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ここのところ読書関連のエントリーをさぼってしまっています。  11月の半ばに婚家の法事がありそれに参列するために沼津経由で移動した1週間の旅に出ていたためにブログエントリーを書くことができなかったこと、さらにはLothlórien_山小舎に戻ってからはゲートボールの練習に参加するようになったことで、落ち着いてPCに向かう時間が減ってしまったことがその大きな原因です。  今後のブログ・メンテナンスをどうしていくのか、正直迷っている部分もあるのですが、とりあえずここいらで久々の読書関連エントリーを1本書いておこうと思って、今、PCに向かっています。  本日の読了本は以下の4冊です。

親鸞 (上)
著:五木寛之  五木寛之ノベリスク(Kindle版)

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馬糞の辻で行われる競べ牛を見に行った幼き日の親鸞。  怪牛に突き殺されそうになった彼は、浄寛と名乗る河原の聖に助けられる。  それ以後、彼はツブテの弥七や法螺房弁才などの河原者たちの暮らしに惹かれていく。  「わたしには『放埒の血』が流れているのか?」  その畏れを秘めながら、少年は比叡山へ向かう。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 (下)
著:五木寛之  五木寛之ノベリスク(Kindle版)

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親鸞は比叡山での命がけの修行にも悟りを得られず、六角堂へ百日参籠を決意する。  そこで待っていたのは美しい謎の女人、紫野との出会いだった。  彼が全てを捨て山をおりる決意をした頃、都には陰謀と弾圧の嵐が吹き荒れていた。  そして親鸞の命を狙う黒面法師。  法然とともに流罪となった彼は越後へ旅立つ。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 激動篇(上)
著:五木寛之  講談社

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京の都を追放された親鸞は、妻・恵信の故郷でもある越後の地に流されていた。  一年の労役を済ませようとしていたころ、地元の民に崇められ、生き仏を称する、外道院の行列に出くわす。  まるで世の中がひっくり返ったような、貧者、病者、弱者が連なる光景に、親鸞は衝撃を受ける。  文字を知らぬ田舎の人びとに念仏の心を伝えよとの、法然上人の言葉が脳裡に去来し、親鸞は外道院と対面することを決意するが──。  (Amazon 内容紹介より転載)

親鸞 激動篇(下)
著:五木寛之  講談社

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雨乞いの法会を何とか切り抜けた親鸞は、外道院と袂を分かち、恵信らと平和な日々を迎えていた。  越後で施療所を開設し、訪れる多くの人びとの相談を聞いた。  やがて、法然上人が許されたという吉報にも接するが、親鸞は京へ上ることをためらい、そのうちに訃報が届く。  「わたしは、独りになった。  自分自身の念仏をきわめなければならない」。  新たな決意をした親鸞の下に、関東からの誘いがかかったのはそんな折だった──。  (Amazon 内容紹介より転載)

KiKi は宗教に関しては実に平均的な日本人の1人です。  つまり、これといって帰依する宗教もなく、宗教を意識することと言ったらお葬式 & 法事の際か、さもなければ外人と会話をするときぐらい。  何となく宗教そのものに「胡散臭い」というのに近い感覚を持っていて、可能な限り近づかないようにしてきたようなところがあります。  とは言え、観光でお寺さんを訪れることには何ら抵抗がなく、そうやって訪ねた際には一応御本尊に手を合わせるぐらいのことは何も考えなくても自然と動作になって出てきます。

お正月には当たり前のように神社を訪れ、「初詣」をします。  クリスマスには一応バッハのカンタータなんぞを聞きながら、聖書を読んでみたりもします。  でも、だからと言ってキリスト教の信者ではないし、八百万の神々も感覚的には近しく感じつつ、特に信心してもいません。  でも「この大自然の中で自分は生かされている」という感覚はかなり強く持っていて、目に見えない自然の力にある種の畏怖の念を感じてはいます。

外国人と会話をする際には時に「あなたの宗教は何ですか?」と聞かれます。  そんな時、まだ若い頃(10代~20代半ばまで)は無邪気に「無宗教です。」と答えていました。  ところがそうこうしているうちに、時にその答えがあまり好ましくないことを痛感させられ(要するに人として信頼できないと思われてしまう原因の1つになっていると感じた)、それからはとりあえず「仏教徒」と答えることにしてきています。  でもその仏教に関してもその教義については無知だし、敬虔なクリスチャンの外人さんから「仏教では死をどのように考えるのですか?」な~んていうような質問を受けるとタジタジとなってしまい、赤面したことがしばしばありました。  

とりあえず英語力のなさを理由にその問答から逃げたことも多々あるのですが、それまではそれなりに日常会話やビジネス会話ができていたのに、その質問に関しては稚拙であっても何一つ答えることができないという時点で「敬虔な信者ではない」ことは明白でした。  でも面白いもので、そんな状態でも「無宗教」というよりは相手の反応がよかったりもして、宗教っていうのは人間関係を築く上で摩訶不思議な効力を発するものだと感心したものでした。

さて、そんな KiKi の無宗教観はある意味では親の考え方に寄るところも大だったと感じています。  KiKi の両親はそれこそ筋金入りの無宗教の人たちで、末っ子同志の夫婦だということもあり我が家には仏壇もなかったし、お墓を守る責任とも無縁でした。  のみならず、お墓詣りといったことにも実に淡白な態度の人たちでした。  要するにお葬式 & 法事な~んていうのは全て「浮世の無碍にはできないお付き合い」という感覚で、可能なら列席も辞退したいくらいという感じでした。

KiKi が子供の頃、彼らは自分たちのお墓を建てたのですが、その時も、「葬式も戒名も何も必要ない。  自分の本当の希望は庭に灰を播いて欲しいぐらいだけど、それは日本の法律に反しているから(当時は遺骨は仏壇に供えるか墓に入れること というような法律があったらしい)、とりあえず墓だけは作ったけど、その後は墓の維持にも金がかかるから無縁仏にしてしまっても構わないから・・・・。」な~んていうことを言っていたぐらいでした。  そんな環境で育てば当然その子供である KiKi 自身もそういうことには無頓着に育つというものです。

ところが、婚家の方は違います。  立派なお仏壇もあるし、毎月お坊さんには来てもらうし、お墓詣りだって毎月ちゃんとなさっています。  本来ならそれは長男であるダーリンの仕事だと思うのですが、大学から東京へ出てしまったダーリンはそういうお勤めからは解放されて(?)いて、実家のある岐阜に残っていた弟さん夫婦が墓守も定期的な供養も、すべてきちんとなさっています。    

ま、てなわけで、法事がある時だけダーリン & KiKi もそれに参列するために弟さんのお宅を訪ねるのですが、初めてそのお宅へお邪魔した時、KiKi は大きなカルチャーショックを受けました。  と言うのも、実家筋の法事ではお寺さんへ行って有り難いお念仏を聞いて、ご焼香をしたらお寺を後にし、どこかのレストランで会食がてら久々にお会いした親戚とお喋りしてお終い・・・・というのが普通だったんですけど、婚家ではその日のために仏壇の掃除をし、立派な仏花も供え、お香も特別なものを準備し、お坊さんをお招きするのみではなく、お経そのものも聞いているだけではありません。  参列者が皆で声を揃えてお坊さんと一緒に延々とお経を唱えるのです。

そもそも自分の人生の中でお経を唱えるな~んていう経験をこれまでしてこなかった KiKi はその一事だけでもビックリ仰天!!  配られた本に振り仮名は振ってあるものの、独特の節回しがわからないので当初は声は出さず、口の中だけでモゴモゴと字を読んでお終い・・・・という感じでした。  ダーリンの姪っ子の子供(幼稚園児)でさえも可愛い声でちゃんとお経が唱えられるのに、大の大人の KiKi にはそれさえできないというのはなかなか複雑な気分にさせられる経験でした。

プーと私 石井桃子

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リンドグレーン本はちょっと一段落。  まだまだ読了していない「岩波少年文庫」も山とあるのですが、本日の KiKi の読了本は久々の図書館本です。

プーと私
著:石井桃子  河出書房新社

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プーさん、ピーターラビット、ドリトル先生...あの名作の誕生秘話、「ちいさいおうち」のバートン、「マーティン・ピピン」のファージョンを訪ねる旅、欧米の児童文学と図書館を見て歩いた留学体験記など。  児童文学の世界に豊かな実りをもたらした作家・翻訳家の旅の随筆集。  (Amazon 内容紹介より転載)

石井桃子さんと言えば児童文学の世界で知らない人はいないと言っても決して過言ではない存在です。  そして KiKi のライフワークの1つ「岩波少年文庫」の生みの親のお1人でもいらっしゃいます。  そんな彼女のエッセイ集をたまたま図書館で見かけた(これ、ホントに見かけたんです。  決して探し当てたわけじゃありません)ので「これを借りないわけにはいかないでしょ♪」とばかりに一も二もなく借り出してきました。 

実は KiKi は物語の作者とか翻訳家に興味を持つようになったのはかなり大人になってからで、子供時代から大学生になるまでは物語そのもの以外にはさほど興味を持ったことがありませんでした。  そんな中、最初に興味を持った翻訳家数人(必ずしもそれが本業の方とは限らないのですが ^^;)の中のお1人が石井桃子さん、もうお1人が瀬田貞二さんでした。  もちろんその背景にはこのお二人が翻訳された物語への強い思い入れがあったからこそ・・・・ではあるのですが。

その後岩波少年文庫から発刊されている「なつかしい本の記憶」で石井さんが岩波少年文庫の発刊当初ご尽力されたお1人であったこと、さらには荻窪のご自宅の一室に児童図書室「かつら文庫」を開かれた等々の逸話を知るようになり、彼女への敬愛の念が深まっていったものでした。  その後も石井さんが日本で児童文学の普及やら子供の図書館を広めるためにご活躍された話を知れば知るほど、石井さんへの憧れが強くなっていきました。

もっとも現実社会を生きていくために KiKi 自身は彼女の後を追うような生き方は選択せず、単なる「児童文学ファン」としての道を選び、自身の生活の糧は別の方法で得てここまで生きてきたわけですが、心の中のどこかに未だ燻り続けるちょっとした夢のような形で「児童文学に何らかの貢献ができる人になりたい」という想いは抱き続けています。  まあ、恐らくこれは単なる「夢」で終わってしまうことになるのだろうと諦めている部分もあるので、実現するのはそれこそ「夢のまた夢」なのでしょうけれどね(苦笑)

 

何かとバタバタしており、思うように読書が進まない日々の中、ようやくこちら(↓)を読了しました。

東京裁判(上)
著:児島襄 中公新書

  (Amazon)

歴史上前例のない戦争犯罪人を裁く極東国際軍事裁判は、戦争に敗れた日本人に何を問うたか - 昭和21年5月3日の開廷以来2年半余、370回に及ぶ公判で「平和、人道、戦争に対する罪」の名のもとに、満州事変から太平洋戦争に至る「侵略」の事実を問い、7人の絞首刑を含む25人全員に有罪を宣した東京裁判の全容を、厖大な公判速記録をはじめ、公判資料はもちろん内外の関係諸国、関係者につぶさに取材して解明する。  (新書本扉より転載)

東京裁判(下)
著:児島襄 中公新書

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昭和21年5月3日に開廷した極東国際軍事裁判は、毎回波乱をきわめた。  苛烈な検事側立証に続き、本巻は一般、満州、中国、ソ連、三国同盟、太平洋戦争と6段階に分けた弁護団の反証に入り、最大の問題点天皇の不起訴を決めて立証合戦は終わった。  23年11月12日、25人全員有罪という「ニュールンベルク」以上の苛酷な判決で、歴史的な大裁判の幕は閉じた。  勝者が敗者を裁いた東京裁判とは何であったのか。  改めてその意義を問う。  (新書本扉より転載)

極東国際軍事裁判、いわゆる「東京裁判」に関しては KiKi 自身若い頃から「あの裁判は何だったのか?」という興味を持っていました。  そして大学生の頃にこの本を一度読んだことがあったのですが、今回久々に図書館で見つけたのを機に再読してみました。

正直なところ今回の読書では、学生時代にこの本を読んだ際に感じた大きなショックは感じられず(と言うのも当時の KiKi は東京裁判の実態をほとんど知らなかったのに対し、今回はどちらかと言えば「既知のこと」の再確認という感じだったので)、ところどころでその後入手して何回か観たことがあるこの記録映画(↓)のシーンを思い出すのみ・・・・・という感じでした。

東京裁判
ASIN: B00005F5X3  監督・脚本:小林正樹  原案: 稲垣俊  脚本:小笠原清  音楽: 武満徹  ナレーション: 佐藤慶  講談社

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第二次大戦後、旧陸軍省参謀本部にて行なわれた「極東国際軍事裁判」の貴重な記録フィルムを5年の月日をかけて編集した、昭和史の生々しい真実を綴るドキュメンタリー。  (Amazon 内容紹介より転載)

ある意味で日本人の劣等史観のベースにさえなり、「戦争犯罪」という実態がよくわからないものを裁くという摩訶不思議な裁判。  戦争裁判と言いつつも結果的に政治裁判だった裁判。  これを知らずに現代日本を語ることはできないと言っても過言ではない裁判。  そんな裁判がどんなものだったのかを俯瞰するにはよい書籍だと感じます。

 

昨日ようやくダーリンが退院しました。  もっとも相変わらず手術した場所からわずかな出血が見られ、痛みもあるようなので退院したから一安心・・・・という雰囲気はまったくありません。  今日は1日自宅休養なのですが、明日は又片道30分ちょっとをかけて山を下りて診察を受ける予定になっています。  退院と聞いた時はほっとしたのですが、尿取パッドが赤く染まっているのを目にすると退院してよかったんだか?と思わずにはいられません。

さて、そんな落ち着かない生活を送りつつ、図書館本を1冊読了しました。  まあ、読了な~んていう言葉を使うようなタイプの本ではないんですけどね(苦笑)  でもまあ、一応は記録を残しておこうと思います。

図解でわかる11大近代戦
著:山崎雅弘 PHP研究所

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近代戦の幕開けから限界までを、詳細な地図で解説。  『硫黄島からの手紙』『史上最大の作戦』『フルメタル・ジャケット』などの映画の背景となった戦いを厳選。  (表紙より転載)

KiKi はこのての本をこれまで読んだことがありません。  文学などで「鶴翼の陣」とか「魚鱗の陣」な~んていう言葉だけは聞き知っているけれど、それが実際のところどんな陣形なのか略図を描くこともできなければ、どういう戦い方をしたい時にとる陣形なのかもわかっていません。  わかっていないのみならず正直なところ興味もありません。

そんな KiKi がこの本を読んでみようかと思ったのには理由が2つあって、1つはこの本が実に薄っぺらくて絵が多かったことです。  ダーリンの手術・入院を控えていた直前に図書館に行った際、病院通いでじっくりと本を読む時間がどのくらいとれるかわからないので、さらっと眺めてみるにはこのぐらいの薄さとこのぐらいの文字数の少なさの本は手頃に思えたのです。

そしてもう1つの理由は、「戦争」ということからこれまで意識的に背を向けてきたけれど、厭うなら厭うでもっとちゃんと戦争を知るべきなのではないか?と思い始めているということがあるからです。  ま、どちらかというと1つ目の理由が大きくてこの本を手に取ったんですけどね。

さて、で読んでみたわけですが、自分でも「戦争オンチ」である自覚がある KiKi だけど、そんな KiKi であってさえも実に物足りない本でした。  それぞれの戦いの専門書はとても敷居が高すぎて読めないと考えた KiKi だけど、それぞれの戦争に関する記述部分にもこれといった収穫はなく、売り物であろう地図も詳細な解説がないため「ふ~ん」で終わっちゃったし、コラム部分も何かで読んだことがある以上の話は出て来ないし、強いて言えば兵器にまったく興味がなかった KiKi に戦車や爆撃機の情報を与えてくれた・・・・ぐらいが個人的には収穫だったでしょうか??

まあ表紙に

「硫黄島からの手紙」、「史上最大の作戦」、「フルメタル・ジャケット」などの映画の背景となった戦いを厳選

とあるのを見た時点でどういう本なのかは薄々察してはいたけれど、まさにその推察を裏切らない本だった・・・・という感じでしょうか(苦笑)


国防 石破茂

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ダーリンは相変わらず入院中です。  毎日毎日退院予定が順延されている割には本人はいたって元気でさほど心配はしていないのですが、それでも手術でメスを入れたところの治りが悪く、相変わらず出血が止まらないのだそうで、心臓病の関係で飲み続けている「血をサラサラにするお薬」のおかげ(?)という面もあり、その薬をやめるわけにもいかないのでとりあえずはもう暫く様子見ということになったようです。

昨日までは KiKi も病院に日参していたのですが、今日はダーリンも「休んでいいよ」と言ってくれたということもあり、久々の晴天なので溜まった洗濯物もあるしということで、病院通いは免除していただき、今こうしてPCに向かっています。  ある時間までは晴天でもふとしたはずみで「局地的大雨」が降り災害まで引き起こしている昨今、洗濯ものを干しっぱなしで外出できないというのは本当に不便・・・・。  特に入院患者を抱えていると普通の生活をしている時よりも何故か洗濯物が増えるし・・・・・ ^^;

1時間ほど前に電話で聞いた限りでは「恐らく明日には退院できるらしい」とのこと。  もっともその後、結局暫くの間は毎日通院となりそうな気配は濃厚なので、今日のうちに読了して1週間以上経過しているこちら(↓)の Review を仕上げておこうと考えた次第です。

国防
著:石破茂  新潮社

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北朝鮮のミサイルをどう防ぐか?  自衛隊イラク派遣に意味はあるのか?  徴兵制は憲法違反か?  日本のテロ対策は万全か?  長官在任日数・七二九日(歴代二位)、国防の中枢を知る著者が、いま、すべてを語る。
ミサイル着弾10分前・・・・・  その時何が出来るのか?  全ての疑問に正面から答える「新・防衛論」  (単行本帯より転載)

KiKi には自分が平和教育の申し子的な人間であるという自覚があります。  憲法第9条は守らなければいけないと漠然と考えていたし、自衛隊は違憲ではないか?と漠然と考えてもいました。  とは言っても「漠然」というほどムード的に考えていたわけでもありません。  論理的には「武力」を持つことの意義を認めつつも、その行使権を持つ人間(個人的に誰それということではなく)を信じきれない以上、力を持つことに懐疑的だった・・・・・というほどの意味で、そういうスタンスをとってきました。

でも、世の中はどんどん変わりつつあり、集団的自衛権行使を可能にする閣議決定があり、武器輸出三原則も様変わりし、日本を取り巻く近隣国との間の緊張関係はあり、日本からは距離的には遠く離れてはいるものの原発事故を起こしてエネルギー依存度がさらに高まりつつある中東情勢はきな臭い・・・・・となってくると、そうそういつまでも「理想の平和主義」にどっぷり浸っているわけにもいくまいと考え始めるようになりました。

随分前、ベルリンの壁が崩れ冷戦時代が終わったとされた時期にも、一度だけ、そしてほんの少しだけ、世界のパワーバランスが変わった以上、第二次大戦以降どっぷりと浸ってきたこの平和を守るためにも「国防」について考えるべきかもしれないと思ったことがあったのですが、それでもその時は今ほどのきな臭さもなく、ついでに自分のことで手一杯だったということもあって、思考を先送りしてしまったという自覚もありました。  でも、今の KiKi はとりあえずダーリンの入院とじぃじ & ばぁばの介護のことだけ考えていればいいようなところもあるわけで、そろそろ本腰を入れて学ぶべき時期なのだろうと考えました。

さて、だからと言って即、何かを結論づけることができるほどには思考も知識もない KiKi のこと。  とりあえず「とっかかり」となる何かを探していたのですが、そんな時ふと図書館で目に留まったのがこの本でした。  政治の中で KiKi が一番注意を払ってこなかったのがこの「防衛庁(省)」という組織だったし、石破さんがその長官だった時代のあれこれは記憶にも新しい・・・・・ということで、とりあえずはこの本を読んでみることにしました。


ちょっと間が空いてしまったのですが、先日NHKの歴史番組「英雄たちの選択」の特別版(?)、「昭和の選択」をリアルタイムで観ました。  その時のことを少しだけ振り返っておきたいと思います。


第1回 「国際連盟脱退 松岡洋右 望まなかった決断」
8月21日(木) 午後8時~9時

第1回は、昭和8年(1933)の「国際連盟脱退」。  これまで連盟脱退は、満州事変や満州国建国をめぐり日本の主張が受け入れられなかったため、自ら進んで脱退したというイメージで一般的に語られてきました。  しかし近年の研究によれば、政府が当初考えていたのは「脱退回避」。  しかも脱退という最終決断は、国際協調や経済制裁回避のための苦肉の策だったという側面があることがわかってきた。  なぜ日本はこのような真逆の選択をするに至ったのか?  日本全権・松岡洋右の視点から、日本がこの重大な「選択」に至った過程をつぶさにドキュメントし、その実相に迫る。  (NHK HP より転載)


物知らずの KiKi にとってこの話はかなり衝撃的でした。  何に衝撃を受けたかって、己の無知さ加減、無関心加減を赤裸々に炙り出されたかのような感慨をもったことに対してでした。  あの歴史の教科書にも必ず出てきた「国際連盟脱退」が実はこういう裏話があったな~んていうことは、想像だにしていなかったからです。

もちろんこの番組の内容のみを鵜呑みにするのは危険だと思うけれど、KiKi の認識とはあまりにも大きな乖離があることに正直戸惑いました。  そこで手元にある2003年第8版刊行の山川出版の「詳説 日本史研究」の該当ページを紐解いてみました。  以下、該当部分を転記します。


中国は満州事変勃発直後、これを日本の侵略行動であるとして国際連盟に提訴し、もとより「満州国」の独立を認めなかった。  はじめ、事変をごく局地的なものとみて楽観的だった列国は、日本政府の事変不拡大の約束が実行されないため、日本の行動は不戦条約と九ヵ国条約に違反するとして、しだいに対日不信感を強めた。  (中略)  国際連盟は満州問題調査のためにイギリスのリットンを代表とするリットン調査団を派遣し、1932年10月、調査団はリットン報告書を発表した。  これは、「満州国」が自発的な民族独立運動の結果成立したものとする日本の主張を否定していたが、満州に対する中国の主権を認めると同時に日本の権益も保障しており、満州に中国の主権下に自治政府をつくり、治安を守るための憲兵隊をおいて、それ以外の軍隊は撤廃するという解決案を提示していた。  

ところが日本政府(斎藤実内閣)は、軍部のつくりあげた既成事実を認め、リットン報告書の発表直前、1932年9月に日満議定書を取り交して、いち早くその独立を承認しており、さらに日本軍は1933年2月には、熱河省にも軍事行動を拡大した。  これは国際連盟を著しく刺激し、同年2月の連盟臨時総会では、リットン報告書をもとに満州に対する中国の主権を確認し、満州における自治政府の樹立と日本軍の撤退を勧告した決議案が、42対1(反対は日本だけ)で可決された。  全権松岡洋右はただちに退場し、3月12日、日本は国際連盟脱退を通告した。  こうして日本はアメリカなどの列国の反発のなかで国際的に孤立していった。  (山川出版 「詳説 日本史研究」より転載)


KiKi の記憶が正しければ、この記述(↑)だって KiKi が学んだ時代の教科書には書かれていなかったようなことまで書き込まれている印象があるけれど、この文面からだけでは「日本政府が当初考えていたのは『脱退回避』。  しかも脱退という最終決断は、国際協調や経済制裁回避のための苦肉の策だったという側面がある」な~んていうことは、どんなに読解力に長けた人であっても読み取るのは難しいのではないかしら・・・・・。


今日は69回目の昭和天皇玉音放送の日。(KiKi はこの日は断じて終戦の日ではないと思っている)  この季節になるとまるで年中行事のように


「ファンタジーや児童文学ばかりに浸っていてはいけない!  学生時代には授業ですっ飛ばしていた『現代史』にこの時ぐらいは目を開かねば!!」


という気分に陥ります。  で、そんな KiKi の気分を見透かしたかのように、本日の「Amazon Kindle Store 日替わりセール」の内容がこちら(↓)でした。


昭和史(上)
著:中村隆英 東洋経済新報社

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世界史の中での「昭和時代」の歴史を、政治・経済面だけでなく、思想・生活・文化面にも視野を広げて描いた、昭和史の決定版。  上巻は、日本が大正デモクラシーで民主化を実現した後、第二次世界大戦に自ら突入して焦土となるまで、下巻は急速な復興と経済成長を果たし、「武装を好まぬ経済大国」となった1989年までを描く。  未来を考えるうえでも示唆に富んだ歴史が語られている。  第20回大佛次郎賞受賞作。  (Amazon 内容紹介より転載)


既読ユーザーの書評を見る限りではなかなか評判もよさそうだし、これが今日なら399円で買えるとのこと。  迷わずポチッと購入ボタンを押してしまいました。  そしてまだ上巻を読了していないにもかかわらず(← つまり気に入るかどうかもわからない ^^;)、ついでに下巻もポチッ!  これはどう考えても Amazon さんの思うツボの行動です(苦笑)。 

でも、Kindle Store の日替わりセールって KiKi の購買意欲を刺激してくれる本が出ることが少ないので、まあ、たまにはいいでしょう。  そうでなければ最近では Amazon で本を購入することがめっきり減った KiKi がAmazon プライム会員になって、会費を払っている意味がありません。  (・・・・・と自分を納得させてみる。)

思い起こせば半藤さんの「昭和史 上下二巻」を読了したのも何年か前のこの季節でした。  せっかくこの本を購入したので、2冊を読み比べすると学生時代にさぼってしまった「昭和史」の全貌がしっかりと頭に定着するのかもしれません。 

どちらも分厚い本(今回購入したこれ↑ は Kindle 版なので厚くもへったくりもないけれど)なので、読了するにはそれなりの時間が必要だろうから心配ないとは思うけれど、来週早々までには「天山の巫女ソニン」の Review を書き終えておかないと困っちゃうだろうなぁ・・・・・・。    

思っていたよりも速く「天山の巫女ソニン」を読了してしまったので、一緒に図書館から借りてきたこちらも読み始めてみたのですが、これまたあっという間に読了してしまいました。  本日の KiKi の読了本は2冊です。

都会のトム&ソーヤ 1.
著:はやみねかおる  YA! Entertainment

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クラスメイトの創也の秘密を、偶然知ったぼく、内人。  その日から、塾通いに追われる退屈な生活が、がらりとかわった。  創也といると、冒険がむこうからやってくるんだ。  ― 中学生コンビが活躍する、はやみねかおるの新シリーズ。  (Amazon 内容紹介より転載)

都会のトム&ソーヤ 2. 乱!Run! ラン!
著:はやみねかおる  YA! Entertainment

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廃ビルの砦にこもって、究極のゲーム作りをめざす創也は、ライバルの天才ゲーム作家に会うため、手がかりを追ってデパートへ。  しかし、そこで待っていたものは...。  サバイバルの天才、内人を相棒に、都会の中で、新たな冒険がはじまる。  (Amazon 内容紹介より転載)

いや~、これは Review の書き難い本ですねぇ。  あっという間にさらさらっと読めちゃうんだけど、KiKi にとってはただそれだけ・・・と言うか、何も残らないと言うか・・・・。  まあ、KiKi 自身が♀故にこの物語の主人公たちの年代の男の子の気持ちというやつが今一つピンとこないというのもあるとは思うんですけど、それより何より、あたかもTVでバラエティ番組を観ているのと同じで、一時の笑いはあるもののただそれだけ・・・・っていう感じ。

決してつまらなかったとか読んでいて苦痛だったというわけでもないんですけど、例えて言うなら美容院で順番を待たされている間とかパーマをかけて美容師さんに「このまましばらくお待ちください」な~んていう風に言われてひっくりかえした鉢みたいなものに頭を突っ込んだ状態で手持無沙汰な時なんかに読むにはピッタリの本だなぁ・・・・と。  要はヒマつぶしっていうヤツです。

おばあちゃんの知恵を応用しての実践に子供らしからぬ機転と臨機応変さを見せる内人君に感心することはたびたびあるものの、じゃあそこにリアリティがあるかと言えばそうでもないし、知能は高そうだけどどこか抜けているところのある創也君の人物造形も嘘っぽい。  要は肝心なメインキャラの2人のどこにも共感することがないうえに、周辺人物にもさして魅力を感じないので、読んでいてふと立ち止まって考える・・・・というようなことが皆無なんですよね~。

読書を知識を得るためのものとは考えない KiKi だけど、ここまで何もないと読み方自体がどんどんうわっ滑りになっていって、一時の笑い(それは会話のおかしさだったり命名のウィットだったり)はあっても、ホント、何も残らないんですよね~。  1つだけ思ったのは、何かの病気か怪我で入院中(但し、さほど深刻ではないけれど、一泊二日で帰宅できるほど簡単でもない)に、どこか落ち込みがちな気分を盛り上げるためにはいい本かなぁ・・・・と。  冊数も多いようだし・・・・・(笑)

いずれにしろ、この続きはよほどのことがない限り(それこそ入院とか 笑)、KiKi は図書館から借り出してきて読むことはないだろうなぁ。  でも、こういうお話にさして面白さを感じないというのは、世の中の流れからそれだけ遅れを取り始めている証左なのかもしれません(苦笑)  

図書館から借り出してきた本のうち、ランサム関連本はほぼ挫折本となることが確定し、我ながら情けないなぁと自己嫌悪に陥りかけていた KiKi。  そんな KiKi を救ってくれたこの本を楽しく読了することができました。

J.R.R.トールキン 或る伝記
著:H.カーペンター 訳:菅原啓州  評論社

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トールキン自身の手紙、日記、その他の文献、そして家族や友人の回想をもとに編まれた唯一「公認」の伝記。  (Amazon 内容紹介より転載)

いや~、ある程度は想像していたことではあったんだけど、やっぱりトールキン先生は変な人でした。  あ、でもここで言う「変」というのは決して悪い意味ではなく、「人並み外れた」とか「一般人とは多くの面でかけ離れている」というほどの意味なんですけどね。

生い立ちから始まり、交友関係、奥様との出会いから結婚、時代背景、学問上の功績、作品の出版の経緯ととにかく詳しく描かれているんですけど、その折々で思わず苦笑してしまうようなエピソードが満載です。  あの素晴らしい作品群はこういうどこか偏屈で、どこか極めつけのマイペースさを持った人であればこそモノにできたものなんだなぁ・・・・と妙に納得してしまいました。

KiKi にとって何よりも驚きだったのは、あの一連の作品の中で使われていたクゥエンヤ語やシンダール語と言った私製言語を言語学者となった後で作り始めたのかと思いきや、それよりもはるか昔、まだ少年期と言ってもいいような時代から作り始め、それを所謂ライフワークの如く老年に至るまで創成・ブラッシュアップし続けたという事実です。

しかもこの伝記の著者によれば、その作業はトールキン先生にしてみると「作り出している」というよりは「見つけ出す」作業だと本気で思っていたらしいという点がかなりの驚きでした。  「見つけ出す」という言葉にある心理の中には「発掘する」というようなニュアンス、つまり過去には絶対に存在していたものを探り出す、存在そのものは疑いのないものという確信があるように感じるんですよね。

    

「ランサム・サーガ」からの流れで手を出してみたコチラ(↓)。  毎日、少しずつ読み進めようと努力はしているのですが、なかなか進みません。  この本はなぜか KiKi の眠気誘発剤の役割を見事に果たしてくれちゃっているようで、栞を挟むことさえなく睡状態に陥り(つまりどこまで読み進めたのかわからなくなる)、枕元の読書灯が煌々と光っています。

アーサー・ランサム自伝
著:A.ランサム 訳:神宮輝夫  白水社

416FWVX0A3L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

「ツバメ号とアマゾン号」をはじめとする12冊の胸おどる冒険物語で、子供から大人まで幅広い読者をとりこにしたランサムの自伝。  作品に通ずるユーモアで綴られたもうひとつの物語。  (Amazon 内容紹介より転載)

何とか半分ぐらいまでは読み終えているのですが、未だに「ランサム・サーガ」に関する話は出て来ないし、彼の半生で出会った多くの友人・知人たちの名前のカタログみたいな印象なんですよね~。  で、KiKi 自身がここに列挙されている人物たちにランサムに対するのと同じぐらいの興味があるならいざ知らず、そうでなければよっぽど印象的なエピソードでも書かれていないと、その名前の列挙が自然と眠気を誘うみたい・・・・・(苦笑)

このままいくと「挫折本」になりそうな気配が濃厚になってきました。  ま、てなわけで、この本は一旦脇に置いて、今回図書館から借り出してきたもう1冊の文学者の伝記、「J.R.R.トールキン ― 或る伝記」に浮気をしてみたいと思います。



ただ・・・・・・



読書メーターのとある方の Review によれば


「作品世界が興味の中心である読者には面白みに欠けるかも知れない」


とのこと。  ちょっぴり不安だぁ・・・・。

相変わらず松葉杖が手放せず、行動を著しく制限されている KiKi です。  そういう状況であるということは即ち我が家の2階にある本棚や図書館にはアクセスできないということであり、結果的にその場(1階のリビングとかお布団の中とか 笑)にいながらにして本を入手できる電子書籍に頼るしかないということを意味します。  ま、てなわけで My Kindle にアクセスしてぼけ~っと本のリストを眺めていた時に目に飛び込んできて思わず衝動買いしてしまった本が本日の KiKi の読了本です。


物語ること、生きること [Kindle版]
著:上橋菜穂子  講談社(Kindle)

41+0W3WbXeL._AA278_PIkin4,BottomRight,-44,22_AA300_SH20_OU09_.jpg  (Amazon)

国際アンデルセン賞(児童文学界のノーベル賞)受賞!  作家になりたくて、でも、甘ったれの幸せな「夢見る夢子さん」のままじゃ作家には絶対なれないと思っていた10代。  自分で自分の背中を蹴っ飛ばし、外の世界に触れ、文化人類学の道を志した20代。  そして、その先に待ち受けていた「作家として生きつづける」という新たな登り坂......。  壮大な物語世界を生んだ作家の道程が問いかける、「読むこと」「書くこと」「生きること」とは。  (Amazon 内容紹介より転載)

図書館で上橋さんの「精霊の守り人」を借りて以来、嵌りに嵌った上橋ワールド。  その後「守り人 & 旅人」シリーズ全作、「獣の奏者」、「狐笛のかなた」、「月の森に、カミよ眠れ」、「隣のアボリジニ――小さな町に暮らす先住民」と彼女の手になる作品をそれこそ貪るように読み耽った日々が昨日のことのように思い出されます。

彼女の作品を読み進むにつけ、どこか根っこの部分で彼女の感性のようなものと KiKi 自身の感性のようなものにある種の親和性みたいなものを感じるようになりました。  そして彼女のプロフィールを眺めてみたらほぼ同い年であることが判明!  KiKi が感じる親和性の正体は「ある種の時代感覚か?」と思ったものでした。  そしてその後インタビュー記事やら岩波少年文庫の発刊60周年記念リーフレット、更には「『守り人』のすべて 守り人シリーズ完全ガイド」などを読んでみてわかったことは、彼女と KiKi は子供時代に同じような本を読んで感銘を受けていたんだなぁということでした。

蠅の王 W.ゴールディング

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先日、ヴェルヌの「二年間の休暇」を読了した際に、自分が過去に読んだ「十五少年漂流記」と「蠅の王」をごっちゃに記憶していたことに気がついちゃったので、もう一度2つの作品をちゃんと読み比べておこうと思い立ちました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

蠅の王
著:W.ゴールディング 訳:平井正穂  新潮文庫

5126NF2WHRL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

未来における大戦のさなか、イギリスから疎開する少年たちの乗っていた飛行機が攻撃をうけ、南太平洋の孤島に不時着した。  大人のいない世界で、彼らは隊長を選び、平和な秩序だった生活を送るが、しだいに、心に巣食う獣性にめざめ、激しい内部対立から殺伐で陰惨な闘争へと駆りたてられてゆく...。  少年漂流物語の形式をとりながら、人間のあり方を鋭く追究した問題作。  (文庫本裏表紙より転載)

「二年間の休暇」で KiKi が感じていた「できすぎ感」みたいなものの正体は、やっぱりこちらの作品にあるリアリティに多分に影響されたものであったことが確認できました。  あっちの作品とこっちの作品で大きく異なる点の1つに「少年たちが既に顔見知りだったか否か」というポイントがあると思うんだけど、「二年間の休暇」では無人島に漂着した少年たちの行動規範に「協力し合って生き延びるんだ」という強い合意が常に存在したけれど、この「蠅の王」ではその行動規範自体がものすごく緩い・・・・。  これはやっぱりそれなりの統率・秩序があった寄宿学校で暮らしていた子供たちが漂流したのか、たまたま今回の旅で一緒になった子供たちが漂流したのかの違いによる部分が大きいと思うんですよね。

とは言っても、やっぱり小さな子供達というのはあの「二年間の休暇」の中の下級生たちほどは聞き分けの良いものではないのが本当だと思うし、漂着生活の中では着るものに不自由したり、髪が伸び放題になってボサボサになったりするのが自然だし、森に自生する果実を手当たり次第に食べていたらお腹を壊したりするのもリアルで、そういう面ではやはりこの作品の方が真実味はあると感じられました。  

「二年間の休暇」では漂着した少年たちの中にたまたま貴族趣味の少年たちがいて彼らが「腕の良いハンター」だったという前提条件さえありました。  だから、食肉を得るためには島に自生する動物を銃で撃ってそれから捌くというどちらかというと洗練された(?)手段で行われていたのに対し、こちらの少年たちは時代こそ下れど銃を持ちません。  そのため彼らは食肉を得るために野性の豚をなぐり殺すという、結果は同じでもどこか凶暴性があるように感じられる手段になってしまっているのが印象的です。  そしてその延長線上に彼らが好んで歌い・踊る、あのセリフがまるで物語の通奏低音のように流れます。

「獣ヲ殺セ! ソノ喉ヲ切レ! 血ヲ流セ!」

時代背景的には「二年間の休暇」の方が古い時代に起こった出来事なんだけど、どちらかと言えばあちらの物語は環境こそ変われど少年たちがやっていることは常に「普通の生活ができていた頃」の延長線上にあります。  そこに比べてこちらの物語の少年たちの生活は文明社会から一気に狩猟時代に突き落とされた感があり、そのギャップの中で喘いでいる印象があります。

  

本日の KiKi の読了本は子供時代の KiKi の宝物、「世界少年少女文学全集」の中の1冊からこちらの作品です。

ジャングル・ブック
著:R.キップリング 訳:西村孝次  河出書房新社 世界少年少女文学全集第4巻 イギリス編3より

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インドのジャングル。  赤ん坊の頃、狼の一群に紛れ込んだ人間の少年モーグリ。  熊のバルーや黒豹のバギーラの深い愛情に包まれ、賢く勇敢に成長する。  宿敵の虎シーア・カーンとの命をかけた闘い!  ディズニーアニメの名作の小説版。  (Amazon の同タイトル本の解説より転載)

この本では写真にもあるように「宝島」とこの「ジャングル・ブック」の2篇が収録されています。  そのため、「宝島」の方は全訳なんですが、「ジャングル・ブック」の方は抜粋版となっています。  実は「ジャングル・ブック」というのは長編ではなくて、短編集のような形の物語集です。  その中で「モーグリの兄弟」、「カーの狩り」、「虎! 虎!」の3編は狼に育てられた人間の少年モーグリが主人公となっており、それ以外の「白あざらし」、「リッキ・ティッキ・ターヴィ」、「象トゥーマイ」、「女王さまの召使たち」にはこのオオカミ少年は登場せず、彼が暮らすジャングルとは別の世界のお話になっています。  でも、もちろん作品全体のタイトルが「ジャングル・ブック」であることから明らかなように全ての物語で動物は登場するし、この動物たちが実に「人間臭い動物」たちであるという特徴を持っています。

今回、KiKi が読了したこの「文学全集」の中の「ジャングル・ブック」で取り上げられているのは上記7編の短編のうち「モーグリの兄弟」、「カーの狩り」、「虎! 虎!」 そして 「リッキ・ティッキ・ターヴィ」の4編で、オオカミ少年モーグリの物語は全て、そしてそれに追加でマングース vs. コブラの戦いにハラハラドキドキさせられるお話という構成になっています。  日本にマングースという動物が持ち込まれたのは明治時代で、目的はハブ退治だったらしいのですが、結果は惨憺たるものでハブを退治する代わりにニワトリやアヒル、野鳥などを襲いながら次第に数を増やしていったのだそうです。  そして、ついには沖縄にしかいない貴重な生き物・ヤンバルクイナが生息する森林地帯にまで生息範囲を広げてしまったとのこと。

今では「のだめちゃん」のおかげで私たち日本人にもそこそこ馴染みのあるマングースですが、KiKi 自身、ホンモノのマングースを見たことがなかったのですが、ネットで調べてみると数多くのマングースの写真が出てきます。

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↑ 何気に愛らしいマングース


でも、その気になると実は凄いんです!  こんな写真まで見つけることができました。

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↑ マングース vs. コブラの死闘(の剥製)


「リッキ・ティッキ・ターヴィ」の描写でマングース vs. コブラの闘いの激しさはかなり認識していたつもりだったけれど、こうやって剥製とはいえ実物の戦いぶりを確認すると怖いですねぇ・・・・・・・。


KiKi を培った本たちのご紹介

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せっかく実家に帰省したのに、生憎のお天気で当初予定していた作業ができなくなってしまいました。  台風が近づいていることは知っていたけれど、いろいろ都合があってこのタイミングでしか長距離移動ができなかったため、ここで強行してみたんだけど、奇跡は起こらず家籠り状態です。

ま、てなわけで、今日は実家でしかできないことをしてみたいと思います。  つまり実家に置いてある KiKi の蔵書(というより親を含む親類の皆々様から買い与えられた蔵書)のご紹介です。  かなりの量の本があるんですけど、今日はとりあえず「文学全集」とカテゴライズされるあたりをご紹介しておきたいと思います。  子供時代の KiKi の読み物はその大半がここでご紹介する全集と岩波少年文庫だったと言っても過言ではないと思います。  まずは・・・・・・

世界少年少女文学全集 全24巻 河出書房新社

こちら責任編集のメンバーが錚々たる顔ぶれです。  阿部知二、川端康成、高橋健二、坪田譲治、米川正夫、渡辺一夫の方々。  厚紙のサック、布張りの表紙で何冊か積めば漬物の重石にもピッタリの重量級です。(↓ 真ん中の段の青い背表紙のヤツです。)

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今回の帰省中の読書用に KiKi は岩波少年文庫の「二年間の休暇」の上下2巻を持ってきたんですけど、せっかく実家にいるのでLothlórien_山小舎でも読めるそれは横に置いておいて、この中の1冊を選んで昨晩から読み始めました。  それがこちら(↓)

2013_Oct15_002.JPG

「宝島」はついこの間岩波少年文庫で読了したばかりだから、今さらこの本で読んでみるつもりはなかったけど、「ジャングル・ブック」の方は現在販売されている岩波少年文庫のラインナップの中には入っていません。  もちろんこの本は子供時代に読んだんだけど、どんなお話だったか今ではすっかり忘れちゃっている(主人公がオオカミ少年だったことはボンヤリと覚えているけど)ので、この機会に再読しておこうと思っちゃったっていうわけです。


今月の趣味のお買い物

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昨日、退院したダーリンを連れてLothlórien_山小舎に戻り、車から荷物をおろして山小舎に運び込み玄関を閉めようとしたまさにその時、「くろねこヤマトの宅急便」の車が我が家の前を通りました。  このあたり、我が家の玄関の前の道にヤマト便のトラックが走ったらその8割がたが我が家への配達であるぐらいの頻度でしかそのトラックを見ることが少ないので、ちょっと様子を見ていたら案の定そのトラックは我が家の玄関前を通り過ぎ、敷地の境界にある駐車場への私有連絡路で方向転換をしています。  ここでこのトラックが方向転換をする場合にはほぼ100%、我が家へのお届け物です。

そこで玄関を開けっ放しにしたままシャチハタを手に待っていると、案の定Uターンして戻ってきたトラックが今度は玄関前で停まりました。  ほぼ顔なじみになってしまい、携帯電話の番号まで交換している(たまたま配達に来たとき留守だった場合の連絡用)ヤマトのお兄ちゃんがニコニコしながら車から降りてきて、

「こんにちは~。  今日は KiKi さんにお届け物ですよ~。  ちょっと待っててくださいね~。」

と朗らかにおっしゃいました。  心当たりは1つだけ、でもネットでそのお店に注文を出してからまだたった2日。  お店の方が注文を認識されたのが17日の夜遅くだったことはやり取りしているメールから明らかだったので、「いったいどこから、何を?」とちょっと不思議な気分でお兄ちゃんが目当ての箱を運び出すのを待ちました。  すると

「はい、KiKi さん宛、xxxさんからのお届け物です。」

と仰る、そのxxxさんとはまさに17日の夜遅くに KiKi の注文を認識されたばかりのネットショップでした。  思わず宅急便のお兄ちゃんに

「え~!  もう??  はっや~い」

と言うと、お兄ちゃんは宅急便のサービスを褒められたと勘違いしたのか

「いえいえ、普通ですよ。  あ、又よろしくお願いします。」

なんぞと仰ります。  まあ、的外れな相手に的外れな感想を先に言ったのは KiKi の方ですから、そこはニッコリ笑顔を返して「あ、こちらこそよろし・・・」と尻切れトンボ的な返答をしておき、早速、箱を開けてみました。 

すると KiKi が約半月もの間、買おうか買うまいか悩みに悩んだ末に注文メールを出した様々なグッズが次々と箱から姿を表しました。

  

久々の読書関連エントリー

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さて、半年に及ぶ実家での介護生活の間、ピタっとストップしていた読書関連エントリーですが、まだまだ落ち着くかどうか定かではないものの、とりあえずじぃじとばぁばの老人ホーム入居ということで、再開できそうな目処がたってきました。  この間、読書そのものは細々と続けてきたものの、とてもじゃないけどその感想を文章にしてアップするな~んていう精神的 & 体力的余裕のなかった KiKi です。

とりあえずここまでの読書を「2013年月別読書のまとめ」カテゴリーで振り返ってみるとこんな感じになっていました。


2013年1月の読書

2013年2月の読書

2013年3月の読書

2013年4月の読書

2013年5月の読書

2013年6月の読書


大半の読書が「北方水滸」のシリーズで占められていて、一部、大河ドラマ触発読書、司馬遼太郎作品なんかもあったわけですが、この「北方水滸シリーズ」の感想をアップしていないのが何とも悔やまれます。  ま、てなわけで、立て続けに・・・・・となってしまう嫌いはあるものの、ここから暫くの間は水滸伝の世界にどっぷり浸ってみたいと思っています。

まずはずっと積読状態にしてあった(子供時代に1度は読んだことはあるけれど)、岩波少年文庫の「水滸伝」からスタートし、まだ未読の北方作品「楊家将」&「血涙」も含めもう一度水滸伝を読み直したうえで感想をアップしてみたいと思っています。

認知症関連本2冊

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これまでにも軽~くこのブログでお話してきているのですが、KiKi の母親はアルツハイマーを患っています。  現在のところは父と母は2人暮らし。  日々の生活を支えているのは父親なんですけど、こちらは頭はしっかりしているし年齢の割には体もしゃんとしていて、ついでに言えば母がそんな状態なので「自分がしっかりしなければ!」という使命感も手伝って矍鑠としているんだけど、残念なことに片耳は突発性難聴でほとんど聞こえず、もう片方もかなり聞こえにくいという状態です。

だから KiKi が定期的に電話をしていても、片方は耳が聞こえないから電話が鳴っていることに気が付かない、もう片方は電話が鳴ったら出なければならないという意識がほぼなくなりつつあるという状態で、繋がらないことが頻繁になってきてしまいました。  これまでは可能な限り2人で頑張ってもらおうということで、KiKi も東京での「落ちこぼれ会計人生活」やら田舎での「なんちゃって農家暮らし」を堪能させてもらってきたのですが、そろそろ同居を考えなければならない状態に陥りつつあります。

幸いなことに旦那さんはこの同居話には KiKi 以上に前向きで、自分が自分の親にしてあげられなかったことをするんだと言ってくれています。  ま、てなわけで、来年のどこかの時点で「同居プロジェクト」がキックオフされそうな気配がプンプンと漂ってくるようになりました。  そこで、その準備の一環として・・・・・ということでもないんですけど、吾妻郡図書館から「認知症関連本」を2冊ほど借り出してきました。

死ぬまで絶対ボケない頭をつくる!: この「欲」をかき続ける人にボケる人はいない
著:松原英多  三笠書房

51F2Q3O1ynL._SL160_.jpg  (Amazon)

365日「満足生活の人」はこうして頭を守っている!  ー ボケは自分の力で防ぐしかない!  体の病気・故障は薬や手術で治せる。  しかし、頭の病気は残念ながらそうはいかない。  だからこそ、ボケは自分の力で防ぐしかないのだ。  何も、特別なことをする必要はない。  若い頭を保つ「簡単で確実な方法」こそ、ボケる人とボケない人の命運をわけているのである。  (単行本扉より転載)

認知症介護に行き詰まる前に読む本 「愛情を込めたウソ」で介護はラクになる
著:多賀洋子  講談社

41mx9H5OEvL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

底知れぬ不安で混乱した認知症の人に、穏やかで幸せな日々を過ごしてもらうにはどうしたらいいのか?  「ウソつき」になることで、認知症の人と介護家族の苦しみがスッと軽くなる!  (単行本帯より転載)

1冊目は母方の祖母や母の認知症を間近に見てきて、確実に自分には「ボケの遺伝子」(なんていうものがあるとしたら・・・・だけど)が引き継がれていることが予想されるため、何とかそれを食い止める手段を今のうちに講じておきたいと考えたために借り出した本です。  そして2冊目は近い将来認知症介護を始めることになることが想定できるため、その準備をしておこうということで借り出しました。

どちらも貪るように読んじゃったけれど、個人的には1冊目はあんまり感心しなかったかも・・・・です。  もちろんこの本で紹介されている「予防策」は今後かなり意識していくことになるだろうけれど、そもそも本人に身につまされるような切迫感がない状況で読んでいるうえに、何となく話の持っていき方の「ワイドショー的」な大雑把さやら、どうでもいい類の話のくどさみたいなものにちょっと辟易とさせられちゃった感も無きにしも非ず・・・・・(苦笑)でした。

対して2冊目の方は KiKi 自身の緊急度が高いうえに、実際にご主人の認知症介護をなさっていらっしゃる方の体験談ということもあって、かなり納得させられながら読み終えた・・・・そんな印象です。 

先週、約1週間という時間を東京で過ごさなければいけなかった KiKi はどんな本を持っていくか、結構悩みました。  Lothlórien_山小舎に帰る時に、ただでさえ荷物が多いのにかさばるのは嫌だから、さらっと読めちゃうような本は避けた方がいいだろうし、かと言ってハードカバーの本では重いし・・・・。  ま、本来ならそんな時のための電子書籍のはずなんだけど、以前にもこのエントリーで書いたように、印刷コストも流通コストもさらには在庫コストもかからないはずの電子書籍が普通の本と同じ値段で売られていることにどうにも割り切れない想いを抱えている KiKi としては、あらたにソフトを購入する気さえ起きません(苦笑)

ま、そんな中選んだ1冊はまさにその電子書籍リーダーを購入した際に「お試し版」として最初の何ページかが初期値で入っていたこちらです。  巷ではイシグロの最高傑作との呼び声も高かったので、随分前に KiKi は購入してあったんですけど、何となく読まずに放置しちゃってあるのを思い出しちゃったんですよね~。

わたしを離さないで
著:K.イシグロ  ハヤカワepi文庫

41H0RqxVxyL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。  キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。  キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。  図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度・・・・・。  彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく ― 全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。  (文庫本裏表紙より転載)

ちょっと不思議な、そして考えさせられることの多い小説でした。  でも、この物語で描かれている世界そのものについて言うなら、KiKi はあんまり感心しなかったかも・・・・・です。 

物語は1990年代のイギリスを舞台に、臓器提供のために生み出されたクローン人間というちょっとSFもどきな存在によって展開されています。  主人公で語り手のキャシーをはじめとする友人たちは世間とはちょっと隔離された施設ヘールシャムで育てられ、成長するとまずは既に臓器提供をしたクローン人間(提供者と呼ばれるらしい)の介護者として外の世界に巣立っていきます。  そしてその介護生活を終えると今度は自分自身が「提供者」となっていきます。  

優秀な介護者として活躍するキャシーがその介護活動をして英国内をあちらこちら走り回りながら出会う風景から過去を追想し、ところどころ自分の主観を交えた(つまりは彼女に都合よく捏造・歪曲された)記憶を語るというスタイルをとっているのですが、その語り口に何とも言えない歯切れの悪さみたいなものを感じながら読み進めました。  長々と語られる個人的思い出話には、思春期に近付くにつれて普通だったら現れてくるだろう葛藤とか自己嫌悪といった情緒の変化・混乱といった要素が乏しく、これもまた施設の閉鎖性を表すエピソード もしくは語り手の信頼性を落とすための仕掛けなのかもしれないけれど、正直なところ読んでいてちょっと辟易としました。


暮しの老いじたく 南和子

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ちょっとブログ更新が滞ってしまいました。  実は KiKi は11月末に、入籍をして姓が変わったため、健康保険証の再発行、年金手帳の改名、運転免許証の改名、銀行預金口座やらクレジットカード、東京のマンションの公共料金やら通信環境、携帯電話やらモバイル通信機器というありとあらゆるモノの改名手続をしなくてはならなくなって、急遽上京することになったのでした。

なまじ KiKi は50を過ぎるまで戸籍上は独身で、世帯主としてそれなりの生活を営んできていたということもあって、普通にヒトが家庭生活を営んでいると必要となるありとあらゆるモノを旧姓で契約しているので、この改名手続き、半端な数ではありません。  もっと言えば、ダンナさんはLothlórien_山小舎に住民票も移して身も心も公記録登録上も村人となっているのですが、KiKi はちょっとした理由があってまだ住民票を東京に残しているので、普通の新婦さんであれば「解約してお終い」となるはずのモノを含めて全てを改名しなくちゃいけません。

そしてそれらについて回るのが「銀行口座自動引き落とし」とか「クレジットカード払い」の契約で、銀行口座も改名、キャッシュカードも再発行、クレジットカードも改名・再発行となるため、まるでどこかの会社のシステム導入プロジェクトの如く、ガントチャートまで作って「このタスクはこれが完了して初めて着手」というような進捗管理をしつつ(← こういうところに前職の癖が滲み出る ^^;)の作業になりました。  約1週間をかけて都内をあちこち駆けずり回って、金曜日の夕方にはLothlórien_山小舎に戻ってきたのですが、未だに作業が全部終わっているわけではありません。  ふ~ぅ、面倒くさい!!!

ま、てなわけで読書の方もなかなか進まなかったのですが、あちこち走り回っている合間合間(というよりは手続きする際に訪れた先々で待たされている間と言うべきか)に読了したのがこちらです。

暮しの老いじたく
著:南和子  ちくま文庫

51ETZTR2F6L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

老いは突然に、坂道を転げ落ちるようにやってくる。  その時になってあわてないために今、何ができるか?  トイレやお風呂、食事の支度といった基本的な暮し方の知恵から、生活を助けてくれる道具の選び方・使い方、思い出整理のちょっとしたアイディアまで、具体的な50の提案。  (文庫本裏表紙より転載)


あばれはっちゃく 山中恒

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随分前に岩波少年文庫に収録されている「ぼくがぼくであること」を読んでとても気に入ったので、長年ず~っと食わず嫌いをしていて、かつてドラマ化もされたことがあるこちらを読んでみました。

あばれはっちゃく
著:山中恒  理論社

515SQPJSKML._SX230_.jpg  (Amazon)

わがあばれはっちゃくこと桜間長太郎はズルくてヘンクツな大人を見るとガゼン闘志がわいてくる。  子どもだと思って油断しているテキをむこうにまわして、ギャフンとイッパツ大作戦。  (単行本扉より転載)

KiKi の子供時代、腕白坊主が主人公の物語っていうのはどうも苦手でした。  どちらかと言うと優等生で大人好きのする子供だった KiKi にとって、男の子の「男の子らしさ」みたいなものは好感が持てるような類のものではなく(どちらかと言うと鬱陶しかった ^^;)、恐らくクラスメートにはっちゃくみたいな子がいたら、できるだけ関わらないでいようとしちゃったように思います。  

でも月日の流れというのは恐ろしい(?)もので、昔だったらどちらかというと「関わらないようにしよう」と思っちゃっていたような子が今の KiKi には微笑ましくてたまらない・・・・・(笑)。  勉強ができないところも、いつもいたずらばかりしているようなところも、時に泥だらけ鼻水だらけという決して美しいとは言えないような風貌も、頭のてっぺんにあるはげに至るまで「可愛いなぁ」と思うのですよ。

子供時代には見えなかった(というより見ようとしなかった)、はっちゃくの奥底にある優しさ、正義感みたいなものがしみじみと感じられるようになったっていうことなんでしょうねぇ。  はっちゃくがかっこいいのは弱い者いじめをしないところです。

昨日は我が高山村の伝統文化の1つ、国登録無形民俗文化財である「尻高人形」の定期公演でした。  本来なら今日のブログのエントリーはこの人形浄瑠璃の観劇 Review になる予定だったのですが、残念なことに撮影してきた写真映像がどれもこれも暗すぎてちょっと情けないことになっちゃっていることに加え、定期公演会場がと~っても寒くて、結果的に最後まで観劇できなかった(ラストから2つ目までは我慢していたんだけど、最後の演目だけは寒さに挫けて断念してしまった)ということもあって、今日のエントリーは読書記録と相成りました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

わたしたちが孤児だったころ
著:K.イシグロ 訳:入江真佐子  早川書房

51Q7Q5X12WL._SX230_.jpg  (Amazon)

1990年代初め、上海の租界で暮らしていたクリストファー・バンクスは十歳で孤児となった。  貿易会社に勤める父と、強い倫理観をもつ美しい母が、相次いで、謎の失踪を遂げたのだ。  どうやら、当時問題となっていたアヘン貿易絡みの事件に巻き込まれたらしかった。  以来、イギリスに戻り、探偵を志してきたクリストファーは、名門大学を出て念願の探偵となり、ロンドンの社交界でも名を知られるようになった。  いつかこの事件を解明し、両親を探し出したいと願い続けてきた彼は、日中戦争が勃発し混迷をきわめる上海へ舞い戻るが・・・・・。  現代イギリス最高峰の作家が、失われた過去と記憶への旅をスリリングに描く、至高の物語。  (単行本裏表紙より転載)

日本生まれ、英国育ちのカズオ・イシグロという作家のことを初めて身近に感じたのは早川書房が2001年に刊行した「ハヤカワepi文庫」が書店に並び始めた頃でした。  それまでもブッカー賞受賞作家として名前だけは知っていたものの、単行本はお値段が高いうえマンションの既に満杯になっている本棚に入る余地もなく、どちらかというと「気にはなりつつもスルーしている作家」という位置づけでした。

「ハヤカワepi文庫」にカズオ・イシグロ作品が含まれていることを知った時、できれば全冊揃えたいなぁとは思ったんだけど、同じ epi文庫に「グレアム・グリーン作品集」が含まれていたということもあって、結局入手したのはブッカー賞受賞作である「日の名残り」ともう1冊のみで、今日に至るまで未読のままきてしまいました。  KiKi にとってグレアム・グリーンは大学時代にゼミで扱われた「思い出の作家」だったために、イシグロさんよりは優先順位が高かったんですよね~(苦笑)

その後、カズオ・イシグロという作家のことはちょっと忘却の彼方にあったんですけど、昨年末、電子書籍リーダーを購入し、購入時にサンプルとして入っている無料の抜粋版の書籍の中に「わたしを離さないで」があり、それを見たのを機に「そう言えば彼のことは気になっていたけど、『日の名残り』以外は未読だったなぁ」と思い出し、どうせなら彼の作品をこれを機会に読んでみようと思い立ちました。  そして、先般吾妻郡図書館でこの本を見つけたので、手持ちの epi 文庫に先駆けてまずはこの作品を読んでみようと思うに至りました。     

吾妻郡図書館から借り出してきた本2冊目を読了しました。  こちらはたまたま書架で見かけ、表紙の絵の雰囲気とタイトルに惹かれて「お試し気分」で借りた1冊です。

古書店めぐりは夫婦で
著:L.&N.ゴールドストーン 訳:朝倉久志  ハヤカワ文庫

61D2Y3H2C5L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

あなたは誰かに本を贈る時、古書店に行きますか?  古い本なんてとんでもない、新刊本を買うに決まってる?  わたしたち夫婦もそう思っていました。  誕生日の贈り物に決めた『戦争と平和』が、地図や美しい挿絵も付いてたった10ドルで古書店で買えると知るまでは。  こうしてボストン、シカゴ、ニューヨークへと果てなき古書収集の旅が始まったのです ― 古書・稀覯本の世界に魅せられた夫婦が繰り広げる、心躍る宝探しの旅。  (文庫本裏表紙より転載)

KiKi が日本人でよかったなぁと感じることの1つに所謂廉価版書籍(文庫とか新書とか)の装丁が案外しっかりしていることが挙げられます。  そしてそれらの廉価版書籍のお値段が比較的安易に手が届く範囲にあることも・・・・・。  それと比較するとアメリカなんかのペーパーバックと呼ばれる本は紙質はわら半紙をちょっとよくした程度、背表紙の糊付け部分は見るからにいい加減で、ちょっと扱いを間違えるとバラバラと分解してしまいそうな印象があります。

もちろん海外の、センスの良いインテリアにも似合いそうな革装丁の本なんかを見ると、それに憧れる気分も多分に持ち合わせてはいるんだけど、そういう高価な本の場合、先祖代々の遺産として残された蔵書でもない限り、自力でそこそこのコレクションを持とうな~んていうことを目論むのは夢の又夢という気分になり萎えてしまいます。  ところが我が日本国の場合、古今東西あらゆる名著と呼ばれる本を二世代ぐらいは持ちそうな品質の本で揃えることは、手が届く範囲の収集と言えるような気がします。  そう、実際にはそれであってさえもそこそこ難しいことではあるけれど、この「気がする」と感じられることが重要だと思うんですよね。

まあ、逆に言えば、結局はそんな手近なところにある文庫本をせっせと収集するのが一般的な「愛書家」の限界で、そんな愛書家の死後、遺族が残された書籍を処分するにしてもブックオフあたりに持ち込んで二束三文で流通していってしまうことが表層的な文化しか根付かない一因になってしまう部分もあるのかもしれませんけど・・・・・・ ^^;  

Rook で作った本棚

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本が好き! の新サービス;Rook (と言ってもずいぶん前だけど)から、そのサービスで KiKi が作った本棚がブログに貼り付けられるというメールを頂戴しました。  どんな風になるのか試してみたくてこのテストエントリーを書いています。  本当だったらサイドバーに置くブログパーツとして貼り付けてみたいところなんだけど、まずはエントリーとして置いてみたいと思います。

これまでに5つか6つほど本棚を作っているんだけど、せっかくエントリーに載せる以上、見た目が美しいのがいいなぁ・・・・。  

ま、てなわけで以下の3つを載せてみます。


1)本棚にあるだけで幸せな気分になる美装丁本



2)本棚にあるだけで幸せな気分になる絵本


3)どうしても捨てられない本棚ふさぎのマンガたち


な~るほど、こんな風に貼り付けられるのか・・・・・。  次はサイドバーでもテストしてみたいと思います♪  

日の名残り K.イシグロ

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光文社古典新訳文庫に収められている「シェイクスピアもの」を読み続けてきたのですが、戯曲が続いたのでちょっと普通の小説が読みたくなってきてしまいました。  何を読もうか選別している中で、「高慢と偏見」「嵐が丘」とカントリー・ハウスものが続いたので、同じ系統で進んでみようかな・・・・な~んていうことを思いついちゃいました。  で、カントリー・ハウスもので、手持ちで、まだブログエントリーを書いていなくて・・・・・と取捨選択しているうちに辿りついたのが本日の KiKi の読了本です。

日の名残り
著:K.イシグロ 訳:土屋政雄  ハヤカワepi文庫

51XAP48A79L._SX230_.jpg  (Amazon)

品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。  美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。  長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。  失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。  (文庫本裏表紙より転載)

思い起こせばこの物語はほんのちょっとした偶然から KiKi の蔵書となった1冊でした。  大学3年生の時、専攻していたゼミで「G.グリーン」に取り組み、その当時は和訳本はハードカバーの「G.グリーン全集」しかなかったのが、ハヤカワepi文庫という新しい文庫シリーズにはかなりの作品が網羅されていることを何かのきっかけで知ったんです。  で、ちょっとした懐かしさも手伝って池袋のジュンク堂にそれらの「G.グリーン作品集」を「大人買い」をしに出かけたら、ついつい他の本にも目移りしちゃってねぇ・・・・・。

で、結局その時購入したのは「G.グリーンの作品」のみならず、「A.クリストフ」を3冊(当時はまだ2冊だったかもしれない)と、この「K.イシグロ」を2冊、他にも何か購入して結果1万円超のお買いものになりジュンク堂特製の緑色のバッグを Get したことを今でもよ~く覚えています。  その後そのバッグ欲しさ(← これが結構しっかりしているバッグで使い勝手がよい!)にジュンク堂でのお買い物は常に1万円ちょっとを狙ったものでした(苦笑)

その時の読書は「A.クリストフ」→「K.イシグロ」と進み(肝心要の「G.グリーン」の方は未だに再読していなかったりする ^^;)、どちらの作家にも深く感銘を受けたことをよ~く覚えています。  特にこの「日の名残り」は、これから KiKi 自身がどんな風に生きていこうかと考え始めた時期と重なっていただけに、心に深く残りました。   

先日読了したこちらの本が連作物語の第2作だったことを知り、その第1作に興味を持ったためこちらも読んでみました。

修道院の第二の殺人
著:A.ナイト 訳:法村里絵  創元推理文庫

61dxsFmufnL._SX230_.jpg  (Amazon)

煙ただよう古都(オールド・リーキー)、ヴィクトリア朝エジンバラ。  パトリック・ハイムズは修道院で働く妻と、そこの学校の教師だった女性を殺した罪で絞首刑に処された。  しかし、彼は妻の殺害は認めたが、第二の殺人は頑として否認したまま死んだのだった。  彼の最後の訴えを聞いたファロ警部補は、新米医師である義理の息子のヴィンスと再捜査を始める。  歴史ミステリの大家が贈る、軽快な犯人捜し!  (文庫本裏表紙より転載)

う~ん、この第1作はかなりビミョーな作品かもしれません。  少なくとも KiKi はこの第1作を先に読んでいたら、こちらの第2作「エジンバラの古い柩」には手を出そうと思わなかったかもしれません ^^;  物語の舞台をエジンバラに於いているということ、シェイクスピア劇をふんだんに盛り込んでいるということ等々、KiKi にとって美味しい要素となりうるパーツは満載なんだけど、何かこううわっすべりな感じがする物語だったような気がするんですよね~。

「ヴィクトリア朝時代のエジンバラ」、しかも事件の舞台は「修道院」ということから KiKi が勝手に期待していた趣みたいなものがほとんど生かされていないお話になっちゃっているような気がするんですよね。  その時代特有の雰囲気・香りみたいなものが全くといっていいほど漂ってこない・・・・・と言いましょうか?  捜査手法がクラシカルなことを除くとこれが現代を舞台とする物語であっても全然困らないような描き方しかしていないように感じられちゃったんですよね~。  

繕いものの本 2種

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先日もこのエントリーでお話したとおり、現在 KiKi の手元には何とか繕って履き続けたい「かぎざき付き(?)の作業ズボン」があります。  ところが、それを繕う方法論を全くと言っていいほど持ち合わせていない KiKi。  そういう人間がまずすることは何か?と言えば、参考になりそうな資料を探すことです。

「このインターネットの時代、そういう情報はネットにだったら溢れんばかりにあるはず!!」と思ってあれこれ検索してみたのですが、「繕い物屋さん(要するにお金をとって繕いものをしてくれるところ 『かけはぎ屋さん』と呼ぶべきか?)情報」はヒットするものの、なかなかDIYでの情報を見つけることができませんでした。  しからば致し方なし・・・・・とばかりに、Amazon で見つけた2冊の本(但し、正価の本ではなく、Market Place での古本)をポチっと購入。  その2冊を読了しました。

繕いノート
編:勝屋まゆみ  文化出版局

51xDtnpdkYL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

大切にしているのにシミや虫喰いができたり、ちょっとくたびれてきた服やハギレをチクチク運針で補修。  アイディアのきいたステッチや簡単リメークで楽しくよみがえらせる、現代版、繕いの本。  (Amazon より転載)

おうちでかんたん! 服のお直し便利帳
監修:佐藤壽乃  大泉書店

516fFXOBcXL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

このての本を本屋さんで購入する場合は、購入前にじっくりと中身を見て、自分にとっての見易さ、わかりやすさを基準にどれか1冊を選んで購入する・・・・という買い方が正道だと思うんだけど、ネットで購入する際はそのチェック・プロセスがない分、「当たり」「外れ」があると思うんですよね~。  ま、だからこそ正価で購入しないで中古本を2冊という、ある意味保険をかけたような買い方をしてみました。

で、結論からすればこの「保険掛け」、大正解だったみたい(笑)  KiKi にとっては前者は「外れ」、後者は「大当たり」の本だったと思います。  実はね、今回最初に見つけた「繕いもの本」は前者が先だったんだけど、Amazon の内容紹介に書かれている「現代版、繕いの本」という言葉にちょっとひっかかるものを感じたんですよね~。  

「現代版」な~んていう枕詞がつくっていうことは、ある意味で「オシャレ」を意識したものであることが想定できちゃう上に、「オシャレ」を感じるための重要な要素に「センス」っていうやつがあると思うんだけど、この「センス」、万人に共通するセンスっていうのはあんまりないんじゃないかなぁと KiKi は思っているんですよ。


物語は東京裁判へ。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

二つの祖国(3)
著:山崎豊子  電子書籍

51jwNsUi9eL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)   (Sony Readers)

終戦の翌年、極東国際軍事裁判が始まり、賢治はモニター(言語調整官)として法廷に臨むことに。  戦勝国と敗戦国、裁く者と裁かれる者、そのいずれもが同胞だった......。  重苦しい緊張の中で進行する裁判の過程で、自らの役割に疑問を抱き始める。  家庭では妻との不和に悩まされ、次第に追い詰められてゆく賢治は、日本で再会した加州新報の同僚・梛子に、かけがえのない安らぎを感じていた。  (Sony Readers より転載)

20年以上前、この本を初めて読んだ時の衝撃はこの「東京裁判」のシーンでした。  戦後教育の中でこの東京裁判に関しては学校でほとんど学んだことがなく、端的に言ってしまえば「大戦後、アメリカの占領下の日本で戦犯を裁く『東京裁判』が行われ、A級戦犯とされた28名のうち7名が絞首刑に処せられた」ということぐらいしか知らなかった KiKi にとって、この物語で描かれた東京裁判のシーンは初めてその裁判がどんなものだったのかを考えるきっかけとなったものでした。

そして当時の KiKi は戦勝国が敗戦国を裁くということに潜むある種の「不公平感」を強く感じ、同時に「原発投下を人類がどう評価すべきか?という極めて重要な問題に関してうやむやにしてしまった残念な裁判」という感慨が強く心に残った物語でもありました。  でも、当時の KiKi はそこから更にこの裁判のことやらA級戦犯のこと、ひいては「戦争責任とは何ぞや?」という問いに関して深く追求してみようとまでは思わず、バブル景気に沸くあの時代の東京の浮かれ騒ぎの中にあっという間に埋没していってしまいました。

その後、再びこの裁判に関して KiKi の関心がクローズアップされたのは時の首相・中曽根さんが靖国神社を参拝したことを契機に「靖国問題」がマスコミで大々的に取り上げられた時でした。  でもその頃はペーペーのサラリーマンだったために正直なところ自分のことで手一杯で、歴史を振り返るような余裕はなく、やっぱりあんまり深くは考えることもなく時が過ぎていってしまいました。  ただ、いつかはこのことをしっかりと知り、自分なりの立ち位置を明確にできるぐらいに熟考してみる必要があるだろうというある種の義務感のようなものだけはしっかりと心の中に残ったように思います。

そうであればこそ、その後さらに月日が流れ、このDVD(↓)が発売されるとすぐに購入し、「いつか時間がある時にじっくり見よう」と KiKi の DVD Library に大切に保管することになったのだろうと思います。  購入直後にこれを見なかったのは偏にあまりに長すぎたこと。  と、同時に日中戦争及び太平洋戦争に関する自分自身の知識のなさがあまりにもひどすぎて、「見てもどうせわからない・・・・・」という諦めのようなものが働いていました。  

東京裁判
監督:小林正樹  講談社

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第2次世界大戦後の昭和23年に、東京・市ケ谷の旧陸軍省参謀本部で開廷された極東国際軍事裁判。  '東京裁判'と呼ばれた、この裁判の模様を収めたドキュメンタリー。  (Amazon より転載)

因みに KiKi が持っているのはこちらのバージョン(↑)なんですけど、その後これは廃盤になり、現在ではトールケース仕様のこちら(↓)が現役バージョンになっているようです。

41B3E14XDCL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

第二次世界大戦後の昭和23年、東京都市ヶ谷の旧陸軍省参謀本部において開かれた「陸軍国際軍事裁判」。  俗に「東京裁判」として知られるこの裁判の模様を収めた米国防総省の記録フィルムを基にしたドキュメンタリー映画。  トールケース仕様で再リリース。  (Amazon より転載)

とうとう関東地方も梅雨入りしたみたいですね。  Lothlórien_山小舎は本日もどんよりとした曇天に覆われています。  山の空気もどことなく湿り気を帯び重苦しく、いつポツンと雨粒が落ちてきても不思議じゃなさそうな風情です。  それでも今のところ鳥たちがチュンチュンと囀っているあたり、もう暫くはこのままドンヨリとしたお天気が持つのかもしれません。  

鳥っていうのはなかなか不思議な生き物で、もっとお天気の良い日であれば数多くの種類の鳥の鳴き声が山小舎周辺に響き渡るんですけど、今日のようなお天気だと囀る品種がぐっと限られてくるみたい・・・・・。  そして雨が降り始めるとパタリと囀り声が止んでしまうんですよね~。

ま、いずれにしろ梅雨に入ったということは夏が近いということであり、夏が近いということはあの「終戦記念日」が近いということであり、もう間もなくするとTVはどのチャンネルを回しても「戦争特集番組」のオン・パレードということになるのではないかしら??  そうなってしまう前にせっかく「不毛地帯」を読了したということもあるので、この際、山崎豊子女史の「戦争三部作」を制覇してみようと思い立ちました。  ま、たまたま電子書籍で大人買いしてあったということもあるんですけどね(苦笑)  てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

二つの祖国(1)
著:山崎豊子  電子書籍

51+dkb5wzIL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)  (Sony Readers)

アメリカに生まれ、アメリカ人として育てられた日系二世たち。  しかし日米開戦は彼らに、残酷極まりない問いを突きつけた。  アメリカ人として生きるべきか、それとも日本人として生きるべきなのか――。  ロサンゼルスの邦字新聞「加州新報」の記者天羽賢治とその家族の運命を通して、戦争の嵐によって身を二つに裂かれながらも、真の祖国を探し求めた日系米人の悲劇を描く大河巨編!  (Sony Readers より転載)

この本も「不毛地帯」同様に約20年余りの年月を経ての再読本です。  初読当時の KiKi は英国文化に憧れ、必死になって英語を学び、その延長線上で米国にも興味を持ち始めていた時期で、どちらかというと「羨望のまなざし」をもって米国を眺め、手前勝手に美化したイメージに憧れていた時代でした。  当時の KiKi にとって英国と米国は同じ英語(実際にはちょっと違うけれど)を話す国というだけではなく、この両国は歴史の中で世界をリードした国という共通点もあり、それだけでも「目指すべき1つの(2つの?)指標となるべき国」というようなイメージを持っていました。

もちろん知識として第二次大戦における我が国の敵対国であったことも、その戦争のさなかに日系人の迫害の歴史があったことも、聞きかじってはいたけれど、それは身に沁みるような感慨を持つ出来事ではなく、言ってみれば歴史の教科書に書かれている活字以上の意味は持たない史実に過ぎなくて、そこで生きた人々の「想い」にまで想像力が及ばない出来事でした。

そこに「ガツン」と鉄槌を振るったのがこの物語だったことだけはよ~く覚えています。  この物語を読んだとき初めて KiKi はそこに生きた人間の抱えていた苦悩を知ったような気分になったものでした。  そして、自分が歴史に学んでいない人間である証左は、この「その時代に生きた人々の想いに無関心であること」に顕著に表れていると反省したものでした。

本が好き!で献本いただいた2冊目を読了しました。  感謝 kiss1.gif

社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!
著:ちきりん  大和書房

51p+2JJK+AL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

メディアで流れる世界のニュースは本当なんだろうか?  私が今信じているこの価値観は世界でも通用するのか?  自分のアタマでよーく考えてみよう。  世界はすでにつながってしまった!

円高は悪いこと? → 自国の通貨が評価されるのはいいことじゃない?
若者の海外旅行離れ? → 日本が楽しくていい国になったからでは?
寄付文化が定着しないのは? → 富の再配分を個人に委ねたいの?  (帯より転載)

著者はかなり有名なブロガーさんらしいです。  残念なことに KiKi は彼女のブログを読んだことがなかったのですが、この本を読んでちょっと興味を持ったので巻末に記載されていた彼女のブログを早速 BlogPeople の Link に設定しました。  ま、そんな行為に走ったということ自体が、結構この本を楽しむことができた証左なんじゃないかと思います。

著者が若い頃から20年以上をかけて訪問された50か国以上の国々への旅行を通じて考えたこと、感じたこと、頭ではなく肌感覚として理解したことが読みやすい文体でゆる~く書かれた読み物だったと思います。  文体や訪問先での時代背景の記述あたりから類推するに、恐らく KiKi とはほぼ同世代の女性なんじゃないかしら??

KiKi 自身が若かりし頃に「今のうちにここを見ておきたい!」と思いつつも、結局はいろんな事情で見に行くことができなかった国々のお話(特に共産圏の国々とか、イスラエルとか、東西分断時のベルリンとか)が特に興味深かったです。  あの頃、興味を持ち、旅行計画までは立てたものの結局は様々な要因で断念したことが残念であり、今では変貌してしまっていてもはや見ること・感じることができなくなってしまった空気・・・・みたいなものを彼女の記述から感じ取り、一抹の寂しさと同時にそれを体感してきた著者への羨望がチクリと胸を刺しました。  まさに著者が仰るように、「実際にそこ(特定の場所)をいつ訪れるかということは、想像以上に重要なこと」だなぁ・・・・と。

    

昨日から KiKi は東京に来ています。  たまたま知り合いから某社でのプロジェクトのコンサルタントとしての仕事のお誘いがあり、ちょうど農業器具(例えば中古のトラクターとか中古のコンバインとか)が欲しいけれど貯金をはたくのは勿体ないなぁ・・・・な~んていうことを考えていたタイミングだったので、とりあえずどんな仕事になりそうなのか、その会社がどんな会社なのかを知る(相手にとっては KiKi という人間を知る)ための打ち合わせに参加するために上京しました。  で、群馬→東京への移動があったっていうことは、そこに潤沢な読書タイムがあったということになるわけで、農繁期にも関わらず、一挙に2冊を読了しちゃえる時間が持てちゃったっていうわけです(笑)  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~
著:三上延  メディアワークス文庫

51gLuGWoTaL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

鎌倉の片隅でひっそりと営業をしている古本屋「ビブリア古書堂」。  そこの店主は古本屋のイメージに合わない若くきれいな女性だ。  残念なのは、初対面の人間とは口もきけない人見知り。  接客業を営む者として心配になる女性だった。  だが、古書の知識は並大低ではない。  人に対してと真逆に、本には人一倍の情熱を燃やす彼女のもとには、いわくつきの古書が持ち込まれることも、彼女は古書にまつわる謎と秘密を、まるで見てきたかのように解き明かしていく。  これは"古書と秘密"の物語。  (文庫本裏表紙より転載)

ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと謎めく日常~
著:三上延  メディアワークス文庫

51a93HRP0-L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

鎌倉の片隅にひっそりと佇むビブリア古書堂。  その美しい女店主が帰ってきた。  だが、入院以前とは勝手が違うよう。  店内で古書と悪戦苦闘する無骨な青年の存在に、戸惑いつつもひそかに目を細めるのだった。  変わらないことも一つある ― それは持ち主の秘密を抱えて持ち込まれる本。  まるで吸い寄せられるかのように舞い込んでくる古書には、人の秘密、そして想いがこもっている。  青年とともに彼女はそれをあるときは鋭く、あるときは優しく紐解いていき―。  (文庫本裏表紙より転載)

とってもサラサラと読めちゃう本でした。  本好きの人にとっては「古書堂」という響きと言い、その古書堂が営まれている場所が鎌倉であるという舞台設定と言い、1章1章のタイトルに本の名前がついていることと言い、ちょっと見かなり魅力的に映る本だと思います。  実際 KiKi も評判の良い本だと聞いていたということもあったけれど、そのあたりに惹かれてブックオフで迷わずお買い上げ~となっちゃった本ですから(苦笑)

でもね、読了してみた今、ものすご~く正直に言うと、何とも言えない中途半端感が漂う物語だなぁ・・・・・と感じちゃうんですよね~。  ライトノベルっていうのはこういうものなのかもしれませんが・・・・・・。  

読書関係のブログをお持ちの皆さんのブログにお邪魔していて何度も拝見していた「本が好き!」サイト。  遅ればせながら、KiKi も登録してみることにしました。  こちらではかなり熱心に「献本キャンペーン」が開催されている模様です。  以前からお世話になっている「読書メーター」にも「献本キャンペーン」はあるみたいなんだけど、どうやら twitter からの申し込みが必須になっているみたいで、今さら「つぶやき」に参加する意思のない KiKi には応募するチャンスさえなかったけれど、どうやら「本が好き!」の方はネットで応募の申し込みができそうです。  ま、てなわけで参加してみる決心をしてみたのはいいんだけど、どうやらサイトに登録しただけでは「献本キャンペーン」には参加できず、ある一定数量の Review をアップする必要があるみたい・・・・・・。

ま、てなわけで、昨日からこのブログに溜まっている(?)これまでの読書 review をせっせとそちらに転載する作業に没頭しております(笑)  今、献本キャンペーンで紹介されている本の中には「是非に!」と熱望する本はないんだけど、「これ!」という本が出てきた際に応募できないのではちょっと寂しいですからねぇ・・・・・。

それにしてもこの手のサービスって今では本当に多いんですねぇ。  KiKi は今、読書記録を「読書メーター」、「ブクログ」、「メディアマーカー」の3つ & ここ、Lothlórien_Blog でつけているわけだけど、これに新たに「本が好き!」が入ると4つもメンテしなくちゃいけなくなります。

「本が好き!」以外のサイトでは「積読本」の管理までしているわけだけど、同じだけの登録を「本が好き!」でもう一度しなくちゃいけないとなると気が遠くなりそう・・・・・。  これらのサイトの使い方を1度きちんと整理して考えてみなくちゃいけないかもしれません。

ま、でもそれはさておき、今月に入ってからはまだ1冊も本の Review を書いていないんですよね~。  図書館で借りてきた八木壮司さんの「遥かなる大和」でどうも行き詰っていてねぇ・・・・。  決して嫌いなテーマじゃないはずなんだけど、読んでいるとすぐ眠くなっちゃうんですよね、この本。  どうも文体とかストーリーテリングが KiKi には合わないみたいで・・・・・。  やっぱり初心貫徹、児童書に戻ろうかしらんな~んていうことを考えている今日この頃です。

↑ このブログエントリーを書いている時点で、 Review の転載が終わっているのが58冊。  このブログの読書カテゴリーのエントリー総数が489。  内、月別のまとめのエントリー数が24。  漫画が39。  489 - 58 - 24 - 39 = 368。  ということで、後350本ぐらいはエントリーの転載をしなくちゃいけないことになりそう・・・・・。  う~ん、どれくらいの時間がかかることやら・・・・・(ため息)

幻の動物とその生息地 他

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今日は吾妻郡図書館から借り出してきた「ハリ・ポタ便乗本」2冊のご紹介です。  因みに KiKi はこの手の「便乗本」というやつがどちらかというと嫌いで、自分でお金を出して買ったことはありません ^^;  薄いうえに内容のほとんどない本ということであっという間に読了してしまいました(笑)。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本2冊です。

幻の動物とその生息地
著:N.スキャマンダー(実は J.K. ローリング) 訳:松岡祐子  静山社

51eR+OZv94L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ドラゴンや不死鳥など約80種の魔法生物の生態と危険度を示した「ホグワーツ校指定教科書」魔法生物の本。  ハリーが使っている教科書という設定で、ハリーやロンの落書きや書き込みもあるほか、著者自身による魔法生物のイラストもある。
大人気ベストセラー「ハリー・ポッター」に登場する、ホグワーツ魔法魔術学校の指定教科書。  ハリーと同じ教科書、ダンブルドア校長イチオシの1冊。  売上金は慈善団体に寄附されるハリー・ポッター特別基金を行っている。  (Amazon より転載)

こちら(↑)は便乗本とはいえ「ハリポタの著者」が作った本だし、言ってみれば「ハリポタ小道具」みたいな位置づけなので、内容はともかくまあまあ KiKi としても許容範囲(?)の本と言えるかもしれません。  そして、もう1冊の方は、残念ながら KiKi が許せない範疇に入ってしまう本当の意味での「便乗本」です。

マグルのためのハリー・ポッター魔法百科
著:D.B.マウサー 訳:和爾桃子  早川書房

510Z6WGBS8L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

ハリー・ポッターの物語には、たくさんのなぞやふしぎがあふれています。  ぜんぶで7巻もつづくこの長い冒険物語を本当に理解して、すべてのなぞときをするのは、とってもむずかしいことなのです。  本書は、マグル育ちのみなさんでも、かんたんに魔法の世界に入っていけるよう、みちびいてくれる一冊です。  第1巻から第4巻までのあらすじと、大切な場面をページ番号つきで紹介。  あのときなにが起こったかな?  あの人物はだれ?  そんな疑問もすぐに解決します。  登場人物、お菓子、道具、呪文...いくつもでてくる魔法言葉はまとめて用語集にしました。  すてきなイラストがもりだくさんのおトクなガイドブック。  (Amazon より転載)

まあ、どちらの本も「ハリ・ポタ・フリーク」の人だったら1冊ぐらい持っていてもいい本なのかもしれません。  特に「幻の~」の方はハリポタの世界観そのままに、マグル世界(人間世界)と共存している魔法界という前提条件で、マグルが気がついていないだけで実は本当にある「魔法界」の、しかもあの「ホグワーツ校」の指定教科書という位置づけの本なので、ハリーがどんな授業を受けていたのかを体感できる(?)よすがの1冊という意味では結構楽しめる本だと思います。  まあ、KiKi 個人としては「幻の動物」よりは「薬草学」の本の方が嬉しかったけれど・・・・・・(笑)

低学年用(?)の教科書の割には図が少ないのがちょっと残念・・・・・。  特にこのての話って「名前だけは聞いたことがあって知っているけれど、どんな形(みてくれ)をしている動物なのかを知らない」ことが多かったりもするので、もっと図が入っていると楽しめるのになぁと思わずにはいられません。

かなり笑えたのは「ネス湖のネッシー」と思しきものに関する記述で、一世を風靡したものの最近では滅多に聞かない話題になっちゃっているなぁと思っていたらあれは魔法界の「誤報室」とマグルの政府機関が共同してもみ消した結果、我々マグルが「でっちあげ」と思い込まされて、鎮火したひと騒動だったんですねぇ・・・・・・(笑)

 

ハリポタシリーズを読書している間は、せっかく図書館から本を借りてきてもそれらの本をなかなか返却期限までに読み終えることができないことが実証されました。  前回、図書館から借りてきた本のうち「電子書籍の衝撃」以外はまったく手をつけることさえできないまま返却期限を迎えてしまった KiKi。  そこで借りてあった未読本を「読まないまま返却しても惜しくない本」「できれば返却せずに読了したい本」に分けました。  後者に残したのはウンベルト・エーコの「フーコーの振り子 上下2巻」で、そちらは貸し出し延長手続きを、貸出上限5冊のうち残り3冊は薄くてさらっと読めそうで、仮に読了することができなくても惜しくないと思える本を新たに借り出すことにしました。  その「薄くてさらっと読めそうで、読み終えることができなかったとしても惜しくない3冊のうちの1冊」を昨日読了しました。 

ハリー・ポッターともうひとりの魔法使い J.K.ローリングの素顔
著:M.シャピロ 訳:鈴木彩織  メディア・ファクトリー

513CB1BDKWL._SX230_.jpg  (Amazon)

離婚、失業、生活保護・・・・。  カフェの片隅で乳母車をゆらし魔法の世界を紡ぎ続けたシングルマザーの物語。  平凡の中に非凡があり、偶然の中に必然が潜む。  「ハリー・ポッター」シリーズの作者、J.K.ローリングの伝記。  (Amazon より転載)

個人的にはこの手の便乗本はあんまり好きじゃないし、ことこの本に関しては薄さから判断するに大した内容ではないだろうとは思って手に取ったのですが、そこはやっぱり案の定(?)でした ^^;  J.K.ローリング本人や彼女の周りの人を直接インタビューしてまとめた本・・・・と言うよりは、ハリポタ人気によりあちらこちらのメディアである時点までに行われた膨大な量のインタビューとか、インターネット上の情報を集めて繋ぎ合わせてまとめただけ・・・・・という印象の本です。

それでもこの本を読んでみようと思ったその訳は、マスコミ等がJ.K.ローリングを紹介する際に必ず使う、そして上記の Amazon の紹介の中にも書かれている「離婚、失業、生活保護・・・・・。  カフェの片隅で乳母車をゆらし魔法の世界を紡ぎ続けたシングルマザー」という決まり文句にある種の不快さを感じていたからにほかなりません。  「生活が苦しかったシングルマザーの女性(つまり普通の女性よりは可哀相度が高い女性)のサクセス・ストーリー」というイメージ作りの仕方が気に入らない・・・・・とでも言いましょうか?(笑)

 

吾妻郡図書館で書架とは別に平積み(と、図書館でも言うのかどうか知らないけれど ^^;)コーナーができていて、ふと目に留まったので借りてみました。  たまたま Sony Reader を購入したばかり・・・・ということもあって、そろそろこの辺りの事情にも通じておく必要があるかなぁ~なんて感じたもので。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

電子書籍の衝撃
著:佐々木俊尚 ディスカヴァー・トゥエンティワン

41f9-6kRHbL._SX230_.jpg (Amazon)

私は年に数百冊も本を購入し、たぶん百冊以上はちゃんと読んでいる活字中毒者です。  そして同時に、年に四~五冊も本を出している書き手のひとりでもあります。  その意味で、キンドルやiPadのような電子ブックリーダーが出てくることによって、本の世界がどう変わっていくのかは自分にとっても切実な問題としてとらえています。  本文中で何度も書いていますが、間違えてはならないのは、「電子ブックの出現は、出版文化の破壊ではない」ということです。  何千年も同じような活字形式で人々に愛されてきた本は、そう簡単には崩壊はしません。  そこがたかだか数百年の歴史しかない新聞や、あるいは登場してから数十年しか経っていないテレビとは違うところです。  でも活版印刷が十五世紀に発明されて本の流通と読まれ方が劇的に変わったように、電子ブックも本の流通と読まれ方を大きく変えるでしょう。  (新書本裏表紙より転載)

BookReader を購入したのはよいものの、肝心要のソフト(要するに本そのもの)を買ってみようと Reader's Store を訪ねてみても現段階での出版冊数は少ない(とくに KiKi のアンテナに引っかかってくるものは少ない)うえに、紙もインクも流通も必要ない割には高く感じられる価格設定に疑問を抱かずにはいられない昨今。  電子書籍の登場で今後何が起こり、世の中がどんな風に変わっていくのかを考えてみたくてこの本を手に取ってみました。  でもね、そういう KiKi の知りたい「これから」のことに関してはさして示唆があるとは思えない本でした。

まあ、このての本には賞味期限があるのは致し方ないことだけど、2010年に発刊されたばかり・・・・ではあっても網羅されている情報が今となっては古くなっちゃっているので、どうしても新鮮味には欠けるうえに、著者の経歴がジャーナリストであってアントレプレナーではないためか、将来のビジネスモデルに関する示唆のようなものは皆無(要するに現状分析程度)で終わっちゃっているんですよね~。  この本の副題が「本はいかに崩壊し、いかに復活するか?」となっている割にはその崩壊の過程も、ましてやその後不死鳥のように蘇る可能性に関してもまったく触れていない・・・・・と言っても過言ではないように感じました。


本の歴史 B.ブラセル

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今日は久々に岩波少年文庫から離れて、KiKi の積読本の中から1冊選んでみました。  KiKi の大好きな「本」そのものについて書かれた本です。

本の歴史
著:B.ブラセル 監修:荒俣宏  知の再発見双書80 創元社

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手書き時代の古代から、印刷術が発明され愛書趣味や書物愛が確立したものの規制によって印刷業が危機に瀕した中世、そして飛躍的に発展した近代まで、書物の辿った歴史を明らかにする。  (Amazon より転載)

KiKi の子供時代、もちろんすでに世の中には「文庫本」というものが存在していたけれど、それでも「本」と言えば厚い表紙で、カバー(サック状のもの)もついていて、持つと手にずっしりときて・・・・・というのがスタンダードだったように思います。  そんな「重厚感のある本」であるだけに、保存にもよく耐え、親から子へ受け継がれていく1つの財産だったとも言えるのではないでしょうか??  

これが「文庫本だらけ」となってしまうと、凡そ財産という感じはせず、その扱いも心なしかゾンザイになっていくところがあるように感じます。  それを証拠に KiKi の実家にはちょっとした本棚があるのですが、そこに収められているのはサック付き厚紙装丁のいわゆる「全集物」ばかり。  同じデザインの本がズラッと並んでいる姿は壮観でちょっとした見応え・・・みたいなものがあります。(価値のある豪華本があるわけではないんですけどね 笑)  これらの本は KiKi が小学生から高校生までの間に父親が少しずつコレクションしていったもので、父が生まれ育ちある程度の時間を過ごした後、東京大空襲により燃え尽きてしまった池袋のご本家にあった本棚のイメージを持ちつづけながら収集した本ばかりです。

で、今、帰省すると KiKi が大学進学以降に父が買い集めた(と言うよりは乱読タイプの父がせっせと読んだ)文庫本(当然のことながらこちらの方が冊数は多い)が山とあったりもするのですが、こちらは床に直置き状態でうず高く積まれ、その山が崩れ始めると段ボールに移し替えて今度はその段ボールが山と積まれる・・・・・という保存状態で、その扱いの差は歴然としています。  近くにブックオフな~んていうものも昔ながらの古本屋なんていうものもないので、「本を処分する」という発想がない父はひたすら本を集め続けているわけだけど、見ていて気の毒になるぐらいこれらの「文庫本」は放置されているイメージがあります。  本の中身自体は必ずしも駄本というわけではないんですけど、装丁の違いがこういう差別(?)を生んでいるのは間違いないようです。 

 

NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」で今を時めく向井理君が演じていた水木センセイ。  TV版になる前の「ゲゲゲの鬼太郎」は KiKi の子供時代に「少年マガジン」に連載されていて、親戚のお兄さんから借りた漫画で初邂逅した KiKi だったけれど、正直なところあの画風にはどうしても馴染めず、でもお話は面白いので片目をつぶって読んでいた記憶があります。  たまたまその親戚は歯医者さんをしていて、KiKi の母親がアルバイトで月末(月初?)になると保険の点数計算をしに行っていたので、一緒についていくと無造作に投げ出してある「少年マガジン」が読み放題だったんですよね~。  ま、それはさておき、件の「ゲゲゲの女房」で水木センセイが南方の土人さんと親しくされていらしたような描写があって、KiKi のイメージする戦争体験物語とはちょっと異なるお話が聞けるかもしれない・・・・な~んていう期待があり、今回長らく積読状態だったこの本を手に取ってみました。

水木しげるのラバウル戦記
著:水木しげる  ちくま文庫

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太平洋戦争の激戦地ラバウル。  水木二等兵は、その戦闘に一兵卒として送り込まれた。  彼は上官に殴られ続ける日々を、それでも楽天的な気持ちで過ごしていた。  ある日、部隊は敵の奇襲にあい全滅する。  彼は、九死に一生をえるが、片腕を失ってしまう。  この強烈な体験が鮮明な時期に描いた絵に、後に文章を添えて完成したのが、この戦記である。  終戦直後、ラバウルの原住民と交流しながら、その地で描いた貴重なデッサン二十点もあわせて公開する。  (文庫本裏表紙より転載)

たまたま年末・年始にかけて、「池上彰の現代史講義」とか「池上彰の20世紀を見に行く」な~んていう「池上先生シリーズ」の世界史の復習番組をせっせと観ていた直後だったということもあって、激戦地として知られるラバウルであの水木センセイがどんな経験をされたのか、とても興味深かったんですよ。  何せ、水木センセイの場合、その戦地で片腕を失くされたという壮絶な体験をされていらっしゃるだけに、さぞやご苦労の多かったことだろう・・・・・と。

ところが意外や意外、「戦記物」と言えば付き物(?)の悲愴感・切迫感が極めて薄い・・・・・。  もちろん場所は戦地だし、乏しい物資の中で行軍ばかりしている陸軍さんだから悲愴感を漂わせようと思えばいくらでも漂わせられるエピソードが網羅されている割には「ホノボノ感」やら「ワクワク感」やらがそこはかとな~く漂ってくるんですよ。  それと言うのも、ここに登場する「水木二等兵」は凡そ兵隊さんらしくないんです。  勇ましさもないかわりに、臆病さも微塵もなくどこか飄々としているんですよね~。  戦争をさせられるために南方へ向かわされたにも関わらず、何だか珍しいもの・文化のあふれる南方世界に好奇心丸出しで本気でそれらを楽しんじゃうある種の「ふてぶてしさ」に満ち溢れているんです。


昨日、図書館から新たな本を借り出してきました。  その本を今日はご紹介します。

本へのとびら 岩波少年文庫を語る
著:宮崎駿  岩波新書

31dZ7riRS2L._SL500_AA300_.jpg (Amazon)

「生まれてきてよかったんだ、と子どもにエールを送るのが児童文学」。  アニメーション界のトップランナーとして世界的に注目される著者が、長年親しんできた岩波少年文庫の中からお薦めの五〇冊を紹介。  あわせて、自らの読書体験、児童文学の挿絵の魅力、そして震災後の世界についてなど、本への、子どもへの熱い思いを語る。  (新書本扉より転載)

この本が出版されたことはずいぶん前から KiKi は知っていました。  確か、Amazon からのメールか何かで知ったように思います。  それを知った当初はあまり詳細を調べないまま「以前手に入れたこれと基本的には同じ内容の本なんだろうな。」と思い込み、敢えて読む必要はないような気がしていたのですが、よくよく調べてみたらこの小冊子からの転載部分と、あの頃TVで放映された「ジブリの本棚」の対談からの書き起し部分と、さらにはあの3.11以後のインタビューを再構成した部分とに分かれているということだったので、一度は読んでみようと考え今回図書館から借りてきました。

この本を読んでみて、KiKi がここLothlórien_山小舎生活を模索し始め、この Lothlórien_Blog を開設しようと思い立った(というより「岩波少年文庫読破企画」をぶち上げた)頃に感じていたことが、ここに言語化されていると強く感じました。


今日も風の強い1日になりそうです。  お天気は快晴なんだけど、昨日に引き続き風の音が鳴り響いています。  さて、そんな中、ネットをあちこち徘徊していたら見つけちゃいました!  こんな素敵な動画です。

あの、「ロード・オブ・ザ・リング三部作」が完成した頃からず~っと囁かれていた「ホビット」がとうとう今年の年末に米国(? or New Zealand?) で公開されるらしい!!!  しかも前作(LoR)では三部作だったものが今作はどうやら二部作になるらしい!!!  

噂ばかりが先行していてなかなかその後のニュースが聞こえてこなかっただけに、「どうなっちゃったんだろう??」と心配していたんだけど、これはホント待ち遠しい!!  

そうと決まれば、今年の後半には J.R.R. トールキン作品を又一挙に読まなくちゃいけません。  ああ、これで又「読書カテゴリー」の企画が1つ増えてしまいました・・・・・。  さらに言えば、以前のブログ「落ちこぼれ会計人の独り言」からの転載ばかりの「映画カテゴリー」も今年は放置の予定だったんだけど、最低限「リング 三部作」は観直してエントリーを書かなくては・・・・・。  

嬉しいながらも妙なプレッシャーを感じてしまっている KiKi なのです。  ああ、忙しい!!(笑)

  

電子書籍体験 Part1

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さて、今年の自分への X'mas Present に電子書籍リーダーを購入した KiKi ですが、その後、どんなことをしているかの経過報告(?)をしておきたいと思います。  リーダーそのものを購入し、1,400冊もの本を持ち歩けるようになったことにホクホクしていたのもほんの束の間、ふと冷静になって考えてみれば1,400冊を持ち歩くためには1,400冊分電子書籍を購入しなくちゃいけないことに気が付きました(^^; 今更・・・・ですが)。  iPod の場合はこれまでに大切に集めてきたCDをせっせと iPod に読み込ませさえすれば良かったわけだけど、こちらはそういうわけにはいきません!!

さらに言えば、持ち歩いて折に触れて「ここ」という箇所を読み返したい本はあるけれど、そういう作品に限って長編で(指輪物語とか、上橋さんの「守り人シリーズ」とか、司馬遼太郎さんの作品とか、塩野七生さんの「ローマ人の物語」とか)、KiKi の蔵書の中でも燦然と光を放っているわけですが、その多くは電子書籍では販売されていない(? 少なくともまだ KiKi は見つけることができていない)ときています。  ま、てなわけでその使い方に明確な Vision を持てない数日を過ごすことになってしまいました。

とは言ってもせっかく購入した新しい機器をそのまま放置するな~んていうことは KiKi の経済観念(?)が許すはずもなく、まずは購入時にプリ・インストールされていたこれらのラインナップからいくつかを選抜して読んでみました。  因みに KiKi が今日までに読了(・・・・と言ってもこのプリ・インストール。  1冊丸ごとがプリ・インストールされているわけではなくて、ほんのさわりだけが入っているので、読了という言葉にはそぐわないような気がしないでもありませんが・・・・・ ^^;)したのは以下のとおりです。

読む年表 日本の歴史―渡部昇一「日本の歴史」特別版  著:渡部昇一  ワック

南極越冬隊タロジロの真実  著:北村泰一  小学館

ドラッカー 時代を超える言葉  著:上田惇生  ダイヤモンド社

半農半Xという生き方  著:塩見直紀  ソニー・マガジンズ

どれもこれも、そこそこ面白かったけれど、印刷本とほぼ同じぐらいの金額のフルプライスで買いたい本か?と問われれば、否としか言いようのない感じ・・・・・。  仮にこれらの本の残り部分を読みたいと思ったとしても、ブックオフか Amazon Market Place で古本を購入すればいいや・・・・という感じが否めない。  まして KiKi のもともとの読書傾向としてベストセラー本をタイムリーにお金を出して買ってまでして読みたいタイプではなく、どちらかと言えば「文庫本待ち、中古本待ち」で、可能な限り安価でコツコツと集め、大切にしたい本に関しては蔵書とすることに喜びを感じるタイプなので、どうも電子書籍販売サイトで売られている本にはあんまり興味が持てないような気がしてきたここ数日でした。

  

今年のX'mas Present

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昨日は X'mas Eve。  皆さんはどんな一日をお過ごしだったのでしょうか??  KiKi はLothlórien_山小舎で超地味ぃ~な Eve を過ごしていました。  イルミネーションなし、ツリーなし、ケーキなし、BGMなし。  でもね、そんな KiKi でもたった一つだけ「なしでは済まさなかったもの」があります。  それが X'mas Present!!  KiKi の世代にとって X'mas は誕生日と並ぶ大切なプレゼントの日なのですから、これだけは忘れるわけにはいきません。  (・・・・・と考える時点で KiKi の物欲はまだまだ現役であることが自覚できます ^^;)  でもね、今年のある時点までは「もう欲しいものってないよなぁ。  強いて言えばトラクター??」ってな感じだったんですけど、年末が近づくにつれ欲しくなってしまったもの。  それはこちらです。

ソニー 電子書籍 Reader PRS-T1(レッド)※WiFiモデル PRS-T1-R

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◆紙の本のように読みやすい  ◆ポケットサイズに約1400冊持ち歩ける  ◆紙の本のように長時間読めるスタミナ  (Amazon より転載)

まあ、お仕事に復帰しない限りは、必要ないって言えば必要ないツールであることは百も承知だったんだけど、やっぱり1400冊もの本を(そこまで多い必要もないけど ^^;)を持ち歩けるっていうのは魅力だし、一応 WiFi モデルなので本を読んでいてちょっと疑問に思うこととか調べたいことがあった際にインターネット検索ができるっていうのも魅力かなぁと思って、手を出しちゃいました。

もっとも、よくよく考えてみるとこれ専用のソフト(つまり本)を買うのにこれまたおカネがかかるわけで、1400冊はおろか100冊だって新たに購入するっていうことは今の KiKi にはちょっとシンドイかもしれないっていうことに、今さらながら気がついちゃいました。  当面は「青空文庫」あたりをダウンロードするしかないのかもしれません・・・・・ ^^;

1つ感動だったのは、電子書籍の場合、文字のサイズをある程度調節できることです。  だんだん老眼がすすんできた KiKi にとってこれは結構有り難い機能になっていくような気がするんですよね~。  最近では「岩波文庫」あたり(特にちょっと古い版)は KiKi には字が小さすぎて、読んでいて疲れちゃうんですよ。  昔はなんてことなかったんですけどねぇ・・・・・。            

以前から気になっていて、細々とながら・・・・も集め始めていた「光文社古典新訳文庫」。  たまたま今回岩波少年文庫に収録されていた G.ロダーリ作品を読了したということもあり、KiKi の本棚の奥の奥でほこりを被っていたこちらを引っ張り出してみました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

猫とともに去りぬ
著:G.ロダーリ 訳:関口英子  光文社古典新訳文庫

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魚になってヴェネツィアを水没の危機から救う一家。  ピアノを武器にするカウボーイ。  ピサの斜塔を略奪しようとした宇宙人。  捨てられた容器が家々を占拠するお話...。  現代社会への痛烈なアイロニーを織り込んだ、ユーモアあふれる知的ファンタジー短編集。  (文庫本裏表紙より転載)

ああ、やっぱりロダーニさんの作品は好きだなぁ・・・・。  この年齢になるまで出会えなかったのがホント残念だけど、逆に今の KiKi だから彼の作品の良さがわかるという部分も多いような気がします。  どのお話も言ってみればナンセンスの塊なんだけど、そこに風刺とか皮肉が含まれているので思わずクスクス笑いながら読めちゃうんですよね~。  短編集だから1編1編が短くて、気軽に読めちゃうわりにはどの1作にもピリリと利いた刺激(毒?)がある。  こういうユーモアセンス、KiKi は憧れちゃうんだよな~。

どの1編もとっても気に入って面白かったんだけど、特に KiKi にとってお気に入りだったのは「ヴェネツィアを救え あるいは 魚になるのが一番だ」 「箱入りの世界」 「ベファーナ論」 の3作です。


映像の功罪

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今、KiKi は東京に来ています。  今回上京する予定がなければ「岩波少年文庫」を読み進めているはずだったのですが、中距離移動が伴う際に岩波少年文庫を読み進めようとすると持ち歩く本の冊数が増えてしまい、常にパソコンを持ち歩く KiKi にとってはちょっと辛い・・・・(苦笑)  ま、てなわけで得意の浮気心(?)を発揮してここ2日ほどはPHP文庫の「伝説の名参謀 秋山真之」を読み進めているのですが、残念なことにまだ読了できていません。  ま、てなわけで今日はちょっと雑感めいたエントリーを書いてみたいと思います。

昨日のエントリーで「青矢号」について書いた際にもちょっと感じていて書きたかったことだし、以前読了して既にエントリーを書いてあった「ハイジ」に宮崎さんの「岩波少年文庫50選」のコメントを転記した際にもちょっと感じていたことをこの機会に整理してみたいと思うんですよね。  まずは「ハイジ」に寄せた宮崎氏のコメントを転載しますね。


ぼくらがまだ若くて、たぶんあなたが生まれるずっと前に、ぼくらはこの本を原作にして、52本のテレビアニメを作りました。  ぼくらの先頭にいたのは、ひとりの若い演出家でした。  もちろん今はおじいさんになっていますが、その人が有名なわりにあまり読まれなくなっていた原作に新しい生命を吹きこんだのです。  アニメより原作を本で読んだ方がいいという人がいます。  ぼくも半分位そう思っていますが、この作品はちがうと思っています。  見、読み比べてみてください。  ぼくらはいい仕事をしたと、今でも誇りに思っています。


このコメントを転載している間、KiKi がどんなことを感じていたかをまずお話ししようと思います。  このアニメがTV放映されていたのを KiKi はリアルタイムで観ていました。  あれは KiKi が中学1年生ぐらいの頃のことでした。  そして KiKi が「ハイジ 完訳」を初めて読んだのは小学生の頃のことでした。  だからアニメを観ていて、とっても懐かしかったのと同時に、アニメの美しさに、声や音が聞こえる臨場感にワクワクし、感動しました。  でもね、ワクワクしつつも感じていたのはちょっとした違和感だったんです。  じゃあ、その違和感の正体は何かっていうとね、KiKi には KiKi なりのハイジ像があり、おじいさん像があり、ペーター像があり、クララ像があり、ロッテンマイアさん像があったんだけど、その全員とは言わないけれど何人かは KiKi が子供心にイメージしていたそれぞれの人たちの風貌・声・動作とはあまりにも違っていたっていうことなんですよね~。

もちろんその違いを必ずしも「悪いもの」と断じるつもりはないんだけど、少なくとも KiKi の中に息づいていた「自分が思い描いていた自分だけの」ハイジやおじいさんやペーターやクララ、そしてロッテンマイアさんはあのアニメを観たことによって消滅してしまい、その後これらの名前を耳にするたびに思い出すのはあのアニメのあのキャラクターに取って代わられてしまった・・・・ということは否めないんですよ。  そしてそこに大人になった KiKi は一抹の寂しさを感じるのです。

先日、東京のマンション近くのブックオフに「岩波少年文庫」の物色に行った際、この本と一緒にみつけて衝動買いしてしまった本を読了しました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

さよならドビュッシー
著:中山七里  宝島社文庫

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ピアニストからも絶賛!  ドビュッシーの調べにのせて贈る、音楽ミステリー。  ピアニストを目指す遙、16歳。  祖父と従姉妹とともに火事に遭い、ひとりだけ生き残ったものの、全身大火傷の大怪我を負う。  それでもピアニストになることを固く誓い、コンクール優勝を目指して猛レッスンに励む。  ところが周囲で不吉な出来事が次々と起こり、やがて殺人事件まで発生する―。  第8回『このミス』大賞受賞作品。  (文庫本裏表紙より転載)

基本的に KiKi の読書傾向の中で「ミステリー」っていうやつはあんまり嗜好度が高いほうではないんだけど、この本に関してはこの(↑)文章にある「ピアニストからも絶賛!」に思わずつられて手を出してしまいました。  冷静になってよくよく考えてみると「絶賛したピアニストって誰よ??」っていう感じもなきにしもあらず・・・・で、それだけで手を出しちゃうあたり、KiKi もまだまだ修行が足りないなぁと反省することしきりなんですけどね(苦笑)

でもじゃあ手を出しちゃったことを後悔する本だったか?と言えばそれはそうでもなくて、KiKi には結構楽しむことができました。  クラシック音楽のブログを書いたり、音楽鑑賞を日常的な趣味にしていたり、長い年月をかけて音楽を聴きながら妄想想像力を膨らませてきた人間にとっては、この本で描かれる音楽描写にはスンナリと馴染むことができたし、ついでに言えば身に覚えもあったりもするので楽しく読むことができました。  ま、肝心要のミステリーとしてのできがどうか?と問われると、ミステリーにさほど造詣が深いわけではない KiKi であっても「え?  そんなのってアリ??」って感じちゃったぐらいだから、どうなんでしょうか??


昨日、ちょっとしたご縁でこの本を読んだので、この機会にか~な~り久方ぶりになるこちらを再読してみました。  本日の KiKi の1冊はこちらです。

絵のない絵本
著:H.C.アンデルセン 訳:矢崎源九郎  新潮文庫

51o-6wp65bL._SL500_AA300_.jpgのサムネール画像  (Amazon)

わたしは、貧しい絵描き。  友達はいないし、窓から見えるのは、灰色の煙突ばかり。  ところがある晩のこと、外をながめていたら、お月様が声をかけてくれた・・・・・。  ある時はヨーロッパの人々の喜びと悩みを語り、ある時は空想の翼に乗って、インド、中国、アフリカといった異国の珍しい話にまで及ぶ。  短い物語の中に温かく優しい感情と明るいユーモアが流れる、まさに宝石箱のような名作。  (文庫本裏扉より転載)

偶然とはいえ、昨日は皆既月食でした。  KiKi は暦に興味を持つようになってからこんなメルマガを定期購読しているんだけど、このメールのお蔭で昨日が皆既月食であることを知りました。  このブログには一応 「Current Moon」 というブログパーツが設置してあって、これを頼りに月を眺める癖がつき始めている KiKi なのですが、さすがに「皆既月食」であることはこのメルマガで教えてもらうまで知りませんでした。  因みに昨日入手したメルマガはこんな感じ(↓)でした。

 ◆今日(12/10)の夜空に見える月は【満月】。

月は日暮れの頃に東の空から昇り、翌日の夜明け頃に西の地平線に沈んでゆきます。   新月から数えて15日目の十五夜の月と満月は同じものと考えられがちですが、 十五夜と満月が同じ日になる確率は50%以下。   案外はずれています。 (今回も一致しませんでした) 

旧暦日による呼び名では【十六夜の月】です。

 ◆今日は皆既月食

今回は真夜中に皆既月食が起こります。   今回は日本全国何処ででも最初から最後まで見ることの出来る月食です。  

月食の進行状況は以下のとおり。 

10日 20:32 半影月食の開始

10日 21:45 本影月食の開始

10日 23:06 皆既の開始

10日 23:32 食の最大(食分 1.11)

10日 23:58 皆既の終了

11日 01:18 本影月食の終了

11日 02:32 半影月食の終了

半影食は肉眼で確認するのは難しいので、空を見上げて月が欠けているのを確認出来る時間帯は10日 21:45~11日 01:18頃ということになりそうです。

最大の食分は、1.11と皆既月食としては浅めですので、皆既月食中も地球の大気による光の屈折現象による、赤い月がずっと見えているかもしれません。

このメールを事前に見ていなかったら、皆既月食を意識することなくお月様を眺めていたかもしれません。  今回は残念なことにカメラを持たずに上京してしまった(携帯カメラはうまく使えないワタシ・・・・ ^^;)ので昨晩のお月様は写真に残すことができなかったけれど、KiKi が見たお月様はほんのりと赤みがかった月でした。  「こんな月が語るのはこの本の第3夜の物語かしら・・・・」な~んていうことを感じながら・・・・・。


慣れないキルティング作業で指先が痛くなってしまった KiKi。  「慣れるためには作業を習慣づけることが大切!」と思いつつも、だからといってKiKi のメインの趣味であるピアノも弾けない状態になってしまうのではそれはそれで本末転倒・・・・と考え、昨日はチクチク作業はお休みとしました。  ま、てなわけで空いた時間を利用して吾妻郡図書館から借りてきた本を2冊読了しました。(← と言ってもどちらもカテゴリーからすると絵本で活字部分が滅法少ないのですが・・・・ 笑)  まずはそのうちの1冊です。

ターシャ・テューダーの人生
著:H.デイヴィス 訳:相原真理子  文藝春秋

51N03EDFKGL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

アメリカを代表する絵本作家にして、現代人が憧れる19世紀の生活を送るターシャ・テューダー。  「すべてを手に入れた女性」として偶像化された彼女の知られざる実像に迫る、最初で最後のオールカラー評伝。  (Amazonより転載)

NHK で彼女の番組が放映され、東京のちょっと大きな本屋さんには彼女のコーナーができあがっているちょっと頑固な風変わりなおばあちゃん、ターシャ・テューダー。  あの広大なコーギー・コテージの敷地をどうやって手に入れたのか、単なる絵本作家の庭がいかにそれが見事な作品であったとしても、ここまでコマーシャリズムに乗っかるようになったのはどうしてか、に興味をもち図書館から借り出してきました。

T.テューダーの本と言えば KiKi が持っているのはこのエントリーでご紹介した2冊のみ(しかもそのうちの1冊は友人からいただいたもの)で、自腹を切ってまでして他にも欲しいと思った例はないんだけど、彼女の挿絵は決して嫌いじゃないうえに、恐らくこの本の帯だったもの(図書館本ではその帯部分を強力な粘着テープで貼り付けてある!)に書かれていた以下の言葉にとっても興味をそそられたんです。  曰く

世間の人はバラ色のレンズを通してわたしを見ています。  わたしは商業美術家です。  これまで挿絵を描いてきたのは食べていくため、そしてもっと球根を買うためです!

そう、今となっては彼女の名前は「ルイ・ヴィトン」や「カルヴァン・クライン」や「ココ・シャネル」や「ダナ・キャラン」と同じようにある種のブランドと化しているけれど、恐らく素顔の彼女は気難しくて、どちらかと言えば人嫌いで、偏屈なタイプの女性だろうな・・・・とNHKの番組で感じた KiKi はそんな彼女がいかにコマーシャリズムに乗っかったのかに強烈な興味がありました。

Lothlórien_山小舎から一番近い図書館は以前このエントリーでご紹介した吾妻郡図書館で我が高山村の隣町中之条町にあります。  Lothlórien_山小舎からは車で15~20分ほどのところです。  で、その近くにはスーパーマーケットもあるので、2週間に1回ぐらいそこへ行くのはさほど苦にはならないんだけど、時々困ったことが発生します。  それは知らずにいて「臨時休館日」に訪ねてしまうことがあるっていうことです。  (実際には図書館に掲示されているスケジュール表で確認できるんだけど、それを確認する習慣が KiKi にはない・・・・・・ ^^;)  で、たまたまこの間図書館を訪ねた日もその臨時休館日にあたり、返却することだけはできたんだけど借り出すことができませんでした。

そこでふと思い出したのは、ちゃんとした図書館の体は為していないんだけど、村の公民館みたいな所に「図書館もどき」の施設があり、吾妻郡図書館の本も予約すればそこに届けてもらえるし、返却もそこにできる・・・・という場所があったこと。  そこでその日は試しにその「村の図書館もどき」を訪ねてみました。  蔵書数も少なく、正直通いたいと思わせてくれる施設ではなかったんだけど、「せっかく来てみたんだから・・・・」と借り出してきた本を読了したので今日はそのご紹介です。

新装世界の伝記 高橋是清
著:中沢莖夫  ぎょうせい

51ShLtd9p1L._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

古今東西の偉人50人を選び、一流執筆陣がその人生ドラマを鮮烈に描く、現代人必読の書き下ろし伝記シリーズ。  小中学生から大人までを読者対象とし、今まであまり取り上げられることのなかった興味深い人物も加えた斬新な内容になっています。  21世紀に生きる現代人に贈る、本格的伝記文学。  単に偉人の業績を綴った記録ではなく、激しく生きた人間自身のドキュメント。  (Amazonより転載)

子供時代にはそれなりに結構な冊数を読んだものの、大人になってからは全くと言っていいほど手に取らなくなったジャンルの1つが「伝記」です。  まして、「織田信長」とか「徳川家康」とか「坂本竜馬」とかであればそんな子供時代にも読んだ記憶がある伝記の1冊だけど、この「高橋是清」な~んていう人に関しては、日本史の教科書でお目にかかったことはあっても伝記として本が出ていることさえ知らなかった人物です。

たまたまNHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」に登場され、西田敏行さんという魅力的な役者さんが演じられているこの「是清さん」。  日露戦争当時の日銀副総裁としての手腕やら、2.26事件での暗殺というポイントポイントでの登場に関してはそれなりに知っていたけれど、実際にどんな人だったのか、まして主人公の秋山真之さんの予備門時代の英語の先生をなさっていらしたみたいだけどあの時代にどうやって英語教育を受けたのかに興味をもって借り出してみました。


ちょっと飽きてきちゃった D.ブラウン作品に続いて KiKi が手を出した本。  それはいきなり路線を大きく変えてこんな本でした。  てなわけで、本日ご紹介する KiKi の読了本はこちらです。

畑仕事の十二ヵ月
著:久保田豊和 家の光協会

41m9QI4gIIL._SL500_AA300_.jpg  (Amazon)

月の満ち欠けとともに耕す。  昔の知恵を今にいかす旧暦菜園生活のすすめ。  (単行本帯より転載)

この本、以前からその存在は知っていて、ちょっと気にはなっていたんだけど何となく「まあ、いずれ・・・・」と本屋さんで手にとっては棚に戻すということを繰り返してきた本でした。  と言うのもね、畑仕事には季節季節でやるべきことがあるっていう概念的なことはわかっているし、その類のガイドブックってそれなりに出版されていたりもするけれど、その多くの場合が「関東平野基準」(要するに山地基準ではない)と言うか「暖地基準」だったりするわけで、KiKi のLothlórien_庭先農園とは気候条件があまりにも違い過ぎて役に立たない・・・・とまでは言わないけれど、鵜呑みにすると痛い目にあうんですよね~(苦笑)

で、「どの季節にどんなことをすればいいか?」な~んていうことは、いつもお世話になっている I おばあちゃんやら、地元のお年寄りのアドバイスに従って実践的に身に着けるに越したことはない!と思っていたんですよ。  この考え方自体は間違っていない(・・・・と思うし、この本の著者もそう言っている)んだけど、ここに1つ KiKi の盲点がありました。  何せ、最近では少しずつ記憶力があやふやになってきている KiKi。  挙句、野良仕事っていうのは年に1回のサイクルで回ってくるので、1年前に教えてもらったことをちゃんと記録でもしておかない限り、翌年には漠然としか記憶していなくて、さらに厄介なことには昨今の異常気象のおかげもあって(?)、年々の気候が常に同じとは限らない・・・・。  

雪解けの早い春もあれば遅い春もあるし、猛暑もあれば冷夏もある・・・・・^^;  要するに KiKi がここLothlórien_山小舎で「なんちゃって農業」を始めてから早いもので4回目の冬を迎えようとしているわけだけど、ほとんど何も身についていないことが最近になってはっきりと認識できるようになってきちゃったんですよね~。  

パズル・パレス D.ブラウン

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映画DVD鑑賞から始まった KiKi の D. ブラウン作品再読計画。  とりあえず今日のこの1冊(文庫本2冊)で一旦終了としたいと思います。  まあ、単品を時間をあけて読む分にはそこそこ楽しめるのですが、さすがにここまで連続して読むと「もうお腹いっぱい、ごちそうさま♪」という気分になってきます。  まあ、それだけある種のマンネリ化があるわけですが・・・・・・ ^^;  ま、いずれにしろ本日の KiKi の読了本はこちらです。

パズル・パレス(上)
著:D.ブラウン 訳:越前敏弥 & 熊谷千寿  角川文庫

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パズル・パレス(下)
著:D.ブラウン 訳:越前敏弥 & 熊谷千寿  角川文庫

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史上最大の諜報機関にして暗号学の最高峰、米国家安全保障局のスーパーコンピュータ「トランスレータ」が狙われる。  対テロ対策として開発され、一般市民の通信をも監視可能なこの存在は決して公に出来ない国家機密だった。  が、この状況に憤った元局員が、自ら開発した解読不可能な暗号ソフトを楯に「トランスレータ」の公表を迫る。  個人のプライバシーか、国家の安全保障か。  情報化時代のテロをスリリングに描いたスリラー。  (文庫本上巻裏表紙より転載)

暗号解読官スーザンは暗号ソフトを「トランスレータ」で解読しようとするが、解読どころか、国家安全保障局そのものの機能さえも麻痺してしまうという絶体絶命の事態に...  ソフトを凍結させるパスワードを求め、アメリカ、スペイン、そして日本を舞台に、究極の天才頭脳たちが火花を散らす、時限暗号解読作戦が始まった!  知的スリルと興奮に溢れ、すでに完成されていたダン・ブラウンの鮮烈なデビュー作。  (文庫本下巻裏表紙より転載)

この作品が初読で、「ダ・ヴィンチ・コード」も「天使と悪魔」も読んでいない状態だったら、それなりに楽しめた作品だっただろうと思います。  でもね、残念なことに今回は初読じゃなかったし、ついでにその他のD.ブラウン作品を立て続けに読んだ後だったし、さらに言えばあまりのワンパターンさにかなりダレてしまう読書と相成りました。

たまたまこの前に読んだ作品が「ロスト・シンボル」で、あちらで「アメリカ」という国と「古の~」という謎の本質がアンマッチだと感じ続けていたのに比べると、この作品で扱っている題材はかなりアメリカ的だし、ブラウン氏が本国でこの作品を書かれた直後(1998年)に読んでいれば、「ヘェ!指数」も「ハラハラドキドキ指数」も、もっともっと強かっただろうなと思います。  もっとも「ラングドン・シリーズ」の特徴の1つである「走る!大学教授」という路線はしっかりとそのままで、その大学教授がアマチュアの割には暗殺のプロから見事に乗り切る・・・・・というご都合主義は著者の処女作にして健在というのが結構笑えますが・・・・・。


図書館で借りてきた映画DVDに触発されて始まった KiKi の D.ブラウン作品読書計画。  KiKi はこの企画を思いついた段階ですべての本が再読だと思っていたんだけど、どうやらこれは勘違いだったみたい・・・・・。  確かに「天使と悪魔」、「ダ・ヴィンチ・コード」、「パズル・パレス」、「デセプション・ポイント」の4作品は間違いなく再読で、手元に文庫本も揃っているんだけど、今回読了した「ロスト・シンボル」だけは初読だったようです。  どおりであらすじなんかにまったく記憶がないわけだ!!  でね、それでも既読と錯覚したのには理由があって、つらつら思い返してみるに上記4作で何となくこの人の作風に飽きちゃっていて、それでも「ロスト・シンボル」が発売されたばかりの頃、あちこちの「書評ブログ」とか新聞評とか雑誌評をチェックして、それで「ま、これは読まなくてもいいか・・・・」と結論づけたということだったみたい・・・・ ^^;  ま、その「読まなくてもいいか・・・・」という結論に至ったはずの本が本日の KiKi の読了本です。

ロスト・シンボル(上)
著:D.ブラウン 訳:越前敏弥  角川文庫

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ロスト・シンボル(下)
著:D.ブラウン 訳:越前敏弥  角川文庫

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キリストの聖杯をめぐる事件から数年が経ち、ハーヴァード大で教鞭を執る静かな生活を送っていたラングドンに、旧友から連絡が入る。  フリーメイソン最高位の資格を持つスミソニアン協会会長ピーター・ソロモンからで、急遽講演の代役を頼みたいという。  会場である連邦議会議事堂に駆けつけるが、そこにピーターの姿はなく、切断された右手首が......  薬指には見覚えのある金の指輪。  フリーメイソンの紋章をあしらったその指輪は、ピーターのものに間違いない。  ピーターを人質に取ったというマラーク(悪霊)と名乗る謎の男は、ラングドンに"古の門"を探せと命じる。  ピーターの右手の指先に施された独特の刺青が"古の門"の先にある"古の神秘"を指し示す図像であることにラングドンは気付く。  誘拐犯マラークの目的は、この恐るべき力を持つとされる"古の秘密"を手に入れることにあるのは明らかだった。  ラングドンは駆けつけたCIA警備局長サトウと共に、まずは、"古の門"の捜索に乗り出すのだが......。  (単行本上巻扉より転載)

アメリカ建国の父祖でフリーメイソンのメンバーであるジョージ・ワシントンやベンジャミン・フランクリンらはあらゆる象徴を首都・ワシントンDCにちりばめた。  謎の男マラークは、彼らがこの街に"古の神秘"という人類最大の知恵を隠し、さらには、名家ソロモン一族がこの謎を解く鍵を代々守り伝えてきたというのだ。  これらは全て単なる言い伝えにすぎないと考えていたラングドンだが、国家安全保障のためマラークの要求に従うよう迫るCIA保安局長サトウと共に、暗号に導かれて連邦議会議事堂の地下室へ赴く。  そこで、伝説のピラミッドの存在を目の当たりにする!  (単行本下巻扉より転載)

う~ん、この作品はねぇ・・・・・。  正直なところちょっとマンネリ気味っていう感じでしょうか??  ある意味で良くも悪くもアメリカ的(≒ ハリウッド的)な作品になっちゃったかなぁという印象です。  相変わらずのスピード感、相変わらずのトリビア的薀蓄の数々には「さすが!」と思わないでもないんだけど、舞台をワシントンに置いたにも関わらずそこに「古の~」という謎解きを組み合わせるのは、ちょっとムリがあるんじゃないかなぁ・・・・と。  

合衆国建国の父たちは、このアメリカ大陸の先住民(いわゆる「ネイティブ・アメリカン」)じゃないわけで、そんな彼らが「古の~」という文化を引っ提げて上陸した人たちであることはわかるし、そんな彼らが自分たちの「文化」を理想的な形で実現しようとしていたというのも、単視眼的には理解できないわけじゃない・・・・。  だから造形的に何を残そうがそこを否定するつもりはないんだけど、「ワシントンDC」と「古の~」をセットにした瞬間に胡散臭さが漂い過ぎちゃう・・・・・(苦笑)  KiKi のようなひねくれた人間には

ああ、やっぱりアメリカ人にとっては歴史が浅い国というのが根深~いコンプレックスなのね・・・・

とまで感じられちゃうんですよね~ ^^;


「天使と悪魔」から始まった KiKi の D.ブラウン再読シリーズ。  本日の読了本はあの一世を風靡した「ダ・ヴィンチ・コード」です。  因みにこちら、一気読みのため文庫本にて3巻まとめての Review となります。

ダ・ヴィンチ・コード
著:D.ブラウン 訳:越前敏弥  角川文庫

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ルーヴル美術館のソニエール館長が異様な死体で発見された。  死体はグランド・ギャラリーに、ダ・ヴィンチの最も有名な素描〈ウィトルウィウス的人体図〉を模した形で横たわっていた。  殺害当夜、館長と会う約束をしていたハーヴァード大学教授ラングドンは、警察より捜査協力を求められる。  現場に駆けつけた館長の孫娘で暗号解読官であるソフィーは、一目で祖父が自分にしか分からない暗号を残していることに気付く......。  (文庫本裏表紙より転載)

館長が死の直前に残したメッセージには、ラングドンの名前が含まれていた。  彼は真っ先に疑われるが、彼が犯人ではないと確信するソフィーの機知により苦境を脱し、二人は館長の残した暗号の解明に取りかかる。  フィボナッチ数列、黄金比、アナグラム......数々の象徴の群れに紛れたメッセージを、追っ手を振り払いながら解き進む二人は、新たな協力者を得る。  宗教史学者にして爵位を持つ、イギリス人のティービングだった。  (文庫本裏表紙より転載)

ティービング邸で暗号解読の末、彼らが辿り着いたのは、ダ・ヴィンチが英知の限りを尽くしてメッセ―ジを描き込んだ〈最後の晩餐〉だった。  そしてついに、幾世紀も絵の中に秘され続けてきた驚愕の事実が、全貌を現した!  祖父の秘密とその真実をようやく理解したソフィーは、二人と共に、最後の鍵を解くため、イギリスへ飛ぶ――。  キリスト教の根幹を揺るがし、ヨ―ロッパの歴史を塗り替えた世紀の大問題作!  (文庫本裏表紙より転載)

いや~、この本が「ミステリー」であるということ、そのミステリーの再読であるということを併せて考えると、やっぱり面白かったんだと思います。  だって、大筋は覚えていて、犯人が誰かもわかったうえで再読しているにも関わらず、そこそこ楽しみ尚且つ結構速いペースで読書が進んだわけですから・・・^^;  これが出来の悪いミステリーだったらそもそも再読しような~んていう気分にはならなかったはずですしね。  でもね、昨日のエントリーにも書いた通り、やっぱり KiKi にとっては「天使と悪魔」の方が面白かったかなぁ・・・・・。

恐らくその理由は「宗教と科学」という深淵なテーマの濃さの違いにあるんじゃないかと思うんですよ。  こちらの作品ではその要素がかなり薄い。  キリスト教における女性の扱いというテーマは確かに興味深いけれど、♀である KiKi にしてみると「女性が・・・」とか「女神が・・・・」とか「かつては・・・・・」という語られ方で女性の立場がどうしたこうしたというアプローチをするのがあんまり好きじゃないということもあるとは思うんですけどね(苦笑)

    

やっぱりミステリーっていうヤツは「それで?  それで??」という先を知りたい意欲を刺激されるせいか、想像以上にサックサックと読めちゃうものなんですねぇ・・・・。  考えてみれば今回は再読だったためにどんでん返し部分の記憶だけはやたら鮮明で、犯人が誰か?とか教皇選挙の結果はともかくとして、どんな終わり方をするのかはうすぼんやりと覚えていただけに、「それで?  それで??」という意欲は初読の時ほどは強くなかったはずなんだけど、それでもやっぱり気になるというあたり、どう考えても D.ブラウン vs. KiKi の闘い(?)は圧倒的有利のうちに彼に軍配があがったみたいです(笑)  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

天使と悪魔(下)
著:D.ブラウン 訳:越前敏弥  角川文庫

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ラングドンの懸命の努力も虚しく、教皇候補たちはイルミナティを名乗るテロリストの犠牲となりつつあった。  反物質の行方も依然として不明。  さらにテロリストの魔の手は、殺害された科学者の娘ヴィットリアにまで迫ろうとしていた。  果たしてラングドンに勝機はあるのか―。  ついに明らかになるイルミナティの真の目的と、その首謀者。  宗教と科学の対立を壮大なスケールで描くタイムリミット・サスペンス、衝撃の結末!!  (文庫本裏表紙より転載)

この物語。  どこが面白いかってやっぱり「宗教と科学の対立」というテーマが深淵であるだけに面白いんだと思います。  特に KiKi のように科学文明の発達によりもたらされた恩恵に感謝し、享受しつつも、それでも精神世界とか自然の恵みといったものにより心が動かされ、大都会から離れ豊かな自然しかない物質の乏しい村生活を選択した者にとっては尚更です。  増して現在の日本で原発事故による放射線汚染に身をさらしている今となっては、この物語の思いがけない真犯人の最後の大演説には「そんな狂信的な・・・・」という想いを抱くのと同時に「一抹の真理・・・・のようなもの」を感じずにはいられません。  もっともだからと言って彼の行動を容認することはできないんですけどね。

彼が言うとおり、人の心を操るのには「恐怖」と「希望」をよりわかりやすく、よりセンセーショナルに見せつけることほど効果的なものはなく、その典型的な例がハリウッド映画だと常々感じている KiKi にとって、この物語で描かれた世界はまったくもって「ハリウッド的」で、これが映画化されたのも「さもありなん」っていう感じです。  「恐怖」と「希望」。  これほど人々を思考停止に陥らせやすいものはないということは歴史の中でも明らかだと思います。


ミステリー小説というジャンルを普段は滅多に読まない KiKi なのですが、この D.ブラウンの作品シリーズはやっぱり面白いので、たまにはミステリーもいいかなぁ・・・・な~んていうことを考えている今日この頃。  でも、そんなことを言っていると、生きている間に「岩波少年文庫制覇」は達成できなくなっちゃうかもしれないなぁ・・・・ ^^;  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本です。

天使と悪魔(中)
著:D.ブラウン 訳:越前敏弥  角川文庫

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折しもヴァチカンは新ローマ教皇選挙会の当日。  だが、次期教皇候補四人が揃って失踪していた。  そこへイルミナティを名乗る人物から電話がかかる。  かつて科学者を迫害した教会への復讐のため、教皇候補を一時間に一人ずつ殺していくというのだ。  殺人はどこで行われるのか。  反物質の隠し場所は。  その鍵が十七世紀に書かれた詩に隠されていることに気付いたラングドンは、知力と体力を尽くして、殺人ゲームに挑むが―。  (文庫本裏表紙より転載)

物理の授業みたいにチンプンカンプンなところがあった上巻と比較すると、ようやく文系人間の KiKi にも理解できるお話がメインになったこの中巻。  ますます面白くなってきました。  もっとも教皇候補の殺害な~んていう恐ろしい事件(しかもその殺害方法が尋常じゃない!)が連発しているわけで、それを「面白い」な~んていう風に感じる自分の神経を疑わないでもないのですが・・・・・ ^^;  まあ、フィクションだと思うから楽しめているという言い訳はあったりもするんですけどね(苦笑)

ラングドンの頭の回転の早さには敬服すると同時に、さすがアメリカ産のヒーローものだけのことはあり、一介の大学教授にしては驚異的な生命力(戦闘能力と言うのとはちょっと違うんだけど、暗殺のプロ、ハサシン相手にアマチュアのくせに頑張る、頑張る!)には嘘っぽさを感じつつも、あっという間に中巻を読了してしまいました。


昨日もお話しした通り、たまたま図書館で借りてきて観たDVDに触発され、再読している D.ブラウン作品の上巻です。

天使と悪魔(上)
著:D.ブラウン 訳:越前敏弥  角川文庫

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ハーヴァード大の図像学者ラングドンはスイスの科学研究所長から電話を受け、ある紋章についての説明を求められる。  それは十七世紀にガリレオが創設した科学者たちの秘密結社"イルミナティ"の伝説の紋章だった。  紋章は男の死体の胸に焼印として押されていたのだという。  殺された男は、最近極秘のうちに大量反物質の生成に成功した科学者だった。  反物質はすでに殺人者に盗まれ、密かにヴァチカンに持込まれていた―。  (文庫本裏表紙より転載)

学生時代、数学や化学はともかくとして、物理とはとかく相性がよくなかった KiKi。  そういう意味ではこの上巻の大半を占めるセルン(物理学の研究所)を舞台とする「反物質がどうしたこうした」という話にはほとんどついていけませんでした ^^;  でも、あの原発事故後の日本に暮らす者として、「放射能の問題とも環境汚染の問題とも縁がないエネルギー物質」というのは興味深いですねぇ。  もっとも、地球上に存在する正物質と触れると原子爆弾をはるかに凌ぐ破壊力を示すとなれば、これまた「人間が手を出してよい物質なんだろうか??」と思わずにもいられません。  何せ原子力に関しては「平和利用しよう!」というスローガンまではまあ、よかったとして、結果的に人間には制御しきれないという事態が現在進行形で起こっているだけに、フィクションの世界の物語とはいえ、あれやこれやと気になってしまいます。  ま、それはともかく、その反物質を生成することに成功した科学者が見舞われた悲劇で幕を開けるこの物語。  冒頭にして KiKi が映画を観た際に感じた違和感の1つが解決されました。

そうよね!  この物語のヒロインはこの科学者(被害者)の養女だったのよね!

と。  出だしからして思いっきり省略形から始まってしまった映画に「違和感」を感じまくっていた KiKi にしてみると、ようやくこれで安堵した・・・・そんな気分です(苦笑)  

ガリレオと教会のあれやこれやに関しては、根っからの文系人間である KiKi にとってもそれなりに興味深いテーマだっただけに、必ずしも物珍しいものではなかったけれど、「イルミナティ」と「ガリレオ」の接点に関しては、そんな話は聞いたこともなかった(そもそも「イルミナティ」自体が KiKi にとってはあまりにも馴染みの薄いものだった)ので、初読の際に思わずネットであれやこれや調べちゃったものでした。  もっともクリスチャンでもなければ、陰謀好きでもない KiKi にとってもっとも興味深かったのは「イルミナティ」という組織そのもののことではなく、この小説で初めて目の当たりにした最初の被害者の胸に刻印されたあの「イルミナティ」の紋章でした。  ラングドン教授ほどではないものの、実は KiKi も少しだけ紋章には興味があったりします。  しかもその紋章が「アンビグラム(双方向から読める)」というのが何とも意味深じゃありませんか。  実際、KiKi も文庫本をひっくり返して思わず確認しちゃったぐらいです(笑)


たまたま昨日、「f植物園の巣穴」を読了し、そうしたら連鎖反応的に「家守綺譚」を思い出し、ついでにその本を読了した際に感じた「明治の文豪作品」へのノスタルジーみたいなものまでを思い出しました。  都合よく吾妻郡図書館で借り出してきた本の中の1冊にこちらが入っていたので、そのノスタルジーの穴埋めに・・・・とばかりに読了しました。

21世紀の日本人へ 夏目漱石
晶文社

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「一言にして言えば現代日本の開化は皮相上滑りの開化であるという事に帰着する...」  「国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える」   夏目漱石による日本と日本人に関するエッセイを集成。  (Amazon より転載)

Amazon の紹介文だと、あたかも漱石先生のエッセイ集からの抜粋に見えなくもないこの本。  実態としては漱石先生が明治末期から大正にかけて、日本のそこかしこで行った「講演会」の内容を書き起こしたもの・・・・のようです。  もっとも、テープレコーダーとかICレコーダーとかが既に日本に存在していたわけではなかろうと思われるので、そこは何らかの加筆修正等々が加えられ岩波書店が編纂した「漱石全集」に盛り込んであったものを、さらにもう少し現代人にもわかりやすいように若干のお色直しをしたもの、ということのようではありますが・・・・・。

収録されているのは以下の講演です。

現代日本の開化 (1911年8月15日 @和歌山)
おはなし (1914年1月17日 @東京高等工業学校)
私の個人主義 (1914年11月25日 @学習院輔仁会)
道楽と職業 (1911年8月13日 @明石)

漱石先生の文学作品はずいぶん昔(中学時代から高校時代)に一通り読んだはず・・・・ではあるものの、あんまり筋を明確に覚えておらず、この Blog に読書記録をつけ始めてからも、気になる作家ではありつつも「坊ちゃん」と「夢十夜」の2冊しか再読していません。  漠然とした印象としては、彼の作品には「暗鬱な気分」が投影されている作品が多かった(例外:坊ちゃん)し、できればあんまり直視したくない人間の性・・・・みたいなものを目の前に広げられて、若き時代の KiKi は結構戸惑わされた・・・・という感じでしょうか。  まあ、そのあたりはいずれ主要な作品を再読してみて再評価するとして、何はともあれ、この本の中に含まれている「現代日本の開化」と題する講演で、まさにその時代を体感した英才がどんなことを語っているのかに興味を覚え借り出してきました。

 

不思議な羅針盤 梨木香歩

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一時期、遅ればせながら・・・・ではあるものの、梨木果歩さんの作品(但し文庫本)を連続して読んだ時期がありました。  その前後の時期から気になってはいたものの、未だハードカバーしか出版されていないことにより「文庫が出たら・・・・・」と待ち続けていた作品が何冊かありました。  でも、なかなか次の文庫本が出てきません・・・・(涙)  そうしたら先日、たまたま吾妻郡図書館でそれらの気になっていた本3冊を発見!!  今日はその中の1冊、「不思議な羅針盤」です。

不思議な羅針盤
著:梨木香歩 文化出版局

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憤ったり寂しかったり納得したり、何かを慈しんだり発見したりうれしくなったり。  そんな日常にあっては穏やかに南北を指す磁針では物足りず、心の深いところで「不思議な羅針盤」が欲しかったという著者。  同じ年代の女性たちとおしゃべりするような心持ちで、同時に07~09年の社会的事象までも映し出した、万華鏡のようなエッセイ集。  (Amazon より転載)

私自身どこか心の深いところで「羅針盤」が欲しかった、ということもあるのだろう。  憤ったり寂しかったり納得したり、何かを愛しんだり発見して感激したり嬉しくなったり、何だか同じ年代の女性たちとおしゃべりしているような感覚だった。  (あとがきより抜粋部分 帯より転載)

以前、一連の作品を読んだ時にも感じたことだけど、彼女の感性のアンテナに引っかかってくるものとKiKi 自身のアンテナに何らかのシグナルを送ってくるものにはびっくりするぐらい共通項があるんですよね。  もっともそこから展開される物語(心情でもある)には大きな差があって、こちらがモタモタと「えっと、それは○○みたいなもので、でもそう言い切ってしまうのとはちょっと違って・・・・・」などと逡巡している間にスパッと「ああ、それよそれ!」と言わざるを得ないジャスト・フィットの言葉であっさりと言語化されちゃう・・・・・そんな違いは間違いなくあるんですけどね(苦笑)。  でね、ずっと「何でそうなんだろう??」(言語能力の差は置いといて、この感性の正体は?)って考えていたんだけど、やっぱりそこには「同世代」というキーワードがあるような気がするんですよ。

梨木さんは1959年生まれ、KiKi は1961年生まれ。  ほんのちょっとの差はあるけれど、「戦争が終わって経済発展を遂げつつある時代」に生まれ育ったという意味ではおんなじで、今の私たちの生活を支配している電化製品の数々もなかったわけじゃないけれど今ほど多くはなくて、ひもじくて餓死しちゃうような国民はほとんどいなかったけれど今ほど経済的には豊かじゃなくて、スーパーはちらほらとあったけれど日常の買い物は個人商店が主で、都会にはマンション(というよりアパート?)が増えつつあったけれど、戸建て(自己所有か貸家かは別にして)の家の方がまだまだ一般的で・・・・・。  

端的な例をあげるなら、まだ一家にTV一台とまではいかない(要はTVのない家だってあった)時代、当然パソコンだの携帯だのという情報機器ツールはまだ誕生さえしていなくて、(家の固定電話だってない家が多かった)子供の情報源と言えば「親の会話」「近所の大人の会話」「その会話を聞いた友達の話」「幼稚園や小学校の先生のお話」ぐらいが関の山。  要するに誰かの感性(もしくは知性)のフィルターを通ったものだけで、その一つ一つの信憑性は誰も担保してくれない・・・・・そんな時代に育ったということが大きな要因としてあるような気がするんですよ。

 

昨日から始めたベビーキルト作成のためのチョキチョキ作業。  フォーパッチ用の布:「プリント柄20種から計96枚」、シューフライ用の布:三角形部分のために「黄色無地 & 白プリントからそれぞれ100枚ずつ」、四角形部分のために「黄色無地から25枚、白プリントから100枚」のうち、昨日のうちに何とかフォーパッチ用の布のチョキチョキ(96枚となっていたけれど、とりあえず100枚)が終了しました。  描いた描いた、切った切ったと思っていたけれどこれでようやく全体の 1/4 程度なんですよね~。  ってことは、あとどんなに少なく見積もっても3日はチョキチョキし続けなくちゃいけないってことで、正直ちょっぴり飽きてきました(苦笑)

でもね、籠の中を見るとやっぱりそれなりの成果が実感できるっていうのは嬉しいものです。

2011_Aug02_003.JPGのサムネール画像 ← 昨日のブログ作成時の状態

2011_Aug03_001.JPG ← 今朝の状態

なんか、こういう地味~な作業っていうのは目に見える形で自分に成果を納得させないと、ちょっぴり虚しさみたいなものを感じちゃうんですよね~。  チクチク作業の方は KiKi の気持ちとしては「生産カテゴリー」に入るため、仮にその進捗が遅くても満足感を味わうことができるんだけど、チョキチョキ作業の方はそれだけで存在としてちゃんと成立している1枚布を切り刻んでいるだけなので、どちらかというと「消費カテゴリー」に入るアクションのように感じちゃうんですよ。  これは、未だに端切れとか古着のリサイクルというステージまで KiKi のパッチワーク力が進んでいないことにも一因があると思うんですけどね。  

まして、今回は「キット」を使っているので、正直なところ、このチョキチョキ作業には基本的にはほとんど頭を使っていません。  言われるがままに、布を切っているだけ・・・・・。  それでいて最終形のイメージまでは浮かんでいない(このエントリーでご紹介したイメージはあるものの、自分でデザインしたものじゃないし、フォーパッチ部分の布の合わせ方まではレシピには書かれていない ^^;  だから、KiKi の布合わせによってはイメージががらっと変わっちゃうこともあるのかもしれない)ので、尚更です。

幸いなこと(?)に、今日は昨晩の大雨で畑作業がお休みとなった(実際には今朝、畑に行ってみたんだけど、泥がぬかるんでいて軽トラがそこに嵌ってしまい、脱出するのに大騒ぎだった 笑)ため、今日のうちにできるだけチョキチョキ作業をすすめておかなくちゃいけません。

 

タレント本、他

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KiKi は基本的には「タレント本」と呼ばれるジャンルの本があまり好きではありません。  かつてベストセラーになった「タレント本」を何冊か、「時流に遅れてなるものか!」的な意識で読んだことがあるのですが、さほど気に入ったものはなかったように思います。  別に僻んでいるつもりはないし、読ませる力のある人が物を書くことにも反論する気はないんだけど、何となく頭の片隅に浮かんじゃう言葉があるんですよね~。  「○名行為」・・・・・。  だから、もう何年も「タレント本」は意識的に避けるようになってきていたし、今回も図書館でたまたま見つけたのでなければ恐らく手を出さなかっただろうと思います。

この水曜日、木曜日の東京での仕事のために帰京する際、たまたま吾妻郡図書館の近くのとあるお店に寄る用事があったので、ついでに図書館に寄ってみました。  と言うのも、東京での移動時間(東京での移動は常に電車、片道ざっと1時間弱)にさらっと読めちゃう本を探してみたかったんですよね。  それに今回は水曜日の夜と木曜日の夜の2泊、東京のマンションで過ごす予定にしていたので、野良作業という体力勝負の日々からはちょっぴり離れて、春の夜長(?)を楽しむ余裕があるかもしれないと思ったもので・・・・・。  で、その際に借りてきた3冊をこの2日間で読了しました。

生かされている私 - ナチュラリストの幸せ
著:高木美保  講談社

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もうだいじょうぶ
自然が私を支えてくれる。
季節と共に暮らすこと――それは大きな安心感だった!

ささやかな畑の向こうに、とてつもなく大きな時間が横たわっているのを感じた時、私はいろいろな意味でコントロールするのを止め始めた。  それよりも、まだよくわからない大きな何かに素直に乗っかって、生きることの意味を知りたくなっている。  (単行本表紙 & 裏表紙より転載)

ちょっと農業してきます
著:大桃美代子  sasaeru文庫

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田んぼの水面をわたった涼しい風、用水路の心地よい水の音、ひんやりとした土の感触...。  都会の生活で心も体も疲れきったあなたには、エステや温泉旅行より、農業のほうが効果的!?  平日は芸能活動、週末は農業活動を続けてきた著者が、ハードだけどハッピーなプチ農村暮らしをレポートします。   (文庫本裏表紙より転載)

個人的に、タレントさんとしての好き嫌い・・・・ということを考えてみた時、高木美保さんはどちらかと言うと好きな女優さん、大桃美代子さんはあんまり好きじゃないタイプの(と言うよりまったく興味のない)タレントさん、という先入観があることをまずは白状しておきますね。  で、その「好き・嫌い」が反映されている可能性が否定はできないんですけど、この2冊、高木さんの本の方は☆4つぐらい、申し訳ないけれど大桃さんの本の方は☆1.5ぐらいというのが KiKi の正直な感想です。  恐らくこれには、同じようなことをしているにしても、その動機の違い・・・・みたいなものが大きく作用しているように思うんですよね~。

  

自分ではよくわからないまま「あんたもムラの一員だ」と言われ、有権者でもないのに「ムラの選挙」に結果的に参加してしまった KiKi。  いずれはこのムラで「ホンモノのムラの一員」として暮らすことを考えている以上、「本質的にムラっていうところがどんなもんなのか?」  それをもっとちゃんと考えておかなくちゃいけないなぁと感じています。  本来ならそこで暮らしながら考え、答えを見つけていくべきだとは思うけれど、やっぱり都会人の哀しさか、何らかのガイドのようなものが欲しいなぁと考えちゃうんですよね。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

むらの原理 都市の原理
著:原田津  社団法人 農山漁村文化協会

41VKK8AGGZL__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

むらと都市は異なる原理で...食と農は同じ原理で...四十年にわたる農村巡礼のなかに、都会育ちの著者が感受した異と同のハーモニー。

自立したむらの人間は権利を必要としないが、自立する条件のない都市では管理される事を拒めない。  だからよりよい管理を求めて権利を行使する。  むらと都市の原理的差異を明らかにし「すみわけ」を説く。  (以上、Amazon より転載)

この本に出会えたことをまずは感謝したいと思います。  KiKi が漠然と頭の中で思考しながらも、どうにもこうにも整理がつかなかったある種の問題意識に1つの視点を与えてくれた本だったからです。  この本に書かれていることは、KiKi がかつてこのブログでご紹介した、内山節さんの著作に書かれていたことと、根っこには同じ問題意識・感覚があり、それを別の切り口から切り出した本。  そんな印象を受けました。  

本書の構成は3章に分かれていますが、著者の「社会に対する視点のキモ」は第1章に集約されていると感じます。  因みにその第1章は1970年代に書かれた論考なのですが、KiKi には「古さ」のようなものは一切感じられず、どちらかというと「これまでそんなことを考えてみる事さえしなかった新しい視点」というように感じられました。

KiKi がLothlórien_山小舎生活を始めようと画策し始めた頃、会社の同僚や部下の多くから「何を好き好んで田舎で暮らしたいと考えるようになったのか?」という質問を多く受けました。  でも「何で?」と聞かれても正直なところ KiKi にはそれに応える合理的な解答の準備はありませんでした。  強いて言えば「土をいじる生活を子供の頃していて、若い頃はその世界から飛び出して広い世界(文字通り、日本国内ではなく他国を含めた世界)で学生時代に学んだことを生かしながら、自分にできることを精一杯やることに喜びを感じていたけれど、30歳頃から『老後』を意識し始め、最後はあの子供の頃の生活に戻りたいと感じるようになったから。」ということだったんだけど、そこから派生して「こんな生活」「あんな生活」と具体的な話を始めると、多くの人が「あ、要するに自給自足的な生活がしたいっていうことなんですね?」と締めくくりました。  でもね、正直なところ KiKi は都会の人たちが漠然と言うところの「自給自足的な生活」をしたいと思っていたわけではなかったし、その締めくくられ方には釈然としないものを感じていました。

だから・・・・と言うわけではないんだけど、冠に「自給自足的生活」という文字が躍る書物や雑誌などには正直なところあんまり興味がありませんでした。  何となく・・・・ではあるんだけど、そういう書物を目にしたり読むことによって、自分がLothlórien_山小舎で試行してみようと考えている生活までもがその「自給自足的生活」というプロトタイプに陥っていってしまうような気がして、それだけは避けたいというある種の抵抗感みたいなものがあって、意識的にそういう本を読まずに過ごしてきたのです。  

でも、今回「高山農園」のあれこれを考えるにあたって、もっときちんと「自分が何をしたいのか」を考えるためにも「農」とか「村」の生活に対する自分の立ち位置を明確にしたいという思いが募ってきたので、吾妻郡図書館から何種類かの本を借りてきました。  そのうちの1冊が本日の KiKi の読了本です。

今関さんちの自給自足的生活入門
著:今関知良  家の光協会

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脱サラ就農をした著者が教える、試行錯誤を繰り返しながらたどりついた自給自足方法。  自然の中でのお金を使わない豊かな暮らしを、イラストとともに紹介する。  (Amazon より転載)

もしも KiKi がこの本を図書館で見つけたのではなく、Amazon のこの紹介文を読んでいて・・・・ということだったとすると、恐らく KiKi はこの本を読んでみようとは思わなかっただろうと思います。  というのは KiKi は「脱サラ就農をしたい」と思っていたわけではないし、上記のように「自給自足的生活をしたい」と思っていたわけでもないし、まして、「自然の中でお金を使わない豊かな暮らしができると憧れていた」わけでもないからです。  KiKi がこの本を読んでみようと思ったのはこの本の冒頭、「はじめに」のところに著者本人が以下のような言葉を書いていたからなのです。

わたしたちは「自給自足的な暮らしをしたい」と考えて、農業を始めたのではありません。  (中略)  有機農業の農家は、ただもくもくと野菜を作っているだけではなかったのです。  どのようにしてよい土をつくっていくのか、どのようにして野菜を育てているのか、その苦労や喜びを消費者に語りかけ、また消費者も生産者の呼びかけに応えて畑に出かけ、ともに土に触れ、食べものといういのちの源を互いに見つめあっている・・・・。  それは生産者が作った野菜を、消費者がお金を払って買うだけという、売買関係だけのものではなかったのです。

この(↑)太字部分の記述が KiKi のアンテナに引っかかりました。  図書館で本を選ぶ際にパラパラっとめくったページにあったこの言葉を目にすることがなかったら、恐らく KiKi はこの本を棚に戻してしまっていたと思います。  何て言うか、自給自足的生活をするためのハウ・ツー本だったら KiKi には用はないからです。

 

KiKi の大好きな作家、上橋菜穂子さんの文化人類学者としての著作があのちくま文庫から出ている・・・・ということを知ったのは恥ずかしながらつい最近のことでした。  彼女の文学作品から溢れ出ているある種のリアリティに常に心惹かれてきた KiKi は、そのベースにあるのはきっと「人が人としていかに生きているのか?」をじっくりと考察した文化人類学者としての顔があるからだろうと思ってきました。  彼女はきっと物語を書く際にもこの人たちは朝何時に起きて、まず何をして、食事は3度取るのか、その食事は誰が作るのか、行動するのは昼間か夜か、男の主な役割は、女の主な役割は、時間の観念はあるのか、通貨を持っているのか、死をどう考えているのか・・・・etc. etc.。  要するに「出産から墓場、さらには死後の世界まで」をきっちりと想定してから描いているに違いないと思っていました。  ま、てなわけで、そんな彼女の文化人類学者としての顔をちょっと盗み見したいという好奇心からこの本を手に取りました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民
著:上橋菜穂子  ちくま文庫

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独自の生活様式と思想を持ち、過酷な自然のなかで生きる「大自然の民」アボリジニ。  しかしそんなイメージとは裏腹に、マイノリティとして町に暮らすアボリジニもまた、多くいる。  伝統文化を失い、白人と同じように暮らしながら、なおアボリジニのイメージに翻弄されて生きる人々。  彼らの過去と現在をいきいきと描く、作家上橋菜穂子の、研究者としての姿が見える本。  池上彰のよくわかる解説付き!  (文庫本裏表紙より転載)

「異文化交流」「異文化共存」。  あまりにも手垢にまみれた感のあるこの言葉。  それぞれの言葉が持つスローガンは高尚なものだと思うし、決してそれらを否定するものではないけれど、その実現となると絶望的なまでに多くの問題を孕むものなんだなぁ・・・・ということを改めて再認識しました。  極論すれば異文化が共存するために必要なことは「侵略なしの相互不干渉」しかないのではないか・・・・と。  だいたいにおいて「農耕民族」と「狩猟採集民族」が同じ道義で生きているはずはないし、「土地を所有する」という考え方がある民族と「土地はみんなのもので個人に属すものではない」という考え方がある民族が同じフィールドに立てば摩擦が起こるのは必至なわけで・・・・・。

KiKi はね、今Lothlórien_山小舎で大半の時間を暮らすようになってますます感じていることなんだけど、KiKi の都市的感覚だと KiKi の地所は境界線のここからここまでで、そこから一歩でもはみ出すことをすることは原則的にやっちゃいけないことで、もしも何らかの理由ではみ出して何かをせざるをえないのであれば、追加で土地を購入するなりそれなりの対価(借地料)を支払って初めてできる・・・・と考えるわけだけど、この村ではそのあたりの感覚はもっとおおらかです。  KiKi の地所と地続きの隣の地所が広々と空いていて、そこに今は薪の原材料となる材木を置かせてもらっているんだけど、それを事前に地主さんにお願いに行った際、当然 KiKi は何らかのお金で解決せざるをえないだろうなぁと思っていたんだけど、地主さんの反応は KiKi にとって拍子抜けするものでした。

「誰も使っていないんだから、遠慮しないでどうぞどうぞ。  お金?  そんなもん、いらん。  それより余っている土地も使って何か作ったら??  余らせておいても勿体ないし・・・・。  建物を建てられちゃ困るけど、必要な時は言うからそれまでは、果樹を植えるなり畑にするなりワンちゃんの遊び場にするなり、好きにしていいから。」

もちろん人様の土地に建物を建てるほど図々しくもないけれど、果樹なんて植えたら「ちょっとどけて」と言われてホイホイと対応できることでもないのになぁ・・・・と思うと、何だかおかしいやら、呆れちゃうやらだったことをこの本を読んでいて思い出しました。  でもね、その地主さんは「空いているのになぜ使おうとしないか不思議だった」と言いながら、あれやこれやと使い道の指南をしてくださったりもして、今はありがた~く畑にさせていただいているんだけど、彼らは土地を「所有する」という考え方は持っていて、それを「売る」という感覚も持っているのに、なぜか「貸す」という感覚だけはしっくりこないみたいなんですよね~。

 

今日のエントリーは正直何を書けばいいのかよくわからない状態のまま、今、PCに向かっています。    と言うのも、タイトルに惹かれて図書館から借りてきた本だったにも関わらず、どうも KiKi とは相性が良くない本を読了しちゃったから・・・・・。  正直なところあまり書くこともないんだけど(^^;)、このブログは KiKi の読書記録を兼ねているので、一応エントリーは起こしている・・・・そんな感じです。  ま、てなわけで、本日の KiKi の読了本はこちらです。

イギリス・ファンタジーへの旅
著:岩野礼子  晶文社

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この世界と背中合わせにもうひとつの世界があり、二つの世界は秘密の扉でつながっている―。  少女の頃から読んできた物語の世界にあこがれてロンドンに住むことになった岩野さんは、街のとある場所にそんな扉を見つけて、二つの世界を自由に行き来できるようになったのです。  『指輪物語』から『ハリー・ポッターと賢者の石』まで、大人も子どももとりこにしてやまない、イギリスのファンタジー物語の魅力を解きあかす。  (単行本扉より転載)

う~ん、扱っている素材はトコトン KiKi 好みなのにどうしてこんなに読みにくいんだろうか・・・・。  正直なところ途中で読むのを辞めようかと思っちゃったぐらい、KiKi には読みにくい文章でした。  何て言ったらいいんだろう??  要するに何を伝えたい文章なのかよくわからない文章だと思うんですよね~。  書きたいことを整理しないまま、だらだらと言葉だけを羅列した・・・・そんな印象の本なんですよ。  おまけに「イギリス・ファンタジーへの旅」というタイトルの本にも関わらず、「赤毛のアン」やら「ゲド戦記」まで出てくるし・・・・・。  いえね、KiKi も「赤毛のアン」はともかくとして(実はちょっと苦手だったりする ^^;)、「ゲド戦記」は ♪ か★な★り ♪ 好きな物語なんですよ。  でもねぇ、一応タイトルが「イギリス・ファンタジーへの旅」となっている以上、最低限でもイギリスを舞台にしているかイギリス作家の物語を扱うべきなんじゃないかなぁ・・・・と。  そうでなければ、「これらの物語も自分にとってはイギリス・ファンタジーの流れを汲む作品です。  と言うのは・・・・」みたいな考察があってしかるべきじゃないかなぁ・・・・と。  

で、イギリス・ファンタジーへの旅と題されている割には、その物語の舞台を訪ねてみてのエッセイ・・・・というわけでもなさそうだし、作家の生きた世界を訪ねてみてのエッセイ・・・・というわけでもなさそうなんですよ、これが。  で、あちらこちらの章に「私がイギリスに来るようになったいきさつ」的なお話とか、「かの地で出会い、一旦は恋愛感情を抱いたけれど結果的にうまくいかなかったオノコとのあれこれ」みたいなお話が出てきて、「え~っと、ファンタジーの話はどこへいっちゃったんだ??」みたいな気分にさせられちゃうんですよ。  これって著者の読書遍歴と自叙伝のまぜこぜ本???  いやはや、何とも不思議な読書体験でした。

 

今日も吾妻郡図書館で借り出してきた本のご紹介です。  KiKi の読書の原点とも言える「イギリス児童文学(というよりファンタジー?)」の名作7つと、その作品 & 作家ゆかりの土地の案内本です。  こういう本(とんぼの本シリーズとか 笑)は眺めるだけでも楽しいので、本屋さんではついつい手にとってパラパラとめくってみて悦に入ったりもするんですけど、なかなか購入意欲までにはつながらない KiKi ^^;  たまたま図書館の棚で目を引いた・・・・のと同時に、この本の著者が先日読了した「クロニクル 千古の闇シリーズ」の訳者さんだということに気がついてしまったため、思わず借り出してきてしまいました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

イギリス7つのファンタジーをめぐる旅
著:さくまゆみこ  メディアファクトリー

51+zKOb3qPL__SX230_.jpegのサムネール画像 (Amazon)

7つのファンタジーをめぐる旅。  ビアトリクス・ポター、ルイス・キャロル、A.A.ミルン、J.M.バリ、チャールズ・ディケンズ、ケネス・グレアム、ルーシー・ボストン。  作家たちの生きた時間がよみがえる!  息づかいが聞こえる。  (Amazonより転載)

やっぱり楽しいなぁ、こういう本って!!  図版も写真もふんだんに使われていて、読む・・・というよりは眺めて楽しめるところが魅力です。  もしも KiKi が大学時代、イギリスに暫く滞在していた時期にこの本が既に出ていたなら、絶対にこの本を片手にすべての土地を歩き巡り、作者と同じように多くの事物に直接手を触れて大興奮したであろうこと、疑う余地もありません。  最もこういう本がないとそういう行動には移れなかったこと自体が KiKi が文学を学んでいく上での限界の証左だったのかもしれませんが・・・・ ^^;  まあ、正直なところ KiKi は長らく多くの物語に描かれた世界には大いなる興味を持っていても、その作品をものした作家や翻訳家にはあまり興味を抱かなかったんですよね~。  だからこの本を読んで一番の収穫だったのはこのエントリーこのエントリーでご紹介した作品の作家さんが、あの「グリーン・ノウ シリーズ」の作家さんと同一人物であることをようやく知ったこと・・・・だったかもしれません ^^;

この本で扱われている7つのファンタジーとは以下の作品です。

「ピーター・ラビットのおはなし」  ビアトリクス・ポター
「ふしぎの国のアリス」  ルイス・キャロル
「クマのプーさん」  A.A. ミルン
「ピーター・パン」  J.M. バリ
「クリスマス・キャロル」  チャールズ・ディケンズ
「たのしい川べ」  ケネス・グレアム
「グリーン・ノウの子どもたち」  ルーシー・ボストン

いずれ劣らぬ素敵な物語ばかりでしょう!!  欲を言うならこれに追加で E.ファージョン と C.S.ルイス と A.アトリー と A.ランサム と M.ノートン と J.R.R.トールキン が入っていたら、KiKiにとっては申し分のない本だったんですけどねぇ・・・・。

      

最近の KiKi の読書傾向は思いっきり「ファンタジー・童話集」に偏ってきています。  ま、もともとこのブログでメインに取り扱う予定なのが「岩波少年文庫」だし、そもそもこのブログの前身「落ちこぼれ会計人の本棚」を開設した際にも「昔懐かしい物語の世界」に遊ぶことを目的としていたわけだから、これは当初の思惑通り・・・・ではあるんですけどね(笑)  で、ここいらでちょっとこれから読み進めていく本のガイドが欲しいなぁ・・・・と感じ始めていたんですよ。  で、ふと気がつけば、随分前に購入して本棚に積読状態になっていたこ~んな本があったんですよね~。

大人のファンタジー読本 未知なる扉をひらく180選
編:やまねこ翻訳クラブ  マッグガーデン

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プロの翻訳家たちが選ぶ、大人が読む異世界小説ブックガイド。  金原瑞人氏と若手翻訳家の鼎談「ファンタジーって、なんだよ?」。  「西の善き魔女」「精霊の守り人」「血族の物語」など、ハリポタ、ナルニアの次に読むファンタジーを満載。  注目の未訳書紹介、全作品詳細データ付き。  (Amazon より転載)

この本、いわゆる「読書案内本」なんですけど、結構楽しめました。  やっぱり翻訳なんていう膨大な時間を要する作業を生業とされていらっしゃる方のご紹介なので、ご紹介文そのものに作品に対する愛情・・・・というか、強い思い入れが感じられるんですよね~。  要するに「評論家」の書く「それ」とは一線を画している・・・・とでも言いましょうか。  それにね、この本のもう1つの良さは例えば冒頭の荻原規子さんの「西の善き魔女」のご紹介の下に、彼女のその他の作品「これは王国のかぎ」「空色勾玉」三部作、「樹上のゆりかご」なども紹介されているところ。  難点を言えば今となってはちょっと古い(要するに最新作の情報がない)ことと、どうやら現在は絶版状態らしい・・・・ということでしょうか??    

ま、せっかくなので、今後はこれも参考にして「ファンタジー系」の充実を図ってみようかなぁ・・・・と。  てなわけで、一応この本で紹介されているファンタジー作品の Index もぼちぼちと作成していく予定・・・・・です。  現在ある「ファンタジー・民話・童話の Index」のデザインを変えるか、別エントリーを立てるかはちょっと検討してみます。  

吾妻郡図書館

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KiKi は今週末もLothlórien_山小舎に来ています。  今まであまりこのブログでは明記してこなかったのですが、Lothlórien_山小舎は群馬県吾妻郡高山村というところにあります。  で、その高山村なんですけどとっても小さな(面積は広いけれど)村で、残念なことに村の図書館というものがありません ^^;  今はまだ東京のマンションとLothlórien_山小舎を行ったり来たりしている KiKi ですが、いずれはこの山小舎に定住することを目論んでいます。  その時、一番大きな問題(移住決心阻害要因とでも言いましょうか 苦笑)の1つはこの「図書館がないこと」でした。  

で、色々調べていたんですが、高山村の隣町の中之条町というところに「吾妻郡図書館」なるものがあることがわかりました。  Lothlórien_山小舎からは車で15分~20分ぐらいのところになります。  ネットで見る限り、なかなか気持ちのよさそうな図書館です。  ま、てなわけで本日は急遽思い立ってその下見に行ってみることにしました。

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外観はこんな感じです。  ツインプラザと銘打ってあるだけのことはあり、2つの棟から構成され、片側が図書館、残りのもう片方が「生涯学習センター」です。  

中もこんな雰囲気で、なかなか素敵です。

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KiKi が普段使っている東京の図書館は悪くはないんですけど、ここまで気持ちのよさそうな雰囲気はないし、ついでに言うと本も心なしかボロボロだし、いつも込んでいてゆったりと本を選ぶという感じではなかったりします。  東京の図書館のほうが勝っているのは蔵書数と1度に借りることができる冊数の多さ・・・・でしょうか(笑 もっともそれって結構重要だったりもするのですが・・・・ ^^;)

でも、こんな素敵な場所が近くにあるというだけで何だか嬉しくなってしまう KiKi なのです。  よ~し、これからはこの図書館もガンガン利用するぞ~!!

 

以前、このエントリーでもお話した創刊60年記念のリクエスト復刊の詳細(?)が岩波書店のHPにアップされていました。  

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ああ、やっぱりこれはかつて出ていた「特装版」とか「復刻版」と似たような特別装丁でしたねぇ・・・・。  って言うことはですよ。  これはやはり18点というあまりにも中途半端な復刊冊数が気になるんですよね~。  これまでの特別装丁版は常に30冊セットでしたから・・・・・・。

でも、この手の特別装丁版は発売されると足が早くて、あっという間に売り切れちゃうんですよね~。  (限定販売だったりするので・・・・・・)。  過去において KiKi は「特装版」は結構なお値段を払って古本屋さんでゲットしなくちゃならなかったし・・・・・・。  う~ん、どのタイミングでどんな揃え方をすれば後悔せずに済むんだろうか・・・・・・。  岩波書店さんもずいぶん罪な出し方をしてくれたものです。

 

追記:2010年10月23日

今日、本屋さんへ行ってこれらの本の実物を見てきました。  結果、わかったこと。  過去に出された「特装版」とか「復刻版」は表紙の紙質も通常の少年文庫とは異なる厚紙仕様、通常であれば紙の栞が挟まれているものが栞紐(しおりひも)だったのに対し、今回のリクエスト復刊は現在のソフトカバー部分の装丁が上の写真にあるようなデザインになっているだけのもの・・・・・だったんですね。  こうなると、KiKi としては既に入手済みの「特装版」や「復刻版」とダブッているものは必要ないし、他にも既に古本屋さんで入手済みの「隊商」とか「キュリー夫人」もいらないっていう結論になりました。  既に絶版になってしまっていてなかなか入手できなかったものが再版されてラッキー♪っていうことでしょうか(笑)        

 

   

つい先日、このエントリーで岩波少年文庫復刊60年記念で現在絶版状態の18冊が復刊されることに関してお話させていただきましたが、昨日 KiKi の手元に届いた「やかましネットワーク 40号」(岩波書店児童書編集部作成の小冊子;無料)に最終的に決定された復刊18冊が載っていました。

 1. 星のひとみ (トペリウス作、 万沢まき訳)
 2. ウサギどんキツネどん (ハリス作、 八波直則訳)
 3. ジュンとひみつの友だち (佐藤さとる作)
 4. 銀のスケート ハンスブリンカーの物語 (ドッジ作、 石井桃子訳)
 5. 隊商 キャラバン (ハウフ作、 高橋健二訳)
 6. 木曜日はあそびの日 (グリパリ作、 金川光夫訳)
 7. 火の鳥と魔法のじゅうたん (ネズピット作、 猪熊葉子訳)
 8. よろこびの日 ワルシャワの少年時代 (シンガー作、 工藤幸夫訳)
 9. ささやき貝の秘密 (ロフティング作、 山下明生訳)
10. 合言葉は手ぶくろの片っぽ (乙骨淑子作)
11. 海のたまご (ボストン作、 猪熊葉子訳)
12. 闘牛の影 (ヴォイチェホフスカ作、 渡辺茂男訳)
13. 夜が明けるまで (ヴォイチェホフスカ作、 清水真砂子訳)
14. 地下の洞穴の冒険 (チャーチ作、 大塚勇三訳)
15. 石の花 (バジョーフ作、 佐野朝子訳)

これ(↑)が前回、ご紹介した既に決定されていた復刊本リストだったんですけど、残り3冊は以下のようなラインナップになっています。

16. キュリー夫人 (ドーリー作、 光吉夏弥訳)
17. バラとゆびわ (サッカレイ作、 刈田元司訳)
18. ニーベルンゲンの宝 (シャルク作、 相良守峯訳)

いや~、なかなか錚々たる顔ぶれですねぇ。  しかも、しかも、です。  どうやら今回のこの復刊では「特別装丁で」一斉販売されるとのこと。  これまでもあった特別装丁の「特装版」(1990年) & 「復刻版」(1992年)はきっちりと押さえている KiKi としては、これは悩ましいところです。  だってねぇ、18冊のうち4冊は「特装版」 もしくは 「復刻版」と被っているんですよね~。  「特装版」 も 「復刻版」もとっても素敵な装丁だっただけに、それが揃っているっていうのはそれだけで KiKi としてはニンマリしちゃうようなところがあるんですよ。  

である以上、これはきれいにセットで揃えたい(被っていてもOKと割り切って)という気持ちが半分、まあ今回は今のところ18冊という中途半端さ(かつての2種類の特別装丁のシリーズは共に30冊という非常にキリのよい冊数だった)であることを考えると、これはこのあと追加の12冊が企画されやっぱり30冊になるのか、はたまた今回はこの中途半端なまんまでいこうとしているのか、をきちんと見極めたうえで、どうするか決めようという気持ちが半分。  ま、要するにその辺がはっきりしていないために、どんな資金繰りを考えればいいのか判然としないで困っているっていう感じです。

これに追加で、同じこちらのエントリーでこれら18冊の復刊とは別に新訳で出る予定の物語としてザルテンの「バンビ」とロダーリの「チポリーノの冒険」をご紹介してあったんですけど、これに追加で(もしくは「チポリーノの冒険」はお蔵入り???  そのあたり判然としません。  何せ岩波さんが出している刊行物で記述内容に違いがあるので・・・・・)、バーネット夫人の「小公子」 & 「小公女」の新訳の準備も進んでいるようです。

う~ん、そうなってくるとかえすがえすも残念なのは「アンクル・トムの小屋」とか、「黒馬物語」とか、「ジャングル・ブック」とか、「ワンダ・ブック」とか、「せむしの小馬」とか、「ジェーン・アダムスの生涯」とか、「アンナプルナ登頂」とか、とか、とか、とか・・・・・・、KiKi のお気に入りで現在絶版中の何冊かがリストに入っていないことなんですよね~。 

でね、今回判明した残りの3冊はどれもこれも「宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文展」で選ばれている作品ばかり・・・・・。  う~ん、やっぱり「あの宮崎監督が選んだ50冊なら読んでみよう」というような読者を目当てにして追加したラインナップってことですよね。  こうなることがわかっていたら宮崎さんには50冊なんてケチな選別ではなく100冊とか200冊とか選んでもらっておけばよかったんじゃないかというような気がしないでもない・・・・・^^;  (もっともこの50冊のうち、今回の復刊後も絶版状態になるものが約1割あるんですけどね)

ま、いろいろ残念だったり、頭が痛かったりと、複雑な心境でもあるのですが、総じて見ると KiKi にとっては非常に喜ばしい「創刊60年記念」となりそうです(笑)。 

 

たまたま今日、Amazon をチェックしていたら、KiKi にとってと~っても悩ましいニュースが載っていました。  な、な、なんと、あの上橋菜穂子さんの、あの「獣の奏者」の、外伝が出るらしい!!!!  詳細はこちらです。

51OVVzCoApL__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

120万部突破の人気シリーズ「外伝」登場。  エリンとイアルの同棲時代、師エサルの若き日の苦い恋、息子ジェシのあどけない一瞬......。  本編では明かされなかった空白の11年間にはこんな時が流れていた!

 

で、上橋さんのコメントもあってそれは


ずっと心の中にあった
エリンとイアル、エサルの人生――
彼女らが人として生きてきた日々を
書き残したいという思いに突き動かされて書いた物語集です。
「刹那」はイアルの語り、「秘め事」はエサルの語りという、
私にとっては珍しい書き方を試みました。
楽しんでいただければ幸いです。

というもの。  いや~、これは楽しみです。  因みに予定発売日は2010年9月4日とのこと。  でも KiKi がこの本を読むことができるのはいつになることやら・・・・・・ ^^;

因みに Amazon にはこんな特集ページまでありました。  で、このページを目を見開いて眺めていたら「獣の奏者 外伝 刹那」を少し読む な~んていうリンクページがあって思わずクリック、クリック。  そしたらこ~んなページに繋がってしまいました。  ついつい調子に乗って読み始めちゃったので、結局最初の10ページのみ既読になってしまった・・・・・・ ^^;

う~ん、これは予約ボタンをポチッと押すことになってしまうんだろうか????  ああ、9月の図書購入費が恐い・・・・・・(汗)  10月に向けて「図書費予算支出」を抑えておこうと思っていた矢先だったのにぃ!!!!!  

ハゲタカⅡ 真山仁

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「ハゲタカ(上)(下)巻」に引き続き、その続編、「ハゲタカⅡ(上)(下)」巻を読了しました。  この本はハードカバーのときは「バイアウト」というタイトルだったものが、TVドラマヒットの影響で文庫本化された際に「ハゲタカⅡ」というタイトルになったらしい・・・・・ ^^;  いかにもっていう日本人っぽいマーケティング戦略(とさえ呼べないような気がしないでもない)に則ったネーミングに苦笑しつつ、本日のKiKi の読了本のご紹介です。

ハゲタカⅡ(上)(下)
著:真山仁  講談社文庫

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     (Amazon)                          (Amazon)

「いつか日本を買収(バイアウト)するーー」。  1年の海外放浪を経て、帰国した鷲津政彦が、まず標的(ターゲツト)に定めたのは、繊維業界の老舗「鈴紡」。  一方、鈴紡は元銀行員の芝野健夫を招聘し買収防衛を図る。  その裏に、かつての芝野の上司で、UTB銀行頭取、飯島の思惑があった。  激烈な買収戦争で最後に笑うのは?  (『バイアウト』改題)  (文庫本上巻裏表紙より転載)

鈴紡の次に、鷲津が狙いをつけたのは、巨大電機メーカー・曙電機だった。  曙は買収阻止と再建の切り札として芝野を頼る。  再び相対する二人。  攻める鷲津、守る芝野、さらにアメリカの有力ファンドも買収に参入し、事態は混沌としていく。  企業買収を舞台に、壮大なスケールで描いた話題作。  (『バイアウト』改題)  (文庫本下巻裏表紙より転載)

ドラマより数段面白い!!  そして今回この2作(ハゲタカ & ハゲタカⅡ)を読んで一番感じたのは久々に新渡戸稲造の「武士道」と坂口安吾の「堕落論」を読み返してみようかな・・・・ということです。  「ハゲタカ」でチャプターが変わるたびに新渡戸稲造の「武士道」からの引用があるのは何故か、正直なところ???だったのですが、このハゲタカⅡに結ぶための1つの伏線みたいなものでもあったのですねぇ・・・・・。  ただ逆にこのⅡで同じようにチャプターが変わるたびに坂口安吾の「堕落論」「続堕落論」からの引用があるのには「上手いなぁ・・・・」と感嘆しました。  KiKi は「ハゲタカ」を読んでいる時に「武士道」よりも「堕落論」の方が脳内イメージとしては濃厚に浮かび上がっていたようなところがあるだけに尚更です。

そう、そういう意味では「鷲津」さんを「武士」扱いする展開には正直なところ疑問が残るんですよね~。  まあ、これは KiKi 自身が「武士とは何たるか?」に関して、未だに定義できていないところに原因があるような気もするのですが・・・・・・。  武士及び武士道って KiKi にとってはある種の「美学」ではあるように感じられるけれど、それでも日本人のメンタリティの根幹を作っている「お国第一」というか、「寄らば大樹の陰」的な部分を熟成している根幹のような気もするし・・・・・・。  まあこれは KiKi が大嫌いな「正義」という言葉が頻発していることにも影響されているのかもしれません。

KiKi はね、「正義」という一見美しそうな、その実、正体不明な言葉ほど、自分の思考停止を招く危険な言葉はないと思っているんですよね。  「正義≒善」「正義≒正しいこと」「正義≒万人受け」みたいな安易さが正直なところ怖い・・・・・。      

ハゲタカ 真山仁

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先日、ドラマ & 映画の「ハゲタカ」を鑑賞し、これはぜひ原作本を読んでみたいと思いました。  幸いなことに文庫本化されていたし、最近の KiKi のお気に入りの E-Bookoff でお手ごろ価格で入手することができた(ついでに、これを購入すると配送料無料になる金額に到達できた! 笑)ので、早速購入してみました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

ハゲタカ (上)(下)
著:真山仁  講談社文庫

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      (Amazon)                          (Amazon)

ニューヨークの投資ファンド運営会社社長・鷲津政彦は、バブル崩壊後、不景気に苦しむ日本に戻り、瀕死状態の企業を次々と買収する。  敵対するファンドによる妨害や、買収先の社員からの反発を受けながらも、鷲津は斬新な再プランを披露し、業績を上げていく。  企業買収、再生の真実を克明に描いた問題作。  (文庫本上巻裏表紙より転載)

企業再生が軌道に乗りはじめた頃、鷲津政彦は元銀行員・芝野健夫、老舗ホテルオーナーの娘・松平貴子と偶然出会う。  二人と接触を重ねるたびに、鷲津の過去が明らかになっていく。  そこに潜むある事件とは?  そしてニューヨークから日本に戻った鷲津の真意が判明した瞬間、驚愕のクライマックスが訪れる。  (文庫本下巻裏表紙より転載)

ドラマにしろ、この小説にしろ、「このど阿呆な国、全部買うてしもたるわ」「腐った日本を買い叩く」というある意味ショッキングなフレーズと、死肉を貪る「ハゲタカ」というイメージが強烈で、そこに善悪みたいな一見わかりやすくその実メチャクチャややこしい、日本人の好きな感情論が入り込む余地があるオハナシっていう感じがします。  又、Amazon のどなたかの書評に

みんな出来ればより安価なコストでそういう世界(億単位の金を動かして債権を買ったり、会社を買ったりというような世界)を知りたい、もっと言えば、誰か教えて、って思ってるわけです。

外資だ「ハゲタカ」だっていうけど、結局何なの?  彼らは何をやってるの?  どうやって儲けてるの?   彼らの目的は何なの?

そういった期待にいかに応えるか。  本書が目指しているのはそこです。  そして本書は実に適格にそれに応えている。   それはまさに元新聞記者の嗅覚のなせる業と言えるでしょう。

というものがありましたが、このコメントはホント言いえて妙だと感じます。  バブル崩壊後の様々な買収劇の中で「外資バッシング」みたいなことがあったことも懐かしく思い出されます。  あの頃 KiKi は思ったものでした。  この国は江戸時代からまったく変わらないメンタリティを持ち続けているんだろうか?  いや、なまじ中途半端に民主主義だの、資本主義だのを受け入れているだけに、事はもっと厄介だなぁ・・・・・と。  

KiKi は長く外資系の会社に在籍し、いわゆる「グローバル・スタンダード」というヤツの洗礼を受け、「国際会計基準」な~んていうものが出てくる前から、US GAAP ベースの会計に慣れ親しんでいたし、ファンド会社ではないけれど企業の M&A なんかにも関わる仕事をしてきたということもあって、鷲津さんたちの仕事のいわゆる「ロジック」に関しては嫌悪感やえげつなさを感じるよりも、ある種の共感みたいなものを覚えてしまうようなところがあります。

  

ぐるりのこと 梨木香歩

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梨木作品に戻ってきました。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

ぐるりのこと
著:梨木香歩  新潮文庫

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旅先で、風切羽の折れたカラスと目が合って、「生き延びる」ということを考える。  沼地や湿原に心惹かれ、その周囲の命に思いが広がる。  英国のセブンシスターズの断崖で風に吹かれながら思うこと、トルコの旅の途上、ヘジャーブをかぶった女性とのひとときの交流。  旅先で、日常で、生きていく日々の中で胸に去来する強い感情。  「物語を語りたい」―創作へと向う思いを綴るエッセイ。  (文庫本裏表紙より転載)

このエッセイ、KiKi は好きですね~。  ただ読みやすいか、読みにくいかと言えばかなり読みにくいエッセイだと思うんですよね。  話が大きく飛ぶのは梨木さんの特徴・・・・・でもあるからさほどの戸惑いはないのですが、KiKi もこのブログでやりがちな()カッコ書きでの追記・・・・・がかなり多く、その()部分があまりにも長かったりするので、1つの文脈を2度、3度と読み直してみないと何の話だったのかわからなくなってしまった・・・・・ということも多々あって・・・・・。

ただね、これは論文ではなく、文学作品でもなく、エッセイであることを考えると、KiKi にとっては許容できる範囲の文脈の迷いなんですよね~。  逆に1つのことをああでもない、こうでもない、こっちの観点から見ると○○だけど、そう言い切っていいものだろうかと逡巡する姿勢そのものに、誠実さのようなものを感じます。  特に今回のこのエッセイで梨木さんが徹底的に拘っていらっしゃるのは自分は「わかったつもりになっている」けれどその実「何もわかっていないのではないか?」という想い、「物事を単純化、明解化することは悪いことではないけれど、今、誰もが思っているほど本当に正しいことなのか?」という想いがあるように感じられるからです。

イマドキの書き物は言い切り型の作品が多く、それはそれでその作者の立ち位置・主張がわかりやすいのでストレスを感じないですむ・・・・・のは事実ですが、自分がちゃんと物事を考えることができているのか?に拘っている KiKi にとっては、言い切ること ≒ 物事の単純化 ≒ 巧妙な思考停止の罠 に見えなくもなく、時々不安になったりもするのです。 

「自分の立ち位置を確たるものとしたい」

これは KiKi の永年の1つの目標でした。  特に仕事において「命じられたことを遂行する立場」から「ある立ち位置から判断をし、部下に実行を指示をする立場」に変わりつつある頃から、ぶれない視点を持ち、あるべき方向性を明確にし、確実にスピーディーに、自分以外の人間に実行を促せる人間になるためには必須のことだと考えていました。  仕事のうえではこれはとても必要なことだった(と信じている)し、ビジネスの世界では所詮、目指さなければならないゴールの核にあるものは「継続企業」 & 「利潤追求」 但しコンプライアンスは意識して・・・・・という観点を際立たせればよい、ある種シンプルなものだったと思うんですよね。  でも、そのある種の「物事の単純化」「合理的判断」の癖が、世界情勢だとか政治を考えるうえでは弊害になっているように感じ始めたのが40代の初め頃でした。

単純化するうえで切り捨てているもの、その切り捨てたものに関して「必要なし」という烙印を押したことにより深く考えなくなってしまっている自分に気がつきました。

 

 

  

夢十夜 夏目漱石

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梨木さんの「家守綺譚」を読んでいたら、何となく、何となくぼんやりと頭の中に浮かんできた映像のようなもの・・・・・がありました。  ちゃんとした像を結んでいなかったので、それを「映像」と呼ぶにはちょっと躊躇があるんですけどね ^^;  そしてそのぼんやりとした映像もどき・・・・・を見つめていたら「夢」「夜」というようなキーワードが頭の中を飛び交い始めました。  そうしたら無性にこの本が読みたくなってきてしまいました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

夢十夜
著:夏目漱石 絵(版画):金井田英津子  パロル舎

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「こんな夢を見た」で始まる、夏目漱石の幻想的文学「夢十夜」。  作品の世界をさらに盛り上げるモノトーンの版画入りで収録する。  (Amazon より転載)

この本はね、KiKi が絵本の世界に嵌り始めたとき、いわゆる「子供向けの絵本」とは別格のものとしてガブリエル・バンサンの絵本とかを集め始めた頃、目に留まって入手した1冊です。  おさえたトーンの色調と版画という手法独特の朴訥さと、そして「夢十夜」という文学作品世界の持つ一種独特の雰囲気が相まって、文句なく「大人のための絵本」と言い切れる本の1冊ではないでしょうか。  ま、時に金井田さんの絵が雄弁すぎて、・・・・と同時に KiKi が文字から連想する絵とは異なったりもして、それがちょっとうるさく感じることもなくはないのですが、漱石による厳選された言葉で描かれた世界とそれを読んだ金井田さんの感じた絵画的風景の両方を楽しめるという、お得感が満載です。

ただ、この作品に初めて接する方にはできれば文庫本とか、文字だけの世界を堪能していただきたいなぁ・・・・とも思います。  青空文庫みたいにテキストのみの媒体で・・・・・。  日本が誇る明治の文豪、夏目漱石の世界は、可能であれば映像には頼らず、じっくりと言葉を読み返しながら、何とははっきりとは言い難い、でも着実に失いつつあるように感じられる「スローで深い日本人の感情の襞」のようなものを味わうのが王道のような気がします。

 

今日も KiKi はLothlórien_山小舎に来ています。  つい先ほどまでは庭に出ていたのですが遠くから雷がゴロゴロと鳴り始め・・・・・と思ったらあっという間にまるで東南アジアのスコールのような大雨が・・・・・。  大慌てで洗濯物を取り込み、濡れた身体を拭いてお茶をいっぱいいただいている間にその雨は通り過ぎ、今は夕方の日差しがまぶしく鳥たちが姦しい・・・・・ ^^;  何だか変なお天気ですよね~。  ま、この時間になってしまうと虫たちも大活躍し始めるのでそのままあがって PC に向かっています。  で、せっかくならば昨晩読了した本についてのブログ更新・・・・・と。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

春になったら苺を摘みに
著:梨木香歩  新潮文庫

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「理解はできないが、受け容れる」それがウェスト夫人の生き方だった。  「私」が学生時代を過ごした英国の下宿には、女主人ウェスト夫人と、さまざまな人種や考え方の住人たちが暮らしていた。  ウェスト夫人の強靭な博愛精神と、時代に左右されない生き方に触れて、「私」は日常を深く生き抜くということを、さらに自分に問い続ける―  物語の生れる場所からの、著者初めてのエッセイ。  (文庫本裏表紙より転載)

「理解はできないが、受け容れる」  さらっと書いてあるこの言葉は人間にできる最大限の寛容の精神の行動パターン。  KiKi もね、もっとずっとず~っと若い頃は「人は言葉を操ることができる知的な動物なんだから、心をこめて、時間をかけて、じっくりと話し合うことさえできれば分かり合えるはず・・・・  今は時代が忙しすぎて時間をかけてじっくりと話し合うことができないのが問題」だと思っていたようなところがあります。  でもね、ある年齢を過ぎてからそれが幻想に過ぎないということに気がついたんですよね~。

だいたいにおいて「分かり合える」と思うこと自体が不遜・・・・というか、自意識過剰なんじゃないか?  そんな風に感じ始めたのは、このエッセイの中で著者が経験されたのと似たような海外の人たちとの接点を持つ機会を得てからのことでした。  でもね、当初はそれでもしつこく「いやいや、食文化も精神文化も異なる国の人たちとはなかなか分かり合えない部分も多いけれど、似たような食文化・精神文化のアジアの人たちとなら・・・・・」「いやいや、やはり国が異なれば似ているといっても限界があるから、同じ日本人同士なら・・・・・」「いやいや、世代が違うと体験してきた文化レベルが違うから日本人の同世代人となら・・・・・」というように少しずつ、少しずつ、そのエリアが狭まっていきました。

でも、今の KiKi は「同じ国に生まれ、同世代で、同じ地域で似たような環境で育ってきた人であってさえも、分かり合えるというのは錯覚にすぎない」とさえ思っています。  あ、別にその努力を放棄しようと思っているわけではないんですよね。  ただ、「分かり合えるはず」という思い込みは危険なもの・・・・・と捉えているとでも言いましょうか・・・・・。 

この本を読んで最初に感じたこと。  それは著者の梨木さんは KiKi とは違って「分かり合いたい」という気持ちは強いものの、どこかで最初から「それは幻想である」とわかってしまっていた人のような気がしました。  どちらかというと不器用で、常に「一般的」と呼ばれる何か・・・・とはほんの少しだけ距離を置いてきた(というより距離感を抱えていた)人だったんじゃないか?  ある種、現代の普通の日本人社会にどこか違和感を持ち続けてきた人だったんじゃないだろうか?と。  そして、そこから這い上がりたいが故に、諦め切れないが故に、生き様として「深く生きる」という方向性を志向されていらした人だったのではないか?と。

   

KiKi はE-Bookoff をよく利用し、ここで送料無料になる1,500円以上分の本を注文しています。  このショップが気に入っている理由は自分が欲しいと思っている本を検索し、在庫があればすぐ購入できるのみならず、もしも在庫がない場合には「入荷通知メール」をもらえるようにしておくと、その本が入荷した際にメールをもらえること。  実店舗の(会社組織は別みたいですが)BookOff もよく利用するのですが、いつ入荷するかわからないというのが最大の難点で、定期的に通わないと入荷時期を逃してしまうし、定期的に通うと、本屋さんやCDショップからは手ぶらで帰ってきたことのない(^^;)KiKi の習性ゆえに、探していた本とは別の本をついつい購入してしまい、ふと気がつくと当初予定していた目的本が入荷する頃には「予算不足」ということになって臍をかむ・・・・ということが起こりがちなんですよね~。  

ま、そんなこんなで、梨木作品を読み続けようと思っていた矢先にこの本の入荷通知を受け取った KiKi は早速発注。  入手してしまった以上、どうしても読まずにはいられなくなって、「りかさん」を読んでいる途中で急遽、こちらに着手し、昨日読了しました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか
著:内山節  講談社現代新書

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かつては、日本のキツネが暮らしている地域では、人がキツネにだまされたという話は日常のごくありふれたもののひとつだった。  それも、そんなに昔の話ではない。  キツネに悪さをされた。  キツネに化かされた。  そういった話は、いまから五十年くらい前の二十世紀半ばまでは、特にめずらしいものではなかった。...  ところが一九六五年頃を境にして、日本の社会からキツネにだまされたという話が発生しなくなってしまうのである。  一体どうして。  本書の関心はここからはじまる。  そのことをとおして、歴史学ではなく、歴史哲学とは何かを考えてみようというのが、本書の試みである。  (新書本裏扉より転載)

このタイトルが今の KiKi にとってキャッチーだった理由のひとつは、5月に上橋菜穂子さんの「狐笛のかなた」を読んだときに感じた

「太古からの日本文化の中でお狐さまとはどんな存在だったのだろうか?」

という疑問、そして、

神社とかお稲荷さんで「お狐さま」を何度も見かけているくせに、日本人の文化の中で「お狐さま」はどんな存在だったのか、「お狐さま」にどんな想いを抱いてきたのかに関してはまったくと言っていいほど無知であることにあらためて気がつかされた

という想いがあったから だと思うんですよね。  で、内山さんの著作リストを見ていて、このタイトルに目が留まり、「そういえば昔語りには狐にだまされたっていう話がいっぱいあったなぁ」と今更ながら思い出し、さらに、新美南吉のお話には「ごんぎつね」といい、「てぶくろを買いに」といい、狐がたくさん出てくるなぁと。  ところが、実際のところ KiKi は野生のきつねというのを自分の目で見たことがなくて、見たことがあるのはTV番組(ネイチャー番組系)で紹介されるキツネの姿か、図鑑や本に掲載されている写真か絵だけなんだよなぁ・・・・・と今更ながら思い至ったのです。  

昔語りにあれほど頻繁に出てくるキツネ。  神社やお稲荷さんでも石像や木像を数多く見かけるキツネ。  日本人とキツネの間の関係って昔はかなり近しいものがあったはずで、「だます」「だまされる」はともかくとして、その近しかったはずのものが映像か作り物の像だけになってしまったのはどうしてなんだろう?  KiKi はLothlórien_山小舎付近の林や森の中でも未だに「キツネ」には遭遇していないんだけど、それはなぜなんだろう??  環境破壊の一つの例なのかもしれないけれど、それだけではない「何か」がそこにあるような気が漠然としていました。  でもそれが「何なのか」はまったくわからない・・・・・。  ま、そんなときに出会ったこの本のタイトルだったわけです。  

        

戦争という仕事 内山節

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今週末も KiKi はLothlórien_山小舎で過ごしていたわけですが、天気予報ではず~っと雨模様・・・・ということだったので、恐らく読書がグングン捗るだろうなぁと思っていたのに、実際には一日の大半が曇り空。  結果的に読書は思っていたほどは進まず、ひたすら雑草と虫を相手に格闘する日々を過ごしていました。  ま、そんな中、ようやく読了したのがこちらです。

戦争という仕事
著:内山節  信濃毎日新聞社

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なぜ私たちの時代は、いまも戦争を続けるのか?  鍬と釣竿を手に山里から世界を見据える哲学者が、私たちの時代の入り込んでしまった迷路を解き明かす。  2004~2005年『信濃毎日新聞』連載の単行本化。  (Amazon より転載)

この本で語られていることは、すでに読了した「創造的であるということ」の2巻で語られていることとほとんど大差はないなぁというのが率直な印象です。  ただ、それを新聞連載のエッセイとしてとても短い文章で小気味良く、難解な言葉を廃して(これは「創造的であるということ」とも共通することですが・・・・)書かれているので、あとがきも含め333ページの比較的重量感のある本のわりにはサクサクと読み進めることができます。

内容的には KiKi がずっと抱え続けてきたいくつかの命題にある種の目線を与えてくれる本だし、1人で考えていると堂々巡りに陥りがちだった思考に一筋の光り輝く道を示してくれているような気がしないでもないので、とても共感を覚えるのですが読了した今、実は KiKi は全然別のことが気になって気になって仕方なかったりします。  それはこの本のタイトルなんですよね~。

 

里の在処 内山節

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本日の KiKi の読了本も図書館で借りてきた内山節さんの作品です。  そもそも内山さんを知ることになったきっかけ、このエントリーでご紹介した You Tube の動画とほぼ同じことをエッセイ風に綴った1冊です。

里の在処
著:内山節  新潮社

518TB1WR96L__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

群馬県の神流川上流にある上野村。  山深い里の古い農家にひとり、居を構え、畑を耕し、薪を割り、餅をつき、村人と語り合う哲学者・内山節の日々―。  村人の小さな事件に立会い、自然の営みを凝視しながら、人間の根源を深く見つめる長編エッセイ。  生きていることの実感と季節の移ろいを濃やかに描いた、待望の一冊。  (Amazon より転載)

最近では「LOHAS」という言葉や「スローライフ」という言葉がもてはやされ、田舎暮らしが一種のブームのようになっているところがあると思います。  実際、KiKi がLothlórien_山小舎暮らしを模索し始めた頃、そして今も、多くの東京の友人たちが

「いいよね~、自然がたっぷりあるところでのんびりできるって!」

「優雅だよね~。  そんな素敵な場所で(と言いつつ、そこがどんなところかは知らない 苦笑)、ピアノを弾いたり読書をしたりして、ハーブなんかをいっぱい育てて、3時にはハーブティーなんかをとっておきのカップで飲んだりしたら、浮世のストレスなんて忘れちゃうよね。  憧れちゃうなぁ。」

「夏はクーラーなしでも過ごせるんでしょ。  東京にいると信じられない世界だよね。  いいなぁ。」

な~んていうことを言われます。  そしてそんな言葉を聞くと正直なところ KiKi は 

「あ、えぇ、まぁ・・・・・。」 

と返事に窮してしまいます。

と言うのは実際のところ「自然がたっぷりあるところ」はのんびりできるところとは程遠く、山にいる時間、 KiKi は優雅とは程遠い時間を過ごしているし、3時にリビングかどこかでのんびりとお茶なんてしていることは滅多にないし(真夏は熱射病にならないように、家に上がっていることはあるけれど)、爪の間に土が残っているような手ではとっておきのカップなんて出す気分には到底なりません ^^;   確かに夏は涼しくて過ごしやすいけれど、そんな気持ちの良い季節はホント短くて、長くて寒い冬はなかなか辛いものがあります。  (まあ、その代わり冬の山小舎暮らしはある意味、忙しくないためにそれこそ「優雅」な時間を過ごすことも少しは可能ですが・・・・・笑)

友人たちがイメージしているシーンは都会人が避暑地のホテルに滞在してのんびりしているシーンか、本当の超お金持ちがお手伝いさんつきの別荘で、過ごしているシーンじゃないかと思うんですよね。  もちろん山小舎の使い方としてそういう使い方をしている人は KiKi の身近にもそれなりにいらして、例えばLothlórien_山小舎に一番近い「別荘族」のご一家は、観光基地みたいな感じで山小舎を利用され、夏ともなればバーベキューを楽しんでいらしたりします。

でも KiKi の山小舎暮らしはそんな都会の人たちがイメージするオシャレな世界とは一線を画しています。  だいたいファッションからして、丸一日作業着を着ていて、首には手ぬぐいを巻き、汗と土にまみれ、虫や雑草と格闘している世界なのです。  最近、KiKi はオフサイトでミーティングがあるとかなりラフな格好をして出かけることが多いのですが、そうするとそのミーティングの参加者は

「あれ?  今日は山から??  上から下までどう見ても山ファッションだよね?」

な~んていう風に声をかけてくるのですが、KiKi にしてみれば

「いやいや、これは都会人のアウトドアファッションではあるかもしれないけれど、山ファッションじゃないよぉ。  だいたい山ではかすり傷、切り傷を避けるために長袖のヨレヨレのTシャツで、こんなボタンダウンの半袖のシャツなんて着ないし、虫に刺されるのを防ぐためにモンペみたいな長ズボンで、七分丈のズボンなんてはかないし、足元だって長靴だよ。」 

と思うのです。 

 

昨日に引き続き、内山節さんの「創造的であるということ」の下巻を読了しました。

「創造的である」ということ(下) - 地域の作法から
著:内山節  農山漁村文化協会(人間選書)

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これまでの私の研究史を振り返ってみると、農民や農山村の人々から教わったことの多さに驚かされる。  それとは無関係にみえるような思想上の課題でさえ、農山村の人々から教わったこととどこかで結びつくことによって、自分の研究領域に加えられている。  ・・・・・自然とともに、土とともに、村とともに生きてきた人々こそが、近代的世界の矛盾や近代的な思想の問題点を、深いところでつかんできたからである。  (単行本扉より転載)

う~ん、こちらもなかなか読み応えがありました。  読了して第一の感想としては、「ああ、この人のものの考え方と KiKi のものの考え方はかなり似ているところがあるな。」ということです。  多分問題意識の持ち方とか、「人間って何?」とか「人間の理想的(?)な生き方ってどうよ?」みたいなある意味一文の得にもならないことをああじゃこうじゃと考えるところも、その命題に対する自分なりの立ち位置の導き方も学者さんである内山さんのほうが理路整然とはしているけれど、かなり似ているような気がします。  ついでに「ごちゃごちゃ考えたりあれこれ言ってるより、とりあえず実践してみよっか」みたいな思い切りの良さも含めて・・・・・(笑)

近代思想の特徴は、人間の本質をその個体性、個体的理性におく、つまり関係的存在をとらえられない、その意味で個人主義に、またそれは人間のための思想、つまり自然との相互性をとらえられない、その意味で人間中心主義であった点に、さらに科学こそがすべてを明らかにすると考えた科学主義に、また歴史や進歩・発達としてとらえる発達主義にあったと考えています。

とは、この本からの引用なんだけど、これってまさに KiKi が感覚的に捕らえていた現代のあり方で、同時に KiKi が懐疑的な気分を持ち始めたこと・・・・でもありました。  ああ、これが KiKi がモヤモヤと考えていた現状分析をすっきりと整理した言葉なんだ!  そんな想いを抱きました。

この本の最後は現代日本の教育について、さらには「国って何?」みたいなことにも触れられているんだけど、これまた KiKi がここ10年ぐらい、とりとめもなく、論理的にでもなく、ああじゃこうじゃと弄繰り回していた命題です。  まあ、とっても残念だったこととしては、この本を読んでいてそれらの命題に対して「目から鱗」的に何かが解明した(もしくは解明しそうな予感があった)というような感慨を持つことはできなかったんですけどね ^^;  どちらかというと、「ああ、整理してくれてありがとう」というレベルで終わっちゃったと言うか・・・・・・。

 

先日、このエントリーでご紹介した「内山節」さんという哲学者に興味をもち、図書館から彼の著作をいくつか借りてきました。  今日、ご紹介する本は上・下2巻から構成されており、当初は2冊セットでエントリーを書く予定だったのですが、内容がかなり盛り沢山の本だったので、急遽1冊ずつエントリーを起こすことにしました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

「創造的である」ということ(上) - 農の営みから
著:内山節  農山漁村文化協会(人間選書)

41RMN14T5KL__SL500_AA300_.jpg (Amazon)

この勉強会で参加者から私に求められていたものは、「農の営みをとおして全世界を獲得する思想」であった。  ・・・・かつてマルクスとエンゲルスは「共産党宣言」のなかで、<プロレタリアートは失うべき何者をももたない。  獲得するのは全世界である>と述べたけれど、この勉強会でめざされたものは、農の技をもち、農村で暮らし、農村をつくる力をもっている人たちが、それを土台にして、現代世界を掌中に収める思想の獲得であった。  (単行本扉より転載)

えっとですね、KiKi は大学で経済学な~んていう小難しそうな学問を学んだわけではなく、ある意味とっても軟弱(?)な文学を学んだ人間なので、正直なところ「マルクス」とか「エンゲルス」な~んていう名前を目にすると「うへぇ・・・・・(汗)」とちょっと引いてしまうようなところがあることを、まずはお断りしておきます。  そういう意味では、もしもこの本を本屋さんで見つけたとして、何気に手に取ったとして、この扉に書かれている文言を読んだとしたら、恐らく分不相応な本を手に取ってしまったと反省(?)し、こっそりと棚に戻しちゃったこと請け合いです(笑)

たまたま今回はあの「里という思想」という本に興味をもったというフックがあったから、そして、図書館の本検索で「内山節」をキーワードにしてリストアップされた本を借りたから(つまり扉に書かれているこの↑文言を事前には読まなかったから)、KiKi の6月の読書の1冊にひっかかったにすぎない本なのです。  でもね、それがものすご~く幸いだったと思えちゃう、この本は今の KiKi にとってはあまりにもタイミングよく出会った本っていう気がするんですよね~。 

本来なら塩野七生さんの「ローマ人の物語」を着々と読み進めていなくてはならないはず(?)だったのですが、ついつい図書館に出かけてしまい、ついついその図書館から手ぶらでは帰ることができずに借りてきてしまった本があります。  その1冊が先日の「銀のスケート」であり、もう1冊が本日の読了本です。  本日の KiKi の読了本はこちらです。

文化人類学入門
著:祖父江孝男  中公新書

41ZzXIJy7LL__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

文化人類学とは、社会・経済・宗教をはじめ諸分野にわたって、またそれぞれに異なる世界の民族を比較検証する広範な研究対象を視野に収めた学問である。  その方法論として、フィールド・ワークによる具体的でしかも忍耐強い実証的な調査が重視される。  本書は、この多岐にわたる学問を系統的に要約整理した入門の書として、1979年刊行以来、多くの読者を得て版を重ねてきたものを増補改訂し、学界の新しい情報を提供する。  (新書版頁扉より転載)

この本はね、「衝動買い」ならぬ「衝動借り」の1冊です。  たまたま内山節さんの本を図書館に探しに行ったら永年探していた「銀のスケート」を見つけ、「銀のスケート」を見つけちゃったのでついでに借りるもう1冊を物色していたら、たまたま目に付いた・・・・・そんな本だったのです。  決して以前から「この本を読みたい!」と思っていたわけでもなく、、、、いえ、それ以前に存在さえ知らない本だったのです。

たまたま上橋菜穂子さんに出会って、強烈にインスパイアされて、そしてその上橋さんのもう1つの顔が「文化人類学者」であるということを知らなかったら、決してこのタイミングでこの本を手に取ることはなかっただろうなぁと思うんですよね。  でもね、読み終わった今思うのは恐らく KiKi は人生の中のどこかでこの本には手を出していただろうなぁ・・・・・ということ。  この本こそ、KiKi は高校生の頃に読んでおきたかったような気がします。  KiKi がやりたかった学問は実はこれだったかもしれない・・・・・と思うんですよね~。

 

今日、仕事の帰りに本屋さんに立ち寄りました。  月初は「買う」「買わない」は別にして KiKi は行きつけの本屋さんに立ち寄る習慣のようなものがあります。  今日立ち寄った本屋さんは取り扱い数量からすると KiKi にはちょっとだけ物足りない本屋さんではあるのですが、仕事帰りにちょっとだけ立ち寄って一通りぞろっと眺めるにはちょうどいいくらいの数量なので、そういう意味ではちょっとお気に入りの本屋さんです。

その本屋さんで、新潮選書フェアの特別展示がされていて、思わず足を止め、じっくりと眺めてしまいました。  どうやらこの選書には KiKi の好奇心をくすぐるタイトルの本が多くあるみたい  b-hato4-b.gif  で、ついついそこにある本を 1つ1つ手にとってパラパラとめくっていたらかなり気になる本をみつけてしまいました。  で、家に戻ってその書名をネット検索していたら You Tube でこんな素敵な動画を見つけてしまいました。 

この動画にコピーされている1つ1つの言葉は、KiKi がLothlórien_山小舎暮らしを考え始めた頃に頭をよぎっていた言葉とまさにピッタリだなぁと思いました。  KiKi はここまで明確にきちんと整理した言葉を見つけることはできなかったけれど・・・・・ ^^;

う~ん、これはこの本 & この著者を無視して行き過ぎちゃうことは KiKi にはできそうにありません ^^;  ああ、こうして KiKi の予定していた読書はどんどん変更を余儀なくされていくのです。

里という思想 
著: 内山節  新潮選書

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( ↑ Amazon の頁の画像とはちょっと違うけれど、どうやら新潮選書は新しいカバーに模様替えしたようです。)

 

水辺にて 梨木香歩

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今日の読了本も図書館本です。  この表紙(↓)、素敵ですよね~。  これは川の風景なんでしょうか?  KiKi には湖の風景に見えるんだけど、こういう「幽玄」という言葉が似合いそうな景観は KiKi の大好物!  期待を抱えて読み始めたところ案の定、あっという間に読了してしまいました。  

水辺にて
著:梨木香歩  筑摩書房

41WCBSC29JL__SL500_AA300_.jpeg  (Amazon)

生命は儚い、けれどしたたかだ-。  川のにおい、風のそよぎ、木々や生き物の息づかい。  カヤックで漕ぎだす、豊かで孤独な宇宙。  そこは物語の予感に満ちている。  『Webちくま』連載に書き下ろしを加えて単行本化。  (Amazon より転載)

梨木さんの作品は現段階ではこの本を含めてまだ4冊しか読んでいないんだけど、物の見方、感じ方、そしてそれを表現する際の言葉の選び方にものすご~く親しいものを感じます。  上橋さんの作品に関しては「参った!」っていう言葉が相応しかったような気がするんだけど、梨木さんの作品に関しては今のところ「参った!」という言葉よりは、「うんうん、わかるわかる。  あ、やっぱり?  あ、そうそう、KiKi には見つけられなかった言葉だけどそれよ、それ!」っていう言葉が似合うと言うか・・・・・・。

で、梨木さんのエッセイを今回初読みしてみたわけだけど、何となく、何となく・・・・・ではあるんだけど、ある種の共通項・・・・みたいなものを見つけたような気がします。  まず第一に同世代だということ。  つまり同じような子供時代体験をしてきているんだろうなぁ・・・と。  そして同じようにイギリス文学に憧れて、イギリスにも滞在(梨木さんの方が長いし、きっちり学んでいらしてるから「同じように」という言葉は相応しくないかもしれないけれど)してみた人だということ。  観光地よりもそこから外れたちょっと寂しいような、厳しいような世界に何故か惹かれる体質(?)の持ち主だということ。  大胆なようでいてその実臆病なところ。  そして現在の文明社会・・・・というか都市型生活を否定こそしていないけれど、そこから逃げたい衝動を持っていそうな人だということ。  そしてそんな経験を通じて「老い」に足を踏み入れつつある同じような老成経験(?)をしている人・・・・・のような気がするんですよね~。  

 

せっかく「西の魔女」本を読了したので、勾玉三部作へ行く前にちょっと寄り道を・・・・・。  ということで本日の KiKi の読了本はこちらです。  

西の魔女が死んだ
著:梨木香歩  新潮文庫

51K6B7P3PQL__SL500_AA300_.jpeg (Amazon)

中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女まいは、季節が初夏へと移り変るひと月あまりを、西の魔女のもとで過した。  西の魔女ことママのママ、つまり大好きなおばあちゃんから、まいは魔女の手ほどきを受けるのだが、魔女修行の肝心かなめは、何でも自分で決める、ということだった。  喜びも希望も、もちろん幸せも...。  その後のまいの物語「渡りの一日」併録。  (文庫本裏表紙より転載)

この本は以前から気にはなっていたのです。  正直なところ、この本といい先日読了した「西の善き魔女」といい、気にはなりつつもどうしても手を出せずにいたのは、やっぱりタイトルのせい(笑)  どうしても「オズの魔法使い」と被っちゃうんですよね~、イメージが・・・・・ ^^;  ま、でも映画にもなったみたいだし、KiKi のLothlórien_山小舎暮らしへの衝動と似ている部分もあるような予感があって、今回せっかく「西の善き魔女」を読了したこともあり、思い切って手を出してみました(笑)

う~ん、心がほっこりしますねぇ、こういうお話。  やっぱり人間は自然の中のちっぽけな生き物に過ぎなくて、自然の中にあって生きるために必要なことを黙々と、粛々とやっていくのがもっとも健全な生き方なんだという確信にも近い想いを新たにしました。  そして、魔女っていうのは魔法の呪文が使えるような人のことではなくて、もっと普通の存在・・・・・。  でも、自分にとって一番大切なものが何かをしっかりと体感できていて、その芯をぶらすことはなく、自分が生かされていることを謙虚に受け止め、その中でできることをきちんとしていくことができる人ということではないかと思いました。

  

昨日、自宅近所の BookOff で「獣の奏者 探求編 & 完結編」を入手し、本来であればこれを一気に読み終えたいところ・・・・ではあるのですが、本日 & 明日はお仕事の移動時に重~い Mobile PC を持ち歩かなくてはならない状況です。  これが講談社文庫であれば PC の1つや2つ何のその!(嘘です・・・・ でも1つぐらいなら何とかなる! 笑)、あの物語に没頭するところなのですが、さすがにハードカバーとPCではちょっとばかり荷が重い・・・・・ ^^;  ま、てなわけで本日の KiKi の移動時読了本はこちらです。

バルサの食卓
著:上橋菜穂子 & チーム北海道  新潮文庫

51P+AoR-6UL__SL500_AA300_.jpg (Amazon)

バルサとチャグムが熱々をかきこんだ「ノギ屋の鳥飯」、タンダが腕によりをかけた「山菜鍋」、寒い夜に小夜と小春丸が食べた「胡桃餅」、エリンが母と最後に食べた猪肉料理・・・・・  上橋作品に登場するお料理は、どれもメチャクチャおいしそうです。  いずれも達人の「チーム北海道」が、手近な食材と人一倍の熱意をもって、物語の味の再現を試みました。  夢のレシピを、さあ、どうぞ召し上がれ。  (文庫本裏表紙より転載)

上橋作品の醸し出すリアリティに一役も二役も買っているのが、お料理の描写です。  人が生きていく中で、その人が生きている場所の匂い、雰囲気、風の香りや温度、そういうものがどのくらい繊細かつ詳細に描かれているか?  人が生きるうえで必要な衣・食・住の描写がどのくらい細やかか?  これらはかなり重要な要素だと思うんですよね。  物語の大筋ももちろん大切なんだけど、時に「この人ってどんな生活をしているんだろう?」という想像ができないことにより、嘘っぽさ・・・・みたいなものを感じて鼻白んでしまうことが KiKi にはよくあります。  でも、ここまで上橋作品を連続して読み続けてきている中で、それらがまったく想像できなかった物語が1つもないというのは KiKi にとってはある意味稀有な経験だったような気がします。  これはやはり女流作家ならでは・・・・という部分が大きいのではないでしょうか?

少なくとも上橋さんは「食いしん坊」なタイプの人じゃないかなぁと思うんですよね。  まあ、彼女のもう1つの顔、文化人類学者の人(人種)や異文化を見つめる視点があればこそ・・・・でもあるとは思うのですが・・・・。  いずれにしろ、どの物語でも必ず描かれている食文化の描写からは、その物語のその世界の人たちの生活の匂いが溢れ、日々の営みが色と温度を持ち、それがアジアン・テイストであることに日本人たる KiKi は安心感と共感を覚え続けました。  そう、例えて言えばヨーロッパを旅行していると、物珍しさによる興奮は得られるけれど、胃袋がホームシックにかかり、どこか居心地が悪いような気分になってくるのに対し、東南アジアのリゾートに旅すると、見るもの、食べるものにデ・ジャ・ヴ感があり、何となくほっとする・・・・・そのほっとする感じ・・・・とでも言いましょうか?(笑)

で、その物語に描かれていたお料理の数々が、レシピ & 写真とともに紹介されているのがこの本です。  いや~、どれもこれも想像していたのと大きな差もなく、文字から感じていたお料理の温度や香りをこの本によってさらに明確にイメージさせてもらって、読んでいるのが楽しくて、楽しくて♪  いや~、どれもこれもぜひ1度自分で作って食べてみたいものです。

 

昨日ご紹介した「まるごとポッドキャスティング」に引き続き、同時期に購入したもう1冊、「ポッドキャスティング入門」を読了しました。  これらの本を読んでいる際のBGMもポッドキャストのプログラムという凝りようです(苦笑)  今日はそのあたりのお話をしたいと思います。

ポッドキャスティング入門
著: ki/manolin  翔泳社

41G7AE6SVFL__SL500_AA300_.jpg (Amazon)

2冊を読了して、ようやく Podcast なるものの全貌(但し初級編)が見えてきたような気がします。  と同時に KiKi はとにかくこれまでクラシック音楽のCDをせっせと購入することに一生懸命だったようなところがあるんだけど、今の時代、音楽の楽しみ方っていうのはずいぶん多様化しちゃったんだなぁというのが正直な印象です。

iPod を購入した時も KiKi の思考っていうのは「ウォークマン」「CDウォークマン」「MDウォークマン」の延長線上にしかなくて、お気に入りのCDをダビング(・・・という言葉自体がもはや時代遅れなんですよねぇ~ ^^;)して、持ち歩くことだけを考えていて、とにかく音楽ライブラリーを丸ごと持ち歩けるようになればそれでいいや・・・・的なことしか発想していなかったんだけど、もうそれだけの時代ではないんですねぇ・・・・・。

実はね、 KiKi はこれまでインターネット・ラジオそのものにも大して興味を持っていなくて、せいぜいが「バイロイト音楽祭の舞台放送を聴くための道具」ぐらいの位置づけでしか見ていなかったんだけど、KiKi の知らないうちにスカパーの「クラシックチャネル」なみのクラシック音楽専門のインターネット・ラジオ放送があることも、Podcast の研究をし始めて初めて知ったんですよね。  恐らくクラシック音楽ファンの皆さんはとっくの昔にそんなことは知っていらしたんじゃないかと思うんだけど、今回これらの本を読みながら、色々な Podcast 番組をチェックしている中でようやく KiKi は「へぇ、こんな素敵な放送(?)が始まっていたんだぁ!」とびっくりしちゃいました。

KiKi が今回これらの本を読みながらひたすら BGM で聴いていたのは「OTTAVA」というインターネット・ラジオ局の配信している(た?)Podcast です。  これらのタダの番組もかなり気に入ったんだけど、その勢いで色々調べていたら、このサイトでは「ライブ放送」も聴くことができれば、1週間限定の「オンデマンド」も聴くことができることが判明し、もう嬉しいやら楽しいやらで、昨日からは自宅にいる時間帯はひたすら OTTAVA に嵌っちゃっています ^^;

世界の国際都市にあって東京になかったもの、それはクラシック・ステーション。  1992年にイギリスで開局した「Classic FM」の大成功を受けて、世界の都市では、次々とクラシック音楽を専門としたラジオステーションが誕生しています。  いずれのステーションも、提案するのはクラシックをシンボルとしたライフスタイル。  文化や芸術の話題を織り交ぜたクラス感のある番組内容と、クラシックの枠組みにとらわれない自由な選曲スタイルが、高感度な人々の間で親しまれています。

今、最高に格好いいコンテンポラリー・クラシック・ステーションが、東京に誕生しました。

OTTAVAは、国際都市東京から上質で高級感あふれるクラシック音楽を発信します。

(OTTAVA HP より転載)

う~ん、これこれ。  これを KiKi は長年待っていたのですよぉ。(その割には開局していたことすら知らなかったけれど・・・・ ^^;)  KiKi はね、ず~っと昔、西暦2000年頃に NAXOS がこういう番組をやってくれないかなぁ・・・・と思ったことがあって、当時まだ英語のHPしか NAXOS にはなかった時代にリクエストメールを送ったりしたことがあったんですよね~。  結局、何の音沙汰もなかったけれど、それから何年かして Naxos Music Library ができたりして、でもちょっと違うんだよなぁ・・・・と思ったりもしていて・・・・・。    

でね、誰もやってくれないなら KiKi が50代に入ったらやろうかなぁと夢想(現実的なビジネスプランではありません、あくまでも)したことさえあったんですよ(笑)。  それが KiKi がネットから離れている間に現実のものとなっていたとは!!!  いやはや、やっぱり今はすごい時代です。  

先日、こちらのエントリーでもお話したように KiKi は今、Podcast なるものを研究中です。  で、こ~んなブログを綴ってはいるものの、どうもモニター越しの情報だと色々なことがしっかりと頭に定着してこない古いタイプの人間なので、ネットにあふれている情報からは色々なイメージがつかめずにいたんですよね~。  で、仕方なしに Amazon の Market Place で中古本ながらも Podcast 関連の本を2冊ほど調達してみました。  そのうちの1冊を昨晩、読了しました。

まるごとポッドキャスティング
著:JJ、青木恵美  技術評論社

77412959.jpg  (Amazon)

いや~、KiKi がちょっとネット生活から離れているうちにものすごい時代になっていたんですねぇ。  KiKi は iPod を使うようになってもうずいぶんたつんだけど、そして先代の iPod を購入した時点で Podcast は既に使える環境にはあったんだけど、まだまだ今ほどプログラム(番組)が充実していなかった・・・・ということもあって、せいぜいが「Discovery Channel」の配信をたま~にちょこっと見ていただけだったんですよね。  でも知らないうちにものすごい量の番組ができていたんですねぇ。

この本自体はちょっと古めの本なので、紹介されている番組サイトのいくつかは既に「サービス終了」になっちゃっているんだけど、それでもこの本を読むまではよくわからずに適当に操作していた iTunes の使い方が少しだけわかるようになって、いろいろ調べてみたところKiKi の興味を惹きそうな番組が出てくるわ、出てくるわ・・・・。  しかもタダ!で!!!昨日はあまりの楽しさについつい我を忘れて「あ、この番組は楽しそう♪」「へぇ、こんな番組もあるんだぁ♪」と調子にのってついつい色々な番組をダウンロードしまくってしまいました。

まだ、どれもこれもじっくりと聴いてみたわけじゃないんだけど、KiKi がダウンロードしてみた番組はこ~んな感じです。

Business English Pod; 最近めっきり使わなくなっちゃったので・・・・
CNN News Update; 最近TVもみなくなっちゃったので・・・・
Discovery Channel Video Podcast; まあ、これは定番で・・・・
ECC英会話 Podcasting 知ってる単語でこんなに話せる!; まあこれも英会話の復習用
Gaba G Style English; まあこれも英会話の復習用
NipponArchives 京都二十四節気; 日本人として・・・・
NipponArchives 美しき日本; これまた日本人として・・・・
NipponArchives 富士山; 日本人として、元静岡県人として・・・・
NipponArchives 万葉集; 最近万葉集にちょっと興味があるので・・・・
Ottava Cafe Azzurro; こんな番組がタダなんて!
Ottava Cafe Bruno; こんな番組がタダなんて!
Ottava Cafe Celeste; こんな番組がタダなんて!
Road to the Metropolitan Opera 2011 by KDDI
ヴォイニッチの科学書; 評判いいみたいなので
小澤俊夫 昔話へのご招待; ちょっとした興味から
1日3分MBA講座 & 新1日3分MBA講座; まあ、ビジネスセンスが錆つかないように・・・
野村総合研究所(NRI Podcast); まあ、ビジネスセンスが錆つかないように・・・

実は寄席の番組もいくつかダウンロードしたかったんだけど、どうも通信状況がイマイチだったみたいで、うまく落とすことができていません。  今日はこれらを iPod に落として午後からお仕事に出かけなくちゃならないんだけど、なんとなく番組に夢中になっちゃって仕事にならないような気がしないでもない・・・・・ ^^;

これは本当の意味での大人のおもちゃだなぁと実感しました。  もっともこれらの番組のダウンロードは通信環境の整った都会じゃないと楽しめないんだなぁという事実も再認識させられちゃったので、ほんのちょっとだけ複雑な気分です。  

 

 

本日、KiKi は池袋西武で開催中の古本市に行ってきました。  公園や駅構内などで古本市が開催されていると覗かないではいられない & 街の古本屋さんも時間に制約さえなければ素通りはできない性分の KiKi。  今回のように最初から開催されていることがわかっていて、わざわざそのために外出する・・・・という状況になると、まるで初デートに出掛ける女学生なみにイソイソ・ルンルンと小雨をものともせずにお出かけ気分でスキップしておりました。  (デートとの違い・・・・はオシャレをしないことぐらいでしょうか 笑)  で、本日の釣果は以下のとおりです。

レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)(下) 訳:杉浦明平  岩波文庫
人間の條件(上)(中)(下) 著:五味川純平  岩波現代文庫
私の岩波物語 著:山本夏彦  文藝春秋
英米児童文学史 著:瀬田貞二/猪熊葉子/神宮輝夫  研究社
ローエングリン 著:R. ワーグナー 訳:高辻知義 絵:東逸子  新書館
新訂 中學一年級用國史 著:荻野由之

上から三冊(ダ・ヴィンチ、人間の條件、私の岩波物語)は新刊本でも手に入るけれど、できれば定価では買いたくなかった本、「英米児童文学史」と「ローエングリン」は現在絶版状態のため以前から古本屋さんで探していた本、そして最後の一冊「中學一年級用國史」は衝動買い(笑)です。  戦前の日本の歴史教育がどんなものだったのか、話には聞いているけれど、経験したこともなければ本物の教科書を見たこともなかったので、妙に興味を覚えて手にとってじ~っくりと眺めてしまって挙句、お値段が安かったのでついつい買い物カゴへポイ・・・・・と。  でもね、本当はね、この本をゲットした棚を出店していた古本屋さんの昭和初期発刊の珍しい本を買い占めたい欲求がムクムクと湧いちゃっていて(よく戦火を逃れて残っていたなとそれだけでも感動ものでした)、でもあまりの数の多さに圧倒もされちゃって、ついでにお財布の中身もちょっぴり寂しかったので、後ろ髪を引かれつつも教科書だけを手に帰宅・・・・・という状況だったんですよね~ ^^;

因みにこの教科書、ものすご~く薄っぺらくて前九年の役までしか扱われていません。  そういう意味ではこれだけ読んでも当時の歴史教育の全体像は掴めそうもないんですけどね・・・・・。  まあ、KiKi の場合、単なる好奇心だけで教育史研究をしているわけでもないから、1冊で雰囲気が味わえればそれでOK。  でもね、帰宅してお茶をすすりながらまたじっくりと眺めてみたんだけど、所謂旧漢字のオンパレードで一世代(ひょっとして二世代?)前の日本人の識字率のレベルたるや、ものすご~く高いものがあったんだなぁと妙なところで感動してしまいました。    

ま、それはさておき、昨今では本の賞味期限(?)は KiKi が学生だった時代よりもはるかに短くなっちゃったみたいで、例えばふらっと時間潰しで立ち寄った本屋さんで興味を唆られるような本に出会っても、例えばお財布の中身が乏しくて「今度にしようっと」と思って次回まわしにしちゃうと、いつの間にか絶版に・・・・・な~んていうことが珍しくないような気がするんですよね。  特にハードカバーのちょっとお高めの本(& お世辞にもベストセラーとは言えない本)にはその傾向が顕著で、シリーズものとか全集ものだと尚更で(しかもこういうケースでは見つけた時に買うとなると一時の出費が痛すぎる 涙)、結果古本屋さんのお世話になる・・・・というパターンが KiKi の場合、かなり目立つような気がします。  因みにここで言う「古本屋さん」にはブックオフとかGEOとかTSUTAYAな~んていういわゆるリサイクル古書店は入りません。  KiKi にとって、「古本屋さん」と「リサイクル古書店」はまったく別カテゴリーのお店なのです。 

でもね、そんな「古本屋さん」(店舗販売)も昨今ではこれらの「リサイクル古書店」に押されちゃって・・・・なのか、読書人口が減っているせいなのか、なんとなく数が減ってきちゃったような気がするんですよね~。  特に都会では神保町の古本屋街はともかくとして、それ以外の商業都市ではホント古本屋さんは数えるほどになってしまったような気がします。  で、KiKi が頻繁にお世話になっているのがいわゆる「オンラインの古本屋さん」です。  ま、そんなわけで「古本屋さん事情」にちょっとした興味を持っている KiKi が「リサイクル古書店」で見つけて即ゲットしたのがこの本なのです。

ぼくはオンライン古本屋のおやじさん
著:北尾トロ ちくま文庫

 

  (Amazon)

 

この本を購入したのには3つぐらいの理由があるんですよね~。  一つ目は言わずと知れた古本屋事情を覗き見したいという野次馬根性。  二つ目はこの本がちくま文庫だったから(笑 実は KiKi はちくま文庫のファンなんですよ。  岩波少年文庫とちくま文庫、そして講談社学術文庫には惹かれるものがあるんですよね~。)  そして三つ目は長野県伊那市高遠町で活動している「本の家」(もともとは西荻窪でハートランドという古本と喫茶の店を開いていた斉木さんという方とこの本の著者でもある北尾トロさんが中心になって仲間を集めてオープンしたお店 & 街づくり)に興味があったから。

まあこの本を読んでもその「本の家」に関連するお話は何一つ出てこないし(この本が書かれたタイミングと「本の家」の活動が始まったタイミングが違うので)、ネット環境もあまりにも異なる時代のお話ばかりなので、読み進めていく過程で「あれ?  これっていつの時代の話だ??」ってなるんだけど、あの「本の家」の活動の根っこにある「脱力系の本好きプロジェクト」を支えている核・・・・というか骨格がどこにあるのかはそこはかとなく感じられるエッセイだなぁ・・・・・と思いました。

読んでいるうちに興味のなかったはずの「オンライン古本屋」を思わずやってみたくなるような(但しあくまでも副業として・・・・・ですが ^^;)気分にさせられちゃった自分に気がつき、なんとなくバツの悪いような、苦笑しちゃうような気分の KiKi なのです。      

昨日、食材の買い出しで自宅近くのスーパーに行った帰りに、その並びにあるブックオフに久々に寄ってみました。  最近では KiKi は新刊本を購入することはとっても稀で、多くの場合がブックオフもしくは Amazon の Market Place での中古本購入がその大半・・・・・となってしまっています。  とは言うものの、ブックオフに寄ると大抵の場合が何かしら(それも5~6冊単位で)を購入してしまう習癖があるため、「今日は疲れているなぁ・・・・・」と感じる日には持ち帰ることになるだろう本の重さを想像しただけで「又、今度・・・・・」となることが多いんですけどね(笑)  いえね、別に本だけだったらいいんですよ。  でも、多くの場合が食材の買い出しとセットになっているので、片手に本、片手に米 とか 大根 とか じゃがいも とか 醤油 だったりすると、会社帰りの疲労気味の身体にはチト辛くてねぇ・・・・・。  ついでに会社から持たされているPCを背中に背負ったりしているので・・・・ ^^;  

ま、それはさておき、ブックオフでの本購入において問題になるのは定価ではないことによる気安さから、選択眼が甘くなりがちで、「タイトルに惹かれて・・・・・」というだけで、ついつい手を伸ばしてしまう本が多くなったこと・・・・・でしょうか?  今日ご紹介する本も正直なところ中身はほとんど吟味しないまま、「タイトルに惹かれて」手を出してしまった1冊です。

 

中高年からの田舎暮らし
著:湯川豊彦  学研M文庫

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都会の喧騒や慌しさから離れ、豊かな自然、静寂、新鮮な空気を求めて田舎で暮らしたい。  でも、具体的にどうすればいいのか?と、今ひとつ足を踏み出せないでいる方々も多いはず。  そんな疑問に、「元・都会人間」を自認する著者が、実際に田舎に暮らす自らの経験をもとに、「田舎暮らし」の喜び、失敗談、そして具体的な方法を分かりやすくお教えします。  この一冊で、豊かな田舎暮らしが貴方のものに!  (文庫本背表紙から転載)

このブログにある程度定期的に訪ねてくださるゲストの皆様は KiKi がLothlórien_山小舎暮らしを画策していることはとうにご存知だと思うんですけど、そろそろ本格的な移住スケジュールを検討し始めた KiKi はここいらでもう一度自分がやろうとしていることを客観的に見つめ直してみたいなぁ・・・・と思っていたところ、たまたまブックオフの棚で燦然と光を発している(笑)この本のタイトルに吸い寄せられてしまいました。  で、ご購入と相成ったわけです。  因みにこの本、こんな構成になっています。

プロローグ 田舎暮らしで、もう一人の自分に出会う
       (十年間、田舎で暮らしてわかってきたこと)
第1章 現代の田舎は、昔の田舎とは大違い
       (もはや、子供時代ののどかな田舎をイメージしてはならない)
第2章 田舎の住まい探しは、自分で行うのが原則
       (自分の目で確かめ、自分の価値基準で判断すれば、後悔しない)
第3章 田舎の家は、自分中心の発想で造りたい
       (新築、リフォーム・・・・。  田舎には建売住宅は存在しない)
第4章 田舎暮らしに、日曜日は存在しない
       (のんびり派も、張り切り組も、田舎では毎日がウィークデー)
第5章 田舎暮らしのQ&A
       (「都会も田舎も、同じ人間が作る社会」 そう考えると、気が楽になります。)
付録・田舎暮らし希望者のための情報集

全ページ数297なんだけど、たった数時間で読めちゃった・・・・・・ということは、まあ KiKi にとってはどちらかというと「さらっと流せるタイプの本」だったということになろうかと思います。  でもそれは内容がめちゃくちゃ薄い・・・・・ということではなく、どちらかというと「田舎暮らしをイメージだけしていて躊躇している人の背中を押す本」というカテゴリーに入る記述が多いから・・・・・とも言えるような気がします。  

この本を購入するにあたり期待していたのは、KiKi のような「週末田舎暮らし組」が「定住田舎暮らし組」になろうとする時に必要な予備知識・・・・みたいなものだったんだけど、結論からすると「実際の経験 & それに伴う感情に勝る知識はない」という、ある種当たり前のことでした。

特に第4章まではデジャブ感・・・・というか、「そうそう、そうなんだよね~」という共感だとか、「うんうん、KiKi もやったよ、それ」という追体験だったりとか、そんな感じでホントさらっと流しちゃった(笑)  で、第5章でようやくまだ定住していないが故に経験していないことがチョコっと出てくるんですけど、いわゆる「想定外」みたいなことはな~んにも書かれていなかったので、「まあ、これなら何とかなりそうだな」という一種の安心感を得た・・・・・そんな感じでしょうか?

 

今週末も KiKi はLothlórien_山小舎で過ごしています。  さすがにこちらは寒い(プルプル)  でも、昨年に比べるとこちらの覚悟のでき具合の違いか、はたまたそこそこ防寒グッズが充実してきたためか、あるいは地球温暖化の影響なのかは定かではないのですが、ひたすら「さ~ぶ~いィィ~!!」と叫んでいた昨年よりは過ごしやすいような気がします。  ま、とは言うものの、とにかく朝から晩まで薪ストーブに薪をくべ続ける1日となっております。  

でもね、薪ストーブのいいところの1つ。  それは外出する際などに一々火を消さなくてもいいところ。  最初のうちは KiKi も都会人の性で、火をつけっぱなしで外出することに戸惑いがあったんですよね。  でね、これが燃えさかる火が丸出しの暖炉だと、やっぱり火をつけっぱなしというのは問題があるだろうと思うんですよ。  でもね、薪ストーブの場合は鋳鉄の箱の中で火が燃えているわけです。  で、それなりの灰処理の機能もついているわけで、夜中も薪ストーブいっぱいに薪をつめこんで、空気を極力しぼると明け方にはまだまだ熾き火が残っていてそこに薪を足して・・・・・な~んていうことをしているうちに気がついたんです。  あれ?  これって火をつけっ放しで外出してもいいんじゃないかしらって・・・・・。  

で、、そうやってず~っと火をつけっ放しでいるっていうことは、この熱を何かに利用したくなっちゃうのが人情というものです。  ま、てなわけで、今日はこんな本を眺めていました。

Viva! 薪ストーブクッキング
著:ポール・スキャナー Good Life Press

51NnUXbPQfL__SL500_AA240_.jpg  (Amazon)

KiKi もね、Lothlórien_山小舎初年度からいわゆるストーブトップ(上↑の本の表紙の写真にもあるようにカッパー製のヤカンと鋳鉄製の鍋が載っているところ)を利用しての煮込み料理は、毎度毎度こちらへ来た時の冬のおかずとしてやっているんです。  後はストーブ下部にある「灰受け皿」を利用してお芋を焼く・・・・っていうのも既に何度も経験済みです。  でもね、話によれば薪ストーブを使うとたいていのお料理がおいしくできちゃうらしい・・・・・。  で、そのあたりを研究したいと思って購入したのがこの本です。 

因みにこの本の目次はこんな感じです。

Chapter1: 私たちの薪ストーブライフ
  エッセイ 薪ストーブはスーパークッカーだ! (田渕義雄)
  愛情たっぷりケベック風アイディア料理 (マリー・デジャルダン)
  野菜三昧あったかベジランチ (鶴田静/エドワード・レビンソン)
  ほっこり和むお母さんの味 (吉田真沙子/雅典)
  子供も大喜びのおもてなしレシピ (鈴木俊太郎/道代)

Chapter2: 薪ストーブクッキングを安全に楽しむために
  薪ストーブのこと
  薪の話
  火の管理
  料理に使う調理道具
  薪ストーブに使う道具
  薪ストーブクッキングで火傷をしないための注意

Chapter3: シェフが伝授する薪ストーブクッキングレシピ
  豚肉のロースト フィレンツェ風 じゃがいも添え
  豚肉の塩釜焼き ゴルゴンゾーラソース
  鶏の赤ワイン煮
  ローストチキンのカルバドスとりんご風味
  ビーフシチュー
  あさりのオーブン ガーリックバター風味
  ティエッラ
  メカジキのカポナータソース
  カキの香草パン粉焼き
  アトランティックサーモンマリネの温燻仕立て
  鯛のアクアパッツァ
  焼きナスのマリネ
  焼きパプリカのマリネ
  温野菜のバーニャ・カウダ
  かぼちゃとニョッキ ローズマリー風味のクリームソース
  なすとドライトマト モッツァレラチーズのオーブン焼き
  モッツァレラチーズとバジルの目玉焼き(ポモドーロソース)
  クリスピーピッツァ(ジェノベーゼソース)
  もちもちピッツァ(マリナーラソース)
  ベーコンとドライトマトのリングイネ
  スパゲッティ カルボナーラ
  グラタン(ベシャメルソース)
  ラザニア(ボローニャ風ラグーソース)
  溶き卵のスープ(コンソメ)
  ミネストローネ(ブロード)
  パスタとインゲン豆のスープ
  ピッツァ生地で作るアレンジブレッド
  素朴なイタリアンブレッド
  レモンメレンゲパイ
  マスカルポーネのベイクドチーズケーキ
  ヨーグルトとヨーグルトチーズ
  あったかドリンク アルコールなし
  あったかドリンク アルコール入り  

思い起こせば今から10年ほど前、自分の生き方に???がいっぱい浮かんでくるようになった頃の KiKi がたまたま入った本屋で見つけたのがこの本でした。  背表紙の言葉(↓)に「ひょっとしたら何らかの生きる上でのヒントが見つけられるかもしれない・・・・」と感じて購入こそしたものの、買ったきり一度も読んでみなかったこの本。  このLothlórien(ロスロリアン)開設を機に自分の本棚の棚卸(今後も蔵書として保管し続ける本とブックオフで処分する本の品定め 笑)を始めたので、その作業の一環として、とにかく一度は読んでみようと手にとってみました。

40代からの知的生活術
編:現代情報工学研究会 講談社+α文庫

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まあ、元来が「マニュアル本」の類を好まない KiKi なので、期待しないで読んでみたのですが読後感としても「ふ~ん」という感じ(笑)  色々な生き方のひとがいるんだなぁとか、自分自身がここ何年間か感じてきたモヤモヤがある意味で「不惑であるはずの40代の特質のようなもの」であることに安心感もどきを感じたことを除けば、特に大きな感慨を得たわけでもなし。  強いて言えばやはりこの類の本と KiKi の相性はあまりよろしくないことが確認できた・・・・という感じです。  因みに上にも書いたこの本の背表紙の言葉はこんな感じです。

40代は、知的人生の出発点になる。  人生の半分にさしかかった40代。  20代30代を走り続けてきただけに、ちょっと一息いれて、自分を見つめ直してみる「精神の人間ドック」を。  公私ともにさまざまな問題に直面する「40の関所」も、「自分流の知的生き方」を見つけると対処できるはず。  精神的充実で新たな知的ライフスタイルの確立を。

「知的」という言葉が連発されている割には、「知的」とはどういうことかがほとんど伝わってこないんですよね~。  まあ、それは KiKi 自身の目標に「知的人生」「知的生き方」という発想がそもそもないが故に、何一つアンテナに引っかかってこない・・・・ということなのかもしれないのですけど。  でもまあ、この本には30以上の「自分流の知的(と本人が思っている?)生き方の実例」が掲載されているので、「不惑の40代のはずなのになぜこんなにも迷うのか?」と考える現代人は案外多いのかもしれない・・・・という実感を抱くことができたことが収穫と言えば収穫かな・・・・と。  

それより何より・・・・・

世の中の一般的な人は「知的生活」なるものにそんなに憧れるものなんでしょうか??  KiKi としてはそちらの方が気になってしまうんですけど・・・・・^^;

 

先日、このエントリーでご紹介した↓の本(岩波文庫)、「夜のガスパール」。  KiKi の自宅近くの図書館に所蔵されていたので、とりあえずどんなものか知るために借りてきました。


Gaspar_Night.gif  (Amazon)

で、さらさらっと斜め読みしてみたんだけど、KiKi があのラヴェルの「夜のガスパール」が苦手な理由が何となくわかったような気がしました。  端的に言っちゃうと「不気味」なんですよ。  「幻想」という言葉にはもちろんそういう側面もあるとは思うんだけど、KiKi は歪んでちょっといびつなものはあんまり得意じゃないんですよね~。  だから映画なんかも「ホラー」とか「オカルト」は絶対に観ないし・・・・ ^^;  で、あの曲もこの詩集もちょっとそれに近いものがある・・・・・。


 

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