講談社青い鳥文庫の最近のブログ記事

ついに「コロボックル・シリーズ」も最後の1冊となってしまいました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

小さな人のむかしの話
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

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せいたかさんがツムジのじいさまから聞いたコロボックルたちのむかしの話を、古いと思われる順にならべ、神話風のふしぎな話や民話のようなエピソード、また人物伝など、さまざまな形で再現。  「コロボックル物語」完結後に、別巻として書かれた作品。  (Amazon 内容紹介より転載)

こちらの作品はコロボックル物語シリーズの本編ではない、所謂、外伝です。  尚且つ、ツムじぃが集めて年代別に組み直し、更には覚書まで添えた物(この覚書がなかなか気が利いています 笑)をせいたかさん経由で入手した著者が、私たち人間が読んでも面白いと思えるだろうものを厳選した1冊なのだそうです。  そうであるだけに、そこかしこに「日本昔話」的な空気が漂っています。  KiKi なんぞは読んでいる後ろで ♪ 坊や~、良い子だ、ねんねしな ♪ と「マンガ日本昔話」のテーマソングが聞こえちゃう気分がしたぐらいです。

コロボックルの祖先、「スクナヒコサマ」の話は古事記の記述にある程度沿っているようで、それでもやはりオリジナリティというべきか、コロボックル目線の話にお化粧直しされていたり、桃太郎や一寸法師、さらには赤穂浪士を彷彿とさせる物語があったり、左甚五郎(しかもどうやらホンモノの左甚五郎らしい 驚!)な~んていう登場人物が出てきたりと、バラエティに富んでいます。  この物語を読むと、古来日本人が「人ではないもの」とどんな風に関わってきたのか、その精神性を伺わせるような気がして、実に楽しく読むことができました。


今日も小さな人の物語を読み進めました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

コロボックル童話集
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

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コロボックルの子ども、トコちゃんを主人公とする『コロボックル空をとぶ』『トコちゃんばったにのる』などトコちゃんシリーズをはじめ、『だれも知らない小さな国』執筆以来、著者が心にあたため続け折々に発表してきた、コロボックルと人間との友情を描いた短編10話を収録。  (講談社HPより転載)

この本を読んでいて一番の収穫(?)は登場するコロボックルの名前に KiKi の昔からの愛称とさらにはキキという名のコロボックルが登場したことでした。  昨日書いたばかりの第5作の Reviewで

「ひょっとしたら私の住む地域にもコロボックルでもチィサコ族でもない又別の種類の小さな人が住んでいるのかもしれない」という希望(?)をも抱かせます。  そうなってくると、KiKi の所に「小さな人」が姿を現す可能性だって否定できません。

な~んていう感想を述べたばかりだけど、ひょっとしたらKiKi の所に「小さな人」が姿を現すのではなく、KiKi 自身が実はコロボックルなのかもしれないというような妄想を抱かせるには十分でした(笑)。

さて、この本には短編10話が収録されているのですが、その中の最後の2つ、「百万人にひとり」は第4巻の「ふしぎな目をした男の子」の、「へんな子」は第5巻の「小さな国のつづきの話」の元になったお話でした。  そう思って読むと、作家という人種がお話のタネみたいなものを小編として書きため、そんなお話のタネの中で何等かのインスピレーションを呼び起こすもの、作者が訴えたい何かにつながる萌芽を感じられるものを使って長編を書き起こすというプロセスが透けて見えるような気がして、面白かったです。

   

本来なら「トールキン祭り」開催真っ只中なので、「農夫ジャイルズの冒険」に行かなくちゃいけないところだったんだけど、たまたまちょっとしたきっかけでこちらを含む「コロボックルシリーズ全作」を入手しちゃったので、そちらを先に読了してしまうことにしました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

小さな国のつづきの話
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

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図書館につとめる杉岡正子が、コロボックルの娘、ツクシンボとトモダチになった。  ツクシンボは、コロボックル通信社の優秀な通信員で、元気な「かわった子」。  正子も、ふしぎな雰囲気のある「ヘンな子」。  2人の登場でコロボックルと人間の世界は広がっていく。  多くの人に愛読される「コロボックル物語」の完結編!  (講談社HPより転載)

地元図書館には収蔵されておらず、読むことを諦めかけていたこの「小さな国のつづきの話」。  たまたま今回の上京の際にちょっとしたご縁があって「コロボックルシリーズ全作」を入手することができました。  このシリーズに関しては自分で購入するかどうか、その結論をちょっと保留にしてあったのでこのご縁に万々歳です。  

因みにこのシリーズの他作品の既読レビューはこちら(↓)です。

1. だれも知らない小さな国
2. 豆つぶほどの小さないぬ
3. 星からおちた小さな人
4. ふしぎな目をした男の子

つまりこの作品は第5作目、シリーズものとしては最終作と位置付けられているようです。  そしてこれ以外に別巻扱いで2冊、「コロボックル童話集」と「小さな人のむかしの話」があります。  で、そのちょっとしたご縁ではその別巻扱いを含めて全7作品をゲットすることができたので、ようやく全作品を読むことができるようになったっていうわけです。  いや~、めでたい!!!  譲ってくれたMさん、本当にありがとう!!

さて、この作品ですが、これまでの第1作~第4作とはちょっと風味の違う物語になっていました。  もちろんコロボックルは登場するんだけど、最初の何ページかはこの物語の主人公、ちょっと「ヘンな子」の杉岡正子さんのご紹介に費やされています。  それもその子が「いかにヘンな子」なのかが細かく描写され、「あれ?  これ、ホントにコロボックル物語??」と思わないでもありません。

さらに「まくあい」と題された不思議な章が間にさしこまれ、そこには作者が登場しちゃったりします。  で、恐らく作者が多くの読者から寄せられた質問に答えるようなお話が語られます。 

挙句、その主人公杉岡正子さんは図書館勤めの女性なんだけど、その彼女の勤める図書館にはちょうど KiKi が Review を既に書き終えている4作が置かれていて、杉岡正子さんはその図書館本により「コロボックル」を知るに至ります。  ・・・・・と、こう読んでくると、同じように図書館本で過去作を読んでいた KiKi にとって杉岡正子さんは、もはや他人とは思えなくなってきます(笑)。


次々と読了してきた「ランサム・サーガ」はちょっとお休みして、これからしばらくは先日図書館から借り出してきた本を読み進める予定です。  その第一弾は先日第1作~第3作まで Review を書いた「コロボックル物語 第4作」です。

ふしぎな目をした男の子
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

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コロボックルのどんなすばやい動きも見えてしまう、ふしぎな目をした男の子タケルと、へそまがりのコロボックルの老学者ツムジのじいさまが友だちになった。  タケルが小さいころ遊んだ池が、すっかりあれてしまった。  この池をすくおうとする少年たちと、かげでそれを助けるコロボックルたちとの楽しい物語。  (講談社青い鳥文庫HPの内容紹介より転載)

第3作「星からおちた小さな人」の Review で KiKi は

次に図書館に行ったらこの続編の「ふしぎな目をした男の子」と「小さな国のつづきの話」を借り出してこの物語の完結をちゃんと我が目で確認したいと思います。

と書いたんだけど、残念ながら我が吾妻郡図書館にはこの「ふしぎな目をした男の子」は収蔵されているけれど「小さな国のつづきの話」はないらしい・・・・・。  ま、てなわけでいずれどこかの古本屋さんか Net Off で見つけない限り、この公約(?)は果たせそうにありません。  このシリーズは結構楽しい物語だと思うし、佐藤さとるさんの暖かみのある文体にそこそこ魅力は感じるものの、現段階では積極的に「これは是非蔵書にしよう!」という意思までは持ち切れずにいる KiKi です。

さて、そんな「コロボックル物語」の中で KiKi にとって一番読み応えがあったのはこの第4作かもしれません。  もっともそれは KiKi 自身が既に齢50を超えているからこそ感じる感慨であって、これが子供時代に読んでいたのだったら、ひょっとしたら一番つまらなく感じてしまった作品だったのかもしれません。    

そう思うのは、今回のメインキャラがツムジィというコロボックルの老人だから・・・・・ということと無関係ではないような気がします。  まぁ、KiKi の子供時代は今と比べるともっと地元のお年寄り(要するに身内ではないお年寄り)と子供の距離が近かった時代なので、見知らぬおじいさんと子供が友達になるという設定にさほど違和感はなかったとは思うのですが、それでもやっぱりある種のテンポ感、ノリみたいなものが、やっぱり前3作と比較するとどこか枯れています。  しかもこのツムジィ、職業が古いものを調べてきちんと記録する学者さんときています。  そういう意味では「発展」がキーワードだったこれまでの作品とは異なり、「振り返り」がキーワードになっている印象があります。

さて、そんな筋金入りのつむじまがりの学者ツムジィは物語冒頭ではコロボックルと人間がトモダチになることに猛反対の立場をとっています。  ところが、さすがつむじまがりのじぃさま、やることが面白い!!  怒りに任せてコロボックルたちの王国がある山から飛び出し、こともあろうに人間の住む街に行くというのですから、その偏屈ぶりには苦笑するしかありません。  でも、つらつらと思い返してみると、KiKi の子供時代に知り合った偏屈なおじぃさんも「冷静に考えてみると言っていることとやっていることが矛盾している」人が数多くいたような気がしないでもない・・・・・・・。

おでかけスケジュールがある中で児童書を読むと、Review が追いつきません ^^;  ま、てなわけで本来なら一つ一つ別建てエントリーでお話したいところ・・・・ではあるのですが、今回はまとめてエントリーです。  読了したのは佐藤さとるさんの作品2点です。

星からおちた小さな人
著:佐藤さとる 絵:村上勉 講談社青い鳥文庫

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「矢じるしの先っぽの国、コロボックル小国」は、人間の世界からいろいろなことを学んで、めざましくかわりはじめていた。  学校をつくり、新聞を発行し、科学も学んだ。  ただ、なるべく人間とかかわらないよう、ひっそりと暮らしていた。  だが、新型飛行機の試験飛行の日、コロボックルの1人がついに人間にみつかってしまう。  コロボックルのことなど、何も知らない少年に・・・・。  (単行本扉より転載)

本朝奇談 天狗童子
著:佐藤さとる 絵:村上豊 あかね書房

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「ややややや。」 そんな声をあげたのも、無理はない。  月の光の中で起きあがったのは、たしかにカラスだったが、ただのカラスではなかった。  飛んでいる時はわからなかったが、今見るとカラスの頭には、山伏のつけるような小さな兜巾(ときん)がある。  背中に立派な翼があるのに、肩の両脇からかわいい手が出ている。  そしてほとんど全身が、黒い羽毛に包まれているから、こんな夜には、まずカラスと見分けがつかない。  もちろん尾羽もある。  (単行本帯より転載)

相模大山のカラス天狗・九郎丸が、戦国時代の夜空を翔る壮大なファンタジー。  (Amazon 内容紹介より転載)


どちらの作品も楽しい物語でした。  今日は2冊まとめての Review なので一つ一つの作品の Review は短めです。

まずは「コロボックル物語シリーズ」の第3作。  「星からおちた小さな人」です。  相変わらず小さな人間じみたコロボックルは人間社会の発展をなぞるかのように文明的発展(?)を遂げ続けています。  でもさすがに著者の佐藤さんもコロボックルという存在が人間模倣生き物ではいけないと感じられていらしたらしく(?)ところどころに、人間のやることをひたすら真似ているわけではないというような趣旨の記述がみられます。  

そんな作者の迷いのようなものに接してみて、KiKi もちょっと考えさせられました。  よくよく考えてみればこの物語が書かれた時代は、それまでとは見違えるような変化が生活のあらゆる面で目まぐるしかった時代だったわけです。  しかもそれまでは「夢物語」と思われていた様なことが日常生活レベルで実現できるようになってきた進歩の時代。  さらには進歩≒良いことという価値観が大きかった時代でもあるわけで、KiKi が前作の Review で書いた

「どうせなら擬人化した小人ではなくどこか人間とは価値観とかものの考え方に大きな差がある生物であってくれた方が異文化交流の雰囲気が出てきてハチャメチャかもしれないけれどもっともっと楽しい物語になったんじゃないかと思わないでもありません。」

というような感想は後出しじゃんけんみたいな意見なのかもしれないなぁ・・・・と考えさせられました。  実際、KiKi もある年齢までは都会でバリバリ働いて、必要なものは稼いだ金で買えばいいという価値観で生きてきたわけで、ここ何年かで初めてそんな生活スタイルに「待った」をかけるようになったわけです。  そういう意味ではあの都会生活時代であればコロボックル社会の発展する様を「よし、よし」と上から目線で納得していたかもしれないなぁ・・・・と。


図書館から借り出してきた「コロボックル物語シリーズ」第2作です。

豆つぶほどの小さないぬ
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

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ぼくはクリノヒコ。  身長3センチ2ミリ。  コロボックルの中では大きいほうだ。  ぼくたちの国で新聞を出す話をしているときに、大ニュース。  先祖が飼っていた豆つぶぐらいの小さないぬ"マメイヌ"が、今も生きているかもしれないという。  創刊号はこのスクープだ!  日本が誇る傑作ファンタジー。  (文庫本裏表紙より転載)

前作の Review で KiKi は「素敵な物語ではあるけれど、どこかちょっと尻切れトンボな印象」と書いたけど、この第2作を読んでみて、そんな風に感じた理由がわかったような気がします。  前作は私たちと同じ人間である「せいたかさん」と日本の風土に住み着いていたかもしれない妖精(? コロボックル)の出会いの物語で、コロボックルの世界を描いているようでいてやっぱりどこか人間目線のお話がメインだったんですよね。  それがこの第2作になってようやく「コロボックル目線」の物語が展開し始めています。  つまりこの作品になってようやくコロボックル達が生き生きと動き出した・・・・そんな印象なんですよね。 

これは物語の語り手の違い(前作では人間の「せいたかさん」の一人称で今作ではコロボックルの1人「クリノヒコ」の一人称)というのもあるけれど、それ以上に様々な場面・風景の描き方に違いが出てきています。  もちろんそれでも昔懐かしい日本の田舎の風景であることには変わりはありません。 

ちょっぴり残念なのはこのコロボックルたちが、実に人間臭いこと(苦笑)  どうせなら擬人化した小人ではなくどこか人間とは価値観とかものの考え方に大きな差がある生物であってくれた方が異文化交流の雰囲気が出てきてハチャメチャかもしれないけれどもっともっと楽しい物語になったんじゃないかと思わないでもありません。  

と言うのもね、この物語に登場する「マメイヌ」とコロボックルの関係がまさに人間とペット犬の関係に近すぎる気がするんですよね~。  せっかくこのコロボックル王国に新たな生き物として「マメイヌ」を出してきたならマメイヌにはイヌとは別の立ち位置があってもよかったんじゃないかなぁ・・・・・と。

コロボックル達が新聞を出すことにしたというお話にしても可愛らしさは溢れているんだけど、何だかコロボックル達が人間に近づこうとしている努力のお話というような感じがして、このままいくと夢の世界というよりは極小サイズの別の人間社会ができあがっちゃうだけのような気がします。  そんなことを考えるとどうせならコロボックルにはコロボックルの生き方、生活の仕方があって、せいたかさん(人間)の方がそれに感化されたり人間目線では無視してきた何かに気がついたりというようなお話を読みたかったような気がしないでもありません。

さて、「ランサム・サーガ」の続きに心惹かれながらも、図書館から借り出した本を返却期限までに読み終えなくちゃいけないので、そちらを優先することにしました。  てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

だれも知らない小さな国
著:佐藤さとる 絵:村上勉  講談社青い鳥文庫

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こぼしさまの話が伝わる小山は、ぼくのたいせつにしている、ひみつの場所だった。  ある夏の日、ぼくはとうとう見た ― 小川を流れていく赤い運動ぐつの中で、小指ほどしかない小さな人たちが、ぼくに向かって、かわいい手をふっているのを!  日本ではじめての本格的ファンタジーの傑作。  (文庫本裏表紙より転載)

KiKi は子供時代、あまり「日本モノ」を読まない子供でした。  実家にあった本が従姉妹からのお下がりの「少年少女のための世界文学全集」だったことがその1つの要因だったと思います。  もちろん絵本時代には「因幡の白ウサギ」とか「一寸法師」とか「桃太郎」とか「かぐや姫」といった物語に馴染んでいたわけですが、絵本から本に移行する年代には「日本モノ」よりは「西洋モノ」、それも「イギリスモノ」にはまっていってしまったんですよね~。  ま、てなわけで、この本はひょっとしたら学校の図書館で借りて読んだことがあったかもしれないけれど、まったく印象には残っていません。  

そんな KiKi がこの「コロボックル物語シリーズ」のことをちゃんと知った(それとして認識した)のは、実は30代ぐらいの頃でした。  いわゆる「大人の本」に物足りなさ・・・・のようなものを感じるようになり、「自分にあっている読み物は実は児童文学なんじゃないか?」と思い始めた頃です。  とは言っても久々の児童文学にどんな風に手を出していけばいいのかわからなくて、何かの本(児童文学の手引書のような本だったと思う)を参考に、今後の蔵書計画を立てようと考えていた際にこのシリーズもののことを知りました。

・・・・・とは言うものの、その蔵書計画の中で自分が軸とするのは「岩波少年文庫」と心を決めていた頃だったので、そこにラインナップされていないこの物語はどうしても後回し・・・・。  ま、そんなこんなで未だに KiKi の蔵書には含まれておらず、今回図書館から借り出したのが初読となります。


今朝、KiKi は午前2時に目が覚めてしまいました。  昔だったらこれくらいの時間からようやく睡眠・・・・ということも頻繁にあったんだけど、今の KiKi は夜10時には寝てしまうことが多いので、「これが同じ人間の行動なのか?」と何だかちょっと不思議な気分。  で、最近の通常の起床時刻である4時までは2時間しか余裕がありません。  ちょっぴり汗ばみ、のども乾いていたので麦茶を一杯飲んで、「さて、もうひと寝入り」と思ったものの、今度はなかなか寝付けません ^^;  ま、てなわけで、今日は実は2冊を読了しちゃいました。  もっともそのうちの1つは過去に Review を書いているので今日は本のご紹介のみで Review は省略させていただこうと思います。  本日の KiKi の読了本はこれらです。 

小さなトロールと大きな洪水
著:T.ヤンソン 訳:冨原眞弓  講談社青い鳥文庫  

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パパはいないけどもう待っていられない。  冬がくるまえに家をたてなければ。  ムーミントロールとママは、おそろしい森や沼をぬけ、あれくるう海をわたって、お日さまの光あふれるあたたかい場所をめざします。  第2次世界大戦直後に出版され、再版が待ち望まれていた、ムーミン童話シリーズの記念すべき第一作。  (文庫本裏表紙より転載)

ムーミン谷の彗星
著:T.ヤンソン 訳:下村隆一  講談社文庫

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長い尾をひいた彗星が地球にむかってくるというのでムーミン谷は大さわぎ。  ムーミントロールは仲よしのスニフと遠くの天文台に彗星を調べに出発し、スナフキンや可憐なスノークのお嬢さんと友達になるが、やがて火の玉のような彗星が......。  国際アンデルセン大賞受賞作家ヤンソンの愛着深いファンタジー。  (文庫本裏表紙より転載)

とりあえず「ムーミン谷の彗星」の方は、比較的最近、この Review を書いているので、興味のある方はそちらをご覧ください。  で、今日の Review は「小さなトロールと大きな洪水」の方です。

まずは表紙 & 挿絵のムーミンの雰囲気が、我々に馴染みのあるあの「ぷくぷく・ポチャ」型ではない(もうちょっとスリムな感じ)ことにビックリ!!  次に、これまでムーミンの顔の輪郭(下顎部分)だと信じて疑わずにいたあの顔の下部分が実は鼻であることを知り2度ビックリ!!  更には「ムーミン・トロール」というのがムーミンの個人名だと信じて疑わずにきたのに、実はそれは種の名前だと知って3度ビックリ!!! でした。  ムーミンの変貌に比べれば、スニフはこの第1作からあんまりイメージが変わっていないんですけどね。

更にビックリしたのは、「頼りがいのあるデ~ンと構えた存在」であるはずのムーミン・パパが妻子を置き去りにしニョロニョロと放浪の旅に出ちゃったというのにも結構唖然としました。  もっとも彼が出て行ったのは私たちにも馴染みのあるあの「ムーミン屋敷」を立てる場所を求めて、そして建築するためだったようではあるのですが・・・・・。  それにしてもねぇ。

富山和子さんの「自然と人間」シリーズ3部作の最終巻(?)、「森は生きている」を読了しました。

森は生きている
著:富山和子  講談社青い鳥文庫

214N4GEBTPL__SX230_.jpeg (Amazon)

日本の国土の7割が森林で、日本人はそのめぐみをうけてくらしをきずいてきた。  木から作る物のほかに、ゆたかな水も土も、酸素も森林がはぐくんでくれたものである。  森林のもつはたらきをとおして、自然を守ることのたいせつさを本質的にといかけます。  「川は生きている」「道は生きている」につづく3部作の完結編。  (文庫本裏表紙より転載)

良書だと思います。  とても考えさせられる内容の本です。  でも・・・・・・。  どことなく「川は生きている」の2番煎じ・・・・・という感もなきにしもあらず・・・・です ^^;  結局は「治水」と「森林」の関係に話が落ち着いていってしまうところが、正直なところちょっぴり期待はずれでした。  とは言うものの、スサノオノミコトが「植林の神様」だったというのは、日本人でありながらギリシャ神話や北欧神話ほどには日本神話に親しくない KiKi にとって、「へぇ! x 10」 ぐらいのインパクトがあり、そのお話を知ることができただけでも何だかとても得をしたような気分で、嬉しくなってしまいました。

この本の中で「あとがき」に書かれていることも KiKi にとっては目からウロコでした。  いえね、よくよく考えてみると歴史的な事実(?)としてとっくにわかっていたはずのことのような気もしないでもないんですよ。  でもね、あらためて活字で目にするとしっかりと意識に根付くことってあると思うんですよね。  それは以下のくだりです。

じつは私たちの社会は自然に対しても歴史に対しても、ずいぶん思い違いをしてきたのでした。  水問題が語られるとき、森林を抜きにして語られてきたのが一例です。  またたとえば歴史を語るとき、あたかも大昔から文化の中心地が平野にあったように錯覚しがちだったのもその例です。  平野に下りてきたのはほんの3,400年以前のこと、それ以前の長い長い年月、この国土には山の文化の時代があり、その山のにぎやかさにささえられて、国土が養われてきたのでした。

 

  

道は生きている 富山和子

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さすがに小学校中級からというレベル設定(?)の本は、あっという間に読み終えてしまうものです。  とは言っても「さらっと読めるけれど深く考えさせられる」という点では、大人向けの娯楽本とは比較にならない奥深さがあったりもするのですが・・・・・ ^^;  昨日の「川は生きている」に引き続き同じ富山和子さんの「自然と人間」シリーズの「道は生きている」を読了しました。

道は生きている
著:富山和子  講談社青い鳥文庫

21TKW7KM03L__SX230_.jpg (Amazon)

道の成り立ちを辿りながら、並木の道、石の道、絹の道、塩の道などのもつ不思議な働き、道を通して脈々と流れる歴史のもつ重い意味を考えさせてくれます。  また、歴史を調べることの素晴らしさ、豊かさを教えてくれます。  「生きた社会科」のための副読本。  (文庫本裏表紙より転載)

こちらは「自然と人間シリーズ」の中の1冊と言いつつも、昨日読了した「川」とは異なり、長い歴史の中で人間が築いてきた、言わば人工物の「道」のお話です。  人間はどうやって道を築いてきたか、道は人間に何をもたらしてきたか、人間と道はこれからどのように関わっていくべきかということが、これまた難解な言葉を排し、具体的な例を挙げながら綴られています。

あとがきによれば著者の富山和子さんは「交通の研究」を長くされていらしたとのこと。  「川は生きている」のあとがきで書かれていた川とは地図に描かれた1本の線としてとらえ・・・という表現を借りれば道とはA地点とB地点を結ぶ地図に描かれた1本の線としてとらえ・・・てしまいがちな現代人に「そもそも道っていうのはね・・・・・」とその生い立ちから歴史的、そして地理的な因果のもつれを紐解きながら丁寧に語りかけてくれます。

 

川は生きている 富山和子

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ここのところず~っと内山さんの本を読んできたのですが、ここいらで1回ちょっと寄り道をしてみたくなりました。  とはいえ路線はちょっと似ているんですけどね(笑)  こちらも以前から KiKi が読んでみたいと思っていたいわゆる「積読本」の1冊です。

川は生きている
著:富山和子  講談社青い鳥文庫

21EAR6A6CGL__SX230_.jpeg (Amazon)

川へでて、ながれに耳をかたむけてみましょう。  水はなにを語りかけているのでしょう・・・・・。  日照りがつづけば水不足、雨がつづけば洪水の日本。  この本は、水の話であり、緑の話であり、そして土の話でもあります。  それは、みんなつながっているからです。  小学生のための社会化副読本。  (文庫本裏表紙より転載)  

この本は副題として「自然と人間」が冠され、この「川は生きている」「道は生きている」「森は生きている」の3冊でシリーズ化(?)されている中の1冊です。  対象年齢は小学校中級以上。  ま、そんな対象年齢が設定されているだけに活字は大きいし、ひらがなは多いし、本当にあっというまに読み終えてしまうのです。  もっともこれだけひらがなが多いと正直大人にはちょっと読みにくい観があるんですけどね(笑)。  

でもね、この本で語られていることは、子供時代には知っていたはずなのに、いつの間にか忘れてしまったこと・・・・・であることに気がつかされました。  曰く、

昔の日本人はあばれ川を治めるための発想方法として「ふった雨を土に返そうとした」

日本人は「氾濫原に水田を開くこと」により、水田を遊水地とし、水田が蓄えた水は地下水になり、下流に流れ、そこでまた水田をつくり・・・・という循環をつくりだし、水を豊かに使うことができた

日本人は水を治め、治めたその水(もとはと言えば氾濫していた水)を利用して、土地を耕し、そこで作られた米は、治めた川の水を利用して運搬した。

森林は水をたくわえ、徐々に徐々に、いつも同じように水を送り続けてくれた

高くて頑丈な堤防は、少しくらいの水にはびくともせず、私たちを守ってくれる。  でも、堤防が頑丈であればあるほど、ひとたび破れた場合には、今度は堤防そのものが、コンクリートの塊になって、逆に、私たちに襲いかかる。

ダムは水を蓄え始めたその時から、土砂も蓄え始める。  ダムは年とともに、水をたくわえなくなっていく生き物

水と緑と土は、もともと一つだった

  

この日曜日は静岡県の実家で過ごしていた KiKi。  このブログでは実家のお話にはあまり触れてこなかったんだけど、実は昨年の春ぐらいから実家でちょっと問題が発生していて、KiKi はLothlórien_山小舎での生活と東京での生活と実家での生活の3重生活(?)をしています。  この3つの中で今までは実家での生活はちょっとだけ距離を置くようにしてきていたのですが、そろそろそうも言っていられない雰囲気になってきたなぁ・・・・と強く思った週末でした。  ま、そのお話は、気が向いたらこのブログでお話しすることもあるかもしれないけれど、いずれにしろブログの趣旨からは大きく外れるので、今日はこれ以上は触れないようにしたいと思いますが、色々なことを考えさせられている中で、やっとこさっとここちらを読了することができました。

農場の少年
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子  講談社青い鳥文庫

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ワイルダー一家のアルマンゾは4人兄妹の末っ子。  学校へ行くより、父さんのすばらしい馬や牛のせわができるようになりたいとねがっていました。  9歳の春、父さんは子牛のしこみ方やミルクじたてのかぼちゃの作り方を教えてくれました。  のちにローラの夫となったアルマンゾの少年時代をつづった物語。  (文庫本裏表紙より転載)

この「農場の少年」を読むと、あの「長い冬」での成熟したアルマンゾの行動や、あの「はじめの四年間」での農業にかける思い入れの深さは、一朝一夕で培われたものではなく、彼の少年時代からの興味、時間の過ごし方の延長線上にあるものだったんだなぁ・・・・としみじみ思いました。  そして、ひょっとしたらこのアルマンゾの生き方自体が、ほんの100年ぐらい前までの国を問わない人間の生き方の最大公約数だったのかもしれません。

「まったくひどい世の中になったものね。  ねこもしゃくしも農場を捨てて町に出て行くのが世の中の進歩だっていうの?  パドックさんにしたって、お客のごきげんをとらなければ、お金は手に入らないんでしょうに。  百姓の気に入るような荷馬車をつくらなかったら、やっていけないはずでしょ。」

「ローヤル(アルマンゾのお兄さん)が商人になるなんてくだらないことを言い出すだけで、もうたくさん!  そりゃあ、あの子は金持ちになるかもしれませんよ。  でも、あなたのようにりっぱな男には、ぜったいなれっこありません。  一生、毎日、毎日、他人にぺこぺこするなんて。  ・・・・あの子は、死ぬまで、自分の意にそまないくらしをすることになるんだわ。」

「お父さんはおまえに、自分で気持ちを決めて欲しいんだ。  パドックのところに行けば、いろんな点でらくな暮らしができるだろう。  どんな天気だろうと、外に出なくてもいい。  寒い冬の夜は、ぬくぬくベッドの中でねてればいいんだ。  わかい牛や馬がこごえるかもしれないなんて心配はせずにな。  降ろうと照ろうと、風の日も雪の日も、屋根の下にいられる。  かべの中にこもっていればいいんだ。  おまけに、いつでも、着るものも食べ物もいっぱいあって、銀行には金ががあずけてある、というわけだ。  しかし、違う面もあるんだよ、アルマンゾ。  町では、他人に頼らなければならない。  お前が稼ぐ金は、他人からもらう金だ。  農民というのは頼りにするのは、自分と土地と天気だ。  もし、農民になれば、自分の手で食べるものを育て、着るものを作り、自分の森で切り出してきた薪であたたまることになる。  仕事はきついけれど、自分がやりたいようにやればいい。  ぼうず、農場ではな、自由で独立した人間になれるんだ。」

アルマンゾのところに初めてきたヘッドハンティングのお話(馬車大工のパドックさんの後継者にならないかというお誘い)に対する、アルマンゾのお父さんとお母さんの言葉です。  この言葉の一つ一つから、「実は農業国、アメリカ」の実態と当時の一般的なアメリカ人の考え方がにじみ出ていると思うし、アメリカが本来掲げていた「自由」の本質というものが垣間見えるような気がします。

当のアルマンゾは全編を通して、「早く大きくなって1人で馬の世話をし、自分の力で馬を馭せるようになりたい!」と思い続けていた少年だっただけに、親の心配(特に母親)はどこ吹く風、はなから農場を捨てるなんていうことは考えてもいなくて、「お父さんと、まったく同じ生活をしたく」て、あっさりと「僕が本当に欲しいものは子馬なんだ。」と言います。  このくだりを読んでいて、KiKi は大学時代に読んだ村上龍の小説のどれか(多分「コインロッカー・ベイビーズ」だったんじゃないかと思うんだけど)にあった一節を思い出していました。

自分が最も欲しいものが何かわかっていない奴は、欲しいものを手に入れることが絶対できない

そんな言葉だったと思います。  アルマンゾは自分が最も欲しいものが何かわかっていました。  もちろん「自分で育てて自分で馭せる子馬」を手にした次は、具体的な対象物は変わっていったのかもしれません。  でも、アルマンゾが欲しかったもの。  それは「お父さんのような男らしい自分」であることに揺らぎはなかったんだろうと思うのです。

 

 

今週末のLothlórien_山小舎は雨とみぞれにたたられ、その前の週の暖かさがウソのような冷え込みでした。  寒さに震え、ひたすら薪を消費し続けていると、インガルス一家がギリギリの生活を送ってきた時代の不安感・・・・に似たような(とは言え、インガルス一家の厳しさと比べれば、おままごとのようなものですが)ちょっとした渇望感に苛まれます。  そんな中、ようやくローラの物語第4作を読了しました。

シルバー湖のほとりで
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子
講談社青い鳥文庫

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思うような小麦の収穫がないまま、インガルス一家はプラム川をはなれることにしました。  妹グレースの誕生、姉メアリーの失明、愛犬ジャックの死・・・・・・。  ローラはもうすぐ13歳。  西へ西へとのびる鉄道工事の会計係をしながら、父さんは農地をさがします。  多感な少女ローラの目を通して描く「小さな家」シリーズ第4作。  (文庫本裏表紙より転載)

さすがチャールズ父さん!  ここまで色々なことがソツなくできる器用な人は滅多にいないのじゃないでしょうか?  大工さんとしても一人前、農夫さんとしても一人前、狩人さんとしても一人前、おまけに人事総務担当者(上記、文庫本の裏表紙の記載では会計係となっていますが)としても一人前。  ついでに言えば、音楽家としても一人前ときているんですから!!

いったいぜんたい彼はどんな教育を受けてきた人なんでしょうか?  ローラ以上に KiKi はこのチャールズ父さんに興味がわいてきてしまいました(笑)  

もっとも、いかに頼りがいのある父さんが率いるインガルス一家といえども、やはり様々なご苦労のツケ・・・・かもしれない事件がこの「シルバー湖のほとりで」の冒頭で発生してしまいました。  ローラと父さんを除く家族全員が猩紅熱に罹患し、その結果として姉のメアリーが失明してしまうなんて・・・・・。  これはやはり衛生状態・・・・とか、栄養不足・・・・とか、不安定な生活のツケかもしれないと思うと、なんともやりきれません。

でもね、インガルス一家がかなりの変わり者で、当時のアメリカ人として異例中の異例だったわけではなくて、ホント多くの開拓民がいたことを思うと、インガルス一家が特別不幸だったわけではないのだろうし、チャールズ父さんよりも頼りない父さんが率いていたもっと生命力の乏しい家族もいたんだろうな・・・・と思うと、何だか複雑な気分です。  今の日本で普通に暮らしている限りにおいては「生命の危険」を感じることは滅多にないわけですが、それがどんなに素晴らしいことなのか、あらためて考えさせられました。      

 

ショパンの音楽と読書っていうのは案外相性がいいようです。  一昨日の「NHK ハイビジョン特集 仲道郁代 ショパンのミステリー 特別編」に感化され、「ピアノ、ピアノを弾かなきゃ!」とばかりにショパンのピアノ曲を聴きまくっていた KiKi。  ようやく記念すべきショパン生誕200周年を記念して今年取り組んでみる曲が2曲に絞り込まれました。  候補の第1曲目は「バラード第1番 Op.23」。  もう1つは「前奏曲集 Op. 28」です。  

「前奏曲集」の方は、一方でバッハの平均律にも取り組んでいるので、全ての調性で曲集が作られているというダブリの点が気にならない・・・・わけではないんですが、バラードに比べると小曲の集まりであるという点が東京での会計人仕事(いわゆるビジネス)や、Lothlórien_山小舎での百姓もどき仕事との兼ね合いを考えると、取り組みやすいかなぁ・・・・・と思ってみたり、いやいや「バラード」は KiKi の「いつかは弾きたい曲リスト」のトップ10にランクインされているから、やっぱり今のうちに手掛けておこうか・・・・と思ってみたり。  そんな迷いを抱えつつもサクッと読了しちゃったのがこちらです。

プラム川の土手で
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子
講談社青い鳥文庫

21T2PRAFVPL__SL500_AA140_.jpg  (Amazon)

インディアン居留地の小さな家から新天地をさがしに出たローラ一家は、長い旅のすえにミネソタ州のプラム川のほとりに落ち着きます。  広大で肥えた大地を前に小麦の収穫に目をかがやす父さん。  学校へ通い始めたローラとメアリー・・・・・。  順調にすべりだした生活は、ある日とつぜんいなごの大群におそわれます。  (文庫本裏表紙より転載)

いやはや、一難去ってまた一難。  せっかく見つけたと思った安住の地で今度は「いなご」ですか!!  最近の東京の生活では「いなご」はおろか、「ハエ」や「蚊」であってさえもほとんど見かけないというのに、空一面を覆いつくす「雲かと思ったらいなごだった」な~んていう光景は想像もできません。

で、ちょっと調べてみました。いなごの大群の恐ろしさ・・・・。  もちろんローラの描写にもものすごい臨場感があって、ハラハラドキドキさせられたんだけど、何分にも経験していないことにはそれがどんな事態なのか想像するのは難しいし、東京でこそほとんど見ることになくなった昆虫たちの生態系だけど、Lothlórien_山小舎ではいつ何時、どんな天災が襲ってくるかわかりませんから!!(笑)

      

子供の頃好きだった物語はどうしてこうもスラスラと読めちゃうのでしょうか?  決して中身の薄い物語ではないのに、あっという間にこの連作の第2作も読了してしまいました。  もっとも子供時代はローラたちの「手作り感満載の生活」にのみ興味が向いていて、美味しそうな食事、美しいパッチワーク、可愛らしい小物にばかり目を奪われていたような気がするのですが、今回の読書では当時は疑問にも感じなかったことにばかりひっかかって色々考えさせられました。  そのお話に入る前にまずは本日の読了本のご紹介です。

大草原の小さな家
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子  講談社青い鳥文庫

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ローラの一家は、ある日、小さな家のものをぜんぶ馬車につんで、大きな森をあとにしました。  父さんが、新しい土地で暮らすのは、アメリカ西部の大草原、インディアンの国でした。  旅がはじまってすぐ、ローラたちは、流れのはげしい川の中で、犬のジャックを見失います -。  (文庫本裏表紙より転載)

子供時代、この本を読んでいた頃の KiKi は当然のことながら「人種問題」な~んていうことにはまったく興味がなく、正直なところ自分の中の差別意識を認識することさえない状態で、ローラの母さんと同じ様に「インディアンって何だか得体が知れなくて、野蛮な感じがして(よく知らないけれど ^^;)どこがどうだということではないけれど、何となく嫌い」だと思っていたような気がします。  だから、当然のことながらこの物語の中に出てくる「インディアン蔑視」の空気にはほとんど反応することなく、言ってみればターシャ・テューダーの庭に憧れるのと同じくらいの感覚で「いいなぁ、ローラの世界」というような読み方をしていたように思うんですよね。

その後も KiKi は先住民族のことを知ろうとしたことはほとんどなく、どちらかと言うと白人の国アメリカに対する憧れ、アメリカの豊かさ、強さばかりを羨んでいた・・・・そんな気がします。  そんな KiKi が「人種問題」にわずかながらも興味を持つに至ったのは、「黒人問題」について考えさせられる機会が増えたことによるものでした。  でもね、「黒人問題」に関してだって、子供時代に読んだ「アンクル・トムの小屋」で色々なことを考えたはずなのに、それでも何も考えていなかったのと同じだったなぁ・・・・と反省させられることが多くてねぇ・・・・・  それが大学生の頃です。  でね、その時期に至っても尚、KiKi の注意がインディアンに寄せられることはありませんでした。

大学を卒業し、自分で働き始めて何年かして、ようやくファッションにも目が向くようになり始めた頃、誰も彼もが身につけている「モカシン」やら「エスニック流行」であちらこちらのお店にビーズ飾りのついたアイテムが見られるようになった頃、ようやく KiKi のインディアンに対する興味が湧いてきました。  そして、遅ればせながら知ることになったインディアンの悲しい歴史。  もちろん現時点でもその知識は恐ろしく中途半端で、「聞きかじり」の域を一歩も出ていないのですが、でも少なくともかつての KiKi のように「どこがどうだということではないけれど、何となくインディアンは嫌い」という一種の偏見がなくなった今、この物語を読み返してみると、考えさせられることが多々あります。

今回の再読で一番気になったのが、「いいインディアンは死んだインディアンだけ。」というスコット夫婦のセリフでした。  決してスコット夫妻がものすご~く意地悪で、嫌なタイプの人たちというわけではなかっただけに、ある種の「善良な」(本人も善良だと思っているし、白人世界の中では他の人たちからも善良だと思われている)人たちがなんのてらいもなくこんな恐ろしいセリフを吐いていること自体が、当時の白人系アメリカ人たちのある種身勝手で傲慢な価値観を露呈しているようで、悲しい気持ちになりました。 

せっかく岩波少年文庫の「ローラ物語全5巻」を読了したので、こうなったら久々に彼女の9つの作品を全部再読してみようと思い立ちました。  でもでも、とっても残念なことに岩波少年文庫に網羅されているのは例の5巻(9つの作品の中では4つ分;「長い冬」「大草原の小さな町」「この楽しき日々」「はじめの4年間」)のみです。  ま、てなわけで、KiKi のもう1つのお気に入りのシリーズ「講談社青い鳥文庫」で残りの5作品を読み進めていきたいと思います。  因みにその5作品とは

「大きな森の小さな家」  「大草原の小さな家」  「プラム川の土手で」  「シルバー湖のほとりで」  「農場の少年」

です。  まずは第1冊目、「大きな森の小さな家」です。

大きな森の小さな家
著:ローラ・インガルス・ワイルダー 訳:こだまともこ 渡辺南都子  講談社青い鳥文庫

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アメリカ西部、「大きな森」の中の小さな家に、メアリー、ローラ、キャリーの3人姉妹のいる一家が暮らしていました。  ときおりあらわれる、おおかみやくま、それに、きびしい大自然を相手にたたかう生活を、きめ細かに、いきいきと描いた「小さな家」シリーズ第1作。  (文庫本裏表紙より転載)

つい先日まで、結婚して子供をもうけたローラの物語を読んでいたのに、いきなりローラがちっちゃな女の子になってしまったのでちょっと不思議な気分です(笑)  でもね、このシリーズ第1作の段階ではどちらかというとローラ一家(というよりインガルス一家)はそこそこ安定した生活を送っていたみたいで、ちょっとほっとさせられます。  もちろん、現代とは色々な意味で大きく異なっていて、「安定した生活」≒「現代の不便のない生活」というわけではないけれど、「長い冬」みたいな飢えと隣り合わせ・・・という状況でもなく、「はじめの4年間」みたいな日照りとの闘い・・・・という状況でもなく、一番ドキドキさせられたのが、真っ暗闇の中、家畜小屋の近くの柵のところで熊とご対面・・・・・というお話ぐらいという平和さです。  

ローラは、いごこちのいい家や、父さんや母さん、そして、暖炉の火や音楽がいまなのが、うれしかった。  きっと、いつまでもわすれない、と、ローラは思った。  だって、いまはいまなんだもの。  遠い昔のことになんて、なるはずがないわ。

この第1巻の結びの言葉です。  この言葉で結ばれること自体が平和で安定している証拠だと思うし、逆にここから先の波乱万丈(?)の生活を予感させます。

 

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