとめぐらいはしておきたいと思います。  先月はたったの4冊かぁ・・・。  しかもそのうちの1冊は薄っぺらいMook本みたいなやつだし・・・・・。  まあ、こういう時期もありますということで。

2014年9月の読書メーター
読んだ本の数:4冊
読んだページ数:857ページ
ナイス数:20ナイス

東京裁判 (下) (中公新書 (248))東京裁判 (下) (中公新書 (248))感想
実に良書だと思うけれど、残念なことを1つだけ挙げるとするならば、この本の中では占領政策と東京裁判の関連性に関する記述が極めて少ないことだと感じます。  天皇の責任問題という極めてデリケートなトピック絡みで若干は触れているものの、どこか足並みの揃わない検事側の背景やら、そもそもの極東国際軍事裁判開催決定時、その後の裁判中、そしてサンフランシスコ平和条約 & 日米安保条約に至る中でもっとも大きな流れを左右していたのは占領政策にこそあるわけで、そこはもっと触れて欲しかったなと感じました。
読了日:9月28日 著者:児島襄

東京裁判 (上) (中公新書 (244))東京裁判 (上) (中公新書 (244))感想
ある意味で日本人の劣等史観のベースにさえなり、「戦争犯罪」という実態がよくわからないものを裁くという摩訶不思議な裁判。  戦争裁判と言いつつも結果的に政治裁判だった裁判。  これを知らずに現代日本を語ることはできないと言っても過言ではない裁判。  そんな裁判がどんなものだったのかを俯瞰するにはよい書籍だと感じます。
読了日:9月20日 著者:児島襄

図解でわかる11大近代戦図解でわかる11大近代戦感想
表紙に  「硫黄島からの手紙」、「史上最大の作戦」、「フルメタル・ジャケット」などの映画の背景となった戦いを厳選   とあるのを見た時点でどういう本なのかは薄々察してはいたけれど、まさにその推察を裏切らない本だった・・・・という感じでしょうか?
読了日:9月15日 著者:山崎雅弘

国防国防感想
少なくとも憲法改正とか国防に関しては、現段階の KiKi は自分の意見を述べられるほどには現状を理解していないし、多面的に物事を考える素地さえできていないことを、この本を読んで改めて再認識しました。  と同時に、この問題こそ、「モノ言う国民」としてもっともっと真剣にそして可能な限り多面的に考え、自分なりの意見をしっかりと持つべき問題であることを強く感じました。
読了日:9月3日 著者:石破茂

読書メーター

何かとバタバタしており、思うように読書が進まない日々の中、ようやくこちら(↓)を読了しました。

東京裁判(上)
著:児島襄 中公新書

  (Amazon)

歴史上前例のない戦争犯罪人を裁く極東国際軍事裁判は、戦争に敗れた日本人に何を問うたか - 昭和21年5月3日の開廷以来2年半余、370回に及ぶ公判で「平和、人道、戦争に対する罪」の名のもとに、満州事変から太平洋戦争に至る「侵略」の事実を問い、7人の絞首刑を含む25人全員に有罪を宣した東京裁判の全容を、厖大な公判速記録をはじめ、公判資料はもちろん内外の関係諸国、関係者につぶさに取材して解明する。  (新書本扉より転載)

東京裁判(下)
著:児島襄 中公新書

Tokyo_Case2.jpeg  (Amazon)

昭和21年5月3日に開廷した極東国際軍事裁判は、毎回波乱をきわめた。  苛烈な検事側立証に続き、本巻は一般、満州、中国、ソ連、三国同盟、太平洋戦争と6段階に分けた弁護団の反証に入り、最大の問題点天皇の不起訴を決めて立証合戦は終わった。  23年11月12日、25人全員有罪という「ニュールンベルク」以上の苛酷な判決で、歴史的な大裁判の幕は閉じた。  勝者が敗者を裁いた東京裁判とは何であったのか。  改めてその意義を問う。  (新書本扉より転載)

極東国際軍事裁判、いわゆる「東京裁判」に関しては KiKi 自身若い頃から「あの裁判は何だったのか?」という興味を持っていました。  そして大学生の頃にこの本を一度読んだことがあったのですが、今回久々に図書館で見つけたのを機に再読してみました。

正直なところ今回の読書では、学生時代にこの本を読んだ際に感じた大きなショックは感じられず(と言うのも当時の KiKi は東京裁判の実態をほとんど知らなかったのに対し、今回はどちらかと言えば「既知のこと」の再確認という感じだったので)、ところどころでその後入手して何回か観たことがあるこの記録映画(↓)のシーンを思い出すのみ・・・・・という感じでした。

東京裁判
ASIN: B00005F5X3  監督・脚本:小林正樹  原案: 稲垣俊  脚本:小笠原清  音楽: 武満徹  ナレーション: 佐藤慶  講談社

31PPK47HQRL._SL500_AA300_.jpgのサムネール画像  (Amazon)

第二次大戦後、旧陸軍省参謀本部にて行なわれた「極東国際軍事裁判」の貴重な記録フィルムを5年の月日をかけて編集した、昭和史の生々しい真実を綴るドキュメンタリー。  (Amazon 内容紹介より転載)

ある意味で日本人の劣等史観のベースにさえなり、「戦争犯罪」という実態がよくわからないものを裁くという摩訶不思議な裁判。  戦争裁判と言いつつも結果的に政治裁判だった裁判。  これを知らずに現代日本を語ることはできないと言っても過言ではない裁判。  そんな裁判がどんなものだったのかを俯瞰するにはよい書籍だと感じます。

 

昨日ようやくダーリンが退院しました。  もっとも相変わらず手術した場所からわずかな出血が見られ、痛みもあるようなので退院したから一安心・・・・という雰囲気はまったくありません。  今日は1日自宅休養なのですが、明日は又片道30分ちょっとをかけて山を下りて診察を受ける予定になっています。  退院と聞いた時はほっとしたのですが、尿取パッドが赤く染まっているのを目にすると退院してよかったんだか?と思わずにはいられません。

さて、そんな落ち着かない生活を送りつつ、図書館本を1冊読了しました。  まあ、読了な~んていう言葉を使うようなタイプの本ではないんですけどね(苦笑)  でもまあ、一応は記録を残しておこうと思います。

図解でわかる11大近代戦
著:山崎雅弘 PHP研究所

Kindai_Sen.jpeg  (Amazon)

近代戦の幕開けから限界までを、詳細な地図で解説。  『硫黄島からの手紙』『史上最大の作戦』『フルメタル・ジャケット』などの映画の背景となった戦いを厳選。  (表紙より転載)

KiKi はこのての本をこれまで読んだことがありません。  文学などで「鶴翼の陣」とか「魚鱗の陣」な~んていう言葉だけは聞き知っているけれど、それが実際のところどんな陣形なのか略図を描くこともできなければ、どういう戦い方をしたい時にとる陣形なのかもわかっていません。  わかっていないのみならず正直なところ興味もありません。

そんな KiKi がこの本を読んでみようかと思ったのには理由が2つあって、1つはこの本が実に薄っぺらくて絵が多かったことです。  ダーリンの手術・入院を控えていた直前に図書館に行った際、病院通いでじっくりと本を読む時間がどのくらいとれるかわからないので、さらっと眺めてみるにはこのぐらいの薄さとこのぐらいの文字数の少なさの本は手頃に思えたのです。

そしてもう1つの理由は、「戦争」ということからこれまで意識的に背を向けてきたけれど、厭うなら厭うでもっとちゃんと戦争を知るべきなのではないか?と思い始めているということがあるからです。  ま、どちらかというと1つ目の理由が大きくてこの本を手に取ったんですけどね。

さて、で読んでみたわけですが、自分でも「戦争オンチ」である自覚がある KiKi だけど、そんな KiKi であってさえも実に物足りない本でした。  それぞれの戦いの専門書はとても敷居が高すぎて読めないと考えた KiKi だけど、それぞれの戦争に関する記述部分にもこれといった収穫はなく、売り物であろう地図も詳細な解説がないため「ふ~ん」で終わっちゃったし、コラム部分も何かで読んだことがある以上の話は出て来ないし、強いて言えば兵器にまったく興味がなかった KiKi に戦車や爆撃機の情報を与えてくれた・・・・ぐらいが個人的には収穫だったでしょうか??

まあ表紙に

「硫黄島からの手紙」、「史上最大の作戦」、「フルメタル・ジャケット」などの映画の背景となった戦いを厳選

とあるのを見た時点でどういう本なのかは薄々察してはいたけれど、まさにその推察を裏切らない本だった・・・・という感じでしょうか(苦笑)


国防 石破茂

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ダーリンは相変わらず入院中です。  毎日毎日退院予定が順延されている割には本人はいたって元気でさほど心配はしていないのですが、それでも手術でメスを入れたところの治りが悪く、相変わらず出血が止まらないのだそうで、心臓病の関係で飲み続けている「血をサラサラにするお薬」のおかげ(?)という面もあり、その薬をやめるわけにもいかないのでとりあえずはもう暫く様子見ということになったようです。

昨日までは KiKi も病院に日参していたのですが、今日はダーリンも「休んでいいよ」と言ってくれたということもあり、久々の晴天なので溜まった洗濯物もあるしということで、病院通いは免除していただき、今こうしてPCに向かっています。  ある時間までは晴天でもふとしたはずみで「局地的大雨」が降り災害まで引き起こしている昨今、洗濯ものを干しっぱなしで外出できないというのは本当に不便・・・・。  特に入院患者を抱えていると普通の生活をしている時よりも何故か洗濯物が増えるし・・・・・ ^^;

1時間ほど前に電話で聞いた限りでは「恐らく明日には退院できるらしい」とのこと。  もっともその後、結局暫くの間は毎日通院となりそうな気配は濃厚なので、今日のうちに読了して1週間以上経過しているこちら(↓)の Review を仕上げておこうと考えた次第です。

国防
著:石破茂  新潮社

Kokubo.jpeg  (Amazon)

北朝鮮のミサイルをどう防ぐか?  自衛隊イラク派遣に意味はあるのか?  徴兵制は憲法違反か?  日本のテロ対策は万全か?  長官在任日数・七二九日(歴代二位)、国防の中枢を知る著者が、いま、すべてを語る。
ミサイル着弾10分前・・・・・  その時何が出来るのか?  全ての疑問に正面から答える「新・防衛論」  (単行本帯より転載)

KiKi には自分が平和教育の申し子的な人間であるという自覚があります。  憲法第9条は守らなければいけないと漠然と考えていたし、自衛隊は違憲ではないか?と漠然と考えてもいました。  とは言っても「漠然」というほどムード的に考えていたわけでもありません。  論理的には「武力」を持つことの意義を認めつつも、その行使権を持つ人間(個人的に誰それということではなく)を信じきれない以上、力を持つことに懐疑的だった・・・・・というほどの意味で、そういうスタンスをとってきました。

でも、世の中はどんどん変わりつつあり、集団的自衛権行使を可能にする閣議決定があり、武器輸出三原則も様変わりし、日本を取り巻く近隣国との間の緊張関係はあり、日本からは距離的には遠く離れてはいるものの原発事故を起こしてエネルギー依存度がさらに高まりつつある中東情勢はきな臭い・・・・・となってくると、そうそういつまでも「理想の平和主義」にどっぷり浸っているわけにもいくまいと考え始めるようになりました。

随分前、ベルリンの壁が崩れ冷戦時代が終わったとされた時期にも、一度だけ、そしてほんの少しだけ、世界のパワーバランスが変わった以上、第二次大戦以降どっぷりと浸ってきたこの平和を守るためにも「国防」について考えるべきかもしれないと思ったことがあったのですが、それでもその時は今ほどのきな臭さもなく、ついでに自分のことで手一杯だったということもあって、思考を先送りしてしまったという自覚もありました。  でも、今の KiKi はとりあえずダーリンの入院とじぃじ & ばぁばの介護のことだけ考えていればいいようなところもあるわけで、そろそろ本腰を入れて学ぶべき時期なのだろうと考えました。

さて、だからと言って即、何かを結論づけることができるほどには思考も知識もない KiKi のこと。  とりあえず「とっかかり」となる何かを探していたのですが、そんな時ふと図書館で目に留まったのがこの本でした。  政治の中で KiKi が一番注意を払ってこなかったのがこの「防衛庁(省)」という組織だったし、石破さんがその長官だった時代のあれこれは記憶にも新しい・・・・・ということで、とりあえずはこの本を読んでみることにしました。


先月は KiKi 自身の体調不調やら、老人ホーム入居中のじぃじ & ばぁば絡みのトラブルやらダーリンの手術決定やら(予定では実は今日退院することになっている)でバタバタしており、ブログの更新も若干滞り気味、ついでに読書はほとんど捗らず・・・・でした。  でも、ふと気がつけば月が明けているわけでして、取り急ぎ先月の読書のまとめぐらいはしておきたいと思います。

2014年8月の読書メーター
読んだ本の数:4冊
読んだページ数:1133ページ
ナイス数:38ナイス

日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦感想
読了して感じることは、タイトルから期待される日本海軍400時間の証言を題材にはしているし、その中から拾った証言そのものもかなり抜粋されて記載はされているものの、それを聞いた取材班面々の想いのような記述が多すぎるうえに、ある1つのトピックに対する反省会上での応酬といった部分の緊迫感のようなものは全く感じられず、正直なところ肩透かしを食らったような気分を持ったことをまずは記載しておきたいと思います。  歴史を知るってホント、難しいなぁとこの本を読んでつくづく感じました。
読了日:8月23日 著者:NHKスペシャル取材班


天山の巫女ソニン 江南外伝 海竜の子天山の巫女ソニン 江南外伝 海竜の子感想
クワンはある意味で本編で想像していたとおりの人物だったことを確認したにすぎなかったけれど、セオの成長期を見ることができたことが大きな収穫でした。  自分にはないものばかりを持つクワンに対する少年期特有の対抗意識、そしてそれを乗り越えた後に初めて培われていく2人の絆に♀である KiKi には踏み込めないある種の「男の友情」を垣間見て、ちょっぴり感動してしまいました。 このシリーズ、中身も悪くないけどやっぱり装丁が素晴らしい!!  Asian Taste Fantasy のお手本にしたいぐらい。  
読了日:8月8日 著者:菅野雪虫


僕は、そして僕たちはどう生きるか僕は、そして僕たちはどう生きるか感想
これまで梨木作品はその大半を読んできたけれど、この作品はこれまでの作品とはどこか一線を画している印象です。  梨木さんは常に現代社会にある種の不安、危うさのようなものを感じ、それをどちらかというと刺激は強すぎず、でも心にはずっしりと残る文体、語彙で語りかけるタイプの作家だと KiKi は思っていたのですが、この作品ではそんな確信犯的に自ら纏い続けてきたオブラートをばっさりと脱ぎ捨て、ある種の意志表明をした・・・・・そんな印象です。
読了日:8月2日 著者:梨木香歩

天山の巫女ソニン 巨山外伝 予言の娘天山の巫女ソニン 巨山外伝 予言の娘感想
ただでさえ厳しい自然環境の北の国で、正妃の一人っ子として生まれたにもかかわらず、望まれた男児でなかったが故に、父王からも母妃からも愛されないのみならず存在すら認められずに育ったイェラ。  跡取りは側室の王子達だと誰しもが思っているうえに、誰にもかまわれない立場の彼女は1人でもできること、本を読み、学び、どこか冷めた目で人を観察し、生まれつき持ち合わせていた父譲りの聡明さで、自分なりに多くのことを多面的に考え、答えを導き出すことを常とするようになっていきます。
読了日:8月1日 著者:菅野雪虫

読書メーター


おやまあ、蓋を開けてみたらたったの4冊ですか!!  これは同居介護中よりも冊数的には劣っているかもしれません ^^;  ついでに言えば今月も今のところあまり芳しく進捗していません。  まあ、長い人生の中ではこういう時もあるよね。    

ひとつ前のエントリーでご紹介した本を読了しました。  たまたま読了した直後は夏バテピークですぐにブログエントリーをおこす元気もなかったのですが(実は今日もまだ何気に不調・・・・ ^^;)、感想を忘れないうちに記録しておきたいと思い、今日は PC に向かっています。

日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦
編:NHKスペシャル取材班  新潮社

NHK_Special.jpegのサムネール画像  (Amazon)

昭和55年。  東京・原宿にある旧海軍将校のOB団体「水交会」に、日本海軍の中枢にいたエリートたちが集まった。  元大尉から中将まで、参加者はのべ40人。  月1回の会合は「反省会」と呼ばれ、平成3年まで130回以上、開かれた。  「戦争の真実を語り残す」という目的のもと、「門外不出」を条件に、会はすべて録音されていた。  開戦を巡り陸軍と海軍では水面下でどのような動きをしていたのか、特攻作戦の本当の発案者は誰でどのような理由で決行されたのか、戦後の東京裁判で海軍軍人を守るために、海軍はどのような手をうったのか----など、幅広いテーマが議論されたのである。  録音されたテープは計400時間。  時には出席者間で激論を交わし、戦時中は雲の上の存在だった上官に真実を厳しく追及する場面もあった。  この貴重な記録を基に、証言者、その遺族、関係者や史・資料など、広範な関連・裏付け取材を行い、埋もれていた太平洋戦争の裏面史に光をあてる。  (Amazon 内容紹介より転載)

編者名でもわかるとおり、こちらの本は「NHK スペシャル」で放映された番組のいわば編集後記のような本でした。  東京・原宿にある旧海軍将校のOB団体「水交会」で130回近く開催された日本海軍の中枢にいたエリートたちによる「反省会」のテープが出てきたところから話は始まります。  元大尉から中将まで、参加者はのべ40人。  「戦争の真実を語り残す」という目的のもと、「門外不出」を条件に、その会の様子のすべてが録音されていたとのこと。  

日本では東京裁判の結果等から、「海軍善玉説」がまことしやかに語られてきたけれど、陸軍だけが糾弾された歴史にはどこか納得のいかないものを常々感じていた(但し、自分で色々調べてみて何らかの根拠があったからというわけではありません。  感覚的に『胡散臭い結論だよな』と思っていたにすぎません。)KiKi にとって、その海軍のお偉方(といっても本当の意味でのトップではなく、その直下にいた将校レベルですが)が仮にも「反省会」と名付けた会合で語られた内容に興味を持ち、図書館から借り出してきました。  

読了して感じることは、タイトルから期待される日本海軍400時間の証言を題材にはしているし、その中から拾った証言そのものもかなり抜粋されて記載はされているものの、それを聞いた取材班面々の想いのような記述が多すぎるうえに、ある1つのトピックに対する反省会上での応酬といった部分の緊迫感のようなものは全く感じられず、正直なところ肩透かしを食らったような気分を持ったことをまずは記載しておきたいと思います。

もちろん、録音テープだけでは証言内容を正確に把握することはできないので、証言を実証するためという意味もあって、NHK取材陣が公文書館や士官の遺族を回るという気が遠くなるような検証過程が描かれるのは、ある意味ではフェアなことなわけですが、どうしてもその苦労の中で生まれてきた「戦争を知らず、現代感覚で事象に向かった際に感じる取材班面々のある種の想い」が出てくるのはやむをえないこと・・・・とはいえ、それがこの大事な証言に向かった際に必ずしも是とすべきものなのかどうか、疑問を感じずにはいられませんでした。  そしてそんな彼らのバイアスを通した著述からだけ何かを感じるのは間違っているだろうという自制心を常に要求されたことによる疲労感が残る読書体験だったように思います。

ちょっと間が空いてしまったのですが、先日NHKの歴史番組「英雄たちの選択」の特別版(?)、「昭和の選択」をリアルタイムで観ました。  その時のことを少しだけ振り返っておきたいと思います。


第1回 「国際連盟脱退 松岡洋右 望まなかった決断」
8月21日(木) 午後8時~9時

第1回は、昭和8年(1933)の「国際連盟脱退」。  これまで連盟脱退は、満州事変や満州国建国をめぐり日本の主張が受け入れられなかったため、自ら進んで脱退したというイメージで一般的に語られてきました。  しかし近年の研究によれば、政府が当初考えていたのは「脱退回避」。  しかも脱退という最終決断は、国際協調や経済制裁回避のための苦肉の策だったという側面があることがわかってきた。  なぜ日本はこのような真逆の選択をするに至ったのか?  日本全権・松岡洋右の視点から、日本がこの重大な「選択」に至った過程をつぶさにドキュメントし、その実相に迫る。  (NHK HP より転載)


物知らずの KiKi にとってこの話はかなり衝撃的でした。  何に衝撃を受けたかって、己の無知さ加減、無関心加減を赤裸々に炙り出されたかのような感慨をもったことに対してでした。  あの歴史の教科書にも必ず出てきた「国際連盟脱退」が実はこういう裏話があったな~んていうことは、想像だにしていなかったからです。

もちろんこの番組の内容のみを鵜呑みにするのは危険だと思うけれど、KiKi の認識とはあまりにも大きな乖離があることに正直戸惑いました。  そこで手元にある2003年第8版刊行の山川出版の「詳説 日本史研究」の該当ページを紐解いてみました。  以下、該当部分を転記します。


中国は満州事変勃発直後、これを日本の侵略行動であるとして国際連盟に提訴し、もとより「満州国」の独立を認めなかった。  はじめ、事変をごく局地的なものとみて楽観的だった列国は、日本政府の事変不拡大の約束が実行されないため、日本の行動は不戦条約と九ヵ国条約に違反するとして、しだいに対日不信感を強めた。  (中略)  国際連盟は満州問題調査のためにイギリスのリットンを代表とするリットン調査団を派遣し、1932年10月、調査団はリットン報告書を発表した。  これは、「満州国」が自発的な民族独立運動の結果成立したものとする日本の主張を否定していたが、満州に対する中国の主権を認めると同時に日本の権益も保障しており、満州に中国の主権下に自治政府をつくり、治安を守るための憲兵隊をおいて、それ以外の軍隊は撤廃するという解決案を提示していた。  

ところが日本政府(斎藤実内閣)は、軍部のつくりあげた既成事実を認め、リットン報告書の発表直前、1932年9月に日満議定書を取り交して、いち早くその独立を承認しており、さらに日本軍は1933年2月には、熱河省にも軍事行動を拡大した。  これは国際連盟を著しく刺激し、同年2月の連盟臨時総会では、リットン報告書をもとに満州に対する中国の主権を確認し、満州における自治政府の樹立と日本軍の撤退を勧告した決議案が、42対1(反対は日本だけ)で可決された。  全権松岡洋右はただちに退場し、3月12日、日本は国際連盟脱退を通告した。  こうして日本はアメリカなどの列国の反発のなかで国際的に孤立していった。  (山川出版 「詳説 日本史研究」より転載)


KiKi の記憶が正しければ、この記述(↑)だって KiKi が学んだ時代の教科書には書かれていなかったようなことまで書き込まれている印象があるけれど、この文面からだけでは「日本政府が当初考えていたのは『脱退回避』。  しかも脱退という最終決断は、国際協調や経済制裁回避のための苦肉の策だったという側面がある」な~んていうことは、どんなに読解力に長けた人であっても読み取るのは難しいのではないかしら・・・・・。


お天気にはあまり恵まれず、日本各地に災害をもたらしたお盆休みも昨日で終了しました。  KiKi のお盆休み(って今では365日お休み・・・のようなお休みではないような ^^;)も昨日の小さな壁掛け持参の老人ホーム訪問でようやく一段落。  今日からは通常の日々が戻ってきました。  ま、てなわけで読了以来、放置しっぱなしだったこちらの Review を書いておきたいと思います。

天山の巫女ソニン 江南外伝 海竜の子
著:菅野雪虫 講談社

book_Fantasy_Sugano.jpeg (Amazon)

江南の美しく豊かな湾を統治する「海竜商会」。  その有力者サヴァンを伯父にもち、何不自由なく幸せな日々を送っていた少年・クワン。  ところがクワンの落とした首飾りがきっかけとなって、陰謀に巻きこまれていく。  多くの人の心を引きつける江南の第二王子クワンの絶望と波乱に満ちた再生の物語。  (単行本扉より転載)

本編でも一種独特の魅力を放っていた隣国江南の第二王子クワン。  「第二王子」というポジションの割には決して幸せそうではなかった王子の幼少期から本編に至るまでの日々を描いた外伝でした。  クワンの右腕ともいうべきセオとの出会い、そして彼がクワンに献身的に仕えるに至るまでのお話はなかなかに読ませるものがあったと思います。  同じ故郷で暮らしながらも、その故郷に対する想いの乖離による2人の衝突の場面が描かれているのが、物語に一層の深みを与えていると感じました。

同時に、本編ではソニンを引き抜くためにセオが語った、クワンの妹、リアンに起こった災難はどうやら作り話ではなく本当のことだったことがこの外伝で判明。  本編では「作り話も大概にしろ!」のクワンの一言でうやむやになってしまった感があったけれど(でも、その話が本当であればこそのクワンのソニンに対する毒薬製造命令という点で妙に説得力はあった)、やっぱりというか、案の定というか、本当のお話だったのですね。

それにしても、江南の王様はしょ~もない!!   国内の摩擦を避けようとするあまりに、対抗できる彼の力が「鈍感力」とでも呼ぶしかないような対応で、結果、多くのことを動かしているのが自分の利益を害するものに対しての感性だけは鋭い王妃のちょっとした一言(命令とは呼べないどちらかというと独り言に近い呟き)と、それを耳にして勝手に動く重臣たちの思惑ばかり・・・・・とは。  もっとも、そうであればこその「三国中の最弱国」とも言えるのかもしれません。

今日は69回目の昭和天皇玉音放送の日。(KiKi はこの日は断じて終戦の日ではないと思っている)  この季節になるとまるで年中行事のように


「ファンタジーや児童文学ばかりに浸っていてはいけない!  学生時代には授業ですっ飛ばしていた『現代史』にこの時ぐらいは目を開かねば!!」


という気分に陥ります。  で、そんな KiKi の気分を見透かしたかのように、本日の「Amazon Kindle Store 日替わりセール」の内容がこちら(↓)でした。


昭和史(上)
著:中村隆英 東洋経済新報社

41I4Llse6FL._AA278_PIkin4,BottomRight,-38,22_AA300_SH20_OU09_.jpg  (Amazon)

世界史の中での「昭和時代」の歴史を、政治・経済面だけでなく、思想・生活・文化面にも視野を広げて描いた、昭和史の決定版。  上巻は、日本が大正デモクラシーで民主化を実現した後、第二次世界大戦に自ら突入して焦土となるまで、下巻は急速な復興と経済成長を果たし、「武装を好まぬ経済大国」となった1989年までを描く。  未来を考えるうえでも示唆に富んだ歴史が語られている。  第20回大佛次郎賞受賞作。  (Amazon 内容紹介より転載)


既読ユーザーの書評を見る限りではなかなか評判もよさそうだし、これが今日なら399円で買えるとのこと。  迷わずポチッと購入ボタンを押してしまいました。  そしてまだ上巻を読了していないにもかかわらず(← つまり気に入るかどうかもわからない ^^;)、ついでに下巻もポチッ!  これはどう考えても Amazon さんの思うツボの行動です(苦笑)。 

でも、Kindle Store の日替わりセールって KiKi の購買意欲を刺激してくれる本が出ることが少ないので、まあ、たまにはいいでしょう。  そうでなければ最近では Amazon で本を購入することがめっきり減った KiKi がAmazon プライム会員になって、会費を払っている意味がありません。  (・・・・・と自分を納得させてみる。)

思い起こせば半藤さんの「昭和史 上下二巻」を読了したのも何年か前のこの季節でした。  せっかくこの本を購入したので、2冊を読み比べすると学生時代にさぼってしまった「昭和史」の全貌がしっかりと頭に定着するのかもしれません。 

どちらも分厚い本(今回購入したこれ↑ は Kindle 版なので厚くもへったくりもないけれど)なので、読了するにはそれなりの時間が必要だろうから心配ないとは思うけれど、来週早々までには「天山の巫女ソニン」の Review を書き終えておかないと困っちゃうだろうなぁ・・・・・・。    

8月1日に「先月の読書のまとめ」をエントリーしてあったのですが、その際、「ハウル第2作」の Review をまだしていなかったので、そこだけブランク状態のエントリーになってしまっていました。  読了してからずいぶん間があいてしまったけれど、ようやく今日、Review を書き終えたので、この読書のまとめも完成版を再録しておきたいと思います。

2014年7月の読書メーター
読んだ本の数:15冊
読んだページ数:3735ページ
ナイス数:27ナイス

ルリユール (一般書)ルリユール (一般書)感想
ルリユールの技に関しては期待していたほどには描写されていなかったのですが、物語全体に流れる穏やかな時間とどこか鄙びた風景、そして登場する人たちのちょっと切ない人生にホロリとさせられる作品だったと思います。  思い入れのある本を「クラウディアの黒猫工房」で修復してもらうと、その本にかかわる人々が抱えている悩みや重荷、心の傷といったものが癒される・・・・・。  本が持ち込まれ修復されているまでの描写にはとても優しく暖かい時間が流れ、「思い出を大切に守り伝える」という感覚を呼び起こされるような気がします。
読了日:7月30日 著者:村山早紀


天山の巫女ソニン(5) 大地の翼天山の巫女ソニン(5) 大地の翼感想
この最終巻でもなかなかに深い「人間観察」の言葉が出てきたと思います。  その最たるものが義兄のイルギが語る「7割の法則」です。  これは「人間のうち7割は、まわりの動きや噂、自分の欲に流されやすい」というもので、齢50を超えた KiKi をして「なるほど、その数字、いい線いってるかも!」と思わせてくれました。  それぐらいのスタンスで自分の周りで起こることを眺め、「さて、じゃあ、私はどうする?」と考えてある時は3割の方に、ある時は7割の方に加担するのが人間という生き物なんだろうなぁと思いました。  
読了日:7月30日 著者:菅野雪虫


天山の巫女ソニン(4) 夢の白鷺天山の巫女ソニン(4) 夢の白鷺感想
三国の次代を担う(だろう)為政者が顔を揃えたことにより、政治的駆け引きの話が物語の中心にどっかと腰を落ち着けた印象の物語でした。  でも為政者の思惑・外交というものの複雑さを難しすぎない言葉で語っているあたり、やはり凄い物語だと感じます。  例えて言うなら「池上彰解説風ファンタジー」とでも言いましょうか・・・・(笑)  第一巻の「黄金の燕」はいかにもファンタジーというスタートの物語群だったけど、途中からこの物語はいわば普遍的に人間社会に発生し続けている多くの社会問題を扱う物語に変貌しているように感じます。
読了日:7月29日 著者:菅野雪虫


ハウルの動く城2   アブダラと空飛ぶ絨毯 (徳間文庫)ハウルの動く城2 アブダラと空飛ぶ絨毯 (徳間文庫)感想
私たち日本人にとって、地勢学的にも文化的にも一番遠い存在に感じられる中東の人々を主人公にした物語は、彼らの実態をよく知らないだけに独特のロマンを感じさせ、わくわくさせてくれることを再認識した読書だったと思います。  途中まではかなり印象深い人物だったはずの絨毯商人のアブダラさんですが、ソフィーが登場し、彼が探し求めていた「夜咲花」に再会したあたりから一挙に存在感を薄れさせ始め、そこからは女性たちの大活躍・・・・・というのは、やはりジェンダー意識の強かったこの作者さんならでは・・・・という感じがします。
読了日:7月28日 著者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ


都会のトム&ソーヤ (2) 乱!RUN!ラン!     YA! ENTERTAINMENT都会のトム&ソーヤ (2) 乱!RUN!ラン! YA! ENTERTAINMENT感想
決してつまらなかったとか読んでいて苦痛だったというわけでもないんですけど、例えて言うなら美容院で順番を待たされている間とかパーマをかけて美容師さんに「このまましばらくお待ちください」な~んていう風に言われてひっくりかえした鉢みたいなものに頭を突っ込んだ状態で手持無沙汰な時なんかに読むにはピッタリの本だなぁ・・・・と。  何かの病気か怪我で入院中(但し、さほど深刻ではないけれど、一泊二日で帰宅できるほど簡単でもない)に、どこか落ち込みがちな気分を盛り上げるためにはいい本かなぁ・・・・と。(笑)
読了日:7月27日 著者:はやみねかおる


都会のトム&ソーヤ(1) (YA! ENTERTAINMENT)都会のトム&ソーヤ(1) (YA! ENTERTAINMENT)感想
いや~、これは Review の書き難い本ですねぇ。  あっという間にさらさらっと読めちゃうんだけど、KiKi にとってはただそれだけ・・・と言うか、何も残らないと言うか・・・・。  まあ、KiKi 自身が♀故にこの物語の主人公たちの年代の男の子の気持ちというやつが今一つピンとこないというのもあるとは思うんですけど、それより何より、あたかもTVでバラエティ番組を観ているのと同じで、一時の笑いはあるもののただそれだけ・・・・っていう感じ。
読了日:7月26日 著者:はやみねかおる,にしけいこ

天山の巫女ソニン(3) 朱烏の星天山の巫女ソニン(3) 朱烏の星感想
この物語が素晴らしいと感じるのは、主に脇役、時に主役に語らせている著者の人間観察の言葉が子供向けとは思えないほど深く鋭いこと、そして為政者の考え方と庶民の考え方の違いをはじめとする人間社会が必然的に抱える矛盾を難しくなり過ぎない言葉でさらりと描いていることです。  ことにこの第三巻では歴史が為政者によっていかに描き変えられるのかとか、ある1つの事件を解決しようとした際に立場が異なれば、異なる解決方法をとろうとするし、そこにあるのは単純な善悪ではないということがしっかりと描かれていると感じました。
読了日:7月26日 著者:菅野雪虫


天山の巫女ソニン  2  海の孔雀天山の巫女ソニン 2 海の孔雀感想
主人公のソニン以上に気になる存在が、彼女が下野して最初にできた友人という設定のミンです。  働かない父親、早くに亡くした母、自分が面倒を見なければならない弟という環境の中で、必死に生きているミンはある意味で普通とは言えない環境ばかり(天山然り、王宮然り)で暮らしているソニンと一般人を繋ぐパイプ役のようなところがあり、彼女自身がソニンと知り合ったことにより堕落からは免れたようなところもありで、この先も気になる存在です。
読了日:7月25日 著者:菅野雪虫



天山の巫女ソニン 1 黄金の燕天山の巫女ソニン 1 黄金の燕感想
「落ちこぼれ巫女」という設定の割にはソニンには暗さがなく、自分のあるがままを素直に受け入れ、その時々で自分が置かれている立場で、自分に考えられる最善を尽くす姿が好印象です。  自分に与えられた環境の中で最善を尽くすというのは簡単なようでいて実はかなり難しく、同時にそれなりの知性が必要となる行いであることをさりげなく語っている物語だと感じました。
読了日:7月25日 著者:菅野雪虫

ハウルの動く城1  魔法使いハウルと火の悪魔 (徳間文庫)ハウルの動く城1 魔法使いハウルと火の悪魔 (徳間文庫)感想
「ハウルの動く城」と聞けばジブリアニメを思い出す人が多いと思います。  実際、KiKi もDWジョーンズのファンタジー作品という印象よりはジブリアニメという印象の方が強いのが正直なところです。  「印象が強い」と言っても、KiKi 自身はそのアニメを観たことがないので、どんな作品なのかさっぱりわからないんですけどね ^^;  物語を読んでみて、色々なことを考えてみた(Blog に Review あり)ので「機会があったらこのジブリアニメは一度観てみよう!」と心に決めた KiKi なのでした。
読了日:7月24日 著者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ


小さな人のむかしの話 -コロボックル物語別巻- (講談社青い鳥文庫)小さな人のむかしの話 -コロボックル物語別巻- (講談社青い鳥文庫)感想
こちらの作品はコロボックル物語シリーズの本編ではない、所謂、外伝です。  尚且つ、ツムじぃが集めて年代別に組み直し、更には覚書まで添えた物(この覚書がなかなか気が利いています 笑)をせいたかさん経由で入手した著者が、私たち人間が読んでも面白いと思えるだろうものを厳選した1冊なのだそうです。  そうであるだけに、そこかしこに「日本昔話」的な空気が漂っています。 この物語を読むと、古来日本人が「人ではないもの」とどんな風に関わってきたのか、その精神性を伺わせるような気がして、実に楽しく読むことができました。 
読了日:7月16日 著者:佐藤さとる

コロボックル童話集 (講談社青い鳥文庫)コロボックル童話集 (講談社青い鳥文庫)感想
この本を読んでいて一番の収穫(?)は登場するコロボックルの名前に KiKi の昔からの愛称とさらにはキキという名のコロボックルが登場したことでした。  そうなってくると、ひょっとしたらいつかはKiKi の所に「小さな人」が姿を現すかもしれないな~んていうここまでのお話での感想はどこかへ吹っ飛んで行って、KiKi 自身が実はコロボックルなのかもしれないというような妄想を抱かせるには十分でした(笑)。
読了日:7月14日 著者:佐藤さとる,村上勉

小さな国のつづきの話―コロボックル物語 5 (講談社 青い鳥文庫)小さな国のつづきの話―コロボックル物語 5 (講談社 青い鳥文庫)感想
この物語を読んで「狐に化かされる」という話を「そんなことがあるわけない、迷信、迷信」と考えるようなタイプの人はなかなかコロボックルとお友達にはなれないのじゃないか・・・・・。  そんな風に感じました。  と、同時に今作では別の小さな人、チィサコ族が登場し、「コロボックル王国」とは別の場所で別の暮らし方をしていることが描かれています。  このことにより、「ひょっとしたら私の住む地域にもコロボックルでもチィサコ族でもない又別の種類の小さな人が住んでいるのかもしれない」という希望(?)をも抱かせます。  
読了日:7月13日 著者:佐藤さとる


ブリスさんブリスさん感想
この絵本の何よりもの魅力はやはりトールキン先生直筆の絵と筆跡が堪能できることではないでしょうか?  同じような楽しみ方ができるもう1つの絵本(?)に「サンタ・クロースからの手紙」があるけれど、あちらの文字はどちらかというと「飾り文字風」なのに対し、こちらの文字は恐らくトールキン先生の「普段使いの文字」なんだろうと思います。 お話は日本人とはちょっと違うユーモア感覚(しかもどことなく偏屈で皮肉っぽい)に溢れたドタバタコメディといった趣で、読者によって好き嫌いがはっきりわかれちゃうような気がします。
読了日:7月6日 著者:J.R.R.トールキン


ビルボの別れの歌―灰色港にて (大型絵本)ビルボの別れの歌―灰色港にて (大型絵本)感想
この絵本の構成としては各見開きページの上段には「指輪物語」の最後の部分、指輪所持者たちが馬で西に向かい、灰色港から旅立っていくそのプロセスが描かれ、下段には「ホビットの冒険」の様々なシーンが描かれています。  絵本の絵を見ながら、読み慣れた「ホビットの冒険」のワンシーン・ワンシーンを思い出し、ビルボと一緒に思い出に耽ることができる時間は何とも言えない贅沢なものに感じられました。
読了日:7月2日 著者:J.R.R.トールキン

読書メーター

読了してからかなり間が空いちゃったけど、放置しっぱなしだった「ハウル第2巻」の Review をまとめておきたいと思います。

ハウルの動く城 2.アブダラと空飛ぶ絨毯
著:D.W.ジョーンズ 訳: 西村醇子  徳間文庫

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魔神にさらわれた姫を助けるため、魔法の絨毯に乗って旅に出た、若き絨毯商人アブダラは、行方不明の夫ハウルを探す魔女ソフィーとともに、魔神が住むという雲の上の城に乗りこむが...?  英国のファンタジーの女王ダイアナ・ウィン・ジョーンズが、アラビアンナイトの世界で展開する、「動く城」をめぐるもう一つのラブストーリー。  宮崎駿監督作品「ハウルの動く城」原作の姉妹編。  (Amazon 内容紹介より転載)

もう読了してから1週間以上過ぎちゃったので、正直なところ物語の細かい部分まではその時の感想を含めてよく覚えていません ^^;  特にこの本の読書は KiKi にとって久々のヒット作、「天山の巫女ソニン」の間に挟まれ、図書館へ行くまでの繋ぎの期間(ごめんなさい DWジョーンズさん)に読んでいるので尚更です。  ま、てなわけで本日の Review は短めです。

ハウルの第2作目ということなので、ハウルやソフィーの話がメインかと思いきや、物語後半までそのハウルもソフィーも出てきません。  代わりに繰り広げられるのは「アラビアン・ナイト」の世界。  もちろんそれはタイトルからして明らかなんだけど、「ここまでハウル達を無視するか?」という印象を否が応にも抱かずにはいられません。  まあ、個人的には「アラビアン・ナイト」の世界は結構好きだから、ツマラナイというようなことはなかったんですけどね。

「空飛ぶ絨毯」、「ジン」といったアラビアものに出てくるお約束の小物はやっぱり楽しかったし、小瓶につめられた妖精みたいな「ジンニー」もいかにも、いかにもで、これが「ハウル」の続編であることを忘れかけ、この物語の進行に没頭し始めた頃、結構思わぬ形でソフィーが登場します。  そこからは一気呵成に物語が進行し、読了してみれば「なるほど、確かにこれはハウルの続編だ」と思わせる辺り、さすがです。

途中まではかなり印象深い人物だったはずの絨毯商人のアブダラさんですが、ソフィーが登場し、彼が探し求めていた「夜咲花」に再会したあたりから一挙に存在感を薄れさせ始め、そこからは女性たちの大活躍・・・・・というのは、やはりジェンダー意識の強かった(らしい)この作者さんならでは・・・・という感じがします。

 

久々の梨木作品です。

僕は、そして僕たちはどう生きるか
著:梨木香歩 理論社

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やあ。  よかったら、ここにおいでよ。  気に入ったら、ここが君の席だよ。  コペル君14歳、考える。  春の朝、近所の公園で、叔父のノボちゃんにばったり会った。  そこから思いもよらぬ一日がはじまり...。  少年の日の感情と思考を描く青春小説。  (Amazon 内容紹介より転載)

これまで梨木作品はその大半を読んできたけれど、この作品はこれまでの作品とはどこか一線を画している印象です。  梨木さんは常に現代社会にある種の不安、危うさのようなものを感じ、それをどちらかというと刺激は強すぎず、でも心にはずっしりと残る文体、語彙で語りかけるタイプの作家だと KiKi は思っていたのですが、この作品ではそんな確信犯的に自ら纏い続けてきたオブラートをばっさりと脱ぎ捨て、ある種の意志表明をした・・・・・そんな印象です。

タイトルからして吉野源三郎さんの「君たちはどう生きるか」を念頭に書いた作品であることが容易に察せられるのですが、主人公の名前(呼び名)も同じコペル。  でも2人のコペルの生きた時代の違いはエピソードの数々から明らかです。  その時代の違いが「生きる」ことに対する姿勢の安易さや、現代社会に溢れる欺瞞の数々の1つの要因なのかもしれません。

14歳の少年の1日の出来事の割には重いテーマが満載・・・・なのですが、逆に言えばある種の「気づき」が、そしてその気づきに誘発された「思考」が、それまで他人事、どこか自分とは関係ない世界の出来事として見聞きしつつも無視してきたようなことにあらためて真剣に目を向けてきた、その証としての出来事の多さ・・・・・だったのかもしれません。  とは思うのですが、このコペル君。  どこか不自然な気がするのは気のせいでしょうか??  言い訳のように「子供らしくない子」であることを、そう言われていることを自覚している子であるというのも、う~ん・・・・・。

まず、土壌研究を趣味とするコペル君と草木染作家のおじさん、さらには小学校時代の親友だったユウジン君のおばあちゃんの自然保護運動(と、こんな安易な言葉で語るようなものではないけれど)あたりのエピソードではサラリと環境問題を語ります。  でもそれはこの物語のメインテーマではなく、もっと重いものがこの後続々と出てくるんです。

戦時中に兵役を逃れ山に隠れ住んでいた米谷さんのエピソードでは「個と集団」に関する1つの視座を、ユウジン君が小学生時代に可愛がっていたコッコちゃんのエピソードでは教育問題と米谷さんエピソードに通じる「個と集団」に関するポイントを。  そしてコッコちゃんエピソードとユウジン君ちの敷地の片隅に隠れ住んでいたインジャのエピソードでは「耳触りの良い言葉に隠された悪意」を・・・・と、アプローチこそ異なれど KiKi が日頃から感じていたある種のこの社会の危うさをこれでもかっていうぐらいストレートに語り始めます。


「天山の巫女ソニン・シリーズ」本編を読了したので、引き続き外伝です。  現段階で外伝は2冊既刊されているのですが、今回図書館で借りることができたのはそのうちの1冊のみ。  残り1冊は予約してきたので今借りている人が返したら連絡がくることになっています。  これまでのところ「上橋作品群」、「クロニクル 千古の闇シリーズ」に次いでお気に入りとなった図書館本です。  これはひょっとすると我が家の蔵書として集めてしまうかも・・・・・(笑)

天山の巫女ソニン 巨山外伝 予言の娘
著:菅野雪虫 講談社

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ソニンが天山の巫女として成長したのは美しい四季に恵まれた沙維の国。  イェラが王女として成長したのはその北に草原と森林が広がる寒さ厳しい巨山の国。  孤高の王女イェラが、春風のようなソニンと出会うまで、どのように生きてきたのかを紹介する、本編「天山の巫女ソニン」のサイドストーリー。  (単行本扉より転載)

本編でも一種独特の魅力を放っていた巨山国の王女イェラ。  その強烈な個性から恐らくは多くの読者の心をつかむだろうお姫様なんだけど、彼女ほど「お姫様」という言葉が似合わない王女も少ないんじゃないかしら。  そして読者を夢中にさせる魅力はたっぷりだけど、もしも実際に彼女が存在したとして、お近づきになれるか?と言えば、恐らく世の中の大半の人はムリなんだろうと思います。

それは身分や立場が違う・・・・・というようなことではなく、恐らく彼女に相手にはしてもらえないんだろうなぁ・・・・と思わせる、人を寄せ付けない厳しさ、近寄り難さを放っているからです。  能力の差とかそういう部分もあるけれど、それ以上に彼女の心を閉ざしたかのような自分の律し方という大きな壁の前で普通の人ならどうしたらいいのかわからない・・・・・そんな印象を持たずにはいられない女性だったと思うんですよね。  しかもそれが20代の後半ぐらいで身につけたものならまだいざ知らず、「10代にして!!」というあたり、孤高と言う言葉がこれほど似合う人も滅多にいないでしょう。

多くの場合、彼女が示したような冷静さ、用心深さ、狡猾さというものは「帝王学の教育」の中で、又は「人の上に立つ経験をつむ」中で、育まれていくものだと思うんだけど、彼女のそれの身につけ方は KiKi の想像を超えたもっと壮絶なものでした。  

ただでさえ厳しい自然環境の北の国で、正妃の一人っ子として生まれたにもかかわらず、望まれた男児でなかったが故に、父王からも母妃からも愛されないのみならず存在すら認められずに育ったイェラ。  跡取りは側室の王子達だと誰しもが思っているうえに、誰にもかまわれない立場の彼女は1人でもできること、本を読み、学び、どこか冷めた目で人を観察し、生まれつき持ち合わせていた父譲りの聡明さで、自分なりに多くのことを多面的に考え、答えを導き出すことを常とするようになっていきます。

そんな生い立ちの中で彼女が得た1つの真理が、「溺愛は干渉に、期待は束縛に繋がり、祝福や励ましの言葉は時として呪いの言葉となりうる。」というものだったようです。  だからこそ、本編の彼女はあそこまで頑なな部分を持っていたのですね。

今日から8月。  既に何日も猛暑日があったので夏はとっくに来ているけれど、「夏本番!」という気分にさせられるのがこの8月という月です。  さて、異常なまでに降った雨と梅雨明け以降の猛暑にどこか体調もすぐれない中、先月もそこそこ読書に励むことができました。  

2014年7月の読書メーター

読んだ本の数:15冊
読んだページ数:3735ページ
ナイス数:27ナイス

ルリユール (一般書)ルリユール (一般書)感想
ルリユールの技に関しては期待していたほどには描写されていなかったのですが、物語全体に流れる穏やかな時間とどこか鄙びた風景、そして登場する人たちのちょっと切ない人生にホロリとさせられる作品だったと思います。  思い入れのある本を「クラウディアの黒猫工房」で修復してもらうと、その本にかかわる人々が抱えている悩みや重荷、心の傷といったものが癒される・・・・・。  本が持ち込まれ修復されているまでの描写にはとても優しく暖かい時間が流れ、「思い出を大切に守り伝える」という感覚を呼び起こされるような気がします。
読了日:7月30日 著者:村山早紀


天山の巫女ソニン(5) 大地の翼天山の巫女ソニン(5) 大地の翼感想
この最終巻でもなかなかに深い「人間観察」の言葉が出てきたと思います。  その最たるものが義兄のイルギが語る「7割の法則」です。  これは「人間のうち7割は、まわりの動きや噂、自分の欲に流されやすい」というもので、齢50を超えた KiKi をして「なるほど、その数字、いい線いってるかも!」と思わせてくれました。  それぐらいのスタンスで自分の周りで起こることを眺め、「さて、じゃあ、私はどうする?」と考えてある時は3割の方に、ある時は7割の方に加担するのが人間という生き物なんだろうなぁと思いました。  
読了日:7月30日 著者:菅野雪虫


天山の巫女ソニン(4) 夢の白鷺天山の巫女ソニン(4) 夢の白鷺感想
三国の次代を担う(だろう)為政者が顔を揃えたことにより、政治的駆け引きの話が物語の中心にどっかと腰を落ち着けた印象の物語でした。  でも為政者の思惑・外交というものの複雑さを難しすぎない言葉で語っているあたり、やはり凄い物語だと感じます。  例えて言うなら「池上彰解説風ファンタジー」とでも言いましょうか・・・・(笑)  第一巻の「黄金の燕」はいかにもファンタジーというスタートの物語群だったけど、途中からこの物語はいわば普遍的に人間社会に発生し続けている多くの社会問題を扱う物語に変貌しているように感じます。
読了日:7月29日 著者:菅野雪虫


ハウルの動く城2   アブダラと空飛ぶ絨毯 (徳間文庫)ハウルの動く城2 アブダラと空飛ぶ絨毯 (徳間文庫)
読了日:7月28日 著者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

都会のトム&ソーヤ (2) 乱!RUN!ラン!     YA! ENTERTAINMENT都会のトム&ソーヤ (2) 乱!RUN!ラン! YA! ENTERTAINMENT感想
決してつまらなかったとか読んでいて苦痛だったというわけでもないんですけど、例えて言うなら美容院で順番を待たされている間とかパーマをかけて美容師さんに「このまましばらくお待ちください」な~んていう風に言われてひっくりかえした鉢みたいなものに頭を突っ込んだ状態で手持無沙汰な時なんかに読むにはピッタリの本だなぁ・・・・と。  何かの病気か怪我で入院中(但し、さほど深刻ではないけれど、一泊二日で帰宅できるほど簡単でもない)に、どこか落ち込みがちな気分を盛り上げるためにはいい本かなぁ・・・・と。(笑)
読了日:7月27日 著者:はやみねかおる


都会のトム&ソーヤ(1) (YA! ENTERTAINMENT)都会のトム&ソーヤ(1) (YA! ENTERTAINMENT)感想
いや~、これは Review の書き難い本ですねぇ。  あっという間にさらさらっと読めちゃうんだけど、KiKi にとってはただそれだけ・・・と言うか、何も残らないと言うか・・・・。  まあ、KiKi 自身が♀故にこの物語の主人公たちの年代の男の子の気持ちというやつが今一つピンとこないというのもあるとは思うんですけど、それより何より、あたかもTVでバラエティ番組を観ているのと同じで、一時の笑いはあるもののただそれだけ・・・・っていう感じ。
読了日:7月26日 著者:はやみねかおる,にしけいこ

天山の巫女ソニン(3) 朱烏の星天山の巫女ソニン(3) 朱烏の星感想
この物語が素晴らしいと感じるのは、主に脇役、時に主役に語らせている著者の人間観察の言葉が子供向けとは思えないほど深く鋭いこと、そして為政者の考え方と庶民の考え方の違いをはじめとする人間社会が必然的に抱える矛盾を難しくなり過ぎない言葉でさらりと描いていることです。  ことにこの第三巻では歴史が為政者によっていかに描き変えられるのかとか、ある1つの事件を解決しようとした際に立場が異なれば、異なる解決方法をとろうとするし、そこにあるのは単純な善悪ではないということがしっかりと描かれていると感じました。
読了日:7月26日 著者:菅野雪虫


天山の巫女ソニン  2  海の孔雀天山の巫女ソニン 2 海の孔雀感想
主人公のソニン以上に気になる存在が、彼女が下野して最初にできた友人という設定のミンです。  働かない父親、早くに亡くした母、自分が面倒を見なければならない弟という環境の中で、必死に生きているミンはある意味で普通とは言えない環境ばかり(天山然り、王宮然り)で暮らしているソニンと一般人を繋ぐパイプ役のようなところがあり、彼女自身がソニンと知り合ったことにより堕落からは免れたようなところもありで、この先も気になる存在です。
読了日:7月25日 著者:菅野雪虫

天山の巫女ソニン 1 黄金の燕天山の巫女ソニン 1 黄金の燕感想
「落ちこぼれ巫女」という設定の割にはソニンには暗さがなく、自分のあるがままを素直に受け入れ、その時々で自分が置かれている立場で、自分に考えられる最善を尽くす姿が好印象です。  自分に与えられた環境の中で最善を尽くすというのは簡単なようでいて実はかなり難しく、同時にそれなりの知性が必要となる行いであることをさりげなく語っている物語だと感じました。
読了日:7月25日 著者:菅野雪虫

ハウルの動く城1  魔法使いハウルと火の悪魔 (徳間文庫)ハウルの動く城1 魔法使いハウルと火の悪魔 (徳間文庫)感想
「ハウルの動く城」と聞けばジブリアニメを思い出す人が多いと思います。  実際、KiKi もDWジョーンズのファンタジー作品という印象よりはジブリアニメという印象の方が強いのが正直なところです。  「印象が強い」と言っても、KiKi 自身はそのアニメを観たことがないので、どんな作品なのかさっぱりわからないんですけどね ^^;  物語を読んでみて、色々なことを考えてみた(Blog に Review あり)ので「機会があったらこのジブリアニメは一度観てみよう!」と心に決めた KiKi なのでした。
読了日:7月24日 著者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ


小さな人のむかしの話 -コロボックル物語別巻- (講談社青い鳥文庫)小さな人のむかしの話 -コロボックル物語別巻- (講談社青い鳥文庫)感想
こちらの作品はコロボックル物語シリーズの本編ではない、所謂、外伝です。  尚且つ、ツムじぃが集めて年代別に組み直し、更には覚書まで添えた物(この覚書がなかなか気が利いています 笑)をせいたかさん経由で入手した著者が、私たち人間が読んでも面白いと思えるだろうものを厳選した1冊なのだそうです。  そうであるだけに、そこかしこに「日本昔話」的な空気が漂っています。 この物語を読むと、古来日本人が「人ではないもの」とどんな風に関わってきたのか、その精神性を伺わせるような気がして、実に楽しく読むことができました。 
読了日:7月16日 著者:佐藤さとる

コロボックル童話集 (講談社青い鳥文庫 (18‐6))コロボックル童話集 (講談社青い鳥文庫 (18‐6))感想
この本を読んでいて一番の収穫(?)は登場するコロボックルの名前に KiKi の昔からの愛称とさらにはキキという名のコロボックルが登場したことでした。  そうなってくると、ひょっとしたらいつかはKiKi の所に「小さな人」が姿を現すかもしれないな~んていうここまでのお話での感想はどこかへ吹っ飛んで行って、KiKi 自身が実はコロボックルなのかもしれないというような妄想を抱かせるには十分でした(笑)。
読了日:7月14日 著者:佐藤さとる,村上勉

小さな国のつづきの話―コロボックル物語 5 (講談社 青い鳥文庫)小さな国のつづきの話―コロボックル物語 5 (講談社 青い鳥文庫)感想
この物語を読んで「狐に化かされる」という話を「そんなことがあるわけない、迷信、迷信」と考えるようなタイプの人はなかなかコロボックルとお友達にはなれないのじゃないか・・・・・。  そんな風に感じました。  と、同時に今作では別の小さな人、チィサコ族が登場し、「コロボックル王国」とは別の場所で別の暮らし方をしていることが描かれています。  このことにより、「ひょっとしたら私の住む地域にもコロボックルでもチィサコ族でもない又別の種類の小さな人が住んでいるのかもしれない」という希望(?)をも抱かせます。  
読了日:7月13日 著者:佐藤さとる


ブリスさんブリスさん感想
この絵本の何よりもの魅力はやはりトールキン先生直筆の絵と筆跡が堪能できることではないでしょうか?  同じような楽しみ方ができるもう1つの絵本(?)に「サンタ・クロースからの手紙」があるけれど、あちらの文字はどちらかというと「飾り文字風」なのに対し、こちらの文字は恐らくトールキン先生の「普段使いの文字」なんだろうと思います。 お話は日本人とはちょっと違うユーモア感覚(しかもどことなく偏屈で皮肉っぽい)に溢れたドタバタコメディといった趣で、読者によって好き嫌いがはっきりわかれちゃうような気がします。
読了日:7月6日 著者:J.R.R.トールキン


ビルボの別れの歌―灰色港にて (大型絵本)ビルボの別れの歌―灰色港にて (大型絵本)感想
この絵本の構成としては各見開きページの上段には「指輪物語」の最後の部分、指輪所持者たちが馬で西に向かい、灰色港から旅立っていくそのプロセスが描かれ、下段には「ホビットの冒険」の様々なシーンが描かれています。  絵本の絵を見ながら、読み慣れた「ホビットの冒険」のワンシーン・ワンシーンを思い出し、ビルボと一緒に思い出に耽ることができる時間は何とも言えない贅沢なものに感じられました。
読了日:7月2日 著者:J.R.R.トールキン

読書メーター

ルリユール 村山早紀

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今日、2つ目のエントリーです。  こちらは「天山の巫女ソニン・シリーズ」の残りの本を借り出そうとした際に、外伝の1冊が貸し出し中だったため、そのかわりに借りてきた1冊です。

ルリユール
著:村山早紀 ポプラ社

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黒猫工房では、あなたの大切な本を修復いたします。  魔法のような手わざ、傷んだ過去の思い出も、静かに包み込んで―  本を愛するひとの美しく不思議な物語。  (単行本帯より転載)

「ルリユール」という言葉を KiKi が初めて知ったのは、いせひでこさんの「ルリユールおじさん」という絵本で、でした。  この絵本を読了した時、KiKi はそれまで絵本を読んで味わったことがなかった深い感動を覚えました。  と、同時にその「ルリユール」という職業にある種の憧憬を覚えました。  子供時代から本は大切に扱うように教育を受けてきた KiKi の実家には多くの本があるけれど、さほど痛みのない状態のものがほとんどで、「必要に迫られていない」から実際に自分でやってみようとまでは思わなかったけれど、今ではソフトカバーの本が多いだけに、本当にお気に入りの本は補強という意味も兼ねて自分でもやってみたいと思うほどには興味があります。

時代の流れの中で、電子書籍もそこそこ活用している KiKi だけど、やっぱり紙でできた本の魅力は捨てがたく、本当に気に入った本は可能な限り「本」で揃えたいと考えがちな KiKi。  装丁が美しい本にはついつい引き寄せられがちな KiKi。  そんな KiKi にとって「ルリユール」の仕事は収入の多寡は知らないけれど、本当に素敵な職業だと感じられます。

さて、そんな「ルリユール」と題されたこの作品。  ルリユールの技に関しては期待していたほどには描写されていなかったのですが、物語全体に流れる穏やかな時間とどこか鄙びた風景、そして登場する人たちのちょっと切ない人生にホロリとさせられる作品だったと思います。

 

図書館から借り出してきた本の中で久々の KiKi にとってのヒット作、ついにここで完結です。  たまたま今日は読了本が2冊もあるうえに、「ハウル」の Review も書いていないという焦りもありで、本日の Review は短め(一般的には十分長い??)です。

天山の巫女ソニン 5. 大地の翼
著:菅野雪虫 講談社

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落ちこぼれの巫女と言いわたされ、すべてを失ったところから始まった少女の物語―。  里におりたソニンは、三つの国を知り、そこに生きる人々と交わり、悩み・悲しみ・希望・喜びを実感しながらひとりの人間として豊かな人生を歩む道を見出してゆく。  感動の最終巻。  (単行本扉より転載)

ここに至るまで KiKi のこのシリーズへの評価はかなり高かったんだけど、残念ながら最終巻は若干「肩透かしを食らった」ような印象でした。  相変わらず社会に存在する様々な矛盾に対する著者の視座で描かれた物語の大筋は評価できるんだけど、最後がちょっとねぇ・・・・。  何ていうか、イェラ王女の取った最後の行動がソニン及び沙維国に都合が良すぎやしないかなぁ・・・・と。  

不毛で終わりの見えない戦にピリオドを打つため・・・・という真っ当な理由があるのはわかるし、ここまでの巻で描かれてきた父王とのピリピリした関係からして王の決意を翻させるための劇薬みたいな処方箋なのもわかるけど、敵方に自国の弱点の情報を流すな~んていうのはチト行き過ぎの感が否めません。  普通に考えればこの行為は「売国奴」と言われても仕方のない行為なわけで・・・・。

ただ、これが児童書の限界なのかもしれないなぁ・・・・・とも思うわけです。  もっと異なる事の治め方というのも実際の社会ではあるはずだけど、何せこの物語では登場する国が三国だけだし、周辺諸国がどうなっているのかはさっぱり??だし、そこへもってきて三国入り乱れての戦乱状態に陥っちゃっているわけだから、その状態をひっくり返すためにはそれこそ「まさか?」というような策しか描き様がなかったとも言えるのかも・・・・・。


この本の前に「ハウルの動く城 2. アブダラと空飛ぶ絨毯」を読了しているので、本来ならそちらの Review を先に書くべきところなのですが、せっかく昨日図書館から借り出してきたこのシリーズ。  まずはこちらをやっつけてから「ハウル」の Review を手掛けたいと思っています。  もっともその頃には「ハウル」の感想を覚えていられるかどうかチト不安・・・・ ^^;

天山の巫女ソニン 4. 夢の白鷺
著:菅野雪虫 講談社

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「江南」を大嵐が襲い、人々の暮らしは大きな打撃を受けた。  「沙維」のイウォル王子は災害の援助のために、「巨山」のイェラ王女は密かな企みを胸に、相次いで「江南」に向かう。  「江南」のクワン王子を交えた三人は初めて一堂に会し、ある駆け引きをする。  一方、ソニンはクワン王子の忠実な家臣セオの存在に、なぜか言いようのない胸騒ぎを覚えていた...。  (単行本扉より転載)

三国の次代を担う(だろう)為政者が顔を揃えたことにより、政治的駆け引きの話が物語の中心にどっかと腰を落ち着けた印象の物語でした。  読んでいてこれが児童書であることを忘れさせられそうになること暫し・・・・。  でも為政者の思惑・外交というものの複雑さを難しすぎない言葉で語っているあたり、やはり凄い物語だと感じます。  例えて言うなら「池上彰解説風ファンタジー」とでも言いましょうか・・・・(笑)

今回の物語の中で語られる

「食料を握られるという事は、命を握られることになる。」 

というテーゼはTPP問題に直面している現代とも直結し、そこに著者の社会的視座の片鱗を見たように思いました。  特にそれを感じたのは表紙の絵にもあり、物語の中でも一幅の絵のような描写で描かれる棚田の美しい風景です。  人物名のつけ方、物語の舞台となる三国の関係から朝鮮半島を連想させるこの物語。  どこの国(エリア)を舞台にしているにしろ、これは決して狩猟系民族や騎馬民族のものではありえず、農耕系民族の物語だなぁと感じさせられます。  そうであるだけに、私たち日本人にはどこか懐かしさを覚えさせる物語になっているうえに、ここで語られる多くの社会問題にどこか現代日本社会に重なるものを感じるのは KiKi だけではないのではないかしら。

第一巻の「黄金の燕」はいかにもファンタジーというスタートの物語群だったけど、途中からこの物語はいわば普遍的に人間社会に発生し続けている多くの社会問題を扱う物語に変貌しているように感じます。


思っていたよりも速く「天山の巫女ソニン」を読了してしまったので、一緒に図書館から借りてきたこちらも読み始めてみたのですが、これまたあっという間に読了してしまいました。  本日の KiKi の読了本は2冊です。

都会のトム&ソーヤ 1.
著:はやみねかおる  YA! Entertainment

51B3XZQ3FSL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

クラスメイトの創也の秘密を、偶然知ったぼく、内人。  その日から、塾通いに追われる退屈な生活が、がらりとかわった。  創也といると、冒険がむこうからやってくるんだ。  ― 中学生コンビが活躍する、はやみねかおるの新シリーズ。  (Amazon 内容紹介より転載)

都会のトム&ソーヤ 2. 乱!Run! ラン!
著:はやみねかおる  YA! Entertainment

51K76C7T7BL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

廃ビルの砦にこもって、究極のゲーム作りをめざす創也は、ライバルの天才ゲーム作家に会うため、手がかりを追ってデパートへ。  しかし、そこで待っていたものは...。  サバイバルの天才、内人を相棒に、都会の中で、新たな冒険がはじまる。  (Amazon 内容紹介より転載)

いや~、これは Review の書き難い本ですねぇ。  あっという間にさらさらっと読めちゃうんだけど、KiKi にとってはただそれだけ・・・と言うか、何も残らないと言うか・・・・。  まあ、KiKi 自身が♀故にこの物語の主人公たちの年代の男の子の気持ちというやつが今一つピンとこないというのもあるとは思うんですけど、それより何より、あたかもTVでバラエティ番組を観ているのと同じで、一時の笑いはあるもののただそれだけ・・・・っていう感じ。

決してつまらなかったとか読んでいて苦痛だったというわけでもないんですけど、例えて言うなら美容院で順番を待たされている間とかパーマをかけて美容師さんに「このまましばらくお待ちください」な~んていう風に言われてひっくりかえした鉢みたいなものに頭を突っ込んだ状態で手持無沙汰な時なんかに読むにはピッタリの本だなぁ・・・・と。  要はヒマつぶしっていうヤツです。

おばあちゃんの知恵を応用しての実践に子供らしからぬ機転と臨機応変さを見せる内人君に感心することはたびたびあるものの、じゃあそこにリアリティがあるかと言えばそうでもないし、知能は高そうだけどどこか抜けているところのある創也君の人物造形も嘘っぽい。  要は肝心なメインキャラの2人のどこにも共感することがないうえに、周辺人物にもさして魅力を感じないので、読んでいてふと立ち止まって考える・・・・というようなことが皆無なんですよね~。

読書を知識を得るためのものとは考えない KiKi だけど、ここまで何もないと読み方自体がどんどんうわっ滑りになっていって、一時の笑い(それは会話のおかしさだったり命名のウィットだったり)はあっても、ホント、何も残らないんですよね~。  1つだけ思ったのは、何かの病気か怪我で入院中(但し、さほど深刻ではないけれど、一泊二日で帰宅できるほど簡単でもない)に、どこか落ち込みがちな気分を盛り上げるためにはいい本かなぁ・・・・と。  冊数も多いようだし・・・・・(笑)

いずれにしろ、この続きはよほどのことがない限り(それこそ入院とか 笑)、KiKi は図書館から借り出してきて読むことはないだろうなぁ。  でも、こういうお話にさして面白さを感じないというのは、世の中の流れからそれだけ遅れを取り始めている証左なのかもしれません(苦笑)  

久々にお気に入りのファンタジーを見つけちゃった気分。  昨日に引き続き「天山の巫女ソニン」の第3作目です。

天山の巫女ソニン 3. 朱烏の星
著:菅野雪虫 講談社

415++F+4WhL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

イウォル王子と共に「巨山」へと向かうソニン。  国境付近で捕らえられた「森の民」を救うためだった。  一方、自分の将来を考え始めている親友ミンや、兄王の傍らで着実に仕事をこなすイウォル王子を見ているとソニンは自分が取り残されていくように思えてしまう。  やがてソニンはこの北の国で孤独で賢明な王女イェラに出会う...。  (単行本扉より転載)

昨日の Review では書き忘れたことなのですが、この物語は巨山(コザン)、沙維(サイ)、江南(カンナム)の三国が並び立つ半島を舞台の歴史物風ファンタジーです。  そして第1作では落ちこぼれ巫女のヒロイン、ソニンが天山と呼ばれる修行の地から「才能なし」ということで里に返され、その後王宮の第七王子付きの侍女となり、沙維(サイ)国内の事件に巻き込まれるお話でした。  第2作はその王子の遊学に付き添ったソニンが江南国のゴタゴタに巻き込まれるお話で、この第3作は残る1つの国、巨山国でのゴタゴタに巻き込まれちゃうお話です。

基本は巻き込まれ系ヒロインのソニンなんですが、その一つ一つの巻き込まれた事件で最善を尽くして乗り切っていく姿に清々しさを感じると共に、ソニンのみならず彼女が仕える第七王子(イウォル)の成長していく姿に齢50を超えた KiKi は微笑ましさみたいなものを感じながら読み進めています。

この物語が素晴らしいと感じるのは、主に脇役、時に主役に語らせている著者の人間観察の言葉が子供向けとは思えないほど深く鋭いこと、そして為政者の考え方と庶民の考え方の違いをはじめとする人間社会が必然的に抱える矛盾を難しくなり過ぎない言葉でさらりと描いていることです。  ことにこの第三巻では歴史が為政者によっていかに描き変えられるのかとか、ある1つの事件を解決しようとした際に立場が異なれば、異なる解決方法をとろうとするし、そこにあるのは単純な善悪ではないということがしっかりと描かれていると感じました。

本作で初出の巨山の王女、イェラが実に魅力的です。  彼女が物語の最後で吐くモノローグ

消えた星、見えない声、いなかったことにされる人々。  そういったものをわたしは忘れない。  でも、それらを見知ったうえで、わたしは行くべき自分の道をゆく。  泣くまい。  決して泣き言は言うまい。  誰のせいにもできない道を、自分から選んだのだから、それが楽なわけはない――。

が、強く印象に残ります。

昨日のエントリーで「めっきりペースダウンした読書」と書いたばかりなのですが、昨日は何故か読書が捗り(あまりの酷暑で他のことを一切する気がおきなかったとも言える・・・ ^^;)、図書館から借り出してきた本を2冊、一気に読了してしまいました。  ま、てなわけで、本日のエントリーは2冊まとめての Review となります。

天山の巫女ソニン 1.黄金の燕
著:菅野雪虫 講談社

51E59360B7L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

生後まもなく、巫女に見こまれた天山につれていかれたソニンは、十二年間の修行の後、素質がないと里に帰される。  家族との温かい生活に戻ったのもつかのま、今度は思いがけない役割をになってお城に召されるが...。  三つの国を舞台に、運命に翻弄されつつも明るく誠実に生きる、落ちこぼれの巫女ソニンの物語、第一部。  新しいファンタジーの誕生!  (単行本扉より転載)

天山の巫女ソニン 2.海の孔雀
著:菅野雪虫 講談社

51LqK1m61VL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

隣国「江南」のクワン王子に招かれた「沙維」のイウォル王子とソニンは、豪華な王宮や南国の華やかさに目を見張る一方で、庶民の暮らしぶりがあまり豊かでないことに疑問を持つ。  対照的な二人の王子の間で戸惑いながらも、真実を見失わずに自らの役目を果たそうとする、落ちこぼれの巫女ソニンの物語、第二巻。  三つの国の新たな歴史が動き始める!  (単行本扉より転載)

図書館で KiKi が真っ先に訪れるのは「児童書」のコーナーです。  カラフルな本が多い中、このシリーズが目を引いたのは白地に銀色の文字というシンプルさがあったように思います。  そして表紙の絵もそのシンプルさを後押しするかのように水墨画を思わせるモノトーン。  図柄はアジアン・テイストとなかなかに魅力的なものがありました。  とは言え本の場合大切なのは中身です。  最低限の情報を得ようと表紙を開いてみると、扉部分にある解説に KiKi を食いつかせるに足るキーワードがありました。

巫女  三つの国  落ちこぼれ  新しいファンタジー

この中で KiKi の関心を最も引いたのが「落ちこぼれ」です。  と言うのも KiKi はここLothlórien_Blog を開設する前、「落ちこぼれ会計人の独り言」、「落ちこぼれ会計人の Music Diary」、「落ちこぼれ会計人の本棚」という3つの Blog を運営しており、長らく「落ちこぼれ会計人」というハンドルネームを使っていたからです。  で、「落ちこぼれ」という文字を見た瞬間にこの物語の主人公ソニンのことがもはや他人とは思えず、ついつい借り出すことにしてしまったという訳です。

このシリーズは全5巻、外伝を含めると7巻が発刊されているようで、図書館でも本編5巻が並んで書棚に鎮座していました。  思い切って5巻まとめて借り出そうか?と思いつつも、万が一つまらなかった時のことを考え、とりあえず3巻を、貸出上限5冊のうち残り2巻は「都会のトム&ソーヤ」(こちらは評判がいいというただそれだけの理由で)を借りてきました。

さて、読み始めてみるとこれが期待以上に面白い。  そもそもソニンが修行していた天山の巫女の数が12人と聞けば何気に「十二国記」を思い出すし、ソニンが仕えることになった沙維の国の王子が7人で、謀略により燕になっちゃうあたりでは何気にアンデルセンの「白鳥の王子」を思い出すしとそこかしこにデ・ジャ・ヴ感を漂わせながらもオリジナリティがあるのが読んでいて楽しかったです。

わかりやすい勧善懲悪な物語・・・・・となりそうなところを、ベースは勧善懲悪なんだけど、脇役たちもそれぞれの立場から善いことも悪いこともするあたりが結構気に入りました。  と同時にソニンのお父さんの言葉や悪役のレンヒ(彼女も実は落ちこぼれ天山巫女だった)の言葉がなかなかに深くて、唸らされます。 

7月に入ってからめっきりペースダウンした読書。  久々に開催した「トールキン祭り」も長年の積読本「シルマリル」を通読・読了したことで何だか安心してしまい、今回のお祭りの最後を飾るはずだった「農夫ジャイルズ」を棚置きしてそっちのけ状態です(苦笑)  ま、これには先日久々に上京した際に友人のMさんからプレゼントされた何冊かの本の影響と、ダーリンのお付き合いで通っている図書館から借り出した本のせいもあるんですけどね。  ま、いずれにしろ本日の KiKi の読了本はこちらです。

ハウルの動く城 1. 魔法使いハウルと火の悪魔
著:DWジョーンズ 訳: 西村 醇子  徳間文庫

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魔法が本当に存在する国で暮らす18歳のソフィーは、「荒地の魔女」に呪いをかけられ、老婆に変身してしまった。  家を出て、悪名高い魔法使いハウルの動く城に、掃除婦として住み込んだソフィーは、暖炉に住む火の悪魔と仲よくなる。  やがて、ハウルもまた「荒地の魔女」に追われていると知ったソフィーは...?   英国のファンタジーの女王ダイアナ・ウィン・ジョーンズの代表作。  スタジオジブリのアニメーション映画「ハウルの動く城」原作。  (Amazon 内容紹介より転載)

「ハウルの動く城」と聞けばジブリアニメを思い出す人が多いと思います。  実際、KiKi もDWジョーンズのファンタジー作品という印象よりはジブリアニメという印象の方が強いのが正直なところです。  「印象が強い」と言っても、KiKi 自身はそのアニメを観たことがないので、どんな作品なのかさっぱりわからないんですけどね ^^;  ま、いずれにしろ宮崎さんが映画の題材にしたお話なので、それなりの期待感は持ってこの本を手に取ってみました。  幸いなことにとあるお友達からプレゼントされたというきっかけがあったからこそ・・・・ではあるんですけどね。

読了してみて感じたのは「現代的な王道英国ファンタジー」っていうところでしょうか。  有能な魔法使いというわりにはどこかだらしなく、どこかハチャメチャなハウルと彼に協力している火の悪魔・カルシファー、そして長女コンプレックスに悩み続けるソフィーがいい味を出しています。  対して彼らが対抗することになる「荒地の魔女」はどこか小粒感が漂っています。

「指輪」のサウロンと言い、「ハリーポッター」のヴォルテモートと言い、存在そのものが放つ邪悪さのオーラという点ではかなり迫力満点なのに対し、本作の「荒地の魔女」の方はその邪悪さが噂話の域をあまり出ていないように感じます。  そして彼女が目に見える形でしでかした「悪さ」というやつが、せいぜいがソフィーをお婆さんに変身させちゃったとか、ハウルの心臓を手に入れるための呪いをかけたという程度(人の心臓を手に入れるというのは結構邪悪ではあるけれど)で、その目的もはっきりしていないので得体の知れない恐ろしさみたいなものもさほど感じさせません。

だから、物語の後半でその「荒地の魔女」とハウルの戦いが起こっても、それがこの世にある全生命に対する脅威というよりは、「個人の事情による喧嘩の激しいヤツ」という印象で切迫感には欠けているように感じました。  とは言うものの、呪いをかけられた当人にとってはこれは一大事なわけで、そういう意味での緊迫感・切実感はあるので冗長さのようなものは感じられません。  そして物語前半では「なぜ?」が語られていないので、後半でその謎解きが一挙に表出するというタイプの物語構成になっています。

こういう場合、その前半部分が「何が何やらわからないのでつまらない」となりがちなところを救っているのが、その動く城内で交わされる会話の面白さで、登場キャラクターたちのハチャメチャぶりが面白さのツボをほどよくくすぐって先を読まされちゃった・・・・・そんな印象でした。


ついに「コロボックル・シリーズ」も最後の1冊となってしまいました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

小さな人のむかしの話
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

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せいたかさんがツムジのじいさまから聞いたコロボックルたちのむかしの話を、古いと思われる順にならべ、神話風のふしぎな話や民話のようなエピソード、また人物伝など、さまざまな形で再現。  「コロボックル物語」完結後に、別巻として書かれた作品。  (Amazon 内容紹介より転載)

こちらの作品はコロボックル物語シリーズの本編ではない、所謂、外伝です。  尚且つ、ツムじぃが集めて年代別に組み直し、更には覚書まで添えた物(この覚書がなかなか気が利いています 笑)をせいたかさん経由で入手した著者が、私たち人間が読んでも面白いと思えるだろうものを厳選した1冊なのだそうです。  そうであるだけに、そこかしこに「日本昔話」的な空気が漂っています。  KiKi なんぞは読んでいる後ろで ♪ 坊や~、良い子だ、ねんねしな ♪ と「マンガ日本昔話」のテーマソングが聞こえちゃう気分がしたぐらいです。

コロボックルの祖先、「スクナヒコサマ」の話は古事記の記述にある程度沿っているようで、それでもやはりオリジナリティというべきか、コロボックル目線の話にお化粧直しされていたり、桃太郎や一寸法師、さらには赤穂浪士を彷彿とさせる物語があったり、左甚五郎(しかもどうやらホンモノの左甚五郎らしい 驚!)な~んていう登場人物が出てきたりと、バラエティに富んでいます。  この物語を読むと、古来日本人が「人ではないもの」とどんな風に関わってきたのか、その精神性を伺わせるような気がして、実に楽しく読むことができました。


今日も小さな人の物語を読み進めました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

コロボックル童話集
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

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コロボックルの子ども、トコちゃんを主人公とする『コロボックル空をとぶ』『トコちゃんばったにのる』などトコちゃんシリーズをはじめ、『だれも知らない小さな国』執筆以来、著者が心にあたため続け折々に発表してきた、コロボックルと人間との友情を描いた短編10話を収録。  (講談社HPより転載)

この本を読んでいて一番の収穫(?)は登場するコロボックルの名前に KiKi の昔からの愛称とさらにはキキという名のコロボックルが登場したことでした。  昨日書いたばかりの第5作の Reviewで

「ひょっとしたら私の住む地域にもコロボックルでもチィサコ族でもない又別の種類の小さな人が住んでいるのかもしれない」という希望(?)をも抱かせます。  そうなってくると、KiKi の所に「小さな人」が姿を現す可能性だって否定できません。

な~んていう感想を述べたばかりだけど、ひょっとしたらKiKi の所に「小さな人」が姿を現すのではなく、KiKi 自身が実はコロボックルなのかもしれないというような妄想を抱かせるには十分でした(笑)。

さて、この本には短編10話が収録されているのですが、その中の最後の2つ、「百万人にひとり」は第4巻の「ふしぎな目をした男の子」の、「へんな子」は第5巻の「小さな国のつづきの話」の元になったお話でした。  そう思って読むと、作家という人種がお話のタネみたいなものを小編として書きため、そんなお話のタネの中で何等かのインスピレーションを呼び起こすもの、作者が訴えたい何かにつながる萌芽を感じられるものを使って長編を書き起こすというプロセスが透けて見えるような気がして、面白かったです。

   

本来なら「トールキン祭り」開催真っ只中なので、「農夫ジャイルズの冒険」に行かなくちゃいけないところだったんだけど、たまたまちょっとしたきっかけでこちらを含む「コロボックルシリーズ全作」を入手しちゃったので、そちらを先に読了してしまうことにしました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

小さな国のつづきの話
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

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図書館につとめる杉岡正子が、コロボックルの娘、ツクシンボとトモダチになった。  ツクシンボは、コロボックル通信社の優秀な通信員で、元気な「かわった子」。  正子も、ふしぎな雰囲気のある「ヘンな子」。  2人の登場でコロボックルと人間の世界は広がっていく。  多くの人に愛読される「コロボックル物語」の完結編!  (講談社HPより転載)

地元図書館には収蔵されておらず、読むことを諦めかけていたこの「小さな国のつづきの話」。  たまたま今回の上京の際にちょっとしたご縁があって「コロボックルシリーズ全作」を入手することができました。  このシリーズに関しては自分で購入するかどうか、その結論をちょっと保留にしてあったのでこのご縁に万々歳です。  

因みにこのシリーズの他作品の既読レビューはこちら(↓)です。

1. だれも知らない小さな国
2. 豆つぶほどの小さないぬ
3. 星からおちた小さな人
4. ふしぎな目をした男の子

つまりこの作品は第5作目、シリーズものとしては最終作と位置付けられているようです。  そしてこれ以外に別巻扱いで2冊、「コロボックル童話集」と「小さな人のむかしの話」があります。  で、そのちょっとしたご縁ではその別巻扱いを含めて全7作品をゲットすることができたので、ようやく全作品を読むことができるようになったっていうわけです。  いや~、めでたい!!!  譲ってくれたMさん、本当にありがとう!!

さて、この作品ですが、これまでの第1作~第4作とはちょっと風味の違う物語になっていました。  もちろんコロボックルは登場するんだけど、最初の何ページかはこの物語の主人公、ちょっと「ヘンな子」の杉岡正子さんのご紹介に費やされています。  それもその子が「いかにヘンな子」なのかが細かく描写され、「あれ?  これ、ホントにコロボックル物語??」と思わないでもありません。

さらに「まくあい」と題された不思議な章が間にさしこまれ、そこには作者が登場しちゃったりします。  で、恐らく作者が多くの読者から寄せられた質問に答えるようなお話が語られます。 

挙句、その主人公杉岡正子さんは図書館勤めの女性なんだけど、その彼女の勤める図書館にはちょうど KiKi が Review を既に書き終えている4作が置かれていて、杉岡正子さんはその図書館本により「コロボックル」を知るに至ります。  ・・・・・と、こう読んでくると、同じように図書館本で過去作を読んでいた KiKi にとって杉岡正子さんは、もはや他人とは思えなくなってきます(笑)。


本日も「トールキン祭り 絵本の部」です。

ブリスさん
著 & 絵:J.R.R.トールキン 訳:田中明子  評論社

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車を買ったブリスさん。  目のさめるような黄色い車体に、まっ赤な車輪。  友人のドーキンズ兄弟をたずねておどろかせてやろうと、いさんで発車オーライ。  ところが、ところが―。  トールキン自筆の、しゃれたセンスあふれる楽しいイラストと、味わい深い筆蹟を収めた、ユーモアおはなし絵本。  (Amazon 内容紹介より転載)

この絵本の何よりもの魅力はやはりトールキン先生直筆の絵と筆跡が堪能できることではないでしょうか?  同じような楽しみ方ができるもう1つの絵本(?)に「サンタ・クロースからの手紙」があるけれど、あちらの文字はどちらかというと「飾り文字風」なのに対し、こちらの文字は恐らくトールキン先生の「普段使いの文字」なんだろうと思います。  

多くの外人さんの文字は KiKi なんかにしてみると「悪筆」とでも呼びたいような読みにくい文字が珍しくないのに対し、トールキン先生の文字は若干の癖はあるものの活字風でとても読みやすいと思います。  そして、この本では見開きの左ページに和訳が、右ページにトールキン先生の手による絵と英文字という作りになっていて、絵や文字が堪能できるのみならず、ついでに英語の勉強(?)までできちゃうのが嬉しいところです。  

お話はイギリス人ならではの日本人とはちょっと違うユーモア感覚(しかもどことなく偏屈で皮肉っぽい)に溢れたドタバタコメディといった趣で、読者によって好き嫌いがはっきりわかれちゃうような気もするけれど、ページ番号まで自筆で振られたこんな手作り感満載の絵本をプレゼントされたトールキン家の三兄弟が羨ましい限りです。

ようやく、このエントリーではブランクだった「仔犬のローヴァーの冒険」の Review を書き終えたので、2014年6月の読書のまとめを再録しておきたいと思います。

2014年6月の読書メーター
読んだ本の数:13冊
読んだページ数:4069ページ
ナイス数:38ナイス

仔犬のローヴァーの冒険仔犬のローヴァーの冒険感想
この物語が書かれたきっかけが、お気に入りのおもちゃをなくしてしまった自分の息子をなぐさめるため・・・・という極めて私的で尚且つ愛情にあふれたものであることを反映し、冒険ものとはいうものの、ハラハラドキドキというよりホンワカホッコリという暖かい空気感にあふれた物語だったと思います。  モチーフとなっているエピソードの1つ1つは後の「ホビットの冒険」に通じるところもあるのですが、どちらかというと「北欧神話」や、イギリスの典型的な言葉遊びの「マザー・グース」をかなり意識したものになっていると感じました。
読了日:6月28日 著者:


サー・ガウェインと緑の騎士―トールキンのアーサー王物語サー・ガウェインと緑の騎士―トールキンのアーサー王物語感想
この本に収録されている3作品を読了してみた今、彼が創造した創造主、精霊、エルフ、人間というトールキン神話の世界にはギリシャ神話から中世の叙事詩・英雄譚、さらにはキリスト教の教義といった余りにも多くのものがその精神性という意味では混在しているということが再認識できたように思います。  様々な言語で書かれたこういう物語に通じる「神の言葉」、「精霊の言葉」が必要だったが故に生まれたのがクゥエンヤ語やシンダール語だったような気がしています。
読了日:6月27日 著者:J.R.R.トールキン

星をのんだかじや (てのり文庫)星をのんだかじや (てのり文庫)感想
何も考えず図書館から借り出し読了しちゃったけど、帰宅して自宅の「トールキン本 本棚」を眺めてみたら長らく積読状態の「トールキン小品集」(現在は本のタイトルが「農夫ジャイルズの冒険」に変わっているらしい)に収録されていることが判明。  感想・Review は近日中にそちらの本で。
読了日:6月27日 著者:J.R.R.トールキン

新版 シルマリルの物語新版 シルマリルの物語感想
ヨーロッパに古くから伝わる数多くの伝承から色々な素材を集めてきて再構築した物語であることは明白なのですが、それを似て非なる物、トールキン・オリジナルと呼ぶに相応しい物語にまで構築したのはやはり「言語」とその成り立ち、そしてそれを使う者の歴史というぶれない視点があるところだと感じました。  ところで、「ガンダルフ」たちイスタリがいかにして中つ国に遣わされてきたのか?はこの「シルマリルの物語」ではあまり詳細に語られていません。(それは別の本) トールキン神話の道のりはやっぱりまだまだ遠かった・・・・・ ^^;
読了日:6月26日 著者:J.R.R.トールキン


J.R.R.トールキン―或る伝記J.R.R.トールキン―或る伝記感想
KiKi にとって何よりも驚きだったのは、あの一連の作品の中で使われていたクゥエンヤ語やシンダール語と言った私製言語を言語学者となった後で作り始めたのかと思いきや、それよりもはるか昔、まだ少年期と言ってもいいような時代から作り始め、それを所謂ライフワークの如く老年に至るまで創成・ブラッシュアップし続けたという事実です。  しかもこの伝記の著者によれば、その作業はトールキン先生にしてみると「作り出している」というよりは「見つけ出す」作業だと本気で思っていたらしいという点がかなりの驚きでした。
読了日:6月20日 著者:ハンフリーカーペンター


ふしぎな目をした男の子―コロボックル物語 4 (講談社青い鳥文庫 18-4)ふしぎな目をした男の子―コロボックル物語 4 (講談社青い鳥文庫 18-4)感想
自然界の不思議に「神」を見てきた日本人。  そんな「神族」の1人である「スクナヒコサマ」はコロボックルの御先祖様なのだそうです。  第1作から出てきたこのお話が見事にここで帰結したように感じます。 最後に、ヒロシのお爺さんがヒロシとタケルを連れて、水場の水の神様にお供え物をあげに行くシーンが描かれます。  コロボックルにも人間にも世代を超えて受け継ぐべきものがある。  そして人間がそれを忘れなかった時、いろいろなことのつりあいが保たれ、水場の環境は再生し物語は幕となりました。 良書だと思います。
読了日:6月13日 著者:佐藤さとる


ひみつの海(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ひみつの海(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
この「ランサム・サーガ」の魅力の底にあるのは人類が長い年月をかけて一つ一つ積み重ねてきた発見や発明・工夫(しかもそれが多岐に渡る)をスケールが小さいながらも、子供達が子供たちの力だけで成し遂げていく、その過程にあるような気がしてきました。  この物語に出てくる子供たちの遊びは常に「必要最小限のモノしか与えられない中で、後は自分たちの創意工夫にすべてかかっている」というタイプの遊びだなぁ・・・・ということに感無量。  「真っ当で力強い生きる力」はこういう遊びの中からこそ身につくものなのかもしれません。
読了日:6月11日 著者:アーサー・ランサム


ひみつの海(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ひみつの海(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
前作であんな大事件があったにも関わらず、子供達は相変わらず冒険心満々だし、ウォーカー父さん & 母さんも全然堪えた様子もなく、次の冒険に子供達を送り出します。  しかもこれまでは「小さすぎる」という理由でいつも置いてけぼりだった末娘「船の赤ちゃん、ブリジット」まで引き連れての探検旅行です。  しかも子供達だけでの探検旅行の名目(?)が「島流し」とはやっぱり太っ腹さ加減(+ ユーモア・センス)が半端なもんじゃありません。  しかも今回の探索行の最大目的が地図作り。  その手法があの伊能忠敬さんと同じ!
読了日:6月11日 著者:アーサー・ランサム


海へ出るつもりじゃなかった(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)海へ出るつもりじゃなかった(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
ずっとジョン & スーザンと一緒に緊張し続けていた読者の KiKi もこのウォーカー父さんのセリフでほっと一安心。  そしてさらに安堵感から思わずため息がでちゃうのが、夜の北海大航海では大人顔負けだった子供たちが、ウォーカー父さんの登場と同時に歳相応にお父さんに甘えている姿です。  とは言っても長兄のジョンだけは帰国して出帆した港に帰り着くまではあくまでも「ゴブリン号の船長」(お父さんは船客)として背筋がピンとしているあたりは、いわゆる「甘ったれ」とは一線を画しているのですが・・・・・
読了日:6月10日 著者:アーサー・ランサム


海へ出るつもりじゃなかった(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)海へ出るつもりじゃなかった(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
「濃霧」、「暴風雨」、「母との約束」、「大人不在」、「他人の持ち物」、「まだまだ幼い妹と弟」という様々な悪条件の中、孤軍奮闘する長男ジョンの姿が痛々しくもあり、頼もしくもあります。  ここまでの作品での「安心感の権化」みたいな存在だったスーザンが大混乱をきたすことによる不安感がさらに緊迫度に拍車をかけます。  ジョンとスーザンが、現実の状況とお母さんとした約束の間で引き裂かれそうになり、次に何をするべきかで言い合いとなるシーンは圧巻です。
読了日:6月10日 著者:アーサー・ランサム

ツバメ号の伝書バト(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメ号の伝書バト(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
相変わらず大人顔負けの子供たちは、見つけた鉱石を自力で砕石・選別をし、次には炭を焼く炭焼釜を手作りし、さらには溶鉱炉まで作り上げます。  いや~本当に逞しい!!  さて、この「高原での金鉱探し」がスリル満点の物語になっているのに一役買っているのが子供たちが「つぶれソフト」と呼んでいる見知らぬ大人の存在です。  「ごっこ遊びの達人達」はこの「つぶれソフト」を自分たちの金鉱を狙う横取り屋と位置付けて、その姿が遠目に、時に近くで見える度に様々な物語を作ってくれちゃいます。  
読了日:6月8日 著者:アーサー・ランサム


ツバメ号の伝書バト(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメ号の伝書バト(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
子供達が自立したキャンプ生活を勝ち取るために何よりもポイントになったのが今作の舞台背景にある「水枯れ問題」でした。  飲んだり食べたり、洗い物をしたり、水浴びしたりするのに必須な水が得られない限りは井戸のそばからは離れられないという制約がありました。  そこででてきた水脈占いにまつわるお話が特に素晴らしい。  子供達一人一人の心情が丁寧に描かれているうえに、この経験が彼らを又少し成長させているのが嬉しい上巻です。 
読了日:6月5日 著者:アーサー・ランサム

オオバンクラブ物語(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)オオバンクラブ物語(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
「長い冬休み」では、ツバメ号 & アマゾン号のクルーたちに押されっぱなし、どちらかというとお荷物的なポジションにいて、どこか「都会っ子」の匂いが強かったD姉弟が少しずつ少しずつワイルド系(と言ってもそんなに激しいものではない)に変貌していく姿は見ていて(読んでいて・・・・と言うべきか?)実に頼もしいものでした。  と、同時にここから先はこの3家の兄妹たちの物語をぞんぶんに楽しめることが確信できたのが何よりもの収穫でした。
読了日:6月2日 著者:アーサー・ランサム

読書メーター

久々開催の「トールキン祭り」の次の1冊は絵本です。  本日のKiKi の読了本はこちらです。

ビルボの別れの歌
著:J.R.R.トールキン 訳:脇明子 絵:P.ベインズ  岩波書店

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魔法使いのガンダルフとともに冒険の旅を果たしたホビット小人族のビルボも中つ国を去る最後の旅立ちの時をむかえます。  彼の脳裏をかすめる思い出の数々を美しい絵でたどる、作者生誕100年記念出版。  (Amazon 内容紹介より転載)

まずは装丁の緑がいいですね~。  KiKi にとってエルフのイメージ・カラーは緑。  「ロスロリアン」といい「闇の森」といい森の中で暮らす種族というイメージが強いし、この「ビルボの別れの歌」の段階ではエルフ最盛期の終焉を迎え、中つ国を去ろうというのですから、生命力にあふれた新緑の色ではなく、やっぱりこの本のような深い緑色こそ相応しいでしょう。

さて、この絵本の絵を描いたのはP.ベインズさん。  あのトールキン先生の大親友のC.S.ルイスの「ナルニア」の挿し絵でも有名です。  さらにさらに、この後読み進む予定の「トールキン小品集(最近の本では「農夫ジャイルズの冒険」)」の挿し絵もこのベインズさん。  昨今の漫画チックな挿し絵とは一味もふた味も違う、どこかクラシックでどこか幻想的で、写実的ではあってもどこかコケティッシュな絵が魅力的です。

この絵本の構成としては各見開きページの上段には「指輪物語」の最後の部分、指輪所持者たちが馬で西に向かい、灰色港から旅立っていくそのプロセスが描かれ、下段には「ホビットの冒険」の様々なシーンが描かれています。  絵本の絵を見ながら、読み慣れた「ホビットの冒険」のワンシーン・ワンシーンを思い出し、ビルボと一緒に思い出に耽ることができる時間は何とも言えない贅沢なものに感じられました。


先週の日曜日のロングドライブとその後の老人ホーム訪問ですっかり体調を崩し、この1週間はネットにアクセスする元気もありませんでした。  KiKi にとってほぼ持病となっている強い吐き気を伴う眩暈にも襲われ、活字を読む元気もありませんでした。  まだまだ本調子とまではいかないけれど、今日はだいぶ気分がいいので、ここまでずっと放置状態だった読了本を Review しておきたいと思います。

仔犬のローヴァーの冒険
著:J.R.R.トールキン 訳:山本史郎  原書房

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4歳のマイケルが海岸で、お気に入りのおもちゃをなくしてしまった。  それは鉛でできた犬のおもちゃで、マイケルは海岸で遊ぶ時でさえ、手放したがらないほど気に入っていたものだった。  マイケルをなぐさめ、気を紛らわすため、父親のトールキンは即興で物語を考えた。  それはローヴァーという本物の犬が、魔法によっておもちゃの犬に変えられ、この悪さをした魔法使いを探し求めながら、様々の奇想天外な冒険をした後に、ふたたび本物の犬にもどるという物語だった。  恐ろしい竜、賢い老鯨、海の王者、月の男などが登場するこの魅力的な物語は、トールキン一家のとびきりのお気に入りとなった・・・・。

執筆されてから70年、作者トールキン自身による挿絵とともに、このファンタジー作品がついに発表された。  冗談や言葉遊びがいっぱいで、スリルやユーモアにあふれるこの物語には、無数にいるトールキンファンだけでなく、面白い物語が好きという人なら、きっと満足するに違いない。  (単行本扉より転載)

この物語が書かれたきっかけが、お気に入りのおもちゃをなくしてしまった自分の息子をなぐさめるため・・・・という極めて私的で尚且つ愛情にあふれたものであることを反映し、冒険ものとはいうものの、ハラハラドキドキというよりホンワカホッコリという暖かい空気感にあふれた物語だったと思います。  

モチーフとなっているエピソードの1つ1つは後の「ホビットの冒険」や「指輪物語」に通じるところもあるのですが、どちらかというと「北欧神話」をメインとする西洋神話群や、イギリスの典型的な言葉遊びの「マザー・グース」をかなり意識した(これは当初の対象読者が自分の子供達だった故)ものになっていると感じました。  もっとも肝心の言葉遊びの方はそこかしこに訳者の山本さんの工夫の跡が見える・・・・というだけで、英語ではどうなっていたのかは今の KiKi には知る術もないのですが・・・・。

先月末最後の日曜日の午前中に急遽ダーリンの息子に呼び出され予定外のロングドライブへ。  この時の疲労から未だに立ち直っていません ^^;  本来なら既に読了している「仔犬のローヴァーの冒険」の Review を書き終えて、以下のまとめにも何らかの情報がアップされている状態で先月の読書を総括したかったのですが、それは疲労回復してから・・・・・ということで。  いずれにしろ、忘れないうちに先月の読書をまとめておきたいと思います。

2014年6月の読書メーター

読んだ本の数:13冊
読んだページ数:4069ページ
ナイス数:38ナイス

仔犬のローヴァーの冒険仔犬のローヴァーの冒険
読了日:6月28日 著者:

サー・ガウェインと緑の騎士―トールキンのアーサー王物語サー・ガウェインと緑の騎士―トールキンのアーサー王物語感想
この本に収録されている3作品を読了してみた今、彼が創造した創造主、精霊、エルフ、人間というトールキン神話の世界にはギリシャ神話から中世の叙事詩・英雄譚、さらにはキリスト教の教義といった余りにも多くのものがその精神性という意味では混在しているということが再認識できたように思います。  様々な言語で書かれたこういう物語に通じる「神の言葉」、「精霊の言葉」が必要だったが故に生まれたのがクゥエンヤ語やシンダール語だったような気がしています。
読了日:6月27日 著者:J.R.R.トールキン

星をのんだかじや (てのり文庫)星をのんだかじや (てのり文庫)感想
何も考えず図書館から借り出し読了しちゃったけど、帰宅して自宅の「トールキン本 本棚」を眺めてみたら長らく積読状態の「トールキン小品集」(現在は本のタイトルが「農夫ジャイルズの冒険」に変わっているらしい)に収録されていることが判明。  感想・Review は近日中にそちらの本で。
読了日:6月27日 著者:J.R.R.トールキン

新版 シルマリルの物語新版 シルマリルの物語感想
ヨーロッパに古くから伝わる数多くの伝承から色々な素材を集めてきて再構築した物語であることは明白なのですが、それを似て非なる物、トールキン・オリジナルと呼ぶに相応しい物語にまで構築したのはやはり「言語」とその成り立ち、そしてそれを使う者の歴史というぶれない視点があるところだと感じました。  ところで、「ガンダルフ」たちイスタリがいかにして中つ国に遣わされてきたのか?はこの「シルマリルの物語」ではあまり詳細に語られていません。(それは別の本) トールキン神話の道のりはやっぱりまだまだ遠かった・・・・・ ^^;
読了日:6月26日 著者:J.R.R.トールキン


J.R.R.トールキン―或る伝記J.R.R.トールキン―或る伝記感想
KiKi にとって何よりも驚きだったのは、あの一連の作品の中で使われていたクゥエンヤ語やシンダール語と言った私製言語を言語学者となった後で作り始めたのかと思いきや、それよりもはるか昔、まだ少年期と言ってもいいような時代から作り始め、それを所謂ライフワークの如く老年に至るまで創成・ブラッシュアップし続けたという事実です。  しかもこの伝記の著者によれば、その作業はトールキン先生にしてみると「作り出している」というよりは「見つけ出す」作業だと本気で思っていたらしいという点がかなりの驚きでした。
読了日:6月20日 著者:ハンフリーカーペンター


ふしぎな目をした男の子―コロボックル物語 4 (講談社青い鳥文庫 18-4)ふしぎな目をした男の子―コロボックル物語 4 (講談社青い鳥文庫 18-4)感想
自然界の不思議に「神」を見てきた日本人。  そんな「神族」の1人である「スクナヒコサマ」はコロボックルの御先祖様なのだそうです。  第1作から出てきたこのお話が見事にここで帰結したように感じます。 最後に、ヒロシのお爺さんがヒロシとタケルを連れて、水場の水の神様にお供え物をあげに行くシーンが描かれます。  コロボックルにも人間にも世代を超えて受け継ぐべきものがある。  そして人間がそれを忘れなかった時、いろいろなことのつりあいが保たれ、水場の環境は再生し物語は幕となりました。 良書だと思います。
読了日:6月13日 著者:佐藤さとる


ひみつの海(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ひみつの海(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
この「ランサム・サーガ」の魅力の底にあるのは人類が長い年月をかけて一つ一つ積み重ねてきた発見や発明・工夫(しかもそれが多岐に渡る)をスケールが小さいながらも、子供達が子供たちの力だけで成し遂げていく、その過程にあるような気がしてきました。  この物語に出てくる子供たちの遊びは常に「必要最小限のモノしか与えられない中で、後は自分たちの創意工夫にすべてかかっている」というタイプの遊びだなぁ・・・・ということに感無量。  「真っ当で力強い生きる力」はこういう遊びの中からこそ身につくものなのかもしれません。
読了日:6月11日 著者:アーサー・ランサム


ひみつの海(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ひみつの海(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
前作であんな大事件があったにも関わらず、子供達は相変わらず冒険心満々だし、ウォーカー父さん & 母さんも全然堪えた様子もなく、次の冒険に子供達を送り出します。  しかもこれまでは「小さすぎる」という理由でいつも置いてけぼりだった末娘「船の赤ちゃん、ブリジット」まで引き連れての探検旅行です。  しかも子供達だけでの探検旅行の名目(?)が「島流し」とはやっぱり太っ腹さ加減(+ ユーモア・センス)が半端なもんじゃありません。  しかも今回の探索行の最大目的が地図作り。  その手法があの伊能忠敬さんと同じ!
読了日:6月11日 著者:アーサー・ランサム


海へ出るつもりじゃなかった(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)海へ出るつもりじゃなかった(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
ずっとジョン & スーザンと一緒に緊張し続けていた読者の KiKi もこのウォーカー父さんのセリフでほっと一安心。  そしてさらに安堵感から思わずため息がでちゃうのが、夜の北海大航海では大人顔負けだった子供たちが、ウォーカー父さんの登場と同時に歳相応にお父さんに甘えている姿です。  とは言っても長兄のジョンだけは帰国して出帆した港に帰り着くまではあくまでも「ゴブリン号の船長」(お父さんは船客)として背筋がピンとしているあたりは、いわゆる「甘ったれ」とは一線を画しているのですが・・・・・
読了日:6月10日 著者:アーサー・ランサム


海へ出るつもりじゃなかった(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)海へ出るつもりじゃなかった(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
「濃霧」、「暴風雨」、「母との約束」、「大人不在」、「他人の持ち物」、「まだまだ幼い妹と弟」という様々な悪条件の中、孤軍奮闘する長男ジョンの姿が痛々しくもあり、頼もしくもあります。  ここまでの作品での「安心感の権化」みたいな存在だったスーザンが大混乱をきたすことによる不安感がさらに緊迫度に拍車をかけます。  ジョンとスーザンが、現実の状況とお母さんとした約束の間で引き裂かれそうになり、次に何をするべきかで言い合いとなるシーンは圧巻です。
読了日:6月10日 著者:アーサー・ランサム

ツバメ号の伝書バト(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメ号の伝書バト(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
相変わらず大人顔負けの子供たちは、見つけた鉱石を自力で砕石・選別をし、次には炭を焼く炭焼釜を手作りし、さらには溶鉱炉まで作り上げます。  いや~本当に逞しい!!  さて、この「高原での金鉱探し」がスリル満点の物語になっているのに一役買っているのが子供たちが「つぶれソフト」と呼んでいる見知らぬ大人の存在です。  「ごっこ遊びの達人達」はこの「つぶれソフト」を自分たちの金鉱を狙う横取り屋と位置付けて、その姿が遠目に、時に近くで見える度に様々な物語を作ってくれちゃいます。  
読了日:6月8日 著者:アーサー・ランサム


ツバメ号の伝書バト(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメ号の伝書バト(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
子供達が自立したキャンプ生活を勝ち取るために何よりもポイントになったのが今作の舞台背景にある「水枯れ問題」でした。  飲んだり食べたり、洗い物をしたり、水浴びしたりするのに必須な水が得られない限りは井戸のそばからは離れられないという制約がありました。  そこででてきた水脈占いにまつわるお話が特に素晴らしい。  子供達一人一人の心情が丁寧に描かれているうえに、この経験が彼らを又少し成長させているのが嬉しい上巻です。 
読了日:6月5日 著者:アーサー・ランサム

オオバンクラブ物語(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)オオバンクラブ物語(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
「長い冬休み」では、ツバメ号 & アマゾン号のクルーたちに押されっぱなし、どちらかというとお荷物的なポジションにいて、どこか「都会っ子」の匂いが強かったD姉弟が少しずつ少しずつワイルド系(と言ってもそんなに激しいものではない)に変貌していく姿は見ていて(読んでいて・・・・と言うべきか?)実に頼もしいものでした。  と、同時にここから先はこの3家の兄妹たちの物語をぞんぶんに楽しめることが確信できたのが何よりもの収穫でした。
読了日:6月2日 著者:アーサー・ランサム

読書メーター

トールキンの伝記を読んで以来、久々の「トールキン祭り」(?)を開催中です。  本日の読了本はこちら。

サー・ガウェインと緑の騎士
著:J.R.R.トールキン 訳:山本史郎  原書房

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「サー・ガウェインと緑の騎士」、「真珠」、「サー・オルフェオ」という、イギリス中世に書かれた3つの物語を、トールキンが解釈した形で現代語訳(英訳)したものを日本語に移した作品集。  (Amazon 内容紹介より転載)

あの伝記の中でも「ホビット」、「指輪物語」、「シルマリル」と同じぐらい特記されていた「サー・ガウェイン」。  そんな作品なのにこれまでなかなかこの本をちゃんと読んでみようという気分にならなかったのは、偏にこれが「日本語訳」だからです。  と言うのも、本業が言語学者であるトールキン先生はいわゆる古英語で書かれたこの作品を現代英語訳をされたわけで、それをさらに極東の言葉に移植したものにどの程度読む価値があるのかなぁ・・・・と懐疑的だったんですよね。

一方で「アーサー王関連」の本は我が日本国にも何種類もあるわけで、敢えてトールキンに拘る必要はないのかなぁ・・・・と。  英文学を学んだ人間が読むとするなら、やっぱりトールキン先生が書かれた「英語版」であるべきなんだろうと思うけど、それに手を出すほどには興味もない。  ま、そんなわけで、長らくこの本は KiKi にとって積読本でした。  (大学時代に斜め読みしたことはあったけど ^^;)

そんな本を今回読んでみる気になったのは「J.R.R.トールキン 或る伝記」を読み、トールキン先生の言語学者としての生涯に感銘を受けたからにほかなりません。  あの伝記読了以来、人知れず「久々のトールキン祭り」を開催中の KiKi です。


先日「J.R.R.トールキン 或る伝記」を読了した流れで、これまでどうしても通読という形では読了できていなかったこの大作に手を出してみました。

シルマリルの物語
著:J.R.R.トールキン 訳:田中明子  評論社

51ZYS2Y3B6L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

唯一なる神「エル」の天地創造、大宝玉「シルマリル」をめぐる争い、不死のエルフ族と有限の命を持つ人間の創世記のドラマ。  「指輪物語」に先立つ壮大な神話的世界。  上下巻をまとめ、著者トールキンの手紙も収録した新版。  (Amazon 内容紹介より転載)

「シルマリルリオン」(シルマリルの物語)は、上古の代、即ち世界の第一紀の事蹟を記したものである。  「指輪物語」は第三紀末の大いなる出来事を語ったものであるが、「シルマリルリオン」に語られていることは、それを遥かに遡る昔、一代目の冥王モルゴスが中つ国に拠点を定め、上のエルフたちがシルマリルの奪回を図ってかれに戦いを挑んだ、遠い時代から伝えられてきた伝承なのである。  -クリストファー・トールキンの「初版序文」より  (単行本扉より転載)

いや~、結構苦労しました ^^;  内容より何より、まずこの本、重い!  物語の重厚さをこの重さを以って体で実感しろ!と言われている位重い。  特に KiKi のように「お布団読書」が身についてしまっていると、この重さがあたかも苦行のようです。  そして次に襲ってくるのが「指輪物語」や「ホビットの冒険」のような物語口調というよりは、創世神話口調であるが故のある種の堅苦しさ、歴史の教科書にも似た固有名詞や出来事の列挙に冒頭からめげさせてくれちゃいます。

でも今回何とかその重圧を跳ね返して読了することができたのは、あの「J.R.R.トールキン 或る伝記」を読むことによって知った、この物語の出版に拘ったトールキン先生の想いの深さへの感動と、この物語を何十年と言う年月をかけて練り上げたその執念への敬意があったればこそでした。  

と同時にこの物語が冒頭から筋を追って書き上げられたものではなく(≒ 私たちが手にしている「シルマリルの物語」として完成されたものではなく)、トールキン先生ご自身はあっちを書いたりこっちを書いたり、書いているうちに既に書き上げたところを直したりと様々なプロセスを経た遺稿を残されただけのものだったということ、この「シルマリルの物語」はそんな断片的な遺稿を息子さんであるクリストファー・トールキン氏が可能な限り時系列に並び替え、最終稿と考えられるものを寄せ集めたものであることをしっかりと念頭に置いて取り組むことができたということにもあるように感じます。

と言うのもね、そこかしこに「既に別のところで語ったように・・・・・」というような言葉が出てくるんだけど、時に読者の立場からしてみると「え? まだ語ってもらった覚えはないけど・・・・・。  ひょっとして私が忘れちゃった??」と不安になってしまうようなことがあるんですよ。  これ、順を追って書かれたもの(最低でもそういう観点で推敲されたもの)という前提条件に立って読むから湧き上がってくる疑問なわけで、「ふ~ん、まだ語られた覚えはないけど、まあいいや。  そのうち出てくるんだろう・・・・」ぐらいな気分で読むとその度に躓くということがなくなります。  そして多くの場合、確かにページ的には後の部分でそれにまつわる逸話が詳細に語られていたりすると「なるほど・・・・」と合点がいく、そういうことがままありました。

そして、過去に挫折したもう一つの要因、「まるで教科書みたい」と感じられる固有名詞や出来事の列挙の部分に関しても、彼はこの「シルマリルの物語」で物語を書こうとしていたのではなく、言語学者として言葉が生まれるそのいきさつやその言語を考案し使う使い手の歴史を書こうとしていたというスタンスで読めば、「音を楽しむ」スタンスで眺めたり、時には読み流すということができるようになり、今回の読書では先へ進む障害とはなりえないことを発見しました。

もちろん、そうやって読み流していると、往々にして巻末の「語句解説」と本文の間をいったりきたり・・・・ということにはなるのですが、それでも既に読み終わったはずの頁を遡るのと比較すれば遥かに楽な作業だし、何よりも言葉を音として捉えることに重きを置くことによって、ストーリーを追う作業に過去の読書よりも遥かに集中することができました。  結果、細かい部分はともかくとしておおまかなストーリーは頭に残ったように感じます。

 

図書館から借り出してきた本のうち、ランサム関連本はほぼ挫折本となることが確定し、我ながら情けないなぁと自己嫌悪に陥りかけていた KiKi。  そんな KiKi を救ってくれたこの本を楽しく読了することができました。

J.R.R.トールキン 或る伝記
著:H.カーペンター 訳:菅原啓州  評論社

511GM65ZT8L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

トールキン自身の手紙、日記、その他の文献、そして家族や友人の回想をもとに編まれた唯一「公認」の伝記。  (Amazon 内容紹介より転載)

いや~、ある程度は想像していたことではあったんだけど、やっぱりトールキン先生は変な人でした。  あ、でもここで言う「変」というのは決して悪い意味ではなく、「人並み外れた」とか「一般人とは多くの面でかけ離れている」というほどの意味なんですけどね。

生い立ちから始まり、交友関係、奥様との出会いから結婚、時代背景、学問上の功績、作品の出版の経緯ととにかく詳しく描かれているんですけど、その折々で思わず苦笑してしまうようなエピソードが満載です。  あの素晴らしい作品群はこういうどこか偏屈で、どこか極めつけのマイペースさを持った人であればこそモノにできたものなんだなぁ・・・・と妙に納得してしまいました。

KiKi にとって何よりも驚きだったのは、あの一連の作品の中で使われていたクゥエンヤ語やシンダール語と言った私製言語を言語学者となった後で作り始めたのかと思いきや、それよりもはるか昔、まだ少年期と言ってもいいような時代から作り始め、それを所謂ライフワークの如く老年に至るまで創成・ブラッシュアップし続けたという事実です。

しかもこの伝記の著者によれば、その作業はトールキン先生にしてみると「作り出している」というよりは「見つけ出す」作業だと本気で思っていたらしいという点がかなりの驚きでした。  「見つけ出す」という言葉にある心理の中には「発掘する」というようなニュアンス、つまり過去には絶対に存在していたものを探り出す、存在そのものは疑いのないものという確信があるように感じるんですよね。

    

「ランサム・サーガ」からの流れで手を出してみたコチラ(↓)。  毎日、少しずつ読み進めようと努力はしているのですが、なかなか進みません。  この本はなぜか KiKi の眠気誘発剤の役割を見事に果たしてくれちゃっているようで、栞を挟むことさえなく睡状態に陥り(つまりどこまで読み進めたのかわからなくなる)、枕元の読書灯が煌々と光っています。

アーサー・ランサム自伝
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  白水社

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「ツバメ号とアマゾン号」をはじめとする12冊の胸おどる冒険物語で、子供から大人まで幅広い読者をとりこにしたランサムの自伝。  作品に通ずるユーモアで綴られたもうひとつの物語。  (Amazon 内容紹介より転載)

何とか半分ぐらいまでは読み終えているのですが、未だに「ランサム・サーガ」に関する話は出て来ないし、彼の半生で出会った多くの友人・知人たちの名前のカタログみたいな印象なんですよね~。  で、KiKi 自身がここに列挙されている人物たちにランサムに対するのと同じぐらいの興味があるならいざ知らず、そうでなければよっぽど印象的なエピソードでも書かれていないと、その名前の列挙が自然と眠気を誘うみたい・・・・・(苦笑)

このままいくと「挫折本」になりそうな気配が濃厚になってきました。  ま、てなわけで、この本は一旦脇に置いて、今回図書館から借り出してきたもう1冊の文学者の伝記、「J.R.R.トールキン ― 或る伝記」に浮気をしてみたいと思います。



ただ・・・・・・



読書メーターのとある方の Review によれば


「作品世界が興味の中心である読者には面白みに欠けるかも知れない」


とのこと。  ちょっぴり不安だぁ・・・・。

次々と読了してきた「ランサム・サーガ」はちょっとお休みして、これからしばらくは先日図書館から借り出してきた本を読み進める予定です。  その第一弾は先日第1作~第3作まで Review を書いた「コロボックル物語 第4作」です。

ふしぎな目をした男の子
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

147035-1.pngのサムネール画像  (Amazon)

コロボックルのどんなすばやい動きも見えてしまう、ふしぎな目をした男の子タケルと、へそまがりのコロボックルの老学者ツムジのじいさまが友だちになった。  タケルが小さいころ遊んだ池が、すっかりあれてしまった。  この池をすくおうとする少年たちと、かげでそれを助けるコロボックルたちとの楽しい物語。  (講談社青い鳥文庫HPの内容紹介より転載)

第3作「星からおちた小さな人」の Review で KiKi は

次に図書館に行ったらこの続編の「ふしぎな目をした男の子」と「小さな国のつづきの話」を借り出してこの物語の完結をちゃんと我が目で確認したいと思います。

と書いたんだけど、残念ながら我が吾妻郡図書館にはこの「ふしぎな目をした男の子」は収蔵されているけれど「小さな国のつづきの話」はないらしい・・・・・。  ま、てなわけでいずれどこかの古本屋さんか Net Off で見つけない限り、この公約(?)は果たせそうにありません。  このシリーズは結構楽しい物語だと思うし、佐藤さとるさんの暖かみのある文体にそこそこ魅力は感じるものの、現段階では積極的に「これは是非蔵書にしよう!」という意思までは持ち切れずにいる KiKi です。

さて、そんな「コロボックル物語」の中で KiKi にとって一番読み応えがあったのはこの第4作かもしれません。  もっともそれは KiKi 自身が既に齢50を超えているからこそ感じる感慨であって、これが子供時代に読んでいたのだったら、ひょっとしたら一番つまらなく感じてしまった作品だったのかもしれません。    

そう思うのは、今回のメインキャラがツムジィというコロボックルの老人だから・・・・・ということと無関係ではないような気がします。  まぁ、KiKi の子供時代は今と比べるともっと地元のお年寄り(要するに身内ではないお年寄り)と子供の距離が近かった時代なので、見知らぬおじいさんと子供が友達になるという設定にさほど違和感はなかったとは思うのですが、それでもやっぱりある種のテンポ感、ノリみたいなものが、やっぱり前3作と比較するとどこか枯れています。  しかもこのツムジィ、職業が古いものを調べてきちんと記録する学者さんときています。  そういう意味では「発展」がキーワードだったこれまでの作品とは異なり、「振り返り」がキーワードになっている印象があります。

さて、そんな筋金入りのつむじまがりの学者ツムジィは物語冒頭ではコロボックルと人間がトモダチになることに猛反対の立場をとっています。  ところが、さすがつむじまがりのじぃさま、やることが面白い!!  怒りに任せてコロボックルたちの王国がある山から飛び出し、こともあろうに人間の住む街に行くというのですから、その偏屈ぶりには苦笑するしかありません。  でも、つらつらと思い返してみると、KiKi の子供時代に知り合った偏屈なおじぃさんも「冷静に考えてみると言っていることとやっていることが矛盾している」人が数多くいたような気がしないでもない・・・・・・・。

沼津の実家から帰宅するのとほぼ同時に雨続きの毎日に突入しました。  おかげさま(?)で、読書が捗ること、捗ること(苦笑)  本日の読了本は「ランサム・サーガ 第8作」です。

ひみつの海(上)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

613-aemDrUL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

船の赤ちゃん、ブリジットも加わり、浮き沈みする秘密の島々の探検に乗り出した子どもたち。  白地図に調査した場所を一つ一つ描きこんでいきます。  ところが、そこは地元の部族、ウナギ族のなわばりで・・・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

ひみつの海(下)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

611T015nQzL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ウナギ族の協力をえて、秘密の島々の地図を仕上げていく子どもたち。  ところがロジャとティティ、ブリジットが「紅海」を横断中、潮が満ちてきてしまい・・・・。  戦いあり、うたげあり、もりだくさんの夏休み。  (文庫本裏表紙より転載)

「ランサム・サーガ」も8作目。  全12作のうち現段階で岩波少年文庫から発刊されているのは次の第9作までです。  このままのペースで読み進めていくとあっという間に手持ちの「ランサム・サーガ」は終わってしまうし、次の発刊がいつになるのかさっぱりわからないし(何せ第1作の「ツバメ号とアマゾン号」は2010年7月発刊で、現段階で最後の第9作「六人の探偵たち」は2014年4月発刊と4年もかかっているんです!)、どうしたもんだか・・・・。  旧訳のハードカバーであれば図書館にあることがわかっているけれど、せっかく新訳で読み始めたんだしなぁ・・・・などと、あれこれ考えてしまう今日この頃です。

ま、それはさておき、前作(「海へ出るつもりじゃなかった」)で、心ならずも子供達だけでの夜間航行 & 外洋航海を成し遂げちゃったウォーカー家の子供達。

子供たちの中に船に対するトラウマやら何やら、お母さんの心配性のエスカレートなどが起こらなければいいのですが・・・・・。

な~んていう KiKi の心配こそまさに取り越し苦労 ^^;。  子供達は相変わらず冒険心満々だし、ウォーカー父さん & 母さんも全然堪えた様子もなく、次の冒険に子供達を送り出します。  しかもこれまでは「小さすぎる」という理由でいつも置いてけぼりだった末娘「船の赤ちゃん、ブリジット」まで引き連れての探検旅行です。

もっともこの探検旅行、当初は子供達だけではなくウォーカー父さん & 母さんも同行する所謂「家族旅行」として企画・準備されていたものだったのですが、あとは出発するばかりというタイミングでウォーカー父さんは勤め人の哀しさで海軍大臣から急遽の御下命を受け休暇返上となってしまったのです。  これが日本だったら「お父さんのお仕事の都合だから仕方ないでしょ。  今回は我慢しなさい。」となりそうなところが、さすがはウォーカー夫妻。  あんな大事件があった直後だというのに快く子供達だけでの探検旅行を許してあげちゃいます。

しかも子供達だけでの探検旅行の名目(?)が「島流し」とはやっぱり太っ腹さ加減(+ ユーモア・センス)が半端なもんじゃありません。  

さて、こうして出発することになる「島流し」の旅なんだけど、ただ漠然と流されてロビンソン・クルーソーのようにキャンプをするだけでは終わらないのがこの「ランサム・サーガ」のいいところです。  これまでもウォーカー家の兄妹は「極地探検」とか「金鉱探し」といった凡そ日本人からみるとスケールの大きな大人びた遊びに興じていたわけですが、今回の探検の目的は「地図作り」。  しかもその地図の作り方が巻末の解説によればあの伊能忠敬さんと同じ手法だというのですから驚きです。  

今日の読了本は「ランサム・サーガ 第7作」です。  沼津帰省中に遅れに遅れてしまったブログエントリーのタイミングがこれでようやく読了本に追いつきました。

海へ出るつもりじゃなかった(上)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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河口の町ピン・ミルにやってきたツバメ号の乗組員たちは、ゴブリン号をあやつる青年ジムと知り合い、いっしょに川をくだることに。  ところがジムがいない間に、船は錨を失い、河口から外海に流されてしまいます。  (文庫本裏表紙より転載)

海へ出るつもりじゃなかった(下)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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悪天候のなか、外海に流れでてしまったゴブリン号は、ひきかえそうとするジョンやスーザンの必死の努力にもかかわらず、北海を東へまっしぐらに進みます。  やがて嵐の一夜が明けると・・・。  スリルに富んだ物語。  (文庫本裏表紙より転載)

まず最初にこの物語を読んでいる途中で気がついたことがあります。  それは「ヤマネコ号の冒険」では KiKi の読み方は間違っていた・・・・ということです。  あの Review で KiKi は

ここまでの「ランサム・サーガ」の物語の Review の中で KiKi はある意味で手放しでキャプテン・フリントを褒めちぎってきたけれど、そんな KiKi の評価はこの「ヤマネコ号の冒険」で地に堕ちました。  ダメでしょう、こういう大人は!!

KiKi の気分としては、この「ランサム・サーガ」がギリギリの境界線で保っていたある種の良心みたいなものがこの1作によって粉々に壊されてしまった・・・・・そんな気分なんですよね~。

などとケチョンケチョンな評価をしたわけですが、どうやらあの「ヤマネコ号の冒険」はツバメ号とアマゾン号のクルーたちがキャプテン・フリントと一緒にとある冬休みの遊びとして創作した「冒険物語」だったらしい・・・・・。  つまり子供たちによる「宝島 & ロビンソン・クルーソー オマージュ作品」という位置づけの物語だったようです。  そうであると分かれば、あの荒唐無稽な筋書きも納得できるものだと思うし、キャプテン・フリントの大人げなさも理解できます。

そしてこの作品を読むことによって、これまでは子供達にかなり自由にやらせているように見えたウォーカー母さん(ツバメ号クルーのお母さん)も「ここまではOK、ここからはダメ」という境界線をかなり明確に持っていた人であるということや、自由奔放に遊びまわっているように見える子どもたちも自分たちの夏休みの行動の自由というものが、母親に言いつけられている「自由の枠組み」からは絶対に外れないという信頼に基づいているということをかなりしっかりと自覚している物語であることが分かります。

この物語に至って、実は子供たちにとって「海」というのが未知の体験ゾーンであったことが伝わってくるし、同時に湖や川以上の危険を孕んでいる「海」はウォーカー母さんの価値観でははっきりとNGエリアだったこともわかります。  にも関わらず子供たちは不可抗力により海に押し流されちゃうことからこの作品のタイトルは実にわかりやすく「海へ出るつもりじゃなかった」(We didn't mean to go to Sea)。  タイトルからして「ごっこ遊び」ではない物語であることがひしひしと伝わってきます。

今回はアマゾン号のクルーもD姉弟も登場せず、ツバメ号のクルーと本シリーズ初登場のウォーカー父さん、そしていつ何時でも「もっとも友好的な現地人」だったウォーカー母さんと常に子供たちの世界から置いてけぼりを食らう末娘のブリジットの物語です。  そして子供達が不可抗力で海へ出ちゃうことになる船(ゴブリン号)を提供してくれたのが間もなく大学生になろうかというジムという青年です。  

ジム青年も本当は子供達と一緒に川筋だけをクルーズさせる予定だったのですが、ガソリン調達のために少しの間だけ船を降りている間に交通事故にあってしまいます。  河口付近にちゃんと停泊させたはずのゴブリン号で留守番していたのはツバメ号のクルーたちだけ(つまり子供達だけ)なのですが、そこは子供ゆえの悲しさ、予定よりも時間がかかりすぎている中で船を係留し続けるために気を付けなければいけないことまでには気が回りません。

潮の満ち引きの影響をもろに受ける河口では水位の変動が激しく、ジムがゴブリン号を停船させた時には必要十分だった碇をつなぐ鎖の長さが足りなくなり、結果碇が碇本来の役割を果たさなくなってしまいます。  しかも急激な天候の変化で濃霧があたりを覆い、視界もどんどん悪くなっていきます。  途中でジョンは碇を引き摺っていることに気がつくのですが、心理的動揺も手伝って上手く処理することができません。

ここからの物語の展開はスリル満点で正直、心臓によくない(苦笑)。  だいたいにおいて各章のサブ・タイトルからしてどんどん状況が悪くなっていることを匂わせています。

第6章: なにも、おこるはずがない
第7章: ジムは、ずいぶん長くかかっている
第8章: ビーチエンド・ブイ
第9章: 霧の中をただよう
第10章: 海へ出る
第11章: 今度は、だれの責任?
第12章: 船酔いのくすり


沼津滞在中にほぼ読了していた「ランサム・サーガ 第6作」です。

ツバメ号の伝書バト(上)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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猛暑の夏、ツバメ号、アマゾン号の乗組員とDきょうだいは、高原で金鉱をさがすことに。  伝書バトで連絡をとりあい、ますます活動範囲を広げます。  ところがあやしげな「つぶれソフト」が行く先々にあらわれます。  (文庫本裏表紙より転載)

ツバメ号の伝書バト(下)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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見つけたものは、はたして金?  炭を焼き、溶鉱炉をつくり、自分たちだけで確かめようとする子どもたち。  ところが年上のジョンやナンシイがいない間に、ロジャとティティ、ドロシアが眠りこんでしまい・・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

久々のツバメ号 & アマゾン号のクルーたち、そしてD姉弟が全員集合した夏休みの物語です。  イースター休暇に猛特訓して AB船員になった D姉弟を含めた3家の兄妹たちのセーリング物語が始まるのかしら?と大いに期待して読み始めた KiKi だったのですが、今回のお話は船からは離れた山の中の物語。  冒頭でこそセーリング・シーンがちょっぴり出てくるものの、彼らのお得意の島でのキャンプの話もなければ、海賊ごっこの話もありません。

なんでそんなことになっちゃったのか?と言うと、この夏休みの大切なタイミングに子供達の保護者はアマゾン海賊のブラケットお母さんだけという状況なんです。  子供達が生き生きと「自立キャンプ生活」を送るために、ツバメ号のクルーのお母さんやキャプテン・フリントが見えないところで果たしてきた役割の大きさが否応なく感じさせられます。  ブラケットお母さんも決して物わかりの悪いタイプではないものの、余所様(それも2軒)の子供たちを預かる立場になっちゃっているうえに、ブラケット家ではリフォームの真っ最中・・・・ということもあり、てんてこ舞いしています。  そんな彼女が子供達を安全に遊ばせるために譲歩できたのはいつでも目が届く家の庭でのキャンプが限界でした。

でもそんな状況の中で冒険精神だけでできているようなあのナンシィがいつまでも大人しくしていられるわけがありません!(苦笑)  様々な条件付き(しかもその条件の全てがナンシィには耐え難い)で何とか勝ち得たのが、家から離れたところの農家の庭でのテント生活でした。  そしてこの農家さんがこれまで子供たちがお世話になったどの農家さんよりもある意味で普通の人(つまり子供たちの自主性にばかりは任せておけないタイプ)で、子供達の火の始末には不安があるから自炊なんてもってのほか、食事は一切農家のおばさん仕切り(≒ 食事の時間やらその他細々としたことに制約が出てくる)というこれまたストレスフルな状況を上塗りしてくれちゃいます。

ま、てなわけで前半の山場の1つが子供たちがそんな環境の中で完全に自立したキャンプ生活を勝ち取るまでのあれこれになっています。  

これまでの物語の中でも子供たちはそこかしこの農場のおばさんにお世話になっているんだけど、その人たちは日本人の KiKi の目には「物わかりが良すぎる」と感じられるほど子供たちの自立心を尊重し、最低限の危機管理を任せ切るだけの太っ腹な人たちだったことがこの物語で証明されました。

今回子供達がお世話になったタイソン農場のおばさんはある意味では現代日本の大人とそっくりで「子供のすることは危なっかしい」という価値観をなかなか崩せない人です。  決して意地悪な人ではないのですが、子供たちにばかり感情移入して読むと「大障害以外のナニモノでもない」人になっちゃっています。  でも分別ある日本人の大人として彼女の弁護をしておくなら、これにはたまたま今回の物語の舞台では日照りが続いていて普段なら豊かな水が流れているはずの渓流が涸れ切っちゃっていたりして、万が一どこかに火がついたらとんでもない山火事になるという背景もあるわけですが・・・・・・。 


沼津の実家へ留守宅メンテナンスのために帰省していたため、ずいぶん長い間ブログエントリーをお休みしてしまいました。  一応、移動時には常にPCを携帯しているのですが、留守宅メンテナンスの際はとにかく忙しいんです。  今回も沼津の家には1週間滞在したのですが、朝から晩まで働きづめで夕飯が終わって入浴するとほぼそのままバタン・キューで爆睡状態に・・・・(苦笑)  

土曜日(7日)に帰路についたのですが、この道のりでは大雨のためあちらこちらで高速道路が通行止めになっていて、普通なら5~6時間で帰ってこられるはずのところ、沼津を出たのがお昼前(11時にはなっていなかった)なのに、Lothlórien_山小舎に辿りついたのが23時頃になってしまいました。  

長距離移動と睡眠不足でヘトヘトな身体に鞭打って、昨日は実家の状況報告 兼 じぃじからリクエストのあった様々なモノの配達のため老人ホームを訪問しました。  ま、てなわけで今日は身体がどんよりと重いうえに節々が痛み、正直起きているのがかなり辛い・・・・。  でも、ここで昼寝と洒落こんでしまうと今度は夜休めなくなりそうなので、今、PCに向かっています。  ま、てなわけでずいぶん前に読了していたこちらの Review を記憶に頼りながら書いてみたいと思います。

オオバンクラブ物語(上)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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ディックとドロシアは、水郷ノーフォークで、地元の少年トムと知り合い、念願のセーリングを学ぼうと、胸をおどらせます。  ところがトムが、オオバンの巣を守るために、好き放題の観光客たちと対立して・・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

オオバンクラブ物語(下)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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いざこざを逃れ、ノーフォーク南部をめぐる航海に出発したトムたち。  ポートとスターボードも、船から船へ乗りついであとを追います。  しつこい観光客たちもからんで、水辺を舞台に追跡劇がくりひろげられます。  (文庫本裏表紙より転載)

個人的にはあまり気に入らなかったシリーズ第3作(このブログでの「ランサム・サーガ Review」 では第4作目になっちゃったけど)、「ヤマネコ号の冒険」を読了した際、この先この物語はどっちの方向へ向かって行っちゃうんだろう?とちょっとおっかなびっくりだった KiKi なんだけど、この第5作「オオバンクラブ物語」を読んでみてほっと一安心。  ・・・・・というより、あの「長い冬休み」で初登場したD姉弟のその後のお話であることを知り、安心を通り越して大喜びしてしまいました。

ツバメ号 & アマゾン号クルーたちに大いに感化されたD姉弟は子供らしいライバル心(?)から次に彼らと会う前(つまり次の夏休みまで)にセーリングをこっそりと学んで、彼らの遊び世界から置いてけぼりを食らわないようにと考えます。  そこに何とも都合の良いことにイースター休暇をノーフォーク湖沼地帯で過ごすチャンスが転がり込んできます。  

彼らを招待してくれたミセス・バラブルは、昔、姉弟のお母さんの女学校の先生だった人で、弟さんと2人で休暇を過ごすために船を一隻借りたのにたまたまその弟さんは仕事の都合で来られなくなり、姉弟を招待してくれたのです。  ところがその船(ティールズ号)に着いてみると、ミセス・バラブルだけでは船を動かせないので、船に泊まるだけという事実が判明。  

落胆を必死で隠そうとする姉弟と、それに気がつくミセス・バラブル。  そこに再び別のチャンスが飛び込んできます。  土地の少年トム(鳥類保護運動をしている)が少し前から傍若無人な振る舞いが目立ち土地の人たちからちょっぴり白眼視されていた団体観光客とトラブルを起こしてしまい、彼らから逃げ隠れしなければならない状況に陥っていたのです。  土地っ子のトムはツバメ号 & アマゾン号のクルーたちも顔負けのセーラーなので、ティールズ号を動かしながらD姉弟にセーリングの手ほどきをしつつ、観光客から逃げ続けるということでお互いの利害が一致します。


現在、東京滞在中。  今日の夕方には沼津へ移動します。  時間があまりないので、とりあえず先月の読書のまとめだけしておきます。

2014年5月の読書メーター
読んだ本の数:21冊
読んだページ数:6716ページ
ナイス数:55ナイス

オオバンクラブ物語(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)オオバンクラブ物語(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
下巻を読了してから Review します。
読了日:5月30日 著者:アーサー・ランサム

ヤマネコ号の冒険(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ヤマネコ号の冒険(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
この物語を読んでいて、そして KiKi にとっては決して褒められたものではないと感じる今作でのキャプテン・フリントの姿に、帝国主義を推進した大英帝国の原動力みたいなものはいやというほど感じました。  分別も理性もなく、ひたすら冒険と富を求める、一歩間違えば獰猛な海賊と大差なし・・・・・というような何かを。
読了日:5月29日 著者:アーサー・ランサム

ヤマネコ号の冒険(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ヤマネコ号の冒険(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
もちろんこの物語が「ロビンソン・クルーソー」とか「宝島」に触発された「海洋冒険もの」として書かれた物語であることは百も承知です。  でも、KiKi の気分としては、この「ランサム・サーガ」がギリギリの境界線で保っていたある種の良心みたいなものがこの1作によって粉々に壊されてしまった・・・・・そんな気分なんですよね~。
読了日:5月28日 著者:アーサー・ランサム

長い冬休み(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)長い冬休み(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
巻末にある児童文学評論家の野上暁氏の言葉にある 「ランサムの物語を読みながら、子供達が安心して遊んだり、自由に冒険できる環境を取り戻せないものかと、つくづく考えさせられました。」 には深く同意します。  でも、そのために絶対的に欠けているものが現代人にはあるような気がします。  それはツバメ号やアマゾン号の子供達以下のサバイバル能力しか持ち合わせていない現代の大人という現実です。  キャプテン・フリントやツバメ号 & アマゾン号のクルーはもとより都会育ちのディック以下かもしれません(ため息)。
読了日:5月26日 著者:アーサー・ランサム

長い冬休み(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)長い冬休み(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
おたふくかぜにより隔離されちゃったキャプテンと連絡をとろうとする子供達。  そこでの挿し絵が何とも微笑ましいんですよ。  窓からジュリエットよろしく顔を出したナンシィと窓下のロミオよろしい子供たちの挿し絵なんだけど、そのジュリエットの顔がない・・・・。  顔部分に描かれた大きな丸の中に以下の文字があるんです。  「ナンシィのふくれたかおは気の毒で描けない」  これを見た時、KiKi はそれこそナンシィには気の毒だけど大笑いしてしまいました。
読了日:5月25日 著者:アーサー・ランサム

鳥と雲と薬草袋鳥と雲と薬草袋感想
梨木香歩という人の感性がもっともストレートに伝わってくるのはエッセイにあるような気がします。  未だ物語としては構築されていない、それでも感情を揺り動かし「何か」を感じたこと、それが短い文章の中に凝縮され、さらにはまだどことなく「とりとめのなさ」みたいなものを感じさせる書き物。  それが彼女のエッセイだと感じます。
読了日:5月25日 著者:梨木香歩

天狗童子―本朝奇談(にほんふしぎばなし)天狗童子―本朝奇談(にほんふしぎばなし)感想
学校で戦国時代の歴史を学んでもほとんどちょっとしか名前が出て来ない関東地方の戦物語を背景にしているので、KiKi なんかは歴史的バックグラウンドはわかったような、わからなかったような・・・・・。 伊勢宗瑞とか三浦道寸な~んていう名前が出てきてもチンプンカンプン。  でも後で調べてみたら伊勢宋瑞って北条早雲のことだったんですねぇ・・・・。  しかも最後には「南総里見八犬伝」で有名な里見家の名前も出てきます。
読了日:5月24日 著者:佐藤さとる,村上豊

星からおちた小さな人―コロボックル物語 3 (講談社青い鳥文庫 18-3)星からおちた小さな人―コロボックル物語 3 (講談社青い鳥文庫 18-3)感想
相変わらず小さな人間じみたコロボックルは人間社会の発展をなぞるかのように文明的発展(?)を遂げ続けています。  でもさすがに著者の佐藤さんもコロボックルという存在が人間模倣生き物ではいけないと感じられていらしたらしく(?)ところどころに、人間のやることをひたすら真似ているわけではないというような趣旨の記述がみられます。
読了日:5月23日 著者:佐藤さとる

豆つぶほどの小さないぬ―コロボックル物語 2  (講談社青い鳥文庫 18-2)豆つぶほどの小さないぬ―コロボックル物語 2 (講談社青い鳥文庫 18-2)感想
ちょっぴり残念なのはこのコロボックルたちが、実に人間臭いこと(苦笑)  どうせなら擬人化した小人ではなくどこか人間とは価値観とかものの考え方に大きな差がある生物であってくれた方が異文化交流の雰囲気が出てきてハチャメチャかもしれないけれどもっともっと楽しい物語になったんじゃないかと思わないでもありません。
読了日:5月22日 著者:佐藤さとる

だれも知らない小さな国―コロボックル物語 1  (講談社青い鳥文庫 18-1)だれも知らない小さな国―コロボックル物語 1 (講談社青い鳥文庫 18-1)感想
一読して思ったのは、「ああ、ここには懐かしい子供時代の日本の風景があるな」ということでした。  例えばつい先日まで読んでいた「ランサム・サーガ」にはやっぱりどこか日本では馴染みのないこじゃれた風景が多いけれど、この物語に出てくる小山はまさに KiKi の実家の裏にあった山を彷彿とさせます。  羊も牛もいない、いるのはやぶ蚊と蛇とミミズ。  雄大な草原もない。  どこか鬱蒼としていて、それでいてこじんまりとしていて、雑多な感じ・・・・・。  爽やかな風も吹くけれど何気に湿りっ気が多い感じ・・・・・。
読了日:5月22日 著者:佐藤さとる

ツバメの谷(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメの谷(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
久々に全員が揃って「カンチェンジュンガ」と名付けた山に登り、宝物を見つけるシーンが好き。  それは何十年も前にキャプテン・フリントとブラケット家の両親が同じ山に登ったことを記念して残した物なんだけど、そこには彼らが同じ山をマッターホルンと見立てて登ったことが記されていました。  ここを読むと子供たちを取り巻く大人が素晴らしい理由がわかるような気がするんですよ。  つまり、子供らしい子供時代を過ごした大人だけが、真の大人らしい大らかさでもって子供達を見守ることができるいうことなんじゃないかな・・・・・と。
読了日:5月21日 著者:アーサー・ランサム

ツバメの谷(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメの谷(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
今作では1年ぶりの夏休みを謳歌しようと張り切っていたウォーカー家の兄妹を物語の冒頭で事件が襲います。  ちょっとした長男ジョンの判断ミスからツバメ号が座礁、そして沈没・・・・・。  ウォーカー父さんが言うところの「ノロマ」な失態に落ち込みつつもこのミスからの立ち上がりが凄い!!  ジョン船長はどこかの国のフェリーの船長とは大違いでクルー全員を小さい順に逃したうえで、沈没した船をすくいあげるための方策までちゃんととったうえで船を離れ、全員が無事に避難できたところでまずホッと溜息です。
読了日:5月20日 著者:アーサー・ランサム

ツバメ号とアマゾン号(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメ号とアマゾン号(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
読んでいて思ったのは、イギリスの、しかもこういう遊びができるぐらいの階級の子供達というのは都市にいる時は、ある意味で年齢以上の早熟さが求められ束縛の中で暮らさなければならない現実があるということです。  日本の子供たちはある意味で「子供らしさ」みたいなものを日常の中で謳歌できる風土があるけれど、イギリスの子供たちは早くから服装の面でもきついネクタイやベルト、革靴に締め付けられるうえに、「小さな紳士・淑女」であることが求められる文化(?)に首根っこまで浸っているようなところがあります。  そんな中の夏休み。
読了日:5月19日 著者:アーサー・ランサム

ツバメ号とアマゾン号(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)ツバメ号とアマゾン号(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)感想
久々に読んでみたけどやっぱり面白かったぁ!  ウォーカー家の4人兄妹(ツバメ号クルー)の実にうらやましいキャンプ生活が生き生きと描かれ、途中で仲間になるアマゾン号の2人姉妹(アマゾネス)のお転婆ぶりも微笑ましく、KiKi なんぞは「アマゾネス」という言葉を初めてちゃんと認識した時、ギリシャ神話の物語よりはこの2人のおよそレディらしからぬいたずら(特に自分たちの叔父であるキャプテン・フリントの船に花火を投げ込む辺り)をありありとイメージしたことを懐かしく思い出しました。
読了日:5月18日 著者:アーサー・ランサム

冬虫夏草冬虫夏草感想
この物語の中に里山の雰囲気を感じるのは、やはり自然を征服するものとはとらえず共存するものと捉える日本人のDNAの中に刷り込まれたある種の「知」が満ちているからだと感じます。  その知の本質は「自然の中で生かしてもらっている」という謙虚さ、そして「人智を超えたものへの畏れ」という感覚なんだろうと感じます。
読了日:5月15日 著者:梨木香歩

家守綺譚 (新潮文庫)家守綺譚 (新潮文庫)
読了日:5月13日 著者:梨木香歩



狐笛のかなた (新潮文庫)狐笛のかなた (新潮文庫)
読了日:5月11日 著者:上橋菜穂子

獣の奏者 外伝 刹那獣の奏者 外伝 刹那
読了日:5月8日 著者:上橋菜穂子

炎路を行く者 --守り人作品集-- (偕成社ワンダーランド)炎路を行く者 --守り人作品集-- (偕成社ワンダーランド)
読了日:5月5日 著者:上橋菜穂子

獣の奏者 (4)完結編獣の奏者 (4)完結編
読了日:5月3日 著者:上橋菜穂子

獣の奏者 (3)探求編獣の奏者 (3)探求編
読了日:5月1日 著者:上橋菜穂子

読書メーター

先月前半は久々の上橋ワールド再読期間でした。  たまたま Kindle で見つけちゃった「物語ること、生きること」を読んだ影響です。  それらの作品に関しては過去にブログエントリーを書いているので、敢えて読後感のエントリーは起こしていないため、読書メーターの「まとめエントリー」でもコメントなし状態です。

後半はKiKi の気持ち的には「岩波少年文庫読破企画」に戻る予定だったんだけど、たまたま図書館で別の本を借り出してしまったため、ちょっと寄り道。  でも、おかけでずっと気になっていた梨木香歩さんの未読本を読了できたのがメッケモノでした。

昨日のブログエントリーを書き終えた直後、雨が降り始めました。  でも、その雨の音が普段とはあまりにも違うので思わず窓の外を見てビックリ bikuri.gif


な、な、なんと雹が降っているではありませんか!!  TVのニュースなんかで「雹が降った」という話は最近割と耳にするようになっていたけれど、実物を見たのは KiKi の小学生時代以来。  思わずカメラを取り出し撮影しちゃったぐらい KiKi にとっては珍しいものでした(苦笑)

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正直、我がLothlórien_山小舎の屋根の耐久性を心配しちゃったほど、バリバリと物凄い音をたてて数分間降り続きました。  その後は普通の雨になり、1時間後にはお日様の日差しが眩しいくらいに天気は回復。  いや~、自然の力って不思議なことがいっぱいです。

さて、そんな中、雹が降るな~んちゅう自然現象はちっぽけなことと感じさせられるような物語を読了しました。 

ヤマネコ号の冒険 (上)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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老水夫ピーター・ダックと、帆船ヤマネコ号で船出したツバメ号、アマゾン号の乗組員たち。  初めて味わう海での航海は、不安と喜びでいっぱい。  ところがぶきみな海賊、ブラック・ジェイクがつきまとい・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

ヤマネコ号の冒険 (下)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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赤毛の少年、ビルもくわわり、ピーター・ダックのカニ島にたどりついた一行。  ついに始まった宝さがし。  ところが突然の暴風に地震、はては海賊までがおそってきて・・・・。  無事に宝は手に入るのか?  海洋冒険物語。  (文庫本裏表紙より転載)

ここまでの「ランサム・サーガ」の物語の Review の中で KiKi はある意味で手放しでキャプテン・フリントを褒めちぎってきたけれど、そんな KiKi の評価はこの「ヤマネコ号の冒険」で地に堕ちました。  ダメでしょう、こういう大人は!!  この「ヤマネコ号の冒険」を読んだ後であればあの「長い冬休み」の最後の方でナンシィのお母さんが口にしたセリフ

「それから、たぶん、本当のことが分かったら、他の人と同じくらいジムおじさん(≒ キャプテン・フリント)の罪ってことになるんでしょうね・・・・・・。」

には文句なしで同意していたことでしょう。  子供達の「ごっこ遊び」にとことん付き合って、リアリティ演出にひと肌もふた肌も脱ぎ、それでいて目だたないところで安全確保要員として走り回る姿には「こうありたい大人の姿」と憧れさえ抱いたけれど、この「ヤマネコ号の冒険」のように大人が自分と老水夫ピーター・ダックと2人だけという状況で子供達にとっては初となる海への航海、しかも遠洋航海に出かけ(まあ、そこまではいいとして)、しかもふとしたことで耳にした「宝探し」に夢中になって他のことは冷静に考えられなくなり、しかもその同じ宝を本物のかなり物騒な海賊が狙っていることがわかっていながら、子供だらけの一行をその宝があるらしいカニ島に導くなんていうのは真っ当な大人のすることじゃありません。

もちろんこの物語が「ロビンソン・クルーソー」とか「宝島」に触発された「海洋冒険もの」として書かれた物語であることは百も承知です。  でも、KiKi の気分としては、この「ランサム・サーガ」がギリギリの境界線で保っていたある種の良心みたいなものがこの1作によって粉々に壊されてしまった・・・・・そんな気分なんですよね~。


知らなかったから仕方のないことだけど、この「ランサム・サーガ」を第1巻の「ツバメ号とアマゾン号」しか子供時代に読んでいなかったことがほとほと悔やまれます。  もしも子供時代にこの物語をすべて読了していたら KiKi にとって物凄い宝物になっていただろうに・・・・・。  ま、それでもこの年齢になって年甲斐もなく「岩波少年文庫全冊読破企画」なんちゅうことを思いついたがゆえに、そして岩波書店さんがこの傑作を少年文庫ラインナップに加えてくださったご英断の恩恵を受けて、生あるうちにこの物語に出会えたことを感謝!です。

長い冬休み (上)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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冬休み、ディックとドロシアは、ボートをこぐ六人 - ツバメ号とアマゾン号の乗組員と友達になります。  そりゃスケートの毎日!  やがて湖がこおり、子供達はハウスボートを「フラム号」に仕立てます。  (文庫本裏表紙より転載)

長い冬休み (下)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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氷にとざされた「フラム号」での楽しい日々。  キャプテン・フリントの帰還、ナンシイの復活を得て、子どもたちは<北極>探検に乗り出します。  ところが、先に出発したディックとドロシアがふぶきにあって・・・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

発刊された順番に読み進めてしまったため、「ツバメの谷」に続く作品としてこの「長い冬休み」を読了しちゃったんだけど、読了した今、改めて文庫本の裏扉を見てビックリ!  実はこの「長い冬休み」は「ランサム・サーガ」の第4作で第3作は「ヤマネコ号の冒険」(発刊されたのは5番目)だったらしい・・・・・ ^^;  もう!  紛らわしいことをしないで欲しいわ、岩波書店さん!!

ま、それはさておき、今回の読書ではしょっぱなからちょっと唖然とさせられました。  いきなり登場したディック & ドロシア姉弟(D姉弟)に「誰だ、そりゃ??」と困惑することしきり・・・・。  読み進むうちに彼らがツバメ号の4人兄妹 & アマゾン号の2人姉妹とお友達になる都会育ちの別の姉弟であることがわかってほっと一息つきました。  と言うのも、KiKi にとって今となっては「よく知ったお友達感覚」の2つの船のクルーたちの次の冒険物語を読む心積もりでいたのに、そのしょっぱなに見ず知らずの人が登場してきたらそりゃあビックリするってもんでしょう?

しかもね、ドロシアの方は昔の KiKi を彷彿とさせるような女の子だったからまだいいようなものの、ディックの方は天体とか鉱物なんていうおよそ KiKi の好奇心の琴線には触れて来ないようなものに夢中な理系男子。  眼鏡までかけちゃって、どこかぬぼ~っとした雰囲気を漂わせ、描かれた風貌だけだと凡そ親しくなれそうもないような男の子だったのですから・・・・・。

でも読み進めるうちに、都会育ちのこの2人が現代人に限りなく近い(要するに舟の扱い方を知らず、火の扱い方もどこか危なっかしく、ロープもろくに結べない)存在であることに気がつくと逆に妙な親近感を覚えるようになります。  しかもこの2人、都会育ちではあるものの、結構肝が座っています。  滞在先の農家からちょっと離れたところにある廃屋もどきの古い納屋を「天文台」と呼び、子供2人だけで暗くなってから、そこまで歩いていこうというのですから・・・・。  

こうしてたどり着いた納屋(もとい 天文台)で「火星への通信ごっこ」という思いつきの灯火信号でツバメ号のクルーたちが滞在する別の農家と初めて接触を図るシーンでは KiKi も彼らと一緒に何だか期待でドキドキしてしまいました。  その信号に気がついたツバメ号のクルーたちが翌朝天文台を訪問することによって彼らは出会います。  そして実に子供らしく「出会ってしまえばお友達」となっていく様子は微笑ましい限りです。

とは言っても、お互いが相手との距離感をおっかなびっくり図りつつであるところが、小学校のクラス替え直後の雰囲気タップリで、リアリティ満載です。  そして海賊たちの感化を受けながら都会育ちの2人が少しずつ、少しずつサバイバリストに変身していく様子に思わず目を細めたくなります。


鳥と雲と薬草袋 梨木香歩

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今回図書館から借り出してきた本の最後をしめくくるのは梨木香歩さんのエッセイです。  今日は2つのエントリーを書いているので短め Review になります。

鳥と雲と薬草袋
著:梨木香歩 新潮社

21NsvfbmLrL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

鳥のように、雲のように、その土地を旅する。  ゆかしい地名に心惹かれる―地名に召喚される土地の記憶をものがたる葉篇随筆。

作家の胸奥の「ものがたり」がはぐくまれる場所に、滋養を与える旅の記憶。  49の土地の来歴を綴り重ねた葉篇随筆。  読む者の心も、はるばると時を超える。  旅に持ち歩く「薬草袋」のなかの、いい匂いのハーブのブーケや、愛着のある思い出のメモの切れ端のような......  日常を生きるときの常備薬ともなり、魂を活性化する、軽やかな愛蔵本。  (単行本帯より転載)

梨木香歩という人の感性がもっともストレートに伝わってくるのはエッセイにあるような気がします。  未だ物語としては構築されていない、それでも感情を揺り動かし「何か」を感じたこと、それが短い文章の中に凝縮され、さらにはまだどことなく「とりとめのなさ」みたいなものを感じさせる書き物。  それが彼女のエッセイだと感じます。

今回のエッセイは地名からイメージされるあれこれが彼女らしい繊細な文章で綴られます。  一葉一葉に「音」に対する彼女の繊細な感性が滲み出ています。

彼女の作品を読むたびに KiKi が感じるのは、梨木香歩さんという人は人間という生き物にどこか諦めのようなものを感じつつも本当の意味では見捨てきれない拘りみたいなものをずっと抱えて生きている人なのではないか?ということです。  そしてその見捨てきれない拘りの根っこにあるものが人間が生きて受け継いでここまで生き延びてきたという気が遠くなるような時の流れに対する愛着のようなものがあるように感じます。

「古代の言葉はかっちりしたものではなくもっと風が吹く音のような、小鳥のさえずりのようなものだったのではないかと・・・・」

という言葉の中に生きとし生けるものの言葉とは呼べないほどの囁きのようなものを感じます。  TVのバラエティ番組の中で「目立つこと」を主眼に喋り捲るタレントたち。  その姿をなぞるように公共の場(例えば電車の中やバスの中、喫茶店の中等々)で大声を挙げて喋り捲る現代人。  風が吹くような小鳥のさえずりのような音を奏でていた人間の末裔が何千年という時を経た結果、そうなったことを考えると、その長い時の流れの中で何か大切なものを捨て去ってきたに違いないと思わずにはいられません。

おでかけスケジュールがある中で児童書を読むと、Review が追いつきません ^^;  ま、てなわけで本来なら一つ一つ別建てエントリーでお話したいところ・・・・ではあるのですが、今回はまとめてエントリーです。  読了したのは佐藤さとるさんの作品2点です。

星からおちた小さな人
著:佐藤さとる 絵:村上勉 講談社青い鳥文庫

51KybKQZuyL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

「矢じるしの先っぽの国、コロボックル小国」は、人間の世界からいろいろなことを学んで、めざましくかわりはじめていた。  学校をつくり、新聞を発行し、科学も学んだ。  ただ、なるべく人間とかかわらないよう、ひっそりと暮らしていた。  だが、新型飛行機の試験飛行の日、コロボックルの1人がついに人間にみつかってしまう。  コロボックルのことなど、何も知らない少年に・・・・。  (単行本扉より転載)

本朝奇談 天狗童子
著:佐藤さとる 絵:村上豊 あかね書房

51Y5854F2PL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

「ややややや。」 そんな声をあげたのも、無理はない。  月の光の中で起きあがったのは、たしかにカラスだったが、ただのカラスではなかった。  飛んでいる時はわからなかったが、今見るとカラスの頭には、山伏のつけるような小さな兜巾(ときん)がある。  背中に立派な翼があるのに、肩の両脇からかわいい手が出ている。  そしてほとんど全身が、黒い羽毛に包まれているから、こんな夜には、まずカラスと見分けがつかない。  もちろん尾羽もある。  (単行本帯より転載)

相模大山のカラス天狗・九郎丸が、戦国時代の夜空を翔る壮大なファンタジー。  (Amazon 内容紹介より転載)


どちらの作品も楽しい物語でした。  今日は2冊まとめての Review なので一つ一つの作品の Review は短めです。

まずは「コロボックル物語シリーズ」の第3作。  「星からおちた小さな人」です。  相変わらず小さな人間じみたコロボックルは人間社会の発展をなぞるかのように文明的発展(?)を遂げ続けています。  でもさすがに著者の佐藤さんもコロボックルという存在が人間模倣生き物ではいけないと感じられていらしたらしく(?)ところどころに、人間のやることをひたすら真似ているわけではないというような趣旨の記述がみられます。  

そんな作者の迷いのようなものに接してみて、KiKi もちょっと考えさせられました。  よくよく考えてみればこの物語が書かれた時代は、それまでとは見違えるような変化が生活のあらゆる面で目まぐるしかった時代だったわけです。  しかもそれまでは「夢物語」と思われていた様なことが日常生活レベルで実現できるようになってきた進歩の時代。  さらには進歩≒良いことという価値観が大きかった時代でもあるわけで、KiKi が前作の Review で書いた

「どうせなら擬人化した小人ではなくどこか人間とは価値観とかものの考え方に大きな差がある生物であってくれた方が異文化交流の雰囲気が出てきてハチャメチャかもしれないけれどもっともっと楽しい物語になったんじゃないかと思わないでもありません。」

というような感想は後出しじゃんけんみたいな意見なのかもしれないなぁ・・・・と考えさせられました。  実際、KiKi もある年齢までは都会でバリバリ働いて、必要なものは稼いだ金で買えばいいという価値観で生きてきたわけで、ここ何年かで初めてそんな生活スタイルに「待った」をかけるようになったわけです。  そういう意味ではあの都会生活時代であればコロボックル社会の発展する様を「よし、よし」と上から目線で納得していたかもしれないなぁ・・・・と。


図書館から借り出してきた「コロボックル物語シリーズ」第2作です。

豆つぶほどの小さないぬ
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

51OzfafHeEL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ぼくはクリノヒコ。  身長3センチ2ミリ。  コロボックルの中では大きいほうだ。  ぼくたちの国で新聞を出す話をしているときに、大ニュース。  先祖が飼っていた豆つぶぐらいの小さないぬ"マメイヌ"が、今も生きているかもしれないという。  創刊号はこのスクープだ!  日本が誇る傑作ファンタジー。  (文庫本裏表紙より転載)

前作の Review で KiKi は「素敵な物語ではあるけれど、どこかちょっと尻切れトンボな印象」と書いたけど、この第2作を読んでみて、そんな風に感じた理由がわかったような気がします。  前作は私たちと同じ人間である「せいたかさん」と日本の風土に住み着いていたかもしれない妖精(? コロボックル)の出会いの物語で、コロボックルの世界を描いているようでいてやっぱりどこか人間目線のお話がメインだったんですよね。  それがこの第2作になってようやく「コロボックル目線」の物語が展開し始めています。  つまりこの作品になってようやくコロボックル達が生き生きと動き出した・・・・そんな印象なんですよね。 

これは物語の語り手の違い(前作では人間の「せいたかさん」の一人称で今作ではコロボックルの1人「クリノヒコ」の一人称)というのもあるけれど、それ以上に様々な場面・風景の描き方に違いが出てきています。  もちろんそれでも昔懐かしい日本の田舎の風景であることには変わりはありません。 

ちょっぴり残念なのはこのコロボックルたちが、実に人間臭いこと(苦笑)  どうせなら擬人化した小人ではなくどこか人間とは価値観とかものの考え方に大きな差がある生物であってくれた方が異文化交流の雰囲気が出てきてハチャメチャかもしれないけれどもっともっと楽しい物語になったんじゃないかと思わないでもありません。  

と言うのもね、この物語に登場する「マメイヌ」とコロボックルの関係がまさに人間とペット犬の関係に近すぎる気がするんですよね~。  せっかくこのコロボックル王国に新たな生き物として「マメイヌ」を出してきたならマメイヌにはイヌとは別の立ち位置があってもよかったんじゃないかなぁ・・・・・と。

コロボックル達が新聞を出すことにしたというお話にしても可愛らしさは溢れているんだけど、何だかコロボックル達が人間に近づこうとしている努力のお話というような感じがして、このままいくと夢の世界というよりは極小サイズの別の人間社会ができあがっちゃうだけのような気がします。  そんなことを考えるとどうせならコロボックルにはコロボックルの生き方、生活の仕方があって、せいたかさん(人間)の方がそれに感化されたり人間目線では無視してきた何かに気がついたりというようなお話を読みたかったような気がしないでもありません。

さて、「ランサム・サーガ」の続きに心惹かれながらも、図書館から借り出した本を返却期限までに読み終えなくちゃいけないので、そちらを優先することにしました。  てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

だれも知らない小さな国
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

51cyyz85+UL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

こぼしさまの話が伝わる小山は、ぼくのたいせつにしている、ひみつの場所だった。  ある夏の日、ぼくはとうとう見た ― 小川を流れていく赤い運動ぐつの中で、小指ほどしかない小さな人たちが、ぼくに向かって、かわいい手をふっているのを!  日本ではじめての本格的ファンタジーの傑作。  (文庫本裏表紙より転載)

KiKi は子供時代、あまり「日本モノ」を読まない子供でした。  実家にあった本が従姉妹からのお下がりの「少年少女のための世界文学全集」だったことがその1つの要因だったと思います。  もちろん絵本時代には「因幡の白ウサギ」とか「一寸法師」とか「桃太郎」とか「かぐや姫」といった物語に馴染んでいたわけですが、絵本から本に移行する年代には「日本モノ」よりは「西洋モノ」、それも「イギリスモノ」にはまっていってしまったんですよね~。  ま、てなわけで、この本はひょっとしたら学校の図書館で借りて読んだことがあったかもしれないけれど、まったく印象には残っていません。  

そんな KiKi がこの「コロボックル物語シリーズ」のことをちゃんと知った(それとして認識した)のは、実は30代ぐらいの頃でした。  いわゆる「大人の本」に物足りなさ・・・・のようなものを感じるようになり、「自分にあっている読み物は実は児童文学なんじゃないか?」と思い始めた頃です。  とは言っても久々の児童文学にどんな風に手を出していけばいいのかわからなくて、何かの本(児童文学の手引書のような本だったと思う)を参考に、今後の蔵書計画を立てようと考えていた際にこのシリーズもののことを知りました。

・・・・・とは言うものの、その蔵書計画の中で自分が軸とするのは「岩波少年文庫」と心を決めていた頃だったので、そこにラインナップされていないこの物語はどうしても後回し・・・・。  ま、そんなこんなで未だに KiKi の蔵書には含まれておらず、今回図書館から借り出したのが初読となります。


先日のエントリーでもお話した通り、KiKi はこの「ランサム・サーガ」の第2作目からは今回が初読です。  久々に読んだ「ツバメ号とアマゾン号」が思っていた以上に楽しめたのでこの作品を読むのを楽しみにしていました。  幸い(?)、今日は雨の一日で読書にはピッタリ♪  ウォーカー家の兄妹と一緒に一足早い夏休みを堪能しました。

ツバメの谷 (上)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

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『ツバメ号とアマゾン号』の冒険から一年、ふたたびなつかしい湖にやってきたウォーカー家の4人きょうだい。  新たに発見した秘密の場所「ツバメの谷」でキャンプを始め、また冒険に乗り出します。  (文庫本裏表紙より転載)

ツバメの谷 (下)
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  岩波少年文庫

51WQ3wKMkmL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ブラケット家のきびしい大おばさんの監視もなくなって、やっとナンシイとペギイが合流。  6人は、カヌーや山登りを楽しみます。  ところが帰り道、ティティとロジャが霧にまかれて迷子になってしまい...。  (文庫本裏表紙より転載)

今作では1年ぶりの夏休みを謳歌しようと張り切っていたウォーカー家の兄妹を物語の冒頭で事件が襲います。  ちょっとした長男ジョンの判断ミスからツバメ号が座礁、そして沈没・・・・・。  ウォーカー父さんが言うところの「ノロマ」な失態に落ち込みつつもこのミスからの立ち上がりが凄い!!  ジョン船長はどこかの国のフェリーの船長とは大違いでクルー全員を小さい順に逃したうえで、沈没した船をすくいあげるための方策までちゃんととったうえで船を離れ、全員が無事に避難できたところでまずホッと溜息です。

そうそう、生きていく中では「思ってもいなかったこと」やちょっとした判断ミスでトラブルが起きるのは決して珍しいことじゃない。  不運にもそれが起こってしまった時にどんな行動をとることができるのか?が一番大切であることをこの兄妹は彼らの行動を通してやんわりと教えてくれます。  船の修理の大掛かりな部分はキャプテン・フリントの尽力やら本職の船大工の力が必要だったけれど、沈没した船を自分たちだけの力で引上げるあたりの描写では、不覚にも思わずうっすらと涙目になりつつ読み進めました。  

さて、冒頭でそんな大事件が起きちゃったので、彼らのヤマネコ島でのキャンプ生活の貴重な足を失なってしまって、彼らの夏休みはどうなっちゃうのかしら?とやきもきさせられたんだけど、そこはさすが肝っ玉の太いウォーカー母さん。  転んでもただでは起きない兄妹が新たに発見したキャンプ地をちゃんと偵察したうえで、予定外の場所でのキャンプ生活を快く認めてくれます。  このウォーカー母さんの絶大な信頼の根っこには時に「現地人化」(≒ 常識人化)する長女スーザンの存在が欠かせません。

このスーザンのバランス感覚が物凄いんですよね~。  兄妹全員が「子供達だけのキャンプ生活」をしつつもある一定の規律からはみ出さないように、病気にならないように、怪我をしないように、少しでも気持ちよく過ごせるようにとありとあらゆる細かいことに気を配り、それでいて必要以上に口やかましくもなく、子供らしい遊びの世界でのノリだって悪くない、本当にできた女の子なんです。  子供達だけのキャンプ生活の中ではウォーカー家の小さなお母さんの役割を「自分が果たすべきもの」と考えて、黙々と実行している姿には尊敬の念すら覚えます。

そして兄妹の中では一番「夢見る夢子ちゃん資質」の高いティティが実にいい!!  どこか空想の世界に浸り切っちゃって空想と現実の境が曖昧なところもあるティティだけど、ハイキングの途中で霧にまかれて迷子になったうえに弟のロジャが捻挫をして動けなくなってしまうと、ちゃんと現実的な判断を下し、勇気をもってそれを1人で実行できる姿に感動ものです。  ホント、何て理想的な子供達なんでしょうか!!  理想的でありながら、嘘っぽさが実に少ないのも彼らの特徴だと感じ入ります。

冬虫夏草 梨木香歩

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先日、大好きな作家上橋菜穂子さんの「物語ること、生きること」を読み、その流れから久々の「上橋ワールド堪能欲」に突き動かされるように「守り人 & 旅人シリーズ」と「獣の奏者」、さらには「狐笛のかなた」の再読月間に突入してしまい、読書関連エントリーからはちょっと遠ざかってしまっていました。  直近で最後に書いた読書関連エントリーが4月6日ですから、1か月以上のご無沙汰です。  そしてようやく手にしたのが図書館の棚に戻っていたこの「冬虫夏草」。  発刊されていたことは随分前に知っていたけれど、今のところハードカバー本だけしか出ていないし、ついつい「いずれ・・・・」と後回しにしていたのですが、ようやく KiKi にも読む順番が回ってきたようです。  

でも、これ、「家守綺譚」の続編ということなので、結局「冬虫夏草」に突入する前に「家守綺譚」の再読というプロセス(?)も要してしまったので結果、読書関連エントリーの再開が今日になってしまったという次第。  これでも関連作品である「村田エフェンディ~」再読には手を出さなかっただけでも KiKi としては大譲歩だったんですよ(苦笑)


冬虫夏草
著:梨木香歩 新潮社

51ETZt4Pm8L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

疏水に近い亡友の生家の守りを託されている、駆け出しもの書きの綿貫征四郎。  行方知れずになって半年あまりが経つ愛犬ゴローの目撃情報に加え、イワナの夫婦者が営むという宿屋に泊まってみたい誘惑に勝てず、家も原稿もほっぽり出して分け入った秋色いや増す鈴鹿の山襞深くで、綿貫がしみじみと瞠目させられたもの。  それは、自然の猛威に抗いはせぬが心の背筋はすっくと伸ばし、冬なら冬を、夏なら夏を生きぬこうとする真摯な姿だった。  人びとも、人間にあらざる者たちも...。  『家守綺譚』の主人公にして新米精神労働者たる綿貫征四郎が、鈴鹿山中で繰り広げる心の冒険の旅。  (単行本帯より転載)

梨木さんの本を手に取ると多くの場合、KiKi はまずその装丁の美しさに思わず見入ってしまいます。  品があって楚々としていて美しい。  西洋的なゴージャス観とは対極にある凛とした佇まいのようなものに圧倒されます。  そして、本である以上「読んでナンボ」のものではあることは百も承知なんだけど、「こんな装丁の本を手にしているだけでこの本の中に描かれている精神性のようなものに感化されるんじゃないか?」というような気分にさせる趣とでも呼びたいもの、そんなものをビシビシと感じるんですよね~。  今回の「冬虫夏草」もまさにそんな1冊で、実は読み始める前にひたすら装丁を眺めつづけて数時間という時を過ごしてしまいました。

そしてようやく読み始めたのはお布団の中。  何とはなしにこの物語の読書に適しているのは明るい昼間ではないような気がしたんですよね。  特に今はすべての生命が長い冬の眠りから覚め、ほとばしる生命を謳歌しまくっている春です。  我がLothlórien_山小舎には「蛍光灯」はないうえに、KiKi のお布団脇の読書灯は和紙のシェードがかかった白熱電球(もどきのLED電球)の灯りのみなので、そのどこか頼りなげな光の中こそこんな物語を読むにはピッタリくると思うのです。

さて、「家守綺譚」では家からほとんど出なかった主人公の綿貫征四郎でしたが、本作では愛犬ゴローがいなくなったことをきっかけに、書斎を離れて旅に出ます。  KiKi 自身には物語の舞台近辺の土地勘が皆無なので、どこをどう歩いているのかとか、それがどの程度の行程なのかとか、どんな景色の所なのか等々に関しては全くと言っていいほど分からないのがちょっと残念・・・・・。  ただでさえよく分かっていないところにもってきて、征四郎さんがちゃんと目的があるようでいてどこか風来坊的な動き方をしてくれちゃうので、地図でそれなりに行程を追っているつもりでも時に迷子になること暫し・・・・。  ま、逆に言えばこの「行き当たりばったり感」こそが、人という存在の小ささの1つの証左でもあるわけだし、行き当たりばったりだからこそ出会えるものがあるとも感じられるわけですが・・・・・・。

GWも終わり、ようやく静かな日常が戻ってきました。  今年のGWはダーリンの初孫(2歳ちょっと)が初めてLothlórien_山小舎に遊びに来てくれたので、4月の末からそのお迎えのための大掃除やら準備やらで大わらわ!  (← 日頃、お掃除をいかにサボっているかの証でもある 汗)  賑やかで楽しい数日を経てようやく一段落したところで、先月の読書のまとめをしていなかったことを思い出しました。  ま、てなわけで、4月の読書のまとめです。

2014年4月の読書メーター


読んだ本の数:14冊
読んだページ数:4675ページ
ナイス数:23ナイス

獣の奏者 2王獣編 (講談社文庫)獣の奏者 2王獣編 (講談社文庫)
読了日:4月30日 著者:上橋菜穂子

獣の奏者 1闘蛇編 (講談社文庫)獣の奏者 1闘蛇編 (講談社文庫)
読了日:4月28日 著者:上橋菜穂子

軽装版 流れ行く者 (偕成社ポッシュ)軽装版 流れ行く者 (偕成社ポッシュ)
読了日:4月26日 著者:上橋菜穂子

天と地の守り人〈第3部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)天と地の守り人〈第3部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:4月25日 著者:上橋菜穂子

天と地の守り人〈第2部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)天と地の守り人〈第2部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:4月23日 著者:上橋菜穂子

天と地の守り人〈第1部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)天と地の守り人〈第1部〉 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:4月22日 著者:上橋菜穂子

蒼路の旅人 (軽装版偕成社ポッシュ)蒼路の旅人 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:4月20日 著者:上橋菜穂子

神の守り人〈下〉帰還編 (軽装版偕成社ポッシュ)神の守り人〈下〉帰還編 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:4月18日 著者:上橋菜穂子

神の守り人〈上〉来訪編 (軽装版偕成社ポッシュ)神の守り人〈上〉来訪編 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:4月15日 著者:上橋菜穂子

虚空の旅人 (軽装版偕成社ポッシュ)虚空の旅人 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:4月11日 著者:上橋菜穂子

夢の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)夢の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:4月10日 著者:上橋菜穂子

闇の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)闇の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:4月8日 著者:上橋菜穂子

精霊の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)精霊の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)
読了日:4月7日 著者:上橋菜穂子

物語ること、生きること物語ること、生きること感想
KiKi がどこかで強く感じていた、彼女の精神との親和性の一番の元を見つけたような気分になる読書でした。  本が大好きで、その物語世界に遊ぶ楽しさ、ラクチンさを堪能した頃に訪れた、変化の兆し。  そこにあるのは主体性というか能動性への渇望。  どこかおっかなびっくりながらもその一線を自分が能動的に越えることに対する意味づけ。  そういう思考回路にこそ親和性の根っこがあった・・・・・そんな風に感じました。
読了日:4月5日 著者:上橋菜穂子,瀧晴巳

読書メーター


先月はたまたま Kindle で見つけちゃった「物語ること、生きること」を読んだ影響もあって久々に上橋作品を再読する1ヶ月となりました。  KiKi が上橋作品と出会うことになった「守り人・旅人シリーズ」を皮切りに「獣の奏者」、そして今日現在は「狐笛のかなた」と読み進めているところです。  これらの作品に関しては過去にブログエントリーを書いているので、敢えて読後感のエントリーは起こしていないけれど、どの作品も何度読んでも心の底が震えるように「いいなぁ」と感じます。

ひととおり上橋作品の再読が終わったら、久々に「岩波少年文庫」に戻る予定。  何年後かに孫娘が読書をするようになった時に、「おばあちゃんはね、このお話が大好き!」といって紹介できる本をいっぱい蓄えておきたいなぁ・・・・と改めて感じた孫の初訪問でした。  

相変わらず松葉杖が手放せず、行動を著しく制限されている KiKi です。  そういう状況であるということは即ち我が家の2階にある本棚や図書館にはアクセスできないということであり、結果的にその場(1階のリビングとかお布団の中とか 笑)にいながらにして本を入手できる電子書籍に頼るしかないということを意味します。  ま、てなわけで My Kindle にアクセスしてぼけ~っと本のリストを眺めていた時に目に飛び込んできて思わず衝動買いしてしまった本が本日の KiKi の読了本です。


物語ること、生きること [Kindle版]
著:上橋菜穂子  講談社(Kindle)

41+0W3WbXeL._AA278_PIkin4,BottomRight,-44,22_AA300_SH20_OU09_.jpg  (Amazon)

国際アンデルセン賞(児童文学界のノーベル賞)受賞!  作家になりたくて、でも、甘ったれの幸せな「夢見る夢子さん」のままじゃ作家には絶対なれないと思っていた10代。  自分で自分の背中を蹴っ飛ばし、外の世界に触れ、文化人類学の道を志した20代。  そして、その先に待ち受けていた「作家として生きつづける」という新たな登り坂......。  壮大な物語世界を生んだ作家の道程が問いかける、「読むこと」「書くこと」「生きること」とは。  (Amazon 内容紹介より転載)

図書館で上橋さんの「精霊の守り人」を借りて以来、嵌りに嵌った上橋ワールド。  その後「守り人 & 旅人」シリーズ全作、「獣の奏者」、「狐笛のかなた」、「月の森に、カミよ眠れ」、「隣のアボリジニ――小さな町に暮らす先住民」と彼女の手になる作品をそれこそ貪るように読み耽った日々が昨日のことのように思い出されます。

彼女の作品を読み進むにつけ、どこか根っこの部分で彼女の感性のようなものと KiKi 自身の感性のようなものにある種の親和性みたいなものを感じるようになりました。  そして彼女のプロフィールを眺めてみたらほぼ同い年であることが判明!  KiKi が感じる親和性の正体は「ある種の時代感覚か?」と思ったものでした。  そしてその後インタビュー記事やら岩波少年文庫の発刊60周年記念リーフレット、更には「『守り人』のすべて 守り人シリーズ完全ガイド」などを読んでみてわかったことは、彼女と KiKi は子供時代に同じような本を読んで感銘を受けていたんだなぁということでした。

3月16日に転んで左足の靭帯損傷というハプニングに見舞われ、それ以降ずっとPCとはほぼアクセスできない(KiKi のPC部屋は2階にあるんだけど、この怪我のため階段の上り下りができない 涙)毎日を過ごしていました。  未だに痛みが取れず、足にはサポーター、歩くときは松葉づえという状態です。  そんな状態により、動き回ることが著しく制限されるうえに、ただずっと座っているというのもかなり疲れてしまうため、結果的に寝っころがったり椅子に座ったりを繰り返す毎日です。  ま、てなわけで、生活のペースが乱されっぱなしで、読書も思いのほか進みません ^^;  そんな中で3月に読了した本をご紹介しておきたいと思います。


2014年3月の読書メーター
読んだ本の数:6冊
読んだページ数:0ページ
ナイス数:36ナイス

随筆 宮本武蔵随筆 宮本武蔵
読了日:3月31日 著者:吉川英治

宮本武蔵 08 円明の巻宮本武蔵 08 円明の巻
読了日:3月25日 著者:吉川英治

宮本武蔵 07 二天の巻宮本武蔵 07 二天の巻
読了日:3月23日 著者:吉川英治

宮本武蔵 06 空の巻宮本武蔵 06 空の巻
読了日:3月22日 著者:吉川英治

宮本武蔵 05 風の巻宮本武蔵 05 風の巻
読了日:3月19日 著者:吉川英治

宮本武蔵 04 火の巻宮本武蔵 04 火の巻
読了日:3月2日 著者:吉川英治

読書メーター


2月半ばから怪我をした3月半ばまでは大雪のためにのんびり読書をしている暇もなく、ようやく雪かきが一段落し、自分の愛車が動かせる状態になったところでの今回のハプニング。  つくづくついていません。  せっかく始めたお茶のお稽古にも行けなくなってしまったし、ホント、散々な2月、3月でした。  しかも月末近くにはじぃじが再び狭心症の発作を起こし、入院・・・・な~んていう事態まで重なってしまいました。

手術が必要だったので家族の同意書への捺印という手続きが必要で、松葉づえをつきながら大慌てで病院に駆けつけました。  病院の入り口では KiKi 自身が通院患者と間違われ、


「いえ、私は付き添いで、患者は私の父です。」


と言うと、病院職員さんも唖然としていました。  本来なら付き添いのはずの人間までもが車椅子に乗り込み、親子で仲良く車椅子に乗った姿には病院のスタッフさんも、父に付き添って来てくれた老人ホームの職員さんも、更にはダーリンまでも誰もが苦笑・・・・・。


Lothlórien山小舎の本棚はPCと同じ2階の書斎スペースにあるので、PCにアクセスできないのと同じ理由でこの本棚にもアクセスできない日々を過ごしています。  もちろん図書館にも行けません。  結果的にご覧のとおり、電子書籍1色の読書と相成りました。  読みたいと思っている本があるんだけど、いつになったらその本に自力でアクセスできるようになることやら・・・・・。  PCだけは2日ほど前にダーリンに階下に運んでもらったので、このエントリーは何とか書いているけれど、次のエントリーがいつ書けるのか?は今のところちょっと不明です。


2月24日の午前中、屋根からの落雪(落氷と呼ぶべきかも??)によりLothlórien_山小舎の電話線がぶち切られてしまいました。  同じような被害が多発しているようで、早速NTTに修理を依頼するも、3月6日まで工事には来れないとのこと。  結局、昨日の夕方、何とか工事の担当者がスケジュールをやりくりしてくれて、やっと昨晩からネット環境が回復しました。

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ま、てなわけで、ちょっと遅れちゃったけど、先月の読書のまとめをしておきたいと思います。  直近の読了本の何冊かはまだ Review をまとめていません。

2014年2月の読書メーター
読んだ本の数:11冊
読んだページ数:3741ページ
ナイス数:46ナイス

すらすら読める南方録すらすら読める南方録
読了日:2月27日 著者:筒井紘一

小説十八史略(五) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)小説十八史略(五) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)
読了日:2月26日 著者:陳舜臣

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)
読了日:2月25日 著者:森下典子

利休百話 (Tanko shinsho)利休百話 (Tanko shinsho)
読了日:2月24日 著者:筒井紘一



檀ふみの茶の湯はじめ檀ふみの茶の湯はじめ感想
この本は「婦人画報」という雑誌の企画の1つとして、茶道未経験者の壇ふみさんが、お茶のお稽古を始めるのと同時にお茶にまつわるあれこれを実体験してみてのエッセイ集です。  一般ピープルと同じように「何が何やらチンプンカンプン」という状態を隠し立てすることなく、軽妙な語り口で素直に語っているところに共感を覚えます。  と同時にその企画を推し進めた編集者との人間関係もどこかコミカルで「茶道未経験者」に興味を促す一助となる内容になっていると感じました。
読了日:2月22日 著者:檀ふみ

小説十八史略(四) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)小説十八史略(四) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)感想
あっちも短命ならこっちも短命。  あっちでも皆殺しがあればこっちでも皆殺しという感じで、まあそれが「乱世」というものなのかもしれないけれど、「和を以って尊しとなす」という精神文化の国に生まれ育った KiKi には唖然とするしかないような物語の連続です。  今回の読書で KiKi が一番感じたこと。  それはあの我が大和の国の聖徳太子様が、十七条憲法の第一条で「和を以って尊しとなす」と定められた背景にはこの古代中国の歴史の影響があるのではないかなぁ・・・・・ということです。
読了日:2月19日 著者:陳舜臣


しばわんこ 和のお道具箱しばわんこ 和のお道具箱感想
本来ならおばあちゃんとかおかあさんとか、身近な先達から教わるはずの様々な「日本人の暮らしぶり」、「礼儀作法」、「歳時記的なイベントの正しい過ごし方」等々のいわゆる「先祖伝来の和の知恵」をなぜか柴犬に教えてもらうというこのシリーズ。  絵の可愛さもさることながら、なかなか内容が深く「知っているつもり」だった様々な和の文化についてやんわりと知の軌道修正をしてくれます。  でもこういう本がもてはやされるということ 即ち 核家族化がもう後戻りできないほどに進んでしまったという証左なんでしょうね。
読了日:2月15日 著者:川浦良枝


小説十八史略(三) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)小説十八史略(三) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)感想
中国が西に北にと拡大していく様子がよくわかる時代ですねぇ。  国が膨張をすることにより得られる豊かさもある反面、暗愚な君主を抱いていては手におえない問題が多発すること、そしてその内憂により一見華やかで安定した社会のように見えていた世界・価値観が破綻していく様がよく描かれているなぁと感じました。
読了日:2月13日 著者:陳舜臣

小説十八史略(二) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)小説十八史略(二) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)感想
この巻では始皇帝の晩年から、項羽と劉邦の争い、そして漢の成立、武帝の登場までが描かれています。  物語自体は楽しく読んだものの、読了した今、じゃあ書かれていたことの中で何を覚えているのか?と自問してみると、読み始める前とほとんど変わらず、秦を倒したのは漢の高祖(劉邦)で、その後パッとしない後継者がいて武帝が登場・・・・というだけのもの。  ただ項羽と劉邦の戦いについては久々に文字になっているものを読んだので、かなりワクワクしたという記憶だけは鮮明です(苦笑)
読了日:2月6日 著者:陳舜臣

小説十八史略(一) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)小説十八史略(一) (講談社文

庫―中国歴史シリーズ)感想
高校時代の世界史の授業の中でもっとも苦手だったのは「古代中国史」でした。  まるで日替わりメニューのように、次々と表れる王様 & 国々。  しかもその大多数がいわゆる「当用漢字」にはないような漢字で書かれ、しかも表れては消える(復興したりもする)ので何が何やらちんぷんかんぷんでした。  この第1巻はまさにその KiKi が超苦手としていた「古代中国史」の時代を扱っています。  案の定、次々と表れる王様の名前やら国名に翻弄されながら、知識として蓄えられることは何一つないまま読了してしまいました ^^;  で
読了日:2月3日 著者:陳舜臣

一億人の茶道教養講座一億人の茶道教養講座
読了日:2月2日 著者:岡本浩一

読書メーター

せっかくお茶のお稽古に通い始めたというのに、今回の大雪のおかげで2回目のお稽古は心ならずも欠席することになってしまった KiKi。  ならばせめて何らかの自習ぐらい・・・・とばかりに昨日、久々に下山した先にある図書館で茶道に関連する本を何冊か借り出してきました。  その中の1冊が本日の読了本です。

壇ふみの茶の湯はじめ
著:壇ふみ ハースト婦人画報社

51WzJWXS9JL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

茶の湯とまったく縁のなかった檀ふみさんが、茶道に入門して、初茶会をひらくまで。  「婦人画報」の連載をきっかけに、花に料理に書に禅に、茶杓作りに茶摘みまで日本文化を、カラダで感じた痛快エッセイ。  (Amazon より転載)

図書館で借り出した5冊のうち、一番さらっと読めそうなこの本をまずは読んでみました。  壇ふみさんという女優さんは何気に好きなタイプの女優さんだし、かなりの年齢まで茶の湯と縁がなかったということで妙な親近感を覚えたっていうこともあります。  そしてもっとも KiKi にとって魅力的だったのはやたら高価なお道具を紹介するだけ・・・・というような内容の本ではなく、茶碗も茶杓も仕覆も壇さんの手作りなら、最後に開催されるある意味無謀(?)な茶会の寄付で飾られたのが檀さんのお父様、檀一雄さんの色紙というその手作り感みたいなものに猛烈に共感するところがあったからです。

もちろん茶道という精神世界のストイックな求道者であれば、一流のお道具、一流のお軸というように拘って然るべきところもあるだろうと思うけど、その「一流好み」というヤツが一般ピープル、まして決して経済的に余裕があるわけではない人間には「どこか違う世界のモノ」という感覚を持たせる最大の原因となっていると思うんですよね。  実際、子供時代の KiKi がせっかく茶道というものに興味を持った際に母が反対したのも「お金がかかるから・・・・」という理由が最大のものだったし、その後OL生活を始めたばかりの KiKi が再度興味を持ったにも関わらず結局断念したのも「何だか私の経済力では手を出せそうもない・・・・・」とビビっちゃったからだったし・・・・・。

でも、せっかく日本人として生まれて「日本文化の総合芸術」と呼ばれることもある茶道を知らずに一生を終るのはやっぱりどこか勿体ないとも思うわけでして・・・・・・。  

小説十八史略(4) 陳舜臣

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豪雪にまみれ、雪かきやら何やらで忙殺されて疲労も Max に近い中、何とか読了したのが古代中国史の中でももっともゴチャゴチャしていて何が何やらわからない時代のお話・・・・・。  学生時代もちんぷんかんぷんだったけど、せっかくの今回の読書も己の生存のための格闘の中では字面を追って終わりというのに近い状態でほとんど身につくことなし・・・・・(涙)  でもまあ、せっかく読了したので記録ぐらいはちゃんと残しておこうと思います。

小説十八史略(4)
著:陳舜臣  講談社文庫

21D76C72DAL._SX230_.jpg  (Amazon)

三国志時代、それは中国史上でもっとも波乱に富み、もっとも興味深い時代である。  後漢の無法政治の闇のかなたからヒーローの時代の光が差す。  諸葛亮孔明と劉備の親交、曹操の権謀、孫権の術数など、人々は躍動し、蠢動する。  そして、次なる隋の大統一達成まで、時の流れは瞬時のよどみもない。  (文庫本裏表紙より転載)

この第4巻がカバーしているのは、三国志の時代から、司馬炎の晋、さらには五胡十六国というゴチャゴチャしていてどうしても記憶に残らない乱世を経て迎えた南北朝時代、そして最終的には隋により南北が統一されるまでです。  馴染みのある三国志時代まではかなり楽しく読むことができたんだけど、そこから先は正直ちょっぴり苦痛な読書となりました。

と言うのも入り乱れる民族の数だけは増えるんだけど、建っては滅びる大小さまざまな王国に個性みたいなものがまったく感じられないんですよ。  生まれては消えていく王国はそれぞれ出自こそ違えども、どれもこれもが似たりよったりの興亡の経緯を見せるうえに、滅びる時にその原因となる出来事も似たりよったり・・・・・。  このこと即ち記憶に残らないということとも同義なわけで、連日の雪かき作業で疲労困憊している身には誰が誰やら、何が何やらという感じです。  結果、印象に残るのは「よくもまあこれだけ多くの覇者が生まれては消えていったもんだ」ということと、「ホント、中国人っていうのは激しいわねぇ・・・・」ということぐらい ^^;

あっちも短命ならこっちも短命。  あっちでも皆殺しがあればこっちでも皆殺しという感じで、まあそれが「乱世」というものなのかもしれないけれど、「和を以って尊しとなす」という精神文化の国に生まれ育った KiKi には唖然とするしかないような物語の連続です。  


柴犬と三毛猫のコンビに「和の暮らし」を教えてもらう「しばわんこシリーズ」。  既に何巻も出ているようですが KiKi にとってはこれが3冊目です。

しばわんこ 和のお道具箱
絵と文:川浦良枝  白泉社

41ksrn9DWZL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

裁縫、炊事、庭道具、おもちゃや風鈴まで昔の人の知恵と楽しさがいっぱいの和のお道具たち!  大人気しばわんこ絵本特別編。  (Amazon より転載)

これまでの「しばわんこシリーズ絵本」が縦長だったのに、こちらは横長です。  「何でだろう??」と思ったんですけど、これ、特別編だったんですね。  ま、特別編だとどうして横長にしなくちゃいけないのか?はよくわからないけれど、それはまあちょっと横に置いておくことにしましょう。

以前「しばわんこの和のこころ 1&2」の Review にも書いたことだけど、今回の読書でも

本来ならおばあちゃんとかおかあさんとか、身近な先達から教わるはずの様々な「日本人の暮らしぶり」、「礼儀作法」、「歳時記的なイベントの正しい過ごし方」等々のいわゆる「先祖伝来の和の知恵」をなぜか柴犬に教えてもらうというこのシリーズ、絵の可愛さもさることながら、なかなか内容が深く「知っているつもり」だった様々な和の文化についてやんわりと知の軌道修正をしてくれます。

それにしても日本人をやって50年超を過ごしているはずの KiKi がどうしてこういうことを柴犬に教えてもらわなくちゃいけないんだろう???  しかもこの柴犬(しばわんこ)、KiKi よりも姉さん被り & 割烹着姿が様になっています(笑)

こういう本がもてはやされるということ 即ち 核家族化がもう後戻りできないほどに進んでしまったという証左なんでしょうね。

というまったく同じ感想を抱きました。(← 進歩がない? 苦笑)


頁だけは着々と進むものの、ほとんど何も・・・・・と言っていいほど記憶には残っていかない「中国史」です。  全6巻のうちようやく前半を読み終えました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

小説十八史略(3)
著:陳舜臣  講談社文庫

21PETPHJQGL._SX230_.jpg  (Amazon)

名君武帝を得て、空前の黄金期を迎えた前漢にも、やがて衰退の風が吹き始める。  西暦8年、帝位を簒奪した王莽は新を樹てた。  しかし、その政権は余りにもあっけなく滅ぶ。  ― 英雄は激動の時代に生まれる。  大陸も狭しと濶歩した梟雄豪傑たち、そして美姫。  その確執葛藤の織りなす人間模様を活写。  (文庫本裏表紙より転載)

この巻では武帝がもたらした前漢の全盛期から同じ武帝末期の失政とそれに端を発する前漢の衰退と滅亡。  続く王莽の時代、さらには後漢の成立と外戚・宦官の横暴によるその衰退。  そしてそんな中で発生した黄巾の乱とそれが契機となった群雄の登場までがカバーされています。  要するに最後の方であの超有名な「三国志」の登場人物たちが少しずつ顔を見せ始めます。

「三国志」(「三国志縁起」をベースにした物語集というべきか)だけはそこそこ読んできた KiKi ですが、その三国志の時代に至るスッタモンダをあらためて知ることができたという意味ではかなり貴重な読書体験になりました。  これだけ乱れに乱れていたら、そりゃあ弱肉強食、群雄割拠の時代が訪れるには十分すぎるほどの時代背景だよなぁ・・・・・と。  と同時に、このシリーズを読了したら早速着手しようと準備している「北方謙三 史記・武帝記」の読書へは大きなモチベーションとなる1冊でした。


高校時代から苦手意識の元凶となっていた中国史。  とは言えお隣の国 あ~んど 文化的には我が日本国は何かとお世話になった国の歴史ですから、覚える・覚えないはともかくざっと俯瞰してみようと読み始めたシリーズの2巻目です。  ま、たまたま父の蔵書として手元にあったから読み始めたんですけどね(苦笑)

小説十八史略(2)
著:陳舜臣  講談社文庫

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始皇帝死後、陣勝、呉広の乱に端を発し、中国大陸はふたたび戦乱の渦にまきこまれた。  項羽、劉邦の相次ぐ挙兵。  大秦帝国はもろくも滅んだ。  そして劉邦と項羽の争いは劉邦に凱歌があがる。  漢の誕生である。  文帝、景帝につづいて即位した武帝は、漢に黄金時代をもたらす。  時代を動かす英雄たちの足跡。  (文庫本裏表紙より転載)

この巻では始皇帝の晩年から、項羽と劉邦の争い、そして漢の成立、武帝の登場までが描かれています。  物語自体は楽しく読んだものの、読了した今、じゃあ書かれていたことの中で何を覚えているのか?と自問してみると、読み始める前とほとんど変わらず、秦を倒したのは漢の高祖(劉邦)で、その後パッとしない後継者が何代かいて武帝が登場・・・・というだけのもの。  ただ項羽と劉邦の戦いについては久々に文字になっているものを読んだので、かなりワクワクしたという記憶だけは鮮明です(苦笑)

我が国の豊臣秀吉同様、どうしても「成り上がり者」の印象の強い劉邦だけど、やたらと血筋のよろしい方と比較して、どこか底知れない魅力みたいなものを感じさせると思います。  

結構面白かったのは、漢建国後の女性たちの暗躍ぶりのお話で、皇帝の寵姫にとんでもないことをしちゃう皇后さんのお話はさすがにゾッとしちゃう(だってそのなぶり殺しぶりは人間のすることとは思えない・・・・ため息)けど、それ以外の女性たちのやっていることはもう少しソフトで(とは言っても自分に都合の悪い人は殺しちゃうわけだから決して心から感心はできないけど)、彼の国の歴史の鮮烈な部分をあらためて認識したように思います。

      

じぃじの趣味の1つは中国文化史探求です。  その流れの中で「水墨画」に手を出したり、「篆刻」に手を出したり、「囲碁」に手を出したり、「陶芸」に手を出したり(← 中国文化のような日本文化のような・・・・という感じですが ^^;)という流れがあるのですが、どれ一つとして極めてはいません(苦笑)  ただあれにもこれにも手を出したということは「広く浅く」知識を蓄えたということにも通じていて、ちょっとした博学ぶりを示しています。  現在お世話になっている老人ホームでも施設長さんから「本当に幅広く色々なことをご存知で、お話していると勉強になります。」なんぞと言われています。

さて、そんな「中国文化史探求」の趣味の中でもっとも長続きしているのが読書による知識の整理という分野で、暇な老人ホーム暮らしの中で KiKi に対してもっとも注文が多いものの一つに「本の調達」というお仕事が挙げられます。  特に12月は病院生活が長かったため、読書でもしていなければ暇で暇でしょうがなかったみたい・・・・・。  何せ入院の原因となった病気が「狭心症」ですから、日がな一日ベッドの上で過ごすことが余儀なくされていたのですから・・・・・。  そんな時期にじぃじからのリクエストで調達した本を「せっかく手元にあるわけだから・・・・・」と KiKi も読み進めてみることにしました。  本日はその第1作目です。

小説十八史略(1)
著:陳舜臣  講談社文庫

51RHSGSZKGL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

夏に先だつ幾千年、中国中原に君臨した神々。  時代は下り、やがて殷へ。  暴君紂王を倒して次なる世界を開いたのは周だった。  その周を大動乱をへて秦に統一される。  ― 英雄は激動の時代に生まれる。  大陸も狭しと潤歩したあまたの梟雄豪傑たち、そして美姫。  その確執葛藤の織りなす人間模様を活写。  (文庫本裏表紙より転載)

高校時代の世界史の授業の中でもっとも苦手だったのは「古代中国史」でした。  まるで日替わりメニューのように、次々と表れる王様 & 国々。  しかもその大多数がいわゆる「当用漢字」にはないような漢字で書かれ、しかも表れては消える(復興したりもする)ので何が何やらちんぷんかんぷんでした。  中学時代のKiKi は「歴史」を「暗記科目」とは考えていなかったのですが、高校に入って世界史を学ぶようになってから、必然的(?)に「暗記科目」扱いしないと授業のスピードについていけないというジレンマに陥り、結果的に「世界史」という科目を得意科目から苦手科目に大転落させたという苦~い経験を持っています。

この第1巻はまさにその KiKi が超苦手としていた「古代中国史」の時代を扱っています。  案の定、次々と表れる王様の名前やら国名に翻弄されながら、知識として蓄えられることは何一つないまま読了してしまいました ^^;  でも、そこは「テスト」のない気楽さも手伝い、「あんなこともあった、こんなっこともあった」というエピソードの羅列としては楽しく読むことができました。  「誰が、いつ、あんなことをした」は相変わらず頭には残っていないんですけどね。

  

今年の1月は新年のご挨拶以外、まったくエントリーを書かないまま終わってしまいました。  昨年、実生活でもネット生活でも色々なことがあったうえに、新年は久々のダーリンのお里への里帰りがあったり、そのついでにご無沙汰しっぱなしのうちの家系の親戚筋へのご挨拶があったりとバタバタしていたため、ブログにまで手が回りませんでした(苦笑)  それでも確実に時はこれまで通りに過ぎていき、ふと気がつけば「読書のまとめ」をしておかなければいけない時期が訪れていました。  ま、てなわけで、読後感等々はまったくまとめていない「読書記録」ですが、一応「読書だけは細々と続けていたんだよ。」という記録としてこのエントリーは残しておくことにしました。

2014年1月の読書メーター
読んだ本の数:19冊
読んだページ数:461ページ
ナイス数:29ナイス

誰が歴史を歪めたか―日本史の嘘と真実 (祥伝社黄金文庫)誰が歴史を歪めたか―日本史の嘘と真実 (祥伝社黄金文庫)
読了日:1月29日 著者:井沢元彦

15分で読める教養書 中国気風を味わって!~四千年を高速で追ってみよう~15分で読める教養書 中国気風を味わって!~四千年を高速で追ってみよう~
読了日:1月27日 著者:22

利休と遠州利休と遠州
読了日:1月27日 著者:薄田泣菫

茶話 01 大正四(1915)年茶話 01 大正四(1915)年
読了日:1月27日 著者:薄田泣菫

アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 孔子アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 孔子
読了日:1月27日 著者:22

15分で読める哲学者たち Friedrich Nietzsche《ニーチェ》15分で読める哲学者たち Friedrich Nietzsche《ニーチェ》
読了日:1月27日 著者:22

アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 朱子アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 朱子
読了日:1月27日 著者:22

アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 荀子アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 荀子
読了日:1月27日 著者:22

アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 老子アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 老子
読了日:1月27日 著者:22

アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館  荘子アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 荘子
読了日:1月27日 著者:22

アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 王陽明アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 王陽明
読了日:1月27日 著者:22

アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 ソクラテスアトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 ソクラテス
読了日:1月27日 著者:22

アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 プラトンアトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 プラトン
読了日:1月27日 著者:22

アトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 アリストテレスアトリエ・ポポロの15分で読める小さな世界教養図書館 アリストテレス
読了日:1月27日 著者:22

黒田如水黒田如水
読了日:1月25日 著者:吉川英治

茶の本茶の本
読了日:1月20日 著者:岡倉天心

茶の本 03 改版に際して茶の本 03 改版に際して
読了日:1月20日 著者:村岡博

茶の本 02 訳者のことば茶の本 02 訳者のことば
読了日:1月20日 著者:村岡博

茶の本 01 はしがき茶の本 01 はしがき
読了日:1月20日 著者:岡倉由三郎

読書メーター


読了冊数だけ見ると、19冊とそこそこの冊数を読み進めたかのように見えますが、実はその冊数の大半を稼いでいる(?)のが「アトリエ・ポポロ」の本で、これはタイトルにもあるように「15分で読める~」というシリーズなので、全冊まとめてようやく通常 KiKi が読む本分ぐらいの Volume なので見かけほどは読書ができなかった1か月でした。

先月は出歩くことが多く、あちこちへ移動している時間が長かったため、持ち運びに便利な「Kindle 無料本」ばかりを読んでいた結果がこれ(↑)です(苦笑)。  でもそういう時ほど「電子書籍」の便利さは実感できるものですね。  これでもっと安価な「電子書籍」が充実してくれば文句なしなんですけどねぇ・・・・・。  


2013年12月の読書のまとめです。  先月は病院通い & 老人ホーム通いが忙しかったため、「読後感」を文章にまとめる余力はほとんどなく、結果的に「読んだ本リスト」状態になってしまっています ^^;  それでも今年前半のように「読書する余力さえない」状態ではなかったのがせめてもの救いでしょうか?(笑)

2013年12月の読書メーター

読んだ本の数:15冊

読んだページ数:3858ページ

ナイス数:33ナイス

宮本武蔵 04 火の巻宮本武蔵 04 火の巻
読了日:12月30日 著者:吉川英治

宮本武蔵 03 水の巻宮本武蔵 03 水の巻感想
武蔵の苦しさが他の人より一入大きいものになってしまうのは、「自分が求める理想の姿」がわからないながらも、畑仕事をしている老人の佇まいやら、ふとしたことで手にした花の切り口を一目見ただけで、常人なら察知することさえ困難な相手の器量が見えてしまうほどの「目利き」であることがまずあります。  そして更にはその相手の器量を素直に真正面から受け止め、そこに到達していない自分の未熟さに焦燥感を募らせてしまうところで、そんな武蔵の姿が凡人代表(?)の KiKi には痛々しく感じられます。
読了日:12月25日 著者:吉川英治


宮本武蔵 02 地の巻宮本武蔵 02 地の巻感想
この段階での武蔵はまだまだ「宮本武蔵」という名前自体がしっくりこない、「新免武蔵(たけぞう)君」であり、沢庵和尚のお言葉通り「短慮・浅薄の暴れん坊、野獣みたいなもの」という印象です。  もっとも、沢庵和尚の決して長いとは言えない言葉の中から何かを感じ取り、我が事としてそこから何かを悟る「天性の勘」みたいなものは、はっきりと示しています。  さらに、その沢庵和尚の導きにより姫路城の天守での「ひきこもり修行」の3年間、書物だけを助けとして自分と向き合う時間を持ち生まれ変わります。
読了日:12月24日 著者:吉川英治


宮本武蔵 01 序、はしがき宮本武蔵 01 序、はしがき感想
「01 序」は本当に序文だけ・・・・・(笑) でも、ここを読んでみると作者「吉川英治さん」がこれらの作品・その世界観・登場人物たちにどんな想いを抱いているのかがじんわりと伝わってきて、それが作品を読み進めていく中であたかも地下を流れる伏流水の如く、表面的には何ら声高な主張はしていないものの、「なくてはならないもの」「作品に流れるある種の生命線」のようにじわじわと伝わってくる感じがします。 と同時に、イマドキの本では滅多に味わえない何とも深みのある語彙選択・日本語のリズム感の美しさみたいなものが感じられます
読了日:12月23日 著者:吉川英治


三国志 02 桃園の巻三国志 02 桃園の巻
読了日:12月21日 著者:吉川英治

三国志 01 序三国志 01 序
読了日:12月20日 著者:吉川英治

美しい日本の歴史美しい日本の歴史
読了日:12月20日 著者:吉川英治

逆説の日本史16 江戸名君編 (小学館文庫)逆説の日本史16 江戸名君編 (小学館文庫)
読了日:12月19日 著者:井沢元彦

逆説の日本史 15 近世改革編―官僚政治と吉宗の謎 (小学館文庫)逆説の日本史 15 近世改革編―官僚政治と吉宗の謎 (小学館文庫)
読了日:12月14日 著者:井沢元彦

逆説の日本史 14 近世爛熟編 (小学館文庫)逆説の日本史 14 近世爛熟編 (小学館文庫)
読了日:12月11日 著者:井沢元彦

逆説の日本史13 近世展開編  江戸時代鎖国の謎 (小学館文庫)逆説の日本史13 近世展開編 江戸時代鎖国の謎 (小学館文庫)
読了日:12月10日 著者:井沢元彦

逆説の日本史〈12〉近世暁光編 (小学館文庫)逆説の日本史〈12〉近世暁光編 (小学館文庫)
読了日:12月6日 著者:井沢元彦

日本史の叛逆者―私説・壬申の乱 (角川文庫)日本史の叛逆者―私説・壬申の乱 (角川文庫)
読了日:12月4日 著者:井沢元彦

<決定版>世界の[宗教と戦争]講座 (徳間文庫)<決定版>世界の[宗教と戦争]講座 (徳間文庫)
読了日:12月4日 著者:井沢元彦

逆説の日本史(11)戦国乱世編 朝鮮出兵と秀吉の謎 (小学館文庫)逆説の日本史(11)戦国乱世編 朝鮮出兵と秀吉の謎 (小学館文庫)
読了日:12月3日 著者:井沢元彦

読書メーター

学生時代の初読の際には「流し読み」でほとんど印象にも残らなかった本書ですが、今回は何だか面白くて嵌ってしまっています(苦笑)  この違いは何なのか??  ま、学生時代にはまだまだ KiKi も未熟で女の子、女の子していたところが結構あったけど、その後の社会人人生の中で男社会の中で揉まれに揉まれた結果、KiKi の中の男性ホルモンが大分強力になったせいかもしれません ^^;  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

宮本武蔵 03 水の巻
著:吉川英治  青空文庫

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槍の宝蔵院を訪ねた武蔵。  傲岸な法師・阿巌を瞬殺するも、老僧・日観に「もっと弱くなれ」と諭され、例えようのない敗北感にひしがれる。  修行のためと置き去りにしたお通の残像に惑う恋心。  さらに、鼻息荒く乗り込んだ小柳生城ではやむなく逃亡することに...。  ついに、美少年・佐々木小次郎登場!  因縁の歯車が動き出す。  渦巻く功名心、恋心、敗北感...腕力満載、疾風怒涛の巻。  (Amazon 吉川英治文庫の内容(Bookデータベース)より転載)

この巻で特に印象的だったのは未だ武蔵が迷いの中にあり、書物の世界だけでは結局開眼しきれていない最大の人生目標、「本当の強さとは何ぞや?」を探し求めている姿です。  考えてみると時代や状況は異なれど、人は誰もがこの頃の武蔵と同じように「自分が求める理想の姿とはいったい何であるか?」を探し求めている時期が最も苦しい時代なのかもしれません。

ただ武蔵の苦しさが他の人より一入大きいものになってしまうのは、「自分が求める理想の姿」がわからないながらも、畑仕事をしている老人の佇まいやら、ふとしたことで手にした花の切り口を一目見ただけで、常人なら察知することさえ困難な相手の器量が見えてしまうほどの「目利き」である(実はそのこと自体が「常人ではない」ことの証左なんだけど、それには肝心の本人が気がついていない ^^;)ことがまずあると感じます。  そして更にはその相手の器量を素直に真正面から受け止め、そこに到達していない自分の未熟さに焦燥感を募らせてしまうところで、そんな武蔵の姿が凡人代表(?)の KiKi には痛々しく感じられます。

   

つい先日、このエントリーでお話したように、ほんの少しだけ Kindle の操作を理解したことによって何とか読むことができるようになった「吉川英治・宮本武蔵」を早速読み始めてみました。   「吉川英治・三国志」の方は現段階では全巻通読できないことが判明したのでしばらくの間、お休みです(苦笑)

宮本武蔵 01 序、はしがき
著:吉川英治 青空文庫

511hDLpCjYL._AA278_PIkin4,BottomRight,-46,22_AA300_SH20_OU09_.jpgのサムネール画像  (Amazon)

宮本武蔵 02 地の巻
著:吉川英治 青空文庫

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野に伏す獣の野性をもって孤剣をみがいた武蔵が、剣の精進、魂の求道を通して、鏡のように澄明な境地へ達する道程を描く、畢生の代表作。若い功名心に燃えて関ケ原の合戦にのぞんだ武蔵と又八は、敗軍の兵として落ちのびる途中、お甲・朱実母子の世話になる。それから一年、又八の母お杉と許婚のお通が、二人の安否を気づかっている作州宮本村へ、武蔵は一人で帰ってきた。  (Amazon 吉川英治文庫の内容紹介より転載)

世の男性諸氏にとっては「宮本武蔵」という名前は何らかの憧れをもって語られることが多いのではないかと思うのですが、残念なことに(?) KiKi は一応♀なので、これまでの人生の中でさほど彼という人物に興味をもったことがありませんでした。  時代小説・歴史ものは昔から好きだったうえに「吉川英治の宮本武蔵」とくればそこそこ評判も良かった作品なので、文学作品としての興味は辛うじて持ちあわせていたけれど、それ以上でも以下でもない・・・・・・そんな感じでした。

ま、その程度の興味なのでこの「吉川・宮本武蔵」は大学時代に斜め読みでサラサラッと一読したことはあれど、恐らくあまり熱意を持って読んだという感じではなかったのでしょうね。  正直なところ、さほど感銘を受けたとは言い難い読書だったうえにどんなお話だったのかもうろ覚え状態でした。  ま、逆に言えばその程度の「いい加減読書」しかしていなかったということもあって、以前から「機会があればもう一度読んでみよう」という思いだけは抱き続けてきた作品でした。

今回、Kindle で無料本として Get できたのはそういう意味では KiKi にとっては「神の恩寵」と言っても過言ではないような出来事で、迷わず最初のダウンロード本として選んでみました。 

「三国志」の方もそうだったけど「01 序」は本当に序文だけ・・・・・(笑)  でも、ここを読んでみると作者「吉川英治さん」がこれらの作品・その世界観・登場人物たちにどんな想いを抱いているのかがじんわりと伝わってきて、それが作品を読み進めていく中であたかも地下を流れる伏流水の如く、表面的には何ら声高な主張はしていないものの、「なくてはならないもの」「作品に流れるある種の生命線」のようにじわじわと伝わってくる感じがします。  と同時に、イマドキの本では滅多に味わえない何とも深みのある語彙選択・日本語のリズム感の美しさみたいなものが感じられます。


今年の自分への X'mas Present で Kindle Paperwhite を購入した KiKi。  早速 Kindle 本の中から無料本になっているこちらをダウンロードして読んでみました。

三国志 01 序 [Kindle版]
著:吉川英治 青空文庫

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三国志 02 桃園の巻 [Kindle版]
著:吉川英治 青空文庫

51RYXE+qcTL._AA278_PIkin4,BottomRight,-46,22_AA300_SH20_OU09_.jpg  (Amazon)

後漢末の3世紀、世はすでに朝廷の令は届かず、黄巾賊が人々への収奪を繰り返していた。  漢室の裔孫(えいそん)である劉備は、涿県楼桑村において母親と生活をともにしながら、「むしろ」を織り、売って暮らしていた。  そんな中、関羽、張飛は劉備の血筋を知り、その人格・識見に親しみ、劉備こそ盟主に万民を救わんとして、義兄弟の契りを交わす。  (Amazon 内容紹介より転載)

まずは Kindle の使い心地の Review から・・・・。  実は KiKi はダウンロードの労を少しでも少なくするために、今回 Kindle本の中の無料本から、吉川英治さんの「三国志」と「宮本武蔵」の全巻(現在配布されているもの)を一挙にダウンロードしました。  すると、画面上の表示を「リスト表示」(もう1つ「表紙一覧」という本の表紙のイメージを並べたものがある。  当然のことながらリスト表示の方が1画面に表示される件数は多い)を選んであってもダウンロードした本のリストが2ページに及んでしまいました。  ところがここで2ページ目を表示する操作方法がわからない・・・・・・ ^^;  

ま、てなわけで KiKi の心積もりとしては「宮本武蔵」から読み始める予定だったのが、1ページ目に表示された「三国志」を選ぶしかなくなってしまうというトラブル(?)に見舞われてしまいました。  もちろん中に「Kindle Paperwhite ユーザーガイド」も入っていたんですけど、これも2ページ目にいってしまったので KiKi 自身はその2ページ目に行きたくても行けないのですから、参照のしようがありません(涙)

ま、「三国志」の方もいずれは読んでみようと思ったからこそダウンロードしたのであって、どちらが先でも大きな問題はなかったんですけどね(苦笑)  で、この「02 桃園の巻」を読了したタイミングでたまたま画面の下部に指が触ってしまったことがあって、ふと気がつけばそのリスト表示の頁指定の画面が出てくるという幸運が突如訪れました。  ま、てなわけで今は「リスト表示」が何ページに及んだとしても問題なくお目当ての本に辿りつける操作方法を習熟したのですが、第一印象としては「機械の操作性」という面では Sony Readers の方に軍配があがるなぁ・・・・と感じていました。

付属の USB ケーブルでは充電時間がやたらと長くかかると聞いていたのですが、KiKi の印象としてはそれはさほど気になりませんでした。  ただ、充電中にUSBケーブルをつないだままの状態では画面上の電池マークには何の変化も起きず(要するに空っぽ状態のまま)だったのにはちょっと混乱させられました。  Sony Readers では充電されたら充電された分だけ目盛リが増えるうえに、満タンになれば画面上で 100% と表示してくれるのでそういう点でも分かりやすい。  ま、Kindle もケーブルを抜いてみると満タンになっていることが画面上でも確認できるんですけどね。

じゃあ充電中にどのくらい充電されたのか?はケーブルを抜かない限りわからないのか?と言えば、満タンになったかどうかに関してならば充電ケーブルのスロットのすぐ脇にちっちゃなパイロットランプがついていて、そのランプがオレンジから緑に変わるのがフル充電された目印らしい・・・・・。  でもこれ、色弱の人にはかなり分かりにくそうだし、何よりもあまり時間がない中で半分くらいまでは充電したいなぁ・・・・な~んていう時にはいちいちケーブルを抜かなくちゃいけないのだとしたらはっきり言って面倒くさいなぁと感じました。  (← 何か確認方法があるのかもしれませんけど ^^;)


今年の自分への X'mas Present

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さて、つい先日ダーリンからいただいた今年の X'mas Present のご紹介をしたわけですが、昨日、自分でも自分用の X'mas Present (← ま、要するに衝動買いの手前勝手な理由づけです ^^;)を Get しました。  実は KiKi は似たようなものを既に持っているんですけど、それではちょっと満足できなくなっていることが多々あって、とうとうこちらにも手を出しちゃった・・・・・そんな感じなんですけどね。  ではその自分用の X'mas Present のお披露目と参りましょうか。  それはこちら(↓)です。



パンパカパ~ン!!!    



Kindle Paperwhite(ニューモデル)

kp-slate-01-lg-holiday_b.jpgのサムネール画像  (Amazon)

反射しないディスプレイ―明るい日差しの中でも読みやすい
片手で読書:一般的なタブレットより30%軽い
4GBに増えたストレージで最大4,000冊を保存(一般的な書籍の場合)
数時間ではなく、数週間持続するバッテリー
タブレットのバックライトよりも目に優しく読みやすいフロントライト搭載

実は KiKi はこれ以外にも以前このエントリーでお話した Sony Readers を1つ持っています。  にも関わらずどうしてこの別の電子書籍リーダーにまで手を出しちゃったか?と言えば単なる「新し物好き」という以上に別のちゃんとした理由もあったりするんですよね。  

    

相変わらず病院 & 老人ホーム通いのため、まったくといっていいほど時間の余裕がない KiKi です。  でも、このエントリーだけは忘れずにやっておかないといずれ(って1か月後だけど ^^;)データが消えちゃうのでとりあえず読書のまとめをしておきます。

2013年11月の読書メーター
読んだ本の数:9冊
読んだページ数:3318ページ
ナイス数:46ナイス

新版 指輪物語〈追補編〉新版 指輪物語〈追補編〉
読了日:11月27日 著者:J.R.R.トールキン

新版 ホビット 下: ゆきてかえりし物語 第四版・注釈版新版 ホビット 下: ゆきてかえりし物語 第四版・注釈版
読了日:11月26日 著者:J.R.R.トールキン,ダグラス・A.アンダーソン

新版 ホビット 上: ゆきてかえりし物語 第四版・注釈版新版 ホビット 上: ゆきてかえりし物語 第四版・注釈版感想
この本がオススメできる最大の理由はトールキンの自筆の挿し絵がふんだんにしかもカラーで掲載されているところだと感じます。 但し地図は別です。 まずこの上巻には地図が載っていません。 地図の話をしている場面であってさえも・・・・。 一応、下巻の方には「荒れ野の地図」も「スロールの地図」も二色刷りで掲載されているのですが、地図の話をしている時に同じ上巻の中にその絵がないのは不親切だなぁと感じました。 そして、その下巻に掲載されている地図にも不満が残るのは、地図上の文言が全て日本語になってしまっているところです。
読了日:11月21日 著者:J.R.R.トールキン,ダグラス・A.アンダーソン


ホビットの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)ホビットの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)
読了日:11月16日 著者:J.R.R.トールキン

ホビットの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)ホビットの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)
読了日:11月15日 著者:J.R.R.トールキン

ゲド戦記 5 アースシーの風ゲド戦記 5 アースシーの風感想
何となく鬱陶しいジェンダー思想丸出しになっちゃったゲド戦記。  気が乗らない中での読書だったので、正直なところあまりのめり込むことができませんでした ^^;  どちらかというと活字を追っているうちになんとか終わっちゃってやれやれ・・・・っていう感じでしょうか?  この作品から KiKi が読み取った一番大きなメッセージと思えるものは、「人間がこの世界をあたかも自分たちのために作りかえてきたかのように傲慢に振る舞っていることに対するある種の警鐘」という感じでしょうか・・・・。
読了日:11月12日 著者:アーシュラ・K.ル・グウィン,UrsulaK.LeGuin

ゲド戦記別巻 ゲド戦記外伝 (ソフトカバー版)ゲド戦記別巻 ゲド戦記外伝 (ソフトカバー版)感想
このゲド戦記。  メインの登場人物は有色人種だし、白人は乱暴で侵略が生業みたいなカルカド人の設定だし、ル=グウィンさんは「マイノリティ」とか「社会的弱者」に共感を覚えるタイプの人なんだろうなぁ。  まして彼女のお父さんA.L.クローバーは世界的な文化人類学者で、お母さんはあの「イシ」を描いた作家です。  白人優位主義とかアメリカお得意の「力が全て」みたいな姿勢にはどこか懐疑的なものを持たずにはいられない人だと思います。 でもねぇ・・・・・そこから発展していった行き先が「このフェミニズム」ですか??
読了日:11月11日 著者:アーシュラ・K.ル=グウィン,UrsulaK.LeGuin

ゲド戦記 4 帰還 (ソフトカバー版)ゲド戦記 4 帰還 (ソフトカバー版)感想
魔法の力を使い果たしたゲドは、まるで高度経済成長期の「燃え尽きサラリーマン」が定年退職を迎え、「濡れ落ち葉状態」な~んていう不名誉極まりない形容詞付きで表現されていたのとどこか似通っています(苦笑)  とは言え、一介の「燃え尽きサラリーマン」と一度は「大賢人」とまで呼ばれた男はやっぱり違うわけで、痛ましいほどにヨレヨレ & 茫然自失状態のゲドであっても、ちゃんと自力で「自分を見つめ直す」根性と覚悟ができちゃうところが秀逸だと感じました。
読了日:11月7日 著者:アーシュラ・K.ル・グウィン,UrsulaK.LeGuin

ゲド戦記 3 さいはての島へ (ソフトカバー版)ゲド戦記 3 さいはての島へ (ソフトカバー版)感想
第3巻ではゲドはクモと呼ばれる魔法使いの犯した過ちにケリをつけ世界に均衡と平和をもたらすために、彼の持つ魔法の力の全てを使い果たします。  後に残されたのがゲドとさいはての島まで同行した「暗黒の地を生きて通過し、真昼の遠き岸辺に達したもの、王者アレン」。  読んでいて感じたのはどうやらグウィンさんは「東洋思想」にちょっと近しい感覚を持つ人のようだということです。  でもね、それ(東洋哲学思想)を大賢人から若造へのありがた~いご指導という舞台にしないと語れないあたりはいかにも「アメリカ的」だな・・と。  
読了日:11月5日 著者:アーシュラ・K.ル・グウィン

読書メーター


先月は「ゲド戦記」と「ホビット」だらけの読書でした。  岩波少年文庫の「ホビットの冒険」は再読だったため、敢えて感想はアップしていませんでした。  新版「ホビット」の下巻 及び 「指輪物語 追補編」は本来ならなにがしかの記録を残しておきたいところだったのですが、じぃじの入院・転院・緊急手術でバタバタしてしまったため、このブログにもそうですが、利用している様々な読書関連サービスのサイトにも「読了フラグ」を立てる以上のことはできていません ^^;  

いずれ時間の余裕ができたら、そしてその頃まで読了後の感想が KiKi の中に残っていたら、何らかのエントリーを書いてみたいなぁ・・・・と今のところは考えています。


先日、このエントリーでもお話したとおり、同じ物語の「瀬田訳」を読了したばかりですが、たまたま衝動買いしたこちらの存在を思い出したので、せっかくの機会・・・・・とばかりに読んでみました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

ホビット ゆきてかえりし物語 (上)
著:J.R.R.トールキン 訳:山本史郎  原書房

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映画「ロード・オブ・ザ・リング」で世界中にブームをまきおこした J.R.R.トールキンの「指輪物語」。  その前章の物語「ホビット」の定本(第四版)の新訳版!  著者自筆の挿絵および各国語版の挿絵を収録。  時代を越えて読み継がれる名作の理解を助ける詳細な注釈つき。  2012年12月、3部作の第1弾「ホビット 思いがけない冒険」がついにロードショー!  (Amazon より転載)

KiKi が子供時代に出会った「ホビット」の日本語版は瀬田貞二さん訳の岩波書店のハードカバー本でした。  その後、長じてから原書房から山本さん訳の「ホビット―ゆきてかえりし物語」(↓)が出た際にこの「ゆきてかえりし物語」というフレーズに惹かれて(実際、原題・・・・かどうかははっきりしないけれど KiKi が持っている英語版 には There and Back Again という副題がついている)、読んでみようかと何度も思いました。

ホビット―ゆきてかえりし物語
著:J.R.R.トールキン 訳:山本史郎  原書房

51DFN3A19VL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ファンタジー界の金字塔「指輪物語」誕生のきっかけとなったのが本書。  著者トールキンがわが子のために書いた童話で、初版は1937年。  その後、続編となる大作「指輪物語」を書き進めるトールキンは、物語の整合性のため、前編ともいうべき「ホビット」に手を加え、2度3度と版を改めている。  51年版にはすでに邦訳があるが、本書は、アメリカのトールキン研究者ダグラス・A・アンダーソンが66年版をベースに、テキスト改訂の歴史をたどり注釈版として88年に出版したもので、本邦初の翻訳。  言ってみれば「ホビット」の決定版である。

特徴としては、著者自身によるイラストや、世界各国の翻訳版からの多様な挿絵が豊富に収められているところ。  そして、行間にときどき打たれる注ナンバー。  これは面倒であれば当然無視してかまわないが、本書は「注釈版」と銘を打つもの。  トールキンファンにとってはここがもっともおいしいところともいえる。  たとえば、闇の森を抜けて進むビルボが、巨大なクモの群れにお団子にされた仲間のドワーフたちを勇猛果敢に救出するくだりには、トールキンの談話としてこんな注釈がついている。  「話に蜘蛛の顛末をいれたのは、(中略)とくに息子の1人が激しく蜘蛛嫌いなのです。  この子をすっかり怖がらせてやろうと思って書いたのですが、この企みはまんまと成功しました」。  本書は「トールキン通」への道を約束してくれるだろう。  (Amazon より転載)

でも、結局長々とこの本を購入せずに(ついでに図書館で借りて読むこともせずに)きたのはひとえにこの「翻訳」に関して芳しからぬ評判を耳にしていたからでした。  そしてその芳しからぬ評判の中でもっとも KiKi の読書意欲を削いでくれちゃったのは、会話文の翻訳のところで「ナンタルチア」とか「サーラバイバイ」という一世を風靡(?)したかもしれないけれど死語と化しているように感じられる言葉が出てくるというお話と、ゴラムのセリフの中の "My Precious" が「僕チン」となっているというお話でした。

KiKi は辛うじて「ナンタルチア」は何気に記憶にあるものの「サーラバイバイ」はよくわからなかったし、"My Precious" の「僕チン」に至っては「何故そうなる??」と疑問符だらけ(ゴラムの "My Precious" は自分のことを言っているケースと指輪に呼びかけるケースがあるのに僕チンではその二重人格的な異様さがよく伝わってこない気がした)で、全体を読まずして「あとは推して知るべし・・・・」みたいな気分になっちゃって敬遠してここまできてしまいました。

でも映画化のおかげで比較的手を出しやすい文庫本も出たことだし、「ナンタルチア版」からは改訂もされていると聞いていたし、さらにはこちらのサイトで「ナンタルチア」や「サーラバイバイ」はともかくとして、情景描写なんかのところでは瀬田版よりも正しい翻訳になっている部分も多いということを聞きかじっていたこともあり、今回購入→読書という流れになりました。  さらに言えばトールキン・ファンの KiKi にとっては嬉しいほどの重厚な注釈(この上巻では本文246ページに対して、注釈が96ページ!)があるのも魅力でした。

ま、てなわけで注釈をいちいち参照しながら読み進めていたので上巻だけを読了するのに結構な日数がかかってしまったのですが、前評判から恐れていたほどには読みにくい訳ではなかったように感じました。  「ナンタルチア!」は消えて「驚き、桃の木、バナナの木」となっているのには結構笑えました。  「サーラバイバイ」は相変わらず・・・・・・。  「僕チン」は「愛シ子チャン」に変更されていて「僕チン」よりはいいけれど瀬田さんの「いとしいしと」のセンスにはちょっと及ばないかなぁ・・・・という感じでしょうか?(苦笑)

もう随分前にこの物語の Review は一度書いているのですが、たまたまつい先日、「ホビット 思いがけない冒険」のDVDを観たのを機に、再読してみました。

ホビットの冒険
著:J.R.R.トールキン 訳:瀬田貞二  岩波書店

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ひっこみじあんで気のいいホビット小人族のビルボが、ある日、魔法使いとドワーフ小人に誘いだされて、竜に奪われた宝ものを取り返しに旅立ちます。  (Amazon より転載)

ホビットの冒険(上)
著:J.R.R.トールキン 訳:瀬田貞二  岩波少年文庫

51H34SY57HL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ひっこみじあんで、気のいいホビット小人のビルボ・バギンズは、ある日、魔法使いガンダルフと13人のドワーフ小人に誘いだされて、竜に奪われた宝を取り返しに旅立ちます。  北欧の叙事詩を思わせる壮大なファンタジー。  (Amazon より転載)

ホビットの冒険(下)
著:J.R.R.トールキン 訳:瀬田貞二  岩波少年文庫

515B3CQ5STL._SL500_AA300_.jpgのサムネール画像  (Amazon)

魔法の指輪を手に入れたビルボとその一行は、やみの森をぬけ、囚われた岩屋からもなんとか脱出に成功。  ビルボたちは、いよいよ恐ろしい竜スマウグに命がけの戦いを挑みます。  「指輪物語」の原点といわれる、雄大な空想物語。  (Amazon より転載)

とりあえず物語の Review は前回のエントリーでそこそこ書いているし、今回の読書でさほど違う感想を持ったわけではないので、今日の Review はちょっと違う切り口で書いてみたいと思います。

今回の読書も前回同様、KiKi が読んだのはこちら(↓)の「岩波少年文庫特装版」です。  

2012_Aug16_001.JPGのサムネール画像

実は KiKi はこの「ホビットの冒険」に関しては4種類の和訳本を持っている(英語版を含めるともっと多い ^^;)のですが、その1冊は上でご紹介した1冊目のハードカバー本です。  KiKi が子供時代に最初に読んだのはこの本でした。  その後、このブログではお馴染みになった「岩波少年文庫 全冊読破企画」をぶち上げた際に、同じく上でご紹介した2冊目、3冊目の現在市販されている岩波少年文庫版を購入しました。  今はこれら2冊は東京のマンションの本棚でお留守番中です。  その後、その企画の延長線上で古本屋さんを巡りにめぐってようやく入手したのが「特装版全冊セット」で、これは今では KiKi の宝物になっており、Lothlórien_山小舎にはこの特装版とハードカバーが置いてあります。

ハードカバー版は何と言っても思い出が詰まっている、とても大切な1冊なのですが、なにぶんにも重い・・・・・ ^^;  お布団読書にはあまり向きません。  で、結果的にハードカバー本は今では「本棚の飾り」「家具調度品の1つ」と成り下がってしまいました。  でもどうしても捨てたり売却したりする気にはなれないんですよね~。  それだけ KiKi にとって大切な品ということなんだと自分では思っています。

      

何となく鬱陶しいジェンダー思想丸出しになっちゃったゲド戦記。  気分的には「もうおなかいっぱい!」っていう感じで最後まで読み続けるのにあんまり気が進まなかったのですが、何事も途中で放り出すのはどうも苦手な性分で、手掛けてしまった以上終わりまでいくしかない・・・・・^^;  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

ゲド戦記5 アースシーの風
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波書店

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故郷のゴント島で妻テナー、養女テハヌーと共に静かに余生を送るゲド。  竜が暴れだし、ふたたび緊張が高まるアースシー世界。  テハヌーは王宮に呼び出され、レバンネン王から重要な使命を与えられる。  (ソフトカバー版扉より転載)

ゲド戦記6 アースシーの風
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波少年文庫

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故郷の島で妻テナー、養女テハヌーと共に静かに余生を送るゲドも、70歳になった。  ふたたび竜が暴れだし、緊張が高まるアースシー世界を救うのは誰か。  (岩波少年文庫HPより転載)

気が乗らない中での読書だったので、正直なところあまりのめり込むことができませんでした ^^;  どちらかというと活字を追っているうちになんとか終わっちゃってやれやれ・・・・っていう感じでしょうか?  ところどころにはっとさせられるような記述もあるんですけど、結局どこかしらにジェンダーバイアスがかかったような記述が出てきて、そこで興ざめ・・・・・(苦笑)  KiKi 個人の結論としてはもともとのゲド戦記だった第3巻までで十分じゃないか?っていう感じです。

この作品から KiKi が読み取った一番大きなメッセージと思えるものは、「人間がこの世界をあたかも自分たちのために作りかえてきたかのように傲慢に振る舞っていることに対するある種の警鐘」という感じでしょうか・・・・。  

以前、このエントリーでも書いたように、KiKi が「ゲド戦記」を購入した頃、このシリーズは岩波少年文庫のラインナップには含まれていませんでした。  で、仕方なく今手元にある「ソフトカバー版」を Box Set で揃えたわけですが、その後だいぶ経ってから発刊された岩波少年文庫版とこのソフトカバー版の一番大きな違いは、こちらのソフトカバー版では外伝扱い(事実、外伝ではあるんだけど)で第5巻が「アースシーの風」となっているのに対し、岩波少年文庫版では第5巻がこの「ドラゴンフライ アースシーの五つの物語」と位置付けられ、「アースシーの風」は第6巻扱いになっていることでした。

で、調べてみると実際のところル=グウィン女史が書いたのも岩波少年文庫に収録されている順番だし、Wikipedia を見ると

「ドラゴンフライ」は「アースシーの風」と深いかかわりがあり、先に書かれたこちらを読むと理解が早い。

とあったので、KiKi もそのオススメに従ってまずはこちらを読んでみました。

ゲド戦記 別巻 ゲド戦記外伝
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波書店

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アースシーを鮮やかに照らしだす五つの物語「カワウソ」「ダークローズとダイヤモンド」「地の骨」「湿原で」「トンボ」と、詳細な解説を収める番外編。  ル=グウィンの構想した世界の全貌が見えてくる一冊。(ソフトカバー版扉より転載)

ゲド戦記 ドラゴンフライ アースシーの五つの物語
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波少年文庫

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5つの物語(「カワウソ」「ダークローズとダイヤモンド」「地の骨」「湿原で」「トンボ」)と、作者による詳しい解説を収める〈外伝〉。  作者の構想したアースシー世界の全貌が鮮やかに見えてくる、「ゲド戦記」ファン必見の一冊。  (岩波少年文庫HPより転載)

この本に収録されている作品は以下の通り(Wikipedia より転載)です。


「カワウソ」
ロークの学院開設の功労者にして、初代守りの長、メドラ(カワウソ/アジサシ)の一生を通じて、学院の黎明期を描く。

「ダークローズとダイヤモンド」
エシーリ(ダイヤモンド)とローズの恋物語(ローズの方は真の名が明かされない)。

「地の骨」
アイハル(ダンマリ、のちにオジオン)がヘレス(ダルス)に師事した時と、二人が協力してゴントの大地震を鎮めた時の顛末。

「湿原で」
ロークから逃げ出した魔法使いイリオス(オタク)と、彼を匿った未亡人エマー(メグミ)、そしてイリオスを追ってきた大賢人ゲドの物語。

「トンボ」
「アースシーの風」の重要人物オーム・アイリアン(ドラゴンフライ)の幼年期と青春時代、ロークへの旅と呼び出しの長達との対立、竜への覚醒までを描く。

アースシー解説
アースシーの世界観について、文化や歴史、伝説などの、作者による解説。


それぞれに大筋としてはなかなか読みごたえのある物語だったとは思うのですが、正直なところ KiKi にはあまり気に入りませんでした。  今日はその「気に入らない」ことに関して Review を書きたいと思います。  

モノの本によれば第3巻と4巻の間には発表までに長い間隔があったとのこと。  そのためか、第3巻までは表紙にしろ、各章の章題の下に付されている挿し絵にしろ、それらが切り絵細工風の趣のあるものだったのに対し、この第4巻からは何気に現代ものっぽい挿し絵に変更になっています。  と同時に第3巻まではメインの読者対象が子供だったのに対し、この第4巻は大人、それもちょっと鬱積した気分を抱えた女性を対象にしているのかな?と思わないでもありません。  ま、いずれにしろ本日の KiKi の読了本はこちらです。

ゲド戦記4 帰還
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波書店

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魔法の力を使い果たしたゲドは故郷ゴント島に戻り、テナーと再会する。  大火傷を負った少女も加えての共同生活が軌道にのりだした頃、三人は領主の館をめぐる陰謀に巻き込まれてゆく。  太古の魔法を受け継ぐのは誰か。  (ソフトカバー版扉より転載)

ゲド戦記4 帰還
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波少年文庫

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平和と秩序を回復するため全力を出しきったゲドは、故郷の島に帰った。  心身ともに衰えた初老のゲドに、思いがけない女性との再会が待っていた。  (岩波少年文庫HPより転載)

この物語の原語版が世に出たのが1990年、続いて日本語版が出たのが1993年なのだそうです。  いわゆる「ジェンダー」という言葉が「性の自己意識・自己認知(性同一性)」の問題を扱う世界で使われ始めたのが1950年代から1960年代にかけて、その同じ言葉が社会科学の分野で使われ始めるようになった(社会・文化的に形成された性;要するに性的役割というような分野で使われるようになった)のが70年代でした。  そしてその70年代に始まった定義が80年代に入るとフェミニストの間では「ジェンダー」という言葉の当然の定義となされるようになりました。  そういう意味ではこの物語が書かれた背景には確実にアメリカ社会における「女性の社会的自立・社会進出」の影響があったことは想像に難くありません。

だから・・・・・なのか、そこかしこに「ジェンダー論」的な表現が顔を出します。  だいたいにおいて、「ゲド戦記」と銘打っている割にはこの第4巻、メインの登場人物は第2巻の「壊れた腕環」でゲドに助け出された元大巫女のテナーと彼女がひょんなことから引き取ることになった大火傷を負った少女テルー、更には彼女たちの生活を何かと助けるコケばばとよばれるまじない女っていう感じで、色々な世代の女性のオン・パレードです。  


今日は「ゲド戦記」の3巻目の Review です。  巷の噂によればジブリのアニメ「ゲド戦記」はこの巻の内容をベースにしているとか・・・・・。  その映画は観ていないし、これからもたまたまつけた TV で放映されていて他には観るものもないような状況にでも陥らない限り、特に観る予定もないので「だから何だ?」っていう感じですが、もしもジブリ映画に関する何らかの情報を期待される方が何かの間違いでこのエントリーにお立ち寄りいただいたとしたなら、このエントリーでは全くそれには触れていないことを最初にお断りしておきます。

ゲド戦記3 さいはての島へ
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波書店

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大賢人ゲドのもとに、ある国の王子が知らせをもってきた。  彼の国では魔法の力が衰え、人々は無気力になり、まるで国中が死の訪れを待っているようだと。  ゲドはアレン王子を連れ、見えない敵を求めて旅に出る。  (ソフトカバー版扉より転載)

ゲド戦記3 さいはての島へ
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波少年文庫

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アースシーを治める大賢人となったゲドは、災いの源を断つため、若い王子をともなって最果ての地におもむき、死力を尽くして戦う。  (岩波少年文庫HPより転載)

第1巻では若造ゲド、第2巻では青年ゲド、そしてこの第3巻では初老のゲドという感じで老成していっています。  それに伴い、「才能ある魔法使いの弟子」 → 「竜人(竜と話せる人)」 → 「大賢人」と称号が変わってきています。 

さて、第2巻でゲドは世界に平和をもたらすとされる「エレス・アクベの腕環」を復元しました。  その時、KiKi は

ゲドのようにお気楽に

「見よ!  私は闇で光を見つけたぞ。  光の精を見つけたぞ。」

とか

「この人のおかげで、古き悪は滅び、 (中略) この人のおかげで、壊れたものはひとつになり、この人のおかげで、憎しみのあったところに平和がもたらされるんだ。」

な~んていう風には思えないんですけど・・・・・ ^^;

と書いたわけですが、案の定(?)、アーキペラゴ全域において魔法使いが大切にしてきた均衡が失われ、秩序とモラルが崩壊し始めていました。  そして、どうやらこの第3巻のメインプロットは「世界を平和に統治する優れた王の育成」ということになったようです。

物語によれば過去にアースシー全土の王となったマハリオンという方が、「暗黒の地を生きて通過し、真昼の遠き岸辺に達したものが私の後を継ぐであろう」と言い残したということになっています。  そして、このマハリオン亡き後、これまで800年玉座は空っぽだったとのこと・・・・・・  そして、この第3巻ではゲドを訪ねてきたエンラッドの王子アレンがゲドと共に異変の原因をつきとめ、処置をほどこす旅に同行することになるところから物語は始まります。  これはどうやらグウィン版「行きて帰りし物語」となる気配プンプンです(笑)。


2013年10月の読書のまとめです。  読書メーターに登録できた本の読了数が15冊。  これに追加で実家の「少年少女世界文学全集」から読了した「ジャングル・ブック」を含め、合計16冊でした。

2013年10月の読書メーター


読んだ本の数:15冊
読んだページ数:4514ページ
ナイス数:57ナイス


ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)感想
ものすご~く簡単にまとめてしまうと、第1作目は広い世界を転々と旅するゲドの姿を描く中で、彼が己という存在と向き合う話で、こちらの第2作目は閉鎖的な世界で、己を失わざるをえなかったテナーという少女がゲドとの出会いにより己を取り戻す話という感じなのではないでしょうか。  と同時に、第1作では影と戦えるのは自分だけしかいないというのに対して、この第2作目では他者との信頼関係を築くことによって、一人では成し遂げられない、より大きな課題へ挑戦することができるようになることが描かれているように思います。
読了日:10月31日 著者:アーシュラ・K.ル・グウィン,UrsulaK.LeGuin


ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)感想
この物語の中で扱われている「魔法」の概念が素晴らしい。  次にある種の「力」を手にすると、人間はとかく高慢になりがちで、それゆえに陥りがちな「自尊・虚飾」というものがあり、結果的にはそれに踊らされてしまう自分にある時ふと気がつかされる・・というプロットも。  更にはゲドが恐れる「影」は、決して「善 vs. 悪」というように対立するものではなく、片方があれば必然的にもう片方も同時にあるというようなものに過ぎなくて、それらから目を背け逃げようとすべきものではなく受容すべきものという考え方にも共感が持てます。
読了日:10月29日 著者:アーシュラ・K.ル・グウィン,UrsulaK.LeGuin


蠅の王 (新潮文庫)蠅の王 (新潮文庫)感想
ラーフとジャックは結局対立に至ったわけだけど、この物語に描かれているのは「善と悪」とか「理性と本能」とか「文明と野蛮」といったような現代人が好む概念上の対立ではないと KiKi には感じられます。  彼らは心理的・集団的な秩序を何とか見出そうと躍起になっていました。  ラーフたちが範としたのは彼らがそれまで暮らしていた文明社会で習い覚えた「理性的な秩序」とも呼ぶべきもの。  他方、ジャックたちが範としたのは軍隊的な統率・・・・とでも言うようなものです。  どちらが正しいとは簡単には断じられません。  
読了日:10月26日 著者:ウィリアム・ゴールディング


二年間の休暇(下) (岩波少年文庫)二年間の休暇(下) (岩波少年文庫)感想
イギリス人の中のリーダー的存在であるドニファンとフランス人のうちの兄であるブリアンの確執は、彼らの性格によるもの・・・・・というように描かれているけれど、英仏2国の歴史的な関係の縮図みたいな印象があります。  ヴェルヌ自身がフランス人のためか、どこかブリアンを「良い子」扱い、「人気者扱い」しているのがちょっと笑えます。  でも、よくよく読んでみると、ブリアンにもどこか小賢しいようなところ、計算高いところが見え隠れするのはやっぱりお国柄でしょうか・・・・・(笑)
読了日:10月23日 著者:ジュール・ヴェルヌ


二年間の休暇(上) (岩波少年文庫)二年間の休暇(上) (岩波少年文庫)感想
この物語の中で KiKi がもっとも「できすぎ」感を感じるのは、彼らが着るものにまったく困っていないところです。  8歳から14歳までの少年と言えば育ちざかりです。  とりあえず漂着した時点で着るものにさほど不自由していないのはいいとして、二年間という長いようでいて比較的短期間の自給自足生活で済んだことを考慮に入れたとしても、身体の成長に手持ちの衣類が追いつかなくて、ついでにやっている生活はサバイバリストのそれだから、あちこち破けたり綻んだりして着るものがなくなっていってもおかしくないのになぁ。
読了日:10月22日 著者:ジュール・ヴェルヌ


嘘だらけの日米近現代史 (扶桑社新書)嘘だらけの日米近現代史 (扶桑社新書)感想
この本に書かれている「アメリカとはこんな国」という記述の大半は正しいと認識しています。  それでも、この本には心の底から同調することができません。  何て言うかどこか喧嘩腰(しかもその喧嘩の相手が誰だかよくわからない ^^;)なうえに、煽動的な空気が充満している気がして、それが鼻について仕方ない・・・・。  さらに言えばアメリカをぼろくそに言っている割には著者の論旨の進め方は極めてアメリカ的です。  ある意味で善悪を極端に分けて、悪とした方(これを「通説」と名付ける)をメッタギリにしている感じがします。
読了日:10月21日 著者:倉山満

日本人が知らない世界と日本の見方日本人が知らない世界と日本の見方感想
読了してみてまず思うのは、「え?  これがあの京都大学の講義??」ましてや「3回生や4回生も聴講生には含むレベル?」というのが率直なところでした。  何て言うか、「天下の京大にしてこのレベル??」と思っちゃった。 これが現代日本の知的文化レベルだとするとちょっと将来を危ぶんでしまいそうな想いに囚われました。 ただ逆に言えば、学究の道からは遠く離れてしまった社会人がとかく些末な部分に振り回されがちな現実問題から一歩下がってもう一度「現在」や「現在に至る流れ」を振り返るには非常に適しているテキストです。
読了日:10月21日 著者:中西輝政


じつは面白かった『平家物語』 (PHP文庫)じつは面白かった『平家物語』 (PHP文庫)感想
こういう本は苦手・・・・  ダイジェストと言えばダイジェスト。  でもねぇ・・・・  何て言うか高校生時代の古文の教科書や副読本の方がまだマシな感じがしちゃうんですよねぇ。  実家にあったからちょっと手に取って読んだだけだし・・・・。
読了日:10月17日 著者:

やかまし村はいつもにぎやか (岩波少年文庫)やかまし村はいつもにぎやか (岩波少年文庫)感想
KiKi なんかの感覚では学齢に達するとそれまでは年下の子とも楽しそうに遊んでいた子供であってさえも、知力も体力も自分には及ばない年下の子と遊ぶより同年代の子供と遊ぶことを優先するようになっていくのが普通だと思うんですけど、この「やかまし村の子どもたち」は相変わらず6人の小さなコミュニティの中だけで遊び続けているんですよね~。  だからと言って社会性が育っていないのか?と言えば、そうでもないのがこれまた不思議でねぇ・・・・・(苦笑)
読了日:10月13日 著者:アストリッドリンドグレーン

やかまし村の春・夏・秋・冬 (岩波少年文庫)やかまし村の春・夏・秋・冬 (岩波少年文庫)感想
最近の子供は抜けちゃった乳歯をどうしているのか知らないけれど、KiKi の子供時代は上の歯が抜けたら縁の下へ、下の歯が抜けたら屋根の上に向かって投げ「早く立派な歯がはえますように」と唱えるのが決まり事のようになっていました。  あの抜けた歯というヤツは子供時代から大人へ向かうイニシエーションの賜物であり、人生の中で大人への階段の第一歩を示す象徴でもありました。
読了日:10月12日 著者:アストリッドリンドグレーン


やかまし村の子どもたち (岩波少年文庫(128))やかまし村の子どもたち (岩波少年文庫(128))感想
登下校の際に石の上を歩くことを仲間内の決まりとして、万が一何かの拍子で地面に足をつけちゃうようなことがあったら「死んだことにする」な~んていう遊びは KiKi にも覚えがあります。  もっとも KiKi たちの時代は、その遊びには子供なりにちゃんとした(?)本当の理由がありました。  当時は舗装道路と言えば自動車道路限定でした。  そして急増していた「交通事故」から学童自動を守るために通学路は畑の中とか民家の軒先が指定されていて、そこは未舗装だったんですよね。  だから一度雨でも降ろうものならそこかしこに
読了日:10月11日 著者:アストリッド・リンドグレーン


海底二万里 (下) (岩波少年文庫(573))海底二万里 (下) (岩波少年文庫(573))感想
この物語は「元祖 海洋冒険物語」として語られることが多い物語です。  確かに冒険もの、科学小説の色合いの濃い物語であることは否めません。  でも、文系頭脳の KiKi にはそれ以上に「西欧優位主義」「帝国主義」「科学技術至上主義」への警鐘の文学のように感じられました。
読了日:10月10日 著者:ジュール・ベルヌ

海底二万里 (上) (岩波少年文庫(572))海底二万里 (上) (岩波少年文庫(572))感想
実に印象的な海底シーンが満載のこの物語。  KiKi としてはノーチラス号にすすんで乗船したいとは思えないけれど、2つだけこんな旅行ツアーがあったら是非参加してみたいと思わされたシーンがありました。  1つは彼らが時々行った「海底散歩ツアー」、そしてもう1つは「失われた大陸 アトランティス観光ツアー」です。  どちらもヴェルヌの想像の産物であることはわかっているんだけど、あんな風に海底を、泳ぐのではなく自分の足で歩いてみたい(上巻の表紙絵参照)し、海に沈んだ廃墟というヤツもじっくり見てみたいなぁ。
読了日:10月6日 著者:ジュール・ベルヌ


オタバリの少年探偵たち (岩波少年文庫)オタバリの少年探偵たち (岩波少年文庫)感想
物語冒頭はどこか先日読了したばかりの「飛ぶ教室」を彷彿とさせます。 でも途中からは、法廷ものあり、ミステリーあり、サスペンスありと盛りだくさん。  そして最後はユーモアあふれる大人の登場です。  この物語の少年たちの活躍は眩しいくらいだし、彼らが持っている多くの資質には目を奪われちゃうんだけど、それは物語が最終的にはハッピーエンドだったからでもあります。  彼らも1つ間違えばもっと大惨事に巻き込まれていたかもしれません。  物語最後の校長先生や警部のようなことが言える大人になりたいものだけど・・・・
読了日:10月3日 著者:セシル・デイルイス


ぼくらはわんぱく5人組 (岩波少年文庫)ぼくらはわんぱく5人組 (岩波少年文庫)感想
この作品の原稿は作者の死後、出版社の引き出しから発見されたものだったのだそうです。  つまりどの程度推敲されたものだったのか、未完だったのか完成作だったのかもよくわかりません。  でも、そういう背景がある物語であることを踏まえると、KiKi にはこの物語はユダヤ人迫害という悲しい歴史を辿ったユダヤ人も私たちと何ら変わりのない輝かしい子供時代を過ごした普通の人たちだったんだよ・・・・という物語であるように感じられてしかたないのです。  あの歴史的惨事を繰り返さない理性が今の私たちには本当にあるのかしら?
読了日:10月2日 著者:カレルポラーチェク



読書メーター

KiKi が大学時代に初めて出会った物語「ゲド戦記」。  ただしその時には KiKi は何故か第1巻しか読んでいなかったように思うんですよね。  実際、今回この第2巻を読んでみても「同じようなプロットの話を読んだことがあるような、ないような?」という程度の印象だったし・・・・・・。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

ゲド戦記2 こわれた腕環
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波書店

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アースシー世界では、島々の間に争いが絶えない。  青年ゲドは、平和をもたらすエレス・アクベの腕環を求めてアチュアンの墓所へおもむき、暗黒の地下迷宮を守る巫女の少女アルハと出会う。  (ソフトカバー版扉より転載)

ゲド戦記2 こわれた腕環
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波少年文庫

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アースシー世界では、島々の間に争いが絶えない。  力みなぎるゲドは、平和をもたらす不思議な腕環を求めて旅し、暗黒の地下で迷宮を守る巫女の少女と出会う。  (岩波少年文庫HPより転載)

この物語、前半を読み進めているうちは「どこがゲド戦記なんだ?」と思わないでもありません。  何せ、肝心要のゲドは登場しないし、色彩感溢れる世界だった前作が描くアースシーとはどこか趣を異にしたモノクロの世界、カルカド帝国に属するアチュアンという墓所が舞台なんですから・・・・・。  しかもこの墓所は光らしい光のない全くの闇の世界。  さらに言えばそこかしこに崩れやら綻び、さらには降り積もった埃なんかが充満する死臭に満ちた世界なんです。  もちろん前作出てきた「影」が象徴する物の中には「死」さえも含まれていたとは思うけれど、あちらでは確かに存在するものとして明確に描かれていた「生」の気配がこちらの作品ではほぼナシと言っても過言ではないようなスタートを切ります。

アルハ(幼名もしくは真名:テナー)は大巫女のしるしを持っている者として、6歳の頃にアチュアンの墓所に連れてこられ、テナーという真名を取り上げられ、「名なきもの」と呼ばれるこの地の精霊たちの大巫女となるべく教育を受けさせられます。  彼女が大巫女となる儀式は「玉座の神殿」で執り行われ、その儀式が象徴するのは「永遠に生まれ変わる(死を超越した もしくは 死そのものの)巫女」の再来ということのようです。  

因みにその儀式は白覆面で顔を覆われた男におおきな刀でクビを落とされるという象徴的な行為が黒装束の男たちによって止められることで始まります。  この儀式によって、普通の人間(生ける者)であったテナーは死に、「名なきもの」に捧げられた「食らわれしもの」(≒ アルハ)となるのです。  アルハとなったテナーはアチュアンの墓所の「玉座の神殿」の大巫女となり、そこは男であればどんなに身分の高いものであっても踏み入れることは許されない聖域でした。  もっと言うならそこは普通の巫女であっても立ち入られる場所が限られており、神殿の地下に広がる墓所の地下迷宮を統べることができるのは大巫女のみという実に閉鎖的な世界です。

普通の人間だったテナーがこの儀式によって得たものは何だったのか?と言うなら、誰も自分の言うことには逆らえない「大巫女」というポジションと、あの儀式で自分の首に向けられた刃のような殺意・・・・だったような気がします。  それも善悪というような価値観を超越した「ひたすら死だけを求めるような根源的な殺意」とでも呼ぶべきものだったのではないかと・・・・・。  それをさらに助長させていくのが、複雑に入り組み何年もかけて手さぐりと記憶のみでアルハが探索していった地下迷宮の「永遠に続くように思われるような暗闇」と彼女に課せられた「政治犯の抹殺」という殺人行為だったのではないかと感じます。

ただ彼女は「生けるもの」だった時代の記憶のほとんどを失っていたとはいえ、辛うじて「生につながる何か」をその奥底に持ち続けていました。  だからこそ、彼女は「大巫女のお仕事」として与えられた最初の殺人を命じた後、悪夢に悩まされる日々を送ります。  ただその悪夢の正体が何なのか?を考える力は奪われています。  何故なら彼女が6歳の頃から受け続けてきている教育には「生」が含まれていないからです。  と同時に、この第2巻の主人公がゲドではなくテナー(アルハ)という女性である意味はここにあるのではないかと KiKi は感じました。  子を産む女性ゆえに根源的に持ち続けている「生」への拘り・・・・・のようなもの。  

 

一応大学では「英文学」なんちゅうモンを学んだ KiKi が児童文学を自分の後半生のライフワークの1つと思い定め「岩波少年文庫全冊読破企画」をぶち上げた頃、残念なことにこの作品は岩波少年文庫のラインナップには含まれていませんでした。  「何故??」と思いつつもないものはしょうがない・・・・と諦め、こちらのソフトカバー版で Box 入り全冊を買い揃えました。  その後数年してジブリ映画の影響もあってかこのシリーズが岩波少年文庫のラインナップに含まれた時、KiKi がどれほど歯ぎしりしたことか!!  商売って言うモンはこういうモンと思い知らされた1つの印象深いエピソードとなりました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

ゲド戦記1 影との戦い
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波書店

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アースシーのゴント島に生まれた少年ゲドは、自分に不思議な力がそなわっているのを知り、真の魔法を学ぶためローク学院に入る。  進歩は早かった。  得意になったゲドは、禁じられた呪文を唱えてしまう。  (ソフトカバー版扉より転載)

ゲド戦記1 影との戦い
著:U.K.ル=グウィン 訳:清水真砂子  岩波少年文庫

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少年ゲドは、自分に不思議な力がそなわっているのを知り、ローク学院で真の魔法を学ぶ。  血気にはやる高慢なゲドは、修業中あやまって死の影を呼びだしてしまい、きびしい試練にのぞむ.  (岩波少年文庫HPより転載)

ルイスの「ナルニア」、トールキンの「指輪」と並んで、三大ファンタジーと呼ばれることもあるこの作品。  実は KiKi が初めて出会ったのは大学時代でした。  もっともこの作品に子供時代に出会っても何が何やらチンプンカンプンだったかもしれません。  それはとりもなおさず、子供時代の KiKi がゲドと同じように「明るさ」、「カッコよさ」、「美しさ」に惹かれ、物を測る尺度のかなり大きな部分が「役に立つか否か」だったことに寄っていたからです。  そう言う意味では子供時代の KiKi にはゲドが出会う師たちの言葉の1つ1つがゲド同様にピンとこなかったような気がして仕方ない・・・・・ ^^;  と、同時に影の正体が何なのか?は分からずじまいだった可能性もあるような気がしています。

でも、幸いなことに KiKi がこの物語に出会ったのは大学時代でした。  そういう意味ではユングやフロイトも少しは聞きかじっていたし、哲学的な思考というやつもわずかながら芽生えていたし、更には自分の身の回りで起こっていることを懐疑的に考え直してみるという姿勢も少しずつ生まれていた時代に読んだことにより、印象に残る作品の1つになっていたように思います。

  

蠅の王 W.ゴールディング

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先日、ヴェルヌの「二年間の休暇」を読了した際に、自分が過去に読んだ「十五少年漂流記」と「蠅の王」をごっちゃに記憶していたことに気がついちゃったので、もう一度2つの作品をちゃんと読み比べておこうと思い立ちました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

蠅の王
著:W.ゴールディング 訳:平井正穂  新潮文庫

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未来における大戦のさなか、イギリスから疎開する少年たちの乗っていた飛行機が攻撃をうけ、南太平洋の孤島に不時着した。  大人のいない世界で、彼らは隊長を選び、平和な秩序だった生活を送るが、しだいに、心に巣食う獣性にめざめ、激しい内部対立から殺伐で陰惨な闘争へと駆りたてられてゆく...。  少年漂流物語の形式をとりながら、人間のあり方を鋭く追究した問題作。  (文庫本裏表紙より転載)

「二年間の休暇」で KiKi が感じていた「できすぎ感」みたいなものの正体は、やっぱりこちらの作品にあるリアリティに多分に影響されたものであったことが確認できました。  あっちの作品とこっちの作品で大きく異なる点の1つに「少年たちが既に顔見知りだったか否か」というポイントがあると思うんだけど、「二年間の休暇」では無人島に漂着した少年たちの行動規範に「協力し合って生き延びるんだ」という強い合意が常に存在したけれど、この「蠅の王」ではその行動規範自体がものすごく緩い・・・・。  これはやっぱりそれなりの統率・秩序があった寄宿学校で暮らしていた子供たちが漂流したのか、たまたま今回の旅で一緒になった子供たちが漂流したのかの違いによる部分が大きいと思うんですよね。

とは言っても、やっぱり小さな子供達というのはあの「二年間の休暇」の中の下級生たちほどは聞き分けの良いものではないのが本当だと思うし、漂着生活の中では着るものに不自由したり、髪が伸び放題になってボサボサになったりするのが自然だし、森に自生する果実を手当たり次第に食べていたらお腹を壊したりするのもリアルで、そういう面ではやはりこの作品の方が真実味はあると感じられました。  

「二年間の休暇」では漂着した少年たちの中にたまたま貴族趣味の少年たちがいて彼らが「腕の良いハンター」だったという前提条件さえありました。  だから、食肉を得るためには島に自生する動物を銃で撃ってそれから捌くというどちらかというと洗練された(?)手段で行われていたのに対し、こちらの少年たちは時代こそ下れど銃を持ちません。  そのため彼らは食肉を得るために野性の豚をなぐり殺すという、結果は同じでもどこか凶暴性があるように感じられる手段になってしまっているのが印象的です。  そしてその延長線上に彼らが好んで歌い・踊る、あのセリフがまるで物語の通奏低音のように流れます。

「獣ヲ殺セ! ソノ喉ヲ切レ! 血ヲ流セ!」

時代背景的には「二年間の休暇」の方が古い時代に起こった出来事なんだけど、どちらかと言えばあちらの物語は環境こそ変われど少年たちがやっていることは常に「普通の生活ができていた頃」の延長線上にあります。  そこに比べてこちらの物語の少年たちの生活は文明社会から一気に狩猟時代に突き落とされた感があり、そのギャップの中で喘いでいる印象があります。

  

沼津への帰省中に割り込んできた「電子書籍積読本読了企画(? 企画というほどのものでもなかったけれど ^^;)」によりちょっと中断されて思いのほか時間がかかってしまったけれど、再び「岩波少年文庫」に戻ってきました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

二年間の休暇 (上)
著:J.ヴェルヌ 訳:私市保彦  岩波少年文庫

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休暇で六週間の航海に出るはずだった寄宿学校の生徒たち。  ところが船が流され、嵐のはてに無人島に漂着してしまう。  少年たちは力を合わせて、島での生活を築きあげていく。  「十五少年漂流記」として知られる傑作冒険小説。  完訳。  (文庫本裏表紙より転載)

二年間の休暇 (下)
著:J.ヴェルヌ 訳:私市保彦  岩波少年文庫

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さまざまな困難にもめげず、無人島の生活を充実させていく少年たちだったが、ブリアンとドニファンが対立を深めてしまい・・・・・。  そんなとき、島に悪漢が上陸し、ドニファンに危機がせまる。  少年たちは、無事に故郷に帰ることができるのか?  (文庫本裏表紙より転載)

最近ではこの物語の標題も「二年間の休暇; Deux Ans de Vacances」という著者がつけたタイトルどおりに翻訳された本が多いようですが、KiKi の子供時代にはもっぱら「十五少年漂流記」というタイトルで知られていました。  だから恥ずかしながらこの本が出版されたのを知った時、KiKi 自身はこの物語があの「十五少年漂流記」であることをちゃんと認識していませんでした ^^;  ま、それはさておき、子供時代に KiKi が読んだその「十五少年漂流記」は先日ご紹介したこの「世界少年少女文学全集」の中の1冊で抄訳版でした。  ですから今回が「全訳版」の初読体験となります。

以前、「ロビンソン・クルーソー」の Review にも書いたけれど、あの本といいこの本といい、KiKi の子供時代にはどちらかといえば「男の子向き」の本としてカテゴライズされていたように思うんですよね。  実際、KiKi も抄訳版の「十五少年」を楽しく読んだけど、当時の自分とは異なりやたらと生活力旺盛な彼らにどこか「できすぎ」的な感想を抱いたうえに、「冒険」とか「自活」というお話にはあまり興味がなかったせいもあって、何度も何度も繰り返し読むには至りませんでした。

その後、大学時代に W.ゴールディングの「蠅の王」に出会い、どうやら KiKi の頭の中ではこれら2冊の本がごっちゃになってしまっていたようです。  時代設定も、ストーリーも、「漂流記」という共通点こそあれ全然違うのにね・・・・・(苦笑)  だから今回の読書では時折、「あれ?  こうだっけ??」と戸惑うことも多く、そういう意味では初読と同じくらいの驚きや意外性に楽しませてもらいました(笑)

   

昨日 Review した「日本人が知らない世界と日本の見方」と同様に、過去に Sony Point 消化のために購入した「電子書籍積読本」を読了しました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

嘘だらけの日米近現代史
著:倉山満  扶桑社新書

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リンカーンは極悪人、ウィルソンは狂人、ルーズベルトはスパイ、クリントンは破壊者etc.  ペリーを鼻であしらっていた江戸幕府。  アメリカを怯えさせた大日本帝国。  ソ連との片手間の中国との片手間のイギリスとの片手間に、アメリカの喧嘩を買った日本etc.  気鋭の憲政史研究者が本当の歴史を明らかにする。  (Amazon より転載)

いやはや、面白い本(?)が世の中にはあるものです。  しかも Amazon のカスタマー・レビューを眺めてみると結構多数の人が読んでいるうえに、星の数でいくと平均レーティング(?)が4.1??  まあこの本を購入して読んでみた KiKi が言うのも何ですけど、どうやら「昨今の日本が右化しつつある」という世界の認識はあながち間違っていないのかもしれません ^^; 

KiKi は基本的にはこの本に書かれている「アメリカとはこんな国」という記述の大半は正しいと思っています。  それでも、この本には心の底から同調することができません。  何て言うかどこか喧嘩腰(しかもその喧嘩の相手が誰だかよくわからない ^^;)なうえに、煽動的な空気が充満している気がして、それが鼻について仕方ない・・・・。  さらに言えばアメリカをぼろくそに言っている割には著者の論旨の進め方は極めてアメリカ的で、ある意味で善悪を極端に分けて、どこから引用したのかも定かではない「通説」と呼ぶ考え方を提示し、これに対してこれまた極端な皮肉や罵声を浴びせかけてメッタギリにしている感じがします。  これって、KiKi がよく知っていたかつての上司(米系企業で本社から送り込まれてきていたトップマネージメント)の皆々様方の喋り方にそっくりです(苦笑)

アメリカという国は確かに著者が言うように「正義は我にあり」と妄信し、その正義をたてに善悪の二極対立構造を演出したうえで、彼らが「悪」とみなした相手を徹底的に叩き潰す・・・・・みたいな傾向が強いけれど、それはこの本もそっくり一緒だと感じました。


14日~19日にかけての群馬→沼津→伊豆高原→沼津→東京→群馬(老人ホーム経由)の旅の間、現在遂行中の「岩波少年文庫全冊読破企画」のための1冊、「二年間の休暇」を持ち歩いていました。  でも結局そちらには手をつけず、実家にいる時しか読むことができない世界少年少女文学全集の中から「ジャングル・ブック」をまずは読了しました。  さてその次は?と考えた時、スケジュールの関係でとても読了できそうになかった「世界少年少女文学全集」のその他の作品は諦め、東京で区役所とか金融機関を歩き回りながら読むのに便利な電子ブックに手を出しました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

日本人が知らない世界と日本の見方
著:中西輝政  PHP電子

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「戦争の教訓」は第二次世界大戦ではなく第一次世界大戦にあった!  トルコはなぜEUに入れない?  「アンチ・グローバリゼーション」へ向かう世界潮流とは?  社会人を含めて聴講希望者が多く講義録の刊行が待たれていた授業が、満を持してこのたび、書籍の形で世に出ることになった。  解説学問に成り果てた従来の国際政治学の枠組みを超えて、日本の国家像と戦略を指し示すことで、「世界と日本の見方」がクリアになる一冊。  ゆとり教育で学ぶ世代が増え、日本人自身が世界はもちろん、「日本の見方」さえわからなくなっている現在、本書はそれらを知る絶好の機会といえよう。  元となった京都大学での講義は「現代国際政治」と銘打ったものであるが、テーマは近代日本史から戦争の仕組み、革命の正体、世界秩序の構築といったものまで幅広く、読んでいて飽きさせない。  さらに歴史の因果関係や国同士のかけひきを知るなど、大人が読んでこそ楽しめる授業内容である。  (Sony Reader Store より転載)

この本は別に以前から読みたいと思っていたわけでもなく、存在を知っていたわけでもありませんでした。  たまたま9月の末で有効期限が切れてしまう Sony Point があって、捨てちゃうのも勿体ないし何かあれば・・・・と Sony Reader Store を覗いてみたらその切れちゃうポイント見合いの本の中で、「これなら読んでみてもいいかも♪」と思えたのがこの本だけだったので、とりあえず購入してみました。  大学を卒業して早○0年余り。  たまにはアカデミックな本を読んでみるのもいいかなぁ・・・・なんぞと殊勝なことを考えてみたっていうわけです。

実は KiKi は大学時代(2回生から3回生に進学する時)にそれまで専攻していた「英文学」でこのままいくのか、はたまた別の方向に進むのか悩んだ時期があったんですよね~。  その時に考えた別の方向っていうヤツが「国際関係論」で、たまたま大学の一般教養課程で選択した「国際関係論」の授業に嵌っちゃって、学問としてはこっちの方が面白そう!なんぞと考えたんですよね~。  その時は、当時の指導教授(英文学の教授)に相談して、結局は説得されて英文学の道を継続することにしたんだけど、心の中のどこかに「国際関係論」とか「国際政治論」への興味はわずかながらもくすぶり続けていたんですよね。  ま、てな背景があって見つけたこの本だったので、「あの京大での現代国際政治の講義」という帯(電子書籍だから帯はないけど・・・・ ^^;)の文言は実に魅力的だったっていうわけです。

さて、読了してみてまず思うのは、「え?  これがあの京都大学の講義??」ましてや「3回生や4回生も聴講生には含むレベル?」というのが率直なところでした。  何て言うか、「天下の京大にしてこのレベル??」と思っちゃった(苦笑)  もちろん読み物としては面白かったし、アカデミックな世界からは随分遠のいた今の KiKi にしてみれば忘れかけていたあれこれを反芻できて楽しい読書体験だったんだけど、京大みたいな最高峰に位置するとされる大学での講義であってさえも KiKi が卒業した大学のあの「国際関係論」の授業と比較して、決して高いレベルとは感じられない・・・・・。  これが現代日本の知的文化レベルだとするとちょっと将来を危ぶんでしまいそうな想いに囚われました。

本日の KiKi の読了本は子供時代の KiKi の宝物、「世界少年少女文学全集」の中の1冊からこちらの作品です。

ジャングル・ブック
著:R.キップリング 訳:西村孝次  河出書房新社 世界少年少女文学全集第4巻 イギリス編3より

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インドのジャングル。  赤ん坊の頃、狼の一群に紛れ込んだ人間の少年モーグリ。  熊のバルーや黒豹のバギーラの深い愛情に包まれ、賢く勇敢に成長する。  宿敵の虎シーア・カーンとの命をかけた闘い!  ディズニーアニメの名作の小説版。  (Amazon の同タイトル本の解説より転載)

この本では写真にもあるように「宝島」とこの「ジャングル・ブック」の2篇が収録されています。  そのため、「宝島」の方は全訳なんですが、「ジャングル・ブック」の方は抜粋版となっています。  実は「ジャングル・ブック」というのは長編ではなくて、短編集のような形の物語集です。  その中で「モーグリの兄弟」、「カーの狩り」、「虎! 虎!」の3編は狼に育てられた人間の少年モーグリが主人公となっており、それ以外の「白あざらし」、「リッキ・ティッキ・ターヴィ」、「象トゥーマイ」、「女王さまの召使たち」にはこのオオカミ少年は登場せず、彼が暮らすジャングルとは別の世界のお話になっています。  でも、もちろん作品全体のタイトルが「ジャングル・ブック」であることから明らかなように全ての物語で動物は登場するし、この動物たちが実に「人間臭い動物」たちであるという特徴を持っています。

今回、KiKi が読了したこの「文学全集」の中の「ジャングル・ブック」で取り上げられているのは上記7編の短編のうち「モーグリの兄弟」、「カーの狩り」、「虎! 虎!」 そして 「リッキ・ティッキ・ターヴィ」の4編で、オオカミ少年モーグリの物語は全て、そしてそれに追加でマングース vs. コブラの戦いにハラハラドキドキさせられるお話という構成になっています。  日本にマングースという動物が持ち込まれたのは明治時代で、目的はハブ退治だったらしいのですが、結果は惨憺たるものでハブを退治する代わりにニワトリやアヒル、野鳥などを襲いながら次第に数を増やしていったのだそうです。  そして、ついには沖縄にしかいない貴重な生き物・ヤンバルクイナが生息する森林地帯にまで生息範囲を広げてしまったとのこと。

今では「のだめちゃん」のおかげで私たち日本人にもそこそこ馴染みのあるマングースですが、KiKi 自身、ホンモノのマングースを見たことがなかったのですが、ネットで調べてみると数多くのマングースの写真が出てきます。

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↑ 何気に愛らしいマングース


でも、その気になると実は凄いんです!  こんな写真まで見つけることができました。

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↑ マングース vs. コブラの死闘(の剥製)


「リッキ・ティッキ・ターヴィ」の描写でマングース vs. コブラの闘いの激しさはかなり認識していたつもりだったけれど、こうやって剥製とはいえ実物の戦いぶりを確認すると怖いですねぇ・・・・・・・。


KiKi を培った本たちのご紹介

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せっかく実家に帰省したのに、生憎のお天気で当初予定していた作業ができなくなってしまいました。  台風が近づいていることは知っていたけれど、いろいろ都合があってこのタイミングでしか長距離移動ができなかったため、ここで強行してみたんだけど、奇跡は起こらず家籠り状態です。

ま、てなわけで、今日は実家でしかできないことをしてみたいと思います。  つまり実家に置いてある KiKi の蔵書(というより親を含む親類の皆々様から買い与えられた蔵書)のご紹介です。  かなりの量の本があるんですけど、今日はとりあえず「文学全集」とカテゴライズされるあたりをご紹介しておきたいと思います。  子供時代の KiKi の読み物はその大半がここでご紹介する全集と岩波少年文庫だったと言っても過言ではないと思います。  まずは・・・・・・

世界少年少女文学全集 全24巻 河出書房新社

こちら責任編集のメンバーが錚々たる顔ぶれです。  阿部知二、川端康成、高橋健二、坪田譲治、米川正夫、渡辺一夫の方々。  厚紙のサック、布張りの表紙で何冊か積めば漬物の重石にもピッタリの重量級です。(↓ 真ん中の段の青い背表紙のヤツです。)

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今回の帰省中の読書用に KiKi は岩波少年文庫の「二年間の休暇」の上下2巻を持ってきたんですけど、せっかく実家にいるのでLothlórien_山小舎でも読めるそれは横に置いておいて、この中の1冊を選んで昨晩から読み始めました。  それがこちら(↓)

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「宝島」はついこの間岩波少年文庫で読了したばかりだから、今さらこの本で読んでみるつもりはなかったけど、「ジャングル・ブック」の方は現在販売されている岩波少年文庫のラインナップの中には入っていません。  もちろんこの本は子供時代に読んだんだけど、どんなお話だったか今ではすっかり忘れちゃっている(主人公がオオカミ少年だったことはボンヤリと覚えているけど)ので、この機会に再読しておこうと思っちゃったっていうわけです。


今日はこちらの3冊をまとめて Review したいと思います。

やかまし村の子どもたち
著:A.リンドグレーン 訳:大塚勇三  岩波少年文庫

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やかまし村には、家が3軒きり、子どもは男の子と女の子が3人ずつ、ぜんぶで6人しかいません。  でも、たいくつすることなんてありません。  ひみつの手紙のやりとりをしたり、かくれ小屋をつくったり、毎日楽しいことがいっぱい!  (文庫本裏表紙より転載)

やかまし村の春・夏・秋・冬
著:A.リンドグレーン 訳:大塚勇三  岩波少年文庫

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やかまし村は、スウェーデンの小さな農村。  クリスマスにはショウガ入りクッキーを焼き、復活祭には卵パーティーで大盛り上がり!  夏休みには宝物を探しに湖の島へ。  子どもたちの四季おりおりの遊びやくらしを、生き生きと描きます。  (文庫本裏表紙より転載)


やかまし村はいつもにぎやか
著:A.リンドグレーン 訳:大塚勇三  岩波少年文庫

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やかまし村の子どもたちは、楽しいことを見つける天才!  リーサが子ヒツジを学校へ連れていったり、みんなでオッレの歯をぬく作戦をたてたり、宝箱をめぐって男の子と女の子がかけひきをしたり・・・・・陽気な話がつづきます。  (文庫本裏表紙より転載)


やかまし村は、たった3軒の家で構成されている村で、そこで暮らす3人の男の子 & 3人の女の子(その後+1人の赤ちゃん)の日常が描かれています。  その6人の子供達の中の8歳の少女の一人称で語られる「遊びの毎日」は実に生き生きとしていて、少なくとも KiKi ぐらいの年齢の読者には遠く離れた国のお話でありながらも違和感を感じさせない物語なんじゃないかしら?  同じ作者の「ピッピ」のように奇想天外な登場人物が出てくるわけでもなし、「カッレ」のように大きな事件が起こるわけでもない。  でも読んでいて「あった、あった!  こういうこと。  KiKi の子供の時はね・・・・・。」と似たような体験を思い出させる何とも懐かしく、微笑ましい物語の宝庫でした。

登下校の際に石の上を歩くことを仲間内の決まりとして、万が一何かの拍子で地面に足をつけちゃうようなことがあったら「死んだことにする」な~んていう遊びは KiKi にも覚えがあります。  もっとも KiKi たちの時代は、その遊びには子供なりにちゃんとした(?)本当の理由がありました。  当時は舗装道路と言えば自動車道路限定でした。  そして急増していた「交通事故」から学童自動を守るために通学路は畑の中とか民家の軒先が指定されていて、そこは未舗装だったんですよね。  だから一度雨でも降ろうものならそこかしこに水たまりができちゃって、そこを歩くと靴はドロドロになるし、下手をすると靴下まで泥水が浸み込んで気持ち悪いことこのうえない。  だからどうにかして靴をドロドロにしないために石の上を飛んで歩くというのは必要に迫られていたことでもあったんです。

でも、それをそのまま口にしちゃったら余りにもつまらないし、まして程よい距離感で都合の良い石があるわけでもなし。  だからそこに遊びの要素を持ち込んで、「石から落ちたら死んじゃうということにしよう!」となったんですよね。  この物語を今回再読するまで、そんなことはすっかり忘れていたんだけど、読み進むにつれて飛び石下校にまつわるアレコレを鮮明に思い出しました。  本来「靴を汚さないため」の飛び石下校だったはずなのに、子供の跳躍力ではとうてい辿りつけない石しか見つけられなかった時に「えいや!」とばかりに飛んでみたら、結局大きな水たまりのど真ん中に落っこちて、挙句そこで足を滑らせて靴はおろか、スカートからブラウスまでドロドロになっちゃって、帰宅するや否や母に叱られたことまで思い出しちゃった・・・・・ ^^;

KiKi が「岩波少年文庫全冊読破企画」を思いつき、少しずつ文庫本のコレクションを始めて何年かが過ぎた頃、大学時代の指導教授の退官を嘗ての教え子たちでお祝いする食事会が企画されました。  その教授は英文学の教授だったのですが、そこに「同僚」としてひっそりと、実に控えめな風情で同席されていたのがこの本の翻訳者の私市先生でした。  この先生に KiKi は大学1年生のとき「フランス語講座」でお世話になったのでとても懐かしく、久々にお会いできたことがとても嬉しかったことを覚えています。  

その後、暫くして「岩波少年文庫」の「海底二万里」の訳者が誰あろうその私市先生であることを知りました。  ま、てなわけで不肖の教え子としては、これまで何度も挫折してきたこの物語、今回は覚悟してじっくりと最後まで投げ出さずに読むことを自分に課すことになりました。(苦笑)  本日の KiKi の読了本はこちらです。

海底二万里 (上)(下)
著:J.ヴェルヌ 訳:私市保彦  岩波少年文庫

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潜水艦「ノーチラス号」にとらわれの身となった、フランスの博物学者アロナックス教授、青年コンセイユ、カナダ人の銛打ちネッド・ランド。  思いがけない探検の旅に出た3人は、海底の神秘にふれて驚嘆する。  海洋冒険小説の名作。 (文庫本上巻裏表紙より転載)

太平洋から、インド洋、紅海、地中海を経て、ついにノーチラス号は未知の南極へと向かった。  海中で氷に閉じこめられてしまった潜水艦は、刻一刻と酸素が欠乏してくる...。  地上の人間社会を憎む、謎めいたネモ船長の正体は?  (文庫本下巻裏表紙より転載)

この本はね~、子供時代から何度手に取ってみたことでしょうか??  ところが途中までで挫折したことが何と多かったことか!!  とにかく海洋生物の描写(しかもそれが写生的な描写というよりも 門・綱・目・科・属・種などで分類したお話)が続くところや、潜水艦の構造や動力の仕組みなんかの説明が続くところは文系頭脳の KiKi にはチンプンカンプンでねぇ。  これがせめて脇にこの物語に出てくる海洋生物が網羅されている図鑑でもあればまだ読み進むことができたような気もするんですけど、そうじゃないとその列挙のあたりで必ず睡魔に負けるんですよ(苦笑) 

本屋さんでこの本を見つけた時、「岩波少年文庫だから少年向けの抄訳版で読みやすいのかなぁ・・・」と淡い期待を胸に手に取ったんですけど、さすが(?)私市先生!  完訳版ですか。  それだけで正直なところ溜息モノで何度棚に戻しかけたことか・・・・・。  でも「岩波少年文庫全冊読破企画」なんですから、やっぱり避けては通れないし、嘗てお世話になった先生への敬意ということもあり購入に至ったわけです。  もっともそれからかなり長い間「積読状態」にしちゃっていたんですけどね(苦笑)

さて、今回の読書でも案の定、海洋生物の分類の辺りはやっぱり退屈。  ある意味でそこは半ば読み飛ばし状態で先へ進もうとするんですけど、結構その話の分量が多い・・・・ ^^;  でも今回は読破が目標ですから睡魔と戦いながらも先へ先へと読み進むと文学的な海底冒険描写あり、不思議な発見ありとなかなか楽しむことができました。  これであの生物分類記述が半分位だったら、超お気に入りの物語になるだろうなぁと感じることができました。

さて、いざ読了してみると、実に様々なことを考えさせられました。  今回の Review ではそのあたりについて記録しておきたいと思います。

連日、介護についてのエントリーに重きを置きつつある KiKi ですが、ちゃんと読書の方も着々と進めていますよ♪  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

オタバリの少年探偵たち
著:C.D.ルイス 訳:脇明子  岩波少年文庫

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第二次大戦直後のイギリスで、戦争ごっこにあけくれる少年たちの物語。  ある日、みんなでかせいだお金が消えてしまいます。  犯人を見つけ、お金をとりもどそうとするうちに、いつのまにか、悪党一味の大犯罪があきらかに・・・・。  (文庫本裏表紙より転載)

物語冒頭はどこか先日読了したばかりの「飛ぶ教室」を彷彿とさせます。  メインの登場人物たちは男の子たちばかりだし、その子たちのリーダー的存在である二人の少年、テッドとトピーが率いるグループに分かれて戦争ごっこをしているあたりは「あれ?  つい最近、似たようなお話を読んだばかりのような・・・・」と思わせるに十分でした。  しかもその後も舞台背景やらやっていることこそ違えども、いかにも男の子的な友情と対立が描かれているあたりも、「お国や時代は違えども、いずこも男の子の遊びはこんなもの。」という感じです(笑)  ついでに、子供たちに無条件に好かれる大人(先生)が出てくるあたりもね。

この物語が「飛ぶ教室」とはやっぱり別物であることを感じさせるのは物語の途中からです。  対立する2つのグループの中のとある少年が学校の教室の窓ガラスを割ってしまったことから、その2つのグループはあの「三銃士」の「全員はひとりのために。  ひとりは全員のために。」な~んていうことを言いながら講和条約を結び、その窓ガラス代をみんなで協力して弁償するという素晴らしい判断をします。  でも時は第二次大戦直後。  子供どころか親だってその日を暮らすのが精一杯。  ましてこの主犯(?)の男の子に至っては両親を失って親戚に引き取られ肩身の狭い思いをしている毎日なので、保護者に「学校の窓ガラスを割っちゃったから、お金を頂戴」なんて言える状況ではありません。  

彼らはいくつかのグループに分かれてあれやこれやと知恵を絞って、お金を稼ぐ算段をし更にはそれを実行するわけですが、ここがこの物語の最初の見せ場になっています。  靴磨きのための作戦の部分なんて思わずクスリと笑っちゃいます。  路上売りのお手伝いをする辺りは「へぇ!  なかなかこの子たち、逞しいじゃん!!  将来はきっといい営業マンか広告マンになるんだろうなぁ」な~んて思わせてくれるしね。  このプロジェクト、名付けて「ガラス屋作戦」。  こんな状況であってもどこか「遊び半分」なのが、さすが男の子です。(笑)

で、彼らの努力の甲斐もあって彼らが試算した窓ガラス代にはお釣りがくるほどお金は集まったんだけど、な、な、なんとそのお金がなくなっちゃうんですよ。  当然疑惑はそのお金を預かった男の子に向けられます。  するとせっかく結んだ講和条約はいきなり吹っ飛んで、再び元の2つのグループ(若干の人員配置の変更アリ)に分かれ、今度は「法廷ごっこ」です。  対立するグループのリーダーが裁判官 & 検察で、弁護人もちゃんといます。  で、この裁判の結果、「何びとも有罪と証明されるまでは無罪であり、罪を証明する義務は検察側にある」という大人顔負けの論理性のもと審議保留となり、今度は「探偵ごっこ」に突入です。


ノスタルジックな物語のようでいて、どこかよくわからないところのある物語を読了しました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

ぼくらはわんぱく5人組
著:K.ポラーチェク 訳:小野田澄子  岩波少年文庫

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ぼくたちわんぱく5人組は、毎日それは忙しい。  だって、面白いいたずらが次々に浮かんでくるんだもの。  空箱を集めて街を作り火事遊びをしたり、ネズミをトランクに入れてお手伝いさんを驚かせたり、もちろんけんかもする...。  アウシュヴィッツ強制収容所に消えた作者が、チェコスロヴァキアの小さな田舎町で過ごした黄金の子供時代に思いを馳せて綴った遺作。  (文庫本扉より転載)

物語の最初の方は、ある意味では微笑ましく、ある意味では眉をひそめちゃうようなわんぱく坊主のいたずら物語です。  まあ、子供時代には優等生で、学級委員な~んていうことをしていて、ついでに女の子だった KiKi からしてみると、「いたずらの度が過ぎている」を思わないでもないお話の連続なんですけどね。

だって、この子たち、やたらと「火遊び」が好きなんですよ。  時代というのもあったのかもしれないし、住宅が密集する日本とは環境そのものが違うのかもしれないけれど(要するに子供が「火遊び」をしても飛び火して大惨事になるような環境じゃなかった)、それでもこんな遊び方が許されていいのか?と思わずにはいられなかったりするんです。  ま、だからこそ今の岩波少年文庫のラインナップからは外されちゃったのかもしれませんけどね。

友だち同士の喧嘩だとか、ちょっとしたことで「もうあんなヤツとは遊ばない!」と宣言したりするあたりは、実に子供らしい性急さが滲み出ていて、そんなことを言っていた舌の根も乾かないうちに結局は又つるんでいたずらに興じたりするあたりは、どこか KiKi 自身の子供時代にも似たような経験があったりもして、「ああ、あるある、こういうことって・・・・・」とノスタルジックな感慨に耽ります。

イマドキの子供とは違って外的な刺激がほとんどなかった時代の田舎の子供には、自分の街にごく稀に訪れるちょっとした非日常(映画とかサーカスとか)が、2020年東京招致のオリンピックに負けず劣らずの一大イベントで、そこになんとか連れて行ってもらうために心の中で疼き続ける「いたずら心」を子供としてはかなり無理をした自制心を働かせて、「いい子」を演じようとする気持ちなんかは痛いほどよくわかります(苦笑)。  KiKi 自身、友達と比較するとかなり少ない「お小遣い」しかもらっていなかったので、何かしたい(例えば映画を観に行きたいとかお祭りに行きたいとか)と思うと常に親の許可を得る必要があったから、そういう希望を口にする際には常にバーターで「親の意に沿ういい子」でなきゃいけないという強迫観念みたいなものがありましたから・・・・・。

でもね、後半に至って主人公のペーチャが猩紅熱にかかって、その熱の中で妄想する「象を飼う」まではいいとして、インドに行くだの、そのインドでわんぱく仲間の1人がマハラジャの一人娘と恋に落ちて結婚することになるだのというあたりは正直なところ「は?  何?  それは???」っていう感じでした。  熱に浮かされた状態だから「何でもアリ」なのはわかるけど、それにしても「なぜにインド?  なぜに結婚??」という感じがしないでもありません。


2013年9月の読書のまとめです。  先月の前半は「北方水滸」、途中からは岩波少年文庫1色となりました。  

2013年9月の読書メーター
読んだ本の数:16冊
読んだページ数:4988ページ
ナイス数:60ナイス

まぼろしの白馬 (岩波少年文庫)まぼろしの白馬 (岩波少年文庫)感想
物質的には豊かな環境に暮らしつつも、どこか現実感に乏しい少女。  ある意味で俗世間にはほとんど汚されず、美しい空想の翼を広げることを心の喜びとしていた少女。  この物語に濃厚に漂うどこか夢見がちな雰囲気はそんな作者の実生活の中で純粋培養された結晶みたいなものなのかもしれません。
読了日:9月29日 著者:エリザベスグージ


クローディアの秘密 (岩波少年文庫 (050))クローディアの秘密 (岩波少年文庫 (050))感想
クローディアの家出の本当の理由は「親の庇護からの脱出」だったんじゃないのかな?  親に何がしかの不満を持つぐらいまでに親から精神的に分離し始めている感覚、別の言い方をするならば親への感情が絶対的なものではなくなってきていたということなんだろうと思うんです。  要するに自我の芽生えってヤツです。  そうであればこそ、「家に帰る時は出てきた時とは違う自分になっていたい。  そのためにはミケランジェロ作(?)の天使像の秘密を解明することが絶対に必要なこと。」という突拍子もない理屈も成り立ちます。
読了日:9月26日 著者:E.L.カニグズバーグ


聊斎志異 (岩波少年文庫 (507))聊斎志異 (岩波少年文庫 (507))感想
暗くて視界が効かない中で聞こえてくる物音、風に揺れるろうそくの火が描き出す揺れ動く影というような舞台背景があってこそ立ちのぼってくる魑魅魍魎の世界。  その中にポツネンと1人置かれたか弱い存在である自分を意識すると、その孤立感・隔絶感が次第に社会における自分の存在感の希薄さとないまぜになっていく感覚。  そういうものが感じられるような気がしました。  そうこうしているうちに幽鬼とであってさえもお友達になれちゃうという摩訶不思議な連帯感とも呼べるような感覚まで生まれてきたりもする・・・・。  夢うつつの世界
読了日:9月25日 著者:蒲松齢


ネギをうえた人―朝鮮民話選 (岩波少年文庫)ネギをうえた人―朝鮮民話選 (岩波少年文庫)感想
少しは知っている中国の民話にもどことなく似ているような似ていないような、我が日本国の民話にも似ているようなところもあるけどどこか違う・・・・。  もっと言えば「こんな話、グリムにもあったよなぁ」な~んていうことを感じることもあったんだけど、何故か途中から「え?  そっちへ行っちゃうの??」と予想を裏切ってくれたりして、知っているパターンを外されて意表を突かれることが多かったように感じます。  それにしても表題作の冒頭は結構意表をついています。  ネギ好きで良かった・・・・ ^^;
読了日:9月24日 著者:


森は生きている (岩波少年文庫)森は生きている (岩波少年文庫)感想
現代人の生活ぶりは実はこの物語の女王様とさして変わりはないのかもしれません。  女王様は季節外れの「マツユキソウ」を所望し、そのためには籠いっぱいの金貨と暖かい衣類を報酬として支払うと言います。  私たち現代人は1年中スーパー・マーケットの棚から「本来夏野菜であるはずのトマト、キュウリ、ナス」を買い、「本来冬野菜であるはずの白菜」を対価を払うことで得ています。  私たちは「当たり前」のこととして、「対価を支払う当然の権利」としてそうしていて、その背景に何があるのかについて滅多なことでは考えようとはしません
読了日:9月23日 著者:サムイルマルシャーク


宝島 (岩波少年文庫)宝島 (岩波少年文庫)感想
昨今の刺激に満ちた「アドベンチャーもの」と比べるとどことはなしに地味な気がしないでもない・・・・。  その原因はジム少年の向こう見ずな行動(別の言い方をすれば「冒険」)の話を始める際に、必ずと言っていいほど出てくるフレーズのせいだと思うんです。  曰く「私の選択は無謀であったが結果的にそれが私たちの幸運を招くことになったのだ。」  つまり読者は結果オーライであることを知ったうえでジム少年の冒険を読むことになるので、「海そのものや海賊との死闘」やら「捕虜生活」の話はどうしてもどこか緊張感に欠けちゃう・・・。
読了日:9月21日 著者:R.L.スティーヴンスン


ロビンソン・クルーソー (岩波少年文庫)ロビンソン・クルーソー (岩波少年文庫)感想
「サバイバリスト、ロビンソン・クルーソー」というよりは「生活者、ロビンソン・クルーソー」という印象を強く抱きました。  ただ物語の根底を流れている発想がやっぱりどこか「大英帝国」的だし、人種的偏見みたいなもの(しかも悪意はさほど強くない)がそこかしこに香り立つし(特にフライディという名のカリブ人の従者を得るあたりから)、大航海時代から帝国主義時代に至るまでの発想(ただ単に漂着して仮住まいしただけなのに、その無人島の所有権を当たり前のように主張する)があっさりと出てくるのは時代のせいなのかなぁ・・・・。
読了日:9月16日 著者:ダニエル・デフォー


飛ぶ教室 (岩波少年文庫)飛ぶ教室 (岩波少年文庫)感想
この物語、児童文学の体裁をとっているし、実際小学校高学年から中学校低学年ぐらいまでの読み物としては素晴らしいと思うけど、案外、大人にこそ読んでもらいたい読み物なのかもしれません。  ま、ちょっと直球勝負すぎて白々しいと感じちゃうところもあるかもしれないけれど・・・・・。  でもね、寺田寅彦先生名付けるところの「国民的健忘症」の日本人、せめて本の中でぐらい「理想論かもしれないけど、やっぱりこういうことって大事だよね。  ちゃんと考えないと・・・・・。」と思う時間も大切なんだと思います。
読了日:9月14日 著者:エーリヒケストナー


長い長いお医者さんの話 (岩波少年文庫 (002))長い長いお医者さんの話 (岩波少年文庫 (002))感想
ここに収録されているお話はどれもこれもおとぎ話風のホンワカムードのお話ばかり(これには挿絵の影響もかなりあります)なんだけど、話の進め方に至っては結構奔放であっちへ飛んだりこっちへ飛んだりするんですよね~。  でもそれが不思議と不快じゃなくて何だかチャペックモードに乗せられているうちにスイスイと読み進めちゃうんですよ。  で、もともと語られたお話に忘れた頃に戻ってきたりもして、挙句そこでちょっと意表をつかれるようなこともあって、どこか人を食っていると言うか手玉にとって遊んでいるというかそんな物語集です。
読了日:9月12日 著者:カレル・チャペック


ウサギどんキツネどん―リーマスじいやのした話 (岩波少年文庫 (1003))ウサギどんキツネどん―リーマスじいやのした話 (岩波少年文庫 (1003))感想
日本人の感覚からするとキツネは悪賢いヤツだけどウサギはさほど悪人キャラではないと思うんだけど、こちらのお話ではウサギどん、かなりのワルです。  でもね、落ち着いて考えてみると見た目は愛らしいのに案外悪賢いウサギどんがいて、どちらかというと悪役キャラが板についているはずのキツネどんがこれといった理由もなく痛い目にあわされるというのはある種の「世の不条理」みたいなものを視覚化できている構図なのかもしれません。  しかも語り部が南部の黒人奴隷のおじいさんなんですから・・・・・。
読了日:9月11日 著者:J.C.ハリス


くろて団は名探偵 (岩波少年文庫)くろて団は名探偵 (岩波少年文庫)感想
これは実に楽しめる本でした。  物語3頁+イラスト1頁の合計4頁で1章が出来ていて、イラスト頁には犯人が残した手がかりなんかが描かれていてそれを読者が探し出すという趣向の本で、その答は次の章の最初の方に書かれているため答え合わせもすぐできます。  言ってみれば「ウォーリーをさがせ!」にイラストクイズがついた軽妙なミステリー小説・・・・っていう感じでしょうか。  ただ難点を言うなら今となっては老眼がすすんでしまっている KiKi にとってこのサイズの絵は特にお布団の中だと実に見難い・・・・ ^^;
読了日:9月9日 著者:ハンス・ユルゲン・プレス


土曜日はお楽しみ (岩波少年文庫)土曜日はお楽しみ (岩波少年文庫)感想
これも楽しい物語でした。  正直、できれば子供時代にこの物語を読みたかったなぁ。  子どもらしい発想がそこかしこに溢れていて、今となっては子供時代が遠い思い出となりつつある KiKi には甘酸っぱいやら、羨ましいやらで、何だかとてもまぶしいものを覗き見しちゃった・・・・・そんな気分にさせられる物語でした。  文庫本の訳者のあとがきによれば実はこの物語、4冊のシリーズものの第1巻なんだそうです。  で、どうやら残りの3巻は邦訳されていないみたい・・・。  谷口さんの訳で4冊セットで出してくれないかなぁ。  
読了日:9月9日 著者:エリザベス・エンライト


指ぬきの夏 (岩波少年文庫)指ぬきの夏 (岩波少年文庫)感想
この物語、とっても良質な児童書ではあるものの、イマドキの子供たちがどれくらいこの内容に興味を持ったり、この物語世界をイメージすることができるのか、ちょっと不安に感じました。  KiKi のようにもともと田舎モンで子供時代に土に触れた経験があり、そして今もLothlórien_山小舎で世捨て人みたいな暮しをしている人間にとっては余りにもリアリティに溢れた素敵な物語だったんですけどねぇ。
読了日:9月7日 著者:エリザベス・エンライト


水滸伝 (19)  旌旗の章 (集英社文庫)水滸伝 (19) 旌旗の章 (集英社文庫)感想
この巻単体で物語の評価をするなら正直なところ KiKi にとってはさほど面白い本ではありませんでした。  過去にも似たような記述を読んだような気がする戦闘シーンが全体に占める割合が多く、さもなければ続編に続く布石の物語のオン・パレードという印象なんですよね。  滅びの物語だから仕方ないとは言え最後の3巻ぐらいは好漢たちの死にざまの描写もどこか淡々としているし(まあ数が多いうえに戦場のお話だから仕方ないとも言えるけど ^^;)、周辺情報の描き方も物語の最初の頃に比べるとやっぱり雑さ加減が散見されます。
読了日:9月7日 著者:北方謙三


水滸伝 18 乾坤の章 (集英社文庫)水滸伝 18 乾坤の章 (集英社文庫)感想
う~ん、何とはなしにここへきてお話の進め方がちょっと乱暴になってきているような気がしないでもありません。 もちろん童貫さんが出てきた辺りから「あとは滅びるだけ」が運命づけられている梁山泊なので、秦明さんや林冲さんが亡くなるのは仕方ない流れであるとはいえ、どこか雑さ加減が散見されるような気がするんですよね~。 さらに言えば楊令君の活躍の仕方がどこからどう見ても「楊令伝」への布石になっちゃっているんですよ。  だから「童貫軍 vs. 梁山泊の決着は次の『楊令伝』でね~。」って言われている気分・・・^^;
読了日:9月5日 著者:北方謙三


水滸伝 17 朱雀の章 (集英社文庫 き 3-60)水滸伝 17 朱雀の章 (集英社文庫 き 3-60)感想
この巻でかなり印象的だったのは公孫勝が語る彼の生い立ちの物語でした。  原典では道術の仙人・羅真人の弟子という設定で、風を呼んだり神兵を呼び寄せたりという妖術使い系の人物で、途中からは梁山泊を抜けて修行の道に戻っちゃったりもしていたわけだけど、こっちの公孫勝は当然のことながらそんな摩訶不思議な人物というわけではありませんでした。  それでも普通の人では決してなかったその背景にあった物語がまるでダンテの「神曲」もどき・・・・・。  
読了日:9月1日 著者:北方謙三

読書メーター

まぼろしの白馬 E.グージ

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The brave soul and the pure spirit shall with a merry and a loving heart in herit the kingdom together.

雄々しき魂と清らなる心をもてるもの、ほがらかなる精神とやさしき愛をもてるものとともにこの王国を継承すべし

本日の KiKi の読了本はこちらです。

まぼろしの白馬
著:E.グージ 訳:石井桃子  岩波少年文庫

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古い領主館にひきとられた孤児の少女マリアは、館にまつわる伝説に興味を抱き、その謎を解こうと大はりきり・・・・・。  活発で明るいマリアは、暗い館の生活を一変させ、周囲のおとなたちを事件にまきこみます。  ロマンチックな物語。  (文庫本裏表紙より転載)

この本は初読だったんですけど、一読して感じたのは「ああ、この本を子供の頃に読んだら今よりももっともっと夢中になっていたんだろうな」ということでした。  とにかく女の子が憧れるだろうありとあらゆるものが美しい言葉で描かれているんですよね~。  舞台となる古風なお城然り。  少女のサイズに作られた入口(つまり大人は入れない)の自分だけの部屋然り。  美しい家具・調度の数々然り。  毎日誰かが用意してくれる綺麗な洋服や美味しそうな食べ物の数々然り。  館を取り囲む美しい庭園とのどかな田園風景然り。  登場する地名や人の名前までもが、きれいなものを連想させます。  シルバリーデュー(銀のしずく)村とか、パラダイスの丘とか、ムーン・エーカー館とか、とか、とか・・・・。

ま、逆に言えば思春期の男の子だったらこの物語の描写は甘ったるすぎて「とてもじゃないけど読んじゃいられない!」という気分に陥る可能性大なのかもしれません。  もちろん美しい物語であることに変わりはないんだけど、やっぱり「少女の夢」っていう雰囲気があまりにも濃厚な作品だと感じました。

特にそれを感じるのは、物語の中盤から出てくる悪役たちの描写なんですよ。  色彩鮮やかな荘園の中で暗い松林に潜んでいるという明暗の対比とか「黒い男たち」という呼び方でその残虐さや不気味さを象徴しようとしているんだけど、そんな彼らの描写がどこか中途半端というか精気に乏しいというか・・・・・・。  いかにも女の子が空想の中で描く「不気味で悪い奴ら」という感じで、真に迫ってくる存在感・現実感みたいなものが希薄なんですよね~。  彼らの生業が強奪であることは所謂伝聞の形でそこかしこに描かれるんだけど、その割には荘園で暮らしその被害を被っている一般人の生活の悲惨さみたいなものもほとんど描かれていないし・・・・・。

秘密を胸にもって帰るっていうのが、クローディアの望みなのよ。  天使には秘密があったので、それがクローディアを夢中にもさせたし、重要にもさせたのですよ。  クローディアは冒険がほしいのではないわね。  お風呂や快適なことがすきでは、冒険むきではありませんよ。  クローディアに必要な冒険は、秘密よ。  秘密は安全だし、人をちがったものにするには大いに役だつのですよ。  人の内側で力をもつわけね。

原題「ベシル・E・フランクワイラー夫人のファイルの山から: From The Mixed-Up Files of Mrs. Basil E. Frankweiler」が邦題「クローディアの秘密」になっちゃった理由はこの作中のフランクワイラー夫人の一言(↑)にあるんですねぇ・・・・。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

クローディアの秘密
著:E.L.カニグズバーグ 訳:松永ふみ子  岩波少年文庫

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少女クローディアは、弟をさそって家出をします。  ゆくさきはニューヨークのメトロポリタン美術館。  そこでこっそり生活をするうちに、2人はミケランジェロ作とされる天使の像にひきつけられ、その謎を解こうとします。  (文庫本裏表紙より転載)


この本を読むたびに KiKi が思い出すのは KiKi がクローディアと同じぐらいの年齢だった頃、やっぱり「家出」をしたくなっちゃった時のことです。  何が直接の原因だったかのかは忘却の彼方なんだけど、ある日「絶対に今日こそ『家出』を決行するんだ!」と決心した KiKi はクローディアと同じように親に置手紙を書きました。


1週間の家出  KiKi


ってね。  で、その KiKi の家出は1週間はおろか1日ともたなかったんだけど、半べそをかきながら帰宅した KiKi を母は物凄い勢いで叱り飛ばしました。  自分の計画が失敗だったこと、さらには母親にこれ以上はないっていうほど怒られて意気消沈した KiKi を見て、父は笑ってこう言いました。


あのなぁ、KiKi。  期限付きの家出っていうのはないんだぞ。  そういうのは「家出」じゃなくて「旅行」って言うんだ。


ってね(苦笑)    ま、それはさておき、クローディアには「生まれた時から一番上の子供で、その上女の子だったというそれだけの理由で、下の子たちのお手本になるようないい子でいなくちゃいけなくて、女の子らしく弟の世話や家事手伝いをさせられるうえに、それを怠るとお小遣いが減額される」という不公平に抗議するという家出をするうえでの大義名分がありました。  さらには同じことの繰り返しである日常への倦怠感がそれに拍車をかけ、自分は家出をするんだと思い込んでいました。

でもね、本当の家出の理由は実は別のものだったんだろうと、過去に「1週間の家出」を企画して遂行できなかった KiKi は思うんですよ。  彼女がしたかった家出というのは「親の庇護からの脱出」だったんじゃないのかなってね。  実は KiKi 自身、上にも書いたように「1週間の家出の直接の原因」はまったく覚えていないんだけど、はっきり覚えているのは親に何がしかの不満を持つぐらいまでに親から精神的に分離し始めている感覚があったこと、別の言い方をするならば親への感情が絶対的なものではなくなってきていたということなんです。

要するに自我の目覚めっていうヤツですね。  だから親が望む優等生であることもイヤ、親にあれしろこれしろと言われるのもイヤ、ましてやそれにちょっと反抗すると親が立場の優位性をふりかざし「お小遣いの減額」というような痛い所をついてくるのは理不尽だという想い・・・・・。  でも、それは親を嫌いになったということではないし、まして「困らせてやろう」な~んていう悪意を抱かせるほどのものではないんです。  それどころか、自分が家出な~んていうことをしでかしたら親がものすごく心配するだろうということもよくわかっていて、それを回避するためにクローディアにしろ KiKi にしろちゃんと手を打つんですよ。

ところがそこはやっぱり子供なんです。  子供特有の無邪気な浅はかさとしか言いようのないことしか思いつかないんですよ。  クローディアは「心配しないで」と書いておけば親は心配しないだろうとタカをくくっているし、KiKi は期限付きならOKだろうとこれまたタカをくくっている・・・・みたいな。  まあ、KiKi が期限付きにしたのは親を安心させるためばかりではなくて、生活能力がクローディアよりも未発達だったうえにクローディアにはいたスポンサー(弟のジェイミー)がいなかったから、自分の所持金では1週間が限界だろうと思っていた(実際には1週間も無理であることがすぐに判明)というのもあるんですけどね。

クローディアと KiKi の家出の類似点は今の親元での生活が耐えられないというほどのものではなく、逆に「家なき子」や「小公女」の主人公たちのような厳しい生活は自分には耐えられないことも分かっているということだと思うんです。  まして時間が来ればゴハンができてきて、いつも洗濯された洋服を着ることができているのは「親のおかげ」であることもちゃんと分かっているんです。   だからクローディアはメトロポリタン美術館を家出先に選ぶし、KiKi はどこへ行くかは決められないけれどとりあえず期限だけを決めていたりするんです。

そしてクローディアと KiKi の家出の相違点は KiKi の方が著しく計画性に欠けていたのに対し、クローディアの方は「計画をたてる5分間は、探し回る15分間に匹敵するのよ」と別の場面で言うように、用意周到です。  確かに思い付きとしては「メトロポリタン美術館」なんていうのは素晴らしいと思うけど、実際の深夜の美術館なんていうのはもっと不気味なんじゃないかなぁ。  そこは姉弟二人連れという心強さがあったのかもしれないけど、KiKi だったら動くはずのない展示物(彫像とか石棺の蓋とか)が動いたような気がして眠れなかった・・・・・みたいなことがあってもおかしくないと思うんだけど、この姉・弟はひたすら無邪気に遊びまわっています ^^;


聊斎志異 蒲松齢

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岩波少年文庫、朝鮮文学に引き続いて読了したのは中国文学で、アジアしている今日この頃です。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

聊斎志異
著:蒲松齢 編訳:立間祥介  岩波少年文庫

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こおろぎになった少年、菊の精の姉弟、豆つぶのように小さい犬、美女に化けた狐、なぞの仙人 ・・・ 伝説などをもとに、人間と幽霊・妖精・動物たちとの不思議な交流を描いた中国の清時代の短編集。  (文庫本扉より転載)

KiKi の手元にあるこの本は1997年版で上の写真と同じ背表紙が水色のものなので、画像はそちらを使いました。  Amazon Link は左が KiKi のものと同じバージョン(つまり現在では古本でしか入手できない版)、右が現在発刊されているバージョンのものです。

この岩波少年文庫版には全部で31編の短編(これが本当に短いの!)が収められています。  全編は12巻、494編もあるらしいのですが、我が日本国で比較的入手しやすい岩波文庫の本作であってさえも92編しか収められていないようです。  アジアン・テイストのショートショートといった雰囲気でなかなか楽しめる物語集だと思いました。

でも生まれて初めてこの本のことを知った時は、タイトルが読めなくてねぇ・・・・・。  今でこそ何のためらいも迷いもなく「りょうさいしい」と読めるようになったけれど、中学生ぐらいまでは「ああ、あの柳みたいな字で始まる中国の物語集ね」な~んていう風に記憶していたことが思い出されます。

登場するのは必ずしも人間ばかりとは限らず、幽霊だの妖精だの動物たちが人間とほとんど変わることない「この世に生きとし生けるもの」として登場し、登場する人物と一緒に酒を酌み交わして仲良くなっちゃったりします。  そんなホノボノ感と、死体の首をすげかえるだの遺体を盗むだのというホラーチックな話がゴタマゼになっていて(でも不思議とおどろおどろしさはない 笑)、まあハチャメチャと言えばハチャメチャな話が多いんだけど、例えば風邪をひいて高熱にうなされながら読むには最適なんじゃないかという「夢うつつ読書」向きの本だと感じました。  何せ、KiKi はこれを読みながら夏目漱石の「夢十夜」を思い出したぐらいですから・・・・・(笑)


近くて遠い国、朝鮮の民話なんて初めて読んだような気がします。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

ネギをうえた人 朝鮮民話選
編:金素雲  岩波少年文庫

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人間はどうしてネギを食べるようになったのか?  ネコとイヌがけんかするのはなぜ?  おばあさんは悪いトラをどうやって追いはらったか ― 動物と人間がくりひろげるのどかな世界が語られる朝鮮の民話33編。  (文庫本裏表紙より転載)

今では BS チャンネルの番組表を眺めてみると、「はて、ここは日本か、韓国か??」と訝しく思っちゃうぐらい、韓流ドラマが横行している我が日本国。  これだけ四六時中韓流ドラマにさらされている割には、彼の国の文化に関しては実はさほどちゃんと認識されていないように感じるのは KiKi だけかしら??  ま、そんなことを言う KiKi 自身にしたって近くて遠い国韓国について、ましてや拉致問題でかなりお馴染みになった北朝鮮に至ってはほとんど何も知らないと言っても過言ではない人生を送ってきています。

この本のあとがきの編者の言葉にある


デンマークに生まれたアンデルセンの物語ならたいてい知っているあなたたちに、今度はこの近い隣の国の昔がたりも読んでもらいたいと思います。


はまさに KiKi 向けに語りかけられた言葉のように感じます。  でも実はこの本は1953年にはちゃんと日本に紹介されていたんですねぇ・・・・。  きっと子供時代の KiKi は岩波少年文庫のラインナップを眺めていても「朝鮮民話選」と見た瞬間に切り捨てていたんだと思います ^^;  朝鮮と言う国を蔑視まではしていなかったけれど、やっぱり心の中のどこかに西洋文化への憧れを強く抱いていた子供でしたから、心の中のどこにも「お隣の国」という意識さえ持っていなかったような気がするんですよね~。


寄り道のせいでやたらと時間がかかってしまった「宝島」に対し、こちらはあっという間に読了してしまいました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

森は生きている
著:S.マルシャーク 訳:湯浅芳子  岩波少年文庫

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気まぐれな女王が、真冬に4月の花マツユキソウをほしいといいだし、国じゅう大さわぎ。  継母の言いつけで吹雪の森に分け入った少女は、12の月の妖精たちに出会います・・・・・。  スラブの民話をもとにつくられた楽しい児童劇。  日本でもたびたび上演されています。  (文庫本扉より転載; KiKi の手元にあるのは現在販売されている版ではなくその前に発刊されていた1990年発刊の第47刷版です。)

この物語の Review をエントリーとして書くのは初めてだけど、実は再読です。  それも初読が子供の頃だったというわけではなく、大人になってから初めて読んだ物語です。  実は KiKi はこのブログを開設する際に「岩波少年文庫全冊読破企画」なるものをぶち上げたわけですが、それより何年か前からこの企画自体は細々と遂行していました。  そしてその初期の段階に手にした中の1冊がこの本でした。  

戯曲ということもあるんだろうけれど、とにかく情景描写がダイナミックで美しいんですよ。  いわゆるト書き部分の情景描写もさることながら、登場人物たち(時に森の動物たちも含む)が語る言葉の端々からもロシアの冬の森の厳しい情景が目に浮かぶようです。  特にダイナミックさと美しさを感じさせるのは12人の月(month)の精たちが、季節外れの命令を出した女王のために冬の真っ只中にマツユキソウを探し当てなくちゃいけないことになった少女のために季節を早送りするところの描写です。  よくネイチャー系の番組で定点カメラの映像を早回ししているのがあるけれど、それに音と空気感が合わさったような感じで、これを舞台上で再現する演出家の方は大変だろうなぁと思わずにはいられません。

さて、初読の際は戯曲ということもあり、民話に題材をとっている物語ということもあって素朴な美しい物語だなぁ・・・・というぐらいの感想しか抱かなかったのですが、今回の読書ではかなり色々なことを考えさせられました。  今日はそのお話をしてみたいと思います。


宝島 R.L.スティーヴンスン

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この物語の読書中にちょっと浮気をして「ハリー・ポッター 死の秘宝」の再読なんていうことをしてしまったのでちょっと読了するのに時間がかかってしまいました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

宝島
著:R.L.スティーヴンスン 訳:海保眞夫  岩波少年文庫

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ジム少年は、トレローニさんや医者のリヴシー先生とともに、フリント船長が埋めた莫大な財宝を探しに出帆した。  が、船のコックとして乗り組んだ一本足の海賊シルヴァーがおそろしい陰謀を企んでいた...。  海洋冒険小説の名作。  (文庫本裏表紙より転載)

今回、この物語の読書中にちょっと浮気をしちゃったのは、決してこの物語がつまらなかったからじゃなくて、たまたまダーリンの入院前に体力温存のために映画(DVD)鑑賞なんちゅうことをしていて、その時たまたま観たのが「ハリー・ポッターシリーズ」で、その映画の中でどうしても腑に落ちない点が出てきたので本で確認したくなっちゃったからでした。  因みにその腑に落ちない点というのは「分霊箱」のお話で、早トチリの KiKi は分霊箱は7つあると確信していたんです。(実際には分霊箱は6つでヴォルテモートの肉体に宿る魂1つと合わせて7つということだった)  それにも関わらず3つ目の分霊箱をロンが破壊した際に「残りはたった3つ」と言う所で「あれ?  計算が合わない・・・・・。」と思っちゃって、映画では端折っちゃった(と思われる)分霊箱1つは何かをどうしても知りたくなっちゃったんですよね~ ^^;

で、わざわざ「死の秘宝」を全部読み返してみたんだけど、やっぱり本の中身も映画と一緒で、結局この読書では謎は解けませんでした。  でもさすがに「謎のプリンス」まで読み返してみる気力は湧いてこず、結局インターネットで「ハリー・ポッター 分霊箱」で検索。  そして見つけたいくつかの解説を読んでやっと合点した次第。  こんな結末になるなら、最初からネットで調べれば良かった・・・・・・(苦笑)

ま、てなわけで「分霊箱の謎」が解けたところで再びこの「宝島」に戻ってきました。  「ロビンソン・クルーソー」を読了したのが9月16日。  この「宝島」を読了したのが9月21日。  別にスピードを重視した「全冊読破企画」ではないから、1冊に何日かかろうが大した問題ではないんだけど、この程度の厚さの本で、しかも哲学書みたいな難解な本ならいざ知らず5日もかけたとは何気に不満足・・・・・。  今度からは寄り道はできるだけしないように!と自分を戒めた次第です。

さて、本題。  「宝島」です。  こちら、このエントリーにも書いたように、KiKi の子供時代には「男の子の必読本」みたいな位置づけの物語でした。  正直なところ、この「宝島」や「ロビンソン・クルーソー」あたりがこの宮崎駿氏の推薦リストに載っているということ自体がある意味で「時代」を感じさせるような気がしないでもありません。  イマドキの子供たち(特に男の子)はこの2作品を読んでいたりするのかなぁ??  KiKi であってさえ、この2冊に関しては「元祖 海洋冒険小説」というような捉え方をしているところがあったりするぐらいですから、イマドキの子供たちにしてみればもっともっと「古臭い物語」という印象があっても不思議じゃないような気がします。

そしてね、読了してみて感じるのは昨今の刺激に満ちた「アドベンチャーもの」と比べるとどことはなしに地味な気がしないでもない・・・・。  決して物語としての起伏がないわけじゃないし、面白いんだけどそこかしこに感じるこの「地味」という感想の根っこにあるのは何なのかしら?  色々考えてみて、思い当たったポイントがあるのでそのお話をしてみたいと思います。

  

今月の趣味のお買い物

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昨日、退院したダーリンを連れてLothlórien_山小舎に戻り、車から荷物をおろして山小舎に運び込み玄関を閉めようとしたまさにその時、「くろねこヤマトの宅急便」の車が我が家の前を通りました。  このあたり、我が家の玄関の前の道にヤマト便のトラックが走ったらその8割がたが我が家への配達であるぐらいの頻度でしかそのトラックを見ることが少ないので、ちょっと様子を見ていたら案の定そのトラックは我が家の玄関前を通り過ぎ、敷地の境界にある駐車場への私有連絡路で方向転換をしています。  ここでこのトラックが方向転換をする場合にはほぼ100%、我が家へのお届け物です。

そこで玄関を開けっ放しにしたままシャチハタを手に待っていると、案の定Uターンして戻ってきたトラックが今度は玄関前で停まりました。  ほぼ顔なじみになってしまい、携帯電話の番号まで交換している(たまたま配達に来たとき留守だった場合の連絡用)ヤマトのお兄ちゃんがニコニコしながら車から降りてきて、

「こんにちは~。  今日は KiKi さんにお届け物ですよ~。  ちょっと待っててくださいね~。」

と朗らかにおっしゃいました。  心当たりは1つだけ、でもネットでそのお店に注文を出してからまだたった2日。  お店の方が注文を認識されたのが17日の夜遅くだったことはやり取りしているメールから明らかだったので、「いったいどこから、何を?」とちょっと不思議な気分でお兄ちゃんが目当ての箱を運び出すのを待ちました。  すると

「はい、KiKi さん宛、xxxさんからのお届け物です。」

と仰る、そのxxxさんとはまさに17日の夜遅くに KiKi の注文を認識されたばかりのネットショップでした。  思わず宅急便のお兄ちゃんに

「え~!  もう??  はっや~い」

と言うと、お兄ちゃんは宅急便のサービスを褒められたと勘違いしたのか

「いえいえ、普通ですよ。  あ、又よろしくお願いします。」

なんぞと仰ります。  まあ、的外れな相手に的外れな感想を先に言ったのは KiKi の方ですから、そこはニッコリ笑顔を返して「あ、こちらこそよろし・・・」と尻切れトンボ的な返答をしておき、早速、箱を開けてみました。 

すると KiKi が約半月もの間、買おうか買うまいか悩みに悩んだ末に注文メールを出した様々なグッズが次々と箱から姿を表しました。

  

台風18号が襲来し、それこそ「経験したことがないような暴風」にLothlórien_山小舎がキシキシと泣き続けるなか、「元祖 サバイバル小説」とでも呼ぶべきこちらの物語を読了しました。

ロビンソン・クルーソー
著: D.デフォー 訳:海保眞夫  岩波少年文庫

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航海に出たロビンソン・クルーソーは、嵐にあい、たったひとり絶海の孤島に打ちあげられてしまう。  わずかな食糧と道具をたよりに、どうしたら生きのびることができるだろうか―。  近代小説の原点ともなった冒険物語の古典。  (文庫本裏表紙より転載)

KiKi の子供時代、男の子の必読本といってもいいような物語だったのがこの「ロビンソン・クルーソー」や次に読む予定の本「宝島」、そして「十五少年漂流記」といったあたりの物語だったように思います。  対する女の子の必読本は「赤毛のアン」とか「若草物語」とか「ローラ物語」。  そういう意味ではこの「ロビンソン・クルーソー」、KiKi も小学生時代には「タイトルだけは知っている男の子のための冒険のお話」という認識をしていたように思います。

で、中学生になってから「いくら男の子の本とは言え、この超有名な物語を素通りしてもいいんだろうか?」なんぞという殊勝なこと(?)をチラッと考え、学校の図書館から借り出してきて少しだけ読んでみたものの「人肉食の蛮人」が登場するに至りギブアップ(苦笑)  で、それから大学生になるまで一切関わらずに過ごしてきました。

大学で一応「英文学部」なるものに所属するに至り、「英文学史」の授業にも出てきたこのエポック・メイキング的な物語を素通りしたまんまじゃいかんだろうなんぞという2度目の殊勝な想い(?)を抱き、今度は「とりあえず最後まで読了すること」を自分に課して初めて通読。  その頃はロビンソン・クルーソーのサバイバリストとしての物語というよりはどちらかというと「キリスト教宣教の本」という印象で読了しました。  そして今回の読書に至りました。

 

飛ぶ教室 E.ケストナー

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KiKi の子供時代、自宅でもっともお世話になったのは岩波少年文庫と親戚のお姉さんからのお下がりだった河出書房新社(だったと思う)の「少年少女世界文学全集」でした。  そしてこの「飛ぶ教室」はその「少年少女世界文学全集」の中の1冊として読みました。  そういう意味では岩波少年文庫版は今回が初読となります。  もっともその「文学全集」の方の読書はあまりにも昔のことなので、2つを比較できるような読み方はできないんですけどね(苦笑)  ま、いずれにしろ本日の KiKi の読了本はこちらです。

飛ぶ教室
著:E.ケストナー 訳:池田香代子  岩波少年文庫

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ボクサー志望のマッツ、貧しくも秀才のマルティン、おくびょうなウーリ、詩人ジョニー、クールなゼバスティアーン。  個性ゆたかな少年たちそれぞれの悩み、悲しみ、そしてあこがれ。  寄宿学校に涙と笑いのクリスマスがやってきます。  (文庫本裏表紙より転載)

恐らく KiKi が初めてこの物語を読んだのは小学校の低学年から中学年にさしかかる(2年生か3年生)頃だったと思います。  当時の KiKi には正直なところこの物語のよさがさっぱりわかりませんでした。  と言うのも、舞台は男の子ばかりが暮らすドイツのギムナジウムです。  しかも物語の冒頭で印象的に(?)登場する男の子は大食らいときています。  挙句ギムナジウムに通う男の子が実業学校に通う男の子たちに拉致され、それを助けにギムナジウム組が殴り込み・・・・・ ^^;  寮生活の何たるかも知らなければ、男だけの世界に流れる流儀みたいなものにも疎く、ついでに「暴れん坊」が苦手だった当時の KiKi にしてみれば「なんじゃ、こりゃ?」の世界だったのです。

でもね、もう少し成長して小学校を卒業するちょっと前ぐらいのタイミングで読んだときにはこの同じ物語がスッと心に沁みこんできたんですよね~。  これは小学校生活の中で男の子っていうのはどういう生き物なのか、その行動原理にどんな気持ちがあるのかということが何となく理解できるようになってきていたということもあっただろうし、初読の際には読み飛ばしていた大食らいの男の子の将来の夢がボクサーであることもちゃんと理解できていたからだと思うんですよね。  実業学校の子供たちが別の学校の子供を拉致するという設定にはリアリティは感じられなかったけれど、協力して仲間を助けるという義侠心とか、伝統的な対立意識とか、勇気ある行動に憧れる気持ちといったものがある程度身近なものに感じられる年齢になっていたからだと思います。

狭い世界で暮らしている少年たちが見せるある種の純粋さはキラキラと眩しかったし、どんなに仲間が大勢いてそれが素晴らしい仲間だったとしても、その中の個人には何かしらの問題・悩みのようなものがあって、その何かに時に押しつぶされそうになったり、抗ったりするわけだけど、その時は結局1人ぼっちなんだよなぁということも考えさせられました。  ただ、その決着をつける過程で、あるいは何らかのしっぺ返しを食らったときには周りには誰かがいてくれるのがいい。  それは仲間であることもあれば、この物語に出てくる2人の魅力的な大人、「正義さん」と「禁煙さん」のような「子供の心を忘れてはいないけれど、そこにホンモノの知恵も身につけた懐の広い大人だったりもすれば最高です。  そして思ったものでした。  「私もこういう本当の意味で良識のある大人になりたい。」と・・・・・。

 

昨日のエントリーでもお話したように、今日から暫くの間の「岩波少年文庫 全冊読破企画」の書籍選択はかつてこのエントリーでお話した「宮崎駿選 岩波少年文庫の50冊」に則って進めていきたいと思います。  ま、てなわけでその記念すべき再開第1作はこちらの作品となりました。

長い長いお医者さんの話
著:K.チャペック 訳:中野好夫  岩波少年文庫

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チェコの文豪カレル・チャペックの楽しい童話集。  親切な町のお医者さんたちや、働き者の郵便屋さんなどが活躍する、しゃれたおとぎ話を9編。  兄ヨセフのゆかいな挿し絵とともに、多くの人たちに愛されてきた現代の古典。  (文庫本裏表紙より転載)

この本はね、子供時代に学校の図書館で何度も借り出したお気に入りの童話集だったんですよ。  でもその後、この物語のことはすっかり忘れてしまって、さらに言えば子供時代には作者が誰かな~んていうことはあんまり気にしていなかったので誰の作品なのか知らないまま KiKi は大人になっちゃったんです。  で、大人になったら同じチャペックの「園芸家12ヵ月」(↓)に出会ってクスクス笑いをさせてもらって、ふと気が付けば「この2つ、同じ作家の作品じゃあ~りませんか!」となってそれからますます愛着がわくようになったという物語集です。

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チェコの生んだ最も著名な作家カレル・チャペックは、こよなく園芸を愛した。  彼は、人びとの心まで耕して、緑の木々を茂らせ、花々を咲かせる。  その絶妙のユーモアは、園芸に興味のない人を園芸マニアにおちいらせ、園芸マニアをますます重症にしてしまう。  無類に愉快な本。  (文庫本裏表紙より転載)

この「園芸家12ヵ月」の Amazon Link の文庫本の表紙は KiKi がご紹介している写真のものとは別(Amazonの方が新しい)なんだけど、KiKi がご紹介しているこっち(↑)のこの絵が本日読了した「長い長いお医者さんの話」でも挿絵を担当しているお兄さんの絵で、実にほのぼのとした味わいのある絵なんですよね~、これが。  お話もどこかとぼけたところのある語り口(それはどちらの本にも共通している)なだけに、この挿絵との相乗効果には絶大なものがあると信じて疑わない KiKi です。

さて、我が家には実はこの「長い長いお医者さんの話」は2冊あったりします。  1冊は冒頭でご紹介した現在も販売されているこのヴァージョン。  そしてもう1冊は「岩波少年文庫 愛蔵版 全30巻」の中の1巻でこちらは装丁が実に美しいんですよ。  しかもハードカバー。  実はこれ、KiKi の宝物です。

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こういう装丁の本、KiKi の子供時代には多かったんですよね~。  日本の製本技術は優れているから現在のソフトカバー本であっても、アメリカなんかのペーパーバックと比較すればはるかにしっかりできていて、その割にはお値段も安くて文句のつけようもないとは日々感じていることだけど、それでもこういう厚紙仕様で風格のある本っていうのは本を読む前の心構えみたいなものを読む側に要求する独特のオーラを放っています。  で、せっかくだから今回はこちらの愛蔵版で・・・・と最初は思ったんですよ。  でも結局読了したのは冒頭でご紹介した現在市販されているソフトカバー本の方にしました。  その理由はね、実は現在市販されているソフトカバー本の方が収録作品数が多かったんです。


例の足の指の骨折がなかなか治らない(← と言っても治療らしい治療はしておらずテーピングだけしか処置はしていないから当たり前なのかもしれませんが ^^;)KiKi。  始末に負えないのはテーピングして靴下を履いて、例のサンダル or スリッパ履きなら歩くのに全く支障がなく痛みも感じないことで、それでもちょっと冷えたりお風呂でお湯につけたりするとジワ~っと痛みが走るし、お天気が悪いとどことなくグジグジと痛むような気がするし、まして患部を手の指で押さえたりするとちょっとズキンとくるぐらいの状態だから、なかなか積極的にお医者さんに行こうというモチベーションが湧いてこないこと(苦笑)  何せLothlórien_山小舎からそれなりの病院に行こうと思うと車で30分ぐらい山道をドライブしなくちゃいけないんですよね~。  それに来週にはダーリンのステント手術の入院も控えているので、それが終わるまでは何となく「KiKi が病院通いをしている場合じゃない!」というような意識が働きます。

ま、そんなちょっとモンモンとした状態の中、「岩波少年文庫全冊読破企画」の方は着々と進んでいます。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

ウサギどん キツネどん
著:J.C.ハリス 訳:八波直則  岩波少年文庫

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アメリカ南部の綿畑で働くリーマスじいやの物語る黒人の民話。  りこうなウサギどん、ずるいキツネどんたちが、人間顔負けの活躍をするこの本は、「アメリカのイソップ」として世界中に知られています。  (文庫本扉より転載)

この本は「岩波少年文庫 創刊60年記念フェア」「リクエスト復刊」された1冊です。  2010年の10月に復刊され、11月3日の文化の日に購入。  それから昨日に至るまで我が家で積読状態だった1冊ということになります。  今回たまたまこの本を選んだのもこれといった特別な理由があったわけではなく、「岩波少年文庫全冊読破企画」を再開するにあたり、ふとこの特別装丁の本が目に留まって「そう言えばこの時購入した13冊のうちほとんどが手つかずのまんまだったなぁ・・・・」と思い出したからにすぎません。  そういう意味では KiKi にとってこの物語が特別思い入れのある作品というわけではなかったんですよね~。

でもね、「リーマスじいや」という名前には何となく聞き覚えがあったし、畑仕事の合間のお年寄りの民話語りということでかなりの期待をもって読み始めました。


KiKi はかねてから岩波書店児童書編集部さんが発刊している「やかましネットワーク」という機関紙を購読しています。  その2013年7月号(No.46)が沼津での同居介護生活中にLothlórien_山小舎に届いていたんですけど、つい先日までその中身を確認していませんでした。  開封してみると今年は「岩波書店創業100年」なのだそうで、それを記念した別の小冊子「岩波少年文庫 読者が選ぶこの1冊」が同梱されていました。  今日はその小冊子の中の「なにを選ぶか困った時は」というコーナーで紹介されていて興味をもったこちらを読了しました。

くろて団は名探偵
著:H.J.プレス 訳:大社玲子  岩波少年文庫

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<くろて団>のメンバーは、男の子3人と女の子1人、それにリス1ぴき。  犯人を追いつめる手ぎわのよさといったら、警察顔負けだ。  さあ、あなたも絵をじっくり見ながら、<くろて団>といっしょに4つの事件のなぞを解いてみよう!  (文庫本裏表紙より転載)

これは実に楽しめる本でした。  物語3頁+イラスト1頁の合計4頁で1章が出来ていて、イラスト頁には犯人が残した手がかりなんかが描かれていてそれを読者が探し出すという趣向の本で、その答は次の章の最初の方に書かれているため答え合わせもすぐできます。  言ってみれば「ウォーリーをさがせ!」にイラストクイズがついた軽妙なミステリー小説・・・・っていう感じでしょうか。  ただ難点を言うなら今となっては老眼がすすんでしまっている KiKi にとってこのサイズの絵は特にお布団の中だと実に見難い・・・・ ^^;  細かく描きこまれたイラストであるだけに、時に目がチカチカとしてしまい就寝前の読書としてはちょっと疑問だったことでしょうか?


「指ぬきの夏」が結構気に入ったので、岩波少年文庫に収録されている同じエンライトの作品、「土曜日はお楽しみ」を引き続き読んでみました。

土曜日はお楽しみ
著:E.エンライト 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

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土曜日は、何かが起こる!  4人きょうだいの結成したぼうけんクラブは、夢いっぱい、ゆかいな事件もいっぱい。  おさげを切って大変身したり、サーカスへでかけて迷子になったり、子どもたちがニューヨークの街をかけまわります。  (文庫本裏表紙より転載)

これも楽しい物語でした。  正直、できれば子供時代にこの物語を読みたかったなぁ。  子どもらしい発想がそこかしこに溢れていて、今となっては子供時代が遠い思い出となりつつある KiKi には甘酸っぱいやら、羨ましいやらで、何だかとてもまぶしいものを覗き見しちゃった・・・・・そんな気分にさせられる物語でした。

物語の主人公はメレンディ家の4人兄妹です。  上から♀、♂、♀、♂と実に見事に半々に分かれていて、それぞれの性格が又いいからとにかくバランスがいいんですよ。  いちばん上のモナはまだ大人にはなりきれない、でも長女ということもあってやっぱりどこか落ち着きを感じさせる夢見がちな女の子。  2番目のラッシュは、そんなお姉ちゃんをからかったり冷やかしたりするヤンチャなところもあるけれど、実は優しい男の子。  3番目のランディはなかなかのアイディアマン(ウーマン?)で、活気にあふれる女の子。  末っ子のオリバーはまだ6歳なんだけど、みんなに邪魔者扱いされちゃうような甘ったれでもキカン児でもない。  そしてこの兄妹、実に仲がいいんですよね~。  一人っ子だった KiKi はそれだけでも垂涎モノです。

彼らにはお母さんはいないんだけど、その代わりに家のことはすべて取り仕切ってくれている優しくも口うるさいばあやのカフィがいます。  そしてお父さんは懐が深くて子供たちに常に暖かい眼差しを注いでくれています。  そんな彼らの遊び場は「オフィス」と呼ばれている大部屋で、壊れかけたような家具ばかりが置かれている部屋なんだけど必要以上に大人たちが干渉してくるわけではないいわば自治区みたいな所。  何だか KiKi が子供時代に欲しかったもの全てを持っているような兄妹なんです。


指ぬきの夏  E.エンライト

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北方水滸を読了したので、ここからは暫くの間 KiKi のライフワークの1つ、「岩波少年文庫全冊読破企画」に戻って読書の秋は児童書三昧で過ごしていきたいと思います。  久々の岩波少年文庫の1冊目はこちらです。

指ぬきの夏
著:E.エンライト 訳:谷口由美子  岩波少年文庫

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ガーネットは、ぐうぜん川で銀の指ぬきを見つけます。  その日から、すてきなことや冒険でいっぱいの夏がはじまりました。  森の中にある石灰炉に泊まったり、ヒッチハイクして家出をしたり...。  農園の暮らしのみずみずしい描写が光る秀作。  (文庫本裏表紙より転載)

久々の岩波少年文庫ということで、何から手をつけるべきか結構迷いました。  未読(このブログ上はという意味ですけど)の大作シリーズもの(例えばドリトル先生とかナルニアとかゲド戦記とか)にもかなり心惹かれたんですけど、あれこれ考えて選んだ1冊は結局かなり地味目のこちら(↑)となりました。  この物語は初読です。  

そしてこの本を選んだ理由は実にシンプルで、今現在ばぁばのひざかけを作成中の KiKi にとって「指ぬき(シンブル)」はとっても身近な物体だったから・・・・・ ^^;  実は読み始めるまでは「針さしの物語」みたいに針さし、指ぬき目線の人間観察の物語を想像していたんですけど、実は全然違う構造の物語でした。  「指ぬきの夏」というタイトルではあるけれど、ガーネットという少女のひと夏の経験の物語で指ぬきはその冒頭にチョロっと出てくるに過ぎません。  

ただこの指ぬきを拾った時からガーネットの周りではいろいろな信じられないような出来事が発生し、ガーネットは「やっぱりこれは魔法の指ぬきだったんだ。  この指ぬきが運んでくれたこの素晴らしい夏をこれからず~っと『指ぬきの夏』として記憶していこう!」というお話で、タイトルが「指ぬきの夏」。  そういう意味では KiKi の期待をあっさりと裏切ってくれちゃったプロットの物語だったんですけど、これがなかなかにいい味の物語だったんですよね~。


北方水滸第19巻(最終巻)の2周目です。

水滸伝 19. 旌旗の章
著:北方謙三  集英社文庫

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最終決戦の秋が訪れる。  童貫はその存在の全てを懸けて総攻撃を仕掛けてきた。  梁山泊は宋江自らが出陣して迎え撃つ。  一方、流花寨にも趙安が進攻し、花栄が死力を尽くし防戦していた。  壮絶な闘いによって同志が次々と戦死していく中、遂に童貫の首を取る好機が訪れる。  史進と楊令は、童貫に向かって流星の如く駈けた。  この国に光は射すのか。  漢たちの志は民を救えるのか。  北方水滸、永遠の最終巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

地満の星: 玉旛竿・孟康
天威の星: 双鞭・呼延灼
地醜の星: 石将軍・石勇
地明の星: 鉄笛仙・馬麟
天捷の星: 没羽箭・張清
天魁の星: 呼保義・宋江

この巻単体で物語の評価をするなら正直なところ KiKi にとってはさほど面白い本ではありませんでした。  過去にも似たような記述を読んだような気がする戦闘シーンが全体に占める割合が多く、さもなければ続編に続く布石の物語のオン・パレードという印象なんですよね。  滅びの物語だから仕方ないとは言え最後の3巻ぐらいは好漢たちの死にざまの描写もどこか淡々としているし(まあ数が多いうえに戦場のお話だから仕方ないとも言えるけど ^^;)、周辺情報の描き方も物語の最初の頃に比べるとやっぱり雑さ加減が散見されます。

よくよく思い出してみるとこの印象は2周目だから・・・・・というよりは初読の時にも感じていたような気がするんですよ。  ただ初読の時はこの世界全体の結末がどうなるのか早く知りたくて、どうせ革命第一世代の物語は残念な結果に終わってしまうことは見え透いていたので最後の方は KiKi 自身が半ば飛ばし読みしていたような気がするんです。  つまり北方さんもそうだったのかもしれないけれど読者である KiKi 自身の気持ちの方もとっくに「楊令伝」に飛んでいた・・・・・そんな気がするんですよね。  

でもね、今回は2周目の読書なわけです。  そういう意味ではこの「水滸伝」の世界、革命第一世代の物語をもっともっと堪能したいと思って2周目に手を出したはずなのに、途中から「楊令伝」への布石のお話(しかもそれが結構唐突だったりする)がボロボロと出てくると、何て言うかちょっと冷めちゃうんですよ。  特にこの最後の最後に至っていきなり子持ちであることが判明する花栄とか 呼延灼の話なんかは、「はぁ??」っていう感じ・・・・

北方水滸第18巻の2周目です。

水滸伝 18. 乾坤の章
著:北方謙三  集英社文庫

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童貫軍の猛攻撃が始まった。  呼延灼は秘策をもってそれを迎え撃つ。  梁山湖では李俊ひきいる水軍が、巨大な海鰍船と対峙していた。  梁山泊に上陸される危険を背負いながら、幾百の船群に挑む。  一方、二竜山も陥落の危機を迎えていた。  趙安の進攻を一年以上耐え抜いた秦明は、総攻撃を決意する。  楊春、解宝が出撃、そして、青面獣の名を継ぐ楊令が初めて騎馬隊の指揮を取る。  北方水滸、死戦の十八巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

天敗の星: 活閻羅・阮小七
地獣の星: 紫髯伯・皇甫端
地速の星: 中箭虎・丁得孫
天哭の星: 双尾蠍・解宝
地奴の星: 催命判官・李立
地平の星: 鉄臂膊・蔡福
地角の星: 独角龍・鄒潤

童貫さん、相変わらずありえないほど強いです。  でももっとビックリなのは楊令君です。  この段階でいくつなのかよくわからないのですが、王進スクールを卒業しいきなり梁山泊の新兵養成所に姿を現したと思ったら、入門試験で試験官をなぎ倒し、挙句あっという間に上級将校扱いです。  そして戦に参加したらいきなり相手の大将を討ち取ってしまうという活躍ぶりです。  もちろんこの手柄は手柄であるのと同時に規律を重んじる軍隊では許されることではない越権行為だったんですけど、その罰を受けるといきなり今度は正規の指揮官に、そしてふと気が付けば梁山泊本体の騎馬隊を任されちゃっています。

おまけに梁山泊入りして早々に林冲と手合せ、騎馬での駆け比べをしちゃってあの林冲をして「老い」を感じさせ焦らせちゃうというこれまたありえない成熟ぶりを示してくれちゃいます。  ますますもって世代交代を意識させられるストーリー展開にちょっと苦笑い・・・・・。  ところが苦笑いしている暇にふと気が付けば二竜山がいよいよもって危なくなっていて、楊令の養父といってもいいような梁山泊第7位、霹靂火・秦明が命を落とします。

  

北方水滸第17の2周目です。

水滸伝 17. 朱雀の章
著:北方謙三  集英社文庫

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童貫と鄷美が、怒涛の猛攻を開始した。  董平率いる双頭山が総力を挙げて迎え撃つが、次々と同志は討たれていく。  更なる禁軍の進攻を止めるため、侯健は偽の講話案を進めていた。  巧みに高俅を信じさせるが、そこには思わぬ落とし穴が待ち受けている。  一方、致死軍と高廉の軍の決戦が間近に迫っていた。  闇の中で、両者は息を潜め、刃を交える時を待っている。  北方水滸、悲泣の十七巻。   (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

天立の星: 双鎗将・董平
地巧の星: 玉臂匠・金大堅
天巧の星: 浪子・燕青
地捷の星: 花項虎・龔旺
地狂の星: 独火星・孔亮
地損の星: 一枝花・蔡慶

童貫さん、ありえないほど強いです。  こんなに強い人が軍部のトップにいたのに、これまでの地方軍をはじめとするその他の軍のメタメタさ加減は何だったんだろうと思わずにはいられないほど強いです。  これは前半で梁山泊軍を強く描き過ぎちゃったために、そのぶんラスボスは徹底的に強くしなければならなくなっちゃったとしか思えません。  まるである時期までのファイナル・ファンタジーのラスボスみたい(倒すのに運と時間が必要)な状態です。  そんなラスボスもついこの間梁山泊入りしたばかりの張清さんの飛磔を食らって肩に負傷(あんど 戦線離脱)というお茶目(?)な一面を見せてくれたりもするんですけどね(笑)

さて、とは言うものの、残り3冊となったこの巻ではこれまで以上に多くの方々が鬼籍に入られてしまいました。  特に盧俊義と魯達の死はひとつの時代が終わったことを否応なく感じさせられます。  ここから先は「梁山泊・滅びの世界」です。  でも、そんな中、わずかな希望があるとするならばそれは次世代の人々の成長ではないでしょうか?  もちろんその筆頭にいるのは楊令です。  楊令はいよいよあの「吹毛剣」を手に取り、病身の魯達を子午山に運んできた黒旋風・李逵の得意技、板斧で石を切りつつ研ぐ技を見ただけで吹毛剣の研ぎかたを会得しちゃったりもする只者ではないオーラを放っています。

  

2013年8月の読書のまとめです。  今月は(も?)北方水滸一色でした。

2013年8月の読書メーター
読んだ本の数:11冊
読んだページ数:4323ページ
ナイス数:55ナイス

水滸伝 16 馳驟の章 (集英社文庫 き 3-59)水滸伝 16 馳驟の章 (集英社文庫 き 3-59)感想
大戦直後、しかも回復の時を稼ぐための「講和」を模索している真っ只中のお話ということで、表面的には梁山泊 vs. 官軍のお話はちょっとなりをひそめた1巻でした。  こういう時に発生するのは当然のことながら裏工作のお話・・となるわけで、晁蓋を暗殺した史文恭が再登場。  で、この史文恭、宋江や呉用には結局手が出せずじまいだったけれど、柴進と裴宣の暗殺をやり遂げてしまいます。  対して梁山泊側は青蓮寺のトップ袁明を暗殺。  そんな重苦しい話が続く中で孫二娘 & 顧大嫂の二女傑の酒盛り場面は哀しくも可笑しかった。
読了日:8月26日 著者:北方謙三


水滸伝 15 折戟の章(集英社文庫 き 3-58)水滸伝 15 折戟の章(集英社文庫 き 3-58)感想
今回の梁山泊 vs. 官軍の戦では戦死者の数が夥しい。  それらの死者たちの最期が美しければ美しいほど、壮絶であれば壮絶であるほど、根っこのところで死を美化することに抵抗を覚えずにはいられない KiKi はある種の恐ろしさみたいなものを感じる読書体験になりました。
読了日:8月20日 著者:北方謙三

水滸伝 14 爪牙の章  (集英社文庫 き 3-57)水滸伝 14 爪牙の章 (集英社文庫 き 3-57)感想
この巻は KiKi としてはちょっと中だるみの巻なんですよね~。  そんな中 KiKi のお気に入りは?と言えば手癖の悪い息子に悩む父・張横とそんな自分を本人自身が持て余している息子張平の話が一番心に残ったりするわけです。 そしてこういう道をちょっと踏み外し気味の青年が出てくればお約束のように登場するのがあの「王進スクール」です。  そこに至るまでの旅の途中で武松 & 李逵の凸凹コンビと出会い、李逵からきついお仕置きを受けちゃったりするあたり、「このままでは終わらないだろう張平」を感じさせます。  
読了日:8月16日 著者:北方謙三


水滸伝 13 白虎の章  (集英社文庫 き 3-56)水滸伝 13 白虎の章 (集英社文庫 き 3-56)感想
この巻で KiKi の印象に残ったのは、梁山泊・軍師を務めていた呉用と戦闘員、呼延灼、関勝、秦明を筆頭とする各隊長との間に生じた溝のお話と宋江のお父さんに孝行を尽くす武松・李逵の凸凹コンビのお話でした。  呉用さんを軍師から外す決断をし、皆の居並ぶ前でそれを言明した宋江さんは素晴らしかったと思います。  ようやく彼が梁山泊のトップである意味がここで理解できた・・・・そんな気がするんですよね~。  そして宋大公 vs. 凸凹コンビの触れ合いは戦・戦のシーンが続くこの巻の中で温かみに溢れた素晴らしさでした。
読了日:8月15日 著者:北方謙三


水滸伝 12 炳乎の章 (集英社文庫 き 3-55)水滸伝 12 炳乎の章 (集英社文庫 き 3-55)感想
この巻のメインは闇塩の道の首魁・盧俊義の受難とそれを助け出す燕青の活躍、そして大刀関勝の梁山泊入りというあたりでしょうか。  でもね、梁山泊という切った切られたの世界からちょっと距離を置いているようでいて、しっかりと戦士教育を受けている楊令の姿に何かほっとするものを感じちゃった KiKi です。  さらに言えばその目撃者である楊春の立ち位置がいいと思うんですよね。  何となく周りの状況に流されて今ここにいる楊春。  精神的迷子状態の楊春。  そんな楊春が目撃者というのは練られた構図だと思います。  
読了日:8月14日 著者:北方謙三


水滸伝 11 天地の章 (集英社文庫 き 3-54)水滸伝 11 天地の章 (集英社文庫 き 3-54)感想
この巻のメインのお話は「晁蓋暗殺」なんだけど、その他のお話もなかなか興味深いものでした。  仲間の死を目の当たりにすることにより「生死を分けるもの」に並々ならぬ興味を抱き始めた樊瑞のお話。  梁山泊入りする前まで培ってきた自分の生きる道を皮肉にも梁山泊入りすることにより見失ってしまった杜興の苦悩のお話。  梁山泊軍の中で「1人慰問団 兼 将校」として存在を際立たせる楽和のお話。  どれもこれもが物語に深みを与えるエピソードとなっていると思いました。  
読了日:8月10日 著者:北方謙三


水滸伝 10 濁流の章 (集英社文庫 き 3-53)水滸伝 10 濁流の章 (集英社文庫 き 3-53)感想
この物語では鉄の玉を飛ばす大砲が出てくるんですけど、この当時、大砲は本当に実用化されていたんでしょうか??  凌振が大砲の名手であることは決して「北方オリジナル」な話ではないし、大砲に対するおおかたの軍人さんたちの反応を見ると、あっても不思議じゃないしもしもあったとしたらこんな扱いだったこともさもありなん  という感じだけど、他の好漢たちの武器との差がありすぎてちょっと不思議・・・・。  チョコボに乗って剣や槍で戦う人たちのところに何故か飛空艇があるのと同じくらいのギャップを感じてしまいます。
読了日:8月8日 著者:北方謙三


水滸伝 9 嵐翠の章 (集英社文庫 き- 3-52)水滸伝 9 嵐翠の章 (集英社文庫 き- 3-52)感想
さすがにここまで進んでくると、似たような名前の人たちが頭の中でこんがらがってきて、誰が誰だかわからなくなり始めました(苦笑)  もちろん、間違えようもないほどに印象に残ったエピソードがあって頭に定着しちゃった好漢もいるんだけど、同じ漢字が使われた名前の人はいけません。  特に「李」が付く人・・・・。  黒旋風・李逵と青蓮寺の切れ者、李富の2人だけはちゃんと頭に残っているんですけどねぇ・・・・・(苦笑)
読了日:8月5日 著者:北方謙三

水滸伝 8 青龍の章 (集英社文庫 き 3-51)水滸伝 8 青龍の章 (集英社文庫 き 3-51)感想
この物語にはなかなか美味しそうな食べものの話が色々と出てくるんですけど、この物語の中の描写がどんなに美味しそうでも KiKi はちょっと眉を顰めちゃうものも多々あります。  例えば熊肉。  例えば猪肉。  例えば蛇肉。  まぁ、猪の方は KiKi も食べられないというほどじゃないけれど、熊肉はいけません!!  だって KiKi には熊肉の獣臭に辟易とさせられた経験(詳細はブログにて)があるんですよ。  梁山泊の皆さんってあんな獣臭のする食べものが平気なんですねぇ・・・・(苦笑)
読了日:8月3日 著者:北方謙三


水滸伝 7 烈火の章 (集英社文庫 き 3-50)水滸伝 7 烈火の章 (集英社文庫 き 3-50)感想
ここまでで108星のうち、上位36星とされる天罡星36星から4名、下位72星とされる地煞星72星から2名の死者が出てしまいました。  星に数えてもらえない晁蓋さんはまだピンピンしているのに、天罡星36星から4名も死んじゃっていいんだろうか??  そうやって命を落として舞台から退場していく好漢がいる一方で、例のオーガナイザー(人たらし)は梁山泊に新しく迎える人材のリクルート活動に余念がありません。  とりあえずジャブだけかませて大刀・関勝の気持ちを惹きつけ、次に向かうのはどうやら双鞭・呼延灼の元らしい。
読了日:8月1日 著者:北方謙三


水滸伝 六 風塵の章 (集英社文庫)水滸伝 六 風塵の章 (集英社文庫)感想
前巻で長江の中洲に築かれた砦に立て篭って、官軍二万に包囲されるな~んていう経験をした割にはあまりに呑気な宋江さん。  もちろん宋江さんただ一人を捕まえる(もしくは消す)ために二万もの大軍を派遣する官軍も官軍だけど、宋江さんを助けるために未だ発展途上の梁山泊だって、持てる限りの・出せる限りの勢力を出さなくちゃいけなかったという事実に関して、ちょっと無頓着過ぎると感じるのは KiKi だけかしら?  この宋江さんの「今の自分が置かれている立場」に対する鈍感さが何等かの悲劇を生みそうな気配がプンプンしています。
読了日:8月1日 著者:北方謙三

読書メーター

北方水滸第16巻の2周目です。

水滸伝 16. 馳驟の章
著:北方謙三  集英社文庫

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梁山泊は戦によって、潰滅寸前にまで追い込まれていた。  回復の時を稼ぐため、侯健と戴宗が偽の講和案を持って高俅に近づく。  また、晁蓋を殺した史文恭が再び動き出した。  名を変え、商人になりすまし、次なる標的のそばで暗殺の機を待ち続けている。  それに対し、公孫勝は袁明の首を狙っていた。  堅牢な守りをかいくぐり、いま、致死軍が青蓮寺を急襲する。  北方水滸、暗闘の十六巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

天貴の星: 小旋風・柴進
地雄の星: 井木犴・郝思文
地壮の星: 母夜叉・孫二娘
地数の星: 小尉遅・孫新
天牢の星: 病関索・楊雄
地陰の星: 母大虫・顧大嫂

大戦直後、しかも回復の時を稼ぐための「講和」を模索している真っ只中のお話ということで、表面的には梁山泊 vs. 官軍のお話はちょっとなりをひそめた1巻だったと思います。  こういう時に発生するのは当然のことながら裏工作のお話・・・・となるわけで、晁蓋を暗殺した史文恭が再登場。  隠居生活を送っていたような老人(しかも健康食品やらジム通いで若さを保つ余裕がある現代の老人ではない!)が30代ぐらいの若者に化けるというのは時代的にもちょっと難しいんじゃないかと思わないでもなかったけど、まあお話の世界だからいいでしょう。

で、この史文恭、さすが・・・・と言うべきか何と言うべきか、宋江や呉用には結局手が出せずじまいだったけれど、今では梁山泊の兵站・物資のすべてを担っていると言っても過言ではない序列第10位の小旋風・柴進と第47位の鉄面孔目・裴宣の暗殺をやり遂げてしまいます。  もっともその直後に史文恭暗殺をライフワーク(?)としていた赤髪鬼・劉唐にやられちゃうんですけどね。  「暗殺者」というお仕事はさておき、個人的には敵陣の中でかなりお気に入りの人物だった史文恭の死というのはちょっと・・・・というか、かなり残念な気がしました。 

 

北方水滸第15巻の2周目です。

水滸伝 15. 折戟の章
著:北方謙三  集英社文庫

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どの寨が崩れても、梁山泊は潰滅する。  極限状況の中、各寨は必死の防戦をしていた。  特に激しい攻撃に晒された流花寨は、花栄らが死を覚悟して闘い続ける。  しかし、官の水軍の進攻が始まり、それも限界が近づいていた。  一方、宣賛は起死回生の策を考え出す。  密かに李応や索超、扈三娘を北京大名府に急行させた。  梁山泊の命運を握る作戦が今、静かに始まる。  北方水滸、危局の十五巻。  (文庫本裏表紙より転載)

昨日のブログ・エントリーでもお話していたように、ちょっと色々あって読了日から日にちが経っての Review となってしまいました。  そのためこの巻のお話がどんなお話だったのかはちょっとうろ覚え状態に陥りつつある中でこの Review を書いています。  まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

天英の星: 小李広・花栄
地煞の星: 鎮三山・黄信
地遂の星: 通臂猿・侯健
天損の星: 浪裏白跳・張順
地察の星: 青眼虎・李雲
地奇の星: 聖水将・単廷珪

前巻から引き続き梁山泊は官軍と総力戦を繰り広げています。  ここまで「やる気的」にも「実力的」にも散々の描かれ方をしてきた官軍ですが、やっぱり正規軍には正規軍の強みがありました。  相変わらず「やる気的」には梁山泊軍の方に歩があるとは言え、物量的にも人材的にも豊富な補給を受けられるうえに、少なくとも上に立つ将軍たちの質がこれまでとは雲泥の差に変貌を遂げている官軍です。  しかもその官軍を裏方で支えている青蓮寺も力を増し、ついでに李富や聞煥章も経験値を積んでいます。  こうなってしまうといくら少数精鋭の英雄豪傑を抱え、一兵卒に至るまでの士気の高さに勝る梁山泊軍と言えども消耗戦に陥っていきます。


北方水滸第14巻の2周目です。

水滸伝 14.爪牙の章
著:北方謙三  集英社文庫

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梁山泊は、威勝の田虎の叛乱が青蓮寺の策略だと看破した。  近くの石梯山に魯達や鄒淵らを派遣し、切り崩しを図る。  しかし、田虎に雇われた張清が、精強な傭兵部隊を率いて立ちはだかった。  一方、官は梁山泊の完全殲滅を決意する。  禁軍・地方軍・水軍あわせて20万の軍兵を投入してきた。  兵力で圧倒的に劣る梁山泊に対し、空前の規模の攻撃がついに始まる。  北方水滸、焦眉の十四巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

地急の星: 一丈青・扈三娘
天平の星: 船火児・張横
地短の星: 出林龍・鄒淵
天究の星: 没遮攔・穆弘
地強の星: 錦毛虎・燕順
地猛の星: 神火将・魏定国

この巻は KiKi としてはちょっと中だるみの巻なんですよね~。  それは初読の時もそうだったし、2周目の今回もそうなんですよ。  戦の話もどちらかというと地味目だし(そんな中命を落とす人もいるので地味な~んて言ったら失礼だけど)、恋愛沙汰のお話もさほど色気もないし・・・・・。  要するに素っ裸で暴れまわる史進の話と膠着戦の中で捨石覚悟で戦う燕順の話を除くとどちらかというと盛り上がりには欠ける巻かなぁ・・・・・と。

で、結果的に KiKi のお気に入りは?と言えば手癖の悪い息子に悩む父・張横とそんな自分を本人自身が持て余している息子張平の話が一番心に残ったりするわけです。  梁山泊が誇る通信網の要である張横だけど、決して家庭的には平穏とはいかなくて、奥さんとの仲はビミョーな感じだし、そんなビミョーな夫婦仲を感じて育った張平君は心に満たされないものを抱えて苦しんでいます。

そしてこういう道をちょっと踏み外し気味の青年が出てくればお約束のように登場するのがあの「王進スクール」です。  そこに至るまでの旅の途中で武松 & 李逵の凸凹コンビと出会い、李逵からきついお仕置きを受けちゃったりするあたり、「このままでは終わらないだろう張平」を感じさせるエピソードになっていると思います。


北方水滸第13巻の2周目です。

水滸伝 13. 白虎の章
著:北方謙三  集英社文庫

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官は十万以上の兵で、梁山泊への進攻を開始した。  流花寨には趙安の軍が押し寄せ、呼延灼、関勝、穆弘がそれを迎え撃つ。  呉用は流花寨の防衛に執心するが、官の狙いは別の所にあった。  董万の大軍が息を潜め、急襲の秋を待っている。  一方、孔明と童猛は官の造船所の襲撃を計画した。  強固な防備の中、百名の寡兵で潜入を試みる。  そして、ついに董万が疾風の如く動き出した。  北方水滸、決死の十三巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

天剣の星: 立地太歳・阮小二
地祐の星: 賽仁貴・郭盛
地僻の星: 打虎将・李忠
地飛の星: 八臂哪吒・項充
地退の星: 翻江蜃・童猛

前巻の Review で KiKi は

お互いの「譲れないもの」と「国家のありようはこうあるべき」というビジョンを賭けての全面戦争の空気を漂わせて13巻へ進みます。

と書いたわけだけど、とうとうこの巻に至って官軍 vs. 梁山泊の戦いはほぼ全面戦争の様相を呈してきました。  数で劣る梁山泊側にとってみれば「全軍挙げての戦い」はこれが初めてではないけれど、官軍側が多面的に動き始めた最初の戦いと言ってもいいかもしれません。  それでも相変わらず童貫元帥とその直属の精強メンバーはまだまだ様子見のままなんですけどね(苦笑)  この物語の中での童貫元帥の描かれ方はどちらかというと偏屈親父で自分の戦の美学だけに拘り続ける扱いにくい人という印象が強いけれど、この巻ではそれだけではないことを匂わす描写がありました。  曰く、

そもそも帝と帝がおわす都を守ることがその存在目的である禁軍は当然のことながら遠征のための予算は限られている。

このままの表現ではなかったけれど、これ、結構重要なポイントだと思うんですよね。  「都を守る」≒ 「都の近くからは離れない」というほど短絡的なものではないと思うけれど、やっぱり金がなくちゃ戦はできないわけでして・・・・・。  まして地方軍を動かすための軍費は青蓮寺が運営する銀山から出てくるようになったからこそ戦ができている財政基盤状態の官軍です。  武力だけを頼みに後先考えずに戦に赴くわけにはいかないのは総大将であればある種当たり前の感覚だよなぁと思うわけです。

そういう意味では事ここに至って尚、自分の趣味の世界に大金を費やしてノホホンとしている帝はやっぱり暗愚としか言いようがないし、その周りでおこぼれ頂戴に躍起になっている政府高官の皆さんも情けない限りです。

   

北方水滸第12巻の2周目です。

水滸伝 12. 炳乎の章
著:北方謙三  集英社文庫

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青蓮寺は執拗に闇塩の道の探索を続け、ついに盧俊義の捕縛に成功した。  過酷な拷問を受ける盧俊義を救うため、燕青は飛竜軍とともに救出へ向かう。  一方、北京大名府に残る闇塩の道の証拠を回収すべく、宋江自らが梁山泊全軍を率いて出動する。  それに対して青蓮寺は、雄州の関勝将軍に出陣の命を出した。  宣賛と策を練り、梁山泊の盲点を見極めた関勝が静かに進軍する。  北方水滸、極限の第十二巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

地健の星: 険道神・郁保四
地傑の星: 醜郡馬・宣贊
地正の星: 鉄面孔目・裴宣
地蔵の星: 笑面虎・朱富
地隠の星: 白花蛇・楊春

この巻のメインは闇塩の道の首魁・盧俊義の受難とそれを助け出す燕青の活躍、そして大刀関勝の梁山泊入りというあたりでしょうか。  でもね、この物語2周目の KiKi にはそのメインのストーリーラインからはちょっと外れている「王進スクール遊学中の楊令の成長」が結構心に残りました。  

もちろん初読の際には晁蓋を失った以降の宋江の変化やら盧俊義の受難やら燕青の常人離れした活躍にかなり目を奪われていたんですよ。  でもね、基本的にホラー系が苦手な KiKi にとっては盧俊義の拷問シーンな~んていうのは読んでいてさほど気分の良いものじゃない。  しかも今回は読書の最中に体調を崩していたという事情も重なって、そこはちょっと流し読み・・・・・ ^^; 

逆に梁山泊という切った切られたの世界からちょっと距離を置いているようでいて、しっかりと戦士教育を受けている楊令の姿に何かほっとするものを感じちゃったんですよね~。  さらに言えばその目撃者である「地隠星: 白花蛇・楊春」の立ち位置がいいと思うんですよね。  何となく周りの状況に流されて今ここにいる楊春。  「志」もさほど強く持っているわけではないし、何となくずっと一緒にいた仲間たちと一緒にいることが当たり前とだけ思って梁山泊入りした楊春。  でも、そのずっと一緒だと思っていた嘗ての仲間と配属先で切り離され、精神的迷子状態の楊春。  そんな楊春が「王進スクール遊学中の楊令」の成長目撃者というのはなかなか練られた構図だと思うんですよね。


北方水滸第11巻の2周目です。

水滸伝 11. 天地の章
著:北方謙三  集英社文庫

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梁山泊の頭領の対立が深刻化していた。  兵力をもっと蓄えたい宋江。  今すぐ攻勢に転じるべきだと主張する晁蓋。  しかし、青蓮寺は密かに暗殺の魔手を伸ばしていた。  刺客の史文恭は、梁山泊軍にひとり潜入し、静かにその機を待ち続ける。  滾る血を抑えきれない晁蓋は、自ら本隊を率いて、双頭山に進攻してきた官軍を一蹴し、さらに平原の城郭を落とした。  北方水滸、危急の十一巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

地然の星: 混世魔王・樊瑞
地全の星: 鬼瞼児・杜興
地楽の星: 鉄叫子・楽和
天地の星: ???

あれ?  あれれ???  天地の星って、このリスト(↑)を作成する際に KiKi がいつも利用しているこちらのサイトにまったく登場しないんですけど???  ついでに岩波少年文庫の第59章「百八の英雄、忠義堂に集まって誓いをすること」に記載されている水滸百八星一覧にも登場しません。  どうやらこれ、どさくさに紛れて(?)北方さんが設定しちゃった「晁蓋の星」らしい・・・・・。  なるほど~、こうやって辻褄を合わせたって言うことですね?  ここまでの Review で水滸百八星の皆さんが次々と亡くなっていく過程で「(水滸百八星に数えてもらえない)晁蓋さんは相変わらずピンピンしています。」の一言で済ませてきた KiKi ですが、実はどんな風に落とし前をつけるのか、ず~っと気になっていたんですよ(苦笑)  そしてこの巻のまさにその「天地の星」の章で晁蓋さんは史文恭さんによって暗殺されてしまいました。

えっと、お話を進める前に実は前巻の Review でその巻で亡くなってしまった人リストを書いていたんですけど、そこに1人欠落している人物がいたことに気が付いちゃったのでそれを修正しておきますね。

地伏星: 金眼彪・施恩
地鎮星: 小遮攔・穆春
地走星: 飛天大聖・李袞

地囚星: 旱地忽律・朱貴

前巻は「呼延灼戦」がメインだったので、その戦で亡くなった方にばかり目がいっちゃって、それとは別のところで亡くなった朱貴さんのことはすっかり失念してしまっていました。

そしてこの巻で亡くなったのは以下のお2人です。

???: 托塔天王・晁蓋
地刑星: 菜園子・張青

全19巻の11巻目にして梁山泊側の108星に数えられる立場の人(+ 晁蓋さん)の中で死者数18名。  それなりの戦を経てきた割には少ないと言えるのかもしれません。  でもでも、早くに亡くなってしまったことにより星に数えてもらえなかった晁蓋さんの前に16名も亡くなっちゃっていたんですよねぇ・・・・・・。  (地刑星: 菜園子・張青さんは晁蓋さんが亡くなった直後、晁蓋さんと同じ史文恭により殺害)  まあ、物語としての説得性はこの「北方水滸」の方が高いからいいんですけど、相変わらずちょっと気になる KiKi です。


北方水滸第10巻の2周目です。

水滸伝 10. 濁流の章
著:北方謙三  集英社文庫

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官はついに地方軍の切り札・代州の呼延灼将軍に出撃命令を下した。  呼延灼は、一度だけなら必ず勝てると童貫に宣言し、韓滔らとともに、戦の準備を着々と進めていく。  凌振の大砲をはじめとして、恐るべき秘策を呼延灼は仕込んでいた。  一方、梁山泊は晁蓋自らが本隊を指揮し、万全の布陣で戦に臨む。  精強な軍同士の衝突が、静かに始まろうとしていた。  北方水滸、血戦の第十巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

地威の星: 百勝将 ・韓滔
地軸の星: 轟天雷・凌振
天祐の星: 金鎗手・徐寧
地英の星: 天目将・彭玘
地刑の星: 菜園子・張青

ここまで官軍相手の戦では大きな兵力差をものともせず、連戦連勝を続けてきた梁山泊。  いくら民間伝承をベースにした物語とは言え、さらには官軍が情けない状態であることに助けられていたとは言え、やはりここいらで官軍サイドにも発奮していただかないと、物語に深みっていうモンが出てきません。  青蓮寺という好敵手がいる・・・・・と言えども、あちらは言ってみれば諜報機関 & 特殊部隊。  やっぱり軍隊には頑張ってもらわないと納税者に叱られます。  それに仮に組織がメタメタであちこちに綻びがあるとしても、人が多いということは中には埋もれている人材が必ずいるものです。

で、颯爽と登場するのが梁山泊側からも既に触手が伸びている呼延灼将軍。  楊志が「楊家将」の楊業の末裔なら、呼延灼は同じ時期に「楊家将」に登場した呼延賛の末裔です。  


北方水滸第9巻の2周目です。

水滸伝 9. 嵐翠の章
著:北方謙三  集英社文庫

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死んだはずの妻、張藍が生きている。  その報を受けた林冲は、勝利を目前にしながら戦を放棄し、ひとり救出へと向かう。  一方、呉用は攻守の要として、梁山泊の南西に「流花寨」を建設すると決断した。  しかし、新寨に楊戩率いる三万の禁軍が迫る。  周囲の反対を押し切って、晁蓋自らが迎撃に向かうが、禁軍の進攻には青蓮寺の巧みな戦略がこめられていた。  北方水滸、激震の第九巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

天空の星: 急先鋒・索超
地佐の星: 小温侯・呂方
地微の星: 矮脚虎・王英
地走の星: 飛天大聖・李袞
地暗の星: 錦豹子・楊林

さすがにここまで進んでくると、似たような名前の人たちが頭の中でこんがらがってきて、誰が誰だかわからなくなり始めました(苦笑)  もちろん、間違えようもないほどに印象に残ったエピソードがあって頭に定着しちゃった好漢もいるんだけど、同じ漢字が使われた名前の人はいけません。  特に「李」が付く人・・・・。  黒旋風・李逵と青蓮寺の切れ者、李富の2人だけはちゃんと頭に残っているんですけどねぇ・・・・・(苦笑)

さて、物語の方はあの「祝家荘の戦い」が終わり、ちょっと一段落。  梁山泊側も青蓮寺側も先の戦の総括やら反省やら体制立て直しに余念がありません。  梁山泊は首都である東京開封府を攻めるための戦略拠点であり、既に構築されている二竜山・双頭山・梁山泊の大三角地帯をさらに南西に押し広げて梁山泊の砦の役割をも果たす「流花寨」の建築に踏み切ります。

「大きな戦の直後だから・・・・」、「もっと大きな戦に備えて軍費を蓄えなくちゃいけないから・・・・・」と色々な言い訳はあるらしいけど、この「流花寨建築」に対して官軍側(青蓮寺)がほぼ無反応なのがちょっと不思議です。  ここまでの戦ではほぼずっと負け続けでもあるわけだし、「可能な限り巨大化する前に潰す」な~んていうことも言っていたはずなのに、なんで放置なんでしょうかねぇ。  せいぜいが青蓮寺が新しく作ろうとしている「潜水部隊」の調練を兼ねた攻撃ぐらいしかしてこないとは・・・・・。  ま、「流花寨」よりも梁山泊の糧道、「闇の塩の道」を潰すこと、さらには梁山泊の要となる人材(特にこの段階では林冲)の暗殺の方がプライオリティが高いということで、一応納得しておくことにしましょう。  


北方水滸第8巻の2周目です。

水滸伝 8. 青龍の章
著:北方謙三  集英社文庫

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解珍・解宝父子は、祝家荘に大量の兵が入っていることに気づく。  官軍が梁山泊の喉元に、巨大な軍事拠点を作ろうとしていたのだった。  宋江、呉用らはそれを阻止しようとするが、堅固な守りと、張りめぐらされた罠によって攻め切ることができない。  勝利を確信した官軍に対し、梁山泊軍が繰り出した秘策とは。  最初の総力戦が、いま幕を開けようとしていた。  北方水滸、緊迫の第八巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

天暴の星: 両頭蛇・解珍
地異の星: 白面郎君・鄭天寿
天富の星: 撲天鵰・李応
地悪の星: 没面目・焦挺
地勇の星: 病尉遅・孫立

この巻の白眉は何と言っても「祝家荘の戦い」なわけだけど、実は KiKi の印象に一番残ったのはその梁山泊にとって死ぬか生きるかというような戦いが始まる前に、戦ではなく言ってみれば事故で命を落とした豪傑のお話でした。  彼の名は鄭天寿。  この北方水滸では長きに亘って清風山に籠り「闇の塩の道」を守り続けた1人でした。  その清風山の皆さんの活躍はここまでさほど語られることもなく、「厳しい戦いを強いられ続けている」というような言葉であっさりと片付けられちゃってきていた物語的には不遇な1人だったんだけど、ここで思いっきりスポットライトが当たりました。

それにしても彼の人生は哀しい。  子供時代も不遇なら、青年時代も不遇、流れ流れて清風山に辿りつきふとしたことから晁蓋と、さらには晁蓋の仲介で盧俊義と出会い、「闇の塩の道」に関わるようになります。  そして梁山泊に合流。  で、これから・・・・・・という時にまさかの事故死です。  

高熱を出して苦しんでいる楊令の薬になる蔓草を任務の合間合間に探し続けていた鄭天寿は、祝家荘戦の前哨戦とでも呼ぶべき戦で見事に勝利をおさめた直後、その戦場だった岩山の崖の途中に探しても探しても見つけることができていなかったその蔓草を見つけます。  用心深く崖を降り、その蔓草を懐一杯に採集し立ち上がったところで足場が崩れ崖から落ちて落命。  しかもその蔓草がようやく楊令の手元に届くころには楊令は回復していて、「彼の死は何だったんだ??」状態という間抜けぶりです。

でもね、「戦で雄々しく死ぬのだけが梁山泊の男じゃない!」という北方さんのメッセージがそこにあるような気がしました。  何が哀しいって彼の最期の独白が何とも言えず哀しいんですよ。  彼は崖から落ちながら、高熱に苦しむ楊令を思い浮かべ、いつしかその楊令の顔がずっと昔に飢えで亡くした弟の顔と重なります。  そして

いま、持って帰ってやる。  食い物を持って帰ってやる。  兄ちゃん、やるだろう。

と心の中でつぶやくんですよ。  こんな間抜けな死に方はないだろうというような死に方だけど、戦の中で華々しく命を散らす男たちの姿よりも何倍も強烈な死として KiKi の心に残りました。  ホント、惜しい人を亡くしたものです。

           

北方水滸第7巻の2周目です。

水滸伝 7. 烈火の章
著:北方謙三  集英社文庫

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聞煥章が宋江の居場所を掴んだ。  宋江は太原府の山中に追い込まれ、一万数千の官軍に包囲されてしまう。  陶宗旺が石積みの罠を仕掛け、攻撃に備える。  官軍は包囲網をせばめ、ついに火攻めを開始した。  飛竜軍、朱仝と雷横の兵、さらに林冲の騎馬隊が宋江の元へ駆けつけていく。  一方、青蓮寺は史進率いる少華山の殲滅を目論む。  その謀略に対して、史進はある決断を下した。  北方水滸、動乱の第七巻。  (文庫本裏表紙より転載)

まずは恒例の各章のサブタイトルとその星が表す豪傑の名前の列挙からです。

地伏の星: 金眼彪・施恩
地理の星: 九尾亀・陶宗旺
地周の星: 跳澗虎・陳達
天勇の星: 大刀・関勝
地賊の星: 鼓上蚤・時遷

前巻で KiKi は

宋江さんの「今の自分が置かれている立場」に対する鈍感さが何等かの悲劇を生みそうな気配がプンプン

と書いたわけだけど、案の定、宋江さんと4人の愉快な仲間たちの「宋国内道中膝栗毛」の顛末として、宋江さんの身代わりとして亡くなる方が出てきてしまいました。  北方水滸の前半の登場人物の中では比較的 KiKi のお気に入りだった天退星: 挿翅虎・雷横さんです。  早くからの同志であり、晁蓋さんたちが梁山泊入りしてからも宋江さんが小役人の隠れ蓑を着ている間はじっと我慢の子を貫き通して官軍に身を置き、その宋江さんが小役人の地位を追われた際にようやく官軍を離脱して影に日向に彼の逃亡を助け、その後は呉用さんプロデュースの梁山泊・新しい拠点づくり(≒ 双頭山)にも尽力した